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「丑寅の二人旅」 第21弾 球磨、博多そして唐津へ 8日目・9日目(最終日)7月17日: 九州を離れる日になって漸く快晴、今日にも九州北部の梅雨明けが発表されるとか!!朝一番で、呼子朝市へ。呼子漁港のすぐ脇、海岸沿いの国道から1本中に入った道が朝市通り。1本の通りが朝市で、その長さは200m位かな? 港町だけに海産物がメインですが、唐津焼(?)も 流石は「呼子のイカ」、検定の碑? 呼子朝市、日本三大朝市の一つ、通りのゲートにも記されています。ところが、調べてみると、日本三大朝市には二通りの説が、1. 能登の輪島朝市/飛騨高山の朝市/玄海の呼子朝市2. 能登の輪島朝市/飛騨高山の朝市/南房総の勝浦朝市第一・第二は確定、第三のポジション争いですネ!ところで、色々ある日本三大xxxxって、誰が認定しているのでしょうか???もしかして、確たる認定機関、認定基準とかは無かったりして・・・・・ 呼子漁港のイカの天日干しこの他にイカを扇風機の様にグルグル回して干すタイプも 呼子から唐津市街に戻り、そこから玄界灘の海岸線沿いに走り、福岡市へ。福岡市の都市高速1号線は、シーフロントを走り、グッドな景観、ヤフー・ドームの脇も通ります。ひたすら高速道路を姫路まで走ります。姫路駅前のちょっと洒落たモニュメント 姫路城です。 現在、平成の大修復中。写真に小さく写っているのは天守閣? 下のほうをフェンスで囲われているみたい?修復作業が終了するのは2014年、だいぶ先です。 眼の前に「切磋琢磨」の文字が合宿に向かう女子中学校剣道部の娘さんです。夏休みが始まったのですネ。 7月18日: 姫路から奈良に寄り、15:00頃に埼玉に向けて出発。三連休の中日、それも夏休みが始まったばかり。やっぱり、渋滞が始まります。写真は浜名湖SA、 どうせ渋滞だからと、皆さんゆっくりと寛いでいます。 途中の道路掲示板で、大井松田-横浜町田 渋滞40km/2時間以上の表示が。最寄りのSAで道路情報を確認、マァマァやってくれます、上の区間で事故が5件。裾野ICから河口湖へ抜けて、中央高速はと見れば、大月JKTから4-50kmの渋滞。SAで仮眠、帰宅は日が変わって19日03:00でした。「丑寅の二人旅」 第21弾 球磨、博多そして唐津へ 終了です。
2010.07.17
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「丑寅の二人旅」 第21弾 球磨、博多そして唐津へ 7日目7月16日: 唐津中心部から呼子・鎮西へ唐津市街近くの海岸にある松原「虹の松原」、日本三大松原のひとつ からつ曳山展示場に保管されている唐津くんちの曳山、重さは2-4t。博多祇園山笠は舁き山で担ぎますが、唐津くんちは曳山で山車に乗せて引きます。(14個の曳山、毎年新造するのでなく、同じ物を修理して使用しているみたい) 唐津市街から呼子に向かう途中にある立神岩、この辺りの海は玄界灘。立神岩近辺の海辺は、九州でのサーフィンの発祥の地流石に昨日までは豪雨が続いていた為か、この日はサーファーは1人も居ません。 同じく玄界灘に面した海岸にある「七つ釜」、マグマが海に流れ込み急激に冷えて出来た柱状摂理らしいです。 (岩肌が筋状になってます) 呼子の名所「呼子大橋」、橋が架かっている加部島の「風の見える丘公園」からの眺め。 唐津市街の西側、玄界灘に突き出している東松浦半島、その半島の北の先端で2ヶ所角の様に飛び出しているのが呼子町(東側)と鎮西町(西側)。鎮西町、かの秀吉が朝鮮出兵した際に拠点とした名護屋城を築いた街。わずか5ヵ月で完成させたにも拘わらず、当時としては大阪城に次ぐデカサだったようです。(城の早造りは秀吉の得意技?)名護屋城の周囲3kmに、120程の諸大名の陣屋が築かれました、徳川家康、伊達政宗の陣屋も。それにしても、7年に渡る朝鮮出兵、戦場は常に海の向こう、そんなに大きく堅牢な城を築く必要があったのかな?国内の諸大名へ威容を見せつける為? あるいは、味方から寝込みを襲われるのを危惧したから?120もの諸大名の陣屋って、ある意味、120頭の狼に囲まれている様なものかも? 鎮西町の漁港にあった鯛の養殖筏です。 呼子名物「呼子のイカ・活きイカ造り」、ゲソとエンペラ部分は後で塩焼きに 今日は、鎮西町波戸岬に泊まります。 ー 8日目に続く -
2010.07.16
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「丑寅の二人旅」 第21弾 球磨、博多そして唐津 6日目7月15日: 博多祇園山笠のクライマックス「追い山」は早朝4時59分から始まる。中途半端な59分と言うのは、一番山笠が櫛田神社で出発前に「博多祝い唄」を歌う時間を考慮したものらしいです。追い山は、「招き板」を持った3-6人を先頭に「先走り」20-40人が走り、その後を「舁き山(山笠、山)」を20数名が担いで走り、その後を「後押し」10名程が走る形です。 (見ていると、後押しの更に後ろにも2-30人走っているみたい)早朝4時半にホテルを出て追い山のコースへ。かなりの土砂降り、傘は止めて雨合羽で完全武装。最初の舁き山の先走り集団(招き板は6枚)。 未だ夜が明け切っていない、カメラの露出を大きくしているので、ブレます。(被写体が走っているので、尚更) 近くの切り替えしポイントを折り返して来た先走りの先頭、少年3人が招き板を 先走りには小さい子供も、女の子も参加しています。 全員法被に締め込み(褌)の正装。追い山が始まった頃は雨足が強く、一番山・二番山の先走りの子は濡れ鼠状態。 ずぶ濡れでも頑張って走っている坊やこちらは女の子二人連れ後ろに見える青いポリバケツは、「勢い水」(今日は水を掛けるまでもなく、皆さんずぶ濡れ状態) 先走りと山笠の間に結構多くの男衆が(山を担ぐ舁き手の交代要員でしょうか?)この頃になると明るくなって、雨も小雨に。 追い山の主役「舁き山」の写真3題(六番山と七番山です) 山が直角に曲がる交差点に陣取っての見物、山は結構スレスレを通って行く。運任せでシャッターを、その結果の2題。 皆さん、それぞれシャッター・チャンスを狙っています。 博多祇園山笠は全部で7流、七つの舁き山が、全長5kmのコースを走ります。七つの流(舁き山)とは別に、八番山笠を名乗っていますが、番外と言うか、七つの流を受けてと言うか、最後に上川端通の「走る飾山笠」が走ります。これは、舁き山でなく、背の高い飾山そのものが一基だけ走る、但し、走る距離は櫛田神社境内を100m程。全ての山が通り過ぎるまでの時間、1時間30分程度。今回見物したのは、出発地点櫛田神社から1km程の所、未だ序盤の位置だから、先走り・舁き山も威勢が良かったのかも!次回は櫛田神社で見物したいが、相当早めに行かないと、駄目かも!!!博多祇園山笠を堪能した後は、唐津に向かいます。当初予定していた柳川の堀巡りは、天候が芳しくないので中止、代わりに八女市に寄り道。八女茶は全国ブランド、特に本玉露は評判が高い。八女市には、国指定の伝統工芸師が非常に多いとか。(竹細工とか)有田焼の名匠「酒井田柿右衛門」は、元々八女近隣の村の一族らしいです?写真は、お茶の問屋さん(小売もしている) 唐津市の南の外れ相知町(おうちちょう)の鵜殿石仏群岩肌に観音様・不動明王などが彫られている。鵜殿とは洞窟の意味?最初に空海が彫ったとか? 岩壁に掘られた多聞天(上)と不動明王 唐津市街の会館で、唐津焼を観賞唐津焼は、有田・伊万里に比べて、色合いが少なく、地味?会館脇のガード下に軒を連ねる居酒屋さん、シャッターには「唐津くんち」の絵柄が 今日の宿は、唐津の海岸縁に建つホテルホテルからの眺め、小さく見える唐津城(上の矢印)、ホテルのプール(下の矢印) 本日の夕食の写真4題(創作会席と言うのでしょうか? 美味しかったです) - 7日目に続く -
2010.07.15
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「丑寅の二人旅」 第21弾 球磨、博多そして唐津へ 5日目7月14日: 南阿蘇は水源・湧水の宝庫、名水の本場。白川水源が最も有名な代表的な水源で、その他に南阿蘇鉄道沿線に7箇所の水源・湧水が。高森湧水トンネル: 高千穂線のトンネルを掘削中に水脈を切断したのか、湧水が溢れ出てきたので、工事を中断、湧水トンネル公園として保存。トンネルの入口です。 七夕の名残りなのか、トンネルの内部は、地元の幼稚園・企業の飾り物がいっぱい。床の水路を湧水が流れています。 同トンネルの売り物「ウォータパール」超音波と特殊ストロボで、流水を真珠の様な水玉にし、静止したり、逆流しているように見える。 湧沢津水源 南阿蘇鉄道の鉄橋の下にあるのが寺坂水源 寺坂水源にあった「里芋皮むき水車」 南阿蘇鉄道の車両、白水高原駅を出たところ。白水高原駅は正式には、「南阿蘇水の生まれる里 白水高原駅」、日本一長い駅名だそうです。 南阿蘇には滝も多い。昨日の数鹿流ヶ滝を代表に七つの滝が。この「鮎返しの滝」は、落差40m、これも半円形の滝壷の岩壁の形が良い。 小康状態だった雨が本降りに南阿蘇を離れ、熊本市内に水前寺成趣園、想像していたより小さい。東海道五十三次を模したと言われる庭園、写真真ん中の富士山は、熊本だけに阿蘇の米塚を連想。 博多に向かいます。昨日から観光に掛ける時間が短い、雨に追い立てられているのかな!博多の街は博多祇園山笠で一色に!7月1日の飾り山公開から始まった山笠のクライマックス「追い山」の前日。キャナルシティーに設置された飾り山(市内には全部で14個の飾り山が) こちらは、明日の追い山で山笠(舁き山)の出発点の櫛田神社に飾られている飾り山 博多にとって山笠は1年の最大イベント・・・・、みたいです。櫛田神社境内・周辺から舁き山が走るコースの至る所に中継用TVカメラの設置が進んでいます。 こちらは追い山の準備をする子供(凛々しく法被に締め込み)ポリバケツは「勢い水」? 舁き山(山笠)は全部で七つの流れ。 これも、いずれかの流れの集まり。今日は、「流舁き」が行われる筈ですが、既に終わったのか? 見当たりません! 今日は勿論博多に泊まります、明日の追い山を期待して!! - 6日目に続く ー
2010.07.14
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「丑寅の二人旅」第21弾 球磨、博多そして唐津へ 4日目7月13日: 朝から雨、それも本降り、球磨川下り「急流コース」は早々と中止決定。「清流コース」も増水の為様子見状態で、次回の出発12:30直前までどうなるか分からないと言うので、今回は諦めます。熊本県南部の球磨から今度は熊本県北部の菊池市へ菊池市は、菊池一族(菊地氏)の本拠地。丑寅、二人とも不勉強で、菊池一族に就いては良く知りませんが、結構有名な一族らしい。南北朝時代の南朝側天皇は本土での戦いで敗れ、九州に逃れて、九州で最後まで頑張ったようです。菊池一族は南朝天皇に付いて戦っています。福岡県八女市(ここからそれ程離れていない。八女茶の産地)にも南朝擁護の形跡が・・・。菊地市の見所、菊池渓谷、土砂降り雨の中の散策、雨に追い立てられ、これと言った写真も無し。菊地市の見所2、「石橋巡り」「民家のオープン・ガーデン」、その気にならず、パス。菊地市は、西日本最大の酪農地帯、ミルクを使用したスィーツが評判ですが、・・・。以上で菊池市観光が終わってしまいました。菊池市から阿蘇山の西側を廻り込んで走り、南阿蘇へ。数鹿流ヶ滝(すがるがたき)です。この辺りの幹線国道57号線の路肩に小さな駐車場があり、そこから歩いて5分程で滝見の展望台が。落差60mと大きくありませんが、滝壷が半円形の岩壁で見映えが良い。連日の雨で、水量が凄く豪快。二枚目の写真は、展望台からでなく、阿蘇大橋からの眺め。 滝見の展望台に設置されていた「孝女白菊の歌」の像(西南戦争で行方不明となった父親を慕う娘の歌。 実話かどうか知りません) 国道57路肩駐車場にあった阿蘇あか牛のモニュメント(熊本県では口蹄疫の感染はありません) 阿蘇大橋です。 今日は、ほぼ一日中雨、早めに宿に入る事にします。今夜は南阿蘇泊まり。 ー 5日目に続く -
2010.07.13
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「丑寅の二人旅」第21弾 球磨、博多そして唐津へ 3日目7月12日: 今日は小倉から熊本県の殆んど南端に近い球磨川に人吉市を中心に球磨村、湯前町、水上村など、球磨川辺で見所も多そう!!但し、梅雨の豪雨が、数日前から連日大雨注意報が出っ放し九州自動車道を南下、熊本県南部は結構山間地域、八代IC-人吉IC間38kmにトンネルが23箇所も。トンネルを抜ける度に雨が強くなったり、弱くなったり人吉ICから東北東に1時間半、球磨川の上流に位置する水上村。水上村と宮崎県の上椎葉村を結ぶ県道142を途中で逸れて山道に、白水滝に到着。(豪雨になる前に見学を! と言っても、既に土砂降りでぇす)良く似た二つの滝、白水滝雌滝(落差150m)と白水滝雄滝(落差100m)、更に両方の滝の上に吊橋が架かっている。雌滝には白龍妃吊橋(長さ120m)、雄滝には白龍王吊橋(長さ164m)二つの滝の間は250m程、全体が遊歩道に白龍妃吊橋 白水滝雌滝 妃吊橋はアクリル板で足元を透して滝を眺める(雌滝全体を撮影するポイントが見当たらない)白龍王吊橋と雄滝、(こちらは、橋と滝を絶妙なアングルで捉える撮影ポイントがあります) 白水滝は滝と吊橋が絶妙、それが2つもあるし、滝の近くまで車で行けます(駐車場から雌滝まで歩いて10分程)近くに球磨川源流もありますが、こちらは登山感覚(?)らしいです。土砂降りでなければ・・・・、雨でなくても歩くのは・・・宮崎県とを結ぶ県道142(上椎葉湯前線)、口蹄疫防止対策は万全(?)です。車両消毒ポイント 元来た道を戻り、人吉を越えて隣の球磨村へ鬼ノ口棚田(球磨村の中心街から球磨川を渡った肥薩線一勝地駅近く) 球磨村の中心街を対岸から眺めた球磨川(球磨川は日本三大急流のひとつ) こちらは、肥薩線球泉洞駅近くの球磨川連日の豪雨で、濁流状態 球磨川、肥薩線沿線の柴立姫神社これが御神体でしょうか??? こちらも微妙な形状!!!! 肥薩線球泉洞駅球磨川に沿って走る肥薩線の車窓を楽しむ手もあります。因みに、人吉駅から分かれて湯前駅まで走っているのは「くま川鉄道」 連日の豪雨で、名物「球磨川下り」の急流コースは欠航、 清流コースは水嵩が増して急流コース状態(?)楽しみにしていた翌日の「球磨川下り」は、清流コースも水量状況の様子見状態の為、今回は断念。今夜の宿は、人吉です。 - 4日目に続く -
2010.07.12
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2010.07.11
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「丑寅の二人旅」 第21弾 球磨、博多そして唐津へ 初日7月10日: 昨年に続いて九州へ。前回は九州6県を猛スピードで通り抜けた感が。 その反省もあり、今回は地域を絞り込み、それぞれの地域で同じ宿に2・3泊を・・・出来上がった計画書は、・・・、アレッ! 毎日違う宿??兎に角出発今回は、家からのアプローチが不便なので余り使わなかった東名高速を利用。(余談ですが、東京から関西に行くのに、東名高速を利用した場合と、中央高速を走った場合とでは燃費がかなり違います。 山間を走っている中央高速、上り坂が長く、燃費が悪くなります)最近開通した池袋から新宿を経由して渋谷の先の大橋ジャンクションまで地下トンネルで結ぶ首都高「山手トンネル」を走ってみる。おぉー! 快適! 全く渋滞なし!大橋ジャンクション、ループで2周、Rが凄く小さい!! 振り回されそう!!流石に一気に九州まではキツイ、広島は福山で一泊最近何かと話題になっている鞆の浦へ 鞆の浦は、潮待ちの港瀬戸内海の西側「豊後水道」と東側「紀伊水道」の潮境に当たり、満潮→干潮の時間帯は、鞆の浦から豊後水道と紀伊水道方向に潮が流れ、干潮→満潮の時間帯は、豊後水道および紀伊水道から鞆の浦方向に流れる(干潮時から満潮までに入港し、満潮を待って出港すれば、西に行くにも、東に行くにも都合が良いので、潮待ちの港として栄えた港)加賀の北前船も入港し、「北前船が一艘入れば港が賑わう」と言われたとか。 鞆の浦港のシンボルの常夜燈、安政6年に建てられ、今も現役これも鞆の浦港の名物、階段式の桟橋「雁木(がんぎ)」 満潮時でも干潮時でも荷揚げ・船積み作業ができる仕組み 海岸通りから一歩中に入ると、昔ながらの古い街並み 高台から港を眺めた風景昨年、反対住民側の勝訴で差し止めになり話題になった「埋め立てと架橋で道路を通す計画」では、この写真の真ん中を思いっきり突っ切る予定だったようです。 観光船「いろは丸」坂本竜馬率いる海援隊が伊予国大洲藩から借り入れた蒸気船「いろは丸」が、紀州藩の軍艦と衝突して沈んだのが、ここ鞆の浦この事故での裁判が、日本で最初の海難審判だそうです竜馬側が勝訴、紀州藩から賠償金を獲得大河ドラマ「竜馬伝」で、鞆の浦もブーム再燃・・ ですか? 街中で見かけたポスターアニメ映画「崖の上のポニョ」の構想を練った場所が鞆の浦?鞆の浦名産の雑魚(ジャコ)料理、とあるジャコ飯屋さんの金魚(リュウキン)がポニョのモデルだとか?探してみましたが、分かりませんでした - 2日目に続く -
2010.07.10
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