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わたしは硝子細工の蚊として無限に生きるような気がする。少しは硝子が風化して透明度が落ちてわたしは薄汚くなるかもしれない。それでも無機物質の輝きと冷たさを保ってわたしは生き続ける。 でも誤解してはいけない。それは喜びではない。いくら疲れていてもどうしても眠りに落ちることができないような焦燥感に近い。 ましてや、わたしの活動範囲はこの昼間でも薄暗いこの家の中に限定されている。もちろん、わたしが限定しているわけはない。外に出られないのだ。いつもこの家では窓も戸も固く閉ざされ、カーテンが引かれている。ここに住む人が直射日光が嫌いなようだ。わたしは今ではすっかり見慣れてしまった暗い部屋の中を飛翔することができるだけだ。 無限の時間の中で、空間が引き裂かれることがある。 台所を周回していると、まな板の上に一本のナイフが置かれているのを見つけた。その刃先は恐ろしく研がれている。昔はよく行われていたように、ここに住む年老いた女が長い時間をかけて砥石で研いだにちがいない。金属と砥石がすれるあのシャリシャリという音を響かせて、あの女が何時間もかけて研いだのだろう。わたしはその研ぐ音がとても嫌いだ。感覚的に不愉快な音というものがあるが、その類だ。あまりの不愉快さで背筋がぶるぶると震えてくるぐらいだ。そんな音を聞きながら、誰に語ることもなくあの女は刃先を研ぎ続けていた。 砥石にナイフの刃先をひとこすりする度に、女の夢や希望がそぎ落とされ、代わりに日々の不安や憂鬱が女の心の中に蓄積していく。わたしにはそう見えた。 しかし、今まな板の上にあるナイフの刃先はどうだ。その鋭利さは女の蓄積された感情を超越した。その時の女の感情がいかに陰鬱なものであったとしても、その感情の性質を無視して、物質としてのナイフはそのエネルギーを吸収して輝いている。 ナイフの刃の先端は極めて薄く研ぎ澄まされ 静止しているそのナイフの先端は確かにあたりの空間を緊張させていた。その刃先に直接触れなくても、近づくだけでも危険な気がした。近づくだけで刃先に引き込まれると思った。高層ビルの頂上付近から真下を見たときに、広大な地表に引っ張られるような感覚に近く、それでいてその吸引する力はそれよりも遙かに強力で集中していた。 その力に冷静にわたしは対処することができなかった。硝子細工のわたしの体が強い引力によって、ナイフの刃先に引き込まれていく。幸いなことにナイフはまな板の上に寝かせて置かれていたから、その刃面の上に着地することができた。もしも刃先と真っ向から対峙していれば、わたしは引き寄せられ、羽ばたく硝子の羽の一部、もしくは精巧な細工の足が、運が悪ければ、太くて透明な血管が走る胴体が真っ二つに切断されていたにちがいない。 刃面にいて、わたしは濃い血の臭いを感じた。このナイフは使われたのだ。ある肉塊をそれこそ滑らかに切断し、そのときに大量の血しぶきを浴びたのに違いない。使用後すらもなお、このナイフはそのときの血で曇ることもなくその威厳を保ち、あたりの空間に切り込んでいた。空間を切断しているだけではなく、時間すらもその切り込みによって連続性を失っていたのである。 もはや、この家のカーテンは引かれたままで、窓ガラスが、そして玄関のドアすらも開かれることがなく、硝子細工の蚊としてのわたしはこの家に永遠に閉じ込められることになるだろう。 台所の床に人が横たわっている。ある種の凶気が封じ込められたこのナイフの刃面の上にわたしが静止してから、随分と時間が経ったに違いない。何時間かもしれないし、何日、何ヶ月、もしかすると年の単位かもしれない。それでも、無機質としての硝子細工の蚊とナイフの刃先は存在し続けており、台所に横たわった人は、もはや、ぴくりとも動かない。
Jul 26, 2009
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硝子細工の蚊は存在する。それは確かなことだ。なぜならわたしがその硝子細工の蚊だからだ。 朝、ふっと気づいたら蚊だったような気がするが、もう随分と長い間、この硝子細工の蚊だったような気がして、いつからこのわたしが硝子細工の蚊だったのかはっきりとは思い出せない。 硝子細工の蚊と言えども蚊である。だから、深夜、わたしは人間を求めて飛び立つ。腹の部分も中空の透明な堅い硝子でできているから、吸血するとその人間の血が腹の中に溜まっていき、腹が赤く染まっていくのが、わたしにもわかる。ぷくりと膨らんだ透明な腹の中でゆらゆらと赤い血が揺れる。 血が少しずつ腹の中に溜まっていく。それは単純に空腹感が満たされていく喜びだけではない。人を刺す。弾力ある人間の皮膚に細長い硝子の口を突き刺すのである。他者の肉体への侵入である。その肉塊の柔らかい抵抗はわたしを歓喜させる。 吸血している時に人に気づかれる可能性を小さくするために、一度に大量の血を吸わないようにしている。しかし、吸血している時間がいくら短くても、気づかれる場合がある。するとその人が女と言えども、その風貌からは予想もつかぬ速さで女の掌がわたしめがけてやってくる。吸血する針が皮膚から抜けていれば、まず助かる。その掌の引き起こす風圧で、その掌がわたしに到達する前にわたしが吹き飛ばされるからだ。そのときのスリル、緊張感がたまらない。その一撃をまともに受ければ、わたしは破滅する。わたしは完璧に破壊される。吸血する時の歓喜に近い感情と存在を無にするほどの恐怖との大きなギャップがわたしをぞくぞくさせる。 硝子細工の羽がわたしはとても好きだ。羽と羽が擦れ合うことがある。そんなときシャリシャリという音がするのだが、あたかも周囲の空気が奏でているように感じられてわたしはうっとりする。しばらく飛ぶと自分のエネルギーが消費されてくることがわかる。腹の中に溜められた血液がすこしずつ減ってくる。飛び疲れて、とは言ってもわたしは或る家の中にいるだけで、部屋から部屋に移動しているのに過ぎないのだけれども、近くの白い壁なり、机や椅子の脚にとまる。 自分の繊細な足も素晴らしい。透明なガラス棒が組み合わされていて、その先端のとても細かい繊毛までもが硝子細工とはとても思えない。 誰がわたしを作ったのだろう。これは神ではない。仮に神がわたしだけこれだけ精密に美しく作ったとなると、他の生物に対して不公平になると考えるにちがいない。神とは正反対のものすごく邪悪な存在がわたしを作ったのに違いない。そのためなのであろう。わたしは生と死の間を自由に行き来できる。 わたしが体を休めているときはわたしは生きていない。周囲の光を受けてきらきらと輝く、無機な物質としての硝子に変わる。このときの不安、焦燥、絶望を感じない存在を、生としての硝子細工の蚊として存在しているときと同様にわたしは愛している。 どういう衝動でわたしの生と死は切り替わるのであろう。木製の本棚の側面にとまっていたわたしは突然かっと眼を見開き、飛行を始める、その家に住む老いた女性を目指して。その女性は不幸だ。わたしには良くわかる。夫は行方不明になり、それから何年かして子供は成長して家からでていき、もはや新しい生活はなく、憂鬱の漂うようなこの家の中で明日を待つ意欲もなく、ただ生きている。 その女の血を、何度かに分けて透明な硝子の腹が一杯になるまで吸うのである。これはほとんど毎晩行われる儀式に近い。 わたしはこのような日常に不満があるわけではない。それにもかかわらず、腹部が満杯になり真っ赤に染まったことを実感して女の体から飛び出そうとするとき、わたしは漠然とした恐れを感じる。それは、わたしを叩き潰そうとする女の手に対する恐怖ではなく、その女から吸血するときに血液以外のものも吸い込み、わたしの硝子の腹に入って血液から噴出してきていつかわたしの腹を内側から破裂させるのではないかという根拠のない漠然とした恐れである。 わたしはいつか破裂する。自分の内側から破裂する。わたしは女の体から飛び出そうとするとき、必ず抱くその思いを振り切る気力がいる。しかし、その思いはわたしに執着し、いつまでわたしにそれを断ち切る気力が続くのか、わたしにはわからない。 わたしの精神力が弱まっているのだろうか。ときどきわたしは自分が破裂する瞬間を夢想する。赤い血で満たされた透明な腹部にかすかな亀裂が走る。ピシッと音がして、この宝石のような硝子細工のすべての部分に細かいひびが入って瞬時に崩壊する。その瞬間がいかに印象的なものか、わたしは何度も想起する。そのときわたしは生をついに失ったとして悲しむのだろうか、それとももう再び生に戻らなくてよい安堵に包まれるのだろうか。 この老いた女は誰かを恨んでいるのかもしれない。その女の血液にまで彼女の暗い感情が忍びこんでいる。おそらくそれが硝子細工の蚊であるわたしを破裂させるのであろう。 ふとわたしは思い当たる。わたしが硝子細工の蚊になる前にも生があったとしたら、もしかすると、わたしはこの女の夫だったかもしれない。
Jul 19, 2009
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シュロッサー家の娘がまた家を飛び出そうとしているが、周囲は比較的冷静だ。数日すれば、必ず彼女は息をはあはあと弾ませながら帰ってくるからだ。彼女はなにしろシュロッサー家の娘なのだ。巨体のジムと寝た。お互いこんなもんかなと思いながら、60%ぐらい満足して、抱いたり抱かれたりした。シュロッサー家の娘は、巨体のジムの胴回りが大きすぎると思い、巨体のジムは彼女のお尻が大きすぎると思った。でも、どちらもその軽い失望感をあえぎ声で隠した。もうすっかり巨体のジムの肌に彼女が飽きてしまったときに、シュロッサー家の娘は、ベッドでくすりと笑った。ジムが酒を飲んで酔っ払い、隣の席の男とけんかをしようとたちあがったときのことを思い出して。相手の男が立ち上げると、巨体のジムも立ち上がった。まわりの人々が止めてくれることを期待しながら。シュロッサー家の娘は、ベッドを出てひとりになった時、顔をあからめた。巨体のジムが性器をズボンから出して、車の屋根に飛び乗ったことを思い出して。ビールを飲みすぎてすっかり酔っ払い、車の屋根から降りると、今度は小便を勢いよくほとばしらせて、歩き出した。夜の薄暗がりだと言うのに、小便をたらした跡がよくわかったと馬鹿なジムが言っていた。シュロッサー家の娘はやがて巨体のジムと結婚するだろう。それがお互いによくわかっていた。#103
Jul 12, 2009
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「空にもお魚がいるよ。」話しても、歩いても、転んでも、どんな仕草をしても可愛い年頃があって、そんな年の男の子が空を指差して言う。「そうかい。」 ちらっとその声に引かれて父親である男はその方向を見るが、初めからそんな話を信用していない。それよりは、自分の浮きに動きがないかの方がはるかに気にかかる。浮きが急に水中に引き込まれる。男が反射的に竿を上に上げる。釣竿がJの字のように一瞬大きく曲がり、遅れて浮きと針が空中に飛び出すが、針には何もかかっていない。餌もない。「ちぇっ。」 もうこれで3度目である。川の流れが部分的に速くなる場所があり、そこに浮きが行くと水中に引き込まれる場合がある。単なる水流のいたずらなのか、魚がいて餌を取ろうとしているのか、男には判断がつかない。ともあれ、男はそちらに気を取られている。そんなこともあって、子供が何を言っていようが、まともに聞く気がない。 退屈しないようにと、子供にも浮きと釣り針のついた小さな竿を持たせているが、やはり小さな子供の関心は長続きしない。 やがて、子供はその竿を振り回し始める。「おい。竿を振り回すのはやめろ。」 男は再び釣りの仕掛けを川の流れに放り込むと、浮きを眼で追いかけながら、視野の隅に子供を捉えて注意する。 釣り場のすぐそばに自動車が2車線分とその両側に歩道がある、その地域ではかなり大きな橋がある。休日ということもあって、車の通りは少ない。まったく車が通らないこともある。ちょうどそんな時なのであろう。子供の声が聞こえなくなり、やがて男は川のせせらぎの音で包まれた。浮きは今度はぴくりとも動かない。緊張感が薄れてくると、思念が日常に伸びていく。明日の会社のことに気持ちが奪われていく。すっかり昇進から取り残されて年下の上司にぺこぺこしている自分が哀れだ。しかも人生の大部分を会社に尽くして、この有様だ。定年までずっとこの惨めな姿をさらしていくのかと思うと気も重くなる。子供の存在が自分を支えていくと信じたい。「そう言えば、息子はどこにいったのだろう。」内面でくすんでいた意識が外に向かう。「子供はどこにいった?」投げた視線の先に流されていく釣竿がある。男は川辺に沿って、下流に走る。釣竿のある方向に走る。息子の姿は見えない。「おとうさん。空にもお魚がいるよ。」息子の声を聞いたような気がした。走り続けながらも、ちらっと空を見た。夏の白い雲と雲の間に青い空が見えた。そこに確かに男は巨大な透明な魚を見た。胃袋のあたりが透けて見えた。小さな子供のようなものがうごめいているのが見えた。「それでどうしたんだい。」わたしが父に尋ねると、彼は静かに答えた。「もちろん、戦った。世の中にはどうしても失ってはいけないものがある。」「戦った?」「ぼくは走りに走った。その透明な魚を追って。やはり、子供を飲み込んだばかりで自由に体が動かなかったのだろう。そのうち、地上すれすれによたよたと泳ぎだしたから、ぼくは飛びかかったんだ。そのおかげで、お前は今も生きている。」「そんな馬鹿な。」わたしは笑った。父のいつもの冗談だと思った。父は話を続けて「しかし、助け出すのに時間がかかって、やはり透明な魚に飲み込まれて胃液の影響が出たのだろう。お前の手や顔に少しまだらな模様があるのはそのためだ。」わたしがなんとも言えず困惑していると、今度は「ふふっ」と父が笑い出した。しかし、わたしは父が何かをごまかしていると思った。
Jul 5, 2009
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