全13件 (13件中 1-13件目)
1
先週行った御在所岳の藤内小屋でご一緒させていただいた山岳ガイドの松原尚之さんが藤内壁のレポをしています。ぜひ画像を見てビビってください。
2016年04月29日
コメント(4)
カメラマンをやっている会社が5月1日から5日間休みなので4月30日の夜から御在所岳深夜ハイキングに行く予定だ。同行者は2ヶ月前にも一緒に御在所に行った森くんである。彼と歩くと程良いペースで実にリラックスできる。速いでも遅いでもなく本当にちょうど良いのだ。今回の目的はアカヤシオという花。先週、国見岳から御在所岳をぐるりと1周した際にアカヤシオの撮影ポイントを押さえてきたのだがその場所で夜明けを迎えるには深夜1時には登り始めたい。2人とも出発直前までスケジュールがあるので多分下山の時間には寝不足でフラフラだろうから僕のとっておきの秘密の岩場で昼寝でもしようと考えている。そこならGW中でも登山客来ないだろうし。月齢を調べると下弦の半月なので深夜の登山道は月光浴しながらの歩きになるな。参加ご希望の人はコメントからご連絡を。普通のハイキングとは違った世界だよ。感動的な体験になること確実。参加費無料。まあ誰も参加する人いないと思うけど。
2016年04月27日
コメント(0)

御在所岳の中道3合目あたりから裏道に抜ける道がある。岩から滲み出した沢沿いを歩くために冬季は凍っている。先日歩いた時は清らかな水が流れていた。ここは登山者はあまり使わない道である。そして藪椿があちこちに咲いている道だ。椿の木の根元は赤い絨毯のようになっている。登山道であることを示す赤テープが所々の枝に付いているがそれを惑わすように暗い道に赤い椿が咲いている。椿の園に引き込むかのようである。ゆっくりと流れている沢に沿って僕も歩いた。散った枯葉、山桜の花びら、そして椿が下流に向かっている。それらは所々で滞り、僕の足を止めさせる。覗き込めば空に引き込まれて落ちる錯覚。一枚の枯葉が水を堰き止めていて、そこに山桜や椿が流れてくる。同じ木に咲いていたのか定かでないが、似たような椿の花が並ぶ。2つはここで共に朽ち、共に転生するだろう。
2016年04月25日
コメント(2)
実はですな、2月の最終週にカメラマンの仕事をしている最中にハイエースのバックドアを無理な体勢で閉めた際に腰のスジを違えてそのまま撮影を続けていたのだが翌日自分の車のタイヤ交換をしていた時に同じ場所がグキッとなり激痛と左足全体が痺れる状態がしばらく続いていた。3日ほどカメラマンの仕事を休み、家の近くの整体に3回通ったが足の痺れが治らずに足を引き摺りながら写真を撮っていた。歩くのもやっとの状態が3週間ほど続き、湿布を貼って痛み止めを飲みその後も日によって調子の良い日と悪い日を繰り返しもしかしたら椎間板ヘルニアになっちまったのか?と不安になり遂に小中高が同じ友人が経営している接骨院のドアを叩いた。あ、叩いてないわ、自動ドアだわ。その名も【りんご接骨院】である。接骨院の院長には「車のドアの開閉で...」と言うのが癪だったので「いやはや、若くて美しい愛人とちょっと無理な体位で...」と説明しようとしたがすぐにウソだとバレるので言わなかった。ここで2時間みっちりと施術をしてくれたおかげで遂にあの辛い激痛と痺れも回復してきたのである。今回の御在所岳行きの日程がどんどん迫る中、「こりゃ山なんて歩けないかも知れない」と思っていたがリハビリだと思って先日登ってきたのである。足の痺れは全く問題なし。いやあ、良かった良かった。
2016年04月24日
コメント(4)

御在所ロープウェイの東側にある裏道には藤内小屋(とうないごや)という静かな宿がある。中道登山道ではこんな華やかな景色も見られるが藤内小屋のある裏道はまた違った趣きのある登山道だ。裏道には藤内壁というクライマーのメッカがありその拠点として藤内小屋は親しまれている。遠路はるばるエンジェル フェイスさんが藤内壁を登攀するということで「当日の夕方に藤内小屋で会いましょう」ということになったのだ。僕が小屋に着いた時には彼女ら3人はまだクライミング中らしく予定ではちょっと会って僕だけすぐ下山するつもりだったが小屋のあるじの神谷さんに「急遽泊まれますか?」と尋ねたら「食材も何とかなるでええよ」ってことで宿泊決定。素泊まり3000円、夕食1000円、計4000円なのだった。しかもお風呂(300円)も入れるとは。藤内小屋の食堂でお菓子を食べて寛いでいると彼女らが下山して来たので玄関に出てお出迎え。数年振りの再会である。「泊まることにしました」って感じで夕食を食べながら楽しんだ。この食事がまたヤバい。全て手作りでおいしいのだ。中央アルプスや北アルプスの小屋にはもう泊まれんわ。アチラは宿泊客も桁違いなので冷凍食材ってのも仕方ないがアチラは1泊1万円程度、コチラは手作り夕食込みで4000円。あるじの神谷さんに「安過ぎる。値上げせんとアカン」と言っておいたほどだ。僕が泊まったのはこの大部屋ではなく2階の新しい部屋。窓から四日市の夜景が眺められる。冬には玄関先どころか部屋から日の出も見れるらしい。そんな部屋が一人で貸し切りなのだった。「あ、そうだ。家に連絡するから電話貸して」と彼女に頼む。自宅の電話は20歳の次男が出た。「あ、オレお父さんだけど、今夜山小屋に泊まるから帰らん。ガチャ」しまった、どこの山の小屋なのかも知らせんかった。まぁええか。(笑)藤内小屋に急遽泊まることにして大正解だった。今までこんなアットホームな山小屋に泊まったことなかった。あるじの神谷さんの人柄が自然体ですんごくいいのだ。山歩きが目的じゃなくても、都会の喧騒を忘れてのんびり過ごしたい人、ここを別荘代わりに宿泊するってのもアリだと思うのだが。泊まって絶対絶対良かったと思える小屋である。保証する。彼女達3人は9時頃部屋に行って寝たので、僕もしばらくして寝た。「明日の朝、起こさないでね」と言っておいた。翌朝、雨の音が聞こえた。あ~、雨か...。 目を開ける。見知らぬ天井。壁。え!?ココどこ? あ、そうだ、藤内小屋に泊まったんだった。窓を開けて外を見たら雨じゃなかった。川の音だった。何時なんだろ?と1階の食堂の時計を見に行った。8時か。10時間もぐっすり寝たなあ。彼女達は既にクライミングに出発している。僕も歩いて行って河原の対岸にいる彼らに手を振る。こういう時間っていいなあ。霧に包まれた景色の幽玄なこと。クライミングが終わって小雨の中をみんなで下山した。夢のような休日を過ごさせてくれてありがとう。 ⇒【藤内小屋HP】
2016年04月22日
コメント(12)

アカヤシオが咲く春の御在所岳に行ってきた。鈴鹿スカイラインに車を停めて蒼滝まで下りてみる。滝自体は凄いが周りに何もないので絵にならない。フォトコンテスト応募作品を撮るには向かない場所だなあ。1ヶ月半前に登った国見尾根を歩こうかと思ったが俯瞰したところ尾根にアカヤシオの花が見られなかったので御在所裏道を登って国見岳に向かうことにした。しかし上の方はまだ咲いてなかったので残念。早々に御在所中道で下りることにした。標高1000メートルあたりの斜面には色があった。アカヤシオやタムシバ(コブシ?)が咲いていたがあと1週間で満開になるだろう。薄い雲に覆われていたので見た目も映えなかった。標高900メートル付近。登山道から外れた場所でのんびり食事。標高800メートル付近。またまた登山道を外れて「立岩」あたりで寝転ぶ。ここは本当に誰も来ない場所だ。立岩から藤内壁取り付きに下りる道がありそうだが遭難のリスクもありそうな感じなので一般登山道に戻る。地図もコンパスもGPSも時計もケータイも持たない僕が遭難なんぞしようものならそれこそ笑い者である。服装も上から下までワークマンである。(笑)今日履いている靴も税込み1999円で買った登山靴もどきだ。カメラマンの仕事で履いているのをそのまま履いて来ちゃった。標高700メートル付近で昼寝。ペットボトルを枕代わりにしている。タバコを吸って寝転びながら空を仰ぐ。1時間か2時間寝たんだろう、寒くなって起きた。今日は夕方に山の中で待ち合わせする人がいる。椿の死骸に埋め尽くされたと言っても過言ではないような人があまり通らない道を下りて行く。そして今日の朝に通ったばかりの裏道に合流して登り返す。待ち合わせの女性はもう着いているだろうか? (つづく)
2016年04月21日
コメント(2)

玄関脇の庭の一部が紫色で埋め尽くされている。十二単(じゅうにひとえ)が満開なのだ。本当の名前はアジュガというらしい。引っ越して来た時にご近所さんがくれたものだ。それが今ではどんどん繁殖している。蟻やダンゴムシ達の視点から見たらすごいんだろうな。「おい、森の中に紫色の塔がいっぱい建ち始めたぞ」「よく見ると先っぽに黄色いものが付いてるぞ」「なんだか変わったデザインだなあ」「月夜に近くに行くとぼんやり発光してるように見えるなあ」
2016年04月19日
コメント(2)
幼なじみの同級生のお父様が亡くなられ隣人ということもあってお通夜と葬儀に参列した。葬儀場では一緒に小学校に通学した近所の子達と再会。40年近く経ってもお互いの面影は残っていてお互い「ちゃん」付けで呼び合った。近所のおばさん(といっても現在70代後半)も僕を見て「まあ、たっちゃん!」と覚えていてくれた。中学高校と学校をサボってばかりいて近所で悪い評判しかなかっただろう僕はもうこの家では暮らせやしないっていう感じでまあ今は車で1時間弱の町に移り住んでいるのだがおばさんの笑顔で暗い過去が消えたふうに感じた。葬式当日は僕が近所の70代後半のおばさん3人を車で送迎。僕への非難はもちろん出なかったけれどもお互いの近況などを話していて過去が許された気がした。「たっちゃん、随分と日に焼けてるわね」「うん、よく山に行くしね」「まあ、私も昔は山ばかり登ってたわよ」「僕、おばさんの家に遊びに行ったことあるよ」「そうそう、娘も昨夜そのこと言ってたわよ」「バラのアーチをくぐってさ、居間にピアノがあって」「あら、よく覚えてるわね」喪主の同級生は実にしっかりした口調で挨拶をこなした。心の中で「ああ、俺だったらあんなしっかりできんわ」と思った。僕はいつまで経っても世間知らずのお子ちゃまのままである。ネクタイは曲がったまま、髪はボサボサ、焼香のやり方もいい加減だ。出棺の際に喪主の同級生の妹が嗚咽した時、僕も泣けた。じじいになって涙もろくなったようである。花に包まれた故人は本当に笑っているような安らかな顔だった。
2016年04月17日
コメント(2)

最近は桜や椿の写真ばかり撮っていて先日ジャスミンの苗を買ったとブログアップしたので「まあ、お花の好きな心優しい爽やかイケメンなのね」と勘違いされたままではいけないので(まあ実際その通りなのでええんだけど)僕は別に花が好きなわけではないのである。諸行無常を鑑賞、いや観賞か、するのが好きなのだ。寺の境内、皆が枝垂れ桜や参道の桜を眺めデジカメやスマホで撮っている場所の片隅でやはりこちらも自然の法則に従って咲いては散る椿。満開の桜が終わればもはや誰もが興醒めして山門をくぐる人影もぱったりと途絶えた静かな参道。散った花びらの上に更なる死骸が積み重なって春の風に吹かれて吹き溜まって濡れそぼる。成仏するまでは親元である木の下に安置されていた花も転生のために住職が掃き集めて花の墓場に連れて行く。
2016年04月13日
コメント(6)

結婚記念日だからどこかに行こうか?と訊いても別に行きたい場所はないと言う。じゃあ何でも好きな物を買ってあげる、金額はいくらでも構わないから、と言っても別に欲しい物もないと言う。「そうだ、ジャスミンの苗が欲しいわ」と言うのでまるで植物園のような販売所に行ってみた。ジャスミンの苗、税込み180円。なんと慎ましいんだ。今日という日は再び来ない尊い1日。それを噛み締めて幸せに暮らしたい。夫婦に限らず、友人知人同僚など誰もといつ別れが来るのか分からないのだから。自分もいつかは死ぬ、と分かってはいてもそれがいつなのかは分からないと同じで相手がいつ死ぬかも分かるわけがない。ペットとだっていつかは別れが来る。毎日毎日精一杯の愛情を注いで愛さなかったことを後悔しないように。愛したことで納得できるように。なんて、行福寺の住職の書いた文句読んで思ったのだった。
2016年04月11日
コメント(8)

行福寺の境内に咲く桃色の椿は究極の作品だ。自然界の法則であるフィボナッチ係数に則っている。或いはトロコイド曲線を描いているようだ。トロコイド曲線と聞いてピンと来ない人の方が多いだろうがほら、定規みたいなのに歯車状の穴がくりぬいてあってその穴に沿って動く歯車みたいなのに鉛筆やシャープを刺してグルグル書くときれいな花みたいなデザインが書けるヤツ、あれってすごくよく考えたなあと思う。この椿の花びらの外輪だけ沿っていくと新たな曲線が規則正しく並んでいるのが分かるだろう。自然界が作り出した見事な法則にはただ感嘆するばかりだ。曼荼羅(マンダラ)というのはこの法則に似ている。僕は行福寺の椿を「曼荼羅椿」と勝手に呼んでいる。計算され尽くした配列はまるで神の創造物のようだ。身の回りの自然界のモノをじっくり見物してみるとそこには宇宙の法則が見事に適用されている。この椿、枝分けしてもらいたいなあ。
2016年04月07日
コメント(8)

絵に描いたような満開の桜は好きではない。4分5分咲きの桜の花が背景の黒に浮かびあがるような余白の美というものが好きなのである。それでも岡崎市の行福寺の前を通ったら桜が満開で山門を包まんばかりに咲き誇っていたので寄ってみた。西日が傾き始めた夕方、山門の前で仰ぎ見る。満開は絵になり過ぎて絵にならない。咲くのが宿命、散るのが宿命の桜の花は「咲いている」という完成形は危うさがない。危うさがないから儚さがない。写真を撮っても安泰無難であるからつまらない。小さなそよ風1つで数枚がハラリハラリと舞って散る。この優雅は翌々日ともなれば儚さに替わる。既に参道は少しばかり桜色に染まりつつあった。
2016年04月05日
コメント(4)

4月1日からタバコが10円値上がったらしい。僕は知り合いのスリランカ人達が一時帰国する際に「ビディというタバコを買って来て」と頼んでいるので国内販売のタバコが値上がっても関係ないのである。ビディは20本で約40円、1本あたり2円程度だ。しかも彼らは免税枠いっぱいで買って来てくれてお金を払おうとしても受け取ってくれないのでタダである。1日に吸うのは10本ぐらいだ。酒もギャンブルもやらないので、これぐらいの贅沢は良かろう。先日発売された雑誌「リバ」のエッセイコーナーには僕の吸っているビディのことを載せた。半年ほど前からエッセイ担当者が編集長じきじきとなったため文字数校正がなくなったので随分適当に書かせてもらっている。あんまり長いと紙面の文字が小さくなってしまうのでなるべく適度の文字数でまとめるようにしているけど今月号もちょっと長かったなあ。 【乞食のタバコ】薄暗い地下要塞のようなカルカッタの駅は無数の人々でごった返していた。インドに着いて初めての夜、俺は夜行列車で北を目指していた。先程やっと買えた切符の行き先はインド中央部のブッダガヤ。最終目的地のネパールへはどこかの国境を陸路で越えようと思っていた。駅構内では10歳にも満たない少年が人混みを縫ってインドのタバコ「ビディ」を売り歩いていたが許可なし販売が見つかったのか、警官に追われて警棒で背中を何度も打たれていた。俺は警官と少年の間に割って入り、駅の片隅へ少年と一緒に小走りで逃げた。爪が割れたのか少年の手は血で赤く染まっている。その手で額の汗をぬぐうから顔にも血が付く。そんな哀れな少年が売っていたビディを俺は全部買い取った。といっても総額で200円ほどだ。もう20数年も前の話だ。それが俺とビディとの出会いだった。以来そのインドタバコは俺の吸う銘柄となった。インドでは身分によって吸うタバコも違うようで、ビディはアウトカーストの人々が吸う。ビディを吸っているだけで忌み嫌われる、そんな感じなのだ。香港やタイの空港内の喫煙ルームで俺がビディを吸っている時にインド人がいたりすると「チ、ビディ吸ってやがる」と明らかに見下した目線で睨まれたりするぐらいだ。安っぽい葉巻のような匂いなのですぐ分かるのである。10年ほど前、康生町で店をやっていた俺は時々外の空気が吸いたくなって岡崎城近くの藤棚の下に座って空を見上げながらビディを吸っていた。「お、ビディかい?」と声を掛けて来たスリランカ人と知り合いになり、その人の友人達とも仲良くなりスリランカまで遊びに行ってホームステイするほどになった。ビディを吸っていたお陰で今では岡崎に住んでいる多くのスリランカ人と交友があり、俺が休みの日に遊ぶのは日本人よりもスリランカ人との方が多い。(といっても彼らの誰一人としてビディを吸う奴はいねえが)スリランカにもビディは売っている。インド本土よりは高いが1本2円という超安値だ。ビディはスリランカでも嫌われていて「ベガーズ・シガー(乞食のタバコ)」と呼ばれている。20本が一括りとなって糸で縛られて売っているのでポケットに入れておくと折れてしまう。去年の暮、俺はスリランカに行ってすぐに現地の店でビディを買った。そしてセントレアで買った日本製タバコの箱にビディを突っ込んで持ち歩いていた。「ハロー、ジャパニーズ、元気かい?」と声を掛けて来る現地の人達は別れ際に「タバコ持ってるかい?」とねだってくることが多い。俺がポケットから日本製タバコの箱を取り出すところまではいいのだが、その中からビディを取り出すや否や「チ、ビディなら要らねえ!」と苦笑するのであった。中には人差し指をチッチッと横に振り「ベガーズ・シガーなんて吸っちゃダメだぞ」と忠告する奴もいた。日本国内では吸っているタバコによってその人の身分を連想することはないが、ハイライトとかエコーなんかは低価格のために労働者のタバコというイメージだとか、ショートホープや缶入りピースは独特の位置付けのタバコだとかいう漠然としたものはある。インドネシアのクレテックタバコはお香のような独特の甘い匂いがする。インドネシアは現在でもカースト制度があり、それは名字を聞けば瞭然とするのだが、やはりそこでもカーストによるタバコの位置付けが今でも残っている。有名銘柄のガラム、ベントールなどはどのカーストの人が吸っていても特に問題はないが、ミニャッ・ジンゴという銘柄は最下層カーストの人達が吸うタバコのようだ。俺はそのジンゴが好きで、長期居候していた村でジンゴを買おうとするとタバコ屋のお婆さんが「あなたはジンゴなんか吸っちゃダメ!」と隠してしまうのだった。岡崎市康生町の泉屋酒店にはガラムをはじめ珍しいタバコや葉巻がズラリと売っている。前述のクレテックタバコの初級編として「ジャルムのジャスミンティー味」なんてお薦めだ。レジ前に売ってる「ジャルム・スーパー」は俺が時々買いに行くので買い占めないようにしてくれ。あとは「キース」ってタバコのエキゾチック味だったかな?これも俺好きなんだよなあ。今じゃコンビニでタバコ買う時は銘柄指名じゃなくて19番とか104番とか番号で指名して買うだろ?泉屋酒店では番号指名じゃ買えないからね。店内は異国情緒たっぷりなので一度入ってみてくれ。
2016年04月03日
コメント(6)
全13件 (13件中 1-13件目)
1


