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これは夢である。 深夜、家を出ると赤土がむき出した広場があって、そこには今まで何度も行ったことがあるような気もしたし、始めて来たような気もしていた。自分から少し離れたところに、白い球体が4つ、下に2個、上に2個積み重ねられていた。下の2個の球体の間には、白い木枠のようなものがあって、それは本箱のようにも、何かの動物を閉じ込めている檻のようにも見えた。 これは、娘にも見せてあげた方がいいという気持ちになって、家にあわてて戻り、娘の名前を叫んだ。 元の場所に戻ると、その4個の球体はもう空高く上がっている。月明かりを受けて、暗闇の中に4個の球体がくっきりと見える。気球だったのだ。 すると、娘の声が聞こえてきて「あれが気球のはずはないじゃない。あの中に、入っているもの。」 何を言っているのか、よくわからなかったけれども、何か聞き直すのはうるさがられるように思えて黙っていた。球体と球体の間にある白い木枠のようなものが気になったけれども、娘に聞いても何も教えてくれないと思った。 見る見るうちに4つの球体は空高く上がっていく。それでもそれらの白い球体はくっきり見える。そろそろ娘に話しかける言葉を捜さなければいけないような気がした。そうしないと娘がどこかに行ってしまう。そんな思いに駆られた。 その時、わたしはぐきりとした。娘はもういないのではないか。 周囲を見回したのだけれども、娘はいない。そもそも娘をずっと見ていないような気がする。家で娘に呼びかけて、わたしについて外に出てきたように思っていたけれども、わたしは後ろを振り返らなかったから、娘を見ていない。唯一、娘が発した言葉だけが、娘の存在を裏付けるものだった。「あれが気球のはずはないじゃない。あの中に、入っているもの。」わたしは慌てて夜の空を見上げ、あの球体を探した。随分と小さくなったが、まだ、夜空にくっきりと見えている。 これは夢なのであって、眼が覚めればわたしの家の周りには赤土の広場はなく、4つの白い球体や木枠などあるはずもない。 闇の濃度が急速に薄くなってきている。ぼんやりと白くなり、いつの間にか周囲が見えない。朝がやってきたのかもしれないし、もしかすると、白い球体の中にいるのかもしれない。わたしは眼を見開き、手を伸ばし、娘を探している。夢が醒める前に娘を探し出さなければ、もう2度と娘に会えないような気がする。 わたしはもがいている。消えかけている夢をなんとか繋ぎとめようとしている。夢が醒めると娘がいないことをわたしは知っているからだ。
Apr 26, 2009
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明日、絵を見に行くのだが、心配しているのは、自転車で無事その会場に到着できるかということと、例の透明な魚が悪さをしないかということだ。 透明な魚は空中を泳ぐ。わたしのポケットに隠れて移動する場合も多いようだが、天気の良い日などはわたしの自転車についてくる。胸鰭をぱたぱたさせながら、わたしの背中のすぐ後ろを泳いでいるようなのだ。わたしが急に振り返っても、泳ぐ姿を見られたくないのか、すぐに隠れてしまう。 それでも、その魚とわたしの相性は良いようで、わたしはいつもその魚の存在を身近に感じている。 透明な魚は予想以上に邪悪な存在なのかもしれない。そんなことを思ったのは、地方の県立美術館で絵を見ていた時である。 そこには正面を向いた寂しげな女性の肖像画があった。透明な魚がわたしの眼の前にひょいと現われると突然その肖像画に向かっていく。あっと思ったときには、透明な魚は肖像画の女性の右眼のあたりに噛み付いている。噛み付いたまま、尾を大きく2,3度振り上げ、それはまるでその絵の女性の眼球をほじくりだそうとしているように見えた。でも、その時間はすごく短くて、すぐに透明な魚は見えなくなってしまった。残された肖像画を見ると、幸いにも女性の右眼は残っていたが、血が少しだけその眼から流れている。 その肖像画は有名な画家のものではないだろう。その地域の文化祭の一環として絵画の展示会が行われており、その中の1作だ。わたしには絵のことは良くわからないけれども、この女性の肖像画にはこの画家の思いが本当に込められているように見えた。女性の寂しそうな表情は人々に語るものを持っている。この作者はけっして画家として恵まれた環境にいるとは思われない。それでもこの画家には強い感情があってこの絵を完成させたに違いない。描かれた女性に何らかの不幸があったことを予見させるが、これを描いた人物はこれを描くことによってこの不幸に必死に耐えたのだ。この展示会場には数百の絵画が展示されていたけれども、絵を描く技術の巧拙を超えて、ある思念を発散させていると言う点においては、この肖像画は図抜けていたように思う。だからこそ、透明な魚がこの肖像画を襲ったのだ。 初めてその肖像画を見た人々は元々そのように描かれた絵と思うかもしれない。ただ、右眼から涙のような血が流れているのを作者が見たら、どう思うだろう。まったく根拠のない考えだけれども、この孤高の画家にも身近に透明な魚がいて、「ああ、これは透明な魚にやられたのにちがいない。」と気づくような気もする。 明日の絵画の展示会で、透明な魚が愚挙に及ばないように祈っている。 しかし、正直なところこの透明な魚がもっと獰猛になってほしいような気持ちもある。周囲の人々の存在そのものを不愉快と感じるようなとき、人々の視線で押し潰されていくような張り詰めた状況があるとき、この透明な魚が現われ、そんな人々の喉笛にでも喰らいついてほしいように感じるのも確かだ。
Apr 19, 2009
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親切な老人だと思った。 幼い女の子が持っていた、棒についた小さな風船が風で棒ごと吹き飛ばされたとき、その老人は小走りにその方向に向かい風船を拾い上げた。 老人が風船を少女に渡そうとする行為を途中でやめて、「お嬢さんがこれを持っていたら、また風で飛ばされちゃうぞ。おかあさんに持ってもらったらどうだい。」 少女は「うん。」と頷くし、そばにいたおかあさんらしき女性は「ありがとうございます。」といって風船を受け取るために手を伸ばしたから、これでこの小さな事件は無事に終わったとわたしは思った。 そこに少し強い風が吹いてきて、少女がよろめき後ずさりする。おかあさんが風船を受け取ったちょうどその時、さらに強い風が吹いてきて、棒に結ばれた風船がほぼ真横に流れる。もちろんお母さんはしっかりと棒を持っていて、風船はくるくると回りながらももう逃げていかない。 おかあさんの少し後ろに少女はいたけれども、強い風が吹いてくるとあっという間に少女の小さな足は地上を離れ、くるくると回りながらに大空に吹き飛ばされていくではないか。見ていたわたしは声もでない。 風船を拾った老人は気がついたようで、目つきが一瞬変わったように見えたが、特に騒ぎはしない。風船を受け取った女性は、あたりを見回して子供を捜している。「子供がいないわ。」 老人の顔には、いたずらを見つけられた子供のようなややとまどいの表情が浮かんでいる。でもすぐに柔和な口調で「子供というのはあっという間に去っていくものなんだよ。」 その言葉が女性に届いたかどうか、わたしにはわからない。というのは、その老人が話し終わる間もなく、その老人がぼろぼろと崩れ出し、折から吹き付ける風で砂塵のように吹き飛ばされていったからだ。女性もそれをきょとんとして見ている。 女性は周囲に自分の子供がいないかしばらく探していたが、やがてあきらめてその場を立ち去っていく。老人のことなどすっかり忘れているにちがいない。それでも彼女は風船のぶら下がった棒を片手でしっかりつかんでいる。 「また、どこかできっと会えるんだわ。」彼女はそうつぶやくと、子供のいないことが当然であるかのように振舞い、彼女は近くのスーパーに向かって歩を進めていく。スーパーの入り口で積み上げられているプラスチックの黄色の四角いかごをいつものようにひとつ取ると、スーパーの中にすたすたと入っていった。わたしがずっと彼女を追跡していたことを彼女は気づいていない。 わたしはようやく理解した。アメリカの大学に行った息子がなぜ消息を絶ってしまったのかを。息子も、わたしでは追えない大空に、大きな世界に飛んで行ったのだ。そして、今、わたしは空中を砂塵の一粒として漂っているということを。
Apr 12, 2009
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夜、宅急便が届いたのである。 娘もそれに気づいたようで、部屋から出てきた。わたしは既に寝巻きに着替えていたので、娘に取りにでるように促した。そんなときに、ふと、感じたのである。「息子が運ばれてきたのにちがいない。」と。 娘が受け取ったのは間違いがないのだけれども、それがなんだったか、娘は何も言いもしないで部屋に戻っていく。玄関口に荷物が在って、それに触ろうとすると、「それ、おかあさんの。」と娘が言う。 海外からの荷物で、送信者ははっきりしなかったが、宛先は確かにわたしの妻宛だった。 息子は遠くの国に行っていた。遠くの国の大学に行くと自分で決めて、出かけていき、その土地で生活していた。小さな時の弱虫な息子からは決して想像もできないような堅い意志と行動だった。わたしをまったく頼りにしないという意味で、息子の成長に驚いたし、寂しくもあった。息子は大学が長期の休みになると家に戻ってきたけれども、息子は帰宅するたびに精神的にも、肉体的にも成長しますますわたしから離れていくように思えた。 宅急便の中には息子が隠れていると思った。少なくとも息子の一部が潜んでいると思った。 宅急便で送られてきた箱をわたしは開けることはなかったけれども、その日の内に家内が開封したに違いなかった。 深夜、冷たい布団の中にもぐりこんで天井を見上げると、その空気の中に息子がいるような気がした。幼い頃、息子をいくつものスポーツ教室に通わせたけれども、結局、どれもそれほど好きになれなくて、親が言うから仕方なしに通っていたが、素直を言えば素直と言えない事もないが、覇気のない、弱そうな息子の雰囲気がそこに漂っているような気がした。周囲のどんよりした空気に以前の息子を感じた。 妻が箱を開けてみると、箱に敷き詰められていた真っ白い綿の上に「とてもさびしい。」という息子の感情がひっそりと横たわっていたのだそうだ。箱を開くと息子の感情はあたりに流れ出し、妻の気持ちも切なくさせるらしい。 息子からの宅急便は過去にも何回か届いていて、その度に自分だけでこっそりと息子の感情を味わっていた。その感情はしばらくは漂っているが、そのうち家の中で霧散してしまう。 「息子が家の中にいるのではないか。昔の息子の雰囲気を感じるんだ。」 わたしが思い切って尋ねてみると、妻は悪気があったわけではないと言い訳をしながら、ばれてしまったと観念したのか、今までのことを告白した。 息子がなぜたくましくなっていくのかが、わたしにはようやくわかった。弱虫の自分を少しづつ家に送り返していたのだ。
Apr 5, 2009
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