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○某年某日、編集記事の読合せ、記事の組み方等終えてM・K氏と別れた足で近所のカラオケ喫茶に顔を出しました。先日の水曜日は女性陣が15人ほど缶詰状態でしたが、本日は男4人女性1人と静かなものでした。5曲歌って戻りました。夜のスナックにはダミ声を張り上げマイクを独占する我儘タイプが多いのですが、昼のカラオケ仲間は皆さんレベルもそこそこで聴かせる、人の曲も聴き入るマナーが出来ていて好感が持てます。大学時代のグリーから起算すれば50年ほど合唱や歌唱に接していますので、声量や共鳴など発声には或る程度心配りをしています。上顎の或るポイントに声を当てるとピッチ(音の高低・周波数)の正しい音程、そしてボリューム量も充分な声が出ます。グリークラブ入部当時上級生から、今までの声を捨てて、合唱向きの共鳴する声を身につけろ、と言われて以来、発声の難しさを痛感して来ているのですが、神主さんの祝詞の発声を真似ると案外、正しい発声方法に近づけるようなことを最近会得して来ました。
2023.09.30
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○今から16年も前の話、松栄堂で開かれた「虚子と余瓶」の展示会でご挨拶したTさんからのお誘いで、大阪は今橋4丁目にある大阪倶楽部で開かれている加賀正太郎の蘭花譜展に行きました。雨が降りしきる生憎の天候でしたが地下鉄淀屋橋9番出入り口からはすぐ近くでした。大阪倶楽部は創立大正元年、地上4階地下1階の現建物は大正13年のものです。軍の命令で一時封鎖された時、加賀正太郎が自宅の一部を大阪倶楽部に提供したこともあって、大阪倶楽部で彼が残した『蘭花譜』の一部が公開されたのも頷けるのです。Tさんに加賀正太郎のことや蘭花譜について簡潔にガイドしました。場所を向いの喫茶店に移し、アッサム紅茶の香りを楽しみながら、Tさんの祖父とすばるの縁について検証しました。Tさんは実家のお宅の写真など、私が持参したのは彼女の祖父余瓶さんからすばるに戴いたハガキの数々。野風呂翁を初め余瓶さん、大夢さん、素径さんらの句の寄せ書きで中央にはたんぽぽの絵が描かれているもののカラー・コピー。Tさんが建築設計学にご興味がお有りだから、先日ガイドの会で学んだ公開講座、京都工芸繊維大学の田中潤一郎先生の藤井厚二に関する聴竹居の資料のコピーなど。 いろいろお話を進めていく内に余瓶さんのお宅(Tさんが嫁入りまで育った実家、現在は京都御所真向いの金剛能楽堂)は800坪の土地に藤井厚二が建てた建築物だったということ、しかも大山崎町にある聴竹居はその試作品だったのかも知れないというお話をお聞きして驚きました。後日、『野風呂俳諧日誌』にも、この新築のお宅に触れた記事を「読む会」で確認できました。
2023.09.29
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○最初は岡山の旭川に繋がる百間川から百間と号していた内田百閒のお伽噺集『王様の背中』は谷中安規の版画絵が一体化して溶け込んでいて、処分に困る書です。昭和9年限定200冊の初版なら10数万円もするようです。王様の背中、影法師、狸の勘違ひ、お爺さんの玩具、桃太郎、かくれんぼ、三本足の獣、狸の魂、お婆さんの引越し 以上9話。お伽噺も挿絵から、ほっこりする時間を頂戴しました。
2023.09.28
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○スーパーマリオの表紙のノートに父が新聞から切り抜き、貼り付けた「京の口うら」80篇。京都新聞に入社され、2017年に亡くなられた杉田博明氏の記事。金沢美大中退ながら、現在日展の審査もされている池田良則氏の挿絵がこれまたよろしい。きずつない、ちょか、なんどり、どうどすやろ、おしょらいさん、どすけどぉ、などの京言葉が綴ってあります。後日書く事になりそうです。
2023.09.27
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○光彩社刊、新修京都叢書第1巻、京童「京童跡追」並びに洛陽名所集「京雀」。いろんな執筆者の中に、出典として名の出る上記京童は6巻6冊。これは「京童」の補遺てきなもので、内裏、下御霊、請願時、和泉式部、腹帯の地蔵など。後者「洛陽名所集12巻12冊は、足利将軍に仕えた山本泰順の手になります。<夫京師は大衆の居所にして、本朝、支那ともににぎはしぅ。>御霊社、園韓神、縣宮、石神、聖天、中川、真如堂、浄華院、百萬遍などと続きます。
2023.09.26
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○日記の材料に困った時は、手ごろな本から話題を誘い出します。本日は西敏、塩谷桓両氏の『漢字のクイズ』から1)田児之浦従打出而見者真白 不尽能高嶺尓雪波零家留2)青丹吉寧楽乃京師者咲花乃 薫如今盛有3)東野炎立所見而 反見為者月西渡 4)憶良等者今者将罷子将哭 其彼母毛吾乎将待曽5)石激垂見之上乃左和良妣乃 毛要出春尓成来鴨ヒント) おくららはいまはまからむこなくらむ そのかのははもわをまつらむそ あおによしならのみやこはさくはなの にほふがごとくいまさかりなり たごのうらにうちいでてみればましろにぞ ふじのたかねにゆきはふりける ひむがしののにかぎろひのたつみえて かえりみすればつきかたぶきぬ いはばしるたるみのうへのさわらびも もえいづるはるになりにけるかもひらがなの和み、日本の和歌の原点がここにありますね。
2023.09.25
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○寿岳章子著、絵・沢田重隆『京都 町中の暮らし』は気楽に読み進める良書で、写真とはまた違った息遣いのする沢田さんのさし絵に暫し時を奪われてしまいます。寿岳さんの「わが家の住ぐらし」「衣ぐらし」、「食べぐらし」「心ぐらし」について綴ってあります。実はこの本、地元の古書店「ヨドニカ文庫」にて私が買ったもの。
2023.09.24
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○ガラス絵とは、透明なガラスの裏面から絵を描いて、それを裏返して表から見る絵の事。17世紀のルーマニア、チェコスロバキア、ドイツなど、東欧の国から始まりました。主に懸絵でキリスト降誕図、聖母子像などが中国にももたらされ、東洋風な中国のガラス絵として隆盛を見、日本にも伝来、和風のガラス絵、人気役者の似顔絵や美人絵、名所絵、文明開化絵など多種多様なものを経て、覗き眼鏡やがて芸術作家の見事な作品の時代へと進展して行きました。
2023.09.23
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○10数年前の向陽句会では梨と曼珠沙華が季題でした。 ひとり聞く舅の戦後史梨をむく としお戦後間もない頃、喉がやたらに渇いた記憶がありますが、舅さんの長話を嫁は聞いている、果汁豊かな梨の皮を剥きながら。 梨食べて余部鉄橋今渡る 孝一唱歌の汽車ぽっぽに少々似ていますが、高低差のある余部鉄橋を渡る臨場感が素敵ですね。 梨白し逆運の日も過ぎしこと けい子白い梨がぴったり合っています。 梨狩や重し軽しと袋がけ 静梨の重みと獲り入れの楽しさが伝わりますね。 食べるよりラ・フランスは画材とし 洋花 院展の帰りに洋梨ふたつ買う 美代子 曼珠沙華畦の直線くっきりと 静もう既に詠み尽くされているかも知れませんが、曼珠沙華の特徴を見事に詠っていますね。 一般の句では、 独り身の生きるを問うて茗荷の花 美代子 秋暮るる各駅停車ひとり旅 明美18切符で旅すれば、無人駅などはこの句の通りです。 殉教の烈士の墓や曼珠沙華 星子 梨もぐや赤銅首を頬被り 大西日ブロック塀にある余熱
2023.09.22
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京都・護王神社そばの菅家産湯の天満宮○菅原道真公は時平公の讒言により太宰府に流され、汚名の回復と都への帰還を切望されながらも59歳で亡くなりました。ところがそれ以降<都に打続きて災ひあり。或る時は雷電霹靂して世の中暮れふたがり、雷の音に多くの人肝たましひを砕きて、死に惑ひなどしけり。・・・そのたたりなる由沙汰せり。・・・鴨川の洪水にはかに落ちて、陸地の如くになりて・・・菅根朝臣は蹴殺され給へり。・・・三月時平公心地悩み給ふに、様々の御祈りの験なく三十九歳にて薨じ給へり。時平公の御女の女御・御孫の東宮・時平の一男八条の大将保忠郷・その弟の中納言敦忠なども、次々にみまかり給ひしかば時の人これらをも菅公のたたりなりといひ騒げり。・・・道真公を本の位に復し、正二位を贈らせ・・・四人の御子の流罪を許され・・・>。 また後鳥羽院は隠岐の島で没する前に2枚の遺言書を遺され、一つは時の幕府の執権者らを呪ってみせる旨記され、もう一つは部下に自分の別邸水無瀬にてねんごろに菩提を弔って欲しいと書かれています。 鎌倉幕府の執権者も室町時代も、織田信長・秀吉・家康に至るまで水無瀬に関して、執権者は一切関わりを持たないようにして今日まで来ました。 わが国の歴史には皇室の継承権や政治の実権を巡り、怨嗟・呪い・祟りの暗い一面も残されているのですね。
2023.09.21
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○市岡支店の法人外交をしていた折、染谷組という建設業さんが居られ、社長の趣味の一つが土鈴の収集でした。いろいろ見せていただいた記憶があります。 保育社カラーブック『土鈴』(山本鉱太郎著)を参考に幾つかを紹介しますと、弘前は下川原焼の土鈴は、キツネ、赤鬼、青鬼、仁王といった恐い面相のものが個性的です。十二支の土鈴は各地にあって東京や絵馬付きの相模など多々ありますが、横手の十二支はカラフルで造形的にも優れていると思われます。六地蔵・身代わり地蔵など鎌倉ものは、やや宗教的です。名古屋は土鈴の宝庫で絵馬神鈴、茶筅鈴、犬山のだるま鈴など。小京都である金澤の土鈴は雅やかで御所車、凧揚げの九谷鈴や四角い角鈴など。
2023.09.20
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○河出文庫本の1つに京都新聞社編『京都・町並散歩』「(200数頁)があります。京都に生まれ、育った人の数倍もの想いを寄せる府外の人々を癒すのは寺院ばかりか、京の町家風情にあるのではないでしょうか。桟瓦屋根に始まり、琺瑯製の白板に「上京區 夷川通堺町東入 絹屋町」と書かれ、下には軍服の仁丹の広告のある町名表示板。屋根から睨む銀色素焼きの鍾馗さん、切子格子、犬矢来、 福田平八郎画伯の「雨」にも描かれた<むくり屋根>の丸いカーブ、出入り口がニ重構造の<猿戸>、虫籠窓、数少なくなったけれど<ばったり床几>、酔っ払いの小便除けの朱色鳥居、祇園・宮川町に多い長簾、屋号入りの麻のれん、江戸・明治の名残の軒吊り看板、祇園祭の土産<ちまき>、<牛つなぎ>、平瓦と漆喰で構成された<なまこ壁>などなど。 京の観光として、名所よりも町並みを歩くことをお薦めする所以の1つがここにあるのです。
2023.09.19
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〇某テレビ番組では業績をあげる接遇の師として平林都さんの5つの法則を紹介していました。1)こころの底から挨拶しましょう♪2)歯を見せて笑顔を表現しましょう♪3)相槌には『。』をつけて肯定しましょう♪4)お願いするときは疑問文に変えましょう♪5)肩幅からはみ出ない動きが女性らしさ♪彼女の指導方法は厳しい言葉と叱咤激励でメリハリをつけておられますが、本来はやさしい女性。お客様や会場に居られる人々に満足していただくことを真摯に考え煮詰めると、お客様に出会えた喜びの心を大切にすることに帰結しそうです。人々が一堂に会する集まりの場所では、今日出合えて私はこんなに嬉しいのですよという気持ちを温存すれば、自ずとそれに沿った態度で接することになりますね。
2023.09.18
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○朝日新聞社出版局写真部の田中真知郎、奈良国立博物館美術室の上原昭一共著『かんのんみち』は昭和51年11月30日発刊定価3000円。仏教伝来から暫くの間は、貴族の信仰の対称でした観音様が、後年、大衆からの支持が圧倒的に増え、愛されて来ています。観音菩薩は33の姿に化身して、人間の苦しみや悩みに救いの手を差し伸べて下さっています。この書を上梓するにつけ、撮影に携われた田中氏が思いを新たにされた事は、戦国乱世に、庶民たちの手で戦火の中から救い出されたという伝説の殆どが近江の国という事実。一歩足を踏み出される姿の観音菩薩、滑らかなお姿に、私たちは癒されますね。でも、渡岸寺の十一面観音さまは、御名のとおり優面から怒面、真裏の気味悪い「大笑」面もあり、その点ご留意下さい。本書には103体もの様々な観音様が紹介されています。
2023.09.17
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○手づくりのガラス製品は夏に映え、秋には郷愁を誘ってくれますね。長女が高校に入った年でしたか、一家で北海道旅行を楽しみました。札幌空港から小樽へ、そしてクラーク博士像のある地区や定山渓地区など。その旅で手製のグラス紫と青は現在も朝食時に愛用しています。滋賀県は秀吉公ゆかりの長浜。明治33年築の木造洋館を平成元年リフォームした建物こそ黒壁ガラス館。レトロな雰囲気とガラス製品、万華鏡その他の飾り物など、ついつい財布の紐が緩んだのでした。
2023.09.16
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○昭和11年の亡父の日記は3月20日までは、ほぼ1ページを割いていますが、3月下旬から時間的に余裕が無くなったのか、メモ程度のもの、但し書きのような記録になっています。3月29 日午前中ホトトギス社を訪ひ(高浜) 虚子と合ふ。 白川(水野男爵)は熱海へ行かれ、自 分のみ午後1時の燕(列車名)で帰途 につく。3月30日 卒業式、出席、経済学士の証書を受 く。4月5日 住友生命へ初出勤、三等職員を命ぜら れ、保険学、保険数学、算盤・習字を 学ぶ。4月22日 徴兵検査、第一乙種合格。8月1日 ラヂオ体操委員となる。また、防空演 習、応召者通知の伝達係として活躍、 各課より声を認めらる。10月4日 満期保険支払事務を受持つ。10月15日 三浦零子氏の紹介で、山口誓子氏 と合ひ、名刺を交換す。誓子氏は神経 の尖った人。10月18日 日野草城氏・水野白川氏とガスビ ルにて昼食を共にす。草城氏は女性的 な鋭さを秘めた人。 句に対する考え方は正常、それが意外。
2023.09.15
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○お爺さんが生まれた朝に買われた古時計 百年休まずにお爺さんと動いてきた古時計 花嫁が来た当時も、嬉しい事も悲しい事も 何でも知っている古時計 天国にのぼるお爺さんとの別れを 知っていた、今は動かない古時計唱歌「大きな古時計」の歌詞をまとめました。子供時代、居間兼茶の間の柱に懸かっていた濃い目の茶色した柱時計への郷愁は、昭和生まれしか解らないのかな。
2023.09.14
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○数年前、大山崎ふるさとガイドの会のメンバーだった折、宝積寺の小槌宮に祀られている打出と小槌の説明をする時、従来から聞きなれた「打出の小槌」の「の」を「と」と、はっきり言い換えて「打出と小槌」と言いますが、 小槌は兎も角も、打出という棒のようなものを説明する時に難儀していましたが、『京都・異界をたずねて』を著された蔵田敏明さんの説明によれば、<何とここには福を授けるという打出(弁天様の持物)と小槌(大黒様の持物ジブツ)が神器として伝わり、それをまつわる伝説が残されている。>更に、一寸法師に酷似した伝説も附しておられますので、書籍に載っているのなら、一寸法師がこの寺で修行した件も堂々と話題にしていました。ついでに打出を広辞苑で調べますと、<1)作り出したもの。うちいで。>の注釈のほか、2)「いだしぎぬ」に同じ>とあります。<打出=いだしぎぬ。直衣の下、指貫の上に、下着の衣の裾の端を現して着ること。いだしづま。また装飾の目的で、女房の衣の裾や袖口を簾の下からはみ出させておくこと。また、その衣。うちだし、うちで。>とあります。
2023.09.13
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○以前家内と出雲大社に参拝する小旅行に出かけましたが、一畑電車の窓から一面の大麦畑が目に映りました。 麦栽培には大麦、小麦、ライ麦、オート麦がありわが国では小麦、大麦が主流です。小麦は製粉されてパン、うどん、菓子用に供されます。一方、大麦は麦飯、粥など主食用に使われ、酒や焼酎の原料にもなっています。古来からの名産地、九州壹岐島そして大分産の5種類セット品。スモーキーな「いぶし」、磨き50の「REⅤOLUTION」、伝統の「壱岐の熟」、香吟の「艶蜜」そして粗ろ過の「むぎ濃厚」という触れ込みにて売り出しています。
2023.09.12
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○「銀花」第25号には「江戸の本」として幾種類もの書物が写真入りで紹介されています。室町時代に流行った御伽草子は奈良本という彩色もの。秀頼公ご遺愛の『熊野の本地』を掲載。角倉素庵が本阿弥光悦らの協力を得て出した嵯峨本。「つれづれ草」を載せています。続いて絵の輪郭だけを墨で刷り、丹(赤)、緑、黄、まれに金泥で手彩色した丹緑本。人情本、赤本、黒本、黄表紙それに辞書、連続小説ドラマ「らんまん」の牧野氏の描いたような図鑑などが掲載されています。
2023.09.11
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○占いや性格判断の世界に於いて、大きな枠組みで何万人もの人がひと括りで性格・運勢がわかることに従来から疑問を感じていました。12カ月でのグループ分け程度では、血液型での性格判断のレベルと大差が無いように思っていました。 鏡リュウジ監訳、チャールズ&スージー・ハヴェイ共著の『月と太陽でわかる性格事典』という厚い書物は、1930年1月21日午前3時33分(水瓶)~2009年12月22日午前2時47分(山羊)までの太陽星座の分類表のほかに同じ時期、期間での月別・時間別の月星座(28日周期)の表が載せてあって、自分の生まれた年月日に於ける誕生時刻直前の星座を調べ組分けするものです。双方の星座による組合せは144通りという従来の12倍ものグループに分けられますので、より的確な性格判断が得られるというものです。それで自分自身を照らし合わせ、性格を調べてみたところ、繊細で気まぐれ、直感的、優れた洞察力、如才ない、ロマンティック、魅力的、社交的、人に依存しがち、慎重、芸術的、おとなしくて従順、美と調和を愛する、心のうねり、大らか、人当たりが良い、疑うことを知らない、騙され易い、協力的。と言った”水×風”で構成されるグループに属していて、若干の例外を除けば殆どが納得でき、驚きました。そこで、家内(生まれ時刻を知らない)や娘・息子(誕生時刻は勿論判明)なども調べてみましたら、微調整でぴったり当っていました。 しかし乍らマイナス面はあまり指摘しないで、良い面を強調する文言が多いので、読者をして<その気>にさせる代物なのかも知れません。
2023.09.10
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○宇野重吉、森重久弥、水谷八重子、緒形拳など過去多くの名優がおられました。「おんな太閤記」の佐久間良子、西田敏行のお二人は、ねね、秀吉の一生を魂を込めて演じられていました。舞台中心、銀幕中心、テレビドラマ中心それらのどのジャンルでも活躍された方もおられました。また、一方で、<この人にしか演じられない>という個性を売り物にする俳優さんもおられました。掲題の天海祐希さんは宝塚歌劇団が輩出した男役でしたが、退団後、俳優として相当な努力を積み重ねて来られた方だと思っています。テレビ画面で上手に演じる俳優は無尽蔵におられますが、脚本を貰った時点で、演ずべき役柄の人物と自分の生い立ち、歩んで来た道程とを巧みに重ね合わせて、ドラマの中の際立った深い人間性を演じきり、後世、誰にも負けない気概で「一人の人物象」を演技力で遺すというプライドを感じさせる俳優さんだと信じています。演じすぎない演技の大切さ、他の俳優さんとの協調をも熟慮して上での演技の気品を感じています。故に、天海祐希さんが関わられた「女王の教室」「離婚弁護士」「緊急取調室」など印象的な作品が多い。脇役の折は、主役を立てる事に徹するのも、名優の条件の一つです。
2023.09.09
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○2014年から公益法人になった「日本けん玉協会」。そこでけん玉の歴史を繙いてみましょう。当初は鹿角でもって柄のある猪口につくり、のちには唐桑、花梨、紫檀などで杯状につくり、その柄に細い糸をつけ、その先に木製の玉をつけ、それを投げ受けて遊んでいました。江戸時代の末期から行われ始め、古くは拳玉とよんで宴席などの興をそえるために行われましたが、その後これで以て日々の吉凶を占い、待人の来否などを試みるのに使われたようです。文政十三(一八三〇)年に喜多村節信が書いた『嬉遊笑覧』の中に<安永六、七(一七七七、八)年ころ拳玉といふもの出来たり。云々>と詳しく書いてあり、下手な人には罰として酒を飲ませたそうです。上記は日置昌一著『ものしり事典』を参考にしました。時々、テレビでも放映されていますが、結構奥深いものが感じられますね。
2023.09.08
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○季刊「銀花」1972年第12号は黒田辰秋の木工・漆芸品、谷中安規の版画などの他、切り紙野郎の股旅人生と題して関屋敏隆の作品に3頁割いています。繊細さは微塵もなく、滑稽さが売り。Facebookの中に切り絵 Reiko.kさんの細やかな作品を拝見していますが、職場の大先輩だった大月透氏は長女と同じ幼稚園にご子息が通っておられたので、親しくさせていただきました。日本剪画協会副理事長もされていましたので、繊細なお作品、構図の妙にも感服しています。
2023.09.07
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○最近京都新聞では、「琥珀色の100年」と題してサントリー山崎蒸留所の歴史等を6回掲載しています。NHK朝ドラの「マッサン」では日本独自のウイスキー製造に挑む様が演じられていました。さて、私は下戸(律令制の時代、働き手の少ない所帯を指す詞)ですが、アルコール類が飲めない訳ではありません。じっくり時間をかけて飲めば、普通レベルです。独身時代や所帯を持っても、ウイスキーのダブルをストレートで、ちびりちびり飲んでいました。しかし、日本酒は美味い事は認めますが、体質に合わないのか、翌日午前中まで酔いが残りますので、避けています。ウイスキーよりもブランデーの方が覚め易いので途中からブランデー派。二度目の就職(銀行子会社のリース会社)では、収入も半減しましたので、止む無く焼酎に。この齢となっては、めっきり弱くなったので、殆ど飲みません。先日の加茂さくら、すみれ姉妹のお誕生日お祝の席では、楽しい集いでしたので、ブランデーの水割りを6杯ほどでした。
2023.09.06
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○某年某日、或る友人からメールで今年最後の月下美人が今夜咲きますのでご覧になりますかとのお誘いがありましたので、遠慮しないで拝見させて戴きました。子供の頃、サボテンの生育に興味を持った時代がありました。この楽天サイトで親しくさせて戴いている方々のHPでも月下美人は何度か拝見していますが、生の月下美人に接する機会は今回が初めてでした。夜、9時半頃、その方宅に伺いますと部屋からたちこめる芳香・・・そして立派な植木鉢には厚手の葉からにょっきり出た太い茎が垂れ下がってゐ、真っ白な、気高い幾何学文様の大輪が咲いていました。若きエリザベス女王、或いはベルサイユの薔薇の王妃のような気品をそなえた花でした。開花時間は僅か6時間程度の儚さゆえ、夜中に萎んでしまうとか。
2023.09.05
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○ 「 窓 」 出窓は一枚の画布である 四季折々の景色を 毎日描き出して呉れる 新居に居る今は秋 数間離れ目の高さにあるのは 隣りの一階の屋根 それを背景にススキの穂が揺れる 斜降する屋根の向こうには 遙か天王山のなだらかな尾根がつづく 風のそよぎと緑の山並み 初秋の画布は青空と 銀色の屋根と 金色のススキの穂と 庭木の眩しい緑と 天王山の深い緑 窓には透明な白いカーテン
2023.09.04
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○大山崎歴史資料館に常設されている信貴山縁起の「山崎長者」の絵巻物は信貴山の命蓮の超越した法力を描いていますが、『宇治拾遺物語』の171段に「寂照上人鉢をとばす事」と題して <今は昔、三河入道寂照といふ人唐土にわたりて後、唐土の王やんごとなき聖どもを召し集めて、堂を飾りて僧膳をまうけて、経を講じ給ひけるに、王の給はく、今日の齊莚は手なかの役あるべからず、格我鉢を飛せ遣りて物は受くべしとの給ふ、その心は日本僧を試みんがためなり。・・・・>とあって、中国の僧はみんな見事に鉢を飛ばして托鉢しました。三河入道寂照の順番がきた時、日本の聖鉢おそしおそしと責められましたが、三宝神祇助け給え、恥をかかないよう念じましたところ、鉢が独楽のように回転し始め、中国僧よりも数段早く飛び物を受けて帰ってきました。それで王も漸く尊敬の念を持たれたという話。話を元にもどしますと、信貴山縁起の話は絵の中の人物の表情を見ながら物語の経緯をガイドしますと、米俵が列を組んで空を飛ぶその滑稽さに、お客さん達は山崎の長者を身近な人物としてみて下さいます。この話もまた、ガイドの足しになりますね♪
2023.09.03
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○父すばるの元部下で一時は京鹿子の同人だった梶本きくよさんのこの句は忘れられません。昭和40年代の作品かも知れません。以前、この句に寄せた拙文があったので、少し直しながら載せてみましょう。 曼珠沙華折れば返り血浴びさうな きくよ 作者が武家の出ではなかろうかと思わせる句の一つ。現在では園芸用となって居て馴染みがありますが、古来、彼岸花を摘むことはタブーになっていた。どうしても死のイメージ、恨みつらみを伴うような恐ろしい花。あのけばけばしさから返り血とまでは思い及ばなかったけれど、なるほどと納得してしまう。作者の不思議な感性、見事な感性。
2023.09.02
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○イエス・キリストが生まれた頃の世界人口は、2.5億人程度だったと推定されていますが、それが2倍の5億になるのに1650年間の時を要しました。そして1930年頃は20億、2012年には70億人に達したようです。アメリカの生態学者E・Pオダムの計算では、12歳の少年が1年間生きる為に必要なエネルギー換算では牛4頭半が必要だとか。この4頭半の牛を育てる為のムラサキウマゴヤシという牧草2千万株が育つ広大な土地が必要という勘定になります。鳩ぐらいのハイタカという猛禽1羽が生活するのには、どれほどの緑が必要かを考察すると、この鳥が仮に四十雀程度の小鳥を餌とするなら、779羽を食します。それなら四十雀1羽は、年間12万5千匹の松尺取虫を要し、779羽の四十雀には1億近い尺取虫が要件となり、その虫の為にはキハダの森に換算して約2キロ平方メートルの緑が。つまり皇居や明治神宮の森ほどの緑があってこそ、ハイタカは一羽やっとこさ生活できる訳で、緑を底辺に、ハイタカを頂点とする食物連鎖のピラミッドは、「エルトンのピラミッド」と言われるほど底辺がうんと長い、ぺったんこのピラミッドになります。 それほど環境問題は厳しいもので、森を育てるのには即効性が無いので、大きな時間的な視野も併せて必要だという話です。(参考書・上前淳一郎『読むクスリ』16巻)
2023.09.01
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