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何日も泣き続けた後に、相手の男に復讐しようと思った。わたしは先端の鋭利なものを好むようになった。丸められた机の角や椅子の背もたれの円形が不愉快だった。あたりの空間さえも切りさいているように感じられる、刃先が職人の技術で磨き上げられたナイフをわたしは購入した。いつもハンドバッグの中にそのナイフを忍び込ませている。 男の顔写真を切り刻んだ。写真の男の顔を斜めに切る、最初の一筋にわたしは力を込めた。写真を切るだけでなく、その下の透明なビニールのカッターマットにも白い切り傷の線ができた。そのビニールのマットに深く食い込めば食い込むほど、男にダメージを与えているような気がした。 それがいかに馬鹿馬鹿しい行為であるかは、もちろん理解していたけれども、そうせざるを得なかった。恨みや屈辱感をどこかにぶつけなければわたしは存在しえなかった。 こういう感情がわたしに幻覚を見させるのだろう。 わたしには透明な魚が見える。透明な魚が空中を泳いでいるのが見える。しかも、その透明な魚が悩み苦しんでいることすら、感じられる。その魚は男を食べる。男を食べなければ透明な魚は生きて行けない。それで悩んでいる。空中を自由に飛べることは未来への飛翔に繋がらない。透明な魚にとっては、男を食べるために宙を泳ぎ続けなければならないことがつらくてたまらない。 今日もわたしはふたりの男が透明な魚に食べられるのを見た。一度、透明な魚が男の頭を咥え込んだら、男のすべてを食べ尽くさなければいけない。頭の欠けた男が通りを歩いていてはいけない。頭と胴体が食われて、手足が2本ずつ路上に転がっていてはいけない。わたしの幻覚の中でもある秩序は保たれている。 透明な魚に喰われるどの男も寂しそうな眼をしている。透明な魚も本能的に弱そうな男を狙っている。しかし、そんな男で胃袋を満たすと、弱々しくて陰鬱で、胃液でどろどろになったもので気持ちが悪くなる。消化することができなくて、透明な魚は嘔吐する。げぼげぼと胃の中のすべての物を吐き尽くすまで大きな胃を痙攣させている。吐くと気持ちがよくなるが、同時に空腹になる。するとまた男を食べるために透明な魚は宙を泳ぎだす。 何度も同じことを繰り返す。可愛そうに透明な魚は本能的に弱い男しか襲うことができない。 わたしが本当にこの透明な魚に喰ってほしい男は、こんな陰のある男ではない。陽の当たる場所にいるずるがしこい、わたしを惨めなものにしたあの男だ。これがわたしの幻覚なら、なぜあの男を透明な魚は食い殺そうとしないのだろう。 社会は暗い海で、その海の底の方で押しつぶされそうな男を静かに現われた透明な魚が食べていく。そのような弱そうな男にわたしは同情しない。透明な魚は弱い男ばかりを食しているから、強くなれない。自分より強いものに襲われることを恐れ、その不安を忘れるために弱い男を襲っている。弱い男は透明な魚に喰われて当然かもしれない。わたしは透明な魚に襲われた男を見ても決して振り返りはしない。 強い男にわたしは憧れる。わたしにはあの男を忘れることはできない。幻覚の中ですら、透明な魚は決してあの男を襲わない。あの男には生き続けていてほしいのだ。
Jun 27, 2009
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他人の生活を覗きたかったわけではない。 このぐらいの年になれば、とても貧しい人もいれば、おそろしく豊かな人もいることぐらい十分にわかっている。世の中に不公平があることを受け入れなければならない年だ、どうしようもないのだから。 私が恵まれていたのは、自分の最後の職業が建設現場の作業者だったことだ。私は、仲間に頼んで、ホテルの壁の中に塗りこめてもらった。目の位置に、外からはわからないように隙間を作ってもらって、部屋の中が見えるようにしてもらった。 私はもう外に出ることはできないし、食料もほとんどないから、自分の終焉は理解している。 このホテルは超高級というわけではないが、そうひどいわけでもない。社会の中流クラスの人が利用する程度であろう。 自分の部屋を見つけて、どやどやと部屋に入ってきて、ある人はホテルに泊まることがめずらしいのだろうか、とても嬉しそうだし、ある人は部屋をざっと見渡して期待を満たせないのか、少しがっかりした素振りを見せるときもある。 ただ、どんな人もホテルの部屋に入ると、旅先の見知らぬ場所にいるために緊張していたものがふっと緩む。完全にはその部屋に満足していないとしても、自分の空間を得たことで明らかに安心する。 私は壁の中からそれを見ている。その一瞬の人々の和らぎが私にも伝わる。 私は自分が壁の中にいることを後悔していない。私も自分の空間を、誰にも決して侵されることがない空間を、ようやく手に入れることができたから。#102
Jun 21, 2009
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透明な魚3(存在) 自宅から電車で4,5駅のところにある公立の美術館でシュールレアリズム展を見ての帰りだ。その美術館が駅から歩いて20分ぐらいかかる上に、その展覧会で人間の美しくもない内面を見せられたこともあって、すっかりわたしは疲れていた。 高架線の駅のホームでベンチに座って電車を待っている時に、線路を挟んで反対側に並んでいる大きな広告パネルとパネルの間から駅前を沢山の人々が歩いているのが見えた。視線をさらに遠くに投げると、駅前のロータリーを越えて大通りが見え、もう人の顔を識別することができないが、その大通りの歩道をそれこそ蟻の群れのようになって人々が歩いていた。 透明な魚が現われるかもしれないと思った。すると確かにわたしの眼前1メートルぐらいのところに大きな透明な魚が1匹現われ、ぱたぱたと空中を泳いでいく。 わたしには追いかける気力はないが、眼は透明な魚を追っていく。透明な魚はまっすぐに空中を泳ぎ続け、駅の外が見える広告パネルとパネルの間をすり抜けていく。透明な魚はわたしからどんどん遠ざかっていく。 ホームから見下ろすと人々が忙しそうに歩いているが、その頭上を透明な魚が泳いでいく。透明な魚は高架のホームからゆっくりと斜めに降下している。駅前のロータリーを越えて、大通りの歩道あたりまでくると、その飛行の高さは歩いている人々の背の高さと同じくらいである。 透明な魚はロボットのようにぱかっと口を大きく開くと、歩いている人の後ろからその頭を喰わえ込んだ。あっとわたしが叫ぶ間もなく、その人の頭がなくなる。血しぶきが飛んだわけではない、ただ、その人の頭が見えなくなくなったのだ。 それから、あごの関節がもう一段階開いたかのように、透明な魚はその人の肩、胸、腹を飲み込んで見えなくなり、その人の両足だけが地上に突っ立っているように見えた。 一瞬、間があったように感じたが、透明な魚がその人の上半身を咥え、尾を真上にして直立し、その尾を強く一振りすると、その下半身もすべて透明な魚の体内に吸い込まれた。人は完全に見えなくなり、透明な魚が反転して空中に飛び上がったように見えたが、その後はまったく見えなくなった。 人が一人いなくなったというのに、そのあたりに人々のどよめきはなく、大通りの歩道は相変わらず蟻の行列のようになって人々が歩き続けている。 わたしの他に誰も気づかないのだろうか、人間が一人いなくなったというのに。わたしはホームにいる人々を見回した。その時、ホームの白線のすぐ内側に立っていた若い女性が突然わたしの方を振り向いた。彼女のまっすぐな視線をわたしは受けた。彼女はわたしに何かを言いたいのだ。 すると、その女性のすぐ前にあの透明な魚が現われて、わたしの方に向かってくる。見る見るうちにわたしに迫ってくる。 透明な魚の口が大きく開く。わたしは思わず眼を閉じた。 ふっと気づくとやはりわたしはホームにいる。透明な魚が夢であることを願った。 そのときちょうど列車がホームに入ってくる。電車に乗り込もうとするのだが、体が動かない。狭い袋の中に閉じ込められたように身動きができない。全身の皮膚の表面がどろどろしてきたように感じられる。透明な魚の胃袋の中にいると気づくのに時間はかからない。 先ほど透明な魚に飲み込まれて雑踏の一人が消失しても誰も気に留めなかったように、透明な魚の胃液でわたしが完全に溶解されても無視されていくだろう。 ホームに立っていた若い女性がその列車に乗り込む後ろ姿が見える。こちらを振り向いてほしいと思った。彼女には間違いなく透明な魚が見えていると思った。体の表面の溶解が急速に進む中で、わたしの意識はまだしっかりしていて、その若い女性の最後の一瞥ばかりをわたしは待ちわびていた、それがわたしが存在していたことの唯一の証明であるかのように。
Jun 14, 2009
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ここに勝利者として立つために、緊張感に耐えて漕ぎきったのだと少年は納得した。 ボートから降りると彼女がいた。校内の新聞のための写真を取るという名目を借りて、少年の真ん前に彼女がいて、カメラを構えるよりもまず最初に微笑みかけたのである。少年は本当に素直に満面の笑顔で彼女に応えた。 これ以上の会話は要らなかった。何もかもが満たされていて、これ以上に少年が輝くのは無理だったし、これ以上に彼女が喜びを表現することはできなかった。 少年の通う公立高校の伝統の対校ボート戦だった。相手の私立高校とはもう何十年と続いていて、少年がレギュラーとして出場するその対校戦に勝てば、その歴史上、初めてその公立高校が通算成績で勝ち越すという重要な一戦だった。そして、少年は他の4人と力を合わせてその偉業を成し遂げたのだった。 どちらの高校も比較的名の知られた受験校で、そういう意味からすると技術的にはハイレベルな闘いではなかったのかもしれない。それでも、そういう高校なりに厳しい日々のトレーニングがあって、その伝統の一戦のために努力を続けてきたのである。 以前、別の大会で同じ組になって争ったときは少年の高校が大差で勝った。スタートから飛び出すともう勝負が決まった。500メートル地点で既に3艇身ほどの差がつき、ゴールの1000メートルでは既に試合という雰囲気すらなかった。 少年のチームは決して気を抜いていたわけではないけれども、それでも心のどこかに油断したところがあったのかもしれない。スタートと同時に少年の5人乗りのボートがくっと飛び出した。この加速の時点で相手のボートを引き離すはずだった。ところが、その私立高校のボートはスタートの瞬間のタイミングこそ外して出遅れたが、その時の差だけを維持して少年のボートに食らいついてくる。 少年は、ボートの進行方向とは180度反対側に視線を据えて、オールを握る両手とボートを押し出す両足に神経を集中させようとするが、斜め右の視界から消えない相手のボートに明らかに威圧されている。 ゴール近くなって、地力の差がでたのか、その差をわずかに広げたようであったが、コースがあと50メートルも長ければ勝負の行方はどうなっていたかわからない。 今となってみると、少年はその時彼女にもっと誇らしく振舞ってもよかった、自分の肉体と精神の力をもっと誇っても良かったと思った。それぐらいのことは十分に許されるぐらいのことを少年はしたと思った。 そのとき、少年は彼女を抱きしめることはできないとしても、彼女に手を差し出せば良かったのかもしれない。彼女は迷うことなく、少年の片手を包み込むように両手でくるんでくれたかもしれない。それが二人のスタートになる予感があった。 しかし、少年と彼女は最高の瞬間を共有したのにもかかわらず、笑顔で互いに相手の眼を覗き込むことしかしなかった。 最高の瞬間は確かに最高で、それ以上良くなることはなかったのである。 そのときの少年はすっかり老いてしまったけれども、それでも母校の伝統の一戦があるとそのボート場に出かけていく。旧友たちとの親交を確かめることはもちろんとても楽しい。しかし、ボートから降りた地点に佇むとあの瞬間を思い出し、勝利者としての喜びよりは失ったものを思い出す。
Jun 7, 2009
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