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実はお化け屋敷訪問は私にとって重要な日だったのです。一年前にだいぶ、好きだったお兄様との再開で、かつ、フランス語がどれくらいに上達したかのテストみたいな・・・感じで。 お兄様、少し、疲れていました。パソコン入りのバックが重たくて、でもって、仕事がえりだからスーツで(私服を期待していたのに・・・!!!) この再会で私はこの二日間、頭を回転させています。過去に出会った人々の記憶をまとめたり、後はお兄様の性格を分析してみたり。とはいえ、お兄様なんて呼びたくない。奴なのか・・・癖が強く、私に似ていて、そうして殴りたくなるような人です。殴りたくなるのだけれど、母性本能をくすぐるような人で、だから、私はわざと、いじめていました。自分と同じような人間を敢えて甘えさせようとも思いません。 バイトは順調で、一年ぶりの復帰になりますが、女将さんも旦那さんも私のことを忘れず、覚えてくれてたし、すきやき、しゃぶしゃぶのお店なので来週くらいからお肉を炊く練習を始めます。 後、試験など、積極的に受けていきたいと。フランス語の試験でデルフ・ダルフというだるそうな名前の試験があるのですが、というのも、段階がたくさんあって飛び級とかないのですよ。私は一回もそれを受けたことがないので、とりあえず、ひとつずつ制覇していこうかと・・・。だるいや。でも、いつか、終わるだろう・・・と、長めに考えて。もしかして、基礎からはじめることが私の苦手な文法を見直すことになるかもしれないし・・・。というわけで、久しぶりの神楽坂、日仏会館にいってまいろうかしら。これから。それから、バイトとにいって。結局、今、大学にいるのに、いったり、きたり。学校、神楽坂、学校、バイト。そうして、今日こそ、お風呂用洗剤を買わないと。いまだに家の中にスプーン。フォークがなく、菜ばしですべて食べているのですが、部屋の中のアロマについて一生懸命、考えている次第です。だから、今週末は休みをとって、部屋を何とかしようか、骨休みに鎌倉でも、ちょっくら、出かけてやろうか、考えている私です。
Aug 31, 2005
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飲み会というより、閉じ込められました。あれ、何ていうのでしょう・・・お化け屋敷??暗くなるし、手錠かけられるし、でもって、私の友人はくっくっって、笑ってるし。「ちょっと、貴方!!」と、思いながら、私、引っ張られてる。ああ・・・。 内面のことは、しばらく、ご無沙汰なのです。というのも、東京に帰ってきてしまったし、私がこれから会う人たちは東京にいるわけだし、私の友達だからまあ、さまざまで、大学の友達、バイト先の先輩のような、友人で一回り上というのは、まあ、考えられるわけでして、しかも、てんで、ばらばら、統一性がないから、みんなで会おうなんて思ったりせずに・・・ともかくね、みんなで会うのはリモージュの仲間くらいかな・・・。 というわけで、私は都内のお化け屋敷?兼居酒屋に連れて行かれたというか、誘導されたというか。そういえば、いつか、Koikeさんが、書いていましたね。あの、見つけても見つけたって、言わないでくださいよ。 部屋はまだ、整理中。夏ばて気味で、食欲はなし。それでも、何とか、今日もバイトです。なかなか、楽しんでやっているので、それは、よかった、と・・・。後は、今、アナイス・ニンの日記にはまっています。私もかりかりと、家で日記を書いているのですが、公表できないので・・・今、書いている分は後、2、3年くらいしまっておきますね。
Aug 29, 2005
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予想していたことなのですが、約束事や業務的な手続きに追われています。とはいえ、まだ、バイトをはじめていないので、どうなのかな・・・???まだ、スケジュールは余裕ですね。余裕なのですが、やはり、勉強をしなくては・・・ ここには、これから、なかなか、これないでしょう。家にパソコンがないのです。だから、学校に来たときだけ、カチャカチャと、が、落ち着きませんね。電話回線は今のところ、通す予定はないし。そもそも、私の部屋にはエアコンがないのです。扇風機しかないのです。それでも、何とかやっていけますが。後はチャイムがないのです。だから、お隣さんとか、行きづらくて、ドアをとんとんって・・・本当にないのでしょうか?チャイム。木造で、お風呂もトイレもあって、台所は小さくて、水道代込みで53000円。場所もよく、われながら、よく見つけたものと感心しながら、いまだ、生活に慣れていません。
Aug 25, 2005
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ダンボールに囲まれて生活しています。日が一日づつゆっくりたち、洗濯物が増えていきますね。ごみもふえていきますね。よく、倒れています。扇風機が稼動しています。暑いです。汗がじっとり、滝のようにあふれて、肌の表面の見えない無数の穴の存在を痛感しています。毎日、眠りすぎます。やっと、アレルギーはなおったようです。これから、新宿にいきます。早くも、私の日常は忙しくなりそうです。
Aug 22, 2005
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明日、東京にたちます。とはいっても、全く実感がわかないのですが。今日は北海道、最後の日なのです。引越ししたら、日記がどうなるのか、わかりません。たまに、学校で更新しているのかもしれませんね。残念ながら、このごろは、半分、けだるさも混じりつつ、日記を書いています。変わらない毎日の証なのかもしれません。自分に甘い私は北海道で眠りをむさぼり、ごはんを食べています。気候があわないせいか、毎日のようにアレルギーが発生し、鼻がつまったりと、苦しいです。お薬は軽いものを飲んでいるせいか、なかなか、きかず、頭が同時に痛くなったり、そのせいでいらいらしたり・・・。温かい日は割りと平気なのですが。 昨日、私は久しぶりに何人かにメール、電話等、いたしました。なんと、その中の一人は結婚していたのですね、、私がいない間に。ちょっと、変な気分になるのかしら、と、思ったら、逆でああ、この人が落ち着いてよかった、と、思ったのです。というのも、そこには、理由がいくつもあるのですが。その人との付き合い方がわからなくて、微妙に向こうもこちらに気があるような、だから、罠をしかけられるようなことがあったようなないような・・・そんな人が納まるところを見つけたというのですから、私も悠々と泳いでいられるのではないか??と・・・。 男性でも、女性でも、私はたまに、「貴女は私のことが好きですか?」と、聞かれることがあります。私は非常にこの言葉に困るのです。好きです、と答えるのは簡単ですが、相手が誰であれ、正直わからないのです。誰かを嫌いだ、と、思うときも嫌いだと思う気持ちはスポンジが水にひたされるように、じんわり、じんわり、私のなかにたまっていって、時に、なぜ、嫌いか?ということが、説明がつかないので、人を好きだとか、嫌いと、感じたり思ったりすることが、苦痛なのです。できれば、そんなことを考えないですごしていたいものです。つまりは、自分の気持ちに自信がないと、いうことになるかもしれません。 そう、自信がない。全く、自分が見えない。どこかでそういうことを感じていたから、私は自分の将来について話すのは嫌だった、と・・・。慰められるのも励まされるのも、自分が見えなくて、実は不安で、けれど、そんな不安さえ忘れてしまえるような自分自身で・・・。 面倒になって、何度か、ひきこもりました。もし、私が思ったことを全部、書いたのなら、私は書くことを苦しい、と、思うのではないでしょうか?自分の心の中の理性ではない部分が私を苦しい、と思わせて・・・だから、書くことは、書き始め筆をおく、その繰り返しだと、思います。 言えないことこそ、重要なんだ、と、ある先生はいいましたっけ。けれど、案外、言ってしまうと簡単だって。でも、言ってしまったにしても、まだ、ろ過されない、言えてない部分がたまっている。 言いたくない、もしくは、書きたくない、というのは真実なのでしょうか。誰かを傷つけるからではなくて、そのことに対して、私は、実感したくないし、ある事に対して、精神的な局面を迎えながらそこに、私の精神的な問題があると知りながら、書きたくない、と、思うことがあります。しかし、そんな感情にあるとき、何とか、その感情やら、複雑さを何かに移せないかと・・・このごろは考えているのです。(考えているといっても、その実、考えていること自体に私は確信がもてません。いつも、小さなことであれ、確信を持てる人をうらやましくおもっています。これは、見た目は非常に目立ち、成績は中の上くらいで、自己主張もし、という私の隠されてもいないが、内面にある弱さなのです。) そうして、私は、かなり、前から、小説家になりたい、という自分の気持ちに対してさえ、疑問を・・・。本当は何になりたいのか、何になっていくのか、わからないのですよ。ただ、自分の中に潜む何かが、どこかに向かわせる、そのような気もするのです。 私は自分が好きで嫌いで、その両極にありながら、自分自身は自分自身につきはなされているのです。自己が不安定であるので、一つの文章を書いても実はその続きを書くことに自信がもてないのです。自分は他人と別なものを持っているのだ、という思いも、時にエゴのような気がして・・・自分でそう言いたくない、けれど、態度で、私は一般の社会に混ざり合わないのだと、示したい。その思いから、日本に帰ってから、挑発的な態度をとって、日本という国の嫌な思い出がまだ、その日本人の顔に見えるとき、ふみつけたくて、壊したくて、その思いゆえに、制御できず、もしかしたら、リモージュの仲間が帰ってきたら心安らかになるのかもしれない、などと、思いながら、帰ってきたらそんな自分をとめてくれ、と、自分勝手に考えて。自分が他の誰でもない、自分が個の存在であることに自信(うぬぼれに近い)、その反面、向こう側、大抵、何かまとまりのあるものとの衝突が恐くて、そうなると、人というものが恐くて・・・自分のなかにこもりがちで・・・。 文章は終わっていませんが、これから、東京です。明日の早朝に飛行機で東京に向かいます。
Aug 18, 2005
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今日、引越しやさんが来て、私の荷物を運んでいきました。私、本当に、なかなか、自信がないのですが。特に解体してしまった電化製品の組み立て等ですね。はじめて、本棚などを組み立てたとき、本当に疲れました。解説書がついていたからよかったものの・・・。でも、自分で何でも、組み立てなくてはいけないのですね。完成品を頼んだつもりでも、実は全部、部品で、後は工作大苦手な私が四苦八苦。その苦手ぶり、すごいのです。中学生の時に作った小物入れは、あけることができません。裁縫も苦手でミシンが恐かったのです。もとから、小心者なのか、火も恐く、マッチ、ライター、だめなのです。パリにいたとき、何回かマッチをつけなくてはいけませんでしたが、必要性もなきにしあらず、というので、だんだん、キッチンから遠ざかっていきました。その理由は火が恐かったのと、後は、人とかかわるのが嫌だったからではないのでしょうか。極端に他人が恐いのです。はじめ、恐くて、相性があえば、だんだん、知り合いになっていくのですが。 ともかく、話は脱線しましたが、昨日、引越しやさんが私の荷物をごっそり、トラックにのせて運んでいきました。ナナさんは大暴れしておりました。我が家ではかわいい犬なのですが、実はほえまくる犬なのです。しつけてやらなかった・・・そういうことなのでしょうか。ついつい、かわいさに負けてしまって。 夕方、ナナさんは、気づいてしまったらしいのです。私の近くから、離れてくれず、ぴたっと。こういうのって犬の特権というやつのなのでしょうか。人間の温度が好きで、誰かの服の上やら、ベッドで寝ているとやってきて、ジャンプをして、横にいすわってしまう。 しかし、食欲はなく・・・。
Aug 17, 2005
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見た目は、全く、私です。今日は無気力でして一日中、転がっていました。引越しなのですが・・・そんなに荷物を持っていかなくてもね、と、思いつつ。どんな生活をこれから、送っていいやらわからないし。私らしくないような、でも、私らしいような落ち着きを失ってしまう、そんなことがあるのですね。一日中、イライラしたり、鬱的になって泣いてしまったり、なんだか、わからないけれど、恐いな、不安だな、と、感じてしまったり。理由がないわけはないだろうと思いながら、でも、どこかね・・・符に落ちないそんな感じです。
Aug 16, 2005
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どうも、ささいなことでも、過去って言うのは身体の反応としてでやすいらしいのです。そういうのを説明するのは、非常に力不足になってしまいそうだけれど、どうして、その人の手を握って全てを伝えてしまえないのか?と、時に思います。 悪酔いをして、どうやら、寝たようです。友人たちの誰かと話したかったのですが、どうも、日本に帰ってきてからフランスの友人は捕まえづらい様で・・・もしかしたら、本当に私の友人たちは忙しくなっているのかもしれませんね。
Aug 15, 2005
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切れてしまいました。ママンと昼ごはんに食べに行ってから、郵便為替のため、郵便局へ、それから某大手英会話スクールのボイスとやらへ・・・(ああ、ここまでいえば、どこのことやら、誰かわかってしまいそう。)ところが、それが、どうもいけなくて・・・。先生がゲームをしましょう、といって書き始めたのが、三角形、四角形、など。興味がない。そうして、渡されたのが、千円札。なんでだよ?と、質問。とりあえず、書いて・・・て、そういうの納得できないわ。いらいらいらいら。ゲームなんていうから、とりあえず、周りの人が笑うでしょ。といっても、二人しかいないのですが、私のほかに。でも、嫌なんです。っていってるのに、、私はゲームが気持ち悪いのです。そうして、いかにも押し付けっぽいし。うーーーん。怒ってしまいました。結果、放棄なんです。 その後、マイペースな先生がやってきて、いやされました。やっぱり、人間、少しは素直ではなくては・・・。 でも、素直ではない人、いるのですね。正直、わからなくなりました。妙に気合が入って元気がある人がいたので、ぶつけてみました。少し演じているのかしら??と・・・すると、実は彼女は演じていたのです。うん、、つらいことがあって、でも、笑顔でいるほうが楽だからって・・・・。違和感がするのですね。何か、うまく、ものが合わさらないような感じ。そんなことしてたら、無理がたたるわあ、って思いながらも、そんなこと、実は指摘しない方がいいのかしら??と・・・。友達が言ってたのですね。一応、見た目は平和なんだから、そのままで・・・みたいな、ことを。あの、私は平和ではないのですが。全く。 日本に帰ってきて、本当にすごしづらくなりました。納得のいかないことばかり・・・。
Aug 15, 2005
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正直、日曜日と月曜日がまぜこぜです。いろんなことに、なかなか、ストレスだな。と・・・。でも、残り少ない日々ですね。東京に出たらそれほど、日記が書けるわけではないでしょう。少し、弱いような強いようなその境目にいます。本当に。とりあえず、休みます。
Aug 14, 2005
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この小説は非常に静かな進行のようなものだ。理解できなくても、それは、静かな川のよう、だから、きっと、私が小学生高学年のがきの頃にこの本にめぐりあっていたのだとしても、今まで、ずっと、ひっかかっていたのだろう。しばしば、人はひっかかるものに、戻っていく。だから、私もこの函館の滞在のおり、過去の時間に戻りながら、そうして、その時間のなかで手にした本をもう一度、手にすることになったのだ。 余命を迎えた老婆は遠くにいる孫に手紙を書く。胸のつかえをつかえたものにしないため。彼女の言葉、思うことが外に出されず、残された孫娘の胸に重たくのしかからないように。しこりがのこらないように、愛情とそうして、やがて手紙は老婆の魂の告白にまでいたる。 静かな魂の告白、静かでありながら、激しい。表面は平凡であるように見えながら実は波乱万丈な人生。 引用。P187逝ったものが胸にのしかかるのは、いなくなったためというより、おたがいに言わなかったことがあるためなのだよ。 P19流さなかった涙は心のなかにたまり、やがて心をおおい石灰が洗濯機の歯車にかぶさって機能をとめてしまうように、心の動きを麻痺させてしまう。 現実というのは、人生というのは、私が思うにあいまいにしか表現できない。決して、タマーロがはっきり、と、表現しているわけではない。ありのままに、感じるように、老婆の形をかりながら、本質を語っているのだ。 そうして、この小説が魅力的なもう一つの理由。これが、女三人に渡る母、娘、そうして、孫に渡る物語である。言わなかったことがあるために主人公は娘を失ってしまう、そうして、言わなかったことのために、娘は主人公の心にひっかかるのだ、そうして、孫までも、アメリカに旅立ってしまう。自分の母親のように、強制した形は娘にとりたくなくて、が、その反面、自由にさせておこうと思う一方で、娘が危険な思想にはまったときには、娘との断絶を恐れて、強い愛情の力でとめることができない。そのとき、主人公は愛は強さなのだと、知る。それを知っていたら、もっと、早くに知っていたらと・・・。だから、もう、余命わずかとわかったとき、孫のために筆をとる。おそらく、このために。 P48不幸というものはいつでもきまって女から女へうけつがれてゆくものだ。まるである種の先天性の異常のように、母娘から娘へわたっていく。わたりながら弱まるどころか、ますます根づよくしつこく深くなる、男の事情はまったくちがう。男には職業や政治や戦争があるから、エネルギーを外へ発散できる。女のほうはそうはいかない。女は何代も何世代も、寝室とキッチンと洗面所をめぐり歩いてきただけだ。かわらぬ怨念とかわらぬ不満を抱いたまま、何百万、何千万と同じしぐさをくりかえしている。 この文章を読んで、しかし、私は希望を感じる。今まで、女性に不幸が受け継がれて来たにしろ、女がキッチンと洗面所と寝室をめぐり歩くだけではだんだん、なくなってきたのだ。だから、連鎖はどこかで、とかれるのかもしれない。主人公の娘も孫娘も受け継がれるものにもがいている。が、どこかで・・・もしかしたら、何が大事かと、、沈黙をやぶることで。 やがて、老婆は潜在的にひそむ親子三代の、もしくはそれ以前からのつながりを絶とうと、この手紙を書いたことが明らかになってくる。 誰かを自由にしよう、自由になっていい、と、言葉にしたとして、実はわかりきっているその言葉が発せられる相手によって、本人にどう作用するかがきまってくる。それを言って欲しい相手というものがいる。同じ言葉、たとえ、それが、真実だとしても、それが心から出ていなければ意味がないのだ。それを主人公はある牧師から教えられる。まったく信仰心にあつく、説教くさいわけでもない、かえって、ぶっきらぼうな彼が言うのだ、完全ないつも答えをもっている人は信用してはいけない、と・・・。 心を用いて、私にとっても、たとえ、私が心配されても、それが、心から出ていなければ全く、嫌だ、と、思うことが何回かあった。心配という言葉でありながら、実はただ、怒られているように感じるとき。私の心に届く心配をした人は心配という言葉を言わなかった。彼女は私を思う部分に明らかに痛みを覚えたのだ。だから、私は彼女をつつみこみ、たとえ、見た目だけでも、とりつくろった。自分ではどうにもできない部分もある。 何度もタマーロがいうような言葉は私に向かって多数の口から発せられた。人生を知っているような人は何人かいる。けれど、彼らはそれほどに話さないだろう。世界をたびすれば、私のすることはどんどん、増えていく。厄介なことだ。私が厄介なものをかかえている。そうして、人々はいった。読みべき本を、行くべき場所を、みんな思うように、みんな異なったものを口にした。私は迷った。けれど、それでいいのだ。彼らはそれらが私の助けになると本当に思っていたのだから。決して、私をわかるとも言わなかったし、無理に納得させようとしなかった。私は昔のいじめっこたちが口々にこう、言ったことに腹をたてている。いじめられるのは、前世のせいだと・・・・。私、そんな前世、知らないのに、前世で悪いことしたとしても、そんな記憶ないのに、と・・・。そういったことは、あらゆるところで、見られる。 P41母の気持ちはたえず揺れ動いていたが、その原因はいつだって外側のことでしかなかった。母がこれこそ「完全だ」と思い込んでいたイメージが、私に悪い子だと思わせ、ひとりぼっちなのは悪い子なんだから仕方がないのだと、納得させた。はじめのうちは母のようになろうとしてみた。でも、そんなことは性分に合わなかったから、屈折するのが落ちだった。頑張ろうとすればするほどますます具合が悪くなった。自分を放棄することから冷笑が生まれ、それがたちまち怒りにかわった。母の愛がわたしの外側だけに、つまりどうあるべきかだけにかかわっていて、わたしそのものとは関係ないことがわかったとき、私は自分の部屋のすみで、それから、心のかたすみで、彼女を憎み始めた。 この文章を読んだとき、また、あっと思う。私がうまく、言葉にあらわせないこと、と・・・でも、私の内部に抱えていること。もし、ただ、魂の告白に終わるならば、重苦しいのだ。が、開放や、ほんの少しの希望が見えるならば、救われた気持ちになる。絶望をくちにしながらが、希望を糸をひくように導くのだ。ほんの少し光を。 一気に最後まで言ってしまいたい気持ちがある。が、この最後の言葉は、ずっと、老婆に耳を傾けなければ、そうして、自分の心の声を聞いてきたもの、にしか、到達できないのではないか。本質は決して難しいものではないのだ、と、老婆は言う。それらは、ありふれた言葉なのだと。が、ありふれた言葉がそこにただ、あるだけでは・・・スピリチュアルブックと同じことになってしまう。この老婆が言いたいのは、ただ、賢者の言葉に耳を傾けるだけでは十分ではないのだ、しばしば、見失いがちな自分にたいして、どうすればいいのか、それを知っているのは、たとえ、誰かが予言できたにしても知っているのは自分自身だけだと言うことだ。だから、自分自身の唯一の教師は自分自身だと老婆は言う。 そんなことを書いていたら、結論を言いたくなくなった。この本は時期がこなければ、わからない、理解することができない、どんなに頭でわかろうとしたって無駄だ、と、言っておこう。どのくらい、真剣に生きているか、自問自答しているか??貴方はひっかかっている言葉を持っていますか?自分の核が見つけたいですか?
Aug 13, 2005
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実を言うならば、タイトルをつけられないような毎日がまわっている。終わりのないレコードみたいな・・・。一日が終わった瞬間なんてどの瞬間なのかわからないから、読みかけの本が次の日にも読まれるように、私の感覚も次の日、その次の日、忘れたようにしまわれて、突然、よみがえったり。 英会話スクールにいく。特に行くところもないから。地元のね・・・行ってみる。田舎の人だなって、感じてしまうのは、驚いたふり、相手の言うことにおおげさに・・・でも、話してみると悪い人じゃない。同じような価値観へたたかいを挑むようにイライラしたり、でも、ちょっと、待ってみようと一息、つくと、自分を持っているそういうわけではないけれど、決して、悪い人間ではない、そういう風に他人が見えてくるから若干、落ち着く。 母には、今日も文学が嫌いだ、と、言われる。私の弱点は経済的な点とか、後は社会における身分だ。ママンは、ヒステリックになると、後からものすごい反省をする。反省というか、どう、顔をあわせていいかわからない、そんなふうになるらしいのだ。だから、極端に優しくて、極端にずるくて、ヒステリックで意地が悪い。愛情も精神的なものによって、凶器になって投げつけられてくる。我々のバランスが、、よく、私のいじめがなかったら、バランスがとれたのに、と、思うことがおおい。そう思うとき、私はいじめっこたちを憎むようなそんな心情になる。今でも心の中で彼らを思い浮かべ、恨みを発散させている。つまり、私の欠点は執念深い。我慢強く表立って文句は言わないが、心の中に深く刻まれたら10年、20年、平気でうらむのだ。本当に執念深い。無念と思う幽霊のように・・・。 よく、そうして、旅の途中にいると、思わされることが多い。今日もそういう日だった。 はかられた、とは、連想ゲームのこと。この言葉から何をイメージし、この言葉から、と、つなげていく。結果、ネガティヴと言われてしまった。暗闇からはじまり、暗闇に戻ってしまった。ああ、やっぱり・・・・・・。と、引きずられるように。最後のほうは私の中から見事にぬけだせなかった。エゴ、自我としるし、それから、無意識など、そうして、暗闇まで、、一直線。その連想ゲームをやったのは、全く、知らない人で、でもって、私の一つの性質が明らかになることに私は戸惑わざるをえなかった。多くの人にとって、もし、感性のするどさをもっているのならば、私は一種の特殊性をもって、うかびあがってしまう。しどろもどろに・・・私がおそらく、意識的であるので、私の浮かび上がる特殊性はしばしば、答えを問われる。なぜ、私がそのように考えよう、感じようとするのか?それは、しどろもどろで、認めたくないこと潜在的なはずかしさのラインも通って行われる。少しづつ、楽になっていく気もするが、何年か前、精神科で、インクを落としたものが何に見えるかというテストをやって、いちいち、答えなければいけないとき、そうして、何に見えるかその理由を繰り返さなくてはいけないとき、非常にいらいらしたのを覚えている。分析の結果、それが、自分だと認めないわけではない、そうして、自分に説明をつけることも、そこから、自分を動けなくするようで居心地が悪い。そのなかには、わかられたくない、という気持ちがある。 今、私は誰かをわかるなんて、思っていない。誰かをわかるなんて、そんなのエゴだ。私をだから、そのとき、私に説明をつけながら、私自体、人間というもの潜在的になぞであるはずだから、つけた説明などというものは、決して十分ではなく、そうして、理解すればしようとするほど不可能だ、と、そう思っていてほしい。ただ、耳を傾けるだけ。決して、分かった気にならないこと。誰もが、自分の気持ちがわかるものか?と、自分の気持ちを自分で抱えていていたいものではないか?わかってほしい、寂しいから、そう、思っていてもいざ、わかられる、そんな気がすると、恐くてしょうがない。 交差点から、交差点、そうして、疲労。私がさまよっていたのは、確かに、過去には東京で私はさまよっていて・・・。 このごろ、気づくことがある。恐かったのはと・・・。私は私を持っていなかったのだ、と。確かに強い個性、本人が望まなくても他者へのインパクトは十分である。が、何も欲求がなかった。今でも一体、自分が何になりたい?とか、何を書きたい、とか、わからない。要は、透明、もしくは、不透明、どちらでもありうる。何もわからないぶん、私など解けてしまいそうで透明、けれど、何も見えないからガラスが曇ったように不透明。 まだ、高校生まで就職しようと考えていたから何か、まだ、何かをやらなければ、という気持ちを持っていた。大学にはいれば、そういったものが逆に重たい。 フランスから帰ってきてから、まだ、平気で個性の、よく言えばそのままの私でいられる。が、一人、個性をしっかり、持った人間としてやはり、日本という国はきびしい。イライラも多い。反発もある。自分がくずれてしまいそうだ、と・・・が、そんな自分を必要以上にひっこめる必要も、そんな自分を恥ずかしいと思う必要もないはずだ。 一人になりたい、と、よく、思う。一人になった方が過去はうけいれやすいはずだから。 もしかしたら、スザンナ・タマーロの心のおもむくままには、ヒントとなり、これから、導く何かになるかもしれない。私をたんぽぽの種に、この小説はしてしまいそうだ。小説が決して、重要なのではない。人生の本質に満ちた、そうして、私の場合、ひっかかっていた、そうして、なかなか、他者に理解してもらえなかった、ことが、書いてある。そのことについて、別の枠で説明しよう。
Aug 13, 2005
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私のホットメールの調子がおかしい。開かない。開け。開かない。・・・・・・。ウィルスかな??何だろう。 今日は、また、少し、お出かけ。今日、母に救いを求められた。手には介護福祉のプリント。まとめてって・・・時間あるでしょ。って・・・でも、介護福祉には無知なのですが。「お母さんよりも頭、いいのだから。」って、おだてても、無理がありませんか? 連日の読書。昨日はスザンナ・タマーロ心のおもむくままに。それと、大人の残酷童話物語。後は、勉強。語学、英語、フランス語。そうして、夜はできる限り机にかじりつく。かじりつくけれど、睡魔はすぐ、きてしまう。 タイトル、隠れ肥満であるが、勉強のかたわら、体重計にのっかっている。体重が増えた。今まで、未知のラインにたっている。参ったな。でも、勉強ばかり。外に行く用事はない。そうして、母の意味不明のプリント・・・・・・。「教養」とかいって、笑ってたけれど。それって、教養なのかしら・・・。 頭がいたいのと、後は、考え事ができないので、コメントの返事を書いていない。ごめんなさい。 昨日は引越しの見積もりがありました。今日は出かけます。出かけるといっても、勉強しに行くだけなのですが・・・頭が重たいのです。重たいけれど、家にとどまっているのも、頭が重たいのです。 毎日、勉強と料理ばかり、主にパスタばかりつくっています。そうしているうちに、だんだん、料理の意欲も食べるという意欲も元通りに減ってきました。私の隠れ肥満は治るのでしょうか??
Aug 12, 2005
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昨日までの私は猛進しており、今日は疲れている。また、NHKスペシャル。コソボ紛争について。少しわかったような、わからないような・・・両方だ。国のために兵士になりたい、という若者。今日の私はやる気がないのと、何でよ、と、ごろごろしているのと、両方で、誰かのためになんて・・・と、いうような気分になっている。自分のために生きるのよ、と・・・。私だって、と、だらしなく、大学一年私の研究内容は自殺と後はフェミニズムのようなことだった、、ふと、そんな空は離れていく。そういったことにひかれていきながら、しかし、そんなのはやだ。誰かのためになる勉強なんて。が、その一方で純粋な好きだからやる、という勉強を支持できるわけではない。参ったな。やっぱり、私、現代人なんだ。耳鼻科に・・アレルギーをペットボトル一本の水を飲んでよく、治す、という私。お医者さんは「お水で治るのですか?」と・・・。「気合です。」という私。視線が定まらない。二年以上もご無沙汰していて、しかし、顔は覚えられているようだ。その反応から、あ、やっぱり、私は変人の類なのかと・・・。帰り道、歩くならば思い出すことがある。同級生の家がある。その道の中で私はよく、本を読みながら歩いている。受験勉強期、急に成績をあげるために、私は歩きながら勉強していた。そうして、遅刻してしまう、というとき、走りながら本を読んでいた。小学校一年生の時、絶対、結婚しない!!と、言った。宣言といっていい。損をするような気がしたから。何かをいつも、どうにかしなきゃ、と、思う。本当はうまくいかないことの方が多い。私が一人、がんばっても、いじめはなくならないし、離婚率がさがるわけではない。がんばっていて、それから、急に意味がないのではないか?と、思うことがある。誰かがやることに対しても疑惑をいだいていることが多い。誰かの為は嫌だけれど、自分のためにやることって、幸せだろうか?渦がそうして、回り始めると考えることが、そうして、また、面倒くさい。感じることも。何もなくなって、夢の中に逃げるように・・・布団をかぶって、ねてしまうことがある。 落ち着かなくなって、みんな、嫌いだ、と、思うことがある。全員、いなくなっちゃえ、と・・・。悲しいのに、腹を抱えて大笑いすることがある。 決していい人間じゃないんだ、と、ある日、言った。だから、いい人間のように思われると苦しいのだ、と・・・私はまじめではないのだから。相手は私に答えた。「君は馬鹿だ。」私は馬鹿だ、と、そういって、終わった。日常、風がとおる。そんなに悪くもない。けれど、受け入れるということは、そんなにうまくもいかないのだろう。
Aug 10, 2005
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我が家では私、ちょっとだけ倒れ、母、半分、倒れる。私はアレルギーで、くしゃみがとまらない。まるで、しゃっくりというような、、状態。とまらないしつこいしゃっくりのように・・・。それから、引越し会社への電話など。 要するに、実務、と、後は勉強に追われているようだ。だから、昨日、見たNHKの特集、長崎についてもふれたかったのだが、軽く、触れておこう。私が長く説明するよりも、見たほうがわかりやすいのだから。その中で、私は人間って、強いのだ、と、思った。 というわけで、ぜんぜん、まとめていないのだけれど、また、後で。
Aug 10, 2005
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お金でも言葉でも、余計、力をもっている人はどのようにそれを役立てたら有効なのだろう??と、思うことがある。よく、お金持ちの家、装飾があったり、大きな庭があったり、優雅な生活という題がついてテレビで放送されることがあるけれど、私にはそういったものが、逆に恥ずかしく思われる。別に、人のために役立てろ、というわけではないけれど、生理的にだめなのだ。だから、お金と同じで、言葉が使いこなせる人、作家のあり方もこのごろ、私は首をかしげながら、一体、私が何になりたいのか、そうして、もし、作家だとするならば、どういう作家になりたいのか。私のことを心配して、少しは売れるものを書いて生活を成り立たせることを考えなさい、という友人もいるが、今はそういうことを全く、考えたくないし、自分はそういうことのために、何かになりたいとは思えないし、思わない。何かの為、それがたとえ、人のためであったり、社会の為であっても、為といってしまうことで、それが、一つのエゴのような気がしてならない。 が、このごろ、言葉を代弁するというスタイルをとる作家さんたちをかっこいいな、と、思っている。 前回の東京訪問、私は一冊の本をブックオフで購入した。パトリック・モディアノ著、「1941年。パリの尋ね人」である。私はこの本を大学二年の授業にてしった。印象に残っていたので、すぐに、購入することにする。これは、一人のユダヤ人少女の尋ね人広告をきっかけに、作家モディアノが彼女の痕跡を追っていくというもの。ノンフィクションだ。まだ、読み返していないから内容は、まだ、はっきりとは思い出せない。が、この試み事態に意味があると、私は感じる。 昨日のNHKにおける、原爆特集。昨日は長崎だった。作家、井上ひさしが登場する。被爆者の言葉をくみとり、そうして、情報をあつめ、できたいくつかの作品。ここにも、モディアノと同じような意味を感じた。 私が語っても、という気持ちがある。よくできたドキュメンタリーで、そうして、沈黙を守り続けた人々が平和のために、言葉を語りだす、ちらほらと。それは、憎しみではなくて・・・。これは、フィクションではないのだ・・・現実で・・・。が、その現実がアメリカや北朝鮮のような国にはなかなか、伝わっていかない。個人規模でそれらは、伝わっていくのだけれど、実際に権限を持っているところには。別のドキュメンタリーでは非常に痛々しかった。被爆者がその思いの丈を語るのだが、それが、原爆を開発した博士にはとんと伝わらないのだ。憎しみを抱いても、悲しみを抱いても、おそらく、伝わらないのだ。そういったことが、痛々しかった。「いや、原爆が投下されたから、戦争は終わったのだよ。犠牲者は少なくてすんだ。戦争に罪のない人なんていないのさ、女性も子供も加担しているのだから・・・。」そういった言葉。彼も、罪の意識を感じるのが恐いのかもしれない。現実を見てしまい、受け入れてしまったら、彼の中の価値がくずれてしまうから。あるドキュメンタリーでは、科学者たちは核の開発に懸命になり、そうして、自分ではない誰かを犠牲にして必死になっていた。何か大きな力がそこにあるのは確かだが・・・そうして、一方では死者の言葉を汲み取り、思いを汲み取り、記憶を集めている学者や作家、芸術家、そうして、当事者たちがいるのだ。変な感じだった。いつまでたっても、見えない戦いがそこにあるようで・・・。意を全く、別にしている。そうして、全身全霊、考えていること、感じていることが極をあらわしている。全身全霊、そこには、御幣がある。しかしながら、一方が勝利をおさめれば、一方がくずれるのだ。そうして、くずれるからこそ、どちらも譲らない。言ってみれば、そういうことなのだろうか。 旅行がまた、したくなった。お金をためたらしようと思った。わからないことが、広島に対してもあって、ただ、行けばいい、見ればいい、と、単純に思った。言ってみれば、表面的に一時であれ、何らかの落ち着きをもたらすのではないか、と・・・。
Aug 9, 2005
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今日はテレビから、学ぶことが多かった。ちなみにこれから、また、テレビでフランス語講座である。学校が始まるのと、本格的に将来を考えねばならぬ、の両方で私は勉強と、後は体力づくりに取り組んでいる。腹筋と腕立て伏せを何回かしたせいか、猛烈に、夜、背中が痛くなった。朝は、なぜか、立った瞬間にめまいがして、それから、くら、左足の神経が一気に痛くなり、痛いとはいっても、歩けるので、とほほと、苦笑。一体、何なのだ?と・・・・。 さて、私の読書、引き続き、フロム、愛について、と・・・後は、カントールの「芸術家よ、くたばれ!」同時進行である。カントールは以前、死の教室の映像を見たのであるが、理解ができず、大分、眠り込んでしまった。フロムも、、以前、借りて読めなかった本。が、昨夜は進んだ。ナナさんの監視のもとに。監視のくせに、ふと見ると、居眠りをしている。そうして、夜中の一時になって、「さあ、寝よう。」と、思うと、今度は階下にいて私を呼ぶのである。参ったな。それから、人間には睡眠が必要なのだ、と、言い聞かせて、ドアをしめて、眠りに入った。やれやれ。毎晩、私が何か、読んでいたり、書いていると、そばにきて、眠り、私が眠るころに、まだ、眠らないのだ、と、がんばり始める。そのくせ、疲れるとすぐ、また、眠ってしまう。勝手な犬だ、と、毎回、毎晩、思わされる。現在、ナナさんは眠っていらっしゃるが、あやしい。何かをたくらんでいるのかもしれない。
Aug 8, 2005
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帰ってきて、書かなくてはいけない書類がいくつか。留学の費用、それから、留学をしてどうだったか??とか、後は、留学を今後、どのように役立てていきたいか?等。私はさくさくと、しかし、費用などはこれから、調べていかないとわからないものである。全体的にほとんど、散文体で私は自分の留学体験を書いている。私自身、それほどまでに、自分が変わったとは思えない。行ってきてよかったか、という点においては、もし、私が多くの人のように就職等をするのならば、一概にそうはいえない。 そう、昨日は岡本太郎の芸術と青春を読んでいた。彼は11年間の間、フランスに留学していた。彼が帰ってきた時、別に日本が大きく変わったわけではないのだが、しかし、その変わらなさ、たとえば、日本の女性観について、深く失望を覚えたという。私もたった、一年であるが、着いた当初、そうして、現在に至るまで失望感がある。特に、その着いたその日の失望は大きかった。私がいても、いなくても、日本にはマニュアルが巣くっており、それによって、人間はまるでそれを原料として動くかのように、動いていた。失望は私にあるし、そうして、私自身がそういうのをあまり、好まないために、フランスに行ったことによって、更に日本社会とのギャップが生じてしまったと、言ってよい。 そんな私が勢い込んで、今、フランスについて、ひとつの確かな感想を抱くこと等、不可能ではないのか?と、私は思う。人生について知ることは決して、楽しくない。何かをしって、それが、沈殿してひっかかって、とりだせないかのように、私のフランス生活もひっかかっている。簡単な感想は求めないで欲しい。私はそうして、ひっかかっているからこそ、フランスという国に生きていたのだと、実感することができる。 書類を書こうとしながら、戸惑った。日本に帰ってきてそうして、日本語で本をよみ、落ち着いて、また、フランス語の勉強を始めてから、やっと、思考が回り始めたと、言ってよい。まるで、言葉がうまく、使えなかったことで、感じていても、フランスにおいては、うまく判断のつかなかったものが、今、やっと、判断がつき始めた、と・・・そんな感じだ。あまりにも、言葉の力が私にとって、大きすぎた。単純な言葉の言い回ししかできないことで、何度も私は傷ついたし、いらついた。わかってくれ、と、ヒステリーにたたきつけることは無意味だと、知っていた。帰ってくると、自分が抱えていた環境を少しづつ、思い出した。地元に帰ったことで、自分がどういう過去を送ったのかが、何となく、ひどいときには、朝食を食べている時に、感覚としてよみがえってきた。今現在の身体を抱えながら、過去がせりあがってくるとき、それらは、融合できず、全く、違うもので、そうでもなく、つながっていて、が、双方にうまいジョイントの場所を見つけられないのであろうことから、気持ちが悪かった。私は彼女の書いたノートを手にとり、詩を読み、手紙を読み、卒業アルバム見つけ、探した。が、彼女として生きるという変な感覚が親と対していてもあった。どうして、こう、複雑なのか、単純にはいかないのか・・・留学から帰ってきて、距離を置いたことで、違和感、何か体にあわないものに、見えてくる。高校生の私は明らかに無理していた。発見した卒業アルバム、自分がどこにいるのか、わからなかった。クラスメートの記憶がなかった。ぼんやりとして、私は写真の中で、その影をひそめているに違いない。その中に、納まりたくなかった、というのは、覚えている。時に帽子で顔を隠し・・・劣等感と優越感と焦りと、すべてが、汗と香水が混ざり合うように、配合を間違えて、混ざっている。好きではなかったものの塊。世界が狭くて、好きなものを見つけられなかったこと。 留学して、よかったこと。それは、目に見える形でありながら、自分のいる距離を広げられたこと。たとえ、好きなものがなくても、決して、どこにもないというわけではなく、その人には世界を広げた範囲で何かが用意されているのかもしれない。 こういったことを、来年、リモージュに行く人々に対して言葉の形で残すということは、私にとって、収まらないものを収まらせるという無理やりな感がある。すべてを語るわけにはいかないのだし、私の精神的なバランスの向こうでの取り方も、果たして彼らにとって、重要なのだろうか?はっきりいって、私はとれてなかったのだ。が、それでも、生活を続けていくその過程において、期間をおいてパリであう友人には会うたびにどんどん、変わっていくと、言われた。何となく、持っている風が違うというように・・・。私にも彼女にも見えないのだ。けれど、変わった、と、彼女は言った。首をかしげて、これから、君はどうなっていくのだろうね、全く、予想がつかない、と、何度か彼女は私に言った。私にも私がどのように変わって行くか、わからなかった。が、自覚しながら生きることは、ヨットにのって、水をかいていくことに似ていた。少しづつ、そうして、時に水の流れは大きく変わってしまう。ただ、私は船にのって、揺られて、時に、前を水にオールをいささか、乱暴にふりまわしていた、にすぎないのだ。
Aug 8, 2005
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今日も一人、田舎の女の子とすれ違う。田舎の女の子、そういっても、都会の女の子とそう、違いはない。どこかで、見たような格好をしていて、はきずらそうなミュール、どこか、冷めたような視線で習慣となったどこかに、向かうのだろう。ナナさんはほえまくっていた。一瞥もくれず、しばらくすると、もう、遠い場所を歩いている。私はこの小さな町でしばらく、自信がなかった、といっても、いい。帰ってきても自信が全く、なかったのだ。今、フロムを読んでいる。愛するということ、という本だ。なぜ、フロムなのか??哲学書の中でわかりやすいそんな気がした、それだけだ。確かに勘であるにせよ、読んでみるとわかりやすい。その中で、人間の同化しようという欲望とそのなかで、しかし、個性を持ちたいという欲望をいっている。私はこの、同化と個性のはざまで、毎回、この田舎の町で、多少なりとも息苦しかった。まだ、この街には個性は新しすぎるのだ。おそらく、何年、たっても、新しいのだろう。ほんの少しの違い、たとえば、似た形のバックをもっていても、それが、違うメーカーのものであるとか、ほんの些細なことで、個性を確立するのだと一般の人々は考えるらしい、フロムによると・・・。それは、何となく、わかる。そうして、人間の平等化の危険性。確かに、男女平等、その言いたいことはわかるのだけれど、時に、行き過ぎた平等化はそこから、それぞれの個性を奪ってしまう。個性、個性、私はこの言葉になかなか、うんざりしている。少し、かっこいい、とか、どうでもいいような・・・。今は、変な優越感が町を歩く私を覆っている。私は私なのだ。そう、個を持って歩く、ということが、私はできるのだ、私は誰の真似もしていないのだ、そんな優越感が私の中にある。というのも、彼らは本当に、似たり寄ったりで生きていて、それに、気づいていないから・・・と・・・・。おそらく、それは、私が高校生や中学生だったときの焦りや戸惑いが生み出したのだろう。同化したい、と、思いながら、できなかった。そうして、個になる自分をおそれていたのもあるし、だから、少しくらいの社交辞令、それは、私の中でだいぶ、変わったものだが、いくつかの処世術、人間に対するマニュアルを私は決めていた。笑顔もつくられ、冗談もつくられ、それらは、何も計算のないようで、しかし、苦い計算があり・・・。歩くたびに、そういった息苦しさを飛ばせる。一人、一人、ばかに軽蔑も混ぜながら、そんな自分も飛ばせるのではないか・・・と・・・。これら、不自然なものが、時間がたてば、自然になるのだろうか??同化ではなしに、個を保ちながら、受け入れていくようになるのだろうか?今は、私が向きになれば、向こうに笑われてしまう。似たような人の集まりに、思ったとおり、「あなた方、みんなが同じに見える。」と、言ったところで、彼らは同じような笑い方をし、私の心のなかで、気持ち悪いような悔しいような、変なもやもやができて・・・。人はそれが、いいと思ったものを信じていればいいのだ。私が好きだったもの。それを、また、好きだといってくれるような人が今はいる。が、私が好きだったクラシック、ミュージカル、シャンソン、読書(なかなか、厚い)、などは、何度か否定された。ジャパニーズポップばかりが主流の町のなかで、洋楽専門のチャンネルを聞き、ただ、稀有な趣味が相手の性格にかかわらず、誰かを一瞬、ひきよせることがある。結局、稀有なものを好きであっても、同意を求めるような心。けれど、それは、それほど、頻繁ではなく、否定されれば、私はむきになる。もう、何がいいなんてわからない。決まった価値観が学校の中にあり、私は言葉を今のようにうまく、探せない。自分の好きな物だっていいのだ、と、うまく、いえない。ただ、趣味の問題の相違ならば、はたして、それは、個性なのか。変人のいい意味での形容として、時に個性は使われる。もしくは、個性のある人はただ、単に変人にされてしまう。誰と話をしていいのか、わからないが、誰かと話をしたい。もし、広い世界に住んでいたのだったら、、などと・・・。言葉を使って探し出せない時、それは、暗闇だった。こんなはずはない、と・・・。それから、信じられなさ。私は私の世界から逃げようと思った。ツゥルーズマンショーを見て、私は泣いた。私も逃げ切ってやろう、と・・・。 その一方でそんな心苦しさを告白するのはまた、心苦しい。一応、親友と名乗る人がいるだろう。彼らは思い出を語り始める。けれど、私はいう。けれど、私は自分は一人だと、感じていたのだ。たいして、楽しくなかったし、覚えていない。だから、過去の人々と距離をとっている、というのはある。どうせ、わかるまい、と、距離をとっているのと、そう、言葉にしたときに、あまり、わかってもらえなかったこと、等・・・。メランコリックなんて、存在しなかった。落ち込めば、みんなが、がんばるように、と、言った。いつも、がんばれば、とか・・・見えもしない希望の存在をほのめかす。私は乾燥しているのに・・・。かたくなになれば、なるほど、私は水を吸い込まない乾物だ。まだ、続くのだろう。違和感をいだいて、この町のなかに、溶け込めず、人々を自分と全く違うものだと見つめていることが・・・。変な町、と、何度も・・・。本当に変な町と。一体、私がどうなったのか、わからない。分離している。私は同化できず、けれど、覚えていることがいくつか、ある。あまり、対人関係にたいしては、いいものはない。けれど、後をつけてきた三毛猫がいいやつだったとか、病気のしかし、おとなしい大きな犬がいた、、とか・・・。時には幻覚の種類も混ざっている。
Aug 7, 2005
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酔うとすぐに、ピアノを弾いたり、歌いだしたくなるまるで、隣の犬がほえるとうちの犬もほえなくなる、そんな心情にもにた私です。ピアノがあるのも、引っ越してからは、弾けなくなってしまうので、今のうちにワインを飲んで、気持ちよく弾いておこうかしら、と・・・。ちなみに、我が家で酒飲みは私しかいません。つらいです。たまに、こっそり、豪快に飲んでいます。でも、、早く、バイトがしたいのです。 あまりにも、家にこもりすぎのため、今日は少し、出かけてみようかと、思っています。でも、別にクラブとか、ディスコに出かけるわけではないので、新しい登場人物など、期待しないで・・・。今、私が人間と接触しているのはメールとそうして、家族だけです。後は、犬です。犬は少し、フランス語が話せるようです。ええと、犬のナナちゃんに愚痴を聞いてもらいます。家族の会話がずれるとき、必ず、見るのは犬の方なのです。「困ったわね、ナナちゃん。」って・・・みんな、困ったわね、って。首を横に、かしげながら、「あら、困ってらっしゃるの?」って、ナナさんが・・・。 私は家の中で、退屈するので、ナナさんと、追いかけっこをしています。年をとって、ボールで遊ばなくなったのでつまらないのです。 そういえば、林に住んでた中型犬の名無しさんは今、行方不明です。林をつぶして、新興住宅街になっているのです。約徒歩10分ほどの、魅惑的なそうして、夜には迫力満点の、そうして、野良犬さんの住処だった林はなくなってしまいました。今はどこもかしこも、どんどん、新しくなるばかりです。人口以上にお店があって、そうして、つぶれては、新しいのがたっていくのです。 交通の便は悪いため、さらに、退屈しています。が、ある田舎の友人の家はまた、さらに、田舎らしく、いのししが出るらしいのです。私のところは、リスなのです。そうして、ナナさんなのです。シャワーをあびると、宇宙犬になります。正体が不明で貴方はナナさんですか??と聞くと、もう、前が見えないので、必死になって動き回りあらゆるところに顔をすりつけ、奇怪なワンコとなってしまうのです。どんなニュースが流れようとどんな音楽が流れようと、おばあちゃんが何を話そうと家の中で一番、おもしろいのは犬なのです。私は犬ではないので、犬の真似をしたり、そうして、まねをしていくなかで、彼女の柔軟性に驚かされたり、ともかく、ナナさんにつきまとっています。ある作家さんに会ったとき、私はナナさんの話をしました。作家さん、、「じゃあ、犬について5000ページ、書けば?」とかいうふざけたことを。でも、毎日、ためていったら、なるのかもしれませんね。 私の独断と偏見。 私の犬はそうして、手紙を受け取ります。私が犬の名前で手紙を出しているからです。届きます。ナナはうけとります。そうして、舌で読んでいるのです。舌によって、文字が消え、そうして、頭の中に吸収しているのです。郵便屋さんもしばらくは手紙の真意を知りませんでした。ある日、疑問に思ったのです。「ナナさんは、どちらの方なのですか」おばあちゃんの指差す方向には私の犬がいました。いかにも、手紙だーーーと、はしゃぐ、子供のような顔をして・・・・。表情が豊かであると、言われます。写真をとると、たまに、憎らしい顔をしています。相手が犬なのですが、私も本気になります。遠吠え、負けません。犬の背中を見ていると、ほっとします。ヒステリーなど、厄介なことはおこさない静かな後姿、りんとしていて、昔から犬の背中には人間以上の迫力を感じてしまうのです。そうして、何も言わないうちに、おそらく、犬にも人生観があるのだろう、と、お年をめしたワンコには尊敬の念とか、送ってしまうのです。時に、人間以上に動物が好きでした。人間なんて嫌いだーーと、よく、思い、、そうした、私は何なのでしょう。ランブイエにて、友人Kにより、宇宙人として捕獲されました。そうして、英語をフランス語なまりで話す私を英語圏の人々はよく、信じられないという目で見るのです。そんな、新種の動物はないのに・・・。ボトルを一本、一人で飲めることも、一人酒もすることも・・ある、まじめな方が「一体、貴女に何があったのでしょうか?」と・・・特に、何もと、戸惑ったナナさんのごとく、私は後退しました。反撃はいつも、遅いのです。しばらく、言葉を脳の奥に沈ませてから・・・ワンワンワンワン。日本語だろうと、犬語だろうと、時に、言葉というものは迫力なのです、と、ナナさんが言っています。ある方は「amaging」と、いい、それから、「貴女は100%日本人ですか?」と・・・日本人だ、と、答える以外にありません。私の見た目はある友人は全く、日本人だと、言っていましたが、おそらく、生きている中で、行動がそれらしく、見えないのでしょう。その人は少し、アングロサクソンといいましたが、しかし、半分は違うのかもしれません。ナナさんの真似をしているのです。朝、起きるときのしぐさ、それは、もう、私が起きるときもたまに、するのです。誰も止めないでください。はしたないとか。というのも、自分ではない動物は本当に面白いのですから。
Aug 6, 2005
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最近、レオノール・フィニがいくつかの日記の中でとりあげられている。私も彼女の絵を見るために渋谷にある文化村に脚を運んだのだが、私がもうひとつ足を運んだ場所、それが、イメージフォーラムである。青山学院大学の近くにある。よく、バイトが終わった後とか、フランス語の授業の後、私はここに、逃げ込んできていたものだ。とりあえず、場所だけ確認しようといってみた、もうひとつの映画館、アップリンクはたぶん、移動していたそんな気がする。 さて、イメージ・フォーラムで私はノミ・クラウスのドキュメンタリーを見た。彼は、宇宙人である。私も宇宙人といわれるが、私の場合にはある点においてという限定形で私は宇宙人だということになるのかもしれない。が、彼の場合、全てにおいて宇宙人である。白塗りの顔、黒い唇、奇妙に肩ぱっとの入った未来型タキシード。 私の周りの人間はレオノールよりも、なぜか、ノミをみにいった。友人の友人はノミのCDを買ってしまったらしい。そうして、当の私も予告編をたまに、見て、ニヤニヤ、笑っていたりしているのだ。どうして、こう、変なものが好きになってしまったのか・・・が、映画はそこまで、変ということはない。むしろ、後半は暗くて、それも、ノミが悪いのだ、と言ってしまえば、それもそうだ、というのも、彼は何度も彼の仲間たちを裏切ったからだ、だから、どんどん、友人をなくし、一人になっていた、自分に自信があった、けれど、現実はそこまで、うまくいかなかった・・・少し、(だいぶ)大衆的になりながら、彼の姿、パフォーマンスを世間に同化させながら、自分を見失いながら、それでも、とまるわけにはいかない。彼は、歌い続けた。そうして著名人にして初めて、最後にはエイズで死んでしまった・・・。だから、映画を見終わった後、しんみりしてしまう。一人で死んでいくしかなかった人。エイズって残酷なもの。今なら愛の病とも言われるけれど・・・。けれど、なったそのときに死が予感される病気。そうして、助かることはまずない。まるで、エドガー・アラン・ポーが書いた短編小説のような、そんな死生観。あっという間・・・。さあ、そのかかった人次第なのかもしれない。カウントのなかで、いかに、生きるか。私はそうなったら、いつも、ぼおーーとしてそうである。それでも、信じられなくて部屋の中で、花を眺めたり、始めは、、きっと、受け入れようとするに違いない、それから、受け切れなくて、普段と変わらない生活を送るのであろう・・・。今日、これから、集中力が続かないのであるが、英語、もしくは、フランス語、そうして、何か、書き物をそろそろ、やっていきたいところである。
Aug 5, 2005
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たまに、思い出にしがみつきたくなることがある。今日、私は銀行と保険会社、後は、母と一緒に、皮膚科に流れで行ってきた。田舎では車が重要になってくるから、何だか、家の中に閉じ込められたような気分に簡単になってしまう。 皮膚科でも、眠っていたのだが、家に帰ってきても眠り、そうして、だるさがとれない。私はなかなか、集中できない人間なのだ。それは、前々から言われていた。先生方のことを思い出しながら、どこか、記憶のなかから、追い出していた。「うるさいやーーい。」と、指摘の痛さに、舌を弱めに、言葉、生意気目にけれど、たいしたことは言えないで。 思い出すと痛くなること、そうして、そうでもないこと。精神的にああ、そろそろ、やばいな、と、感じワインを手に・・・これで、緊急につなげておくか、と・・・そうして、ワインが思い出させたものはランブイエだった。私が歌いだしたのはオペラだった。そうして、指の感覚はピアノだった。あの自由な感じ。 フランスにいってすぐの、語学学校、つまり、ランブイエでは、連日連夜、信じられないくらいの飲み会が開かれていた。みんな、自分の部屋にワイン、一本、当たり前のように置いていて・・・開放されたようなそんな飲み会。私、こういう性格、なんです。。そんなのも、受け入れられ、何人かと親しくなった。いつも、ピアノをひき、歌い、踊り・・・ 明日から、しかし、体力もどうにかしようと、思う。精神的につないでいけないのだ、このままだと、明らかに。元からの性格の無気力、そうして、無関心さ、そうして、体力のなさがくわわっては、質が悪い。決して、能力がないわけではないのだし、何か、考えていこう。上京したら、踊りでも習おうかと考えている。創作のひとつとして・・・。まあ、いい、、大義名分。体力、集中力。私が今の私のままだと、どちらにしても、もちこたえられない、ということだ。とりあえず、とりあえず。
Aug 4, 2005
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あやまちの夜といって、私自身があやまちを犯したわけではなく、が、あるのかもしれない。無意識に。そうではなくて、あやまちの夜という名前の小説を読んだのだ。直接、星を救ってその手の平から飲み込みように神秘的な小説だった。そうして、存在の透明性。私みたいな人間がこういう小説を分析しようとすると分析にならず、同化してしまうような小説。ある日、先輩がちらと名前をこれは、いい、、というような感じだったので、ためしにためしてみたまでのこと。ちょっと、私、愚痴を言うのをやめて、少し、何か読んでみますか。それに、愚痴ならフランス語でいうって、方法もあるしね。確か、ラテン語の本の中には悪口ばかりを集めたものもあったはず。で、私はよく、バイト先で嫌なお客さんにあうと、フランス語でとるにたりない悪口を言ってたとさ・・・。いつも、どこかが、こっけいで。 とりあえず、読んだ本と著者だけ、記しておこう。 ターハル・ベン=ジェルーン モロッコの作家、で、フランス語で書かれているのだ。 フランス語で書くことをえらびとった、作家。フランス人ではなくて、でも、モロッコは確か、フランス領で、だから、モロッコの人はいくつか、言語があるはずなのだけれど、たとえば、アルジェリアだったら、アラブ語とフランス語なのだが。教育としてフランス語は学校で授けられる。だから、年寄りのなかにはフランス語が分からない人もいる。アルジェリアの人がアラブ語で話し始めると何だか、蛇が頭の周りをまいているような気分に何度もなった。全く、知らない国の人、存在が近いとそういうことが、刺激的で、また、恐いのですね。習慣がわからないものだから、本当に・・・。一体、私はどこに連れて行かれるのだろうと・・・。 一体、どこに、今は、、私、北海道にいて、函館近辺で、、でも、読書で、、心だけ、どこかに連れて行かれてしまった。
Aug 3, 2005
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今日、愚痴を書こうと思っていました。私に書かれた人がどうなろうと知らないんだ、と、そう思って。思えば、黙りとおしてたのですよね。復讐してやる、と、たまに、いきりたちながら、私は黙っているべきだ、なんて・・・。怒りなんて分散してしまうものなのです。わかってもらおう、そう思っていたのに。 パリに出てから、小説家や芸術家にあってのためらいは、私は時に小説家でもないし、芸術家でもないのです。コンプレックスをかかえていたり、まだ、痛々しい傷が治らない、だから、文章を書いている、たまに、理由はとても、単純なのです。昨日ももしかしたら、読んだ人はわかっているかもしれませんが、何も考えずうっていたのです。それこそ、後先考えずに、無責任にね。自分の感情に責任をもつことができないのです。最近は爆発するようになりました。我慢できないこと、傷つくことにあうと・・・じゃあ、どうすりゃいいんじゃ!!と、発作のような・・・が、起きてしまうのです。そうして、相手が誰であろうと不機嫌になります。誰でも殺してしまうようなそんな感情になります。日本に帰ってきたのもあるのですが、きっと、不安定なのでしょうね。今まで我慢できてたものができないのです。そんなものに、我慢しているからこそ・・・というよりも、よくよく、考えると何を私は我慢していたのだろう、と、馬鹿馬鹿しいことが多くて。自分、埋め込んでしまいたくなりました。どうにでもなってしまえ、、かといって、誰かが気づいてくれるわけでもないのですね。昔、地下鉄で泣いてたときも、こんな心情でどうせ、誰も助けてくれないからいいんだ、自分の感情は抑えられないしって・・・名も知らぬ外人さんが助けてくれました。助けかたなんてわからないでしょうけれど、でも、ハンカチを出して、トンボの柄がきれいでしょ、なんて・・・その後、電車の中吊りを見ると、地下鉄の中で号泣する迷惑女、そんなタイトル、見つけましたっけ、・・・あ、私、とか、思いながら、恥ずかしいようででも、腹がたってきて、きっと、これを書いた人は私を見かけても助けてくれないに違いないわ、って。私を見かけて、で、不機嫌になったから、間接的に大々的にそんなこと、書くのだわって・・・。私は彼氏と離れ、依存症の私にあきれたなんて、、言われてしまって、よく、わからなくて、混乱してはぐれて、目がはれて・・・トンボの柄、ただ、それだけを覚えていればいいのかもしれません。その人は新宿三丁目あたりでおりたから、もしかしたら、全く、違う世界の人かも、でも、いいのです、きっと・・・いくら、違う世界でも優しい人だもの、だから。 私が泣けてしまうのはレ・ミゼラブルの中で神父の元にたどり着いたジャン・バルジャンなのです。あらゆるところで追い出されて、行く場所もなく、彼を神父が迎える。ためらいのない、そうして、勇気のある親切。私はこのシーンで本当に泣いてしまうのです。泣いて泣いて、絶望した私の背中を誰かがさすってくれるように・・・私はこのシーンで涙がでてしまうのです。そうして、たとえば、トリイ・ヘイデンの書いた著作の中に女の子が机の下に逃げ込んでさらに、おもらしをしてしまって恥ずかしくて更に出てこられなくなるシーンがあるのです。その子を著者が抱きしめて・・・こういうシーンに私は泣けてしまうのです。どこかにたどり着けたらいいのに、と、、いつも・・・。それは、きっと、いじめられて、鼻血がポタポタ、教室の中で流れたとき、「やだ、ricecocoaちゃん、汚いわ。」と、距離をしかれたとき、もしくは、ゴミ箱の埃をかぶってしまったとき、ゴミ箱のほうきやらの中に入れられてしまった時・・・こないだ、漫画を読んでいて、なきそうになった私がいました。ブックオフで・・・。たかが、漫画と思いながら、そういうふうに、私が泣きそうな筋書きで想像力が刺激されて・・・今、私が自分の地元にいて少し、苦しいな、悲しいなって思うのは、決して、ここでの日々がいいというわけではなかったことです。そうして、そのことを身近な人が理解できるというわけではないこと。理解を求めたことはありますが、それが、無理であると痛くわかってしまったこと。変な街です。そうして、美しい街です。楽しいことばかりだったら、と、よく、思います。ここにいながら、老人になってしまうのです。過ぎた日々が、その日々の感覚が、朝、ご飯を食べながら、のど元にこみあげてくるのです。そういったものは、気持ち悪いです。よく、ナナの背中をなでます。なんだか、一番、彼女が人間の感情に敏感な気がして。気持ち悪いのです。そうして、表現しようとすれば、たいてい、愚痴です。そうして、老人です。参ったなあ。その気持ちの悪さの中で、あまりにも、強い感情がときに働こうとする為、自分が二分化される気がします。強い気持ちが働く場所、思いの強い場所に行ってしまいそうです。まるで、生きていながら、幽霊のようです。自分の感覚がここにいながら、その感覚が揺らぎ、窓から自分が入っていくような・・・もしくは、いなくなるような、ともかく、揺れるのです。この感覚はJFにも話しましたっけ。彼らは失われた時間を探しているのだよ、と、私。彼は詩のようだ、と、言い、でも、この状態は何人かの人の中に確実にあることなのだ、と、私は言いましたっけ。その感覚、それから、JFが、そういったこと全部を叫びなさい、と・・・。そんなばかげたことを、馬鹿にしないで聞いてくれる友人だったから大切にしていたのです。いつも、言葉を待ってくれたから。彼に理解できるか??さあ・・・でも、言葉を待ってくれる・・・だから、言葉をゆっくり、探しにいける。まだ、一通も日本から誰にも手紙を書いていないのです。ある決まった人にしか会いたい欲もわかないし、、まだ、自分に自信もついていないし。毎日、読書はしていますが、まだ、作品なるものには着手していないのです。ぼおーーーと、雲を追いかけていますよ、ただ、それだけです。
Aug 2, 2005
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問題を自分のペース、それも、かなり独特なペースで解決する人間がいる。私もその一人だ。そのせいで、今日も怒られてしまう。いつも、怒られるときは、どんな場合であろうと、過去の出来事とつながっている。愛情と、それから、ヒステリーと、たまに、ある暴力と・・・。そうして、それら、一切のものを全く理解できない人々に対するいらだちと・・・。私を見守る人たちは私にどうかしなさい、とは、言わない。母の私への猛烈な愛情も知っているが、逆にそれが、それほど、私にいい影響を与えているわけではないことを最近、私は痛感している。というのも、母と同性愛者について話したのだ。母は言った。「同性愛はいけないことだ。」と・・・。私は目をパチクリ。どうして?普通の恋愛と同じことじゃない。同性愛なんて、ただの、偶然じゃない。その私に母はただ、いけない、と、言った。そうして、その夜中、母は泣き始めた。私が反発して男も女も好きだ、と、言ったから、私がフランスに行ってとんでもない悪徳の道にでも入ったのだ、と、そう、思い込んで泣いていた。母の泣き方はいつも、激しいのだ。私は嫌になった。別に本当に両方、好きだとしても、悪いことに思えない。母を見ていると成長しない少女を見ているようなそんな気分に時々、なる。そうして、今、ここにいることに、リモージュにいなかったら、と、おそろしくなることがある。リモージュにいなかったら、私に自信を与えようとしてくれた人々がいなかったら、そうして、マイペースながら、自らで問題を解決していく人たちがいなかったら・・・。今日、私は自分の過去の日記を発見した。自分が重たい、そうして、嫌いだ、と、書いてあった。が、彼女にもどうして、そこまで、思わなければいけないのか、わかっていないのだ。母の努力のそこまでに、大きくはなれない。ひとり立ちも自信がない。そうして、当時の彼氏。私は母について説明できなかったのだ。ヒステリックなと、言った。が、その反面、離れて電話で話すとき私たちはいい親子だった。リモージュにいたときだってそうだ。いつも。そうして、私は母は私を理解している、と、思った。私の目指す文学は母をもあったらいいな、と、思っているのだ、と・・・。が、母は、不機嫌になると、私が大切にしているそれらをも、踏み潰す言葉を吐いてしまうのだ。そうして、私はしばらく、気分を害す。私が気分を害している間に彼女はその理由がわからず、わからないながら、行き過ぎた自分に気まずさを感じてとびきり、親切になる。いい加減、やめようと思う。まず、私から。私の大学の先生、精神分析ジャック・ラカンの専門家であるJ氏は、うまくいかない親子の関係において子供が悪いのだ、と言った。私にはわからない。が、ひっこみがちで、そうして、あるときには目立ちたがりのように見えてしまう私は実は私の妄想や空想は人に見せたがらない、そうして、極度に、きまぐれで、たとえ、親であろうとさわられることを嫌がることがある。自分の中にこもっていたいとき、誰かが嫌なのだ。私にはどちらが、悪いなんてわからない。けれど、帰ってくると、私が親に対して心を開くべきだ、と、言ったホストファミリーのおばさんを瞬間的に恨めしく思う。あの人は何もわかっていなかった、と・・・。私は母をたまに、恐いと思う。けれど、心が棒切れのようになるように、多くのことは流せたし、忘れられた、だから、母のそういった側面は帰ってくる時まで忘れていたと言ってもよい。自信をつけなくては、と、思う。母は、やはり、安定した職業についてもらいたい、そうして、私のはっきりしない表情に業を煮やしながら、お互いの意見、考え方が顔をあわすたび、あわない。離れてた方が幸せな親子。そう、思うと、何人かにそう、言われ言われていながら、苦しかった。
Aug 1, 2005
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