全20件 (20件中 1-20件目)
1
ご主人は遺書は書いていませんでしたので 保険屋さんは突発的な事故として処理してあげたそうです。その自殺話を聞いたのは 死後何ヶ月か経っていました。電話をかけてみようか、とは思ったのですが コトがコトだけにためらいました。 彼女の傷口を 塩でなぞるようなことはしたくなかったのです。ご主人の死 イコール 彼女が原因の傷は深いはずと思ったのです。 彼女は わたしよりも うんと年上でした。頭の回転も速く 努力家でしたので 当時は その地区の日本語学校や仏教会の世話役でもあったのです。 とても 真面目なひとだったということは よく知っていました。保険屋さんにも言いました。 「 ◯◯さんは 浮気なんかするようなひとではありませんよ。まっすぐなひとで 家庭をとても大事にしているひとですよ。」 その後 わたしは 長い間日本へ帰っていました。 半年くらい経ったあと 帰米してすぐ耳にしたのは 彼女の訃報でした。彼女は 夫の死を苦にして 自殺していたのです。自宅にあるブランコで首をつっていたそうです。 一年以内に 夫婦の死、こどもたちにとっては 両親の死があったのです。わたしは すぐ電話をしました。 何か こどもたちにしてあげることがあるかもしれないと思ったからです。長女が電話にでてくれました。 「 だいじょうぶです。 心配ありがとう。」 簡単な会話でした。 その事件のあと 日系社会では 「 あそこの娘達は 嫁にもらうことはできない。 両親が自殺したところの娘なんて 冗談じゃない。」と言っていたようです。自分たちがやらかした事件の罪なんて考えもせず こんどは ホコ先は残されたこどもたちですか。。。。。? 何と残酷なことでしょうか。勝手に 無責任なうわさ話をつくりあげ 夫婦を自殺に追いつめ今度は こどもですか。 つづく
2013.09.29
コメント(0)
わたしのこどもがまだ赤ちゃんだった頃 わたしは彼女の家の近くに住んでいました。 歩いたら 30分はかかったでしょうが 車だったら 10分足らずのところでした。多分コミュニティーセンターの何かの行事で知り合ったと思います。いろいろなことを教えてもらいました。日本人社会の事、野菜の扱い方、洋裁などなど。その当時は みそや梅干しをつくる家庭がかなりあったのを覚えていますが ここもそうでした。初めて お伺いしたときに 出されたみそ汁のおいしかったこと。そのころのわたしは みそ汁はほとんど食べなかったのですが彼女のみそ汁は例外的においしかったのです。理由は手作り味噌だったのです。梅も 梅の木がなかったので アプリコットが青いうちにちぎって しそにつけ込んだ物で これがまたおいしいのです。昔の日本人達は こちらにあるものを工夫して 日本食を作っていました。 今みたいにいろんな日本食があったわけではありませんでしたし、値段がもっと高かったのです。彼女は 一生懸命生きていました。無口なご主人も 頑張っていました。 こどもたちも 明るい 素直なこども達で うちのこどもにも よくしてくれました。でもわたしたちは 引っ越したので おたくに伺う事はできなくなりました。それから 2、3年経ったでしょうか。彼女のご主人の自殺を 保険のセールスマンから聞いたのです。自宅の庭で 焼身自殺だったそうです。ガソリンをかぶって 火をつけての自殺でした。 それも 昼間だったようです。原因となったことは だれかが 「 あんたの奥さんは お寺の坊さんと浮気をしている。」と言ったことだそうです。 それを苦にしての 自殺だったようです。 つづく
2013.09.29
コメント(2)
最近 インターネット、週刊誌の見出しで見る「村八分」。日本だけではありません。 ロサンゼルスでも同じです。今は古い移民のかたがたが 亡くなって昔のように あっちにもこっちにも起こっている、ということはないと思います。日本人たちの住まいも 広域にまたがっていて 職業も 「土」関係ばかりではなくなりました。 それに 若いひとたちは昔の日本人たちとは 育てられ方も違い 日本人だからなにごともいっしょに行動するということが減りました。こちらの 日本人コミュニティーのありかたは 日本におけるそれとは30年 あるいは もっと遅れているのです。 きょう書くのは わたしの知人のことです。彼女は自殺しました。 その前には ご主人が自殺していました。1年以内に 夫婦ともに自殺してしまいました。残されたのは 19歳の長女、17歳の次女と14歳の長男の三人でした。 母親が亡くなった直後に 長女が言ったそうです。「 パパもママも 日系コミュニティーに殺された。」 つづく
2013.09.28
コメント(0)
わたしのところには 昔から 人の出入りが多い。短いつきあいのひともあるし 長いつきあいになるひともいます。かなり若くてわたしと縁がつながったひとたちも 年を重ねて会社などでは 立派な中堅どころに成長しています。いろいろ 仕事上の悩みもでてきます。そうなると 蛍を思い出すようです。(苦笑)v−v どうしたらいいのか わからない。。。。。 ひとりは 思うところがあり 精神科の医者のところに行きました。 そして言われたことは 「 あなたは ウツ病です。薬をあげます。」 それで 終わり。「 ぼく ウツ病と言われてしまって。。。。。 そうなんですかね。蛍さんに判断してもらいたいと思っています。」 長い時間 お話しました。わたしのビジネス時代の体験談は 意味があるようです。それなりに説得力があるようです。この子は 何度も 「 ああ そうか。 」という言葉を吐きました。頭がグルグルのときは 普段はわかっているようなことも 曇ってしまっているのです。見える事が 見えなくなってしまっているわけです。これは ウツ病ではありません。「 何でもかんでも ウツ扱いにしないでよね。」 と正直思いましたよ。「 薬なんか 飲まなくてもだいじょうぶだからね。 わかったでしょう? 」 そのときの会話だけで 彼は沈み込みから 頭が水の上にでてきましたよ。ですから 息をすることはできるようになりました。そのとき わたしが 「 自分にとってもっといい年になるには あと2年はかかる。うまく行ったら 1年半。 其の間 するべき事。。。。。。云々 」と言ったようです。「 その通りになっています。」とメールがはいっていました。 「 頑張れ 」と思います。
2013.09.25
コメント(2)
霊媒という言葉を聞いた事がありますか ?死んだひとの霊と話ができるひとのことです。もちろん占い的な要素もたくさんありますので 女性には人気があります。 どうしたらいいんだろうか ? 聞きに行こう。どうなるんだろうか ? 聞きに行こう。 不景気になると 宗教と占いに行くひとの数がふえるのは 事実です。インターネットでは年中 こういうことをしていますね。最初は無料というところが多いようです。けさのメールにはいっていた霊媒は 英国人のアクセントがありますがどこに住んでいるのかは知りません。わたしは 過去に返事をすることもなく 放っていました。ビッグチャンスがそこまで来ている。現実のものとするために自分が手伝う,と言った内容が続いていた記憶がありますがわたしは こういうことは とっくに卒業してしまっていますので真剣には読みませんし ききません。 このひとは 音声つきで手が込んでいます。 けさは 「 あなたの全人生 悔いがたくさんあったことでしょう。チャンスがあっても それを活かす事がありませんでした。多分 失望したくないという気持ちがあるので チャンスがあっても無視していたと思われます。 わたしには それがよくわかります。大きなチャンスを逃がさない様に。 わたしの力で 必ずあなたを助けます。 わたしには力があるのです。 すぐに 連絡をしてください。あなたを成功させてあげます。」とありました。 はい、はい ありがとさん。わたしの人生 かなり行き当たりばったりではあります。 よ〜く考えましたが この「悔い」というものがほとんど見つからないのです。意識して努力をしていたわけではないのですが そのとき、そのときでベストを尽すということは 心がけていました。〜しなければ よかった、もありません。 したからこそ 別のいいことがあったわけですし。 〜したほうが よかった、ということも思いません。 しなかったから 今があるわけですし。 人生 いろいろありますが 自分がぶれないだけの 信念があれば必ず好転していくと わたしは信じています。
2013.09.23
コメント(2)
今年もまた わたしの誕生日が近づいています。誕生日は 別に何か特別という意識はないのですが やはり意識はしますね。 今年もまた 友人達が集まってお祝いをしてくれるようです。みんな 楽しみにしています、という電話をいただいて うれしくなります。ロサンゼルスは だだぴろい所に住んでいると どこかに集まるということは 簡単なことではありません。みんなの交通の便、都合,時間決めるのは大変なことです。 こいうことがあると 思います。まだまだ わたしには しなければならないこと、したほうがいいことがあるってことを、ね。 皆さんへの感謝の気持ち そして自分の気持ちの高揚があります。 もう 一踏ん張り、かな。
2013.09.22
コメント(2)
ゴルフトーナメントの朝は早いです。8時には トーナメントスタートしますから 7時には朝食を終わっていなければなりません。 朝食が終わって 軽く身体をならしたりします。 宿泊しているホテルが少し離れていると 移動時間がよけいにかかります。 ゴルフ場にはちゃんと着きましたが クラブハウスのレストラントの勘違いで 料理人はまだ来ていませんでした。そのときは 日米大学生のトーナメント でした。 両チームとも パニックになりました。 その時 女子チームのコーチが ご飯はありますか ?シナモンはありますか?と聞きました。 キッチンのマネジャーはすでに来ていましたので 尋ねましたところ あるとのことでした。では ということで ご飯、シナモン、ミルク、砂糖を運んでもらいました。 コーチがデモンストレーションを してくれました。お皿にご飯を広げる。その上に シナモンをふりかける。そして砂糖。最後に ミルク。 コーチはそれを 側にすわっていた学生に 「 食べてみて。おいしいから。」学生は 言われた様に スプーンで一口。そして にっこり。「 ホントだ。おいしい。」 それを見ていたアメリカチームの選手たちは全員 ご飯、シナモン,ミルク,砂糖の朝食をとったのです。食べ終わった頃 コックさんたちが到着しましたが アメリカチームはこの緊急メニューのおかげでおなかをすかす事なく トーナメントにのぞむことができたのです。 お試しください。
2013.09.21
コメント(2)
インターネットの報道によると 彼女は ロンドンでの生活に戻ったとか。 母の死を乗り越え、ですか ?随分 無責任ないいかたですね。自分の身近なひとがなくなった場合 しばらくは 普通の状態に戻ることは 困難です。亡くなったあと 何かがあるたびに 思い出す事もあります。そしてがくっと落ち込みます。 これが 普通なのです。一応 気持ちが何とか落ちつくのに 最低4ヶ月。多くのひとたちは 6ヶ月はかかるのです。1ヶ月そこらで 死を乗り越えることはまず不可能です。 芸能人ではなくても 最初の2、3週間は 訪問客や電話によるお悔やみが続きます。 手続きもいろいろあります。2ヶ月経ちますと さすがにそういうことはありませんが ようやく自分の心が起き上がってくるのです。悔いがあったら なおのこと苦しみにつながります。 単純なことではありません。悲しさもあります。辛さもあるかもしれません。そういう心の感情の整理ができるようになるのに 数ヶ月かかってしまうのです。 身近なひとの死というのは 人生に 何らかの足跡を刻みこむのです。その足跡は 喜びだけではありません。痛みもあります。身近なひとの『死』を乗り越えると言う作業は 決して簡単にできることではありません。
2013.09.20
コメント(2)
きのうの続きです。ワースト3「 しょせん 女性が好きなのは イケメンなんだろう。」と勝手に思い込んでいる男性とか。。。。。? そういうひとたちが 本当にいるのかしらと疑問に思いますけどね。そりゃあ イケメンであることは プラス要素ではあると思います。でもそのあとが続かないでしょう。ぼくは 不細工だから おんなにもてない、と思い込むんですか 。そりゃあ ないでしょう。 まずあり得ません。 ワースト2何かコメントを求められそうな場面で すばやく ipadやスマホを検索して 人のコメントなど 出ている一般的 な意見を言うオトコ。 これは男性に限らず 女性にもこの傾向は高いですよ。言葉をかえると 日本人の特徴ということもできます。 皆と同じ、み〜んないっしょ、がいい。。。。。みたいな。 ワースト1 最初から きみのことを狙っているわけではないからね、の伏線を張るオトコ。 断られたときの伏線です。女性を口説く時も 「 もしかして 口説いていると思った ?ちゃう、ちゃう。」というようなオトコ。これが ワースト1ですか ? カウンセラーとしましては どうしてこれがいけないの ?と思いますよ。本人にとっても 相手にとっても このいいかただったら重くならないでしょう。相手も 自分の勘違いか、よかった、と思うかもしれませんからね。 ワースト1から4までの紹介を読みましたが 恋愛って ケースバイケースのため 一概には何とも言えませんねえ、と思ったのが結論です。これが もてない理由とは思えませんけど。
2013.09.17
コメント(0)
犬山紙子さんというエッセイストがいるらしいですね。男性観察を書いているひとらしいですが このひとが新刊書を出版したようです。タイトル 「 高学歴男性は なぜもてないか 」 正直 この高学歴というのは どこ以上を高学歴というのか わたしには??? なのですが。。。。。 実例をあげての論評とのこと。日本の書店が 近くにあったら 買いに行っただろうと思いますよ。(笑) *現代版三高* という言葉にも はじめて出会いました。高学歴、高収入、高プライドの3つらしい。うん、うん、な〜るほど。 そんなの どこにだっているじゃないの、と思っていますけど。 ワースト4: おしゃれのことを オサレと呼ぶオトコ。これは おしゃれをばかにしているオトコらしい。自分は 黒でまとめて 「 おしゃれではないけど ダサくもない 」と勝手に思っているひと、と犬山さん。そして 必ず 「 ユニクロじゃない 」と付け加えるとか。ここで 大爆笑。 黒でまとめるって 本当は とてもむずかしいのですけどねえ。 黒より無難な色にすれば。そういえば 思いだしましたよ。 ロサンゼルスの空港で その服装の色合いがあまりにも目立ち過ぎ 移民局の事務所の連れて行かれてなかなか空港から出る事ができなかった プロ野球のピッチャーがいました。 当時は現役でした。 今もマスコミに顔を出しています。ジャケットが 黄色か何かだったと思います。 シャツ、ズボンの色の組み合わせが ユニーク過ぎたためのようでした。 移民局はパスポートをみただけでは そのひとの職業はわかりませんからね。わたしのまわりでも この色の組み合わせでは ほかにも事務所に連れて行かれたひとたちがいました。 はじめての海外ということでもないでしょうが華々しい色の組み合わせは 係官の注意をひいてしまうようです。 つづく
2013.09.16
コメント(2)
ウエイン ダイヤー氏は 自己開発のマスターと呼ばれているひとです。彼は 自己開発関係の本の物書きであり またスピーカーとしても有名です。彼は言っています。 「 人生を変えたいと思ったら 気持ちをストレッチすることです。」ここにストレッチという表現をしているところがいいですよね。ストレッチの本来の意味は ひきのばす、ですよね。どっちのほうに 引き延ばすか。。。。。 彼は わたしたちが どう考えるかが 人生のキーだと言っています。 押してダメなら 引いてみる。右がダメなら 左を試してみる。 壁に突き当たった時は ひとつの考えにこだわらず ほかに何か方法がないか、を考えてみることです。 人生は 算数ではないということ。
2013.09.15
コメント(2)
心の高まり、と書いたあとで 思わず苦笑。残念ながら ドキドキラブラブ ではありません。(笑) これは アメリカの27代大統領だった ウイリアム タフトが言ったことばです。 「 強い心の高まりは 時々 ものごとの判断をひんまげてしまいます。」 心の高まりは 大事なことです。 高まりがなければ 希望もないでしょう。でも 総合的な判断というのは クールでなければ 狂ってしまうことにもなります。さすがアメリカの 大統領だな、と思いました。 ひとの心、ひとの生活、国家の将来、国家の利益、などなど毎日考えたことでしょう。 感激があり、失望があり,不安もあったことでしょう。 世の中 単純ではありませんからね。
2013.09.12
コメント(0)
どこまで プロデューサーが本気かは別ですが これは面白いです。 英語のスペルは obachaaanになっていました。ホームページもしっかりあります。グループの名前が 「 オバチャーン 」大阪の47名のおばちゃんたちのアイドルグループだそうです。平均年齢 63.5歳。かなり高いアイドルです。そのなかの7人には 色をつけてあります。この7人を 「 神セブン 」と呼ぶんだそうです。 その紹介がまたすごい。例えば 河内音頭とパチンコのオバチャンレッド ◯◯とかになっていて このおばちゃんは布団たたきを持っています。この布団たたきは センターの証しとかで 代々受け継ぐらしいですが。。。。。わたしは 説明を読んで初めてわかりました。 あれは 布団たたき、なんだわって。 かなり すざましいお洋服とメーキャップをしたおばちゃんたちが ラップ調で弾けています。しっかりダンス入りです。しかも かなり太め。これは 笑えます。デビュー曲は 「 オバチャンのテーマ 」 Enjoy it.
2013.09.10
コメント(0)
今朝 東京オリンピック招致PRフィルムの一部を見ました。This is it !これが スポーツ交流だ、ということを 十二分にわからせてくれるしあがりでした。 どなたの作品かは知りませんが よくできています。 わたしは 長い間 スポーツイベントの業界にいたことは プロフィールのところにも書いています。 きょうは そのなかのひとつをご紹介します。アメリカのスポーツ業界では チャリティー団体とのタイアップというのはふつうにあります。 イベントからの利益の一部を寄付したり選手たちの 訪問などがいい例です。 これは 東京でのお話です。我々のイベントでも 毎年 どこかを訪問 していました。その年は 目に障害がある子供の施設でした。 イベントの紹介があったり プレーヤーたちの紹介がありました。でも この子達には 姿は見えないわけです。どの子かが プレーヤーにさわりに来たそうです。 それを きっかけに何人もの子供たちが さわりに来ました。プレーヤーたちは 身体を触られる意味がはっきりわからなくて 一瞬とまどっていたそうです。 先生が 「 この子達は目が見えないので さわることで大きさがわかるのです。」と説明して プレ−ヤーたちは理解できました。こうなると 触らせてあげよう、と思うわけです。たくさんのスキンシップがあったようです。そしてクライマックス。 こどものなかのひとりが ピアノを弾いて 全員の大合唱になったそうです。You are my sunshine. こどもにとっても プレ−ヤーたちにとっても そして わたしたち責任者たちにとっても これは素晴らしい体験でした。わたしは 報告を聞きながら 涙を流しましたし きょうも これを書きながら また涙しています。この話は いろいろなところでいろいろなかたがたに話しましたが 毎回 鮮烈な思い出で涙がでてきます。 東京オリンピックでも たくさんの いい交流が生まれますように。
2013.09.09
コメント(0)
ダライ ラマの言葉ですが これは ずっと昔から日常的に言われてきています。 「 できるときは いつでも親切に。それは いつもできることです。」 できるとき、ということに限らず いつも親切にしなさい、ということです。ひとと接するときは 愛情をもって 、素直に、ということでしょう。きのう書いた太郎さんに学んでほしいものです。
2013.09.08
コメント(0)
これは アメリカでの不動産売買のことです。日本とはちがうところもあるかと思いますが。。。。。 太郎さんが 家を売ろうと思いました。 いろいろな友人、そのまた知り合いなどが わたしが売ってあげる、夫がその商売をしているから夫に売らせて、知人が不動産のブローカーだから わたしが話してあげる、などなど売りたいひとはたくさんいました。わたしにも相談がありましたので わたしは 確実に問題を起こさず売ってくれるひとを紹介しました。 ブローカーは知人とかではないひとのほうが いろいろ言い易いからです。とにかく部屋が汚過ぎて このままでは売れないということでした。太郎さんは そのためにお金を使うのがとてもいやだったようでなかなか売りにだすまでにはいたりませんでした。それで ブローカーさんは 自分のお金で カーテンを買って来て取り替えたり、ベッドカバーもみてくれがいいように布地を買って作ったのです。 写真で見た限りでは 感じのいい仕上がりになっていました。 そして 半年近くかかりましたが 売れました。こちらでは 売るひとが 何日以内にでます、ということで大体 長くても3ヶ月、短かったら2週間、平均して1ヶ月で家を明け渡します、という書類を作るのです。そのときに 売り手と買い手の間の約束ごとも取り交わします。太郎さんは 1ヶ月以内に明け渡すということにしたようです。ところが その書類を作ったあとで 1ヶ月以内には間に合わないと思って 少し長くいたいと思ったようです。太郎さんは ただで長くいようと思った訳ではありませんでした。ちゃんとお金は払うつもりだったようです。 問題は この支払う金額ですね。 買った人が では ここは月に2000ドルの家賃をもらう予定だったので 1週間のステイということで 469ドルいただきます、というかもっと値段をあげて 月に3000ドルの家賃の予定ですからと言われたら 700ドルになるわけです。 ところが ブローカーは そういう出費がないように契約自体を 1週間遅らせてくれるように 買手の了解をとりつけて 契約書を少し変えるようにしたようです。法的にも問題がありません。それに このブローカーがわたしに報告してくれたのは毎日 そのコンド(日本でいうマンションです。)をチェックに行ってくれていたようです。わたしは こういうブローカーでよかったと思いました。 当然 ブローカーには 売った時点でコミッションがはいります。この太郎さんは このコミッションも全額払いたくはなかったようです。太郎さんは このコミッションのことや 家をでる時期のことでこのブロ−カーに対して 大変な怒りかたでした。 とんでもないブローカーだった、というわけです。 この太郎さんの友人が そのブローカーを訴えたらいい、アメリカ人だったら そうする、と言ったこともあり 自分の言い分が正しいと思い込んでいるようでした。太郎さんは ブローカーがしてくれたことに対しては 全く 感謝の気持ちはないようでした。これが 太郎さんのものごとの解釈のしかたの特徴です。きのう わたしが書いたブログの内容が反映している例です。相手の好意は理解できないうえに 家の立ち退きかたにおいてもブローカーは 買い手がどれくらいの値段を要求してくるかわからない危険をおかすより 契約自体の日にちを1週間遅くすることのほうが確実と思っての行為だったのでしょうが 太郎さんはそうは受け取らなかったようです。事情もよく理解せずに よかれと思って動いてくれたひとのことは悪く思っていたわけで 正直 わたしは驚きました。 太郎さんは 何ごとも こういう受け取りかたをするひとということが 再認識できました。 ひとの話は慎重に聞く事、ということが よくわかりました。
2013.09.07
コメント(0)
誰が言ったかはわかりませんが うん、うん、なるほど、そうだわと思いましたので ご紹介しますね。 Aさんが だれかのことをどういうふうに言っているかを慎重に聞く様にしましょう。 この意味は このAさんは あなたのことを誰かに言うときにも そういうふうに言っているってことですよ。 ◯◯さんは こうなのよね、ああなのよね、と Aさんは言うのです。ホントかな。このAさんは あなたのことも こうなのよね、ああなのよね、って言っているのです。 Aさんは 信用に値する人間 ? それとも。。。。。
2013.09.06
コメント(0)
偏見は 正しいもののみかたではありません が わたしたちは結構偏見に囲まれていますよね。 真実を知る事なく 偏見に流されてしまっていたりします。 人間の価値も 偏見によって誤解されていたり。。。。。 きょうご紹介する言葉は 誰が言ったかは知りませんがなるほど、と思います。 「 偏見は 過去に起こった事を 間違って考えさせるし将来をも 悪い事が起こりそう,悪くなってしまいそうなど考えさせるし 現在のこと、今 起こっている事を 受入れることをできなくしてしまいます。偏見というのは 精神的にも 苦しみとなりますよ。」 正しく 物ごとを理解するということは 本当に大事なことです。 〜かもね、かもね、人生では 偏見は増えて行くばかりでしょう。
2013.09.03
コメント(0)
女性セブンに記載されたようですが 笑えますのでご紹介いたしましょうね。 こどもであれば 半袖 半ズボンで町中を歩けば’いいが おとなとなれば あまりにラフすぎる服装も。。。。。なんて思いがち。でも意外と 半ズボンを着こなす男性も多い。 ここまでは ふつうのハナシ。 これからです。 35歳の女性が 近所に住む勘違いおっさんエピソードを紹介しています。 このうわさのオトコは タンクトップとハーフパンツで出歩くというMr.Y。 「 男は 色気をなくしたらおしまい。これが おれ流の着こなし。とドヤ顔されたときは 正直何のことかわからなかった。」 そして続けて います。 「 そりゃあ 若者がやればまだしも 頭薄いうえに お腹ぽっこりのおっさんよ。似合う似合わない以前の話。 これで 握り飯でも持たせたら *裸の大将 * だね。って ご近所は笑っているって 誰かそこんところを言ってあげてよ。 」 こだわりと似合うものは あきらかに違いますものね。ひとりよがりの勘違いって 害にもなります。
2013.09.02
コメント(0)
「 前にむかって歩き続けるということは いろいろ忘れてしまう ことではありません。 その意味は 起こってしまったことを 受入れて 生きていくということです。 」 起こってしまったことを 忘れようとしても それはむずかしい ことです。 否定もできません。 起こってしまったのは 事実です。 それを受入れないと 前へは進むことができなくなります。 誰が言ったか知りませんが 納得がいく言葉です。
2013.09.01
コメント(2)
全20件 (20件中 1-20件目)
1