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今年もあとわずかになりました年の瀬がやってくると、毎年恒例、いろいろ普段はしないことをします。大掃除、クリスマス、餅つき、年賀状の準備、角松やお供え...クリスチャンではありませんが、クリスマスには毎年家族が集まって食事会をします。チキンは私の担当、その他の料理は子どもたちが分担して作りました。 チキンは二羽焼いたのですが、今年は一羽は柚子風味に仕上げてみました。 柚子胡椒で風味付けをして、詰め物にも柚子が丸ごと入っています。もう一羽は詰め物にキノコと松の実をいれたおこわを使いました。炊き込む具材はお好のみで味付けも和洋中なんでも合います。炊き込みおこわの入ったローストチキンは毎年好評ですので力が入りました。「スタッフド・チキン」 ←詰め物をしたローストチキンの作り方はこちらからさんざん食べて歌って飲んだ後はツリーの下のプレゼントを開けました。ツリーは2週間ほど前から飾ってあり、みんなそれぞれその下にプレゼントを置いておきます。子どもたちはもう大きくなってしまったので「サンタさんから」は何も来ません。だけど、自分たちに子どもができたらきっと「サンタさんからだよ」と言ってそっとプレゼントをツリーの下に置くことでしょう。 プレゼントは家族から個人へ贈るのですが、毎年楽しい悩みの種となっています。もらった人が開けた時、パッと顔が輝いて嬉しそうにしてくれるのを見るとプレゼントを用意した側もそれ以上に嬉しくなり幸せな気持ちに包まれます。クリスマスのギフトと言うのはそういう気持ちのことを言うのかもしれません。クリスマスが終わるともう年の瀬も押し詰まり何かと忙しくなります。別に何もしなくても年は改まりますし特にめでたいことなどない、と考える方もいます。確かにその通りで何もしなくても時間は流れていきます。なにもこの時期に、慣習に従って特別なことなどしなくともいいと言う人もいます。子どもの頃の正月と比べてみますと味気ないといいましょうか、まるで普通の連休のようで、最近では角松を立てるところも少なく、まして国旗を揚げる家など変人の家のように思われてしまいそうです。コンビニは開いていますし、飲食店も普段通りに営業している所が少なくありません。便利になって、堅苦しくなく休日を楽しめるのはいいことだと思います。でもなんだか少しさみしいです。新しい年がやってくると思うと、なんだか新しく生まれ変わるような気持ちになります。だから大掃除をします。少しずつですが、普段行き届かないところなど念入りに掃除します。もちろん一日ではすみませんので12月に入ると一つづつ終えていきます。やっと掃除もひと段落してお餅つきの日を迎えました。空は晴れて風もなく、よい日に恵まれました。 餅つき会場となるお宅には朝からたくさんの人が立ち働いています。子どもたちも大はしゃぎで台所やもち米を蒸すかまの周りをのぞいています。かまどには二人の「釜じい」が番をしていました。 もち米があがると「こわずき」(こね)に入ります。それからついて8軒分、20枚ほどの のし餅にするもち米をつきあげていきます。 もちろんつき手は交代しながらついていきます。つきあがった餅をのして四角くする女性軍も大変です。のし餅の他に、できたそばから「黄粉餅」「納豆餅」「からみ餅」「あんころ餅」などにしていきます。手のすいた人は餅や用意された汁、漬物などを食べながらみんなで一日がかりです。今年あった事、家族や友人の近況などワイワイ話しているうちに、あっという間に陽はかげり、必要な数の のし餅もできました。こうしてお正月のお餅の準備もでき、後は年神さまをお迎えするだけ。大晦日には地元の神社で新年を迎える神事があります。年が改まる前から神事は始まり、新年を迎えて樽酒で新年を祝います。もう2日ばかりと今年も残り少なくなりました。来る年にはよいことがたくさんあり、幸せな年となりますように神社では祈念してこようと思います。みなさま、どうぞよいお年をお迎えください。 ランキングに参加しています。応援してくださいね宮崎産若鶏 丸鶏 [中抜き] ■生鮮品■ 【宮崎産】【鶏肉】【とり肉】【ローストチキン】価格:2,322円(税込、送料別)【頑張って送料無料!】国産ミニうす・きねセット 5合用 52001 直径30cm×高さ21cm…価格:20,366円(税込、送料込)
2015.12.29
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寒かった数日の後に温かい月曜日がやってきました。でも空は雲が出てきて南西の風が吹き始め雨がやってくるようです。なんだか何にもする気の起きない月曜日、明日は冬至です。北京の天壇ではその昔、冬至の日には皇帝が天に祈る大祭を天壇で執り行ったそうな..不思議なパワーを感じる圜丘壇(かんきゅうだん)皇穹宇(こうきゅうう)、そして祈年壇(きねんだん)...夢の中のような不思議な気分で観光したのを覚えています。今日はそんな天壇公園へ行ったことを書いてみます。 天壇公園 北京には皇帝が祈りをささげるために造られた場所がたくさんあると聞きました。故宮を中心として東にある「日壇」西の「月壇」南には「天壇」そして北の「土壇」が主だそうです。その一つ「天壇」は古代中国の宇宙観に基づいた「南方北円」で造られ広さは故宮博物館の4倍ほどで、いまは公園として一般に開放されています。天壇は1420年に明の永楽帝が大祈殿を造ったのが始まりで清の乾隆帝の頃に大整備が行われ現在に至っているとのことです。南から北に徐々に高くなっている敷地の中の一直線上に三つの主な建造物があり、天に近づいていく感覚で配置されています。南門からまっすぐ北に延びる道をしばらく行くと「圜丘壇」につきました。建物はなく漢白玉(玉石)で三層に造られた円形の祭壇で一番上は50mほどの直径です。敷石、階段、欄干などはすべて陽の最高の数9または9の倍数でできているというのには驚きました。最上段の真ん中にに丸い石があって「天心円」と呼ばれています。冬至の日に皇帝はこの祭壇の天心円の上に立ち、その年に起きたことを天に報告したそうです。天壇には石と建造物の配置などで音が不思議に聞こえる所があります。その一つがこの天心円です。この上に立って唱えごとをすると天の声が聞こえてくるように感じるというのですが...周囲の欄干に音声が反射してそう聞こえるのではないかと言われています。少し行くと「皇穹宇」です。中央の建物は祭祀の際に皇帝の祖先の位牌を安置するための建物でした。建物に上がる階段の下には三つの敷石が縦に置かれていました。これは「三音石」といい、一番目の石の上で手をたたくとこだまが一回聞こえ、二番目では二回のこだまが、三番目ではこだまは三回になります。「回音壁」という壁にぐるりと囲まれているので反響するのだそうですがそれにしても不思議でした。皇穹宇を過ぎ「祈年殿」へ向かう「丹陛橋(たんへいきょう)」は上り坂になっていて祈年殿に近づくにつれて天にのぼるような錯覚を生みだすように設計されているのだとか。皇帝は皇穹宇での儀式のあとこの道を踏みしめ、天にのぼる霊感を得ながら進んだのでしょうか。記年殿は天壇で一番の高さのある木造建築で皇帝が五穀豊穣の祈りをささげたところだそうです。1889年に落雷で焼失して1896年に再建されたが現在の祈年殿でとなりにある資料館でその建築の様子や歴史を知ることができました。中央の三層の屋根を持った建物には釘が一本も使われていず28本の柱で支えられていて、中央の4本は龍井柱と言われ春夏秋冬を表しその周囲の12本は12ヶ月を、柱の間の24の空間は24節季を、外の12本の柱は12時間を表しているのだそうです。この建物自体が時間を形であらわしているのですね。ここで皇帝は正月、夏至、冬至に五穀豊穣を願い天に祈りを捧げました。上方が円形、基壇が四角く造られた構成は天と地を結ぶ造形であるとも聞きました。祈年殿前で天からパワーをいただきました。記年殿を後に帰りは七十二長廊を通って東門へと向かいます。七十二長廊には小さな門をくぐって入りました。5mの幅、350m(72間)の長さのある廊下は昔は夜に祭祀の道具を運ぶために使用されていたようですが、入ってまあ、びっくり!先ほどまでは観光客ばかりでしたのに地元の人がたくさんいます。でもとても不思議でした。子どもがいないんです。それになんで公園にきてわざわざそれをするの?とも思うことも思いました。クロスステッチをしているおじさん、ビーズを編んでいるおばさん手摺をまたいで将棋に熱中する人、トランプをする人、それをみてる人....胡弓や古楽器の演奏で京劇のように歌う人なんだかすごく不思議な回廊に紛れ込んだようで目を丸くしてしまいました。みんなてんでんばらばら、あちらこちらでいろんなことやっています。長廊が終わるところにある「七星石」の辺りではバドミントンに太極拳です。ラジオ体操のように音楽に合わせて体操をしている中高年がいると思えば中国風の音楽で社交ダンスを踊っているグループもいました。とても厳かで宇宙との一体感が感じられ静かな圜丘壇あたりと比べると年輩の市民の方たちがいっぱいでとても元気にそれぞれの楽しみに興じているのが新鮮でした。後で知ったのですが退職すると「健康のため」に公園へ集まり好きなことをするのだそうです。あっけにとられながら市民の憩いの苑をぬけ東天門へと向かいました。ほんの20mほど来ただけなのに、この辺りに来るともう誰も遊んで(?)いないのもすごく不思議でした。きっと場所が決められているのですね。思ったより広く大きな天壇公園。もっと時間を取ってゆっくりと「天壇の不思議現象」を探求したかったです。太陽が生まれ変わる日、新しい生命の営みが始まる日きっと天壇公園では明日の冬至の日に、皇帝のように天心石の上で一年の出来事を天に報告する人がたくさんいることでしょう。 ランキングに参加しています。応援してくださいね。
2015.12.21
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心頭滅却すれば火もまた涼し武田信玄の菩提寺、恵林寺(えりんじ)に行ってきました。恵林寺は1330年に夢想国師が開山した古いお寺でしたが、応仁の乱のころ荒廃し、戦国時代、武田信玄によって再興され、1544年(天文13年)に鳳栖玄梁が入山。その後1564年(永禄7年)に快川紹喜が招かれたといいます。1582年(天正10年)の織田・徳川連合軍の攻略で武田氏は滅亡。その後織田氏は恵林寺に逃げ込んだ六角義定(佐々木次郎)を引き渡すように求めます。しかし恵林寺はそれを拒否し、焼き討ちにあってしまいました。この時快川和尚や僧侶たちは三門に閉じ込められ焼き殺されたのだそうです。「安禅必ずしも山水を須いず、心頭を滅却すれば火も自ら涼し」と快川紹喜和尚は喝を発して果てたといわれています。これが三門に遺喝として掲げられています。この寺でこの山門のある所でそんな悲惨で残酷な殺戮がなされたとは。四百年以上たっているとはいえ恐ろしい気持ちになりました。人も少なく寂しげな風情でしたが、本堂に入る前の庭は手入れが行き届いていて松や桜が見事でした。本堂に入るとうぐいす張りの廊下がありました。歩くとキュ、チュ、と音を立てます。そこから見られる庭もシンとして落ち着きます。「石庭」というのだそうです。武田信玄公と柳沢吉保公の墓所もお参りして隣の宝物館に入りました。風林火山の旗はもちろん、鎧甲冑、文などが展示されていて見ごたえがあります。恵林寺に行かれたら入館されるといいと思います。さて、恵林寺を後にして富士五湖を走って秋の一日、ドライブです。富士五湖は甲府の側から行ったので「本栖湖」「精進湖」「西湖」「河口湖」「山中湖」の順で通って行きました。富士山の噴火で9000千年ほど前にできた「宇津湖:現在の山中湖と忍野八海」と「せの海:現在の本栖湖、西湖、精進湖」が噴火や干ばつで五つの湖に変化していったとか。せの海からでき青木ヶ原樹海から先の三つの湖は他の二つよりも好きです。最初に訪れた本栖湖は富士五湖の中では一番深い湖で最大水深は120m程あります。全国の湖の中でも9番目の深さだそうです。水温が冬でも氷点下にならず凍らない湖でとても深遠な空気が漂っているようです。次は一番小さい精進湖に向かいました。ここからは富士山が噴火したときの溶岩流の跡が見られます。人影がまばらで寂しい感じでしたが明治時代からホテルがあったのだそうです。この湖の深さは15mほどしかないのですが、ヘラブナ釣りでにぎわうといいます。そして西湖です。せの海が噴火の溶岩流によって精進湖と西湖が分けられた後、樹海が広がったのだとか。湖の西の岸辺にはその青木ヶ原樹海が迫り神秘的な空気が漂います。かなり気温が低かったので湖畔を歩いているだけで体の芯まで冷たくなるようでした。本栖湖、精進湖、西湖の海抜はみな900m。昔は「せの海」という一つの湖、それが時代と共に3つにわかれたからで、地下では水脈を共有していると推測されています。にぎやかな河口湖と山中湖は車で通過するだけにしました。河口湖の水深は14m、山中湖は13mほどで浅いのですがきれいな水のおかげでマリモが発見されています。でもなんだか賑やか過ぎて落ち着きません。ほんとうは忍野八海に行って湧き上がる水にゆらゆらとたゆたう水草を眺めていたかったのですが、この日はかないませんでした。また遠くない日に富士五湖を訪れて、その時にはゆっくりと見入りたいです。 ランキングに参加しています。 応援してくださいね。
2015.12.19
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寒くなってきました冬らしい気候になりました。空気も澄んで富士山もきれいに見えます。 風も穏やかでしたのでプランターの野菜たちのチェックをしました。種をいっぱい撒いてボサボサにはえ、間引きながら食べている野沢菜。 もうそろそろ三株位にしましょう。ほうれん草はなんとか大きくなってくれそうです。 発芽後に根と葉の間が長くなるのでそこに土を盛ってあげないと上手く育たないようです。右は春菊です。左は小カブ。 小カブも間引かないといけませんね。モロッコインゲンは2、3日前の大風ではが縮れてしまいました。右はニラです。 もつ鍋一回分のニラしか採れませんが、切った後また大きくなってくれます。スティックセニョールはトップに花芽がついてきました。 早めに一番花芽を取ってあげれば脇芽がたくさん出てきます。しばらく勢いのなかったミントもしっかりした葉を付けてくれました。 青虫にやられていた白菜も復活してきています。 もしかしたらもっと大きくなって立派な白菜になってくれるかも。そうそう、芽キャベツにも花芽がついてきたんですよ。 昨シーズンは3月の半ばころから収穫しました。その直前までタワーにならずダメかと思ったのですがなんとか食べられました。プチベールも作っているのですが今年の初春は初めてのプチベールで料理を作りました。「プランターの野菜でなにつくろ」 3月ころの芽キャベツの様子、↑プチベールで作ったスープスパのレシピはこちらから3月末には芽キャベツの最終収穫、そしてシチューを作りました。「プランター菜園の土作り 続き」には最後のほうに収穫した芽キャベツが出てきます。芽キャベツは市販のものより味が深くおいしかったので、今度も期待しています。洗濯日和でしたので、洗濯機を回しながらプランターを見て回ったり家の用事をしているうちにもう日が傾いてきました。一年の内で一番昼が短い時期なのですね。家からは夕陽が見えません。空の様子も北東の方角しか見えません。ですからその空の様子と雲の量でで夕日がきれいかどうか判断します。今日は雲があまりなかったのでドラマチックな夕暮れではないと思いましたが、そそくさと仕事を片付けて浜へといってきました。 防波堤に座っていると、行き来する車の中には停めて夕陽を見る人もいました。「お近くの方ですか?」と声をかけられ、富士山と夕陽が一緒に撮れるのはいつごろかた尋ねられました。この辺りではダイアモンド富士は4月の初めと8月の終わりに見られます。その前後であればいいショットが撮れる事をお話してしばらく一緒に夕陽を楽しみました。大自然の美しさと大きさを前にすると見ず知らずの方とも自然に心を開いて素直にお話ができます。自然の力って偉大ですね。 ランキングに参加しています。応援してくださいね。
2015.12.18
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野菜を収穫してサラダにしました。そして焼き鳥天候が春の様な日が続いています。でももうおしまいのパプリカです。大きくなれなくなり、風が吹くと葉が千切れて落ちます。今日抜いてしまおうと思ったのですが、あと少し、もう一度収穫できるかも。今日採ったパプリカはピクルスにしました。残りはサラダに、水菜は涼しくなってから順調です。プランターから間引きしてきたものもサラダに入れます。ゴボウをベースにいろいろ野菜を入れて後は混ぜるだけ。隠れるように生っていたミニトマトもまだ青いけど収穫して追熟させます。皮が固いけど味が濃くっておいしいです。今日は「焼き鳥にするぞ」という夫君の一言で私は火熾し奉行と相成りました。彼はさばきと刺し方を担当します。炭は十分に備蓄があるのでいつでも焼き物ができます。消し炭を下にその上におき炭使うのですが、枝落としをした桜の乾燥した枝を一番下に敷きます。新聞紙を少し丸めて桜の枝、消し炭、おき炭、新しい炭の順に焼き鳥台に入れて点火。火を熾している時に聞いていた曲、ポールホーンです。タージマハールの中で演奏されたもので大好きです。よろしかったら一緒にBGMでお楽しみください。火を点けてすぐはとても大切。風を送りながら火が育っていくのを見守り、手助けします。すぐに桜の枝に燃え移りいい香り。バチッとはぜたりふうっと燃え上がったり、でもまだ目が離せません。パッと鳥が羽を広げるように炎が上がりました。こうなればもう大丈夫。ゆらゆらと炎が燃え上がり、揺らめき、広がり、流れるのを楽しみます。腰をくねらせて踊る火、力強く燃えようとする火...桜の枝は燃え尽きり最後には高く炎があがりました。火は炭に移っていてこの後もう高く炎をあげることはありません。炎をみているのって、不思議な気持ちになります。形があって形がなくって、熱くってとってもクールで。火をつけ、燃えてあがる炎を見ていると、そこに思いもかけないものが現れるようで...さて、炎もおさまり、炭も良い加減に熾きました。串が焼けないように鉄金をおいて待っていると、刺しあがりました。ミュージックもチェンジです。Jango Radio の Phil Collins Station。軽快で明るくなる曲がかかっています。ここからの焼き手は夫君です。たれをからめ、塩を振り、ナンプラーをかけ焼き加減を最適に仕上げてくれます。塩が焼きあがりました。鶏のレバー、砂肝、皮それから豚のタンとハツです。砂肝は好物です。タレもあがりました。部位は同じです。とくに鶏レバーは絶品です。とろけます。たれで焼いたものは七味唐辛子を振って食べるのが好きです。そんなこんなで生温かい12月の宵が過ぎていきます。焼き鳥は美味しいし、音楽はいかしてるし、サラダは生きてる。これで星が見えたら最高なんだけれど、残念ながら家の中で食べています。みなさまが素敵な宵を過ごされますように。ありがとうございました。 ランキングに参加しています。応援してくださいね
2015.12.16
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天候が定まらない今年の冬です。このところ例年よりも雨が多いような気がします。それに気温が高くて春のように感じることも。天候不順でなくてもなんとなくけだるい月曜日。用事はザット済ませてお茶をいれ、中国の思い出にひたっています。万里の長城に行った時も強い風が吹いて霧の深いはっきりしない日でした。 万里の長城と紅劇場世界遺産にも登録され「宇宙から見える建造物」として名高い万里の長城。2000年以上前、紀元前の秦の始皇帝の時代から明の永楽帝の頃まで歴代王朝が2500年に渡って増改築をしてきた壮大な建造物は現存する楼蘭から藩陽まででも6259.6km。その時代、場所によって作り方が違い、歴史的にも興味深い遺産です。長さや大きさもさることながら、長い時を経て作られてきた長城の時間の流れを思うと限りない夢想が広がります。憧れは長城の果て「楼蘭」「玉門関」そして「楼蘭」「莫高窟」。玉門関は李白の詩にもうたわれた敦煌の北西90キロにある関所です。古代より辺境の地に派遣された兵士の孤独や悲しみ、そして、その家族の想いが砂漠の風の中に漂っているのでしょう。 長安一片月 長安一片の月 萬戸擣衣聲 萬戸衣を擣(う)つの聲 秋風吹不盡 秋風吹いて盡きず 總是玉關情 總て是れ玉關の情 何日平胡虜 何れの日にか胡虜を平らげて 良人罷遠征 良人遠征を罷めん 長安の空に一片の月がかかり、 家々からは冬支度のために衣をうつ音が聞こえてくる、 秋風が吹き止まないのは、 玉關の情が込められているから いつになったら胡虜を平らげて、 愛する人が遠征から帰ってくるのでしょうシルクロードで繰り広げられた歴史を感じに是非行ってみたいのですが、ちょっと遠すぎます。今回は首都防衛のために築かれたという北京から近い「八達嶺長城」に行ってきました。始皇帝が建造したといわれる中でも最大規模なのだそうですが、最初は土を固め盛り上げただけのものだったといいます。明代に修復され、日干しレンガを用いて強度を高め現在に至っています。八達嶺長城には北四陵から入ると左右に「男坂」「女坂」と俗称される急峻な石段があります。北四楼から右手に伸びる女坂の北八楼(標高888m)まではおよそ30分。この日はあいにく霧が出て何もかもかすんで見えました。霧の中に消えていく長城の先、行きつくところには悠久の時間を超えて眠る幻の都市、楼蘭があります。砂漠に飲み込まれた楼蘭は消えたさまよえる湖ロプノールの西岸にあったといいます。城壁の高さは平均7.4m、幅は5.8mで5頭の馬が並んで進めるように作られたとか。戦時のための見張り窓と矢狭間(銃眼)も要所要所にありました。南四陵までは徒歩で小一時間、それよりはるか先にも続いていきます。北四陵にもどり南延びる「男坂」へと向かいます。南の男坂には手摺がなくては昇れないほどの勾配がある所もありました。楼内で見張りをしていた兵士たちはどんな気持ちですごしたのでしょう。北方からの敵(匈奴)の侵入に備え寒い冬も昼夜目をこらし、敵兵を見たらのろしを上げ臨戦態勢に入るために平時から家族から遠く離れ配置された兵士たち...南三楼にあったアーチ型の門は何のためだったのか、崩れたところもあり分かりません。楼の中やレンガの窓などにはギリシャ建築の影響も見られ、シルクロードを通して文化の行き来があったことを物語っています。残念なことに日干しレンガのいたるところには無数の記念の(?)落書きがありました。こんな落書きも何世紀か後には文化遺産となるのでしょうか、疑問です。霧で心ゆくまで万里の長城の壮大な眺めを楽しめなかったのが心残りでした。この映像のように晴れ晴れとした長城を眺めたかったものです。風と霧のなかでの長城散歩を早めに切り上げ、北京へ戻ることにしました。帰りは北京北駅まで八達陵駅から新幹線(?)を使いました。北京までは1時間ほどで着きましたがそれほどスピード感はありませんでした。北京北駅構内です。この後軽く飲茶で食事を済ませて、夕刻からは紅劇場へ向かいました。紅劇場はカンフーミュージカルを上演している所です。母親に寺院に連れてこられた少年の成長物語。劇場内は撮影禁止でしたがロビーに木魚をたたく少年がいました。導師につき、経典とカンフーを習い、試練に耐えて人間的にも成長していく少年。カンフーも達人の域に達し、自らも師となるまでが演じられています。1時間半ほどの上演でしたが息をのむアクション、座席まで使っての演出に時を忘れて入り込んでしまいました。ほとんど同じものが上海万博の時上演され、YouTubeにあがっていました。最後の三分の一を載せます。ご鑑賞ください。北京旅行では故宮博物館や天壇公園にも行きとても印象に残っています。次にけだるい月曜日がやってきたらその事を書きたいと思います。 ランキングに参加しています。応援してくださいね。
2015.12.14
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にぎわう渋谷で忘年会前回渋谷に来たのは6ヶ月まえ、まだ青葉がきれいな頃でした。今はクリスマスのイルミネーションが鮮やかです。ハチ公前で待ち合わせ、近くにいる方にシャッターを押してもらいました。記念撮影をしている方の多くは外国からの方。シャッターを押してくださったのも中国からのお客様でした。日本で一番渡る人が多いといわれる交差点もこの時期は特に華やかに見えます。時間があったので109に入ってみました。若い方向けのファッショナブルなアイテムがいっぱいです。数十年前にはこういった店で買い物をして流行を追い求めていた時期もありました。前の年に同じようなものを買っても、次の年には新しいものが欲しい...街を歩いて気に入った物を探すだけでも楽しみだったものです。忘年会に参加するのも何年ぶりでしょう。開会のあいさつの後は飲んで食べて、久しぶりに会った方々とも話が盛り上がりました。この一年の締めくくりの表彰式もあり会場は一気に盛り上がります。50年以上参加されている方の表彰もあり、来年からの希望も語られました。来る年には沖縄からのレースや小笠原レースも計画されているようです。もう一つはマリンスポーツを通しての障害者支援や青少年育成です。東北支援を続けてきたボートや支部も多く、これからも続けていこうと知恵を絞っています。主人は一介のクルーで直接に企画に参加できるわけではありません。しかし限られた人たちだけのお遊びで終わらない何かを加味したいと提言しています。ヨットレースには賞金がありません。トロフィーだけです。トロフィーに栄誉の旨し酒をついでクルーはみんな大いに飲みました。レースに優勝して名誉と技術を評価されるという目標ばかりでなくなんとか支援や復興の助けにならないだろうか、と話しているオーナーたちを見ているとちょっと嬉しくなりました。 ランキングに参加しています。応援してくださいね
2015.12.13
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久しぶりに庭へ出て柚子を採りました大荒れであったこの2日、風もおさまったので庭仕事です。もうすぐ冬至ですし、柚子も熟していい色になっています。 伸びすぎた枝も剪定し、トゲに注意しながら収穫しました。 みっしりと芽を出しているセロリのお世話はまた今度。 何とか食べられる大きさになってきた小松菜は間引きです。 タイ料理には欠かせないレモングラスはしばらく前に刈り込みました。 パクチーも順調に育ち、後発部隊もしっかり根付いています。 コブミカンはもう取り込んであげなければいけないのに出しっぱなし。もう入れてあげるからね。 撤収して放置してあるスティックセニョールはまだ恵みを分けてくれています。モロッコインゲンもいい具合に育ってもまた食べごろになりました。キウイフルーツは食べるだけ取ってあとはまだ木に付けておいています。 今夜は茹でてサラダで食べましょう。さて、北半球で最も昼の時間が短い冬至は22日ころ。緯度によりますが、夏至と比べて沖縄で3時間ほど北海道では9時間位短いのだそうです。冬至は太陽がまた活力を増してくるターニングポイントです。一陽来福、冬至を境に運気がよくなるようにしたいものです。冬至に「ん」のつくものを食べると運が呼び込めるともいいます。れんこん、にんじん、きんかん....あっ!だいこんもいいですね。だけどなんで「かぼちゃ」を食べる習慣が一番知られているのかしら。.....漢字でで書くと....南瓜.....なんきんだからですね!かぼちゃはビタミンが豊富でカロテンもいっぱいなので風をひかないように、と思っていました。それに南きんなので陰(北)から陽(南)むかう意味もあるとか。調べるといろいろ分かりました。冬至の日には今日収穫した柚子をたっぷり使って柚子湯をしましょう。ついでに柚子湯の由来も調べました。一般的には「融通」とか「湯治」とかのごろ合わせだといわれていますよね。その真実は....もともとは運を呼び込むための「禊(みそぎ)」に由来するということです。一陽来福のために身を清めて柚子の香りで邪気を払う、そして柚子が長年かけて実を結ぶように「長年の苦労が実る」祈願もあるそうです。なるほどね。 小ぶりですがたくさん採れた柚子。冬至の日にはたっぷりと湯船に入れて一陽来福を願うことといたしましょう。 ランキングに参加しています。応援してくださいね。
2015.12.12
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ヴェネチアン・グラス「箱根ガラスの森美術館」で数々の名品を鑑賞してきました。美しい色の変わらないガラス工芸品は大好き。ガラスの動物、トンボ石、ビードロや切子など一時期集めたものです。かの地では紀元前の帝政ローマ時代から吹いてガラスを成型し1世紀頃には型に入れる技法も発達していたというのも驚きです。水晶の様に透明に仕上げ、ダイヤモンドなどで図柄を描くこと色ガラスや染料を用いて彩色し、エナメルなどを使う技法も発達し高級品は王族貴族の用途として発達し続けました。そのローマン・グラスを起源として伝えられてきたヴェネチアン・グラス1291年にはヴェネチア共和国のムラーノ島を中心に盛んになったそうです。現在でもイタリアにはたくさんの工房があり繊細で美しい作品の数々を作りだしています。ガラスの森美術館には現代ガラス美術館そして名品が100点余展示されているヴェネチアン・グラス美術館があります。現代ガラス工芸もモダンで素晴らしいですが古代ヴェネチアン・グラスの豪華さ繊細さには圧倒されその美しさ精巧さは見る人の心をつかむ魅力に溢れていました。代表的な幾つかをご紹介します。「点彩花文蓋付ゴブレット」1500年頃の作でイタリア貴族からロスチャイルド家に伝わった物紺地にエナメル顔料で点採文様が施され金泥で背面を被いなんとも言えない豪華さがあります。これを手に持ち飲交わしていた様を想像するとため息が出るようです。「レース・グラス蓋付ゴブレット」ヴェネチア特産のレースをグラスの文様にできないかと考案された技法ガラスの中にレース文様を封じ込める秘法を生み出したのはムラーノ島の職人たちこのゴブレットは15世紀の作です。「ダイヤモンドポイント彫りコンポート」16世紀初め創始されたダイヤモンド・ポイント彫ダイヤモンドの尖端を使い透明なガラスに繊細なデザインや家紋、文字などを彫刻する技法ヴァンジェリスティ家紋章文コンポートが有名です。「花装飾壁面照明鏡」一対の一つ18世紀以降にはフレームにガラス装飾を施した鏡が作られました。こちらはガラスの花装飾と縁どりにガラスの葉飾りをあしらった物ルネサンス頃はヴェネチア鏡とも呼ばれた最も高価な調度品宮殿や貴族の家には富と権威の象徴として、意匠を凝らした鏡が飾られたのだそうです。シャンデリアも豪華、その光を受け優しく明りを室内に反射する鏡に姿を映し夢の中へ入っていった婦人達も多かった事でしょう。「赤色の燭台」赤はムラーノ島のサルヴィァーティ工房の職人が愛した色ピンクがかった赤色は金を溶かした着色料で出されステムの装飾はドルフィンを模った物が有名です。半透明のオパリンガラスガラス原料に金属を混ぜ作った半透明のオパリーヌ(オパリンガラス)は16~17世紀のヴェネチアの瓶にその試みが見いだせるといいます。他にも沢山ガラス工芸品が展示されていました。こんな変わった物も「風にそよぐグラス」と名付けられている19世紀のものです。歴史や細部の装飾や技法を知るには時間が足りませんでしたが眺めているだけでローマやルネッサンス時代に心は飛び当時の王侯貴族の生活を想いひと時をすごしました。出口には現代ガラス工芸の作品の展示が外にはクリスタルの輝きを放っているツリーが見えます。クリスマスの頃にディナーを楽しみに来ようかしら。ライトアップされたクリスタルツリーや回廊の輝きを見ながらカンツォーネを聞きディナーを楽しめたらきっとステキでしょうから。 ランキングに参加しています。応援してくださいね。ナソン&モレッティは1925年にムラーノ島に創設された由緒ある工房だそうです。一点一点手作りの一品物。眺めていたらほしくなりました。 【送料無料】ナソン&モレッティ サンドラ ワイン レッド SANDRA.RO.2【楽ギフ_包装選択】【楽...価格:27,000円(税込、送料込)ムラーノ島の工房ボルトレッティのガラスペンはプレゼントにしようと思います。 ボルトレッティ Bortoletti ヴェネチアン ムラーノ ガラスペン ギフトセット No30 (ボルトレッ...価格:7,236円(税込、送料別)
2015.12.10
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箱根ガラスの森美術館・陽光と風に輝くクリスマス晴れた12月の一日、ヴェネチアグラスで有名なガラスの森美術館へ。クリスタルで飾られたクリスマスツリーが素晴らしいと聞き、クリスタルパワーの輝きとパワーを浴びて元気を付けようと出かけました。西湘バイパスは空いていて遠くに富士も見え、だんだん心も軽くなってきました。黒い砂浜にダンパな波が打ち寄せる海岸を左に見て大磯ロングビーチを過ぎ、これといった渋滞もなく快適に箱根湯本駅まで着きました。観光客の姿も多く、にぎわっている箱根を見るのは嬉しいものです。もうすぐこの坂を箱根駅伝のランナーたちが登るのかと思いながら走りました。宮の下からは右に入り仙石原方面に。空は青く空気は澄んでいて散り残った紅葉がときおり赤に黄色に陽に映えます。箱根登山鉄道の大平台を過ぎる辺りからはさすがに裸になった木々が目立ちましたが、思いもかけずいっぱいの紅葉を付けた楓などがカーブの先にあったりしてハッとさせられます。程なく「ガラスの森美術館」に着きました。入り口前のクリスタルツリーが日の光を受けてキラキラと輝いているのは綺麗だったのですが、内心「な-んだ、思ったほどじゃないな」と思ってしまいました。チケットを買っていよいよ中に入りました。するとどうでしょう、庭園の中には大きなクリスタルツリーが2本、池の上の橋には16万粒のクリスタルでできた「光の回廊」があるではありませんか!ちょうど昼前の光を正面から受けて光のシャワーを降らせているように見えました。池の中にはコガモも泳いでいて「パラッツォ・ドウカーレ・シャンデリア」がありました。この水上シャンデリアは「ヴェネチア市立ムラノ・ガラス美術館」と提携した1997年に500以上のガラスパーツで作られたそうです。光の回廊の中をクリスタルパワーいっぱいに浴びながら行くと、その先には農家風の建物がありサンタさんが家に入ろうとしていました(笑)。右手には1本に8万5千個のクリスタルがきらめくツリー2本が立っています。「箱根ガラスの森美術館」は中世ヴェネチアの貴族の館をイメージして建てられています。ですから庭にあるカフェラッツァ(レストラン)などの建物も中世の様子を模しているようです。建築材や石材もイタリアから取り寄せていて、大理石の中には白亜紀(1億年ほど前)のアンモナイトやベレムナイトなどの化石が見られるものもありました。陽が落ちてからはクリスタルに照明がかけられ、庭のあちこちにある蝋燭には実際に灯がともされるとのこと....風もなく素晴らしい空模様だったので、星も降るように見えるでしょうし、どんなに幻想的な宵になるかと想像するだけで魔法にかかったようになりました。この大王松のある中庭のキャンドルにも明りがついて...しかし次の予定を入れてしまっています。残念ながら夕暮れまではいられません。なんだか損をしたような気分になってしまいました。ともあれ、しばらくクリスタルの光がいっぱいの庭園を散策して美術館に入りました。館内では毎週水曜日に「水曜コンサート」があり、1日に5回15分の馬頭琴の演奏が楽しめます。入館したのはちょうど演奏が終わった時...こんなに事前調査をしないで来たことが悔やまれたのは久しくありませんでした。またカフェテラッツァでは1日に6回カンツォーネも楽しめるようです。12月中はクリスマス特別コンサートもあるのだそうです。ほんとうに何も知らないで予備知識なしで来たのをつくずく後悔しました。しかし「現代ガラス美術館」と「ヴェネチアン・グラス美術館」は堪能しました。特にヴェネチアングラスの名品の数々には感銘を受けました。ゆっくり見終わって展望室に行くとさきほど巡った庭園のきらめきを今一度楽しむことができました。時間を十分に取らず、見逃したものも多かったのですが、せめて気分だけでも夜のクリスタルの輝きを楽しみたいと思います。次のブログではヴェネチアン・グラスの逸品をいくつかご紹介しながら余韻に浸ることにします。 ランキングに参加しています。応援してくださいね。
2015.12.10
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