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力強い朝日が今日も昇ってきました夜半の雨も上がり、朝がやってきました。西にはまだ雨雲の名残りが厚く垂れこめていましたが、みるみる空が明るくなってきます。じっと太陽の昇る方角に目を凝らしていると世界中に光が充満していくように思えます。まだ太陽の形は見えないうちにも、ぐんぐんと光の力は増していきます。山の端からそのへりがのぞいた途端、温かさが波のようにやってきました。雨を含んでぬれている木々や家々の屋根からその温かさで水蒸気が上がるようです。一瞬、開け放った窓から入ってくる風の湿度が高くなり、テーブルの表面を触ると、しっとりとした感触が伝わってきました。すぐそばに太陽があるわけでもないのに、雲も見る見る溶けて太陽の前を横切ると消えていきます。どんなに恐ろしい夜でも、終わることのないと思える漆黒の闇夜であっても、その時が来れば朝日は昇ります。たとえ重い雲に閉ざされていようと、そこには太陽があり、その光の降り注ぐところを浄化してくれているのです。ただ重い雲にばかり気を取られてしまうと、その存在すら信じられなくなるだけ。一瞬一瞬に感じるものって何なのでしょう。見えるもの、聞こえるもの、香るもの、味わえるもの、触れるもの...心にやってくるものっていったい何なのでしょう。子どもの頃、美味しいと思ったものをまずいという人がいることを知り、もしかしたら自分が見ている色も、その人は違った色に感じているかもしれない、だとしたら感覚って何なんだろう、と思ったことがあります。自分でも朝日を力強い神々しいものと感じることがあると思えば、何もかも明らかにしてしまう疎ましいものに感じたこともありました。それはその時の自分の心のありよう次第...絶対的な力強さで朝日がなだれ込んできます。その前にあるものを分け隔てなく、どんどん光の波で被いつくしていきます。心ふさぐ時も太陽はそこにあって、否応なしに光を投げかけています。その光の温かさに歓喜できない自分がいたとしたら朝がやってきたことに気付かない自分であったとしたら...ふと眼を左手の窓に移すと、反射した光が虹を作っていました。ほんの少し時間がたてばこの光の虹は消えていきます。でも、今度は違うところで太陽の光を受け、輝くものがあるはずです。たとえ大いなる闇が頭上を覆っても、その闇の終わりはきっとあるはず。大きな力は黙々とあるべきようにあり、小さな人間はそれを自分の感覚でとらえているにすぎないのではないかしら。一瞬にして消えていってしまう様に見える僥倖でも、心の持ちようでそこここに見つけられるにちがいない、と感じられる朝でした。心が闇に閉ざされているようなときにも、力強い朝日のような光がが差し込んできますように。ありがとうございました。 ランキングに参加しています。応援してくださいね
2015.10.29
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久しぶりのスーパー銭湯昨日は満月でした。満月の日は代謝も良くなり露天ぶろは最高です。主人も休みが取れましたので二人でスーパー銭湯へ行きました。遠く江ノ島、富士山も見えるよい天気です。海岸線を飛ばして茅ヶ崎までは一時間ちょっとでした。風もあがってきました。南西の風です。逗子から鎌倉にかけてのビーチにはウインドサーファーが出ていました。風をつかまえハーネスにロープをかけて体重をそらし疾走する感覚。もうこんな強い風で海原を走ることはできませんが、蘇ってきます。雲が流れて陽がかげることもありましたが、空と海を切り裂くように走るセーラーたちを見ていると海に入りたい気持ちが頭をもたげます。江ノ島が近くなる辺りでは、浜が削られているためくい打ち工事が行われていました。家に近い長者が崎でも前に浜が浸食され道路が崩れたことがありましたっけ。ここも道路の際まで波打ち際が迫っているためでしょう。もしかしたら道路も広げるのかもしれません。お昼近くにはお目当てのスーパー銭湯に着きました。ここは塩化物泉では日本有数で、湯治目的で来られる方もいるとか。高濃度炭酸泉は美肌効果、毛細血管の拡張など効能も豊富です。入口からパシャっと撮っちゃいました。手前が水風呂、その先が日替わり湯です。炭酸泉は左側にありその周りを洗い場が取り囲んでいます。電気風呂もありお気に入りの一つです。サウナも赤外線、ミスト、塩と3種類あります。露天ジャクジーは本当に気持ちがいいです。その他にも打たせ湯、露天泡ぶろ、うたたね寝之蒸し釜、信楽窯湯などなど一日出たり入ったりして楽しめます。お客様が少ないうちにパシャパシャ。一番左は露天泡ぶろで温度が低く設定されているので快適です。真中は露天に出る口から写したもので左側に天然温泉の元湯があります。右手前に木の床のお休み所、その先が信楽窯湯です。こちらも天然温泉。画像の一番右のうたた寝の湯はパワーストーン(?)に天然温泉が流れています。アカスリどころもあり至れり尽くせりです。さんざんお風呂に入ってマッサージも受け、月を待つ間に夕食となりました。ビールを飲んでいるのは私です。ビール好きの主人ですが、いつも温泉に来ると「君が呑んでいいよ」と言ってくれます。すっかり甘えて大ジョッキです。私は手打ちうどんに小天丼、主人はさんまの焼き魚定食。ゆっくりお休み処で日暮れを待ちました。さて、月の出は5時ごろです。まだうっすらと明るいうちに露天風呂に向かいました。しかし、残念なことに東の方角が開けていません。でもだんだん暗くなり松明が点るころまでゆっくりと過ごしました。帰りには雲も多めになって、月は流れる雲に出たり入ったりしていました。家に着き7時ころには雨も降りだしたのです。でも夜中に外へ出てみると明るい満月が光っていました。この画像はネットからお借りしたラパルマ島の月の入りと天の川です。いつの日かこんな雄大な月の入りを見ながらステキな夜を過ごすのが夢です。みなさまの夢はどんなことでしょう。夢が叶いますように。そして夢は叶うと信じて待てる毎日でありますように。ありがとうございました。 ランキングに参加しています。応援してくださいね
2015.10.28
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昨日は十三夜でした旧暦の8月15日に中秋の名月のお月見をしたら9月15日の「後の月」である十三夜にも月を愛でる、というのが昔からの習わしとか。昨夜は幸い雲も少なくきれいな月が見られました。中秋の名月の時もそうでしたが、満月は明日です。明日もまん丸なきれいな満月が見られたら、なんだか得した気分になれそう。以前ブログに書いた「月の巡りと命のリズム」の中でも少し触れましたが植物や野菜は月が満ちている時に種を蒔くのがよい、移植や定植は新月の辺りにすると上手くいく、というのがあるようです。満月の4、5日前には終わっていたかったのですが、やっと今日、冬の葉物野菜の第2回目の種まきをする土造りを終えました。 明日は種をまいていきます。一仕事終わってちょっと近くの丘の上まで行きました。 まだ明るい空にはちょっと欠けているかな?とみえる月が上がっていました。東の空は水彩画のように淡い水色で、振り向くと太陽の沈む空には、薄桃色の雲がうっすらかかっています。澄んだ空と遠くに見える海に疲れを取ってもらえたように感じ、また仕事に戻りました。次の新月のころには月桃の株分けととスティックセニョールの植え替えをします。一株からから一年半でここまで増えた月桃はある程度葉を落として株分けをします。香りのよい葉は乾燥させ、クロゼットに入れて虫除けにしたりお風呂に入れたり。そのあとの予定では、霜が降るころには里芋の収穫が待っています。 今年はどのくらいとれるのでしょうか、楽しみです。ふと東の方を見ると、もうずいぶん上がった月が光っています。作業の手を止めて、清々とした月をしばらく眺め入ってしまいました。読んでいただいてありがとうございます。明日もいい日でありますように。月や星を眺めて、ひと時を心から楽しみ安らかな夜を迎えられますように。だれもが平和で幸せな日々を送れますように... ランキングに参加しています。応援してくださいね。
2015.10.26
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まだ小さい頃のお話ですみなさんは眠っている時にどこかに行ったことがありますか?眠っていると前に行ったことがある場所や、行ってみたい所を夢に見ることはありますよね。それとはちょっと違うんです。なんとも説明できない不思議なことが幼い時に起こりました。当時家族は新宿の上落合というところに住んでいました。戦争前はそれなりの生活をしていたようです。母は女子挺身隊に、弟である叔父は呉の海軍士官学校に入りました。広島にあの爆弾が落ちた次の日、叔父は広島に入ったのです。ゲートルを巻いた上から左右の足に赤チンの瓶を結わえ付け両手に筆を持たされ、焼けただれた人の体にその赤チンを塗るのが彼の仕事だったそうです。それはそれは恐ろしい事だったのですが、今日おなしすることはそれではありません。戦争も終わり母も叔父も上落合の家に帰ってきました。初版の「サザエさん」に描かれているような戦後の生活です。貯金は二束三文になり、国債は紙切れとなりましたがなんとか家族が支えあって生きていました。つましい2軒長屋の一方に私たち家族と祖母、それに先にお話しした叔父が住み、もう一方には母の長兄家族が住んでいました。これはその事が起こった部屋のすぐ前で撮った母の写真です。あれは3歳か4歳のころだったでしょうか。私はそのぬれ縁から入ってすぐの居間で昼寝をしていたのです。南向きであったので障子の下のほうには日が当っていたように記憶しています。母は不在で、薄暗い部屋には祖母がいて子守をしてくれていました。うとうととしていると、隣に住む同い年のいとこが遊びに来ました。障子戸を少し開けて「ココちゃん、あそぼ」と言ったのです。すると祖母は「しーっ、今お昼寝だからまたあとでね」と、いとこを返しました。私は遊びたかったので起き上がりぬれ縁に出ました。でも、強い日に照らされた庭がまぶしいばかりで、いとこの姿はありませんでした。しばらく立ちつくしていたように思います。ふと便意を覚えて厠に行こうと歩いていきました。厠は部屋から出てぬれ縁を左に行ってまた左に曲がり、奥まったところにあります。陽のあたっていた縁側を曲がって行くとなんだか急に暗くなり肌寒ささえ感じました。尿意もあり急ぎ足でだんだん暗くなる廊下を小走りに行きました。突当たりを右に行くとすぐ厠の扉があります。真中の棒がかんぬきになっていて、それを左に動かすと扉が開きます。目の高さより上のかんぬき棒を動かし扉を開けるとそこにはもう小さな子供が座っているのです。「はやくぅしてよっ!」と大きな声を上げた途端、その子が振り向きました。動くこともできず、しばらくそのまま凍ったように立っていました。すると何かがカタンと音を立てたのです。その音で我に返ったのでしょうか、踵を返して廊下をかけ戻っていきました。「おばあちゃぁーん!」と呼んだように記憶しています。ささくれ立った廊下の板だけが見えるトンネルのような暗く長い道のりを行きました。やっと庭の一部が見え右に曲がるともう祖母のいる部屋です。パッと明るくなったぬれ縁を走り障子を開けたのか、開けなかったのか...すぅっと部屋の中に入りました。すると祖母は団扇を持ち、布団に横になっている私をゆっくりとあおいでいました。息をのみ、立ち尽くす私の足元で自分が眠っていたのです。「あっ!」と声を上げたのか、倒れ込んでしまったのかよく覚えていません。「ココちゃん、起きなさい。夢を見ているの?」という声に目を開けると、私は母の着物を仕立て直した布団の上でした。「あーぁん、おべんじょにココちゃんがいたのよぅ」と訴えても「よしよし、そうだね。だれかいたのね」とあやしてはくれたものの、話をろくすっぽ聞いてはくれませんでした。あれは夢だったのでしょうか。それとも眠っている間に心が体を抜けだして漂っていったのでしょうか。それにしても私の見たのは誰だったのでしょう。振り返ったその顔はよく知った自分のものだったのですが...その後家族の住んでいた上落合1丁目100番の辺りは立ち退きとなりました。落合水再生センターの前身「落合下水処理場」ができることになったからです。結局家族は離れ離れに暮らすようになりました。当時の記憶はもう薄れ、祖母や父母、叔父もなくなった今となってはどのようにみなが別れ別れになっていったのか知る由もありません。いつの日か、また昔の事を思い出すことがあったら記してみようと思います。あのころの様子をなんとか思い出すことができるのは私だけでしょうから。最後までおつきあいいただきありがとうございました。 ランキングに参加しています。応援してくださいね
2015.10.25
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パプリカがまだ採れています風も穏やかで太陽が温かい一日プランターの野菜たちの世話をしました。ナスはまだ実を付けています。隣にはチェリーセージの可愛い花がありました。プチベールも野沢菜もしっかり育ってくれています。野沢菜はもう間引いて定植しなくてはいけません。スティックセニョールはちゃんと根付いてくれました。プランターの間を巡りながら見ると、小さなバラが咲いていました。キュウリの後に植えたモロッコインゲンにも白いつぼみが!インゲンがこの時期に採れたらうれしいです。左下の小さな白い花はお茶やハーブ水に使う甘味料ステビアです。パプリカのポットには朝顔が咲いていました。アサガオは撤去し種を取ったのですが、その時に落ちたものでしょう。季節外れでもうツルは伸びないのにけなげに小さな花を咲かせました。パプリカは毎年11月までは採れるのですが、今年は量も多いです。気温が落ちてきたせいでしょうか、ちょっと小ぶりで皮が厚くなったようです。他の野菜と一緒に収穫しました。シシトウや甘トウガラシも採れたので一緒にピクルスになりました。ピクルスを漬ける液はいつもは自分で作るのですが今回はこちら。 オタフク 野菜デリシャス ピクルスの酢★税抜1900円以上で送料無料...価格:313円(税込、送料別)ローズヒップの香りがして、まろやかな味です。広島の自然水「賀茂の名水」を使っているのも魅力です。トウガラシやローズマリーを加えたりしてもおいしいです。トウガラシといえば赤くなったら枝ごと切り取るつもりでした。いつもはキッチンに逆さにつるして乾燥させます。だけど今年はまだ花がついています。もう一度実がなるかしら..と赤くなった実だけを収穫しました。ヘタの部分が茶色くなってしっかり乾燥してからビンに入れ保存します。トマトもまだ花が咲いているのや、実がついているのもあります。青いトマトは苦味がありサラダには向きません。そこで「青トマトのチャツネ」を作りました。トマトとリンゴ、それに玉ねぎをみじん切りにして酢と砂糖で煮込みます。粒胡椒、クローブ(これは必須)タイム、ローズマリー、レモングラスにセージそれに鷹の爪も入れて30分ほど煮て香辛料は取り除きます。それからナツメグ、白コショウの粉、マスタードを小さじ一杯位入れます。とろ火でかき回しながらとろみがついてくるまで煮詰めれば出来上がり!冷えると硬くなってくるので平たく整えて一回分に切れ目を入れ冷凍します。カレーやブラウンシチューを作る時に入れると一味違って美味しくなります。ピザのソースに混ぜたりパンに練り込んで焼いたりもします。こんなお役立ちチャツネができるなんて、青トマト君たちに感謝です。プランター菜園ですが自分で作物を作って、初めて感じられた事がたくさんありました。土や植物をさわっているとなにより不思議と気持ちが安らかになるのです。それに、あまり手をかけずに自然任せでもこうして恵みをいただけるのも驚き。太陽と地球と水と空気、どれも大切なものなのにそこにあるのが当たり前すぎて、その恵みを当然と思ってしまうこともあります。だけどもし一つでも欠けてしまったらどんなことになるのでしょう。太陽を浴びてその温かさを感じながら野菜を収穫しているとこんな何でもない日常が、とてもとても大切に思えます。鳥の声、優しい風、自然からの贈り物...なんだか柔らかな気持ちになってまた明日もきっといい日になる、と心から思え、幸せな今日を過ごせました。地球さん、自然さん、本当にありがとう。そして読んでくださったあなたにも、本当にありがとう。 ランキングに参加しています。応援してくださいね。
2015.10.23
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静かな日曜日がまたやってきました。家族はみなそれぞれ計画があり出かけています。夕方からは私もおでかけです。それまでのもてあました時間にフランスで撮った写真を見ていました。滞在は長かったのですが、帰る時の事は鮮やかによみがえってきます。9月の中ごろでしたか、いよいよエクスを経って帰国することになったのは。エクス・アン・プロバンスともお別れ何の計画もなしにのんびり過ごしたエクスの日々。久しぶりに心身の奥底からリフレッシュできた滞在でした。帰国予定を決め大家さんに話しました。するとお友達と「さよならビーチバーベキュー」を企画してくれました。一家族一品ずつ持ち寄りです。何にしましょう..考えた結果、焼きおにぎりにすることにしました。美味しそうにできたので製作途中でつまみぐいwエクスの市街は海辺から車で30分位の内陸です。当日は車でお気に入りのビーチまで親しくしていただいた大家さんのご近所の2家族も一緒です。着いてみるとなんだか日本のような風景です。松の木が生えているからでしょうか。お気に入りの場所がとれるか心配でしたが運よくその場所は空いていました。果物、チーズ、パン、サラダに燻製と盛りだくさんです。持参した焼きおにぎりは好評でした。水は澄んでいて魚の姿も見え、タコもいました。子どもたちがたくさんいる魚たちに興奮気味です。二人は岩場でしばらく遊んでいましたが、浜のほうへ行きしばらくして帰ってくると拾った石を見せてくれました。「これあなたに集めたの。きれいな石ばかりを選んだのよ」「日本に帰る時にもっていって」とプレゼントです。泳ぐ人もいましたが思いのほか冷たかったようです。みんなの興味は日本の事。大家さんは日本好きですが他の方は「あなたが来るまで日本の事にあまり関心はなかったのよ」「寿司とマンガ位かしら、知ってるの」日本の事が話題にたくさん上りました。フランスの事もいっぱい教えてもらいました。一番羨ましいのは一年で50日位ある休暇です。もちろん土日を除いての数です。休暇をどう過ごすかという計画が楽しみだとか。クリスマスなども家族で集まって過ごすのが多いそうです。車で行ったのでアルコールはなし。太陽がまだ高いうちにビーチを出て、大家さんの家に行きました。お家でワインを飲もうという訳です。ここでもバーベキューセット登場。「外でよく食事をするのよ。庭が大好きなの」「この庭は僕がデザインして作ったんだよ」見ると日本風の一角もあり本当に日本好きなんだなと思いました。楽しいおしゃべりと美味しいワインの後一人でアパルトマンへ帰りました。最後の夜でしたので近くの教会へ行ってみようと思い立ちました。ただ建物を見るだけでなく中で座って何かを感じたかったのです。フランス語で神父様がお話をされていました。蝋燭と柔らかい照明の中で穏やかな時が流れていきます。パイプオルガンの演奏が始まり讃美歌も歌われました。信者でなくとも荘厳な様子に心打たれ涙が出そうになります。すぐにこうして座っていた事も記憶の中に封じ込められ徐々に遠い思い出になってしまうのかと思うと本当に現実なのか、夢の中の出来事なのか分からなくなりそうでした。教会の外に出て歩き慣れた道を帰る間も、その感覚はついてきました。カフェでワインを飲みながら人々が笑っています。コインランドリーを通りかかるとそこだけ明るい中に寂しげな人が座っています。石畳は光を反射してぼんやりと遠くに消えていくように見え歩いている後ろの世界も、時間の中に溶けて闇に吸いこまれているかのようでした。こうしている瞬間の連続が生きていくという事なら私はもっと自分らしい生き方をしたいと思いました。彼方の未来は、すぐそこにありそうな明日だって見ることはできません。過ぎていった時間もとり返すことは不可能です。でも過去は記憶の中に残り、まだ訪れていない時とは違います。その気になれば、過去の世界に戻って音を聞き、匂いを嗅ぐ事だってできそうです。暗くなり始めた路地を戻り、アパルトマンの入り口のカギを開けました。狭い階段を上がって行きながら、もう一回降りたら二度と上がる事もないかもしれないと思い、一歩一歩大切に進み踊り場の窓の外の風景も頭の中にしまいこみました。さあ、荷造りです。他はともかくこれを入れ忘れることはできません。この石も一緒に日本へ旅立ちます。ベッドに横になると微かに聞こえてくるカフェのさざめきが波のようです。ビンや食器のの触れ合う音、弾む話に興じる人々楽しそうな笑い声まで聞こえると思った時はもう夢の中を漂っていたようです。気がつくともう朝になっていました。部屋の中やキッチンを掃除しているとお客様がありました。気ままなアルゥエンがさよならを言いに来たのでした。夜に来ることはなかったのですが、よく話を聞いてもらいました。きっと猫語になって伝わっていたと思っています。さようなら、フランス、さようなら、みなさん。お別れはとても賑やかだったけど一人になってから寂しさがやってきました。機上の人となり、遥か雲海の上を飛んでいる時も気持ちの帯がフランスまで伸びているようでした。帰国してしばらくフランスにいたのがなんだか信じられませんでした。でも玄関においたあの石たちを見ると幻想ではなかったのがわかります。またいつかフランスを訪れたいと強く思います。まだまだ訪問したいと思う場所は数え切れないほどあり、知り合いになれた方々とまたお会いしてもっともっとお話しをしたいと思っていますから。フランス旅行ご一緒してくださってありがとうございました。次は北京旅行です。ぜひまた読んでくださいね。 ランキングに参加しています。応援してくださいね。
2015.10.18
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シンク下から水漏れどんよりとうすら寒い夕方でした。仕事から帰ってみると台所で面倒なことが勃発していました。水漏れです。好物のサケの卵を醤油漬けにしようと皮をむいていた主人が気が付いたそうです。その時にはフローリングの隙間に水が沁み出てきていました。 「水を出しながら卵を洗っていたら靴下が濡れてきたんだよ」と主人。配管が詰まったのでしょうか。でも、詰まっただけならシンクに上ってくるはずです。仕方がなくその日はイクラの仕込みもそこそこに水仕事はご法度となりました。次の日は主人は早朝から出かける予定が入っていました。台所のシンクの高さを上げてもらったことがあり、それは3年前でした。その施工業者に電話してみると「配管詰まりです。油でも流したのでは?」とけんもほろろです。「どうしたらいいの?」ときくと庭の排水のマスから配管を掃除するのがいいとのこと。開けてはみたものの、どの管の口がどこからきているのかわかりません。とりあえず全部バテン(ウインドサーフィンのセイルに入れる骨)でつついてみました。 娘にシンクの排水口から庭から回したホースを入らなくなるまでまで入れさせました。そして注水開始です。しばらくしても外の排水マスに水が出てこないし、水の流れる音も聞こえません。「水止めて!下から出てきている!」との声にあわてて水を止めました。台所の外側からも水が沁みだしていました。 配管の詰まりだけではなくどこかが外れているか配管に漏れがあるようです。最悪です。でもあきらめずに詰まりだけは解消しようと思いました。もうこれだけ漏れているのですからあと少し漏れたって大した変りはありません。排水口に栓をしてシンクいっぱいに熱水を張って栓を抜いてみました。すると2回目に水の流れる音が聞こえました。やはりどこかが詰まっていたのでしょうか。一安心、でも配管に漏れがあることは確かです。シンクと調理台の一体になったキットを外してチェックしなくてはなりません。主人に電話をすると「わかった。俺がやる」との返事です。とりあえずは排水は流れているものの床下には少しずつでも水が漏れてるはずです。できるだけ早く直してほしいのですが、明日も無理のよう....表に水は出ていなくても、土台や床下に回っているのは確かです。前に施工してくれた業者に頼んだほうが早いのですが....これでも買わなくっちゃいけないのかしら。【UNITEC ユニテック 強力 融着補修テープ アーロンテープ 幅25×...価格:5,184円(税込、送料別)見えないところで不具合があるとどんな影響が出るかわかりません。もう自分で業者に電話しちゃおうかしら、とも思っています。読んでいただいてありがとうございました。 ランキングに参加しています。応援してくださいね
2015.10.17
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秋が深まっていますシソの実も色づき始めもう硬くなります。茶色くなる前のプチっとした実を塩漬けにしようと収穫しました。 まだ蚊取り線香をたいているのですが刺す蚊もいません。もう夏の季節とは完全にお別れのように思うとなんだかさみしい...「青しその実で漬物作り」で書いたときは、花穂のままだし汁で漬けました。今度は実だけです。しごいてとって塩漬けにします。 重さの10~15%の塩で漬けますが、まずは4分の1の量の塩であく抜き。よく洗って、塩を振って揉み1時間ほど置き、よくしぼります。 残りの塩をよくまぶしてシソの葉で被ってギュッと押します。タッパでもビンでもよく消毒してあれば冷蔵庫保管でお正月まで食べられます。もうすぐキウイも収穫です。 伸びすぎた香りゼラニュウムも切って刺し木しました。どのくらいついてくれるかなぁ。切って植えかえた株からも芽が出てくれるかしら。 切り取った枝にカマキリの卵が付いていました。 この枝は庭の月桂樹の下に挿しました。寒い季節を乗り切れるでしょうか。春になったら芽が伸びて小さいカマキリがいっぱい生まれますように。切り取った葉はネットに入れて今夜はゼラニュウム風呂です。 いい香りを、素敵な時間を、優しい気持ちをありがとう。また季節がいってしまいます。いってしまってもまた巡って新たな恵みを持って帰ってきてくれます。いつまでも、いつまでも.... ランキングに参加しています。応援してくださいね。
2015.10.14
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ムカゴを収穫しました毎年この時期になるとムカゴを収穫します。庭の生垣の上に夏の間中、山芋がツルを伸ばしていました。 ほろほろと落ちるようになったので、生垣の剪定を兼ねてムカゴ採りです。去年までは骨の折れた傘を下に開いて置いて落としていました。でもそれではこぼれてしまうものが多く、新聞紙を敷いてすることにしました。 準備ができたら剪定バサミで生垣の上のほうをを切っていきます。そのとき切れた枝と一緒に山芋(自然薯)のツルを巻き取っていきます。 1m位で一旦下に落としていきながら、5mほどの生垣を刈り込みます。そして全部終わったら新聞紙の上にムカゴを落としながら枝や葉を片付けます。 時にはこんな先住者もいます。これは山芋の葉が大好きなキイロスズメというガの幼虫でしょう。緑がかった水色がきれいです。これからマユになってスティルス戦闘機みたいな成虫になるのですね。 せっかく生まれてここまで大きくなったのだから南西の一角を彼らのために残しそこの山芋は刈り取らずにおきました。マユを破り、ガになって羽ばたくまで一年かかるといいます。生き延びて空に飛んでいってほしいです。今日はそのほかにスティックセニョールの植え替えをしました。土が酸性になっているようなので下のほうは苦土石灰をまぜました。 上の半分は土壌改良剤をよく混ぜたものを使って植え付けです。 改良材を使った土作りは「プランター菜園の土作り 続き」に書きました。今年は新しい土も買ったので、春には苦土石灰は使いませんでした。今日の収穫、ムカゴとナスの美味しそうなのが採れました。 トマトやミョウガもまだとれています。こうして少しずつですが美味しい恵みを得られるのは自然と平和のおかげ。あまりにも平和すぎて当たり前のように感じてしまいがちです。でも地球と太陽と水がくれるこの賜物がなくては生きていけません。恵みを心から感謝していただきたいと思います。 ランキングに参加しています。応援してくださいね。
2015.10.13
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リビエラ逗子マリーナヨットレースこの日のレースは加山雄三さんを招待し「加山雄三カップ」と命名した初めてのヨットレースでした。’20年の東京オリンピックのヨットレースのコースを模して逗子沖をスタートし、烏帽子岩を周り、逗子沖フィニッシュで行われるはずでした。沖を帆を連ねて走るヨットレースを浜や丘の上からも見るのも楽しいものです。主催者側はレースに参加しない人たちにもヨットレースを身近に感じ、東京オリンピックでのレースをイメージしてほしい気持ちがあったそうです。しかし、レース当日の朝は雨で風もだんだん上ってきていました。予報では30ノット位まで上るということだったのでレースは中止になってしまいました。加山雄三の愛艇「光進丸」も参加し、盛り上がることが期待されていたのに残念でした。逗子マリーナをホームポートにしていない艇も多くいました。主人がクルーとして乗船し参加するはずだったヨットもそうです。多くの参加艇はレースが中止になっても会場に出て練習をしていました。30ノットという風はかなり強く、もし実施されていればとても過酷なレースになったことでしょう。この日参加するはずだったヨットの多くが参加した京急マリーナカップの映像がありました。この時は16~18ノットで波もあり、緊張したヨットレースになりました。2分ごろからの映像では、スタート海面に集まりスタートのグッドポジションを狙う各艇の様子が見られます。レースが行われていたら、この時より強い風の中で走らなければなりません。子どもも乗る予定のヨットもあったので中止でよかったと思います。しかし夕方には雨も上がり、パーティは予定通り行われました。リビエラプラザの先のヤードが会場で、陸置きのヨットが片付けられ鎌倉、逗子、葉山など地元の協賛店のテントが張られステージもできていました。 表彰式はありませんでしたが、代わりに出廷クラスごとの抽選会があり加山雄三さんの直筆のはいったトロフィー(?)が贈られました。抽選会の後はいよいよコンサートの始まりです。 前半はギターを弾きながらのロックンロールバージョンのメドレー。BLUE SUEDE SHOESなどのナンバーではジルバを踊る人も。BLUE MOONなどの静かな曲はじっくりと沁み入ってきます。やはり自分の持ち歌、海をうたった曲ではみんな盛り上がりました。この時はギターを置いて観客に訴えるように歌ってくれました。 「海 その愛」では海を愛するヨットマン達の中からも歌声が上がりみんなが一体になれたようなひと時が流れました。「君といつまでも」や新曲も聞くことができ、時間を超えて若大将の歌声が満喫できたひと時でした。 加山雄三カップは今年が第一回目。荒天によりレースが中止になってしまったのは本当に残念でしたが、来年も開催されるとのことです。次はは天候に恵まれ、「夢を乗せて 海へ、未来へ羽ばたく」ヨットレースが開催されることを今から祈っています。 読んでいただきありがとうございました。 ランキングに参加しています。応援してくださいね
2015.10.12
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星の流れる夜空を見上げて今日、ジャコビニ流星群は極大日を迎えます。ジャコビニ・ツィナー(ジンナー)彗星を母彗星としているのでジャコビニ流星群と呼ばれていますが正式の名前は「10月りゅう座流星群」といいます。りゅう座は北西から北の方角で夕方過ぎに一番高くなります。今夜は月齢が26日なので月明かりに邪魔されずに観測できる環境です。残念ながら今その方角は雲におおわれています。流星群はその方角に限らず全天に流れるので一つでも見えたらいいなと思っています。今年は6日から10日にかけてジャコビニ流星群が出現します。今日の極大の時間は午後の2時ごろだったのだそうです。13年毎に活発な活動を見せるこの流星群が話題に上ったのは1972年でした。その時は彗星が地球の軌道とほぼ交差して「流星嵐」になると噂されました。友だちと7人と2台の車で中央高速を走り、八ヶ岳まで見に行きました。しかし期待された「流星嵐」は起こらず、ほんの2、3個観測できただけでした。それでも開けた場所に陣取り、寝袋に包まって頭を合わせ東西南北に放射状に寝そべって自分に割り当てられた方角に現れる流星を待っていた時のことは深く思い出に残っています。たとえ期待外れで「流星嵐」が見えなかったとしてもそれを見るためにみんなで遠くまで行き、同じ空を見上げた思いは今も新鮮です。1933年と1946年には、一時間当たり数千から数万の流星が流れたと聞くと今、自分が見ているその空でそれが起こったらどんなに素晴らしいだろうと心が震えます。1933年ヨーロッパでは想像を絶する「流星嵐」が観測されイタリアでは1分間に480個の流星が見られたとか...1946年、アメリカではZHR(最高の条件を仮定して一時間に換算した数)で12000~15000の流星嵐だっとといいます。そんなにたくさん星が降ってきたら...心熱くなってしまいますね。日本では1998年10月8日にZHRで720個であったようです。今夜はどうも雲も出てきて流れ星を見ることは難しいかもしれません。せめて2011年のジャコビニ流星群の様子を見ながら次を待ちたいと思います。 ゆったりと夜空を見上げて星が巡っていき地球が回っていくのを感じたい、と思う気持ちはいつまでも失いたくないと思います。空を見上げても心の中を覗いても美しい光が光が瞬き希望が溢れていますように読んでいただいてありがとうございました。 ランキングに参加しています。応援してくださいね。
2015.10.09
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地域猫2匹に去勢手術を受けさせました秋晴れが続く今週、捨てられて家の周りにいついたサバ猫と近所の引っ越しの時において行かれた猫です。縁あって家に通ってくる野良猫には避妊手術や去勢手術をしてきました。「地域猫」という考え方には賛同されない方もいらっしゃると思います。でも飼い主の都合で捨てられてしまう猫たちをどうしたらいいのでしょう。人の都合で子どもを産む能力を奪ってしまうのですからむごくて勝手だ、と言われても仕方がありません。でも、放っておいたらどんどん子どもを産んでいきます。手術の後はかれらの猫生、自由に生きてもらっています。ご近所の方々も理解を示してくださっているのが救いです。このサバ猫は小心ですが、人をあまり警戒していなかったのですぐにつかまりました。月曜日に捕獲してすぐ病院へ連れていきました。手術を受け、次の日意気消沈して帰ってきましたがもう元気です。病院の先生は「可愛そうな猫たちを増やさないために」と市と協力し、助成金を活用して地域猫の避妊、去勢をすすめています。「次の猫ちゃんは木曜日に」と言われましたので今日連れていきました。でもこの子は見捨てられてから地域のボスになり、とても賢いです。捕獲器に付けた唐揚げを2回もくわえて去りました。でもついに捕獲器に収まって神妙な面持ちです。神奈川県では平成26年度の犬猫の殺処分がゼロになりました。「神奈川県ホームページ」公共の場で病気になったり、交通事故などでけがをした猫は神奈川県獣医師会に委託して治療しています。瀕死の状態であった場合はやむを得ず安楽死させています。去年度の安楽死は103匹であったそうです。HPの「県民の皆さんへのお願い」の中ではお金を出して買うのではなく、捨てられたり事情があって保健所に来た子たちをボランティアから譲ってもらうことも考えるよう書いてあります。犬や猫の保護に携わるボランティアの方もいます。ご近所でも捨てられた犬の保護と里親募集のボランティアをしている方がいます。近くの湘南国際村に行くとたくさんの犬たちを連れて散歩をしている人を見かけます。聞いてみると特定非営利活動法人「KDP」の方だそうです。近所の方もその団体の催す譲渡会で今の愛犬と出会ったそうです。Kanagawa Dod Protection は保健所に預けられた犬を殺処分から救うためにひき取ったのがはじまりだそうです。最初は個人の方がすべて自費で始めたのですが、今ではたくさん賛同する個人や企業、病院が増えたのはうれしい限りです。被災地犬を保護し始めてから賛同する方たちからの寄付や応援もさらに増え、犬のカレンダー販売などで費用の足しにしているということです。「自分のためです。おんなじ命だし」10頭以上の犬たち連れていく後ろ姿を見えなくなるまで見送ってしまいます。責任を持って家族としてペットを飼うことは喜びです。可愛いからという理由で飼い始め、邪魔になると安易に犬や猫を捨てたり保健所に連れて行ったりする...そんな勝手な人間がいなくなればいいと思います。犬や猫にも人と同じ命が宿っています。一匹でも多くの家のない猫や犬たちが新しい家族を見つけられますように。今日の富士山は青くかすんでいました。KDPの方は富士山の見える丘の上を今日もたくさんの犬をつれて散歩しているのでしょう。病院からの帰り道、青く浮かぶ富士山を見ながらじっと考えてしまいました。どんな命も尊重されますように。みなさまの毎日が心温かいものでありますように。 ランキングに参加しています。応援してくださいね
2015.10.08
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気温が下がって葉物野菜もごきげん朝晩は寒いくらいの気温になってきました。9月に播いた葉物野菜も順調に大きくなっています。これは小松菜と水菜 まだまだ赤チャンなのでベビーリーフとしてサラダに使っています。もう植えかえて大きくする準備をしないといけません。挿し芽をしたクウシンサイもいくつかはついてくれました。 しばらく放置していたのでご機嫌を損ねて根付いてくれないかと心配していました。新芽もいくつか出ています。このほか野沢菜やカブ、春菊の芽もたくさん出て育っています。下の画像は芽キャベツです。タワーになってコロコロの芽キャベツができるまでしっかりお世話します。 「青シソの実で漬物作り」で紹介したBT剤のおかげで蝶の幼虫が付かず助かります。お師匠様、ありがとうございます。<(_ _)>芽キャベツとケールのいいとこどりハイブリッドのプチベールもきれいなまま! 芽キャベツの食べる部分が丸くならない、という新品種です。結構大きくなるので伸びてきたら下のほうの葉は欠いて食べちゃいます。欠いた葉は食べるというより青汁ですね。大蒜炒めも美味です。プチベールの青汁、作り方は簡単です。葉っぱをとったら洗ってよく拭き、リンゴと一緒にミキサーにかけるだけ。娘はバナナを入れるのが好みです。近くではトマトだって長ナスだってまだまだがんばっています。ナスの花も、あら?ピーマンの花はこんなにたくさん咲いています。どうしちゃったのでしょう。パプリカも健在なので競争かしら?チャイブの花は終わり、実を獲るタイミングをのがしてしまい周りに振り撒いている状態。来年はこぼれ種子から芽が出るでしょうか。 近くにインゲンを植えたのですが誘引が下手で先を折ってしまったものもあります。 これからの楽しみは柚子です。鍋や柚子味噌、ジャムに漬物の香り付けにと大活躍します。 季節が巡っていくとその時期の野菜ができて新鮮な味を楽しめます。今年は白菜も植えたので塩以外は自分で作った白菜漬けが食べられます。自分で作って食べる野菜の味はまた格別です。プランターでも植木鉢でもちょこっと作れますからお試しあれぇ~。 ランキングに参加しています。応援してくださいね。
2015.10.07
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スーパームーンに照らされて約1.4倍の大きさに見えるという月が上ってこようとしていました。まだ明るいうちから月がよく見える2階にテーブルをセットして待ちました。去年は三回もあったのに今年はこの一回だけ。だけど中秋の名月の次の日がスーパームーンだったので二日続けてお月見が楽しめました。スーパームーンになる瞬間は11時50分であったらしいのですが月の出の時間でも、とても明るい大きな月が上ってきました。日没後は普段でも大きく見える月ですが、なんだかもっとふくらんでいるみたい。大きさだけでなく、普通の満月よりも30%も明るさが増しているのだそうです。だんだん空が暗くなってくると月の明るさが際立ちます。ちょっと雲が出てきたのですがそれも趣があります。大きさがわかるように上手には撮れませんでしたが、それでもいいんです。ぶれたのでしょうか、こんな写真も撮れました。肉眼で見るとリボンのように光が広がっていました。月が昇り暗くなってくると、月見の宴は盛り上がってきました。ろうそくの明りを灯し、あり合わせで作った料理とワイン、それに楽しいおしゃべり。お月さまも笑って聞いているようです。外で焼き鳥を焼きだしたのは主人です。里芋はこんな風に焼いて食べました。冷蔵庫整理みたいなお食事会でしたがなかなかバラエティがあり好評。なかでもプランターで採れたナスを焼いたものは美味しかったです。夜も深まると「散歩に行こうよ」ということになり月の光を浴びながら近くの丘の上まで歩いていきました。肉眼では色がよく見えませんでしたが、近くははっきり分かるくらい明るかったです。丘の上には畑が広がっています。農道を進んでいくと道が闇の中に消えていくように見えます。丘の頂上は開けていますが街路灯は一本もありません。ほんとうに真っ暗なので星の観察にも最適。気が向くとたまに星を観に登ります。風もなかったのでふわりふわりと散歩を楽しみました。はっきりと影が出るので、なんだか飛べるような気持ちになってしまいました。心地よい疲れと不思議な高揚感で家に戻って小休止。明け方には月の入りを見に行きました。少し寝てもとても眠く、眠気を通り越して世界が現実ではないような感じです。浜に行くと月の道ができてきれいでした。周りが明るくなるに従って、ゆっくりゆっくり月が落ちていきます。伊豆半島の上は靄がかかっているようで月がぼやけて見えました。しばらく浜でぼーっとしていました。またふわふわと家に帰る途中も誰もしゃべりません。話したら今いる夢の世界から現実に戻っていってしまうような気がしたのでしょうか。家に着くともうすっかり明けていました。なぜか不思議の国から帰ってきたようにみんな幸せそうな顔をしていました。スーパームーンのおかげでいつもはしないことができました。毎日毎日を着実に送っていくことはとても大切なことです。だけど時には生活から抜け出して思い切ったことをするのも楽しいものです。読んでくださったみなさまの毎日に楽しいことがたくさんありますように。 ランキングに参加しています。応援してくださいね。
2015.10.06
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今日はよく晴れて秋らしい日曜日みんな出かけてしまい、一人で日曜日の午後を過ごしています。青い空を見るとエクス・アン・プロバンスの空を思い出します。でもなんか違います、空気が違うのかな...湿度のせいかしら10日以上もエクスにいたので最後のころには旧市街なら大体分かるようになりました。エクサンプロバンスの史跡めぐりエクスの街の中をぶらぶらしたり、マルシェで買い物したり...一週間が過ぎるころは大体のロケーションがわかってきました。それでもまだ中に入っていない史跡や博物館がたくさんありました。今日はそんなところを回った日の事を回想しながらエクスに行ったら是非訪れたい場所をいくつか、一緒に歩く感じでご紹介しましょう。第一はなんといってもサン・ソヴール大聖堂です。5世紀から18世紀始めにかけて建てられていったこの大聖堂にはその時代によってその時の建築様式が取り入れられているそうです。正面の木彫りの扉は16世紀、同時代のロマネスク形式の回廊はとても美しいです。回廊で囲まれた中庭にはオリーブが植えられていました。大理石の円柱と天井も美しく、円柱で囲まれた床の中心には穴(井戸?)が開いていました。礼拝堂内部の装飾はどちらかというとシンプルですがステンドグラスはとても壮麗です。タピスリー美術館はサン・ソヴール大聖堂のとなりです。大司教の邸宅だったところに17世紀ころからのタペストリーが飾られています。次の目的地は自然歴史博物館。街の中心、市庁舎広場から少し行ったところにあります。そこに行こうと市庁舎広場を通りかかるとプロバンスらしいマルシェに出会いました。この色使いはプロバンスならではですね。そのほかアンティークっぽい物もあって面白かったです。しばらく行くと自然歴史博物館に着きました。太古の化石から中世の衣装、装飾など興味深いものばかりでした。左は恐竜の化石です。右の恐竜卵はレプリカ、なんだか可愛かったです。中世の貴族の生活を表した人形の展示はとても精巧でした。次に向かったのはパヴィヨン・ヴァンドーム。旧市街を通りぬけて北西のはずれの方角です。17世紀の貴族、ヴァン・ドーム公爵の館だったところで今は一般に公開されています。フランス式庭園がとても美しく、噴水も2つありました。ベンチも置かれていて読書をする人、子ども連れで来る人、若いカップルなどがくつろぎ、市民の憩いの場といった感じでした。館の中を見て庭園でひと時を過ごし市街の中心まで戻ってくると日時計のある教会の前にウエディングの車が停まっていました。花嫁さんも少しすると出てきました。これから新婚旅行に出発するのでしょうか。どうぞお幸せに!幸せそうなカップルを見ていると、幸せな気分が伝わってきてジンとしてきました。いくつになっても愛する人と、次々と起こるいろんなことを織り込んで時間を超えたたった一つの人生というタペストリーを織り上げていきたいと思った瞬間でした。旅行の醍醐味は実生活から離れて自分の生き様を見られるところかな、と思います。皆さんはどう思われますか?読んでいただいてありがとうございます。 ランキングに参加しています。応援してくださいね。
2015.10.04
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Love the Life You Live, Live the Life You Love先日、七里ガ浜のレストラン「湘南アジアン食堂バンブー」に行ってきました。タイ料理メインで飲み放題のコースです。駅がすぐそばだけど落ち着いていてなんだかノスタルジック。江ノ電が道路向こうに見えるし、ロコのおばさんたちが犬の散歩してたり....テラス席の一つしかないテントの下の席に座って、はなからくつろいでしまいました。生春巻きから始まって青パパイヤのサラダが出てきます。続いて海老ペーストのトーストも絶品。生春巻きはチリソースと合わせてもおいしいし辛さがたまらなく食欲を刺激します。トーストはカリふわ感がなんとも言えません。左のグラスに入っているのはネプモイのオンザロック、右はメコンウイスキーのオンザロックです。ネプモイはベトナムの古代米を使ったお酒です。ナッツの味わいとほんのり甘いヴァニラ風味が新鮮でした。クセになります。だんだん日も暮れてきて外は黄昏、中は優しいライティングの違う世界。さて、次にサーブされたのはチキンの炭火焼ガイヤーン。席のすぐ前のレンガで造ったグリルで焼いてくれます。自家製ソースに一晩浸けてあるそうで、とても柔らかくビックリしました。食事は美味しくネプモイがすごくおいしかったのでついつい過ごしてしまいました。締めはガパオライス。ココナツミルクのアイスクリームがデザートです。ネプモイのオンザロックと一緒にあるのはスパイシーフライドポテトです。ガパオライスは二人分を取り分けたもの。パクチーの香りがたまりません。店内のデザインはカリブ風で南国調です。店の奥には落ち着けるパーティールームになりそうな一角もありました。トイレに入ってこれを見つけました。「Love the Life You Live, Live the Life You Love」「自分の生きる人生を愛せ。自分の愛する人生を生きろ。」ボブ・マーリーの言葉...しばらく忘れていたボブの言葉です。そうです。自分自身のやっていることを愛せなかったら幸せとは言えません。自分が心から愛せる毎日を送れるように日々の自分を見つめるのも大事です。ボブ・マーリーの生涯は自分の事と重ね合わせて感じることが多いものでした。英国軍人であった父とアフリカ系ジャマイカ人の母との間に生まれ父と母はボブの誕生後はすぐに、別れナイン・マイルズで母の家族と暮らした。10歳で父が死ぬと援助が途絶えキングストンのスラムで生きるようになる。他の子どもたちと違う自分に疎外感を感じ、孤独でいた子ども時代。生まれたままの自分で生きることを、自然のままに生活することを大切にした。彼の歌や生き方から「自分の人生をどのように過ごすかは自分次第。まずは今の自分の生活を愛し、自分自身を愛せるような生き方をする。一瞬一瞬を大切に生きていく」というようなメッセージを受け取ったように思っています。ジャマイカで政治抗争に巻き込まれ狙撃されても一命を取り留めた彼。それから5年ほどで脳腫瘍と肺に転移したがんで36歳の若さで亡くなってしまった彼。世界中の多くの人に多大な影響を与えた彼。キングストンで国葬にされました。年老いてもうボブの歌を聞くことも少なくなりました。でも彼の言葉は大きく心の中に響いていて鳴りやみません。「ボブ・マーリー 名言」 ← クリックで 名言+Quotes のボブ・マーリーに飛びます。たくさんの歌に込められた様々なメッセージも強く心に残っています。何か一つ好きな歌を挙げるよう言われると本当に困ってしまいますが、有名なこの曲は今でも何かあると聞きたくなる曲です。秋の宵のひと時を楽しもうと訪れたレストランで忘れて過ごしてきた大切なことを思い出しました。「Love the Life You Live, Live the Life You Love」「自分の生きる人生を愛せ。自分の愛する人生を生きろ。」少しでも心安らぐ幸せな毎日を送りたいと願っています。そのためにはまず自分を素直に愛していかなくてはならないのですね。みなさまの毎日が豊かでたくさんの幸せが訪れますように。ありがとうございます。 ランキングに参加しています。応援してくださいね今回はRaCoupon「買うクーポン」でステキなお店に行くことができました。たまには自分の生活範囲から離れていったことのないお店に行ってみると思いもかけない何かがおこるかもしれませんよ!
2015.10.02
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夏野菜の収穫も終盤戦、シソの実で簡単漬け物まだまだ実を付けてくれるナスオクラも採れるしキュウリもまだ少し頑張りそう。だけどなんといっても息が長いのがパプリカです。毎日食べても余るくらいとれます。でも葉物野菜が足りないな。青ジソに実がたくさんついたので硬くなってきた半分収穫しました。プチプチ感がある程度あったほうがおいしいのですが、実が入り硬くなりすぎる前のタイミングがなかなか難しいです。抜いたシソの中にまぎれていたカマキリさん。シンクにシソを浸けたら水の中から大あわてで上ってきました。収穫したシソは泥のついた所は切り捨てて3回位洗います。すると出てきました...青虫やテントウムシダマシ、ハトウムシ...できるだけレスキューしながらよく洗います。実の付いた穂はそのままだし汁に漬けます。空気に触れると茶色くなってしまうのでぎゅうぎゅうに詰めてしっかり蓋をします。次の日から食べられるのでお茶漬けの時や蕎麦の薬味、おにぎりに使います。もう少し後に残りの半分を収穫して実だけをしごき取って塩漬けにします。こちらも長持ちするので重宝します。シソの葉は冷凍しておきます。電子レンジでドライにもします。でも冷凍にしておくほうが香りがいいかもです。レシピにアップした「お餅とチーズで作るうまうま肉巻き」でも大葉を使いました。これからは先月種を播いた白菜や水菜、小松菜などが育っていきます。プチベールや芽キャベツもあるので蝶類の幼虫が心配です。そこで食害にあう前にBT剤を播くことにしました。BT剤とは天敵微生物バチルス・チューリンゲンシスという細胞を利用した生物農薬です。蝶やガの仲間の幼虫がこれを食べると死んでしまうというものです。 農薬 殺虫剤 ゼンターリ顆粒...価格:1,491円(税込、送料別) トアロー水和剤...価格:1,008円(税込、送料別)食べて2,3時間で働き始め2,3日後には死んでしまうそうです。哺乳類と昆虫には安全性が高いし生態系に与える影響が少ないそうです。水中、土中では比較的早く消失し蓄積はないとのこと。師匠と仰ぐお方からの教えていただき初めて使います。2000倍に薄めてさあ散布!とコブミカンに行くともういらっしゃいます。アゲハ蝶の幼虫でしょうか。ずいぶん食べてくれていますが柚子の木に移住してもらいました。もうすぐマユになって越冬するのでしょうか。柚子なら葉っぱいっぱいあるし食べても大丈夫でしょう。来年にはきれいな蝶になってほしいです。だけどコブミカンには卵産まないでね!いろんな生き物と共存して生きるのはなかなか大変です。根こそぎ殺してしまう農薬は使いたくありません。人間って自分勝手だけどたくさんの生き物に生かされてるんですね。 ランキングに参加しています。応援してくださいね。
2015.10.01
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