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妻がひき肉を透明なボールの中に入れ、その上に調味料をふりかけて、指でぐちゃぐちゃと練っている。肉団子を作るのか、餃子なのか、わたしは知らない。その音は食べ物を噛むときに口を開けていると出てくる音のようであるが、食事の時にあんな音をたてていたら、いつもの口調で妻がひどく怒るだろう。 わたしは感情の起伏を失っている。夢や希望がない代わりに、絶望もない。深海の薄暗い海底に潜み、ものすごい水圧でろくに動けない。しかし、それがそれほど苦痛でもない。そんな感覚だ。不満を漏らす気力も起きなくて、もう何十年、何百年とこの環境にいるような気がする。 そして、いつの間にか、妻の行動がとても冷静に眺められるようになっている。 家内がぐちゃぐちゃやっているひき肉の中にわたしが入っている。毎日、朝御飯と晩御飯を家族のために作り、まだ、これから何十年と作り続けていくのだが、ともあれ、妻はそのプログラムが組み込まれたロボットのようにそれをやり遂げるだろう。自分の決めたことを恐ろしいほどの執念を持って、妻はやり続ける。そういう女だ。 そして、その食事作りの時々にひき肉が使われるときに、わたしの冷凍された肉を混ぜるわけだ。 手術中はわたしに麻酔がかかっていたのは間違いない。それにもかかわらず、わたしの意識の一部は覚醒していた。そしてこの意識が知覚していたのである。 わたしの肺の4分の1ぐらいが切除され、取り出されたのである。それは小さなバケツの中に入れられ、手術に立ち会った若い医者が妻に見せたのである。すると妻は医師と打ち合わせができていたかのように、日頃は漬物が入っているプラスティックの容器とスプーンを取り出すと、レバーのようにも見える切除された肺をスプーンですくってその容器に入れ始めるではないか。 医師が何かを妻に言った。 医師の声はとても小さくて、わたしの意識はそれを正確には捕らえられなかったが、「冷凍しておけば、いくらでももちます。」と言ったような気がする。 わたしの手術が成功したのかどうかわたしは知らない。手術の次の日、妻は保育園に預けていた子供を引き取るように現われ、何事もなかったかのようにわたしの荷物を片付け始める。「さあ、帰りましょう。」とつぶやくように言った。 抑揚のない日々が再び始まって、それに抗議するかのように、妻がときどき台所でぐちゃぐちゃとわたしを食べ物の中に混ぜている。
Feb 22, 2009
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所詮、わたしは、その他大勢として、そのうちこの世の中から消えていく。 自分の人生の終焉が迫っても、抵抗する気力すら失い、「物体に戻れる」とつぶやき、むしろ存在しなくなることをごく自然に受け入れるようになるかもしれない。多くの人々がそうであったにちがいなく、その意味においてもわたしはその他大勢のひとりのはずだった。 その他大勢から突き抜けている人々を妬み、それが這い上がる気力に繋がればよかった。何の行動にも発展することなく、自分の内面でその妬みを増幅していく。その粘質な気持ちがさらに絡み合い、自分がそれに囚われていく。 その他大勢の中に紛れ込んでいると胸をなでおろしている内はまだよかった。 この人生の大部分を過ごしたサラリーマン生活において、うまくこのシステムに適応できなくて、結局、ろくに昇進もできなくて、「ああ、おれはその他大勢ではなくて、その他大勢にすら見下される存在だったのか。」 そんなことにサラリーマン生活の終着に近くなってようやく気がついて、夜の地下鉄の中の人々を呆然と眺めている。座席に座っているのだが、くつろいだ気分にはなれなかった。 そんな時に会社の図書室から借りた本をかばんから取り出して、ぱらぱらめくると前に借りた人の図書貸出し票がでてきた。それには、会社名は明示してないが、返却予定日と借りた人の名前と社員番号が記載されている。同じ会社の社員と言えどもわたしには見知らぬ女性だった。 わたしには彼女こそはその他大勢に属する人のように思えた。彼女はわたしの存在を知っていて、わたしをせせら笑っている人々の一人かもしれなかった。 その他大勢のグループの中にいて安穏と彼女が生活していることは許せなかった。そこから引きずり下ろしてやりたかった。その図書貸出し票に記載されている個人名を誰かが悪用して、彼女が何かの犯罪の被害者にでもなればいいと思った。自分よりも不幸な人間をわたしは求めた。感情が高揚した。 列車がいつもの降車駅に到着すると、わたしは立ち上がり、その彼女の名の記された図書貸出し票を自分の座っていた席にいかにも目に付くように置くと、2度と振り返ることなく列車から降りた。 大通りから外れた自宅に向かう道は薄暗く、わたしは暗澹として夜の闇の中に溶けていった。
Feb 15, 2009
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息子が家内と一緒に出かけていって、とても大きな真っ赤なトランクを買ってきたのである。息子は9月になるとアメリカに留学するので、そのために必要らしい。3食すべてが完備された大学の寮に入るのだけれども、やはり持って行きたいものが沢山あるという。真っ赤だということは空港の荷物置き場で目立ち安くていいとも思えたし、大学生の男が持つにはどうかなという思いも交錯した。その赤色は強く輝いて見えたけれども、情熱という前向きの感情よりは破壊や破滅を予告するような力をわたしは感じた。 息子の通う大学はアメリカでも東海岸の北の方に位置するので冬はとても寒いと聞いた。向こうに行ってその地域に適した防寒具を買うと言っていたが、やはり日本からも衣服はかなり持っていくようだ。衣服だけでその真っ赤なトランクはほぼいっぱいになってしまうかもしれない。ただ、衣服ばかりだけではないようで、息子はとても大切なものを持っていくのに必要なんだとそんな言い方をした。 家内も息子と一緒にアメリカに行って1週間ばかり滞在してくると言い出す。やはりどんなところで息子が生活するのか、自分で見てみないと不安だと、日頃はろくにわたしには口をきかない家内が主張する。こんなことで、少しは家内が変わってくれないかと期待しながら、わたしは家内を送り出す。「家に娘とあんただけにするのも不安だけれども。」と、家内は付け加えることを忘れない。 アメリカ行きの飛行機が出るのは昼頃で、空港に向かう時間は通勤ラッシュなので、大きな真っ赤なトランクは宅急便で前日のうちに空港に送りだすという。 そして、ふっと気づくとわたしは馬鹿に小さな場所に閉じ込められている。それが例の真っ赤なトランクの中であると気づくのにそれほど時間はかからない。息子の言っていたとても大切なものとはわたしのことなのかと苦笑いしながら。ただ、今この真っ赤なトランクを押しているのは家内だ。 トランクの外側は真っ赤なプラスティックでてかてかと光っているのだろう。その内側にわたしがいて、息苦しい上にべとべとしている。血糊というのはこういうのを言うんだなと、自分の腹部のあたりがばかにどくんどくんとしているのに、わたしは奇妙なぐらいに落ち着いていて、自分の意識が薄れてくるのを待っている。 もう、それほど苦しむことはないだろう。
Feb 8, 2009
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Is this an apple, too? その時は「これもりんごですか?」なんて文章をどんな時に使うのかなどと考えもせず、英語の試験前だということで彼女はひたすらその英文を覚えた。 彼女は家庭の事情があって、高校へ進学できなかった。彼女の成績が優秀であっただけに、その事実は彼女をずいぶん苦しめたけれども、兄弟のために働かなければいけなかったので、学業をあきらめざるを得なかった。 ただ、りんごを食べるとなぜかこの英文を思い出した。りんごかどうかわからなくて誰かに聞くような人がいるとは思えなかった。 役にたたないようなことを一生懸命学んでいたのかと思うと時間を無駄にしたような気がした。同時に、そんなことに時間を潰せる裕福な人々が羨ましくも思った。 彼女の苦労が報われるためには、何十年という月日を要したが、ともあれ彼女はやさしい夫と子供に恵まれ、お金を貯めて家族旅行に行けるほどになった。日本語が通じないので、海外旅行は最初は気が進まなかったが、夫の強い希望に押し切られた。 ホテルに泊まると、朝食はバイキング方式であった。デザートも各種用意されていて、りんごもあった。その隣に形がりんごに似ている緑色の果実が置いてあった。手でその果実を触るとその肉質はりんごとは異なるような気がした。 その時である。近づいてきたウエイトレスに向かって、彼女の口から自然とでてきたのである、”Is this an apple, too?”と。#95
Feb 1, 2009
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