あるがままに生きる
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ようこそ、お越し下さいました。いよいよ島も、夏期シーズン突入間近というところに来ました。日々その準備に、喜々として楽しんでいる毎日です。まるで、息子娘が実家に帰ってくるのを楽しみに、迎える準備をしている感じでしょうか。私からすれば、多くの観光客の中の一人でしょうけど、その方からすれば、年に数回あるかないかのバケーションです。複数のお客様 対 私ではなく、1対1のエネルギーを出せたらなーと思っています。さて、再び親鸞さんのお話に。親鸞さんは35歳で流罪を言い渡され、越後に向いました。その5年後に流罪は赦されましたが、京には戻らず越後に留まり、広く関東を布教に廻っています。茨城県笠間に草庵を結び、「教行信証」の草稿に没頭したと言われています。60歳で京に戻りましたが布教はあまりせず、もっぱら執筆活動に専念していたようです。そして、親鸞さんが90歳で肉体の死を迎えるまでに書き上げたのが「教行信証」ですね。言わば、親鸞思想の集大成とも言えるものです。その中に、「南無不可思議光」という言葉が「正信偈」の冒頭に出てきます。(正信偈とは、全6巻ある「教行信証」の第2巻目の重要な詩句)この「不可思議な光」とは何でしょうか。それは、正しく阿弥陀仏に他ならないと親鸞さんは言われています。親鸞さんは、その「ひかり」を体験なされたのでしょうね。私も、二度に渡っての神秘体験で、頭で解っていた事が鈍い私にも解らせていただきました。(10年前にも、八甲田山で不思議体験をしたから3度かな)ちょっとした神秘体験 またまた神秘体験? 臨死体験をされた方も、「ひかり」を体験される方も多いと聞きます。宇宙飛行士の多くの方も、これを体験して約束された地位を捨てて聖職者等になっているようですね。「ひかり」は、はかることが出来ない、きわもなく、自在で透き通った、比べるべきもない明るさで、清らかで歓びに満ちた、知恵であり、名前なく・・・三次元の言語に表せませんね。通常の私達の常識では、はかる事など勿論出来ません。一瞬のうちに宇宙の叡智がほとばしり、何とも言われぬ深い慈愛がそこには潜み、アカシックレコードにアクセスされたようで、大宇宙の真理に触れた歓喜に震えます。体験後の私は、死に対する恐怖や、生への執着もなくなり、すべての人を許せる気持になり、何を見ても感じても感謝の念が沸いてくる。欲も、もう殆どありません。植物や昆虫、雲や雨、全ての自然の営みがいとおしくなります。これらの現象は、仏教では煩悩の消滅と言われています。人の身体は煩悩を入れる皮袋です。煩悩の消滅は、肉体レベルの超越になります。肉体レベルとは、三次元のレベル。三次元を超えて、解脱に至ります。5次元以降にアセンションすることです。この「ひかり」を体験すると、もう戻れなくなるようです。何処にですって?実社会といわれる三次元社会にです。物質的に豊かになる事や、権力や名誉など陳腐に思えてなりません。自身の求めている物は、三次元社会には皆無である事に気付きます。ここで生きてゆく最低限の衣食住さえあれば、「ひかり」を意識した生き方をしたい、そう思わせて止まないのが「ひかり体験」のようです。そして、もっと「ひかり」を突き詰めてゆくと、統合意識にたどり着きます。統合意識こそが、宇宙創造の大いなる存在そのものだからです。
2009.07.04
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