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思い出すと、落ち着けないことがある。天井を見つめながら、自分を抑えながら、落ち着けなくなる。鏡を見ても落ち着けない。 青い瞳に惹かれて・・・。私はその出来事を説明する言葉を持たない。それは、私の瞳と彼の瞳の話だともいえる。 私たちは共有するものをほとんど、持たない。彼は私の知らないところからやって来て、たがて、街中に消えていく。彼がどこに向かうのか私は知らない。 私がその青い目をはじめて見たとき、彼を生意気だと思った。私の目に彼はまだ、若く、自信満々で、態度はナルシストそのものだった。自分と同じような臭いを嗅ぎ取ったと言ってもよい。 瞳は遊び道具。視線を交わすことはくすくす笑いを含んでいる。恥ずかしくなって、自分を包み込んでも、そこで、相手の視線が私に追いついてしまう。 言葉はたくさん、あるけれど、それを表現する言葉はない。恋人ではなくて、友人とも言えない。もしかしたら、その視線の中に言葉とは違う嘘をつくことが可能なのかもしれない。 昨夜、そのことを考えた後、ふわふわと浮遊した後、JFとチャットをした。彼は私よりも、十一歳、年上で、その為、わりと落ち着いてる。 恋と呼ばれるもののそれ以外はみんな、ほとんど、平等に嫌いじゃない。だから、JFのこともそれなりに好きだ。ただ、それが、恋ではない、それだけの話。 JFは私の話を興味深げに聞く数少ない友人。話すことに興味がもたれている、と、わかると、どうも語りたくなってしまう。 彼ともしかし、合わさる部分と、全く、合わさらない部分がある。 私はレンズの中を行ったり来たり。姿がその中で大きく見えたり、小さく見えたり、反対に見えたり、時にはもやのなかに・・・私自身がその人の中で幻影を伴っている、いつでも。 だから、私は彼らを客観的に知りたい、と、思う。私の姿の半分が幻影ならば、彼らの姿の半分も幻影。私は知りたいと、思う。 知りたい、それは、私の中で非常に生々しい響き。知った後で、取り消せるだろうか。知りたいと、思った対象が異性ならば、さらに、生々しい。同性でも少しは生々しい。それは赤い林檎をかじるようなもの。味わいながら、喉の奥に消えていく。それが、私にとっての知りたい、ということ。 JFの場合も、私の大好きだった人の場合、それが恋であった場合も私は知りたいと、思う。それも、全て。だから、彼らの人間としての部分もセックスとしての部分も全て。嫌悪感と生々しさ、落ち着かなさ、そこから、やってくる倦怠。 私は青い目を思い出して、落ち着かなくなり、自分をしまいこんだ。しかし、それは、スカートの下に脚を上手く隠せたとしても、心に脚が踊りだしてしまうようなもの。 ともかく、落ち着けない。 日本という国がやけにノスタルジアなのも、この青い目のせいである。私は日本に帰りたいけれど、何か、日本を象徴する何かが懐かしいわけではない。彼のような人間が懐かしい。しかし、おかしなことに、彼はフランス人で、そうして、こよなく日本を愛していらっしゃる。 近頃の私の不安。それは、確かにフランス語が半分。それから、突発的アイデアの不充分さ。それから、上手く自分を他人の前に魅せていけないこと。自信のなさが、たまに傷だ。それから、やけっぱち。もう、こうなれば、姿は若くても、心はひねくれもの満開。 今日は授業をさぼってみた。本当は、さぼって、、、どこかに行きたい。歩いて歩いてどこかに、つながっているならば。しかし、ここでなら、歩いた先が畑やら、、歩いて歩いてだんだん、街の中心から、外れていく。 もどかしくて、私のフランスでの生活は少し、狂ってしまった。私は上手く、話せなくなった。それから、私の言動、そればかりが、、目立ってしまう。 本当の私、見失いながら、目に見える行動が私にマスクをつけてしまう。半分、スキャンダラスに見えてしまう。捨て身の私の姿が。そのマスクの中で、大切なものをなくしてしまいそうだ。 だから、私は私を抱きしめよう。失わないように。私はここだと、。、私を抱きしめよう。 私をひきつける、たった一つの青い瞳も、今ではその姿をほとんど、消失し、開いた距離がただ、彼の優しさや魅了的な部分をレンズの向こう側に淡く、思い出されるだけ。距離が離れ、時間が経ち、今でも、その魔力にかなわないことがあるが、しかし、彼をよりよい友人の一人にして、フランスでの生活を見守ってもらうしかない、今は。
Feb 28, 2005
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リモージュの小さな映画館でベルリン映画祭にて金熊賞を受賞した作品を上映するということ。これは、見に行くべきか、などと、悩みながら参りました。インティミィテというタイトルで、パトリス・シェロー監督。実は、そういったことなど、確認不充分で参った次第です。 しかし、行ってみてびっくり。無料だし、カメラいるし、監督いるし。 私にとってその映画はほんのすこし、不可思議でした。一人の男が一人の女性に決まって水曜日、会い、二人は肉体関係を持つ。おそらく、彼らにはない日常の一面をそこで築く。けれど、やがて、そこには愛が混ざり、、そこから苦悩が生まれる、というようなストーリー。フランス人がロンドンで撮った映画。はじめは久し振りにカメラワークに凝った映画を見たもので少し、興奮。カメラワークの面白さって視点の面白さにもつながるでし。だから、何と言うか。それに、カメラワークの面白さは多くのハリウッドの映画にはかけているしね。 この映画のセックスについて。確かに興味深かった。でも、シーンが多すぎて、だんだん、飽きてきて・・セックスシーンを見ながらあくびを少し。でも、身体は語る、、という個人的興味に戻ればそこで、何かを考える価値はありそうだけれど。 私の好きな映画。本当はもっと、たくさん、リモージュでやっていればいいのに、と、少しぐれる。 おそらく、この頃私が元気なのは少し、行動しているからだ、と、思う。孤独に陥ったときは好きな監督の作品や、好きな作家の文章を読む。彼らが私に近いように感じるとき、何だか、癒されるのです。彼らと直接、話をすることはまずないのだけれど、作品を通じて話をすることができる。精神宇宙がそこから、始まる感じともいえる。 さて、セックスについて。このテーマは少し、躊躇するのです。軽く扱いすぎるのも好きではない。現代において、扱われることが頻繁になったテーマだけに、そこへの躊躇も半端ではない。なので、やはり、回をわけて、書くことになりそうです。本当はここで、リタイヤしてしまいたいかも。 例えば、自分の経歴とかをばらすのは、簡単なのですが、そこから何をつむぎだすのか。 例えば、言葉。セックスを通じて。セックスというものは、べつに行動としてなされるだけではなく、私たちが存在する、ただ、その中に、切っても切れずにある。 私は精神だけになろうと、よく、セックスから自分を切り離して考えようとあえぐのです。時に、身体を持っているということが、マイナスに感じられて。それは、私の身体を通しての視線、もしくは誰かの身体に入り込む私の視線があることが、受け入れがたい。 もしも、精神の愛ならば、もし、それだけならば、愛はそれほど、男女はそれほど、生々しくはないであろう。そうして、私はいつも、私でいることができるような気がするのです。ある異性の前では私の自我などというものは私のセックスの中に私を縛りつけ、私自身を失わせている感覚があるのです。 相手の存在が、もしくは、セックスにおいて、相手の温かさ、それが、二人の人間の接合という意味を果たすのであれば、逆にそれはプラスに働く。接合によって、目をそむけた現実を体を通して認めることも可能になるであろう。 人は考える動物です。しかし、セックスにおいて、人は考えることを忘れ、もしかしたら、人であることから解放されるのかもしれません。というようなことを、俳優さんのお尻を斜めに眺めながら考えていました。他の動物にも似ているな、とか、思いながら。そこで、動作が止まり、孤独に陥ったり、愛し合ったはずの二人の間に沈黙が走るのであれば、ああ、やはり、人間だと、苦笑もするのですが。そういった、人間と人間以外の生命そのものを感じさせる荒々しさが交じり合う地点では、説明のつけようのない、身体の中の血液のざわめきのようなものが感じられるのです。目を閉じるか、それとも、見つめるか。その地点にいる、と、その事自体がとても、シリアルなのです。 映画、、、個人的にはデレク・ジャーマン、ベルトリッチ、タルコフスキが好きです。タブーを扱ったものが好きです。 また、私の突発的な考え事に戻りますが、・・・「人に迷惑をかけてはいけない。」と、いう言葉があるでしょう。少し、私は首をかしげるのですよね。何だか、人間っぽいような考え方のような気がして。少し、臭さを感じるというか。 皮肉屋な私のことですから、ひねくれている私のことですから、よく「人間なんて・・・・。」って、思うのです。 今日に全人類を愛せるような寛大な気分になったり、全員、嫌いになったりするのです。もう、みんな、消えちゃえ、とか、思うのです。全てが嫌になって、それは、世界の悲惨な事件だったり、殺しだったり、あらゆる不条理のせいでもあるけれど、みんないなくなったら、さぞ、すっきり、するだろうな、とか、考えてしまうのです。みんな、いなくなったら、だって・・・何もなくなるし、争いはなくなるし、飢えはなくなるし。 私がセックスをことさらに嫌ったり、私自身を嫌ったり、世界の人全員を嫌ったり、一秒一秒を嫌ったり・・・ もし、世界がなくなったら。 カオスという言葉があります。カオスは混沌という意味ですが、私の中では何もなくなる、に、連結しているような。カオスが爆発したら、無になるのではないかしら、、と。 私はひねくれものです。私はよく、人を不機嫌にします。誰かをわざと怒らせることもします。私は悲しくないと、私を曲げてしまおうと、します。 私は犯罪者を憎むことができません。それが、猟奇的殺人の場合でも、憎めず。逆に悲惨であればあるほど、憎むことができないのです。 私はひねくれものです。 映画を見ながら、もっと、この映画が激しかったらいいのに、と、思いました。 突然、私は怒ることがあります。 私は私に縛り付けられています。どこかで、時間が止まっているような感覚がします。 書くことを愛しているともいえますが、書かなくては、という気持もあるのです。 私には人に迷惑を・・・という言葉が正直のところ、わからないのです。不条理がこの世に存在して、当たり前となっている空間では、そんなこと言ってられないのではないか、と。 テロリストも悪いと、いえないのです。彼らは目の前で不条理なるものを見てしまったのではないだろうか。彼らの村が焼き払われ、彼らの子供が無残に殺され、彼らの妻がおかされ。 例えば、アトム・エゴイヤンの映画、「アララトの聖母」は、その様を偽ることなく、直接的に描いています。彼らは何を信じていいのだろう。「目には目を、歯には歯を。」と、いう言葉がありますが、「不条理には不条理で。」 本当は私は泣きたいのかもしれません。初めて、ビリー・ミリガンや、他の異常殺人ファイルを見たとき、その心のねじれに痛かったのです。曲がらざるをえない、ような、感覚。 人は根本的に曲がっています。残酷なシーンに目を閉じますが、好奇心はあるのです。それが、私は人だと思うのです。良心をときながら、強姦のシーンに興味を持ち、殺害シーンに、ジェイソンがふるうチェンソーに震えおののきながら、実は、ゾクゾクしているのです。 私は人が嫌いになりました。 けれど、痛みを分かち合うとき、共感するとき、私は人を愛します。どうして、こんなに、極端に変われてしまうのでしょう。愛にも憎しみにも。 けれど、目を開ければ、私は人が嫌いです。目を開ければ、痛みが心臓に痛いのです。 ある人が私に「消えたい」と、言いました。 或る日、私は現実ではない世界を探しました。 私は変えることができる、と、思っていました。私は目に見えるものを否定しました。 優しい人たちは私の目を見て言います。 「君はもっと、幸せになるべきだ。」とか。 けれど、私はある少女と一緒に暮らしています。私は多重人格者ではありませんが、いつも、彼女を意識しています。彼女を忘れない為に。彼女は私の中に属しています。 私は私が小さかったとき、私の脚にたくさんの痣があったことを思い出せます。自分の爪でほった右手の傷は今でもほんの少し、残っています。 書かなければならないこと。もし、それがあるとするならば、それは痛みであると思います。 私は悔しくて生き残りました。 私は自分が忘れられていくのが嫌だったのです。 状況を説明するならば、何度か日記の中で書きましたが、私はいじめにあっていました。クラスほぼ全体 対 私のような。私は考えることを忘れていました。私は曲がってしまったように感じました。「痛み」は「痛み」を否定するのです。私は私の感覚を否定し、「何も感じない」と、置き換えます。今でも、その感覚は変わりません。だから、私は時に冷酷なのです。その誰かとは痛みを共有することができません。誰かが痛がっていても、それは、感覚を消したり曲げてしまった人間にとっては無なのです。どこかで、私の心がその事に痛んでいます。感じるようで、しかし、その感覚を感じとってはいけないような気がするのです。 私のつらかった時代の少女を忘れないために、私は笑ってはいけない気がするのです。楽しい日常があってはならないような気がしてしまうのです。楽しいという言葉が実は嫌いです。私は私を静かに見守ってくれる人の側にいるととても、楽な気がするのです。その人のあたたかさに泣いた後では少し、笑える気もするのです。 明日、もしかしたら、続きを書くかもしれません。 私が文学を選んだ理由。それは、自分の為です。 私は痛みを持つ人と痛みをわかちあいたいとも思いました。 小学生の時、異常殺人者のような人々、感覚を閉ざした人々と話がしたい、と、思いました。私自身も彼らと同じ者をもっている、と、思いました。だから、私は、、暗闇をわかち、変えていきたいと、その当時は思っていました。 「悲しみや痛みを知れば人に優しくなれる。」とか、いいますが、そういった、悲しみや痛みが反面では嫌だったのです。 あるときまで、痛いことがあるならば、それは、何かに役立つ、特に人の役にたつ、と、言い聞かせていましたが、それでは、自分が実験台のようで、嫌なのです。 「どうして、自分だけ。」と、言う言葉は醜く聞こえます。けれど、その言葉を否定していいのでしょうか。逆に自分がめぐまれていると考える時は、悲惨な現実に生きる人たちとの比較から、そう思ったりしますよね。「世界にはご飯を食べれない人たちがたくさん、いるけれど、私は食べれる。」とか、身体の不自由な人を見て「私には身体がきちんと、揃っている。」とか。そう、思うくらいなので、その逆もあり得るのではないか、と、ただ、思うのです。逆に比較対象となる人たちからすれば、豊かさは何故、存在するのかわからないものだし。何故と思えば、何故、自分が恵まれないのかが、不平等にも不条理にも思えてくる。たとえ、発端が物理的な惨めさから始まったとしても、状況が改善されても、それは、コンプレックスとなりえるのではないか?と。 何となく、書きたいことは、あいまいな形で心を占めています。おそらく、何度も挑戦することでしょう。それでは、また。
Feb 27, 2005
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日常を変えたくなるとき、というテーマのおそらく、第二弾なのでしょう。(おそらく。)実際の私の今日という日、日差しが暖かく、しかし、頭痛にめいっていました。朝からトラブル続きで、足は少しすりむくし、おかげで、水泳にはいけなくなるし、洗濯も前の人のミスで時間に手間取るし、その上、あまり、顔を見たくない人の機嫌がよろしく、私は無口になりながら、頭を抱えつつ・・・。いらいらしたり、焦ると、余計に物事は複雑化し、クモの巣、こんがらがって、しょうがないので、昼寝をいたしました。 その後は勉強をしたり、友人の部屋で写真をみたり。 この頃のテンションは、何かを変えてみよう。だから、日記も何かシリーズのようなもので書いてみたい、そういう気分なのです。あとは少し、文体を変えてみたいかな、とか。今のところ、文体を変えるということは、自由自在にはいかないのですが、しかし、気分にムラがあるために、今までに書いた文章の比較で別人のようだ、と、言われたことはあるのです。 おそらく、気分的な爆発が私の日常には潜んでいる気がしてならないのです。総合的には私は鬱な人間ですが、その衝動を抱えているときはゾクゾクとか、ワクワクといった言葉がぴったりなのです。 急に子供に還ってしまう。もしくは、子供のようでいたい、と、思う。 私は今、知っていることを放棄して、知らない、という地点に立ってみたくなる。 苦悩が薄れる時。時計の音がほんの少しだけ、聞こえる。 目を閉じると、形容できない感覚。無数に卵が割れるような。風が意識の割れ目に入り込む。知っている私を手放す。目を閉じていることは可能だから、その私を船にのせて、波に乗せて、漂っていたくなる。 急に恋がしたくなる瞬間。規則的な時間。私を縛るようで、私はそれを破るかのように歌いだしたくなる。 人は無意識に針を動かして日々、何かを織っている。けれど、多くの人は上手く、歌い上げることができない。 爆発。一つの動きに、それから、次の動きに、反射して、追いかけて、つかまえきれない。 私は歌いたい。けれど、何を歌っていいのかわからない。私は何かをしたくて、しかし、何をしたいのか、分からない故に、戸惑う。私は髪をあげる。私は溜息をつく。溜息をつきながら、私は何かをしたいと思う故に、その息が甘美な空気を漂わせる。 考え事。その中に、私の正体が見え隠れ。浮遊している。沈んでいるように見せかけ、沈みきらない。 疲れて、よく、ラジオからの曲に耳をそばだてます。単純なフレーズを聞き取れたならば、何だか、嬉しいのです。 街を歩きながら、よく、振り返ることがあります。しかし、最近は少なくなりました。表情の素敵な人がいるものです。私は歩き方やら動作やら、特徴的な何かを人の中に見つけるのが好きなのです。私の中でその人が再び歩き、動きを止め、息を潜め・・・。その人を見、それから、目をつぶり、イメージというものにその人を載せて行く。もし、想像という力があるならば、そういうことは可能なのです。 やりたいことがたくさんあります。だから、一気に走りたくなるのです。全速力で走り抜けるとき、妙に爽快感がゾクゾクと、体を打っているのです。 私の日常は実はほとんど、ないようなものです。友人を作るのも少し、難しいです。フランス語でチャットはします。ほとんど、文法のことは考えず。 私はよく、何かを書きたいと思い、空白のページを用意します。けれど、それも、なんだか。おそらく、書くことはだだっっぴろい海で泳ぐようなものなのです。はじめは海の輝きに、、私は飛び込み、自由に泳ぎまわりたいと、思うのです。まるで、飛び方をしらない鳥が羽をはばたかせる、はじめのステップのように私も胸に息をいっぱい、吸い込んで。でも、疲れるでしょう。一体、何に近づいているというのでしょう?確実に泳いでいるようにはどうも、感じられないしね。そこで、私の自由は失われ、失墜。急下降。それから、一気にまるめて、ぽい。終わり。なんて。 今日ということ、例えば目玉焼きをつくったとか、そんなことが最初にでてきてしまう。フライパンの上で、なかなか、黄身がかたまらなかった。それをいらいらまっている私。 窓を通しても、いつもと同じ風景。でも、同じ風景から、違う日常を考え出せたなら。一つのフレームを用意して、私の今日という時間があって、それを、いくつもシミュレーションできたらなあ。もしかしたら、視点を変えることができたら。色眼鏡は意味が違うのだけれど、私の目をレンズにして、角度や色を変えていく。それから、カメラのように、ワークを考える。考えるというよりは感覚的になしていく。生きるということが、一つの作業のように、切ったり貼ったり、点滅したりだったら、少し、楽しいかもしれない。 私は部屋を出るだろう。 私は部屋を出るだろう。 これは、いつもの動作。 窓から外を眺めるのも。 これも、日常。 けれど、シナリオを書いてみたならば、とらえ方は発展する。 私は部屋をでる。そのことに慣れてしまう。鍵をポケットの中から探し出す。食べかけのチョコレートのにおい、ポケットの中。空腹を思い出す。下におりなければ。そろそろ、食事の時間だ。 とか。 私は部屋をでる。ドアノブをゆっくりしめる。けれど、私は下を向いている。地面のコンクリート。雑草が突き破っ生えている。彼は上を向いて生えているので思わず目があってしまう。私はこの場所から離れる。ドアをしめて、それから。足音を聞くだろう。無意識に。それから?彼が私に尋ねる。ほんの少し、彼をばかにしている。好奇心に頭を持ち上げて、私を見つめる彼をほんの少し。昨日も踏みつけたのに、今日もまた、彼はもちあがり、、どうしてだろう?焦燥感は。鍵を回し、玄関から、雑草の視点から、通り過ぎ、早歩きに何も見ないでいるうちに、何故か、私の中にあるものはないまぜになって、ほっとしてくるのだ。 とか。 少し、遊んでみました。 たまに、嘘もつきたくなるのです。 私の日常。簡単に言うならば。今日。水泳にいけなかった。頭が痛かった。昼寝をした。友達とビールを飲んだ、などなどですが、わざわざ、変えてみたくなるのです。 例えば、急に机に詩を書いてみたくなる時とか、そういう欲望が働いているのかもしれませんね。わざとする、遠回りとか。服装を変えてみるとか。 もし、そんな気持が湧いたならば、その意味などには目をつぶり、したいように、体に任せて、歌ったり、はねたりなぞしてみるのもいいのかもしれません。もしくは、今日の私のように、ほんの少し、遊んでみますか?
Feb 26, 2005
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今日の朝は不機嫌。今はまあまあ。ふと、今日、あったことを思い出そうとすると、何だか漠然としていたり。論理で説明できない心理的な流れがあるわけで。 先程、オペレッタを見に友人とでかけ、帰ってきたばかりです。明日の予定は勉強と洗濯と水泳、といった所です。今日も何とか終わった、そんな感じが強いのです。そうして、また、週末がやってきた。一週間って早いねって。 なかなか、夕暮れが思い出せないのです。それから、朝の慌しさが。 しかし、無理に思い出そうとするならば、今日の朝は不機嫌でした。掃除のおばさんにからかわれた、というか、モノをねだるかのような冗談をこの頃、言われるので、何だか、嫌なのですよ。相手をするのがめんどくさい、というのも、あります。それは、どうも積極的に話し掛けてくる人が苦手、という私の性質もありますが。 実は私は冷たいのと優しさの両極端なのです。だから、そのおばさんに対しても少し、突き放したい気分になっています。なっているというか、機嫌が悪い時は本当に悪いのでなるべく、かまわないでください、というような所なのですが。 焦燥感、焦り。しかし、もう、私は私の生活のペースに飲み込まれてしまっている。 よく、モノを考える私ですが、考えたくない時もあるし、爆発してしまいたい感情がある。ねずみ花火のように、ぱちぱちと小さくくすぶっているのです。 もしかしたら、何も変わらない週末がやってくるのかもしれない。街の景色もそう、変わらないのだから。劇的な結果をもたらそうとして、例えば、そんなセリフを書き殴るように、ほんの一足、二足、踏み出して、しかし、日常の色彩に足並みを合わせてしまいそう。地図の上を歩いているかのように、現実の中から浮き上がれない。 意識と身体の、身体がまるで、その地図にくっついているみたい。私は私の影によりそっている。 いつもとは違う日常を生きたくなるとき。おそらく、我々も登場人物なのだけれど、私ではなくて、見知らぬ誰かのように生きたくなるとき。 そんな感情が渦巻くのだけれど、どうするべきかわからず、乗る船もわからずにいる時。 劇を見た後、特にスペクタクルのようなものを見た後は、そんな気分になります。 日常ではない日常を生きる事。それは、日常を大きく変えたい、ということなのか、それとも、現実を思い切り生きたいということなのか、少し、判断の難しいところ。心臓の動機であったり、直感のようなものであったり。私の考えていることが今の私ではなくて、私の身体がねじ込んでいくところ・・・。 今、何をどう悩んでいいか、わからないのです。粘土をこねるような感覚。私がよじれて、でも、痛くないような。そうすると、笑いが爆発することもあります。笑い、、その正体も謎ですね。笑いも突然、降り注げば、お化けのような・・・。 いつも通りの服装でオペレッタに。でも、子供もたくさんいて、何だか、子供達は体で張り切っていましたよ。休憩時間にくるくる回ったりね。 いつも通りの調子で日記を書こう、と、思っていました。しかし、おそらく、このオペレッタという刺激のせいで、上手く書けないのですね。町全体に夜の幕が完全に降り、私の過ごした今日という日がその暗さに姿を隠してしまった、というのもありますが。 今日の朝は不機嫌で・・と、私は言いました。しかし、「終わりよければ全てよし。」とは、言ったものです。半分、私は私の中に渦巻く渦に目を回しています。おそらく、目を回したまま、眠りにつくのだと、思われます。 確かに、今日という日にも私を刺す針はありました。私は今日、泣きました。今日という日、私はなかなか、鬱の為、ベッドから、なかなか起き上がれないでいました。しかし、あいまいとなってしまった今、どうでもいいのです。一日が終わりました。
Feb 25, 2005
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今日はベレー帽の先生と、少し、話しました。学校が終わった後、みんなで買出し、野菜やら肉やらで、親子丼や野菜炒めを創作。今は我々の胃袋におさまっています。 このベレー帽の先生とはたまに、会話が難しいのです。それは、先生が客観的なことを話しなさい、と、おっしゃるのもあるのだけれど、しかし、何だか、私はグサグサとさしていくような話題ではないと、どこか、物足りなくて。 朝、私の朝はデモから始まりました。学校にいけることが不安だったのです。何故ってデモ隊は道路を占拠して行進しているのですもの。正直、だるくなりました。 とりあえずのだるさ、、が、どうやらひそんでいるらしい。鏡にむかって、髪をあげたり、顔の筋肉を動かせば、とりあえず、その瞬間は救われる。 そのデモからも、何だかだるさを感じるのです。フランスのデモはとりあえず、と、いう感じです。不満があれば、とりあえず、やる。恐らく、殆どの人がデモをやった経験があるのでしょうね。 今日のデモはちなみに言うと、恐らく、高校生によるデモでした。何を訴えているのかは聞き取れなかったものの、、もしかしたら、大学受験のシステムのことかな?とか・・。 自分勝手になれてしまう。この言葉、タイトルは、、実は日記のことを考えてつけました。 人と話すときはわざわざ、笑ったり、同意を表したり、どこかで、嘘をつく必要性がでてくる。でも、日記というものは、どこか、自分勝手でいられる。だから、私は無理して笑おうとはしない。でも、楽天の日記は少し特別だとは思います。誰かが私の文章を読んでいるのですよね。だから、少し抑えたりもする。けれど、抑えた分、また、何かを書くのです。 本当は私は笑っているはずでした。けれど、何だか疲れやらにとらえられてしまいました。私の心はきっと、細かく、区切られ、クモの巣のようにはりめぐらした糸に、ほんの少し悲しみが露として、のっているのでしょう。 人の幸せはわかりません。同じ経験、同じ空間の中で生きても感じ方は違うのです。そこが、共有できない限界にもつながっているのでしょう。 大体、私の考えることは自分勝手です。私は私を責めながら生きます。客観的に幸せなことは、幸せではないのです。そこは味覚の違いのようなものです。 JF、私の友人はしばしば、私の思考にストップをかけます。彼にも答えられないこと、私にも答えられないこと、そうして、誰にも答えられないことのなかに、私は脚をからめてしまい、、バタバタと抵抗することもなく、時にそのまま、力を失っているのです。 私は悲しみを恐れていました。それは、急にやってくるので。理由もなく、急に。 今日は元気だ、と、思って家をでる日があります。しかし、実際に誰かにあって、口を全く開けないことに気付いたり。熱狂の中で急に恐いほどの静けさに戻されたり。 自分勝手な言葉が私の中に蔓延しているのです。人と付き合うとき、私は私を隠すようにつとめます。私はその相手をどれくらい信用していいのか、熟慮します。大体はその人の話し方で、わかってきます。その人の人間性が。私はそれから、その人が信用できるようならば、ほんの少し、よりかかります。ほんの少しでなければ、また、恐いのです。少し、少し、また少し、と、それから、たくさんになれば、その人は疲れてしまい、私の元から去ってしまうこともあります。だから、私はほんの少し、頼ることにしているのです。そうして、本当に追い詰められた時はただ、人間の温度が、愛しく思えるのです。人間が温度を持っている生き物であることに、暖められるのです。もし、本当に追い詰められ、崖を超えて身を投げてしまうのならば、その時の涙は凍っています。しかし、人間の体温で私は凍っているはずの涙が溶け、私の頬の上で一筋、二筋とあたたかい、のを、感じるのです。 私は先生に今日、あらゆることを聞こうと思いました。何かに捕えられて、そこからは、虚ろでありながら、必死でした。その先生は私が「私」と、言うのが、あまり、好きではないのです。主体が「私」ではなく、「みんな」になれば、いいと、思っているようなのです。 その「私」はしかし、「私」の為に、質問を投げかけます。大抵のことは「私」にとって、「私」という存在から喚起されます。 日本に帰ったら、、それが、少し、不安でした。将来の仕事とか。後は微妙な精神状態が不安でした。 「みんな」が助けてくれます。と、私は言いました。でも、みんながいるからこそ、私は鬱になってしまうことができないのです。それでも、内面に抱えているものは、たとえ、みんなと一緒にいても、私の元へと到達します。 ペシミスト=運命論者である、、という感じもどこかします。私は頑なななのです。どこかで、自分自身からまったく、逃げられないような感じがするのです。例え生き方が非常に花火のようなものであっても、危険さがあるものだとしても、それは変えられないような気がするのです。頑固であるということは、現実を見つめる私のレンズの色はいつも同じだということにもなりかねない。 私は東京が好き?です、と、いいました。好きというよりは、東京が楽なのです。自分自身が街の中にまぎれていく。多面の鏡で出来ていて、その鏡は、、それも、また、多方向に向かい合い重なり、街の中には出口や入り口がたくさん、あるのです。人は群になり、現れて消えるのです。私はこの街に大分、救われました。私は私の抑えられない部分を抱えながら、しかし、街の中に、まざり・・・色の反射に助けられました。街を歩いているとあらゆるものがある、というのがいいのです。 田舎は好きですか? 難しい質問です。ただ、風景として、心の中の故郷になる、という感じです。私にとっては、そこにいるのは非常に苦しく、ただ、心の中で美しい風景としてとっておく。。ノスタルジア、それが、田舎なのです。 だから、リモージュもそういった意味で思い出すのかもしれません。少なくとも、私における北海道はそういう意味です。長居はしたくないのです。ただ、やたらと懐かしいのです。雪が降りしきるこの頃は本当に心から懐かしいのです。
Feb 24, 2005
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マイヤフー。今日、私の頭の中はこの曲で一杯だった。フランスで流行っていた曲で歌詞なんてあるのか、と、いいような変てこな曲だ。雪の降りしきるなか、学校へむかう私の頭の中は、「マイヤウー、マイヤフー、マイヤホー、マイヤハッハー」そうして、「ノマノマイエイ、ノマノマイエーイ。」 だんだん、日記の中で、フランスのことについて、触れることが多くなった。 さて、この曲、私はずっと、フランスの曲だと信じて疑わなかった。そうして、曲の題名も「マイヤフー」だと、信じて疑わなかった。あまりにも、ノリノリで、あまりにも、ばかになれてしまう曲。今日、友人は寒い、寒い、と、ばかり、言っている。彼女はこの曲が嫌いなので、歌いすぎの私は怒られてしまった。リモージュの冬。しかし、正直なところ、北海道の方が寒い。 変な曲に話を戻せば、これは、ルーマニア語の歌だった。日本にも後、少しすれば、上陸するらしい。正直、私は変な曲が好きである。そうして、きっと、この曲は日本に帰ったら思い出すのに違いない。何せ、私のフランスでのディスコデビューを象徴するものだから。片手をあげて、私もノマノマ、叫んでいたのだ。 結論から言えば、今日はまあまあ、の、日だ。正直、もし、考えるということがなければ、毎日は同じように過ぎ去ってしまう。そういうわけで、時が経つ、ということが恐ろしいのだ。この街にいて、何か開拓しなくては、と、道々、考える。考えても、大抵、まともなことは、見つからない。学校に行き、数時間の後、家に帰宅、その後の予定は大抵、ない。空虚だ。 私は何がしたいのだろう?と、考える。一番初めに、この頃は夜遊びがしたい、と、思ってしまう。しかし、遊ぶ場所がない。 日記のことも、日本に帰ったら、どうなるか、わからない。日常がまた、変わってしまう。 私の頭の中は大量に考えようとして、逆につぶれてしまう。私は日々に何かを期待しながら、その答えがつかめない。だから、ざわざわと、幾つもの言葉が脳の表層に打ち上げられ漂い、流されて、いつも、歩きながら、合わないパズルがカチカチ言っている。 その様を何て表現したらいいのか、以前、分からなかった。今もわからないが、努力をし始めたのだ。私はただ、苦しい、というぐらいにしか、言えなかった。もはや、言うということさえ、どうでもよかった、のかもしれない。 帰りに学校の近くのスーパーにいる。私は商品を見つめる私の視線を覚えている。欲しいものなんてなく、ボオーと、何かを探していた。 今日は映画を見たのだ。人形劇のようなものを映画にしたもので、多少、幻想的である。泣きそうになりながら、泣かないで済んだ。 帰りに映画の話をする。聞き取れたフランス語のこととか。 フランス語、ひとつにしても、私は何だか、自分に嫌気がさしてしまうことが多い。 話すことができない。この土地で異邦人となってしまった私にはそれが、コンプレックスのようなのだ。 私、と、いうものは、瞬間、瞬間に失われやすい。だから、私は私の言葉で私というものを前面に押し出してきた、と、言っても過言ではない。言葉は時に魔法のように、私がとりだした言葉は指先でくるくる回り、輝いた。私自身が言葉を作り出すという作業に魅せられているのだけれど、あたかも、言葉が見えるかのように、人々の視線が私の言葉の先の止まるのが、、私にとっては、とても、おもしろかったのだ。 言葉はどうして、温かいのだろう?そうして、冷たくて。 フランス語が話せない、ということは、別に正しいフランス語が話せないと、いうことが嫌なのではなくて、そういう温度、そういう魔法の過程にまで、フランス語を導くことができないから。それから、私がどういう人間であるのか、話をしない、もしくは、下手に偽ることによって、更に異邦人になってしまうので。 最近、私は私の暗い部分がだんだんと、日記に出てきた気がする。自分の暗さは嫌いではない。ただ、いつもある違和感が。 私のお母さんもあまり、明るい人でない。彼女は花屋で小さな花を買う。トイレに台所に花を置く。 彼女は色を取り入れる。彼女は我慢をする。我慢が膨れ上がって時々、ヒステリーになる。けれど、花を買う。 私はかすみ草が好きだ。私は私のことを全て言ってしまいたいけれど、そんな私でも、かすみ草が好きなのだ。強調せずに、白く謙虚で、そんな所が好きだ。 あんまり、しゃべる人は好きではない。ことさら、親切な人も好きではない。ただ、よりそってくれる優しさに何より慰められる。だから、余計、言葉を失ってしまうのかもしれない。何も言わずに慰められる瞬間が愛しいので。 母が花を愛そうとするのも、おそらく、話す必要がないからだろう。 例えば、鬱になってしまえば、暗闇の中で、悩むということの意味を失ってしまう。ただ、漠然と、毎日、悩むことが進行するのみだ。私の怠惰も似たようなものだ。 けれど、色彩の中に身をなげること、遠くから何となく聞こえる声、それから、ふっと、見える空の色、風が頬を撫でる、、悲しみが満ちても、時に悲しみの量と同じくらい星の輝きが満ちることもある。 私が眠りを愛するのは、ただ、眠りの中に身を預けるだけでいい、と、思えるからだ。たとえ一日がどんなにつらくても、眠る時間がやってくる。眠りに落ちると・・。けれど、以前は眠りそのものよりも、眠りにおちるそれ以前の時間が好きだった。空想がさかんになり、それらは、意識と夢の間で遊んでいる。「いい夢が見れますように。」と、そう思いながら眠りに入る。 疲れた時は明日に期待はしない。いい夢を見て、それから、夢のこと等、忘れたように、一日をはじめる。悪い夢を見ても同じこと。 もしかしたら、今日、見た映画に戦闘シーンが多かったので、少し私の中の温度が下がってしまったのかもしれない。その前のホラーの予告も恐かった。精神病的異常さと、それから、殺人のような。ただそれだけで、人間がゾンビよりもこわい、と、思った。チェンソーなんて、もってなくても、恐いよ、と、思った。剣を持っていたり、ピストルを持っていたり、、、それから、古くは焼き鏝だったり。 どうでもいいことの蓄積。今日も嫉妬をしたし、今日も自分の嫌いな部分を見た。鏡を見た私が少し、酷に思えた。もし、自分を本当に受け入れたら、考え方というものは、全く、変わってしまう、と、思う。恐らく、私にはそれができるのだけれど、けれど、しようとはしない。そんな私が私の頭で考えて生きていること、それだけは誇りべきことだけれど、何か不消化が残る。それを不安とよぶのか?焦りと呼ぶのか?何と名づけようか、名づけようがないし、名づけてはいけないのだと、どこかで、思う。 明日は学校です。早起きをしなくては。友人を起こして行ってきます。(半分、お母さん?)そうして、もしかしたら、夜は大学の例のベレー帽の先生と話すことになるかもしれません。少しは刺激がありそうです。それから、今日も幸せを持ち運びました。何だかそのお守りに自分が寄り添っている、そんな気分になりました。学校からの帰りのバスは相変わらず乱暴です。よく、飛ばされそうになります。あまりにも恐いので、私は半分、「バスが恐いよーー。」と、叫んでいます。こんな時、日本語は便利です。
Feb 23, 2005
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今日の朝、私は嫌な予感を抱えていた。夢見がよくなかったせいである。大好きな人が出てきたが結末がよくなかったのである。この頃、夢を見ているときの身体が硬い。朝、起きると、まず、その硬くなった身体をほぐすことから始まる。 学校が始まったので、バスに揺られていく。 そういえば、フランス人Rは日本人の女の子に人気がない。蛇のような舌、そうして、狐のようにぎらぎらする目を持ち合わせている。いつも、獲物を狙っているかのようだ。都合よく好かれていないのでちょうどいい。彼にとって、私はふぐだ。実際、ふぐでもないのだが、彼の中の私の位置付けがふぐなのだ。取って食おうものならハリセンボン。 正直、フランス語へのストレスは続いている。相変わらず、疲れてファッション雑誌に目を通すがそれも、また、フランス語。しかしながら、耳から聞くフランス語にはさほど、嫌味を感じない。 最後の授業、おなかが空いた、と、思いながら、窓の外に目を走らせる。今日の月が大きくて綺麗だ。ボーっと、ペンを加えつつ、ギリシャ哲学は進行していた。おそらく、授業のはじめ、本当にはじめ、私の留学生活はプライドを捨てることから始まっていたのだと、思う。今度は捨てすぎてしまったプライドを拾わなくてはならない。 心臓が久し振りにばくばく、行っていた。正直、参った!という感じである。今日、何ヶ月ぶるかに、ナンパ?というか、口説かれた?というか。そうして、一層、月を見上げた。うーん。と、心の中である人に語りかけた。 幸せを持ち運ぶとは、お守りのことである。友人が言っていた。お守りはフランス語で、porte-bonheurと言うのだよ、と。porteは運ぶ、と、いう意味。bonheurは幸せ。 もしかしたら、今日、私は幸せを持ち運んだのかもしれない。朝、不安になって、今日、赤い輝きの固まりをつかみかばんの中に入れた。私は私の今日にとって、それが、よかったんだ、と、思っている。 何せ、流されやすい私。ナンパされるのは危険信号。東京に住んでいた時とは精神的なものが少し違う。それから、日本語という武器がないことが。必死に話をはぐらかし・・・しかし、それ以上に考え事をしている為にうわの空になってしまう。目の前にいる人の話し合っていることとは全く違う関係のない、つまらない、些細なことが気になってしまうのだ。ましてや、私は感覚が直球型なので直球な質問がしたくなってしまう。そんな時、私の目は鋭く強いのかもしれない、、と、思いながらも、それが、上手く扱えない為に目を下げてしまう。何だか困ってしまって、言葉すくなになる。 少しづつ、フランス語が自然に話せるようになった。話そのものは上達していないが、フランス人に対して構えることがなくなった。日常会話らしく、何となく。話し掛けるのに、近くなってきた。しかし、そうはなっても、これとそれは別問題だ。 ナンパだ、、と、思うと、私は祈ってしまうのだ。それは、ヤケになって、流されることもあるが、お守りの人を思い浮かべ、「日本に無事に帰れますように。」と。 月をぼおっと、見ながら、月の中に何かがいたようだ。月の向こう。 正直、言うと、全く、集中できない。勉強には。それでも、やらなくては、しかし、この頃は。それでも、口説き文句のその後は「週末は勉強をする。」などと、言った為、真面目に勉強をするふりをしていた。ナンパ男よ、どうか、私を持っていかずに、私に活力だけ、与えてくれたまえ。(つくづく、勝手な奴だ。) 今日のリモージュの天気はよかった。青空くっきり、月もくっきり。はう、日本語が読みたい。 明日は授業が今日よりも早い時間にあるので、バスに揺られて行く。正直、学校には行きたくないが、家にもいたくない。学校でも家でもない場所に行きたい。好き勝手、一人、遊びにでかけたい。そんな時、遊び場所の乏しさにこの町が嫌になってしまう。
Feb 22, 2005
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大泉洋が気になって、映画を見てきました。とはいえ、吹き替えなので大泉洋は登場しないも同然なのですが。キムタクも吹きかえられてしまい、私にはその声がどのようなのか想像がつかない。宮崎映画「ハウルの城」を見てまいりました。久し振りに映画館に脚を運びました。 さて、一番、最初に書いた、大泉洋ですが、北海道では有名なのです。お笑いタレントといったらよろしいのでしょうか、私が高校生の頃あたりに「水曜どうでしょう」と、呼ばれる番組がやっておりました。今では、あらゆる地方でやっているらしく。ファンかと言われたら、明らかに違うのですが、少しづつ、東京にも大泉が浸透し、歌番組にも出たのいうので、だいぶ、びっくりしました。 インターネットって、便利ですね。見ることのできない、ドラマや新しい曲をほんの少し視聴などできたりして。それに、日本のテレビも見れるし、ね。ただ、便利なのですが、半分、それで、いいのか、という感じがどこかしています。中途半端に私の中には日本があるという感じがいつもしているのです。特に東京が。もう、全く、生活のリズムが違うところにきてしまって、しかし、せわしない日々と言うものが、とてつもなく、懐かしい。自分のアパート、自分が全く、一人に慣れてしまった、空間が懐かしくて、、だから、私はあの部屋に降り注いだ光と、今、リモージュの小さな部屋に入り込む光を重ね合わせているのかもしれない。 最近、私の日記を読んでいる方々は私がこの頃、倦怠感で困っていたことを知っていた、と、思う。おそらく、リモージュにきて、何度も倦怠感には陥ったけれど、乗り越え方は、いつも、異なっていたりする。私の中の倦怠感というものは、実は意味と言うものの否定に近い。自分の行動、言葉、自分自身の否定、ふと、崩れ去る感覚。それが、どこかで、つつかれて、どうにかしなくては、、、と、焦るならば、それは、苦しみにも変わってしまう。そうすれば、いつ、爆発してもおかしくはない。ただ、何とか、それで、全く元気を失ってしまっても、何とかなる、という自信はある。私はよく、死にかけるが、そうなかなか、ならないのだ。 しかし、今日、みんなで、怪我のエピソードを話していたが、私のエピソードは少し、みんなをひかせてしまった。正直に言うと、私は怪我というものはしたことはない。骨も丈夫にできている。ただ、小さい時に、かみそりで自分自身で頭を切ったことがある。半分、記憶があって、、半分、ない。ただの、好奇心なのか、そういう願望が元からあったのか、謎だ。私が小さい頃のことを思い出そうと努めるのはばかげているような気が半分はしてならない。しかし、もやがかかればかかるほど、私は全てを知りたいと、思う。私は恐らく、幸せだったのだろうか?幸せだった、、という感覚が少しする。けれど、今は幸せと言う言葉はただ、眠りのなかに、潜んでいるそんな感じがする。 私はシーツの中に入りこむ。自分の体温に温かさを感じる。目を閉じて星を見る。 お昼はたいてい、仲間達と団欒をする。落ち込んでいるときでも、何とか、落ち着いていることができる、彼女たちとならば。何せ、彼女たちは私に無理やり、笑えだの、、特に何も要求しないし、おせっかい、、ということはない。共に近くにいる期間が長くなったので、私のことも、お互い同士にわかってきた、というのがある。私は引きこもっているものの、やはり、リモージュの小さな世界はあるわけで、その世界と、どのように折り合いをつけていくかが難しい為、日記の中でも、よく、仲間達には感謝をする。 最近、実は自分の文体が気になってきて。。少し、書くのが苦しくなった、というのがある。ベッドの中、頭の中で考え事、目が覚めても、しかし、紙に書き写そうとすると、一気にそれらが消えるように、半分、書くのが恐ろしかったり。 おそらく、最悪ではない、、不調だ。ほんの少し。 今日、そうして、あることに気がついた。ここはフランス。しかし、自分の中で、東京を求めて毎回、モノを書くことに気がついた。はじめは精神的なことを描くことから始まり、、だんだんと東京に落ち着いていく。 私はどこにいきたいと言うのだろう? そうして、ものを書くのを止める時。私は誰だろう?と、思ってしまう。 私、と、何度も繰り返すのが嫌で、しかし、私と、紙の上に焼き付ける。それから、気にいらなくて、ゴミ箱に捨てる。 今日、映画を見ながら、少しだけ、気付いた。私は笑うことを拒絶している。私は私自身が笑ったり、楽しい、と、思うことが実はあんまり、好きではない。そうすることに、何か壁があると・・・そういう感じだ。だけれど、何かがそういった壁をぶちやぶってもいいのかもしれない、、と、思った。むしろ、ぶちやぶるべきなのだろうか?と。 鏡は実はここにはない。私自身をそのまま、眺めるということは実は容易ではないのだ。だから、私は私の忘れてしまった子供時代のことが気になってしまったり、精神分析をやろうとしたり、、するのかもしれない。 しかし、これまた、難しいが、紙にペンで描きながら、自ら鏡を作り出す、、ということを、私は選びたい。
Feb 21, 2005
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実は、昨日、思い出しながら、書き忘れたことが。あの、いちごですが、フランスのスーパー、モノプリに買いに行きました。そこでの現象。店の中の音楽なのですが、フランスの超人気番組、スターアカデミーの中で使われている曲がかかった途端。!!!!! 踊るフランス人!歌うフランス人! その歌詞は口ずさまれて・・「laissez moi danser laissez moi.laissez moi danser chanter en liberte tout l'ete.」「私を踊ったままにして、そのままにして。踊ったままに歌ったままに自由に、夏の間は。」 いい加減な訳です。先程、歌詞を検索してみました。ちょっと、フランス人の生きのよさにびっくり。そんな私も少し歌っていた。laissez moi danser. 勉強だ進まず、一日中、ラジオを聞いて、過ごしました。読む活字というものは嫌なものですが、フランスの曲には嫌味を感じない。半分は英語なのだけれど。なかなか、情感にあふれていて、歌詞が聞き取れるとその曲に耳を傾けてしまう。そうして、できれば、曲のタイトルを聞きたいものだと、思うものなのだが、ほとんどはタイトルなど紹介されることなく、ノンストップで、たまにコマーシャルを進行しながら、進んでいく。曲は同じような曲がよくかかる。はじめは同じ曲ばかり、流れるので、嫌だったものだ。聞き飽きた、と、言うのだろうか・・・フランスには音楽がないのか???と。しかし、逆に同じ曲ばかり、ということは、逆に歌詞を覚えられるかもしれない。少し、期待。 ちなみに、今日は水泳をサボりました。足が筋肉痛です。相変わらず倦怠感のようなものは続いています。先輩もしかし、がんばっていました。なかなか、勉強ははかどりません。 夕方頃、教会の鐘が節をつけて、たくさん、なっていました。夕暮れの赤が町中の屋根にかかっていました。
Feb 20, 2005
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今、フランスのイチゴを食べています。かじっている状態はほんの少しです。イメージが何もわかないので、イチゴの赤にひきこまれつつ、食べているところです。何かを食べなくては・・というような感じで食べています。昨夜もそのような、焦りにもにた、食欲により、鮭とばを食べ過ぎてしまいました。 痛みのようなものが好きです。どこかで、私はあきらめているようです。自分がなりたい自分と、自分らしい自分の間のギャップに。 文章も書けるときと、書けない時があります。日常の言葉で、私自身というものは説明可能であるようで、しかし、紙にその姿を投影することなしではなかなか、わからないものです。 今日の夢のなかで、私はタンゴを自分で作曲しながら弾いておりました。激しくガンガン、打ち付けて、でも、そのピアノ、スイッチが勝手に動いて、音がならなくなるのです。そのスイッチを戻して弾くと、また、音がでなくなってしまう。。。の、繰り返しでした。 文体、もしくは、ピアノの弾き方、それは千差万別です。なので、いろいろなピアノを弾く人がいます。そのピアノを聞いて、「ああ、この人、苦手。」と、思うこともあります。 実は一人、とても、照れくさくなるようなピアノを弾くような人を一人、知っています。どう、言っていいのやら、彼は眠りの森の王子様のような人です。秘められた情熱、、と、私は勝手に呼んでいます。 いつしか、私もきらきらと輝くルビーのような赤さを私の中に有したい、と、思いはじめました。体の中のバランスが、どうも、この頃の、私をせかしているのです。けれど、私自身にもそれは、暗号じみていて、けれど、彼の弾くピアノのように、私も言葉を奏でられたらなぁ、と。 何度か、知り合いにメールをしようかと、思い、よく、立ち止まります。フランスに来て、喧嘩をしたり、少し、厄介なこともあったので、いちいち、自信がなげになったり。。も、するのですね。 久し振りに会った友人は私の顔を見て、「苦労をした感じがする。」などと、言いました。 できれば、早く、パリやら、ロンドンに出かけたいものだ、、と、思います。焦燥感を抱きながら、思わず人を魅了するような光や色のなかに、行き着くと、何だか、ほっとするものです。 パリのセーヌ河が好きです。水は綺麗ではないのですが、、水の流れいく様を眺めるのが好きなのです。そうして、パリに何年と流れた河ゆえに、多くの人の人生を飲み込んできた河。。そう思うと、河の何食わぬ様子に空恐ろしさを覚えるのです。おそらく、このセーヌ河の恐ろしさは、見上げれば、威風堂々たる建築物、、細かく彫刻を施された、全体としていえば、鋭い眼差しのごとく、、セーヌを見つめている、その建物、例えば、それは、ノートルダム寺院であったり、ルーブル美術館であるのではなかろうか。 ルーブルと言えば、夕暮れ時がいいものです。ほの暗い展示室、人もまばらになり、白く大きな彫像と、向き合っている、、その様も、何だか少し、恐ろしい。 美しさと、恐ろしさと。触れることのない水がきっと流れているのではなかろうか? 本来、私の書くものには筋がありません。それは、いつも、漠然としているのです。テーマ性を見出してしまうと、その存在につぶれて何も言えなくなる、ということが、多々、あります。説明不可能、そうして、言葉をパズルのように扱おうとしながら、気にいらず、止めてしまう、、ことが、多いのです。友人はそれを壁と呼んでくれます。その言い方はほんの少しの希望があるので、好きです。 今日はおそらく、昨日のような日になりそうです。しかし、天気は微妙に違います。最近のリモージュでは、雪が若干、降っていますが、最近の日本はいかがでしょう??
Feb 19, 2005
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それは、恐らく、今週の初め、食堂で日本人諸君は噂をしていた。それは、噂にしては、おとなしいものだった。噂なのに嘘がないのだ。 それは、昨日のこと、日本人諸君とフランス人一名は映画館の前でベレー帽を探していて。ベレー帽が空中に浮いて、いいや、、みんながベレー帽を見つめるから肝心の体を忘れているだけなのだ。みんながベレー帽をかぶり、めがねをかけている、日本人を探していた。その名を暗号のようにみんなが知っていた。寒さの中で、白い呼吸に混ざり合いながら、我々はその名を口々にささやいた。どちらの方向から、やってくるのだろうか?、、と、その中で私は背のびをした。人間は同時に行く方向も見ることができないので、大抵、こういう時の予想は裏切られる。そうして、我々は大勢、いるにも関わらず、おしゃべりをし始め、方向の分担など、、どこ吹く風、気がつけば、噂の人物は我々の中に紛れていた。やはり、ベレー帽をかぶっていらっしゃった。 さて、このように、大げさに書いてみたものの、昨日は日本の大学からお世話になっている現在進行中の先生が月曜日にフランスへの上陸をとげ、リモージュ入りを果たし、昨日は先生を含む何人かで食事をし、ビールを飲みました。なので、、、昨日は帰りが遅かったので、日記をつけることが億劫になり。。 久し振りに先生と話して、私の口調が大胆になってしまったような気がしました。そうして、、、何だか、自分勝手でいいか、、と、思えてしまったのです。やはり、、先生に聞きたいことはあるもので、日本にいる何人もの行方、その進路等を尋ねました。それから、昔、受けた授業の話など、それから、先生が作った和仏の辞書の使い勝手??「もっと、いろいろ、載せてください!!」と、私、何気なく、言っていた。たまに、調べたい言葉が出てこないのです。でも、まだ、新品同様、綺麗ですよ。ふふふふ。この分だと、後、何年か持ちそうです。私の仏和の辞書の方は使いすぎて疲労全開。なので、ここ何日かの倦怠感はその辞書のたたりか、とも、思われるのです。辞書にいらいらし、、、カリカリし、、、体が小魚の栄養分を求めたとして、それは、もう体に吸収されてしまい、しょうがないので、豆乳を飲んでいます。 嬉しいことに日本語の本が手に入りました。先生経由ではないのですがね。しかし、嬉しいことに。ダ・ヴィンチコードという今、流行っていて世界各国で翻訳されている、、、本です。さすがに厚いし内容が込み入っていそうなので、フランス語では手にとる気がしなくて、全く、目に入らないかのように無視していた。読んでみて、まあ、小説というものは、例え、日本語でも全てを把握して読んでいるわけではないのだな、、と、思った。結構、背景のこと等、忘れてしまいますしね、自分の言語だからこそ、そこを、何とか補って上手く読んでいくことが難なくこなせてしまう。そうしたら、原書で内容がくまってしまうのは、、当然かな、とも、思えました。たまに、日本語を読みことはいいものです。少し気持いいですね。 はて、自分の部屋には少し、飽きてしまったものです。飽きてしまったというか、、時に自分の空間に見渡せば息苦しさを感じてしまう、と、言ったほうが近いのでしょうか?戸棚をあければ、本がぎっしり、ベッド際に押し寄せ、眠りと言う波を本が刺繍する様。この間、原書に疲れて、目を閉じると、何と、頭の中が活字、、活字、活字、、しかも、規則なんてあったものではなく、前置詞やらよく見る単語やらが、まるで、自分が文章で意味があるのだぞ!!というような顔をして、、私の頭の中にいるのです。もう、、嫌だ!と、思い、さらに深い闇の中、私の本当の眠りの方に潜り込むました。それを、、昨日、先生に言いましたところ、、「じゃあ、読まなきゃいいじゃない。」と、、一言。そんな。ええ、確かにしばらく読まないでいると、、活字の渦からは少し、解放されたような気がします。意味がわからない、と、思われるとき、活字は記号に近くて、それは文学よりも数学に近いのかもしれません。もう少し慣れるまで、きっと、それは、別な戦いなのでしょう。ううーん、、と、あらゆることに悩んでいると、先生はおっしゃいました。「それは、君、十年、かかるよ。」そうして、、、しかし、そうかな?と、思いながらも、この本の量。。。そんな今!!がいい!!!今、すぐわかりたい!!!掃除機のように、、本が読みたいのです。あうううううううう。負け犬の遠吠え、約一匹。 そんな遠吠えをいたしながら、何とか、週末、今日は水泳に出かけたい、と、思います。朝は洗濯にかかりきりですが、何とか、昼間にはと、、思うわけで、それから、買い物に出かけてみようかな、と。毎日、バカンスで、、休んでいる為の疲れがたまり、、自分自身に厳しくなれず・・・の日々でしたが、今日は何とか予定があるので、、救われた感じです。それでは、また、ふふふふふふ。
Feb 18, 2005
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物事は節度をわきまえて、、と、いきたいところである。つまり、倦怠感も、、ほどほど、、で、抑えられているならば、いいのだが。実は三日前から、、何をするのも、嫌になっている。そもそも特にすることがないのが問題なのだ。私が空虚に感じられる。フランス語に目を通すが、、ぶつぶつ、ぶつぶつ。。。いらいらが鍋の中でぷくぷくと、、、泡になり、ふたをおそうか、おすまいか、迷った挙句、紙をまるめるかのごとく、ゴミ箱に捨てたくなる次第である。 三日目の倦怠感にして、正直、言うと、疲れてしまった、、というのがある。何かをする、、ということに、意味が見つけられず、かといって、そんな自分を好きにはなれない。 明日、ホストファミリーの所に出かける。正直、言うと、まだ、お出かけは気が進まない。何故?私にホストファミリーが親切なのか。。わからないのだ。人の親切をそのまま、受けとめられないし、実はみんなでわいわいするよりも、隣に誰が住んでいるのかわからないようなアパートに住んでいる方が気が楽なのである。 日本においても、私が何もしたくない時は大変だった。ごはんも、食べない。そうして、一端、言い始めると、期間が長い。そんなことがあっていいのだろうか?機能は停止状態である。いつかこの倦怠感が名人技の域に達して、自ら、昏睡状態に陥ったり、幽体離脱をしたり、呼吸を好き勝手に止めたりできるようになるのかもしれない。そうすると、私の小さな宇宙を含んだ肉体はどうなってしまうのだろう? おそらく、今日、音楽を聞いていたあたりまで、、よかった。そこから、何だか、だるくなってしまった。かと、言って、何もする気にならない。何かをする、、ということが、ばかばかしく感じられてしょうがないのである。自分が何かをしていることが、非常に居心地が悪い。 日本のことなど、特にバイトを思い出した。それから、大好きだった人。何がすきって、ともかく、かっこいい人だった。友だちと一緒にいた時に偶然のごとくに遭遇してしまい、、友人にあの人よ、みたいに言ったら、友人が一言。「お姉さん、面食いね。」そうよ、私、面食いよーーみたいに、思った。だって、彼は、ジャン・マレのような人なのだから。しかし、私の好きというのは一体、何だろう?正直なところ、私は人を好きになることに忙しいのだ。確かに恋に落ち、それが、何ヶ月も続くことはまれである。しかし、好きになるだけなら、私はありとあらゆる理由で人を好きになってしまうのだ。半分は憧れというのもある。だから、同性の女の子も少し、いいなどと、思ってしまうと、戸惑ってしまうのだ。それから、おおげさな言葉づかいを得意とする為に、ありとあらゆるカン違いが生まれる。もしくはカン違いというものは、時にその糸を自分で絡めてしまっている場合が多いのである。半分は演技、半分は、、本気のように生きている。だから、ありとあらゆるところで大好き発言をするわけなのであるが、、、本当の好きは、、もう少し、隠したところにきっと、あるはずだ。
Feb 17, 2005
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何で、風邪、ひいて、二日酔いなど。。。なっているのだろう?という感じですが、なんだか、それで、風邪が改善されたような気もするのですよ。 さて、昨日ですが、知り合いで写真を趣味でとっているフランス人がいるのですが、そのお兄さんの展覧会に出かけていました。どう見ても、どう、聞いても、私にはそのお兄さんが犬のように見えてしまうのですよね。引きこもり生活が長いせいで、少し、フランス人に対する、対人恐怖のようなものも混ざり、親切なお兄さんなのだけれど、微笑みにすこし、何か、、透明ではない何かが混ざり、まっすぐは話せない。うーーん、、これは、総合的に人間恐怖症なのかしら。でも、不思議と同性はほっとするのですよね。後は、同性のような友人。 その、展覧会の後、同性のような異性の友達とのみにいきました。ちなみに、同性のような・・・って、彼が女なのではなくて私が男役なのです。ちょっと、宝塚みたーーーい、なんて、言われるのですが、かといって、女の子にもてるわけでもない。で、男性はというと。??????????????????? 昨日は、あまり、話をしたい、、とか、そういう気持はなかったのですが、本当にくだらないことで盛り上がってしまいました。 男性の話をしたのです。私の今までの傾向を振り返り。 こういう結果が。 私が好きになる人は髪の毛がふさふさしている人が多い。 私を好きになる人、もしくは、私と付き合う人、何故かはげそうではげず、将来、はげることを危惧している人が多い。そうして、そんな風に危惧しているのにも関わらず、おかしなことに毛深い人が多い。何故か、、何故か、、、考えてしまいました。 昔、私のお母さんが私に聞いたものです。「お父さんを探すとしたらどういう人がいい?」と。すかさず、私は答えたものです。「はげは嫌!!!」 何故、とっさに、はげが出てくるのでしょう。まあ、そんなことをいいつつ、このままの傾向だと、、私の将来のだんなはきっと、はげるでしょう。少なくとも、私はそう、思っています。そうして、結果として、もしかしたら、私ははげが好きなのではないか、、、 とさえ、思えてきました。 さて、このトークですが、、、長いのですよ。何故、はげるのか?私は頭のいい人がはげるのだと、、、昨日の昼まで思っていました。実際、はげている人で、頭のよろしい方が私のまわりに多いものでして。。。でも、それは、私の偏見であることが判明しました。 友人と飲みに行き、真相が判明したのです。それは、男性ホルモンが多いからだそうです。その後の説明はしかし、忘れてしまいました。 本当は将来のことなど、語ったわけですが、髪の毛、、、のことなど、この頃は、よく妄想しているので、、、だんだん、専門の域に入っているようで。(こんな自分が嫌やわ。)後は、自分の好みです。 私の周りの女性達は大笑いしていました。「私、髪の毛があんまりなくて、、それでも、微妙なところが、、微妙に毛深い人が好きみたい。」と、ある日、突然、、悟ったかのように、学説のような一見、難しげな論理で、、説明するのです。そうして、言葉のしめはあくまでも、、ドラマチックに、、、じゃじゃーん。 何故、微妙に毛深い人が好きなのか? 理由、例えばフランスにて、、、毛深い人とつきあうと、、必然的にいじめたくなるわけです。フランス人は痛い!!という時、「アイーユ」と、言うのです。これが、かわいい!!とても!!!なので、そのセリフを言う為に、私はおひげやらをひっぱっていじめるわけです。私はその人が好きなのか、その人の「アイーユ」がすきなのか、正直、言うと、謎です。いつも、、いつも、、かわいい男性というものはいじめたくなるものです。 なので、私の周りの男性は日本語で挨拶と、、後は、何故か、「いじめ、やめて。」とか、、言えたりします。 そんな話をしたのか、、していないのか、、、昨日は男友達がふざけて、泣きまねなんか、、、してしまいました。あの、、、、、、、、、、幾ら、何でも、私、そこまで、凶暴ではありません。時に伝説とは周りの人間の大げさなジェスチャーによって作られる、と、その瞬間、思いました。おそらく、、彼はその場に他の誰かがいたら、私の凶暴さを力説したことでしょう。 しかし、今日は、おとなしく、、、今日を送ることにします。正直、いつも、、、おとなしいですよ。とても。噛み付いたりとかしませんよ。頭をなでると、、丸くなるような感じの人間です。でも、あまり、子ども扱いされると、、怒ります。犬は飼い主に似るといいますが、その面、私は犬に似た感じが少し、します。 そんな私も私の犬の性格のすごさを昨日、力説していました。この場合、私の犬の伝説を勝手につくりあげているのは私です。 しかし、私の犬が優しい奴で、、しかし、自分中心主義でめちゃくちゃにナルシストなのは真実でございます。
Feb 16, 2005
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私はよく、けんか別れした友人のことを考えます。喧嘩というものでもなくて、彼女のカン違いというか、妄想なのだけれど。もう、私が何を言っても、信じてくれなくて、それこそ、大変だった。人間不信になりそうでした。 その事件のことを、私は精神的に問題を抱えた友人に手紙に書き送りました。やっぱり、鬱の時は精神的にきついし、友人も失いやすいものですが、本当に心配してくれたり、話を聞いてくれる友人ならば、大切にしたほうがいいよって。私は確かに、その友人のことがショックで、でも、彼女はストレスを抱えやすい体質、というか、そういう症状の持ち主。。確かに彼女を疎ましく感じた時期はあったけれど、友人と信じていた。 終わってしまったこと。でも。。。と、ひっかかるのですよ。 彼女は病気なのかもしれない。その手紙の返事で、友人はその私の友人の彼女が友人の母親の病気によく、似ていると、書いてきました。何でも、総合失調症というのらしいのですよ。私にもよく、わからないのですけれど、大したことでもないことで大騒ぎしたり、妄想を働かせたり・・・するらしい。その後、小説を読んだり、後は、今から彼女の一つ、一つ、、を、思い出してくると、それらしいのですよね。うーーん。何でも、ないことで、泣いたり、小さなことで推察を働かせて勝手に傷ついたり。 実は私、彼女に小さな復讐を最後の最後に用意しようか、、と、思っておりました。私が彼女のことをインターネットに書いた、もしくは誰かに話した、、という彼女にいわれのない疑いに対して、最後の最後、日本に帰る直前に、、「私、本当に知らないのだから。でも、もう、私、日本に帰るから。」って、わーーーって、言って帰ろう。と、思っていました。思っていました、、というか、今も思っている所です。でも、言った所でというような感じもするのですよね。何だか、その事件自体を彼女が忘れている、、というか、何か私に対する気まずさを感じながら、しかし、どこか、過去にしてしまっているような気がするのです。 私と一緒の空間にいても、わざとらしく鼻歌を歌ったりしている彼女、それを聞いていると頭が痛くなってくる私。とりあえず、完全無視がとりあえず、挨拶だけしてくるようになったし。してくるようになったというか、私がするので、向こうもするみたいな。確かにね、こちらとしては、無視される理由なんてないし・・・いい加減、キッチンにて、、、ちょっとよけてくれませんか、、という意味合いの「パードン」と、いう言葉しかかけられないのも、気味が悪いし。 彼女の元友人の私。この頃は彼女は落ち着いてきたらしい。はためにストレスが前ほどは見られない。それはいい方向にむかってきているのかどうなのか、話していないので、全く、わからない。しかし、私の友人で彼女の向かいに住んでいる人、曰く、この頃は調子がいいらしい。前よりも。 けれど、私は何を悩んでいるのか? もしかしたら、彼女のような人と、また、どこかで、会うかもしれない。一体、私は彼女への対応として、よかったのか?なんて、、思う。 ささいなこと、別に何でもないようなことで、感情的になり、傷つく彼女の話を真面目に聞く。それから、一緒に考えたり・・・。それは別にたいしたことではない、、と、言いたい気持ちを抑えて、何だか、そう言ってしまうと、彼女が傷つくようで、、言えなくて、真剣に考えていた。でも、、喧嘩の後は、何だか、そういったことがばかばかしくて、どうして、私、彼女の妄想につきあっていたのだろう?と、思えた。喧嘩?の時でさえ、私は彼女を傷つけるのが恐かった。私はただ、悲しくて泣いた。彼女という人が信じられなくて。 今でも、恐らく、私は彼女が恐いのだ。感情的になり、すべて思い通りに解決してしまうようで。 でも、彼女は病気と思ってみたりすると、それが、また複雑になる。彼女には別の文化もあるのだから。と。 さて、彼女のような人への接し方、どうすればいいのだろう?相手が精神的に少し病んでいるようで(彼女の場合、病気と決め付けるのは危険であるが)、しかし、言っていることに脈絡がない場合、「嘘をつかないで下さい。」とか、、、論理的にこちらが正しい、、と、言ってしまっていいのだろうか?誰か、詳しい人、いたら、教えてください。
Feb 15, 2005
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今日はよく、寝ました。昼ね、三時間か二時間くらい。風邪を治そうと思って、気合を入れて寝てしまいました。ふううう、、、おかげで、頭の中、すっからかんです。何も入っていない頭の中をピーマンに例えますが、空なようでいて、ピーマンの中には、実は種が入っているのですよね。 英語習慣に入っています。何故でしょう。 日本で英語を勉強するとき。トイックの勉強やら、やたらとビジネスやら、日常会話やらで、英語教育というものに、嫌悪感を覚えていた次第です。私は本屋さんに詰まれた英語教材の山を見ると、ついつい、他のあまり、取り扱われない言語を応援したくなるのです。ロシア語とか、ドイツ語とか、いろいろ。後はラテン語だったり、ギリシャ語、話されない言語だって、おもしろいのだぞ、、、と、言いたくなる。 そんな私、言語にはなかなか、振り回されました。いろいろ、手をつけましたが、何とか、少しだけ、なるのが、英語?と、フランス語?しかも、かなり、怪しい。おそらく、英語圏に何年、住もうと、フランス語圏に何年、住もうと、その怪しさは改善されない気がしています。 すっかり、気の抜けてしまった部屋の中で、一人、ねちねちと、辞書に半分、溺れていました。そうして、最近、電子辞書を送ってもらおうかと、本当に悩んでいます。辞書、ひいても、なかなか、本は読み終わらないし、それに、腕やら肩が疲れてくる。仲間達を見ると、完全に電子辞書の群!!明らかに、それは、フランスでは目をひき、日常単位で、便利な品物。あまりにも、便利すぎる為、勉強の為には薦められるものではないが、しかし、・・しかし・・・電子辞書が私を誘惑するのです。どうしたものでしょうか、ね。
Feb 14, 2005
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雨、風、激しい今日のリモージュです。チョコレートの食べすぎで顎ににきびができました。今日は、上手く、パソコンが起動し、音楽を聞くことができます。風邪をほんの少し、ひいているので、全く、外に出る気はしません。 とうとう、あの人を扱おう、、かという気になりました。昨日の病院の話と、後は、シルヴィア・プラスの小説を読んでいるせいか、何だか、ほの暗い感が心から、抜けなくて。そうして、昨日は一日中、腰を痛がっていたので、誰かと話したかったのですが、誰とも話さず、昨日を終えてしまいました。 あの人、あの方。。。。なんて呼べばいいのかしら、いつも、落ち込むと、出てくる思想家とでも言おうかしら。E.M.シオランという名前の哲学者がいるのです。落ち込んでいる時に読みました。私の数少ない日本語の本のなかの一冊、「絶望のきわみで。」引用しますが、とても、長いかと思われます。 苦悩の計算 この世にはもっぱら事物の毒をのみ味わわねばならぬ人間がいる。かかる人間にとって、あらゆる事物は苦痛であり、一切の経験は新たなる責め苦である。こういう苦悩には主観的な理由があり、そしてそれは特異体質から生まれるものだ、という人もいようが、しかし苦悩を評価する客観的基準など存在するのだろうか。私の隣人は私自身より苦しんでいるとか、キリストはだれよりも苦しんだとか、誰に保証できようか。苦悩は客観的に評価できるものではないが、それというのも、それは外面的な痛手や有機体の明白な障害ではかられるものではなく、意識がそれを反映し感受するやり方ではかられるものだからである。ところで、このような観点からすれば、苦痛の一切の序列化は不可能になる。人それぞれがおのれの苦悩をかかえこみ、そしてそれを絶対的な、際限のないものと思っているのである。世にも恐るべき断末魔と入念に作り上げられた責め苦、ーー略ーーーこの世のありとあらゆる苦悩をこうして喚起してみなければならないとしても、私たちの苦悩がそれだけ軽減されたことになるだろうか。断末魔の瞬間、人間はすべて死ぬのだと考えるだけでは、だれにしても慰めは得られまいが、同じように、私たちは苦しんでいるとき、他人の現在の、あるいは過去の苦悩のなかに慰籍をみつけだすことはできないだろう。 シオランの言葉ですが、何だか、言ってみて、すっきり、しました。シオランとは、精神的にやばい時期に出会いました。この処女作を書いたときの彼の神経もぼろぼろで、毎日、不眠で、街の中を歩き回り。。。私にとっても、私のその時期は全てが不安で不安でしょうがない時期で、全て、反射される物事すべてが痛くて、自己嫌悪というよりも、目に入るものすべてが嫌いで、、というような感じで。 何故、シオラン?なのか?それは、私のコンプレックスなのかもしれない。誰かが死んでしまっても、そんなの、当たり前じゃない、と、すねている私がいるから。 中学生の時、同級生が交通事故で亡くなりました。私はほんの一筋、涙を流しましたが、後で、それを否定しました。私は彼女の中から、もう意識がなくて、もう横たわっていて、何だか、それが、幸せそうに・・見えて。おそらく、彼女には幸せではないのです。彼女は突然、終えざるをえなかった、それだけなのです。 私の涙はそれから、何も流れませんでした。ただ、それを、当たり前のように受けとめました。私が死にたい、と、思っていたのに、そうして、ずるい、、と、思いました。正直、何が幸福なのかわからず・・・胸の痛みを抱えているのです。 私は祖父が死んだときも泣きませんでした。ちょうど、テスト期間とかぶっていて、私は、「おじいちゃんのせいで勉強ができない。」なんて、ことを言ったようなそんな気がします。何も感じないのです。 かわいそうな人がいて、何も食べれない人がいて、家族と引き離されて・・・・・・それは、現実なのでしょうか?それとも、現実こそが私の中から消えてしまったのでしょうか? 今日のココサイコさんの日記で少し、模索しました。私の感覚でその青年が捉えきれなくなって・・・・・・。私も可哀想だとか、悲しみがわかったら、人らしくなれるのかもしれない。。などと、思いました。 きっと、私は人らしく、感じることを自分自身に禁じている、そんな感じがします。 そうかといって、私は肉が食べれなかったりします。家畜のように人を殺せる人がいて、、そう、思うと人の肉も動物の肉も一緒に思えてくるのです。 人の命も・・・ですが、動物の命も大切にしなくては、、と、思うのです。ワニがたまに、獲物を食べるように、人もたまに肉を食べればいいかな、くらいに思うのです。スーパーで、大量にパックに入っていなくても、いいのに、、と。 そうして、動物虐待のニュースは私の心をえぐります。そうして、そういった、動物虐待が殺人ほどには扱われないこと、罰金で済んでしまったり。そうすると、今度は、人の子が殺された、と聞いて、「動物だったらあんまり、騒がれないのに。」と、ぐれてしまうわけです。 いつも、胸の中の空気の循環が悪くて、いつも、ぐれているのかもしれません。 一見、シオランの文章は自分勝手で、でも、それに解放される感じがするのです。私は宗教をもちませんが、敢えて言うのならば、シオラン教なのです。 今日の朝も、物事がわからなくなり始めていました。私がベッドの中にいる時、シルヴィア・プラスの小説の中の主人公はほの暗さに引き込まれ、死のうとし、精神病院にいました。そうして、私の頭は同時に黒人について考えていました。差別はいけないことだけれど、差別されることに擦れてしまって、悪さを働くのもいる。かといって、悪い白人だって。。。と、呟き、じゃあ、黄色人種は?いろいろ、いるかしら?なんて。昔、見た殺人者ファイルの殺人者達はたいてい、白人でした(私の知っている中では)。そうして、それとは別に優しい人たちが頭の中で、 私にはわからなくなってきました。 困っている人がいると、知りながらも、実際には体が動かないのです。手首が青く、見えました。私は手首の痛みを持っていました。私は実際に恐いのです。急に目覚めると恐いのです。 窓の外には現実があるはずですが、、、、けれど、疲れてベッドの上に体を浮かせている、それだけなのです。 「笑いなさい。」と、ホストファミリーによく、言われます。友人の何人かには「アフリカの人たちを思い浮かべなさい。」とか。昔はお母さんにも「楽しいことをしなさい、楽しい映画を見たり、おいしいものを食べたり・・・。」と、言われました。でも、どうも、そういう風にいわれるのが苦痛なのです。 私は笑え、と、いわれれば、逆に笑えないのです。けれど、涙はすぐに用意できるのです。JFは私に言います。「君の笑った顔は美しいから。」だから、笑わないのは、勿体ない、、、の、ような。 私の欠点、問題点は、問題がどこから発生しようと、すべて、自分の中で、悩み、悩んだと思ったら、私の中で終わってしまうことです。だから、誰かが私を怒っても、私は相手の感情を受けとめることができず、さんざん、泣いたり、悲しんだりして、、その内、自分の悩みのドアをどんどん、開けてしまい、パニックの陥り、最後には問題の焦点などといったものはどうでもよくなり、ただ、そのパニックを押さえるために、何か、策を・・・大抵は寝てしまうか、自分の中にこもってしまうのですが。などといった状況で終わってしまう・・・。 いい加減にしなきゃ、と、思いながらも、いまだ、あまり、どうにもできずに、過ごしています。やはり、しかし、少しづつでしょうか。今日もまだ、半分以上、あるので、勉強を・・・ と、思ったら、リモージュ、晴れてきました。青空です。嘘みたい。
Feb 13, 2005
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街を歩いていて、私が苦手なもの。思わず、心臓の底が痛くなってしまうもの。それは、叫び声だ。後は、赤ちゃんや、小さい子が泣いていたり。つらいということが、上手く伝えられないようで、思いきり、泣いているように感じられる。後は、酔っ払いや家がない人の叫び声。何だか、惨めで。何だか、やはり、それも、言葉にできないようで。特に路上で生活する人間の叫びは聞き取れないのだけれど、痛い。 東京にいた時、渋谷によく行った。語学学校によく、行っていた。通勤の慌しさと共に私も渋谷に降り立つ。いつも、この街は・・・・・・、と、私は溜息をついてしまうのだ。やっと、おき始めたホームレスの群を横目で見ながら、やはり、私も早歩きで通りすぎなければいけないのだろうか?、、私は見ているようで、目をつぶり、歩いているようで、ほんの少し、歩いていた。何度、窓から眺めても、渋谷は美しいように感じられない。いつも、同じような人がいる。名前は知らないけれど、よく、すれ違う。臭いで、ホームレスがいるのが、わかる。彼のぼろぼろの髪も見慣れてしまう。乾いた臭い。レストラン街の裏の実は悪臭を通り抜け、映画館に通う。そうして、あっという間に、現実に戻される。 私と友人は渋谷に何度か、出かけた。彼女はとても、勉強家だ。バタイユ、フーコー、ドウルーズが好きな子。眼差しはまっすぐ、どちらかというと、口元で笑う。相棒のような感じ。私は怠惰だが。その渋谷に何だか、出かける。映画の為に。ある日、映画の後、何だか、虚しくなる。夜の渋谷で朝まで過ごす。気付けば朝。静かな渋谷。初めて、美しい、と、感じられる。歌を歌いながら、私はこの光景を何度も思い出す、と、思った。 私は映画を見にいくだろう。私は痛みを求めているだろう。針でさすような、、、私の頭の中、小学校の同級生、男の子で、いつも汚いかっこうをしている子、彼は私をいじめる。でも、私は彼を軽蔑している。私は机に坐って、本を読もうとする。彼はカッとなる。カッとなって、私の机を蹴り上げる。「無視するな!」と、叫んで。私は彼を睨み上げる。彼を軽蔑する。私の方が、幾分か頭がいいのだ、と、思ったりもする。彼は、みんなを安心させている。彼は掛け算ができない、足し算ができない、汚れたトレーナー、あまり、彼を愛さない親。私の母親が彼の家に私のことで電話しても誰もでないような家。彼の存在は痛い。 或る日、彼は私の前に自分の指を見せる。安全ピンを取りだして。私の目がまるくなる。私はそのピンの先を見つめているのだ。彼の指にピンが近づく。指の皮をつまみあげる。恐怖なんて、まるで、ないように。確かに実際に刺したわけではないから、痛くはないはずだ。それでも、私はその時のことが、感じられない。「僕はまったく、平気だ。」みたいなことを言った。彼はそうして、あらゆるものを爆撃するのだ、と、言った。私には空虚に感じられた。彼がどうなったのか、私は知らない。けれど、彼の惨めだったことが、思い出される。何かを伝えようとして、上手く伝えられない。 そんなことは、幾つか、ある。入院していた頃に、ベッドに縛り付けられている老女がいた。髪の灰色しか思い出せない。それは、日本語だけれど、違和感がある。私のあまり、聞かないアクセントで苦しげな喉を通って、発音されるのだから。ほとんど、一日中、彼女は「地獄におちろ」とか、「処女膜が・・・」などと、繰り返す。喉があえいでいるのに、そんなことも、構わずに、ずっと、叫び続ける。看護婦さんはもう、疲れている。ベッドに縛りつけられたまま。その部屋では、私だけ歩くことができるのだ、自分の脚で。彼女の目の前を通らないと、私はトイレに行くことができない。しょうがないので、私はおそるおそる、目を伏せながら、彼女の前を通る。彼女は私の影に反応して、叫ぶ。「お前は誰だ?」と。はっきり、聞き取れる。 お医者さんにつらくないか?と、聞かれる。落ち着かない部屋。私は今まで、こういう光景を見たことがなかった。でも、私は首をふる。私は慣れてしまったし、何も感じない、と、思い込む。でも、私自身がどこに落ちたのかは私自身まで、知らない。 私もやはり、ベッドに縛り付けられて叫ぶのだろうか?私の叫びは体の底に横たわっていて、そうして、歪んでしまって、叫びにならない。そこまでに、理性が失われていないので、私は叫ぶことができない。だから、私は泣く。何も言うことができないことに、泣いてしまう。 結局のところ、ほとんどの人間が自分で知らずに縛り付けられているのかもしれない。そうして、叫びを持つことができず、言葉にできず、酒を飲んだりしながら、少しづつ、吐いていく・・・その不消化の繰り返しなのかもしれない。 今日はまた、勉強です。ちょっと、Seal of Cainさんのページに影響されこのようなことを書いてみました。確かにこういったことは私の心の中で、いつものようにひっかかっているのですが。ちなみにその老女を私の姿を認めて、こうも言いました。「貴様は誰だ?」って。誰ってねえ、、、?さあ? 今日は曇りです。私の喉の調子は少しよくなりました。蜂蜜レモンを作って、飲んでいます。
Feb 12, 2005
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何とか、無事に教授とのランデブー、終わりました。ランデブーって、別にデートじゃありませんよ。うーん、そりゃ、私の先生はお茶目だが、誘われたら、デート、行くけれど・・・そんなわけない。論文についての話し合い。少し褒められた!やったーー!!でも、次は何をどう展開しようかね??ううううーーーん。 さて、来週からバカンスです。一週間の休み。かといって、わたしはどこにも出かけません。私は出かけないのだけれど、みんなそれぞれ、いろいろと旅立ってしまうから、寂しいのです。そんな・・・少し寂しいです。お茶を飲むための友人がいない?そんなーーー??ばかな。でもね、でもね、、、日本の大学から教授Kがやってくるらしい。何でも、雑誌の取材でやってくるらしいのだけれど、久し振りのKだ。私の大学では三大変人に数えられるK,とてもいい先生なのだけれど、すごーく、不器用に怒ったり、心配したり、起伏が激しいのです。あまりにも激しいのでKゼミの何人かは笑いを堪えることができない、ということ、多々あり。 さて、私のフランスの大学にての先生もまた、笑いを誘うお方です。今日は机をたたいておりました。でもね、ただ、たたいてたわけではないの。詩のリズムの説明のためよ。でも、あまりにも強調しすぎて、、、おかしかった。しかも、教壇から落ちそうになったらしい。先生、抜けてらっしゃるのかしら? 朝、久し振りにやってみたこと。おそる、おそる、自分の日記を開く。もし、フランス語に興味のある方、いらっしゃいましたら、ぜひ開いてみてください。ricecocoaといれれば、おそらく、フランスの日記サイトcanal blogに行き着くと思うのです。初めはgooに私のフランス語のサイトがあったのですが、訪れる人が日本人ばかりでさすがにまずいか、、、などと思えたので、フランスのページにサイトを移動しました。それから、しばらく、放置。どうもフランス語が恐ろしくて・・・そうして、文法のこととか考えなくてしばらく放置。でも、今日、おそるおそる、、、、覗いてみたら ・・・・・・・・・・ 何とそこには一件の書き込みがありました。しかも私の逆で日本に住んでいるフランス人だったのです!!!しばらく、日記を書かなかったこと反省、さっそく返事。日本のことにも興味があるみたいだし。何せ、彼のサイトの日本の写真が何か、懐かしいような、まあ、おもしろくて。。。ああ、東京に住んでるのか、と、思うと天気をチェックしてみたり。とはいえ、リモージュは全く天気が違うはずだけれど、でも、東京みたいに曇り、後、雨でしたよ。ふふふふふ。なので、今日は傘をさして学校へ。 後は、コロンビア人の男の子と少し話しました。引きこもり生活のせいで、私のフランス語、すこし、落ちたわ。泣。これでは、帰国後はどうなるのだろう、、、と、不安ね。 まあ、しかし、コロンビアにはたくさん、貧しい人がいるのだよ、というような話をしました。貧富の差が激しくて、お金のある人 は貧しい人に全く親切ではないよ。みんな見てみないふりで、クールに生きてるよ、、と、そんなことを話しました。 後は孤独。フランスに来たばかりだとあんまり、話し相手がいないから、とか。私の場合、来たばかりのときより、今の方が、話し相手、減りましたが。何ででしょうか?確かに人間関係に積極的ではないが。 ともかく、フランスは明日からバカンス。でも、私、リモージュに残り、こつこつ、勉強、がんばります!!!
Feb 11, 2005
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軽く、喉に風邪をひいてしまいました。なので、お茶を大量に摂取しております。やっぱり、風邪は早めに治さないとね。 さて、私の脱線した勉強は好調で。。いい加減、レポートの本を読み、まとめをやらねば。。。と、いう感じですが、どうも、いろいろな本を読みたくなってしまう。 そこで、気にいった一節の引用です。 Whenever I'm sad I'm going to die,or so nervous I can't sleep,or in love with somebody I won't be seeing for a week,I slump down just so far and thenI say:I'll go take a hot bath. 思わず、この節を読んで納得してしまいました。しかし、やっぱり、訳をつけなくてはいけないのでしょうか? とても、自信がないです。 「私が死ぬだろうと悲しくなるとき、眠れなくていらいらする時、一週間,会えないであろう人に恋をしている時、これ以上ないほどにうなだれてしまった時、そんな時はいつでも、こう言うのだ。:熱いお湯につかろう。 何だか、わかる、、、と、うなずいてしまった。とはいえ、私の場合はシャワーを浴びに行きます。何だか、ほっとするのですよね。一人で、他の誰かに覗かれているわけでもなく、落ち着いて、肩の荷をおろすことができる。そうして、納得して、付箋をはる。ちなみにこの作品のタイトルと作者。。作者はsylvia plath、女性でして、そうして、感受性が強いのです。特に詩を書いていました。それから、タイトルはThe Bell Jar。 日本でも売ってます。本屋さんで、この作品を見つけました。日本の。えーと、渋谷のブックファーストで。そうして、立ち読みをしていました。日本を発つ直前です。しかし、立ち読みで最後まで行くことができず、、、無念、、原書で読んでいます。 今日はとりあえず、勉強です。この本も読みながら、課題の方をやらなくては。最近、言ってしまうと、自分のやっていることがよく、わからなくて、困っています。昨日は少し、課題をまとめてみましたが、何だかしっくりこない。しかも、部屋の近くでドアの取り付けを一日中のようにやっておりまして、なんとも、居心地が悪く過ごしておりました。しかも、昨日は人に会うのが、、人に見られる、、と、いうことが、特に嫌だったので、トイレの前で作業をしているおじさんがたの存在がどうも、疎ましくて。。話し掛けられるのも嫌だったし。。長いフレーズは耳から抜けていくし。 実はたまに、対人恐怖なのです。バイト先、、とか、は、特に。お客さんには愛想がいいのですが、周りの特に上の人とか。私の犬はとても小さくて雷に怯えたり、お母さんが怒っていると、ぶるぶる、震え出しますが、、私も感情的になっている人を見るのは苦手なんです。だから、下の人に当たる上の人がいたりすると、思いっきり白めで、、どこかしらけていて、つきあいきれなさを感じてしまうのです。私はよく泣くし、悲しくなるが、めったに、怒らないのです。なので、怒っている人を見ると、笑いたくなるような、泣きたくなるような。そんなわけか、わざと、人を怒らせることもあります。人が怒るとき、その人の顔の筋肉を見ています。ほんの少し、スケッチがとれたら、なんて・・。でも、絵が下手なんです。 そうして、人が怒っていると、何故か、便乗して、私も怒り始めたりします。理解不可能ですが、何だか、まねをしたくなるのです。それに、泣いたり悲しむよりも、怒るほうが、楽に思えて。。そう思うのですけれど、上手く怒れず、、だから、怒っている人を見ると、皮肉な滑稽さと、恨めしさと、羨望とが混ざり合います。
Feb 10, 2005
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実は、昨日、パソコンがつながらず、いらいらしておりました。午後は学校に行き、友人と会話をし、でも、話をしていると、何だか、少し、虚しくなるのです。その友人は着々と論文の準備をしていて、「最近、どう?」と、聞くと、「順調」という答えが返ってくる。まあ、若干のアドバイスを受けました。 そうして、昨日のタイトル・・・すいません。訳を忘れました。「私はただ、忘れたいの」と、そういう意味です。 本当にこの頃、昔から、ずっと、延長して、抜けています。論文の内容も、将来、何をしたいかも、・・あいまいで・・けれど、今日、シャワーを浴びながら、おそらく、私はあいまいの方が好きなんだろうなあーーー、と、思ったのです。例えば、胸の中に苦しみがあったとして、それを誰かに言うことで、楽になるのだろうか?私の場合は、決して、その答えはイエスではなくて、相手によりけりなのです。どこかで、話を聞いてくれる人が私と共通の部分をもっていなければ、私は上手く、表現ができないし・・・そういった場合、あいまいなものをあいまいなまま、相手に届けるかのようなそんな感じです。 何度も精神不安になり、私はよく、理由を尋ねられました。でも、理由は上手く、口にできない・・、ただ、胸を締め付けている、、、と、言ったことが多かったのです。 さて、タイトル、隠しながら、隠し切れず・・・何のことでしょう。 ホストファミリーから、そろそろ、訪ねて来なさいよ、と、お声がかかって鬱になっているというのもある。大学にて、私を隠さなくては、と、必死になっている、と、いうのもある。 私は衝動を抱えています。そうして、決して、明るい人間ではないこと。私は私をよく、知っているようです。私の頭は無数に分裂しそうです・・・。 友人と、話しながら、自分がどこか、弱くなってしまった、気がしました。 幾つかの過ち。例えば、自殺未遂のようなこと。もしくは、男性との関係のありかた。性的なことに関する考え方は、モノのようで、軽くて、時に耐えがたく・・・私は吐いてしまいたい、と、思いました。 語らない、という現状の中では、頭の中で、声が響いてしまうのです。 私は私を心配する仲間達に対して、時に、切れてしまいたい、と、思いました。私は心配の為に、嘘もつきましたし、自分を裏切りもしました。心配されるので、私はまともなフリをしようと。けれど、重要なところでは、私は私のことなど、どうでもよいのです。 私は夏のある日にいました。常に母親や祖母と一緒に。衝動を恐れて、一人でいることは許されませんでした。 自分のために生きられるのなら・・と、思います。将来を不安に思いながら、しかし、何も、欲望が浮かばないとき。 昨日は実は、朝から何も話したくなかったのです。会話をすることが苦痛でした。興味のないことに、はい、と、いったり、いいえ、と、言ったり・・・。その二つで済むならばいいのですが、それ以上、何かを言うのは苦しいのです。空虚な私の内面が透けていました。疲労が朝の光の下で横たわっていました。 今日の朝、レポートを進めるため、詩をよんでいました。死に関するものです。その詩の中では、存在の不確かさ、そして、それが、崩れていき・・・そうして、さらに、再生があるのです。私の中にもそういった、再生があるのだろうか、と、思いを馳せました。無数に私は崩れていき、それから、息をし始める。 やはり、そういった、壊れて、再生する様は存在するのだと、私は思います。私はたくさんの悩み事に崩れ、嫌悪感に肩を叩かれ、時に自分の弱さが嫌いで、涙を流す自分を嫌がり、あいまいにしか言葉を発することができないのが嫌で、自分の声が嫌いになったり、そんなこんなで、一歩も進めないことがあるのだけれど、結局の所、生き続け・・・時に、心を震わせて、綺麗だ、と、いったり、美しい、と、言ってみたり・・・・ だから、私は目に見えず、自分の存在の不確かさの中で、無数に死んでは生き返っているのだと、本当に実感しています。 さてさて、しかし、ホストファミリー、どうしましょう。一度、駄目と、思うと、どうも・・・・・・。悪い人たちではないのですが、真面目でして・・・・・・。
Feb 9, 2005
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ラジオを聴いていると、「私、何もしたくないのよ。」という内容の曲が流れてきました。私は昼食をとりたくない。等、エトセトラ。思わず、同感してしまった。というのも、何だか、何もしたくない、本当に怠惰な午後を過ごしてしまったから・・・。 今日は母親から電話がありました。思わず、嘘をつく。「シャルトルの女友達の所に行っていたのよ。」と。先程まで、その女友達とはチャットをしていました。って、JFじゃない!?この人を女として扱うのには問題がある。 母親の仕事のこと、聞きました。首にされかけたって、言ってた。 そういえば、と、思い出す。この人、仕事や悩み事について、あんまり言わないのだが、ヒステリックになるなあ。なので、いつも、よくわからない、意味深発言をするのです。本当に。それは、私の心の中でコンプレックスになっているのですが。「お母さん、いつ、仕事、駄目になるからわからないから。」とか、言うのです。「いつ、死んでも、大学の分はお金、貯めたから。」とかって、おい!!!!いつも、無視していました。何だか、母親の意味深発言は本当に私を不安にするから。 JFとのチャット。体ごと、ぶつかっていけるような、いけないような。やっぱり、フランス語のせいですかね。 そうして、友人Tはただいま、旅行中。私もまた、旅行したいです。電車に乗って、離れていく快感、味わいたい。 明日は、授業が二つ、あります。しかも、朝一と、夕方の・・嫌ですね、この組み合わせ。私の通う大学はどうも、居心地が悪いのですよ。食堂はご飯の時間しか、空いていないし。図書館では、コーヒーを飲みながら、雑談、勉強というわけにはいかないでしょ。かといって、空いている教室なんてないし。もう、教室が足りないのでは。と、思われるのです。足りないというか、構造がおかしいのです。おそらく、たくさんの生徒が受けるだろう授業にいくと、よく教室が狭すぎる。狭いので、そこから、新しい教室を探し出す・・・などと、いうことが繰り返される。 日本の大学はとても、居心地がよかった。 そうして、大学の周りに何もない・・・。・・・・。ううううん。 シャルトルにいたときも、シャルトルの街につくまで、ひたすら、緑、茶色の畑ばかりで、どうも、フランスって・・・未だに慣れない。 初めて、フランスに来た飛行機の中から。。フランスを眺めた感想。「おっ、さすが農業国!!!」というような感じ。 そして、そんな大地では、スピード、出しまくっているのですよ。自動車が。何だか、北海道みたいなのですが、みんな、なかなか、運転が上手くて。 嫌だ、と、嘆きながら、明日、大学に行ってまいります。
Feb 8, 2005
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人はどうやって、話したらいいか、というようなことを抱えると、とても、早口に話したり・・・するようです。私はいつも、話したいことを抱えているのかもしれません。そんな時の自分の声がとても、虚しく響いて嫌なのです。 JFと話していると、二人共、孤独のような気がしてきます。友人の枠からでない、という約束をしました。時に私が彼にとって、魅力的であることを私は知っています。もちろん、私はここでは、外人であるし、そういったことも、少なからず、影響しているでしょう。 ワインを飲みながら、私はいろいろ、暴露していました。「実は君の友人のことが、私はなかなか、好きだったんだよ。」 それは、彼の親友のことです。彼はそうだったの?と、言い、そうして、「彼にそのことを言っていい?」・・・・・・。それは嫌だ。 私がJFとあった頃、滞在していたベルジュラックの家。私のなかなか好きなお兄様はいつも、とても、親切でした。彼と話せば、それは、全て、冗談のようでした。私も、すこし、角度のとがった冗談が好きなので、お兄様の冗談に乗り、しかし、その冗談からストンと、真実の中に流れていくようなそんな感覚がありました。彼はいつも、彼自身を隠しているような、そんな気配を漂わせていました。私も男だったら、彼とは親友になれたのかもしれません。 時に、自分の好きな異性と、親友になり、同じ性として語り合いたいが為に、私は男になりたいのです。私の心が男性を理解し、受けとめるのは、可能ですが、安心して心を預けてもらえるような形を私は持っているのでしょうか? 私は私の深い部分をどちらかといえば、女性に話してしまいます。性のなかで、考え事をしている。持っている体の中で、悩んだり、考えたり。 だから、私はJFとは友人ですが、彼には彼の男友達がいて、そこでは、また、違う会話形式が気付かれているのです。何だか、それが、羨ましくて。 私の好きなお兄さん、日本に住んでいて、いくらかは日本語が話せる彼・・・・とも、また、友人でいたいものです。が、友情はどこまで、続けられるのか、異性ということに、不安を覚えたり・・・。 人間として惹かれているのか。それとも、やはり、異性なのか、あいまいです。あいまいだけれども、あいまいのままでは不安なのです。 今日のリモージュは晴れています。また、この街に戻ってきてしまいました。この街一つにしても、この空間だからこそ、思うことがあるはずです。私はリモージュを離れるときは、なかなか、いきいきします。電車が走り始め、ものすごいスピードで私の街を離れていくとき、何だか、ほっとするのです。 リモージュでは、リモージュの垢がたまります。パリではパリの。日本では日本での。 空を広い、遠い、と、感じたり、もしくは、それを、狭いと感じたり。広がる距離がネクタイを緩めるように、私の呼吸を私の狭い喉から解放するようなそんな感覚を覚えます。 けれど、自分の家から離れるのは、とても、恐いのです。やはり、そこに戻りたいと・・。なので、私の狭い部屋。私の雑然とした空間・・・嫌だと思いながら、結局、好きなのです。 さて、今日のタイトルから、とても、離れてしまいました。しかし、その理由を述べることなど、可能なのでしょうか?体の底から恐い。のです。誰かを愛したり、愛するフリをしたり、愛が終われば、時に、それが、本当の愛だったのか、もしくは、単にフリだったのかが、区別できなくなったり。ただ、恐いと言ってしまっていいものだろうか?愛ではなくても、愛しさは、あるかもしれない。。。と、妄想する。妄想し続けています。 将来、こういった妄想が形になるといいのですが。
Feb 7, 2005
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怠惰な眠りをむさぼっていました。起きる気力がなく、JFに起こされました。お母さんみたい、と、いうと、JFは「私は君のお母さんでも、お父さんでもない。」と。でも、そんなことを言われると、余計、ふざけたくなるのです。「ぱぱーー!!」とかいって。 私は本来、流されやすい性格で、自分のことは大事にしないし・・・というわけで、説教をされるわけです。嫌ですね。説教。そうして、嫌なので、逃げるのです。どんな手を使っても。まず、耳をふさぎます。 本来、私は寄生虫として、生まれたのでしょうか?人の家のかってを心得るのが早く、そうして、他人の家が好きで、自分のスペースから逃げるために、よく、他人のスペースを利用します。 とはいえ、友人Tは旅行中。しばらく、私には逃げる部屋がありません。うーーーん。その代わり、勉強がはかどるでしょう。 そうして、どうしてまた、他人のものが好きなのでしょう?他人の彼女とか!!??JFの昔の彼女の写真が壁にかかっていました。そうして、何で、この二人が別れたのか、またしても、謎なのです。私の好みとしては、また、くっつけてしまいたいわけなのですが。今でも、二人は仲がよくて、彼女は彼の家に来るみたいだし、食事もするし、これといって、問題はないようで・・・しかも、七年という年月!!何が問題なのだろう。日本の常識の中では、二人はとても、あいまいなのです。ここが日本だったら、と、私が言います。「君は彼女と結婚して、きっと、今ごろ、子供が一人ぐらいできてる、と、思う。」私が子供なのでしょうか?彼は、ともかく。「そうかもしれないね。」と、言って、終わる・・・・・・。 謎です。謎ばかりです。 とはいえ、無事に家につきました。もう少し、話をするのと、後は詩を勉強したかったのですが。ともかく、今日は休み、そうして、明日からまた、勉強です。
Feb 6, 2005
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本当は、シャルトルに行きたいのではなく、ただ、リモージュから脱出したいだけなのかもしれない、などと、考えていました。 駅でJFと待ちあわせ。もし、奴がいなかったら殺す!!と、頭の中で妄想。パスポートは持ってくるの忘れたし、まあ、お金は少し持っているけれど、しかし、いなかったら、殺す!!と、本当に思っていたのですよ。 私は男のようで、女のようなそんな存在です。特に女性が好きとか男性が好きというのはないのですが、両方を兼ね備えてしまっているようなのです。なので、時にセックスに関して、男のような感性を持ち合わせている。 そんな私、JFにとって、不思議な友人のようです。JFが寂しいといえば、私は私で酒を飲み始める。チャットをしながら。さーて、君の孤独とやらに追いついてやろうじゃないか!!、という感じで。 日本にいる頃は遠山の金さんのような話し方を少しはしていました。半分は滑稽なのです。女のような声でてやんでえ口調なので。 さて、車を走らせ、シャルトル。説明つきで。 例の聖堂の青は綺麗でした。でも、正面のガラスを見ることができなくて、まぶしさは半減。二人でガンガン、歩いていました。そうして、靴が壊れ、その場で、直してもらう。 一度は行きたいと思っていたシャルトルです。リモージュより、少しは都会のように感じました。でも、どうかしら??街自体は小さいみたいです。 そうして、夜はワインを手にくれていきました。
Feb 5, 2005
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明日の朝の電車でシャルトルに行ってまいります。そうして、日曜日の夜に帰ってくる予定です。この街、とても、小さいらしいのですが、ともかく、大聖堂でとても、有名。入ると途端に青い光がまぶしいらしい。もう、目が痛いほど!!! しかし、先生との約束も抱えている私。一体、何をやっているのだろう??・・・・・・。 しかし、これも、勉強と思おう。何せ、文学なんてやっている私、どんどん、実際にあるものを吸収せねば。それに、フランスのことがだんだんわかってきて、嫌だーーー!!と、感じてしまうことの多くなった私。そんな私もフランスの町並みや建築を見ていると圧倒されてしまう。そうして、フランスにブラヴォーを送りたくなってしまう。それは、衝撃のようなのです。 初めて、フランスに来たその日、タクシーの中からフランスの町を眺めました。 田舎にいっても、寺やお城がすごい。どんなに田舎でも、それなりに見るものがあること。そこは、フランスの素敵な点です。 今日は大学にまた、行ってきます。何のために?何て、感じてしまいますが、しかし、今日は私の担当の先生。お茶目?で、そうして、頭の線が十本くらいは飛んでいそうな人なのです。行かないわけにはいかない。いつものようにバスで参るつもりです。でも、日差しが強いのですよ。今も、背中が熱い!!!どうして、こう、フランスは乾燥していて、そうして、太陽光線が強いのでしょう?? とはいえ、そんなわけで、また、お出かけを軽くしてきます。フランスの鉄道を使うとき、私は12歳から25歳の人のためのカードを使って切符を買うわけですが、これがとても、便利!!半額くらいで買えるのですよ。切符が!!素晴らしい!!!! そうして、明日は早起きをしなくては。とてつもなく、不安である。 三月にはイギリスに行く予定です。お得情報待っています!!
Feb 4, 2005
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最近、やたらと、塩分をとりたくなる私です。これは、日本人である宿命なのでしょうか?それとも、ただ単に疲れているのでしょうか? 確かに疲れています。パリを離れ、すぐに、何が私を待っているか予想がつきました。勉強をしなくては・・・半分、焦り。ひい。今日も、結構、勉強なるものをしていました。授業にもでましたが、ちんぷんかんぷん。しかし、マルチメディアの話をしていて、先生が「ポケモン、デジモン」と、言ったとき、笑えました。本当。 明日は私の担当の先生の授業です。 半分、疲れながら、授業に行ってきます!!! 気合を入れなくては・・・・・・。
Feb 3, 2005
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最終日、シャンゼリーゼ、モンマルトルに。オペラで美術学校に潜入したり。 この日、やっと、気詰まりが解消されたのかもしれません。毎日、文章を書いていれば、自分の考えていることがわかりやすいのですが。 けれど、言えたと思っても、何だか不消化。やはり、自分の考えていること、感じていることが、まだ、言葉にしきれず、この違和感が何なのか。 はじめの日の恐かったことを話しました。 私は孤独だったのかもしれません。どうしよう、それは、私の焦りだったのかもしれません。 彼女は体の調子が悪くて、そうして、精一杯で。しょうがない、と、わかってはいるものの、しかし、あの時に感じてしまった自分自身を拭いきれず、しかし、その寂しさが何なのか。 かわいそうと、言って欲しかったか? それは、単純な言葉だと、飲み込みきれず・・・何かが、合わさらない音がしました。 黒人さんたちのことにしても、自分に対する、侮辱やら何やらが許せないのではなくて、人間の体調よりも切符がどうといっているその神経やら、それから、同じ黒人として生きる一生懸命な人たちに対して、そのエセ警官が失礼な気がしたのです。おそらく。 その頃、実は私を尋ねに一人の友人が寮にやってきていたようです。そうして、私はその友人のことも考えていました。彼女の名前が私の頭の中にありました。彼女の中には痛みのようなものもありました。私の劣等感やら、焦りを彼女は知っています。そうして、彼女は彼女自身が黒人であること、を、とても気にしていて。 たとえ、私と彼女で話し合ったとして、何も解決しないことは分かっています。けれど、私が彼女の痛みを知っていて、彼女が私の痛みを知っている・・そのことが大事なのではないか。なんて。 結局、何がいいたいのか探索中。でも、まあ、何とか、笑顔で別れることができました。再会を約束して。
Feb 2, 2005
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この日の朝は気分があんまり、すぐれませんでした。昨日の出来事が頭痛のようになっていました。友人は風邪をひいていました。 何だか、不消化がありました。言いたいことがまとめられないのです。 絵を見にいきました。ギュスターブ・モローの。ぼおっとして、見つめることはできずに。でも、駅の前の教会はとても、綺麗で、道を歩きながら見とれて・・・。 この日は歩き回りました。 オペラの方向に。。日本人が日本にいるように、ラーメンを食べ、漫画を立ち読みし。でも、目的も。それは本を買うということだったのですが、シルヴィア・プラスの本を買い、かばんが重たくなり・・ この日、少し泣いたので、家が懐かしくなって。。。 少し、母親のことを思い出しました。 私はパリの街の街角やら、目印やら気がつけば、覚えていました。毎回、この街の建築やら、メトロの入り口やらが、洒落ている、と、感心するものの、私の足は方角を知っているのです。たまにしか来ないのに、そこは見知った街のようでした。 どこの街にしても、私をつかんでしまうようです。自分があまりにも小さくてよく、不安になりますが、でも、まるで、それを打ち消すかのように、ガンガン歩くのです。風が髪にあたります。いつしか、私の髪はライオンのように伸びきっていました。 寮に帰って、彼女と再会。部屋の一緒だった人も含めて飲みました。昨日のことは言い切れず、心にシコリ、抱えて。複雑に、ワインを飲みながら、またしても、複雑に。「おいしい。」と、言いながらも、半分は酔いたくて。酔いたくて、飲みました。もう少し、元気だったら、もっと、飲めたのに。なんて。思いながら。 幾つかの今日の話。それから、考え方。 でも、頭を使うことは、どうでもよかった、の、かもしれません。 買ったばかりのCDを彼女のパソコンで聞きました。それは、綺麗で切ないメロディーでした。
Feb 1, 2005
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