全6件 (6件中 1-6件目)
1

今年で学校を移ることになりました。転勤です。 だいたい教員は7年で移ることになっているのですが、ちょっと早めに移ることにしました。 というわけで、終業式以来、教室の片付け、引っ越しの荷物まとめに大忙しでした。 今まで使いもしないのに捨てられずに何となく取っておいた、そんなものもたくさん捨てました。捨てるというのはストレスです。何かちょっぴり心が痛みます。でも仕方がないのですよね。 昨日は、職場の送別会がありました。 夜の街はあっちもこっちも教師だらけ。どこの学校もだいたいこの日に送別会なのですね。あっちこっちで顔見知りに会います。 送別会では、色紙をもらって、紹介の言葉をもらって、いろんな人に声をかけてもらいます。僕にとてもよいアドバイスをしてもらったとか、教育相談だより(校内の印刷物)をいつも読んでいましたよとか、先生のような人材がいなくなるのは痛いとか・・・この日は、実際よりも自分がいい教師のような錯覚に陥って、いい気分になりました。 送別会独特のふんわりうわついた気分でそのまま二次会へ・・・そのまま三次会、四次会へと入っていき、終わったのは4時半過ぎ。始発電車に乗り、さわやかな夜明けの街を家路につきました。 教師になって2年目の頃の送別会のことをふと思い出しました。 新採用1年目からいつも仲良くしていた同僚の先生が転任することになり、その先生を送り出した送別会。 もう明日が来ないんじゃないかと思うくらい悲しかったことをよく覚えています。 心の中の大きな部分が抜け落ちてしまって、もうこれを埋めることなんてできないんだろうなって思いました。 要するに、僕にとって、別れというのはものすごいショック、ダメージだったのです。 でも、毎年毎年別れを繰り返している間に、すっかり平気になってしまいました。慣れっこになってしまったのですよね。 ショックを受ける自分を麻痺させてしまっているようにも感じます。鈍感になってしまった自分・・・でも、敏感な自分ではやっていられません。 月曜日は辞校式、そして火曜日からは、新しい職場での毎日が始まります。 心機一転、がんばらなくちゃ。
2008.03.29
コメント(0)

「キレる子」に対して、どう対応、指導していったらいいのでしょうか。 特効薬的な指導はありません。時間をかけて、その子の「感情を育てる」ことをしていかなければならないのです。対応(1)親への働きかけ キレる子の親は、子どものネガティブな感情を受け入れないということが多いです。こういった親の前では、子ども達は「いい子」の面だけ出そうとします。親も、子どものいい子の面だけを見て、安心し、満足します。親子の間で「よい子の面」だけでつながろうとするコミュニケーションのスタイルができあがってしまっているのです。 こういう場合は、親が、子どもの不快感やネガティブな感情をじっくりと受け止めて聞くことができるようになってくれることが一番望ましいです。 親が自分の子どもの状況を素直に受け入れ、なんとかしようという前向きな気持ちを持てるようになってくれるならば、改善が期待できます。「学校でお宅のお子さんがキレて問題になっています。どうやら親子関係に問題があるように思います。」などということをあからさまに言ったら、どんな親でもカチンと来ます。その通りかなと思っても、反発の方が先に立って、素直に受け入れることができないでしょう。 親にわかってもらうためには、慎重に、親を責めないようにしながら、信頼関係を確認しながら話をすすめていくことが求められます。 具体的にどうアプローチしていくといいか、大河原美以先生の理論を順番を追って説明してみたいと思います。1,学校での事実をおだやかに伝える。学校や周りの友だちが迷惑を受けているからではなく、本人のことが心配だからこの問題を考えているということを伝える。2,家での様子を聞き、学校とのギャップ、または共通で困っている行動傾向についてのことについて話し合う。あくまで、親の養育の過失をさがしたり、責任追及をしているのではないということがわかってもらえるよう留意する。3,その子の問題行動の事例を追いながら、「どうやら、本人が、怒りや不満などの感情をうまくコントロールできない、うまく処理できていないのではないか」という視点につなげる。 4,「じゃあ、先生どうしたらいいんですか?」とふられたら、「子どものネガティブな感情を引き出し、それを受け入れる努力をしてみるとよい」ということを助言する。※かなりの場合は、いい子であることを迫る→学校で感情を爆発させる→そのことを知り、厳しく叱責する→親の前で感情を出せなくなる・・・といった悪循環に陥っています。5,実際に改善した事例を紹介し、やってみようというモチベーションを高める。同時に、即効果が出るものではなく、じっくり時間をかけて改善が見られるものなのだということを理解させる。6,「これからも連絡を取り合って、いっしょに○○君を見ていきましょうね」と励まし、サポートを約束する。といった具合です。あくまでひとつの代表的パターンなので、事例によって形は変わってくるでしょう。(事例)大河原美以著「怒りをコントロールできない子の理解と援助」より 小3のM夫は毎日のように学校でキレてトラブルを起こしていました。家では、「学校は楽しい」ということを言っていました。母は、学校でのトラブルを聞きだしては叱っていたのですが、スクールカウンセラーと相談した結果、それをやめることにしました。毎日「今日はいやなことなかった?いやなことがあったらお母さんに教えてね。お母さんはあなたがいやな気持ちになったらとても心配だからね。」と伝え続けることにしました。返事はいつも「別にない」でした。 こうして半年ぐらいが過ぎたころ、ある日、M夫は家にかえって母の顔を見るなり泣き出しました。母はM夫を抱きしめました。下校途中に友だちとけんかになり、傘で相手の子を殴ってその子の傘を折ってしまったということでした。母は泣きながら事情を話すM夫の様子から、「またやってしまった」と、罪悪感で苦しんでいることを感じ取ることができました。以前はケロッとして嘘をつき、平然とした顔をしていたので、母は必死に叱りつけていたのです。M夫は叱られることでさらに感情を出せないようになり、悪循環になっていたことを母は理解し、後悔しました。母はM夫を心から抱きしめ、いっしょに傘を弁償し、謝罪に行きました。M夫は母に守られていることを実感し、次第に落ち着きを取り戻していきました。 実際には、このように前向きに取り組んでくれる親御さんは(キレる子の場合)あまり多くないかもしれません。問題を前向きにとらえるよりは、「先生はうちの子を悪く見ている」などと、問題を認めないといった姿勢をとる親御さんも多いでしょう。特に虐待傾向を持つ親御さんはその傾向が顕著でしょう。 こういう場合は、親は置いておいて、キレた子本人に効果的なアプローチしていかなければなりません。 次回はそれについて考えてみたいと思います。
2008.03.24
コメント(0)

息子が中学校を卒業しました。 先日、卒業式に行ってきました。 紅白幕が巡らされた会場の体育館に入ると、入学式のことを思い出しました。中学校3年間は大変だろうなあと覚悟していましたが・・・やっぱり大変でした。何はともあれ大変な3年間が終わったんだなあということを思いました。 そんな感慨にふけっていると、先生が出てきて、すでに会場にいる在校生に向かって「今日はちゃんと声を出すんだぞ。」と、式の中で歌う在校生の歌の練習を始めました。「ほら、そこのところで音が下がっちゃうんだよ。やり直し。」 親の立場での感想ですが、式の前にこれをやられるのはしらけます。「楽屋裏を見せないでくれ。」という気持ちです。 事前に練習やりたい気持ちはわかるんだけど。 式が始まりました。人数が多いから自分の子はほとんど見えません。入退場と証書をもらう場面だけ。 型どおり、淡々と式は進みます。 市議会議員のあいさつ、10分も続く来賓紹介など、残念ながら、あまり感激はありませんでした。 卒業式というものは、もう少し変えられないものかなあなどと思いつつ、家に帰りました。 式の後、教室で先生に花をもらい、一言ずつ言葉をかけてもらったことに、みんな感激してぼろぼろ泣いていたそうです。 よかったよかった。 数日後、息子が入っているサッカーのクラブチームの卒団式がありました。 みんな、照れくさそうに一言ずつ、その後で、在団生代表、2年生の子が言葉を言いました。なんでも普段は少し生意気な子なのだそうですが、卒団生1人1人について語る言葉の中程で、ぼろぼろ涙を流し始めて、最後にはメロメロになってしまいました。 それにつられて最後の卒団生キャプテンの言葉も涙・涙・・・でも本当に心に残るお別れの式になりました。 やっぱり少人数でしみじみお別れの時をかみしめるのはいいものですね。「おれは、○○コーチに怒鳴られてばかりいました。」「○○コーチに30キロ走らされたときは死ぬかと思いました。」「○○コーチにぶんなぐられたのが印象に残っています。」なんていう卒業生からのコメント、「おい、俺はぶんなぐってなんかねえよ、指導したんだよ。そうだろ?な。」とか弁明するコーチに、周囲がどっと沸きました。 この雰囲気は、かつての学校の先生と生徒みたいだなあと思いました。 何となく懐かしいです。 「この先生はこういう人だってわかってるよ。まあ、先生の良さわかってるから大目に見るよ。先生も子どもたちのためにがんばってやってくれよな。」 親たちがそんな風に言ってくれているみたいな・・・ 今は・・・「学校は公教育の場、学力を保証してください。我が子が少しでも不利益を被ることがあったら絶対に黙っていませんから!」という言葉を突きつけられているような気分になることがたまにあります。 何はともあれ、メンタルな面でいろいろ問題のある我が息子が、今まで何とかみんなと一緒にサッカーが続けられてきたのは、暖かいチームメートたち、それにこのコーチのおかげなのです。 ほんわかいい気持ちで家路につきました。
2008.03.17
コメント(4)

休み時間は、やっぱり子ども達と遊ぶのが一番だと思っています。 「授業中の子ども達は正装、遊んでいるときが本当の子ども達」というのが僕の持論です。 「教師は授業で勝負するものだ」なんていうのを聞くと、まったく否定はしないけど、でも、「その一言でかたづけるのはちょっと薄っぺらいよなあ。」といつも感じています。 子どもと一緒に遊ぶから子どもの感覚に近づき、その雰囲気を感じ取ることができるし、同時に子ども達の中に入っていけるものです。 でも、今、なかなかそれが思うにまかせません。 朝教室に行くと、机の上にどさっと積まれた宿題のノート、教壇の上には「音読カード」の山。子どもが何か課題をやっているすきを見ながら、これらの山を削っていくのですが、これがけっこうしんどいです。その他に、連絡帳の連絡がちょこちょこ、それにも返事を書かなければなりません。(中には長文のお手紙もあります)その後、国語の授業でワークシートを書かせたものをあつめたりすると、さらに仕事のノルマは増えてしまいます。そうでなくとも、昼前後には連絡帳を書かせて、それを1冊ずつチェックしなければなりません。子どもがけんかをしたり、けがをしたりなどというアクシデントがあると、もう火の車のようになります。 結局、これらを毎日毎日こなしていくためには、休み時間に仕事をするしかないのですよね。忙しくなると業間時間にひたすらノートを見るようになります。子ども達は外で遊ばせておいて。 もったいない。自分の子ども理解のベースを自ら崩してしまっているように感じて、なんともやりきれないです。 それから、業間休みに算数などの学習の補習をすることもしばしばです。宿題をやってこない子どもにもこの時間にやらせます。仕方ないのだけれど、やっぱりこの時間にはやりたくないものです。 以前はこういうことは、放課後残してじっくりやったものです。でも、今は下校時間にぴっちりと子どもを帰すことが絶対の使命のようになってしまっています。休み時間をつぶして補習を行うのが当たり前になってしまいました。 放課後だって、かつては「学校で子どもが遊ぶ時間」でした。会議さえなければ子どもと遅くまで遊んでたものでした。 今は昔の物語。 業間休み、子ども達のノートを見ながら、ため息をつきつつ・・・髀肉の嘆
2008.03.14
コメント(2)

先日、20年も前に卒業させた子どもたちと会いました。この子たちとは初めてのクラス会です。 初めて見ると、「あれ、どこのお母さんたちの集まり?」という感じ(おこられてしまうかな?) 普段接している保護者の方たちとあまり変わらない感じです。 えっ、誰だかわからないよ、どうしよう。 でも、近寄ってみると、 ああ、なんだあ、○○さんだあ!といった具合にわかります。 み~んな面影ありあり。 よく見ると変わってない変わってない。 会いたい会いたいと思いながら、なぜか会う機会が持てなかった子どもたち。 懐かしい再会です。 でも、すっかり立派な大人になった子どもたちに会って、思うことは、すまなかったという思いばかり。「あのときあんなに怒鳴って悪かったなあ。」「気の短い教師だったよなあ。」そんなことばかり頭に浮かびます。 1人の子にも言われてしまいました。「先生さあ、遠足の時、俺のとこ来て、さかんに字をていねいに書けよとか、言ったんだよな。せっかくの楽しい遠足なのにさあ。」 我ながらしょうがない教師だったなあと、今更ながらに思います。 教師になってまだ4年目。人間的にも未熟だったんですよね。 今はピアノの先生になっている女の子、体操の先生になっている男の子、今は対等の立場で「今の子どもたちは・・・」なんて話をしました。それぞれがみんなしっかりとした仕事を持って、家庭を持っている人もいて・・・20年という時間の経過がとてつもなく長く感じたり、次の瞬間には、昨日のように感じたり。「みんなを教えたときの僕は、今のみんなよりも6歳も年下だったんだよね。今のみんなよりもずっと未熟だったんだよね。」 こう言ったとき、みんなの顔に、不思議な違和感が漂っていました。これって、頭ではわかっていても、やっぱり不思議なものだと思います。 こんなことするために教師やっているわけではないのですが、こんな日は、「やっぱり先生やっててよかったな」と感じてしまいます。 20年前の卒業生に出会ったこの日、同時に「20年前の、今よりも未熟で短気で、そしてもっと若くて熱かった自分」にも出会えた気がします。
2008.03.11
コメント(2)

いきなりキレてしまった子に対して、教師はどのように対応するのがいいのでしょうか。 今まさにキレて、興奮状態で暴れているときには、何を言っても無駄だというのは、ほとんどの先生方は経験上わかっていることと思います。 しかし、いったん落ち着いたあとで、他人に暴力をふるうことはいけないことである、あるいは、友だちを傷つけるようなことをすることはいけないということを説いて、反省を促しても、意外に効果がありません。キレてしまった状態は、本人もコントロールができていない「感情が暴発」の状態なので、本人もお手上げなのです。また、切れていたときのことは、「よく覚えていない」といったことが多く、指導にもいまいちピンと来ないことが多いようです。 では、強くガツンと叱るのはどうでしょうか。 力で無理やり抑えつけることになるので、大人-子どもの力関係で、その場を収めることは可能でしょう。他の子に危害を及ぼしそうなときは、強引に押さえつけるなどの力ずくの手段もやむを得ません。 しかし、力で押さえつけても、まったく解決にはなりません。その子はまたキレます。教師が力で脅すなら、その教師の前では感情を解離させることを覚えるでしょう。そして、その子は別な場所でキレます。 叱責や厳格な指導の繰り返し、または親への連絡などの対応は、本人の自信を失わせ、親の焦りや反感などにつながり、かえって事態を悪くさせることもあり得ます。 こういう子への対応は、本当の難しいものです。 まずは、子どもがキレるのは、本人のわがままや、親の甘やかし、しつけの不十分さから来ている問題ではないという認識を、その子に接する教師が持つことから出発しなければなりません。善悪を説くことも、また、体罰や叱責も問題の解決には決して結びつかないのです。
2008.03.04
コメント(0)
全6件 (6件中 1-6件目)
1