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〇多趣味だった父の夢の跡をもう25年以上時間を費やしつつ、断捨離をしていますが、ひょっこりと掲題の冊子風な俳句とエッセイ集が出てきました。桃色の下地に青、白、赤、桃色の鈴模様の千代紙で装った、いかにも富久子さんらしい設え。父と同じ桂の句会仲間だった方で、見事な揮毫と押印が表紙裏にあります。春夏秋冬の句が25ページ 結ひ初めし髷のおもさよ福寿草 あめつちに母子ふたりの眠る蚊帳 七夕や笛習うはむと思ひ初む 心地よく目にしむ朝の葱を切るエッセイが「おいちのめだま」「菊」など21編あり、まるで樋口一葉の世界にはまったような心持ちがします。
2026.01.31
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〇勤王派と佐幕派が凌ぎを削っていた幕末、背中に封じ文の彫り物をした春代という稀有な女スリがいました。三条と四条の間に仮橋があって、その脇の掘っ立て小屋には、世を忍ぶ桂小五郎が身を潜めていました。その小屋の主・野村三千三から新選組の様子を探って欲しいと頼まれ、新選組、夢想流の達人・佐竹観柳斎を色仕掛けで懐柔し新選組の動向を逐一三千三坊主に報告していました。 新選組副組長・土方歳三は敵方に動きが漏れていることに気づき、佐竹を疑い、鳥羽街道で彼を斬り捨てました。これを悟った春代は身の危険を察知、船から飛び込んだり、泳いだり、ほうほうの態で山科近くの藩谷にある実父の小屋に逃げ込みましたが、娘がまだ盗みを止めず悪いことをしていると誤解して、槍で突き殺してしまいました。彼女を不憫に思った人々が小屋の近くに地蔵堂を建て、供養しました。地蔵の背中には、彼女と同じ封じ文が彫られていたとか。(参考文献・李風聞書おんなこよみ)
2026.01.30
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〇現在は3台目の電子辞書を使っていますが、初代のそれが壊れ、不便を感じていた記事がありました。以下の通り。句会の席上でONを押しても真っ暗のまま。充電は充分してあったのに変だなと思いつつ、家で原因を追究したところ、リチウム電池の故障か、その繋ぎの故障のようです。保証期間が過ぎて間もない時なので泣き寝入りしかなさそうです。ただ、パソコンに繋いだり、コンセントに繋ぐ分には使えます。さりながら、大きな句会では披講者を務めますので、もう1台早々に購入する必要があります。 ところで、この電子辞書はそのガイドブックを大して読まないまま、専ら広辞苑、漢字源、古語辞典程度しか利用していませんでした。今、ゆっくり、その機能を探究すると、意外に時間つぶしに最適なものと感じました。類語、名歌・名句、カタカナ辞典、故事・四字熟語、慣用辞典、言葉作法などは最初の画面に出ているので周知していましたが、第2画面には、ことばの由来、歌舞伎の名セリフ、小倉百人一首、仏教宗派、日本の神々、読めない地図帳・駅名などの日本語知識、日本家屋・庭園・着物・寺社建築・仏像や城郭、茶道、盆栽、歌舞伎舞台、能楽などの日本語知識、全国方言一覧や常用漢字の難読辞典、日本語○×辞典。英語関係も致せり尽くせりの上、健康の次の能力開発項目では、漢字検定は無論のこと、脳年齢測定、日本語ドリル、文法にまで及び、生活部門には日本史、世界史、歳時記も。また冠婚葬祭の基礎知識などもあり、ビジネス部門にはパソコンで困った時にも懇切丁寧な説明がついているし、若い人に重宝な敬語の使い方まで網羅。旅行部門で感心したのは、日中英・日韓英などの辞典。中国語は発音をマスターしていますので、これさえあれば自信がつきます。ほかにもいろんな便利機能がありますが、興味をもった箇所について、いずれの日か日記にしたいと思っています
2026.01.28
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〇芸術新潮編集による「国宝」(国宝大百科)には興味をそそる記事が多々あります。ほぼ丸写しになってしまいそうですが・・・。<「門」というのはいわば建物の「顔」であるわけだから、本体と一蓮托生かと思いきや、これまた平気で門だけが引っ越したりする。>から名文が流れ出すのですが、 <お寺の門が売買されるというのは昔はとりたてて珍しいことではなかったようだ。 国宝ではないが、現在南禅寺の塔頭・金地院にある明智門は、最初は大徳寺にあったのを明治22年に買い取ったものである。売った側の大徳寺はどうしたか、空いた門の場所に寺内の別な場所から門を移した。つまり自前で調達したわけだ。 それが現在の国宝・大徳寺唐門である。一方、現在豊国神社に構えられた国宝・唐門も、実は転校生。かつて二条城にあったそれがまず金地院に移され(明智門とは別門)、さらには明治時代に豊国廟の再興にあたって豊国神社が建てられた際、金地院から移された。しかもこの門、 もともとは伏見城の遺構だった可能性もあるというのだから、あるいは三度引っ越しているのかもしれない。> いつもなら、自分の文章でまとめるのですが、なかなかの名文、調べが似ていますので、ほぼ全文頂戴しました。
2026.01.27
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〇私事ながら私ども夫婦は見合い結婚だから、当時の私の考えでは、新居は双方の実家の中間点辺りにしようと思い、吹田は豊津の古家を賃借しました。 掲題の「婿」について元早大名誉教授の興津要氏の著「おもしろ雑学日本語」を参考に綴りますと、 恋婿が来て薄紙を引きへがし (柳2)一人娘が恋い焦がれた男性を婿に迎えたと途端に、まるで薄紙を剥がすかの様に恋患いが全快したという一句。 婿の語源は、<向子mukako>の略、つまり<迎ふ子>の意かなどをはじめとする諸説がありますが、夫としてよそから迎える男性のことに違いありません。江戸時代の入り婿は、家つき娘である女房や、その父母の支配、命令のもとに置かれ、<家>の重圧にあえいだものと思われます。 藤田まことさんが好演された「必殺仕置き人>の中村主税が嫁・姑に苛められていたことで良く理解できますね。実は私も某都銀の外回り・営業担当者だった独身の折に新築の家付きで娘を貰って呉れないかと某取引先の重役に言われたことがあります。長男だったので、既に許嫁がいるようなニュアンスで婉曲にお断りした記憶があります
2026.01.27
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〇1972年発刊の季刊「銀花」第11号には、川上澄生の特集記事に46頁割かれています。父すばるはこの作家と相性が良かったのか5冊程の立派な書物を遺していました。次に誌面を飾るのは益子焼。心を満たしてくれる土瓶や土鍋の彩模様、浜田庄司の重厚な湯呑。その他飽きの来ない素朴さが魅力。江戸中期以前の漆椀の艶やかで上品な作品にも目を奪われてしまいます。このほか、刺しこ風呂敷や菱刺し前垂れ、刺し子の贅沢な雑巾など。
2026.01.25
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〇母胎からおぎゃ~と生まれて来たとき、しっかり握り締めている手。爾来、わたし達の手相は刻々と変化しているそうな。浅野八郎さんと言えば、時々テレビ画面を通して知っていますが、彼の著『手相診断』を流し読みしていると、指紋や爪の形にまで及んでいます。四角い爪・・・忍耐強く執念深い。敵に回さない。アーチ型の爪・・・平和で温厚、闘争心は秘める。長方形〃 ・・・落ち着き。潔癖すぎる。アーモンド〃 ・・・素直・誠実・礼儀正しい。 剣〃 ・・・意志強固、強引。幅広〃 ・・・あっさり。熱しやすく冷め易い。ンだって。また指紋は渦巻き・蹄状・弓状の3種類があって、その組み合わせで人格や仕事ぶりに現われるンだとか。 本論の4大線の生命線・頭脳線・感情線・運命線ぐらいは誰もが知っていますが、太陽線・結婚線は兎も角、障害線・影響線・財運線・健康線・金星環・土星環・上昇線・ヴィアラシビア・旅行線・情愛線まだまだあるぞ反抗線・ソロモンの環・不動産線・直感線・神秘十字・テンプル・奉仕十字・ラシェット・メディカルライン・スタミナ線・ファミリーリング・スポーツ線など、聞いたこともないようなものも。このほか、線の姿・状態やマークからいろんなことを読み取るンだそうです。
2026.01.24
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〇漢字クイズの本は、いろいろ発行されていますが、掲題の文庫本は横開きにした場合、左側のページには添付しているようにきっちり20問が出題されていて、右のページは前門の解答、解説が綴られています。春告鳥、金糸雀、梟、信天翁、木菟、鷽、鸚哥、鵲、鴛鴦、鴇、鶫、啄木鳥、翡翠、鶺鴒、山雀、鶉、不如帰、鸚鵡、鴫、椋鳥、これは野鳥の名前。小説の題などに使われた場合には読み慣れていることでしょう。魚に属するものも、お寿司屋さんの茶飲み碗同様、読み辛いですね。俳句をしていると、幾分読める漢字が増えてきます。
2026.01.23
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〇漕ぎ出でぬと 人には告げよ海夫の釣り舟>掲題部分から続くこの和歌の作者は参議篁。 新院、位におはしましし時、海上遠望ということを詠ませ給ひけるに詠める。と但し書きがあって、崇徳院、保延元年(1135)4月29日内裏歌合せの歌。百人一首かるたの絵札に長々と法性寺入道前関白太政大臣と書かれているから印象の残ってい筈。漱石の『吾輩は猫である』文中、苦沙弥先生が奥さんに「御前、世界で一番長い字知ってるか」細君はいう。「前の関白太政大臣でせう」百人一首ではまだこの上に、「法性寺入道」がついているから長々しい。天皇家の政治面で、最も動乱期にあった時代。保元の乱では、彼が勝者、弟は敗死し、父は隠遁しました。なお、崇徳院の<瀬をはやみ岩にせかるる滝川の われても末に逢はんとぞ思ふ>は、上方落語でも米朝師匠、枝雀師匠の熱演が今も脳裏に残っています。
2026.01.22
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〇鳥啼く声(こゑ)す 夢覚ませ 見よ明け渡る 東(ひんがし)を 空色栄えて 沖つ辺(へ)に 帆船(ほぶね)群れゐぬ 靄の中 この詩は平安中期に作られた「いろは歌」です。弘法大師の作などという俗説に根拠がなく、根も葉もありません。仏教思想の無常観を歌っていて、字を習うお手本にされてきました。「いろは歌」には「ん」が欠けていますが、本件はひんがしに歌いこまれていますね。
2026.01.21
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〇藁谷久三著『遊んで強くなる漢字の本』の中から虫に関する難読の漢字を選びました。読むだけでも相当な知識が必要なのに、逆に読みから漢字を書くのは余程の人でないと・・・。むかで、しゃくとりむし、かげろう、あぶ、ぶと、うんか、かまきり、、うすばかげろう、きりぎりすいえだに、ぼうふら、あめんぼ、ひる、いもり、ばった、こおろぎ、なめくじ、げじげじ、おけら、とかげ。 〇
2026.01.20
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〇ここ数年間で文章力が落ちて来たなと感じているのですが、それは、そろそろ始まった呆けの前兆だと思い込んでいましたが、それだけではなく、他にも原因があったことに気がつきました。それは美文、名文に接していないから、流麗な文章を読んでいないからに相違ありません。例えば京を愛した長田幹彦の一文なら<…なかでも円山の夜桜は昔から天下の人口に膾炙してゐる。「春は花、いざ見にごんせ東山、色香争ふ夜桜や…」と、やさしい節調で艶曲、「京の四季」にも唄はれるとほり、名代の枝垂桜で賑はふ祇園の夜桜ほど艶かしいものは又とあるまい。今の時世でこそ祇園町にも電車の軋りが喧しく、紅提灯もあたら不風流な電燈にかはってしまったが、つひ七、八年前まではかがり火の美しく燃えたつ花見小路から円山までの道さへ既に一幅の画中の趣を呈してゐたのである。>情景が瞼に浮かんで来、いつまでも引用したくなるほどの名文です。吉井勇の小説をいつぞや紹介したことがありますが、彼のは五七調で綴っていますので、猶更のことしみじみ文章に惚れ込んでしまいます。
2026.01.20
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〇某年の1月5日に書いていた綴りです。++++ 寒の入り ++++ きのふより寒の入りにて 一筆しめし参らせ候 日ごと夜毎に増す寒さ 拠る術もなき廓女の まなこに映る鉛空 明日はみぞれか雪の日か 毎日気づかふ空もやう 薄情ケさへ厭やせぬ 一度その顔拝ませて そつと手を添え下さらば 凍てる中庭下萌の 春の兆しも見えようと 両の手合はせ拝みます 廓に咲ける一輪の 椿は白きまま落首 どうぞ哀れと思し召し 便りのひとつ下しゃんせ
2026.01.19
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〇きっと京都新聞の切抜きだろうと思われるシリーズ「京の口うら」編集委員・杉田博明、え・池田良則。その97番目は、<せんぐり> 人に伝達する場合、念をいれておかないと、間違って伝わったり、舌足らずな伝言になってしまいがち。「そやからいうてまっしゃろ。大工さんでも釘を打つときには、十分に打ち込んで、なお最後のひと打ちをおろそかにしやはらへんのどっせ」さらりとした頼みでは「その程度のことかいな」と軽々しく思われかねないし、押しすぎて、ひつこうなっては、ぐあい悪い。「そないにせんぐりと念を押さんでも、わかってるやろ。信用でけへんのかいな」相手を怒らせて逆効果となりかねない。「せんぐりといいすぎたのかな」せんぐりは、ひっきりなしとか、後から後から続くさまである。分量の多いさまは、せんど(千度)。たびたび、何べんも。せんどを、より強調しての物いいに、「せんどくさ」がある。「くさ」は小うるさい気持ちをあらわす接頭語。どさくさ、ごてくさのくさである。カット絵はあの懐かしい井戸端のポンプ。
2026.01.18
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〇大阪は東淀川区瑞光町の一角にある瑞光寺には弘済池があって、そこに架けた橋は雪鯨橋と言い、鯨の骨でできていて、浪速の名橋50選にも、日本百名橋の番外にも挙げられています。鯨の捕獲で生計をたてていた太地では不漁続きで困っていました。瑞光寺の四代目住職の漂住知忍が偶々その村へ入ると漁民から豊漁祈願を頼まれ、殺生だからと一旦断りましたが、漁民たちの難儀を知り祈願したところ、豊漁になり、後日大阪の瑞光寺を来訪した村民から三十両と鯨の骨18本の喜捨を受けました。橋板から欄干まで鯨の骨を使用したので雪鯨橋と名付けられました。江戸後期に架けられたこの橋は、数回にわたって崩壊しましたが、現代の橋は六代目の石造りです。
2026.01.17
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〇松の内がすぎましたが、父すばる健在な時代には正月や夏休みには姉妹の家族がこの家に寝泊まりし、賑々しく集ったものでした。正月2日か3日、全員が揃った時を選んで、予め父が買っておいた大小のお菓子を6畳の間の外枠いっぱいにランダムにそれを並べ、各人お菓子の大きな輪の内側に集まります。特等の大きな板チョコや上等のお菓子などにみんなの目は釘付けになっています。一番年齢の少ない順に「やまぶしのほらのかい」と一つひとつを指さしながら唱え、最後の「い」で止まったお菓子がその人の取り分。大きめのものに近づくと目が輝きますが、一つ違いだったりするとがっくり!みんなの笑顔が弾けます。そうこう数巡して、終り近くになってくると、お菓子間の距離が大きく離れている場合もあって、指差し、巡る早さも加速します。あとは適宜交換しあって次なる遊び、トランプや百人一首カルタ取りや坊主めくり、幾種類ものゲーム、赤よろしの花札などに打ち興じるのでした。
2026.01.16
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〇小倉百人一首の43番目、あひみてののちの心にくらぶれば昔はものを思はざりけり>菅原道真公を大宰府に追いやった張本人・藤原時平(藤原北家)の次男・藤原淳忠が、或る女の許に遣った和歌が此れですが、淳忠本来の恋人は藤原南家の右近少将季縄の娘(一説に妹)右近で<わすらるる身をば思はず誓ひてし 人のいのちの惜しくもあるかな>と恨みがましく詠んでいます。しかし彼女自身も、元良親王、淳忠、藤原師輔、藤原朝忠、源順らを渡り来た恋多き女性。 『大鏡』によれば、淳忠は自分の家系の多くが短命(道真公の恨み?)であること感じて居て、悪名高い父時平39才、兄・保忠、姉その夫たる保明親王らも若くして死んでいた事情もあって、淳忠は妻に、わが一族は短命だから私も若死にするだろう。そして私の死後、其方は家令の文範と再婚するだろうと予言して亡くなりました。事実、文範と再婚しました。ところで淳忠の母は、在原業平の孫娘に当たりますが、時平の妻となる前の夫は、年配の大納言国経。余りにも若い嫁を貰って自慢げにしていました。時平大臣を自邸に招き饗応した折、幸せの絶頂に居て、酔にまかせ、有頂天になってうっかり口走った「妻が引き出物」の言葉通り、時平が奪って持ち帰ったという話は『今昔物語』の一節にあります。
2026.01.15
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〇ミネラルウォーターとは文字通り、カルシウムやマグネシウム等のミネラル分及び二酸化炭素を含んだ水を差して言い、その基準は各国それぞれの基準で定められているようです。わが国に於いてはたとえ、水道水であってもミネラル分を豊富に含んでいれば、ミネラルウォーターと呼んでも良いようです。カルシウムは丈夫な骨や歯を形成する栄養素であり、マグネシウムは心臓や脳の血管が細くなることを防ぐ働きがあります。日本では高度178未満を軟水、357以上を硬水に分類していますが、ミネラルウォーターから得られるのはごくわずかですから、しっかり食べ物で補うことですね。まぐね
2026.01.14
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〇凡そ20年前の1月4日の初墓参りの折、鍵を持参し忘れたようで、1週間後に亡父生家での図書類お片づけの日となりました。家内から携帯に電話がかかる迄の3時間、埃まみれになりながら、蔵書類をチェックしました。実は数日前に『京の古本屋』(青幻舎)という綺麗なガイドブックを購入していました。亡父の遺した書物をジャンル別に区分けし、いろんな古本屋さんに買って貰うという積りなのです。野風呂先生の綺麗な葉書、可愛がって戴いた水野白川(貴族)さんの葉書などは葉書専用アルバムにきちんと挟んで保存されています。また、高浜虚子の次女:星野立子さんの葉書もありました。それから夏の甲子園野球第10~12回の特集号や昭和25年5月発行の面白少年の付録でありながら立派な「新球団選手画報」が残っていて、それには巨人総監督が三原脩、監督が水原、別所投手、千葉茂、川上哲治、青田昇といった選手(写真付)。阪神タイガースでは松木謙次郎監督、藤村富美男助監督、田宮謙次郎選手が。毎日オリオンズに別当薫選手。近鉄パールズには関根潤三投手など。本誌共で定価80円の時代でした。暗くなってからは家内の誕生祝いを兼ねて二人で、京の町屋を改造した、とっても優雅なお部屋でゆっくりディナーを戴きました。
2026.01.13
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〇新玉の松の内に忠臣蔵は季節外れの感が否めませんが、いろいろ問題点があるので話題に。各藩は自国独自の特産品を改良保持して藩の財政を賄う必要性がありました。浅野匠頭の領地赤穂は海浜そして真白な塩に恵まれて居、吉良上野介の三州も塩の生産に頼っていたが、真白な赤穂の塩を恨めしく思っていました。1701,元禄14年の春、京からの勅使を接待する饗応役のメンバーに浅野も入っていました。饗応役の礼法については上野介の独断場で、賄賂の額がやや少なかった浅野家に意地悪三昧。江戸城内での殺傷沙汰は一切許されないのに、再々の無礼に松の廊下で斬りかかると梶川与惣兵衛が背後から羽交い絞めにして阻止。浅野家だけに当日の切腹命令、吉良家はお咎めなしの幕府の決定に、喧嘩両成敗の慣習から外れるとて、地方の藩主や庶民からのブーイング。また殺傷の邪魔をした梶川を世間は武士の情けも知らぬイヌ侍と揶揄してのでした。
2026.01.11
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〇河出文庫本に京都新聞社編『京都・町並散歩』(200数頁)があります。京生まれ京育ちの数倍もの想いを寄せる府外の人々を癒すのは寺院ばかりか、京の町家風情にあるのではないでしょうか。桟瓦屋根に始まり、琺瑯製の白板に「上京區 夷川通堺町東入 絹屋町」と書かれ、下には軍服の仁丹の広告のある町名表示板。 随分前、「大阪俳人クラブ」の編集担当だった折には、大阪も含め、京の変わった町名などをシリーズにて掲載。また屋根から睨む銀色素焼きの鍾馗さん、切子格子、犬矢来、福田平八郎画伯の「雨」にも描かれた”むくり屋根”の丸いカーブ、出入り口がニ重構造の”猿戸”、虫籠窓、数少なくなったけれど、”ばったり床几”、酔っ払いの小便除けの朱色の”鳥居”、祇園・宮川町に多い長簾、屋号入りの麻のれん、江戸・明治の名残”軒吊り看板”、祇園祭の土産”ちまき”、”牛つなぎ”、平瓦と漆喰で構成された”なまこ壁”などなど。京の観光としては名所よりも町並みを歩くことをお薦めする所以の一つがここにあるのです。
2026.01.11
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〇祇園の舞妓はんが一人前になって襟替えする時に舞うのが「黒髪」で、私も折よくその舞を目の前で観せて貰ったことがありますが、一方、正月の初ざらい、踊り初めに使われる長唄の定番は、「松の緑」。今年より 千たび迎うる 春毎になおも深めに 松のみどりか 禿の名ある二葉の色に 太夫の風 吹き通う松の位の 外八文字華美を見せたる 蹴出し褄よう似た 松の根上がりもひとつ囲いの まがきにもるる廓は 根引の別世界世々の誠と裏表くらべごしなる 筒井筒振分髪も いつしかに老となるまで 末広を開き始めた 名こそ祝せめ この「松の緑」は青々とした松の葉を指しているわけではなく、「松の新芽」を意味して居ます。みどり児は蒙古斑の色を示すのではなく、生まれたて。また「みどりの黒髪」は若い女性の艶々した髪をさしています。
2026.01.09
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〇もしかしたら、アル中かも知れないと懸念される方は、このテストをお試しになっては如何?思う 思わない 分らないというところを○で囲んで下さい。1)酒と聞いただけで飲みたいとあなたは思いますか? (思う 思わない 分らない)2)独りで飲んでいると人恋しく思われますか? (思う 思わない 分らない)3)人間一生に飲む酒量は決まっている思われますか? (思う 思わない 分らない)4)飲んでいるうちに気分が晴れてくるように思いますか? (思う 思わない 分らない)5)梯子酒は身体に良くないと思いますか? (思う 思わない 分らない)6)今までに何軒飲みまわったかその勘定をしてみたいと思いますか? (思う 思わない 分らない)7)酒を飲んでいるとき酒を発散させるため歌を歌ったほうがいいと思いますか? (思う 思わない 分らない) 8)たまに1日くらい酒なしで、ドライな日を送りたいと思いますか? (思う 思わない 分らない)9)奥さんとさしつさされつふたりで飲みたいと思いますか? (思う 思わない 分らない) 10)酔い醒めの水がとてもうまいと思うことがありますか? (思う 思わない 分らない)<おこたえ> 10問のうち、思うが7つ以上の方は、当り前のお酒飲みで、決してアル中ではありません。 思うが7つ以下の方は、お酒飲みだとは言えませんから、これもアル中の心配はありません。 思わないが7つ以上の方は、嘘つきか、へそ曲がりで、これもアル中の心配はなし。 思わないが7つ以下の人は、トリスバーの前で、いつも入ろうか、どうしようかと迷うタイプの方です。 分らないが5つ以上、10もある方は、きっともう一杯飲んでおられるのではないでしょうか?ああ羨ましい、一緒に一杯やりたくなりましたヨ。> 上の一文は昭和35年9月25日発行、編集発行人:開高健、「洋酒天国」の49号から若干表現を変えて転載いたしました。ただ、戦後復興の落ち着き始めたこの時代に、問7のように、歌を歌いたいと思う云々・・つまりカラオケの予想とも思える件りがあったのが意外ですね。
2026.01.08
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〇松山市久谷町出身の光田和伸氏の隣家は旧遍路宿だったようで、近くには46番札所・浄瑠璃寺、四国遍路発祥の寺47番・八坂寺もあるとか。彼の著「恋の隠し方」から拾うと吉田兼好自身の恋を綴っているのは、29~32段、36段、37段そして104段と105段の計8段。 順不同に綴られていますが、105段から並べ変えると兼好の恋の顛末を記した短編小説になると氏は述べて居られます。<北の屋陰に消え入りたる雪の、いたう凍りたるに・・・>深夜から夜明けにかけて、寝殿造りの建物の端の、仏様を安置してある堂のねげしに腰かけて、いつ尽きることもなく語り合う男女、続いて37段の<朝夕、隔てなく馴れたる人の、ともある時、我に心おき、ひきつくろへるさまに見ゆるこそ「今更、かくやは」>夫婦同然に親しくしている女性が、ふとした折に遠慮がちにする振舞に、ちゃんとした中身のしっかりした人だなあ(いつでも別れ得る覚悟が出来ている女性)とは、光田氏の解釈。そして31段の<雪のおもしろう降りたりし朝、人のがり言ふことありて>そして36段、32段の月見、104段、30段、最後に29段と味わうべしとぞ。
2026.01.07
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〇某年某日、向日町の家から自転車で大山崎中央公民館まで出向き、元KBSアナウンサーの山口氏の話術を学んできました。もっと前、受講生だった時にも講演して戴きました。人に話す、伝えるには相手側との距離を考え、相手側の身になって話さないと、聞えにくい人のハートを捉えることが出来ません。距離が大きくなるに連れ、間や抑揚をつけて話すことも大切ですね。道順などを電話の相手側に伝えるには結論的なこと、所要時間や距離、目的地の方向などを的確に伝える必要があります。今回付け加えると、待合わせ場所を確実に伝えるには、真北の方向を時計の12時として、
2026.01.06
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〇慶長8(1603)年、出雲の巫女と称する妙な歌舞団が京に根付きました。男装凛々しい阿国の首にはクルスがかけられ、むせかえるような若さの律動に群集は虜になったと言われています。 *阿国に関するものとして京都は南座の西側(川端通に面して)の石碑や、その斜め向い四条大橋の袂に阿国の像が立っています。 *過去の習いを覆す新手の舞踊を観にくる観客の中には、近年の竹の子族、マハラジャ族とも言えそうな連中も多く居たものと思われます。 *傾(カブ)くという言葉は信長の居た時代にもあったようですが、阿国の一行からかぶき踊りが始まり、今日の歌舞伎の由来になっています。 *この熱狂的に人気のある踊りは、やがて女かぶきと言う形で遊女屋でも盛んに真似られました。 *前髪姿の若衆歌舞伎も同時代に流行り、風紀上よろしくないということで4、50年後には禁止され、前髪を切ったいわゆる野郎かぶきのみ公認されました。 * 中山幹雄編の「歌舞伎絵の世界」というA4サイズの本を開けると、歌舞伎の風俗絵巻を楽しむことができます。 *また歌舞伎絵を分類すれば、舞台姿、役者似顔絵、役者風俗絵、看板絵、劇場図絵、 *番付絵、絵入狂言絵など多種あって、浮世絵師の流派には、主に鳥居派と歌川派など。いまさら深入りは出来ませんが、奥のある世界のようです。
2026.01.05
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〇落語には「寿限無」と言う長い名前をネタにした噺がありますね。<寿限無 寿限無 ごこうのす~りきれ かいじゃり水魚の すいぎょう松 うんぎょう松 風来松 食う寝るところに 住むところ 油小路 ぶら小路 パイポ パイポの しゅうりんがん しゅうりんがんのぐうりんだい ぐうりんだいの ぽんぽこぴ~ ぽんぽこぴ~の ぽんぽこな~の 長久命の 長助>この落語を男声合唱曲にしたものを、学生時代に歌った記憶があります。コンクールの課題曲や随意曲は、その後、折に触れ鼻歌で歌っていますので、あまり忘れません。 落語にはもう一つ、長屋に嫁入りして来た公家奉公出の「延陽伯」と言う同じ趣旨の噺があります。
2026.01.04
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〇おそらく京都新聞であろう「都のうた」シリーズの切抜きは、この119番から190番まで、文・三浦隆夫、井村定雄ほか、絵・藤原みていの各氏。ある程度はそのまま<京都市右京区御室仁和寺の南にある双ケ丘は、標高116mの一の丘から南へ二の丘、三の丘と、順に低くなっている。いまでこそ住宅に囲まれているが、かつては平安京の北西郊外で、天皇遊猟地として知られた。三の丘のふもとには「三の池」と呼ばれる大きないけがあり、水鳥が群れをなしていたという(歌枕として数多くの歌)。>丘のすそは貴族の別荘地。天皇を再々招いた右大臣清原夏野は「双岡大臣」とも称された。左大臣源常(ときわ)に至っては「常盤」という地名にもなっている。『更科日記』の菅原孝標の娘は(雀を払う)鳴子の音に風情を感じていた。しかし学校で学んだ『徒然草』の著者兼好法師は堅物にあらず、「恋をしない男は男に非ず」と断言、歌舞伎忠臣蔵での悪役・高師直の恋文の代筆まで。双ヶ丘を終の棲家と決め、小高い所から世の中を眺めていたようである。
2026.01.03
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〇古来より水も滴る好い女などと美人の喩えに使う麗句がありますが、人体には体重の半分から3分の2を占める水分があるとか。その大半は細胞内にあり、また細胞周囲に8リットル、血液中に4リットルの水分があるようです。体が正常に機能するには、これら水分が一定レベルに保たれる必要があります。その役目を負うのが腎臓で、1日に150リットルもの血液をろ過し、99%を血液に戻して再利用させ、余分を体外に排出しています。 注意すべきは、運動などで大量の発汗による水分の不足を来たせば、運動後に必死で飲んだ水の量だけではかなり不足するという事実。また<口を湿らせたり、水で漱いだり、洗濯バサミで唇を挟む動作>でも、脳は水分を補給したと錯覚するようです。一方、水の飲み過ぎは「水中毒」という死の危険性を孕むことになるので、要は小刻みに水分を摂ることが大切なのでしょう。
2026.01.02
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〇明けましておめでとう御座います 本年もよろしくお願い申し上げます 皆様のご健勝とご多幸を祈念もうしあげます
2026.01.01
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