「『…ああ、わたくしがもし、王妃でなかったならば。ただの貴族の出身だったならば… さまざまな美しい追憶がわたくしのまぶたに浮かびます- 時間がありません。筆を置きます。Tutto a te me guida……』 この最後の行を読み終わった時、フェルセンの手はふるえた。 そこに書かれた伊太利(イタリー)語の言葉が鋭い矢のように彼の心をつらぬいたのだ。 『なべては我をおん身にみちびく』という言葉が。 その短い言葉に王妃の彼に対する最後の愛の告白が 奔(ほとばし)る血のように彩られていた。」 (遠藤周作著 王妃マリー・アントワネット)