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ぼんやりと深夜のMTVを観ていると、クラシックMTVということで80年代のヒットパレードをやっていた。トイボーイとかギブ・ミー・アップとか、リック・アストレーの曲であるとか、どれも当時のラジオやディスコでかかりまくり、当時の学生なら誰もが知っている曲ばかりだ。80年代のポップスはよかった。とにかくキャッチー。60年代のモータウンサウンドが再評価された時期でもあり、またデジタルシンセに音が移行した時期でもあった。ストック=エイトケン=ウォーターマンといった名物プロデューサーが、売れ線の良質なポップスを量産していた。現在のポップスってどうなっているんだ?ラップがしょっちゅうかかっているが、どれもよくわからん。今時の若者はホントに理解して聴いているのだろうか。ブラック・アイズド・ピーズは好きだが。いわゆるクラブシーンについてよくわからないが、80年代のマイケル・フォーテュニティーのような人物はいるのだろうか。あと名作プロモーション・ビデオもあるのかな。80年代はトーキング・ヘッズとかピーター・ガブリエルとかマイケル・ジャクソンなど、名作PVがいろいろあったものだが。音楽のカテゴリーが細分化されすぎなのかな。
2006年07月31日
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レッチリを観たといっても金曜日のMステーションに出演した彼らを観た。楽しかった。タモリとの会話がかみ合っていなかったり、アンソニーが女子アナと結婚したいなどとデタラメな応答。フリーの服装はテレビで見ると変態っぽいし、ジョンはニヤニヤしている。彼らの演奏は最後の方なので、それまでほかの演奏を見てなきゃならないことになるのだが、これがけっこうキツかった。キツかったが、レッチリまで心をみなぎらせるためには役立った。日本のショービズの世界を、ディスカバリーチャンネルを見るような角度で番組を見ていた。韓国、香港。等のアジア諸国ととても似ているな。幸田クミは象徴的だ。いよいよ彼らの番になってダニー・カリフォルニアを演奏した。終わったあと、タモリが「やはり生バンドはいいね。」としみじみいった。これはホントはいっちゃいかん。その他の演奏者がみなあて振りでやっていることをバラしているようなもの。ともかくドラム、ベース、ギター1本であの太いサウンドを構築するレッチリは凄いということでこの項、終了。
2006年07月29日
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ミクシィに招待されながら、未だに何もできずにいる。すごく恥ずかしいのだ。若い空気いっぱいなんだもん。日記にも何を書いたらいいのかがわからない。本名で登録したし。約束事は守るタチだから、仮名での登録はできないのだ。とってもフレンドリー。で、お互いのデータをある程度共有しあい、オフ会で親睦を深める。できないよ、恥ずかしくて。データの収集場所という役割での利用になりそうだ。ブログという場所が私には向いているのかな。あと、殺伐という言葉がぴったりの2ちゃんねる。慣れると居心地いいものですよ。ほどよい緊張感があって。私はこれまで2ちゃんねるにおいて嫌な思いをしたことはない。けっこう、思いは伝わるもので。馴れ合いが苦手なのかな。
2006年07月27日
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日記を更新しないのにアクセス数が高い。『愛のカタチ、話しませんか?』のテーマにアップした日よりも高い。ウドーストックで検索する人が訪れるのだ。私は参加していませんよ!ウドーフェス。2ちゃんねるのスレを見て、面白いと思って書いただけですよ!行かなくてもヴァーチャルでこんなに楽しめるなんて。富士スピードウェイの観客動員を連日3万人と新聞で発表しておきながら、実数は1万(土曜)と6000人(日曜)だった、なんていうことはネットの時代なのでわかること。KISSのポール・スタンレーはMCで「今、ここに2万人のものたちが、…周りをみるんじゃねえ!」といったとか。そのウィットにウドーフェスのMVPとの声もあがった。聴衆が何人だろうが、花火が上がったりあちらこちらから火柱が上がるKISSのステージはいつものように行われるわけで、当日の参加者にとっては、ホント幸運な出来事であったと思う。ドゥービー・ブラザースとバディ・ガイの評判がよかった。ウドーフェスは私のようなオヤジフェスで、ようするにフジロック等の野外に慣れてない人が多く、マナーの悪さが若人より指摘されていた。最前列にシートを広げて陣取る人が多数いたとか。我々の世代はオールスタンディングには慣れていないのだ。どこで席を立とうか考えながら観ていたような気がする。モッシュなんてしませんよ。でも野外のフェスは後ろで椅子を広げてまったり見るのもいいもんだ。フジではグリーンステージ後ろの芝のあたりが好きだな、私は。今年はできればサマーソニックに行ってみたい。て、もうチケットが完売されてしまったが。いけばなんとかなるような気がする。スクリッティ・ポリッティを観てみたい。2日目はやはりアークティック・モンキーズだな。
2006年07月27日
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ウドーミュージックフェスティバルが富士スピードウェイと大阪で開催されたが、観客動員が散々なものであった。2ちゃんねるの洋楽板では、画像が紹介されていたが、悲惨といってよいほどにガラガラ。ウドーは04年のロックオデッセイを超える伝説を作ってしまった。出演アーティストは一級品だったのに。場所と時期が悪かったのか。元気だったら行きたかった。ジェフベック、サンタナ、キッスといったビッグネームをゆったりした環境で満喫できるのだから。ただ、観客が200人もいないようなステージもあって、やる方もかわいそうだ。ウドーはフェスには向いていないのだろう。親父向けならロックオデッセイのような全席指定で席があるスタイルの方がいいのでは。ウドーはおそらくとんでもない赤字を抱え、出演アーティストにも謝っていることであろう。夏に洋楽フェスが3つというのは多すぎるのだな。
2006年07月23日
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うつ病の症状が非常に悪いので、しばらく日記も休もうかと思います。
2006年07月22日
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本日は14時に起床し、点滴を受けに受診することができた。それはいいとして。極楽の山本はちょっとかわいそうになってきたぞ。被害者の写真を2ちゃんねる経由で見たのだが、茶髪の20歳でふつうに通用しそうだ。無職とのことだが、本人が18歳だといえば誰も疑わないルックスだ。デリヘル嬢との書き込みもあるし。被害者には28歳のDQNの彼氏がいて、浮気の言い訳のために暴行されたと警察に訴えたという推測もある。とにかく推測、憶測だらけのインターネットであるが、このまま山本が逮捕されなかったら、山本はマスメディアによって抹殺されたということになる。17歳と18歳の差が大きく、また合意か否かも大きい。この立証は難しそうだ。そうすると山本の確かな罪は未成年者に酒を飲ませたことだけになる。それだけのことで社会的に葬られなければならないのだろうか。吉本興業や欽ちゃん球団の対応の早さの裏に何かがあるのだろうか。
2006年07月20日
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鬱の程度がひどい。恐怖で体がガクブル状態である。通院もしなかった。アナフラニールがいきなり血中にドーンと入ることにも恐怖を感じてしまったのだ。明日は行くつもりだが。希望の二文字がほしい。やっていけるという算段がほしい。『真昼の悪魔』を読んだりもしたが、こういうときは『こち亀』を読むほうがよいだろう。激鬱野郎が、2ちゃんねるをみれば、山本圭一の暴行事件が祭り状態になっていた。田代以来である。38歳か。罪状の詳細は明らかではないが、17歳の少女に酒を飲ませて、その後ホテルに連れ込んでレイプしたのであろう。飲み会の段階において欽ちゃん球団ゴールデンゴールズのメンバーがいたために、球団は解散することとなった。暴行はいけない。吉本事務所は迅速に山本を解雇した。相方の加藤は朝の自分の番組で謝罪し、泣きじゃくっていた。この私は現在の山本に比べればずっと平和なものだ、と補償作用に働きかけてみてみる。山本はほぼ芸能界の人生をふいにした。その背景には芸能人であるがゆえの奢りがあった。彼は03年でも23歳のキャバクラ嬢を妊娠させて、それを強制的に中絶するという件が週刊誌で報道されることもあった。合コンのリーダー格でお笑いの若手を引き連れて飲むことも多かったようだ。和田アキ子が2~3年前に山本に「結婚相手を探してやらないと」と心配していたことを思い出した。こういうことだったのだ。山本に対して擁護の言葉はない。馬鹿なやつだなと思うばかりだ。警察に被害届を出されるようなことって、けっこう酷いことをしたのだろうな。なんというか、きちんとした風俗だけでは処理できなかったのかと思う。未成年はいかんよ。じぶんをロリコンといったり「平成生まれが解禁だ!」と発言した山本。この事件のほかにも余罪があるんじゃないかと思う。この私はこれまでのところ犯罪はしていない。駐車禁止すらしていない。山本よりはマシな人生だと一生懸命に思うようにしよう。
2006年07月19日
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精神科に受診した。7月に入って初である。結論を述べると、私はふたたび大うつ病であり、アナフラニールの点滴をした。しばらくは毎日でもいいから来て点滴をしろとのこと。行ったりきたりのうつ病人生。西洋医学という場所はだいたいにおいて、対処療法をするところなので、うつ病の根源について追究することはない。とにかく点滴を受けた私は、今回は少々気持ち悪くなりながらもアップさせた。なんというか、身体全体がバイアグラで無理に勃起しているようなかんじなのである。もう絶望だと思っていた感情は緩和された。薬は精神を変えるのである。現在、アンドリュー・ソロモン著『真昼の悪魔』という本を読んでいる。上下に分かれたノンフィクションの大作で、ずばりうつ病についてのレポートだ。著者本人が重いうつ病に苦しんだ。彼が徹底的にうつ病を調べ上げて上巻だけで400ページを超える文章を書いている。まだ、読み始めだが、うつ病のメカニズムといわれた「セロトニンが足りないから説」を現代神経神話説のひとつだという話にいきなり驚いた。この書物の刊行は2001年。日本国内ではSSRIが認可されてほどなくて、アメリカ人はちょっと落ち込むとすぐにプロザックを飲むという時代だ。今でもそうだろう。己の鬱の症状を文学的に表現する文章がながながと続いたりして、これは、私はとばしとばし読んでいる。読み手をウンザリさせる文章なのだ。ちょっと面白いと思った内容として、性的逸脱行為の記述があった。NYに住む著者はエイズになろうとして、積極的にハッテン場に赴いて尻を出してした時期があったのだ。エイズに罹患して、その絶望感で自殺しようとするのだという。おかしな話だが、本人は真剣だ。しかし、自分の尻を通じて他人にエイズを感染させてしまうかもしれないことに気づいて、止めることになった。その他、鬱と格闘するために売春婦と様々な行為に挑戦するという時期もあった。結局、そんなことをして、鬱という悪魔から逃れられることはないのだが、そんな時期もあるのだろう。コレ。ちょっと前に、出会い系サイトに登録した私の心境とも通じるところがあると思った。著者は長らく精神分析医のセラピーを受けていたが、それゆえに、通常の精神科の治療が遅れたこともスンナリと書いてある。精神分析の人は投薬を敗北と感じるところがあるらしい。日本においては精神分析医なんてほとんどいなくて、私のように重たい鬱になればアナフラニールの点滴をガツンとやる治療が一般的だ。現在の医学においては仕方ないと思う。どうしてうつ病になるのか、また治るのか、よくわかっていないのだから。インポになればとりあえずバイアグラで立たせれば奥さんは一応満足する。そこから先が本当の意味での治療になるのだが、それは長い物語となるに違いない。
2006年07月18日
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CMのギャラナンバーワンタレントは、女性ではオセロの二人とのことである。いつの間にか、久本雅美を追い越していた。テレビという媒体は強烈な個性では高い金額がつかない。叶姉妹のギャラは世間で思うほど高くないはずである。私が最近注目するのは若槻千夏。出始めの頃は生理的な嫌悪感すら感じたのに、今では好きなタレントになってしまった。デビュー間もない頃の若槻を見て、私はなぜかゲームセンターを連想したものだ。いそうでしょ。騒音が似合うというか。顔もブスだなと思った。ギャーギャーうるさいだけの馬鹿女だと思っていたのだが、あるとき、競馬中継で原稿を読む若槻を見て、惹かれてしまった。一生懸命やっていて、カクゼツも悪くない。佐藤玉緒よりもいいと思った。若槻の特徴として基礎学力の低さが挙げられる。とにかくモノを知らない。学校教育をでたらめに過ごした結果であろう。周囲より馬鹿と言われながら人生を送るのが常であるが、彼女の場合は芸能界に入ることで、潜在的にもっている柔軟性に火がついた。アドリブがなかなかよいのだ。自分のポジショニングもよくわきまえている。お笑い芸人に必要な能力を兼ね備えているが、若槻はオセロのようなお笑いともまた異なる。『官房長官って何をするのですか?』と安部官房長官にテレビで聞いたらしい。若槻らしい、いい質問だ。かつて自分を「やりまん」と名乗ったという逸話もある若槻だが、ようするに素直な女なのだ。あの素の表情が、高感度をあげる要因であろう。今ごろになって知識欲が沸いて一般教養的な勉強を夜なべしてやっているそうだが、まだ若いので、今後、常識はグングン身についていくことであろう。若槻を笑っていた者が若槻に泣くことになるのかもしれない。※黒髪の若槻はなかなかよかった
2006年07月17日
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衰弱知りながら、給水停止、生活保護却下で衰弱死の障害者痛ましい事件が起こった。リンク先を参照してほしいのだが、ようするに福祉事務所という機関が世間様の思っているほど頼りにならないのだ。障害者は56歳、成人した子供二人がいて離婚暦がある。このケースのキーパーソンはときどき期限切れの弁当を差し入れていた次男だ。察するに彼はフリーター。長男も次男も男性との関係が薄いのは、離婚後に母側に親権がいったためだと思われる。ケースが公になったきっかけは市住宅供給公社職員が、家賃滞納のために訪問すると、本人が這って出てきたとのこと。水道局が給水停止をするのはやむを得ない。問題なのは福祉事務所が門前払いしたことだ。現在、生活保護係では経費削減のための門前払い政策が行われているという話をよく聞く。私も保護についてのケースをいくつか担当したが、どうみても生活保護にならないと一家が破滅であるケースでも相談者の押しが弱いことで(若干の知的障害があった)、カウンターで門前払いされていたことがあった。私のような福祉の人間が外から口を出し、ようやく動き出すのだが、それでも私のような民間人に口を出されてすぐに動くのは彼らの沽券に関わるようで、あれこれ言い訳をいいながらなかなか動かない。それがお役所。政治的な力を利用するのが得策である。役所にコネがあれば一番よし。市議会議員という手もある。また同和地区や在日朝鮮・韓国人の方であれば、その政治結社を利用すべし。共産党や創価学会に頼む手もある。このケースでは近隣の住民が公園の水道を利用する本人を目撃していた。地域で解決できることが一番望ましく、地域福祉といって現在の福祉のキーワードなのだ。
2006年07月17日
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フジの26時間テレビにチャンネルを回すと『国民的ブスカワちゃんを探せ!』とブスカワいい女性が何人もエントリーされていた。凄い企画だな。『ブスの瞳に恋してる』がネタ元だろうが、日本人の価値観の多様性には驚かせられるものがある。美人はいつの世にもいて一定数いて、その他はブスなのが真理である。そのブスに対してブスカワいいという新しい価値基準を導入して、外見はブスだけど、そんなネガを乗り越えて輝いた人生を送ればおのずとかわいく見えてくるという哲学。これには全面的に賛成したい。男という性的動物は、じつは美しさよりも若さを求めているものなのだ。ブスが嫌われるのは、外見よりもむしろ歪んだ性格にあることになかなかブスは気がつかない。私が綺麗なコに好感を持ちやすいのは、性格がいいコが多いから。かわいいコは周囲よりの期待が大きいのでそれなりの緊張感をもって外と接さねばならぬ。顔がかわいくて性格に問題があると、その性格の悪さが増長するよね。ブスいコにはぜひブスカワを目指してもらいたい。ぜったいヘタな美人よりモテるから。
2006年07月16日
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日本の夏はいつのまにやらロックフェスの夏になった。いよいよウドーストックは来週末。そして次ぎの週にはフジロック。8月にはサマーソニック。他にもロッキングオンやら、その他いろいろあるのだろう。この私は体調不良と経済的な理由により参加できそうにない。フェスのない人生は寂しいものである。04年のロックオデッセイにおけるザ・フーは一生忘れることのない経験だった。同行のI君も私もさして期待していなかったのだが。トリのエアロスミスに照準を絞っていたが、その前のフーでイカされてしまった。ピートのギタースマッシュの後、エアロの時間になってもなかなか連中はステージに出てこなかった。フーの余韻が残っていて、出づらかったのだろう。あれをやられた後に出るのはちょっと気の毒なことであった。フェスの思い出っていいもんだな。昨年は鬱を押して、2日前に3日目のチケットを購入して苗場までいった。ニューオーダーとプライマルスクリームを観るために、よくぞいった。プライマルが終わると午前1:30。電車もシャトルバスもないわけだ。若い輩はどうやって朝を迎えるのかというと、レッドマーキーまでいってオールで踊るらしい。フッキーが2:00よりDJをやるのを知っていたが、とてもそんな体力はなかった。しかたなく、とぼとぼとシャトルバスの停留所まで歩いて、ひたすらバスを待つことにした。係員はここにいちゃダメ!とアナウンスしたが無視して一人でじっとしていると、私の姿を見た若い衆がとぼとぼと集まってきて、「並んでいるんですか?」と聞いてくる。「本当はまだ並んではいけないらしいよ。でもオレの後ろに人がいるから、皆、並んでいるということになるのかな。」と疲れた頭ではっきりしない返答をする。私の周辺につかれ切った、おそらく3日間参加していたであろう若者がうんこ座りをして、ぼんやりとバスを待った。20代前半の女の子に「並んでいるのですか?」と声をかけられて、「プライマル、よかったね。」といったライブ談義になった。見知らぬ女の子と不惑の親父がうんこ座りでロック談義だ。これも夏フェスならではの展開だ。すると我々の目の前にパジェロが止まり、女の子二人が「ええ~、いいんですか~!」と喜びながら荷物を載せて二人組みの男に拾われていった。クルマの力は絶大であった。言葉づかいは丁寧な野郎どもであるが、ボランティアで送迎をするはずがない。その後の行方はつかれ切った脳みそでもたやすく想像できた。私の横にいるロック少女はRV車にゲットされるようなタイプではない。ロック少女は煙草に火をつけると私との会話をやめて一人の世界に入った。それは正しい選択だった。フジロックでセックスにありつける若者がけっこういるらしい。ロックフェスってそういう文化なのだから、いいことではなかろうか。ウッドストックみたいで。ハッパの甘い匂いが漂ってくるし。あの密集したテント村でもセックスをする若者がいるというのだが、おっさんの私には信じがたい。男も女も汗臭く、泥だらけなわけだ。あの環境においても性行為ができるなんて。そういや、この私も03年にライコスで出会ったMさんとフジのテント3日間という出来事より「やった」と2ちゃんねるに書かれたこともあった。苗場のテントがどんな環境なのか教えてあげたかったよ、ヤツラに。お風呂はあるけど、泥のお風呂なんだぞ。今回のウドーフェスは親父フェスなわけだが、クルマでの参加者の多いフェスだ。おっさんが、ロック少女を拾ってカーセックスを(ry)いや、やめようそんな妄想。つーか、ウドーに若者はやってくるのか?
2006年07月15日
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(※トップページに『マガジン9条』のリンクを貼った。今こそ9条について考える時期ではないかと思うからだ。)北朝鮮のミサイル攻撃の件で敵地攻撃論がひょこっと顔を出し、それに対して与党を含めての反対の声があがっている。反対の声があがるのはやむを得ないとも思うが額賀防衛庁長官のコメントが誤解されている面もあると思う。◎テレビで石破元防衛庁長官が説明していたが、『おまいらを火の海にしてやるニダ!』と明言してミサイルに燃料を入れ出したら、この時にすでに攻撃に着手しているので、ここで攻撃するのは専守防衛の範囲内である、という考え方である。一度燃料を入れ出したら通常はストップできないらしい。ミサイルというものはひとたび燃料を入れ出したら迅速に入れて、すぐに打ち上げないとそれだけミサイル基地にリスクが生じる。ただ今回、北朝鮮は燃料を入れてミサイルを立ててからしばらく飛ばさなかったようで、彼らに「危険」の二文字はないという話も週刊誌で読んだ。日本にはイージス艦もあるじゃない、という与党関係者もいるがミサイルを迎撃することは大変難しいことで、そうそう成功しないそうだ。湾岸戦争の時にもクウェート・イスラエルは何本もスカッドミサイルを打ち込まれた。7分で日本に到達するミサイルを何本も飛ばされて、それを迎撃ミサイルで打ち落とすのは無理なのだろう。軍事評論家の田岡氏がいうには、そもそもミサイルは直前まで地中に埋まっているので、敵地攻撃でミサイル攻撃を制することも難しいという。田岡氏の考えではミサイルを制するにはミサイル基地を地上戦にて制圧するほかないというのだ。ならば、どうすれば攻撃の抑止になるのかの説明がなくて、私は田岡氏の説明に少々イライラした。憲法に話を戻すと、日本は戦争を放棄したのだから、ミサイル攻撃を受けて反撃するのは憲法違反だと思う。たとえ弾頭に生物化学兵器が載せられていて新潟あたりに打ち込まれ10万人が死んだとしても、反撃をしてならぬ。平和を訴えて耐え忍ぶ、それが憲法の中学生的な普通の解釈であると思う。◎筑紫哲也等、左派言論人のコメントが私をイライラさせる。なぜか靖国問題の話が出てきて、日本の日頃の行いが悪いから、という話を展開するのだ。昨夜の「多事争論」は電波であった。東アジアにおいて日本は嫌われることを日頃しているのだから、と。中国、韓国、ロシア、も迷惑しているのだ、と。中国は近所づきあいをよくしているのかと思わず突っ込まずにはいられない。この人はほんとうに日本人なのだろうか。論点をすりかえて、したり顔である。彼はやっかいな人物だと思う。日本人が戦争放棄を誓い、ミサイルがどんどん着弾しても反撃をしなかったとしよう。それで、世界情勢がおさまるのかという問題を考えねばならぬ。当然、アメリカが報復する。それはよしとするのか。アメリカさんが代わりに戦争してくれて日本が戦争放棄を維持できてめでたしなのか。昔、社会党の人は「国連軍に助けてもらう」という人もいたが、国連軍というのは多国籍軍なわけで、通常の戦争と何か異なることがあるとは思えない。ユートピア幻想そのままに平和を訴えることをいけないこととは思わない。森永卓郎は「そうやって朽ち果てていった国がかつてあった、って後世に語られれば素晴らしいことではないか。」という。問題なのは日本国民の大半にそのような決意があるのか、と。現在の日本が消滅して、次の異なる日本、あるいは他の国の一部となって、我々はその世界でかつてのユートピアを思い出しながら苦しい毎日に耐えられるのか。◎『マガジン9条』においては、世の中戦争モードか?というようなことが書いてあるが、勇ましく開戦を訴えるデモもなければ、戦争反対のデモもない。メディアが大きく報じているだけで、国民はいたって冷静だ。私のような暇人だけだ、騒ぐのは。こう書くと私は『マガジン9条』と考えが違うのになんでリンクなんかするの?と疑問を持たれる方もいるかと思う。理由を言えば、護憲の人は憲法を真剣に考えている人だからだ。護憲にしても改憲にしても、国民はよく考えてしっかりと議論する必要があると思う、今回のミサイルの一件で敵地攻撃うんぬんの議論もよいが、そもそも日本の憲法は、という議論を国を挙げてやってもらいたいのだ。
2006年07月14日
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他人に文章を褒められるとうれしいもので、ならばこのオレも小説ってヤツを書いてみるか、と思ってみた。ともかく、まずは小説を読んで、書き方を学習せねばならぬ。ということで本屋に行った。小説の書き方を求める読書なので、正直、なんでもいい。方法がわかればいいと思った。目立つ位置にリリー・フランキーの本が置いてあった。ちょっと手にとってはみたが、結局、元の位置に戻す。なんというか、感覚が似ているんだなあ。似ているから近親憎悪を覚えてしまう。リリーさんは、その感性をうまく商売に昇華させ、今じゃ印税でウハウハだ。『おでんくん』を見るとその多彩なセンスに嫉妬する。『東京タワー』も読まないぞ、オレは。面白いのはわかっているが漠然とした嫉妬があるのだ。ということで、ウロウロ小説の練習本を探した。夏は文庫本の夏ということでいろいろと各出版社のディスプレーがなされ、私は金原ひとみの『蛇にピアス』に目がいった。『蹴りたい背中』の彼女にしてもそうだが、ハードカバーで購入するまでには至らないが、文庫本なら安いからいいかな、と思って。短いし。前もった知識としては『限りなく透明に近いブルー』に似ているんじゃないな、くらい。19歳の女の子だからって馬鹿にするつもりはなかったが、あの時は芥川賞が第130回と節目で、文芸春秋もでっかい花火をあげたかった。そこで若いあのふたりを選んで大きくプロモーションをしたんだろうとそのくらいの思い。ようするに若い女の子がセックスについて赤裸々に綴ったモンなんでしょ。村上龍がデビューしてから、今までそんな小説はうんざりするほどあった。これもそのひとつだと思っていた。でも、読んでみて、感心した。ラストを除くととてもよく出来ていた。すっかり小説の世界に惹き込まれて一気に読んでしまった。解説において村上龍は、芥川賞の選考会において反対しそうな委員に向けてのメモを用意していたという逸話があって、笑ってしまった。結局、村上の心配は杞憂に終わってすんなりと受賞に至ったのだ。それだけの技術があったってこと。それでこの私はこの小説を読み終えて小説の書き方がわかったかどうかだが。やっぱ、わからんな。あれはティーンの感性だもん。おっさんの感性とはほど遠い。だからといって、石田イラなんかを教科書にはしませんよ、私は。好きだけどイラ。自己陶酔のおっさんだけど、イラ。イラ読むなら金原ひとみだな。小説は結局、もって生まれた感性が8割。花村萬月はなんとなく怖いから読まん。衝撃受けそうだから。『蛇にピアス』という選択そのものに間違いはなかった。ただ、小説の教科書にはならなかったってこと。小説にマネは禁物ということを理解し、この項終了。
2006年07月13日
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7月2日から18日まで、母は例によってユニット型施設にショートステイしている。週刊誌を買ってきてくれとのことで、面会にいった。施設での生活にも慣れてきて落ちついた様子だった。母が落ちついていると、私の心もいくらか安らぐものだ。老人ホームはユニットに限るな。職員ともなじみになって、私が持っていった蕨もちを、職員のミーティング次にふるまったりしている様子だ。ショートステイの責任者である相談員が、とても優秀な女性なのだ。これまで10年以上この業界で様々な人物を見てきたが、ナンバーワンだ。まだ大学を出て3年目なのだが、施設の顔として機能している。じっさいお面もいい。相談員をしながら、介護主任としてケアの現場にいる。2人分の仕事をしている。言語的また非言語的コミュニケーションの能力が抜群。プロ野球のスカウトが横浜高校の松坂投手を見てしまったような気分なのだ。彼女と働いたら楽しいだろうな、なんて夢想する。私も老人ホームの職員で現場にいる頃は毎年春にやってくる新人の働きぶりをみて、新鮮な気分になったものである。若いっていいなあ。自分も同業で、またうつ病で仕事をしていないことも伝えている。「うちはどうですか?」なんてリップサービスをしてくれるとすんごく嬉しい。居宅の部門もあり1人ケアマネがいるとのこと。事務所の雰囲気を観察してみたが、ちょっと空間が狭いなと思った。役所あがりのオジサンっぽい人がいる。ポロシャツで働ける環境が好きなんだがなあ。ちょっと空気に堅さを感じたが、年配者のおっさんのいる職場は私にとってはよいことであろう。って、散漫な文章のままに終了。
2006年07月13日
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人生の大ピンチにおいて、ちょっと思い出してみた。私はいったいどんな人になりたかったのか。幼少の頃の記憶はない。親に聞けばわかるだろうが聞かない。中学生の頃は新聞記者、雑誌編集者(なぜか文芸春秋)になりたいと思っていた。また、私は小学生の頃よりテレビを観ていて、本編よりもコマーシャルに興味を持っていた。サントリーのCMが好きで、『角』のCMが好きだった。開高健が、アウトドアでシャケを焼きながらチビリチビリと飲んでいる編。サミー・デイビスJr.の♪チンチンチクチクもよかったな。高校生になると『不思議大好き。』とかの糸井先生が登場してコピーライターになりたいと思った。80年代の広告は文化だった。一行のキャッチフレーズ、1枚の駅張りポスターが、商品や企業のイメージを作り上げていくサマが痛快だった。漠然と、電通や博報堂に行けば、そんな楽しい作業ができるのかと夢想していた。おっと、ここまで書いて私は小学1年生次に書いた作文を思い出した。『東芝レコードにいきたい』と社名まで具体的に書いていたのだ。ビートルズ解散2年目くらいの頃だ。父は叔父をさして『○○はビートルズに食わせてもらってるんだもんな(笑)』とよく言っていた。これはほぼ事実といってよい。レコード会社への憧れは大学まで続く。仕事内容をろくに知りもせずに。コマーシャルが好きだった私は例えばレコード会社であればLPの帯の文章を書きたいと勝手に思っていたのだ。帯が気になる野郎であった。漠然と夢を持ってはいても実現のための努力をすることを私はしなかった。成りかたがわからなかったのである。何をどう頑張れば広告マンになれるのかが明確に書かれた書物などなかったのである。みんな「なんとなくなった。」とか「仕方なくなった。」そして「こんな仕事、やらないようがいいよ。」という事だった。私の実際の就職活動は、親のコネで損害保険会社を受けるが、受験者の中でほぼ最低、それも数学の点数が著しく低いという結果を出し、コネがあろうとさすがに採用できないということであった。ここで親父は私の今後を諦めたようだ。あとは西友だのそごうといった流通業界を何社か受けるがダメ。入れそうな会社はこちらが行きたくないという舐めたところも大いにあった。もう、何がやりたいのか、自分でもよくわからずに活動していたと思う。ある製薬会社の人事課長に、「あと重役面接に出てくれればいいよ。」という会社がひとつあったが、私は当日、なぜか行きたくなくなってぶっちぎった。私の出身大学の先輩が一人として本州にいなかったのである。家族の事情を勘案してやめた。もう自分の行動がよくわからない。(現在がまたそんなかんじだ)結局、岐阜のアパレルメーカーに就職するがついて行けずに10ヶ月で退職した。この時、私はすでにうつ病(軽度だが)だった。途方にくれてビーイングを読んでいたら、そのビーイングのページを作っている会社が求人していた。『はっ、はずかしがらずに応募してごらん。』というコピー1行で応募し、採用された。入ってからわかったのだが、たとえ100人応募があってもあるハードルを越えていないと一人も入れないくらい難度は高かったらしい。(たぶん数学は損保の時と同様であったと思う)国語の成績がよくて1次を通過したとのこと。この会社は徹底した適正主義なのだ。ユング式の心理テストもけっこうな分量だった。私は『心がピュア』という項目の偏差値が85くらいあったらしい。私の上司は、この偏差値85がちょっと懸念になったようで悩んだらしい。とにかく2次に進み、作文が課題として出た。私は「トリスの犬」のCMの素晴らしさを書いた。この作文と職員も交えての面接で、合格になった。「トリスの犬」のCMが人生を大きく変えた。仲畑貴志さんが作ってカンヌでグランプリをとった、トリスウィスキーに出てくる情けない犬。夕焼けの商店街をとぼとぼ歩いたり、雨宿りする雑種の野犬。最近、オフクロに好きなCMはなんだい?と尋ねたら、このCMを挙げた。テレビコマーシャルで泣きそうになった、そして私の人生に影響を与えたCMだ。
2006年07月12日
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勝ち組IT社長が余命三ヶ月の末期がんとなり、彼は闘病についてブログを発信し本も出版した。後ろ向き親父がぼんやりテレビを点ければ、お昼、3時と1日に2度もワイドショーで取り上げられていた。彼のドキュメンタリーを観て、「末期がんに比べりゃこのオレなんか、ぜんぜんたいしたことないぞ。希望を持って事にあたれや!」という思考に至らないところが、私の病気の難しいところだ。がんはまことに苦しいものとお察しするがうつ病もその次くらいに苦しいものなのだ。要するに人生というものは個別のことで、他人と比べても仕方ないってことだ。(時間の経過)退職のための書類が届いた。年金の切り替えとか失業保険の手続き等、考えるだけでうんざりする。一応開封して、書くところは書いた。IT社長は末期がんという点を除けばとても恵まれた人だと思う。ご両親も優しい人だ。独身であることが残念なのかもしれないが、彼のような独立独歩の人の場合、妻子があれば自由が効かないことも出てくる。独身貴族で両親は元気というのは幸せである。彼は絶望の淵から「治るぞ!」という境地にまで行くことが出来た。そしてそんな日常をブログに公開している。オレを見ろ!という強がりなんだろう。強がりは大切だ。あの体調にあって社長のままでいられて、業界の中でも暖かく見守られている。マスコミは各社取材して彼の映像を撮る。どんなに奇麗事を言っても見世物という角度は残る。しばらくしたら死ぬ人が懸命に生きている姿を見て、人々は自分ががんでなかったことに安堵する。まあ社長は、そのあたりは十分に承知していて、それでも自分の生き様が放送されることを望んだのだろう。ちょっと仏教的な観念になるが、寿命というものは短くても長くても同様なのだそうだ。数時間で死んだ赤ちゃんも90歳の長寿も仏教の時間においては同じようなものらしい。IT社長が両親より先に逝ってしまったとして、親が納得できれば、それは素晴らしい人生だったといえるのではなかろうか。
2006年07月12日
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ジダンのマテラッツイへの頭突きの一件で、ジダンが何を言われたのかが世界の注目となっている。私も非常に気になったが、数日経ってよく考えてみて、この話はこのままうやむやにするのが、一番よいのではないかと思うようになってきた。「売春婦」とか「テロリスト」なんていう説が報道されているが、サッカーにおいて挑発の言葉を相手に投げ掛けるのは普通のことらしい。マテがいつものようにお下劣な振る舞いをしただけなのだろう。ここでFIFAが調査をして、マテの罵詈雑言が明らかになれば、今度はイタリア国民とマテラッツイが今以上に不愉快になる。泥仕合になるだけだ。ジダンは一発お見舞いしたのだから、もう報復は終わっている。言葉についてはこのまま不明のままでワールドカップの歴史として語り継がれればよいのではないか。
2006年07月12日
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昨日のことだが、都内に住む叔母が訪問してくれた。私のことを心配してくれている。私は幼少の頃からその叔母をおねえさんと呼んでいて、今でもそうだ。叔父の下にお嫁に着た時にはまさしくおねえさんといってよい年齢で、新宿でウチと隣同士に住んでいたので、感覚としても姉のように思えるところがある。おねえさんの人生はだいたい順風であったと思うが、夫である叔父が3年程前に急死してしまい後家さんになってしまった。叔父への墓参りを欠かさない叔母が、私の今後を心配してくれている。ありがたいと思う。40歳になってこの馬鹿男もようやく親族の大切さに気づいた様子である。おねえさんには36歳の長男と34歳の長女がいる。私の従兄弟なのだが、10歳の頃まで隣同士だったので、これまた半分、兄弟みたいな感じがする。2ヶ月くらい前にそのふたりの従兄弟からお見舞いをもらった。2人で3万円入っていた。「昔、いっしょに遊んでくれたから。」なんていわれるとちょっとぐっとくる。出来の悪い兄貴分だ。兄は中学校の先生で、妹は大企業の秘書室にいる。二人とも立派になられて…、と敬語を使ってしまいそうだ。現在の人生のピンチを早く笑い話として語ることができるようになりたいと思う。叔父と叔母は私の憧れだった。叔父は大手レコード会社に勤め、重役にまで出世した。社長にはなれず、テレサ・テンのレーベルの社長に下ったが、テレサが死んでしまい、結局レーベルも潰れてしまった。若き日はビートルズの隆盛に乗り、大変だが華やかに見えた。私が洋楽好きなのは、幼少の頃からビートルズのサンプル盤が転がっている環境にあったからだと思う。親戚の自慢話をするのは、読む人の数がしれていることと、親戚が立派に生きてきたのだから、この私も一族の一人としてそこそこの生き様ができるんじゃないかと、根拠のない自信を抱いてみたのである。
2006年07月11日
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起床してふと毎日新聞に目をやると『生活保護者に1割』とのヘッドラインアリ。生活保護者に医療費の1割負担を求める計画をしているらしい。驚いた。日本は最低限度の文化的生活が保障されている国ではなかったのか。憲法違反だ。もう、えらい人の仕事ぶりというか感覚が理解できない。そりゃ、現在の制度による弊害もないわけではない。生活保護の爺さんがガンにかかったとして病院が彼に対して1億円の医療を行っても焦げ付かずに確実に回収できる。ヘタな年金生活者より保護者のほうがだんぜん強い。また、生活保護の受給者の中には不正に受給している人も多くいるし、そもそも生活保護は自立支援のための措置だ。建前として。一度決定されると恒久的に措置費を垂れ流している行政の怠慢がある。また、いわゆる在日特権であるとか部落民といわれる人たちへの過剰な援助にも問題がある。ソースを示すことができないので、説得力がないかもしれないが、同和地区や在日朝鮮・韓国人に対しては行政がとても甘いという声を、私は2ちゃんねるという便所の落書きよりしばしば見た。マスメディアは行政もまず手をつけない分野だ。保護係のケースワーカーはいわゆるソーシャルケースワークを行う人なのかと思っていたが、実際は違う。ほぼ9割事務処理で仕事の大半は終わってしまう。熱意のあるケースワーカーが仕事に熱心であるがゆえに、心を病んで仕事をやめていくことも多い。生活保護は国がお金を出している分野だが、もちろん市町村が運用をしている。地方分権という体裁のいい言葉をうまく使って、財政難を市町村に押し付けてあとは「知らぬ存ぜぬ」をしているようにしか思えない。介護保険法といい、障害者自立支援法といい、最近の厚生労働省の策は、目先の節約にやっきになっているだけで社会保障の重要な理念より逸脱しかかっているように思えてならない。
2006年07月11日
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いま、フランス×イタリア戦の再放送を見ているのだが、フランスの得点場面となったPKを誘うファウルはスローモーションで見ると完全にシミュレーションであった。ちょうどフランスの選手が審判からの視界を遮っていて、推測で笛を吹いたのだろう。ジダンはゆっくりと蹴って、ヘリにしっかりと入れる職人芸を見せた。でも、あのファウルは、ファウルじゃなかったぞ。サッカーはずる賢いことが必要なゲームで、ファウルを誘う演技練習をするチームがあった。私がYouTubeで確認したのはイタリアチーム。集団で「せーの!」ですっころんでいて、まるでコントのようだった。まさか、日本はやってないよな。サムライブルーの日本チームにだけはシミュレーションをして欲しくない。サントスのみ許したい。特にペナルティエリア内での演技はサムライにはやって欲しくない。審判を欺く行為でしょ。ジダンは相手選手に頭突きをして退場になったが、なにを言われたのかが気になる。もちろん挑発に乗ったジダンが悪いのだが、イタリアが酷い中傷をしたとすると、それもまたフェアプレイに反する。入場する際にフェアプレイの旗を持って、さらに子供と手を繋いで入場しているのに、決勝戦でアンフェアな行為を見せられると、サッカーってしょせん、こんなゲームなのか、と落胆した。3位決定戦において上川主審はシミュファウルをちゃんと流していた。いいジャッジだったのではないか。
2006年07月10日
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『チョコレート』には、(人間の弱さを受容しようよ)というテーマがある。ハル・ベリーの夫が死刑執行されるために連れて行かれる時に、ソーントンの息子は廊下で嘔吐した。その件で、父であるソーントンが激怒してトイレで息子を殴った。「あいつの人生を台無しにしたんだぞ!」と。ソーントンは予定のとおりに事が運ばないと気が済まない几帳面な性格だ。あれは、彼の思い入れでしかないと私は思う。ソーントンはとにかくイレギュラーを嫌う。こんな男は結構多い。どこまでもルーティーンでないと気が休まらないのだ。後になって、ハル・ベリーのアパートに行き、セックスをした後で洗面所に行くと夫の自画像が貼ってあって、それを見たソーントンはいきなり嘔吐した。あのシーンは密かに笑う場面だ。ベリーの夫の描く似顔絵は要所要所で絶妙な効果で出てくるところが面白い。ラストシーンの似顔絵も映画のサゲとしてよく出来ている。ソーントンは応用の利かない頑固で小心者だが、刑務官という職にあって誠に立派だったことがひとつある。それは、最後まで守秘義務を守っていることだ。ハル・ベリーとの出会いは確か、息子と同乗していたオンボログルマはオーバーヒートするシーンだったと思うが、私の推測では、あの時点で、ベリーが妻であることを知っていると思う。ベリーと初めて結ばれるあたりで、ベリーは身の上話をするが、いくら鈍感なソーントンでも、あの時点では気づくはずである。ソーントンは自分が刑務官であったことをおくびにも出さなかった。あれは職務に忠実であったためか、それとも女とヤレそうだという時にわざわざ嫌われることをいうはずがない、ともいえる。公的な職にある者は対象者との距離をきちんと保つべきだが、私も対象者と深く関わるほどに危うさを覚えることがあった。ケースの内容に己の人生とか人生観を投影して、早い話がクライアントに好意を抱いてしまったり、仕事以外にコンタクトを取りたいと思うことは何度かあった。私の仕事は相手のたいへんプライベートなことを押さえているので、要所をつかんで接近することはたやすいことである。でも、絶対やってはいけないことだ。ソーントンはハル・ベリーの取り巻く状況をよく知っていた。だから純愛などという崇高な考えよりも性愛という気持ちで彼女に近づいてモノにすることが可能だった。ベリーにはその後、何度か自分は騙されたのかという疑問を持ち、ラストシーンに至るまでその問題は解決されずに終わる。チョコアイスを食べながら「きっと、うまくいくと思うよ。」とソーントンは言うが、今後の展開がまだつかめないところで映画は終了した。この映画、最後までベリーの夫が似顔絵を通じて、登場人物の人生を見守っているようである。コネクターていうんだよね、そんな人を。
2006年07月09日
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『チョコレート』ネタで、どこまでいけるかな。本来、日記って身の回りに起きた出来事を書くものだが、最近、書きたくないのだ。正直、人生にウンザリしている。小心者でなければ、すでに自殺していると思う。生きる希望の二文字が見つからなくて困っているのだ。ハル・ベリーの夫(『チョコレート』の話の中で)は死刑囚だ。11年ほど服役して処刑されるというストーリー。何をやったのかはわからないが、彼のふるまいはとても真面目でモンスターズ・ボール(『チョコレート』の原題)の中にあって気高いといってよい設定になっている。刑が執行される前日にハル・ベリーは息子と一緒にオンボログルマで刑務所に行き、面会する。ハル・ベリーは「11年も疲れた。」というようなことをいう。母子家庭で苦労してきた。特にタレントのない黒人女性はウェイトレスくらいの仕事しかない。アメリカ社会にウェイトレスはいっぱいいるけど、時給はとても安いらしい。昔、アメリカに旅行した時、初日、最初のダイナーにいたウェイトレスのことを今でもよく覚えている。一所懸命であった。同行のモリがいうにはウェイトレスはチップで稼がないとやってられないほどに賃金は低いとのこと。だから、若いオネエチャンは日本人観光客と見ればスマイルでやってくる。レストラン系はレジでは払わない、テーブルで払う。メニューの料金と消費税(10~14%くらいだったか)を足された明細をもらって、みんなでだいたいのワリカンで札とコインをジャラジャラ出して、消費税を2倍した金額と端数のジャラジャラを、オネエサンに「これは、おねえさんのです。」とチップを渡すと、満面の笑みでチューされそうなくらいだった。消費税×2がチップの相場だったような。昔の話だが。ともかくレストランにおいての支払いはテーブルでするものだが、ハル・ベリーの勤めるダイナーは、ファミレススタイルで、レジで支払う方式であった。実際、デニーズ等のお店はレジだ。レジスタイルだと会計は明朗でチップはもらいにくくなる。というか、そんなサービスをウェイトレスはする必要はない。どうせチップなんてもらえないんだから笑顔で接客することもない。グアムのデニーズは笑顔がなかったな。「デニーズへようこそ!」なんて口が裂けても言わない。だって、チップもらえないもん。ということで、ハル・ベリーのソーントンに対する接客もそっけない。日本のファミレスって凄いよ、注文とってお辞儀してくれるんだもん。最近はデフレとともに質も下がってきているが。ろくにチップももらえないハル・ベリーの収入はせいぜい月15万円くらいではなかろうか。それで小学生の子供との生活は苦しいと思う。アパートの家賃が払えないことを、最後の面会で夫に愚痴った。「もう、疲れた。」と死刑執行前日の夫にいうのも何だが、いいたかったんだろう。「あなたが、こんなことをしてからの私の人生は…」って言いたくなるよな。でも、離婚はしていない。なぜ、離婚をしなかったのかは不明だが、新しい男を捕まえられないでいる設定だから、このドラマは成り立っている。そんな設定を一応、不自然でなく進行するには死刑囚の夫がよい人物でないといけない。原題は『Monster’s Boll』といって直訳すると化け物の会場って訳したらよいのか。要するに死刑囚などの重犯罪が収容された刑務所を指すのだろうが、このお話で、死刑を執行される夫だけが主な登場人物の中で立派に生きているのだ。刑務所の中で立派な生き方も何もないのかもしれないが、刑が執行されて絶命するまでの夫の行動は立派なものであった。だから書き出しに戻って、この私も「人生にウンザリ」なんて書いてはいけないんだな。そう、思った。『チョコレート』の主な登場人物はモンスターばかりだが、皆さん、それぞれの立場で一所懸命生きている。売春婦も含めて頑張っている。私は新聞配達や宅配の人がマンションの廊下を走っている音を聴いて、罪悪感にさいなまれているようではいけない。
2006年07月08日
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先日、純粋マッサージ店と風俗マッサージの棲み分けがはっきりしてなくて見極めるのが難しいことを日記書いた。ココ2ちゃんねるで確認すると先の日記には事実の誤認があった。私が受けた中国人による60分4000円のマッサージは純粋マッサージのサービスなのだが、上の階(「うんたらトマト」とその時は書いたが名前は当然違う)の店は日本人の店ではなくて、こちらも中国人による無許可風俗店なのであった。少し前にガサ入れがあり、店名が変更されていた。無許可風俗が店の名前をコロコロ変えるのは当たり前なので、私が入った店も場合によっては手コキ等のサービスをしている可能性がある。(この店も最近、ソフト整体と名前が変わったようなのだ)すると二重表示の説明も納得できる。2000円の差がヌキのサービスのあるなしだ。デフレの世の中であるがクチュクチュ料が2000円というのはリーズナブルな料金だ。嬢の取り分を半分とすると、1回手で抜いて1000円の収入か。昨今の風俗事情には疎くなっている私であるが、ビデオBOXという場所が裏風俗になっていることを2ちゃんねるで知った。ビデオBOXは基本的にはエロビデオを鑑賞して自分でいたすのだろうと思っていたが。私が確認した店はAコースで嬢に接触なしで手コキ、Bコースで服の上から上半身のおさわりと手コキ、Cコースで、上半身裸でおさわりと手コキ、その上がゴムフェラという内容でAが3000円B,Cと1000円ずつアップする。可処分所得が少ない妻帯サラリーマンが多く利用している様子だ。嬢は日本人。顔見せはなし。2ちゃんねるでは誰誰がよかった、悪かった、と寸評の書き込みが続く。なんとなく、立ち食いそば屋であわただしく昼食を済ませるサラリーマンの光景とイメージがダブった。もっともお安い風俗といえよう。しかし、無許可風俗店にはガサ入れというリスクがある。運悪く御用の場に居合わせると2時間ほど署に拘束されて、会社の上司がガラ受けにやってくるという事態も生じうる。無許可風俗で会社を首になるサラリーマンが一定量存在しているわけだ。保健所お墨付きのソープランドでも激安店なら40分1万円で本番行為を堂々と行うことができる。たいがい40歳~55歳くらいの退役軍人であるのだが。ワザワザ、リスクあり、環境面も悪い無許可風俗店に行く男の心理を私は十二分に理解できる。さきの「うんたらトマト」では違法ながらも本番行為が行われるケースが多いようだ。店の管理が悪いと、嬢が勝手に始めるのだ、営業のために。料金はソープランドに比べて決して安くはないのに、わざわざ、そこへ入って行為をする。なぜ、そんな危険なことをと言われても、登山家の心境と同じなのだ。ちなみに分別をわきまえるようになってしまったこの私は、HIVポジティブとなるのが屈辱なので、そのようなリスクは犯さない。売春業の公営化を推進する理由のひとつは、病気の蔓延はいけないことだと思うから。その点、ソープランドはある程度の管理をしているので、コンドームを使用すれば、まず大丈夫だと思う。HIVは密かに蔓延してきているらしいので、くれぐれも生本番はやめましょう。
2006年07月07日
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『チョコレート』の最初のシーンで、ソーントンの息子がコールガールを買うシーン。短いシーンだが、結構、勉強になることがある。まず、部屋は安ホテル。これは世界共通だ。(日本にはラブホテルという世界的に珍しい施設がある)コールガールが部屋に入ると、ソーントンの息子はまず、女に金を渡す。前払いなんだな。これも世界共通であろう。女は札を受け取るが、確認はしない。常連客なのだろう。金額についてだが、私は40ドルではないかと推測する。20ドル札2枚。女は金を受け取ると、セーターとジーンズを脱ぐ。下着は着ていない。で、出窓に手を掛けて尻を出す。男は立ちバック。この一連の流れまで30秒くらい。とても早い展開にしているのだが、これも二人の信頼関係の深さをも表している。私はなぜか、洋画における黄色人種にはない肉っけを感じる。バーにおいて男がウィスキーを飲む場面にも似ているのだ。日本人は水割りが好きだが、ヤツラはストレートでグっと飲む。そしてタン!とカウンターにグラスを置く。喉はきっとカーッっとしているのだろうが、それが彼らの正しい飲み方。ちょっと話がそれるが、フィリピーナ・マリエルさんはテキーラが好きで、しばしば注文する。左手の親指の付け根に塩をおいて、♪タンタタタタンタンタンタンタン、ウーッ、テキーラ!と嬉しそうに歌ってグッとテキーラを飲み、そして手の甲の塩を舐める。一連の所作を見て、こちらは叶わない気がした。ソーントンの息子も親父も、まるでウィスキーを喉に流し込むようにセックスをする。親父はちょっと違ったか。射精したあとに、男は「ありがとう。」とか「ごめんね。」という。これも世界共通のマナーなのか。女は「いいのよ。」という。「気にしないで。」とか。「また、よろしく。」とか。女も男もシャワーを使わない。女は射精された状態で、すっと、退出する。このヘンはさすがに異文化に前向きな私にもついていけないところがある。衛生面でNGだ。もしも一緒にシャワーを浴びるとなると40ドルでは済まないことになるのだろうか。映画だからかな。私は米国において安娼婦を買った経験はないので(普通、ないか)現実がどうなのかよくわからない。私は勝手に40ドルと金額を決めてしまったが、果たして適正価格か。若いし、色気のある白人である。スタイルもいい。いくら時間が短いとはいえ40ドルは安すぎるのでないか、という気持ちもする。吉行淳之介は娼婦の値段は、世界どこでも、だいたい靴1足の値段だといっていたが、40ドルで革靴は買えるのか。それから、この最初のシーンで表していることとして、男は禁欲的な生活をしているという事である。パブでおねえちゃんを口説いたり、付きまとうといったトラブルになるかもしれぬ行為はしない。それは刑務官という禁欲的な職業によるものである。淑女の皆さんがこの映画を見始めてこのシーンを見て、彼らが非常にまじめであることに気づいてほしいものである。娼婦にとっての上客だ。
2006年07月07日
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ヘギョンちゃんの会見は痛々しかった。なんかもらい泣きしそうになってしまった。朝鮮労働党の印象操作にやすやすと乗っかってしまう私である。冷静になって考えていると共に外国人工作員同士の結婚生活を我々が思う結婚と同一に考えてはいけない。ヘギョンという工作員名を持つ若き工作員の涙を額面道理に受け取るのもどうかとも思う。でも、ヘギョンちゃんの会見を見て涙ぐむ早紀江さんを見てこちらもグッとくるのを許してほしい。「めぐみさんって美人だな。」と思う気持ちも許してほしい。あの2枚の写真、どうも2枚とも背景と人物は合成されているようだ。どうでもいいんですが、そんなこと。今回のミサイル発射の、直接のきっかけはアメリカの経済制裁だ。ボディブロウが効いてへろへろなんだろう。マカオの銀行を凍結して(ニセドルを流したりマネーロンダリングしていた)将軍さまの元に現金が入らなくなってきた。好きなメロンも購入しづらいとなると、シャニムニなるのもいたし方ない。中国もロシアも困惑している。中国にもミサイルの件を伝えていなかった様子で外交部も頭を抱えていることだろう。毎年何十万人も餓死者が出ているらしい北朝鮮だが、経済制裁をするのもやむを得ないことと思う。太陽政策により韓国は北を支援しているが、庶民まで回ってくることはほとんどない様子なので、結局、太陽政策は失敗だと断言する。今回の事件で韓国の皆さんも現実によく向き合ってほしいと思う。ノ・ムヒョン政権の支持率は風前の灯のようだが、もうやめようよ、太陽政策。若い人たちだってわかってきているよ、きっと。我々、日本の庶民にできる経済制裁はパチンコ屋に行かないことだと思う。パチンコ屋さんは、日本の行政においてアンタッチャブルなところがある。はっきりいうと違法ギャンブルなのだ。不正なお金が北朝鮮に送金されている。それを止めると効果あると思うのだが。日本人のギャンブル思想はねじれたところがあって、国が胴元をやるのはケシカラン!と思う人が多い。しかし、競馬、競輪等の公営ギャンブルは世の中のためになっている。高齢者施設の設備にも公営ギャンブルの収益によるものもある。ちょっと話が飛ぶが、売春とギャンブルを公営にすると社会はとてもクリーンになるぞ、とドイツ流に考えてみたいものだ。石原閣下がお台場にカジノを作ろうという思いの背後には、パチンコの不正なお金が北朝鮮に流れている実情が気に入らないのだろう。ソープランドの管理くらいにパチンコ屋が管理されたらいいのになあ。
2006年07月07日
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良スレを発見した。2ちゃんねるの『へるす板』であったと思う。ピンクチャンネルを見ていると自分のブログで書くことは、恥ずかしいことなので書くのはやめようと思っていたが、それでも書きたい衝動が勝った。「ビバ!風俗!!さらば愛しき風俗マンの…」というような名前のスレッド。さすがにリンクを貼るのは憚れますので、検索して訪ねてくださいまし。一流企業のサラリーマンであったビバ氏が、ヘルス業界に魅せられ、スタッフとして働き、さまざまな経験をして、卒業するという現在も進行中の回想ストーリーである。現在700台で、3月より書き込みが始まって、丁寧で真摯な文章だけに読者も増え、多くのピンクネラーが彼の文章を楽しみにしている様子である。ヘルス風俗店での出来事、主に人間関係についての回顧録なのだが、すべての職場に通じるような、そして職場における人間関係ってなんだろうか、お金ってなんだろうか、ということを考えるよいヒントである。先月、私は瞬間的に出会い系サイトに興味を持ち、テレクラに一回入って、出来事をこの日記に書いた。(すぐに冷めたのだが)テレクラで会った女性についての詳細は書く気持ちがしなくなって途中でやめた。尊敬するオダギリチガさんから先が読みたいとのリクエストを頂いて光栄であったが、まだ、己の中で消化し切れていない件なので続きは書いていない。テレクラで援助交際をする女性は管理売春をする女性以下であると私は結論づけているのであるが、風俗で働く人たちの生き方やメンタリティを知るのにもってこいの良質な資料だ。もう出入りすることはないが、私も韓国エステ等の世界に興味を持ち、オキニがいたことがある。日本人のヘルス嬢との色恋営業を楽しんだこともあった。過去ログを読めば出てくるのだが、ビバ氏と私との大きな違いは、私はあくまでも安全なポジションから眺めていただけだというところだ。電話の子機で顔をさんざん殴られて機械が原型を留めないほどに壊れ、頭蓋骨が骨折した、なんていう出来事は私にはない。いや、経験したいと思わないが。ビバ氏は文章力がしっかりしており、また経験したことがディープで、きちんとまとめれば書籍となりうると私は思う。風俗嬢が本を出したり、ブログに出来事を記すことはよくあるが、どうしてもお話が美しくなりすぎるきらいがある。男性従業員(しかも彼はけっこうなインテリである)によるヘルス物語は、彼自身の人間としての成長を同時に物語っていて、そこが面白い。※探しても見当たらない方がいらしたら私書箱でお問い合わせください。
2006年07月06日
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ずいぶん前に2本500円で購入したレンタル中古モノビデオ、しかも日本語吹き替え。ハル・ベリーはこの作品でオスカーの主演女優賞をとった。テーマが重たいドラマなんだろうという前知識くらい。家族が寝てしまったところで何気なく観たのだが、一人でよかった。R-18指定だとは観たあとで気づいたのだ。冒頭からファックシーンでびっくり。若い男が売春婦を買って、立ちバックでやる。いきなり挿入してすぐ終わる。アメリカのあちらこちらで日々行われている光景なんだろうが、そんな空しい売春行為がフルコースの先付けとして、とても意味があって、後になって効いてくる。私は冒頭がなぜここから始まったのだろうかと、観ながら詮索するわけだが、フンフン、なるほど、そういうことか、と観るうちにわかってくる。ハル・ベリーも濃厚なセックス演技を体当たりでやる。これが凄くよかった。ハリウッド映画のお話の中で挿入されるセックスシーンは、とってつけたような場合が多いが、この映画においては濡れ場がキモなのだ。性愛がテーマだといってよかろう。黒人差別であるとか、死刑についてとか、高齢者介護等、掲げるテーマが多い映画である。それだけに重たく、私は己の人生とつい重ねてしまって苦しい気持ちもした。苦しいながらも途中で止めることができないという映画だ。「みんなのレビュー」というサイトを確認すると点数が低いことに驚いた。確かにうまくいきすぎな展開ではある。セックスシーンの意味がわかりかねる人も多かった。セックスで愛が確固としたものとなる展開が理解しかねる人は、なぜ売春婦が出てきたのか、親子で同じ売春婦をご利用していることのおかしみは理解できないだろう。この映画はとてもスタンダードで映画の文法に忠実なのだ。だから私は安心してあの世界に身をゆだねることが出来た。ラストシーンについてはいくつかのヴァージョンを撮ったのだろうが、無難にあんなところに落ちついたのだろう。個人的には「ソフィーの選択」のような悲しい終わり方もアリだと思った。10点満点で8点。
2006年07月05日
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と、今回はタイトルの1行でほぼイイタイコトは終わりなのですが。北朝鮮は威勢良く花火を上げています。あれは人工衛星だという人はさすがにいないでしょう。スカッド、ノドン、テポドンが日本海にぽんぽん落ちたわけですが北海道の人は気持ちわるいでしょう。あの海域で漁業をする人たちはロシアンルーレットをしている気分かも。日米安保や9条についての議論はこんな時こそ活発にせねばならないと思います。もし、日本の領土に着弾したら、どうするのか。抗議で終わるのか。アメリカに報復してくださいと頼むのか。インターネット新聞JANJANは護憲運動が盛んなネットメディアですが、いつもの論客たちは今のところ沈黙しています。「アメリカが経済制裁をして追い詰めるのがいけない。」というのか。「アメリカの脅威に比べれば、なんてことはない。」なんていうのかな。私の考えを述べると、現在の憲法下にあっては、弾頭に化学兵器がくっついたミサイルが着弾しても、反撃してはいけません。話し合いを求めるのみです。できるのは経済制裁のみ。大都市に着弾して大惨事が起きても、ガンコに平和を訴え、イマジンを歌って、ガンジーのごとくに無抵抗。それが私の受けた平和教育。例え軍隊が侵入しても、白旗を振って主権を移譲。戦争放棄とはそういうことです。
2006年07月05日
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あいりちゃん殺害のトレス・ヤギ被告の判決は無期懲役であった。心情としては軽いが、これまでの判例を思えばそんなもんかという思いである。法律について素人の私であるが、ようするに一人殺しただけでは死刑にならないということだ。またしても死刑判決とは何か?という命題に行き当たるのだが、死刑廃止論者の皆さんには朗報であったろう。『悪魔が入ってきた』というヤギ被告のいいわけであるが、これはカトリック国の人たちのよくある言い訳である。私は、フィリピーナと話をしていて同じ言葉を聞いたことがあった。浮気、借金をする夫に対して殺意を覚えた自分を『アノトキハ悪魔ガハイッテキタヨ』とそのホステスは言った。殺人という犯罪の罪の重さについて、カトリックの人は我々以上に重大な罪(神様に対しても)という認識がある。ヤギ被告も心のうちで贖罪をしているのかもしれないが、報道陣に対して「イノセンテ!」といってしまうところが彼らの弱さだ。ラテン系の人々の言い訳は、日本人には通らないことが多いものである。
2006年07月04日
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ナカタはブログで日頃より心情を吐露している。で、今日の21:00に引退する旨の文章をアップして、ニュース速報が出て、報道ステーションでは、ブログの文章の全文が読み上げられた。それで、私の感想。じぶんは、無名でよかった。情けない文章をアップしても、読む人はそこそこで、しかも、ほとんどが現実世界の私を知らない。これは、いいことだ、ブログでの心情吐露において。ナカタほどになれば、ブログを校正する人もいるであろう。よくよく考えて載せた文章であろう。それで、アレだもん。選手としての才能はもちろん認める。非凡だと思う。しかし、本人も述べているが、コミュニケーション能力が足りなかった。ナカタの旅はまだまだこれからが本番であろう。数学にも強いということで、実業家にあれば成功するのではなかろうか。ワンマン経営で。
2006年07月03日
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今日ほど、人生がつらいと思った日はない。と書いて、あまりに暗い文章なので先を続けることが出来ない。要するに介護やら年老いた両親の今後を予想するに、体がブルブル震えるほどに不安があるのだ。両親が死ぬ前に私が死んでしまいそうなのだ。まったく何もする気がなくてベッドに横になるだけ。生きるための意欲がほしい。不幸な話を耳にすることは誰でもあろうが、まさか自分にとてつもない苦しみがやってこようとは思わないものだ。ケンセイカイという宗教法人に家宅捜査が入った。勧誘の際に暴行があったとのこと。創価学会から分岐し、そしてそれに敵対心を剥き出しにする団体である。私は大学生の時に同じクラスの男に誘われて、集会に参加したことがあった。そいつは3浪しているので、接し方としてどうしても丁重になる。そんな私の優しさがアダとなった結果になった。集会所には100人近く信者や私のように誘われてやってきた者がいた。私が注目したのは老婆の率が少なく、若い今風の(20年前の)女性が何人かいたことである。この集会を機会に女の子と一気に接近できるのではないかとよからぬことを考える男は、私だけではないだろう。3浪男と集会に付き合って、さて帰ろうと思ったが、メシでも食べようということになり外に出ると27歳の設計士をしているというせん病質な男が登場した。3浪男の先輩にあたる男で、その後、私は喫茶店において5時間以上拘束されてしまうことになった。そして日蓮のすばらしさやら、この信仰に参加しないと呪われるという脅しをえんえんとやられた。私がいけなかったのは3浪男がスパゲッティを奢ってあげるという提案にのってしまったことである。ご飯をごちそうになっているのだから、相手の話くらい聞いてあげよう、という態度がいけなかった。「仏法にそう書いてある。」というのがせん病質男の折伏の根拠であり口癖であった。私の反論に窮すると「仏法にそのように書いてあるんだ!」と体をワナワナ震わせて恫喝する。当時の私は若者であったので、理屈で攻めて反論しつづけた。体力があったんだな。ケンセイカイは日蓮宗の系譜であるが、私の祖母が立正佼成会の信者で、物心ついたころから、様々な教えを受けて、学校に行く前には仏壇にチン!していたほどであった。ということで少々の知識があったから、出鱈目な話を聞くとどうしても突きたくなってしまうのだ。若気の至りだ。※もう、今日の日記のテーマはなんでもいいのだ。読み手をなるべく不愉快にさせずに、なおかつカタルシスを得ようとしたら、カルト宗教の勧誘の話になった。私のいけない点は議論を好み、異文化やじぶんと異なる考え方に接してみようという妙な探究心だ。かかわりを持つからいけないのだ。親和欲求が強いのだ。カルトの皆さんは、「祟りに会う」といった脅しをやる。あれはいけないと思う。有楽町のガード下の占い師にも言われた。その祟りとやらを取り除くのに7万円必要だと。今でもいるのかな、あのおばさん。『夫婦和合』なんて書いてあり、20代であった当時の私は、そのお祓い先の部屋(北千住にあるそうだ)に何か性的な目的があるんじゃないかとも察したほど。なんのかんのとこれまでの人生において宗教の勧誘はすべて断ってきた。嫌いじゃないよ、宗教。マグダラのマリアに凄く興味あるし。ユダの福音書に興味もある。神社、仏閣、好きだし。この人生のピンチにおいてはそろそろ宗教の出番なのかと思うこともある。精神科でも先生にいっちゃった「どうも私に必要なのは医学ではなくて、占いなのかもしれません(笑)」と。全方位で思考するという私の哲学は疲れる。何かに入信すれば、その信仰以外の思考は停止できるわけだから楽になるのではないか。マインドコントロールされた人って、満ち足りた表情しているもんね、キモいが。
2006年07月03日
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ソーテックのノートPCがまた壊れた。1ヵ月ほど前に、修理に出して『ファイルが壊れている』とのことで見積もり料3000円のみを支払い、自分でリカバリーした。リカバリーだけで1万7000円もとる神経がわからん。これまで2~3回リカバリーしたPCなのだが、なんか動きが悪い。アラート警告というのが出て「なにがしのサイトでレジストリをどうこうしてください」と英語で警告がしばしば出るのだが、その警告を出しているのがよからぬサイトっぽいのだ。それでほっておくと次第に動きが悪くなって最後にはOSが動かなくなる。で、リカバリーとなる。2~3日前に、突然ガリガリガリッ!とHDDが、けたたましい音を立てて壊れたのをみて、もう観念した。HDDがいっちゃんだろうな。2001年製のXPモデル。128MB。ワードすら入れてない。ネットオンリー使用であった。はやりソーテックだからこんなこんなのか。ノートPCとは3年が耐用年数なのか。エロサイトで病気をもらってしまっていたのか。わからん。HDD内には、メタカフェで落としたおもしろエロ画像があって、それがまたしても消えてしまうのがちょっと惜しい。私はノートPCが好きなのでときどきCDRかなんかに焼いておくべきだな。いくらメールはすべてフリーメールといえども、情報が綺麗さっぱり消えてしまうのもなんだかなあ。2000年製のメビウスモバイルはさすがにソーテックのような安普請なところはない。(これは2002年にスフマップの中古7万円で買った。メモリも増設されていた)サービスセンターの対応もソーテックに比べるとずっとよい。キーボードに水をかけてしまい、これも直したのだが、電源を差し込む口の接触がバカになってちょっとしたことですぐに落ちる。(バッテリーがバツなのだが、それが高くてとても購入する気にあれない)腫れ物に触るように扱い、文章を書いてはしょっちゅう上書き保存をする。OSはME。モバイルマシンで液晶が10インチくらいなので、正直、見づらい。2000年頃のシャープはその頃のIBMに次ぐほどに品質はよかったと思っている。しかし、これ以上修理してもなあ。電源の差込口の接触不良については、初めてウィン機を買った1999年の東芝マシンも3年でだめになり、修理をしたが、ほどなくまた壊れた。ノートPCの寿命は3年が普通であるならばデスクトップにすりゃいいのだろうが、ノートはだらしない生活をしている私にはとても便利なのだ。テレビを見ながら膝の上においてブログが書けるでしょう?2ちゃんねるの実況版を楽しむのにいい。現在、いいなと思っているのがエプソンダイレクト。ただ、安くりゃなんでもいいやという考え方ならデルでもHPでもいいのだが、いくら部品が台湾メーカーのOEMとはいえアフターケアが抜群なのだ。私の中の評価ではエプダイが一番。ただ、マックブックもちょっと気になれる。もう少し情報を収集しよっと。
2006年07月02日
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