サリエリの独り言日記
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ウクライナ戦争に続いて、安倍元首相暗殺事件について話そうと思っていたところが、日ごろ時たまaskaさん他気になった動画に投稿したコメントの中に、なぜかボツになったものもあったので(おそらくリンクの問題でしょう)、整理もかねて下にまとめておきます。音柱 何かと腹を立てつつも、じつを言うとコロナ自粛期間中、何度も繰り返し聴いていたのが、YouTubeに数多く出回っている「鬼滅」のEpic Versionのサウンドでした。もともと壮大なオーケストラの響きが好きなうえに、エレクトーンとの相性も良さそうだということで、826askaさんにはひそかに期待していたのですが、満を持してというか、今回おそろしく気合の入ったパフォーマンスを見せてくれましたね。その高い志と取り組み姿勢に、取りあえず立ち上がって拍手喝采です。 askaさんは「ルパン三世」と並んで、「鬼滅」への思い入れが強く、これまでも何度も取り上げて来られたのですが、画像もよけいな背景をなくして、楽器とaskaさんだけに絞っているあたり(ついでに最後のご挨拶もなし)、今回はとりわけ「音楽だけ」を楽しんでくださいね、という強い意志の表れなのでしょう。 まあ聴いてみてください。「鬼滅の刃【 無限列車編メドレー 】 」。 さてこれは826askaさんとしては、たぶん「君の名は。」以来の独自編集のメドレーで、13分超という長尺版となりました。音楽の出来映えと時間の長さは、必ずしも連動しないのですが、今回はそれでも短い、あるいは短いと思わせてしまう密度の濃さを感じてしまう。そしてそれは同時に、この「鬼滅の刃」が映画「無限列車編」を超えて、「音楽」として別の地平に乗り出している「無限列車編」だという気がするのです。 白状しますと、私は爾来アニメが苦手で、映画館へ観に行ったことがありません。今回は音楽が好いということで、よほど行こうかと思ったのですが、結局コロナもあって行きませんでした。しかし音楽というのは不思議で、「鬼滅」のEpic Versionや今回のaskaさんの演奏を聴いていると、自分の中に独自の炭次郎や煉獄が立ち上がってくるのを感じます。 これは前にも言いましたが、その演奏が映画音楽の再現性に優れているということではなくて、ひとえに飛び切り「喚起力」にとんだサウンドを響かせているというところから来ているのです。その場合、オリジナルサウンドは新たな音楽を生む「起点」、あるいは「触発物」と言っていいのかもしれません。イプセンの戯曲「ペールギュント」など誰も知らないけれど、グリークの付帯音楽ならだれでも知っている、我々はそうして音楽のほうから、ペールギュント像を自身のうちに作り出しているじゃないですか。私はそれで好いのだと思うのです。 さて「じゃあYouTubeに出回っている「鬼滅」Epic Versionと、askaさんの演奏は同列なのか?」という問いが生まれてきますが、もちろん全然違う。話が長くなるので端折ってしまうと、Epic Versionは画像に記録された一回限り、askaさんのはまぎれもなく「生身のパフォーマンス」であって、繰り返し演奏され得るものだということでしょう。この違いは大きいのです。Flying Dutchman 年を挟んでずいぶん力作が並びましたね。二十歳になられて一区切り、という気持ちがおありだったのでしょうか。「パイレーツ」といえば、言わずと知れたaskaさんの最初のメルクマール。それを「再演」ではなく、まったく違った音楽世界で描いて見せるというところに、並々でない決意というか強い意欲を感じてしまいます。 multi taskingという言葉がありますが、askaさんの演奏はまさしく複数作業の同時進行、なにも手足が別々に自在に動かせる(ように見える)ということでありません。マルチタスクとは音楽で言えば、錯綜する複数のリズムやサウンドが驚くほど高いレベルで統合されていて、寸刻の乱れもない響きということなのです。これを聴いていてテンポの同期性は言うまでもないのですが、ハーモニーやディナーミクにも、たぶん意図されざる統合された響きが感じられて、改めて彼女のキャパシティの凄味を感じてしまいました。 それにても、ここまで洗練された演奏を聴くと、これはもはや映画「パイレーツ」ではなく、前回の「鬼滅」もそうでしたが、音楽としての「パイレーツ」が、独立して動き出していると思ってしまいますね。終りのほう、永遠に海を放浪することを運命づけられた海賊の悲哀のような響きも聴こえて、私はなんだかこの映画の元ネタ、ワーグナーの「さまよえるオランダ人」を思い出してしまいました。Waltz 久石氏がフランス古参のオーケストラ、ラムルー管弦楽団を指揮したときに、何となく手探り感のあったオケが「人生のメリーゴーランド」(1時間9分過ぎ)になったとたんに、わが意を得たりとばかりに生き生きと演奏する動画があって笑ってしまったのを覚えています。三拍子というのはウィンナワルツを挙げるでもなく、よほどヨーロッパ人の肌に合うらしい。 久石氏は西欧音楽への畏敬と造詣が恐ろしく深く、古典から現代まですべて知悉したような人ですが、初期の「風の谷のナウシカ」のサントラはヘンデルのバロックから、ベートーヴェン以降の古典とロマン派、ドビュッシー以降の印象派から現代音楽に至るすべてのサウンドを詰め込んだような音楽になっていますね。 これは何も皮肉を言っているのではなく、「ナウシカ」から発せられる音像が、そのように聴こえたからそうなった、という経路をたどっているので、ちっとも嫌味な感じがしないでしょう。 「ハウルの動く城」も同系統の音楽ですが、それを当のヨーロッパの楽団が演奏したとき、どんなそぶりを見せるのかと思っていたら、上記のような次第となりました。さてでは、askaさんにかかるとどんな三拍子になるのかしらん? と、言ったような三つのコメントでした。言葉足らずな部分は、また機会があればということで。
2022.08.18
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