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〇京都華頂女子大学の図書館の受入れ印が25・9・25日付、廃棄印が平成19・9・3と押印している「月刊京都」No747号は、等伯から現代の絵師まで「京の襖絵めぐり」特集で、水野克比古氏撮影の若々しいお嬢さん。取材・薄雲鈴代となっていますが、わずか10年前なので、別人だと思われます。南禅寺の「群仙図襖」、聚光院の「花鳥図襖」や二条城の襖絵のほか、源頼朝像にご自身の顔を重ねた山口 晃氏、ロックな画風の木村英輝氏が紹介されています。
2023.04.30
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〇日本人の体型は当時の食べ物との関わりもあって、時代と共に変遷を遂げていることでしょう。平安期の身体測定については大塚ひかり著『源氏物語の身体測定』(三交社)が参考になりそう。当時の憧れは長身の貴公子、一方姫たちは中背。夥しい文献を基に、現代風の切り口で、平安時代の男女の身体的特徴を登場人物を挙げて描いて居られます。もう1つ面白そうな本はと言えば、近藤富枝著『服装から見た源氏物語』(文化出版局)。 桐壺更衣は何を着ていたのか、夕顔は何故人違いしたのか、明石の上の裳、六条院の衣配り、紫式部の衣裳哲学・・・といった見出しで、王朝時代の彩飾、重ね色目や錦織物・染物・文様などについて手描きの絵も添えて書いて下さっています。
2023.04.29
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〇25日の京都新聞朝刊に挟まれていた「きらっと京滋」Ⅴol.73号の特集は260年も続く作庭の「植治」次期12代目の小川勝章氏の紹介される掲題の庭。表紙写真にも使われている退蔵院、青楓・紅葉の名所の実相院、並河靖之七宝記念館、画伯の橋本関雪記念館、JR花園駅近くの法金剛院、木津川加茂町の浄瑠璃寺、高島の旧秀隣寺庭園、近江八幡安土町の教林坊、琵琶湖と近江富士が借景となる堅田の居初氏庭園が写真付きで載せてあります。俳句の吟行地として訪ったのは、実相院、法金剛院そして居初氏庭園、家内と行ったのが七宝館です。足の丈夫な時節に蓮を楽しみたいものです。当地なら長岡天満宮の池、勝竜寺の幾種類かの蓮も楽しめます。(写真はネットから拝借)
2023.04.28
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〇オリンピックを開催した中国ほどではありませんが、我が国に於いても光化学スモッグの日々が続いた時期がありました。その頃から花粉アレルギー反応が始まったような記憶があります。スギ花粉症は1963年、東京医科大学の斎藤洋三助教授が杉並木で有名な栃木県の日光で発見され、最初に報告されました。スギ花粉の飛散量の増加に加え、大気汚染とストレスが患者を増やしているとの説。アレルギー性のぜんそく患者は、一度ぜんそくが起きてしまうと、その気道は正常な人の200倍くらい過敏になっているようで、冷たい空気や匂いなど、ちょっとした刺激に反応を起こすようです。アレルギーの原因物資(アレルゲン)は身辺に沢山あって、埃、そば殻、絹、犬猫の毛、羽毛、畳など吸入性のアレルゲン、牛乳、卵、魚、肉、ほうれん草、トマトなど食事性のアレルゲンが挙げられます。
2023.04.27
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〇日常の会話でよく耳にする年齢の別称について私は俳句をたしなむ句会の席でしばしば古稀や喜寿、米寿の人に接します。 1)喜寿 2)傘寿 3)米寿 4)卒寿ここまでは誰でも答えられそうですが、 5)白寿 6)茶寿 7)皇寿6、7はお分かりですか? 喜=七が3つ それが 七 十 七と分解されるところから 77歳 傘の略字 八 十から 80歳米を分解すれば 八 十 八 ゆえに 88歳 卒の略字は 九と十 よって 90歳 百の字から 横線一を除くと 白 だから 99歳 茶という字を分解すると、草冠の旧字の構成が 十 十 八 十 八よって合計の 108歳 皇を分解すれば 白と王 さらに分解すれば 王=一 十 一白が99だから 総計 111歳 参考までに古稀は杜甫の詩 人生七十古来稀なりからまた白髪のことを九十九(つくも)髪とも言います。そして、還暦の2倍が 大還暦の120歳です。
2023.04.26
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〇江戸後期まで権威並びない天下の征夷大将軍として豪華な生活を送った徳川歴代の将軍たちも、ことタバコにかけては至って不自由していたようです。というのも、日光東照宮つまり初代将軍家康公が治政を通じて「禁煙令」を繰り返し出し、喫煙という異国伝来の風習をガンとして認めなかったからで、いくら市中がタバコブームに湧き、江戸城大奥の女性達でさえ煙を吸っている姿を目にするにつけ、将軍だけは神君家康公の手前、同調するわけにはいかなかったようです。 ではこの禁を最初に破ったのは誰かと言えば、8代将軍の家重でしたが、外聞を気遣って側近たちが将軍の喫煙をひた隠しに隠し続けた結果、一切外部には漏れませんでした。ところがその後の9代将軍の家治が根っからの愛煙家。ところ構わずタバコを吸うものだから、ついに隠しきれなくなり、家康公以来の伝統も瓦解するに至りました。この間、凡そ150年間。それにしても将軍にとっては長い耐乏の禁煙期間でありましたね。(参考資料:専売公社「続・たばこたちばなし」)
2023.04.25
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〇2013年No.745月間京都「古地図でめぐる謎」特集の中に「吉田初三郎の鳥観図と観光の時代」と題して大山崎歴史資料館に於いて、時々展示される名勝地の地図も彼の手によるものです。地図といっても、こういった鳥観図もあれば、平面的な古地図、或いは、学校教育で作った高低差のわかる地図、海はブルー、平野部は緑系、山間部や丘陵になると焦げ茶色、どんどん貼り足して作りましたね。 再び大山崎の資料館で常設してある図の道路に幾つもの横切る二本の線があるので、福嶋館長に問いましたら、暗渠を示しているということで、眼から鱗が落ちました。
2023.04.24
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〇20年ほど前の夏季に登った標高1377mの伊吹山。夏山独特の緑色に包まれ、遥か左前方には琵琶湖が広がり、竹生島が取り付けた鼻ように見えました。目の高さにある雲は霧状で、羽衣の舞いのように変形しつつ流れて行きます。 一行は急勾配の中コースを選んで、木を渡して登り易くした路を、やれ「可愛い花!」、やれ「何て言う花だろう?」と、一歩進む都度、黄色い声を上げる姫君たち・・・・。 上げる登っては振り返り観る山々の美しさ・・・私の目には幾つもの尾根が、くちびるのように見えました。琵琶湖をみはるかす遠い山には、まるでドミノの様に送電線の鉄柱が整然と並んでいました。それでも時折山付近の天候が急変し、濃い霧に包まれ、強い山風に襲われることもありました。
2023.04.23
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〇1月下旬、猛烈な痛みに襲われました。帯状疱疹は幼児の折罹った水疱瘡の菌が永い間、体内の奥の奥に潜んでいたのが、体力が劣化した隙を衝いて暴れる症状だとか。ところで「月間京都」739号(2013.2)の特集は、鬼の正体、鬼門の謎がテーマ。先ほど述べた幼児時代の菌が体の奥に潜んでいたように、誰しも心身の奥に潜ませているかも知れない鬼についていろんな角度から検討しています。壬生寺・千本釈迦堂・千本閻魔堂の節分会や須賀神社の懸想文売り、平安神宮・吉田神社・蘆山寺の節分会やお菓子の紹介など鮮やかな写真入りで。家、建物の丑寅(艮)つまり北東が鬼門、その反対未申(坤)南西の方角が裏鬼門と呼ばれ、特別視されています。京の都の北東に当たる比叡山、延暦寺は長い間、鎮守の地として京を守ってきています。『徒然草拾遺』には、<鬼は形なし。見たる人なし。さはいへど、から(唐)もやまとも絵にかけるは、角あるかしらむつつけく、腰に虎の皮をまとひたり。>『枕草子』にも、<名あるおそろしきもの>として牛鬼、牛の恰好をした鬼をあげています。
2023.04.22
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〇英一蝶の「見立業平涅槃図」と伊藤若冲の「野菜涅槃図」について触れます。光源氏や在原業平、時代下って西鶴の世之介らはいわゆる「艶気者(ウワキモノ)。亡くなった業平を囲んで女達が百の体(テイ)で泣いている図。もう一つの図は、その中心部の笊に横たわっているのが葉付きの二股の大根。それを取り囲むように、蕪や南瓜、椎茸、人参、胡瓜、栗、梨、蜜柑、柿、茄子・・・など。大根役者が死んでから、いや結構巧い演技をしていたとか、好い人だったのに・・・と惜しまれる。 因みに鶏ばかり描いていた伊藤若冲は鳥肉屋の倅に非ず、青物屋の息子だったとか。 (参考図書・田中優子著『江戸百夢』)
2023.04.21
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〇祇園「大友」の女将・磯田多佳は文芸に秀でた芸妓として、長田幹彦、吉井勇の他、夏目漱石とも縁のあった人でした。しかしそれを更に上回る芸妓が紀元前5世紀に存在していたのです。イオアニア出身のヘタエラ(遊女)アスパシアがその人で、ギリシアのアテネを文化都市に高めたペリクレスの愛妾という身分ながら、修辞学に長けていて、プラトンの先輩であるソクラテスやペリクレスの師でもありました。
2023.04.20
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〇新聞の切り抜きの醍醐味は、風景写真を添えているものが多いので、それは10年20年経過した後に見ると、俄然、往時の風物詩を伝える稀有な資料となります。その記事の裏面は通常のニュースが断片的に読めるので、往時の社会の様子の一端をしる術にもなります。 平成4年1992年の夏に始まったと思われる「京の道」(No1~74)。第一話は若狭街道、2番目は旧山陰街道と続き、ふと目に止まったのは、忠臣蔵の与市兵衛やお軽に因む山崎街道。或いは、堀川通の東横の醒ケ井通や油小路通、正面通、花屋町通など、どれも面白そう。
2023.04.19
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〇南フランスのリヴィェラ或いはトルコなど諸説がありますが、要はどこかの酔狂な女性がオレンジジュースにウオッカを足したのが掲題のカクテル。わが国で流行って来たのは、朝鮮戦争時代。戦線で国連の将兵たちが痛飲していた影響を受けた由。カクテルの名称などに触れますと、純心を表すホワイトレディ、華麗という意味のコスモポリタン棘ある意味のマティーニお気に入りのバレンシァ振り向いて下さいのアプリコットフィズ恋する胸の痛みのカカオフィズ心の渇きを癒してを意味するモヒート無言の愛を示すマルガリータ―等々、ちょっと大人ムードですね。
2023.04.18
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〇大阪の千日前にある「天牛書店」の茶色いレッテルが貼ってありますので、『鴨川』というこの書は古本。昭和34年12月1日初版、編者は毎日新聞社ですが、実際に綴られたのは新村 出氏。山口の出身で徳川家とも縁の深い人で、広辞苑1955年度・初版の”広辞苑”編者、著者であり、京都大学の名誉教授でもありました。<・・・ 京都在住の五十年間、土手町二条北、即ち南は木屋町に接し、北は三本樹に近き、木戸(孝允)邸址の鴨川西涯に在って、朝な夕な、東山三十六峰、比叡比良を仰ぎ、鴨川のせせらぎを耳にしつつ、春は対岸の河岸柳を見て暮し、夏は河鹿の声に心をすませ、冬は河千鳥が低空を啼きめぐるのを閨中に聴きなどして、羽化登仙の思がしたこと、夏の晴夜には広々とした芝生の庭に出て子女を相共に星座を観察したこと、三十六七年前の昔を忘れ難い。>やはり昔の人は名文を綴られますね。 洪水の川・・・暴れ川だった鴨川の昔について合戦の川・・・源平の戦い、中世の動乱など流血の川・・・幕末の動乱などこのほか差別の川、芸能の川、文学の川、演劇の川、売春の川、祭礼の川、そして産業の川と分けて、鴨川のことに触れています。総四百数十頁。
2023.04.17
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〇宮次男著『肖像画』は1950年5月15日に小学館から出版された書で、よくご存知の聖徳太子に始まり、弘法大師、伝教大師、後鳥羽上皇、後宇多天皇などの他、藤原忠通から鷹司冬教に至る「摂関影図」、歴史的に名のある人物が満載されていて、処分しかねるのかな~?
2023.04.15
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〇およそ30年前の集英社「うたの世界1520曲」の特別企画には紅白歌合戦の歴史が書かれています。第1回目は今から55年前の昭和26年で、東海林太郎の「国境の町」や暁テル子の「ミネソタの卵売り」など14名の歌手が出場しています。第10回では雪村いづみ・江利チエミ・美空ひばりの三人娘、新派女優の水谷良重、そして第1回レコード大賞水原弘の「黒い花びら」が取上げられています。第14~23回まで連続で美空ひばりが女性陣のトリを務めました。真摯な歌いっぷりで女心を掴んだ森進一の衝撃デビュー曲「年上の女」がヒットした年の選曲は「花と蝶」。翌年から3回連続でトリを務めました。その2年後に森昌子の「せんせい」。永遠の憧れ山口百恵は49年の25回目に「ひと夏の経験」から「夏ひらく青春」「横須賀ストーリー」「イミテーション・ゴールド」と続き、この年(52年)ピンクレッディーの「ウオンテッド」は一度限りの出演でした。 山口百恵は53年トリで「プレイバックPART2」54年「しなやかに歌って」で紅白出場が最後になりました。女性のトリは島倉千代子、都はるみ、八代亜紀が常連。男性は五木ひろし、北島三郎、森進一らの激しい争いでした。また24回目ころからジュリーこと沢田研二が毎年見せ場を作ってくれました。千昌夫は3年連続して「北国の春」を選曲していました。美川憲一は19回(43年)の「釧路の夜」から連続、「はしゃぎすぎたのね」の25回以来長いブランクに入りました。やがて復活を遂げています。一流芸能人というのは必ずしもトップでなくてもいい、嫌われていてもよい、ずう~っとテレビ画面や舞台で活躍している人たちが本当の実力者だという見方もあります。人気商売は世渡り上手さも必要、本人の努力は無論のこと、運不運にも左右されるから、大変な仕事ですねぇ~。
2023.04.14
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〇電子辞書の卍にはざっと以下のような説明があり、<(万字の意)梵語では功徳、円満の意。仏像の胸に描き、吉祥万徳の相とするもの。右旋、左旋の両種があり、日本では主に左旋。寺院の記号などにも用いる>とあります。 さてこの字、5画と思いがちですが、「十」の部に入っていて、十の4つの先端に、それぞれ短い線を足したものとされています。谷崎潤一郎の作品にもあって、女性のホモセクシャリティをテーマにしています。また、卍崩し組子の柄は法隆寺の金堂・中門・五重塔などの上層の高欄の地覆と平桁の間にありますね。
2023.04.13
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〇「野菜をかう」というフレーズの「かう」にいろんな字を当ててみると、広辞苑では1支う2交う3肯ふ4替ふ5換ふ6代ふ7変ふ8買う9飼うという9つもの漢字が顔を出しました。野菜との組み合わせに一番妥当な語を選ぶとすれば「買う」になるのですが、どっこい私の日記では9番目の「飼う」を充てることになるのです。「野菜を飼う」ええ?動物じゃあるまいし飼うとは之如何にとお思いでしょうが、それはやはり心情的に飼うがぴったりなんです。例によって家内が懸賞でいただいたものの1つに「サラダの種・トマトの苗3種類」がありました。トマトの苗は庭の3箇所に地植えにしました。やがて3種類のトマトはそれぞれ生長し、恰も手品師の小箱のように尽きることなく晩秋まで、朝夕の食卓を賑わせてくれました。一方サラダの種の方は、外で育てようとしたものは雑草の勢いに負けて全滅。台所の出窓に置いた容器に蒔いたものが辛うじて残りました。まるで猿蟹合戦のカニのように、愛情をもって水遣りしていたら、瑞々しい黄緑色の葉が育ち、厨仕事をする私達をやさしく慰めてくれる存在になりました。茶碗のような容器に砂地の床、時おり指先を通して注ぐ水だけが生命線であるのに、これまで2度ほどわが家族の食材に、そして美しい若草色が待春の出窓の飾り、アクセントになっているのです。これは正しく飼うと言わずして何としよう。
2023.04.12
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〇割れてしまえば、元も子もないものとなりますが、瓶というものは形や色彩、透明のものまであって不思議な小世界という気が致します。日本酒や焼酎を保存する一升瓶、オーソドッグスなのは光を遮断するこげ茶色、クリーム色がかった緑やトルコ石のような青、男っぽい漆黒の瓶。サントリーウイスキーの黒いダルマ、琥珀色の液が美しいでこぼこした角瓶。少年期、耳鼻科でみた紺色の容器。耳や鼻の奥まで突っ込まれた細い棒。どれもが高級品で貴重な香水容器の小壜。並べて飾っているだけで、心が豊かな感じ。形状・大きさに関係なく、秘密を押し込めながら時の流れに耐える瓶類を讃えたいな。
2023.04.11
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〇昭和21年11月頃の新聞の切抜きが見つかりました。戦後の民主化に伴い、この年度から春秋2回、京都御所を一般公開することになった関連記事がそれです。公開前の対談には宮内庁の飛鳥井氏、京都市史編纂の鈴鹿氏、京大教授の棚橋氏たち司会は京都新聞社高谷氏。見出しには「偲ぶ君民和楽」などと。文学的にも貴重な清凉殿と櫛窓、紫宸殿の額其の他幾つかの写真が掲載されています。第1回目の公開日となった28日の記事は、夕刊京都「民主の世を謳歌」、朝日新聞「禁門きょうから開く」や「開かれた九重の奥」という見出し。翌29日の京都日々新聞「静かなる大群衆、簡素美に陶酔のひととき」、京都新聞「この日の入場者3萬」徳川侍従談話<陛下は民主主義を体得せられ且つ率先御実行になってをられますので、今度の公開についても従来国民と隔絶してゐた皇室の真の姿が国民の目に触れることが出来るなら御所でも離宮でも公開するようにとの思召しであったと承ってをります。>大阪新聞「眼うばう桜の間の襖絵」等。京都日々新聞は「神秘の扉いま開かれてー京都御所拝観の群集」という説明と大きな写真が掲載されています。
2023.04.10
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〇鹿角市十和田錦木には八代目を継ぐ狭名大海という郡司が治めて居て、その娘政子姫は機織りが上手で、村の子供が大鷲に捕らわれ犠牲になっていることを憂慮、織物の中に鳥の毛を織り込んだ着物を着せたら良いと言う僧の言葉に従って、三年以上織り続けている折、彼女を見初めた錦木売りの若者が、毎夜毎夜、姫の門前に錦木を立てかけていました。九百九十九日、彼は恋患いの為、亡くなり、姫も後を追うように亡くなりました。父親や村人らが弔いの思いで錦木塚を立てて供養しました。錦木とは、楓木かえでのき、酸木すのき、かば桜、まきの木、苦木にがきの五種の木の枝を三尺(約90cm)あまりに切り一束ひとたばとしたものである。これは別名「仲人なこうど木」といい、縁組えんぐみに用いられます。
2023.04.09
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〇H高校同期生N君のロック・バンド7月13日ライブの席上でご一緒した初対面の或る女性から、私の手元に届くようにと託されたチケットが先月25日、N君の簡単な手紙と共に舞い込みました。昭和53年から続くスポニチ主催の「葦の会(舞踊・新舞踊)」で浪速の秋を彩る催しものです。2000円ものチケットを下さった女性の出番が開始後、すぐだと聞いていましたので、自宅を9時に出ました。新大阪にある”メルパルクホール大阪”にはもう多くの人が並んでおられ、階段を上って椅子席に向かいましたが、見事な手際で陣(席)取りが完了していました。それでも一階席後方から4番目の列に坐ることができました。 私は舞踊会を見せていただく時は、いつも感想などを逐一メモしています。山室流の彼女の「お吉」は真っ白な衣裳、そして妖艶な舞は会場から溜息が洩れたほどの出来映えでした。印象に残ったのは、8思い櫻(有希)、12花筏(貴柳)、15お徳(山室、この方は女舞向き?)、16大和楽おせん(香華、この舞は優雅で100点)、18小谷木しぐれ橋(岩村、政子さんの細やかな指遣いが印象的)、21雪の山中(岩村秀直)、27滝の白糸(花紀)、33みれん橋(花紀、この舞は100点)、35浪花遊侠伝(轟、茶髪髷には驚いたものの、個性とメリハリのある舞踊)、39小春(有希、女玉三郎とも言えそう100点)、41雪の山中(花紀、85歳とは思えない立派な舞)、以上、第1番目の出し物から53番目まで休憩もなく観劇しました(番付の最後は67番まで)。この催しで驚いたことの一つに、大道具さんたちの働きの機敏なこと、用意周到なこと、おそらく綿密に打ち合わせを繰り替えされたものと思われました。通し狂言というのは有りますが、それでも幕間があります。ところがこの葦の会は暗転こそあれ○○分の休憩は一切ないのです。80数名が順次舞いを次いでいかれた恰好でした。暗闇の中で要点を手帳にメモしましたが、来年も今年と比較しながら拝見したいなぁと思いました。(注)( )内は流派の名称で15の流派(社中)が参加された大イベント舞踊会でした。
2023.04.08
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〇いよいよ地方選挙たけなわに差し掛かっていますが、父の新聞切抜き「日本女性史、紅と紺と」は270回のシリーズもので、その3回目の記事の写真のコメントは、赤ん坊を負んぶしている3人の主婦が選挙投票箱に票を入れているシーンで、<昭和21年4月10日。戦後初の総選挙、というよりも女性が初めて参政権を行使した日である。この写真、当時の投票所カメラマンの書いた写真説明には「赤ん坊を背負って一票を投げずる隣組のお母様たち」。この赤ん坊も(20年経った)今度の参院選挙に初めての票を投ずるのではかなろうか>と書かれています。こんにちネットで検索したら朝日新聞社から『紅と紺と』林家辰三郎として既に発刊されていました。
2023.04.07
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〇加茂さくらさんから戴いた宝塚歌劇100年史『虹の橋 渡りつづけて』の人物編にはあの小柳ルミ子さんも含めてオール塚生の1期から99期生の同期ごとの紹介は無論のこと、「宝塚グラフ」は昭和11年(表紙 二條宮子)から平成9年(轟悠)、同10年には宝塚GRAPHと名前を変え、平成25年まで掲載されています。他に「宝塚おとめ」、大正7年からの「歌劇」やステージアルバム、ル・サンク、 圧巻は華やかな公演ポスター。それは年史に相応しい大正・昭和・平成の時代風景が感じられることです。
2023.04.06
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〇未だ果たせていない夢は、宝塚歌劇の脚本と主題歌等を作ること。テーマは決まっています。それは姉たちの少女文庫にあったジョルジュ・サンドの「愛の妖精」。歌とダンスと芝居をミックスさせたショーものは観客に息も出来ないほどの強烈なパワーを投げかけることが出来ます。ミ会場いっぱいに響き渡る生演奏、赤、紫、青、黄色、緑の照明の冴え、きらびやかな衣装をまとった出演者たちの全身から繰り出すダンス・・・。 裕福な農園の双子兄弟に、罵声をあげたり悪戯を繰り返す少女ファデットは、村人から「こおろぎ」だの「鬼火娘」だのと毛嫌いされていました。それが村祭りの中で、村一番の上手なダンスを披露。その夜しくしくしのび泣く少女ファデットとランドリーの夢の時間・・・。少女の神髄に触れたランドリーが勇気をもって彼女との愛を育て、双子の兄やファデットの弟と未来を見据えて頑張る物語。
2023.04.05
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〇昭和末期から平成へと時は流れ、核家族の時代に拍車がかかり、巨大なマンション建設が何棟も建って行く一方で平屋建て乃至2階建ての木造家屋が廃屋となって問題化しています。日本家屋が減少するということは、取りも直さず畳の和室が減り、部屋と部屋の繋ぎ、欄間も減ることを意味しています。しかし神社仏閣は今後も改築されて需要があるので、欄間彫刻の仕事は存続して行けそう。 天人や飛龍、鳳凰、唐獅子、牡丹や蓮花、猿や干支の動物など100年以上建物が建ち続けるのであれば、欄間も、職人の腕・贅を後世へと繋いでいくことでしょう。
2023.04.04
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〇芸能人のブログを見ることは有りませんが、昔それを話題に記述したことがありました。お笑いジャンルの人ながら多彩な清水ミチコさんのブログは健在。 http://4325.net/blog/index.html筒井康隆先生のブログはユニークです。枕詞逆引きも http://shokenro.jp/shokenro/book-cover/
2023.04.03
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〇今から4半世紀前に売られていた『アメリカ映画ぽすたー』なる小冊子があります。河出書房編集部の手になるもので350円。表紙は永遠のスタージェームス・ディーンの「エデンの東」。ジュリー・ハリスとひしっと抱き合った姿が印象的です。大阪は粉浜という街にピカデリー劇場という小さな映画館があって、高校時代の親友と屡観に行きました。表紙の背中には、<映画の黄金時代を築いたハリウッドのスターの愛と別れの名場面が、初公開当時のポスターで今よみがえる。>とピーアールしています。ポスターはハガキ大の大きさで郵便番号欄もつけてあります。風と共に去りぬ(クラークゲーブル、ビビアン・リイ)、哀愁(ヴィヴィアン・リー、ロバート・テイラー)カサブランカ、凱旋門(イングリッド・バーグマン、シャルル・ホワイエ)、ローマの休日、七年目の浮気はモンロー、ピクニック、めぐり逢い、熱いトタン屋根の猫(エリザベス・テーラー)、そしてウエスト・サイド物語。最近のアメリカ映画はものを爆破したり、空想的なものが多く、心に残る内容が少ないのは残念ですね。
2023.04.02
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〇朝日麦酒㈱発行の「ホロニガ」第4号(s43年1月15日発行)には女を愛し、酒・食物愛するを檀一雄氏のエッセイが載っています。 ロシア人の台所に居候していた時代の話にロシア料理、ボルシチについて触れられています。こっちが寝ているとね、ロシア人の女房が起きてきて、まず、水の入ったバケツを竈に乗せる。それが煮え立つ頃に、一番最初にニンニクを一つボトンと投げ込みます。それから肉を投げ込んでゴトゴトやるんです。そのまま居間へ入って出てこない。四時間、五時間程して煮え方をチェック。ジャガイモの皮をむいて、まるごとドボン、ドボンと入れて、再び居間に。夕方になると、やっと出てきて塩味をつけたりするんです。十時間はかかっています。日本人は三十分から一時間で料理をしますが、ロシア人は一日がかりでやるんですよ。
2023.04.01
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