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某大手進学塾の英語講師の森くんと国見岳に行ってきた。彼と僕は誕生日が1ヶ月しか違わない同年でNPO関係の女性を介して10年ほど前に知り合った。年に2回は男女数名で低山ピクニックに行く際に出会う程度だが先日「山に行かないか?」というメールを受けて2人で行くことにした。彼とは去年の1月に雪の御在所岳に行って以来、2度目のハイキングである。今回は鈴鹿山系の国見岳に登って来た。2014年に女性の友人と深夜の国見岳に登ったことはあるが今回はバリエーションルートに近い国見尾根から登ることにした。冬期通行止めの鈴鹿スカイラインに車を停めて歩き出す。途中までは御在所岳の裏道ルートを辿って歩くのだが砂防ダムのある河原を歩いてショートカット。しばらくすると古い木の橋を渡る。ゆらゆらと揺れて面白い。雪融け水の流れる川。こりゃ夏に来たらダイブだな。標高600mちょっとに建つ藤内小屋を過ぎると国見尾根との分岐点。その尾根を歩き出して僕はご機嫌になっていた。踏み跡のないやや荒れた登山道で、いかにもバリエーションルートっぽく玄人好みのシブい尾根道ではないか。こりゃいい。こんな大木がいっぱい。なかなかの急登である。木の枝に付けられた赤テープによる案内があるもののルートファインディングの楽しさをすごく味わえる。ただしこの道を下りでは使いたくないなあ。途中にすごいスポットに出会った。絶壁近くの岩に「界」と刻まれている。「界」は単に三重と滋賀の境界を表わしているのかもしれないが僕は仏教の「六界」のイメージが頭をよぎった。天上界、人間界、修羅界・・・、地獄界。地界、水界、火界、風界、空界、識界という6大要素も脳裏をかすめる。振り返れば藤内壁(とうないへき)の岩場が見える。雪が舞い始め、まるで天上界に漂う花が飛んでいるようだ。ここは明らかにパワースポット。下界の何の音も聞こえない。雪によって音は更に吸収され無音の世界だ。もう少し上に歩けばすごい岩場が待っている。
2016年02月28日
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スリランカからの帰国便はかなり出発が遅れた。中国東方航空のフライトの遅延は日常茶飯事らしいのでベンチで落合信彦の「サブプライムを超えて」を読んでいた。主人公の名前が僕の長男と同じで、内容も良い。しばらく読んでいたら往路でも一緒だった男性と再会し色んな話をして時間が過ぎたが、まだ飛行機が出る気配はない。この写真を撮ったのが22:14分。一番上の20:20発 上海行きが僕の乗る中国東方航空だが、まだチェックイン表示になっていて出発搭乗ゲートさえ確定していない。で、いきなりファイナルコール表示に変わり赤色文字が点滅。皆さん下の階まで大移動である。そんな感じで遂に離陸。ありがとう、スリランカ。きっとまた来るよ。以下は昨日発売された雑誌「リバ」に掲載したエッセイである。 【スリランカで居候】年末年始にご招待旅行でスリランカに行って来た。悪名高き中国東方航空を使ってのフライトだったが無事に帰国できた。スリランカからの出発が3時間遅れたり、帰国時に荷物が1つ紛失した程度だった。後日その荷物も自宅に送付されてきたのでまあ問題なかった。あとは現地でスリランカの東方航空オフィスに搭乗予約確認をした際に「今ティーパーティーやってますんで。ガチャ!」と電話を切られたぐらいである。お金はないが時間の余裕がある人や機内でのサービスなんか全く期待してない人、搭乗カウンターで並ぶ際に列を無視した中国人軍団の割り込みに寛容な人、どうせ機内では映画を観ないで寝るからイヤホンから音が出なくても平気な人、空港内で待機中に出発搭乗ゲートが突然変わって全力ダッシュするのが好きな人、そんな人達には中国東方航空は断然お薦めなのでぜひ利用していただきたい。さて、スリランカでは初日は空港まで知人が出迎えをしてくれて、そのままビーチサイドのホテルも用意してくれていてVIP扱いだった。翌日はコロンボ近くの知人の家に居候してそこを拠点に行動した。独りで南のビーチに電車で行って小さな安宿に泊まったり、世界遺産である空中宮殿シギリアに連れて行ってもらったり、森の中に建てられた知人宅で1泊したりと大変楽しかった。居候先ではふかふかのベッドが用意されていたのだが、スリランカは暑いために深夜にベッドから下りてタイル張りの床で寝ていた。タイルはヒンヤリとして気持ちいいのである。朝になって俺を起こしに部屋に入って来た知人が「サイトーがいない!」と焦って探していたのだが俺はちゃんとベッドの向こう側の床で爆睡していたのである。おかげで「まるで犬みたいだわね」と家族に笑われたのであった。スリランカは大変な親日国家である。子供達は「ハロー、ジャパン」と笑ってくるし、大人ですら「アユボアン(こんにちは)」と声を掛けて来る。特にスマトラ地震のために津波に襲われて甚大な被害を出した南のビーチの村ではいたる場所に「この橋は日本が作ってくれました」と日の丸と共にプレートが掲げられていて、自分達の家や家族を津波で失ったというのに「フクシマの津波では大丈夫だったか?」と我々日本人の心配をしてくれたのが非常に心温まる言葉だった。俺は現在50歳だが、今回のスリランカ旅行によって忘れていたものを取り戻した気がする。一言でいえば「無邪気さ」だろうか。心から笑うとか泣くとか、そんなことを思い出した。スリランカの人達の屈託のない笑顔や優しさに触れて、心の汚い部分が洗われた気分である。日本人はもっと笑って暮らしてもいい。無表情でケータイやスマホ見てるだけの人が多過ぎる。ひとりでニヤニヤしながら歩いてるなんてバカに見られないかしら?だとか、見ず知らずの人に挨拶なんかしたら不審に思われないだろうか?なんて思ってないだろうか?会社という組織の中で揉まれて心の底から笑うことを忘れ、笑う時はうわべだけの愛想笑い。タレントがテレビの中で勝手に盛り上がってるバラエティー番組をぼんやり眺めながら、つられ笑い程度の乾いた笑い。それはなんか本当の幸せから出る笑いじゃない気がする。物価的・経済的に見れば日本はスリランカよりも裕福のはずである。しかしその分、動き続けなければ生活できないという先進国病にかかっている。もっとシンプルに、たとえば太陽が昇って来ただけで幸せだとか、家に屋根があってラッキーとか、生きていること自体がハッピーだと思えるような心で生きて行きたいよなあ。今回のスリランカ旅行で得た最大の収穫はそんなことだった。ちなみに8泊9日で使ったお金はたった3,000円。そのうち1,000円は津波記念館への寄付。皆さんもスリランカとか東南アジアにツアーではない一人旅をしてみてくれ。きっととんでもない心の宝物を取り戻すことができるぞ。それは本来、あなたが子供の頃に持っていた本物の笑いであり、それは実は今でもあなたの内にある。
2016年02月22日
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先月1月20日発刊分「リバ」のエッセイ掲載を忘れていた。1月20日発刊といっても原稿は去年の12月下旬の出発直前に慌てて打ち込んで編集部に送っておいた。実際の旅はある程度この原稿の予定通りに進行し、飛行機のトラブルは欠航にはならなかったもののちょっとした遅れや荷物紛失だけだった。この続きは今週20日に発売。 【南の島でバカンス】年末が押し迫った12月下旬、中古車関連の仕事仲間のスリランカ人の友達が「年末年始にスリランカに来る?無料で招待するよ」と言ってきた。ははは、そんな素晴らしいことなんて実現しねえだろうな。ご存知の通り年末年始を海外で過ごす人達は多いので航空代金も跳ね上がるし、出発まで10日足らずしかないのにチケットが取れるはずはない。俺は「いいねえ、じゃあ期待せずに待っているよ」と答えておいたが数日後に友人から本当に招待の連絡が来たのだった。往復のチケット代、入国ビザ代など全て相手持ち、現地での宿泊は気にしなくても良い、観光地への移動など全て出してくれるということで俺の出費はゼロだ。こんなオファーは人生であるかないかのラッキーなことなので行くことにした。当初は年末年始に雪山登山を予定していたのだが、まさか南の島でバカンスとは。 昔から貧乏放浪の旅をしている俺は初めてのスリランカ行きを目前にして、ビーチや山にも行きたいなあと思いグーグルアースで上空から俯瞰して見た。うおお!海むっちゃキレイじゃん!この辺りのビーチのコテージで泊まろ、とか山奥のゲストハウスで1泊してえなあ、と色々検索してみた。グーグルアースで地形を見て宿泊場所を選ぶなんて最高の贅沢な旅じゃん。ただ、スリランカの安宿は1泊千円から2千円もするので高いと感じたが、まあ正月値段だから仕方ねえよな、世界中から観光客が来る時期だし。何とかヒッピースタイルの安宿を現地に行ってから探し出そうっと。 スリランカといえば紅茶をはじめ、サファイアやエメラルドなどの宝石が有名だ。行ったついでにそれらのアクセサリーを仕入れてきて日本でネット販売すれば、これまた収入にもつながるという至れり尽くせりのスリランカ行きになるだろう。 ただ、航空チケットを販売してくれた某大手旅行会社の人が言うには「中国東方航空は利用者様からのクレームが非常に多くお薦めできません。それどころかフライト自体が予告なくキャンセル・変更されるんです。3日遅れで飛ぶならいいのですが2日前に予告もなく先に飛ぶこともあって、よくもまああれで航空会社として成り立っているなあとも思うのですが、当日3時間遅れしか乱れがなかったら幸運だと思って下さい。全て運です。コロンボに着いた後も航空オフィスにフライト時間や日時に変更がないか再三確認の連絡を入れて下さい。我々の会社ではもう責任持てません。それでもいいなら航空券を正式にお売りできます」と言われた。 おお!だからフライト1週間前でも席が取れたのか。(笑)天下の某大手旅行会社ですら売りたくない航空会社のチケットとは。これはますます面白い旅になりそうである。どうせ無料ご招待の旅だし。次回のこのコーナーではスリランカの旅をレポートするつもりでいるが、もしかしたら「年末年始はずっとセントレア空港で過ごしてました」だとか「まだスリランカからの帰国便が飛ばずに現地から原稿書いてます」という涙ながらのレポートになるかもしれないので我ながらドキドキ楽しみである。
2016年02月17日
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スリランカ国内でもインド音楽は人気がある。僕もインド音楽が好きということでピアがインドポップスのCDをお土産にくれた。というか、一緒に買いに行ったらお金を払ってくれた。街のCDショップに行くとCDは売っているのだが棚にちょろちょろと少しだけ売っているだけだ。で、パソコンが1台置いてある。つまり「曲を取り込んでCDRに入れてくれる」のである。きちんと店を構えてるが、これ、完全に違法ですな。(笑)バンコクあたりでも露店に「CDジャケット」がバーンと並んでいてそれを店員に渡すと10分程度でCDRに入れてくれる店がある。スリランカではその「CDジャケット」すら置いてない。「誰々の何々というアルバム」と指定してCDRに焼いてもらうのだ。僕が店頭で指定したのは「インドの女性ボーカル」で「バックにシタールやタブラを使った古いスタイル」のもの。店のオヤジがパソコンから1曲1曲流してくれる。で僕がイントロを聴いて「OK」とか「これダメ」と選ぶのだ。そうやって曲をセレクトする場合はCDR1枚200ルピー(約160円)で前述のようにアルバムを指定して丸々焼けば100ルピー(約80円)だ。それが下記のCDR。盤にオヤジがペンで内容を書いている。やっぱラタ・マンゲシュカールはスリランカでも人気で聴くとやはりすごい声量だし伸びのビブラートすごいよなあ。これ、音符通りじゃなくってアドリブだよなあ。まあインドポップスを聴いてみたい人はyoutubeとかyahoo検索で「india music」とか「india best song」とかでどうぞ。このCDはさすがに車の中では聴けないので自宅の居間で繰り返し繰り返し聴いている。
2016年02月16日
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スリランカの家庭の台所には大抵「かまど」がある。ガスが通っている家庭はコンロの火で料理するが今回滞在・訪問した全ての家庭では台所の隅にかまどがあり金属や素焼きの壷で料理を作っていた。薪の火で作った料理の方が美味しいらしいのだ。僕はその素焼きの壷にすごく心を惹かれた。居候先のお母さんが素焼きの壷でコトコトとダルスープを煮ていて使い古してきたその壷を見て更に異国情緒を感じたのだった。買って帰って自宅のオブジェにしようと思った。「素焼き」「壷」という英語を僕は知らない。似たようなニュアンスの単語で「ピタコッテ」というのがある。「ピタコッテを市場で買いたい」と言ってみたもののスリランカの皆さんにはさっぱり通じない。そりゃそうだよな、あれってイタリア語か何かだもんな。ピアの自宅の台所で素焼きの壷を指差して「コレ」と伝える。彼女と一緒に海の近くの壷屋さんに行った。薄暗い店内に山積みされた壷を割らないように選ぶ。焼く際に焚き木の具合で模様になった物で小さめの壷を購入。自分用のお土産としてスリランカで買った物はこれだけ。日本円に換算すると60円である。帰国後に「さて、どう使おう?」と考えたが使い道がない。結局これらは自宅の庭の隅に置いてある。まあ花の種でも植えて優しく育てましょう。他に買った物といえば「マグネット」である。ダンブーラの石窟寺院の出口で1個100ルピー(80円)で売っていた物を5個で400ルピー(320円)にしてもらって買った。ゾウのマグネットの1つは孫に(多分放ったままにしてるだろうな)ゾウのもう1つは僕がカメラマンやってる職場のロッカーの扉にくっつけ必要があれば「明日の撮影はどこどこから始める」って感じでこのマグネットを使ってメモをぶら下げている。残りの3個がこれだが、自宅の冷蔵庫に張り付けてある。海外のお土産って結局この程度の使い方なんだよなあ。ああ、そうだ。ピアと一緒にニゴンボのCD屋さんに行ったんだけどそのレポートは次回載せよう。
2016年02月14日
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スリランカ最後の日は空港に近いニゴンボに行った。まずは知人のピアの家に遊びに行った。こんな道を入って行くと彼女の家がある。まさにプライベート・コテージのような佇まいの彼女の家。南国の建物らしいシンプルな作りで風通しが良い。白い車はロハンが借りているレンタカー。デング熱から復活したピアのお母さんが出迎えてくれた。彼女の家も庭が広く、バナナやヤシの木がたくさんある。ジャックフルーツの木の下で鶏の親子が歩き回っている。「サイトーさん、日本に荷物持って行って。スパイスなんだ」飛行機の荷物預かりギリギリ23kgの品物を段ボールに詰め込む。玄関前にある広いポーチでわいわいと作業。スリランカは仏教国だが、ここニゴンボはキリスト教の地区だ。街の9割がそうであるように、ピアの家もキリスト教で居間にはキリストの肖像画やオブジェが飾ってあった。それから家族みんなで昼食を食べに行った。その後、家族が買い物をしている間に僕は街のキリスト教会へ。ステンドグラスや天井画が素晴らしい。写真撮影禁止だったので写真は撮らなかった。海からの気持ち良い風が教会内を吹き抜けていく。心穏やかな南国の午後だった。
2016年02月13日
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シギリヤとダンブーラで計2日を費やしてピタコッテに戻る。ダンブーラの郊外の道路沿いの八百屋さんで食材を購入。ピタコッテの街が近付いてきた。車の運転マナーはバンコクよりも酷い。鼻先を突っ込んだ方が勝ちである。居候先で僕が使わせてもらっていた部屋はロハンと共同で約10畳の部屋にベッドが2つ並んでいてシャワールーム付き。天井にはファンが回っていたのだがスリランカの夜は暑く僕は毎晩、枕だけ持ってベッドから下りて床で寝ていた。ヒンヤリとしたタイルが気持ち良かったのだ。僕が寝ていたベッドは部屋の奥にあり、その向こうの床で寝ていたので最初の朝は「サイトーさんがいない!」と探されたのだった。朝はロハンのお母さんがミルク入りの暖かいセイロンティーを部屋に持って来てくれて大変気持ちが良かった。台所ではロハンの妹その3"Shiro"が長い髪を無造作に束ねていつも鼻歌を歌いながら料理を作っていた。シロは英語も流暢だしユーモアもあってよく笑う。そのうえスリランカで見た女性の中で1番きれいだった。 (これは数年前の結婚式の時の写真)スリランカ最後の夜は知人達が大勢押しかけて来て紅茶などのお土産を僕にくれたのだった。明日はニゴンボ(スリランカ到着初日に行った街)で1日過ごし夕方の便で上海経由で日本に帰る。
2016年02月12日
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金ピカの仏像は確かにすごいとは思うけれども僕は小さな祠に祀られている仏像の方が好きだ。その像がいびつで土着的容姿をしていればいるほど強い信仰心が宿っているような気がする。やっと咲いたばかりの蓮の花をいとも簡単に手折ってその像に捧げる参拝者の思いにエゴを感じるけれど信仰とは自己中心のそういうものであるかもしれない。蓮の花も「明日はわたし蕾が開くんだわ」という予感と共に咲いたらすぐに摘まれるという事を知っていてそれを覚悟して花を咲かせてすぐに命絶える、それが宿命、我が身を呈して人間達の信仰の手助け、と花の意識の世界でも輪廻やカルマを信じているのかもしれない。
2016年02月11日
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薄暗いダンブーラの石窟寺院から外に出ると眩しさにやられて一瞬目の前が真っ白になった。目を細めて俗世の明るさに目を慣らすと視界に飛び込んできたのは池の蓮。花の存在自体が説法。
2016年02月09日
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スリランカの有名な観光地といえばシギリアの空中宮殿と並びダンブーラの石窟寺院(ゴールデン・テンプル)がある。ここは巨大な一枚岩の一部をくりぬいて寺院が作られている。駐車場近くに入場券売り場がある。外国人1500スリランカ・ルピー(約1000円)、スリランカ人は無料。そこから寺院まで歩いて約10分程度。う~ん、外観はなんか俗世っぽいっていうかハリボテっぽくってこりゃ石窟寺院は期待できないかな?と思う。寺院の前で履いている靴を預ける。25スリランカ・ルピー。(約20円)そこから見た景色。ああ、あの山に登る方が面白そう。寺院の中に足を踏み入れるとそこは別世界。おお、これはすごい。仏像がすごいんじゃなく壁画がすごい。くりぬいた岩の表面にびっしりと壁画が描かれており仏教の曼荼羅の世界が繰り広げられている。この寺院にも野生の猿がいっぱいいてなんかネパールのスワヤンブナート寺院とダブった。いずれも丘の上に建つどこか異次元の空間である。
2016年02月08日
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夜中のうちに雨はあがったようだった。家の周りを散歩してみようと外に出てみた。湿った森の匂いが漂っていて深呼吸をする。家の門から外に出ると小川が流れていた。それにしても広い庭である。柵の向こうにもヤシの木やバナナの木が続いている。初めて見たコーヒーの花。自然の法則に従って規則的に咲いている。ちょうど画像中央あたりに赤いコーヒーの実。泊まった家の外観。朝食を食べて家を出る。今日はダンブーラの洞窟寺院に連れて行ってくれるらしい。ぬかるみから脱出させるために車を押してスタート。このレンタカーはニッサンのサニーなのだが運転席の窓が開かなくて難儀をした。1ヶ月のレンタル料は日本円換算で24,000円。1日あたり800円ってところ。ちなみにスリランカのガソリン価格は1リットル約100円。日本とそんなに変わらなかった。
2016年02月07日
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ダンブーラの居候先では僕ひとりのための寝室が用意されていた。ご丁寧にリキッドタイプのアースマットが用意されていたのでベッドを包む蚊帳は使わずに寝ることにした。電気を消してベッドに寝転ぶ。森の中なので本当に真っ暗である。すると部屋の中に光るものが飛んでいる。ホタルだ。太宰治の小説の中で、捕まえたホタルを蚊帳の中で放ちうっとり見ながら寝たという幼少時代の記憶の記述があるが僕もまさにその通りの状況で夢心地のまま眠りについた。翌朝まだ暗いうちにコーランの声で目が覚めた。どうやら町のモスクから聞こえて来るようだ。夜明けのコーラン、インドのパトナーでも聞いたことあるなあ。異国にいるってことを強烈に感じる瞬間だ。起き上がってカーテンを開ける。床に黄緑色に弱々しく光る物体。ああ、昨夜のホタルだ。腹を上向きにして息絶え絶えだ。昨夜の僕の夢心地と引き換えに死ぬのか。死ぬなら床の上ではなく、せめて外で。最期の望みです、とホタルが言っている気がした。窓を開けてホタルを外に放り投げてやった。
2016年02月03日
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世界遺産のシギリヤ周辺には多くのゲストハウスがある。森の中に点在するそれらはとても魅力的な宿に思える。当初はその辺りのバンガロータイプの宿に泊まる予定だったがロハンの妹夫婦がダンブーラという場所に家を建てたそうで今夜はそこで厄介になろうという話になった。薄暗くなった夕方頃から雨が強くなった。ロハンが運転する車はダンブーラ郊外の田舎道に入りぬかるんだ道では車を降りて押したりもした。やがて森の中にポツンと建った家の前に着いた。ロハンの妹の主人がランタンをかざして迎えてくれた。流暢な英語で「足元に気をつけて」と照らしてくれる。家に入ると何もかもが素晴らしい装飾に満ちていた。シンプルなのにエスニック調でどこかヒッピーの香りがする。デコボコに塗った壁やキッチンの隅のかまど、部屋の配置、全てご主人が自分で作ったとのことだった。ダイニングの隅にブッダが祀られてお香が焚かれ、ランプが灯されて花も飾られていた。今まで数ヶ国で居候したり、現地の人の家に遊びに行ったがその中でもダントツでナンバー1の家だった。豪華だとか設備だとか、そんなことではない。立地条件とか家全体のオーラのことだ。こんな家に1泊させてもらえるなんて。ゲストハウスを探して泊まらなくて良かった。激しい雨が屋根を叩くので叫ぶようにして会話をする。「お金が足りなくて屋根が作れずにスレートのままなんだ」家中の床に雨漏りを受けるための小鉢が多数置かれている。うわあ、ますます気に入ったぜ!ロハンの妹夫婦は2人とも英語教師というだけあって見事な英語、しかも僕の英語力に合わせた単語を使い団らんは深夜まで続いたのだった。クッションの置き方ひとつ見てもセンスがある。晩ご飯はビリヤーニ。その夜は本当によく食べた。屋根裏ですごい物音がした。「ああ、またカラバダが来てる」「カラバダ?」「英語ではロリスって言うのかな?目の大きな猿なんだ」もしも再びスリランカ訪問の機会があれば僕は必ずこの家を再訪したいと思う。
2016年02月02日
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