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加茂あかりば宵の市が開催されました。以前にも紹介したことのあるイベントですが、秋の夜長ほのかな灯りを囲み、情緒と風情を楽しみましょうというイベントですね。加茂市は新潟県のほぼ中心に位置し三方を山に囲まれ、市の中心部を加茂川が流れています。その地形が京都に似ていることから古くは「北陸の小京都」と呼ばれました。加茂市は京都との縁が深く、加茂山公園にある青海神社は794年に京都賀茂神社から分霊をもらって祀ったものが始まりとされています。加茂市の地名もこの賀茂神社に由来しています。かつて「小京都」と言われた風情ある街並みも近代化の波に呑まれ失われ、今はその町並みに京を感じる佇まいはありませんせん、そんな中、街を見つめ直し、かつての風情や情緒を取り戻そうという活動から生まれたのがこの「あかりば」です。加茂市は家具、建具の生産が盛んな木工の街です。このような行灯の作成などお手の物ですね・・・このイベントが最初に行われたのは2007年、当初は「小京都加茂」という言葉自体ほとんど認知されておらず、忘れ去られた小京都となっておりました・・・イベントは回を重ねるごとに拡大し、やがて町をあげての大きなイベントの一つとなりました・・・約3000個の明かりに彩られた2夜限りの小京都かもしれませんが・・・このイベントは様々な団体、個人に小京都加茂の意識を植えつけ、小京都加茂の可能性について向き合い始めております。。。街の風情を回復する、なんてことは簡単にできることではありませんけれどね。。。さて、小京都の風情を楽しんだあとは軽く腹ごしらえでも・・・秋の夜長、外でのんびりと過ごすというのもまた良いものですよ・・・燻製のお店です。。。加茂商店街の飲食店が中心となって様々な屋台が作られています。。。ではちょっと腹ごしらえということで・・・鴨、ベーコン、チキン、ソーセージ・・・燻製各種盛り合わせ。。。バックには・・・JAZZの生ライブ・・・秋の夜長をのんびりと楽しもうという趣向ですね・・・ちょっと地方色も取り入れてみましょうかね・・・「継之助汁」です・・・加茂市は北越戦争(戊辰戦争)の折、奪われた長岡城を奪回すべく会議が行われたちなのだそうで・・・この後、奥羽越列藩同盟は奪われた長岡城の奪回に成功しています。。。加茂の白玉に長岡の油揚げ(実際には栃尾ですが・・・)、それに米沢の米沢牛に会津のきのこ類が入っています。うまさ「ガトリング級」なんて書いてありますが、も~いちいち説明しないと分かんないでないの・・・長岡藩はいち早く近代兵器を取り入れて軍隊を近代化させた藩でしてね、当時日本に3門しかなかったガトリングガンのうち2門が長岡にあったのだそうです、ガトリングガンというのは今で言う機関銃、アームストロング砲(施条式後装砲、まあ大砲です)、ストーンウォール(甲鉄艦)と並び幕末三大兵器と言われています。越後新潟は日本で5つしかない海外との貿易が可能な港「新潟港」を有していたので、最新式の武器弾薬が手に入りやすい環境だったようです。最も長岡藩が購入したガトリングガンは横浜港に持ち込まれたものですがね・・この軍備の近代化を進めたのがこの汁の名前になっている「河井継之助」ガトリングガンの買い付けをしたのも彼だと言われていますね。ガトリングガンは長岡城攻めの大きな障害となりましたが、強力な武器といっても所詮は一兵器でしかありませんので、それで大勢の戦局がひっくり返るものでもなく、あえなく長岡城は陥落、その後の会津戊辰へと続いていくわけです・・・今日は「加茂AKARIBA」のお話し・・・ではまた・・・
2015年09月27日
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さてまた温泉です・・・市民福祉交流センター 加茂美人の湯です。加茂市の公共施設です、加茂市は全国的な家具の産地でこの施設も家具の町らしくなかなか綺麗な内装の施設だったのですが、年月を経てだいぶくたびれた感じがありますね。。。泉質的には県内屈指の強塩泉ですが、だいぶ薄めているのでそんなに濃いイメージはありません。まあ薄めているといってもそんなに悪くはないのですが、強烈な強塩泉というイメージはありませんね。まあこれはここの泉質の問題もあって度重なるスケールトラブルで幾度も源泉がつまり、今は斜めに掘削して希釈しながら汲み上げるという方法を取っているようなので仕方のない面もありますね。温泉成分分析表はこれです・・・家具の街の施設ですのでそろそろ家具・内装のメンテナンス時期でないかな~~という気もしないでもないです。まあここも定番温泉なので、ほかに特に書く事もないです・・・しばらく難しい政治の話ばかり続いたので今回は別の話・・・とりあえずは・・・ラーメン?・・・これも定番「酒麺亭 潤」です、県央背脂ラーメンのお店ですね。みんな大好き背脂ラーメン・・・それに餃子・・・「潤」は県央背脂の中でもいち早く関東進出を果たし人気を得ているお店です。私がこの「潤」で唯一気に入らないのが・・・スープに柚が入ってるんですよねここ・・・別に柚が嫌いではないけれど背脂ラーメンに柚は要らないかな・・・県央背脂で柚が入るのはこの「潤」と「勝」、柚で油臭さを消そうというのでしょうが、無理無理、消えない消えない、そんなもので・・・変な臭いが付くだけだって・・・、要らないって。。。「抜いてくれ」と言えば「潤」も「勝」も抜いてくれますが、大抵露骨に嫌な顔されます・・・「え~~、柚がうちの店の売りなんでないの!!」という声に出さない声が聞こえますね。。。さて残りは何の話にしましょうかね・・・堅苦し政治の話ばかりだったので、もうちょっとくだけて古い本の話でもしますかな・・・大正5年に発表された森鴎外の小説「高瀬舟」は読んだことがありますかね。。。読んだことない方のために軽~~くおさらい。。。京都の罪人を遠島に送るために高瀬川を下る舟に、弟を殺して島流しになる喜助という男が乗せられました。護送役の同心羽田庄兵衛は島流しになる喜助がいかにも晴れ晴れとした顔をしているので不審に思いその訳を尋ねます。喜助は弟と貧しい長屋暮らしをしていました、やがて弟は病になり、兄に迷惑をかけぬよう剃刀で喉を切って自殺を図りました、自殺に失敗し剃刀を喉に刺して血まみれになっているところを喜助が見つけます、医者を呼ぼうとする喜助に弟は言います、医者がなんになる、この剃刀を抜いて楽にしてくれと。。。喜助はついに弟の喉に刺さった剃刀を抜いてしまい、弟殺しの罪に問われ遠島となります。もともと貧しい長屋暮らし、島流しになるといっても食べさせてもらえる上に鳥目200文まで貰え嬉しいという・・・護送役の同心は喜助の暮らしと自分の暮らしを比べ、はてどちらが幸せな暮らしなのであろうかと考えてしまう。というお話です。このお話には2つのテーマが込められています、一つは「安楽死」、剃刀を喉に刺し多分もう助からない弟を楽に死なせてやった喜助は殺人者であろうかという問題。。。この小説を書く数年前、鴎外の次男と長女が百日咳にかかり次男は死亡、長女も危篤に陥る、医者は後24時間の命と宣告し苦しみもがく長女にモルヒネによる安楽死を勧める。鴎外も医者としてその勧めを受け入れモルヒネ注射をしようとしたその時、鴎外を義父が叱り飛ばし「人間には天命というものがある。その天命が尽きるまで、たとえどんなに苦しかろうと生きねばならないんだ!」 と叫んだ、義父の反対でモルヒネ注射は中止され、その後長女は回復し一命をとりとめた。多分助からない、しかし苦しくても生きていれば救われる可能性は0ではない、生きることを諦め死を選んだ時、その可能性は0である。わずか1%の望みに賭け生きる道を選ぶのか、それとも楽に死なせる道を選ぶのか、人間が人間らしく生きるとは果たしてどちらの道であろうか・・・そしてもう一つが「知足」、足ることを知るということ。。。人の欲望とは限りのないもので、あればあったでもっと欲しくなる。食べても食べても足りるということを知らない餓鬼のようなものです。求め続ける限り人は満ちることを知らず、それが幸福であることを知らない、これで十分と足りる事を知った時、人は初めて幸福になれるものです。さて、物に溢れ、満ち足りた生活を送っている私たち現代人は「足りる」ということを知っているであろうか・・・今日は「加茂美人の湯」と小説「高瀬舟」のお話し・・・ではまた・・・
2015年09月23日
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今日も温泉です。多宝温泉 だいろの湯・・・夕食後に急に思い立って行ける我が家の定番温泉の中で最も気に入っている温泉ですが・・・割引料金の適用が平日の夜のみということでなかなか行く機会がない温泉でもありますね。休日も夜間割引適用してくれれば今の3倍は行くと思うのですが。。。泉質は含硫黄-ナトリウム-塩化物泉です。硫黄濃度も高くなかなか温泉らしい温泉です、こちらの施設は源泉が3本ありそれぞれ別の浴槽に使われていますがその全てが硫黄泉です。まあ個人的には大庭園露天風呂に使われている1号源泉が最もよい湯と思います。ブログの更新、コメントの返信、訪問というのも結構時間のいるもので、コメントが遅れがちなのはご容赦ください、又、訪問コメントは基本的に当ブログの最近の記事にコメントのあったブロ友さんから優先して記載しています。訪問コメントができていないブロ友さんもすみません・・・、又コメントの中で当ブログ記事に対しての反論、同調等で気になるコメントがあった場合には書き込みの順番を無視し、該当コメントのみ先に返信することもありますので合わせてご容赦ください。まあコメントには時間がかかっても基本的にすべて返信は致しますのでご理解ください。ここも定番なので特に追記はないのですが駐車場にクワガタ虫がいました・・・前回の日記にライムちゃんのことを書きましたが、あの記事をアップした数時間後、ライムちゃんは永眠いたしました。。。ハムスターは意外と腫瘍ができやすく、今回は残念ながら摘出後転移があり、結局片腕切除のあと1月と経たず長い眠りにつくこととなりました。我が家のハムスターで2年経たずに亡くなったのはこの子が初めてでした・・・合掌・・・・ハムスターというのは腫瘍ができやすい血統というものがあるようで、通常はそのような血統は避けて交配を行うのだそうです。ライムちゃんはひょっとしたら腫瘍ができやすい血統であったのかもしれませんね。実は前のポポ・リーフは国内ブリーダー、いわば国産、今回のライムちゃんは海外ブリーダー、韓国産でしてね、交配の基準が国産とは違うのかもしれませんね。まあハムスターのブリーダーでないので詳しくは知りません。。。さて、安保関連法案、可決されましたね・・・、数にものを言わせた強行採決でご不満の方も多いことと思います。前回の日記でこの法案が違憲かどうかに主眼を置くのはあまり前向きでないと書きましたが、そもそもこの法律が憲法に違反するのかどうか。。。そのためにはまず憲法第9条を見てみましょう。「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」第2項「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」兵站であれなんであれそれは戦闘行為の一部であり国の交戦権は認めないとここに明確に記してあるので違憲です。けれどその前に考えねばなならないことがあります、「陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない」、では自衛隊とはなんぞやということです、軍隊ではないのかということです。国連憲章第51条で国連加盟国の全てに自衛権を認めています、まあ攻撃されたら自国を守るために戦うことはこれを認めましょうということです。憲法9条にはこれと相反することが書かれており、素直に読めば個別的自衛権すら放棄する内容です、それを解釈を捻じ曲げ、憲法9条はこの国際法に定められた自衛権を妨害するものでなく、その範疇を超えた戦力を持つことを禁止したもので自衛隊は違憲ではありませんよ、という御託を並べて作ったのが自衛隊という「軍隊」なのですね。これが法解釈というものです、解釈を捻じ曲げることによって正当化し憲法を改正することなく憲法が禁止する「戦力」を手に入れたわけです、ちなみに国連憲章第51条の自衛権は集団的自衛権も認めています。それともう一つ、日本国憲法には前提がありそれは前文に記載されています。そこでは日本は日本だけのことを考えてはいけませんよ、国際社会と強調し我が国の平和、秩序を守るために国際平和に協力しますよというようなことが書いてあります。法解釈の議論など受け取り方で違憲とも合憲とも取れる、そのようなどうでもいい建前に多くの時間を使ってしまったのは悔やまれますね。さてここまでの日記に「憲法を軽視している」とのご指摘を受けました、半分は法の曖昧性についての皮肉を含めて書いたのですがまあ確かにごもっともではあります。なのでもう少し掘り下げて追記することとしましょう。さて集団的自衛権は違憲か合憲か、私の考えを書きましょう。自衛隊を海外に派兵するための法律は違憲に決まっています。なぜなら自衛隊の存在そのものが違憲なのですから、論ずるに至りません。憲法に違反している軍隊の派兵を憲法に照らし合わせて判断しようというのが既にナンセンスな気が致します。自衛隊が違憲か合憲かの裁判といえば砂川裁判を思い浮かべる方が多いことでしょう。砂川裁判で日本の自衛権が認められましたが、砂川裁判では自衛隊が合憲であるかどうかの判断はされませんでした。もともとそれを争う裁判ではありませんのでね。。。国の自衛権が認められたのだから自衛隊は合憲か?殴られたら殴り返していいという判決と、そのために普段から木刀を備え付けておいていいという判断は違います。砂川裁判はあくまでも日本の自衛権を認めただけで、自衛隊が合法であるとは認めていません。この自衛隊が違憲であるか合憲であるかの裁判は他にもいくつかあります。「長沼ナイキ基地訴訟」「恵庭事件」「百里基地訴訟」などがそれですがいずれも司法は自衛隊が違憲であるかどうかの判断を避けています。国家統治の基本に関する高度な政治性を有する国家の行為については、法律上の争訟として裁判所による法律判断が可能であっても、これゆえに司法審査の対象から除外すべきとする結論から違憲であるとも合憲であるとも言えないという結論に至っています。これが合憲であれば司法は迷うことなく合憲であるという判決を出したことでしょう、判断ができないという結論に至ったのはこれが違憲である可能性が著しく高いからです。今回の集団的自衛権の問題も司法の判断に委ねようというご意見もありますが最終的にこうなる可能性が強いと思います。そもそも司法の判断に委ねる、裁判を起こすということがどういうことか・・・憲法に違反したら裁判が起こせるのか?そうではありません、憲法に違反しそれによって損害を受けたものがいて初めて裁判が起こせるのです。集団的自衛権を違憲訴訟で裁判にするためにはそれによって損害を受けた被害者が必要となります。自衛隊の存在を違憲とも合憲とも言えない曖昧な状態で放置していたことがそもそもの問題で、これによって法解釈の曖昧性が生まれたのですね。一度曖昧でどっちつかずの判断を行ってしまうともはや法は法としての力を著しく損ないます、今回の集団的自衛権の問題ででそれが浮き彫りになったと言えるでしょう。この問題は自衛隊という「軍隊」「戦力」が必要であると考える限り憲法9条を改正することでしか解決しません、それを今まで先送りにして放置していたことがそもそもの問題の始まりと言えるでしょう。さて本題に戻りましょう、日本が国際平和に貢献するとはどういうことなのか、日本はそのために何をなすべきなのか、ここにより多くの時間を使って議論するべきだったのではないでしょうか?今回の与野党の攻防は「法案を通すための議論」「法案を潰すための議論」に終始しより良い方向に導くための議論がなされなかったことは与野党ともに大いに反省すべきことであると思います。反対のための反対など何の意味も持たない、ましては数に劣る野党が反対のための反対に終始し詰めた議論をしないのは野党としての責任を放棄している、最終的にこうなる前に妥協点を見つけ与党の暴挙に歯止めをかけられなかったのは残念でなりません。そして与党が数の暴力で議論が十分になされないまま強行採決に踏み切ったことはまさに暴挙で、この代償は次の選挙で必ず払うことになります、次の選挙で国民がどのような審判を下すのかを静粛に受け止め、反省すべきところは反省し、今後のあり方を考えて欲しいものです。民主国家ですので互が正しいと思う信念に基づいて発言を行うのは大いに結構、けれど相手の話も聞かなければならない、認めるところは認め修正し互いにより良いものを作り上げていかなければならない。そのために国会という議論の場があるのでないでしょうか?まだ遅くはありません、日本が国際平和に貢献するとはどいうことなのか、立法府としての責任を果たして欲しいものです。それはアメリカの尻馬に乗って戦争に直接的、間接的に参加することではありません。アメリカは今回の安保関連法案の可決を高く評価しましたが、日本はアメリカの植民地ではないのです、アメリカの意見が日本の意見であっては困ります。そうならぬように今度こそ与野党「協力」して詰めた議論を行って欲しいものです・・・この法律を廃止にするか否かはその時にもう一度決めましょうね。。。。まだ遅くはありませんよ・・・・ではまた・・・
2015年09月20日
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さて温泉しか行ってないので今日も温泉の話です・・・寺泊岬温泉 太古の湯です。約1300万年前の古代海水を起源とする温泉です。海水起源なので当然しょっぱい・・・泉質はナトリウム・カルシウム-塩化物強塩泉です。海辺の温泉ですが途中の林が邪魔をして海はほとんど見えません。眺めという点ではそれほどでもない施設です。こちらの施設も年に1、2度は来ているので既に紹介済み、覚えている方は覚えているかもしれませんね・・・リフォームというほどではありませんが内部の家具などの配置を変え若干印象は変わっていますが。まあ紹介済みで特に追記するようなことはないかな?・・・ということで今日は時事問題でも・・・昨今話題となることといえば「安保法案」ですかね・・・まあ賛成の人も反対の人もおられることと思います、良いのですよ、そうしてそれぞれに自由に意見が言えるのが民主国家です、それぞれ反対意見も聞くことが大切です。まあ今回は事が事なだけに大目に見る風潮もありますが、本来国会の進行を腕力で妨げてはいけません、法を遵守すべき立法府が法的手続きをとらずに力で阻止しようとすることは本来大いに非難されるべきことです、反対も賛成も法の下で行われなければなりません。それが法治国家というものです、力づくが成り立ってしまっては法治国家が維持できませんのでね。。。さて今回の安保法案、基本的には私は反対です、アメリカの都合で戦争に巻き込まれるだけです。しかし反対の方にその理由を聞くと多く返ってくる答えとして「違憲だから」「憲法に違反しているから」というのがありますね、確かに安保法案は憲法9条に違反してると言えるでしょう、しかし違憲だから反対というのはあまり前向きな理由とは言えませんね・・・その論法だと多分最終的に賛成派には勝てません、なぜなら日本国憲法第9条は国連憲章に違反しているからです。問題となるのは憲法第9条の2項です、日本国憲法第9条第2項にはこう書いてあります、「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない、国の交戦権は、これを認めない」問題となるのはここです・・・国連憲章にはまあ難しい文面が書いてありますが、要約するとこんなことが書かれています、攻め込まれたら、自衛の為には戦っていいですよ、そのための行動を害してはいけませんよと書いてあります。日本国憲法第9条は自衛のための軍隊を持つことすら放棄する内容です、国連憲章が規定する自衛権を妨げる内容ですからこれは違憲です。日本には自衛隊という軍隊があります、そもそも違憲云々を言い出したら自衛隊自体が違憲です、明確に憲法第9条第2項に違反しています。反対するなら憲法に違反しているなんていう杓子定規な理由ではなく、戦争を行わないために反対しましょうね・・・さてこの安保法案、問題はどこにあるのかということを考えてみましょう、建前上自衛のための軍隊も放棄した日本、ではどうやって国を守るのでしょうか?、日本の自衛はアメリカの保護の上に成り立っています、日本はアメリカが守ってくれるというのが前提の国防政策です。でもアメリカもいつまでもそんなことはしていられない、ということで「自分の国は自分で守ってよ」と自衛隊というものを作らせます。で、作ったら作ったで意外とこの軍隊は使えるのでアメリカとしてはもっとこれを使いたい。けれどそうなると自分が作らせた憲法第9条が邪魔でしょうがない。。。で、日本が他国から攻撃されたらアメリカが助けるけれど、アメリカが攻撃されたら日本は助けないじゃあ筋が通らないよね、っと表面上はまさに正論を言ってくるわけです、正論すぎて反論の余地はありませんね。。。ではどうしたらいいか、まあさらっと言いますと憲法改正しましょう・・・有名無実な憲法第9条第2項は廃止、日本は軍隊を持ちます、その代わり自分の国は自分で守ります、アメリカの助けは要りません、そして改めて他国に干渉するような戦争は永遠にこれを放棄します。日本は永世中立国となります。さらっと書きましたがもちろん簡単にはいきません、たくさんの問題があります、でも日本が目指すべき姿はこれなんじゃあないかな~~、と私は思います。憲法に縛られる必要はありません、守るべきは「もう侵略線戦争は二度としない」という根幹です。その他の枝葉など如何様に変えても根幹を見失わないことが大切です。まあまずは自分の国は自分で守れるようにならないとね・・・アメリカに頼ってばかりいたらアメリカの言うことには逆らえませんからね。。。さてライムちゃん・・・腫瘍ができて片腕を切除いたしました。まあでも生きています・・・・ではまた・・・
2015年09月18日
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さて今日は最近の外出で数少ない温泉以外の日記です。弥彦神社です。越後一宮、創建はは不明です、神武天皇の大和国平定後、天香山命が勅命を受け越国を平定、開拓に従事と伝えられています、天香山命は地元民に漁撈や製塩、稲作、養蚕などの産業を教え越後国を造った神として弥彦山に祀られたとされていますので弥彦神社の創建はその時、越後国ができた時ということになるでしょうか?弥彦神社は越後開拓の祖として信仰を集め社殿は古代より朝廷・将軍家、武将等により、たびたび造営・修造され美麗を極めたと伝えられています。明治45年門前からの大火により本殿以下その殆どを消失、越後一宮の焼失は越後の人々に大きな衝撃を与え、その再建が望まれました。大正5年、県民の熱意を受けて現在の社殿が再建されました、ということで今年は弥彦神社が再建されて100年目の年ということになります。神社の参拝作法は一般には2礼2拍1礼ですが、これは明治維新後に統一された作法で、国家神道普及ののための手段の一つでもありました。弥彦などの一部の古社はこの統一に従わず、古くからの独自の作法を維持してきました、なので弥彦神社の参拝作法は通常の2礼2拍1礼ではなく2礼4拍1礼となります。日本の神社でもこのように独自の作法を維持している国はごくまれです。国家神道の影響を受けず、確固たる信仰対象としてその威信を保てた神社は極わずかだったということです。この弥彦神社の鳥居はは日本有数の大きさを誇りその高さは30mを超えます。かつては日本一だったのですけれどね、今抜かれて何位だかは知りません・・・しかしこの大鳥居・・・弥彦神社のだいぶ手前弥彦の村役場のあたりにあるんですよね。。。神社の鳥居は結界の名残で、鳥居は神域と人の住む世界を隔てる境界、こんなところに鳥居があると村の大半は神域で、人の住む世界ではないということになってしまいますね。これではおちおち立ち小便もできませんな、何しろ神域ですので・・・・これは弥彦の御神木・・・こんな歌が読まれています。これは・・・酒屋の御神木というところでしょうか?もっともこの杉玉は酒屋ではなく温泉旅館の入口に飾ってありましたが・・・杉玉というのは酒の熟成度合いを知れせるために酒屋の軒先に吊るされたもので、今はなんとなく見栄えがいいのでこのようにインテリアのように扱われていますね。弥彦に来たらやっぱりこんにゃくが・・・店によって若干形は違いますが、まあこのように三角に切ったこんにゃくを割り箸に刺すのが一般的でしょうか?このこんにゃくは年末年始や菊まつりといった観光客が多い時よりも何にもない暇な時期の方が味が良くしみていて美味しい傾向にあります。込む時はやっぱりどうしても煮込みが足りないというか味の染みが悪いような気がします。こんな感じの門前店、土産物屋で売っています。えーとこれ以外は温泉しか行ってないのでまたしばらく温泉の日記となります・・・今日は弥彦神社のおはなし・・・ではまた・・・
2015年09月12日
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キャンプから帰った後もやっぱり温泉ばかりの我が家です・・・キャンプ後の温泉もすでに3回ですが今日はそのうちの1回目・・・わが家の定番「いい湯らてい」です、珍しくまだ明るいうちに言ったので景勝「八木ヶ鼻」がよく写っています。後ろの断崖絶壁ね・・・定番のもう書くことなくなった温泉は雑談を加えるスタイルが定着してきましたが今日もそのスタイルで・・・いい湯らていは何度も紹介していますからね・・・今回の雑談は歴史認識についてです。過去の歴史の真実は一つですが、過ぎ去った遠い昔のことは分からないことも多く、そこに様々な認識の違いがでてきます、近代日本史で大きな認識の違いとしては「自虐史観」と「自由主義史観」があります。自虐史観というのは東京裁判の結果をそのまま受け入れ戦争の元凶は日本にあったという考え方で、戦後教育の近代史教育は主にこの立場をとっているので年配の方はこの考え方の方が多い傾向にあります。自由主義史観というのは東京裁判史観、コミンテルン史観のいずれにも与しない自由な立場で歴史を見ようというもので政治思想の「自由主義」とは関係ありません。両者の主張の争点となることが多いのがあの戦争が「侵略」であったか否かということになりますが、「侵略戦争」という定義が「侵略」の意思をもってということであればその意思は少なからずあったのではないかと思います、しかしながら過去にダグラスマッカーサー元帥が「日本の戦争は安全保障が動機だった」と語っているようにそこに自衛という観点があったのもまた事実ではないかと思います、歴史というのは白か黒、どちらかに明確に色分けできるものではない、多面性があり多くの場合それはグレーです、グレーにいくら色を混ぜたところで決して黒にはならない。あえてあの戦争が侵略であったか否かを問うならば、私個人の見解としてはこう答えるのがまあ妥当なところではないかと思います、「あの戦争は侵略戦争という側面があったことは否めない、しかしながら自衛のための戦争という側面があったこともまた否めない」ずいぶんとあいまいな表現と思われるかもしれませんが歴史とはそういうものではないでしょうか?ではそこに罪があったのかどうか?・・・戦争という絶対悪に善悪を問うても無意味です、グレーは黒ではないが白でもない、いくら色を薄めてもグレーは決して白にはならない。一滴でも黒が混じっている限りそこに罪はある、しかしながら戦争にかかわった国で罪のない国、純白であった国などはたしてあったのでしょうか?自由主義史観は時に歴史修正主義として批判を受けることがあります、どちらの主張も歴史の可能性のひとつであって否定はできませんが、一つだけ間違えていることがあります。「歴史を修正することは恥ずべきことではない」ということです、歴史は不確かな過去です、新たな事実に基づいて修正され真実に近づいていくもので、僅かでも可能性のある事柄を検証すること自体を否定することは真実への道を閉ざすことになりかねません。真に恥ずべきは常識を鵜呑みにし、よく分かりもしないことを事実であると思いこみ、他を排除することです。稚拙で根拠がないと思うのなら否定、論破すればよいのであって非難すべきことではありません。事実を自己の都合の良いように捏造し、架空の歴史を作り上げることは非難されるべきことですが、事実に基づいて新たな考えを主張することは恥ずべきことではない。たとえそれが常識を覆すに至らなかったとしてもそれは可能性のひとつです、今後も気のすむまで何度でも歴史を見直し追及して修正すればよい。それは否定されることはあっても批判されるべきことではない。歴史修正主義というのは新しく発見された史料や、既存情報の再解釈により従来の歴史解釈に対し、別の可能性を掲示する試みでそれまで主流的であった歴史観を再検討した上で新たに提示された歴史観を表す言葉です、自国の歴史を肯定的に捉え直すものに限って用いられる用語ではなく、ましてや思想的に偏向した歴史観に限って用いられる用語でもありません。歴史修正主義という言葉が否定的な意味合いで使われるようになったのはある大きな歴史認識を否定する動きから始まります。その大きな歴史認識いうのがホロコーストの事実です。ホロコーストは多くの物証と証言、膨大な資料に裏付けされたもので、対するホロコースト否定主義は根拠があまりにも稚拙で世界中から非難を受けることとなります、この主張はユダヤ系の人たちを憤慨させ傷害事件、放火事件にまで発展し、ホロコーストを否定することを禁止する法律まで制定されるに至ります、国連総会もこの問題について否定する活動の禁止を行うよう勧告を出しています。しかしながら常識と異なる結論に達したら「犯罪者」にされるというのは、分析が禁じられているのと同じとしてこの法律に対して否定的な意見もあり。かつてドイツと敵対関係にあったイギリスやアメリカなどを含めこの問題について特に禁止措置を取っていない国もあり、国連総会も勧告は出したものの何の罰則規定もないものにとどまっています。もしも0.01%の可能性の中でこの稚拙な説が真実であった場合、この法律は「事実を隠蔽した悪法」としてその先の未来に名を残すこととなります。そのリスクを負って制定されたのがこの法律といえますね。こんなことばかり書いているからかもしれませんが私は中国も韓国も大嫌いと思われているのでしょうね、あるブロ友さんのブログのコメント欄に、ある方が私の書いたコメントに対する賛同と共に「中国」を「中国」と呼んではならない理由というのが書かれておりました・・・まあ確かに「中国」も「韓国」も嫌いですけれどね、それとこれとは話が別・・・、面白そうなので最後にこれに対しての私の見解を書いておきましょう。。。「中国」の名前は世界の中心は我が国にある、確かに傲慢な名前といえるかもしれませんね、では我が国「日本」はどうでしょう?日の本、太陽は我が国から昇る・・・日が昇るのは地球が自転しているからで、日本から日が昇っているわけではありません、これもずいぶんと傲慢な名前ですね。こんな名前とつけているから自惚れてあんな戦争を起こすんだといわれても仕方ありませんね。名前なんてものは美化してつけるものです、相手が「中国」という名前をつけたというのだから「中国」と呼べばよい、屁理屈は要らない、中国には中華思想という自国が世界の中心であるという考え方があることは否定しませんがそれと国名は無関係です。石原さんが中国を支那と呼ぶのは無礼千万な非常識な態度だと思いますよ、「中国」を「中国」と呼んでならないなら、「日本」も「日本」と呼んではなりません、「邪馬台国」とでも呼んだらいかがですか?というのが私の見解です。ご期待に沿えなくてすみませんね、なんでもかんでも「中国」「韓国」に対して否定的な意見に賛同するということではありませんのでね。。。ではまた・・・
2015年09月05日
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