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また夕べ地震があって、高松も震度3だったようです。 最近よく聞くようになった論調に、「全てが天災でひっくり返ったら平和ボケしていた日本人は目覚めて悔い改め、もっとよい世の中になるだろう」というのがあります。私は懐疑的です。 これまでも歴史上飢饉だの戦乱だのは絶えませんでしたが、人心にそれ程の変化があったでしょうか?逆に、 「大多数の生き残りはずる賢いワル、我々はワルの子孫」と、中学の英語教師が言っていました。一理あると思います。あまり天災や戦争に教訓を期待すると、起きてしまいそうで怖いわ。 都市が崩壊して実現するのはせいぜい「羅生門」か「北斗の拳」的状況だな。体を鍛えなくちゃ。 「スペースX」って、地球の汚染を見越して火星に移住するプロジェクトの会社がありますが、「世界一旦リセット案」にくらべると大変「前向き」ですね〜 ...ところで宇宙における「前」ってどっちでしたっけ?(キョロキョロ)
2015/02/15
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テロと自殺は似ています。外への暴力がテロや虐待で自分への暴力が自殺です。暴力とは、破壊目的の力の行使です。暴力に美はありません。あるとしたらその美はたぶん倒錯に近いものだと思います。(多くの文学者は倒錯がお好き。) 覚悟の死というものは生物として尋常でないがゆえにある種の誘惑的な気高さを感じるのも無理はありませんが、洗脳や集団催眠で死を肯定するシステムには気をつけたいものです。 ところで、弘法大師は子どもの頃、自分の命とひきかえに世の中を救おうと崖から飛び降りたと言われています。さてどうなったでしょう? 人の死で叶えられることなど、たかがしれています。人の生きている時間でできることのほうが大きい。 また、死んだら苦しみから解放されるという考え方が一般的ですが、「うわー楽になった!死んでよかった!」という死人にあったことないし、自殺はやっぱりやめたほうがいいと思います。
2015/02/09
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最近、思ったことを勇気を出して伝えたら相手にうとましい人と思われ、ほぼ無言のうちに絶縁の意向を示されてしまうケースが続いている。やはり生身の人間に心を開くと(口を開くと)結局は友達いなくなるのだということを久々に思い出した。私に悪意はなく、個人攻撃でもなく、分量と言葉は選んでいるつもりだった。でも「何か本気で言っている人」というだけでもたぶんその人たちは、やだったんだと思う。賢い人たちは誤解しないし、失礼な切り捨てもやらないだろうと思いたかった。でも違った。 だれもコメントや議論なんてほんとはのぞんでなかったのね。お愛想だけでよかったのか。無駄なエネルギーを使ってしまった。 だけど、いいよ。もう。 こうやって一人ぼっちである事実を思い出すことが、ときどき私には必要なんだろう。甘えのない画家であるために。 だけど、世の中には私なんかよりしつこくて言論たれ流しでメーワクな人はたくさんいるよ? なんで私は流してもらえないんだろう。 しかも、仲間と思いたかった人たちに。 居場所なんておおげさなことはいわないけど、私が存在する、思考する、発言する、それが許される場所にいつか流れ着く、そんな希望を持つのはばかげているのだろうか? 私の何が気に障りました? 逆ギレじゃないんだ。本当に知りたい....
2014/12/28
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県のリハビリセンターが主催の運動講座はキホン何年も同じ講座の受講をすることをよしとしないので、今年度、「卒業生」たちで、知的障害を持つティーンのための月いち体操教室、というか運動クラブをつくった。今年はとりあえず昨年度教わっていた先生に引き続き指導していただけるが、その後は未定。でもグループになれば、個人と違ってリハビリセンターの体育館などを予約できるのでその点はよいだろう。自閉傾向、発達障害でも、運動のカンがよい子や、ぺらぺらしゃべったり(しゃべりすぎたり)友達とのかかわりが好きな子もいる(が時に感情過多とか)でも、「あたりまえ」のことがなぜかできなかったりするので、やはり保護者の願いは「基礎訓練」。それはなにか。いやその、体育、ということ以前にも実は問題があって...態度編:1) 指導者に注目する(一対一でなくてもしゃべっている先生の方を気にしたりできる)2)集団から浮かれて走り出ない(その都度連れ戻すのたいへんやっちゅーの)3)うまく行かなくても大暴れしないスキル編:1) 線にあわせて並んだり、列になれる2) 指示を理解し、お手本を真似できる3) 競争だ!というときはぼーっとせずそれらしく頑張るなどなど。継続は力なり、というか、そのうち年齢が助けて改善される項目も多いし、養護学校での経験が助けてくれることもあるのだが、いまだに競争の時でもマイペースであったり、お手本と違うことをやってたりはある。今日はラジオ体操から始まって、スキップ、けんけん走り(コレが大きくなってもできないと親が担いで教えるので大変)リボン取り競争、ボール投げ、ドリブルなどたくさん練習したが、はい、今日、ほめられました!わたしがー。いつも、先生に任せず子供にくっついて教えているので、先生からみるとむっちゃうっとうしい親なんじゃないかと思いながらやっているのだが、今日は、ボール投げやドリブル、ハードル風の走りをこなす哲夫をみて、「基礎運動ができてる!お母さんの教え方がうまい!」と言っていただけた。(涙)いつも、自閉の子供でもイメージしやすいように、知っているコトバや擬音を使ったり、動作を分割して練習することは心がけてきたが、全部自己流は自己流。しかし声かけ10年以上のキャリアを積むと、障害者スポーツ指導の先生にもほめられるようになるのかあ。成果は少しでもあったのだな。そういえば、どっかでよんだ今月の星占いに「今までの努力が報われる時がやってきました」ってあったけど、これ〜!?本業じゃなかったのね。がくっしかし、柔らかいボールを息子がドリブルするのを見ておどろいたのだが、手首の返し、指の当たり方がただごとではない。あたかも太鼓を叩くかのごとく、柔らかく面をなで、かつはじいている。やっぱりこれは、アフリカの太鼓をたたかせなければ。バチやマレットではもったいない。家でおだててたたかせると、やるにつれて結構調子でてきた。「リスム学習」「とんとことん!はいっ」みたいな幼稚園の教え方はかえって有害だと思われる。ほんとにいろんな手の動きがほっとくとでてくるのだ。そして鳴り方が全然違う。ああ、私に才能が、リズム感があったら、一日でもつきあうのだが。太鼓持たせて、パリかニューヨークの地下鉄にたたせたいくらいだ(小銭をお母さんが集めるという意味ではない)がんばれむすこよ。太鼓で口がきけるように!
2014/09/28
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テーブルひまわりも自家製。
2014/09/15
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老婆心から前に書いてしまった「イタいアラフォー」SNSについて。直接言って反感をかう必要もないのだが、「ちゃうやろお!」といっていたことがまだあって...ここはわたしのブログであるので、特定されなければ、70億いる人のうち一人のひとのことをかいてもいいような気がしているのだが、そうでなかったら、謝罪します。でも、一般論としておかしいよ、ほっとけないなあ、と思うことを言っているような気がするの。とっても気になる。それは、彼女が「女は結婚しないと一人前の社会人でないという風潮はおかしい」という主張と、「別に」結婚したくない訳でも子供がほしくないわけでもずっとひとりがいいわけでもないけどおという個人的な心情を結びつけていることである。こんなこと、男女雇用機会均等法のはじめの年に就職した私ならともかく、ずっと若い人がいまさら問題にすることではないとおもうのだ。(そんな風潮まだあんの?)だいたい、結婚だってたいへんな決意と努力で踏み切り、維持して行くたいへんな事業であるのに「別にー」って姿勢はなんだよ。(バツイチの怒)仕事に理想があるんだったら自分の家族計画くらい真剣に理想を設定せんか!確かに「一人前」について、まちがったことを言う人もいる。でも、この世の中でだれが「一人前」だというのだ。「ほー、あんた、結婚して子供いるからって一人前なの」ってききかえしてやれ。(心のなかでね)男の人なんて、もっともっと「一人前」「できる男」意識に苦しんでるし、「身をかためろ」っていわれるし、「男なら」って女にいわれもする(私は女でよかったよ!)さらに、多くの生物とちがって人間は子供をつくっただけでは一人前ではない。「子育て」して「自立」させなきゃいかんのだ。うちなんか自閉の子だから、フツーに自立できる可能性はないので、わたしはいつまでも「だめ母」というわけさ。「結婚したくないわけじゃないけど」ってなこといわず、自分の欲望と早く向き合っておかないと、卵子がどんどん老化してしまうぞ。「仕事の好きな高収入のしかも40近い君が好き!というフリーかつ面食いでない(失礼)私好みの男性と出会いたい!不可能だったらしょうがない!」と腹をくくってはいかが!仕事をするにあたってジェンダーのことで苦しむなら、北欧に行け!さすが地球の裏側、あそこは共働きでないとまともにあつかわれないらしいぞ。(そう、外人と結婚したまえ)そもそも取引先にへんなこといわれるのは、実は君自身が吹っ切れていないのを見透かされているせいだ。なぜか人は無意識に、そういう所をいじってくるもの。風潮に合わせてみよかという気がないなら、ふっきって自分の人生を生きるのだ。「結婚しないの?」ときかれたら、「そろそろしたいな」くらいいっとくと、誰か紹介してもらえるかもしれないぞ。(あ、わたしは全く言われないな。縁談適齢期を過ぎたせいか、奥さんか独身だと思われる)人は誰もが不完全。家事能力についても最近ママ友の人たちが「もう十年以上ご飯作ってるけど、ぜんぜん好きになれないわー!」とか「最近旦那にご飯つくってないなー」とかいってたので、へーあまり気にしない旦那さんも多いんだと思った。あまり世の中や男のせいにするのはフェアじゃないと思う。この地球上で、同性がつまらんことをほざいているのをもうききたくない。これで私の一方的な説教もうちどめ!
2014/09/14
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たいていの女性のことはわたしは「すごいな」と思っている。朗らかだな、細やかだな、にこやかだな、ずぶといな、責任感が強いな、素直だな、まじめだな、大人だな、いじらしいな、色っぽいな、華やかだな。もしかしたら、明日男に生まれ変わっていても結構女に恋ができるかもしれない、なんちゃって。(どんな男になってしまうのか、それはちょっとこわいので遠慮する)苦手なタイプももちろんある。男性を「きー」と取り合う「女前面」のタイプとは、いまだかつてお友達になれたことがない、っていうか、学生時代に2回女子に平手打ちをされたことがあるのだが、なんの心当たりもないし、本人たちも理由をいわなかった。もしかしたら、なんか男子の友達について、誤解があったのかも、と思うこともある。女心がわからなかった。ごめんね。ホルモンのバランスの悪い日だったのか?怒ってはいないけど、そういう女子とは距離を置こう。くわばらくわばら。さて、最近ひょんなことから、もう一種、同性としてたまらなくイタい人を発見してしまった。友達になれるかな、と思って彼女のSNSを見ていたのだが、自分のことを、「よく紅一点あつかいされるんですけど、そんなー」とうれしさ全開で語っており、しかも...いや、これ以上は気持ち悪くなるのでやめておこう。ただ、もてる女と純正美人はこういうことはいわないものだ。ちなみにアラフォー。「うちらOL」といってたけど、わたしの定義ではOLはもっと若い人なので... OLに迷惑するだろう。とてもイタかった。ああ、誰か彼女をとめてくれー!ちやほやされているというのが彼女の幻想なのか本当なのか、取り囲まれている集団の構成人員にもよるとは思うが、喜んだりしないでまじめに婚活しろっていってやれー数年後は誰も残っていないぞ!万が一君のことが気になって、SNSをチェックしてくる男性がもし現れた時のために、まずい書き込みと、誤解を招く写真はぜーんぶ削除しておくのだ。たまたま男とうつった写真をうれしがってアップするなんて、すでにおばさん化(橋本聖子!)しているぞ。なーんて、人の生き方、そしてSNSにあれこれいいたくはない、余計なお世話なのだが、同じ東京の私立4大で、釣り合う出会いや見合いの少ない田舎に帰ってきているという身分が共通しているせいか、みょ、妙におばさん、感情移入してしまいました。こんなわたし、イタいかも! (でも、わたしは「紅一点」にあこがれたことがないのです。男の子にはなりたかったけどね!)
2014/09/13
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昨夜、アーティスト・トークのイベントで、写真家所幸則さんを中心とした「渋谷を撮るチーム」のお話を伺ったのでしたが、トークは海辺の北浜アリー、展示はお山の塩江美術館、ということで、現物をみないまま、ずうずうしく質問などしてしまった私です。すいません、写真好きなので...でも、皆さん快く返してくださって、とても楽しい夜でした。ニューヨークの話、渋谷の話、特に銀座線の話、よかったですね!でというわけで、遅ればせながら、さきほど「人間チケット」(障害者割で二人とも無料)の息子を伴い、塩江美術館で 「TOKYO SHIBUYA LOVERS PHOTOGRAPHERS」を観てきました。駐車場で見つけた所先生は、ちょうど「これから高松空港〜」、と出られるところでしたが、ご挨拶でき、よかったです。ご存知ない方のために書きますと、「塩江」は「高松市」に統合されてはいますが、徳島に向かうお山の中のプチ・プチリゾートです。(はっきり過疎というのもなんだよな)私もユニットバスに温泉(冷泉ですけど)ひいてる別荘のようなちいさなおうちを持っています。英語を公民館で教えてくれといわれて、クラスを持ったこともありますが、少数ながらとてもオープンな子供たちで、統合前に町が英語教育に熱心だったので素地があり、なんだかえーかんじでした。実は私も1999年にこの美術館で個展をやらせていただきました。紅葉がやはり人気のエリアですが、輝いて、夏もいい季節です。(冬はちょっと道凍る)そういう「田舎」で「渋谷」というところに意味があるのでしょうね。展覧会はとてもよかったです。写真展ってもの自体久しぶりに行ったんですが、もうたぶんフレームで横並び、整列!って飾り方はしなくなっているのでしょうね。テーマにもよるけど。所先生のマッシブなユニバースとキャリアのたった一部分でしょうから、いいかげんなことはいえないなあと思うのですが、あっ風、と思ったら人間... 渋谷に住んでいる所先生からすると、渋谷に集まってくるもんは風のようなものかしら、と思いながら観ました。(それともエクトプラズム〜?)でも、いろいろな写真があります。(つまらん言い方)絵画もそうですが、視覚的な訴えに託されているものには、慎重にコトバをふらないといけません。でも、観てコトバを加えるより、だまって影響されておく方がよい作品もありますよね。昨夜写真集を見ながらお話できた、パリ在住の澄毅さんのフレッシュな残酷さと官能はやはりまぶしかったですし、ブルックリン帰りの小島康敬さんのカラーの渋谷、ほとんど人がうつっていない「トミカタウン」のような「物」感のある、しかも端正な作品群にも、違ったユニークな輝きが感じられました。私自身、東京に住んでいたころ渋谷を定期的に「使って」いたので、そういう意味でも感慨深かったのですが、やっぱり写真、好きだなあと思いながら、帰途につきました。香川を撮ったものも後半展示替えで登場するそうなので、もう一度行こうかな、と思っています。
2014/09/07
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好きな人が他の異性と楽しそうにしているのをみたとき、皆さんはどう感じますか?瀬木慎一著「ピカソ」(集英社新書)、短いから忙しくても読めるかな、と図書館でかりたまま、実は2ヶ月経っていた!読んでみると本当にすばらしい文章で、昔の(失礼)美術評論家というのは、品のある文章を書くものだ、と感銘を受けた。「女性の画家」を自認する、ピカソの女性遍歴がどうしても軸にはなってしまうけれど、又聞きの部分はちゃんと明記してあるし、何より、総括評価する責任というもののわかっている文章だ。たくさん知っている人が散漫にならずこんな軸の通ったものを書ける。ピカソの人生について読んだのはこれがはじめてだったが、この本を選んでよかった。これからはピカソについて、フェアであろうと私は思った。そう、実は、私は最近までピカソがかわいそうなやつだと思っていたのだ。「いや、かわいそうなのは、女たち、妻たち(自殺者二人って...)だろう?」と言う人も多いかと思うが、わたしは、ピカソが神の代弁者でなく「人間の男の天才」として一生「解脱」できなかったことをあわれんでいた。女を追い、振り回し、振り回されて、絵を描いて...そりゃ、社会的に発言はしていたが、わたしの考える「理想の」アーチスト像とは、もっとスピリチュアルというか、性別を超越しているような、そんなもんだった。でも、わたしの「理想」がなんだというのだ。ピカソは創作を続けた偉大な実在の画家であり、男だった。画家であろうと、なかろうと、男と女がくっついていろんなことがおこって...それは、どちらかがどちらかをくいつぶしたという話ではなく、「ただただそういうこと」だったのだ。男も女も人生は長く、性愛に正直に生きるには、ものすごいエネルギーがいる。そしてある種の人々は危険だとわかってもそれをせき止めない。わたし自身はといえば、大きな船の底におもり代わりの水が入っているように、だれか一人の異性への愛、できれば報われる種類の愛があってくれた方がのびのびと生きられる(つまり絵が描ける)と思っている種類の人間だと思う。他の人の場合はわからないが、ピカソにしても、別に自分をめぐって女たちが争うのにご満悦という訳ではなく、本当にその都度、「女という訳のわからぬ神の贈り物」に喜び、そして混乱していたのではないか、とわたしは想像する。バカンスに誰を連れて行くかは、毎年頭を悩ませる案件だったろうし、実際「わしには決められん!」とアトリエではちあわせた女たちにはっきり言ってしまったのだから笑える。「決めてよ!」と言われたのにである。女たちは取っ組み合いをすることになったが、死人は出ず、決着はつかなかった。もうそんなの女の贈り主の神様に決めてもらわないと....。そう、聖書では、そもそも女は男への贈り物だった。(それは女性蔑視の根拠にはならない、と私は思う)だが、男も女も人はすべて、異性との出会いと言う、訳のわからん「善意の」贈り物を神から送りつけられて(しかもときどきダブるし!)「どうしたものかね、トリセツないし...」と困惑するもんではないか?では、この、「ピカソ」の中にも記録されている、欺き、嫉妬という恋愛の醜い部分もそうなのか?うーん、それはただの付随現象、だと神の善意を信じる私は思いたい。嫉妬の根源はだいたいは行き過ぎた自己愛だし、嘘は恋人を傷つけないためというのはでたらめで、実は自衛のためにつくのだからやっぱり愛とは関係ない。そんな「贈り物」の中で、複雑な状況のなかでもおそらく嫉妬と不安に耐えて長年関係を続けていたのに、自分から子供を連れて愛人と出て行ったフランソワーズの毅然とした態度に興味をおぼえた。ピカソとの生活について彼女の書いたものに批判もあるそうだが、そんなにひどい暴露本ではないんじゃないだろうか。神様が考えなかったのは、「贈られた側」の心持ちだ。嫉妬で熱いときは奪い合い、取っ組み合いもするだろうが、ふと切り替わって「なんだ、ほかにもいるんじゃん」とか「いつかわたしもお払い箱」と考えたとき、「贈り物」の心は急速冷凍!とちがうやろか、とわたしは思うのである...。愛され続けたいなら、身辺整理も大事だね。さて最後の妻、ジャクリーヌはそういう気持ちにとらわれずしっかりピカソの管理人としてがんばった!とおもいきや、おそらく「燃え尽きちゃって」ピカソの死後に自殺する。(まあ、精神のバランスを崩したんだね)おお、神様、やっぱりこのシステムはすばらしいのか?人間は愛を使いこなせていないぞ...まあ、スポーツに勝ち負けがある、天気に雨、晴れがあるというのと同じで、とかく男女は恥ずかしい。ソレを芸の肥やしにする人もあろうが、私は「天国の絵」を描いてるので、なるべくこの種の世俗の悩みには取り付かれないよう、せいぜい修業にはげむよ。でも、好きな人が他の異性と楽しそうにしていたら?(SNSの世の中だから、ピカソの時代よりそんな事態をよく目撃しそうだ)そうだなあ、あまりの苦しさに、相手も含めて「全削除」かなあ... ってどんだけプライド高いんだ!ああ、愛を使いこなせる人間になりたい...。(涙)
2014/09/04
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いちじくの季節ですね。うちにも木があります。 全粒粉入り生地でちょっとヘルシー? アーモンドプードルのフィリングが定番のようです。 関西旅行中、ふんだんに材料の使われた美しい「キルフェボン」のタルトを見て、カンドー! これはマドレーヌ型ですが、何か集まりでもあればあーいうのを焼いて出したいものです。切るのが大変かな? フルーツって美しい。
2014/09/02
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鴨長明の実家である下鴨神社まで早朝散歩。こちらはその中の美人の湯ならぬ美人神社として有名な、その名も「河合神社」でございます。ダジャレじゃなくて、由緒正しき、玉依媛命(たまよりひめのみこと)のお社です。手鏡の形の絵馬に手持ちのお化粧道具で顔を描くんだとか。朝早すぎて、絵馬は売ってなかった....でも、これが「ビフォア」ということでここにアップしておきます。ご利益はこれからだーそして、その近くにあったこちらの三社、文化財登録申請中ということですが、なにかすごく感じるものがありましたので、撮影しました。糺の森、と言われる住宅地に近いその森自体が、「すご!セントラルパークじゃん!」みたいな街のオアシス的豊かさを感じさせるのですが、ここは神社。見れば見るほど、「しきたり」を超えた、「浄め」にまつわるほとんど呪術的とも言える秘密の配置や儀式がたくさんたくさんあって...こんなん外国人には到底わからんわ!という気がして(あ、わたし一応日本人か)うーん、めまいがしてきます。知識のある外国人の方いらしたらごめんなさい。また、コレだけの大規模で継続的な「浄め」が必要だということは、どれだけ「穢れ」というものが大量で、脅威であるか、容易に想像できます。神社自体は紀元前にすでにお祭りされていたそうですからね。この戦いは古い。これが、「方丈」です。組み立て移動可。長明は「河合神社」を継ぐつもりだったのに反対されて出家した、という経緯からでしょう、河合神社に持って来ています。このあと、京都市美術館で「バルテュス展」を見ました。歴史つながりでいいますと、彼の母親はなんとリルケの恋人で、バルテュスは11歳のとき描いた猫の絵本をリルケに勧められて出版。うーんまたクラクラしてきました...目玉と言われるバルテュスの再現されたアトリエは、ほとんど憑依するかと思うほどでした。イーゼルにかけられたキャンバスの前に立つか立たないかといううちに、鳥肌がたちました。それまで1時間半くらい歩いていたのだけど、これは四国からたとえ徒歩でもあるき遍路のごとくかけつけなくてはいけない種類の展覧会だと思いました。「日本人妻」の話しか知らない人、テレビで画像を見た人、信じちゃいけない。これが本当の巨匠の絵なのです。〜のみこと、という神様も生きていた(る?)し、この画家も生きていた、自分もそして今生きている。事実はすべて横並びということに気づくのが、時の町、京都だなーと思います。
2014/08/31
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正直、大阪らしい美味しいもんって、大阪のどこにあるのでしょう?調理方法はともかく食材がほとんどなんでもフレッシュな田舎に住んでいるせいか、大阪に行ってもなんとなく地価、原価の見える外食しかしたことがないんです。地元の方、失礼ですがディーセントな食べ物ってどこに売ってるんですか?大量、激安でなくてもいいし、高級でなくてもいいのですが。まあ、故中島らも氏がかつてエッセイのネタにするのに事欠かなかった「びっくりするほどまずい店」(業務用レトルトさえださない)のお土地柄なのかもしれませんが。わたしはちなみに「びっくり」したくないです。夏休みさいごのあがき旅、話題のあべのハルカスに息子を連れて行ってやろうと、今日は大阪に向かいました。ほんとはリッチに「オーヴォ」がみたかったけど、当日はむりっ。ツアーかなにかで予約しようかな...「うめだ」でもよかったと思うんだけど、ちょっとした冒険心、はじめて「なんば」でおりました。時間的に息子が飢えていたのでつい呼び込みに誘われ「野菜カフェ」っぽい飲食店に(今どきの健康八百屋隣接よ!)に入ったのですが...注文した後気づきました。まさかの、もろ、混煙!(そんなことばあるのか?)あのねーどんなに有機野菜食べても間接喫煙じゃ台無しでしょ!内装は一応ナチュラルでしたが、しっかりほとんどのテーブルに灰皿がおかれており、当然その隣の「禁煙席」で、わたしはたちまちおこる動悸息切れにしばらく苦しんでいたのでした。(この体質のつらいところは、この環境から出た後もしばらくこれが続くことです。)しかも、息子が頼んだオムライスのメニュー写真はかなり!意識的に拡大されていました。がめつ!大阪なんてきらいだー、とさっきついたばかりなのに泣きそうになりました。幸い息子は早食いなので、倒れる前に店を出ることができましたが、めざす御堂筋線改札はとても遠く、東京の地下鉄千代田線を思い出しました。ひーひー。まあそれでもたいして迷うこともなく着いたあべのハルカスはエレベーターがステキです。全然揺れないし、みんなうっとりしていました。高いだけではなく、エコな工夫のこらされた最新のタワービルで、画期的な工法により、駅前の難しい立地なのに短期で資材搬入と建設をやってのけた日本の誇る技術力の結晶だそうです。息子と付き添いのわたしは障害者割引で半額でしたが、息子は肝心の展望台でかたまってしまい、乗ってきたエレベーターまでとっとと引き返してしまいました。高さを楽しんでなかったです。お値段相応とはこのことだ。周辺は梅田みたいな感じになっていました。「メゾンカイザー」でパンとお肉(どっちもまーまーかな?)をいただいたので、次に目に入った「キルフェボン」のタルトが食べられなかったのが心残りです。でもどっちも大阪発じゃないですねー。近鉄は「四国味巡り」フェアだったし、何を食べたらよかったのかな?大阪はもちろん歴史もエンターテイメントもたっぷりある街ですが、息子はお笑いを理解しないし雨も降って来ました。そこであまりうろうろせず、早々に今回のメイン「京都」のホテルに移動しようとしたところ、鉄道関係のトラブルで車内で足止めを食らって、京都駅から出るホテル行きシャトルバスの最終をのがしてしまった...旅行運としてはちょっとさえない日だったかもしれませんが、まあ事故はなかったしね。息子がパニックになっていない、それだけでもすごい、ともいえます。明日の京都にかけるぜ!大阪、リサーチしていつかリベンジ!
2014/08/30
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春にとれた人参の葉っぱをジューサーで絞って一応冷凍しておいたのですが、ついにパウンドにいれることができました。 粉末青汁パウンドのレシピの牛乳をこれで差し替え、お砂糖半分くらいで平気でした。 パウンドといっても、このレシピではメレンゲいれるので、シフォンの延長みたいな感じで作りやすかったです。 ダイソーで売っているイタリア製の紙の型がしっかりしていて気に入っています。小型を選んで複数作ると、少量切り分け、あるいはそのままあげちゃうなどできます。 息子が喜んで食べてました。
2014/08/28
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ちょっと前から合間でキャンバスの「ハギレ」 に落書きをしてます。 自分で切ってあとで額装するとか、最初にスケッチブックみたいに束にしてから使うのもいいのですが、このようなカジュアルなものは、欲しい人が「この部分をこのくらいの大きさでください」と言ったらその場で切り売りするくらいがちょうどいいのかもと思うようになりました。東急ハンズさんは、純粋に「絵のサイズ売り」をやっているそうですし。 1号いくら、という量り売りは日本の悪習で本当はくだらないんだけど、単に部屋を飾る目的で買う人にとってみれば、オークションよりわかりやすい。何センチX何センチの絵、で検索かけて買うことができれば便利だ。(号は日本固有の単位です) でも、そうやってハギレ的に販売すれば、日本のお客様も自分の好みで額装するのがうまくなってイイとは思う。日本では、キャンバスに貼ってるすでに紐までついてる絵さえ、売り物として見ない人がまだ多い。 もちろん額のない絵は無防備なので、損傷したり、むき出しの絵をお客様が買って書き加えちゃったりすると、悲しいけど。 私のハギレははたしていくらで売れるだろう? ライバルは未使用キャンバスの切れっ端か?
2014/08/26
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香川県中小企業家同友会のみなさんの例会として開催される講演会に非会員としてお話を聞きに行きました。「産業頭脳化センター」というところが会場でした。いつも「頭脳化」って何だろう、産業には頭脳がついてないので頭脳化する必要があると思って建てたんだな、とそのビルを通り過ぎています。今日はまじめな若手社長さんと建築家の方達のためのお話ときいてたのですが、私はそういえば「抽象」企業家なので、ま、行ってもいいか?(一応会社持ってるんですけどね)さて、内容はというと、福岡で「ヴィンテージビルディング」の開発をやってらっしゃる、不動産会社の吉原勝己社長の大変良い、濃いお話。製薬会社勤務から一転、家業の大家さん業を予備知識なしについでからの大奮闘、街なかの古いビルをリノベーションと入居者選別等々によってアート色というか付加価値感のある収益物件にしてゆく「臨床実験」、その方向性を定めたソーシャルビジネス理念との出会い、コミュニティとしての建物を支える工夫など、短時間でしたが、「大事なことだから伝えたい!」という吉原氏の気持ちのこもった講演だったように感じました。街というものに興味がおありのようで、懇親会でも高松や香川のことを質問してくださってました。当然頭の回転の速い方で、大変テンポよく返してくださるので、私も部外者であるにも関わらずついついたくさん質問してしまいました。*ソーシャルビジネスについて*何事も、前提というのは大切ですが、私が勝手に理解したところによると、ソーシャルビジネス理念の出発点は「社会問題はなくならない、なぜなら人間が不完全だからだ」という認識に尽きると思います。ここがそもそもずれている人は、「自分は純粋で良い人間、でも世の中=社会は金儲けがすべてだからしょうがないよな」という「よごれちまった悲しみ」に染まって毎日暮らしているのでなんかスッキリしません。しかも罪の意識を持って半端に働くもんで大して金儲けもうまくいかない。社会問題をひとつでも解決しようなんて思うどころか、見てみないフリをするのが精一杯なので、自分もいつのまにか社会問題の被害者になってしまう。そんな風に人生を使い果たすのではなく、ちゃんと「あかん」ことと向き合う。そして「社会問題をメシの種にする」、すると「社会問題が減少する」。ともかく石油みたいにはなくならない資源なので、半永久的にメシは食えるし、がんばった結果儲かれば、他の人も参入するから、社会問題はどんどん(生まれるだろうけど)解決もするという、とりあえず「よごれちまった悲しみ」よりはましな結果を作れるシナリオなのであります。(私の理解ね、あくまでも)よいですね。お葬式で「がめついやつだった」と悪口をいわれることもちょっと少なくなるでしょうし。こう書くと、ソーシャルビジネス万歳、winwin givegive みたいなかんじですが、具体的な方策、粘り強さ、見極め、決断が必要なのは普通のビジネスと変わらないと容易に想像できます。ただ、方策の中に、NPOやボランティアとして社会とつながっておくことが明記されているのが、今までの日本の会社人間製造システムと違うところでしょう。社会との接点は、仕事場だけでは不十分ということかな?そして営利、という入り方ではむこうに益のある話でも、最初から聞いてもらえない局面も多々ある。さて、他のアーチストの方はどうだか知りませんが、私が絵をはじめたのは社会人になってからです。(正確にはいわゆる社会人をやめてしまってから)つまり、子供の頃から好きで好きで、とか、人からほめられてというのではなかったのです。「きっと私が絵を描くことは社会的に正当なことなんだ、世の中に貢献することなんだ」と信じる気持ちがあってのことでした。具体的には、他の人の作品に救われた経験からでしょう。「面白いもの」のない世の中なんて、生きていたってつまらないじゃないですか。「有名なもの」「優秀なもの」もいいかもしれませんが、かっこよかったり、面白かったりしたいものだ、といつも思います。題材は、生活で生じる苦悩であったり葛藤であったとしても、うまくやれば「面白く」、「喜ばれ」、お金にさえなるわけですから、そういう意味では芸術全般はとてもソーシャルビジネスに近いと思います。でも、やっぱりわたしは最近わからなくなっているかもしれません。何しろ最近あまり人類と口をきかないのです。社会って、基本、人間社会でバッタとかカラスとかアリとか植物じゃないよね。2年後くらいに無事ギャラリーが建って、こんな田舎でも人と話すことがあれば、ちょっとは「ソーシャル」な姿勢を取り戻せるのかと思いますが、今はすねないようにするのが精一杯かな。こういった行き場のない気持ちさえも絵にしてしまえれば、「メシの種」、いえ、「芸のこやし」と呼べるようになるから、やっぱり描くことが近道だとも思いますが。行き場のない気持ちってなによ?ー「孤独」かな?世界中のだれもが持っていて、ほとんどいつでもついてまわる、けして枯れることのない資源。つまりは最高のメシの種。ーおいしいメシがつくれるといいなあ!ボランティアと言えば、とっても身近な障害福祉、療育の世界ももちろんひとつの軸にして行きたいとも思うのですが、うーん息子にさえちゃんと対応できていない今日この頃なので(夏は低血圧なんだよー、なんかおっきいし)だんだん自信がなくなってきています。今晩は、講演会が夜だったので自閉症の施設のショートステイに泊まってもらいました。またあしたからがんばります...。
2014/08/25
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干し柿ペーストラム酒漬け、パウンドケーキじゃなくてシフォンに混ぜました。 見たレシピではバターでしたが、オリーブオイルと冒険してゴマ油で作りました。しかも薄力粉じゃなくて米粉。(ダマにならないので簡単) 米粉は水分を吸うせいか、ふわあというより、パウンドケーキよりのしっとり感です。 ラム酒がきいてて、大人味! これが自分でも期待してなかったのに、びっくり!美味しかったです。 刻むだけでは干し柿は固いですが、フードプロセッサーだとねばっとなるまでできるので、生地となじみますね。 これからコーヒー飲んでアトリエにこもります。アルコール分は焼いてとんでるとは思いますがにおい的には酔っぱらいそうです。 大丈夫か? 合わせるとすると、あまり甘くないホイップがいいと思います。
2014/08/21
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冷凍してあった干し柿を大量に父が解凍してしまった。さあどうする!? ということで、フードプロセッサーでピューレにして、パン生地に包んでみました。しかも焼きカレーパンのレシピから... またもや別物が誕生です。生姜を入れるとイイという記事がありましたが、なくてもいい、というか、なんだろう、ゆずっぽい感じがむしろ合うかもしれません。実は、ゴマが必須であると気づき、後付けになっちゃいましたがパンを半分に切ってあんの断面につけつつ食べました。おまんじゅう?いえ、多少ベーグルっぽい食べ物です。そういえば干し柿ベーグルというレシピも投稿されていましたが、生地は薄い方が、干し柿大量消費という目的にあっていました。8個つくるのにバターが5gというリーンなレシピのパンですので、巷のあんパンよりはベーグルっぽいわけですね。普通もっと油いれてると思います。(それと室温高くて若干発酵しすぎ?)フィグ、日本ではあまり食べない干しイチジクに似ています。干し柿の方がタネがジャリッとしてなくておいしいのでは?でも日本から手土産にできる物なのかは疑問ですね。ドライフルーツはよいのかな?ねちょ〜っとしてる残りの干し柿ペースト、とりあえずラム酒につけて今日は終わりです。パウンドケーキかなにかになるかしら。クリームチーズと合わせるのがハズレなしのようですが、私チーズ好きというわけじゃないので、パス。来年も干し柿こんなにつくる? お砂糖なしのあんパンというのは、ヘルシーだし、大豆アレルギーのうちの子も食べられるのですが、ちょっと飽きるかなあ。まあおまんじゅうだってそんなに続けて食べないよね。あ、そうそう干し柿あんに塩入れるべきでした。あずきあんにもいれるし、やっぱり隠し味って大切ですね。
2014/08/19
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カシスのジャムがあったので、ムースにしました。モントンのチョコスポンジミックスが安売りだったのを初めて焼いて敷いたんですが、なんかポロポロしていました。ラム酒を入れたせいかな?まあ底に敷くには困りませんが。 生クリームは泡だて過ぎたかもしれません。「8分立て」って書いてあったのに、8minutesのことだと思い込んでメレンゲ並みにがんばってしまったのです。 で、なぜハート型なのかというと、「そこにあったから」です。気分よ気分。バレンタインでもないのだけど、ピンクだしねー。 薄い透明ゼリーを表面にもう一段乗せるともっとツヤっとかわいくできたのかも。 もとのレシピはそもそもカップ用、モントンでもジャムでもございませんでしたが、味はねらったあたりになりました。 ジャムなので、砂糖は控えめ。ヨーグルトも入ってます。 トッピングにホイップ絞ったらプロっぽいのかもしれませんが、すでに本体の生クリーム200gだけでも恐ろしいカロリー。 「痩せようと思ってないだろ!」って感じですね。息子と半分こ。 切るとなんだかハート型はカナシイ。
2014/08/17
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パイコー(豚あばら?ぶつ切り) でまたいー加減な料理をしてみました。豆鼓だっけ、あれで煮るというのが一般的ですし、スーパーではみりんなど使った和風スペアリブをすすめてました。 でも、うちにある材料を生かしたかったので、イタリアン(のつもり) 茶色い見かけですが、パンに合う味。圧力鍋で軟骨も食べられないこともないか。 入れたもの: 謎のチェリー風味のアメリカ赤ワイン(アサヒビール製) オリーブオイル ハチミツ ウスターソース ナス 玉ねぎ 理想のトマト(ジュース) 黒胡椒 醤油 パセリ そんなものかな?量がテキトーすぎてレシピ投稿もできませんわ。毎度のことですが。
2014/08/09
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お盆のお経で仏間に飾ったお花が余ったので、持って帰ってうちに生けたもののひとつです。夏らしい大きなはっぱ、でもお花屋さん、これ注文しましたっけ?花を「生ける」というのは英語でなんと言えばよいのでしょうね。アレンジ(配置)というのとはちゃうやろーと思います。切っちゃっても、そりゃ水吸ったり花が開いたりしますから生きてるんですけど、「生かす」じゃなくて「生ける」ってどういうことなんでしょうね。わたしはとりあえず、あるものをもったいないので枯れぬよう器をみつけて入れとくだけですが。お経の後、お寺さんが早くも「来年の暦」を置いて行きました。今年もとっくに後半戦、来年、わたしは割と活発な運気だそうです。各ページに運勢のたとえ話が書いてあるのですが、2015年、五黄のわたしは「高山植物のように」咲くんだそうです。どーいうこと!知る人ぞ知る実力派ということでしょうか?それとも高嶺の花?というとかっこいいが、なんかつんつんしててもてなさそうだな.... 別につんつんしてませんので、みなさん来年もごひいきに。
2014/08/08
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わたしの美しい絵と美味しそうなお料理画像でお送りする趣味のよいブログ、という最近の方針に反してこんなモノを載せてしまっていいのかとも思いますが、何となく忘れがたくて。アマゾンのカエルです。名前なんだっけ。「パラパラ」じゃなくて「ペラペラ」でもなくて...とりあえず、車に轢かれてこうなったわけではありません。生きてるんです。僕らはみんな...と歌うまでもなく。今日は息子の学校行事のような夏休み親子遠足に参加、徳島板野の大塚製薬の工場や、あすたむらんどという科学と自然の学べるタイプの公園に行ってまいりました。そこでこの、「アマゾン展」というのをやっていたわけですね。デパートなんかで夏休みやってる程度のものかと思ったら結構びっくりしました。ワニさんヘビさんカエルさん...中には「メスは自分の背中に卵を産みつける」というよくわからない解説のついたは虫類もいました。ど、どうやって!ジャングルは楽しいんじょ。(じょ、って徳島の方言らしいけど、こう使うのか?)
2014/08/01
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生パスタと自家製トマトのソースです。 パスタマシーンを初めて使ったのですが、打ち粉しまくっても割り箸みたいに2本ずつでてきて困りました。手で離していたらずいぶん長く伸びて、ほとんど原型をとどめていない.... 細い方のパスタはこの調子では到底無理でしょうかね。 (ため息) 暑いと余計生地がだれるのかも。 食感は良かったです。 なぜうちにパスタマシーンがあるかというと、例によって実家で使われていないのを救済したからなのですが、では実家の母はというと、大分の郷土料理「だんご汁」のだんごを伸ばそうと思っていたようです。だんご、といっても丸めたものを手で伸ばして幅のある短めの麺?にして湯がき、みそ仕立てにするんですけど。せんべい汁ってそんなんでしたっけ? 母のはかなりどろっとしてますが、ほんとは違うんじゃないかと思います。
2014/07/30
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Backe晶子さんの焼型つきパンのレシピ本を参考にときどき焼いています。 調理家電についている発酵機能を使わない、目からウロコの室内発酵レシピ。暑くなってきたのでどうかなーと思いましたが、フツーに美味しくできてよかったです。ホームベーカリーを使わなくなったので、そっちは生パスタでもこねましょうか。 次はベーグルに挑戦してみたいです。
2014/07/26
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普通、人は「叶わないとガッカリするから大きな願い事はしない」のかも。だけど、この半年努力したはずなのにわたしの願い事がいまいち叶わなかったのは、「叶うとこわいからしてなかった」からじゃないかと思い当たりました。じゃあこれから改めて、その願い事をするかどうか、決めなくてはいけない。どうしようどうしようさらなる努力を楽しんでできるのか、ゴールにそれだけの価値があるのか、判断できるのはわたしだけ。民主主義や識者会議で決定できるものではないようです。可能性の有無や勝算抜きで物事を決めるなんて、正気の沙汰ではないかもしれないけど、願望は「イケそう」だから持つものではないはず。(それは本末顛倒というものでしょう)仮に極度に理性的に考えたとしても、願望のない場合の可能性は著しく下がるわけだから...えーと、なにがいいたいかというと、結局わたしはどうしたいのか、もう一度神様に申請し直します。間抜けだ。
2014/07/24
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図書館に行って立ち読みをするのもなんだか変な話なのだが、ふと、柴門ふみさんの「四十雀の恋もステキ」という文庫を手に取ったのだった。私にとって、彼女はあのトレンディ恋愛ドラマの原作マンガの作者ではなく、(見たことないのよ、実際)「P.S 元気です俊平」の人であり、「愛して姫子さん」の人であり、さらには、お茶大の「ケン吉」さんである。(ふ、ふるー)そのエッセイは彼女が私の年のときのもので、「主婦兼漫画家二足のわらじ」というスタンスで書かれているが、あーんなに成功しても昔そのまま、そして私同様、地方出身の東京4大の女(東京ネイティブの女子短大の女の子とちがうってこと!)のにおいがすることに驚かされる。言い換えれば、「女であるって、めんどくさいと思ってきた」「けど、まあいい加減なれてきたか」感たっぷりなのだ。どこかやはり中性的で、女子のリアルを描きながらも林真理子さんとちがうのは、個性か、やはり漫画家だからか。(しかも少年誌に描いてたんだものね)しかし、女性マンガ、女性エッセイにも、ほんとにいろいろあるなあ... 最近は出産・育児ドキュメントマンガが花盛りだが、コドモが将来読んでどう思うんだろなあ... (特にあの「オレンジページ」のって!)話がそれたが、「既婚40代の恋」について語られているこのエッセイに、当然バツイチ母子であるわたしみたいな女の話はでてこない。繰り返し言及されている、「花田憲子さんが年下とおつきあいして世間様に笑われ、おまけに相手には否定された」という一件は、結婚していた時の話ではなかったような気がするが、このエッセイが書かれた頃はまだバツイチ40代が珍しく、40代で一度も結婚したことがない女性も珍しかったようだ。というわけで、内容のうち、更年期障害のため冷え性でカイロはりまくってて、オシャレしようにもスカート丈がわからないという40代女性のボヤキはどんな女性雑誌でも読めそうなものだが、「あの柴門ふみ」に期待される、肝心の「40からの恋の可能性」の考察は「1)再会した同級生 2)(日本人の年齢を若く見積もる)外人 3)じーさん 4)明らかにかっこわるい男 」にしぼられ、なんだかとってもさみしい内容だった。まあ、気心しれた大学時代の先輩(弘兼憲史さんなんだね!)と結婚して、平和な愛ある家庭を営む筆者からすると、たとえ漫画家であろうとも、そんなの想像もつかなかったんだろうなあ。恋愛なんて、うらやましくもなんともないんだろう、ごちそうさま、って感じか。で、でもがんばって立ったまま「恩師」の福音を求めて最後まで読んでいた私の立場は?(勝手に立ってただけだが)とはいえ、幸い今では時代も変わっているので、この「四十雀の恋もステキ」が刊行された2001年にない答えは、現実にいくらでも登場している「はず」!私は言いたい。柴門先生ちがうよ。何才でも、シワだらけでも、色気のある人はある。(と、若い頃フランス映画を見過ぎた私は思う)女性も男性も、年じゃない、「自分が大切にしてるもの」を基準におしゃれなり恋なり何なりすればいいのさ。傷つくのも、カイロはるのも自由だ。もっとも現在57才の柴門女史だって、これ書いたあとそれに気づいて、実は今密かに恋をしているかもしれない。(旦那さんすいません)ところで、某サイトで知ったのですが、おばさんの制服、レギンスなどのぴったりパンツは摩擦で膝を黒ずませるそうです。ひえー。ますますスカートが遠ざかる!(気になる人は、気にしましょう。)
2014/05/12
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レモンをさらに消費しようと抹茶スコーンのレシピをアレンジしてみました。(やっぱり別物)クッキーと違ってスコーンは形がいびつでも結構おいしそうにみえるところが好きです。スコーン型というのもあるけれど、手で切ったこんな不揃いな形でも、「ふふふ次はこの子をいただこうかしら」という「どうぶつビスケット」的な楽しさがあるじゃない?レモン汁の量など悩んだのですが、元のレシピの牛乳量のうち半分をレモン汁にしました。自分でいうのもなんですが、おいしかったです。19のとき、パリからロンドンに一人で渡ってみたのですが(ドーバー海峡を泳いで、ではナイ)当時絵を描いていなかったので、美術館なども行かず、あまりよい思い出がない旅でした。そんな中で、スーパーで買った「レモンビスケット」がおいしかったのが印象に残っています。「ロンドンって料理まずいのに、お茶菓子はサイコー!」...癒されました。それにわりと近い味になって、嬉しいです。息子にも好評でした。でももしかしたら、くるみじゃなくて、マカダミアナッツがよかったかも知れません。くるみは残ったので、今度キャロットケーキにします。スーパーに行けば、それこそ軽く百や二百種類のお菓子を売っているというのに、なぜわざわざ作ろうとするのか、失敗して材料を無駄にするかもしれないのに馬鹿げているとも思うのですが、買ってそんなにおいしくなかった時のがっかりも嫌なものです。シンプルな素材で作りたい、特にマーガリンは体に悪いので、バターやオリーブオイルや米油をと思うと、市販品では限られてしまいます。何より、お部屋がいいにおい!においといえば、うちのみかんたちも白い小花をたくさんつけ始めました。先日購入したマダガスカルジャスミンも、鉢をかえましたが、無事白い花が開きました。カラーもたくさん咲いています。
2014/05/10
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朝3時半に目が覚めたので、本でも読めばよかったのですが、ついまた焼いてしまいました... 米粉・カフェオレ・「エスプレッソ微糖スティック」に卵1個プラス、焼き時間30分のカフェオレシフォンは嫌みのないシンプルなおいしさでした。しかし、なんか蒸しパンっぽい気も。マーラーカオも好きですけどね...。知人の奥様はやっぱり卵白6個でしっかり持ち上げているそうです。さて、今年はスカートが流行っているそうなので、今日は息子を連れてモールに行きました。でも「E〜」というお店でノースリのベージュのワンピースが目にとまり、生足なのかレギンスなのか?と店員さんにきいたりしました。そのあと他のものを見ても、息子は「こっち!」といわんばかりに私をそのワンピースに引きずって行くので、イメージに合わないわけではなかったと思うのですが、なぜか試着をすすめていた店員さんが、「プレゼントですか?」ときいたのです。「プレゼント?えー?」とわたしは苦笑い。「こ、これはわたしがだれか若い姪かなにかに選んでるんだと思っているんだわ。わたしには到底着られないと思っているのね。」悲しくなってわたしはその店を出ました。まあその人がワンピに選んだコーデはちょっと同意しかねていたのですが。(インナーに襟ジュエリーのタンク合わせて、「これでアクセサリーもいらないし!」だって...節約おばさんですか?)(合わないネックレス持ってきて、「ほら、これで同じワンピースとは思えないですよね」って...確かにね)その後も二人で何軒か回りましたが、おしゃれな靴をみてれば、「後ろゴムではきやすいですよー」とかじゃましてくるし、どっからみてもわたしは「スカスカ」なお尻まわりのボトムスを持ってこられるし。身長150cmなのに試着用のサンダルかミュールを頼んだら24.5っぽいパンプスを貸してくれるし、ひ、じょーに疲れた上、何もみつからなかった不毛なおでかけでした。ニコニコはしてるけど、み、みんな接客レベルが低すぎやしないか?(暗)新採用の新配属ばっかりなのか?研修では、モールのおばさんターゲットトークを特訓しているに違いない!(お尻かくれますよーとか、若干ゆったり着られますよー」とか。花柄レギンスを持ってこられるのももうまっぴらだ!「何かおさがしですかっ」と店に入って5秒後にきくな!こわいぞ!と、まあ、憂鬱というより、怒りと焦燥の小言おばさんみたいになってしまいましたが、結局わたしの特殊な体型と好みとキャラを理解してすすめてくれていた辛抱強いベストアドバイザーは、今回やっぱり哲夫だったように思うのです。うちに帰って、「ああ、店員さんが言ったのは、まさかあなたが着るのという嫌みじゃなく、息子から母の日のプレゼント、という意味だったのかなあ」と思ったりもしました。「母の日」のPOPをみるたびに、「わたしは息子から母の日のプレゼントをもらうことは一生ないんだなあ、学校の授業で作らされる工作のような物を除いては」と実はひがんでいたのですが、大好きな「スシロー」にも行かず、お買い物につきあってくれたその姿勢こそが「母の日」じゃなかったかと思うのです。お母さんにスカートを買ってあげようなんて、なんて色気のある中学生でしょう!一人でおいとけないので試着室に一緒に入らざるを得ないのが難点ですが、またつきあってね!えーっと、問題のおすすめワンピースですが...結構薄くて開いているので、夏までもう少し考えさせていただきます!( 服探しの旅は果てしなく続く )
2014/05/08
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ケーキをさます間、久々にテレビをつけたらBSで「真昼の死闘」という映画をやっていた。見たことない。もっとも普段西部劇なんてみないんだけど、と思いながらも、ちょうど始まったばかりだったのでつけていた。長いオープニングだなあ。メキシコか。「真昼の決闘」みたいなタイトルだけど、なんで原題は「Two Mules for Sister Sara」なんだろう。あ、クリント・イーストウッドだ。...で、結局最後までときどきヨガをしたりしながら見てわかったのだが、なんと「真昼の死闘」はラブコメだったのだった!しかもハリウッドお得意の。サラ役のシャーリー・マクレーン(このまつげの尼僧はないと思ったよ!)もクールな活躍ぶりで、メキシコの描き方も悪くない。他のある映画の影響で、クリント・イーストウッドが馬に乗って田舎道を行くと、とんでもない女性たちにとんでもないことをされるのではとついわくわく、いや心配してしまうのだが、今回はシャーリーには拳でぶんなぐられただけだった.... 平手じゃなくて、こ・ぶ・し!ミリオンダラー・ベイビー!ところで、シフォン、今回は卵3個なので、あまり大きくはならず、しかも米粉(製菓用じゃなくてしかも玄米)なので、しっとりよりの仕上りでした。牛乳の代わりにレモン果汁たっぷり。(といってもたった2個消費か)お砂糖(茶色いてんさい糖です)ふつーでちょうど甘酸っぱい感じになりました。息子のリクエストでした。おいしいといってくれて、ほっ。作っている間、何度ものぞきにきて、混ぜようとしてくれます。パンはお店級に美味しく作る方法がまだわからないのですが、(時間かかるし...) マーガリン(合成油)をさけるにはやっぱり自家製だと思うので、いつか完璧にやってみたいです。最近「ゆめタウン高松」のタカキ?で売り始めた「全粒粉食パン」はおいしくて嬉しいです。成城に住んでいた頃、隣のアンデルセンで買っていた「ローマンミール」を思い出します。薄めがおすすめです。バターをガリガリ塗ったトースト、あるいは焼かずにアルファルファとカニのサンドイッチ、という食べ方が好きです。日常的食べ物の話だとこの調子で永遠にやってしまいそうですが、先日、父の付き添いで行った病院のリハビリルームで、スレッドミルで歩いている女性患者さんに、担当の理学療法士さん(男性・若め)が「かえれまテン」の話などをえんえんとしており、非常にいらつきました。「男が料理や家事の話を細かくする」のにイラつくという傾向はわたしは全くないはずなのに、ともかく話しかけられている患者さんがかわいそうなくらいうるさかったです。内容のくだらなさなのか、話し方なのか、よくわからないけど...顔も見えないのに人を嫌いになったりできるんでしょうか?(しかも自分向けの信号ゼロ)ふだん人と話さないので、耐性がなくなっているんだな!私もダラダラ話して人をイライラさせているかも。ところで、逆に電話の日常会話だけで恋してしまった経験がわたしにはあります。(汗)声に特殊な好みがあるのか?自分のスイッチがどこなのか、一度全身全脳スキャンしてみたい。
2014/05/06
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おかしな夢の備忘録。夢で、あくまでも夢で私はある男性と深い付き合いになったばかりという設定なのですが、名前も顔もわからない。それはともかく、あるとき私が一人でいるときに他の見知らぬ男性からジロジロ見られることがあり、「あー、さっきこわかったー」と後でなにげなくその彼に言うのですが、彼はそれを聞いて、なんと...「アフターピル」をくれるのです。しかもここが面白いのですが、彼は筆談で、「処方でもあるだろうけど」と説明をするのです。ここで私は思いました。「なんて気のきく人かしら!」正直他の女子は「そういう問題じゃないでしょ」とか「無神経」とか「なんでそんなもん持ってんの」とお思いかもしれないけれど、私は素直に嬉しかったです。「おまえになんてだれも手え出すか、思い過ごしだろ」とか、「隙があるんじゃねーの」とか彼にいわれたらそれこそ死ぬほど悔しいけど、この対応はよいのではないだろうかと思うのです。どんな独占欲の強い男性でも「一人で歩くな!」とついて回ることはできません。(仕事以外の単独外出を夫に白い目で見られる奥さんは複数知ってますが)不幸にして最悪の変態暴力の被害者になった時も、勘ぐらない、見捨てないというアピールがあるような気がするし、筆談というのも感情的なケンカは望まないという感じですね。それに、その薬を飲む選択の自由も女性側にある訳ですし。ただなんでそんなもんを持っているかというと...病院関係者でしょうか?さて、この「ただの夢」の分析なんですが、実はかなり小さい頃から私は性犯罪に巻き込まれるのを非常に恐れており、それにもっともな根拠があるのかないのかは別にして(恐怖は主観ですからね)、ずっとひっかかっていました。男子の友達と趣味の話なんかするのはフツーに楽しいので、男性恐怖症というのとはまた違うのですが...(レズビアンに追いかけられたこともあるので女性をこわがる根拠もないとはいえない)ともかく、「最悪の事態はない!」という安心プラス「好きな男性に守ってもらえているお姫様感」のある、一粒で二度美味しい、自分の脳で作り出したとは思えない、大変ブリリアントな夢でした。天才かしら。というわけで、この声さえ聞けなかった、謎の「彼氏」さん、実世界で会うことはまずないけれど、私は感謝しています。少しは「フツー」になれたような気がします。ただ年が年なので、確率的にあんまりそういう物は必要ないかも、というあたりはちょっとさみしいですが。(注:世の一般男性は危険ですのでこのようなワザを使わないでね。あくまでも、私個人の夢ですので、あなたの彼女に効果はないと思います)(注2:やはり病気はこわいし、犯罪者をのさばらせてはいけませんから、男女とも非常時にはお風呂に入ったりせず、そのまま警察と病院にいきませう。アメリカのように特化したシステムはあるのだろうか?)
2014/05/05
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米粉のノンオイルチョコシフォンです。使ったレシピは抹茶でしかもシフォン型じゃなくてプレゼント用に紙カップ、勝手に全卵1個多くして、ダークラムも入れました、焼き時間も3分延長、というわけですっかり別モンやん!「つくれぽ」書けませんな。「メレンゲの泡をつぶさないように切るように混ぜる」とどのレシピにも書いてあるのですが、気にしすぎると白い部分ができて水玉になってしまいますね、うーん。マーブルならともかく!まあ、食べれますけど。というわけで、次回はもう一回余計に混ぜます。プレーンなチョコ味に飽きたら、バナナスライスとカスタードなんかつけると美味しいんじゃないでしょうか。
2014/05/04
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5月の風に誘われて?ふと、大好きなペドロ・アルモドバルの映画が見たくなり、珍しくポンタカードを手にレンタル屋の「G〜」に赤い自転車をとばしたのでした。しかし、なんであんなにうるさいわけ?「おすすめ」だのなんだのの放送が流れてきて、ちっとも選べないよー。指で耳栓しながら、やっと見つけた「キカ」のDVDには、「ヘアー無◯正」の表示がデカデカと!だからなんだっていうんだ〜!アルモドバル作品はそういうんじゃないというかそんなのあたりまえというか(???)いったいその表示で何人のお客が「ほう、じゃ、借りてくか」と言う気になるというのだ!逆にひきましたよ、私は。「ハイヒール」が見たかったけどなかったし。やっぱり、探す手間を考えれば再び「ツ◯ヤ・オンデマンド」なのか。実は、今日は、図書館にもブックオ◯にも行ってきた。ある「純文学」作品をさがしていたのだが、これが、ない。開架でなく書庫にあるから用紙に書いて請求せいとか書いてあるのもあるが、全集のどれに入っているのかおいてある端末からでは調べようがないのでちょっと面倒な作業になる。息子が車で待っていたので結局全然関係ないのを「衝動借り」してそそくさと出た。私は思った。「小説家にならなくてよかった」どんなにいい作品を書いても、歴史的評価が高いものでさえこのありさまだ。団塊の人は老眼だし、パソコンは習っても、小説本なんて読まない。せいぜい「健康本」。若い人たちならなおのこと。学校で宿題にならない限り読まない名作の数々。いや、あらすじなんて検索すれば出て来るし、それでレポート書いちゃうかもね。さて、私が読もうと思った随筆は、いとも簡単にネットで見つけることができた。しかも、全文。これでいいのかとも思ったが...電子書籍については、ひとつの端末の選択肢として確かにすばらしいと思う。正直図書館や本屋は暇つぶしにはいいが(暇ないし!)品揃えが無理だし、夜中や早朝に読みたくなっても開いてない。中古本を安く通販で買うことの方が断然多い今日この頃だ。東京の母校では大学図書館を24時間開けるべく、またまた寄付を募っているようだが、そんなの香川じゃありえない。だけど、本の装丁とかやってる人はつらいだろうなあ。解説もいちいちつかなくてもいいだろうし。本屋さんの棚の背表紙を眺めるだけで、自分の好きな本かどうかを当てるのが特技だった私だが、背表紙がないとなると「データ重視」の本選びか。「ネットでお見合い」みたいだなあ。でも、文庫の裏にかいてある嘘っぱちのあらすじや変な帯で本を選ぶよりましか!電子書籍端末、くれるならもらっとくわよ!母の日なんて一生何ももらえないにきまってるけど!(ちなみに、箱入り文学全集ってブックオ◯で一冊¥100(税抜)...しかも連休中20%オフって、ねえ!)ところで、どうしてお話を作るのも文章を書くのも大好きだった文学科卒の私が小説を書くのをやめてしまったか。エピソードが自分の体験談だと勘ぐられるといやだなーと思ったのもあるのですが、まず、「事実は小説より奇なり」ということを、身をもって知ってしまったからです。ああおそろしい。そして、なんて、優しいのでしょう、運命は。ところで「G〜」では結局CDをレンタルしました。ジャズとか、ロックとか、ともかく古〜いやつ。...って音楽歴女か!(最近ノリ突っ込みがふえたな...)
2014/05/03
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クッ◯パッドで相性のいいレシピをさがしつつ、畑でとれたものをひーひーいいながら消費する毎日です。今日はレモンシフォンケーキを作りました。シフォンは実は他のレシピで2回作ってみたものの、どうも焼いた後しぼんでしまったりで満足がいってなかったのですが、今回は卵6個!オイルなし、BPなしというレシピで我が家のレモンをいざ活用!といってもレモン汁2個分くらいしか使いませんでしたね。鶏いる家のレシピじゃんこれじゃ...(鶏飼う気はありません。なんかみかんの木には鶏糞肥料いつもまかれてるし、息子は鶏肉好きなんでそうする方が自給自足な気もしますが)美味しくできてよかったのですが、黄色い見かけと味がやっぱりちょっと「卵焼き」っぽかったです。(笑)近所に好みのお菓子屋さんもないし(ごめんなさい)家にある材料で作れる程度ならこのペース、週1くらいでなにかデザートを作るのもいいなあと思っています。(とはいえ、これからデザートといえばスイカごろごろの季節だし、焼き菓子は暑いでしょうが)生クリームやバターは入れないのも多いけど、キホン砂糖と小麦粉なので、糖質こわ!ですが。次回はレモンメレンゲパイを作りたいです!(やっぱ卵じゃん)
2014/05/02
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キプリングのナイロンバッグが軽くて丈夫で好きなのですが、黒を持っていませんでした。増税前のポイントセールをやっているお店で、ちょうどいいサイズのミニボストンを見つけて購入、ご機嫌で帰宅したところ、中に昔見たことのある、あ、あの「しきもの」が!...そう、ワタシが買ったのは、「おむつバッグ」だったのです!がーんがーん...娘さんおめでたですか?とは店員はきかなかったけどね。生物学的駆け込み需要ですか?(ともきかれなかったけどね)だって、BABY BAGって、実用的な作りになってるんだもん!14年前のGAPの黒リュック、BABY BAG だけどいまだにしょって自転車乗ってるもん!中のチェンジングパッドは...いつかベンチが汚れてたら座るときに使うかな。取ってあります。学生時代から、なんとなく締め切り前になると課題やレポートが調子に乗ってくるタイプの人間ではありましたが、ワタシはひょっとして子供がもう一人欲しいのだろうか?うーんそうかもしれない...と、おむつバッグに向かって一人考え込むのでした。(赤)
2014/03/20
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満月が人の感情を増幅するという話はよく聞くのですが、先日女性の健康についてのサイトで「ダイエットによい」と書かれてあるのを目にしました。なぜか!といいますと、満ちたあと、欠けていくという現象が「要らないものを捨て去る」のに通じるんだそうです。さらには、満月の夜は、「捨ててしまいたいこと」「忘れたいこと」を紙に書いて破り捨てるというおまじないも効果的だとか。はい、こういうお金のかからないことは大好きなので、早速やってみました。すると...すごく楽になりました!即効ダー!何を捨てたかったかはヒミツですが(脂肪ではナイ)捨てて初めて、おー重いものをしょっていたんだなあ、誰に頼まれた訳でもないのにと、少し笑ってしまいました。これが満月の力だとすると、何と年に12回も自分の人生にいらないものを捨てるチャンスがあるというわけですね!スゴイ!皆さんは何を捨てますか?ワタシ?そ、そんな....
2014/03/18
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iPhoneの機種変をしに行きました。某モール店では、「名前を書いてお待ちください」という紙に書いて店内で待ってたのに見事にとばされたし、話もいまいちとろかったし、はっきり言って口もくさかったので、悲しくなって路面店に出直しました。路面店はずっとすてきな美人の店員さんで、しかもテキパキしていました。みまもりケータイと古いiPhone用の新番号とお弁当箱と親子どーんとテザリング料金無料がついてきました。しかもキャンペーンでJCBの商品券いちまんえんぶんがおくられてくるそうな。い、いいのかい?インフレと消費税増税でせちがらくなってきた世の中で、こんなあたたかい(懐が?)話があるでしょうか(涙)これでもかこれでもか、と攻めの姿勢でがんばっている姿はソフトバンクユーザーならずとも、見習った方がいいかもしれませんね。(でもモール店は改善の余地あり)
2014/03/08
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ほかの多くのことと違って、キャンバスに絵を描くには、主観性が必要不可欠だ、とわたしはよく思うのです。どんな「写実」の絵だって、必ず画家の観点、感受性、世界観という軸が見え隠れしているもの。(だから、わたしはクールベが嫌い)一枚の絵が多数決でできていたら、こんなに悲しいことはない。一枚の絵が複数の他人の思考の寄せ集めだったら、それはほんとに脆いもので、ほとんど「一枚」としては鑑賞に値しないでしょう。っていうか、見る前にそれは崩れ去っている。日本のほとんどの偉い先生は、生徒や弟子の絵に平気で上書きする。展覧会場で見る人は何を言おうがそれは勝手だけど、制作途中にコメントするだけでもほんとに描く人を混乱させるので、美術を教える人というのは本当に熟練のワザがいるなあと思います。今年ももうすぐ「世界自閉症デー」(だっけ?)がやってくるので、県庁で行われる香川県自閉症協会の作品展になにか息子のものをと思うのだけど、私たちはほとんど以心伝心親子なので、彼にのびのびした新作を家で描いてもらうのはなんだか不可能な気がして気が重いな。息子のセンスには一目おいているのですが。ところで、絵が主観の産物である以上、その「主」がアホであってはアホな絵しかできません。最近もっと勉強して、もっと実験して、スケールアップしたいなーとすごく思っています。もう学校に行っていないのだから、師匠にしろ、プロジェクトにしろ、自分で求めないといけないのだ。あたりまえですが。というわけで、前回のあのやけにボリュームのあった個展からそろそろ一年経ちますが、今年はそういう外向きのことはお休みして(しょっちゅうじゃ設営を手伝う人がたまらんわね)より自由かつ無責任な制作と、身のあるニンゲンカンケーの構築に入りたいと思っています。美術関係のNPO法人の設立のことも調べていたりしたのですが、今の硬直したわたしでは、志半ばどころか、始めたとたん折れてしまうのが関の山だと気づきました。「自分を磨く」という言葉はあまり好きではないのですが、来るべき大仕事があるとすれば、少なくとも、もっと柔軟かつ強くなっておかなければ、と思いました。人生は絵、絵は人生、そして人生はストレッチ体操だ。そう、わりとわたしは地味な努力が好きなのです。ふふふ。(心のB.G.MはThe Smithsでした)
2014/03/02
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かなり長い間、どーでもいいテレビドラマを一日中かけっぱなしで家事などをやってきたわたしですが、ふと気づくと、数日リモコンから遠ざかっているのでした。子供の頃から一人で家にいたので、見なくても何かしらかけていたし、実はひと月前に至っては、消すこともできずにソファで確信犯的うたた寝、夜中に目覚めるとプラズマビエラにしっかり焼き付きが..ということを繰り返していたのです。それが、突然なんだかテレビがうるさく思われるようになってきたので自分でもびっくり。息子がいつも消したがる気持ちが理解できるようになりました。ドクター、聴覚過敏って伝染するんすか?聞こえるだけでリズム感には関係ないので、音楽的に才能が開花することはないと思いますが、語学でもやれば上達するかも?ついにスカパー!を解約して再放送中毒を克服できたのは、ちょっと嬉しいです。(2つだけチャンネルとってた)まあ、「そろそろ病名あてもどうでもよくなってきたなー」と思いながらもずっと見ていた「Dr.HOUSE」も、ついに最終回を迎えましたし。壮絶な愛のフィナーレでした。(笑)ドラマと言えば、視聴率の低さで話題になった「ビブリア古書堂の〜」とか「わたしの嫌いな探偵」を聴覚事件の前に無料で見てしまったのですが、後者劇中、剛力彩芽が「顔が鳥に似ている」を連発されるのがすごくおかしい... 多分これで笑いすぎて、わたしの中枢神経は壊れてしまったのだと思います。ううもう何の鳥を見ても剛力彩芽にしか見えない...やけにかすかな音が前面にでて聞こえるので、さぞかしイライラするかと思いきや、ここのところ不思議と機嫌はよく、わたしはいつもニコニコしています。数日前、息子が学校の教室で先生の机の脚を蹴って折り!ただいま賠償保険の手続き中ですが、実はなーんも悩んでいないです。ごめんね先生。「失敗したねー物は蹴ると割れるんだよーさあケーキセット食べにいこうかー」と、泣いてる息子を連れて近々つぶれる予定の天満屋に出かけ、アフタヌーンティーで自分の分までプチケーキ計8個を食べさせる超甘母になってしまっているのでした。まあ、家ではあのコワいドラマの効果音がしなくなったせいか、息子は母同様ニコニコしています。でもあまり静かなので、早く寝てしまい、ちょっとつまんないです。息子に言わせると「お母さんと二人っきりでつまんない」のかも知れませんが。14才なんて、友達との時間がスベテ!の年だもんね、本来は。ところで、「戦力外捜査官」も好きです。この脳の状態で見ると自分が「ラビット関根」化して行くような危なさを感じます。「当たってくだけるな」って...(笑泣)というわけで、肩の力を抜きたい時は、「鳥」と「ウサギ」がおすすめです。何の話だ....
2014/03/01
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最近感情の起伏が激しいというか私のかわりに更年期かよ!みたいな息子ですが、発散には運動ったって一日中やれるわけもない。もうお母さんは嫌!うるさい、吠えるな!と毎日私も吠えていましたが効果無しなので、今日は紙と鉛筆を与えてみました。うちの子は基本落書きで時間をつぶすタイプではないのですが。 はじめは乱暴に「しねえよ!」的な線を引いて鉛筆を放り出していたのですが、「うんそれでいい、ともかく描いて」と次々紙をわたすとグルグルやっていました。意外にも数枚めには、意識的なグルグルになってこわい顔もやわらいでいました。 「無茶苦茶したるー」と言ってても、案外人間はついつい何か形にしてしまうものだなあと、感心しました。 ストリート、スラムからもグラフィティやダンスやファッションやスポーツや音楽が生まれてしまう。それが商品化されるかどうかは別にしても、人間は壊すより作る方が気持ち良い、そんな生き物だと思い出す出来事でした。
2014/02/03
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久々にテレビのニュースを見ていたら、NHKの会長になった人が就任会見で舞い上がってしまい、すごいことばかりいっていた。「じゃあ従軍慰安婦の外国の例をあげてください」と突っ込まれて、ついオランダの飾り窓の話をしてしまうなんてほんとただのおっさんである。(観光ガイドに連れられて外から憧れの眼差しで見たことがある程度でしょうが) フーゾクと慰安婦がごっちゃになってる橋下さんとこのおっさんの見解が正しいかどうかは「さておき」、こんなに軽い人がここまで出世できるなんて、世の中甘いなー。こんな人が親だったら、むっちゃ恥ずかしいだろうなあ。 だいたい内容はなんにせよあれだけペラペラ言った後、「オフレコね、これ」って! あなた日本のジャーナリズムのトップが、記者会見で堂々「オフレコ希望」、しかも断られるとキレるって、いくらなんでもマズイと思わないの?ほんとクラクラしてきます。「国営だけど報道は中立」(の建前)さえも堂々否定しちゃったし。一体あんたどこから来たの! 選んだ人も「これならロト6の紙の方がマシだった」と後悔していることでしょう。 早く辞めてもらって、国際ジャーナリズム専攻みたいな経歴の人探してほしいです。こういうポストには。 でもたとえ辞任しても、退職金は出るんだろうなあ。みなさん受信料こんなおっさんに持ってかれて平気?
2014/01/28
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あけましておめでとうございます。今年のねんがじょーです。珍しく水彩で描いてみました。「絵手紙」用の顔彩です。酉年じゃないのになんか鳥っぽいですが... 誰も気にしてないと思います。 どうも今年はテレビのお正月番組に興味が持てないので、とりためたビデオ(?録画をこういってもいいのか?)やGyao!をみながら実家にもらったお餅を食べています。そうだなあ、小梅太夫でもでてたらテレビ見るんだけど...。だってなんかお正月らしいじゃない?和服だし。 昨年買ったSONYのレコーダーは、キーワードを登録すると、勝手に番組を選んで録ってくれるのですが、「小梅太夫」をわざわざ登録するのは何となく....いや、誰に見せる訳でもないですけどね、そんな設定。でもなぜか登録したはずないのに「ゾンビ」ものの番組が時々自動録画されているのはなぜだろう。こわすぎる。
2014/01/01
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神様、南海トラフ地震が来るそうですね。ネットで見る限り、一部敏感な霊能業者さんたちにはすでに具体的なメッセージが届いているようですね。あおり、ととらえる向きもあるでしょうが、科学的なことはおくとしても、わたし自身は、東北の津波の半年くらい前に、地元の占い師が「怖いことを見せられた。お宅標高いくつ?ときいてきたことがあったので、予言とか、お告げとか、そーいうことは確かにあると思います。問題は、誤差ですが。先日、ホームセンターに買い物に行ったとき、なぜか自分の車の右後部から目が離せなくなり、駐車場で数分座り込んでしまいました。その30分後、自宅の前の一本道で、対向車が、ふつーそこで寄せて避けるでしょ!という地点をすべてスルーし、わたしの車に向かってくるので、仕方なくバックしていたら、実はゆるーくカーブしていた農業水路に右後輪、落ちました。普段からわたしはドジには違いないですが、後で考えて、「気づいていたのになんでいつも以上に注意しなかったんだろう」と思わずにはいられませんでした。まあ、山の中じゃなかったし、ジャンバルジャンばりの怪力でもちあげたので(近所の男性陣に手伝ってもらったけどわたしも日頃鍛えてますからね!)事なきを得たのですが、大震災とはレベルが違うとはいえ、人間のアンテナには、時空を超えて引っかかるものがあるようです。それを「神からのメッセージ」と言うには抵抗がある人も多いでしょうが。さて、前述のローカルの霊能者さんですが、その「神様に見せられた災害のビジョン」にビビって「もうみせんといて」と言ったそうです。プロのくせになんだよ!いつもいばってるくせに!使命を果たせ!と実はがっかりしました。でもプロにもいろいろあるということでしょう。個人相談で商売しているので、「神様」によく「やられる」(責められる)と言っていました。(もっともがつがつやらなくても、顧客は感謝で車でも何でも占い師にくれるのは本当です。)そういえば、わたしが最後にあった時、何となく以前感じていた、ヒンヤリしたオーラ?がないような気がしました。彼でなく、わたしが悪い?でも息子が12才でなおると昔言ったのに、なおってません。わたしが育て方をまちがった?わかりません。でも芸人の陣内が相談にきたと喜んでいたので、やっぱり俗世の垢でくすんでしまったのかもしれません(勝手な想像)ところで陣内さんは占いマニアだそうなので、複数行ってると思います。わたしは「破門」みたいなことになっています。ある日、「わしのことを馬鹿にしとるだろう!」といちゃもんをつけられたのでどなりかえしたのです。馬鹿にはしていませんでしたが、いつもお母さんを泣かせた不良時代の話をしたり、女房を殴る話をするので、町長とゴルフをした自慢話以上にそれがなんとなくやだなあと思っていたことは確かです。でも、スーパーナチュラルな力は信じているし、その人の人間性もぎりぎりまで信じようとしていたのですが。その人は結局わたしのそういう苦悩が見えなかったのだと思います。こんな鈍いわたしに見透かされてると勝手に思い込んでいたのかもしれません。ヒンヤリ、というと思い出す事があります。昨年わたしは近所の「お宮の当番」でした。そこは弁財天の小さな氏神様ですが、宮司はいないので、はっきりいって関係ないメジャーな神社からタクシーで年3回お呼びするんですが、先代の後をついだのは未亡人、年配の女性です。ふりがなをふった祝詞を持っていらっしゃる。でも、なんだか、ヒンヤリしました。「へー」と思って、次回を楽しみにしていたのですが、なぜか次回は何も感じませんでした。祝詞が終わって宮司さんもきづいたのですが、実は、お供えのお酒ののしの神社名がまちがっとるやんけーだったのです!スーパーの人がつくりまちがえたのです。神様には名前がある、しかも自分の名前を知っている、のかも知れませんね。さて、「エホバの証人」の方たちが「神様はこの世界の不幸に無関心な訳ではない、病気の人は癒されるのだ」という趣旨の冊子をよく配っています。そうかもしれないけど、やっぱりうちの子は病気で生まれてきて、今も病気です。毎日苦しそうです。ほかの親がそうであるように、わたしは不思議に思います。「なんで?」たぶん神様もよそ見することがあるのかなと思います。よく言われるように、「神も仏もあるものか」的無神論はちょっとやけくそで正しくもかっこよくもない気がしますし。夏に真言宗のご住職に「よくも悪くもならない」というメッセージをいただきましたが、はいはい、わかってますよ、と思ったけれど、なんだかやっぱり「いや少しはよくなるでしょ」という考えが去りません。わたしが合っていて、高次元の存在がまちがっているということが果たしてあるのでしょうか?スーパーナチュラル信者としては新たな説で自分を納得させなければいけません。というわけで、混乱してきました。車を脱輪させるほど3次元に疎いわたしが、何次元ならとらえられるというのでしょう?絵を描くことがわたしにとって表現であると同時に「お経」「祝詞」であるとは思うのですが、最近絵を描いていないので、わたしこそ、世俗の垢にまみれて鈍化しているかもしれません。こんな状態で、「わたしの絵をもっと認めさせたい」と思うのはまちがっていますね。でも過去の作品には、自分の力以上のいいモノもあると思うので、見ていただきたいという気持ちには変りありませんが。予知と言えば、妊娠中、非常な情緒不安に声を上げて泣いたことがありました。自分の子供時代の記憶のせいだと思っていましたし、泣いたことで胎児に悪い影響があったのかと気に病んでいました。でも、わたしは、自閉症児が生まれることに気づいていたのかもしれません。見えていても避けられないことがある...。何となく、わたしも東京は近い将来大きく被災して少なくともオリンピックには差し支えそう、という気がしてしまうのですが、それが田舎者の都会への嫉妬あるいは悲観主義でないとは言い切れません。気がする、んじゃなくてはっきり見えた人はどうするのかな?....うーまた、混乱してきました。わたしはよほど低次元の人間のようです。では皆さん、よいイヴを。
2013/12/24
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8月に東京に行ったとき、築地場外が割と面白かったので、今日は息子と高松市中央卸売市場のイベントに行ってきました。「見学」的な感じもあるので、家族連れが多かったです。お魚、野菜、加工食品などでてましたが、な、な、ながーいフライドポテト、まさにうどんのようなのが売ってました。「もちもちポテト」という名前だったと思いますが、それじゃこの長さ、伝わらないと思う。うどポテ、ポテうどん、いや、見かけはほとんど菜箸なので「さいばーポテト」なんてどうでしょう?(ますます伝わらんか)息子は易の筮竹みたいに4、5本つかんでまとめて食べようとしましたが、長すぎて折れそうになり、うーん断念。試食ではいりこの天ぷらやのりをつまみました。串に刺さった「肉巻きおにぎり」は見かけはよかったけど、たべるとあんまりだったね、というと、「そう!」と相づちを打っていた息子でした。わたしとしては、お花がもっと特価でたくさんあると嬉しかったのですが。(後で産直市まで行ってしまいました)市場の開放は11/30, 1/25, 3/22にもあるそうです。
2013/10/27
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本屋に行ったり、広告を見ると思わず吹き出すのは、相変わらずの「これさえやれば」の英語本の数々。多い。多すぎる。たかが英語にどんだけ苦しんでんだ?もちろん「医者に殺されるな」本VS「医者に殺されるな本に殺されるな」本、「今買っとけ」本VS「世界経済崩壊じゃあ」本のバトルもやるせないが、お金と健康はほんとに人間にかけられた呪いのような問題だから、仕方が無い。だがなんで同列に「英語」があるのか。まあ、英語がビジネスチャンスを広げるのは本当だし、社内公用語だったらやらねばならない。でもここまでコツ本必要か?ちゃんと勉強すればいいじゃん! とかつい思ってしまうのである。まあ、私だって英語はもっと上達したい。私のレベルで人のことなど言ってはいけないのだが、先日偶然、「むっちゃサムライ」な英語である人が音読するのを耳にはさんで、少なからずショックを受けた。子音、母音、イントネーション、強勢、みごとに全部カタカナだった。お顔は拝見していないが、若めの男性ではなかったろうか。なんで!? この英語のあふれる平成日本でどーしてこのリズム感.... やっぱり、日本語と英語のあいだには文法以外の深くて暗い河があるのだろうか。どうすればこういう「幕末」な英語を「ロック」な感じにできるのだろう。そう、「ロック」とか「ラップ」… やはり現代英語だとそういうものを聴くことが重要なのではないだろうか。モーツァルトは残念ながら、脳にはいいかもしれないが、ちっとも英語じゃない。映画「アマデウス」ではもちろん英語しゃべってたけどさ。でも、宇多田ヒカルさんは英語ふつーにできすぎてアメリカで受けなかったという話も聞いたので、この方の「サムライ」英語も矯正しない方がむしろ良いかもしれない。(相手の話は聞けないとまずいが) たくさんたくさん英語を聞いたりスペースでくぎらず読む(in a =イナなど)訓練など、英語のリズムを受け入れる方法は色々あると思うが、ほんと、母国語は脳の特別な場所を占めると証明されているだけあって、なかなか譲ってはくれないようである。「後打ち」の手拍子ができない人は特に日本の血が濃いので、大変苦労することだろう。私に関していうと、実はたまたま最近あることが起こって、きいた英語が端っこまで聞こえるようになったんだけど、知らない単語はやっぱり知らんな。人間一生勉強っす。(汗)がんばってね、サムライさんも。なんで英語したいのかは知らないんだけど。
2013/10/16
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先週、割引されていたジグゾーパズルをレジ前で見て、息子に「欲しい?」ときいた。すると、珍しく「ほしい!」と言ったのである。でも、やるのはわたしなんだろうなあ、とはわかっていた。くもんの乗り物パズルとは訳が違う。だけど、作戦をたてて、一応二人で外枠は完成させた。しかし!...なんと、ただの1000ピースではなかった。「ワンピース」の名場面とやらを4000以上の紙吹雪状に切り刻んで組み合わせたような絵柄だったのだ。モザイクっていうのかなー。さらに悲劇なのは、私も息子も「ワンピース」なんて、読んだことも見たこともないんだよう。どれを見ても、むぎわらの少年がかっと歯をむきだしでわらってたり、びっくりしてたり。ほかのキャラもともかくアドレナリン系。おんなじじゃん...虫眼鏡、必須。このキャラはきっとこういう感じかなー、ストーリーの流れ的に、とか合間に想像してはみるのだが、絵柄の並びにストーリーはまあったくカンケーない!ジグゾーの連結部分の絵柄で見分けようとしても、縮小されたアニメのシーンが細かすぎて、無理!ともかく画家の眼力にかけて完成させると決めたものの、数日で、どんな現実を見てもピースの見分け方(色、構図、明度差)によって、はいってきてしまうというほど、私の認知能力はおかされているのであった。モザイクジグゾー恐るべし。ふえーんこんなん一生に一度でいいです。わたしこれすらすらできるほどIQ高くないです。でも、完成に近づくのをみて、息子は喜んでいる。お母さんすごいと言ってくれている。じーん。でも!....もう二度と買わない。息子よ、のりで仕上げるまで、けして崩すでないぞ。
2013/09/09
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26日からの東京のグループ展にあわせて上京したのですが、羽田空港→品川、ひかりに乗っていきなり静岡でーす。めざすは最終日のルドン展。岐阜でもやっている、というか、岐阜の方がルドンをコレクションしているので、いい環境で見られるのかもしれないけど、そう何年も思っていて岐阜に行けてないので(高松からは静岡より遠いってことだ)、この機会にいくことにしました。なんたって、会場が、駅の真ん前だし。静岡駅の感想:そこはえー....岡山駅と金沢駅にとっても似ている駅前でした。誰が決めるのか知らないけど、どこも建物おんなじなんてひどいと思う。でも、美術館が駅前のビルの上階にあって、地下道直結ってすごくない?(岡山だとビックカメラのある位置だね)なんて便利なんだ。京都や上野のように公園と動物園と一緒に美術館があるのもよいが、庭園にこだわらない、駅前の美術館もいいではないか。すぐ帰れて。とぜんぜん静岡らしさは感じずに1時間後また新幹線に乗り込んだ私を静岡県民のみなさんお許しください。展覧会はルドンの全体がうまく展示されていて、良かったです。ルドンの繊細なハーフトーンが、オリジナルだとはっきり見えました。ルドンの白黒とカラーの作品とどっち好き?という素朴な投票が行われていました。ほぼ互角でした。結構来場者も多く、多分高松ではあり得んなーと思いました。
2013/08/25
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この団体に最近加入したので、私も少し様子を見にいこうかなーっとでももしかしたら人手不足・時間不足で設営に手こずって、上記ご案内より初日の開場がかなり遅れちゃうのではと思っています。会長に「当日10時集合で40枚超飾るんですよね。本当に11:30に開くんですか。誤植ですか、私の誤解ですか」とメールしたら、「間に合うかどうかなんて前もってわかるわけないだろう!ただ私は会員を信じている。(?) 忙しいからもうメールしてくるな(!)」といわれました。でも、地方からくるんだったら、特産品の土産をもってきてほしいそうです。なんじゃそりゃ。こんな調子だから、初日は午後3時くらいに開場じゃないかなあと思います。きっと汗だくだなあ私。レセプション前にホテルに帰ってシャワーをあびられるだろうか。ところが、みんな、実は、どっと手伝いに現れて、会長の期待通り、青春部活ドラマの試合当日「来てくれたんだ!信じてた!(涙)」みたいな展開になったらすごいよね。いや、ほんとに。会長の連続キレメールや、会の連絡ミス(と責任転嫁)、案内状の作品画像の縦横比ミス、その他諸々、普通あるはずのないことが次々起こっているこの東京展。(わたしにだけー?)参加するなんて言ったのは間違いだったかも。と早くもちょっとへこんでいるのですが、東京時代の友達に会えそうなので、気をとりなおしてがんばります。 しかし、特産品って、しかしなにもっていけばいいんだ。銀座には何だってあるだろうに。
2013/08/20
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6月4日にティフトンという種類の芝のポット苗を植えました。強い、早いということでした。2ヶ月後、確かに横にのびて根もついてる。でも茶色いとこも多いので、悩んでます。暑さ?肥料やけ?肥料ムラ?成長点まで刈っちゃった?病気だったらどうしよう。刈り続けるべきなのか?そうしているうちに別の工事で来たおじさんが芝生の上に一輪車を倒しておいて、そのあとがくっきり枯れました。(セメントの化学反応だろうなー)くそー今日も暑いが、がんばれティフトン。お母さんの毎日の日焼けと虫さされを無にしてくれるな。(舗装道路にばかりなぜ緑の茎をのばすのだー!そっちじゃないばかばか)
2013/08/01
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息子の聴覚過敏に効くかしら?と、思い立ってトマティス・メソッドのトレーニングをやることにしたのでした。うーん懐かしい。英語が必要なフランス人俳優の訓練に使われたことで、昔評判をきいたことがありました。欧米とひとくくりにされているけど、フランス人も苦労してるのね...と妙な共感をおぼえたのでした。「それぞれの国語には特有の周波数があって、耳の中をその周波数で刺激してやると、次第に聞こえるようになってくる、聞こえるようになると、発声できるようになる」というような理論だったような気がしますが、最近は、ストレスや、自閉症によく見られる、耳からの情報の混乱に効くと言われているそうです。安くはありません。でも高かろうが安かろうが、やってみなきゃわかんないのが、自閉症療育のなきどころでして。お医者さんのすすめる「ちゃんとした治療法」はありませんからね!という訳で、調べたら、一番近いトマティスのセンターは神戸だったので、行ってきました。聴覚検査をして、ヘッドホンと教材の入ったプレイヤーをしばらく借りるのです。自閉症児や、ストレスの人の場合、胎児の時の音から再現して...という何となく「出生時トラウマのリセット」というわりと最近よくきく思想が入ってるみたいです。その手の治療で、あまりの感動にどーっと涙が出る人も?その辺はよくわからん。みんな心に傷がある、という思想はキリスト教のsinみたいなもんかもしれないしな。生まれたときにぎゃーぎゃー泣くから出生は母親から引き離されるショックな出来事だと思う人もいるのかな?しかし、出生時トラウマ伝説の真偽は「死ぬのは痛いか痛くないか」みたいな確かめようのない話だし、第一私の息子は生まれたとき呼吸はしてたが泣かなかった。「あんた、生まれたとき、どんな感じだった?」ときいても答えられるはずもなく。ちなみに、トマティスでは音声教材はモーツアルトとか、お母さんの朗読とかの周波数をいじったものとかも使います。まあ、効果があればいいのよ。もうイヤマフもかんしゃくおこして投げつけてこわしちゃってるし(プンプン)最近は私の誘導で、CDの音をしぼってきくのはおさまっているし、幼児の泣き声もほとんど平気だけれど、いつ耳をふさいで怒りだすかわからないので(音の大きさとは関係ないので一般人には不快さがわからない)一瞬たりとも気が抜けないこの監視つきの毎日がおわれば本人も周囲も万々歳。教材をきかせられるかは、私の努力にかかっているが、やってみるさ!さて、私と息子は神戸が好きです。接客が上品だからです。便利な交通。山側、海側とわかりやすい地形。美味しい食べ物。おしゃれな女性。今回は、兵庫県立美術館「クラークコレクション展」に行きました。数ヶ月前大阪で過敏さ故に美術館入り口で祖母と待っていたかわいそうな息子も今回はなんとか入場、私をぼこぼこにすることもなく、出てくることができました。ルノアールがどのくらいわかったかはわかりませんが、後で川の絵を描いていたので、ピサロの風景は目に入ったのかも。(いいの。彼を連れてると、どこでも割引料金だから!と思うようにしてます)観客も、やたらと工芸的な見方でクレーをみていた京都の観客と違って、フツーに絵を楽しんでいるように見受けられました。そして、やはり、神戸では老舗ケーキ屋さんのカフェ、というより「喫茶店」でおやつ、でも今回は大丸の地下で買ったポール・ボキューズのパン、エピ(あの麦の穂の形でベーコン入ってるやつです)が異常に美味しく、息子が目を見はっていました。美味しいものにはすべてを肯定する力がある!きっと次回も神戸に機嫌良くついてきてくれることでしょう。今回は、機嫌を損ねないように、食事のこととか、交通のこととか調べるのに前夜ほぼ寝ずにがんばってしまったし、息子の様子がいつもより気になっていたので、私も受けさせてもらった聴覚検査ではむちゃくちゃだったと思います(恥)こんな耳でも、いつか、英語が何の不安もなく喋れる日が来るかしら。やっぱりドラマをきいててもイギリスのドラマは苦しいぞ。中学時代きいていたのはブリティッシュロックと違うのか。アメリカのドラマに堂々アメリカ人の役で出てるイギリス人俳優、君らはいったいどーなってるんだ!トマティスですか!?...周波数の謎は深まるばかり。(えー神戸グルメ情報未成年版、誰か教えてください)
2013/07/31
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やめてたスカパー!をまた数ヶ月みることになって、Dr.Houseのシーズン7の再放送を見た。うーんおもしろくはないな。まだ続くらしいが。まあ薬物中毒とか酔っぱらいとかみるのはもともと私いやだし、このシーズンなぜか多部未華子でてるし!(注:アメリカ人女優。でもすり替わっても気がつかないかも)いったいだれがこんな不快なドラマを見続けるのか(私か)主演男優はセクシーだけどね。数日なんで主人公が、ふられたからってあんなむちゃくちゃするのか考えてしまうほど、このドラマはもーぐちゃぐちゃだ。男だからか?女はふられたら手首きったり酔って悪口言ったりストーカーしたりするかもな。結婚するかも。でも「男って自滅的、男のことは共感できない」とするのはちょっと卑怯な気がしたので、もうちょっと考えてみた。こいつは結局慢性の脚の痛みでひねちゃったのか。人の痛みはわからないから、私は共感できないのか。それもつまらんな。「やけ」「自虐」?もっとつまらん。そんなことのために脚本がかかれたとは思いたくない。うーん、たぶん、そうだな。きっと、あきらめる「客観的な」理由がほしかったのかな?なぜふられちゃったのだろう?納得できないぞ。ああ、じゃあここまですれば、嫌われるのもあたりまえだから、納得できるだろう、というとこまで行っちゃおうじゃないか、裁判所の接近命令もでるし、遠ざかれる、と思ったのかな?...すごい迷惑。やっぱりやっぱり、どんな事情にしても、惨めな天才医師ドクターハウスなのだった。普段から、いいことを相手にしてやったから貸し、とかイーブンとかそんなことばっかり考えてるポーカーしすぎのような思考回路だったが、多分こんな風に自分のことしか考えられない種類のひとってフツーにいるんだわな。昔からかばってくれた親友や元恋人は悲しんでいるし、医師免許を取り上げられたら、たくさんの患者が困っちゃうじゃないか。悪っぽいけど実は繊細な総合医療の天才というキャラだったけど、ただの面倒な人、になってしまったのがファイナルでどう変身するのか(すでに一回精神病院は入っちゃってますからね)という興味は確かにそそられますね。先に英語サイトであらすじチェックなどはしませんが。「若い女助手」が多部未華子もどき(しつこいようだが本人に恨みはない。多部さんの方が数倍かわいい)では画面がキツいので去り、バイのへのへのもへじ美人が助手に戻ってきたのはさすがにもうひっくり返らないと勝手に予想します。さあ、私をおどろかしておくれ!(次は外国でブラックジャックになってるとかはなしだぜ!)
2013/07/22
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CSの「ミュージックエアー」というステーションで、偶然ザ・キュアーの1984年のライブを見たのだった。PVの入ったレーザーディスク!は昔買って持っているし、カセットテープのみ発売!のライブも1本持っているのだが、当時情報はやはり少なく、ライブ映像を見たことはそういえばなかった。おお、こーいうバンドだったのか!と改めて見入ってしまった。ボーカルのロバスミのキャッチーなビジュアルは、もちろん当時も似顔絵やスチールは雑誌でよく見かけた。フワフワペルシャ猫ヘアー、猫メイク、おしりアゴ、基本スーツ、(でもなんか丸っこい)。あの頃、「ビョーキ」とか「アブナイ」という言葉がもう流行してたっけ?と記憶は錯綜するのだが、音楽はポップかつ、案外骨太だし、ボーイジョージにくらべるとフェイムに振り回されていなかったような印象がある。今でいう「ネガティブ」なキャラを演ってるのに、インタビューで好きな飲み物は牛乳といっていたっけ。つまらんことを私もおぼえているものだが。検索すれば、この手の資料や動画は入手できるんだろうが、いつでも簡単に手に入るとなると、青春時代の情熱を自分で貶めるような気がして、あえて探していなかったので、今回のたった30分の放送は結構私にとっては驚きの内容だった。まず、プリンス同様私は私くらいのザ・キュアーファンに会ったことが、ない。従ってどんな人がライブに行くのか知らなかった。何となく女子が多いんだろうと思っていたのだが、映ってるオーディエンスはなんとほとんど若いオトコノコだったのだった。しかも次々ステージに上がってしまって、なぜかバウンサーというにはあまりにか弱げな、しかも蝶ネクタイの係員に連れて行かれている。ポップなかわいいヒットチューン「キャタピラー」が始まると、どこからかロバスミにキスしていく乱入客が何人も。オカマとか女装とかハードゲイの方たちではないが、もしかしなくても、彼らのサウンドは実は大変ゲイウケのするモンだったのだー。うーん知らんかった。ロバスミは私の記憶が確かなら、そういう人でも、そういうペルソナの人でもなかったと思う。(デビッド・ボウイーじゃあるまいし) 私はギターのテクニックなんてちっともわからないのであまり自信はないが、やっぱりいいギタリストというところも少年を惹きつけたんじゃないかな。そのライブでもキスされても過剰反応することなく、ご愛顧に感謝して演奏に集中していたのだった。ちょっとユーモラス、ちょっとエスニック味、ちょっと世紀末、だけどネオアコじゃなくて、デュランデュランでもなかった骨太ザ・キュアー、今も活躍していると思うが、(検索してみるかー)がんばってね。ボーイズ、ドーンとクラーイ。(関係ないが、昔の友達の今の姿をネットごしに見つけると、見かけとか変わっててもあまりショックないもんだな〜変わってないとなんかつまんない。誰を検索したのかって?...秘密です)
2013/07/21
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