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2007年12月31日 最後を飾るのは若くない(備前焼では若い)ホープです。渡邊琢磨・焼酎杯久々に焚いた登り窯、渡邊琢磨さんの消耗は店長にもわかりました。年末ギリギリでアップした作品群、好調なヒットが続いています。新春に[登り窯 新作窯出し] ただし、Web ONLY !正月返上でアップします。気合が入っています。気合が入る内容だからです。実験もあります。渡邊琢磨の作品一覧へ近い将来のWeb個展のための、布石です。あながまの陶庵は、四苦八苦しながらみんなで頑張っています。備前焼とWeb の接点を探しています。お客様のご厚情のおかげで、次々と形になっていきます。本当に有難う御座います。来る年が、平和と侘び寂びに満ちた世界でありますように・・・
2007.12.31
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いまどきの備前焼つくりの人たちは・・・凄い真面目なそして優しい人が多い・実感です。小橋順明・急須一昔前の、髭 カッパ さとるちゃん エトセトラ などと比べたら真面目さでは月とスッポン(鼈)真面目すぎて面白さがちょっと・・・という人も昔からのファンには多い。一昔前の作家たちはいい時代だった。おおいに冒険が行われた。大窖窯の森陶岳先生が典型。みんなで冒険をして、それを土台にして作家活動を展開している。いまどきの人たちは、考える。そして考えないで、修行する。少なくともそういう人を、何人も知っている。いまどきの人たちの、技術レベルは驚くほど高い。いまどき流行らない技術をそっと蓄積している。この急須にも、蓄積がある。 こんな蓄積を活かせる時代が、来ると信じている。この人たちは優しい。ラインがやさしい。カットがやさしい。この人たちとお客様を結ぶ仕事がしたい。新春に[登り窯 新作窯出し] ただし、Web ONLY !正月返上でアップします。気合が入っています。気合が入る内容だからです。実験もあります。渡邊琢磨の作品一覧へ近い将来のWeb個展のための、布石です。お客様のご厚情のおかげで、次々と形になっていきます。本当に有難う御座います。本日も最後まで読んでいただいてありがとうございます。
2007.12.30
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灯篭?この寒いのに?いや待てよ、年末は闇とあかりの数々のイベントがあるな!渡邊琢磨・備前焼 灯篭日頃から備前焼の趣きは障子を透したヒカリの下で一番、発揮されるのではないかと想っている店長はまたしても渡邊琢磨さんに、どやされた思い。闇があるから、あかりも確かな存在になる。そのあかりに導かれて寺社詣りが行われる。その暗くて、でもあかりに導かれて、足早に歩く雰囲気を切り取って、備前焼で表現する。透かし模様は(若草)春を待つ人間たちの想いの詰まった若草。むかし、高名な批評家が「制作の前にたっぷり思索の時間をとりなさい」と仰るのを生で聞いた事がある。ピンとこなかった店長と聞く機会はなかったはずなのに人生かけて実行している渡邊琢磨さん。あんたは偉い!新春に[登り窯 新作窯出し] ただし、Web ONLY !正月返上でアップします。気合が入っています。気合が入る内容だからです。実験もあります。渡邊琢磨の作品一覧へ近い将来のWeb個展のための、布石です。あながまの陶庵は、四苦八苦しながらみんなで頑張っています。備前焼とWeb の接点を探しています。お客様のご厚情のおかげで、次々と形になっていきます。本当に有難う御座います。本日も最後まで読んでいただいてありがとうございます。
2007.12.29
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信心深い人、もしくは娑婆っ気がありすぎる親父に贈る息子の真心。心経湯呑 鷹取閑山先生の時代、結構お客様は信心深かった。いまの時代、頼むから親父ちょっと大人しくしといてくれ。般若心経262文字を一文字ずつ彫りこむのは並大抵の辛抱じゃない。閑山先生は、そうッと仕事場に入ったら気づかないくらい集中していた。「おうッ きとったんか」先生は自然の人だった。苦労の時代だったろうに、そうは感じさせなかった。すぐ脇を清流が流れ、野菜が実り、お米が実り、淡々と生活をし、般若心経を書いた。手びねりで様々な作品を作った。いま、大勢のお客様があながまの陶庵で昔を懐かしんでおられる。手びねりの味をあらためて、見直す作家たちもだんだん増えてきた。欲のない手びねりは閑山先生の独壇場だと思っている。続いてお知らせです!新春に[登り窯 新作窯出し] ただし、Web ONLY !正月返上でアップします。気合が入っています。気合が入る内容だからです。実験もあります。渡邊琢磨の作品一覧へ近い将来のWeb個展のための、布石です。あながまの陶庵は、四苦八苦しながらみんなで頑張っています。備前焼とWeb の接点を探しています。お客様のご厚情のおかげで、次々と形になっていきます。本当に有難う御座います。
2007.12.28
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あの窯の焼酎ボトルが、次々と出てきだしました。お正月にゆっくり見てもらおうと思っています。備前陶苑・焼酎ボトル天野智也・焼酎ボトルみんなで焚いた登り窯の作品たち、これから続々とアップされます。お正月にゆっくり見ていただこうと、写真に、RMS にと大忙しで取り組んでいます。陶庵の心意気を見てください。お正月にはぶっ倒れて寝正月かもしれません。こんなに焼けのいい焼酎ボトルを大量にお知らせできる幸せで疲れを押さえ込んでいます。単価もご覧のとおり、みんなで、コスト計算して出てきた数字です。何年か経過して、それぞれの居場所で大事にして頂けるように、すべてを計算しました。これから伸びてゆく焼酎ボトルのシェアを大半頂きたいと思っています。( ^_^)/□☆□\(^。^ )土の違いがお解かりになりますか?焼成棚の位置がお解かりになりますか?備前陶苑・焼酎ボトル天野智也・焼酎ボトルどうぞ中にお入りください。 御代は頂きません。炎の奔りを、見事にうつしとっている技術は、窖窯の炎の奔りを感じ取る事の出来る人たちがキッチリ仕事をしてくれた結果です。スアナの焼酎ボトルには驚きました。天野智也さん一皮剥けるきっかけになりそうな逸品です。惜しげもなくこうして、明日の備前焼の糧を拡げてみせる姿勢に新しい時代を感じるじゃありませんか。w(^o^)w本日も最後まで読んでいただいてありがとうございます。
2007.12.27
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備前焼では、登窯の強還元状態で、ごく自然にこんなものが出来ます。なら、強還元状態の作れる窯なら、電気窯でも出来るんじゃないの?出来るという人もいます。 そんな窯も市販されています。スイッチとプログラムでほぼ完璧な青備前が作れると窯メーカーは言います。陶芸は、一つの目標目指して精進潔斎するひとたちと、オモシロイという言葉で言い表す摩訶不思議なちょっと前までの備前焼の世界があるようです。オモシロイ世界は、融合の世界のようです。この酒呑、「青備前じゃない!」とバッサリの人たちも居ます。そんな人たちに「でもオモシロイじゃない?」と水を向けると「オモシロイけど青備前じゃない」とかえってきます。青備前がはじめてみんなの目に触れた時、全体が完璧な青備前だったでしょうか?この酒呑のような状態だった可能性が高いと思います。登窯で強還元でまずやってみてから、よりマニアックな電気窯の青備前の世界に入って欲しいと思います。素山先生は、ヒダスキの人でした。完璧なヒダスキを電気窯で作っていました。土を知り、窯を極めより完璧な世界に、電気窯とともに入った人だったんだと思います。青備前を極める人が出てもおかしくないとおもいます。若者たち、頑張れ頑張れ!!本日も最後まで読んでいただいてありがとうございます。
2007.12.26
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登窯の還元焼成、この間のみんなで焚いた窯の焼酎ボトルがついにWebに登場!焼酎ボトルのページ焼酎ボトル・小橋順明焼酎ボトル・内田和彦お気づきですか?一番上の写真と他の2枚の写真の違い。スタジオ?で撮るからでなく、窯から出てきたら日一日と色が濃くなるのです。1週間ほどの間に確かに色濃くなります。それで留まってあとはゆっくり、ゆっくり。色あせることはありません、深く濃くなります。小橋順明さんは初登場です。香川大学の大学院で美術陶芸を修めました。倉石文雄教授に師事し、そののち備前では“鷹取閑山”師の弟子でした。ものづくりそのものを学んだ修行でした。随所に修行の跡とポリシーとアイデンティティが見えます。解説はやめときましょう、無名の人の最初ッからのファンになる楽しみをお贈りしたいから。内田和彦さんは陶庵では還元焼成の常連です。この窯で掴まえた何かが起爆剤になるような気がします。ひょうひょうとした味を磨いてくれる事と思います。内田和彦さんも大学院卒、静岡大学です。備前焼のふところは大きく、製品 作品も多種多様です。焼酎ボトルもまた、新種の製品です。これからの焼酎ボトルの産地間競争に備前焼の持つ味は圧倒的な優位を築いていくと思います。仲間と一緒に走り続けたいと思っています。本日も最後まで読んでいただいてありがとうございます。
2007.12.25
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そのむかし、備前から森陶岳先生の相生大窯の助っ人に駆けつけた若い陶工たちがいた。昭和54年のことである。 陶岳先生は大窯(窖窯)に心血を注いでいた。星正幸・徳利星正幸・鉢当時、陶岳先生は土を吟味し、焼成は絶対酸化焼成だった。助っ人たちは、濃く影響を受けた。星さんもそのひとり。髭仙人もその一人。師匠と弟子という関係ではなく、助っ人だった。だから、窯が終わった時、先生は「みんなでこの窯を焚いてみんか?」と提案した。助っ人たちは、いろいろ悩んだ。結局共同窯は焚けなかった。いま、髭仙人は陶苑の共同窯の動きを見て、個性強烈すぎた自分たちを思い出している。この時代から変わらず、土と酸化焼成に色濃く染まっているのが星正幸さんだ。上智大学哲学科卒の備前焼作家は思考する。窖窯特有の明るい色調をベースとした作陶活動を続ける。備前窯の中でも個性派作家として知られ、陶芸誌にも度々紹介される。近時、加飾を極限まで排除した作品を手がけることが多い。碗はいずれもベタ高台。星さんは僧侶が托鉢の時に用いる鉄鉢のイメージを大切にしたいという。水を両手で受けるときに出来る形をそのまま写した碗の祖型である。器としての加飾部分を削りに削って出来上がった姿。哲学的思索に人の心を誘う。両手の中で人と器が一体になる。虚飾に慣らされた現代人の心の隙をついて鮮烈な印象を与える作品。コーヒーカップとして東京、大阪の珈琲店等で話題を呼んでいる。陶岳先生の情熱があって、星さんがある。店長は星さんは陶岳先生の弟子だと思っている。本日も最後まで読んでいただいてありがとうございます。
2007.12.24
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貝の目跡と火の走った痕跡を、お皿の上に定着させる執念。お客様と一緒に完成させる永い時間。渡邊琢磨・貝の目跡と火の走った痕跡が馴染んで凄くよくなるのに3年かかる大皿渡邊琢磨・ザックリとした土の素材感が使いこむほどにしっとりと変化して行く大皿お客さまに3年経ったらとか、使い込んでいただいたらとか、勝手なお願いをせざるを得ないのが、備前の土を出来るだけそのまま使ったお皿たちです。お客様と一緒に何年もかけて完成させるという手法は、備前焼では珍しい事ではありませんわかり易いのが魯山人、今でも完成を目指してお客様とともにある器がたくさんです。中村六郎さん一家の皿、器、徳利。日々完成を目指して徳利を撫で回しているお父さんたち。渡邊琢磨さんは、さりげなく深い仕掛けを作品に施します。完成するのは何年か先。その昔の弟子時代、渡邊琢磨さんの奥さんは、食事のあとかたずけのたびに、大量の器を洗いました。何で使いもしないのに、大量の器(亭主の作った備前焼)を毎回洗わな あかんのん。とむくれた奥さんも、いまは作家の妻歴○年。黙って食器洗いにいそしんでおられます。そうやって夫唱婦随の研究の結果がこのつち味。是非お客様に器を完成させていただきたいと切に願っております備前焼作家夫婦です。本日も最後まで読んでいただいてありがとうございます。
2007.12.23
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備前焼の急須とティポット ビミョーに変えてある細部、 当代一の手練(てだれ)の仕事。獅々堀達・急須獅々堀達・急須一見フツーの仕事に見える。なんにも奇はない。主張もない ように見える。備前焼のファンなら、ン?と思う。じっくり眺めてはじめて、大きくため息を吐く。陽だまりの陶房で、今日も黙って轆轤を引く手練の人は、淡々と人の世を歩む。胡麻は窖窯独特、ティポットには窯の神様のサンギリ。安定感のある丁寧なつくり、窖窯特有の立体感のあるゴマが印象的です。じっくりと育て上げる愉しさ、そんな愉しさがあることすらわすれている日本。価値はわかる人だけにわかる。 備前焼はこうなってしまうから難しいと言われる。3倍くらいの値段で売るようにしたら、現代人にはわかりいいのかもしれない。どう煽っても獅々堀達さんは、ニコニコするだけ。お客さん! お買い得だよ! と声をかけたくなる。本日も最後まで読んでいただいてありがとうございます。
2007.12.22
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窯出しの半分ほどが仕上げを終わりました。 沢山の知識と知恵が集まりました。どういう訳か洗いの工程が始まると、小麦粉をこねる話になりました。パン焼の免許皆伝○名、うどん職人顔負け○名。窯やきピザ、ならびにその窯の製造。土練り○年の修行を務め上げたら、小麦粉もこねられるようです。「菊ねりで、うどんの玉を拵えたら美味しそうに見えるで」 1回食べさせろ!パンにも有効だと言います。時間調整(醗酵時間)が出来るのだそうです。 食べてないからわかりません。彼らの鋭敏な感覚を見ていたら、テクニックでなくセンスの問題のような気がします。ともかく、この人たちは例外なくかなりの調理人です。けれど、「嫁は何にも知らんから、秘密ですよ!」と言います。超有名フランスワインの日本担当宣伝係?のお嬢さんお二人とグルメ話(手作りの)を交わしているなんて嫁さんは何にも知りません。フランスのとある海岸で、ある季節にとれる小さなイカは瀬戸内のベイカと一緒だとか、それを踊り食いするんだとか。そんな人がどういうわけか、備前焼に魅かれる と仰るのです。先人に感謝したくなるのは備前焼の場合、ごく当たり前のことなのです。本日も最後まで読んでいただいてありがとうございます。
2007.12.21
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登窯窯出しの終章、仕上げ、水検査の写真をアップします。ウド正面左、胡麻が分厚く乗っています。ウド正面右、色あくまで濃く、胡麻あくまで厚くいい調和です。窯の隣の仕上げ室、自分の窯ではしない人もなぜか座ってます。何日も水をいれて漏れの検査をします。焼酎ボトルいい焼けでみんなニンマリ登窯窯出し水洗いやら、ペーパーかけやら全員参加の証拠写真のオンパレードです。まだまだ途中なのです。写真でお解かりのように一人のお手伝いさんもいません。プロがなにを考えながらこの作業をやっているのか、お解かりいただけたら望外の幸せです。一人一人にとって、今回の窯焚は、エポックになりそうです。なによりも、共通語が出来たのが、嬉しい話です。師匠語を仲間語になおす作業ができたのは、確かに進歩です。これからもっともっと、会話は濃くなります。備前は変わりますよ。本日も最後まで読んでいただいてありがとうございます。
2007.12.20
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思わずふきだしてしまった。コメントの「内側は洗いやすく仕上げてあります」渡邊琢磨・面取り焼酎杯コメントを書く人に大分強調したんだろうなあ~ヒミツはヒダスキだけかと思っていたら、いきなりガーンとやられた感じ。このヒダスキは、知る人ぞ知る 製法特許。もともとはさる窯元で、皆でやったらこうなったで、生まれたもの。はんなりと美しい緋模様はいろんな可能性を持っている。はんなりの語源は「華なり」だと教えてくれたのも渡邊琢磨さん。「はつった様なランダムな面取りが手にしっくりとなじみます。御影石を思わせる硬質な質感。ワイルドな外観ながらも内側は洗いやすく仕上げてあります。」実物を見てみた。 ナルホド!渡邊琢磨おそるべし!このところ公募展の成績も良いし、実力派として名をなす事が出来ると思う。(店長を尊敬すれば)まあしかし、振り返ってみれば、店長を小ばかにした人ほど、作家として世にでているようなので、(例 カッパ 髭 ○ × △)どうぞ遠慮はいりません 渡邊琢磨さん。渡邊琢磨さんは、頭だけの実力派ではない。黙って人知れず努力して、蓄積する。蓄積も大分溜まったようだ、来年は跳ぼうぜ、なべちゃん!本日も最後まで読んでいただいてありがとうございます。
2007.12.19
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懸命の仕上げが続いています。棚板の1枚1枚に皆の目が注がれます。普通じゃありません。窯焚の過程も、その結果も情報は皆で共有します。従って予定より遅れそうです。今回、土もそれぞれの持ちよりです。なんでもないことではありません。土が命の備前陶芸家にとっては、ありえない情報の仲間への公開です。今回の窯焚の一番のネックでした。たった1回の窯焚で、それぞれが受け止めた情報量はおそらくいままでの作家人生の60倍でしょう。仕上げに時間が掛かるわけです。おまけに、これをどうやって売るのかについては何にも相談していません。一個一個丁寧に仕上げしながら、皆で考えています。WEBが中心になることは、決まっています。でもどうやってアップするのかは・・・どうにかなるでしょ。でもどう考えても何日も掛かります。いや何日単位でなく、何ヶ月単位かもしれません。普通一窯を一年掛かって売ります。皆の胸には次の構想がふつふつとたぎっています。常識が通用しない扉が開きました。本日も最後まで読んでいただいてありがとうございます。
2007.12.18
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こういう酒器に水引きをかけて、お正月にしましょう。備前焼酒器セット・ 澁田寿昭やっぱりお正月はハレの日。閉塞感一杯の世の中で、お正月はなにが何でもハレの日。ハレの日には、非日常のハレの日行事を執り行う。これが正しい日本人のお正月。非日常だらけの備前焼作家たちは、ひたすら日常生活をむさぼる。澁田寿昭さんは、一家で西大寺方面へ出かける。 裸群が神木を巡ってもみ合う会陽で有名な西大寺観音院の東、約2kmの山の上。瀬戸内市 邑久町北島の上寺山(うえてらさん)。神仏習合の姿を今に伝える、豊原北島神社と餘慶寺この二つにお参りする上寺山両詣り。毎年、寒い寒い中を、両詣りを続けてきた。山の上では彼の熱心なファンの太っちょおじさんが、「よう来た、よう来た」と迎えてくれる。オジサンたちは、甘酒や大根煮やらを用意して参拝客をお接待する。オジサンたちも参拝客も多いに心のふれあいを愉しむ。澁田寿昭さんにとっては上寺山両詣りは、非日常ではあるが年常の生活なのです。本日も最後まで読んでいただいてありがとうございます。
2007.12.17
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襷の緋科学的研究を永年やっておられる陶秀さんの直系、雄一さんです。山本雄一・酒呑研究の結果の緋襷、さすがに奥が深いと思います。きめの細かい良質の土と、濃厚なヒダスキが印象的です。手持の良いシンプルな作りです。シンプルに味を込める、そのために研究する。はんなりと上品というのは、なかなかうなずいていただけるお客様がいらっしゃらないのです 緋襷の世界は備前焼の中でも一番むずかしい世界のように思えます。雄一先生は挑み続けます.新しい世代の中から、あとを襲う人がでるような気がします。先生の着眼は、備前焼の真ん中の時代なのです。現代は、あまりに桃山志向が強いので、ともすればキレイ過ぎと受け取られかねませんが、真ん中です。時代を超えた普遍性を持つ備前焼です。本日も最後まで読んでいただいてありがとうございます。
2007.12.16
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豪快な胡麻も、いいですよ。湯呑でも焼酎杯でも・多久守多久さんのところは山の上。雪花が散る季節になったら、山篭り。自然に逆らわずに生きたら、情熱的な作品を送り出したくなるらしい。同じ趣向の作家は結構多い。ピュアな作品は、山で生まれる確率が高い。理由は・・空気がピュアだから。今年の林檎は旨かったろうか、イノシシや鹿には出会ったろうか。あの山の上から、瀬戸内海が見える。山なみの間から、ほんのちょっと瀬戸内海が顔を出す。海だと気づくまでにかなり時間が掛かった覚えがある。思いがけない風景が、思いがけない時と所を伴って現れる時、人間は感動する。多久さんは、それで山暮らしをやめない。 のかな?本日も最後まで読んでいただいてありがとうございます。
2007.12.15
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ライフスタイルにこだわりを持つアナタと想いを持つ作家たちとの架け橋になりたい。作家たちの想いの深さは、共同で窯を焚いて、あらためて認識した。作家たちは、自分の受け持ち時間にベストを尽くした。自分の窯を焚く時は、すべての判断は、作家の意思で決まる。お弟子さんたちも、仲間たちも黙って作家の意思を探る。そして、寄り添って作業をつづける。共同で焚いた窯には、お弟子さんも仲間もいない。ベストとベストの真剣勝負。恥ずかしくない仕事、考えたのはそれだけ。口切(少しだけ窯の焚き口を開ける)に皆の笑顔を見た。噴出してくる熱気に眼を細めながら、作品を覗く。頬がゆるむ、この瞬間に窯焚きの物語りは完結する。全体の調和が心配だった。誰もが考えるが、誰も実行しない方法で窯焚を完結した。結果は皆の笑顔。プロ中のプロたちの満面の笑顔。調和は窯の神様が仕事をしてくれた。こうして陶工は謙虚になる。今日ははじめて写真なし、窯の神様が写っているから・・・本日も最後まで読んでいただいてありがとうございます。
2007.12.14
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技あり! のジョッキです。 どこが技なのかはいろんなヒトのいろんなジョッキを見なければわかりません。獅々堀達・ジョッキ在外勤務数年と言ったところでしょうか、スマートでスムーズな青年がお二人お立ち寄りになりました。しばらくいろんな物を楽しげにご覧になって、獅々堀達さんのジョッキをレジへお持ちになられました。「外国勤務お長いんですか?」と声をお掛けすると、「ちょっと帰ったんです」「スフィンクスを見ながら一杯ですか?」 「ハハハ・・・万里の長城です」屈託がなくて明るい二人の若いサラリーマンに新しい日本人を見る思いでした。お二人は直感的に、品をお選びでした。こういう選び方の対象になるのは、○○さん、○○さん、○○さんとほぼ陶庵の場合、決まっています。○○さんたちに国際センスがあるとは思えません。国際センスをお持ちの方に選んでいただける率の高い備前焼をそう思わずに作っているのです。シンプル イズ ベストそして、技を感じさせることのできる作り。こんなところでしょうか。沈思黙考 しばらく考えにふけります。「下手な考え、休むに似たり!」だれかがさけぶこえがきこえます。本日も最後まで読んでいただいてありがとうございます。
2007.12.13
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桃山以前の柔らかさは無骨の中に隠れている柔らかさ。前嶋五一郎・徳利“我が道を行く”と決めて貫き通せるヒトが、幸せなヒトだとしたら、備前焼には多い。女房、子供みんな幸せに思えるか?それはどうだろう?“我が道は父の歩んだ道”いつの間にかそう思うようになったら、類ちゃんも五一さんもハッピーだろうなあ。しかしこの土、この味 女手にゃ重過ぎるか。五一郎さんの窯焚を手伝っていたヒトが複数、知る人しか知らない窯焚名人。備前にはこんな窯焚名人が、チョコチョコ現役でいらっしゃった。正体は備前市の誇る耐火煉瓦の窯焚名人。いまは、世間の大企業と同じで、こんな隠れた名人が隠れそうな産業を純粋民間ベースで、支援することなどありえないが、人間らしい時代は人間らしい暮らしがあった。大企業の工員さんが、零細家内工業の技術支援をする。それが桃山以前の備前焼を世に出す力だったりする。工業統計には絶対でてこない秘話で、ニッポンの発展のヒミツでありました。本日も最後まで読んでいただいてありがとうございます。
2007.12.12
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窖窯(あながま)作家のうち、我が道を行く 気配濃厚のヒトです。森青史・ぐい呑伊部の町並みの裏は瀬戸内らしい山が迫っている。高くはないし、急峻でもない、植物相は結構豊かで、細い入り組んだ山道があちこちに通じている。この細い山みちをあるくひとは地元住民以外まずいない。細い山道が、全国で消えて行っている。誰も歩かない山道は生い茂る樹木に押され、消えてゆかざるを得ない。陶工300人の伊部の里は、山道が残っている。山粘土を使い、松割り木だけでなしに、焼成の燃料にいろんな木をつかうヒトたちが山道を散策する。豊かな植物相も、歩ける山道も、伊部の人たちの自然に対する豊富な知識を表わしている。この山道でマウンテンバイクに乗ったヒトに会った。森青史さんだったという確信はない。なんとなく青史さんにピッタリのまわりのムードだったと言うだけの話です。本日も最後まで読んでいただいてありがとうございます
2007.12.11
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思い切りよく大胆に壷の全面を面取りしています。 花器(黒面取壷)かなり衝撃です。花器(黒面取壷)・小川壮一青い丸で囲まれた部分に切れがあります。内側までは、切れは到達していません。したがって花入の機能は損なわれていません。切れを景色と見ることの出来る心の広いお方はご注文ください。作家も陶商も悩むのです。心の広いお方限定商品は、そっくりそのまま作家や陶商の心の広さと信用を問う物です。誤解を受ける可能性のあるものは売らないという信用獲得の方法もあれば、お互いに納得の上 で、より深く理解しあえる関係に入ると言う信用獲得の方法もあります。とくに備前焼のように、1点限定商品の場合、センスと信用が大きな割合を持ちます。吟味に吟味をかさね、情報を公開し、お客様の反応を見守るのです。すべては善意を前提にして組み立てます。Webでのみ可能な事なのです。本日も最後まで読んでいただいてありがとうございます。
2007.12.10
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なぜ窖窯のグループが登り窯の還元焼成をやってみたか? 答えはブログの中にあった。備前焼やきもん屋さんのブログからの引用です。【かつての「桃山に帰れ」のムーブメントでは、先達の方々は登り窯での可能性を探っていました。古備前の焼色(窖窯焼成)を連房式登窯で再現するという方法。コスト見直しから登窯が築かれ、大窯(窖窯)の終焉が明治に入って完了した、京都式の(伊万里式という説もある)連房式登窯を導入し、更にその京都式を焼成室が大きな備前スタイルに発展させました。その過程を見直すことで、「桃山」を発見、再現して『昭和備前』があります。そして、その動きは『現代備前』と続いています。個人的に、今後は連房式ではなく単房式登窯(窖窯)が、更に変化していくムーブメントを感じています。なので、今回の還元焼成からフィードバックしていくと酸化焼成の時には役立つハズという目論み。】備前焼やきもん屋さんのブログ青備前もいろんな技巧で仕込まれました。 師匠流、先人流、自分流、渡邊琢磨さんは親分。青備前いろいろ口切から眼を皿のようにしての、勉強が始まります。一つだけでなく、その棚、前後の棚、想像力を働かせての勉強です。一目で充分な人もいれば、一晩一緒に寝る人もいます。どっちがどうなどとは、野暮な事。このあたり、陶工さんは全員変人です。作品を取り出す時に目がせわしなくうごきます、解明しきれないことがあるのです。進歩するヒトです。 ロクロスルヒトのように・・・青備前は強還元焼成です。それも登り窯の中での強還元。想像力と知識を総動員して、知恵で固めます。結果はこうなっちゃた訳です。結果にいたるちょっとした隙間に窯の神様、仏様がいらっしゃるのです。それを充分意識していた先達、名もない陶工達の想いを汲んで備前焼を引っ張る力になって欲しいと思います。本日も最後まで読んでいただいてありがとうございます。
2007.12.09
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大きな登り窯、焚き上げの最終日の写真がアップされました。戦い済んで日が暮れて、もう一つ日がくれて素晴らしい写真をアップしてくれました。「うそだろーそんなことできる訳 ねーがん」の下馬評をよそに、覚悟を決めて明日にむかって、歩き始めた6人です。いずれ劣らぬキャリアを持ち、窯を持ち、共同窯の必要など微塵も感じなかった人たちです。古備前の勉強、熊山での勉強が進むと共同窯の中身がわかってきます。陶工一人一人の置かれた状況もわかってきます。その結果の今回の窯焚です。「エエなー なんで声かけてくれんかったん」反応は想像を遥かに超えました。もう少し詳しく見たい方はどうぞ!“良い備前焼をより安く”先代の日本酒の蔵元たちの備前焼に対する、ポリシーでした。“良い備前焼は、良い仕事から神の助けを借りて生まれる”年寄りたちは毎年揃って、酒造の祈願に京都の松尾大社に出かけ敬虔な氏子でした。良い仕事を完成させることが出来たかどうかハラハラの毎日です。窯はまだ余熱充分です。本日も最後まで読んでいただいてありがとうございます。
2007.12.08
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水割り ・ 湯割り ・ ストレート ・ カクテル…… 今日はどうしようかと思う愉しみ渡邊琢磨・焼酎ボトル今度焚いた登り窯は、12月下旬に口切です。それぞれの焼酎ボトルが、沢山入りました。“焼酎ボトル”名付け親の渡邊琢磨さんも沢山入れました。それぞれの個性的なかたちは、共同の窯詰と言う制約があればこそ。あらためて、古備前の時代を身近に感じます。窯元が音頭を取るのではなく、それぞれが炎の走りが計算できる人たちです。それぞれが自分の窯(窖窯(あながま)がほとんど)をもち、期待の作家ばかりです。古備前とは違う現代の登り窯で、意識を高くもっての共同の窯詰です。窯元は一切立ち入らない作家たちのワールドです。24時間の焚き上げを何度も繰り返し、濃く仕上がっているはずとみんな思っています。神様仏様にニッコリ微笑んでもらえるでしょうか、いつの世も人事を尽くして天命を待つのが陶工です。本日も最後まで読んでいただいてありがとうございます。
2007.12.07
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戦いすんで、窯を塗りこめて、真夜中に酒宴をして、爆睡して、いままだ白河夜船。備前陶苑・酒器セット最終段階の状況は、いつものとおりの修羅場だったそうだ。初めてのメンバーで、修羅場を乗り切る。まるで“星野ジャパン”そういえば星野さんて、岡山県人なんですよ。初めてのチームがうまくやって行けるのは、共通の問題意識を持ったプロだから。プロの底力をタップリ見せてもらいました。窯はゆっくりと除熱にはいり、タップリと色彩を器肌に定着させます。この酒器セットのように・・・・コッテリとしたグラデーションのある紫蘇色にサンギリがついています。使い込むほど 『火の走った痕』が虹のような光彩を放ちます。ぐい呑は 内側にタップリとした厚みのある自然釉が何重にもかかっています。厚みのある色彩を、皆様に見ていただけますように・・・本日も最後まで読んでいただいてありがとうございます。
2007.12.06
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緊迫の窯焚が続いています、1200度のせめぎあいです。こうして詰められた作品の上にどんなドラマが起こりつつあるのか、誰もわかりません。「キツネの尻尾が見えるんじゃ」「ツーと流れた釉が丸く留まるんじゃ」24時間 窯焚をします、何時もは、こんなローテーションは組みません。入っているのは、作家たちの入魂の作品です。いつの間にかそんな話がまとまっていたようです。「タイムカードをやめてくれんか」と言ったお役人様の(-"-;) ふと思い出しました。伝統産業の前には、厚くて高い壁が後で出来てきます。一人が無言で動くと、他の3人が窯の両側につきます。責め焚きが始まります。「○本,いくよッ」両側から責められて窯は煙突から炎を吐きます。12○度、いままでの経験ではベストでした。今度はどう決めたのか、後で教えてくれるでしょう。本日も最後まで読んでいただいてありがとうございます。
2007.12.05
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登り窯焚 12月2日(10日目)21:00 温度は1000℃を超えいよいよ器が光ってきました。窯焚の記・日々更新中上の写真、ゼーゲルコーンの7・8・9番が真ん中の棚の左のほうに立ててあるのがわかりますか?積算温度計みたいなものです。窯の中の温度の目安にします。フニャッとなる温度が7,8,9それぞれ違うので目安になります。器が光り始めました、松割り木の燃焼スピードも速くなりました。登り窯と窖窯は、器が光り始めた頃の窯の中の雰囲気が大分違います。微妙な雰囲気の違いが、作品にどう定着するのかは焚き手だけが知っています。窯と一体になる感覚が訪れるのです。(ホント?)間もなく、神がかり状態になっていくのです。(ウソ!)ともかく、最高温度が視界に入っています。窯と対話しながらの、押したり、引いたりが始まるのです。それにしてもこれくらいの温度の窯の中ってキレイだと思いません?何度かこの写真を撮ろうと企てた事があったのですが、窯焚メンバーもちょうど緊張に入る頃で、果たせませんでした。これは自分たちで撮った写真です。協力体制は、良好のようです。本日も最後まで読んでいただいてありがとうございます。
2007.12.04
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あながまの陶庵に作品を出品している作家を中心に登り窯をただ今焼成中!!登り窯をただ今焼成中みんなの目ばかりギラギラの原因はこれだったのです。作家が何人か何もかも協力しあって大きな窯を焚くのは簡単じゃありません。2年前、あながまの陶庵を立ち上げた時からの夢でした。11月13日から8日間かけ窯詰めをして、11月23日より窯焚き中です。窯出しは12月下旬の予定です。12月1日(9日目)9:00 温度は1000℃を超えたとろです。それぞれの技術を持ち寄り、感性を持ち寄り、折れたり曲がったりしながら、前に進んでいきます。古備前の時代もこうでした。いま、このスタンスで窯焚までこぎつけたのは、あながまの陶庵グループだけです。年末から年始にかけて、仕上げから品揃えが行われます。じつは、ここから先は相談できていません。ともかくいまは、焚き上げに全力を挙げていきます。この最中に登り窯をただ今焼成中をアップしてくれたみんなに敬意を表します。 有難う御座います。本日も最後まで読んでいただいてありがとうございます。
2007.12.03
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濃い焼け色の扁平な酒呑、驀進中の若手備前焼作家です。宮尾昌宏・酒呑現在、公募展関係で驀進中の作家です。日本伝統工芸展での活躍は目覚しく、いま注目を集めているヒトです。備前市の隣の和気町のインターチェンジ近くで、作陶に励みます。九州生まれで、他の九州生まれの備前焼作家と同じく個性鮮明。和気町にも備前焼作家は多く、近隣との共生関係もうまくいってます。山と川に恵まれ、それでいながら交通の便も良好。瀬戸内のぽかぽかムードが一杯のアクセス良好の田舎町です。宮尾さんがこのムードに一石を投じてくれたらいいのに・・・本日も最後まで読んでいただいてありがとうございます。
2007.12.02
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思い切ったモノを作ってきたのが、この窯もとの特徴です。備前陶苑・600mlの大ジョッキ備前陶苑・面取り手桶花入勿論、全員がそうだった訳ではありません。いつの世にも真面目なヒトとやって見たがりのヒトとは共生しています。ジョッキを作った彼はあまり飲めないヒトでした。酒天童子の棲家だった陶苑で、肩身狭く暮らしておりました。真面目なヒトのジョッキはだんだんサイズが大きくなりました。「コイツ、こんなジョッキで一気に飲んでみてーんだわ」それがわかった先輩たちは、何にも言いませんでした。そんな彼のジョッキです、花入に使うとお洒落です。面取り手桶花入は、やって見たがりの彼の作です。手桶の形を現代的にアレンジしたモダンな雰囲気の面取花入。和風にも洋風にもお花にあわせて使い分けられます。しっとり紫蘇色が出ています。バランス感覚が独特で、「妙に魅かれるんだわ」とおっしゃたお客様若干名。若干名のお客様が、それぞれの陶工の命でした。自分の意思を生かすために仲間と力を合わせる。古備前の時代の陶工たちの姿です。本日も最後まで読んでいただいてありがとうございます。
2007.12.01
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