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何かこだわりを持っている人っていますね。 まわりの人から見るとどうでもいいようなことに意地になったり、ムキになったり、あるいはやたらと選り好みをしたりと。 ブランドにこだわる人、いますね。アディダスの3本ラインの入ったサンダル(スリッパ)を履いた人をよく見ますけど、ぼくなんかは安いのでいいなあと思ってしまいます。性能的に変わらないでしょうから。 ぼくの母なんかは同じものでもブランドにこだわります。「やっぱり違うわよね。」とかいうことをよく言ってます。ぼくは母のこの性質は全く受け継ぎませんでした。ノーブランド大好きです。 うちの妻は、「バトミントン」と聞くと、「違う、バドミントンだ」と言います。ぼくなんかは「どっちでもいいんじゃないの」と言っても、本人にとってはどうでもよくないのだそうです。 高校時代からバトミントン、いや、バドミントンをやっていた妻は、国体やインターハイなどであまり注目されないマイナーなスポーツであることに、悔しい思いをしてきたそうです。テニスは派手で注目されるのに、それに比べてバドミントンは・・・ 「高校野球なんかは全試合全国に放送される、同じ高校生のスポーツなのになんでこんな待遇に差があるんだ!」と言っていましたが、これには同感ですね。 さて、妻のことはさておき、自分自身、何にこだわりがあるのだろうと考えてみました。 ぼくのこだわりは、おそらく「キャンプ」だと思います。 ぼくは、もともと山をやってたので、荷物は背中に背負うのがほんとだという意識があります。背中に背負えないほどのものは最初からキャンプに使わなくていいという感覚です。基本的にオートキャンプはどこか「チョンボ」という気がしています。 オーストラリアを旅行する機会に恵まれ、オーストラリアの広さ、自然のスケールの大きさ、人口密度の低さを知ると、あそこではオートキャンプもありなのかなと思えました。 でも、狭い国土、人間いっぱいの日本では、オートキャンプはやたら人ばかり。休みの日なんかひどいもんです。テントの張り綱に引っかからないように歩くだけでも一苦労。密集の住宅地をそのまま移してきたみたいです。キャンプに人混みはいらない。シャワーもいらないから、もっと静かな自然を味わいたいとぼくは思ってしまうのです。 山でビバークした時、本当に自然の中にいる感じがしました。自分の中では「自然の中にいると実感できる」これがキャンプですね。 ぼくの中ではテーブルやバーベキューキットなんかは「邪道」。ステンレスのコッヘル(キャンプ用の鍋)なんか重くて使えない。アルミに限ります。(これはかなりのこだわりですね) でも、最近、オートキャンプじゃないキャンプ場ってほとんどなくなってしまいました。すごく残念です。 最後に一つだけ。 ここに書いたのは、あくまで個人的なこだわりですから、他の人の楽しみをどうのこうの言うものではありません。不快な思いをされた方がいたらお詫びいたします。
2008.08.26
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オリンピックで日本男子サッカーは負けてしまいました。3戦全敗で勝ち点1も取れずに予選敗退でした。 正直言ってがっかりです。個人的にはオリンピックの楽しみの半分が終わってしまった感じです。 期待して応援していた人たちは、代表を応援することに注ぎ込んだ心のエネルギーが大きいほど、負けてしまうとその「エネルギー」の処理に困ります。しばしば持て余したエネルギーが暴走して、フーリガンみたいになります。物を投げたり、相手にけんかをふっかけたり、まわりの物を壊したりします。 フーリガンのようにならないとしても、相手チームのプレーを汚いとかいって中傷したり、審判の判定に攻撃を向けたりしてエネルギーを発散する人もいます。 それもしない人は、攻撃を自分の代表に向けます。自分たちが応援していた代表選手を、あるいは監督を厳しくこき下ろします。さらに「日本なんて所詮こんなもんだ」「日本はだめなんだよ」という自虐的な方向に攻撃のエネルギーを向けます。 「辛口コメント」とかいっても、初戦は自分の失望や怒りをぶつけているだけなんだと思って見ています。 今回のオリンピック、一昨年のワールドカップの時よりもやや冷静なコメントが目立ちます。それだけ初めから期待が低かったということなのでしょうか。正直言って、ぼくも「もしかしたらいいかも、でも、まあきついだろうな」という風には感じてました。 ぼくがテレビで見たのはアメリカ戦と、最終のオランダ戦の前半だけでした。 ぼくが見た感じでは、悪くはなかったなという印象です。特にアメリカ戦、運動量では勝っていたし、つないでえぐってという形をチームとして意図的に作れていたなと思いました。いい形ができてきて、リズムが良くなってきてからの、ワンチャンスからの失点。リズムがいい時に1点でも決められていたら、全然違っていたのではないでしょうか。 「~たら~ればを言ってもしょうがないだろ」と言われそうです。 たしかに今更言っても後の祭り、結果が変わるわけではありません。しかし、それを承知の上で「~たら~れば」を言ってもいいスポーツだと思うのです。サッカーは。 サッカーは、特に点が入りにくいスポーツなので、攻めて攻めて攻めてもカウンター1発で負けるということも結構あるのです。「マイアミの奇跡」の他、歴史に残る番狂わせも、挙げていったら枚挙にいとまがありません。 ポコンと入った1ゴールが大きな流れを作ってしまうことがよくあるのです。この辺、バスケットボールやバレーボールとは全然違うのです。 そういう意味で、やっぱり1本決まっていれば・・・と思います。 ただ、まだまだ日本サッカーは世界には追いついていないという現実はたしかでしょう。焦らないで応援していきましょう。メキシコだって、世界大会でいつも上位に行くようになるまで何十年もかかっているんですから。
2008.08.15
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夏休み、プール指導がありました。 この夏休みのプールというのがどういう位置づけなのか、いろいろな考えがあります。先生によってもとらえ方がいろいろで、「やる気のある子の泳力をのばしてやろう」という先生もいれば、「授業じゃないんだから、遊びでいいんじゃないの?」という先生もいます。 ぼくはどちらかというと後者なんですけど、でも、泳力別に分かれての時間になんかなると、ついいっしょうけんめいになってしまうこともあります。 かったるいけど、子どもが楽しそうに来ているから、まあ、いいかな・・とか思いながら数回の指導に参加しました。「どうせおれなんか・・・」というのが口癖のS君が毎日いきいきと参加していたのが、一番の収穫でした。 毎年、プール指導をしていて、いつも感じることがあります。 子どもたちがシャワーを浴びる時。「はい、3人ずつ順番に並びなさい」といって、子どもたちを並ばせると、「はい、入って!」といって1列目を進ませます。シャワーを浴びてキャーキャー歓声を上げる子どもたちに、「はい、次」と、だいたい5秒おきに前に進ませます。こうして百人以上の子どもが順番にシャワーの下を通っていきます。 自分でやっていて、実に機械的。 まるで工場で、流れ作業で製品を作っていくようです。 よく考えてみると、これはシャワーに限ったことじゃないですね。 授業でも、生徒指導でも、みんな同じかも。 学校って、すごく合理的に作られてる場所なんだよなあと、しみじみ思ってしまいました。 気を抜くと、つい、子どもたちをロードローラーでならすような教師になってしまっている自分に気づくことがたまにあるんですよね。
2008.08.02
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