2006年09月27日
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カテゴリ: その他

その頃勝浦村に豪農の大庄屋に半五郎と云う者があって、その息子を源五郎と云い、早や二十才を迎えたのでよい嫁を迎えて家を譲ろうと方々を詮議して居た所、たまたまお政の風評を聞いて是非嫁にと所望し、嘉右衛門夫婦も初めは遺言を固く守って之を辞したが、あまりに切なる懇望に遺言とは云え落ちぶれた長次郎に入嫁させるよりはお政自身の為にも、又不運に傾いた自家の再興にもこの上なき縁談と心を変えて喜んで承知を與へた。

間もなくお政は福岡から呼び戻されて、嘉右衛門夫婦に色々と説得されたが固く辞して「自分の夫は長次郎様です」と云って極力反對した。

然しお政の決心が強ければ強い程、その潔操を目出て求婚を迫り、郡内の庄屋大庄屋は勿論村役人の權威を借って迄も盡せる丈の手は盡し、遂にはお政に覚えなき濡衣をきせ、脅迫的な言辞を弄して迄もその目的を達せんとした。お政の懊惱は讀いた。義理の貞烈の岐路に立っていずれを選ぶべきかお政の胸中は全くはりさくるばかり、余りの 悲しさに病床に臥す身となり、飲食すら口を通らず姉夫婦の心配は又格別であった。

遂にお政の決心はついた。

急に態度を改め微笑を似て承諾を與へた。姉夫婦は勿論、二年越しの求婚が遂げられた半五郎の一家の喜びは一方ではなかった。

いよいよ婚礼の日は来た。お政の門出を祝う酒宴のどよめきの中に女一代の喜びを今日の白無垢の晴衣に包んだが、之が死出の旅路の装いである事はお政より外に誰も知る由もなかった。

その日の夕暮れになって管竹取りに外に出て、裏の土蔵の中に蓆を敷き、その上に端座して二通の遺言を側に置き、かねて用意の剃を以て見事に咽元切って自害した。






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最終更新日  2006年09月27日 11時52分05秒
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