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この間、米村先生が PET CT で光ったから再発だと思って手術したら 膿瘍だったんですわと言うので、色々と調べてみました。PET という検査機械が流通し始めて10年を超えたというところでしょうか。出始めた頃の事は、よく覚えています。癌の早期発見に役立つと、テレビや新聞に一気に出ましたからね。それから少しして、PET CT が出ました。癌細胞は、体内の血液中の糖分を多く取り込むことで増殖を図る細胞です。通常の細胞よりも、より多くの糖分を必要としています。この特徴に目をつけて、敢えて体内に点滴で糖分を流し、糖分を多く取り込んでいる箇所を見つけようというのが、PET CTです。元々糖分を大量に必要とする脳なんて、思い切り光りますけどね。で、膿瘍が光ったのは何故と思い、調べたところ。。。膿瘍のように 「活動性炎症」 を起こしている箇所も、実は糖分を多く取り込んでいるので光るらしいです。他にも、ステント等の金属を入れている箇所とか、手術経験者では、臓器の縫合箇所も糖分を取り込んでいるので光るらしい。また、胃癌においては印環細胞癌や、スキルス胃癌の細胞は、多くの糖を取り込んでいるにも関わらず、その特徴として希釈してしまう為、画像上ではハッキリとは映らないらしいです。そう言えば、PET CT が出始めた頃、どんな風に写るのかの実験で、スキルス胃癌・腹膜播種が確認されている患者さんにPET CT を受けて貰った事があったけれど、米村先生、 なんかボヤ~ってして、ハッキリ写らんのですわ って言ってたなぁ。。。癌ではない、活動性炎症でも光る。でも、その炎症の原因が癌である可能性は多分にある。この区別は画像では出来ないってことらしい。つい先日のことですけど、ある70代の胃癌の男性患者さんのご家族から米村先生のセカンドオピニオンの依頼がきました。急いで日程調整して、予約を入れたのですが、間に合わずに他界されました。胃癌が判明したのは昨年の8月で、開腹手術の際に、腹膜播種が判明してバイパス手術で終わったと言います。その後、TS-1 + シスプラチンの治療を受けておられ、数ヶ月の間は、効果が見られたのですが、腹水が溜まり始め、あれよあれよと言う間の出来事でした。今年のお正月には、元気でお持ちを食べていたようですが、あまりの急展開でした。この患者さんの場合、胃癌判明の半年前に大腸癌の手術を受けておられました。腹腔鏡手術だったと言いますから、大腸癌でも早期だったと思われます。この時、転移の有無を調べる為、PET CTを撮ったそうで、その時、胃が光ったのだとか。それこそ活動性炎症でも光るから、この時は単なる胃炎だと思われたのかもしれません。ただその胃炎の下にボールマン分類で言う3型の胃癌、スキルスタイプと呼ばれる胃癌が潜んでいたのかもしれません。そう考えないと、急展開の経過のつじつまが合わないように思います。まだまだどうにも判断しきれない現象というのは存在していて、何と申しましょうか。。。ただ、残念でなりません。
2016年01月30日
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年明けから、頂いたメールや年賀状を元に、患者さん方の元気な近況をお知らせして参りました。まだまだ、ご紹介したい患者さんはいるんですけど、ここらで一区切りとさせて頂きますね。今回、ここでご紹介できなかった患者さん方、ごめんなさいまたの機会に、ご紹介させて頂きますね私、この15年、「腹膜播種」 ばかりを見て参りまして思うこと。やっぱり。。。手強いです 特に、胃癌・スキルスの腹膜播種。これは格別に手強い相手です。それでも、スキルス胃癌・腹膜播種で、腹腔内化学療法を経て、尚且つ、腹膜切除術を受けた際に温熱療法を組み入れた患者さんで、術後10年お元気に生存されている方もおられます。この患者さんとはそれこそ10年前にご本人にお会いしてますが、まさか、10年後もお元気でいるとは、正直、あの時は思えませんでした。これは当然の事ながら、10年という時間がなければ証明できない訳で、ようやくそれが出来始めました。そもそも、私がこの病気に足を踏み入れた15年前は、特にスキルス胃癌・腹膜播種なんていう病気になると、手術をしても、1年以内に再発してしまう方が本当に多かったんです。2年生きるのは、至難の業って感じでしたね。それが、今では少しずつですが、治療成績ってヤツが上がってきています。これは、抗癌剤治療の技が増えたという事もありますけど、それだけじゃ、なかなか上手くはいきません。抗癌剤治療の効果と、切るというてっとりばやくわかりやすい技と、温熱療法のヒートショックプロテインという生理現象。これらの複合技で、伸ばしてきた成果じゃないかなぁ。。。副作用もあれば、合併症というリスクもありますし、全ての皆さんに効果が出るって訳じゃないけど、色々と匙加減しつつ・・・で、うまくいく人が増えて来ていることは確かですね。
2016年01月26日
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先週末に、岐阜城と犬山城に行って来ました100名城スタンプ収集なんて、始めたもので毎度の事ですが、ハードスケジュールで動きまくりです。なんせ、お城って夕方には閉館してしまう。城行くぞ~って予定立てたら、朝、簡単にお弁当を作ります。お昼はSAか道の駅でそそくさと食べ、とにかく急いで、目的地へGOのんびり、優雅にランチなんてしてたら、お城、まわれませんから今回、初めて第二東名の静岡SA(下り)に寄りましたけど、ガンダムショップがあったから、足を踏み入れてみたけど、高級ブランドショップ並のお値段のお品の数々にビックリ織田信長で有名な岐阜城(上)と国宝の犬山城(下)どちらも、よくこんなとんでもない場所にお城を建てたもんだと思います。岐阜城は、見た目は良いけど中は鉄筋なんですよねぇ犬山城は、国宝だけあってやはり素晴らしいです。犬山城へ来るのは2度目。10年くらい前に来ました。余命2ヶ月と言われたスキルス胃癌の患者さん(30代・女性)のお見舞いの帰りに。彼女のあの孤独な瞳と、寂しそうな笑顔は今も尚、忘れません。今日は9月24日に書いた、S状結腸癌の患者さん(50代・男性)の近況です。2013年秋にS状結腸癌の手術を受けましたが、1年ちょっとで、腹膜播種で再発。当初、抗癌剤治療の提案がありましたが、ご本人は、日常生活に支障をきたすような抗癌剤治療は受けたくはない。かといって、シビアな現実とも向き合う度胸もない・・・という感じでしたね。それを何とか、ご家族が説得して米村先生のセカンドオピニオン受診となり、ここで、事の重大さを知りました。米村先生にしては、本当に珍しいのですが、治療をしなければ、余命7ヶ月と言ったらしい。これは本当に珍しいんですよ。米村先生、5年生存率の数字は言っても普段は絶対に言いません、余命なんて。抗癌剤治療を躊躇しているご本人に、ここはガツンと自分の運命と向き合わせたってとこでしょうか。余命を知った上での、治療拒否なら米村先生も尊重する筈です。でも、そうじゃなくての治療拒否はいただけません。それで地元の病院で、FOLFOXを受け、2015年8月に腹膜切除を含む、手術となりました。手術時の、迅速病理ではローグレードの癌だったので、術後の抗癌剤治療は必要なしとの診断でしたが、その後の病理の詳細結果で、原発に近い箇所からハイグレードの癌が検出されました。それで、術後の抗癌剤治療 TS-1 の服用が先月から開始されることになりました。ちょっとガックリな結果が出てはしまいましたけど、考えてみれば、抗癌剤治療も手術も躊躇していたあの時、確実に、悪い癌がお腹の中にはあった訳です。ハイグレードの癌なら、抗癌剤で抑える事ができたとしても限界は直に来てしまったんじゃないかと。そんな風に予測される訳です。で・あ・れ・ば・・・やっぱり切って良かったと思うわけです。QOLも落ちてはいないし、日常生活に支障も出ていない。TS-1 でぐったりする日はあるけれど、復活できてますからね。だって、年が明けて届いたメールには、ドライブで行った先で咲いていた満開の桜の写真が添付されていましたもん。緋寒桜って言うんですって。沖縄ってあったかいんだなぁ。。。
2016年01月18日
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今日は、2015年11月1日以来となる、ジュンちゃん(胃癌・30代・女性)の近況です年末年始と、近況メールを頂いてます。過去のブログを見て頂くと経過がわかりますが、彼女、2014年の秋に不正出血があり、婦人科を受診。片方の卵巣がかなり腫れていました。この卵巣を調べると、ナント、転移性の癌であることが判明。原発探しとなり、胃癌であることがわかったんです。その肝心の胃を調べると、確かに胃に癌はありましたが、胃カメラで見る限り、原発はあまりにも小さい。卵巣に転移しているような進行胃癌には思えないほど小さかったんです。ジュンちゃん、色々勉強する中で、胃癌・卵巣転移のシビアさに愕然としました。5年生存率なんて、目も当てられない数字だったとか。米村先生の場合、必ず、子宮も卵巣も切除するんですけど、その理由がこれ。かなり高い確率で、再発転移する場所だから。ジュンちゃん、2014年12月に米村先生の元へ。その時、術前化学療法が上手くいかなかった場合、特殊な治療でもあるし、手術まで体力的に通う事ができなかった場合そんな時の事も考えて、緩和ケアも探しておかないと!って本気で思っていました。そんな事を考えつつ。。。治療は開始。術前化学療法に腹腔鏡による温熱療法、その後も化学療法を経て、2015年3月に手術施行。過去に書いてますが、術後は食事が本当に摂れなくて体重は39kg まで激減。栄養の点滴に通う日々。。。何とか太れないものかと、真剣に「太る方法」を探したらしいです。でもなかったらしい。確かに、ダイエット本は巷に溢れ返っていますけど、「こうすれば、アナタも太る」なんて本は見たことないですねぇ。って言うより、そんな方法があったとしても、胃癌患者さんには、無理でしょう。今はと言いますと。。。あれほど食べられなかった食事も摂れるようになり、前回は体重が、45Kg になったと書きましたけど、あれからまた増えまして、47Kg になったと嬉しそうにメールに書かれていました。・・・47Kg・・・ってジュンちゃん。私を越えましたよ私、胃、あるんですけど。。。術後は サイラムザ + パクリタキセル(タキソール)をやってます。副作用はあまりないらしく、ジュンちゃんには合っているようで楽に過ごせているようですよ。でね、今回届いたメールには幼い娘さんとの話が書いてあって、娘さんにせがまれて、一緒にテレビドラマを見たんですって。それが小さな子供を持つ母親が癌って話だったらしい。この手の話は、病気になる前から苦手だったそうで、見なかったそうですけど、娘さんにせがまれて仕方なく、見たとか。やはり切なくなったみたいです。ジュンちゃんが・・と言うより、当の娘さんが。夜はジュンちゃんの布団にもぐりこんできたらしいです。娘さんも、何かを感じ取ったんじゃないでしょうか。私もね、その手のドラマとか映画、見ないようにしています。身近な現実がね、過去がね、走馬灯のように私の中、ぐるぐるしちゃいますからね話が逸れそうなんで、戻って戻って・・・あと2ヶ月で、術後1年になります。1年前には考えられないほど元気そのもののジュンちゃんです
2016年01月14日
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今年は元旦から飛ばしている感あります息切れしないようにせねばメールも相変わらず届いており、これまた相変わらず、お待たせ状況が続いておりまして、誠にすみません先日、印環細胞癌で術後7年経過している女性患者さんの話を書きました。実は、もう1人、同じ状態の患者さんがおられます。こちらは男性で60代です。2008年に印環細胞癌の胃癌で幽門側を4/5切除。この時、胃壁浸潤あり、腹膜播種なし、リンパ節転移なし。術後TS-1 服用ですが術後半年もすると、腫瘍マーカー CA19-9 が上昇し120まで上がってしまいました。腸管の拡張もみられ、腹膜播種で再発と診断を受けて、2009年3月に、米村先生の元へ。そこで、腹腔内化学療法を始めると、腫瘍マーカーが下がり始めました。2009年9月には、正常値に。もともと、腹膜播種の診断に懐疑的だった米村先生はこのまま治療を続けて、経過観察をすることに。25回だったか、28回だったか、腹腔内投与をして修了。特に何も問題なく過ぎ。。2010年10月、米村先生、単に思いつきで しばらくやってないから、ここらでPET やってみようかで検査したら、胃癌の方は何ともないけど、ナント、ここで甲状腺に癌が見つかったんです実に米村先生の野生のカンお見事この甲状腺癌、大人しいタイプではあったけど、放っておくより、切った方が良いだろうと、専門病院で、2011年6月切除。また、もういい加減、要らないだろうと2012年9月、腹腔ポート抜去。それからは治療もせず、半年に1度の米村詣が1年に1度になり今も普通にと言うより、普通以上に元気です。仕事ぶりは、米村先生並で超ハード。ハンパないです。奥さんが時折、近況をメールで教えてくれるので、この間、久しぶりに奥さんのケータイに電話してみたんです。そしたら、何故か患者さんご本人が出ましてね。奥さん、お留守でした。それでご本人とこれまた、久しぶりにお話させて頂いたんですけど、 ひろりんさんの事は、命の恩人くらいに思ってますからって言われるんです。(んなオーバーな・・・)って思ったんですけど、ご本人が言われるにはですねご自身の胃癌が、腹膜播種で再発って言われた時、どうも、ご本人より奥さんの精神のダメージの方が大きかったようなんですねぇ。 妻の精神状態を救ってくれたのは、ひろりんさんですって言われるんですよねぇ。ご主人から見た当時の奥さんは、大変な状態だったらしく。。。この患者さんにとっては、私はどうやら奥さんの命の恩人みたいです。そんな大したことやってないんですけどねぇ。。。ご本人の現在はと言いますと、体重だけは増えないらしいです。男性ながら45Kg若ければジャニーズに入れそうな体重ですよねぇ。 でも体重と体力って比例しないんじゃないかぁ 食事はあんまり食べられませんけど、 何も問題ないしと言われるので あまり召し上がらない分、 お酒でカロリー摂ってるんじゃないですかとちょっと意地悪なコト言ってみたら あっそうかぁ、そうかもしれませんねぇって笑ってました。・・・て言うか、この患者さん、睡眠時間4時間で働いているというんです。それじゃ、太れる訳ないですよねぇ。そう言えば。。。この患者さんのお子さん、お2人いるんですけどお2人共、「医師」 になったんですよ自営業者でやはり跡を継いで欲しいお気持ちがあったようですけど まぁ、今の自分の仕事よりは、 人の役に立つ職業についたから、良しとしますって言ってました。まだまだ現役社長頑張ってくださいね
2016年01月09日
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今日も、年賀メールのご紹介といきます毎年、今の時期に書いていると記憶していますが、ご紹介する患者さんは30代女性でしたけど、今は40代になっています。胃癌、それも性質の悪い印環細胞癌であることが判明したのが2008年秋です。癌は進行していて、胃壁に浸潤していました。腹膜播種は免れてはいましたし、リンパ節転移も見つかりませんでしたけど、何せ相手は、スキルスに化けると言われている印環細胞癌です。ここは石橋を渡る方針と行きましょうとなりましてね。ご本人とご家族が強く、温熱療法を希望されまして、術後4ヶ月に、腹腔鏡による温熱療法を施行。その後も、TS-1 を2年間服用。これで治療は完全終了、卒業となったんです。こんな風ですから、何の心配もなく、何度かメールでの交流と、電話を1度かな頂いた程度なので、私も、何かをして差し上げたという感覚はなく、私の存在など、忘れられても不思議じゃないって思うんですけど、律儀に毎年、必ず、年賀メールを下さるんです。今は1年に1度の米村詣でになっています。で、近況なのですが、患者さんご本人は、とてもお元気にされています。ご自身もライフワークを見つけたご様子で、ご自身の体験がそうさせたのだと思いますが、医療ボランティアにも参加されているようです。今年頂いた年賀メールで驚いたのは、ご息女の成長でした。中学生の時に母親が癌という病気になり、ずっと側で見てきて思ったこと。。。それは、医者になる事だったようで・・・昨年の春、某国立大学の医学部に入学したんですって目標は、米村先生のような医者になることですってこれまた、びっくりポンです米村先生の患者さんのご子息並びにご息女が、医者になるって報告は、彼女で4人目ですよ。中には、看護師さんになるべく進学したご息女もいます。私もこの活動を始めて15年目。ブログは10年目。患者さんのお子さん方の成長が、楽しみになるなんて思ってもいませんでした。
2016年01月08日
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今日も年賀メールのご紹介といきましょう。今日は昨年10月25日に書いた胃癌患者さん(60代。女性)の近況です。過去の日記をご覧頂くとわかりますけど、この患者さんの経過をざっと書くと2015年4月 胃癌で胃癌の定型手術を受ける 胃癌の定型手術というのは、 基本的には胃の部分切除もしくは胃全摘に、 リンパ節2郡のカクセイです この時、腹膜播種判明 この患者さんの場合は、胃全摘その後、米村先生の元へ2015年6月 温熱療法並びに、腹腔内化学療法施行2015年9月 腹膜切除施行 同時に大腸半分切除、 転移していた卵巣切除最初の4月の手術時には、卵巣の転移の話は聞いていません。ですから、術後5ヶ月の間に転移していたことになるのか?もです。大腸も同様で、もし、4月の手術自に判明していたとしたらバイパス手術等の処置がなされていたのではないか?と推測します。と、言う事は。。。あのままだったら、今頃はどえりゃ~状態になっていたかもですが、手術はしたものの、2015年10月25日の日記に書いたように、術後、殆ど食べることができなくなり、体重は激減。30Kg を切り、28Kg までに28Kg と言ったら小学生の体重でしょう。生命を維持する為のギリギリ体重ではないかそう思った私は、米村先生に即、電話したりして、ドタバタした話を、2015年10月25日に書いたんですけど。。。今、どうなっているのかと申しますとですね。あれから、在宅で栄養の点滴が続いています。それで、顔色は良くなり、酷かった吐き気は全くなくなり、食欲も戻り、体重は33Kg まで増えました。栄養の点滴の助けを借りているとは言え、少しずつ食事量も増えて順調に元気が回復しています。病人には見えないほどの動きぶりになりました。まだあのドタバタから、数ヶ月ですからね。胃癌患者さんの場合は、食事の苦労が避けられません。術後は誰しも、体重の激減に悩まされ、同時に体力の低下に悩まされ。。。こうなると、気持ちも急降下。。。でもね、でもね、焦らないでください。悪いヤツを取り除いた体は、それまでやられていた分をちゃんと取り戻そうとしていますから。この患者さん、実に穏かに、お元気にお孫ちゃんに囲まれ、このお正月を迎えられましたそう言えば、スキルス胃癌・腹膜播種で腹膜切除並びに術中温熱療法を受けた、この患者さんと同年代の患者さん、術後10年が経ちますけど、最初の1年は殆ど、寝たり起きたりの状態でしたっけ。やっぱり、食べられなくてねぇ。。。辛い1年でしたけど、それ以降は元気そのものです。
2016年01月06日
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2日に、浅間大社に初詣に行って参りました。1月とは思えないほどの暖かさで、お参りの後は、ソフトクリームを食べながら歩いて来ました。お天気もバッチリでした。年末はギリギリまで、年始は元旦からご挨拶メールを頂きまして、皆様方、ありがとうございます穏かな年末年始ではありましたが、私、ちゃんと大晦日もお正月は元旦から、「お仕事」ちゃんとやりました毎年のことながら、病気に休日はありませんです。頂いた年賀状は、全てをご紹介したいくらい、患者さん方のお元気ぶりが書かれていましたそんな中に、ですね。あの「思いがけず」の患者さん(60代・男性)からのもありましてね。娘さんからですけど、お孫ちゃんとのツーショット写真を貼り付けて下さいました。そのお顔が、ホント、良いんですよ。全然、瘦せてもなくて、丸い良いお顔です。直近では、2015年9月1日にこの患者さんの話を書いています。ざっくり経過を書くと、スキルス胃癌が、腹水多量の状態で判明したのが2014年2月。この時、余命数ヶ月宣告です。ファーストラインの治療である、TS-1 + シスプラチンを施行するも、効果出ず。腹水減らず。。。同年5月に米村先生を受診。腹腔内化学療法を経て、同年8月に手術施行。実際、癌はかなり進行していて、切除内容は、かなりの大手術となり、胃全摘、大腸全摘、小腸部分切除、ならびに腹膜切除、同時に、術中温熱療法施行です。人工肛門は免れませんでした。こんな大手術にも関わらず、人工肛門にも関わらず、肉体労働をされているんですよ。そりゃ、これまでと、まるっきり同じ生活とはいきません。人工肛門になったことで、真夏には大量の汗に悩まされました。パウチがはがれてしまう。これまで1人で請け負っていた仕事も、助っ人が必要ともなりました。それでも、仕事はできていますし、食事も摂れていますし、お孫ちゃんとも仲良く遊べています。手術前には、手術説明をする医師から手術をしないという選択肢も提示されたほどです。残念ながら、年単位での延命は難しいけれど、このまま抗癌剤治療だけで、穏かに生きていくという選択肢もあると。そう言われましたが、ご本人、どうせ長くはない命なら、戦ってみたいと言われましてね。手術となったんです。あれから1年半が経とうとしています。今も元気そのものなんです米村先生も私も、正直、びっくりポンです米村先生、よく言われるんですよ。手術を望む癌患者さんは多い。それなのに、手術対象外とされる患者さんも多い。セオリーから外れるからと、手術をしない医師も多い。望む患者さんがいるのだから誰かが、やらないと道は切り開けないって。何時まで経っても、腹膜播種は治らないし短命だと言われる。誰かがやらないとねって。実際、こんな風に道が開けることもあります。
2016年01月04日
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あけましておめでとうございます。本年も宜しくお願い致します。今年のお正月も、穏かに迎えることができました。元旦の朝にちょっとした予定があったので、折角の晴天に恵まれながらも、カウントダウンイベントにも行けず、初日の出を見にも行けませんでしたけど。。。世の中、「当たり前」なんて、あるようで無いのが実情。この「当たり前」に感謝しつつのお正月です。既に、年賀状が届いていまして、その中には、患者さんやそのご家族からのものもあります。米村先生からも届きましたよ。こんな活動をし始めて間もなくの頃、米村先生、直筆で年賀状を下さった事があるんですけど、年始に決意表明みたいな一文が書かれてましてねぇ。 今年も癌や研究に立ち向かって参りますそんな内容でした元旦早々、アタシに決意表明せんでも。。。みたいなで、届いた年賀状の中の、もう10年来のお付き合いの方をご紹介します。年賀状にはご家族4人揃っての記念写真が載ってます過去に何度も書いてますけどね。2004年だったか2005年だったか、どっちだったかな奥さん(当時40代)が、スキルス胃癌で手術を終えたばかりの男性からメールが届きました。内容は、胃切除の手術時に胃癌が、胃壁を突き抜けていたと。腹膜播種は、確認されてはいないけど、その可能性が濃厚であると。それで米村先生の元へセカンドオピニオンに来られました。この患者さん、職業は看護師さんで、勤務病院で手術を受けていました。それだからなのか持参してきたデータは、ちょっとした冊子状態になっていて、かなりのデータ量でしたね。(私、ご家族から直接、見せて頂きました)それによると、間違いなく癌は胃壁を突き抜けていて、胃の裏側に癌が顔を出していました。細胞診、洗浄細胞診は陰性。(ここまで癌が進行していた割に)リンパ節転移が認められず。データの詳細を見た米村先生、しばらくTS-1 の服用を薦めました。米村先生、患者さんご本人を元気付けようと「5年生存率は40%」と言ったんですけど、これが本人を凄く落ち込ませてしまいました。セカンドオピニオンを終えて、診察室から出てきたご夫婦の会話、私、側で聞いてましたけど、 話の中で「40%」とか、「5年」とか出てきたけど あれ、生存率じゃないよねと泣きそうな目で、ご本人はご主人に訴えてました。ご主人も、また泣きそうな目をして、 違うよ、違うよを繰り返していました。ご主人の方は、ちゃんとわかってたんですけど、必死に誤魔化していたんですよねぇ。またこの日、米村先生、TS-1 の服用と同時にまだ、当時出始めたばかりのPET CT 検査も薦めました。実際のPET CT のデータが乏しい時代でもあり、また、この設備がある施設は限られていた時代です。腹膜播種であれば、画像で写るかもしれない。他に転移があれば、それも画像に写るかもしれない。こんな意図だったんです。そしてこの頃、PET CT は予約で常に満杯。予約を入れても検査は3ヶ月後です。薦められるまま、3ヶ月後に予約を入れました。3ヶ月後は、秋でしたね。小学生のお子さんが2人いて、運動会の季節でした。たまたま、雨で運動会の日程がズレてしまい、これが、PET CT 検査の日とかぶりました。キャンセルすれば、次回の検査はまた3ヶ月後です。スキルス胃癌なのに、3ヶ月延ばしても良いんだろうか。もし、腹膜播種なら、大変な事になるんじゃないだろうか。でも、もしかしたら、もう来年は生きていないかもしれない。子供達の運動会も、これが最後かもしれない。運動会、行きたい。。。困り果てたご主人から相談を受け、しゃ~ない米村先生に頼んで、何とかして貰おうと、お願いしてみた。そしたら、他の患者さんに了承を貰って、予定を入れ替えてくれました。それで無事に運動会にも行け、検査も受けられたんです。結局、腹膜播種は確認できませんでしたけど、大腸に怪しい光が出ちゃいましてね。画像診断の医師の見解は、大腸に転移の可能性ありでした。それでまた、更に3ヶ月後にPET CT を撮ることとなり。。。その結果、光っていた大腸の癌は消えていました。うちの博士に言わせると、PET CT の構造と仕組みから考えて、光った以上は、そこに癌があった筈だ。可能性として、間違って光ることは、恐ろしい確率でありえない。PET CT で光るのは、異常に糖分の集積が認められる場所で、それは、正しく癌の特性ですからね。もしかしたら、微細な癌が大腸にあったけど、TS-1 の服用で消えたのかもTS-1 の服用の薦めは、当たりだったんじゃないかと。術後2年半、TS-1の服用を続けて修了となりました。何故、こんな中途半端な期間かと言うと、止めたい本人 VS 3年服用して欲しいご主人との対決があり、2年半で手打ちとなったんです。最後の運動会と思った、2人のお子さんも今は娘は成人を迎え、息子は高校生。患者さんご本人は、フルタイムで看護師さんやってます
2016年01月01日
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