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今日は空港近くのネゴンボに戻る日である。当初はここからダンブッラ→コロンボ→ネゴンボとローカルバスを乗り継いで戻る予定だったがここからハバラナ→クルネガラ→ネゴンボのバスがあるとゲストハウスのおじさんが教えてくれた。地図を持ってないので位置関係がよく分からないがどうやらおじさんが教えてくれたルートの方が良さそうだ。おじさんの息子がハバラナまで送ってくれた。ぎゅうぎゅう詰めのバスに乗ってクルネガラで下車。バスステーションでネゴンボ行きのバスを探す。クルネガラからネゴンボまでのバスはドアが開きっ放しだ。身を乗り出してパシャリ。だんだんネゴンボに近くなってきた。もう既に「帰って来た」も同然である。インドやネパールから帰って来る時、バンコクに着いたらもう日本に帰国したも同然のようにネゴンボに着いたらもう日本に帰国したも同然って気分だ。空港近くのネゴンボは旅の出発点であると同時にスリランカの旅の終着点でもあるのだ。ネゴンボの雑貨屋でビディーを買う。ヒンドゥーのカレンダーを買おうかな、と思ったがやめた。それからネゴンボ郊外のピアちゃんの実家に行った。「今夜はここで泊まって行けば?」という誘いを「ビーチで夕焼けと星を見たいから」と断った。1週間前、スリランカに着いた夜と同じコテージに泊まろう。3部屋しかない小さな海辺のコテージだがあそこなら部屋も空いているだろう。
2020年01月31日
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まだ真っ暗なうちに目が覚めた。僕は旅には時計を持って行かないのだが今回はipadを持って行ったのでそれで時刻を見るとまだ5時前だったのでもう1度寝ようと思った。しかしせっかく目が覚めたのだ。そうだ、今からもう1度ピドゥランガラ・ロックに登ろう。朝食の準備が出来たことを教えてくれる宿のおばちゃんが「あいつ、金払わずに逃げやがったな」と間違えないように「ピドゥランガラ・ロックに登って来る」とメモを残してツリーハウスから降りてゲストハウスを出ようとした。するとイギリス人カップルもちょうど出発するところだった。ライトを持って3人で真っ暗な道を1時間歩く。登山口のお寺で入山料500ルピーを払って山道を歩く。昨日はどんよりした晴れだったが今日はきれいな朝焼けになりそうだ。山頂近くにはジャンプして向こう側に渡らなければならない難所がある。そこはみんなで手を差し伸べて引っ張り上げたりして登る。そして山頂。言葉を失う。こんなにきれいな朝焼けは今までに見たことがない。日本の山に幾つも登ったがこんな身震いする朝焼けが!地球全体がオレンジ色なのである。何という...!山頂の水溜まりの近くに彫られている溝はずっと昔に建造物が建っていたのか、建てようとした痕なのか。やがて地平線の向こうから太陽が昇った。核融合によって地球に生命を授けてくれている太陽。僕の心は何万年も前の時代にタイムスリップした。イギリス人カップルのシルエット写真を撮ってあげた。外国人ってジャンプするのがお約束なんだよな。「あなたが2日続けて登った理由が分かったわ」と女の子が言う。陽が高くなってきてシーギリヤ・ロックがくっきり見えた。参ったな、やられた。スリランカにはやられた。こんな景色を見せられたらこの先どうすればいいんだ。3人で楽しく下山しながらゲストハウスに戻った。夜明けに目覚めて良かったなあ。
2020年01月28日
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ジャングル・サファリの帰りにハバラナ湖に寄った。湖周辺の村の子供達に手を振ると一斉に振り返してくる。実に素直な田舎の子って感じだ。こちらまで子供に戻った気分になる。ハバラナ湖は季節になると一斉に蓮の花が咲くらしくそんな中を手漕ぎボートで漂ってみたいと思った。透明度がすごい。深いのか浅いのか分からない。でもきっとワニいるんだろうな...。宿に戻ってから夕方の散歩に出掛けた。ピドゥランガラ・ロックの向こうに陽が沈む。昨日の宿泊客は僕だけの貸し切りだったが今夜のツリーハウスは他の宿泊客もいた。フランス人夫婦、イギリス人カップル、イタリア人夫婦、スリランカ人3人組、5棟のツリーハウスは全て埋まった。みんなでスリランカ料理の晩ご飯を食べた。これで1人前。全部食べました。デザートはミックスジュースとフルーツ盛り合わせ。長い1日が過ぎてツリーハウスに戻って寝た。明日はシーギリヤ・ロック周辺のお店でお土産買おうかな。南の国スリランカだが中央部の山の中なので暑くも寒くもなく扇風機を使わなくても適温だった。スリランカに来てからは昔の夢を毎晩見た。今回の旅はリセットの旅だったのかも知れないな。
2020年01月27日
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ピドゥランガラ・ロックで朝焼けを見て宿に戻った後、ハンモックの上でipadをいじっていたら宿の人が「ジャングル・サファリには行かないの?」と言ってきた。特に興味はなかったが今日1日ヒマだし体験してみようかな。料金は半日で9000ルピー(約¥5400)となかなか高額だ。でも車レンタル代+ドライバー人件費+未知の体験ならそれぐらい高くてもいいか、と出掛けることにした。スリランカに来てから7日でまだ¥5000ぐらいの出費だけだ。お金を使うのをケチっているわけではない。海辺の3部屋だけのコテージもジャフナのゲストハウスもアヌラーダプラでのテントの宿泊代も安かったし移動費も食費も安くてお金が減っていかないのだ。トゥクトゥクに乗っても300ルピー(¥180)なのだが僕はいつも代金とは別に20~50ルピー上乗せして「子供にお菓子でも買ってあげて」と言って払っていた。それを思うと9000ルピーというのは物凄い出費である。車はインド製のマヒンドラという四輪駆動車だ。幌を全てオープンにしてサファリに出発。広大なジャングルの中を野生動物を探して走る。獰猛な動物はいないようでガッカリ。ゾウの群れ発見。まあまあ近いな。牛発見。これは全然珍しくないけど。正直言って動物園の方が面白いだろうけどまあ「野生の」ってことで納得しとこう。それよりもオープンでジャングルを走るって方が楽しい。途中で車を降りてジャングル内の岩山に登った。見渡す限りの広大なジャングル。この中を走り回るのだ。自分の乗ってる車を遠望。出口が分からずジャングルから抜けられない車が多数。やっといきなり国道が現れてサファリ終了。柵がないから野生の動物は村にも出没自由である。さて、宿に戻ろう。
2020年01月26日
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ピドゥランガラ・ロックの上で朝焼けを見よう、それはスリランカに出発する前に決めていたことだった。しかし現地でのアクセスはどうなのか?他にも同じこと考えて登る人はいるのだろうか?そもそも登山道も分からないのに登ることは可能なのか?ツリーハウスの宿のおじさんに尋ねてみたところ、朝5時から登山口が開いて入山料は500ルピー(300円)らしい。宿から登山口までは徒歩1時間弱。「ワシが登山口まで車で送ってやるよ。帰りは歩いて帰っておいで」夜明けの暗いうちにおじさんの息子が乗せて行ってくれた。な~んだ、登る人いっぱいいるじゃん。真っ暗な登山道をライトを持って登る。山頂付近はかなりハードな岩登りだ。ピドゥランガラ・ロックは巨大な一枚岩で出来ている。オーストラリアのエアーズロック(ウルル)のようだ。どんよりとした朝だったが360度の大展望だった。ジャングルの向こうに世界遺産のシーギリヤ・ロックが見える。3年前はあそこに登ったのだ。別の場所からシーギリヤ・ロックをややアップで。ジャングルから立ち昇る水蒸気によって水彩画のようだ。一緒に景色を見ていた台湾人の女の子が撮ってくれた写真。山頂では犬達が寝ていた。いやあ、大満足だった。1人で宿まで歩いて帰った。帰ったら豪勢な朝ご飯が待っていた。宿のおばちゃんに写真を見せて、食後はハンモックで朝寝した。たくさんのリス達が至る所で走り回っていた。
2020年01月24日
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今回のスリランカ旅行のメインイベントは金環食だが他にもやりたいことが色々あった。ピドゥランガラ・ロックに登るというのもその1つだ。ジャングルの中にポツンとある世界遺産シーギリヤを別の場所から遠望してみたいと思っていたのだ。夜明けのシーギリヤを眺めてみたい。そのためには登山口近くの宿に泊まる必要がある。ということで今日からはこの宿が基点となる。いや~、こういうゲストハウスに泊まってみたかったんだよね。野生のゾウ対策にもなるし。手作り感満載のテラス・チェアーもいいね。シャワールームもついている。しかもホットシャワー。でも温度調節がうまく行かず、冷水と熱湯しか選べず...。「うひゃ~、冷てえ!うお!熱っつ!」の繰り返しである。水が流れるようにシャワールームの床が斜めになってるので身体も傾いた感じでシャワーを浴びるのであった。ベッドには蚊帳が張ってあるので蚊対策は万全。でも来る時に買って部屋の中の棚に置いておいたパンはナニモノかによって食べられてました。多分リスだな。敷地内から見えた空中宮殿シーギリヤの夕焼け。森の中の静かな夜。遠くで犬の遠吠え。木の葉が揺れる音。流れ星の落ちる音まで聞こえそうだ。
2020年01月23日
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アヌラーダプラでテント泊した朝は森の向こうから太陽が昇った。敷地内で獲れたフルーツをミキサーでジュースにしてくれてホストがbooking.comに掲載する記念写真を撮ったりして素晴らしい一夜はあっという間に過ぎてしまった。「HOMESTAY CAMPING ANURADHAPURA」お薦めです。ホストファミリーがダンブッラ行きのバス停まで送ってくれてシーギリヤ行きの乗り換え地点であるダンブッラに1時間で到着。雨季の終わりで様々な果物が店先を飾っている。町でシーギリヤ行きのバス停を尋ねても皆さんの意見はまちまちで北へ南へ3往復してやっとバス停発見。超満員になってバスは出発し、時速10キロぐらいで山道を登る。世界遺産シーギリヤに到着。歩いてシーギリヤの外周を回る。大トカゲが歩いている。ワニに注意の看板。ここにも。確かにワニでも棲んでいそうな感じするけど、いねえんじゃねえ?と思ってたら普通車の長さよりデカいのいました。急いで近づいて行ったら逃げられた。野生のサルもいっぱいいるし。バスの中で一緒だったスリランカ人のグループと歩く。後方にそびえているのはシーギリヤ・ロック。あそこには3年前に登ったから今回はパス。明日はピドゥランガラに登るつもりだ。
2020年01月22日
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ジャフナから乗った電車はアナウンスも無く駅に止まる。何気なく車窓から看板を見たら降りるべき駅だった。棚のリュックを慌てて降ろして電車から降りた。今日の目的地、アヌラーダプラである。このアヌラーダプラという地名は覚えるのに苦労した。駅前にいたトゥクトゥクのドライバーが寄って来た。「ホームステイ・キャンピング・アヌラーダプラに行きたい 」そう言って昨夜予約した時に書いた地図を見せる。「サリヤ・マワサか、300ルピー(¥180)だ」お、日本語のステッカーが貼ってある。「途中でパン屋さんに寄ってくれるかな?」で、寄ってくれたお店がこれ。移動屋台である。パン1個10ルピー(¥6)より。安い!「あなたも好きなパン買って。おごるよ」とドライバーに言う。僕は5個買った。今夜の晩飯と明日の朝食用だ。15分ほど走って今夜の宿に到着。ホストファミリーが出迎えてくれた。「日本人がここに泊まりに来たのは初めてです!」今夜はテント泊なのである。うわあ!これはいい!今夜の宿泊は僕とフランス人カップルだけだ。テントは広い敷地に2張しかない。別料金で夕食を頼んで3人で食べた。実に素晴らしいスリランカ料理だった。フランス人カップルは数ヶ月前に日本を2ヶ月回ったそうでその時の話や写真を見て盛り上がった。オリオン座が空に横たわっている。カノープスが明るく輝いている。自然の中で過ごす夜の何て素敵なことか!テントの中は柔らかいマットレスが敷いてあり快適だった。今回のスリランカ旅行で最も気に入った宿になった。テントは蚊帳にもなるので温度調節も完璧でまるで外で寝ているような開放感があった。Booking.comには泊まった宿を評価するシステムがある。帰国してから満点をつけたらこんな返信があった。「You are our first great Japanese guest. Very beautiful guest. Come again for us. We never forget your humanity. Many Thanks sir.」いや~、どういたしまして。HOMESTAY CAMPING ANURADHAPURA 最高!
2020年01月20日
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金環食が終ってからジャフナの町を彷徨ってみた。ヒンドゥー寺院も多いが特にこれといった風景はない。やはり廃墟が目立つばかりだ。放っておけば建造物ってのは森に還るのだろうなあ。安食堂でサモサを食べてゲストハウスに戻る。宿のおばちゃんに金環食の写真を見せて荷物をまとめる。道でトゥクトゥクを拾って駅に向かう。10分ぐらい走って300ルピー。(180円)ジャフナからアヌラーダプラまでの切符を買うために並ぶ。やっと順番が来て窓口で行き先を告げると「あちらの窓口に行け」、そっちの窓口に行くと「むこうの窓口に行け」の繰り返し。駅長らしき人に「切符買えないんだけど」と抗議したら窓口まで一緒に来てくれた。なんだ、最初に並んでた窓口で正解じゃん、まるでインド。駅長と一緒に来たもんだから優先にしてくれてしかも「どちらまでですか、Sir?」なんてサー付けで呼ぶ。ジャフナ発の電車は1等車しかなかった。運賃は1200ルピー(720円)、まあまあ高いなあ。まあ特急電車に3時間乗ってこの値段ならいいか。夕方の5時ぐらいには今夜の宿に着くだろう。
2020年01月19日
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いよいよ12月26日、金環食の当日である。薄暗いうちに目が覚めて宿の門をそっと開けて廃墟となった教会のシルエットを眺めながら空を見る。薄雲がかかっている。ビディーを吸いながら煙で風向きを確認する。あちらの空の雲がない所が広がって来そうだ。よし、これは晴れる!金環食を観る場所は昨日行ったジャフナフォートにしよう。芝生に座れるし木陰だってある。宿を出て雑貨屋でジュースとお菓子を買って歩く。ジャフナフォートに着くとすごい人がいるじゃないか。10cmの反射望遠鏡をセットした大学のサークルとかテレビ局とか外国からの日食ハンターとか現地の人達とか合わせて300人以上が敷地内に立っていた。日本人1人発見。カサハラ氏という本格的な天文マニアだった。フランス人がパソコンでチャットをしながら「ドバイで間もなく最大食になる」とか実況していた。最大食になった時のあの場所での雰囲気は忘れられない。歓声と拍手、半ば茫然、写真撮らなくっちゃ、など色んな感情が混じり合って感動した。てか、一番感じたのは「よっしゃ!リベンジ出来たぜ!」だったな。【思い起こせばあの日から7年半が経っていた】このデジカメを金環食当日に初めてマニュアル操作してみてピントどうやるんだ?ISOが変更できん、などと問題が起きちゃんと説明書読んでリハーサルしときゃ良かった、などと自分のぶっちゃけ本番ノー天気ぶりに失笑したのだがまあピントが甘いとか露出がどうのとかはもはやどうでも良い。楽しめたのだ。あそこにいた全員で感動を共有できたのだ。みんなが並んで僕のデジカメのモニターを見ながら金環食をアップで観れてスマホで写真を撮って楽しんでくれたのだ。いったい何十人の人達が僕のモニターに写った日食の写真を撮って僕と握手して「見せてくれてありがとう」と笑ってくれたことか。どれだけの人達と記念撮影をしたことか。みんな笑っていた。それが一番感動したことだ。太陽と月の宴が終わった。地球に住んでいて良かった。スリランカに来て良かった。
2020年01月16日
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ジャフナには「ジャフナフォート」という名所がある。海が見える丘にある無料の要塞跡地だ。グーグルアースで見ると見事な五角形をしている。だが要塞は内戦でことごとく破壊されて廃墟である。まるでタイのアユタヤと同じ感じ。ジャフナは今日もどんよりと曇っている。雨季が間もなく終わる時期で太陽が出ない。そのため強烈な日差しを浴びることはないが心配なのは明日の金環食である。金環食を観るためにこの町に来て正解だったのかちょっと不安になっているのであった。要塞の建物はレンガとコンクリートで造られているがそれらを取り囲む城壁はよく見るとサンゴで出来ている。それをじっくり見ていると美術館で抽象的な絵を見ているようだ。大きな木が1本あってイスラム教の女性達が涼んでいる。幹の根元まで行って見上げるととんでもない大きさだ。黒いチャドルを着た若い女性達がチラチラこちらを見る。東アジア人らしき僕を不審に思っているのだろうか?いや、違うぞ。何かキャーキャー言っている。こちらも軽く微笑んでその場を立ち去ったのだがしばらくすると「エクスキューズ!」と追いかけて来た。何か忘れ物したか?或いは何か聞きたいことでもあるのか?すると「あの...、一緒に写真撮って下さい」と言う。OKすると「OKだって!」と大騒ぎである。向こうに残っていた女の子達も走ってやって来る。黒いチャドルを着た集団が走って来る光景は異様だ。(笑)みんなのスマホで代わる代わる集合写真とか2ショットを撮って「じゃあオレのカメラでも」と自撮りでパシャリ。(イケメンぶりを伏せるためにトリミングしてます)チャドルを着てない子達は額にビンディしてるからヒンドゥーだ。戒律の厳しいイスラム教でチャドルを着てる子達がまさかこんな積極的な行動を取るとは思わなかった。翌日も見ず知らずの初めて出会った男女や家族連れから「一緒に写真撮って」と囲まれることになるのだが日本では若い女の子に全くモテないワタクシがスリランカではモテモテだったのは意外だったな。
2020年01月15日
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昨晩泊まったゲストハウスから別の宿に移ることにした。コストパフォーマンスの面でイマイチと思ったからだ。このレベルならバンコクでは半値以下で泊まれる、というかなんか若い頃に泊まったバンコクの楽宮旅社っぽくって自堕落な雰囲気が漂っていたからだった。今回僕は金環食を観にわざわざジャフナまで来たのだ。なんかこう、ゲストハウスに中庭なんかがあって出来ればハンモックがあって、そういう場所でバカンスというかもう少し優雅な雰囲気の宿に泊まろうと思ったのだった。金額的に豪勢とか優雅ではなく、精神的な開放感というかまあそんなわけでチェックアウトして歩いていた。どこら辺にそんな宿があるのか見当もつかなかった。で、歩いていたらこんな宿を見つけた。部屋はあるか?と訊くとあると言う。てか他の客は誰も泊まってない。貸し切りだ。値段は2000ルピー(約1200円)、昨日の宿と同額だ。そりゃこっちの方が断然いいでしょう。部屋の中はこんな感じ。部屋の中にシャワールームもある。チェックインしてまずは洗濯である。「おばちゃん、バケツ貸して」「おばちゃん、洗濯物どこに干せばいい?」「中庭のロープ使っていいよ」いやあ、これだよこれ。こんなラフな感じがいい。洗濯を終えたらジャフナ散策である。「おばちゃん、自転車ある?」「パンクしてて使えないんだよ」「OK、じゃあ歩くからいいよ」ゲストハウスの斜め前の教会は破壊されている。たくさんの銃弾の痕がある。ジャフナ・フォートという旧要塞があるらしい。ここに来る前に日本でネットでちょいと調べて知っていた。そこまで行くか。おばちゃんは歩くと30分ぐらいと言ったな。宿から10分ぐらい歩くとやっと雑貨屋があった。そこでジュースを買ってズボンのポケットに入れる。今回も小額紙幣を無造作にポケットに突っ込んでいるだけだ。辺りは野生の牛がウロウロしている。この子、若いお兄ちゃん牛だな。この子、お姉ちゃん牛だな。目つきが色っぽい。この子、何にでも興味津々の子だな。写真撮ろうとしたら寄って来た。もう僕は牛の心が読めるのである。あ、道を渡ろうかどうか迷ってるな、とかちょっと疲れたから道端で寝転がろうと思ってるな、とか同じ場所に存在する「生き物同士」として分かるのだ。全ての生き物、昆虫も牛も犬も鳥もトカゲも何もかもみんな思考を持って行動している。人間となんら変わりはないのである。
2020年01月13日
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ジャフナでの朝食はビリヤーニやダルバートと考えていたがスリランカではなぜかパン屋が非常に多い。ネゴンボにいた時もパン屋が多かったのだがそこはクリスチャンの町だからかな?とも思っていた。しかしヒンドゥー教が多いジャフナでもパン屋が多かった。一軒の食堂に入ってみた。インド音楽が流れていて心地良い。ここでサモサと味不明のパン、ジュースを購入。全部で100円弱。バナナの葉のデザインのトレイがお洒落。サモサを食べていると壁のメニューが目に入った。はは~ん、値段からしてこれがライス類のメニューだな。でもタミル語ばかりで全く分からない。左のカレンダーはインドの神様ガネーシャ。僕はアジアでどんな安食堂や屋台でメシを食べても今まで一度も腹痛になったことはない。だから何を食べても大丈夫だという過信がある。(サソリは食ったがタガメは見た目でパスしたことあるが)ここで適当に40ルピー(約24円)ぐらいのメニューを指差して何が出てくるかビビりながらチャイでも飲んで待つ、そうすれば良かったなあ。でももうパン食っちゃってるしなあ。泊っているゲストハウスに戻る。ちなみに僕はこういう散歩の時は手ブラである。パスポートも財布も全て宿の部屋に置きっ放しだ。当面の食費+予備のお金として500ルピー(約300円)程度の小額紙幣をそのまま無造作にポケットに突っ込み、小さなデジカメをズボンのポケットに入れているだけだ。スリランカでは時々「タバコくれないか?」と言って来る人がいる。僕が日本のタバコを持っているかも、と思っているらしい。「ああ、ビディーだけど吸うかい?」と乞食のタバコ、通称ベガーズシガーを差し出すと「要らね!」と言われる。食堂を出るとトゥクトゥクのドライバー達がたむろしていた。かといって客引きしてくるわけでもない。ここでタバコでも吸おうかと思ったらライターがなかった。部屋に忘れて来たのかもしれない。タバコを吸っているおっさんに「ライター貸してくれ」と言うと彼もライターを持ってないようだったので火の点いている彼のタバコから貰い火をした。「お前、ビディー吸ってんのか!」「欲しい?」「要らねえよ、ビディーなんか。どこで買った?」「あっち」「ダメだぞ、ビディーなんか吸ってちゃ」それぐらい嫌われるタバコなので都合が良いのである。宿に戻る道にカラフルペイントのバスがあった。ヘッドライトまでペイントしちゃダメじゃん。ドアにはヒンドゥーの神クリシュナが描かれている。こういうの見るの好きだなあ、異国を感じる。それにしても力作だな。
2020年01月12日
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かつてスリランカ第2の都市だったジャフナは内戦で破壊され尽くされて現在も廃墟が目立つ。教会はほぼ壊滅的、一般住宅にも弾丸の痕が残り跡形もなくなって土台だけが残る場所も多い。人口は激減したままでジャフナを捨てた人も多い。ヒンドゥー教で大切にされている牛が多く歩いている。野生の牛はやせ細っていてゴミを漁っている。犬やカラスとゴミの取り合いをしている。その光景を見ると、彼らは前世で人間だったのかもという勝手な妄想が湧き上がって来る。灰色の町である。無人の家が多い。牛が鳴きカラスが鳴く。町の波動が感じられない。牛達は食べ物を漁りに歩いて行く。僕も安食堂を探しに歩いている。僕の前世も牛とかカラスだったのかも知れない。ヒンドゥーの風に触れると輪廻を思うから不思議だ。
2020年01月10日
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列車がジャフナ駅に着いた時はもう真っ暗だった。地図もスマホも持ってない僕は改札口を出てトゥクトゥクのドライバーやホテルの客引きを期待していた。何しろジャフナのどこに何があるのか全く調べていないのだ。ところが客引きの男達は駅前に大勢いるものの誰も僕に寄って来ないのである。4年前のスリランカ南部のビーチと一緒じゃん。僕はライトも持たずに暗い道を歩き始めた。かといって寂しい気持ちではない。ワクワクしている。ゲストハウスの看板を何軒か見つけたものの全て満室。まあ駅の近くだからどこも一杯か。裏通りを歩き始めたもののゲストハウスはありそうもない。あ~、こんなんだったらbooking.comで予約しとけば良かった。でも今日ジャフナまで来れる確証がなかったからなあ。1時間ほど歩いてようやく「ROOMS」という看板を見つけた。タミル人が経営してるゲストハウスで料金は2000ルピー。(1200円)いかにもバンコクのチャイナタウンの路地裏にありそうな感じの今は無き楽宮旅社とかジュライホテルみたいな雰囲気だ。これで1200円か、高いなあ。でも今夜はもうここに泊まるか。トイレもシャワーも共同。そして汚い。部屋にも蚊が飛んでる。すぐに蚊取り線香を焚く。すごく遅いWifiに繋げてipadで現在位置確認。しかし不明。テラスに出て他の宿泊者2人(スリランカ人)と一緒に晩飯。さっき露店で買って来たパサパサのパン2個とジュース。(計50円)彼らと2時間ほど談笑して部屋に戻る。翌朝は雨の音で目覚めた。テラスに出てみると昨日座っていた椅子は濡れていた。明日の金環食は大丈夫なのか?さて、ここが町のどの辺りか分かんないけど朝の散歩に出掛けるか。霧雨が降っている。
2020年01月09日
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コロンボからジャフナまでは直線にして約400キロ、ちょうど東京から大阪までの距離ぐらいである。コロンボは主にシンハラ人が住んでいるのだがスリランカ最北部の町ジャフナはほとんどがタミル人。言葉も文字も違うし双方は仲が良い方ではない。10年前まで民族間の紛争で内戦状態だった。10年近く前まではジャフナに入ることは出来なかった。軍事境界線みたいなものが敷かれていたらしい。そんなジャフナに行くのをサンジャヤ一家をはじめロハンもピアちゃんもすごく心配していた。コロンボ駅まで送ってくれたサンジャヤが切符を買ってくれた。エアコン車両の1等車と2等車は売り切れである。3等車は過酷だから乗るのを止めた方がいい、と言うが僕は快適さよりも刺激的な方が好きなのでそれに乗ることにした。3等車の運賃は600スリランカルピー、日本円で360円。始発なので席に座ることが出来た。立っている人もまばらな程度の乗車率だ。3等車両にもトイレがあった。上がシンハラ語、真ん中がタミル語、下が英語。インドの列車に比べて格段にきれいである。コロンボを出発してすぐはまるでタイのバンコク郊外の景色、それがバリ島の田園風景のような感じになってくる。今自分がどこの国にいるのか分からない錯覚に陥る。隣りに座っていた女子大学生が話し掛けてきた。「え!日本!私大好きなんです!行きたい!」スリランカの大学でハイキング部に属しているという彼女は仲間と登った国内の山の写真をいっぱい見せてくれた。「俺もハイキング大好きだよ」とデジカメの過去画像を見せたり日本の山の素晴らしさを説明したりで話は尽きない。コロンボからジャフナまでは電車で7時間から8時間。途中で彼女が降りて行ってからも次々と皆が話し掛けてくる。時々デッキまで行ってタバコを吸ったり写真を撮ったりする。他のアジアと同じく電車のドアは開けっ放しである。日が暮れて来た。異国情緒が高まる。エアコン付きの車両じゃなく3等車に乗って正解だった。全然過酷でもなくむしろ楽しい。こういう旅を求めていたのだ。予定より1時間遅れて夜8時にジャフナに到着。さて、今夜の宿を探そう。
2020年01月08日
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夜明けに鳥達の声で目が覚めた。カーテン越しに見る窓の外はやや明るくなっている。昨夜はサンジャヤの家に泊ったんだった。外に出てタバコを吸う。清々しい朝だ。サンジャヤも起きてきて朝のティータイム。(ipadで撮影)2人の子供達も起きてきて早速遊びに付き合わされる。子供達との会話も英語なのだが、時々シンハラ語になる。お母さんが「サイトーさんがいるから英語で話しなさい」と言う。スリランカの北部はタミル語、他の大部分はシンハラ語、そして3歳から英語の教育が始まる。「日本は何歳ぐらいから英語を教えるの?」と訊かれたので「10歳ぐらいから発音も出来ないダメな先生が教える」と言うと「日本ほどの先進国の人達が英語が話せないなんて」と彼女。「日本人は文法を考え過ぎて言葉に置き換えれないんだ」朝食の前に神様にお祈りを捧げる。仏教とヒンドゥー教が混じっている感じだ。「ラクシュミーとサラスヴァティ―だね」お祈りが済んで朝ご飯。そうそう、下の写真が昨日の晩ご飯。窓の外のテラスではリスもご飯を食べている。今日はこの家族とサヨナラをしてコロンボまで行って電車に乗って最北部タミル人の町ジャフナへ向かう。
2020年01月06日
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数日前まで1ヶ月間連続で降り続いていたという雨季が終わり僕がスリランカに着いたと同時に青空が見え始めたらしい。今朝の夜明け前は星が見えていたが朝になったら曇っていた。どんよりとした空気だがTシャツ1枚でちょうど良い温度だ。セント・メリー教会の鐘の音が遠くに聞こえた。路地を歩いて朝食を食べに行った。インド製の3輪トゥクトゥクが走り回る中、町は起き始めていた。市場も屋台も準備中が多かったが、その中で一軒のパン屋に入った。スリランカはパン屋が非常に多いのだ。コテージに戻ってハンモックの上にのんびり寝転んだり浜辺を歩いて近所の住民達と話をしたり日本にいるロハンとピアちゃんにipadで連絡を取ったりした。あれれ、ヤシの木が食堂の屋根突き破ってますな。ホットシャワーを浴びて荷物をまとめていたらピアちゃんのお父さんが迎えに来て彼の家に行った。この頃になると青空が見えてきた。ピアちゃんの家族と再会しているとサンジャヤが来た。今夜は彼の家に泊めてもらうのだ。野暮用でコロンボにある日本大使館に寄った後そこから車で1時間ほどのピタコッテにある彼の家に行ってそれからはもう、6歳と3歳の彼の子供達は僕の取り合いでミニカーで遊んだり店員さんごっこをしたり大騒ぎで彼らが寝てから数年前に1週間滞在したヒランタ夫妻の家に行ってなんか2日目のスリランカはあっけなく過ぎたのだった。
2020年01月05日
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20代の頃のような旅をしたいと思っていた。当てもなくアジアの路地裏を歩いて迷いたかった。夜の砂浜に寝転んで星空を眺めたかった。波の音を聞きながら眠りたかった。12月22日の早朝、電車でセントレア空港に向かった。悪名高き中国東方航空は定刻通りに離陸して乗り継ぎ地点である上海に到着。他の航空会社ならば僕の預け荷物はコロンボに着くはずだが中国東方航空では乗り換えの上海で荷物が止まる。飛行機から降りて指紋認証検査をし、中国の入国手続きをしてターンテーブルで荷物をピックアップしてから再び東方航空のチェックイン・カウンターに並ぶ。そこでもう1度荷物を預けて中国出国のために通関。その後またX線検査して再び搭乗。たかが荷物をピックアップするためだけに出入国するのだ。スリランカの空港に着いたのは定刻より早かった。中国東方航空にしてみれば快挙と言って良いのかもしれない。入国は至ってスムーズ。空港内の出口までは電化製品屋がずらりと並び、サンタクロースの恰好をした店員が声を掛けて来る。空港出口ではピアちゃんのお母さんが迎えに来てくれていた。トゥクトゥクのドライバーをしているお父さんと合流して空港近くの安レストランで食事した後に宿に向かった。海辺のアリスロードの路地裏を入って行く。スラム街と呼ばれているが暗い路地で擦れ違う住民達は「アユボワン」と笑って挨拶をしてくれる。路地裏の突き当たりに予約していた宿がある。Winston sea front villa、素泊まりで23ドルと高めだ。夜の波の音が聞こえている。部屋に荷物を置いてジュースとタバコを買いに行った。一番近い雑貨屋までは暗い路地を5分ほど歩く。両脇の漁師達の家からはテレビの声が漏れていて裸電球の色が暖かい家庭を演出しているように思えた。部屋のライトを消してキャンドルに火を点す。 持って来た蚊取り線香に火を点ける。寄せては返す波の音だけが聞こえている。夜中に母の夢を見た。まだ30代の頃の母は笑っていた。子供の僕は泣いていた。自分の慟哭で目が覚めた。涙を拭いて起き上がり、夜の波打ち際を歩いた。流木の上に座ってさっき買って来たビディーを吸う。夜明けまではまだ随分時間がありそうだった。
2020年01月03日
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新年おめでとうございます。年末の12月26日、スリランカ北部のジャフナで金環食を見ることが出来た。観測場所はジャフナ・フォート。海の見える旧要塞で多くの見物人が集まっていた。当日の朝は薄い雲があったものの、食の始めから快晴。さて撮るぞ、という時になってデジカメのISO設定が400のまま、う~ん、100にしたいんだけど変更の仕方が分かんねえ、何しろ買ってから説明書読んでないからなあ。シャッタースピードや絞りは変えれるんだけどな。仕方なくそのまま撮影したのでちょっと露出オーバー。それをパソコンでやや暗く編集した。最大食になった時は拍手と歓声。現地の人達は僕が撮影しているデジカメのモニターをスマホで撮影するという方法で一緒に楽しめた。いやあ、楽しかった!次回の金環食は今年、2020年6月21日に台湾中央部で観れる。(ちょうど雨季なのかな?まだ調べてないけど)行っちゃおっかな。
2020年01月01日
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