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台所に工事がはいるよと聞いて、騒音対策として今後数日間の図書館行きを覚悟し、工務店の作業服姿の工事のおじさんをなんとなくイメージして朝から待っていたわたしが、やっぱりまだまだ甘かった。「ドイツ人は自分でやる」、この大原則を忘れていた。それは簡単な工事ではない。何しろシステムキッチンの改造だ。シンク下の食器棚の一部を破壊して、そこに洗濯機を設置するという。一般人はまずそんなことできないし、そのための器具だって持っているわけがない。ドイツの一般人は違う。朝、あわられたのは、やたらと凝った道具一式を携えた、この部屋の所有者とその弟だった。入ってくるなり、今朝は重ね着3枚のわたしの前で、暑い暑いと半裸になる。何種類もの機械音を響かせて、なにやらどんどんすすんでゆく。もちろんそんな音、プロだけが出すのだと信じていた。きっちり2時間後、洗濯機はぴたりと納まり、棚そのほかは半分に縮められ、新しい引き出しには半自動ドアまでつけられていた。「ドイツ人は自分でやる」。知ってはいたけれど、それは趣味がDIYのドラちゃんの誇張もあるだろうと、話半分に聞いていた。今日からは、わたしのなかでもそれは事実だ。半自動ドアの性能のよさにうっとりしながら、人件費の高さゆえの自助努力というドラちゃんの説明を思い、技術家庭科の授業の課題「本棚」を最後に、かなづちなんて触ってもいないわたし自身を省みて、金持ちになるか技術を習得するかの選択を迫られていることにも気付いた、クリスマス前のわたしにはやっぱり寒いこの国の朝。
Dec 21, 2005
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悪夢を見た、と起こされたときの、ドラちゃんの反応が好きだと、まだカーテンがなく街灯に照らされる真夜中の部屋で思う。眠りのなかから、長い腕をわたしに伸ばし、「ここには怖いことも悲しいこともなく、君と僕とがいるだけだ」と言葉を着実に届ける。世界には、怖いことと悲しいこととをいくらでもみつけられるし、「君と僕」のなかにこそ怖いことと悲しいこととが生きていることを、わたしはひとときも忘れられないとわかっている。おなじくらいの強さで、ドラちゃんのつくってくれるあたたかな幻想なしでは、眠りに戻ることのできないこともわかっている。だからわたしは、忘れたふりをして、もういちど眠りにとびこむ決意をする。街にでる。空気の一粒一粒が、クリスマスをたっぷり含んでじっとり重く、息をするたびからだを満たす。クリスマスの忙しなさは、無宗教のわたしにも容赦がない。うっかりのせられて、きりきりとうごいてしまった昼間が暮れると、放っておかれたものたちが、夢のなかで息を始める。
Dec 20, 2005
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グリューワインのカップのふちを合わせたら、鈍い低音が響いて、また3人で笑った。今年のカップは長靴型で、私たちは、私たちの生まれ年と出会いとに乾杯した。クリスマスマーケット、ワイン屋台の片隅に、同じ歳の日本人の女が3人。一人は歩き始めた赤ん坊を膝にのせ、一人は結婚式を間近に控え、そして私は、風邪療養中のドラちゃんに頼まれたオレンジを買うことを、忘れないようにとちらっと思った。微妙な年齢で移住してしまったことの良し悪しについて、ときどき考えてみる。語学学校に行けば周りより少し年上で、主婦グループに混じるには若すぎる。そういうふうに思いながら、奇跡的に私たちはここで出会った。それぞれの喜びと憂いとを持ちよって、グリューワインに混ぜて飲み干した、くつくつと絶え間なく笑いながら。
Dec 11, 2005
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昼に。50cmのソーセージに、たっぷりと辛子をぬりつける。まわりのパンにしみこまないように、集中して。一口ずつ交替で、ドラちゃんと齧る。パリっとたつ音に、ドラちゃんが眼をほそめる。夜に。まずは山葵を注文する。はがしたネタを脇にどけ、シャリに山葵をのせてゆく。人差し指も使って、丹念に。一皿分ずつ値段を計算しながら、緻密なプランを立てて注文する。味噌汁は、ドラちゃんの分ももらうが、甘海老はゆずってあげることにする。食べることの、ひろがりとつながり。
Dec 5, 2005
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ドラママのちっちゃな赤いフォードは、もう古い。ところどころでエンストしながら、わたしたちは家具を買いにドライブした。はじめての街を、地図を膝にのせ、何度か迷って。ドラちゃんは、三角座りができない。脚が長すぎるから、膝が、座った顔の鼻先に来てしまい、バランスを失って倒れてしまう。今日こそはどうしても椅子が要る、と、鼻息を荒くして、開店前に家を出た。左側にドラちゃんを見るのは新鮮だと、助手席で思う。昨日つくった店のリストを開き、土曜日の閉店時間を確かめてくれと、ハンドルを握ったままのドラちゃんに頼まれる。地名を示すナンバープレートのアルファベットを読み上げ、どこの街なのかとひとつひとつをドラちゃんに尋ねる。土曜日で、街は、目にも耳にも静かだ。奇妙なところに行き着いたことの、幸せと不幸せとについて、考えてみる。信号で停まり、ドラちゃんの空いた右手が私の左手をくるむ。奇妙なところに行き着いたことの、現実感について、考えてみる。注文した椅子とテーブルは、7週間後に届くと言う。
Dec 4, 2005
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