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明日、日曜日がPfingstenのメッセなので、まずはその練習。4曲歌うらしい。Sing dem Herrn ein neues LiedDas Vater unserAtme in mir!もう1曲はスペイン語の歌。どれも明るいテンポのいい曲。ここ1週間くらい、ものすごい快晴続きで夏みたいな日が続いているけど、そんな気候にまさにピッタリな曲ばかり。翌週の日曜日はMaiandachtで、墓地で(?)歌う。歌うだけだと思っていたら、一人1個ケーキを焼いてきて、コーヒーをポットに入れて持って来て、売るんだって。Maiandachtには今まで参加したことがないので、どんなイベントなのかサッパリ分からない。戦没者祈念だからしっとりひっそりとした集まりなのかと思ったら、ちょっとしたFest?指揮者のヴォルフラムが5月中は仕事で平日留守にするので、月曜日の練習を土曜日に振り替えたいという申し出に、ちょっともめた。小さなコーラスなので、一度に数人も練習に来られないとなると、集まる意味がなくなる。結局、18日は通常の日曜日メッセの後で教会で短く練習することになりそう。その後、12時半に集まって、イベントの会場準備を手伝い、イベント自体は14時半から。来週は日曜日まる一日、これで潰れるなあ。さらに再来週の日曜日はFronleichnam(聖体節)のメッセで、本来なら歌うことになるらしい。3週連続でコーラス隊出動って、今までなかったなあ。でも、ヴォルフラムから「Fronleichnamでは、何歌おうか」という話があった途端に、コーラス内で不満そうな雰囲気が充満。3週連続で?!別にたまには歌わなくってもいいじゃないの??ということらしい。最終的に、24日土曜日の夜、練習で集まってみて、誰が来られるのかどの曲なら歌えるのか、見てから決めようということで解散。結局歌うことになりそうだけど。来週から2週間、学校がお休みだから、子供の居る家庭では休暇を取って出かけることも珍しくないのだ。ドイツで暮らすようになってもう9年くらい経つけど、いまだにドイツ人の(特にドイツの学校の)休暇の多さには驚かされる。休みが多いっていうとフランスとかスペインの方がイメージが強いかもしれないけど、実はドイツがヨーロッパで一番休みが多い(宗教的な祝日とコンビの連休が多い)という話だ。
May 11, 2008
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指揮者のぺトラが出張でいないことが前から分かっていたので、メンバーの一人が、知り合いのヴォーカルトレーナーに頼んで、Stimmbildung(声づくり?)をしてもらうことになっていた。8時ちょっと前にいつもの練習場に行くと、トレーナーが既に来ていた。20代半ばくらいの若いラテンアメリカ系の男性だ。8時10分くらいになると、いつものようにバラバラと人が集まり始め、練習が始まった。まずはトレーナーの自己紹介から。彼は、ブラジル人で、祖国の大学で指揮を専攻し、その後ストラスブールの大学で声楽を専攻した人。ドイツ語もかなり上手だったから、ドイツに来て長いのかもしれない。まずは、体をほぐしながら、声を出す練習を、色々な言葉を使いながらやった。彼は特にマスクの響きに重点を置いていて、常に「マスクに響かせて」と言い続けていた。鼻を持ち上げて、前歯を見せて、頬骨を持ち上げて口の上の部分の筋肉を使って口を水平に開けるんじゃなくて縦に開けて美しい声を出そうとしなくていいから頬骨のあたりに声が響いてるのを感じて高音になってくると、少なくとも女声はどうしても頭頂部に抜けるような発声になる。それに対してトレーナーは、音を引き込むと前に出なくて響かなくなるから、マスクを使って前に出せと教えてくれた。実際にその違いをやってみせてくれたんだけど、確かに声量や響き方が全然違う。彼が自分の腕を口の前から頭の上、後方までゆっくりと動かしながら、それに合わせて響かせる場所を変えていくと、声の響き方や質、声量が明らかに変わっていってとても面白かった。私たちにもやるように言われたんだけど、ムリムリでも面白かったから、家でコッソリ練習してみようっと。ただ、彼の言うように声を前に出すようにしていたら、気がつくと力いっぱい息を送り込んでいて、喉が痛くなりそうな感覚があった。マスクに響かせる発声って、今ひとつ良く分からない。頬骨のあたりに声が響いている感じ、分からなかったし。これも家でコッソリ練習してみよう。トレーナーが男性だからなのか、発声練習の音域が比較的低いところで、何となく不完全燃焼というか、物足りないというか、、、。市民大学のアネッテは、「男声はマスクの響きをたくさん使う、女声も低い音域はマスクに響かせる、女声の高い声は後頭部から頭頂部に響かせる」と教えてくれたんだけど、人によって違うものなのかな?結局、その人が一番いい音を出せる場所を探すものなのね。
May 8, 2008
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市民講座、「私の声」の5回目。今週は私の個人レッスンの時間を取ってもらった。普段の練習や歌の練習はすごく楽しいけれど、そもそも私がこの講座の参加を決めた本来の目的は、プレゼンテーションをする時にきちんと声が通るようにしたいから。過去に実際に発表したことのあるプレゼンテーションの下書きを使って、話す練習をした。わざと舌を噛みそうな専門用語が並んでいるページを用意した。とりあえず一度、みんなの前で読んでみせると、講師のアネッテだけではなく、ほかの参加者からも色々なフィードバックをもらえた。実際のプレゼンテーションでは、事前に練習もするし、キーワードだけをまとめておいてしゃべるようにするんだけど、今日はプリントアウトした紙を読み上げたから、わかりにくかったらしい。さらに普段、ドイツ人の早口でとうとうと流れるようなプレゼンテーションを聞かされているので、つい格好だけ真似しようとしていたのか、同じようなリズムとテンポで話すようになっていたようだ。それを専門用語満載の内容で、外国人に、下書きを読み上げるようにやられたら、理解しずらいのは当たり前。特にアネッテからは、難しい単語は分けて、はっきりと一息つくくらいの間隔をとって発音するようにアドバイスをもらった。例えば、Buergerinitiativeならば、Buerger-ini-tia-tiveといった具合。もう少し体を使って(お芝居でもするように)話すと良いんだけど、と、言われたけど、さすがにそれはムリ。何度かテキストを読み上げて、発音の練習をした後で、じゃあ、今のをもう少し高い声で、と言われた。声のトーン自体は実際にはそんなに高くしなくても良いんだけど、声を頭頂部に響かせるような感覚でしゃべってみて。アネッテが一応お手本をして見せてくれるので、よく分からないけど、とにかく声が出る場所を上の方というか、斜め後ろの方に引き上げるようなイメージでしゃべってみた。自分の耳にも全然違う声になったのが分かった。しかも、何を話しているのか分からなくなって、途中から紙を盗み見しながら、単語に気をつけながらしゃべったら、声が元に戻ってしまった。これは、我ながら非常に面白かった。いや、面白がっている場合じゃないんだけど。アネッテからどう?と言われたので、最初は良かったけど、途中から声が沈んで言ったよねと、答えると、そうよ!テキストなんか何でも良いからとにかく、最初の感じでもう一回やってみて!と言われ、再度挑戦した。今度は紙を見ずに、ちょっとあいまいなところも何とか適当にごまかしてそのまま話し続けた、ら、イイ感じの声のまま、最後まで話せた。アネッテばかりでなく、参加者全員からも、良かったよ~と、お墨付きを頂いて、充実感を感じた。しゃべって充実感を得たって、なんだかすごく新鮮。話す時の声の出し方、ちょっとコツが見えてきた気がした。モノにするには練習、練習、また練習しなきゃいけないだろうけど。今月は祝日続きでつぶれてばかり。次回は6月2日。
May 6, 2008
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指揮者ヴォルフラムの都合で土曜日19時~に振り返られた練習。参加者は少なくて、S4A2T1B1。来週日曜日にはPfingstenのメッセがあり、そこで歌う曲、3曲か4曲をまず練習した。そしてその次の週の日曜日、Maiandacht(戦没者祈念)に歌う曲を2曲。なんかやっぱり、教会の歌(聖歌?)って歌いにくい。声が伸びないっていうか、喉を開放しきれないっていうか、胸に変な圧迫感があるっていうか、、、。最近、教会コーラスで練習しながら、どうしてかなー、と、ずっと考えてる。これらの曲は、音域で言えば、メッセと比較すると決して高くはない。たいてい5線譜上のミからラ、シくらいの範囲に収まる程度。一箇所くらいは必ず、下はドくらいまで下がったり、上はミ、ファくらいまで上がる。なのに声が気持ちよく出ない。ウォーミングアップが少ないせいもあるとは思うけど。この音程の範囲が、私には難しいんだろうか、と思い当たった。メッセみたいに、全般にわたってもっと高い音域にある曲の方が、体はもちろん大変なんだけど、喉は楽に発声し続けることができるような気がする???自分の体のことなのに、よく分からない。歌うって、なんだか神秘的。ソプラノは全域が頭声部という風にどこかで読んだ記憶があるけど、きっと高い音域とその下の音域で発声の仕方が違っていて、それができていないような気がしてきた。そう言えば、日本に居た頃に同僚たちとカラオケに行って歌ったら、「へー、君はファルセットで歌うんだな」と言われたことがあるのを思い出した。その時は言われた意味がぜんぜん分からなかったんだけど。つまり、私は地声で歌うことができないってことなんだろうか?だから低い音域が弱い?もしかして、話す声が小さいのもそのせい??どうしたら、低い音域をしっかり歌うことができるようになるんだろう?ヴォルフラムはその次の週も都合が悪いらしく、来週もまた土曜日19時に練習が決まった。
May 4, 2008
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Oヴォーカルのレギュラーの練習日。日曜日と同じ、少し小さめの部屋。人数はざっと見渡しても日曜日の1.5倍は居る。また耳が痛くなりそう、といきなり不安。OヴォーカルのEinsingen(ウォーミングアップ)は、今までのところ、高音を中心にするって感じ。腕を振ったり、スクワットみたいに膝を曲げたりしながら声を出す。発音する言葉を変え、メロディを変えながら、徐々に音域を上げていく。最終的には悲鳴に近いようなところまで行った。上のCは越えていたと思う。その後で、ヴォイストレーナーがアルトとバスに「低音もやっとく?」と聞いて、低音域の練習も少しした。私は低音域が全然ダメらしい。ソプラノの他の人達がまだ余裕でついていけてるところで既に辛くなってくる。頑張ってついていこうとしたら、首の付け根、ちょうど鎖骨の隙間の辺り(声帯の下辺り?)に違和感と鈍い痛みを感じた。以前、まだ自分が本当にソプラノなのか自信がなかった時に、友達に付き合ってとあるコーラスのお試しに行き、アルトで歌った時のことを思い出した。1時間も経たないうちに、首の付け根の辺りに痛みを感じ始めたのに、無視して最後まで練習に付き合ってしまった。その後数日間、首の付け根から胸(肺?)にかけて、違和感というか重みというか、変な痛みが取れなくって普通に呼吸するのさえ辛かった。クラッシックを歌う分には高音さえ出れば、下はCくらいまででとりあえずは十分だ。それでもFから下くらいになると、自分でも情けないほど声が弱々しくなる。ソプラノにいると高音域にばかり力を入れるけど、低音域の練習ってあるんだろうか?まずはScriabinから。指揮者のヴォルフガングは、日曜日に結構いいところまでいったので、とりあえずざっと日曜日のおさらいをして、PolowetzerTaenzeの方を練習したかったみたい。しかし、歌いだした途端にガックリと肩を落とすと、喝を飛ばし始めた。男声、遅い!男声が足を引っ張ってどうする?みんな一体どうしたんだよ?日曜日は今日の半分くらいの人数だったけど、今よりもボリュームがあったし、力強くて、ほとんど鳥肌ものだったっていうのに!!!遅ーーーーーい!指揮の後から着いて来るようじゃダメなんだよ。みんな、こっちを見て。楽譜なんか見るな!楽譜を下に置いて!!だいたい、テキストは繰り返しばっかりなんだから、この曲は暗譜で歌って。しまいには、Das war Muell! Nochmal!!!! (そんなのゴミみたいだ!もう一回!!)ゴミ?!うそ、今、ゴミって言った??熱いなあ。だから面白いんだけどもちろん、彼だって本気で侮辱しているわけではなく、奮い立たせよう、集中させようとしているだけ。いや、この日はさすがにちょっとイライラしてたか。彼の言い草が面白くって、ついついケラケラ笑ってしまう、能天気な私。結局、Scriabinにほとんどの時間を費やした。ヴォルフガングは、日曜日にも語ってくれたScrabinの音楽の世界について、この日も繰り返した。Scriabinは、宇宙に地球以外にも生物が生存する星がある信じていたんだよ。そんな想いを馳せながら、音楽が地球の大気圏を通り抜けて、宇宙空間を漂っている、そんなイメージで音楽を作っていたんだ。だから、音楽が宇宙から舞い降りてくるようなイメージを持って歌って欲しい。目の前に天の川が見えるような感じでねそう言われて旋律を聴いてみると、確かにSF映画の主題に使われそうな雰囲気がある(←想像力が陳腐)コーラス部分は4分くらいで短く、3つの部分に分かれている。音楽的な知識がないので、きちんと説明できないけれど、最初と最後にくる主題の部分と、真中の部分の調性が違う。ヴォルフガングはまずピアノで、主題のメロディをこの二つの調性で弾いてくれた。主題の部分は、クリアで明るく輝きを放つように響き、真中の部分は温かく響く。そのことを頭に置いて、歌うように、と。この主題は女声だけで、ppで始まる。これがなかなか上手くいかない。ppとかpっていうのは、音量を下げて声を出さないようにすることじゃない。ボリュームはそのままで、声は客席の一番後ろまで届かないといけないんだ。指示を出すと、首を亀みたいに引っ込めて縮こまってる人がたくさん居るんだけどそうじゃないから!声の音色を変えるんだよ。響きを細くするんだ。コレ、最近の課題。でも、感覚として全然分からないんだよねー・・・。そこで、ボイストレーナーの提案で、椅子に座ったり立ったりしながら歌った。歌いながらゆっくりと腰を下ろしていき、一度座ったらまた、ゆっくりと立ち上がっていく。この時、上半身を揺らしたり倒しすぎたりしないように、下半身、特に太ももの筋肉を使うように意識する。これを2章節ごとに繰り返す。この練習はすごく良かった。これだと、声を押出して力いっぱい歌うことはできないし、でも声の張りが保たれていて、ボリュームは維持されていた。このOヴォーカルは、毎回練習の最初か最後に出欠を取る。と言っても、ここ数回は取っていなかったので、形だけなのかと思っていた。ら、この日、練習の後でヴォルフガングが出欠を取った。日曜日に出欠取るの忘れちゃったから、その分も確認するからと、出欠を取りながら、新しい参加者の名前と顔も確認しつつ、時々「君は日曜日居たよね?」とか「君は日曜日居なかったね?」とチェックを入れていた。日曜日だって参加者が50人以上は居たはずなのに、その顔をほとんど覚えているらしい。恐るべき記憶力。ずい分きちんと出欠取るんだな、と感心していると、練習をたくさん欠席した人には補習を受けてもらうからね。日程が決まったら、その人に直接メールで連絡するからと、サラッと言ってのけた。歌が好きなド素人が集まっている(参加は経験不問)アマチュアのコーラスなのにーーーー?そりゃあ確かにコンサートハウスで観客を前に演奏するんだから、下手なことはできない。第一、指揮者ヴォルフガングのキャリアが掛かっている。それにしても、日本ならばそのくらいの勤勉さは普通かもしれないけど、自由主義・個人主義が徹底しているこのドイツで、こんな団体が存在するとは考えてみたこともなかった。私の名前が呼ばれ、返事をして手を上げると、ヴォルフガングがこちらを見てああ、君ねとニッコリ。日曜日のことは聞かれなかったので、後でコッソリとリストをチェックしてみたら、日曜日もちゃんと出席になっていた。ちゃんと覚えてるんだーーーーー、なんかうれしーーーー、けどちょっと身が引き締まる。ま、新しい参加者の中でアジア人は私一人だから、顔を覚えるのも難しくはないか。ちなみに、レギュラーのメンバーにはフィリピン人の女性が二人居る。同じくアジア出身ということでお互いに親近感が湧き、顔を合わせた瞬間からすぐにおしゃべりが始まった。もう既に、以前から知っている友人のような気がしている。
May 2, 2008
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19時に教会の前に集合し、Flurprozessionが始まった。村の中を、大名行列のように練り歩き、キリスト像が立てられている場所、4箇所で祈りを捧げる。中山間地域に位置する人口300人程度のこの小さな農村でも、地方中枢都市に近いせいか、ベッドタウン化(←死語?)が進んでいる。早い話が、住民の教会離れが深刻なほど進行している。Prozessionなんて年間で2回、(いや3回か?)しかないのに、住人の参列者がほとんどいない。今回は、教会関係が司祭と子供のMinistrantが3人、村の役員が2人、教会コーラスがS5A4T2B1で指揮者も入れて、計13人。住人の参列者が、、、6人司祭も張り合いがないとか思ってんだろうな。(ちなみに、この後の教会でのメッセは参列者が12人だった)そしていつものことながら、祈りを捧げる最中にも、車で通りかかる人の多いこと!トラクターが轟音を立てながら下ってきた時には、さすがに参列者一同苦笑い。この村は山の峰に向かって袋小路になっているから、乗り入れてくる車は住人かハイキングなどの訪問者かのどちらか。毎年のことなんだけど。もちろん、宗教行事だから参列するしないは本人の自由。でも、Prozessionなんてせいぜい30分くらいのことなんだし、せめて邪魔しないようにその時間は避けようとか、思わないのかな?ドイツに住むようになって時々感じることだ。個性を重要視する、個々を尊重する個人主義って素晴らしいことだと思う。外国人の私でさえ住みやすいと感じるのは、個人主義が社会の根底にしっかりと根付いているからではないかと思う。しかし、その一方で、自己中心的な考え方や我侭を主張することを「個性」「個人主義」と履き違えているのではないかと感じることも多い。最近すごく不思議なこと。教会コーラスで歌う曲は、メッセでない限り、一番高い音でミとかせいぜいファ、たまーにソ。高い、と言うほど高い音はない。それなのに、そんな音さえも出なかったり、かすれてしまったりする。なんで出ないんだろうなあ、と、自分で観察しながら思いついた理由をメモしてみる。出ないはずないんだからと思って、力むと、力の入ったかすれた変な声が出た(←当たり前か)体が固まっていて息が流れない、声が下から上がってこない、体の中で響いてこない、声が出ないから仕方なく喉で搾り出そうとしている、という感覚があった。メロディが比較的低い音域で成り立っている曲で、急に一箇所だけミとかファまで上がると、出しづらい。Oヴォーカルではラまで出だしているのに。4時間のぶっ通しで何度も歌ってもちゃんと出るのに。いや、そう言えば、Oヴォーカルでも練習の最初の方では出にくいかもしれない。あれだけ念入りにウォーミングアップしても、最初は出ないんだから、ウォーミングアップをほとんどしない教会コーラスで、高音が出るはずないのかもしれない。
April 30, 2008
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翌日、火曜日の19時からFlurprozessionなので、まずはその時に歌う曲の練習。祈りを捧げる場所が4箇所あり、それぞれの場所で1曲歌う。Prozessionの後で教会に入り、メッセがあり、そこでも2曲歌う。どれも短い曲ばかりだし、毎年同じ曲ばかり歌っているので、どの曲も数回通して歌うくらいでどんどん先に進む。いつも本当に残念なんだけど、きれいに声を出すとか、美しいハーモニーを作り出す、とかそんな次元の問題ではなくて、とにかく声を出す、メロディにテキストを乗せる、というだけの歌。基本的にドイツ語の歌は好きじゃないけど、中にはきれいな曲もあるのに教会コーラスは、年間で平均すると月に一度は教会で歌う。特にイースター後のこの時期は、次々とキリスト教の祝日がやってくるので、比較的忙しい時期ではある。イースターでメッセを歌い、1ヵ月後のProzessionで6曲、その2週間後の聖霊降臨祭のメッセで3曲、その前後にある戦没者祈念祭でも歌う、といった具合だ。このスケジュールで、新しい曲を練習するのは確かに冒険かもしれないし、量をこなすことがまず優先で、質を高めるという発想は起こらないのかもしれない。しかもコーラスのメンバーは、お年寄りが中心で、自分達が止めるわけにいかなから続けている、というスタンス。音楽性を追求しましょうというのは到底無理な話。それでも、やっぱり、もう少し本気出して力を入れた方が、ヨロコビも大きいのに、と思ってしまう。指揮者のヴォルフラムが来週の月曜日居ないので、急遽練習を今週の土曜日、19時に変更。
April 30, 2008
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市民大学の講座、私の声4回目。開始時間に居たのはまたしても3人、いや4人のみ。いつものように、各々が伸びをしてあくびをして、体をほぐした後は、体を使った練習。足の関節を動かす。椅子に座り、踵を床につけたままつま先を持ち上げ、足の指を動かす。指の関節がどんな風に動くのか、動きにくい関節はあるか、どの指が単独で動かせるのか、など意識してみる。両手を太ももの下で組み合わせ、足を浮かせるようにして、足首を動かす。足首の関節がどんな風に動くのか、動きにくい角度があるか、など意識してみる。膝の関節も同様に動かしてみる。手を外して、股関節を動かしてみる。反対の足も同様に。坐骨で歩く。椅子の上で、お尻を片側ずつ浮かしながら歩いてみる。胴を水平方向に回す、動かす。椅子の上で、腰を使って8の字を描くように胴を回す。肩が中心から動かないように意識して、胴だけを回すようにする。回す場所を段々と上の方向に持っていく。あばらの一番下、脇の下、肩。足の力で伸び上がり声を出す。椅子に座った状態で、片方の足(膝、すね)を組み合わせた両手で抱え込むように持ち上げる。足の重さを感じながら(足には一切力を入れずに)、腕の力だけで足をゆっくりと下ろしていく。この時、上半身も脱力しながら倒していき、頭が垂れ下がるように。足が床についたら、足の力だけで上体を起しながら、PO----!と声を出す。足の力で床を蹴り、その反動で体を起こす感じ。足からの力を利用しながら発声する、話す。足を前後に開いて立つ。後ろの足の膝を曲げながら体を低くし、前の足に体重移動したら、前の足を伸ばしながら普通の高さまで伸び上がる。この動作で歩きながら、伸び上がる時にvvvvvvvとかzzzzzzとか声を出したり、話したり、歌ってみる。そして、顎をリラックスさせて開き、反響する場所を感じる練習。まずは、ハミングで。口を閉じた状態でmmmmmmと声を出しながら、モノを噛むように口を動かす。ng--------では、口を軽く開いて。nnnnnnnnnでは、唇を開いて下を上の歯の付け根辺りにつけ、歯は軽く噛み合わせた状態。口を動かしながら歯を離してもいい。母音を発声しながら一番反響する場所を探す。oooooooiiiiiiiiとか、uuuuuuuuiiiiiiiiとか、aaaaaaaaiiiiiiiという風に、二つ以上の母音を続けて発声しながら、一番良い反響する口の状態を探す。oとuの音は、唇をすぼめて縦に開いて。iの音の時は鼻を持ち上げてマスクに響かせて。この母音を使った練習を、ソロでやった。アネッテから、もっと口を縦に開けて。iの時はコワイ顔(頬骨を持ち上げる)してマスクに反響させるの。もっと高い声出してみて。といった風にアドバイスが出る。コツがよく分からなくって、とりあえずやるだけやってみたっていう感じだったのに、アネッテに「いいわね」と言われて、なんだかピンと来なかった。いや、自分では違いが分からないんだけど?と言うとそうね、自分ではなかなか聞こえないかもしれないわね。iiiiiiのところ、口を閉じすぎないようにして、oooooとかuuuuuの響きを引きずった感じで発音してみて。あんまりイメージが湧かなかったんだけどとにかくやってみた。やってみると、言われたように響きを引きずったままiiiiiに持って行こうとすると、あまり唇を動かさないようにして、口の中の空間を保ったまま、舌の状態だけを変えて発声していた。すると、歯の奥の口が上に向かってカーブしている部分の一番高さがある辺り(口蓋?)に軽くビリビリとした振動が感じられて、声の感じも少し変わった。なるほど。
April 28, 2008
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日曜日の午後、13時から17時までぶっ通し4時間のコーラス練習。たまたま駅でOヴォーカルのメンバーと一緒になって、いろんな話を聞きながら練習場まで行った。Oヴォーカルは、コンサートの準備に入ると、決まって毎週の定期練習に加えて週末を使った集中練習をするらしい。半分以上が社会人で素人の集団、家庭を持っている人だってかなり多そう。それに、もともとの本拠地がこの町から20kmほど北に行ったところにある町で、メンバーにはその町の住人も多い。彼らは、練習となればわざわざ車を乗り合わせてやって来る。それなのに、週末の練習やコンサートハウスのステージを使った練習が、全部で10回くらい組まれている。たいしたもんだ。指揮者の真剣さがうかがえる。Oヴォーカルには、専属のヴォーカルトレーナーがついている。そのため、メンバーは毎月6ユーロ払っているらしい。ヴォーカルトレーナーが毎回練習と並行して、数人の小さなグループでボーカルトレーニングを行うが、この6ユーロを払っている人が受ける権利がある、ということらしい。月6ユーロなら安いかも。電車の乗り継ぎの都合で、開始時間から10分くらい遅れて到着した。いつものことで、どうせまだ始まっていないだろうとたかをくくっていたら、指揮者のヴォルフガングがすでにウォーミングアップを始めていた。まったくこういう時に限って・・・。10分の休憩が一度あっただけで、4時間ほとんどぶっ通しの練習だった。今日の練習は、あまり大きくない部屋で行われた。練習の最後の方では曲のクライマックス部分を練習したが、さすがシンフォニーのクライマックスだけあって、ドラマティックに盛り上がる。ヴォルフガングがオケ部をグランドピアノでガンガン演奏し、60人からの人間がffで歌うため、いい加減耳がおかしくなりそうだった。練習が終わって外に出ると、ディスコから出てきた時のように、頭がいっぱいで音がこもっているような感覚。頭は痛いし、バランス感覚まで少しおかしくなったようで、体がふらついて気持ち悪かった。それでも、声がかれていない!以前は、1時間弱メッセの練習をしただけで声がかれていたのに。発声法が少しは身についてきているのかな。
April 27, 2008
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久しぶりにほぼ全員揃った。来週の火曜日にProzessionがあるということで、その時に歌う曲を3曲、Prozessionの前のメッセの途中で歌う曲を2曲練習した。この時期のProzessionは去年も一昨年も参加しているので、メロディ自体は頭に入っていたけど、テキストが多くてなかなかちゃんと歌うところまで追いつかない。毎年同じ歌を歌っている、歌ったことがあると言っても、毎年せいぜい2回の練習でやっつけ仕事のようにチャチャっとおさらいするだけなので、あんまり馴染みがない。ドイツ語のテキストの歌は苦手。子音だけの音が多くて、強い音も多い(schとかtとかkとか)ので発音しづらくって、歌いにくい。他のパートが音を取っている時には、必死にテキストの発音練習をしている。それなら音符を借りて帰って自主練習すればいいのかもしれないけど、歌っていてもあまり楽しくない曲が多くって、そんな気もおきない、、、。このコーラスはほとんとウォーミングアップしないせいか、それともテキストを読むのに集中しすぎて肩に力が入りすぎているせいか、ミさえも満足に出なかったソプラノの他のおば様達も同じく声が届かず、指揮者が半ば呆れながら檄を飛ばす。これはそんなに高くないだろう???前日にはラ♯まで出たのに。人間の体って不思議っていうか、きちんとウォーミングアップしようよ。最後の15分くらいで、Pfingstenに歌う曲を1曲歌った。AveMariaという曲。AveMariaという曲はたくさんあるので、これだけではまったく分からないけど。テキストがものすごく少ない上にリズムもゆっくりだったので、ようやく「歌う」ことができた。一番高い音はファだけど、この時は普通に出せた。歌うのって難しい。急に来週の火曜日がProzessionとか言われても困るんだよなあ。Rコーラスの練習休みたくないのに、、、。ま、きっとProzessionに行くことになると思うけど。
April 25, 2008
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前日のRコーラスの練習で、指揮者のぺトラがもう一度アナウンスしたので、Rコーラスからの参加者が先週よりも多かった(ソプラノ5人、アルト3人、テノール1人、バス3人)ぺトラ自身も今週は来ていた。やはりどこのコーラスもそうだけど、男声、特にテノールが少ない。ソプラノの次に目立つメロディが多いパートだけに、バスの半分くらいの人数しかいないのはとても残念。どこのコーラスのWEBサイトを見てもたいてい、「特にテノール大歓迎」の文字がある。PolowetzerTaenzeで、一つ目のAllegroの部分から練習に入った。一番高い音、ラ♯を含んでいる部分だ。先週は、喉の調子が良くって、いきなりポンッと出てしまったんだけど、今週は喉の調子が悪い。月曜日くらいから喉に違和感があって、食べ物を飲み込むと引っ掛かる感じ。本当は歌っちゃいけないんだろうなあ、ポリープなんかできいませんように、とビクビクしながら、それでも練習にはウキウキしながら出かけてしまう。日曜日くらいから花粉症が始まったらしくて、喉がガラガラしている感じ。それでも犬の散歩から帰ってくると鼻がムズムズする、目が痒い、っていう程度なので、薬も飲んでいないし、去年とはまったく比べものにならないくらい楽。気休めのつもりだったんだけど、2月から毎日飲んでいる甜茶が、本当に効いているんだろうか??ちょっと信じられないんだけど。調子が悪かったのは私だけではないらしく、一番高い音の部分の音が皆バラバラ、私の耳にも「ちょっと低いなあ」と分かるような音だった。指揮者のヴォルフガングが思わず噴出して、ソプラノ以外のパートを座らせた。ソプラノ集中レッスン。立ったままで、膝を少し落とし上半身をかがめた状態から伸び上がりながら、片方の手を頭の後ろからボールを投げるように前方に勢いをつけて放り出す。この動作をしながら声を出す。さっきよりはましになったけど、いまいち音が届かない。少しかすれているような感じがする。今日はダメかも、と、少しあきらめの境地ソプラノ全体でもまだ音がバラバラで、出てない人は全然出てない。椅子に腰掛けて上半身を前方に倒し、頭を下げる。脱力して頭と首を完全にぶら下げるような感じで。1オクターブ低いラ♯を出し、立ち上がりながら1オクターブ上げていく。出た!ヴォルフガングは、音を正確に出させるために、強弱をつけさせるために、ffで入る出だしを揃えるために、練習中によく体を使わせる。足を踏み込んだり、腕を揺らしたり、ボールを投げるように手を放り出したり、手を頭の後ろから頭頂部を通って顔の前方に滑らかに動かしたり。市民大学の講師、アネッテも体を使いながらの呼吸や発声を指導してくれることを思いながら、声って体を使って出すものなんだ、と、つくづく納得した。どこの筋肉を使っているのか、まったく意識できないけれど、とにかく上半身、特に肩から上が脱力した状態でないと声が出ない、というのは身をもって感じられるようになってきた。女声パートだけを歌わせた時に、ヴォルフガングが言ったこと。週末にさ、ベルリンフィルの演奏を聴きに行ったんだ。コーラスも共演していてね。ベルリンフィルのコーラスは、現在世界中でもっとも実力のあるコーラスの一つと言えるんだけど、やっぱり素晴らしかったよ。アルトは母のように包容力の感じられる温かい声で、ソプラノは娘のように若々しく軽やかで明るく。そんなつもりでいってみよう!!なるほど、アルトはお母さんで、ソプラノは娘か。コンサートが延期され、6月の第一土曜日になった。今後の練習プランが配られた。レギュラーの練習以外にも、いくつも練習が設定されている。さすが、本気の団体だわ。スケジュール帳に書き込みながら、ワクワクしてきた。今週日曜日の午後、また練習がある。楽しみ
April 24, 2008
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今学期、第一回目の練習。20時ちょうどくらいに練習する講堂に入って行ったら、まだ10人もいなくて、しかもその半分くらいが新しい顔だった。新しい人が必ず残るわけではないけれど、毎回毎回新しい人が入ってくることに驚きを覚える。ウォーミングアップをしているうちに、いつものメンバーが徐々に揃い出し、歌の練習を始める頃には人数は3倍以上に膨れ上がっていた。階段状になっている講堂の中央列だけを使う。女声は前2列を使ってアルト、メゾソプラノ、ソプラノとパートごとに固まって座る。いつもはいくつか隙間があるんだけど、ぎゅうぎゅう詰め、席を一つも空けずに詰め合って座った。こんなに一杯になったの、もしかしたら初めてかもしれない。私の隣には、新しい顔の女の子が座った。年はたぶん20歳くらい、学生だと思う。彼女のお父さんもかつてこのコーラスで歌っていたことがあって、聞いたことがある、歌えないけど、と話してくれた。父娘2代が同じコーラスで歌うっていいな。
April 23, 2008
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4月21日 市民大学の講座「私の声」の3回目。今週は、先週こなかったアンドレアと、新しい人も2人来て、ようやく、リストにある受講者全員がそろった。全部で8人。先週は体を使った練習をかなりたくさんやったから、今週は少なめにするわねというアネッテの言葉で始まった。まずは、いつものように各自が好きなように伸びをして体をほぐし、あくびをしてリラックスすることから始める。そして体を使った練習をいくつか。仙骨のマッサージ床に仰向けに寝る。まずは、呼吸や脊椎と腰骨のつなぎ目あたりや仙骨などが、床に接している状態を感じてみる。テニスボールを仙骨の下辺りに入れて、できる限り体重を掛けながら、腰を動かしてみる。しばらく続けたら、テニスボールを取って、もう一度呼吸や床との接点、腰骨の感覚を感じてみる。横隔膜が動いているのを感じてみよう 1四つん這いになった状態から、踵だけをつけひざを開いた上体で腰を落とす(ひざを開いた正座の状態)。腕もひじまで床につけ上半身を支える。その状態で、fー!f-!と強く息を吐く。次に、fu-!と犬みたいに吠える。横隔膜の動きを感じてみよう 2椅子に片足を乗せて、P! T! K!といった強い子音を発音する。次に強い子音を含んだ単語を発音する。So ne' Quatsch!He Komm!Ottos Motto, Toto Lotto, toll gell?コレはかなり笑えるもう、アネッテ、面白すぎ。リズムがあってラップみたいになっていて、8人を3グループに分けて、掛け合いをやった。今週はエリザベートの個人レッスンがあった。エリザベートは、教会コーラスで歌っている。話し声はとってもハスキーなんだけど、歌いだすと声がビックリするくらい高くって、コーラスでもパートはソプラノ。練習の始め、彼女は高い音域と低い音域の声質がぜんぜん違っていた。高音域は高いけど細くってプッツンと切れそうな声で、低音域は割りと低い響きを持った強い声。アネッテは、次々と発音させる言葉を変えながら、もっともっと(頬骨を持ち上げて)怖い顔してみて。役者になって舞台の上に立ったつもりで、大げさに感情を込めて。観客を驚かすみたいにと指示。ひとしきり練習すると、彼女の声が急に変わった。安定感があって、奥行きのあるしっかりした声で聞きやすい。そこでようやく納得がいったという様子でアネッテが説明してくれた。エリザベートは、確かに高音域では高い響きを持っているけれども、低音域からのチェンジでかなり引っかかって、音程が定まらなくなるし、声質がガラッと変わる。だから、もっとマスクを使うように練習した(コワイ顔→頬骨を上げてマスクに響かせる)。マスクを使うと、高音域でも低めの響きが出てくる。だからソプラノというよりも、メゾかアルトの方が合っているかもしれない。声質が変わったの分かった?自分でどう?という問いに対し、声質が変わったのは自分でも分かった。でも、こんな顔でずっと歌うなんて、絶対できないわと答えるエリザベート、すかさずアネッテでもま、クラッシックの歌手って、歌っている姿が美しいことってはほとんどないからさすがアネッテ
April 22, 2008
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結局、というか、やっぱり参加してしまった、Oヴォーカルの練習。通常のメンバーだけで70人からの大所帯で、Rコーラスからの参加は結局7人だけだった。時間になってもなかなか始まらないし、大体指揮者らしい人物が見当たらない。椅子に座ったまま、同じくRコーラスから参加のポリーナとポツリポツリしゃべっていた。こういう時間が一番嫌いなのよね。そのうち、一人の女性がFluegelの前に立って、体を動かし始めた。普通、指揮者ってものすごい存在感を醸し出して、注目を一身に集めるものだけど、この人は全然そういう感じではなくて、「指揮者が来ないからとりあえず自主的にウォーミングアップでもしましょうか」という雰囲気だった。と、思っていたら、この人はどうもこのコーラス専属のヴォーカルトレーナーであるらしい。何でもない顔をしながら、体を使ったり、色んな母音・子音を入れて、かなり高音域まで、次から次へと発声練習の指示や注意を出してくれた。今思うと、この発声練習がすごく良かったんだと思う。発声練習をしていると、一人の若い男の人が、荷物を大量に抱えて、大慌てっという感じで部屋に走りこんで来た。Tシャツにジーンズ姿で、年齢はせいぜい30歳くらい。一気に中央にあるFluegelの向こう側まで賭けて行き、Fluegelの上にドサッと荷物を置いて、持ってきた譜面の束を広げたりしているので、指揮者だと分かった。発声練習が終わると、指揮者から私たちのコーラスが簡単に紹介されたり、音符や練習用のCDが配られたりして、ようやく歌の練習に入った。練習したのは、BorodinのPolowetzer TaenzeとScriabinのSymphony No.1。Oヴォーカルは既に何度か練習をしているようで、音取りも何もなしにいきなり歌った。幸い、聞いたことのある曲だったし、ソプラノなのでメロディはあまり難しくない。しかしクラッシックはホント、音域が高い。PolowetzerTaenzeなんて、シで始まって次の音がファ♯。ま、モーツァルトのメッセは出だしがファとかソだったけど。他のパートの練習を聞きながら、ざっと音符を眺めていると、一箇所で目が止まった。え、この音、やたらと高いんだけど・・・。ラに♯までついてる。う、そーーーーーーーーこれはちょっと、、、ムリだろう、やっぱり。大体ラだってまともに出たことないのに、、、。でも、この間アネッテにはその上のドまでちゃんと出てたって言われたんだよな、、、。ま、これだけ大勢居れば、一人くらい出なくってもバレるわけじゃないし。指揮者の彼はピアノが相当弾けるみたいで、コーラスの出だし直前のオーケストラの部分をダダダダン♪と弾いて、合図をくれる。その弾き方が即興みたいでとてもカッコイイ。指導もなんだかすごく情熱的で、出だしが遅れたり音がきれいでなかったりすると、容赦なく指摘され、やり直しになる。その言い方が、単刀直入というか、まったく遠慮しないというか、歯に衣を着せないズケズケとした言い草で、かなり笑える。彼のfrechな言い草がとにかく面白くって、ポリーナと顔を見合わせてはウケていた。とにかくエネルギーに満ちていて、良いとか悪いとかの感情をダイレクトにぶつけて来る感じ。指揮者がこうだと、最初の内は呆気に取られるんだけど、気がつくと相手のペースに引き込まれ、全神経を集中して要求に答えようと頑張っている。それが気持ち良くって、得られる充実も大きい。そして問題のやたらと音が高い箇所。覚悟を決めて思い切って出してみたら、意外とあっさり出ちゃった自分でも本当に驚いた。普段はファだって低めにならないようにきれいに出そうとすると気を使うっていうのに。その後は、ファがすごく低い音に感じられて、妙な感覚だった。家に帰った後でインターネットで調べてみたら、この団体、ものすごく色んなことに挑戦していて、かなり面白そう。歌の練習もかなり本格的にやっているようだ。練習と平行して数人単位でヴォーカルトレーニングをしているという。なんとまあうらやましいこと。この団体は、もともとは指揮者自身が学校時代に設立した学校オーケストラで、どんどん拡大されてきた。現在ではオーケストラ、コーラス、様々な楽器や声楽のソリストも抱えたものすごい大所帯だ。さらにこの指揮者、今年の1月まで私が住んでいる町の音楽監督をやっていたということに気づいた。1月に指揮者が退くので送別コンサートがあり、その告示を新聞で読んだ。才能に恵まれ、若くてエネルギッシュでアイディアの豊富な指揮者という紹介文に加えて、彼の写真がとても素敵だったので、絶対にコンサートに行きたいと思ったんだけど、結局行けなくって、すごく悔しい思いをしたんだった。今回この指揮者の元で歌えることになって、素直にうれしい。来週の練習がすごく楽しみ。
April 17, 2008
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自主参加の練習2回目。参加者は先週よりもさらに少なめ。指揮者のぺトラは、今すごく忙しいけど、メンバーの希望が強かったから練習することにしたのにっとちょっとキレ気味。先週練習した2曲と、去年のコンサートでも歌った曲を確認のためにサラッと流した。練習の途中で、ぺトラから他のコーラスに関してのアナウンスがあった。Oというオーケストラとコーラスを抱える団体があって、そこが5月の終わりに市のコンサートハウスで、シンフォニーコンサートをする。メンバーの一人がその指揮者と知り合いということもあり、お声が掛かった。コーラスを150人くらいでボリュームを出したいということらしい。そんなことしている時間も余裕も本当はないんだけど、コンサートハウスで、オーケストラと一緒に歌うなんて、2度とは来ないチャンスかもしれない、、、。本番まで約1ヶ月、通常の練習は週一だから、せいぜい4回だ。どうしよう、、、っていうか、気持ちはほとんど固まっているんだけど、そんなことしていていいのかと、良心の呵責を感じる。
April 17, 2008
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4月14日月曜日、市民大学の講座、私の声2回目。開始時間の時点で参加者はたったの3人。私とメラニーちゃんと年配の女性、ヒルデガート。講師のアネッテは少し困った様子で、始めようか、やっぱりもう少し待った方が良いかしら、と何度も繰り返していた。理開始時間を少し過ぎた頃、あと二人入ってきた。一人は先週来なかった参加者で、韓国人の女の子、李さん1月にドイツに来たばかりで、今ドイツ語を勉強している。アネッテの「このコースに何を期待している?」という質問に対して彼女は「ドイツ語を勉強したい」と答え、いきなり場が固まってしまった。もう一人は今週個人レッスンをするはずだったエリザベート。エリザベートはインフルエンザで夕べ一睡もできなかった、と、かなり参っている様子なので、個人レッスンは延期することになった。この日は体を使った練習をかなりたくさんやった。まずは、二人一組で背中をマッサージ。一人が椅子に座り、もう一人は床に寝転がって、足の指や裏を使ってパートナーの腰から背中をマッサージする。あ、足で?って最初は思ったけど、コレが癖になる気持ちよさ。手や指よりも押さえる面積が大きいせいか、感触がやわらかくって、温かいし、何よりも安定感というか安心感がある。週末のワークショップでやったHallo!の練習。前回は、言われた通りに動くことと呼吸すること(体に集中すると、つい息するのを忘れてしまう)、声を出す段階では動きながら声を出すことで精一杯だった。2回目ということもあって、体の動きだけにとらわれず、じっくりと呼吸の流れや声の調子に注意することができた。体を起こしながら息を吸い込むと、少し胸が詰まるような感覚がある。体を倒しながら息を吸い込むと、腰の辺りが膨らむ。体を前に倒しながら声を出すと、最初は大きいけど尻すぼみに小さく弱くなっていく。逆に体を起こしながら声を出すと、最初は弱い声だけど段々と張りのある強い声になっていく。Nの練習もした。まず”nnnnnnnn”とハミングの練習。これを鼻で円を描きながらやる。コレ、アネッテは何も言わなかったんだけど、何でだったんだろう??それから、nnnnの後に続けて、何でもいいからNで始まる単語を言う(叫ぶ)練習。nnnnnnnnnなでぃーーーーんnnnnnnnnnnなぬーーーーーーnnnnnnnなーめnnnnnnnnnねっtこれは、鼻の方に声を響かせて、その響きを使ったまましゃべる練習だね。それに、nnnnnから口を開けると、口の中と喉も自然に開くような感じがある。いつものことだけど、こういう練習って結構、いやかなり恥ずかしい。一通り練習した後で、いつものソロ・タイムさあさ、覚悟を決めて、nnnnnnなーめ!「なー」は良いんだけど、「m」に行く時にも響きをそのまま使って上から被せる様に発音してみて。「め!」って押して止めるんじゃなくて。言われたとおりにやってみると、確かに響き方が全然違う。「め」で喉を閉めていたみたい。アネッテがやって見せてくれた通りにmに移行すると、口の中と喉を開いた状態を保つせいか、やわらかくて深い響きのある声になった。下半身の力を使って上半身を起こしながら声を出す練習コレも基本的にはハロー!と同じ原理。まずは二人一組で並んで立ち、ひざ下と腿をくっつけて、互いに体重を掛けて支え合う。その状態で軽くしゃがみ上半身は脱力して軽くかがんで、ゆっくり立ち上がる。この動作をしながら、立ち上がる時にf--------と息を吐く。慣れてきたら、f---の代わりにluーーーーーーと声を出す。しばらくやったら、パートナーから離れて、同じ動作を一人でやる。上半身の力を抜いて屈み中腰になってから、下半身の力で上半身を起こしていく。同時に、胸の前で交差させた腕を、掌を外に向けてゆっくり押し広げながら声を出していく。ボールの内側に入って、丸まった状態からゆっくりと広げていくようなイメージ。コレをやると、肩に力が入らず、下半身とお腹と腕の筋肉が連動しているみたいに感じる。体の内側のエネルギーが声と一緒に、腕を通って外に放出されるような感覚がある。この練習もワークショップでもやったけど、すごく好き。声が楽に出て気持ちいい。コレが正しい発声なんだって、思えるから楽しい。歌先週配られたSpringを引き続き歌った。土曜日のワークショップでもやったけど、カノンで歌った。5人の参加者を3人と2人に分け、それにアネッテが一人で歌って、3チーム対抗。カノンって難しい。ほかのチームの声を聴かなきゃならないし、でも自分の歌っている部分を意識しなきゃならないし。そうそう、歌う時にたまに言われること。顎を出して音を押すんじゃなくて、うなじを伸ばして、二重顎にする感じで声を出す。
April 15, 2008
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5月18日のメッセで歌う曲の練習。この日はProzession(村の中を歩いて、4箇所で祈りを捧げる)もある。これからしばらくは、メッセの中で歌う曲3曲くらいとProzessionで歌う曲も2曲くらい練習しなければならないらしい。昨日の練習では、私はまだ歌ったことがない曲を2曲練習した。1曲はAve Maria(といっても作曲家は忘れた)で、もう1曲はRegina Coeli。Ave Mariaは、メロディ自体は簡単だしきれいだけど、2小節ごとに2/2、3/2と拍子が変わるのがクセモノ。リズムの取り方に戸惑って、つい出遅れたり、早すぎたり。拍子がコロコロ変わるところやハーモニーが、ちょっとグレゴリオ聖歌みたいなムードがあって美しい。うまく歌えればすごくきれいなんだろうな、と言う曲。Reginaは、今まで3回くらい、他のコーラスが歌っているのを聞いたことがある。サビの部分は簡単で歌いやすいけど、その他の部分はちょっと複雑。ソプラノ・パートが全員それぞれ歌いたいように歌うので、音を取るのがさらに大変ドラマチックで、やる気のあるコーラスなら夢中になってガンガン練習して仕上げるだろうな、と言う感じの、やりがいのありそうな曲。
April 15, 2008
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昼休みが終わる予定時間の数分前に戻ると、まだアネッテとフランカしか居なかった。雑談をしていたら、ふとアネッテが言い出した。どうせみんな時間ピッタリには戻ってこないと思うんだけど、どうする?あなたの個人レッスンで始めてようか?それともやっぱり、全員が居た方がイイかしら??私は皆が居なくっても全然構わないけど?っていうか、人前で歌うの恥ずかしいしということで、私の個人レッスンが始まった。昼休みに入る直前に、アネッテと少しだけ話した時に、私、自分が本当にソプラノでイイのかどうか良く分からないんだけど。実はメゾソプラノなんじゃないかなって思ったりして。高音はそんなに出ないし。と言ったら、アネッテにいやいや、あなたの声は絶対、ソプラノだから。それじゃ、個人レッスンの時に高音を試してみようね。と言われていた。アネッテがピアノでくれる音に合わせて、とにかく声を出していった。と言っても、ただ声を出すだけではない。もちろん、アネッテお得意のトリックつき。今回は、腰や膝の運動をする時に使う、プラスチック製で下が軽く球状になっている円盤の上に立たされ、体を揺らしながら声を出した。送料無料!HATAS バランスディスク“エクササイズマニュアル付”【新規開店080417】ちょっと違うけど、イメージは↑こんな感じ。下がグラグラと動くので、落ちまいとすると足腰に力が入る、上半身を硬くすると安定しないので、自然と上半身は中心に乗せてバランスを取るようにする。しかも、下半身に意識がいくので、声が出せるかどうかなんてつまらないことに構っている余裕がない。これがこのトリックのミソらしい。いつもながら素晴らしい。始めた音がひとつ上のド(C)くらいで、必ずちゃんと出るのはせいぜいFまでって言ってんのに、いきなり結構高い所から始めるのねなんて思っている内に、容赦なく音はガンガン上がっていく。アネッテから、もっと体を揺らして、落ちそうになりながら、落ちてもいいから!高音は後頭部から頭頂部を回ってくるイメージで声を出して!と、次々とアドバイスが来るので、忙しいったらない。あれ、ずいぶん高い音域のはずだけど、なんか楽に声が出るなあなんて、うっすらと思いながら、ひたすら声を出していった。あるところまでいくと、だんだんと途切れたような空気が漏れているような悲鳴のような声に聞こえてきて、あまりに聞き苦しく、思わず止めてしまった。出ないよと言うと、アネッテがびっくりした顔して私を見る。出てたわよ。イイじゃない、と思って聞いてたんだけど???私の耳には空気が漏れて混じっているように悲鳴みたいに聞こえるけど?アネッテがさらにビックリした顔で私を見る。本当に?いや、でも、出てたわよ、普通に。もちろん、ある点を越えたら声質が変わるからね。高い方の声は細くなっていくわよ、そういうものだから。魔笛の夜の女王のアリア、あんな感じよ。確かに押し出された感じはあったけど、私としてはこの地点を通り越してさらに上まで行きたかったのよね。でも、出てたわよ、ちゃんと。????本当かな~????そういうものなの????私の耳、おかしいのかな?それじゃあ、と言って、今度は半音ずつ下げていった。一通り下がったところで、アネッテが手を止めて振り返って言った。今の音が(あなたが自分で最高音って言ってた)Fよどう?低く感じるでしょ??上のCまで軽く出てたわよええええええ、うっそーーーーーーークリスマスのメッセで、どんなに頑張ってもAが出なかったのに???一つ感じるのは、発声練習で、とりあえず瞬間的にその高さの声が出たってだけで、この声で歌えるというのとはまたわけが違うんじゃないかってこと。だって、とても歌えないと思うもの、あの声では。
April 15, 2008
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このモーツァルトの曲を、午後も続けて練習するのかどうか、という件で、しばらくディスカッションした結果、歌のレッスンに来ているわけではなくて、発声や呼吸のレッスンに来ているんだから、もっと簡単なメロディやテキストで、パート分けなどもなく、声を出すことができる単純な歌がイイっ!という反対派の強い主張が最後まで残る形で昼休みに入った。これ、確かに一理あると私も思った。歌うことを目的としたグループならば、それなりのレベルの曲で、それなりの要求をされて練習してこそ、充実感も得られるというものだけど、私たちは、発声や呼吸法を改善するために集まっている。だったら、メロディやテキストを気を取られ過ぎずに、自分の呼吸や声に注意できる曲の方がイイ。ましてや、コーラスの参加経験がまったくない人がほとんどのグループだ。昼休みが終わる直前におしゃべりしていて、自分でも気をつけてはいるんだけど、音符を持って歌うと、肩をギューッと引き上げて上半身を硬く緊張させてるんだよね。気がつくとカチカチに固まってる感じ。と話したら、そーーーーーなのよーーーー!!!多いのよね。学校で勉強したことの名残なのかしらね。少なくともドイツ人はそうなのかもしれない。正確に、きちんと音を取って、テキストを正しく発音するってことに意識を集中させすぎるのよ。私の講座はそれが目的じゃないんだから、そんなのどうでもいいのに、でも音符を配った瞬間に、みんな固まっちゃうのよホント、どうしたらいいのかしらー?最近は幼児教育の本とか、いろんな方法論なんかも取り入れながら、試行錯誤してるのよ。そして午後、アネッテは、グループ内のメンバーの声質や音域がバラバラだから、ひとつのメロディを一緒に歌うって難しいのよと、ちょっと残念そうにしていたものの、モーツァルトは潔くあきらめ、「Spring」という英語の曲に切り替えた。それも、音符を配らず、まずは体を動かしながら発声する練習をしながら、テキストをしゃべらせ、テキストが大体入ったところで、メロディを耳で覚えるというやり方だ。このやり方は良かった。音符に縛られることがなく、体を自由に動かすことができる。口を開けることや呼吸に意識することができる。彼女のこういうオープンで柔軟なところが素敵。参加者の要求や問題に合わせて臨機応変に対応してくるし、人柄がイイだけではなくて、すごく頭のいい人なんだなと感じる。
April 15, 2008
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ワークショップの一番最初にいくつかの音符を配られた。モーツァルトの「Luci care, luci belle」ドイツ語のテキストで「Ich lach mit einem Auge」ゴスペル(らしい)で「Michael row the boat ashore」の3種類。アネッテ曰く、前回のワークショップのフィードバックで、曲が難しすぎてメロディやテキストを追うのが精一杯、もっと単純で簡単な曲じゃないと発声や呼吸まで気をつけることができないっていう意見が多かったから、…前回の曲だって私としてはかなり単純だと思うんだけど…、簡単な曲を探してきたのよ、どれにする??私としては、かなりゴスペルに心惹かれたんだけど、最終的にモーツァルトに挑戦することに決定。ま、ドイツ語でなければ何でもいいわ。↑ドイツ語のテキストってメロディに乗せるとなぜだかとても発音しにくい気がする。子音や破壊音が多くて、どうしても口を動かさないと発音できないせいだろうか。体をほぐしたり、体を使った呼吸と発声の練習をいくつかした後、すぐに歌の練習に入った。このモーツァルトの曲は、アネッテが言っていた通り、メロディが単純で、前半ではソプラノ・パートとアルト・パートが完全に平行している。こんな曲ってなかなかないよねって言うくらい、きれいでシンプル。しかし、やっぱりアルトと男声(って言っても二人だけど)がかなり苦労している様子。ドロは今までまったく歌ったことがないということで、前回、話し声の感じからアルト・パートに入った。でも、歌って発声してみると以外と声が高いわね、響きの重たいメゾソプラノって感じ歌っている途中で、ソプラノ・パートに入ってしまうらしく、歌うたびにバーバラからダメ出しをされる、けど、本人は分からないらしい。ウヴェは、音符の長さやリズムがピンと来ないらしく、全パート合わせて歌うと、女声パートにつられて同じリズムで歌ってしまい、一足先に終わってしまう。それでもどうにか、昼休みに入る頃にはそれなりにハモれるくらいまでにはなったんだけど、やっぱり不満が炸裂。難しすぎるっ!!!アネッテは、これでも難しいだなんて、と頭を抱えてしまった。
April 14, 2008
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とりあえず輪になって座り、一人ずつ名前と、前回のワークショップから今までのこと、変化とか感じたこととか、今日は何を持って帰りたいか、などを簡単に話していく。私の番が回ってきたので、最近のコーラスの練習で、歌う時に意識して呼吸が流れるように、喉の力を抜くように、口を開けるように気をつけてみたら、声が出しやすかったこと、きちんとした呼吸や発声が実際にできているかどうは別問題として、意識するようになったこと、しかし話す時に呼吸や口の開け方に気をつけるのはほとんど不可能で、とても難しいことを話した。それに対してアネッテは、そうなのよね~、話し声を変えるって、すごく大変なのよ。日常的なことだからね。その習慣を変えるのは難しいわね。とコメントをくれた。やっぱり一般的にそうなのね。私ひとりがダメダメなわけじゃないのね、と一安心。考えて体がその通りに反応してくれるわけじゃないので、やっぱり練習を繰り返して、体に覚えさせるしかないのかな。
April 13, 2008
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4月12日土曜日先月参加した2日間のワークショップ「体・声・呼吸」の第2回目があった。前回のワークショップの最後に、参加者の中で、続ける方法はないのかという声が上がった。講師のアネッテは、毎週火曜日の夜、小さなグループのレッスンを行っているけれど、そこに入れるのはせいぜいあと一人。あるいは、月曜日に新しいグループとしてレッスンをすることはできる。メンバーのほとんどは、月曜日や火曜日の夜が空いていなかったり、毎週同じ曜日・同じ時間に時間が取れなかったり。それよりも、土曜日1日のワークショップという形が都合がイイということで、一人が希望者のメールアドレスを集め、アネッテに都合の良い日の候補をいくつか挙げてもらった。市民大学とは関係なく、自主的に企画されたワークショップの第2回だ。場所は、アネッテが借りている小さなアパートメント。本来の地下室をワンルームのアパートメントに改造した部屋で、せいぜい20平米くらいしかない1部屋の中に、簡単なキッチンと、シャワー、洗面台が隅の方についている。トイレは廊下を通り抜けた奥の建物の階段の下。大学町であるこの町には良くある、親の仕送りで生活する学生がとりあえず住むような、典型的な格安のアパートメントだ。広くない部屋にはアップライトのピアノがあり、ベッド代わりのマットレスが壁に立てかけられていた。建物の1階部分が店舗になっていて、隣室はすべて倉庫として使われているので、歌おうがピアノを弾こうが誰からも文句を言われる心配がない。アネッテは、他の町に住んでいて、この町には月曜日と火曜日だけ居るということなので、この町での寝場所兼レッスン室として借りているのだろう。約束の9時半ちょうどくらいに到着すると、知った顔がもう何人も揃っていた。前回のワークショップで特におしゃべりに花が咲いたわけでもないんだけど、ある程度時間が経ってから知った顔に再会するとそれだけで、古い知人にでも会ったような親近感を感じる。最終的に集まったのは、歌うことにトラウマがあり、前回のワークショップの個人レッスンの時に泣き出してしまったモニカ、歌声はきれいに出るのに話すとかすれた声しか出ないというフランカ、もう一度ワークショップをしようと言い出しがために、取りまとめ役を押し付けられ、しかし見事に実現させた(誰ものが実現するとは本気で思っていなかった)功績者、ウヴェ、しゃべりだすと止まらない、他の人が練習をしていようがお構いなしにしゃべり続け、通る声で朗らかに笑い続けるドロ、グループ唯一のカップル参加、低いハスキーな声で話す姉御っぽいバーバラと、優しそうでどことなく自信がなさそうなハンス・ペーター、前回のワークショップの個人レッスンで、劇的な声の変化を見せたクラウディアと偶然にも市民大学でアネッテが講師のコースを受講できることになった(アネッテからは「中毒になりそうね」とのコメントをもらった)私の合計8人。前回のワークショップの参加者が12人だから、自主的な2回目の参加者8人はかなり出席率が高い。
April 13, 2008
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K町の教会コーラスは、S村の教会コーラスの指揮者、Wが率いている。去年の9月、S村の練習の帰りにWと話をしている時に、K町の教会コーラスがモーツァルトのメッセを歌うという話を聞いて、うわー、モーツァルト・メッセ、いいなあ。S村でもそういうのやろうよと言ったら、うーん、S村では無理かな歌いたかったらK町に参加してよと誘われ、ホイホイとついて行ったのが始まりだった。K町自体がS村よりもはるかに大きな町(と言っても、やっぱり地方の小さな村であることに変わりはないんだけど)で、教会も数倍立派なら、教会コーラスも意気込みが少々違う。5年に一度(今までに2回だけど)、周辺の2つの町の教会コーラスやK町のマンドリンオーケストラと一緒に、メッセ・プロジェクト(宗教音楽のメッセ・コンサート)をやって成功させてきた。年に少なくとも2度くらいは、大きめのメッセ(と言ってもbrevisなんだけど)を歌っている。メッセではコーラスだけではなくて、ソロ部分のために声楽のレッスンを受けているソリストを呼び(←そんなの当たり前!と思われるかもしれないけど、本当に田舎の人口5000人くらいしか居ない小さな小さな町だから、私は正直言ってナメていた)、町の音楽隊から弦楽器、管楽器、打楽器の奏者を呼んで来て演奏を行う。去年の10月末、K町の教会建設100周年を記念したメッセに、モーツァルトのMissa brevis B-dur KV275を歌った。その本番の前日の晩、ゲネプロの時に初めてソリスト達と一緒に歌ったんだけど、ソリスト達の歌声の素晴らしさに、鳥肌が立つような感動を覚えた。考えてみれば、”ちゃんとした”ソリストの歌声を間近で聴くなんて体験は生まれて初めてだったわけで、全く何も期待していなかった状態(←だから、失礼だって)から否応なく興奮max状態にまで押し上げられてしまった。もう、一瞬にして恋に落ちてしまったような感覚の中で、興奮冷め遣らず、その夜はなかなか寝付くこともできずに、本番でも何となくボーっとしたような夢心地が続き、とりあえず自分のパートをそりゃあもう必死で歌っていた。必死で歌いすぎて(無理して声を出そうとして)、終わった後は声が枯れてたんだけど(←何も学んでないじゃん)。それにしても、こんな素晴らしい歌声を間近で聞けて、歌っている様子をじっくりと観察することのできる機会を与えられるなんて、何て素晴らしいの!!Rコーラスでもソロのある曲はたくさんあるんだけど、そんなに感動したことはなかった。やっぱり声楽をきちんと学んだソリスト達の声には、比べること自体失礼なんだろうけど、当たり前なんだろうけど、全く比べ物にはならない魅力がある。声が出ているとか、音程が取れているとかいうのとは全く違う次元で、声の艶というか、色気っていうのかな。ソプラノとテノールのソリストの声に、一瞬にして恋してしまいましたさて、すっかりイカレテしまった私は、Wにあのさ、クリスマスにも楽団はソリストと一緒に大きなメッセを歌うんだけど、そっちも参加しない?と聞かれ、二つ返事でO.K.したのだった。ただね、練習の日がRコーラスの日と同じなのよ。だから、レギュラーで参加することはできず、大きなメッセの時だけ参加させてください、とお願いしてある。
April 11, 2008
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Rコーラスは、一応大学のサークルのようなコーラスなので、休暇中は基本的に練習をしない。しかし、メンバーには社会人も多いし、学生だって休暇だからといってみんながみんな居ないわけでもない。だから、学校が休暇になる時は練習もお休みになるけど、それ以外の時は、メンバーの希望を聞いてから、自由参加の練習をすることが多い。男声と女声に分かれて、男声のみ/女声のみの歌の練習をする唯一のチャンスでもある。今週と来週の練習は、自由参加の練習の日だった。2週間ぶりの練習で、うきうきしながら練習場である講堂へ着いたら、あらら、今回は人数が少ないね。いつもの開始時間である20時に居たのは、ソプラノ4人、メゾソプラノ2人、アルト4人、テノール1人にバスが3人。しかも指揮者のぺトラはメンバーの一人と話し込んでいて、さあ練習を始めようという意気込みがまったく見られなかった。私たちは仕方なく、ダラーっと椅子に座ってお互いに近況などを話し合いながら、チラチラと指揮者の方を見ていた。こういう意味のない時間が一番嫌いやるならやる、やらないならやらないで、はっきりして欲しいと思う。そのうち一人がぺトラに向かって、ねえ、(こんなことしてるなら)今日はもう練習止めてさ、これから飲みに行かない?と言い出す。私は飲みに行く気はないけれど、そうだそうだ、もっと言ってやれ!と思う(←気が弱すぎ)さすがにぺトラも苦笑しながら飲みに行く前に、まずは一仕事しなくっちゃと答えて、ようやくウォーミングアップに入った。ウォーミングアップに入ってからもバラバラと人が集まりだして、最終的に何とか歌える人数になった。それでも男声が少なかったので、男女別の練習ではなく、いつも通りの練習になった。最近やっていなかった曲を2曲、音取りからはじめて、一通り歌えるところまで練習した。1曲は、これまで何度か練習用のCDに入っていたので、聞いたことがあり、是非歌ってみたいと思っていた曲だった。ソプラノのメロディがきれいで、しかも高すぎない高音が適度に入っている。歌っていて楽しいと思える余裕のある曲っていうのかな。音取りで気を抜いていたせいか、いつもよりも声が楽に出て、それもいつもよりも響いて伸びているような感覚があって、すごく気分がよかった。喉に力を入れない発声ってこんな感じ?それにどちらもハーモニーがとてもきれいな曲で、練習後の(自己)満足度が高かったな
April 9, 2008
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Rコーラスは、とある国の民俗唱歌を歌うコーラス。70年ほど前に、大学教授によって創設され、創設者が自ら耳で集めてきた民族唱歌を、土地の人に聞きながらテキストを書きとめ、コーラスに編成しなおした曲がほとんど。大学のサークルみたいなコーラスで、プローベに毎回参加することだけを入会条件にしている。参加が自由だから、ゼメスターごとにメンバー、特に学生が出たり入ったりする。その一方で、学生時代から中断していた時期もあったけど20年、30年もコーラスに参加しているという古株が何人もいたりする。下は20代前半の大学生から上は年金生活者まで、大学の専攻も職業も年代も、ものすごく多様なメンバーが、とにかく一緒に歌うことを楽しみにしている、とってもオープンなコーラスだ。ほとんどの曲の録音があるので、毎回それを練習用CDとしてコピーしてもらえる。テキストを暗記する時にも、新しい曲の構成やメロディを覚える時にも、このCDの存在は大きい。家でも歌い時に歌えるので、毎回コピーがもらえのが楽しみ。このコーラスの曲には、ソロ部分がある曲も多い。ソロ曲の時、他のメンバーは伴奏に回る。1時間以上あるコンサートで、このソロ曲は大切なお休みでもある。メンバーの中から選ばれるので、ソロを歌う人たちだって、声楽なんてやったことのない人ばかりなんだけど、皆やっぱりいい声を持っているし、声量もある。毎回、うっとりと聞きながら、良いなあと思っている私。でも私には絶対無理だわ。一人で声を出すなんて、想像しただけで音感がことごとくぶっ飛びそうだし、窒息しそうだし。
April 8, 2008
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S村の教会コーラスは、小さくてアットホームなコーラス。ソプラノ7人、アルト4人、テノール3人、バス3人S村自体、人口が300人くらいしかいない小さな小さな村。人口300人でコーラスが17人ってことは、村人口の5%を越えてるってこと。そう考えると結構すごいよね歌うことが目的というよりも、ご近所付き合い・村の共同生活の延長線上で、和気藹々と楽しくやっている小さな村の小さな教会だから、毎週水曜日や土曜日などのレギュラーのメッセ歌うことはない。しかし、クリスマスやイースターをはじめとして、大切なメッセに教会音楽は欠かせない。ドイツは特に宗教関連の祝日が多くって、平均すると1ヵ月半に一度くらいは行事がある。重要なメッセもその分多い。実際、一年を通じて、平均して毎月1回は教会で歌うことになるだから、どんな小さな村でも教会コーラスが活躍していたりする。それも昨今は、若い後継者が入ってこなくって、高齢者の参加者が減るにしたがって、活動を中止せざるを得ない所もあちこちで見られるらしい。だから、活動が継続されているだけでも大したもの、なのだとか。若い世代が入らなくって、メンバーが減る一方なのはS村も同様で、メンバーはコーラスは参加暦ん十年っていう高齢者が半分以上を占める。私と彼が参加し始めた時なんか、そりゃあもうすごい歓迎振りで。いまだに皆にかわいがってもらっている。去年も村に引っ越してきた40代くらいの姉妹が参加するようになって、とっても喜んだ代表が、(村が合併された)市の週刊の広報紙に記事を載せちゃったほど!残念なのは、高齢のメンバー、特にソプラノのおば(あ)様達にまったくやる気がないこと。メッセで歌わなきゃならないから、面倒だけどやってるっていう態度がミエミエ。新しい曲を覚えるのは嫌、練習時間が長引くのは嫌、同じ部分を何度も繰り返し練習させられると冗談ぽく文句を言う、英語のテキストは読めないから歌いたくない、、、私は、いつも同じ曲ばかりではなくて、いい曲があれば、新しい曲を歌いたい。少々練習時間が長引いても、納得いくまで歌いたい。ドイツ語のテキストよりも英語やラテン語のテキストの方が歌いやすいし、響きが好き。指揮者のWがおば様達の顔色を見ながら妥協するのがすごく嫌。しかし、一人だけ反旗を翻すわけにもいかず、厳しくやりすぎて来なくなったら困るという指揮者Wの思惑も分かるし、と口をつぐんでしまう。指揮者Wも、この教会コーラスに明日はない、とりあえずメッセで歌わなきゃならないから最低限のお勤め、と思っているのか、難しいことは言わないし、要求も高くない。歌う前のウォーミングアップもほとんどなし。本番も15分くらい前に集まって、軽く声を出すだけ参加し始めて一年くらいを過ぎた頃から、だんだんと欲求不満になってきた。そもそも、コーラスを始めようと思ったきっかけが、発声法を変えたいからだったのに、このままでは何も変わらないという焦りもあった。そして、もう少しまじめに歌っているコーラスに参加してみようと、探し始めた。見つけたのが、Rコーラスだった。
April 8, 2008
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私が常時参加しているコーラスは二つ。ひとつは、S村の教会コーラスで、もうひとつは、Rコーラスそれに、K町の教会コーラスは、大きめのメッセを歌う時だけ(まだ2回だけど)参加させてもらっている。
April 8, 2008
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講座の受講者は、リスト上では7人。でも昨日は5人しか来なかった。リストには韓国人らしい女性の名前もあって、私としては楽しみにしていたんだけど、昨日は来なかった。残念。今回は全員女性。大学でGymnasiumの先生になる課程を終えたばかりで、これからに備えて話し声を改善したいというメラニーちゃん。彼女がダントツで若い。大学を修了したばかりなら、24,5歳かな?後の3人は主婦っぽい女性達。うち一人は年金生活者くらいの年齢。みんなコーラスで歌っていて、発声や呼吸を勉強したいと話した。昨日は、初顔合わせということで、ワークショップでやった体をほぐすマッサージや簡単な動き、そして動きながら声を出す練習をいくつかやった。後頭部から頭、顔をマッサージした後で、顎の関節を手で触ってみて、ココを開いて、口の中に響かせる空間を作るのよ、というレクチャーの後で、mmmmmmmoooooooという牛の雄たけびを練習。5人しかいないと、なんだか逆に恥ずかしいアネッテから、ちょっと、もっと勇気を出して、大きな声で、ほら、モンスターみたいに!mmmmmmmooooooooo!と喝が入ると、受講者も少しずつ音量を上げていく。んだけど、メラニーちゃんたら、全然声を出さない。やっぱりね、24,5歳のうら若き女性にとっては、みっともなくって恥ずかしいよね。そういう度胸のないところ、自分の姿を見ているようで、とっても親近感が沸いてしまう。とココで、アネッテからの提案。さて、ここらでちょっとソロ・mooo、してみる?つまりね、ひとりひとりが個別に、この牛の雄たけびをしてみて、個別指導を受けるってこと。自分の問題点を見てもらえて、もっと口を縦に開けて、顎を落とす感じで顎を引いてうなじを伸ばすようにしてみてもっと高い音域まで出してみて低い音域から高い音域までを何度も繰り返してみてとかアドバイスをもらえる絶好のチャンスなんだけどね。他の受講者の注目を受けながら一人で雄たけびを上げるって、最初はかなり度胸がいるわけなのだ。それまでの練習でほとんど声を出そうとしなかったメラニーちゃんに気づいていたアネッテは、あえて彼女を最後に回した。いよいよ順番が回ってきたメラニーちゃん。私も声が小さい、精神的にブレーキ掛けてる、もっと覚悟を決めて声を出せっていっつも言われるんだけど、そんな自分のことはすっかり棚に上げて、ハラハラしながら彼女の方を見ないようにしていた。メラニーちゃん、やっぱり声をほとんど出さない。私だって、彼女の年頃の時なら絶対に声出せなかったと思う。彼女のうんざりした気持ちが痛いほど分かってしまう。がんばれメラニーちゃん。そんなメラニーちゃんにも、いや、だからか、容赦なくアネッテからアドバイスが飛ぶ。もっともっと口を開けて!ワークショップの時にも何度もやっていたように、口を開けていない場合を真似してみせて、開けた場合の声を出してみせる。メラニーちゃんも覚悟を決めて(やらない限りは終わらないからね)、口を大きく開けて、声を出してみる。彼女自身は、大声を出そうとしていないことは傍から見てもよくわかるんだけど、それでも本当にあきらかに違う響きのある、さっきよりも大きな声が出てくる。ワークショップの時もそうだけど、すぐにまったく違う声が出てくるのって、本当に神秘的で何度目の当たりにしても感激する。成果がすぐに見えるって楽しいし、充実感を味わえるよね。1回1時間半の講座で、最後の30分くらいはお歌の時間だった。体を使った簡単な運動、発声や呼吸の練習だけじゃなくて、必ず簡単な歌を歌うのがアネッテの講座の特色。話す声を改善したいけど、呼吸の練習や話す練習だけじゃつまらないから嫌、と思っていた私にはピッタリ。メラニーちゃんが全然歌っていなかったのがとっても気になってしまったけど。時間の最後に、今後の講座内容を組んでいくためにということで、簡単なフィードバックの時間があった。その結果、個別の練習の時間を取る話すテキストを各自が用意してくる話し声だけではなくて、歌声についても個別の練習時間を取るという方針が決まった。私は別に歌いたいわけじゃないからというメラニーちゃんが、私のせいで、歌声の練習の時間が減るのは申し訳ないというような後ろ向きなコメントを出していたのが、とっても気になってしまった。いやいや、私も本当は話し声を改善したいんだよ。それに対してアネッテがでもね、歌うのも話すのも、基本的な発声や呼吸の仕方は変わらないから。歌う方が、そのテクニックが分かりやすいし、体が覚えやすいってこともあるからね。とコメント。うーーーーーん、私はその言葉が聞きたかったんだ~。うれしーーー。来週も来てくれるかな、来てくれるといいな、メラニーちゃん。
April 8, 2008
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昨日(4月7日月曜日)から、「私の声」という市民大学の講座が始まりました。1ヶ月ほど前に参加したワークショップ「体・声・呼吸」が終わってから、すぐに申し込んだ時には、もう既に定員オーバーで、キャンセル待ちのリストの3番目だったので、すっかりあきらめていたんだけど。先週、出先で携帯に事務局から電話があり、「キャンセルがあったので、あなたに順番が回ってきたのですが、受講しますか?」と。二つ返事で受講を決めて、何の気なしに「水曜日の10時半ですよね?」と尋ねてみると、、、いいえ、月曜日です。月曜日の10時半。別の講師を迎えるのでん、講師が変わる??家に帰ってきてから早速インターネットで講座の内容を調べてみると、、、なんと、講師が例のワークショップの彼女の名前に変わっていた!なんて幸運なんでしょう☆そして昨日、どんなメンバーが来るんだろうと、やっぱり少しドキドキしながら(人見知り激しすぎ)、開始5分前にシアターの間に行くと、講師のアネッテとすぐに目が合った。手を振って、ハロー!と言ったら、彼女もすぐにアハハと笑って、やっぱり!リストにある名前を見て、何か見たことあるって思ったのよ~やっぱり彼女、好きだな、飾らないオープンなところがすごく感じが良くって。何でも、当初予定していた講師が急にできなくなって、キャンセル待ちがいるくらいに申し込みがいっぱいだったので、市民大学事務局が慌てて代わりの講師を探したところ、アネッテのところに話が来たんだとか。でも、彼女は月曜日しかできないから、水曜日から急遽月曜日に変更したところ、キャンセルが大量に出ちゃったっと。そりゃあそうだよね。皆、スケジュールを調整してこの日ならイケル、と思って申し込んでいるのに、開始の数週間前にいきなり曜日変えられたらキツイって。せっかく引き受けたのに、受講人数が少なくって、講師のアネッテには気の毒だけど、受講する側にしてみればかなりラッキーだわ。
April 8, 2008
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何度も同じことを書いてるけど、個人レッスンの時間には、一人ひとりが簡単な課題が与えられて、その場で実際に練習をした。他の参加者が輪になって座っている中で、一人体を動かしながら声を出す練習をする。自分でやるのはすごく恥ずかしいんだけど、でも1度か2度やってみると、意外と吹っ切れて、人が見ていることなんてどうでもよくなってしまう部分もあったりしてしかも、他の人の練習風景を見ていると、何をどうすればどれだけ声が変化するのかが分かってすごく興味深い。一人の女性は、やっぱり仕事でレクチャーをする人で、同僚から声が平たいと言われた、という人。彼女に与えられた課題は、まずは皆でやったハロー!の練習の応用。1. 立った状態から、上半身をリラックスさせて、息を吸い込みながら前かがみに倒していって脱力する。2. 下半身、特に足、ひざに力を入れつつ、そのバネを利用するように、息を吐き出しながら上半身を起こしていく。3. この動作に慣れたら、息を吐き出すときに、mmmmmとかLuuuuuuuuuとか声を出す。4. 声を出すことにも慣れたら、声を出すだけではなくて簡単な文章をしゃべってみる。コレ、かなり難しそうだった。恥ずかしいって言うのも当然あるだろうし、普段はほとんどしないような動きをしながら、さらに何かを話すって、そう簡単なことではないはず。普通に生活している人間って、そんなに一度にいろんなことをしないよね。やっている本人は、自分との戦いでかなり苦労していたけれど、見ていた私はあごが外れるかと思うくらいに驚いた、というか、感激した。なぜなら、彼女が普段話す声とまったく違う声を出したから。下から上に向かってうんしょ!と起き上がりながら、しゃべる彼女の声は、きれいに柔らかい響きがあって、ものすごく聞き取りやすいばかりでなく、聞いていてとっても心地よくなるような、いい声だった。これこそが、先生がワークショップ中を通じて伝えようとした、慣れない動作に集中するあまり、動作の一環で声を出すだけで精一杯で、普段やっているように喉や口元を緊張させることも忘れて発声された、その人の持つ自然な声だった。
March 23, 2008
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ワークショップの参加者12人、うち男性2人。ほとんどみんな仕事で声を使う人ばっかり。その中の半分以上が自己紹介で、ワークショップへの参加動機について同僚から、声が平たい、単調で長い時間聞いているのがしんどい、聞き取りづらいいうフィードバックをもらって、直そうと思ったからと話した。声が平たい?その時の私の印象では、彼女たちの話し方は、ドイツ人としてはいたって普通。発音がくっきりはっきりしていて、声が強く、 前に向かって出るし、よく通る、と私は思う。私もそんな風に話したいから、低い声を絞り出すように話す癖がついたのに。その中の数人の個人レッスンの時間に先生が言う事といえば、もっと口を大きく開けてばかり。言われて、彼らの口元に注目していると、確かにほとんど口が開いていないことにようやく気づいた。でもね、普段からずっとそうやって話している人は、指摘されたからってそう簡単に変えられるものではない。先生は、そんなことはもう何度も経験していてよく分かっているんだろう。だからね、口を縦に開けるのよ。あなたみたいに口を横にだけ引っ張って薄く開けたら声が平たくなるの、当然なのと、口の開け方を平たくしてしゃべってみせてくれた。おおおおお、本当に声が全然違うゾね、これじゃ声が全然響かないでしょ。そうじゃなくって、口を縦に開けると、口の中の空間が広がって、反響するから声が響くようになるのよ。と、今度は正しい口の開け方でしゃべってみせる。すごい、すごい、口の開け方ひとつでこんなに声が変わるものなの??先生のしゃべり方をじっと観察していると、口を縦に開く時に、上の前歯が見えたりする。私の個人レッスンの時にも、先生から指摘を受けた。正確にきちんと発音しようと気を使うあまり、唇や口に神経を集中して、緊張させてしまっているのね。発音なんてそんなに気にしないで、もっとおおらかになって口を開けないと、声は出ないわよ。言われてみれば、身に覚えがある、十分すぎるくらいある。正しい単語を正しい文法に乗せて話しても、発音が悪いと通じない、何度も聞き返されるっていう情けなさや悔しさを、過去にさんざん味わってから、発音にはとにかくとにかく気を使うようになったんだ。どうりで私の話し方なんて、全然声が通らないわけだわ。もちろん、それだけじゃないんだろうけど。話し声を聞いただけでそこまで分かるなんて、すごい!
March 23, 2008
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講師の先生は、ワークショップのプログラム内容をきっちりと決めずに、参加者の意向に合わせてフレキシブルに組み立てる人だった。私のセミナーっていつもやってみないとどこに着地するか分からないのよね~あっけらかんとした明るさとおおらかさに、開放的な人柄と包容力を感じる。最初の自己紹介の時に、参加者一人ひとりが、このワークショップに具体的に何を期待しているかをしゃべった。私も含めて半分くらいは、仕事でしゃべる機会が多いんだけど、声が安定しない、声が小さくて通らないので、話す声を良くしたいっていう人たち。残りは、家では歌ったりするんだけど、きちんと歌ったことがないから、歌ってみたい、自分がどのパートなのかを知りたい人たちだった。そこで一人ひとりに時間をとって、マンツーマンで先生から指導を受けることに。しかも、私、一番手でした。先生もあら~、一番シャイで人前で話したくない人が一番手ね~なんつって笑ってたんだけど。っていうか笑ってるんだけど、先生いや、本当はこういう時、一番手の方がいいんだよね。前例を見ていない方が絶対にやりやすいし、自分の番を待ってドキドキドキドキ緊張する暇もないし。壁際に立って、壁と腰の間に柔らかいボールを挟み、壁に向かってボールを力いっぱい押し付けながら、Lu-lu-lu-lululu-lu-lulu-と、高い声域から低い声域まで雄叫びを上げる練習。恥ずかしいなんて言ってられない。いや、すんごく恥ずかしいんだけど。でもやらないわけにはいかないし。もっと高く、もっと高い声で、もっともっと!と、先生から言われながら、声を上げていた時、ほんの一瞬、頭の後ろの上の辺りに、自分の声がビンっと響いた。すごくビックリした。そうそう、いいんじゃないの?あなたの声はね、普段しゃべっている声よりも本当はずっとずっと高いのよ。うーん、私ね、自分でも気づいているんだけど、ドイツ語で話す時は日本語で話す時よりも声が低くなってるんです。自分でも意識して声を低くしているうちに慣れちゃったんですよね。ここはみんな低い声で話すから。それに、低い声の方が、よく通るような気がして。そうそう、ドイツ女性もね、やたらと低い声で話す人が多いのよ。女性が男性と肩を並べて働いているせいなのかなんなのか、男性化してるのよね。でもね、声を出す器官って言うのは人それぞれで、その人の持っている器官に合わせた発声をしないとダメなの。その人に合った声で話す時の波長が一番声を遠くまで届けてくれるものなの。あなたみたいにもともと高い声を出す器官を持っている人がね、がんばって低い声で話したって、通る声にはならないの。逆にのどの辺りに力を入れて緊張させるから声が出なくなるわね。あなたの声は確かにとても静かだけど、無理して大声を出さなくたって、あなたの持っている器官に合った声を出せば、通る声にはなるのよ自分の持っている自然な高い声で話せばいいんだってこと、高い声でも、自分に一番合っている声なら、大声を張り上げなくっても、通る声にはなるってこと。これを言ってもらえただけでも、参加した甲斐があった。今まで嫌で嫌で仕方のなかった自分の声が、受け入れられるようになるかも、、、
March 20, 2008
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ワークショップの中でたくさんやった体を使う練習の中で、一番面白かったのが、体を起こしながら「ハロー!」って声を出す練習。1.椅子に座って、上半身の力を抜きリラックスして、前に倒す。2.足に力を入れて、下半身のバネを使うように上半身を起こし戻す。3.体を倒す時、起こす時のいずれかで息を吸い込み、息を吐き出す。しばらく繰り返した後で、先生が参加者に質問をした。体を倒す時と起こす時、どちらで息を吸い込んでますか?私を含めてほとんどの参加者が、体を倒す時に息を吐き出していた。それじゃ、息を吐き出す時に“ハロー!”と声を出してみましょう。みんな同じ動作で、まずは体を倒す時に、息を吐き出し、ハロー!と言いましょうしばらく繰り返した後、今度は、体を起こす時に息を吐き出し、“ハロー!”と言ってみてどうですか?声の感じは変わりましたか?変わったんです、ビックリ。体を起こしながら声を出した時の方が、声に力があって、明るく響くし、大きな声が出た。逆に、体を倒しながら声を出すと、声が小さく、響きは暗くて悲しそうな感じ。声って出し方ひとつでこんなに変化するんだ、と、目が鱗が落ちる思いだった。4.体を起こす時に息を吐き出しながら、“ハロー!”と声を出す。この時、声をできるだけ遠くに飛ばす気持ちで。これをまたしばらくやった後で、先生がまた質問をした。どうですか、今の練習の中で、息を吸い込んでいるのを意識してましたか?・・・言われてみれば、体を動かすこと、声を出すことに集中していて、意気を吸い込むことをすっかり“忘れて”ました。そうでしょ。これがこの練習のトリックなんです息はね、意識して吸い込まなくても、自然に流れ込んでくるものなんです。それよりも流れるように息を吐き出すことが大切なのね。これが歌う時、話す時の基本です。すごい、私、今、とっても感動しました。
March 18, 2008
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発声や呼吸を専門の先生から習ったのはこれが初めて。私は自分の小さくてまったく通らない声が、とにかく嫌いで、人前で声を発するのが何よりも苦手。しかし商売柄(?)そうも言ってはいられないこともたまにあり。そもそも、それを克服したくってコーラスに参加し始めたんだけど。最近は、歌うだけでも楽しいから、本来の目的を見失いつつあった。私が参加しているコーラスはどれも、きちんとしたボイストレーニングとかしないので、結局何も改善されないし。歌うのは楽しいし、声楽の先生にでもつこうかしら。でも声楽家になりたいわけではないのに。っていうか、私みたいに特に上手くもない、声も目立たない人間が声楽習おうだなんて、おこがましいって笑われるんじゃないかしら、なんて、ちょっと思ったりもして。このワークショップは、声と呼吸法に焦点を当てて、自分自身の話す声・歌う声と向き合ってみましょうというテーマだった。まさに、私のためにあるような内容。参加する前はかなり緊張してドキドキしてた(行くのやめようかなとか、本気で思った)んだけど、講師の先生はすごくユーモアがあって楽しい人だし、すごく面白かった。さすが、フリーで声楽や発声・呼吸法の講師をしているだけあって、参加者の発声の問題点を把握して、指摘する。しかしいくら言葉で指摘されたところで、日常的にそうやってしゃべることに慣れているから、そう簡単には治せない。すると、何が問題なのか、を、先生が真似して指摘してくれる。そして、簡単な発声練習をさせたり、動作を指示して動きながらしゃべったり声を出すように指示する。そんな簡単なレクチャーで、驚くほどに話す声が変化した。本人はあまり気づかないみたいだけど、傍で聞いていると本当にビックリして顎が落ちそうなくらい、声が変化する。でも、普通にしゃべるとまた戻っちゃうんだけどね。体を動かしながら、意識せずに(喉や顎を緊張させずに)、でも口だけはもう少し大きく開けて声を出す、話す。日常的に練習して、自然にできるように体で覚えさせるのかな。とっても貴重な体験だった。
March 18, 2008
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週末、「体・声・呼吸」というワークショップに参加してきたのです。ワークショップは、金曜日の18時~21時と土曜日の9時~17時半までの2日間。講師は、哲学とドイツ語を大学で専攻した後、声楽や声楽教育(?)を音大で勉強したという女性。「哲学なんて、潰しが利かないのよね~」そのあっけらかんとしたところが、とってもステキだわ時間の半分以上を、体を使った練習に費やした気がする。内容は大きく分けると、2つのグループに分けられる、かな。1.座った状態で、自分の体のいろんな関節や筋肉を、まずは片側だけ触って、マッサージ。一通りマッサージしてほぐした後に立ってみて、その感覚を左右で比較する。⇒ 関節や筋肉をほぐすことで、その部位が柔らかくなって、地面にしっかりと立っている、足の裏なら地面と接する面が大きくなったような感じがする。呼吸の流れがスムーズになる。2.伸びをしながら体をゆっくりと動かす運動。流れるように体を回したり、上半身を前のめりに倒して、足の筋肉を使って下からゆっくりと体を起こしたりという一連の動きをしながら、動きの半分で息を吸い込む、後の半分で息を吐き出す。息を吐き出す時に「mmmmm、、、」と声を出す。⇒ 流れるように動きながら呼吸をするのって結構難しい。動きに意識を集中させると、ついつい息を止めてしまったりする。さらに声を出す段階に来ると、声を出すことに意識が集中して、体を動かすのがぎこちなくなる。すると、「息を吸い込む」ことに意識がまったくいかなくなる。これがこの練習のミソなんだと、最後に先生がうれしそうに説明してくれた。人間は普段、息を吸い込むことを意識なんかしない。それでも息はちゃんと流れ込んでいる。これこそが歌う時や話す時の正しい呼吸法なんだ、と。息をたくさん吸い込もうとして顎や喉や胸やお腹にやたらと力を入れれば、自然な発声はできなくなる。響きも悪くなり、声が通らない、喉に無理な力が掛かるから、それを続ければ喉を壊すことになる。最近はインターネットでいろいろ情報を集めていたので、特に目新しいことじゃなかったんだけど、実際に指導されながら、フィードバックを受けながら練習するとすごく分かりやすい。
March 18, 2008
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タリア川の石様から回していただいた、例えばバトン。難しいですね、これ。タリアさんには、不思議の森の奥深く咲く、シナモンの香りがする藤の色、と例えて頂きました。なんてもったいない。でも藤は本当にとっても好きな色です。むかーしむかし、日本で働き始めて間もなく、ゴールデンウィークに、どうしても室生寺の石楠花が見たくなって、短い一人旅をしました。バスに揺られて、狭い渓谷をダラダラと走っていた時に、目に入ってきた光景。針葉樹の濃い緑色の山肌に、ポ、ポ、と、無数に散らばっていた淡い紫のヤマフジの花房。まるでボンボリが灯っているようでした。■ 1.自分を色に例えると・・・?光の加減や見る方向によって色が変わる玉虫色!なーんて言ったらカッコイイけど、人よりもペースが遅いらしいし(本人はあまり意識してないんだけど)、いつでもぼーっとしている(ように見えるらしい)ので、やわらかなパステルカラーかな(笑)好きなのは藤色やテッセンの青紫です。■ 2.自分を動物にたとえると・・?何だろうなあ、と思って、トラちゃん(彼)に聞いてみました。そしたら即答で、猫!何で?って聞いたら、自分のやりたいことしかやらないし、気に入らないことがあると前足でパンチしてくるから野良猫かい。私自身は犬の方が好きだから、犬は?って聞いたら、君が犬?遊んでもらえるまで尻尾振ってついて回る、犬??絶対にあり得ないと、爆笑されてしまった。■ 3.自分を好きなキャラにたとえると?映画「トトロ」の、小トトロ。大トトロが居ればその後をチョコチョコと歩いてくっついていくし、大トトロが昼寝をしていれば抜け出してフラフラ遊びに行く。なんとなく、のん気で楽しそうだから。■ 4.自分を食べ物に例えると?スルメ見た目の印象と中身が結構違っているらしいので、何度も噛んで本性を味わってくださいってことで(笑)■ 5.次に回す人3人を色に例えると・・・うーん、どうしよう、、、
February 8, 2006
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と思っていたんだけど、、、。
February 3, 2006
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偶然出会った人と、なぜか波長が合ってしまうことがある。たまたまその時の環境や状況や抱える問題が似ていて、ひどく共感してしまうことがある。
January 21, 2006
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道を歩いていれば、実に様々な人とすれ違う。人は普通、その多くには目もくれず、興味を惹かれることもなくただ通り過ぎていく。そんな日常の中で、ごくたまに関心を引かれ、何かの偶然で、たまたま目が止まって、気が向いて、振り向くことがあるだろう。
January 9, 2006
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おおお、2006年が明けてもう9日も経ってしまった、、、。忙しさにかまけて(?)ブログの更新もせずほったらかしていたんだけど、今日久しぶりにこちらのブログをチェックしてみると、コメントが増えている~、うれしい。しかし、去年のコメントだ~、チェックしていなかった自分が情けない(涙)。コメント返しするには、ちょっと遅すぎるますね、、、。ありりん様、ハワイ市場様、ごめんなさい。お二人のブログにはいつもお邪魔しています。コメントありがとうございました。これに懲りずにまた来てください。最後の更新が11月っていうのはいくらなんでもひどいですね。それでも毎日のぞきに来られる方がいらっしゃるとは、感激です。ええと、まずは、、、あけましておめでとうございます、は、もう時間切れですか?まだセーフ??よく分からないので、ここは無難に、寒中お見舞い申し上げます。こんないい加減なブログをのぞいてくださる皆様に、2006年が笑い声の絶えない楽しい一年となりますように、そして、両手に抱えきれないくらいたくさんたくさんたくさんの幸せと喜びが訪れますように、心よりお祈りしております。本年もどうぞよろしくお願いいたします。
January 9, 2006
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を好きになれなかった本当の理由2
November 24, 2005
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を好きになれなかった本当の理由1
November 24, 2005
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前回書いたフラメンコ・ファンダンゴのコースを受講している最中に、ちょっと浮気してみた。大学のスポーツセンター主催で行われた週末2日間のベリーダンスのワークショップに参加したのだ。ベリーダンス、ドイツ語ではBauchtanz、日本語に訳せばどちらも「腹踊り♪」 ゆ、ふー(^。^/)腹踊りぃ???と、読んだ瞬間は思ったんだけど、何か新しいことに興味津々、体を動かしたい、家でじっとして居たくない、どうせ予定の入らない週末だから何か入れてしまいたい、という時期だったので、あまり深く考えもしないで申し込んでしまった。何よりも、女性だけのためのダンス、というのが良かった。そして当日、大学のスポーツセンターの小さなホールに行ってみると、若ーいキャピキャピ(笑)の大学生から、私と同年代くらいの女性から、もう少し上の年代の女性まで結構色々ごちゃ混ぜで、なかなか感じが良かった。先生はドイツ人女性。確か大学でTanzpaedagogikを専攻したとか言ってたはず、、、。日本語に直訳すると舞踏教育、英語に直訳するとダンスエデュケーション(あるんかい、そんな言葉?)で、音楽に合わせて体を動かしたり踊ったりすることで自己啓発などを行ったりする分野、と、私は理解している(違うかも?)。発達障害を持つ子供や、精神的な問題を抱えている大人なんかに対して行われる。ドイツって、本当にほとんどどんな分野でも大学で勉強したり職業訓練できたり資格取ったりできるからすごいわ、と、いつも思う。Hundepsychologe(犬の心理学者)なんていう専門家まで居るんだから。だから、ダンス教室とか音楽教室、芸術関係のクラスなんかをやっている人には、こういう教育部門を専攻した人が結構多い。話を戻すと、そのベリーダンスの先生は非常に落ち着いた雰囲気で、プロのダンサーというよりは、「音楽に合わせて体を動かすことを通じて、体のバランスを整えましょう、気持ちを解き放って自分の中の創造性を引き出しましょう」そんな感じだった。簡単な動きで体を少しほぐした後、まずは基礎となる動きを練習した。腰をゆっっっっっくりと、そしてできるだけ大きな輪を描くように、ぐ、るーーーーっと回す。普段そんな動きをしたことが無いから、やってみると簡単じゃない。ゆっくりと柔らかく大きな輪を描く、というのがいかに難しいか。それができたら今度は、腰で水平にアラビア数字の「8」を描くように腰を回す練習。まずは前から後ろへ、右の腰を右斜め前に突き出し、ゆっくりと後ろへ回す。右の腰が後ろへ着く頃、左の腰を左斜め前に突き出し、ゆっくりと後ろへ回す。この繰り返し。このグニャグニャした動きが、難しいーーーーーー。前から後ろへができたら、今度は後ろから前へ。人それぞれらしいけど、私には後ろから前への方が難しい。どうしても動きがぎこちなくって滑らかに回せない。さらに、一番初めの大きな輪を描く動きと体重移動をしながら、片足を軸にしてゆっくりとターンする。これがさらに難しい!始めのうちは、腰をグルグル回すだけで、全然足が動かない。ターンできずにその場で延々と、、、、、、腰は回ってますが、、、えー、、、先生、、、どうしたらいいんでしょう??先生からの体重移動についての説明を受けて、どうにか足が出るようにはなったものの、腰を回すだけで手一杯の生徒達は、ヒョコヒョコとぎこちなく足を出してはなんとか無理やり回るといった状態で、ベリーダンスのダンサーの優雅さ、艶やかさとは程遠い、、、難しいんです、とにかく。当たり前です。どんな踊りもスポーツもそうだけど、一日、二日でなんとかなるものではなく、練習、練習、また練習を重ねてようやく美しい動きが体に叩き込まれるわけです。ところで、このベリーダンス、なぜ「腹踊り」なんだろう?踊っていて実際に一番動かすのは腰、一番重要なのは腰の動き、腰を中心にしたダンスなのに。練習の最中も、先生は常に“Huefte(ふゅふて、腰)”という単語を何百回と繰り返していたのに。先生も、「本来ならば、腰踊りと呼ぶべきですね」と、言っていた。この腹踊り、ダンスを愛するすべての人に、すごーくオススメです。なぜならば、こんな風に思いっきり腰を動かすことを強制される、大げさに言えばそこに帰結するダンスって他にはあまりないから。サルサやフラメンコなどの他のダンスの時にも自然と腰がくいっと入ってしまうようになる。これは自分でもビックリ。サルサでもフラメンコでも腰が入ると、ホントは全然踊れないのに、「上手ねえ、きれいねえ」と誉められる。ベリーダンスは本来、アラブ地域で女性達が家の中で集まって踊ったのが発祥らしい。西ヨーロッパ地域のように、男女が集まって、パートナー以外でも手に手を取って踊ったりすることが許されない、それどころか女性達が思うように外出も許されないアラブ地域で、ベリーダンスは女性達の楽しみであったと同時に、妊娠出産に必要な筋肉を鍛える(衰えないようにする)上で役立っていたなんていう風にも言われているらしい。もうちょっとしたら子供が欲しいわっていう人にもオススメかも?!
November 24, 2005
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去年の冬に取ったコースは、生ギター伴奏付きのフラメンコ・ファンダンゴのコースだった。フラメンコに関して全く無知だった私は、フラメンコにそんなに色んな種類があるとは知らずに、もう一つあるフラメンココースと区別するための名前だろうくらいにしか思わなかった。esflamenco.comによると、「フラメンコのパロ:Fandango - ファンダンゴ(文: Susana Naval?n):(ポルトガル語の舞踊と伝統的な歌を意味するfadoや、ラテン語で運命を意味するfatus,が由来) 独特なスペイン民族音楽の1スタイルで、ウエルバ県に定着してフラメンコ化された。アンダルシアの他の地方にもファンダンゴのスタイルがあるが、ウエルバの曲は他の地方のものと比べて異なる特徴がある」らしい。さらに、「本来ペアで踊られる」とも書かれてあるけど、私が通ったレッスンは、女性一人一人が踊るコレオグラフィーだった。先生は、この町でフラメンコスクールを開いているプロで、細くてとっても魅力的なドイツ人の女性だった。もう、ひとめぼれしそうなくらい、華やかだった。毎回生ギターで伴奏をつけてくれる男性もドイツ人で、先生と一緒にスクールを運営している。彼の方はあんまりぱっとしない(失礼!)感じだったけど、でも人は良さそうだった(笑)彼らのスクールには、ギター伴奏付きのレッスンや、フラメンコギターのコースがある。生伴奏つきということで、もう一つのコースよりも割高だったんだけど、内容は十分に満足できるものだった。全8回くらいのコースで、1曲分のコレオグラフィーを完成させる。セヴィリャーナでフラメンコの基礎の基礎くらいは練習していたのが、役に立ったけど、やっぱりステップを踏んで、ターンをしながら、腕と手も動かして、という動きにはついていくのがやっと。またしてもレッスンの後、家に帰ると一人でコツコツとおさらいする日々だった(笑)おさらいしておかないと、次の週のレッスンには、部分的に、時にはまるっきり忘れていて、パニックになる上に、精神的にイッパイイッパイになるせいか、次に来る振り付けがまったく頭に入らなくなってしまう。逆に、おさらいしておけば、心の余裕ができて、次の振り付けが楽しみになる。学生時代、復習なんてほとんどしたこと無かったくせに、我ながら自分の勤勉さに笑えてくる(爆)
November 18, 2005
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一番初めに通ったコースは、市民大学のセヴィリャーナのコースだった。なぜかって、当時、市民大学にあるフラメンコ系のダンスはそれだけだったから。これは厳密に言うと、フラメンコではないらしい。その名の通りセヴィリア地方のフォークダンスで、男女あるいは女性がグループで2列に並んで踊る。途中で向かい側の列のパートナーとターンしながら位置を変え合ったりということはあるけれど、基本的に体のコンタクトはない(◎)。先生はドイツ人の若い女性。あんまりプロっぽくなくて、趣味で好きでフラメンコやってますーという感じのお姉さんだった。私もまったくの初心者だったから、親近感の湧くこの先生は良かった。受講者は全部で15人くらい居ただろうか。経験者はほとんど居なくて、皆、何もできない初心者。安心。週に一回、市内の学校の小さなホールでレッスンがあった。このコースで、フラメンコの基礎を少し習った。手の動かし方、腕の回し方、ステップの踏み方、色んなステップも少し習った。手と足を同時に動かしてしかもリズムを取るって、やってみると結構難しい。最初はステップの練習をして、足が動くようになったところで手を付ける。でも、手を付けると足が分からなくなる。足の動きに神経を集中すると、手が止まる。そんな風に、セヴィリャーナのレッスンに出ている時は、振られた彼のことも、ちっとも進まない研究のこともすっかり頭から追い出して、とにかく体の動きとリズムに100%集中した。集中しなければとてもついていけなかった。さらに、毎回家に帰ると、おさらいをした。復習しなければ次の週ついていくのが難しかったから。当時私は、大家さんのアパートメントの屋根裏に住んでいたので、部屋の中を歩く時など響かないようにいつも注意していた。セヴィリャーナでは、フラメンコみたいに踵や足全体で床をガツンと踏みつけるステップがあるので、いつも細心の注意を払った。セヴィリャーナの音楽を持っていなかったので、おさらいするのは簡単じゃなかったけど、一つずつパートを覚えていくのがとでも楽しかった。私を振った彼に執着しドロドロした沼と化して異臭を放ってい私の気持ちに、新鮮な風を吹き込んでくれた。
November 15, 2005
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2年ほど前から、一年に1回、冬になるとフラメンコ系のレッスンに通うようになった。なんか中途半端な表現だけど、貧乏人の私には普通のスクールに通う余裕など無い。だから、大学や市民大学が提供するお手ごろ価格なコースに通う。そして、大学や市民大学のコースは夏と冬の2期制。話は遡って、フラメンコを習い始める前、今から2年半くらい前だけど、友達に誘われてサルサの連休集中講座に参加した。3日間毎日2時から5時までで、結構ハードだったけど、踊るのはとっても楽しかった。踊るのはとっても楽しいんだけど、パートナーの男性が下手だと最悪ということもよく分かった(笑)ヨーロッパ人はリズム感が良い、踊りを一通り習っているから、ジェントルマンとして女性を優しくリードしてくれる☆とか、思い込んでいませんか?私は思い込んでいた。しかし、ドイツ人って意外と(え、イメージ通り?)『リズム感無い人』が多い(汗)。それはもう『リズム感が悪い』なんていう次元の問題ではないのよ!無いの、全く、皆無!これは何も男性に限った話ではなく、割合では少ないと思うけど、女性でもいる。サルサってベースはとっても簡単で、音楽は4拍子、基本ステップなら8拍子を繰り返す。しかし、リズム感が無い人々はそれさえもできない!私には衝撃的だった。だってさ、日本なら小学校とか中学校の音楽の時間にリズムの取り方の基本、習うでしょ?手拍子とかさせられるよね?始めはできなくても大抵の人ができるようになるじゃん。しかし、そんなこと知らずにイイ年の大人になってしまった彼らは、、、ついてこれないんだな。そして2年半前、数年前から徐々に来ていたサルサの波が絶頂を迎えていた当時、サルサの初心者向け集中講座を受けようという男性達は、、、a) 彼女がどうしても一緒に習おうと言うので仕方なくついて来たb) いま流行りのサルサとやらを習いに/踊りに行けば女性と知り合えるらしいということで参加してみたの、どっちかだった(笑)a)はo.k.女性の扱い方も知っているし、優しくて感じが良いやっぱり人間、心にゆとりがあると違うのね問題はb)。どっからどう見ても魅力が無いんだけど、なんだか偉そうで勘違いが入っていたり、きっと収入が多かったり、学歴が高かったりするのね。で、プライドが高いのよ、要するに見た目は物腰柔らかそうなのに、むっつりマッチョーだったり、「ダンスでは女が男の指示に従わなくちゃいけないんだよ。そこがダンスの良いところさ」と堂々と言ってのけ、ろくにステップもコンビネーションもできないくせに、押す、引っ張る、振り回す、手を握って離さないなどなど、もう、ほんと、サイテーですわ。当時私はシングルで、まだ失恋の痛手から立ち直っていなかった、っていうか、自分の中のドロドロとした感情の中で毎日溺れそうになるような日々だったから、もしかしたら素敵な人との出会いがあるかも♪なんていう儚い期待を抱いていたことは事実。しかし、そんな私の期待は一日目の一時間目に見事に打ち砕かれ、集中講座が終わる頃には「サルサを習いに来るような男にろくな奴はおらん」という結論に達していた。その3日間集中講座で、踊る楽しみは覚えたものの、パートナーにアタリ/ハズレがあって、ハズレに当たると全然楽しくないということも身にしみた。その後何度か友達と一緒にサルサパーティに行った。この頃は既に、出会いに期待はしていなかった。ただ、一人で家にこもりウジウジとしているよりも、陽気なラテン音楽に身を任せ、頭の中を空っぽにして体を動かしたら気も晴れるだろうと思った。サルサは楽しい。音楽も好き。サルサパーティに行くとダンスフロアの脇に一人で立つやいなや、すぐにダンスを求められる。ほとんどが、ラテン系かアラブ系、アフリカ系の男性。ラテン系の男性は生活の中にサルサを始めとするラテン音楽が浸透しているんだから当然だけど、アラブ系にしてもアフリカ系にしても、特にレッスンなど受けなくても、すぐに踊れるようになってしまうらしい。そして彼らは女性に対して積極的だ。正直なところ、サルサパーティで白人にダンスを誘われたことは一度も無い。白人男性は大抵、ダンスパートナー同伴で来て、そのパートナーとだけ踊るようだった。ラテン系、アラブ系、アフリカ系の男性達は、リズム感が良いし、リードするのも上手な人が多い。それは良い。しかし、彼らはとにかく女性をグッと自分の体に引き寄せ、体を密着させる。そんなに密着したら踊れないじゃん、というくらい引き寄せられる。初対面の男性といきなり一曲目でそんなに密着するのはとっても気持ち悪い。だから体を離す。しかし数分後にはまた思いっきり引き寄せられる。こんなことの繰り返し。そうやって攻防戦を繰り広げながらも一曲、二曲と踊っていると、必ず質問攻撃が始まる。名前は何ていうの?何してるの?「大学院で〇〇の研究やってる」ふーん、、、って、それだけかい?!何歳?恋人はいるの/結婚してるの?これが彼らのいつもの質問パック。3つ目の質問で年齢聞くなんて、ありえんでしょ。この質問攻めでいつもうんざり。本気で女性と知り合いたかったら、もう少し別のこと聞けっての。そしてその後もお決まりのいつも踊りに来るの?電話番号教えて今度飲みに行こうよ/また会いたい会いたくねーっつうの。性別と年齢とパートナーの有無しか興味の無いような男に、もう一度会いに行くほど暇人じゃないのよ。こんな風にサルサ、というかパートナーを必要とするダンスに嫌気がさした私だったけど、音楽に合わせて頭を空っぽにしてただ体を動かすことの楽しさにとりつかれてしまった。踊りに行きたい、でもパートナーは面倒くさい。そして、ある日思いついた。「パートナーで苦労するくらいなら一人で踊れるダンスを習えば良いんだ」思いついたのがフラメンコ。
November 15, 2005
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さて、前置きが長くなったけど、「とにかく診てみましょう」ということでレントゲン撮影へ。角度とか姿勢が決まるまで少し手間取ったが、あっという間に撮影終了。これはどこも同じだ。しかし、ここでビックリ。たった今撮影した映像が、即座にレントゲン室に置いてあるPCの画面に映し出された!すごーーーーーーい。こんなの初めてみたーーーーーーー。写真の位置が悪かったので、もう一度撮影。その映像がまた即座にPCに。便利ーーーーーーーー♪私がここ数年通っていた歯医者なら、ここで写真ができるまで待たされるのだ。その間にドクターは他の患者の治療に行く。技術の進歩ってすごーーーい。せっかく撮り直しまでしたのに、そのレントゲン写真をじっくり見るでもなく、診察室に戻って、普通の椅子に座るように言われた。そして、ドクターが机の上にあるPCを操作すると、同じ映像が現れる。おぉぉぉ、すごいなぁ♪この医者は当たりかも。最新技術を導入しているってことは、やる気があって、しかも経営が順調なんだろう。なーんて、感心していた。感心してちょっといい気分になっていたのも束の間、この後そこでドクターから衝撃の事実が告げられた。「神経の治療をしたみたいだけど、あんまり上手くいかなかったみたいですね。同業者としては悪く言うと反感を買うから、あまり悪いことを言いたくは無いけど、ここの部分が炎症を起こしてますね。もしも私が治療するとすれば、今入っているこのメタルの棒を取り除いて、神経の治療で詰めたものも全部取る。それで一晩様子を見て、状態によっては外科的治療で修正をしなければならないかもしれない。その後、新たにグラスファイバーの棒を入れる。その上で骨組みを作ってセラミックの被せ物を作る。でもあなたは私の患者ではないから、応急措置だけして済ませることもできます。どうしますか?人が一度処置したものを修正するのは、すごく難しいんです。何がどうなっているのかよく分からないし。だから私にとってはすごく難しい。でもどっちにしてもこのまま放って置かないほうが良いですよ」ひょえええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ(涙)ショックで思考が停止した。医者の前で涙ぐんでしまったのは何年ぶりだろう。最後にそんな不安で情けない思いをしたのは、日本に一時帰国して、自治体の婦人科検診を受けたら「卵巣がはれてるみたいだから精密検査しなさい」と言い渡されたのにも関わらず、時間が無くてこっちに戻ってきて、すぐに婦人科の医者を探したのに、「いっぱいなので、新しい患者は受け入れてません」って事も無げに門前払いされて、それが数軒続いて、不安なのを精一杯ガマンしながら婦人科医を探しつづけてようやく今の人のところにたどり着いて検査をしてもらえた時だろうか。どうしますかって、応急処置じゃどうせ長続きしないって分かってんだから、ちゃんと治療して欲しい。誰の患者かなんて、そんなの私には関係無い。大体において、私の今までの歯医者の治療がまずかったんなら、2度とあそこには行きたくない。「選択肢なんてあり無いじゃないですか。きちんと治療してください」息も絶え絶えにようやくそれだけ言うと、ドクターが追い討ちをかけた。
November 15, 2005
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前回から時間が空いちゃって、どこまで話が進んでいたんだか、、、(汗)今年の夏、昼下がり、大学の庭で同僚達と昼食ピクニックをしていたら、またしても歯が折れた。奇しくも、2年ほど前の夏、一度折れた同じ歯。行きつけの歯医者に電話すると、聞き慣れたテープの声「Dr.△△は休暇中です」なんで、私の歯が折れる時、あなたはいつも休暇中なんですか、、、?というところで、続き。クリニックに入ると、やたらとでかくて目つきの男性が受付のそばにいた。上下白い服だから、もしかしたらこれがドクターかもしれない。初診のため、病歴などを質問する問診表に記入させられた。いつものことだ。そして待合室で待つようにと言われた。これもいつものことだ。こういう飛び入りの場合、早くても30分、ひどいと1時間以上も待たされる。まあ、飛び入りなんだから仕方が無い。誰も居ない待合室に入り、シュピーゲルを、端から端まで読む覚悟を決めて取り掛かったのだが、10分も経たないうちに診察室に案内された。しかしこの歯医者、妙に空いてる、、、もしかして名の知れ渡ったヤブ医者?診察室に入って椅子に座るか座らないかと言ううちに、ドクターが入ってきた。やっぱりさっきの目つきの悪いオジさんがドクターだった。いままで掛かってきた医者は大概人当たりの良さそうなオーラを発していたんだけど、この人はお世辞にも感じが良いとは言えない。悪い人じゃなさそうだけど、なんだかすごーく鋭くて、ちょっと近寄りがたい感じがする。まずは握手っと。握手、握手。ドイツでは歯医者だろうが、ホームドクターだろうが、婦人科医だろうが、握手をしてからじゃないと始まらない。ちなみに、治療が終わった後も握手。「今日は、どうしました?」正確には、「Was kann ich fuer Sie tun?あなたのために、私に、何ができますか?」だ。「私はDr.××の患者なんですが、2年ほど前、一度折れて治療してもらった歯が、また昨日折れました。でもDr.××は休暇中で、、、」診察用の椅子に座って、持参してきた折れた歯を見せる。ドクターが口の中の歯が折れた個所をのぞく。ドクターがなんだか気に入らないというような表情をしているのは気のせいなのだろうか?それとも状態がそんなにひどいのか?ついつい相手の表情を伺って、言われる前から最悪の事態を想定してしまう。しかしこのドクター、ドイツ語にアクセントがある。外国人だな。どこの人だろう、東の方のアクセントだと思うけど、トルコ系かな、、、?などと考えていると、質問が飛んできた。「ドイツにはいつから居るんですか?」「もう6年です」「大学に行ってるんですか?何学部?」「修士課程を修了して、今は博士課程に居ます。〇〇学部です」「終わったら日本に帰るんですか?帰ったらその分野で仕事できるの?」「終わった後のことはまだ分かりません。日本で職を見つけるのは難しいですね。日本も景気が悪いですから。、、、それに私、情けないけど、こっちでの専門は日本語で勉強したことがないから、ドイツ語でしか説明できないんです(笑)」「ああ、それ分かりますよ。私もね、チェコ出身なんです。でもドイツで大学に通ったから、ドイツでしか歯医者をできないんですよ(笑)」なんでのん気にそんな世間話なんか、と、思われるだろうが、これ、ルーチンである。たいていどの医者に行っても、まずはそんな世間話、身の上話から入るのだ。初めての患者の緊張感を解くためなのか、医療ミスやトラブルを避けるためには医者と患者の良好な人間関係構築が必要とか医者組合の広報誌に書いてあるのか、それともこっちがどれだけドイツ語が話せるのか、理解できるのかをテストしているのか??、、、多分全部だろう(笑)。とにかくこれで、彼がチェコ人で、ドイツ語や外国人であるという状況に苦労しながら大学に通い、自力で道を切り拓いてきた外国人だということが分かり、親近感+好感度がさらにアップ☆だ。どうりでこの歯医者、珍しくアシスタントの女性たちにも外国人が多い。外国籍でもドイツで生まれ育っている場合もあるし、東欧系など一目ではドイツ人と区別がつかないこともあるが、第一世代の外国人はしゃべればアクセントが出るのですぐに分かる。きっと外国人の苦労を自ら体験しているこのドクターの個人的な方針なんだろう、と、私の中で勝手に彼の評価は上がるばかり。ルーチンの世間話のおかげで、なんとなーく緊張感が薄れ、親近感と連帯感が生まれ、突然雰囲気の和んだ診察室だった。
November 2, 2005
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昨日は晩御飯に肉団子のスープを作った。昔、まだまだ元気いっぱいで、母が忙しい時などに祖母が作ってくれた、「おばあちゃんの味」。美味しいし、簡単に作れるので大好きなメニュー。と、言いながら、日本に居た時は祖母が作ってくれたし、ドイツへ来てからもあまり作ってない。だって、、、。ドイツへ来てまだ一年も経たない頃。当時、勉強で色々と世話を焼いてくれた友達に晩御飯をご馳走することになって、家に帰る前に一緒にスーパーに買い物に行った。時間は夕方6時半前後だったと思う。スーパーの中の肉屋や魚屋のカウンターで、欲しいものを頼んで包んでもらって値札をつけてもらうんだけど、これは店員の当たり外れや忙しさの具合、時間などで対応も様々で、感じがよく楽しいこともあれば、嫌な思いをすることも結構多い。だからいまだに緊張する。さてその日は閉店30分前という時間のせいか、スーパーは全体的にガランとしていて、肉屋のカウンターに並ぶ商品ももう少ない感じだった。日本なら考えられないことだけど、ドイツだと閉店15分前くらいから閉店体制に入って掃除をしたりし始める。そんな時に何か頼みごとでもしようものなら露骨に嫌な顔をされる。この時、まだドイツに来て一年経たないくらいだった私は、日本人の感覚で、まだ30分もあると余裕たっぷりで買い物にしていた。そして肉屋のカウンター越しに若い女性の店員に注文する。「鶏肉のひき肉を〇〇g下さい」店員が答える。「ひき肉なら、豚か豚と牛の合わせがあります」「いいえ、鶏肉のひき肉が欲しいんです」「鶏肉のひき肉?ありません」なんですって??鶏肉を切らしているわけではない。それに、店員の背後にはひき肉を作るための機械がある。まだ閉店30分も前だと言うのに、きれーーーに洗浄されてピカピカ光ってどっしりと構えている。閉店間際だから、せっかく掃除した機械をもう一度汚すのが嫌なのだろうと私は勝手に理解した。そこで私もちょっと駄々をこねてみた。「あなたの後ろにあるそのマシーンで作ってください」店員は、『なんだこいつ』という見下すような色を浮かべながら言い返してきた。「それはできません」できません、だあああああ?お客様は神様ですっていうサービス精神のかけらも見えない。ムカついて悪態の一つもつきたくなってくるが、当時の私の語学力では罵倒することもできやしない。「どうしてですか?」店員はさらに、『こんなやつに付き合ってられるか』というような、めんどくさそうな態度で履き捨てるように繰り返した。「できないんです」私もどうしたものかと思って友達の方を見ると、彼も不思議そうな表情を浮かべて成り行きを見守っている。それじゃあ仕方がないと、鶏肉では無くて豚肉のひき肉を買うことにした。肉屋のカウンターから離れて、どうしても納得のいかなかった私は、友達を相手にドイツ人の接客態度はなっていないと不満をぶちまけた。すると、彼がちょっと困ったような顔をして、自信なさそうに口を開いた。「鶏肉をひき肉にして販売しちゃいけないんだよ。法律か何かで決まっているんじゃないかな。でも正直言ってよく分からないんだ。鶏肉のひき肉を買おうなんて考えたことも無かったから」はあああああああああ?鶏肉をひき肉を販売してはいけない法律????冗談かと思った。しかし、別の友達、ドイツ人の女の子に聞いてみるとやはり同じ答えが返ってきた。「衛生上の問題か何かで、鶏肉をひいて販売しちゃいけないことになってるはず」へええええええええええええええええ、そうですか。「でもでも、じゃあドイツでは鶏肉のひき肉が食べられないんだ?そんなことってあるの?」「食べたい時は、鶏肉を買ってきて、機械を使って自分でひくんだよ」「じゃあじゃあ、ドイツの家庭ではどこでもひき肉を作る機械があるの?日本では家庭にそんなもの置いてるとこ、見たこと無いよ?」「機械って言っても、手でハンドルを回す簡単なものだから、持っている家庭が多いと思うけど」というわけで、それ以来、肉団子スープは豚のひき肉。豚も好きだけどね。でもやっぱり鶏肉の肉団子が食べたい。で、昨夜、また豚肉の肉団子スープを作った時に、美味しいと感激して食べているトラに、またその話をした。「鶏肉で作るともっと美味しいよ」「じゃあ今度、ひき肉にする機械を持ってきて鶏肉のひき肉を作ろう♪」うんうん、よろしく頼むよ。私はなんか嫌だわ。ひいた後の機械の掃除がめんどくさそうで(笑)
October 29, 2005
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トラと一緒にご飯を作って、食卓を囲う。まずは同じくらいの量を皿に取り分けて食べ始める。トラは私よりも食べるのが早いから、とっとと食べ終わるとジーッと私が食べるのを眺めていることが多い。私はあんまりおかわりしないし、食べるのが並大抵ではなくほんとにもうすごーーーく遅いので、「待ってないでおかわりして良いよ」って言う。それでもトラは、「いいよ、待ってる」と言って食べている私を見つめていたりする。私は日本人だから(?)わけもなくジーッと見つめられると、だんだんと居心地が悪くなってきたりする。「何?」「なんでもないよ、見ていたいだけだよ」じーーーーーっ「何?」「何でもないって、ただ見ているだけだって」じーーーーーーーーーっ「私、日本人なんだからっ」「知ってるよ」「日本では用もないのにジーッと見つめるのは失礼なのよ。用もないのに、3秒以上見つめちゃだめなのっ」こんなあほな会話が、飽きもせず毎回のように繰り返される。そしてついこの間、ご飯を食べていたら、またしても食べ終わったトラがジーッと見ている。またか、と思いつつ、気にしないようにしながら、早く食べようとと格闘していると、トラが感嘆の声を上げた。「すごいなあ、45回も噛むんだ」数えるな(怒)
October 20, 2005
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