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久しぶりの更新です。このところ、ホント、更新する時間が取れません。メール対応は、日々こなしているんですけども。書きたい話や、患者さんの経過報告は沢山あるんですけども。この数日なんぞは、「なんだかなぁ・・・」 の日々です。なにそれという、ご質問にお答えしますとですね。昨年の秋に、ある虫垂癌の患者さん(60代・男性)の娘さんから相談メールが届きました。虫垂癌が判明したのですが、腹膜播種の可能性があるとの診断で、腹腔鏡検査となり、ここで、腹膜播種が確定となりました。それで、治療開始前に米村先生を受診したのが、昨年12月。地元の病院では、FOLFIRI を予定しているとのことでした。これまで、大腸癌の患者さんの術前化学療法は、米村先生は、ガイドラインにのっとって、FOLFOX を推奨していました。アバスチンは抜きです。ですが、以前書いた虫垂癌の患者さんで、FOLFIRI で腫瘍マーカーが激減した方もいましたので、敢えて、異論もなく賛同され、FOLFIRI での治療が地元の病院で開始されました。この治療法を、これまでの FOLFOX 同様に6回施行してから手術しましょうとなったのです。ところが、治療が開始されるも、年が明け早々に腸閉塞を起こしてしまいました。最初に私に連絡が来た時は、 「腸閉塞で入院したので、2回目の外来予約を延期します」との報告でした。その後少しして、 「イレウス管を入れて経過をみるも、改善がみられないので、 バイパス手術か、人工肛門の造設の提案がありましたが、 手術してしまっても良いかどうか」の相談メールが届きました。腸閉塞と言っても、レベルがありますので、電話を入れて、状態の確認をしました。イレウス管を入れているけど、通らない箇所があった様子です。極端に腫れているような箇所はないとのこと。ただ手術して良いのか否かは、私では判断できませんので、経過の報告を米村先生に入れると、 そりゃ良くないねぇ、僕、電話いれますわとの返事。バイパス手術や人工肛門の造設をすると、これがもとで癒着が起きることがあります。と言うよりも、手術すれば大なり小なり癒着がおきます。この癒着が邪魔して、本来の癌切除の手術ができなくなってしまう可能性があります。恐らく、米村先生はこれを避けたいのではないか?と、長年の付き合いから推察しました。それから1週間後、米村先生から電話 この間の、○○さんだけど、何度電話しても出んのよ自宅は留守だからケータイに電話を下さいと、娘さんから言付かっておりましたが、この1週間、私自身が米村先生と連絡が取れない。やっと、米村先生から電話がきたと思えば、コレ。。。なもので改めて、連絡が取れる番号を私が教えて差し上げ・・・この経過を即、待ち侘びていると思われる娘さんに連絡を入れる。気を揉んでいた筈ですものねぇ。可哀相に。ただ、手術するとしても、抗癌剤治療を中断する期間が必要ですからね。この 「待たされ時間」 は、必要だったんですけども。やっと1件落着かと思えば、今度は、 セカンドの依頼をメールしたって言ったでしょう 来とらんのよと、また、米村先生から電話。 またですかぁ 先日のメールの前に送りましたよ えっ前 ほなら、また見てみますわ(はぁ~、いつものことながら。。。)で改めてメール再送して、はい、終わり・・だと思うと言うか、思いたいと言うか。。。ちゃんと見てるかしら。。。先生。。。毎度毎度の事ながら、なんで連携が上手くいかないんでしょ。 ※2月2日~6日は留守しますんで メールは出先でチェックします
2014年01月30日
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昨年の11月だったと思いますが、あの、「まぁ、落ち着いての虫垂癌」 の患者さんの経過を。実は、実は。。。あれから、実に驚く事態となったのです。あの後も時折、腹痛や発熱を何度か繰り返していましたが、症状は落ち着きまして、ただただ、手術を待つだけとなりました。当初の予定より遅れましたけど、先月の下旬に手術となりました。もともと、「虫垂癌・腹膜播種」 と診断を受けて、米村先生の元へ飛び込んで来られた40代の女性患者さんなのですが、この診断に至るまで、卵巣癌なんて疑いもあって、すんなり 「虫垂癌」 と診断が下りていた訳ではなかったんですが。。。そもそも、私の当初の疑問はこうです。何時もなら、FOLFOX 6回やって、それから手術を行っている米村先生が、何故か、この患者さんには抗癌剤治療をしないのを不思議に感じ、 「もしかしたら、虫垂原発の腹膜偽粘液腫なのかな」って思ってたんです。偽粘液腫の場合は、抗癌剤治療を行わずに手術する例が多いですからね。この病気は、未だわからないことが多いんですけども、一括りにできないトコがあって、抗癌剤治療が効果を出す例あり、全く抗癌剤が効かない例ありです。ですが、「粘液性」 という説明を受けてはいない。まぁ、どちらであろうとも、腫瘍は確認されていて、この腫瘍が痛みを引き起こしている事だけは確かでした。ならば、切るしかないでしょう・・・となったんです。何せ、この腫瘍、大きくなってきていましたからね。放っておくわけにはいきません。手術日の晩、この患者さんのご主人から電話があったのですが、その内容が、「えっ」 というものでした。手術の途中で、米村先生に呼び出されたそうですが、虫垂癌ではないと言われたと。細胞を病理に出さないと、はっきりわからないけど脂肪肉腫か、悪性リンパ腫だと言われたと。この時、ご主人、頭真っ白です。虫垂癌って言われてここまで来て、やっと手術になったのに病気そのものが違ったなんて。。。と。そりゃそうです。私だって、びっくりですから。これまでも、脂肪肉腫の患者さんの手術例は、何人か存じ上げています。大きいから切れないと、誰も切ってくれないまま、更に腫瘍が巨大化して困り果てた患者さんを、米村先生は手術しています。術後1年を過ぎてから、再発を繰り返していましたが、その都度、普通の生活を送っておられました。米村先生の手の感触からすると、脂肪肉腫らしいのですが、病理の医師からは、悪性リンパ腫の可能性を示唆されたようでした。そして、病理検査の結果がでましたが、悪性リンパ腫だったんです。驚きました。そもそも、悪性リンパ腫(リンパ腫には良性はないので、皆悪性ですが)でそんなに大きな腫瘍が出来ること自体が、私の中では想定外です。リンパが腫れて大きくなるというなら、合点がいきますが、そうではなかったのですから。血液の癌だから、手術という治療はないはずの病気だと思い込んでいました。抗癌剤で対処するしかない病気だと。結局、虫垂癌ではなかったので、今後は、米村先生の手を離れ、別の病院の専門医に診て頂くことになりました。ただ、大きくなった腫瘍は取り除けましたから、これまで患者さんを苦しめていた痛みからは、解放されるはずです。放っておいては、大きくなるばかりですからね。大きな邪魔者を無くせたのは、大きな前進だったでしょう。ご家族も、ご本人も衝撃が強すぎて相当落ち込んでおられましたが、今は、腫瘍切除後の回復は順調で、無事に転院となりました。新たな1歩の始まりです。
2014年01月24日
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いやはや、今年も更新滞り始めちゃいましたねぇ。。すみません。年末からこっち、何故か「腸閉塞」 の緊急連絡メールが相次いでおります。また、他の状況なれど、緊急電話とかもね。状況は様々なれど、緊急度が高いのでそちらを優先させて頂いております。で、今日は、昨年12月20日に書いた患者さんの近況です。腫瘍マーカーのCA19-9 が一時は500台に到達した、あの虫垂癌の患者さんです。腫瘍マーカーが激減した話を以前かきました。500台まで上昇したCA19-9 が60台に下がったという話を書きました。この患者さん米村先生の外来も3回目となりまして、そのご報告が届きました。必ず、米村先生の外来の後はご報告を下さるので、こまめに経過を把握させて頂いてます。この患者さん、CA19-9 が500台に達する、尿管狭窄で水腎症になる。。。等、相次いで再発兆候が活発化したにも関わらず、何故か新たな治療を開始する前から腫瘍マーカーが減少傾向となりました。実際に治療(FOLFIRI)が始まると、激減モード突入です。 「新たな治療が始まるぞ、癌と戦うぞ」と自分の体に言い聞かせた時から、癌のヤツがビビり始めたなんてことは、あまりにも非科学的発想ですけどね。で、前回この患者さんの話を書いた後のこと。腎盂炎で高熱が出たそうです。ですから発熱前の休薬期間を含め、約1ヶ月間、抗癌剤治療がストップとなってしまったそうな。にも関わらず。。。更に、腫瘍マーカーは減少。現在は、50台まで下がったとか。で、3回目の米村先生の外来では、再発していると思われる箇所が画像上、極限しているし、場所的に人工肛門にもならずに済むだろうとの見解だったそう。大雑把ながらも、手術予定が立ちました。しかし、腫瘍マーカーは目安に過ぎないと言ってもですね、これほどまで激減する患者さんは、珍しいです。最近では、あの 「やってやるぜぃ」 の虫垂癌の患者さん以来かなぁ。「やってやるぜぃ」 の患者さんは、FOLFOX で激減でした。FOLFIRI での激減例は、私は初めてです。
2014年01月17日
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久しぶりに、あやちゃんママの近況です。(2013年7月3日以来となります)2007年10月に、判明した病気は 「虫垂・高分化型腺癌・腹膜偽粘液腫」です。当時、まだお子さんがいなかったので、妊娠、出産をしてから手術にしましょうとなりました。癌は原発に限らず、大きく分けると「高分化」「低分化」「未分化」に分けられます。こんな風に書くと、「古い」 って言われそうですけどね。今は、「低分化」と「未分化」を敢えて分けなくなったようですから。「高分化」 と 「低分化」 の2種みたいです。治ると癌と言われるのは、一般的に高分化の癌で、実に大人しい癌と言われています。それでも癌は癌ですからね、再発の恐れはあります。あやちゃんママも、2年後に再発してしまいました。この時、ストマとなりQOLの低下を受け入れました。2007年に癌の告知を受けた時は、あやちゃんママは30代前半でした。当時は、ショックや悲観と言うよりも、「私は長く生きられないんだ」って、淡々と思ったと言います。それが思いがけず、出産の機会が与えられました。手術では、子宮も卵巣も切除してしまうので、ラストチャンスだった訳です。そして、「あやちゃん」 が生まれました。もう、娘が可愛くて可愛くてたまりません。こうなると、何が何でも生きなければ元気でいなければです。同時に、与えられた自分の命や、新たに生まれてきてくれた命に感謝の念を忘れてはいけないと、強く心に刻んだのでした。そして月日は流れ、あやちゃんは5歳になりました。今年届いた年賀状には、あやちゃんの写真と、親子3人の写真 ひろりんさんが共に歩んで下さった時間ですと書かれていました。これまでの 「時間」 が目でハッキリ見えました。米村先生に抱っこされて泣いていた赤ん坊が今は、こんなに大きくなって「時間」 が形で見えることに素直に感動というか、感激しました。病気になった時は、影も形も無かったのに、今は、5歳のおしゃまさんです。これまでも何度か、あやちゃんの写真を送ってくれました。中には、パパとの写真もありました。その時のパパは、心労もあったのか痩せておられました。それにしても、今の写真はと言うとぉ・・・あやちゃんも大きくなったけど、パパも随分と大きくなったなぁ。。。って内心思っちゃいましたあったかいお気持ちをありがとうございます。
2014年01月12日
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昨年の12月4日に同タイトル 「やらぬ後悔」 で日記を書いた後に、ご本人からメールが届きました。他界された患者さんの奥さんです。 あの内容、私どものことですよねと。改めて悔やまれる思いが書かれていて、最後に くれぐれも私どものような後悔をする人がないように ご尽力くださいとありました。医療というのは、「やらぬ後悔」 と 「やった後悔」 の積み重ねで発展してきました。双方が存在するからこそ、発展できたとも言えます。誰もが実験台にはなりたくはないけれど、確立された治療法は、過去の多くの患者さん方が、事実上、実験台となってくれたお陰で存在しています。そして、今尚、確立されていない病気や病状があります。だから、治験が存在しています。発展途上の治療法が存在しています。そんな事実から目を反らしてはいけないと思うんです。年末に1年ぶりに、ある患者さんの娘さんからメールが届きました。1年前に、母親(大腸癌・50代)の事で相談メールがありました。術後2年で再発し、再手術となりました。この時、洗浄細胞診陽性なのと、顕著な病状の進行から腹膜播種との診断でした。この時に、娘さんは米村先生の手術をお考えになったのですが、患者さんご本人が、手術によるQOLの低下をどうしても受け入れられず、拒否。あくまでもQOLの低下は、可能性であり、必ずしもではないと伝えても、「万が一でも嫌だ」 と断言されたので、娘さんもセカンドオピニオンを断念。そして1年が経過するにあたり、病状は顕著に進行。抗癌剤治療を駆使するも、効果はいまひとつ。ついに緩和ケアの提案がされるようになった今、どんなQOLの低下があっても構わない、生きたいと言うようになったのだそうです。娘さんからのメールには 本当に考えが甘かったのです 母は、治らないまでも抗癌剤治療で、あと数年は元気を保てると 思っていたのでしょう 私も、どこかでそう思っていました 何より、母がQOLを落とすくらいなら、死んだ方がマシ とまで言い切ったので、そこまで言うならと私も引き下がったのです でも、本当に母も私も甘かったと思いますとありました。当時、手術で起こりうるリスクを正直に伝えました。あくまでも、可能性として。こういったリスクも理解して頂いて、受け入れる必要がありますと。でも、当の患者さんが頑なに拒否されたことで、これはもう致し方ないと、私も思ったのです。何より、ご本人の意思なのですから。ですが、年末に頂いたメールから、娘さん同様に私も何故、もっと強く薦めなかったのだろう、上手く説得できなかったのだろうと思いました。手術を受けたとしても、結果はどうなっていたかはわかりません。でも今、確実にご本人もご家族も 「後悔」 に押し潰されそうになっています。もっと私が上手く伝えられていたなら、もしかしたら、この患者さんも気持ちが動いたかもしれない。。。良好な結果が出るとは限らないけれど、少なくても、今、こんな思いはされなかったのに。。。 母は今、毎日、泣き言ばかりですの言葉から、娘さんの心の傷の深さが伝わってきます。私の心も痛みます。どうか、今、主治医が苦慮しつつ施行している治療法が少しでも、この患者さんに効果を出してくれますように。
2014年01月09日
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今日は、過去に書いた患者さん(60代・男性)の現状報告です。2012年11月に 「娘にせがまれて仕方なく」 と題して書いた患者さんの 「今」 です。過去のブログを見て頂くとわかりますが、簡単に書きますと胃潰瘍から胃癌が判明したのが、2012年5月。地元で胃の部分切除の手術を受けのが、同年7月。この時、胃壁が厚くなっている事がわかったのと同時に、腹膜播種であることも確認されました。ご家族には余命宣告がされました。同年11月に、渋る患者さんを何とかご家族が説得して米村先生のセカンドオピニオン受診。ご本人、「行くだけだぞ」 「話を聞くだけだぞ」 「治療は受けないぞ」と念を押して出向かれました。ところがご本人が、診察室で言った言葉は 米村先生、お願いしますだったものだから、同行した家族は目が点。その後、米村先生の元で腹腔内化学療法を受け、丁度1年前に腹膜切除+術中温熱療法を受けました。術前の治療や、術後の経過は山あり谷あり・・・なんてものではなく山と谷ばっかり・・・だった気がします。術前治療中には、感染症で高熱を出しましたし、食事が全然摂れなかったですし、術後は、腹腔内が化膿してしまって、敗血症になったり。苦労の次に新たな苦労がやってきて術後半年くらいまでは、本当に大変でした。やっと 「普通」 が始まったのは、半年を過ぎてからです。まだ 「普通もどき」 程度でしたけどね。時々、娘さんが、患者さんとお孫さんの写真を送ってくれました。痩せておられるし、目にイマイチ生気が見られなくて、心配していました。それが、術後1年が経過して昨夜届いた年賀メールに添付されていた写真はお顔がふっくらしていて、目にも力が戻っていました。今では、普通に1人前の食事が摂れているようですよ。病気になる前の、出かけると買い物でお財布を空っぽにするクセ もしっかり回復したそうで。。。同時に、奥さんのお小言も復活今、ようやく癌になる前の当たり前だった生活が、全部、戻ってきたようです。もしかしたら、もしかしたら、本当にもしかしたらですが、単に医療データだけで言うならば、今はもう消えてなくなっていても不思議ではない 「命」 が今、しっかり強く逞しく、お孫ちゃんに囲まれてデレデレしつつ、存在しています
2014年01月06日
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新年、あけましておめでとうございます 本年もどうぞ、宜しくお付き合いのほどお願い致します 2014年 ひろりん昨日は富士浅間神社にお参りです年末、年始にかけて、暖かなお心の篭ったメールを頂戴しております。誠にありがとうございます。年末にはご主人が他界されて、7回忌を終えた奥さんから恒例の丹波笹山の黒豆が届きまして、これまた恒例、黒豆を煮ました。最初の年こそは、カタカタで歯が立たないほど固くなってしまって、大失敗折角の高い材料を無駄にしてしまいましたそれで、贈り主に煮方のコツをお聞きしたところ、今時のガスコンロは火力が強いから、電気で煮たらえんちゃうですかねぇ・・・とアドバイスを頂きそれからは毎年、電気で煮ています。失敗はゼロです。 今はねぇ、ブログは拝見していないんですけども、 あの頃、本当に助けていただきましたからねぇ お商売ができているうちしか、送れませんけども それまでは送らせてもらいますと毎年仰います。また、必ず毎年、律儀に年賀メールを下さる胃癌患者さんのご主人がおられます。術後無事5年が過ぎました。当時はお子さんの受験があいまって、心身共にお疲れでしたけど今では、ごくごく普通のご家庭です。それでも当時のご心労を忘れることなく、と言うよりも忘れてはならぬとお心に誓っておられるようで、同時に私を思いだして下さるようです。5年の節目、おめでとうございます。全てをご紹介はできませんが、年末年始は節目の時。ご無沙汰していた方々からのお便りは、私の心を救ってくれます。常々、私自身が多くの方に支えられているのだと感じております。皆々様方に、心より感謝いたします。ありがとう。。本日より、メールの対応を開始しております
2014年01月03日
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