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丑寅の二人旅 第81弾 わたらせ渓谷鐵道、足尾銅山そして大谷(おおや)5月13日-2 足尾を離れて宇都宮市大谷町へ最初は大谷資料館この辺りの地面・山・丘の地質、全てが大谷石かも資料館への道のあちらこちらに大谷石が露出して資料館前庭駐車場の岩壁も石を切り出した跡が地下迷宮みたいな資料館の地下内部、広さは140mx150m 野球場がすっぽり入る(クリックで拡大します)地下内部の気温は年を通じて8度C、結構寒い、終戦直後は政府米の貯蔵庫として使われました1919年から1986年までの期間を掛けて大谷石を切り出して出来た巨大な地下空間現在は、観光以外に、コンサート・演芸場・写真/映画のスタジオ・地下教会などに使われています各種イベントの記念写真みたいです大谷寺、大谷石の塊と言うか小山の岩壁にお堂を貼り付けたみたいですね(大谷寺パンフレットから)ご本尊 大谷観音(千手観音)高さ4mの磨崖仏(日本最古の石仏と言う説(寺伝)も) 磨崖仏ですから岩壁に彫られています千の手と千の目、手のひらに目があるのですね、ちょっと怖いかも810年の弘法大師の作と言われていますが、最新の研究ではバーミヤン石仏との共通点が見られることからアフガニスタンの僧侶が彫ったと考えられています(日本のシルクロード?)(大谷寺パンフレットから)こちらは脇堂に磨崖仏、釈迦三尊・薬師三尊・阿弥陀三尊、三体一組で合計9体の仏様が彫られています(クリックで拡大します)大谷寺直ぐ傍の公園に巨大な平和観音高さ27m千葉鋸山日本寺の石切場に彫られた百尺観音は33mかな?平和観音、やや遠景5月14日普通藤は藤棚で横に這わせますよね、何故か縦に這わせていますさくら市こうと野菜直売所にて ー 第81弾 わたらせ渓谷鐵道、足尾銅山そして大谷(おおや)終了です ー
2019.05.14
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丑寅の二人旅 第81弾 わたらせ渓谷鐵道、足尾銅山そして大谷5月13日: 足尾銅山の目玉は、昨日の製錬所跡・引き込み線跡等の所謂産業遺産と江戸時代から昭和までの坑道での鉱石採掘の様子をリアルな人形で展示した坑道展示坑道展示は、足尾銅山三大坑口(小滝坑、有木坑(本山坑)、大通洞坑(通洞坑))の通洞坑の一部に設けられていますトロッコで地下に入ります、乗っている時間は5分程度最初は江戸時代展示場、着物に頰被り人形が妙にリアル、腕が動いたり、喋ったり銅鉱石採掘は金槌と鏨表情が良いですね足尾銅山の採掘は江戸初期から400年、掘られた坑道の総延長は1,234kmお役人と坑夫のやりとりリアルな人形で当時の様子を再現した展示は、佐渡の金山と同じ、人形の雰囲気もそっくりなので、人形・展示は同じ会社が請け負ったのかな?水替人夫、排水作業では無さそう佐渡の金山では湧いてくる大量の地下水の排水が大きな作業で、「金採掘は地下水との戦い」と解説されていましたが、足尾銅山はそれほど大量の地下水が湧き出た訳ではなさそうです(クリックで拡大します)江戸時代の坑夫は出勤したら着てきた着物を脱いで素っ裸に手に持っているのはお弁当らしいですこの後用意された作業着に着替えます、そう言えば坑道内の坑夫、皆同じ着物です着物の洗濯は雇い主側がやってくれたのでしょうね、それとお弁当支給も(クリックで拡大します)明治・大正時代の坑道削岩機を使っています、この削岩機はどうなのか分かりませんが、電動でなく圧縮空気の削岩機も使用されていました地上に動力所と呼ばれる圧縮空気を作るコンプレッサーがあって、そこから圧縮空気がホースで坑道に送られます明治・大正時代の坑夫、洋服姿と着物姿、職種で区別していたみたいな昭和ですレールとトロッコ、昭和からですか?発破です、遠隔操作でダイナマイト爆発(クリックで拡大します)お弁当タイム、一番左の坑夫佐藤浩市似アルマイト製弁当と薬罐この頃は防塵マスク着用、手拭は江戸時代から変わらずに坑道展示、佐渡金山の方が距離も長く人形も多かったみたい、但し向こうは江戸時代の再現だけでした通洞坑口、坑道展示の入口、トロッコで入ります、帰りは歩いて戻り、少し離れた出口に寛永通宝製造(鋳造)の様子・プロセスが人形で展示上はその一コマ江戸時代(後期)貨幣価値:1両は現在の10万円程度、1両小判1枚で10万円、大判は10両なので100万円その下に二分金/一分金・一分銀/ニ朱金・二朱銀/一朱金・一朱銀/文があります銭4,000文(寛永通宝4000枚)=1両なので寛永通宝1枚(1文)は25円 (クリックで拡大します)足尾町の地図、橙色丸は本山エリア(最大の製錬工場が)、緑色丸は小滝エリア(小滝橋・小滝坑口・浴場跡)、赤丸は通洞エリア(坑道展示があります、変電所跡・動力所跡もあります)、古河掛水倶楽部は足尾駅近く本山製錬所跡から北に600m、銅親水公園からの旧松木村・松木渓谷方面の眺め何やら禿げ山ポイ、それと大規模な足尾砂防堰(砂防ダム)足尾鉱毒事件、製錬過程で発生する鉱毒ガス(主に二酸化硫黄)の煙で樹木が枯れ、見事に禿げ山に木が枯れると山崩れが、それにより松木村は廃村に山崩れの土砂を防ぐ砂防ダム、それと植林、昭和31年から本格植林を実施、漸く緑がその下流、数段に砂防ダムが ー 2日目-2に続く ー
2019.05.13
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丑寅の二人旅 第81弾 わたらせ渓谷鐵道、足尾銅山そして大谷(おおや)5月12日:最初はわたらせ渓谷を列車の車窓から楽しみます群馬県みどり市の大間々駅からわたらせ渓谷鐵道に乗り込みます、終着駅の栃木県日光市足尾町の間藤駅まで、2時間半掛けて往復、車を大間々駅に駐めているので往復せざるをえないのです乗り込んだわたらせ渓谷鐵道の列車、1両編成、列車と躑躅列車と躑躅もう1枚駅プラットホームの列車レストラン「清流」が有名な神戸駅(「こうべえき」でなく「こうどえき」)、駅弁ならぬ「唐揚げ」「カレーパン」販売お目当ての新緑、躑躅の赤がワンポイント・アクセント渓谷の新緑を楽しみましたが、写真はこれ1枚だけわたらせ渓谷鐵道、そこそこ速く、硝子越しの撮影駄目でした大間々駅に戻り、今度は渡良瀬川(渓谷鐵道)に沿って車で走ります、同じ区間を1往復半ですね(富弘美術館パンフレットから)神戸駅近くの草木湖畔の富弘美術館、星野富弘氏の作品を展示(24才の時に頸椎損傷、筆を口に咥えて多くの詩画を制作)殆どが花・植物が題材、添えられている詩も絶妙続いて沢入駅(そうりえき)にある陶器と良寛書の舘舘外壁に貼られていた陶器のタイル双頭の亀の背中に8頭の像、その後ろに鯉、その上に鷹が翼と腕を拡げて亀は地球、像は人類、鯉は人間の社会、鷹は宇宙、翼と腕は宇宙のエネルギーだとか続いて今回の目玉のひとつ足尾銅山その前に足尾の躑躅を古河掛水倶楽部、古河鉱業の迎賓館、外国人技師などを招聘していたので、基本的に洋風(白壁の洒落た建物と奇妙な枝振りの赤松の組み合わせが妙)現在も古河機械金属(株)の新入社員研修などに使われる現役、だけど、廊下などミシミシ・ギシギシ、あまり快適とは場所はわたらせ渓谷鐵道足尾駅近く掛水倶楽部に隣接する「課長社宅」こちらは「役員社宅」、課長社宅の5倍くらいデカイ足尾での鉱石採掘1610年(江戸初期)に江戸幕府直轄で始まり、1877年(明治10年)に古河市兵衛が経営に乗りだし、1905年に会社として古河鉱業が経営こちらも社宅、それなりの幹部用?江戸時代での銅生産ピークは1,200トン/年、一時廃山状態に、明治に入り新たな坑道開発と最新技術導入で復活、1906年には7,500トン/年(日本全体の40%)を生産間藤水力発電所跡(わたらせ渓谷鐵道終点の間藤駅近く)山頂から渡良瀬川原にある発電機まで直径1mの鉄管で繋ぎ、落差318mの水力で発電(発電量は400馬力とか) 写真は直径1m鉄管の名残1890年に造られ、日本最初の水力発電所という説も本山製錬所への引き込み線の鉄橋わたらせ渓谷鐵道は現在の終着点間藤駅から本山製錬所まで伸びていました(クリックで拡大します)古川橋と本山製錬所跡、間藤駅から北へ約600mのところ道路用鉄橋でしたが、馬車鐵道を走らせていたみたいです古川橋、1890年完成、長さ50m、幅4.6m トラス式鉄橋、見るからに頑丈そう本山製錬所、常に最先端の精錬法をつくり出し世界中から注目されていたらしいです 古河鉱業の主力製錬工場でした(クリックで拡大します)本山製錬所、足尾銅山での鉱石採掘は1973年に閉山、ただし本山製錬所は輸入鉱石を原料に1989年まで操業本山製錬所跡の大煙突本山製錬所の直ぐ近くにある本山坑(鉱石を採掘する坑道)は足尾で最初に削岩機を使った坑道小滝坑口、本山製錬所から直線距離で西南西に2kmのところ、ただし道程にすれば、大きくU字で走ることになるので10km江戸時代からの古い坑道小滝坑口に繫がっているのが小滝橋(引き込み線の鉄橋: 鉱石の運搬・坑夫の移動)(クリックで拡大します)小滝橋と新緑の緑、橋の向こう正面に見えるのが小滝坑口小滝坑道は江戸時代に盛んに採掘され、掘り尽くしたと思われていましたが、明治19年に坑口から485mの切り止め(坑道の終点)から9m掘ったところに採鉱直利(銅鉱石を多く含んだ鉱脈)が発見され、その後更に違う方向に30m掘ったところに三枚樋大直利を発見小滝坑道・選鉱所・製錬所として再開・最発展しました古河市兵衛は「先人は1600尺の深きを極めながら、僅か30尺掘進を辞したばかりに、この天恵を翁に譲った」記しています小滝選鉱所跡、煉瓦の土台? 壁?小滝浴場跡、坑内作業を終えた坑夫が汗と汚れを落としました小さいですね、浴槽は幾つもあったのかな? ー 2日目に続く ー
2019.05.12
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丑寅の二人旅 番外編 越生の五大尊花木つつじ公園5月3日、つつじ祭り真っ最中、満開です幟?旗? 何故か丘に沢山の幟が祭りなので、山車も花木つつじ公園なので、つつじ・ツツジ・躑躅公園ですが霊園でもあって、西国三十三ヶ所写し霊場コース・板東三十三ヶ所写し霊場コース・秩父三十四ヶ所写し霊場コース・四国八十八ヶ所写し霊場コース、それに五大尊堂なる本堂もありますと言う事で、写真はつつじ・ツツジ・躑躅だけ(クリックで拡大します)「売約済」の札が、販売もしているのですね ー 番外編 五大尊花木つつじ公園 終了です ー
2019.05.03
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