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〇私はピアノが弾けませんが、清水ミチコさんは見事に奏でられる才をお持ちです。Yuo tubeの物真似ライブを観ていたら、実に面白いし、一青窈さんの「ひこうき雲」の伴奏も立派にこなしておられました。彼女の著『婦と演芸』はどのページを繰ってもつい口元が綻んでしまうのですが、全国ツアー中、熱々のタコヤキの6個入りの差入れがあったのでマネージャーの高橋さんと半分こ。高橋さんが2つ食べ終えた所で携帯が鳴り、しばらく見守っていたものの、会話が長そうなので、代わりに食べ切ってしまおうと、高橋さんに伝えるとき、 うかつにも「ちょっとタコハシさん」と言い間違えられたとか。言語機能が食欲に追い込まれた結果の間違い!とほほ、美味しさが口に広がらなかった由。
2023.02.28
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〇京都市内には8カ店ほどの提灯屋さんがあります。ネオンやホタルの光とは趣が異なって、和紙を通した明かりが優しく、温かく感じられますね。竹ひごを使って骨格を作る骨屋、それに和紙を貼る作業の張り屋、上の輪や底を作る木地屋を経て、提灯屋が文字や紋を入れ、防水の油を塗り、上輪や底を整えやっと商品になります。防水にはえごま油を使うようです。
2023.02.27
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〇堀淳一編集による作品社版『地図』と題する名随筆の中に寺田寅彦の”地図をながめて”というエッセイがあります。彼は安価な割に値打ちのある品の筆頭として陸地測量部の地図、とりわけ5万分の1地形地図を挙げています。一枚の代価13銭(現在なら色刷りで300円以内)ながら、その一枚から学び、得られる有用な知識は到底金銭に換算できないほど貴重であると述べています。一枚の5万分1縮図葉では、東京付近で27万里、台湾では31万里、樺太では21万里ぐらいに当たり、当時のノウハウによる製作日数は3、400日かかり、それに要する作業費が2、3千円(当時)、また三角測量の経費を勘案すると、1枚分(当時で)約1万円。それだけの手間暇をかけたものが、たったコーヒー一杯の代価で買えると強調しています。
2023.02.26
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〇かにかくに祇園はこひし寝るときも 枕のしたを水のながるるの和歌を残した吉井勇は星林社から掲題の書(昭和22年11月20日発行、定価75円也)を著しています。<この不夜庵は、島原の廓の東南隅上之町の端にあって、俳名呑獅といふ桔梗屋治介の大きな家構への、丁度真後ろに當つてゐた。東は斜めに朱雀野が見渡され、南は七條の通りに近く、ずつと田畑がつづいてゐて、紫雲英や蒲公英の花の咲いてゐる向ふに、樟や椎の森を隔てて、東寺の塔の霞んでゐるのが、ひどくのどかに眺められた。>俳人:太祇を主人公とした京都は島原遊郭辺りの江戸期の町人文化を流れるような文体で描いています。
2023.02.25
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〇昨年末以来、強盗や素人の暴力沙汰が多発してい、これが本当に日本での出来事かと信じられない気持ちでいっぱいです。加えるに、国会議員の不祥事、地方議員も然りで、しかも彼ら、彼女らには自ら退職を申し出る潔さが見受けられません。 第一次安倍内閣前後、大臣の更迭が多く、特に農林水産大臣職に汚職更迭が頻繁にありました。つらつら鑑みるに、第二次安倍総理の在任中、内閣人事院を新設したことから、各省庁役人と大臣との平衡関係が崩れ、例の<忖度>が通常化してしまいました。国民には逐一不透明な部分が推し量れているのに、不可解さが、松脂のように残ったまま、現在も続いています。しらをきるという言葉通り、こう言った<ふてぶてしい態度>が一般の犯罪者や交通違反者も罪から逃れようとしています。長期安倍政権の置き土産なのかもしれません。早く以前のように、治安の良い日本国に戻して欲しいものです。
2023.02.24
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〇歌・舞踊・劇というものは文章と同じで、相手の心に伝わって幾らという世界。しかも毎回が本番でやり直しがきかないところが怖くもあり、魅力でもあります。また舞台芸術は観客と共に奏でてゆくその場限りの世界ですから、第一声、ひと仕草で観客の心を捉える魅力を出すことが勝負とも言えましょう。 80に手が届きそうな今となっては、俳優や歌手など絵空事に過ぎませんが、脚本を読み込んで、或る人物に成りきって演技するのは魅力的な世界ですね。
2023.02.23
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〇嵯峨山地区を愛されたのが桓武帝の第2皇子嵯峨天皇。異母兄に平城天皇、異母弟に淳和天皇。嵯峨天皇の12番目の皇子が源氏物語のモデルとされた源融。私事ながらわが家の菩提寺も融屋敷の一部とか。 さて嵯峨天皇は薬子の乱を参考に死刑制度を廃止された方で後、338年間生かされました。また三筆の一人で達筆だったとか。現世からあの世へ送り出す釈迦如来と西方浄土へ迎え入れる阿弥陀如来とを奉る二尊院を建立させた天皇としても著名。
2023.02.22
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〇昨年の11月、結果として新コロナに罹って居て、後遺症として嗅覚を一時的に失いました。レモンの香、菊菜の香、それどころか綺麗な小瓶に入った香水の強い香すら感じませんでした。現在は元通りになり、レモンを浮かべた紅茶を楽しむことができています。 朝日新聞社刊の『珠玉の香合』という催事用の立派な本には、芸術の香り高い小ぶりな容器が、いくつも掲載されていて、源氏物語に因んだ香りの組合せの符牒が、香道の奥ゆかしさを物語っています。晩年の父と叔母もこの世界を楽しんでおりました。
2023.02.21
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〇蕎麦の加工品と言えば、蕎麦粉を練って固めた「そば掻き」でしたが、その時代はソーメンも焼き味噌を溶かした汁を「だし茶碗」「だしさかづき」につけて食していたようです。 後年、蕎麦切りの技術が進んで糸状になり需要も増えて来た蕎麦。その容器の古いものは伊万里焼。四百年もの間、容器の形は変わっていません。藍色の縦じまのものや斜格子、市松模様、下がり藤などやはり江戸情緒があって、小粋な感じがします。蕎麦猪口の収集にはまった人も数多くおられるのではないでしょうか。
2023.02.20
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〇尾崎雅嘉の手になる『百人一首夕話』上巻に掲題の清原深養父の件があります。天武帝の皇子で『日本書紀』編集事業の総裁をも務められた舎人親王の子孫。 夏の夜はまだ宵ながら明けぬるを 雲のいづこに月宿るらむ山城地区の小野には宇治郡の小野の里と、愛宕郡の小野の里の二つがあって、後者は比叡山横川の麓、高野地区にあり、『源氏物語』の浮舟の隠れ里でもありました。この里に深養父の建てた補陀落寺があったとされます(『源平盛衰記』)が、この寺跡は江文明神の社と静原の間にあったとされ、諸処に礎があったようです。注記しておくべきは、この人の孫が梨壺の五人の一人、清原元輔で、その娘が清少納言なのです。
2023.02.19
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〇大きい製品であれ、小さなプラスチック容器に入ったヨーグルト。時々表面に透明な水が染み出ている時があります。ヨーグルトが古くなって変質したのではと思い、捨てている方はおられませんか?安心して下さい。あの上澄み液は発酵が進むにつれて沁みだした乳精(ホエー)で、タンパク、ミネラル、ビタミンなどの栄養分が含まれていますので、捨てずにお飲み下さい。
2023.02.18
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〇壬生狂言の起源は凡そ七○○年前と従来言われて来ました。古い新聞の切抜きを読むと、京の三代念仏狂言を研究しておられた当時千葉大の森康尚助教授が、奈良の寺院文書(室町時代)の中から掲題の前身に関するくだりを発見された由。壬生狂言は門覚上人が活躍した頃から始まったとされていましたが、文献的には三条西実隆(古今伝授者)の『実隆公記』には「壬生猿楽」との記述(1485年3月29日)を根拠にしていました。ところが、今般発見された奈良興福寺大乗院の寺社雑事記の尋尊大僧正記の中に「北野参詣之次、細川尾形以下見物、公方以下壬生之勧進猿楽御見物出御、見物申」とあるのは、臨時的なもので民衆から興されたものであるなら、五か月ほど起源が古くなる訳です。
2023.02.17
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〇早春から晩春迄、わたし達のこころを温めてくれる桜草。いろんな虫が蜜を吸いに来ますが、ミツバチが目立ちます。高橋 治さんの「くさぐさの花」には、江戸時代武士が好んで桜草を栽培し、300種それぞれに命名していたようです。色の種類も多彩、花の咲き具合もいろいろあって三寒四温を人と一緒に暮らす植木鉢向きの花。 指組めば指が湿りぬ桜草 鈴木鷹夫 桜草咲いてむかしの暴れ川 松本泰二
2023.02.16
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〇潤一郎の『京の夢大坂の夢』に「関西の女を語る」という件りがあって、関西には男の作家が少なかった関係上、男性との交友が稀で、その分阪神間に住んでいる夫人令嬢達が話相手、次は専門学校程度の女学生達、それからダンスガール、芸妓といった面々だった由。和装は東京の比ではないほど華やかなもので決めているのに、心斎橋辺りに屯ろする女達の洋装となると洗練されていないと評しています。東京は早くからモダンガールなど短髪にする女性が多かったのですが、関西ではダンスガールか女給に限っていたので、そんな人達に間違われてはという危惧の風潮が。従って流行の先端を行く派手な柄や色合いの洋服を着こなせずにいたようで、和装の趣味が洋装にも影響していると推察していました。
2023.02.15
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〇観光京都の土産には何が良いのか、ちょっと入ってみたい喫茶店は何処?とか京都に不慣れな人だけでなく、京都や大阪に何年も住んでいる関西人でも良くは知らない伝統的な店や小粋な土産品を紹介する豪華な案内書。それは著者沼田元気(白夜書房出版)本体価格2500円。モデル(冬)徳田妃美(春)舞妓・梅わか(上七軒)某日の句会の席で、私が女性たちに配ったのが、舞・芸妓さんが御座敷で名刺代わりに差し出す千社札。この本にある花名刺の作者・松村幸子さんのコーナーでは工房の案内や実際の作品がカラフルに掲載されていて、60種類のデザインが剝れるように作ってあって、カラーコピーさえすれば、例えば私の雅号・星子やブログ名の「しぐれ茶屋於りく」などと筆で書けば、実に艶な名刺が・・・。
2023.02.14
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〇京都新聞社版、文・三浦隆夫『京都ことわざ散歩』の中にいろは歌留多の三都比較記事があって、いつぞや、前半をしるしましたが、後半から抜粋しますと、氏より育ち(京)、牛を馬にする(浪)、うそから出た誠(江)という具合。鑿と言えば小槌、のらの節句働き、喉元過ぎれば熱さ忘るるまかぬ種は生えぬ、待てば海路の日和あり、負けるが勝ち縁の下の力持ち、閻魔の色事、得手に帆を上げ餅は餅屋、桃栗三年柿八年、門前の小僧習わぬ経を読むこんな具合です。
2023.02.13
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〇亡き父の購入レシート、96・3・8、Y530が挟まれた儘の『街道をゆく』4洛北諸道ほか。鞍馬街道と聞けば、司馬遼太郎氏はスタスタ坊主を想起されたようで、著名な大岡越前守が江戸町奉行だった頃に流行った鞍馬寺の御札を売る集団で、6,7人が群れを成してスタスタ歩いてゆく。その恰好が異様で、頭を向う鉢巻きで締めあげ、上半身は裸。腰にしめ縄をぶら下げ、右手に錫杖をつき、左手に扇を開いていて、突然どっと駆け出す。「はだか代参代参」と叫び、注目を浴びていました。代わりに参詣し、お札を譲るという商売。
2023.02.12
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〇文化出版局の豪華本『櫛玉手箱』には金箔を施した櫛、蒔絵のもの、象牙のもの、繊細なもの、重量感のあるもの等、京・江戸の匠の息吹が伝わって来そうなものばかり。黄楊、柞、鼈甲、象牙、擬甲(水牛の角、馬爪、牛爪、卵甲)、金属(真鍮、アルミニウム、銀)、ガラス、水晶、セルロイドなどが材料になっています。 さてユニークな櫛と言えば、源内櫛(田沼意次家で愛用された平賀源内発案のもの)、相撲櫛(鬼勝象之助は顔に白粉を塗り二枚櫛を挿したとか)、光輪櫛(尾形光琳の作風を真似たもの)、政子形櫛(頼朝の内室:政子所蔵を模写)、お園櫛、お六櫛などなど。 実はわが家にも多趣味の父が多くの簪や笄・櫛を残しています。それらに女性の怨念があるようで怖いく感じます。
2023.02.11
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〇布施昭が熱唱した小椋佳作詞・作曲の「シクラメンのかほり」のお蔭で、日本人のこころの中でいつも咲いているシクラメンの花。明治43年の夏目漱石の日記には「雪の下の様な葉に菫の様な紫の花が出てゐる」と記されています。牧野富太郎はこの花を「篝火花」と名づけましたが、それは九條武子が篝火のようねと言ったから。 シクラメン少女の日記鍵かかり 岩崎健一花言葉には可憐、はにかみのほか、猜疑、嫉妬もあるのは下向きに咲いた所為なのかも。近年のシクラメンの現代女性同様、堂々と上向きに咲いています。豚がこの球根を喜んで食べるところから、豚の饅頭という無粋な名前もあります。素人にはこの華やかな花を翌年も咲かせることは難しく、わが家もその都度買っています。
2023.02.10
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〇ファッションと言えば、豪華・高級・高価なイメージのパリ、これに反してボロ・ルックやミニスカート或いはヒッピーの衣装等若者ファッションのロンドン。 そのイギリスでは、コットン革命とも言うべき現象が起きていて、従来はカーペットや刺子にしか用いられず、子供か庶民しか着用しなかったチンツやキャラコが貴婦人のドレスとして流行し始めました。ピュリータン革命(1640年)前後は年間5万ポンド程度だったものが、20年後は18万、1700年前後には37万ポンドほどに急増しています。
2023.02.09
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〇京都の円山公園に「長楽館」という瀟洒なホテルがありますが、元はと言えば「東洋のタバコ王」と称された村井吉兵衛の別荘兼迎賓館の名残です。 歌舞伎などで観るように昔はきざみ煙草でしたが、国の専売となる前に両切り紙巻きタバコ「サンライス」を日本初に製造し、東京の「天狗」タバコとのデッドヒートを繰り広げた男でした。晩夏の風物詩・大文字、如意ケ嶽の大文字山に一字が二メートル四方の文字看板「ヒーロー」「サンライス」を中腹に並べ、市内のどこからでも眺められたとか。後年、明治天皇が京都にお越しになった折、畏れ多いということで撤去したという逸話も残っています。広告の天才・吉兵衛は、タバコにグリコならぬオマケをつけて販売したり、懸賞付きのものもあったそうな。(参考図書・黒田正子著「京都の不思議」)
2023.02.08
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〇京都新聞社刊の『神々の匠』50余の匠が紹介されています。今回は「彩色」師。 日本画家を目指しておられた安川如風氏。武蔵野美大を卒業後、日本画家・川面稜一氏に弟子入りされ、二条城の唐門の修復を手伝えを仰られ、獅子の彫刻の巻き毛の金線を入れる仕事を頂戴されました。終日立ちっぱなしで進展しなかった由。3年後は他所で断られた工賃の安い仕事や急きもん、手間もんばかりを止む無く請け負っておられました。しかし、そのお蔭で的確で早く美しい仕事を安く仕上げるという大切な要素を身につけられました。水干(すいひ)絵具、岩絵具を使って社殿、舞楽面、楽太鼓、神輿、絵馬、檜扇、神像など多岐に渡ります朱塗りの神殿建築等の蛙股など、鮮やかに修復されたものに触れられたら、彼の仕事なのかも?
2023.02.07
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〇一個人の個性として不定型を貫いた俳人もありますが、俳句は抒情のほか、語調のリズムも基調としていて、今日まで繋いで来ています。それなのに、新しさのみ重視する一部の俳人が句跨りや破調を好んでいるように見受けられます。 万葉時代を経て古今、新古今そして現代の短歌があり、そこから派生して誕生した五七五、十七文字の俳句。 交通標語の著名な<とび出すな車は急に止まれない>これは言葉にリズムがあるからすぐ覚え、忘れもしません。新聞週間の標語<書く勇気伝える真実(まこと)待つ読者>或いは日本国憲法にも<学問の自由はこれを保障する>があるし、蕪村の句の殆どが定型に嵌っていて、格調が高いような印象を持ちます。日本独特の定型韻文をこれからも守って参りましょう。
2023.02.06
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〇受験生になる頃には立体音のステレオが出回りました。その頃のステレオ機にはSPの78回転、ドーナツ盤の45回転、そしてLP用の331/3回転という具合に三つの切り換え装置がありました。 45回転レコードの代表の曲といえば、「黄色いサクランボ」という大人向けのお色気たっぷりの曲。LPステレオの代表曲は「熊蜂」。遠くから来た熊蜂が右側の拡声器から左側のスピーカーに移動するのが、実に立体的に聞こえました。 さて受験勉強の休憩時間を凡そ10分くらい取るには、亡父が学生時代に愛用したSP大盤のクラシックを両面聴くのが適していました。メニューイン氏の弾くバイオリン協奏曲やベートーベン第五番運命。LPでは小遣いで手に入れた「新世界より」やショスタゴ・ヴィッチの「交響曲第5番」など。
2023.02.05
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〇学校のサイレンは現在ならボタン一つで唸りを起てるのでしょうが、昔はサイレンを鳴らす前に用務員さんがグルグル捻子を巻いて下さっていました。あれと同じ理屈で古い蓄音機は全て手でゼンマイを巻いてから鳴らせるのでした。 「可愛い魚屋さん」「雨降りお月さん」「青い目の人形」「十五夜」などの童謡を、この蓄音機で聴きました。その内、悪戯ごころが湧いて来て、少ししか捻子を巻かないでレコードを鳴らすと、レコードの回転速度が怪しくなって来ます。音程が狂い出し、止まる寸前は男の声、そして悪魔のうめきに似た声でレコードが止まってしまうのでした。慌てて捻子を巻くと音程がパトカーの音のように急展開して上昇してゆきます。それが可笑しくって何度も遅くしたり、早くしたり・・。
2023.02.04
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〇古代エジプト発掘で著名な吉村作治先生の『地上から消えた謎の文明』は実に盛り沢山な情報が埋め込まれています。 <永久に見つかることのない大自然のなかに葬られたチンギス・ハン>の情報を要約すると、歴史上の権力者は、自分の死後、立派な墓を建てることを望むのが通例ですが、モンゴル帝国を築いたチンギス・ハンは例外的で、彼は1227年8月、西夏の首都である興慶府に遠征中に六盤山の近くで没しました。武田信玄同様、遺言により、漸く聖なる山ブルカン岳に葬られたのですが、遊牧民の風習と言いましょうか、墓地には墓標を建てたり、墓石を建てず、極端に言えば、土を掘った場所を隠すため、多数の馬で踏み均し、更に植物で覆ってしまう埋葬法なのでした。密林化した一帯となっているので、彼の墓地は永遠に解明できないだろうと言われています。
2023.02.03
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〇父吉田すばるが鈴鹿野風呂翁から頂戴した百句幅が「羽子板」で、野風呂著『続百句百幅・続々百句百幅』の書物には「羽子板の福助美々し一の谷」という筆書きが添えてあって、野風呂百句三百幅のうち、父のは百六十五番目に当ります。 そこで、ふと思い出したのが、小学五年、六年生の折に画いた「助六」と「弁慶」の羽子板の絵のこと。助六は歌舞伎十八番の一つで、粋な啖呵で有名な花川戸の助六。病人とは反対側に江戸紫の鉢巻を締めた鯔背な若衆を羽子板型のボール紙にクレパスで描きました。また一年後に描いた弁慶は腕も上っていて、小学生の作品としてはどっしり感のするものだったように思います。
2023.02.02
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〇ボランティアガイド現役の頃、先輩のガイドさんの案内を拝聴していますと、皆さんご立派なガイドさんなのですが、結構個人差があって、聴く側に快い琴線を弾いて下さる方、一方通行になって居られる方など、実力の違い、人間的な魅力等々、随分勉強になりました。観光客の皆さんの表情から憶測してこの話は”受けて”いるなとか、皆さんのお顔が今一つ輝いていないなとか・・・。喩えれば山と谺(こだま)を分かち合っているような瞬時の判断が必要になって来るのだと思っています。 そこでいろんなジャンルの書物を読むことによって、将来、役に立ちそうだと思われる事柄を逐一、ノートに記録(パソコンかワープロに保存)し、私なりの辞書、手控え、ネタ帳を作っておりました。そして”知識と情緒とを融合した風味”を富山薬箱の小引出しに詰め込む努力、それもガイドの醍醐味でした。 天王山・大山崎の歴史・文化・自然 (kyoto-ofg.org)をご覧ください。
2023.02.01
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