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本当は日曜日のことではないけれど、日曜日は特に何もしていないし、ここに記すことは、いつということなく、浮遊して考えていることだからよし、とする。 木曜日、久しぶりに友人Kに電話した。最近、日記、また、暗くなったね、で、始まり・・・・・・今、これを書いている途中にもまた、かけたくなってしまうのだが。 明るいことは、飲み会をそろそろ、友人K、A,それから、他大学のK君の間で開こう、ということになっている。浴槽の中で、「あ、私、いつ、死ぬのだろう?」と、うつろうつろに思ったりもするのだが、しかし、大切なのは私は一種の友情のようなもの、そして、週一回会いに行く先生に支えられている、ということだ。生きるとは、まあ、何とか、長らえていくようなものだ、と、先生は言った。私もそう、思う。とりあえず、次に次にこいでいくことだ、進むことだ。 最近、私がこわがっていることがある。その友情なのだが・・・・・・本来、私はまともな人間関係などしたことがない。こう、書けばあんまり、よくないかもしれない。だって、AやKのほかにも、Sだったり、フランスにいるKだったり、まあ、私にはいるわけだ。(本当は実名で、ずらずらと、書きたいものです。) しかし、本当の心の奥の奥は人には見せない。傷つくかもしれない、というのがある。 記憶を戻して、私は6さいくらいである。 そういう感覚でおそらく、何日間をすごした。 信頼できる友達になるかもしれないA。それは、まあ、私もなかなか、問題を抱えてきたなかで、彼女は面と向かって逃げないでいてくれた。ゆえに私は彼女を愛する。 が、暗い一面、嫉妬やねたみ、うらみ、や、悲しみなど、根強く私の中に存在するものが出てきて、Aの首をもしめてしまうのではないか?と、私は恐れていた。それについては、何人かに相談にのってもらった。胸の中のことを、何一つ話さないでAから、去ってしまいたい。私はどこかにいってしまいたい。 Aは私にきく?「豆がはいっているのと、はいっていないのどちらがいい?」私が疲れているとき。なにかな、と、思うとアン大福だった。Aに悪いことしたな、と、思う、一週間前の気持ちと、どう、フォローしようか、というそのときのあせりと、それが、いったん、大福でゆるむ。なかなか、きつい言い方をすることのあるAではあるが、まあ、物事もそらしかた、ほぐしかたも知っている。 体から、おそらく、内面から何かが相手への要求の形で出てくる。気楽に構えてくれる人たちがいてくれれば・・・・・・いきながらえる、一年、二年、まあ、そんな簡単に死にはしないが・・・・・・(いつも、そういう極端に考えるため、未来が存在しない)それに、こんな弱気な言い方をするなんて、絶対、Kにおこられる。友人たちは怖い。 ベーシックトラストとつぶやく、 おそらく、それは、私にかけてしまったものだ。 それを、ほんの少し、手にいれる。 一週間、私は、相当、正直な話し方をし、そこには、無秩序からなる混乱があった。日本の大家ともいえる先生もが、勢いにびっくりし、そして、ちぐはぐになって散ってしまった。その先生は非常に正直な先生だった。 二重感覚の、そして、窓から見える光景の・・・・・・ 実にさまざまなことを説明するために、体力を用いた。 疲れながら、冗談も少し、まじった。今週はゴールデンウィークで学校はないが、そして、あの続きを書くのかと、少し、気が重いが・・・・・・それが、私の持つ感覚の証明にもなるのだろう、と、予定される飲み会を楽しみにして、書き続けていこう(脱力気味ですみません。)
Apr 30, 2006
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ちょうど、飲み会のシーズン。私も出かける。まあ、酒を利用して、という考えもある。ちょいと、本音を聞いてみましょうか。 私に対する壁を製作している人たち、もしかしたら、怖がっているのかもしれない、いたずらに、こわしてしまおうか、それとも、本当にそれは壁なのか、という疑問を抱える。妙な、奇妙な、違和感だ。しこりだ。 ・・・・・・ やはり、それは、壁でした。なぜ?と、きくと、「面倒くさいから」だって、つきあうのが。よってないのに、酔っ払い扱いして、追い払おうとしたり・・・・・・・。 いいさ、別に、と、私もおふざけ半分でかみつく。 しかしだ、翌日、お姉さま方が「彼をいじめちゃいけないよ。」と、何だろう、これは、まるで、向こうが弱いものであるみたいではないか?弱いものとイメージし、それが、相手の顔に似合わないので少し、笑った。それにしても、壁を作るという労力が疑問であったので、以前、壁を捜索していた友人に尋ねたが、理由は定かではない。・・・・・・ 解釈の誤解が生じ、そして、取り出した答えに納得できず、きっと、この人も面倒くさいのだろう、と、思う。 だから、私はなんだか、おかしいような、悲しいようなで、その後の授業に集中できず、変な感情が出てきて何もかも、むしゃくしゃにしてしまいそうだったので、右手につめを食い込ませながら授業をうけた。ひとつの感覚でそこにある感覚を麻痺させること、ずっと、以前からやっていることだ。
Apr 29, 2006
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今日はちょいと、気分を変えるために、違う方向に行ってみたいと思います。天気もいいことだし。
Apr 28, 2006
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手紙の内容をY先生に会うと話してしまった。それなら、なぜ、手紙に書いたのか、疑問に思うところである。ふと、けれど、話してしまいたくなるそんな空気があるものだ。私は電車に揺られているY先生を横目にみる。 それが、昨日だ。 気がつけば、最近は電話をしていない。一ヶ月ぶりに親から電話があったきりだ。こちらからは一切、電話をかけなかった。 何かが、落ちたから、私の心の中で。それは、沈黙のようなもの、それは、疲労のようなもの。ただ、黙っていたらそれが、心の中でどのような形をとるのか?と、疑問に思い始めた。それに、すぐに、電話をかけてしまう自分の弱さが嫌になった。誰かにそんなに頼ってばかりでは、何も書けないのではないか?と・・・・・・ あらゆることを忘れてしまう。払うはずの公共料金も生活一般のこと、台所にたまった洗い物、掃除・・・・・・続く雨が流していく。 部屋の中、外 朝、起きる前に感じる倦怠は、起きて一気に流していく音楽、そして、体の動きに流されていく。 部屋の中で手首をまわしてみる。何事も練習だ、と、尽きてしまいそうな集中力を体を動かすことで取り戻そうとする。ひざをまげ、両手で頭をはさみ、それをひざの間にいれるようにさげる。この姿勢はなかなか、きつい。フラメンコの足腰を鍛える体操のひとつだ。 あっというまに、私はどこかにいってしまうから、そこで、足を思い切り、強く、落とす。誰かが見ていたら恥ずかしい、と、思いながら、外がぼんやりとして見える窓に、誰も見ているわけはない、と、思い。 不安がやってきて、私は泣く。小さなころを思いだす。喪失がなかったころを思い出す。私はゆっくり、どこかにいってしまいたい。もしくは、突然。風にとばされる白いスーパーの袋みたいに、軽やかにまって、悲しいけれどきれいな幻想の音をかきならして、どこかに・・・・・・流れる滝の一滴になって・・・・・・・どこかに。 けれど、フラメンコは火をつける。私は水にも空気にもなれない。 一方でそこにある肉体を感じながら、一方で意識がさまよっている。 小さな部屋の住人、私、一人。目を閉じ、フィルターを広げていく。現実はひとつではない。そこにないはずのものでも、目に見えれば、話が展開していけば、それも現実のはずだ、と。
Apr 27, 2006
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今日は学校に行きたくない、授業もいかない、と、思う。特に理由は見当たらない。昨日の夜、明かりを消し忘れて、それが、いやな感じを起こさせたのかもしれない。ともかく、こんなことは、しょっちゅうだ。しばらく、ぐずって、CDをいれる。倉橋が「シャバダバダ」と、歌っている。シャバダバダから、いったん、さらに、脱力して、げんきがでてくる。 外に出ようか。掃除をし忘れた部屋にはほこりが舞っている。まいったなあ。寝床をでる。 気がついたら、家をでてた。ジャスミンおとこ、読みながら家を出てた。 これから、授業を受ける。
Apr 26, 2006
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まだ、大学にいようと、思います。勉強の量が本当に食べていかないと間に会わない。ああ、頭の要領が、ああ、それらを食べる胃袋がほしいのです。消化不良で毎日が過ぎていきます。 文学作品の細かい描写に対する分析に・・・・・・私はかなり、ついていけないような気がしています。「そんなの、作家が適当に書いただけじゃない。」とか、思っているし。だって、私が作家ならば、あんまり、考えないのだろうな。ここは、半過去にしようとか、未来形にしよう。それは、ニュアンス、料理と同じようなもので、ある程度の勘で形成されていくのだろうな。だから、研究する人というのは、虫眼鏡をもってくる。ある種のフェチなんですね。きっと。気になるのですよ。きっと、細かいことが。 前日、くらいでしたか。古いノートを開きました。そのときは、理解できなかったのですえけれど、森って、書いてあったのです。創作者というものは、森にいるのだ。対して、翻訳者は・・・・・・詳細を忘れてしまいましたが、創作者と、翻訳者は根本的に違う位置にいる、ということを、そこに書かれた図は示していました。私がまだ、居眠りを直せなかったときにとった偶然、残っているノートの断片です。 また、空に裏切られたような気分で、晴れ渡った外を窓から眺めます。一緒に学ぶ仲間たちは、定刻より一足遅れてやってきます。先生も遅れてきます。 私はいつも、たいてい、そこに、5分前くらいにきます。一人でノートを眺めます。部屋が自分の部屋より広いので踊っていることも、あるかもしれません。外からは見えない部屋で、そういう意味では安全です。 私はノートを、もしくは、本を・・・・・・眠っていることもあります。誰かが入ってきて、それから、たとえば、誰かと誰かの間の距離のこととか神経質に考えたり、あとは、できる人に対する嫉妬の念とかにわずらわされたり。最近は、でも、嫉妬してません。そこまで、できる人がいないようです。ああ、N君がいたら、よかったのに。速記ができるようになって、先生のいったことをほとんど、すべて、記入できるようになったのは、よかったのですが、そのせいで、ノートはどんどん、ふえていきます。表紙にはそのノートにおけるメモ、内容、とりあえず、副題をつけようとします。総合的なノートで、雑記張と私は呼んでいます。あまり、人に見せられるものではありません。というのも、この日記を読んでいる人はご存知かもしれませんが・・・・・・私は「はげ」についてくだらない文章をながーく書き、二日酔いについてもっともらしく気取った文体で書き、アリストテレスの課題に関する論文を書こうとしないで、その論文にまつわる作り話をせっせと、つくり。無責任に、結果など知らず・・・・・・誰も見ていないかも、せっせと、せっせと。いつも、インパクトが重要となります。だから、私のノートのうち、2冊には次のような副題がついているのです。「L先生のつぶやきいり。」「L先生のためいきいり。」消極的に見えながら、エネルギッシュに疲労していくL先生が、このときはとても、印象的でした。私は気がむけば、絵をノートの中にも書くでしょう。私はまじめな板書の途中で面白い冗談でもあれば、書き付けるでしょう。そうして、誰かを嫌えば、半分は冗談でのろっていくことでしょう。それは、もちろん、「嫌い」とか、「好き」で、終わることはないのだけれど。そして、文字の形はいつも、変わっていくことでしょう。 そのノートを閉じて、私は顔をあげます。そこに先生がいるので、ノートのかわりに、穴があくほど、先生の顔を見つめます。私は要求します。そして、命令します。あいまいな自分の反映として、私は先生に私がどう見えるか、その鏡になることを要求します。私は暴力的です。ペンを右手に考えごとをしますが、衝動を同時に求めます。私はその人のいう事を聞きますが、私は、その人の背後にあるものを想像します。そして、にやり、と、笑います。現実は重要ではなく私の作り話は過激化していきます。私は先生が大好きです。私は私の目の前の人が大好きです。私は彼らからやってくるイメージをぱくぱく、食べます。私は食べるのが大好きです。季節の何とか、という以上に、頻繁に変わっていく彼らを・・・・・・食べています。 文体を変えようと、思いました。今日、「ジャスミン男」を読んでいて、興奮し始めました。それらは、いったん、停止されました。けれど、私はその波動をしばらく、持ち続けているのです。私の視線は外を見ると同時に、内面に入り込みました。
Apr 25, 2006
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また、消えてしまった。さようなら、私の文章。羽がはえて、飛んでいってしまった。 今日は、J大学から、おなかをすかせて、外観のきれいな私の大学にかえる。なれない空気が新鮮であるが、しかし、やはり、この慣れた校舎を見るとほっとする。 まったく、そうだ。大学が違うと雰囲気がまったく、違うのだぞ! J大学。帰国子女が多いと聞くだけに、ああ、お金持ちがたくさん、いるのだ、と、いう印象。悪い癖がここでも開花する。先週、一週間に活字を頭につめこんだだけに頭がふらふらする。それに、暖かい日の光。 あまりにも早くつきすぎたので、私は暖かい抹茶オーレをもって、ベンチに腰掛ける。 朝のはじめにこんなに疲れていて、一気に老人になった心地だ。 すずめの声、ああ、かわいいな、きれいだな、と、思うと丸い頭のすずめが水平な距離を通って近づいてくる。きっと、その小さな目には私の全貌がおさまっていない、に、違いない。かわいいな、近づいておいで、近づいておいで・・・・・・と、すずめに暗示をかけようとする。私はすずめの全体から部分、部分を見ることになる。その体の色、その目。その目がするどく、小さな体から想像のできない、まるで、攻撃して相手を食らうような動物のそれに見えてくる。 「すずめはかわいくない。」 どこかで、そう、思う、興ざめすると、すずめは、私の目の前から去ってしまった。
Apr 24, 2006
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前日に、途中まで書いた私の研究内容?を友人たちの前で提示する。研究内容、というよりかは、私が書きたいことだ。 最近、暗くなりつつある私・・・・・・ 人と話をしないので、言葉は自分の中にたまっていくようだ。 しばらく、おとなしく生活していると、また、ゆっくり、文章を書くことを覚え始めた。 私の感覚の中には常に不安がつきまとうが、待つことでそれが何なのか・・・・・・そうして、文章だけではない音を通して、自分の感情がわかるようになってきた。きっと、その変化がもたらしたのだ。 一箇所に落ち着くことができない、と、どこにも落ち着くことができない。 とりあえずの雄弁さが悲しいものだ。「私、たくさんのことに興味があって・・・・・・」と、人前で話しているとピーチクパーチク、そのさえずりにわれながら、気持ちがよくなったりするものだが、それを自分の心の中で静かに繰り返すと、虚しくなることも多いのである。そろそろ、担当の先生に・・・・・・まとめたものを出そうか・・・・・・。ちょいと、怖い。 きっと、そういうことなのだ。怖いのだ。 ひきつって、笑っている。私はAと、手をつないでいるようでわからなくなる。友情か・・・・・・一筋縄にいかないA。感覚の違い、が、吐き気を思わせることもある。誰かに支えられ、支えつつ・・・・・・。ある日、ごめんよ、と、Kに言ったら、Kは何が?と、いう顔をした。説明をすると、友人で何も手間がかからないのはつまらない、と、言った。 この日、また、救われていたのは、フラメンコの教室があったことだ。 一人、街を歩いていて、さびしくなる。ふと、ポケットに、Yからもらった飴がはいっていることがある。感情がとぼしく、うっそうとした森にいるようだったのが、飴をなめ「甘い、甘い」と、繰り返す。とりあえず、飴は甘い、そんな単純なことが私を救っている。 繰り返し練習。フラメンコにおける手の回し方、腰の落とし方、姿勢のとり方、 そして、日々における感情の感じ方も、表情も・・・・・・ すべて、練習。レッスン。きっと、そうだ。 久しぶりに、コニャックが飲みたくなる。
Apr 23, 2006
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「そもそも、SMという定義はおかしいのです。」「サドとマゾは理想的なカップルではないのです。」などなど、この日の講義。私は土曜日も学校にいる。週6日も大学にいるのだ。 友人と久しぶりに会う。彼女は私を見て「2週間ぶりと思えない」と、いう。まるで、昨日、会ったかのように。確かに、まるで、彼女がまだ、大学にいて、毎日でも会えた過ぎた時間の何も変わらない延長のようだ。 笑うのが疲れるので・・・・・・ 何だか、冗談を言うのが疲れる気がするので・・・ 友人がまた、一人いて、3人で昼食を食べ、スペインの写真を見る。「きっと、ライスココアがいったら、まったく世界が変わるよ。」友人の大きな目がさらに大きくなる。(けれど、それ以上に大きいのは・・・・・・書くのやめとこう。怒るかもしれない。)書くことを恐れながら、しかし、私はやはり、友人を現実には怒らせることにする。それは、こちらの神経が参ってしまうような、赤一色の鬼で描かれるような怒りではなくて、かわいくておもしろい怒りなのだから・・・・・・厳密にはそれは、怒りではない。からかわれたことに対する反撃だ。 異常なほどに、お茶を飲む。あらゆる種類のお茶がそこにはあるので、次に何を飲もうかと楽しくてしょうがない。いい間違いをたくさん、する。写真を見すぎて肩がこり、それから、おみやげのカスタネットを鳴らそうと、三人で試行錯誤する。ううーーん、どうすれば、鳴らすことができるのか。 その場ではわからなかったものの、実は、私は翌朝、カスタネットを家で鳴らしてみて、鳴らし方がわかった・・・・・・隣の家のドラムに対抗する気持ちでカスタネットを鳴らしてみた。ふふん、隣の家の単調なリズムのドラムになど、負けてたまるものか。私はまた、そして、武器を得た。私はペンと、踊りと、カスタネットと、ピアノとその他、雑多なもので戦っている。日々・・・・・・寝ておきるたびに。
Apr 22, 2006
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久しぶりに居眠りをしてしまった気がする。気だるい眠気と、それから、おきていようという意識がおりなす、船酔いのような気持ち悪さ。6人くらいしかいない教室で、お互いの顔を見ることがなく、配られたプリントにみなが顔をさげ、目を通す。自分をうつす鏡がそこにあって、まるで、一心不乱にそれを、自分を見ているのだ、というように。 居眠りは、気まずさが残る。ましてや、初夏のようなさわやかさを放つI先生の声がサウンドトラックとなっては。「あんまり、気持ちがいいので。」というのもわざとらしいので、正直に「うつらうつらしてたようです。」と・・・・・・。本当は、質問されたときに、逃げられる理由はいくつも、つくれたのに、ばかばかしくて。 気がつくと、北海道にいるはずの、私の犬が私にとりつく。あいまいな疑問形「みなさんは、--ではないでしょうか?」といったそれが、投げ出されると耳をたて、相手の目を見て、首を右、左、かしげている私がいる。ああ、くうーーと、ないてしまいそうだ。 そう、気がつくと、はっとし、何だか、どうしたらいいか、わからないパニックに陥る。 私の犬だって・・・・・・ あいつは、あいつは、というように、葉っぱが一匹、わなわな、震えている。 私が脚色した何でもなめてしまう我が家の犬の小型犬の怪獣ぶりが心にうかぶ。 結局、絵の具をぐちゃーーと、ぬって、壱文のたしにもならぬ空想をやめた。
Apr 21, 2006
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また、文章、消えたよ。眠いよ。だから、勉強する前に少し、寝るよ。今日、初対面のT先生、ごめんなさい。私はこういう奴なのです。 心の中で思っていることはなかなか、とるにたりないこと。他人の視線があるのに、「自分なんか・・・・・・」と、思えてしまう女の子がほんの少し、うらやましいようなそんな気も少し、した。 昨日は、他大学へ・・・・・・ 男の子、一人、熱心に授業を受ける。先生への質問。ああ、なんて、自分は馬鹿なのだろう、と、いえば、すむことを、彼は、「おれ、最低だ。死んだほうがましだ。」と、繰り返す。投げやり。 「死」って、何だろう、と、思わされる本物の死がそこにあるわけではない。なげやりで、そして、誰もうけとらない。 K君の訳が軽快に流れる。 この人は好きだな、この人は嫌いだな 人生は思うことで忙しい。 価値観はそれぞれで、何も強制することはなく、強制されることはない。 K君は「僕なんか」とは言わなかった。「ただ、ふらふらしているのです。」と、それから、「くだないことって、考えるの、好きなんです。」 こういう軽さも重要だ。と、先生。つきあうことに肩のこらない。肩のこらない距離をとって・・・・・・ 思うことの半分は、冗談に流れてしまえ。私のなげやり。 けれど、どこかで、私から発するほのかな光が私をとらえ、私はもう、つがれた酒を一気にのみほすことができない。 3人で街に流される。 他人を気にしながら生きているはずなのに、どこかで、脱力の必要を感じる。敏感にならなくてもいいこともあるはず。
Apr 20, 2006
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眠り忘れた。寝る前にコーヒーを飲んでしまった、だ。そんな眠りをかかえたまま、大量にあるアニーエルノーのプリントを訳し・・・前にこの人の文章を読んだときは、なんだか、淡々としてて苦手だな、と、思った気がする、フランス語で読むと余計、淡々としているような・・・・・・ コーヒーと、文章と、 最近、メールや電話はしなくなり、来月の請求書の額がちょいと、楽しみなのです。人と話をしなくても、大丈夫になったのか、それとも、引きこもりになったのか・・・ 感情というものは、他人にぶつけても、決して、いい効果が得られるわけではなく、むしと、その逆の方が多いので、発散する、ぶつける、ということに関して方法を模索しているところです。今のところは、勉強と後は、ピアノをひいていますね。 では、出かけてきます。今日もおそくなるよ、たぶん。
Apr 19, 2006
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今日、授業、いってきます。デイズジャパンの写真が気になってしょうがなかったので、買ってしまいました。これから、予習をして・・・・・・と。
Apr 18, 2006
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偶然、会ったA先生にメールのお返事。 その先生のメールが「トラウマの地政学」を読んでいた私に少し、勇気を与える。L先生がそういえば、しつこいほどに言っていた。「言えない、と、思っていることというのは、実は、言ってみれば、たいしたことではないかもしれない。」と。そういわれながら、しかし、L先生に何かを本当に言えることは今まで、なかった。先生は何かあったときの為に、私にメールアドレスを預けている。先生たちのまなざしが私にはよく、見える。やさしそうなまなざし。私は彼らとどのような距離をとっていいか、わからない。できれば、論文、何だかの形で、私は私の思う本当のことを語るべきなのだろう。 A先生。何かを話すには、きっと、タイミングがあるのだろう。 A先生は、私がとても、非常に悪い精神状態の時に出会った先生だ。いつも、やさしそうだった。フロイトについて教えてくれた。意味もわからず、質問をおくる。それは、救いを求めるようなもの。特に私は「昇華」について興味をもっていた。今でも、おそらく、持っている。それらに丁寧に答えてくれた。そうして、思わなかった再会を喜んでくれたこと。私は感謝し、そのことを喜ぶ。 なぜなら、その時期、知り合った人々とは、今、あまり、コンタクトをとっていない。そのときの私が相手の負担になってしまったので、だから、ほとんどの人々が去っていったのだと、そういうふうにも言うことができる。 彼氏がいて、愛してはいなかった。けれど、私は愛している、と、信じ込み、それに、人生の行く先はさっさと、決めてしまいたかった。正直、どこかに、終わらせたかった。 ずっと、待ち望んでいた。何だかの形で終わらせることを。だから、最初で最後のつきあいなのだと、勝手に決めていた。 そのときの私を見て、誰かは私を執着心の塊だと、思うかもしれない。脅迫のような存在だと。 充分に不幸だった。 誰かに聞いてもらうことを。誰かに一緒にいてもらうことを望む。 このころの私は比喩を使って、水を飲みたい、と、何度も文章の中に書く。偽りであっても、夢をつづけていたい、というふうに、現実をまげてしまう。恥ずかしいくらいの文章。恥ずかしい私。 外から、見たら、とても、馬鹿な私。頭がどうかしている。 不安や、どうにかしての・・・・・・いちゃつく。彼に。 人のうわさにのぼる。部屋で一人、考え事をしていると、あの時期のことは、本当に信じられない。けれど、事実だ。けれど、私だ。 はちゃめちゃな私はまだ、いる。まだ、くすぶっている。残っている。 その時期から、あの時期から・・・・・・苦しかった時期から・・・・・・私にとって、親切だった先生方の一人のA先生よ、貴方に私は語ろうか・・・・・・と、思った。多くのこと、けれど、私が話すのをおそれていることを・・・・・・いつか、その恐れは、言葉として話すことでひとつ、ひとつ、ほぐれていくかもしれない。貴方に話すことが、そうして、私が信頼している一人一人に話すことが、やがて、多くの人に語りかけることになるのかもしれない。 言葉に出されないことは、心を縛る。 私は自由になったが(いじめが終了した日)、心はこれから、自由になるのであろう。 考えに落ちるとすぐに、痛み出す心に 再会の喜び、 希望をのせて。
Apr 17, 2006
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フラメンコ教室へ。朝、目が覚めたとき、教室にいくことが物憂く思える。家にいたいのだ、という気分。何もしたくないのよ、と。 けれど、心臓が痛くて・・・・・・この痛みはきっと、何かにつながっているのだ、という気がしてくる。 私は外に出さなければいけない。表現、何かを使って。そう、思うと、フラメンコ教室、いいじゃない、という気分になってくる。 雨は降っていない。 けれど、心は、晴れてこない。 心にカーテンをかけたままで、踊りに・・・・・・必死になろうと、集中しようと、リズムは数え切れないのだけれど、スカート翻す、鏡を見て・・・・・・私はその中に、その動作の中に私をいれてしまいたい。短い時間の限りない情熱。それは、悲しみだ。それは、絶望に近い。 もし、踊れたなら・・・・・・ 用事があるので、新宿に向かう。すぐに、疲労がおとずれる。行きたい場所と、行きたい場所がつながってたら、そしたら、いいのに。そしたら、きっと、カフェに入るでしょう。 週末、私には行く場所がある。とても、忙しい気がする。ガルシア・ロルカの戯曲を読破する。
Apr 16, 2006
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この日、講演会に出かける。ああ、講演会づくし。とはいえ、本当はこれを書いている月曜日も講演会があったんだ。行こうか迷ったけれど、お金がないし・・・・・・それに、また、暗くなってしまう気がして。(私の場合、哲学をやればやるほど、暗くなってしまうらしい。) 講演会後、一人で歩いた。これから、私にブランショやバタイユを教えてくれることになるN先生と、言葉を交わしたのだが、私は、内向的になっている。そんな時は、おかしなことを言うものだ。 何も話したくないのに、言葉を話す、話さなければ・・・・・・誰にわかるものか、そんな気持ちをかかえてゲラゲラ、笑う。 「無心論者」と、その言葉が飛び交ったので私の胸に落ちた。その祈りを私は知っている気がする。私も救いと祈りをささげている。私はけれど、はっきりとは思い出したくない。 家につくと、手紙が届いている。Hから。フランスのリモージュの私の友人・・・・・・。痛みについて、思う。ある痛みが私たちの間にある。それは、ぬぐいきれない。なぜ、そこまでその痛みを気にするのか?そんなふうに、私たちをながめる人がいるかもしれない。そうして、その痛みのもとは異なっているのに。けれど、われわれはぬぐいきれないものをもっている。 私たちは、神を信じない、かもしれない。 起こった出来事に信じられなくなる。その場所から立ち上がれない。 神というのをやめて、その子への思いに私・・・・・・そして、言葉と言葉で結ばれている。 彼女、遠く・・・・・・ けれど、私は胸の痛みで応えている。 彼女は黒人だ・・・・・・ 私は哲学の難しい言葉の連打に頭をかかえ・・・・・・けれど、これらは、私たちのある現象をさししめしているのだろうと・・・・・・ 胸の痛みや、神を失うことは、 体験として、誰かに送るわけにはいかない。 伝えるために、どのような言語を選ぶのか? 論理的に?感情的に? 私はそこに書かれた現象を探している。けれど、どんどん、重たくなってくる。 友人が笑う。勉強が楽しい、と・・・・・・ わからなくなってくる。知る、ということが、とてつもなく悲しいことに思えてくる。 神を失うとは・・・・・・ けれど、無神論者と、言ったのだから、少し、ニュアンスが違うのかもしれない。テキストを読み返すことだ。 勉強、バイト、それから、テキストを読むために ・・・・・・ 講演会はまたとない機会だから、月曜の講演会にはいかない。
Apr 15, 2006
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歌っています。ずっと。歌い続けています。昨日はピアノを使って曲を作ってみました。私、楽譜、かけません。たぶん、書こうと思えば書けるのだけれど、でも、放っておこう・・・・・・それこそ、フランス語の文法を学ぶみたいな事態になってしまう。それよりかは、録音してしまおう、などと、ずっと、そのメロディーが回っているのです。そうだ、ここは、ワルツだ。ここは、バッハなんだ!とか。で、最後はエリーゼ風に、などと。 とはいえ、最初はサティーを弾いていたのだが、少し退屈して、自作即興に入り始めた。一応、ピアノが弾けるのに、即興は、わけがわからないことになっているときもある。それから、小説の続きを書こうとしたら、何だか、違和感があるので、別のものを書き始めた・・・・・すると、どういうわけか、ポルノに近くなりはじめて、本人は耳をおさえてしまった。ううーーー封印しておこう。 何も見なかったことに・・・・・・しよう。 おそらく、アニーエルノーのせいなのだ。アニーエルノーの写真の使用法という本のせいなのだ。原文であつかうことになり、けれど、これは、なかなか、さくさく読めるので楽しい。 へへへへ。 今日も、歩いている間は怖いぐらいにご機嫌で、いったい、どこかにピアノは転がっていないものか・・・・・・ああ、先生が私に今日何か話しかけたならその代わりにピアノで自作演奏して何とかなることはないのだろうか?? (こんな私をゆるしてーー!!) 妄想かけぬける朝 夏が突然、やってきたからのような東京。
Apr 14, 2006
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私がよく、いく、ぺージのジャスミンさんが書いた文字が消える、と、怒ってましたが・・・・・・消えちゃいましたよ!私のも。 すってんころりん。 これから、今日の授業、いってまいります。いったい、どんな課題が出されるのか、と、半分、恐怖なのです。参ったな・・・。 忙しくなれば、腰痛、頭痛、何でもそろうでしょう。風邪をひかぬように気をつけねば。 今日もまた、講演会に出かけてまいりますので、得意の鼻歌、開花させながら、いってまいりますわ。 追伸我が家の半住人のまだ、冬眠しているとかげさんへ 今日は、暖かいので、そろそろ、目を覚ましなさいな。帰りは遅くなるので、よろしく。
Apr 13, 2006
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とりあえず、コーヒーだけは飲んで学校にいく。眠ってしまうと困る、と、思うのと、面倒くさいと思うので、朝ごはんは食べない。まるで、春が冬になるかのように、やたらと寒いと、思い、そう、神経質に思うせいなのか、布団の中の素足がとても、冷たい。私はきっと、毛皮にくるまれていたい。そんな動物でいたい。そうして、ご飯を食べるときにはほっぺにたくさんつめて、ゆっくり食べるんだ。部屋の中では、小さく、敏捷で、そうして、太陽や、月の光を浴びたら、狼のように鋭く、体ごとぶつかって戦うそんな野獣でありたいものだ。 空腹とともに、毎日、歩く。抱えた空腹がなっている。私は歌を歌う。夜風にたそがれて・・・・・・考え事をなす。人間らしくて、動物的な考え事をする。それは、なんでもないこと。つまらなくて、どこにでもころがっていること。 昨日は、どうして、前は、あんなに眠たかったのだろうと、考えていた。というのも、私はどこでも、眠ったから。眠ってはいけない場所でも眠っていた。授業中でも。眠ろうとする意思なんてものは、なく、気がつけば、ことっと、眠りの中に落ちていた。それが、なおったのである。私の先生、L先生の一喝により・・・・・・なぞである。私にとって、眠らなくなったのは、とても、うれしい。授業中に眠ってしまう、それだけで、たいぶ、悩み、悩んでいる途中で、また、眠くなってしまうという事態が・・・・・・消滅したのだから。しかし、なぞなのだ。なぜだろう?なぜだろう?眠りが、現実逃避の形をとっているのならば、それは、少し、わかるような気がする。考えれば考えるほど、疲れる妄想から、授業中だけは、開放されたのかもしれず、時を得ずに不安になる、それも、一人になったときに不安になるように、限定されたのかもしれない。 昨日、ピアノでひいていたのは、ピアソラの鮫、突進を思わせる。雨ばかり降るこの東京で、突進、していこう・・・・・・今日。(すでに、倦怠感!)
Apr 12, 2006
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今日から、大学院の授業が始まります。よく知った校舎に、だから、どうも、大学院生という気がしないのだ。新入生、それから、ふだんはこない学生がごったがえす中で、癖となった、鼻歌をうたい、通り過ぎる。遅くおきた朝の、ものうげな雨の降る中。 これから、会う先生の、話すときの特徴、手の動き、その何人かの女子学生が酔いしれる声の響きを思い浮かべると、思わず、笑みが。それから、恐れが。何を隠そう。その先生の授業で私は眠ってしまい、雷を落とされたことがあるのだ・・・。しかし、私がイメージするその先生像は、子供がかく落書きのようなもので、特徴を誇張され、ゆがめられている。ごめんよ。と、それから、走り抜ける。別にいいじゃないか。妄想だって。楽しければ。ああ、もしかしたら、授業中、にやにやしているかもしれない。勝手なことをまた、考えて。 体調は、ひとつ、ふたつ、不安なことがあるものの、良好。 今週は、行きたい講演会があるので、友人と、あらゆる場所をめぐることになる。重なっているのだ。今週、から、来週の始まりまで。ああ、不定な私の予定。進まぬ読書よ。たまらぬお金よ。
Apr 11, 2006
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正式には、授業が始まるのこの日から。でも、とる授業、私はないから、大学の中でバイト。あとは、履修相談に先生にのってもらう。 ああ、先生、あなたのライオンつきおとし計画はもう、はじまっているのですか?私は麗しいあなたのおもちゃにすぎないのでしょうか? 黒髪のつややかな、それに、素敵な声。人前では自分の本当の姿が現れるのは何ともなく、恥ずかしいもの。しかし、ロランバルトの恋愛のテキストを読むあなたの声にすっかりほだされてしまった人。愛を語りながら、なおも、理性的な貴女に私は心の中で、「何といけずな人だろう!」と、思うのです。テキストの内容はとても、難しくてでも、読んでみることにいたしましょう。 月曜日がはじまると、週末は夢のごとく、とても、遠くに、けれど、何度も思い出されるものです。学校で居場所のなかった私は、昔は相当、週末が大好きでした。何もせずに、過ごすのですが。 ずっと、ずっと、年月をへて、怠け者。 徹底した怠け者ではなく、怠け者であることが不安になり、かりかりと、はつかねずみのごとく・・・・・・今は、かりかりと、親のすねをかじっております、はつかねずみのごとく、ごめんなさい。いつか、自立できるのかしら?と、不安に思いながら、あっちの風、こっちの風、ふらふら、ふかれ・・・・・・根無し草やって23年。今年は私の風、やってきてくれるのかしら。期待をこめて、夜な夜な、待っているのです。
Apr 10, 2006
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布団はしきぱなし。だって、魚は水の中でしょ。キリンは草原でしょ。じゃあ、私の生息区域は布団なのよ、悪い。やどかりなの。ふとんを背負って生活しているの。家なのよ。だから、家の中にはさらに家があるわけ・・・・・・(箱男の布団版かもしれない!) とはいえ、私、本物の布団女じゃないからね、体の機能がそのようにできていないらしいの。どうしたものかしら、一日中、お布団で生活していると、あちこちが、痛くて、ぼろぼろに・・・・・・私の老化は急激に週末におとずれる、という始末なのよ。 女は化粧を忘れる。女は男が世の中にはいるのだ、と、いうことを忘れてしまう。鏡は何を映すのか。もはや、鏡など、見ないのか。 週末だけ、部屋が傾く。くちはてる。まるで、私の体重は支えられない、というように。 「あなたは定員オーバーです」と、ブザーがなる。私の部屋なのに・・・・・・。 生物でしかない私は、小説を読みながら、玄関の外を見てみようとしていた。自分を隠して、でも、相手は見たい。私にかかわらないで、でも、私はあなた方を知りたい。 けれど、私がとった小説は、森まりの「恋人たちの森」だった。美少年と、魅力的な中年男性によって展開される陶酔的な恋愛ものである。 それから、寝転がった。私、美少年には、なれないわ。
Apr 9, 2006
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招待券を手にいれたので、絵を見にいこうと私は思っていた。しかし、休日、私には外に出る義務はない。何とはなく、面倒くさくなってしまうのだ。無理だ。冷蔵庫の中は空じゃない。さしあたって外にいかなければいけない、という、危機感はない。こんなとき、時計とにらめっこ、一日が終わるのを途端に待ち始める。 この日、救われたのは、友人Aが私にメールをしたことだ。外に出られる。と、上着を着る。外は途端に雨。しかも、その雨も、私が大学につくと、からっとはれて、友人はその青を見つめている。「とても、きれいな青だね」と、いいながら。 招待券があるので、美術館に。友人の分もある。 異常なまでに、態度の悪い駅員を通り抜け(友人が切符の料金を間違えたため、話をしたのだが・・・・・・左ほほに傷のある、すでに、何かに怒っている駅員さんだった。まるで、仕事というものを、棚から何か重たいものが落ちてきて、頭に衝撃を与えた、というように、怒っている、イライラしている。友人と二人、驚いて10秒間、くらい、見つめる。わが母が以前、つくりあげた、同情ストーリーをもとに、その駅員さんにおける、同情ストーリーを目的地につくまでつくりあげる。詳細は知らないので、今のところ、奥さんに逃げられた、ということにしておく。かわいそうな、かわいそうな、駅員さんだ。新聞紙が風にふかれ、くしゃくしゃになって、もう、誰にも読まれない、そのくらいに、捨てられてしまって・・・・・・)「おそらく、そうでもなきゃ、あんなに怒っちゃいないだろう!」と、陽気な声がホームにこだまする。かわいそうは、合唱の声。作り涙を浮かべ、それから笑う。何て悪趣味・・・・・・。 やがて、目的地へ。しかし、そこは、人、人、人、人・・・・・・で、ごったがえしていた。絵と絵の間を人が埋めていた。ざわめきが耳にずっと、聞こえ、ささやきが近くで聞こえた。われわれは、絵のように、陳列されているかのように、それから、ゆっくり、ゆっくり、進んだ。 人ごみの中で疲れたのもあり、カフェへ。神保町の静かな場所。 夜がさしせまり、やがて、友人とも別れる。 この日あたりから、私の根が暗い部分がもやのようにたちこみはじめる。口を閉ざしてしまおうか。心を閉ざそうか。友人にも秘密を持とうか・・・・・・そう、思う、声を、何かわからぬものにしてしまいたい。酒を飲もうか。いいや、いっそ、眠ってしまえ。震える心でジャンリュックナンシーを読んだが、夜が寒いだけで、内容はあまり、入らなかった。 熟睡。
Apr 8, 2006
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携帯をもっていながら、携帯に電源をいれない人間なんて。ここは、赤坂。英語を話すしどろもどろの私がいた。待ち合わせ場所に確信がない。なかなか、Cの姿は見えないし。 知らなかった。これから、Cにふりまわされるとは。 さて、その日の夕方、いきなり、話は飛ぶのだが、Cの性格について、私は友人と話していた。何しろ、Cは嵐のようだったから、とんでもない距離を短い時間でわれわれは駆け抜けることになったのだ。メトロにのり、それから、歩き、人に、道をたずね、昼食を、それから、また、道を尋ね・・・・・・ それにしても、C,君は歩くのが早いのだ。どうして、私の早歩きで君についてゆけぬ。そして、君は道を知らぬのに、どうして、そんなに早く歩くのか?おい、目的物を見逃しているぜ。 ぜいぜいと、大型犬をつれた私は、綱が切れたその犬を追いかけている気分。もしくは、デパートで走り回る子供を追いかけているような。 とはいえ、細かく書くのはやめよう。 目の前を電車が通り過ぎると、私の友人と一人はいった。「マイペースな人には自分もマイペースになればいいのですよ。」と・・・・・・。 しかし、半分、なれるものか?と・・・・・・。 半分、どうにでもなれ、という気分と・・・・・・やけになる。 ああ、私はやっぱり、ゆっくりが好きだよ。友人と話をしながら、紅茶をすすった。
Apr 6, 2006
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ああ、誰か、待ち合わせ情報なるものをつくっておくれ。というのもだ、明日が待ち合わせなのに、どこで待ち合わせしていいかわからない!!だって、わからないんだもん、赤坂とか、溜池山王とか。相手が近辺を詳しく知っていればなあ、いいのだが・・・だってですよ、だって・・・・・・赤坂駅とか、溜池山王駅とか、そりゃ、広すぎて絶対、あえないよ、と、思ってしまうのだ。いったい、改札がいくつ、あるのだろう。その時点で迷ってしまう。 渋谷ならば、有名な待ち合わせ場所はハチ公前。 ううーーそれは、わかるのだよ。だって、有名じゃない。でも、赤坂とか、溜池山王とか・・・・・・ 海外でも待ち合わせ場所は困りますね。パリにては、バスチーユのオペラ階段、パリのオペラ海岸など。慣れてくれば、じゃあ、ブックオフで、とか、どこどこの喫茶店とできるのに、はじめは、(まったく、行ったことがない時点で)、どこで、待ち合わせしていいか、わからない。そんなわけで、友人と、大きな庭の近く、(どこだっけ、記憶喪失だ!)で待ち合わせしたものの、あやうく、会えないところだった!!第二の待ち合わせ場所を決めておいたのと、それから、友人が早めに到着したのと、私の防犯ブザーが恥ずかしくもなってしまい、パニック状況のため、とめかたがわからなくなり、音を止めようと、ブザーを壊しているところに、彼が到着。季節は夏。ああ、アイスクリームが食べたい、と、けれど、心の中は会えるかどうか、不安である。今、思えば、そんなところで待ち合わせなんて、絶対しない。やっぱり、町について、知っておくべきなのね。そうなのね。うん・・・。と、思う。 初めての待ち合わせ、しかも、フランス人と、明日、不安だよ。私、フランス語、衰えていくばかりなのよ。相手も日本語を学ぼうとしているものの、どちらかというと、私が相手の言語に合わせる形になるらしい。とはいうものの、たまに、英語でメールが帰ってくることがあるので、いったい、どっちなのだろう。フランス人なのか、英語圏の人なのか、それとも、フランス人だけれど、英語を教えているのか、なぞである。
Apr 5, 2006
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新しい学生証、新しいメールアドレス、新しい履修要綱など・・・・・・担当の先生は変わってしまったし。(でも、とても、感じのいい先生なのよ!) 夜、一人、新しい靴で歩き回ることに疲れ果て、電車にのり、おうちに帰る。日常生活を少しでも、楽しくしようと、一人しかいないのに、「ただいま」をいうことがある。 着古した古着をまとう外人、電車にのる。電車の中、多民族国家ではない日本の中で、日本人と外国の方がいます、といったら、やっぱり、田舎育ちの私は外国人に目がいってしまう。その日、電車で乗り合わせた外国の人は二人とも古着を着ていた。着古した色調がよく、似合う。うーん、日本人はファッションで着古しを着ることはあるけれど、ファッション以外ではないかな、と。自然な着古しではないよな・・・・・・と、勝手に想像。外国の人の方がものを大事にしているような気がするのは、私の思い過ごしだろうか? 沈黙が怖いので、まず、テレビ。最近、話題の細木かずこである。ニートについて。彼女の話し方の不自然に強調されているさまが、どうも、なじめない。 夜が更けて、 履修要綱、ふたたび。 頭を抱えて、ピアノとテーブルの間をいったりきたり。 先生への手紙。妄想をいれないように、簡潔に、簡潔にしあげようと、あせる。 いかにしよう・・・ 夜は深い・・・・・・。 誰かとお話しようか。携帯の調子が悪い。 それで、面倒くさくなってしまう。 天井とおしゃべり。ああ、空気になってしまいたい。 じたばた。 一人じゃない。 せきをしても、一人。 さーて、どうする。 じたばた。 勉強をしよう。机に向かいなおり、とりあえず、文字と文字の間のスペースに自分をいれてみる。 ああ、寒い夜なんか大嫌いだ。 今日は、どうせ、春なんかこない、と、言っていた(さくらがさいているのに)春なんてこなくて、どうせ、冬から突然、夏になるのです。と・・・・・・ ああ、天候よ、もう、私にいじわるするな。 ハロゲンヒーターしか、もっていない、私を、いたわっておくれ。
Apr 4, 2006
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予想はしていたのだけれど、おそらく、前途多難。私を支えてくれていた2人の親友は卒業で大学の方にはあまり、こなくなるしね。ああ、具合が悪くなったらどうしよう、と、入学式の間、ずっと、考えていたのでした。 自分だけが特別ではない、とは、よく、いったものです。私自身も、よく、ボーダーラインなどという精神の病気と診断されることもあるのですが、それは、病気といえば病気だし、病気じゃないといえば、病気じゃない。いったい、けれど、危なくなったら、どこを基点に、今度は安全網をはればいいのか。そうして、大学院のメンバーを見渡してみるものの、これから、私、孤独なのではないか・・・と、つくづく、思うのでした。そんなわけで、私が頼れる場所をさっそく、作っておかなければ、と・・・・・。 私が不安に思うのももしかしたら、思い過ごしかもしれません。でも、話しかけても、すっと、相手が抜けていくようなさびしいような反応・・・・・・。もとから、さびしがり屋で、表面的にはそのようには、見えないかもしれませんが、なんだか、はじめから、異端視されているようなそんな気がして・・・怖くなる私であります。 始まる前に、もう、すでに、退屈しています。いったい、この退屈感はどこから、くるのでしょうか? 一秒だって、落ち着いていられません。私にはジョークが必要です。そんな私を大人めいた人々は子供、と・・・・もしくは、無意識の軽蔑でもされているのではないか、と・・・・・・被害妄想、でしょうか。春は、そんなものを運んでくるのでしょうか。入学式、その他の、オリエンテーションが終わり、本を借りてみたものの、何だか、さびしい気がしています。これからは、友人Kや、Aと、気軽に、大学でコーヒーを飲むことがあんまりないのか・・・・・春なのに秋風・・・・・・。
Apr 3, 2006
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土日が休日になったため、私は毎回のように、その使い方に困ってしまう。特に用事がなければ、外に出ようとしない。が、出なければ、気分は落ち込むばかり。そんなことがわかっているはずなのに、本当に、外に出るのが、機会さえなければ、怖いようなそんな気にもなってしまう。だから、正直、喜びました。フラメンコの振り替え教室。体を使うことになるしね。いつもの、メンバーはいないけれど、それも、新鮮でしょう。 明日が入学式という自覚もなく、だらしない髪型、そのままにして、いつもの電車にのる。休日に、外出するのは気分がいい。悪くない。一日がそれを基に設計されるのだから。何だか、嬉しかった。 久しぶりに、フラメンコ教室の人と、お茶をしたのもね。・・・・・・。先週は、我が家の犬が具合が悪くなって欠席したのだけれど、犬も元気になったことだし、何も悩む理由はないのだわ。
Apr 2, 2006
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休暇の贅沢というのかしら。何というのかしら・・・。朝、おきて、何もしたくない、などと、空気いっぱい吸い込んだつもりが、ふと、寝息にまた、戻ってしまう。小さいときに、今も、そうだけれど、一日をはじめるのがものうかった。だるくて、どうして、一日は始まらなければいけないのか、と、文句をいっていた。できれば、ずっと、寝たままでいいわ、と。 この日は、そう思ったように、一日中、眠ることになる。いったい、私、何時間、眠るのだろう・・・・・・と、疑問にも思いながら。でも、思った疑問もすぐにかき消されてしまう。夕方の6時から、真夜中の1時まで。真夜中の2時から、翌朝10時まで・・・・・われながら、よく、眠ったものだ。眠りの代償は、床に直接布団を一枚、しいているため、体がなまることです・・・。
Apr 1, 2006
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