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イラク人死者、10万人超 科学的調査で推計 【ロンドン28日共同】米、イラクの大学の共同研究チームは28日、昨年3月のイラク戦争開戦後、米軍の武装ヘリコプター攻撃などによるイラク人の死者数が、10万人を超えたとの推計をまとめ、英医学誌ランセット(電子版)で発表した。死者数にはイラク兵も含まれているが、報告は死者の過半数が女性や子どもだったと指摘している。 イラク戦争をめぐりイラク民間人死者数の科学的データが明らかになったのは初めて。 イラク戦争では、イラク人死者数の公式データはなく、これまで非政府組織(NGO)が報道を基に約1万6000人と推計した数値を発表していたが、今回の発表はこれを大幅に上回り、イラクの深刻な実態をあらためて突き付けた形となった。 大統領選を控えたブッシュ米大統領にとっても打撃で、多くの民間人が巻き添えとなって殺害されている中部ファルージャなどでの米軍による掃討作戦にも批判が高まりそうだ。(共同通信) - 10月29日12時44分更新
2004年10月29日
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大統領選を前に、アメリカ人へ向けた公開書簡。=============================== 戦火の中のバグダッド、停電の合間をぬって書きつがれる24歳の女性の日記『リバーベンド・ブログ』。イラクのふつうの人の暮らし、女性としての思い・・・といっても、家宅捜索、爆撃、爆発、誘拐、検問が日常、女性は外を出ることもできず、職はなくガソリンの行列と水汲みにあけくれする毎日。「イラクのアンネ」として世界中で読まれています。すぐ傍らに、リバーベンドの笑い、怒り、涙、ため息が感じられるようなこの日記、ぜひ読んでください。(この記事は、TUPとリバーベンド・プロジェクトの連携によるものです)。(TUP/池田真里)http://www.geocities.jp/riverbendblog/================================2004年10月25日月曜日 アメリカ大統領選 2004・・・ あらかじめ言っておく―きょうのブログは、アメリカ人へ向けた公開書簡みたいなもの。 というのはいよいよアメリカ大統領選が近いからだ。私たちはここイラクで興味しんしん見守っている。以前、イラク人は大統領選にとくに関心はもっていなかった。いつ選挙があるかくらいは知ってたけど、どちらの候補のことにしろ、意見を述べる人なんてほとんどいなかった。私たちみんな、アメリカ外交は、大統領が民主党某になるか共和党某になるかには関係ないと、とうに知っていたのだ。 世界のこの一隅から見ると、アメリカ民主主義って大統領選挙でわいわいやることだけなんじゃないかと思えることがある。重要な政策の選択をめぐってではなくて。アメリカでは戦争をするかしないかの選択はいちおうふつうのアメリカ人の手にある。イラクだって同じだ。こちらにしよう、いやあちらがいいと選んで投票することはできる。しかし結局は、何か大きく複雑で邪悪なものが、それぞれの選択を超えたところに存在しているのだ。まるでモノポリーのよう、ゲームの駒を選ぶことはできる―小さな靴、自動車やシルクハット・・・だけどゲームのルールは選べない。顔ぶれは変わる。が、目標と政策は変わらない。 ものすごく沢山の人がイラク人は選挙についてどう思っているか尋ねてきた。以前だったら、あんまり関心はないと答えただろう。4年前まで、アメリカ大統領選はしごく単純で裏のない手続きだと思っていた。白人男性二人が、ひとつの政治ポジションに対し立候補する(現実を直視して。ほんとうに二人だけ。ネーダーはものの数じゃない)。 人々が投票する。そして多くの票を集めた方が勝ち。ブッシュ・ジュニアが大統領に「任命された」4年前の選挙制度の大失態の日から、選挙をめぐるあれこれは複雑でいささか汚らしいものに見える。 ふつうだったら私、アメリカの大統領は誰がいいかなんて喧々諤々やるタイプじゃない。知ってることといえば、4年前私たちがブッシュでないようにと祈ったということだけ。まるで、みんな現在の惨状を予見していて、ブッシュがそれを体現していたかのよう。(そして、ブッシュがまったくのお馬鹿さんであるということがわかってきたわけ…。) そして今、候補は、ブッシュ、ケリー、ネーダーの3人だ。まずネーダーをこの競争からはずして考えても問題ないだろう。彼に見込みはないからだ(率直に認めよう)。イラクの諺に“Lo tetla'a nakhlaib rasseh"とある。 “たとえ彼の頭から椰子の木が生えてきたとしても”、彼に勝ちめはない。 実際のところはブッシュとケリーのせめぎ合いだ。ネーダーはケリーから票を単に奪うだけの厄介者。 誰に勝って欲しいかって? 当然ケリー。 疑問の余地なし。なにがなんでも、私はホワイトハウスからブッシュを追っ払いたい。(そう、アメリカ人よ、あなた方が昨年私の国を占領してから、ホワイトハウスの主(ぬし)が誰かについて、私にはおおいに口出しする権利がある)。 リアリストの私は、劇的な変化や何かすごいことを期待する気になれない。だけど、アフガニスタンとイラクでの不当な戦争を容認することになるので、ブッシュの再選(あるいは「再任」と呼ぶべきかしら)を拒絶する。ブッシュの再選は、イラクでのこの大惨劇が、アメリカ人とイラク人の命と引き替えに実現した価値があったことにしてしまう。ブッシュが再びホワイトハウスに納まれば、私たちがこの1年半舐め続けた恐怖と流血の辛酸がすべて是認されてしまうことになる。 いい分はすべて聞いた。ブッシュの支持者はまるでブッシュそっくり-まったく誤りを認めない。ごまかし、愚かさ、情報操作、浪費の一切を真実と認めない。たわごとだ。支持していないがブッシュに投票しなければならないと感じている共和党員たちもいて、たぶん自分の良心を慰めるためだろうけれど、長いいいわけがましいEメールを私に送ってくる。彼らは、現時点でこの仕事の適任者はブッシュただ一人なので、彼が「再選されるべきである」というのだ――確かに彼はいくつかの誤りを犯し、些細な嘘を言った。しかし、彼はよかれと思ってやっているし、事態を収拾するつもりだ。それに彼には将来の設計図がある、と。 あなた方アメリカ人にハッキリさせておく―彼には絶対に計画などない。私たちが生きているこの大混乱に対処する設計図などありえない。ブッシュがイラク復興計画をたてるのに、ずるがしこくもカオス理論をつかっているのでなければ。イラクにあるのは混乱だけ。そしてイラク人は、ワシントンにいる奴らは自分たちの行為が何を意味するか分かっていないのだと考えている。イラクにいる彼らの操り人形はもっとわかっちゃいない。今のイラクで行われているゲームの名は、剥きだしの侵略―イラク全土が抵抗を始めてからは、民心獲得作戦なんてもんじゃまったくなかった。ブッシュの計画は簡単にいってしまえばイラクで言うところの“A'athreh ib dafra”、おおまかに訳すと、“つまづいたらけっとばせ”。 言いかえれば、ものごとはなるようにしかならないものだ。で、つまづいたらけっとばせ。願わくば望ましい方向にいってくれるように。 それじゃケリーがブッシュよりずっとましな大統領になるかって? そうねえ。彼が事態を収拾するつもりか、軍隊を引き上げるつもりか、あるいはもっと投入するか、私には分からない。ケリーが果たして現在のイラクの地獄沙汰にうまく対処できるか、疑わしく思っている。ただ、ブッシュより悪いものがないことだけは確か。誰だってブッシュよりまし。ともかくブッシュの後の大統領が誰であれ、順風満帆ということはほとんどありえない。まるで沈没船に新しい船長を就かせるようなもの。私が知っていることといえば、ブッシュが穴をあけて浸水させたということ。だったら彼は船外に放り出されてしかるべき。 以前、このブログでブッシュに集中砲火を浴びせた後、私にメールを送ってきた人がいる。大統領を支持している読者を失いたくなかったら、彼に対する侮辱の調子を和らげるべきだと。私がはっきりと戦争と占領に反対と口にした時点で、そんな読者は失った。ブッシュがかまけているのは戦争と占領だけなのだから。彼はアメリカやイラクあるいはアラブ地域の安全を守ってはいない。一人の人間そしてリーダーとしての無能ぶりを、戦争と、ありもしない大量破壊兵器、でっち上げのテロリストや子供だましのまやかしでおおい隠そうとしているだけだ。 私が言わんとしていることはこれ。アメリカ人へ、かつて“自由と公正”の代名詞であったあなたたちの国の名前は、世界中で蔑まれるものとなった。あなたたちの今の大統領は、民主主義国であるという偉大なアメリカ像が、単なる虚像にすぎなかったことを証明した。あなた達は抗議し、デモを行い、投票することができる―しかし、そこまで。主権は、ブッシュがホワイトハウスへ足を踏み入れた瞬間にあなた達の手から離れた。繰り返し欺かれては、だまされて2つの戦争に送り込まれ、あなたたちの息子や娘は、異国の地で殺し合い次々死んでいっている。あなたたちの大使館は、世界中で危険にさらされている。「アメリカ」は、「帝国」「覇権」そして「戦争」と同義になった。だけど、なぜ?すべて、自分たちの大統領ができそこないであるという事実から、あなたたちの目をそらせる必要があったからだ。 戦争を始めるという決断を「強さ」と結びつける人たちがいる。いったいどれくらい強ければ、異国の地で何千もの同胞を死においやることができるのか? 特に、自分は家で家族とぬくぬくと傍観しているというのに。どれくらい強ければ、弱い軍隊と生活も経済もがたがたの国に対して、最先端の軍事技術をもって町々を瓦礫にする爆撃の命令を下すことができるのか。 強くならなくても、できる。狂えばいいのだ。 アメリカ人よ―あなたがたにとって今より悪い事態はありうるかしら? イラク人にとって今より悪い事態はありうるかしら? もちろんありうる。想像すればわかること―ブッシュがもう4年やる、と。午後10:35(翻訳/リバーベンド・プロジェクト: 山口陽子、高橋茅香子、池田真里)
2004年10月25日
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イラク人虐待、米兵が罪状認める…軍の関与も示唆 【カイロ=柳沢亨之】イラクからの報道によると、バグダッド郊外アブグレイブ刑務所のイラク人収容者への虐待などの罪に問われた米陸軍憲兵、アイバン・フレデリック2等軍曹(38)に対する軍法会議が20日、バグダッドの米軍駐屯地内で開かれた。 2等軍曹は罪状を認めた上で、虐待は広く許容されていたなどと語り、米軍の組織的関与を示唆した。21日に判決が下される見通し。 同2等軍曹は、収容者を裸にして重ねる「人間ピラミッド」などの虐待行為を自ら証言。その上で、米情報機関要員が憲兵に対し、犬を使った脅迫や、睡眠を取らせないことなどを指示していた、と語った。 一方、同2等軍曹に殴打され、ひわいな行為を強要されたイラク人男性も証人として出廷。「私は泣き叫んだ。自殺しようと思った」と語った後、証言台に伏せたまま、話を続けられなくなる場面が見られたという。(読売新聞) - 10月21日11時8分更新
2004年10月21日
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イラクで死亡の橋田信介さん AIUが保険金支払い拒否遺族「不当」と提訴「戦闘終結」免責あたらず 今年五月、イラクで襲撃され死亡したフリージャーナリスト、橋田信介さん=当時(六一)=の妻、幸子さん(五一)と長男の大介さん(二二)が、信介さんの加入していた海外傷害普通保険の死亡保険金一千万円の支払いをAIU保険(アメリカ・ニューヨーク)が拒否したのは不当だとして、支払いを求める民事訴訟を東京地裁に起こしていることが分かった。 十九日、東京地裁(柴田寛之裁判長)であった第一回口頭弁論で、AIU保険側の代理人弁護士は争う姿勢を見せ、「旅行地域が約款の免責事由にある『武力行使の状況下』あるいは『武装反乱の状況下』にあたる」などと主張した。 幸子さんは提訴について、「『戦闘地域』を理由にした支払い拒否を裁判所が認めれば、小泉純一郎首相やアメリカのブッシュ大統領の『戦闘は終結した』との認識が誤りになる。イラクはフリーで取材に行く人たちにとってますます入りにくくなっており、この裁判で問題意識が高まり、応援する形になればと思った」と話している。 幸子さんや関係者の話を総合すると、信介さんはこれまで一年ごとに契約する形で、AIU保険の海外旅行傷害保険に加入しており、昨年九月にも契約した。 幸子さん側は、事件が約款にある「急激かつ偶然な外来の事故」にあたり、死亡保険金の支払い義務が発生したと主張している。幸子さんらが支払いを求めたのに対して、同社は「免責事由に該当する」として拒否した。 橋田さんは五月二十七日(日本時間二十八日)、おいの小川功太郎さん=当時(三三)=ら計四人で車に同乗して移動中に、イラクのマフムーディアで襲撃を受け、銃撃されて死亡した。 AIU保険広報部の話「約款にのっとると保険金を支払う義務はないと認識している」(産経新聞) - 10月20日5時3分更新
2004年10月20日
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オサマ・ビンラディンはブッシュの最強カードか?━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ インフォメーション・クリアリングハウス(ICH)という良質な個人運営の独立系メディアサイトがスペインの大手紙から英訳したスクープ記事ですが、真偽はわかりせん。長年、海外報道記者を務めた米国人筆者は諜報通の著述家で、50冊以上の著書があるようです。ICHの記事冒頭には、筆者に照会したと明記してあるので、たんなるガセネタではないでしょう。かりに誤報だとしても、ブッシュ陣営による「オクトーバー・サプライズ」の噂が絶えない中、こういう情報があったことを知っておくのは有益と考え、訳出しました。(訳者)━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ビンラディンは中国にいるゴードン・トマス10月13日付 エルムンド紙(スペイン) ラストスパートに入った大統領選で、ビンラディンがブッシュの最強カードになろうとしている。ワシントンはたったいま北京政府と、中国西域のイスラム圏(新疆ウイグル自治区)に隠棲するビンラディンの引き渡し交渉を極秘で詰めている。 オサマの熱狂的支持者多数を含む500万人以上が住むこの地方は、地球上でもっとも不安定な場所のひとつに数えられ、人身売買と麻薬取り引きで西側諸国と結びついた犯罪組織のメンバーが何千人もいる。ビンラディンは昨年、中国に身柄を保護してもらうのと引き換えに、同国内のイスラム勢力による反政府ゲリラ戦をやめさせるという合意に達した。中国人民解放軍は長年、この地域の反政府運動を掃討するために何万人もの部隊を送り込んできたのだ。 オサマ・ビンラディンの潜入以来、地域は比較的平穏で、イスラム系住民は人身売買と麻薬取り引きの継続を黙認されている。だが、現在水面下で進む前代未聞の米中交渉がまとまり、中国がアメリカに世界一のお尋ね者テロリストを引き渡すことになれば、ビンラディンは籠の鳥である。ビンラディンの拘束で、ブッシュ二世の再選はほぼ確実になるだろう。まだ態度を決めかねている何百万人というアメリカの有権者に、ビンラディンこそ9-11の首謀者なのだから、対テロ戦争は正当化できると納得させられるからだ。 先週、あるペンタゴン高官はこう述べた。「第二期ブッシュ政権は、中国を対テロ戦争の新しい偉大な同盟国と持ち上げ、あらゆる便宜を図るだろう。何億ドル相当の契約が次々と承認され、中国による人権侵害の前科は不問に付されるだろう」。高官はさらに、「中国を特別扱いするかわりにビンラディンを引き渡す」というこの計画を知るのは、ブッシュ政権「最上層部」の一握りだとつけ加えた。その中に、チェイニー副大統領とラムズフェルド国防長官が含まれるのは間違いあるまい。 匿名を希望する高官は、ブッシュ再選の切り札としてオサマ・ビンラディンを拘束する計画の詳細を語った。アメリカの政権が大統領選にからめてこの手の仕掛けをするのは、これがはじめてではない。カーター政権の末期、対立候補だったレーガンとイランとのあいだで、レーガンの大統領就任当日、テヘランで人質になっていた米外交官たちを解放するとの密約が交わされた。当時、イスラエルのシャミール首相のもとで国家安全保障担当補佐官を務めたアリ・ベン=メナシェによれば、アメリカはイランの聖職者たちに巨額の身代金を支払ったという。これが後にレーガンの「オクトーバー・サプライズ」(投票直前の10月に打つ奇策の意)として有名になる交渉の鍵だった。■口止めされたテレサ・ケリー 民主党大統領候補ジョン・ケリーのテレサ夫人は、「もうひとつのオクトーバー・サプライズ」が近いと知っていることをほのめかした。二週間前、「選挙前にブッシュがオサマをつかまえても驚かない」と公言して、ケリー陣営の政治顧問たちをあわてさせたのだ。しかしその後、彼女はこの爆弾発言についてコメントを拒んでいる。諜報筋では、ケリー夫妻が、ビンラディン拘束を含む米中合意にこれ以上言及することは、国家安全保障を脅かすと釘を刺されたのだろうとの噂である。 このほか、ワシントンの政治アナリスト、アル・サントーリ、国家安全保障担当でカリフォルニア州選出のデーナ・ローラバッカー下院議員、定評ある『チャイナ・モニター』誌編集者の三人も、「オクトーバー・サプライズがあっても全然驚かない」と認めた。 ビンラディン捜索の米極秘機関が使うNSA衛星によって、何か月ぶりかに確認されたビンラディンの居場所は、中国とパキスタンの国境にある湖の近くだという。その隠れ家を見下ろす雪嶺ザースカル(Zaskar)山脈のパキスタン側では、パキスタンとアメリカの特殊部隊が、命令を受けしだいビンラディンを拘束し、飛行機でパキスタンに移送すべく待機している。■50人のゲリラを引き連れて 過去半年のあいだに、ビンラディンはパキスタン北西部の山岳地帯と平地で何度か目撃されてきた。アメリカの諜報部員たちによれば、サウジ国籍の億万長者は50人のムジャヒディン・ゲリラを引き連れてカシミールに向かい、そこから中国側に入ったらしい。また諜報筋は、ビンラディンがそれに先立ち、北京当局と何度も会合を重ねて、中国イスラム圏の安定化を約束したと考えている。カシミール北部バンディプールの警察署長マンスール・アハメドは、「そういう会合があったことを知っているが、場所は中国領内だった」と断言する。 ビンラディンには、右腕であり専属医でもあるアイマン・ザワヒリが同行している(ビンラディンは重い腎臓病がある)。ザワヒリはカイロで医学を学んだ外科医で、エジプトにおけるテロ活動によって訴追され、国家反逆罪で死罪に問われている。指名手配中の国際テロリストとしては、ビンラディンに続く大物だ。ホワイトハウス関係者はこの件でおおやけの発言を拒むが、そのうちの一人は「もし交渉が決裂するようなことがあれば、選挙直前のいま大統領がこういう交渉に関わっているのを知られてはまずいから」と認めた。 このような取り引きの可能性が浮上したのは今年のはじめ、極東歴訪中のラムズフェルドが中国政府代表団と会談した際だと思われる。その後、当時CIA長官だったジョージ・テネットが、ビンラディン拘束作戦の可能性調査を命じ、中国の協力がなければ無理だとの報告を受けていた。 ペンタゴン高官は、「投票日までの残る数週間に、この米中合作が実現するかどうかは、ブッシュが中国側に約束を守るという心証を与えられるかどうかにかかっている」と言いきった。(翻訳:星川 淳/TUP)英文原文:http://www.informationclearinghouse.info/article7077.htm
2004年10月19日
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深刻な疫病の広がりに苦しむイラクジェレミー・ローレンス英インディペンデント紙10月13日━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ジュネーブ条約を含む戦時国際法によれば、清潔な水や電力などのライフライン確保はもちろん、保健医療サービスを保障することは占領国の義務とされています。定義上の「占領」は6月で終了したものの、東京で発表されたこの報告書は、治安維持の失敗と並ぶ、イラク占領のもうひとつの義務不履行をはっきり示しているのではないでしょうか。(訳者)━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 疫病の蔓延と保健医療システムの崩壊が、イラク国民に新しい危機をもたらし、イラク戦後の死者数を上回る人びとの命を脅かしつつある。戦後はじめての公式な健康調査によれば、腸チフスや結核を含む各種の致命的疾病が猛威をふるっている。この深刻な事態は、長年にわたる放置と、社会の機能をマヒさせた経済制裁、そして二度の血生臭い戦争による負の遺産である。かつて中東一を誇った病院と保健センターのネットワークは、戦争と略奪で大打撃を受け、関係者が対応に苦慮するなか、同国の窮状に拍車をかけている。 バグダッドの保健省がまとめた報告書は、2003年の戦争後、イラク国民の健康状態と保健医療サービスの現状をくわしく伝える最初のものだ。東京で開かれた国際会議の席上、イラク暫定政府の保健大臣アラディン・アルワン博士が発表した。 報告書は、フセイン政権時代に国民の健康状態が急激に低下し、保健医療サービスが潰滅状態に陥ったことを跡づけているが、この状況はイラク戦後にいっそう悪化した。戦争直後、保健センターの3分の1、病院の8つに1つが略奪を受けて、家具、冷蔵庫、エアコンを盗まれるか、医療器具類を破壊されるかした。 給水と衛生システムが被害を受けたために腸チフスが広がり、2004年の上四半期だけで5460例の罹患が記録されている。都市部の家庭の1/5、地方の家庭の3/5が、安全な飲み水を得られない。貧困が急増し、世界屈指の埋蔵原油を擁する国であるにもかかわらず、2003年は人口の27%が1日2ドル以下で生活していたと推計される。 子どもの3人に1人は慢性的な栄養失調で、はしか、おたふく風邪、黄疸の大発生があれば命にかかわる状態だが、現実に全国的な流行で何千人もが罹患している。 保健省のデータと国際調査にもとづく報告書は、過去10年以上におよんだ国内政策と経済制裁の相乗効果により、もっとも悪影響をこうむったのは母親と子どもたちだと述べる。世界のほとんどの国々で健康状態が上向いた1990年代に、イラクでは乳幼児死亡率が二倍になった。1990年から98年にかけて、1歳前に亡くなる乳児の数は、1000人あたり40人から103年に増えた。同じ時期、産婦の死亡率は3倍となり、無事な出産10万例あたり279例を数えた。 成人の死亡率は上昇し、平均寿命は男女とも60歳を切った。イラク人の健康状態は全般に、かつてはヨルダンやクウェートに肩を並べたものだったが、現在ではスーダン、イエメン、アフガニスタンなどの貧困国なみの水準だと、報告書はいう。東京の会議でアルワン博士は次のように語った。「過去15年にわたる不適切な保健政策と経済制裁と保健医療分野の放置によって亡くなった人の数は、戦争や暴力の犠牲者数を上回ります。主な原因は、貧困、栄養不良、給水および衛生管理事情の悪化、保健医療サービスの崩壊です。……かつてイラクは中東一の保健医療サービスを誇ったものですが、サダムはそれを重視しませんでした。予算を90%も削減したのです」 報告書は戦後、保健医療施設の大規模な破壊と略奪が起こったことを記し、不安定な電力と給水、とどまるところを知らない暴力の脅威とあいまって、問題を深刻化させていると指摘する。 アルワン博士によれば、イラクはいま、すでに急増中だったガン、糖尿病、心臓病などの慢性疾患と、感染症復活との「二重苦」に直面しているという。過去10年急増傾向にあったガンは、ほとんどの場合、症状が進んではじめて発見される。 糖尿病患者の3/4以上はインシュリン治療を受けられず、またPTSD(心的外傷ストレス障害)が、とくに子どもたちのあいだで大きな問題になりつつあると、報告書は述べる。(翻訳:星川 淳/TUP)原文:http://www.truthout.org/docs_04/101404C.shtml
2004年10月16日
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ストロンチウム90拡散の環境影響 これだけのストロンチウム90が核兵器や原発以外で環境中に拡散した事件というのは過去に例がありません。 しかし日本では海外、特に中国の核実験による放射性降下物についての環境調査が行われており、その中にはストロンチウム90のデータもあります。 核実験による放射性降下物は、高空拡散なので、広い範囲に薄く拡散したストロンチウム90が全国各地に降り注ぎました。今回の事故は、地表からの放出であり、放出点は地上で一点で、上空に向かって拡散する形になりますから、単純な比較はできませんが、降下物として広がった後の影響という観点から比較を試みます。 核実験による放射性降下物としての、ストロンチウム90の測定データが公表されている資料としては1964年の原子力白書があります。 これに基づけば、東京で最も大きな汚染を観測したのが1963年6月のデータです。1平方キロメートル当たり4.59ミリキュリーという値でした。これをSI単位で現せば1平方キロメートル当たり169.83メガベクレルという値になります。 沖縄のヘリ事故で拡散をしたストロンチウム90が全量均一に地表に降下したと仮定すると、直径約370メートルの範囲内に全量落ちると同じ程度の汚染になります。現実的にあり得ない値ではありません。 また、逆に言えば風向風速を無視すれば、墜落現場を中心に直径370メートル圏内が同程度の汚染になる危険性があるということにもなります。 ただし核実験の放射性降下物にはストロンチウム90以外にセシウムやヨウ素、セリウムなど様々な放射性物質のカクテルなので、ストロンチウム90だけの健康への影響評価をすることはどんな疫学統計を用いても出来ません。 ただし、生態系の中でどのような挙動をするかを推定する方法はあります。 カルシウムと置換しやすい性質ということから、牛乳中のストロンチウム90を測るということがこれまでにも行われてきました。 それによれば、原乳中で最も高い値を示したのが1964年1月北海道月寒府の農業試験場のもので、1リットル当たり47.3ピコキュリー、SI単位では1リットル当たり1.75ベクレルというものでした。製品として出荷された牛乳には最高で17.7ピコキュリー/リットル、つまり0.66ベクレル/リットルという値が観測されています。(1964年5~6月、各地の22サンプルの平均) ちなみに現在の牛乳の値は0.0001ベクレル/リットル以下です。 また、水道水(上水)中のデータも合わせて示すと、0.02ベクレル/リットル(0.51ピコキュリー/リットル、1964年8月の全国13地域データの平均値)という値になります。 日常食べる食事からどれだけのストロンチウム90を摂取する可能性があるかを分析した「日常食中のストロンチウム90について」によれば、最大のものとして農村の成人が64年5月~6月にかけて0.75ベクレル/日のストロンチウム90を摂取する可能性があり、幼児でも0.58ベクレル/日のストロンチウム90を摂取する可能性があるとしています。一日あたりですから、一ヶ月で成人男性22.5ベクレル、乳児で17ベクレルの摂取量に相当します。一年間これが続いたわけではありませんが、年間を通じての被曝という観点から、大きな値になることもあり得る量です。 食品の摂取限度を1キログラムあたり370ベクレルとしたのは、年間1ミリシーベルトを超えないという趣旨でしたが、1960年代の私たちは、この量を超える被曝を日常生活の中で強いられていた可能性があるということなのです。 なお、食事の摂取量の差を考えても、幼児の値が成人に比べて高くなっているのは乳製品の摂取量が多いためと思われます。 チェルノブイリ原発事故に先行する20年以上も前に、私たちは高濃度の放射能汚染に見まわれていたという事実は認識しておくべきです。この時期に乳幼児期であった人々は、それ以外の時期の人々に比べて明らかに高いリスクを負っていると考えられます。 これらのデータは沖縄の事件に直接結びつけて検討することは出来ませんが、傾向として言えるのはストロンチウム90の降下量は核実験当時の東京の降下量に匹敵するケースも考えられますし、ごく限られた地域にまとまって降下するような場合は水道水や乳製品のストロンチウム90の量は増え、おとなよりも乳幼児に対しての影響度合いが大きいだろうということです。1964年原子力白書http://aec.jst.go.jp/jicst/NC/about/hakusho/wp1964/index.htm北海道電力が公表しているストロンチウム90の経年変化データhttp://www.pref.hokkaido.jp/soumu/sm-gensc/bunseki/sr90.html核と米軍と沖縄の劣化ウラン弾 普天間基地と核、私にはぞっとする記憶があります。 1988年6月25日、米海兵隊普天間基地所属のCH53ヘリコプターが、岩国基地から普天間基地に帰還途中に、愛媛県伊方町の四国電力伊方原子力発電所から800メートルの地点に墜落し乗員7人が死亡するという事故が起きました。 原発など核関連施設の上空は低空では飛ばない。これが日本の航空ルールです。 しかし海兵隊ヘリは、伊方原発の裏山を越えることが出来ずに接地墜落しており、極めて低い高度を飛んでいたことになります。 これを受けて日本政府は米軍に対し原発などの上空は飛ばないよう「要請」したというのですが、けっきょく「要請」しかしないのが、この国の現状なのです。 核兵器持ち込み疑惑についても「核を積んでいるともいないとも明らかにしない」米国の方針の前に、「日本に持ち込んではいない」ということさえ日本政府は確認しないという態度を取ってきました。その後劣化ウランの沖縄配備については、いわゆる「誤射事件」の時には海兵隊が使用する劣化ウラン弾についてだけ「韓国に移送した」などと説明したことがありますが、海空軍の使用する劣化ウラン弾や誘導爆弾などに使用される劣化ウランについては、依然としてその一部は嘉手納弾薬庫に貯蔵されており、公式には米軍の「一切明らかにしない」という方針の前に、今でも日本政府は沈黙したままなのです。 さらに、イラクに日本が自衛隊を送るという事態を前にしてさえ、劣化ウランを米軍が使ったかどうか「確認していない、確認しない」という態度を取っています。 これでは独立国とは思えない。そんな感想を持ちますが、今回の墜落ヘリの詳細についても問いただそうとしないばかりか、この事件の直後から名護市辺野古沖に建設予定になっている、新しい米軍基地の建設に着手しています。 地元を始め日本各地から建設を止めさせようと座り込み、海上行動を続ける人々は、ジュゴンの住む日本でも数少ない自然環境に恵まれた辺野古沖を守ろうとしています。 普天間基地所属のヘリ事故は頻発しています。直前で最近の事故は99年4月19日に夜間海上飛行訓練中の大型ヘリが米軍北部訓練場の東沖合の太平洋上に墜落、海兵隊員4人が死亡したというものでした。この事故について4月23日には宜野湾市議会が、27日には沖縄県議会がそれぞれ臨時議会を開き、事故の再発防止や米軍機による住民地域上空での飛行訓練の即時中止などを求める意見書と抗議決議を全会一致で可決しています。 そういう抗議の声さえ意に介さない米軍による事故の再発にどのような姿勢を示すのか、劣化ウラン弾を大量に抱えさせられている沖縄で、いつ劣化ウラン弾を巻き込む事故が起きるかわからない現状、これこそがいま私たちにとってたいへん重大な問題なのです。琉球新報「劣化ウラン 嘉手納に貯蔵/司令官が表明」記事http://www.ryukyushimpo.co.jp/news01/2000/2000_05/000525a.html━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
2004年10月15日
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【TUP論説】沖縄に降り注いだ核分裂生成物=フォールアウト------------------------------------------------------------- 劣化ウランの危険性について何のためらいもなく「人体には影響がない」と言い切る米軍の体質は、劣化ウラン以外の放射性同位元素についても「首尾一貫」しているようだ。 核実験で世界中にストロンチウム90やセシウム137をばらまき続けた国として、そしていまでも大量の核兵器を保有し続けている国として、いまさら「核分裂生成物=フォールアウトは危険だ」と間違っても言えないのであろう。 しかし現実はそうではない。ストロンチウム90は極めて危険な放射性物質であることは「常識」であるし、その影響を大なり小なり潜在的に世界中の人々は受けている。 そして今もまた、沖縄の人々の頭上に核分裂生成物=フォールアウトであるストロンチウム90が降り注いだ。いつまで沖縄を破壊し続けるつもりなのか。そして日本政府はいつまでそれに荷担し続けるのか。問われているのは沖縄の外に住む私たちなのだ。 TUPメンバー/山崎久隆-------------------------------------------------------------沖縄ヘリ墜落事故と放射性物質汚染 劣化ウラン研究会 山崎 久隆------------------------------------------------------------- 悲劇の墜落事故 2004年6月30日、一つの追悼会が沖縄県石川市の宮森小学校で開かれました。 44年前、この宮森小学校に米軍戦闘機F100Dが墜落し、児童11名、教師2名、住民4名が死亡、付近の住民など121人が重軽傷を負う大事件が起きました。その日の記憶を継承し、基地も戦争もない世の中を願っての、平和と追悼の集いでした。宮森小学校公式ホームページhttp://www6.ocn.ne.jp/~miyamori/宮森小学校ジェット機墜落事件1959/6/30当時の宮森小学校4年1組の担任・新里律子先生のお話が収録された「シンさんの辺野古日記」http://diary5.cgiboy.com/2/henokonikki/index.cgi?y=2004&m=8宮森小学校事件と今回のヘリ事故を比較した琉球朝日放送の特集番組「検証 動かぬ基地17 “宮森事故”から変らぬ現実」ストリーミングもあるhttp://www.qab.jp/01nw/04-09-01/index5.html 沖縄の米軍基地被害は、おびただしいものがあります。 その中心に位置するのが、宜野湾市の4分の1を占拠している海兵隊普天間基地と、嘉手納町のほとんどを呑み込んでいる空軍嘉手納基地と嘉手納弾薬庫地区です。 5月21日に嘉手納町の幼稚園と小学校で、ある「避難訓練」が行われました。対象範囲は「嘉手納基地から300メートル以内」。これは米軍機墜落事故に備えての訓練でした。このような訓練を行っている学校は、日本中を探しても沖縄にしかないと思います。基地から300メートル以内に幼稚園や小学校が存在すること自体が異常事態なのです。沖縄の米軍基地http://www.asahi-net.or.jp/~lk5k-oosm/base.html避難訓練を伝える琉球新報の記事http://www.ryukyushimpo.co.jp/news01/1998/9805/980522ed.htm避難訓練を伝える沖縄タイムスの記事http://www.okinawatimes.co.jp/day/200405211700.html普天間のヘリ墜落 軍用機墜落の「恐れ」が現実になったのは8月13日でした。午後2時15分頃、普天間基地所属の米海兵隊CH-53Dヘリコプター・シースタリオンが普天間基地に近い沖縄国際大学本館に衝突、墜落炎上するという事件が起きたのです。 周辺住民への人的被害は、奇跡的にありませんでしたが、米軍は墜落をまるで予見していたかのように、数分で現場に到着し、墜落現場一帯を包囲し、周辺住民はもちろん、当事者の大学関係者、マスコミ、警察までも排除してしまいました。周囲の道路は全面封鎖され、取材していた報道機関のカメラや取材テープまで取り上げようという勢いで、まぎれもなく戒厳令状態に置いたのです。 そう、明らかにこの場面では日本に主権は無かったのです。 そうやって完全に現場を封鎖して何をしていたのか。現場を取材していたメディアは異様な光景を目にすることとなります。 オレンジ色の警戒色の全身防護服と空気呼吸器付きの全面マスクをした兵士が、墜落現場を調査し、一部の部品に液体状の物質をかけたり、表土をはぎ取ったりしていたというのです。このときに使われていた装置はサーベイメーター(放射線測定器)すなわちこの機体には間違いなく放射性物質が搭載されていたのです。 このシーンは「DAYS JAPAN10月号」にも大きく掲載されています。琉球朝日放送「ステーションQ」よりhttp://www.qab.co.jp/01nw/04-08-13/index4.html琉球朝日放送「緊急特集 沖国大ヘリ墜落事故-1-」http://www.qab.co.jp/01nw/04-08-16/index3.html琉球朝日放送「緊急特集 沖国大ヘリ墜落事故-2-」http://www.qab.co.jp/01nw/04-08-16/index4.html搭載物は劣化ウラン? まず疑われたのが「劣化ウラン弾」でした。海兵隊も劣化ウラン弾を装備しており、沖縄には劣化ウラン弾が貯蔵されていることは公然の事実です。海兵隊がイラクで劣化ウラン弾を使っていることも明らかになっており、沖縄から輸送しているのではないかという疑いももっともな話でした。 また、ヘリに通常使用されていると考えられる、バランスを取るための錘や回転部分の慣性力を高めるための「ウエイト」として使用されている劣化ウランも疑われました。 後に米軍は劣化ウラン弾搭載の疑いを否定し、バランス・ウエイトとしては同じく比重が大きいタングステンを使っていると答えていますが、米軍はこれまでにも一貫して「劣化ウランの存在を否定も肯定もしない」という態度を取ってきたことからも、事実関係が解明されたとは言い難いのです。 劣化ウランについては「疑い」の段階ですが、確実に搭載されたことが判明し、防護服の意味が明らかになったのが、放射性物質「ストロンチウム90」です。 ストロンチウム90をタバコのフィルター程度の大きさの容器に封入し、凍結防止装置などの部品として使っていたものが合計6個搭載されており、回収作業を行った結果、そのうち1個が行方不明となっているというのです。軍事アナリストの神浦元彰さんのホームページ「日本軍事情報センター」http://www.kamiura.com/new.htmlヘリ事故の写真と解説のあるページhttp://www.kamiura.com/new8_2k4.html沖縄国際大学のヘリ事故ページhttp://www.okiu.ac.jp/urgent.html放射能汚染調査をしている米軍http://www.okiu.ac.jp/a004.jpgストロンチウム90 ストロンチウム90とは半減期約28.8年の金属元素で、融点は摂氏777度、沸点は1382度、通常の火災程度でも十分揮発してしまいます。 ベータ線を出しながらイットリウム90という物質に変わりますが、このイットリウム90も放射性物質で半減期は64.1時間、同じくベータ線を出して安定元素であるジルコニウム90に変わります。 ベータ線の正体は電子ですから、強い電離作用があります。ベータ線に照射された分子が電離すなわちイオン化することで、様々な化学変化を誘発させます。染色体でそれが起きれば、染色体を切断することで発ガンなどにつながる異常を引き起こします。 ストロンチウム90が体内に取り込まれると、カルシウムと置き換わる性質があります。そのためチェルノブイリ原発事故や世界中で行われた核実験の際に放出されたストロンチウム90は、多くの人々に骨ガン、白血病などを引き起こしたと推定されています。 そういう物質が、米軍発表で「500マイクロキュリー」放出されたのです。回収されなかった放射線源1個は、炎上した時に蒸発し環境中に拡散したのです。琉球新報ヘリ事故特集ページhttp://www.ryukyushimpo.co.jp/cgi-bin/helicrash/index.cgiこのうちストロンチウム90を積んでいたことを報ずる琉球新報記事http://www.ryukyushimpo.co.jp/cgi-bin/helicrash/index.cgi/news/20040904t02.htmストロンチウム90を積んでいたことに関する米国大使館の説明http://japan.usembassy.gov/j/p/tpj-20040903-61.html「500マイクロキュリー」にはどんな意味があるか 米軍発表で「500マイクロキュリー」は、現在の放射線の単位(SI国際単位系)では1850万ベクレルに相当します。これは別の言い方をすれば「18.5メガベクレル」になります。 同じ程度のストロンチウム90は、どの程度の危険性があるかを端的に示すデータが公表されています。 オランダで2001年7月3日に発生した「遮蔽されていないストロンチウム90放射線源が廃品置き場でみつかる」という事件の報告書から引用すると、「放射線源は16プラスマイナス1 メガベクレルのストロンチウム90線源であると判明した。(中略)50センチメートル離れたところでのベータ線量は350マイクロシーベルト/時であった。」「1センチメートルの距離で1シーベルト/時という近傍での高被曝線量のため、本事象では(国際評価尺度)INESレベル2とされた。本放射線源はたとえば、ポケットに入れたような場合、数時間内に火傷を起こす可能性がある」(括弧書きと単位のカナ表記は筆者により変更しました) 沖縄の放射線源とほぼ同じ線量を持つ、米軍の言う「低レベルの放射線」源の実態はこういうものなのです。 この線源がまとまって存在せず火災とともに蒸発拡散したことから、一人当たりの被曝線量が少ないと思われるから「レントゲン検査の時に浴びる放射線よりも少ない」などという表現をしているのだと考えられますが、この説明自体がウソです。レントゲン検査で「火傷を負う」人はいませんし、ストロンチウム90の怖さは外部からのベータ線皮膚表面被曝だけではなく、体内に取り込まれることによる内部被曝も、なのです。 日本の国内法では、これだけの放射線量を有するストロンチウム90は厳しい管理を要求されます。電離放射線障害防止規則、労働安全衛生法などで、3.7キロベクレル以上のストロンチウム90は厳しく管理し、事故の際も放射線管理区域外への拡散を防止する必要がるのです。今回の事故では、その数千倍が放出されたのです。また、放射性物質を扱う資格を有する労働者でも、15ミリシーベルト以上の被曝の危険性があれば退避しなければなりません。 つまり「500マイクロキュリー」の放射線源とは、日本の国内法からも、現場を立ち入り禁止にした状態で汚染調査を行い、汚染が見つかれば表土をはぎ取り、葉などに付着していることを考慮して周辺樹木を伐採、隔離処分にするなどし、汚染拡散を防止する措置を緊急に行う必要があります。また、風下を中心に周辺住民の避難を行うべき性質のものです。 米軍はそれに似たことをしました。しかし住民はもちろん、日本政府、沖縄県、宜野湾市に対してさえ一切現場での状況説明はもちろん、放射線源の種類、量、拡散可能性についても事実を隠して行動したのです。これでは全く「似て非なる行為」です。原子力安全基盤機構によるトラブル情報より「しゃへいされていないストロンチウム-90放射線源が廃品置場でみつかる」http://www2.jnes.go.jp/atom-db/jp/trouble/break/f_info/2001/kj010010.html(財)原子力安全研究協会の「緊急被ばく医療情報ネットワーク」より「表面汚染の法令上の意味合いと緊急時における適用」についてhttp://www.remnet.jp/newsletter/01/column.html
2004年10月14日
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爆撃の不安の中での薬物依存が広がっている。=============================== 戦火の中のバグダッド、停電の合間をぬって書きつがれる24歳の女性の日記『リバーベンド・ブログ』。イラクのふつうの人の暮らし、女性としての思い・・・といっても、家宅捜索、爆撃、爆発、誘拐、検問が日常、女性は外を出ることもできず、職はなくガソリンの行列と水汲みにあけくれする毎日。「イラクのアンネ」として世界中で読まれています。すぐ傍らに、リバーベンドの笑い、怒り、涙、ため息が感じられるようなこの日記、ぜひ読んでください。(この記事は、TUPとリバーベンド・プロジェクトの連携によるものです)。http://www.geocities.jp/riverbendblog/================================ イラクで鎮静剤や麻薬の依存症が蔓延していると知り憂慮するメールが、リバーに届いた。以下は、その「善意」に対する、リバーの答えです。(文中のオプラやヴァリウムなどについて、末尾に注をつけています)(TUP/池田真里)================================2004年10月13日水曜日ヴァリウム・・・ オプラ・ショーでは、例の放送が注目を集めていた間に、なんともたいへんな話題が出ていたらしい。その話の前にちょっと言わせて。オプラとは誰か、わたしたちもしっかり知っている。MBCの2チャンネルはこの何カ月かオプラのショーを放送している――数週間遅れではあるけれど。人気のショーだ。なぜって、ショーの話題がばかばかしいほど、気が紛れるってことにみんな気がついたから。上手な美容整形医の見つけ方とか五番街でのショッピング三昧には何を買うべきかとか、ね。わたしは、オプラの大ファンというわけではないけれど、面白いテーマがあれば見ていた。オプラが番組にコンディ・ライスを呼んで、思いやりの人だと持ち上げようとしたので(正直、むかついた)、それから見ていない。 さて、ウィルという人からメールをもらった(返事をしたが、届かないで戻ってきてしまった)。ウィルは、イラクの人々にヴァリウム依存症が広がっているというのは本当か、ヴァリウムが薬店でたやすく買えるというのは本当かと聞いてきたのだ! ヴァリウムはかつても今も薬店で手に入る。イラクは、ほとんどどんな薬でも‘薬店で処方箋なしで買える’という国々のひとつだ。必ずしも、どこでも何でもというわけではないけれど、だいたい、鎮静剤から抗生物質まであらゆる薬が薬店で売られているといっていい。それにイラクでは、薬はとても安い。そう、“実質的に”安いのだ。経済封鎖が行われる前、イラクには “サマラ薬品”というアラブで有数の製薬会社があって、ペニシリンから感冒薬まであらゆる薬を製造していた。 ウィルの質問。イラク戦争後ヴァリウム依存が広がっていますか。もちろん、広がっている。ヴァリウムは戦争の間、必需品だった。戦争への備えに、生活に必要な品々のリスト作りがあった。次から次へと作ったたくさんのリストの中に必需医薬品リストがあった。リストには、脱脂綿、バンドエイド、アルコール、ガーゼ、一般的な痛み止めなど基本的なもの、また、ペニシリン、コデイン(咳止め)、ヴァリウムなどの薬品。家族にはヴァリウムを飲んでいる人はいない。だが、これは“もしもの場合”の薬、買っておくが使わずに済みますようにと願うような薬のひとつとして、入れられたのだ。 4月の第一週、戦車がバグダードに侵入開始したと同時に、ヴァリウムを使わざるをえなくなった。家に年取った叔母が来ていた(住んでいたところから避難させられたのだ)。それにいとこ、その妻と二人の娘、叔父が加わり、家は混み合っていて、この非常時に、ほとんどお祭り気分だった。 爆撃が激しくなり、一日の食事や睡眠のリズムが大きく乱された。すべてがバグダード攻撃を中心に回っているようだった。爆撃の中休みを縫って大急ぎで食事を調え食べ、‘衝撃’と‘畏怖’の合間にほんのひと眠りする。全く眠らなかった夜も何日かあった。そのような夜は、ただ起きていて、所在なく暗闇の中でお互いを見つめ、爆音に耳を澄ませ、地面が揺れるのをからだに感じていた。 じゃ想像してみて。バグダードの寒い夜、真っ暗な空に突然白い閃光があふれる。まるではるか上空で星々が爆発しているよう。爆撃は激しく、窓はがたがた鳴り、地面は音をたてて揺れ、ミサイルのヒューという発射音が不気味に近く聞こえる。こどもも大人も全員、窓のない廊下に集まった。いとこの娘たちは毛布にくるまり、母親のそばでからだを丸めている。この子たち、とても静かにしているので眠っているようだった。が、眠ってはいないと私は気付いていた。見開いた目の白眼の部分が、ランプだけでほとんど真っ暗な廊下の、向かい側にぼんやりと見えていたからだ。 さて、衝撃と畏怖の爆弾が嵐のように荒れ狂い始めると、それからはもう普通の会話はまったくできない。一言、二言早口に何か言うことはできるかもしれない。がそれも一時、そのうち爆音がとどろいて、口を閉じ頭を屈めながらまだ家が壊れていないことに呆然とするはめになるのだ。 そのあいだずっと、心の中でお祈りを唱え、これまでの人生を振り返り、もしこの爆発で無事だったらと、やりたいことをあれこれぼんやり思い描いて、ただ時間をやり過ごす。とき折り耐えられなくなって、誰かがこどもに下手な冗談を向けたり、ご機嫌うかがいをしてかまう。が、返ってくるのは、たいてい消え入るような微笑か沈黙だけ。 で、どこにヴァリウムの出番があるかって? この騒ぎのただ中で爆撃におののいている年取った叔母を想像してみて。恐怖のあまり心もからだもじっとしていられない。廊下を行ったり来たりし、ブッシュにブレア、戦争に関わる者は誰でも罵りたおす。でもこれは、まだ落ち着いているとき。心底怯えると、激しい罵りは止み、わたしたちみんな死んでしまうと、絶望して泣きわめく(このとき叔母さんは自分は息が止まっていると思っている)。わたしたち、瓦礫の中から掘り出されることになる。生きたまんま焼かれるんだわ――これがずっと続く。 このすさまじい興奮の発作が起きるとそのつど、いとこは黙って、だがきっぱりとした態度で、叔母さんにヴァリウムと水を一杯渡すのだ。叔母さんは両方を飲む。するとほんとに数分で、落ち着いて少し平常に戻る。叔母さんはヴァリウム依存症ではなかった。しかし、戦争が激しくなったとき、とても役にたった。 戦争が終わった今もまだ、同じことがあちこちで繰り返されていると思う。人間は、重荷が耐えられないまでになると、軽くしてくれるものにすがる。ほかの国では、つまり平時であれば、重荷を背負っていても、自分一人で耐えなくてもいい。友だちだって、身内だって、精神分析医だっている。誰か、がいるのだ。話を聞いてくれる人が。ここイラクでは、誰もが自分の問題を抱えている。家族が死んだ、拘束されている人がいる、強盗にあった、誘拐された、爆発にあったなどなど。で、とる道はふたつのうちのひとつ。ヴァリウムを飲むか、ブログを始めるか。 もう一つの‘薬物’問題(そうこれも現実だ)は、もっとずっと深刻だ。戦争と占領の前、イラクでは、薬物(コカインとかマリワナとかのことよ)はそんなに大きな問題ではなかった。もちろん、さる人物から、またある場所でハシシやマリワナといったものが手に入るといううわさはあった。が、それほどふつうのことではなかった。大きな理由は、薬物を売れば、死刑で罰せられたからだ。いまは、バグダードのいくつもの場所で、薬物が手に入るし、南部ではありとあらゆる薬物が出回っている。バスラやナジャフなど南部の人々は、イラン人が密かに持ち込み売っているのだとこぼしている。イランは大量の麻薬取引をおこなっていて、いまやそのかなりがイラクに流れ込んでいるのだ。 バグダードには、レイプから誘拐はては殺人までさまざまな犯罪と犯罪人の巣窟として知られた地区がいくつかある。犯罪人たちは、多くの場合麻薬常用者で、自分が商っているものを自分もやっている。その何かしらでハイになるからか、金が欲しいからか。 Eのある友人は、あるとき車の登録証を持っていなかったといって、イラク警察に拘束されてしまった。彼はいとこと一緒に警察署に連行され、満員の留置場に閉じ込められた。留置されて30分後、警官が一人、何かの錠剤をもってやって来て、拘束されている人々に一錠につき250ディナールで売ってやると持ちかけたという。 もっと頭のまわるときなら、わたしだって薬物問題の深刻化について本気で考えた。問題は大きくなる一方だということはわかっているし、それをくい止めるためにすぐできることは何もない。だが、いまこの世にはより大きな問題がさまざまあるようで、薬物問題はほとんどわたしたちの心を捉えていないように思える。新学年が始まって、親たちは、子どもが誘拐されるか、爆弾で吹き飛ばされるかと心配している。メディアも深刻化しつつある薬物問題にさほど関心を払っていない。最終的には悲惨と荒廃をもたらすとしても、薬物は突然腕や脚を吹きとばしはしないし、車の中で爆発もしないし、空から降ってきて家を焼いたり家族を焼き殺したりもしない・・・つまり、誰も差し迫った脅威とはみなしていないのだ。 飢えたワニを撃退しようと必死の最中に、自分がガンだと知るようなものだ――病気の心配はあとまわし。リバーによって掲示 午前1時39分(翻訳:TUP/リバーベンド・プロジェクト:池田真里) (訳者注:オプラ・ショーとは、アメリカで人気のトーク番組、オプラ・ウィンフリー・ショー。オプラは逆境を乗り越えて黒人女性として初のニュースキャスターとなった。9月半ば、番組の19周年記念に新車を276人にプレゼントして話題となり、その後も受け取った人は課税されることがわかるなど騒ぎが続いた。 MBCは、ドバイを拠点とするアラビア語衛星テレビ局。ニュースと娯楽の2本立て。 コンディ・ライスはコンドリーザ・ライス米国家安全保障担当大統領補佐官。 ヴァリウムはベンゾジアゼピン系の催眠鎮静剤、抗不安剤。日本での商品名は、セルシン、ダイアップなど。ウィルのメールには、オプラ・ショーに出たイラク女性の話で、サダム政権下より生活、治安すべてが悪化していること、恐怖と不安からヴァリウム依存症が蔓延していることなどを知ったと書かれている)。
2004年10月13日
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大量破壊兵器はなかった 米政府が公式認定 6日、米上院軍事委員会で、イラクの大量破壊兵器の調査結果を報告する調査団のドルファー団長(AP=共同) 【ワシントン6日共同】イラクで大量破壊兵器を捜索していた米調査団のドルファー団長は6日、昨年3月のイラク戦争開戦時に、同国にはいかなる大量破壊兵器も存在しなかったと結論づける報告書を議会に提出した。 ブッシュ政権は、フセイン・イラク元大統領が大量破壊兵器を保有していることを最大の理由に、イラク戦争に踏み切ったが、この日の報告書がイラクに核、化学、生物兵器のいずれもなかったことを公式に認定、戦争の大義は完全に崩壊した。アナン国連事務総長から「違法」と指弾されたイラク戦争の正当性があらためて厳しく問われるのは必至だ。 大統領選の対立候補、民主党のケリー上院議員が報告書を盾に「イラク戦争は誤りだった」と攻勢を強めるのは間違いなく、11月2日の投票日まで1カ月を切った選挙戦で、再選を目指すブッシュ大統領は厳しい立場に追い込まれそうだ。(共同通信) - 10月7日10時2分更新
2004年10月07日
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「自衛隊は期待外れ」 米紙、サマワ市民の声掲載 【ニューヨーク6日共同】6日付の米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版)は、イラク南部サマワに展開する自衛隊の活動について、地元ムサンナ州の当局者や市民の「自衛隊の活動内容は期待外れ」との声を引用した記事を掲載した。 「発砲なしに駐留する日本部隊」と題した記事は、自衛隊車両は他国部隊の車両に比べ、泥の付着やへこみもなく、東京のカーショールームから出てきたばかりのようだと冒頭で紹介。 一般市民の「日本が来ると聞き楽園への扉が開いたと思ったのに、自衛隊がやったことは、イラクの業者でもできることだった」との不満や、州政府当局者の「満足していない。今の状況にはこれ以上耐えられない」との声を載せ、日本への失望感が敵意に変わり得ると分析している。(共同通信) - 10月6日20時6分更新
2004年10月06日
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「イラク人には抵抗の権利が」…解放2女性の発言波紋 【ローマ=藤原善晴】バグダッドで武装勢力に拉致され先月28日に解放された民間援助団体のイタリア人2女性が、帰国後、米国のイラク占領政策や、ベルルスコーニ政権の対米協力に批判的な発言を活発に行い、賛否両論を巻き起こしている。 5日発売され、「今年の欧州のヒーロー」を特集した米誌「タイム」欧州版の表紙に、解放されたシモナ・パリさん(29)とシモナ・トレッタさん(29)の写真が掲載され、2人への注目度の高さを裏づけた。2人は5日、ローマ法王ヨハネ・パウロ2世にバチカンで会い、解放を世界に訴えたことに感謝の意を述べた。 イタリア有力紙「コリエーレ・デラ・セラ」のインタビューで、シモナ・トレッタさんは「私はテロと抵抗は区別する。一般市民の拉致には反対だが、(イラク人の米軍などに対する)ゲリラ戦は正当なものだ」と、反米武装勢力の活動擁護ともとれる発言をした。また、イラクに派遣されているイタリア軍は「疑いなく撤退すべきだ」と語り、イラク暫定政府は「米国人に操られたかいらい」と断じた。 「2人のシモナ」は、「米軍が引き揚げたあと、イラクに戻り人道支援活動を続けたい」としている。2人が属する団体「バグダッドへの懸け橋」(本部ローマ)は湾岸戦争後に設立され、教育や保健衛生面での支援を行ってきた。シモナ・トレッタさんは1993年にバグダッドで働き始め、2003年には現地責任者になった。シモナ・パリさんは2003年にバグダッド駐在のスタッフとなった。 「2人のシモナ」に呼応するかのように、野党・左翼民主党の一部などは、「部隊の早期撤退」の声をあげはじめた。左派系紙は概して2人に好意的だ。 一方、与党議員らは、ゲリラ容認発言などに、「平和を脅かす活動を弁護している」と反発している。 2人が帰国直後、「イスラム教徒の人々に感謝している」と言っただけで、ベルルスコーニ政権への謝意は表明しなかったこともあって、保守系マスコミも2人に批判的だ。 2人はその後、政府への感謝を述べたが、与党議員からは、「日本でもやったように、イタリア政府は帰国費用を本人たちに払わせたらいい」との声も出た。 さらに、政府が強く否定しているにもかかわらず、身代金を支払ったという報道が続いた。2人の解放交渉には、イタリア政府と同国赤十字社があたったが、「レプブリカ」紙は「100万ユーロ(約1億4000万円)が支払われた」と報じた。 イタリア政府は、「2人のシモナ」をめぐる論議で、イタリアのイラク政策は影響を受けないとの立場だ。フィーニ副首相は3日、訪問先のカイロで「イラクに民主主義が再建されたら撤退する」と、来年1月予定のイラク総選挙後の撤退を示唆するにとどまっている。(読売新聞) - 10月6日2時36分更新
2004年10月05日
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サマラ炎上・・・「掃討」されているのは、ただの市民だ=============================== 戦火の中のバグダッド、停電の合間をぬって書きつがれる24歳の女性の日記『リバーベンド・ブログ』。イラクのふつうの人の暮らし、女性としての思い・・・といっても、家宅捜索、爆撃、爆発、誘拐、検問が日常、女性は外を出ることもできず、職はなくガソリンの行列と水汲みにあけくれする毎日。「イラクのアンネ」として世界中で読まれています。すぐ傍らに、リバーベンドの笑い、怒り、涙、ため息が感じられるようなこの日記、ぜひ読んでください。(この記事は、TUPとリバーベンド・プロジェクトの連携によるものです)。http://www.geocities.jp/riverbendblog/================================ 毎日「掃討」が続いている。「掃討」されているのは、こどもをはじめただの市民だ。市中での「テロ」も続いている。ここでも犠牲になっているのはふつうの市民。背後にいるのは誰か? 「もしかしたら・・・」とリバーは言います。誰でしょう?(TUP/池田真里)================================2004年10月3日(日曜日)サマラ炎上・・・ はりつめた苦しい日々が続いている。軍がサマラ攻撃を繰り返すのを見、一家で避難してきた人たちやサマラ方面から来た人々の話を聞くと、戦争のあいだ感じていたやりきれない怒りがそのまま甦ってくる。死体が臥し重なるのを目にし、かつて家であった煉瓦や鉄材の下から人々が愛する者たちの亡骸を引きずりだすのを見守るのは、悪夢の中で見る恐ろしい夢のようだ。 とどめの一撃として、イラク国民は、米軍広報担当者と我がイラクの新任政策担当者が攻撃を正当化し、自分たちの言葉に心酔しきった様子で‘暴徒’だの‘テロリスト’だのとしゃべるのを、見せつけられるのだ。世界最新の軍事技術によって、毎日毎日何百人もの一般市民が虐殺されていっているという事実はないかのようにしゃべるのを。 さらに、アラウィの得意げな口上とブッシュの虚(うつ)けた弁舌ではまだ足りないとばかりに、パウエルやラムズフェルドのようなやつが“精密照準攻撃”について説明するのを聞かせられるのだ。精密な攻撃っていったい何のこと? サマラのような町やバグダード外縁部のサドル・シティのようなスラムで、どうやれば精密に正確にやれるのか。攻撃されているのは、数十年を経たみすぼらしい家ばかりの、狭くて人口稠密な地域だ。サドル・シティでは、家々は建て込んでいて道は狭い。ミサイルやタンクで、いったいどうやって精密に正確にやるのか。わたしたちはアメリカの“精密兵器(スマート・ウエポン)”って何のことか体験で学んだ。占領開始からほんの数ヶ月で1万人を超えるイラク人を殺すことができるくらい手際のいい(スマートな)兵器だってこと。 バグダードの爆音は相変わらずだ。数日前、およそ40人の子どもが爆破され、微塵にされた。子どもたちは、下水処理施設の落成式で米兵が投げ与えるキャンディを集めていたのだ(注:こんなふうにして、いつも惨事は起こっている。それだのに、わたしたちは、イラクの下水処理施設が再建されたといって祝わせられるのだ)。誰に対して、もっとも怒りを向けるべきか、わからない。軍が参列する式典で子どもたちをはしゃぎ回らせるのはいい考えだとしたばか者どもと広報担当に対してか、こどもたちを参加させた親たちに対してか。爆破を計画実行した者たちが地獄のただ中で焼かれんことを。 誰が、数々の爆破事件や車両爆弾の背後にいるのだろうか。ビン・ラディン? ザルカウィ? もしかしたら・・・しかし、単純すぎる。そんなのできすぎだ。ビン・ラディンがワールド・トレード・センターを直撃したから、アフガニスタンが攻撃された。イラクは占領された。当初、爆破も軍に対する攻撃もすべて、即“サダム忠誠派”と“バース党支持者”のせいにされた。すべてはサダムが糸をひいている、というわけだ。サダムが捕縛されるや、“イスラム過激派”とアルカーイダの仕業ということになり、突如ザルカウィが登場してきた。ザルカウィが数ヶ月前に死んでいる、あるいはもともと存在すらしなかったということがわかったら、こんどは誰のせいにするのかしらね。誰であるにしろ、3音節以下の名前の持ち主に決まってる。それ以上長くちゃ、ブッシュが発音できないでしょ。 1週間前、バグダードのアーダミヤ地区で、イラク治安部隊に4人の男がつかまった。わたしの知るかぎり、テレビでもインターネットでも報道されなかった。わたしたちは、全貌を知るある友人から聞いて知ったのだ。4人の男は、住宅地で爆薬を仕掛けようとしていたところを住民に発見された。一人は逃げ、一人はその場で殺され、二人は拘束され尋問された。連中はバドル(ファイラク・バドル)旅団、つまりイラク・イスラム革命最高評議会の民兵組織の一員だと判明した。もし、犯人たちが逃げおおせて、爆薬が爆発していたら、ザルカウィの仕業ということになっていたかしら? そのとおり。 イタリア人人質の人たちが解放されて、心からほっとした。そして、まだいわれなく捕らわれている人々も解放されますようにと願っている。イラク人の誘拐が続いていて、もう何千人にもなる。帰された人もいるけれど、殺された人もいる。それでも、大勢の外国人が誘拐されているのを知るのは、つらい。家に招いたお客様が近所の猛犬に噛みつかれるのと同じ。自分はどうしようもなかったとわかっていても、責任を感じてしまうのだ。 でも、ケネス・ビグリーの解放交渉に、イスラム・グループがロンドンからやってきたとき、わたしはそれほど同情してはいなかった。彼が生きて帰されることを本気で願ってはいた。しかし、ファルージャやサマラやサドル・シティやそのほか多くの場所が爆撃されているというときに、多数あるイスラム・グループはいったい何をしているのだろうか。月に何百人というイラク人が死んでいっているときに、どうしてたった一人の英国人に係(かかずら)うのだろう。どうして、外国人がロンドンやワシントンやニューヨークで爆弾を爆発させたら、‘テロ’なのだろう。外国人がなんら問題のないイラクの町々を爆撃すれば、‘解放’とか‘作戦’なのに。わたしたちは、それほどまでにどうでもいい存在なのか。リバーによって掲示 午後8時3分(翻訳:TUP/リバーベンド・プロジェクト:池田真里)<お知らせ> 「リバーベンドの日記」が、『バグダッド・バーニング、イラク女性の占領下日記』(アートン、税別1500円)として本になりました。5月22日の日記まで収録されています。本には、事件、人名、文化などについて丁寧な脚注がついていて、イラク戦争やイラクの生活について理解する助けにもなると思います。あまり書店に並んでいないようですので、本について知りたい方、また購入ご希望の方は、いちど「バグダード・バーニング日本語サイト」(下記)をご覧になって下さい。http://www.geocities.jp/riverbendblog/
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