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むかついて、赤裸々に書いた文章にエラーがしょうじ、なら、いいわ、と、書き直し。だから、気分を変えて。そうね、今日、家を出てきたのも、気分を変えたかったのだし。家の中にいても、ワインを飲んでそうだから、それなら、と、私、出てきてみたの。少し、うんざりというのもあるかも・・・。 学校まで、今日は、それに、年内、図書館があいてるのが最後の日だから、決断といわれても、私にはできないわけだけれど、それでも、いいわ・・・少し、体を押してついてしまいました。ここまで。シェリFMを聞いています。少し、懐かしい。 便利になったのは、机を買いました。小さな勉強机です。正座して勉強しています。今までどうやって、生活していたのだろう、そっちのほうが疑問だな。こうして、部屋のスペースは狭くなっていくわけですが、まあ、いいとして・・・。便利な生活をこれから、心がけましょう。 学校もしまるので、ほんの少し、私、いません。存在しているのですが、パソコンのないところに、卒業論文も手書きです。よい、お年を。おそらく・・・よい、お年になるでしょう。
Dec 28, 2005
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親切な人々というのがいる。私にとっては迷惑な話でもあるのだが、親切な人々は私の読む本を選ぼうとする。たとえば、私の母は「O嬢の物語」が嫌いで、ニーチェが嫌で、「私はうつ依存症の女」が嫌で、デュラスの「ラマン」が、嫌である。そうして、私のホストファミリーはシオランが嫌いである。私が通っていたフランス語学校の先生は、私がシルヴィア・プラスを読んでいるといえば健康に悪いといい、ナタリーサロートの「生と死の間」を読んでいるといえば、「今すぐ、やめなさい。」と・・・そうして、今回はテレビジョン。ジャック・ラカン氏のテレビジョンを読み終えた。私のフランス語の先生はジャックラカンは、あまり、健康によくない、という。が、私は自分の健康を気にしたことがあまり、ない。そのせいなのか、うちのママンは、私に電話をするただ、それだけのことに、私が煩わしさを感じると「生存確認」と電話をかけることに名前をつけ、堂々と、何時であろうと、かけてくる。一体、私はそこまで、不自由なのか??と・・・。 土曜の学校。人はまばら。できれば、NRJラジオ、CHERIE FM 等、アンテナをフランスにつなげて聞いていたいところだが、あいにく、それができるパソコン室はしまっている。最近は、一日中、学校にいることが多く、一日に数回、あくびを食べたり、あくびに食べられたりしている。 頭のアンテナは、そうして、いくら、天井が高いからといってうまく、のびるものでもなく・・・ただ、家にいて、だらだらするのが嫌だから、布団ににげて、そこで、実に自分自身がかびとして、、布団に生えていくのが嫌だから・・・そう、布団において、考え事をすると、考え事って、きのこがはえるみたい。私は熟成したチーズのようにかびだらけになって・・・けれど、それは、目を覚ますことなく、生えていく。目を覚ましたときに、それを、そのまま、写し取るわけにはいかない。おそらく、考えていたことというのは、夢でしかなかったのではなかろうか?? それが、嫌で、寒いと愚痴りながら、無理に自分にコートを着せ掛ける。元来、鬱の症状を持つ私は家から出られるだけでも非常にほっとする。なにか、とんでもないものから、逃れてきた、そんな気分になる。一日の始まりがすでに、戦いだ。 さて、テレヴィジョンに話を戻すのならば、なぜ、私がこういった本を読んでいるのかと、いうと、それは、私の所属するゼミと非常に関係をもっている。非常に難解な記号のような本。けれど、魅惑的な・・・やっぱり、チーズ?のような・・・。いいや、それよりは、プルーストのマドレーヌの話の方が近いだろう。 私はこれを、一気に読んでしまう。わかるところだけ、抜き取っている。わかるところ、というよりは、気になるところを抜き取り、そうして、角度を変えてみる。それには、学校の大きな机が非常に適している。差し込む光のなかの時間の推移、私の視線は変化の中でさまよっている。 それらの本は、聞こうとして目を閉じなければ聞こえない言葉のようだ。 そもそも、私はデュラスをやらなければいけなかったのでは・・・??そんな、声も聞こえてくる。論文を書くというのに、配線をきってしまったかのような私自身。手は地上に、机の上にあって、必要な考え事は天井の上・・・ もう、すでに、分離している。 友達も実家に帰ってしまう。急に、そんなことが、悲しくなってくる。 もしかしたら、これが、ヒントになるかも、と、論文のノートはぐちゃぐちゃになる。もしかしたら、もしかしたら、と、未知のパズル。障害はもちろんのこと、論文の形式。これが、いい、と、思うたび、原典はどこにあるのだろうか?とか・・・ そうして、テキストの中で、迷うたび、今日は、、先生方のいる建物のほうをうらめしげに、眺め、、「おーーい、何とかしてくれ!!」と、先生のことを想った。何なんだ、langage と parole の違いは?とか。毎回、地下鉄に乗るたびに、象徴界、現実界、創造界が成り立つための、かくかくの間のバランスはどうなっているのか??とか・・・めちゃくちゃな私はさらに、、対象をめちゃくちゃにしている、、その現実がやってくるのが、たいてい、最寄の地下鉄に吸い込まれるときなのだ。一体、ひとつの場所である考え事をすると、そこで、同じことを考えるのが癖となってしまうのであろうか?それを、何とかするために、ノートがあって、テキストがある。正直、私は何も書きたくない、と、思う。書きたくない、と、今日も言った。私のつまらない考えなど、という・・・気持ち。けれど、最近は、名の知れた人の論文とやらを読んでもつまらない、これでは、私の問いに答えたことにならない、と、思ってしまったり・・・それでは、つまらなさなんて私だけが抱えるものではないのだし、別にいいではないか?気にすることはないのではないか?と、思う。 本当は気にする必要など、ないのだ。実家から、頼んでおいた「愛人」の原典がきたら、さっさと、とりかかってしまえばいいことだ。それなのに、規定の200字詰めの原稿にはなれないことから来る気持ち悪さを感じた。
Dec 24, 2005
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夢を見た。見るとすぐ、メールが打ちたくなった。けれど、返事が帰ってこなかったら、と、考えてやめた。また、よこになると、同じような同じ人の夢を見ていた。その人を探していた。もし、そのとき、そのような期間に出会わなかったら、ドンジュアンはドンジュアンではなく、ただの、そのへんにいる、流れ者の遊び人でしかないんだ。ただの、男でしかないんだ。 夢の中で、何もこのようには、つぶやかない。彼が誰であるか?そんなこと、私は知っているようで彼の髪の色を見つけ出す。迷っているようなフランス語を見つけ出す。 眠ろうとすると、話しかけたいことが、わんさか、わいてくる。本当は、誰でもなくて、君に話しかけたかったのに・・・いったい、どうして、私の周りには・・・でも、しょうがないこと。もうすこしで、「いい年を」と、そのくらいのメッセージは打つかもしれない。忘れちゃいないのだから。 でもって、題のとおりに従えば、リモージュでの日々に際して、補足説明をしなくてはいけない。手紙を書こうと思っている人がいる、という・・・忙しくて・・それもある。けれど、今の私の生き方がどのように、その人の目に映るのだろうか?と・・・これも、ひとつの生き方と認めてくれるのか?と・・・。しばらくしたら、手紙を書こう。そのメッセージは、ただ、その中に。
Dec 24, 2005
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昨日は、ごく自然の成り行きといえば、そうなのだが、一日中、腰が痛かった。故にライスココアダウン。部屋から出る気はまったくなく、痛み止めの薬なんてものはない。だいぶ、前に友人からもらった林檎を朝食代わりに食べる。あれは、一週間前の出来事だった。 腰が痛くなるたび、無駄なことを考える。何かの罰が当たったのだろうか??とか・・・腰が痛くて、空腹も満腹もわからない。おなかも腰もくっついて、どちらが表面、何もない。ふとんをかぶり、ストーブはつけっぱなし、ジャズでただ、目を閉じ、イメージが広がるように考え事ばかりしていた。
Dec 24, 2005
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しばらく、バイトをお休みすることになりました。バイトをしていて、考え事が進まないのも、睡眠が不規則になるのも、どこか、体が痛いのも、しばらくは、なしです。
Dec 22, 2005
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実験として繰りかえすことがある。強制的に一つのことを書くこと。見ているほうはまったく、そんなことは、面白くない。けれど、書いているほうは・・・それらが、結局、かかれないさまを目のあたりにする。それらは、書かれない。書き手は自分の外の力を必要とする。 打たれた頭の内部に戻っていこうとする。自分自身に近づくこと。記憶が潜在的な体の無意識の意識に漂っている。いいえないようのない言葉のあいまいさに、漂っている。見つけようと・・・けれど、砂浜にたどりついた瞬間、夢から覚めるように、それらは、分断されてしまう。
Dec 22, 2005
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不安を抱え始めたのは、かなり、前の話だ。リモージュでは、それが、明確に現れてしまった。隠せない私というものだろうか。私というものが、内面が出来事では隠しきれずに、巨大化されて実体以上に、そうして、不安に陥れる。事実、芸術家についての記述、都会では芸術家は技術を学び、そうして、田舎では、その本質を磨くのだそうだ。私は本質を磨くことに関しては怠け者だった。今は、都会に帰ってきて、面白楽しく暮らしている。記憶は常に、頭が打たれたような状態。だから、接続しない。努力をしない私がうまく、生活に埋もれていく。私の言葉がわかりますか?小鳥の息の無意識をもはや、聞かない。それなんて、ないように。かけぬける・・・。文章も分裂的になって・・・日々が記号のよう、バイト、バイト、学校、バイト・・・睡眠は四時間、それでも、クラブ、ライブ、時間がなくて、映画がない。悲しみ?感じない。砂漠のように、表情を失って・・・私は一人のウェートレスで、誰かの傍ら・・・ 田舎に帰っても、本当の意味で私を思い出せる人がいるような気がしない。自分の顔とは時々にだけあらわれるものなのだ。だから、私はそれらの日々を思い出しても、彼らが私の顔を知っているように思えない。おそらく、帰らない。今は、まだ・・・。 北海道のような場所だ、と、私は思う。なかなか、帰らない場所。記憶の中で、たどりつくことはある、けれど・・・現実には。もう、長く、東京にいるように。
Dec 22, 2005
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それならば・・・青い空を眺めながら逃げてしまいたくなる衝動をかかえ、仕事があるから、無理ですね、苦笑いをかわしながら・・・「少し、休みましょうか。」と、私はいった。つまり、今日から、実質上、休みなのである。というのも、論文についての下調べ、それを書き上げるための休みである。卒業論文の後にはジャックラカンのレポートが控えている。「それならば。」私はその言葉を持ち歩き、ポケットの中で握り締め、放しながら、結論を出した。バイトをしばらく、休もうではないか??そうして、それは、決定された。 もちろん、その日の先生との会話もある。正直、私は卒業論文がとんでもない一大イヴェントとは思っていなかったのもある。思っていなかった。先生に口頭審査でもう一人、つく先生は誰がいいか?と、聞かれ・・・その気配に何となく・・ 今日も青空、そういえば、と、私は過去のイヴェントを思い出す。入学式やら、卒業式、・・・特に思い出はなく、何も感じず、成人式なんて、いかなかった。卒業式には袴を借りなさい、って、母がいうものの、私にはまったく、その気がないのだ。それくらいだったら、私はどこでも着ていける、少しおしゃれなスカートを買うことだろう。そうしたら、卒業論文というのは、私にとって意味のあるイヴェントにもしかしたら、なるかもしれないのね・・・って。審査が終わったら、もちろん、シャンパンか何かでしょう。誕生日がその日のようになるのでしょう、と・・・空想した。 参考資料を買いにいく。すぐに、貧乏性になる。疲れていて、街の景色を見ていない。何も・・ほんの背表紙ばかり。欧明堂という本屋さんにはじめて、いく。いきなり、ドンぴしゃり。たいがいの、ドキュメントはそろう。O・K.私がサヴァサヴァいっている。おなかが空いていることを忘れ・・気づけば二時。 また、来年ね、って、思い出したの、フラメンコの授業、それも、また、さびしい。ついていけないステップに論文のことを考えていて・・・考えているばかり、あっさり、資料が見つかるなんてね、何かを見落としたような軽い鈍い驚き。 一日の中で、記憶が混在して・・・ そう、不安についても、結局、結論は書いていなかった。それこそ、ありふれた不安なのかもしれない。探せばだけれど・・・。
Dec 22, 2005
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今日の朝の一げんめは私が行きたくないと、いつも、ベッドの中で、愚痴ってしまう永井荷風の授業。でも、その後にフラメンコがあるから、と、持ち運ぶ袋の中身は靴とスカート。それらは、黒い。当たり前のような話だけれど。重たい荷物。いつも、少し遅刻気味。正直、まじめな生徒とは言えないかもしれない。そのような意味において。大量に書いたレポート。それらは、シュレッターにかけるのと同じ速さで書かれ、そうして、忘れ去られている。私の特等席もある、それぞれが、決まった場所になぜか、落ち着いた場所にあきもせず、座っている。「フランス物語」についてやっているので、フランスでの日々について聞かれる。「鬱々とした・・・」と、私は冬の寒い木々の間、葉っぱがなくなってしまったその寂しさ、その隙間を思い出す。何度も、ピアノではショパンをひく。その年。ショパンのあの優雅な陰鬱さの中にこそ、私は入り込める。 けれど、私は適当に話してしまう。そもそも、私はこの授業の時間を利用して、やっぱり、不真面目にもモーリス・ブランショの「文学空間」を読んでいたのだ。作家の書くという行為の中に現れる現象がかくかくによってどのように表現されているかに興味を持っていたというのもあるし、私の卒業論文のテーマの一つとしては、もちろん、デュラスについてなのだが、彼女の文学空間があげられる。が、その文学空間はその作家だけに限られたことのように思われて、が、そうでもなく、あらゆる作家に共通する体験である。そのキーワードが、たとえば、狂気、死、絶望、孤独など。それら、キーワードを連想することは容易なことで、が、それを、具体的にいかに、書き表していくか・・・そのヒントとして、ブランショを読んでいた。が、彼の書き方はあまり、好きではない。作家の孤独のその内側というよりは、外側から見て入った書き方のようだ。だから、彼は、カフカについて書き、ヘーゲルについて書くことができるのかもしれないが・・・。 その前に私がバイトをしすぎて感覚を消失してしまったのもある。それでも、私だ。酒を飲んで、酔っ払って堂々とたち、リズムをつかみ、踊る私は私を見る人々の目に私として意識されているのにもかかわらず、けれど、私である私はその像にしがみついている。不安でしょうがない・・消えてしまう影のように、それらが、ちらつく。 どんな夢があるのだろう?バイト先で私の大学の先輩だった人がいた。肉体労働の中にまぎれて彼は、、本心など語らない、いつも、屈託のない笑顔で・・・そうして、私はどうするのだろう??大学生四人、バイト仲間、何をやっているのか、、、軽くやった。音大生は言う。一クラス12人程度、テストのほかに実演がある。ある人はいう。私の勉強は一人ではできない、共同作業だ。 みんなが違うことをやっている。私は一人。怠けていると、どんどん、太ってしまいそう。眠りばかり、テキストの間にうずくまってむさぼってしまいそう。 青い空を見つめながら、それならば・・・と、私は言った。
Dec 22, 2005
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つまり、フランス語のプリントを読み終えたということです。一日、休みがあると、集中して一冊、洋書を読み終えることもできるのですが、しかし、なかなか、そうもいかず。しかし、まあ、ともかく、居眠りしながら、難しい、単語を調べるのが面倒だと愚痴りながら、終わった!!!!こないだ、授業を聞いてわからなかった図式も偶然、読んでた本にのってたしね。これだけが、書きたくて、タイムリミットで学校でねばってました。
Dec 20, 2005
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最近の私の印象はストーブにしがみつく私でしたが実は、一週間ばかり、寒くて、暗い部屋に住んでいたのです。それだけ、書きたくて、、、付け加え。友達のホームページやら、見て、元気になりました。ただ、一日がどう、過ぎていくのだろう、と・・・。本当は、書きたいことがいっぱいで、、でも、たいてい、忙しく、わけがわからなくなって・・・夕暮れに、夜の星にほろりと、泣けてきます。バイトが終わると、家に帰るまでに時間がかかるのです。立ち止まり、立ち止まりつつ、家に帰っているので・・・自分、どうなるのだろう、、夜気の中で震えています。 明かりの話に戻せば、部屋の電気が切れたため、蛍光灯で暮らしていました。勉強道具を蛍光灯に近づけて・・・ストーブが頭を暖かくし、布団に胴体をカヴァーされ、いかにも、疲れて眠ってしまいそう。時に、アルコールをいれながら、、布団で寝ている私は、ある日、ワインをこぼしてしまい、ああ、もう、やめよう、と、おもいながら、そこに、ワインは必ず、ある。何もしたくない、と、、、朝、起きるなり、思ってしまったり。初期の鬱かしら??とか、他人事のように考え。 そんな暗い部屋から脱出、友達が車を持っていて、本当はその友達にお礼のメッセージも入れておきたいのだけれど・・・。本棚を買おうと思ってから、早、二ヶ月、明かりが消えてから、一週間か二週間、散らかった部屋のなかで、私自身がふるびたほんのページになってしまう、けれど、知識はない、、、だから、読むのだけれど、それらが、こまかい粉となって、頭の上に降りかかってくる感じ。細かい点のようで、理解しがたくなっている、勝手に線がつながってしまったり・・・独り言をぶつぶつ、いうたび、それが、いったいどこから出てきたのか、探す始末・・・思考というものにおいては、何も見つからない部屋かもしれない。何をやっても、眠りに直結。その状態が少し、改善されました。そうして、最近の私、あまり、危ない橋はわたっていません。自分ひとりで暴れるだけで、誰も巻き込んでないし。今日、びっくりしたのが、出かけることが、もう、億劫になっていて、東京を探検することよりも、気がついたら、学校に行こうと学校にいて、何があるわけではないのだけれど、カフェテリアでコーヒーを飲みながら、フランス語でも読もうかと。バイトなんて、いや、半分、涙でした。朝、おきて、体が痛いといやなんです。眠りがいつまでも、続いてしまう。どこまでも、どこまでも、眠っていたい。あせらなくなってしまった私もどうしたものか??大学がそもそも、自由な雰囲気をもっているのはそうだけれど、あせらないことに、さらに不安さえ覚えない。どうにかなる、とでも、思わなければ、今度は不安で不安でしょうがなくなる・・・。昨日は、メールを用事やらでさんけんほど、送り、返事は返ってこず、忙しさが一時、終わり、疲れていて、体も動かない自分に不安を覚えました。不安を覚えて、そうして、自分は忘れられてしまうのではないか、と。いつも、疑問でならないのが、実は自分のこの不安なのです。本当に、いなくなってしまっても、誰も気づかないのではないか??一体、どうして、そうしたものが、生じてしまったのか、そうして、中身なんてからっぽな携帯、家に入るそのときまでは、星空の下で、でも、家に入ると、その瞬間、何をしていいかわからなくなるときがある。電話をかける。夜が長いな、と、感じられる。本当はそこから、闇に落ちていくような、、、暗い時間で・・・でも、忘れていたくて・・・長くなりそうですね。最近のお得意の言い訳、「忙しいので」で、逃げましょうか??どちらにしろ、理由のわからない、そうして、執念深い不安というものは、どこかで、もしくは、論文の中で、扱っていきたい、と・・・しかし、それにしても、本人が逃げているのではねえ。でも、この逃げは意識もそうですが、体の次元でもそうなのですよ。体って、時に話をするのです。
Dec 20, 2005
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昨夜の仕事は11時半に終わりました。この時間、仕事場に残っていると、「まだ、いたんだ・・・。」って顔をされて。サービス員が少なかったせいなのか、そのせいばかりではないけれど、まじめにやっているのに、「急げよ!!」との命令。何で、そうしないと終わらない仕事(宴会)を入れてしまうかな??って・・・。本当に。そうして、この日は顔見知りも少ないし、おなじみの和やかさがないんだよな。最近、自分から笑顔を作れる人、そうして、雰囲気を変えられる人に出会うと、ほっとします。そうして、こちらの意見も一通り、聞いてくれる人。しょうがないんだよ・・・とかではなくて・・・。 仲間の女の子たちはみんな、とてもよくて、やっぱり仕事はきついからね、、「性格を変える」って、私がいったら、やっぱり、みんな、テンションをあげて、仕事場に入るそうです。でも、論文が追い込みでして、仕事ばかりもしてられないし、私の人格も論文によって影響してくるし、翌日、仕事があるとなると、夜遅く集中して、寝ないで行くわけに行かないし、精神的に自分を追い詰めるわけにはいかないしね。でも、そろそろ、それ、やってしまいたいのです。モノを書く各自のスタイルがあるのでしょうし。それに、大学院が決まったら、いい加減、仕事、変えたほうがいいかな、って、感じてます。だって、考えることができなくなるし、いつも、忙しくてスケジュールがはんぱではなくて、、、きのうにしても、勉強しようとしたら、腰が痛かったし、、、時間ができたら、やりたいことが、、、ばあーーーと出てきて、最初に何をやっていいのかわからなくなる。時給はいいし、かせぎもいいのだが、集中的に休んで、、将来、考えたり、論文、書いたり、後は創作の方に戻っていけたらなあって・・・何もできないでいると、自分が悲しくなってくるものです。
Dec 20, 2005
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サウンドと、ともに、お送りできたらいいのに。そうしたら、私が酔っているの・・・わかるのに。とりあえず、走ってみました。意識を飛ばしていたと、言っていいかもしれません。 「どう?」と、Sさん。バンドマンです。「音楽に酔いました!!」なんて、言ったら、普通だ、と・・・友人も、普通だ、まるで、私に普通があわないみたい。いいもん、あわなくて・・・いいんだもん。ぐれながら、はじまれば、ギターが歌が私がぐれているの、どうでもよくしてしまって・・・そうして、ドラムで・・・どんどん、私はフラメンコ、習いたてで、それでも、足でリズム取るの習慣になっているから、やっぱり、私も・・・ああ、何でのってしまうのだろう。今日は、、まだ、酔っています。今日は。昨日のビールが残っています。おなかのなかが、、気持ち悪いです。 ええと、私が聞いてたの・・・ヴァゴというバンドです。なかなか、ナルシストな人もいて、、、(私が彼らの特徴によけいな、フリルをつけてしまうかもしれない)、背が高くて、もう少し、単純に言うと、でかい人たちで、、、音楽をやってくれない前は、見ると、逃げ出したくなる・・・音楽が終わると、やたらと、抱きつきたくなるような・・・がしがし、ぼんぼん、背中をよかったよ、よかったよ、、、と、周りをぴょんぴょん、はねながら、、、 そう、そうして、エデンも、書いとこう。もうひとつのバンド。一言で言うなら、楽園です。なじみやすいの・・・たぶん、扱っている感情が違うのだわって・・・ボーカルの人が手の中に閉じ込めて音をならしていた正体不明の楽器、ほしい!!!!ほしいよ!!!! je suis malade,completement malade,,,, だって、ほしいのだもん。 そんなわけで、気がついたら、今朝の青空が広がっていたしだいです。あまりにも、最近、バイトにいきすぎて、せちがらくなりすぎて・・・社会なんていやだわ、どうして、いつも仕事なの?と、思いながら・・・たまるストレス、あてる場所なくひょっこり、にきびが出てきたり、目の下にくまさん、あらわれたり・・・機械人間はオイルで・・・いいえ、栄養ドリンクで動いていました。本当にかしゃ、とか・・・聞こえてきそうで、自分の体から。顔の筋肉を動かすのも面倒くさくて、誰が、、、笑顔なんか作るものか・・・結婚式も仏頂面で、、進み・・・たまに、仕事が終わって着替えるためにロッカーにいくとすぐ、倒れていました。日曜日の朝は、久しぶりに休みだ・・と、ほっとして、疲れて、それに、気がついてバスルームで倒れていました。ゆっくりするんだ、と、自分に言い聞かせ・・・でも、また、今日、バイトなのですね。明日、休みなのだけれど・・・。あう。。。。だって、電話、きちゃったんだもん。
Dec 19, 2005
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バイトを入れすぎたために、私、くたくたです。おそらく、日曜日、休みなのでしょう。疲れた、というよりは、毎朝、おきては終わらない課題の山に疲れました。そうして、たまっていく洗濯物に疲れました。
Dec 15, 2005
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ここに、永井荷風があるとちょうどいいのだけれど・・・。でも、実際は、私、荷風が嫌いでして、あの、現実感のなさが。うなずけるのは、ほんの数パーセント。働くことが、生活に埋もれることが、どうも、抵抗を覚えてしまう。今、再履の授業で荷風を読まさせられて、いやいやながら、真面目に出席をし、真面目にレポートを書き、今週もあるのですね。先生が燃えていらっしゃるのに、再履のクラスなのでみんな、フランス語、読めませんって・・・ありですか、、それ???? 今日も、ゼミの先生に会おうとはりきってきたのですが、この先生の言うことは、再履の授業とはけたはずれに難しく、私は先生によく、ため息をつかせてしまう。それに、胸をいため・・・というのも、ほかのメンバーはこの現状をどう考えているのかな?私にとっても、手探りの感覚があって重たいクラスの雰囲気を何とかしたいのだけれど。 そんな状態でバイトは毎日、入り、派遣の仕事で、そうして、現在、シーズンなので、派遣先の人もヒイヒイーいっている、と・・・。寝てないとか言いながらね。でも、どうなんだろう?社会に出るほうが大変だなどと、言うのだが・・・けれど、社会に出て働いて考えること、常に自分の生き方がそれで、いいのか?と、考えることをする人は少ない。彼らはある種の毎日のリズム、一種の倦怠にしたがっていて、それを、やぶるためには働くことに一定以上の価値を見出しているように私には思える。もちろん、そんな中にも親切な人はいて、それは、せちがらくなってしまった人々のなかで、なぜ、そこまでに、というほどに、心が豊かな人で・・・生きることに一生懸命なのだな、という感が伝わってくる。私の感覚では生きることと、生活することは別である。生活をしているからといって、その人が本当に生きていることにはならない。その人の感覚を殺してはいまいか。その人は、現状に不満を言いながら、それでは、まったく、変えてしまおうとは考えないのではないか? 本来、私はこういうことは書きたくない。私の目に見えているもの、半分は過去の反映である、とは、まったくの関連性を持っていない。 ただ、だからといって、ひたすら働くことと、学者などといった人々を比較して、どっちが楽か、ということは言いたくないのだ。言わせておきたくないというのが心情である。その人(バイト先の人、曰く)知り合いの学者が学問の方が、肉体労働より楽だ、などといっていたそうである。私の中ではその学者がおかしいのでは・・・と、思ったものの・・・一般の人々にとっては、学者の判断基準が大学名であったりするので、いいや・・・そのままにしておこう、と・・・放置し、昨日はできないや、もう、だめだ、疲れた、などと、何も考えず、砂漠で、感情もなく、ひたすら、働いていた。「学生さんはいいですね。」と、言われるものの、家に帰ってコーヒーを飲み、顔を洗うのもなおざりで一体、いつ寝たか、わからず、朝、おきても、本に囲まれて、遅くおきたときは嫌悪感にさいなまれ、今では、そんな嫌悪感がまったく、役に立たない、と、わかっているのだが、・・・そんな私の生活が、そう、思わせてくれない。私は、、、普通のありふれた学生ではないのかもしれない。適当にやっておけば・・・十分、適当だ。あこがれがあって、私は先生方を尊敬していて、彼らが楽だなんて、感じたことがなく・・・何かひとつを極めていくことにはいつも、難しさを感じる。何となく、フランス語がわかるけれど、完璧ではない。わかっても、訳せない、といったように。そうして、やっと、大学に守られながら・・・というのも、もう、私は地元に暮らせないように感じている。戻れないのだ。戻ってもすぐ、東京にいる。東京での生活がなれて、田舎では孤独が身にしみてしまう。お母さんにしてしまえば、そんなもの、という感じだけれど。つらい仕事など、比較してしまえば、私の場合、母親で終わってしまいそうだ。孤独と、それから、生活の不規則さ、体を壊して、神経を壊して、ヒステリーで、 何も書きたくないや、と、思う。本当だ。 バイトから、帰りながら、星を見た。何度も、立ち止まった。きれいだった。何度も心の鏡に照らして・・・立ち止まった。忘れたくない、と、漠然と思った。 この仕事をずっと、続けるわけにいかないな、と、思う。できることは、できるけれど、疑問をなげかける私がいて・・・それから、友人たち、彼らのように生きれたら何度か、思う。今度、彼ら、たとえば、デザイナーであるとかの話を聞いてみよう。働いている、けれど、自分の意思の強い領域で身をたてた人たち・・・小さな英雄をいまだに望んでいた。私は何かになりたい、と、思った。風は冷たいのだけれど、毎日の勉強も、でも、まんざた、捨てたものじゃない。もう、誰かの役に立とう、と、思っているわけではないが、しかし、それが何かになることは、半分、いくらかは、信じられる。 いつも、同じ生活はいやだ、と、言う。勇気のなさに、私は、がっくりしてしまう。そろそろ、旅行にでかけたい、と、思い始めている。けれど、その旅行にしても、サリーポッターのようにこなすのが、理想だ。もしくは、hubert sauper。彼の話を聞いたときには小さな英雄だな、と、思った。 いまさら、この年になって、なりたいものが、そういうものだなんて、現実的ではない、とか生活観がないとか、勝手だとか でも、実際、あこがれているのは、元をただせば、ガンジーだったりする。今は、疲れていて、でも、見ているのはそっちなんだ。そうして、モノをつくりだすということには直接的にすごさ、尊敬してしまう。 自分らしくない、と、肩を落とした私自身にそう、思った。
Dec 13, 2005
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期限は来月、とはいえ、早く仕上げてしまいたい卒業論文。今日は、学校に来ています。これから、ご飯を食べて・・・金曜日、深夜をかけて、書いた、原稿用紙20枚近くに加えたり、削除したりの作業です。 今週もバイトがフルで入り、私はフル稼働でしてバイトに入る最初は眠い、気持ち悪い、くらくらする、と、わめいています。そうして、栄養ドリンクを飲むと、また、爽快でして、そんなときは、仕事が早く、「お、ライスココア、今日はやる気だな。」とかいわれる。それにもまして、最近、宇宙人と呼ばれることが増え、「私の名前はライスココアだーー!!」と、何回に一回は訂正したくなるような・・・。けれど、おもしろがられているから、いいのか。これも、ひとつのエンタティーメントだと、割り切る始末。今日も、夕方から、バイトへ出かけてきます。なんだか、ずるずる、ひきづられて・・・。 そういえば、ホストファミリーから、メールが来てて、何て、返事をすればいいのだろう。ああ、、忙しい。と・・・友達に手紙を書いていない、書かなきゃ、と、思いながら書いていない。果たして、フランスにいたのは私なのだろうか。根暗であると、私が、ホストファミリーは思っているようだが、ただ、単に、町が退屈だっただけじゃないのだろうか?そうして、まじめだと私のことを思っているようだが、そうならざるをえなかっただけなのではないか??まじめなのは、ホストファミリーの方でそうなると、私の性格などばらすわけにいかず、いつも、知らん振りをしていたような・・。まじめなわけがない。そんなわけはない。いったい、私は何かを考えていたのだろうか?気づけば、東京の忙しさになれてしまった。退屈をすれば、気ままに遊びにいく。友達とカフェにいく。小さな町だと、カフェにいったところで、知り合いがいたり、そういう意味で、すごしづらい。 出かけて、踊っていたり、誰かが、私の生き方がいやだといっても、都会という空間には私のことを認めてくれる人もいるわけだし、そんな中で、私は何がいけないの?と、いぶかる人々に疑問をなげかけることもできる。まったく、無視も可能だ。 さて、ご飯を食べて、それから、レポートをやろう。結局、面倒なことは後回しにしてしまおう。
Dec 12, 2005
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何でもないことを書こうとした私は・・・たとえば最近、口にされる「寒いですね。」と、同じように・・・日常会話のそういった部分でも提供できる。 何を言おう、最近の寒さで、めっきり、活動することがいやになってしまったのだ。北海道じんなのに、と、言われるかもしれない。が、北海道人であるがゆえに、家の中が寒いのは我慢ができないのだ。 その寒さから、逃れるために、一日をパジャマで過ごしてしまわないための、、対策。 朝、起きたら、すぐに、ストーブをつけること。 これは、第一条件だ。 そうして、最近、はまっていること。はまっていること、と言いながら、こんなに、淡々と、つまらなく、話してしまって・・・それが、スープである。元から、私は偏食家だ。それが、最近の寒さで輪をかけて、毎日のスープを考えている次第である。なんともないことなのに、そうだ、スープを食べようと、思った瞬間から、冬が暖かくなったような・・・ミネストローネスープをかきこみ、昨日は、鍋いっぱいに作ったスープをすべて、飲んでしまうように、まるで、ほかの事物がどうでもよくなってしまったように、何よりもスープ、温かいのは人よりストーブとスープだというように、体をちじませて、ベッドの上、毛布の上、まるで、コタツに入る我が家の犬になってしまったかのように、友人の恋愛の話を思いだしながら、私はスープに情熱を燃やしていたのだ。 そうだ・・・愛人の話など、どうでもよい、と、私は考えた。KもSもFもXも捨ててしまえ、と・・・願わくば、彼らをスープの中で、ぐつぐつ、まとめて煮込んで、食べてしまえばいいと、いいや、そんなものより、やっぱり、野菜たっぷりのスープがいい、と、スープを飲む一瞬の間にこれだけの妄想をしていた。とはいっても、私の場合、この妄想は日常茶飯事かもしれない。が、スープを飲むことに、幸福だ、と、感じてしまい、そうだ、スープを飲むことを日記に書こうと、学校まで、昨日の夜の寒さと、スープの温かさを持ってきてしまったしだいである。
Dec 9, 2005
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題名をいつも、先につけてしまうため、実は幾度も、書いていることが題と違っているということがある。 最近の自分が書いた日記を読み返す。忙しそうだ。そうして、荒れているな。「自分を大切にしましょう。」という私よりも年上の人々の忠告。もちろん、生き方はすぐには、変えられないけれど、疲れきったらどうにかしよう。明日任せで、さらにいうと、そのうちと、・・・疲れているから、少し、授業を休んでみよう、とか、バイトを休んでみようとか、するのだけれど、気がつくとまた、同じ状況になってしまう。それは、まるで、掃除嫌いの私が掃除に対して思うことに似ている。どうせ、また、よごれてしまうのに。友人は言った、「一気にやるのでなくて、習慣的にやる癖をつけましょう。」と・・・・・。わかってはいるのだけれど、今日も、また、家から出ようと、あせって布団だけあげて、洗い物はせずに、出てきてしまった。何だかんだと、鬱傾向の症状をかかえている私はともかく、家から出れば大丈夫だと、思っている。卒業論文をどこでやろうか、軽く考えたが、あせってもしょうがなく、しかし、やりつづけなくはいけない。あせるのとは別にきちんと、考えていかなくてはいけないだろう。先週は何かとクラブやなにやら、遊んでいたのだが、それも、フランス語を話すからいいっか、そういう理由で遊んでいた。バイト先のAちゃんは、就職活動をしている。同じゼミのMさんもそうだ。Sは、何も考えていないのかと思いつつ、あせっている、卒業論文。あせりもなにも感じられず、大学院入試を受ける私は大丈夫なのか、自問するものの、風がひゅっと飛ばされていく。私には自信や確信がないのかもしれない。と・・・。そんな自分の行動に何か理由をつけようとすると、さいなまれる、不安に過去の経験やら・・・が、よみがえり、もともと、私には何かを感じる力が欠けていたり、大きすぎたりすることを思い出す。私が私自身を忘れている。そうして、私というものにとらわれずにモノを書こうと思い出す。懸命にけれど、目を閉じて、自分から逃げている。 できれば、友人たちのことなども、日記に書いてしまいたいのだ。何も考えずに、思わず、タイピングしてしまいたい。恋愛の相談を受けて、それが、大義名分、あるものの行きずりのそれと、大して変わらないと、思ってしまったことなど。何だか、誰かの話を聞くほどに、むなしいと、思ってしまったことなど・・・。 そんな思いも、ふたをして、何も考えず、感じないかのようで、ただ、忙しく、幸か不幸かバイト先はシーズンに入り、忙しい。なおさらに。 それらは夢の中に現れる。突如として、それらというものは、おそらく、私が考えていることだ。もう、電車の中で何かを考えることが不可能であるかのように、、何かを考えることが面倒になってしまったように。 私の周りの人々が、意識したわけではなく、しかし、私は口止めをされている。それらを抱えて、衝動として、ぶちまけてしまえない。そんな知ったことか。流れている流れを壊すことはできないのだ。もちろん、可能だ。状態として。そうして、私も半分は知ったことか、と、思っている。 だから、昨日、実は今日は、、何でもない、小さいことを書こうとしたのだ。 ページを改めよう。
Dec 9, 2005
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何もない日常というか、平凡な日常が少しでもやってくると耐えられないのです。ストーヴの前にいます。日曜日が去り、また、やってくるのか、そんな当たり前のことが信じられないのです。 昨日はバイトで、嫌な人にあたってしまいました。不運というしかなく・・・これから、事務所にクレームの電話をかけなくてはいけない。そもそも、なれない場所に行ったのが間違いだったのかもしれない。最近は、変わらず、朝、起きると寒くて、まったく、やる気がそがれてしまう。背中は曲がってしまうし。おかげで、忍耐の足りなくなった私、体力も落ちている。もちろん、忙しすぎるのもある。あう・・・・・・。 昨日はそんな自分に疲れて、そうして、気力がなくなると恒例のバスルームから出てこなかった。バスルームのなかに落ち着いて、面倒になってしまう。今日はせっかく、そんな事態をなんとかしようと、プールに行こうと思ったのに、、、やっていない。年末年始の不便さ。 久しぶりにゼミを休もう。頭が疲れているのもある。けれど、誰もついていけない、そうしてまた、先生が一生懸命なのに、生徒がまったくといって文学にも何にも興味のないその場の空気に疲れてしまった。私がまじめになろうとしても・・・正直。そうして、あ、、、クレーム、、、クレームをいれなくてはいけないんだ。気が重い。別に私がその人を首にするわけではないけれど、今まで、その人とあわなかった人は多いらしく、どうやら、私がまた、クレームを出すことで、その人の首が切られる方向に傾くらしい、また、一歩と。時間の問題か・・・世間っておそろしい。
Dec 7, 2005
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誰かの家で、落ち着いてしまう。自分の家に帰りなさい、と、怒られてしまいそうだ。でも、彼氏がいるわけではない。 土曜日は踊っていた。でも、さすがに、先週の月曜日の出来事などで疲れてしまい、飲む酒には孤独がまざる。久しぶりの友人たちとの再会。私は彼らが私のことを覚えているのか不安だった。 会場があくまで、予定より15分くらい待たされたかもしれない。夜の渋谷は、狂っている。そうして、寒さ、私はコートを着ていたから、さほど、寒くないのだけれど、一緒に行った友人は震えている。震えているというよりは、寒そうにしているのだ。相談というほど、深刻でもなく、話を聞く。そもそも、私は、今の私は、まともな話など聞けないのかもしれない。常に失踪している。 彼女は・・・と、実は書きはじめたい気分。でも、と、ピリオド。自分自身がどのように他人の目に映っているのか楽しんでいる人間ならば・・・と、私は思う。けれど、決してそうではない。とても、いい子だ、と、私は思う。私は、ジントニックやら、ウォッカトニックやらを頼む。甘い飲み物は苦手。でも、そこには、そこでは、それほど、たくさんのアルコールは飲めない。音楽に酔えば、金銭感覚が鈍る。アルコールは継ぎ足していきたいのだけれど、残念ながら、それほど、強くはない。誰も見ていない。ただ、きれいな女の子の完璧なまでの視線の冷たさが気になる。遠まわしに彼女の白い顔を見ている。恋人に抱かれて、でも、彼女は彼の顔を見ていない。私は彼女を観察している。知り合いのフランス人が冗談を言う。それも、・・・またしても、ピリオド。 書かなくても、予想してください。と、半分。 たとえば、私の日常について知りたがり人たちがいる。恋愛の話が好きな人たち、女の子たちがいる。私は決して怒らない。けれど、知ったところで、彼女たちが期待していることなどおこりはしないのだ。ただ、疲れるだけだ、と、私は言う。それは、私の言うことなのだ。よもや、いつか、私自身、そうした実感を持つことは予想しなかったのだけれど。 この夜、家に帰らない。夜を眺めている。知らない道を通りながら、つかの間、落ち着く場所を探している。現実はここに書いてあることとは、また、違うかもしれない。何かを考えることが、非常に面倒である。流されていく。星がひとつも見えない。背をのばして、それから、何もないよ、というように、微笑む。
Dec 5, 2005
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夜遊びついでにおまけのKさんに昨日、会ってきた。彼がそこにいるのはわかっているのだが、毎回、会うたび、驚いてしまう。いったい、私は何を驚いているのか。 今週は疲労がたたり、というのも、退屈しのぎのためなのか、人間関係がめちゃくちゃになり、目が回ってしまう。そのうち、一人はアメリカから帰ってきたばかりだというのに、今週、フランスに出張です。ああ、少し、ほっとしたような。押入れに無理やり、収納できた安心感のようよ。 お金がないので、スカートを買うことができず、服を見るということにも疲れ、本能的に本屋さんに行ってしまう。 もし、愛人になったら、なんて、考える。やっぱり、買ってもらうのは宝石とか服なのかしら??と・・・それは、おそらく、イメージでしかないのかもしれない。以前、愛人というものは、なかなか、セクシーで、セクシーといっても、ある種の露出といういやらしさでなどうんぬん、勝手に想像していた。 こんなことを書くのは、結局、自分、どうでもいいからなのかもしれない。 とはいえ、さすがに、そんな状態では疲れてしまう。週の真ん中あたりから混乱し始めた。常に混乱しているといっても、いいかもしれない。が、たいていはその原因を忘れていられる。 気分を紛らわすために、イヴェントの予定をいれる。友人たちに会う。そこに、行く度に、思いっきり、騒いでやろう、と、思う。今週も・・・いや、今週は・・・クラブデビューなのだ。 フラメンコ教室にて・・・「今週、デビューなんです。」目がきらきら。鏡で確認しなくても、そのことがわかる。想像不可能の・・・。 おなかがすいたので、ご飯と、それから、バイト・・・そうして、今週末は友人たちと踊りながら、愛人という考えは捨ててしまおうか・・・・・・。
Dec 2, 2005
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