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昨日、ヤフーニュースで橋本治さんの訃報を知りました。私にとって、橋本治さんのスタートは高校生時代に読んだ『桃尻語訳枕草子』。 古文の現代語訳が学校で学ぶ訳とは全く異なる表現で、このような訳って「あり」なのかと驚いた記憶があります。その後大人になり、私がファンとなってしまった内田センセーがこの橋本治さんを尊敬してやまないという事実を知り、更にはその前後に知り合った人生の先輩方から「橋本治」という人物がどれだけ凄い方かということを偶然にも聞かされることになり…。それ以降、彼の記す論評やら小説を読むようになりました。更には、何年か前に子どもの児童書関連の仕事をしていたことがあるのですが、そこで選書をしていると古典の絵本に橋本治さんの著書の多いことも知ることとなり、彼の偉大さをとくと先輩方からご教授して頂いた私はせっせと彼の著書を発注したものです。私にとっての論客はやはり内田センセーなのですが、気が付くと案外橋本治さんの著書とは付かず離れずという状況になっていたような気がします。それだけに訃報はやはり複雑な気持ちとなりました。そして、嵐の活動休止よりも橋本治さんの訃報の方が平成が終わった感を持ったもの事実。来月に遺稿ではないですが、彼の新刊『思いつきで世界は進む 』を是非手にしたいです。にほんブログ村
2019年01月30日
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昨日、少し空き時間が出来たので、念願の『鯉のはなシアター』を観に行ってきました。カープの創設時代からの話を現代のとある映画館の再建と結びつけて物語を展開します。当時のだけでなく、一昨年25年ぶりの優勝までの映像をふんだんに盛り込みながら、カープファンにはたまらない作品になっています。また、カープ創設時代の話というのは、テレビでもそれなりにドキュメンタリー番組で放送されていて、私自身かなり知っているつもりでしたが、それでもこの作品で知った逸話というのがあり、カープの存在が、当時の広島市民・県民の生きる糧だったことを改めて感じました。そこから、広島にとってはその「生きる糧」を応援することが下の代に受け継がれ、現代に至ることを考えると、選手にとっては時にはうっとおしくも感じるファンの過熱ぶりはある意味仕方ないよなーと思ってしまいます。他の球団のことは全く分かりませんが、こうして映画化できてしまう程のカープの歴史には物語を背負ってしまっているのですから。もっと言えば、映画化以前に、NHKなり他の放送局なりが選手個人ではなく、「球団」そのものを取り上げドキュメンタリー番組にしてしまうという事実がある球団なんですよね。役者さんもカープ大好き芸人さんやカープOBさん達が盛りだくさん。このようなところも、ファン心理をくすぐります。ただ、この作品残念なことに単館上映。全国ロードショーになってくれると、あの過熱しすぎるカープファンの気持ちが他球団ファンの方にも観て分かって頂けるのかなと思います。でも、一昨年ロングラン公開となった『この世界の片隅に』も最初は単館上映だったのが、口コミで作品の良さが広がり、全国展開した経緯がありますので、この作品も同様のことが起きて欲しいと願っています。ちなみに、昨日は平日の真昼間だったのにも関わらず、館内8割方の入り。期待されている作品だと感じました。今後お住いの近くで公開された暁には是非、他球団ファンの方も足を向けて頂けたらと思います。物語を背負った球団がどのようなものなのか、興味本位で構いませんので。 帰宅してから、前日に知人から頂いた野菜をくるんだ新聞紙を開いたところ、なんと!!!↓広島の地方紙中国新聞!しかも昨シーズン三連覇した時のもの!思わず知人に連絡したところ、全く意識をしていなかったとのこと。関西になぜ?という疑問に関しては、親戚の方が広島に住んでおり、カープが優勝した時に勝手に送ってきたとか(笑)。そんなこんなで、昨日はかなりるんるんな気持ちとなりました♪にほんブログ村
2019年01月29日
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久しぶりに内田本読了『街場の読書論 』。しかしですねー、本書かつて単行本で刊行されていたものを文庫化したものということに、手にして気づきました。単行本の時に読んでたわー。でも、すっかり内容を忘れている私。なので、新鮮に読めました(笑)。第1章、第2章は内田センセーが読んだ読書記録なので、表題と一致しているのですが、それ以降の章は教育論であったり、情報論であったりと、読書からは逸脱していきます。もちろん、内田節はそのまま健在ですし、内田本としてはとりわけ妥当な構成。結局、私にとっては内田センセーの読書記録よりは、その後の論説の方を興味深く読んだ次第。まぁ、これもよくあること。しかも、その論考は本書だけでなく、他の本でも媒体でも内田センセーが書いてあることで、私にとっては自分の考えを再確認するものともなっています。その一つが「学ぶ力」。内田センセーは、本書で次のように記しています。「学力」という言葉をよく見てください。訓読みをしたら「学ぶ力」になります。わたしは学力を「学ぶことができる力」、「学べる力」としてとらえるべきだと考えています。嵩Tとして示して、他人と比較したり、順位をつけたりするものではない。わたしはそう思います。(p344)「学ぶ力」は他人と比べるものではなく、個人的なものだと思います。「学ぶ」ということに対して、どれくらい集中し、夢中にあれるか、その強度や深度を評するためにこそ「学力」という言葉を用いるべきではないでしょうか。そして、それは消化力や睡眠力と同じように、「昨日の自分と比べたとき」の変化が問題なのだと思います。(p345)この文章を読んで思いだしたことがあります。近頃、塾や学校(とりわけ高校など)でもコース別になっているところが多くあります。そして、いわゆる偏差値的に高いコースにいる方が、更に上の学校に行けるとか、テストの点が良くなるとつい思いがちです。しかし、本当は自分の「学力(内田センセーのいう学ぶ力)」に相当する環境で学習することが、実は点数をあげるマストな方法であると大人になって気が付きました。このことを、この内田センセーの文章を読んで思いだしたのです。確かに偏差値が高いコースの方が、難易度も高い学習をすることは確かです。それが理解できれば、より良い点数が取れるのは間違いないことです。しかし、その難易度の高い問題の説明を受けて理解できなければ、正直何も得るものがありません。そこに行くまでの積み上げが必要です。自分がその積み上げのどの位置にいるのか、少しランクを下げて、楽々点数が取れれば、その一つ上のコース、そこで少しでもつまずきを感じれば、そこで立ち止まり、そのコースで楽々となるまでは、積み上げるという作業が必須です。いやー、上のクラスにいれば大丈夫と若かりし頃は思いこんでいました。このことを早くから分かっていれば、無理のない学びができたような気がします。自分の反省でもあるのですが、案外このことって世間一般では浸透していないような気がします。今は子どもたちと関わる仕事をして、その親にこのことを何とか伝えたいと思うのですが、またこれを言葉に、更には相手に向かって伝えるのはかなり難しい。思わず、内田本を「読め」と突きつけたくなるのですが(笑)、それは明らかに自分の人間性を疑う行為。まだまだ、このようなことを相手に伝えるには精進が必要なようです。内田本を読むと、反省しか出てこないなー、だからこそ今後も読んでいく必要があるのですが(苦笑)。にほんブログ村
2019年01月28日
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まだまだゆるゆるしていたいのでガイドブック系のものを手にしました『離島ひとり旅』。ガイドブックとしてはどうかは分かりませんが、読み物としてのコラムの部分が完全に私的な旅行記となっていてとても面白かったです。ガイドブックなので、その部分は大変少ないのですが、それでも、私にはドツボ。それから「はじめに」の部分。ここを読むだけで、「離島」というものに心をわしづかみ。日本には島が数多くあるというのは、知っていましたがあらためて数字で触れると、この小さな国になんとまぁという驚き。更に、人が住んでいるという島はその1/10にも満たないという事実。無人島の方が多いんだということを初めて知りました。島を旅する醍醐味というのを本書では紹介しているのですが、先にも触れましたように私的なエピソードとしてそれが書かれていて、おそらく国内の一般的な旅行であれば、その部分全てがマイナスポイントとなることばかり。それをあえて面白おかしく伝えてくれている本書だからこそ、そんな旅も楽しいのかもという思いにさせてくれますし、事前に知っていれば、あえて興味を持ってそのような出来事に出会ってみたいとも思わせてくれます。ただ、その醍醐味でも注意しなければならないのが、その島への往復の便。欠航というのは日常茶飯事のようで、その部分も含めて旅行日程を組まなければ、醍醐味が全然味わえなくなるという点。となると、仕事のリフレッシュで離島というのは、海外旅行以上になかなか難しいのかもしれません。海外のようにバカンス休暇が欲しいと思わず本書を眺めながら思ったのでした。にほんブログ村
2019年01月26日
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そんなこんなで昨日は図書館に行き、軽く読めるコミックを借りてきました『どうしても嫌いな人』。ゆるゆる読むつもりだったんですけど、主人公のすーちゃん、どうするの?とはらはらドキドキでした。すーちゃんはカフェの店長さんなのですが、スタッフのとある人が苦手。彼女はこのカフェを経営する人の親戚で、店長がすーちゃんであるにも関わらず、すーちゃんに相談せずにアルバイトの子のシフトを変えたかと思うと、他のスタッフの悪口をすーちゃんに言ってみたり。その度にすーちゃんはカフェのスタッフの人間関係がこじれないように調整せざるえない状況。もちろん、店長であるからには、それも仕事の一つと言えばそうなのですが、それでもすーちゃんも彼女の言動に振り回され、大好きなカフェの仕事が苦痛になってくるわけです。最初はすーちゃん自身イライラしたり、もやもや感が退勤しても残り、その理由が分からなかった訳ですが、彼女が苦手の域を超えて「嫌い」ということを認知します。最終的にはこれまで残していた有休を消化しながら転職先を見つけるわけですが、店長という座を捨ててまでそうせざる得ない状況というのが、あっさりしたタッチのコミックなのに、読み終えるとあっさり感ゼロ。最後、すーちゃんが久しぶりに会った母親に「仕事辞めた。でも次を見つけた。色々あったから」と告白した時の母親の台詞が響きました。「色々あったんだったら、仕方なか。そろそろ自分のカンを使う年頃になってるが」「カン」って本当に大切。追い詰められていくと、この「カン」も鈍ってきます。まだ、この「カン」が働くうちに逃げるってこと必要よねと、かつて「逃げた」経験のある自分にもありがたいこの母親の台詞となりました。にほんブログ村
2019年01月21日
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年明け、長野選手のカープ入団の話が出て以来、脳みそが読書よりもカープの比重が高くなってしまっている私(笑)。そんな訳で、今日もふらふらネットでカープサーフィン中、地元広島(と言っても東広島市ですが)に「広島関連本」しか置いていない本屋さんが昨秋オープンしていたという記事を発見。その名も「廣島書店」。サイトを拝見する限り、とっても雰囲気のあるスペース。本屋さんとしてだけではなく、宿泊施設、イベント施設も併設されているようです。が、やはり「広島」限定の書籍に私は目が行ってしまいます。あぁ、カープ本がずらり。そして、原爆関連本。丸木俊さんの絵本も配架されています。行ってみたいなーと思うのですが、何せ、実家にも10年近く帰っていない私。なかなか、自分周辺でいつも何某か起こるので、帰省のタイミングすらつかめていないのに、そして、ズムスタにも全く行けていないのに、こちらの本屋さんにたどり着くのはいつになることやら。サイトを眺めて望郷の思いを馳せるのが精一杯ですね。さぁて、久しぶりにこれから自分の時間を楽しむため、図書館と本屋さんめぐりをしてこようかなー。息子が穏やかに眠っていて、遊んでくれないしー(笑)。にほんブログ村
2019年01月20日
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村山由佳さんが17年間連れ添ったもみじちゃんのことを綴った『猫がいなけりゃ息もできない』。以前、彼女の作品を何冊か読んだことがあり、その流れで講演会にも行ったことがあるのですが、その時はまだ彼女は旦那さん1号と鴨川にお住いの時。その後、旦那さん2号とも別の道を歩き、現在は「背の君」と連れ添っていることを知ったのは本書にて。が、まぁそれはこっちに置いておいて、本書はもみじちゃんを看取るまでのあれこれが書かれておりまして、もうそれはそれは私としては大号泣。息子もそうなのですが、少なからず猫という種は限界まで弱さを見せないので、親(飼い主)が気づいた時にはほぼ芳しくない状況。それでも、適切な治療を行うと更に自分で限界点をあげてくるという本当に不思議な種。もみじちゃんもまさにそうで、一つ一つの彼女の行いが他者からみても神がかっている感じ。でも、それ以上にこの綴られている文章から伝わるのは、親の右往左往する姿。つまり、ここでは村山由佳さんの動きと心の在り方。自分と重なりすぎるのです。最後に彼女はこのようなことを書いています。一部を引用します。私にも生きものを飼うのと人間の子を育てるのが「全然違う」ことだけはわかる。どちらが上でも下でもなく、比べることそのものに意味がない、と思う。(略)いずれはひとり立ちをすることが前提の人間の子どもと違って、飼われている犬や猫やその他の動物たちは、成長しても自分の意思を通すことができない。(略)私たち飼い主は、彼らにとっての<幸せ>を、こちら側の勝手な都合ともすりあわせつつ、ただ想像してみるしかないのだ。(p193、194)彼女のいわんとすることがよく分かります。人間娘もかなりの虚弱でしたが、成長共に自分の罹患している病気の症状を自分の口で発し、どうして欲しいか説明してくれるため、1歳の時と小学生になった時では親として少しは右往左往度が軽減しました(とは言え、常に病気になるたびに動揺していたのですが)。そして、親としてしなければならない選択というのが的確になりました。しかし、息子の場合、何歳になっても右往左往度は軽減どころか増大する一方。そして、親としての「的確な判断」というのは、未だに皆無。そうそう、年末には獣医師の前で思わず「息子の気持ちがわかってあげられない」とこぼしてしまった自分がいます。ただ、1つだけ言えるのは、人間娘でも、猫息子でも親としての「愛情」は別物ではなく、同じ比重。どちらも親として愛おしい存在。息子が我が家へ来てくれて、そこに「血筋」では語れないものを肌感覚で感じてます。だからこその、村山由佳さんの動揺する姿が、手に取るように分かり、思わず号泣するわけです。相変わらず万全でない今日の息子。彼女の言葉を借りれば、息子にとっての「幸せ」は何かは分からないのですが、私だけが右往左往しているのではないということを知り得ただけでも、ありがたい1冊でした。そして、その姿をさらけ出してくれた著者に感謝です。にほんブログ村
2019年01月18日
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木下明美氏Blog内「kimuraの読書ノート」を更新して頂きました。(1月16日の記事)今回は『ぷくぷく、お肉』。エッセイ集は大好きな読み物の一つですので、結構な割合で読むのですが、実は私自身「食」ということに単独ではあまり興味がなく(食べることが苦手というよりは、何を食べても美味しいと感じるので、一極集中での「食べ物」に関心が向かないと言えばいいのかな?余計に分からない?)、食べ物限定の話というのは、これまでがっつりと読んだことがありませんでした。しかし、縁あって、本書が手元に来たため、読んでみたのですが、これが面白いし、「食べたい!」という衝動にかられるし、とても幸せな気持ちにさせてもらえるエッセイ集でした。私の中では断トツ、お正月に読むのがふさわしい本にのし上がってきた感じ。という訳で、騙されたと思って手にして頂けたら幸いです(笑)。にほんブログ村
2019年01月16日
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もうーーーーー!予防接種をしていたにも関わらず、先週の頭、まさかの感染(涙)。ということで、今しばらく更新お休みします。年明けから腰砕けな事態が多く、すでに凹み気味ーーー。こういう時は黙って寝てろってことなんだけどね。にほんブログ村
2019年01月15日
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故・水木しげるさんのパートナー、武良布枝さんが亡くなる前後の水木さんのことを綴った『「その後」のゲゲゲの女房』読了。奥様の優しい文章にほんわか包まれながら読んだのですが、本書では水木さんが亡くなるその経緯というのが詳細に書かれていて、最初にページをめくった印象とはことなる内容であることに少々驚いてしまいました。でも、優しさが満載で、決して、それを一歩ひいて読むような感じにはならないのが、著者の人柄というか、筆力と言いましょうか。更に言えば、水木さん自身があの世も、この世もほぼ変わらない自然体で生前も過ごされていたからかも知れません。本書は決して闘病記ではないのですが、やはり水木さんの亡くなる前後の話はインパクトが残ります。人ってこのような経緯をたどるのかなと、怯えさせずに優しく淡々と綴られていることに、安堵感抱きます。また、パートナーに先立たれた著者のその後の生活についても語られています。パートナーが側にいなくなっても、そこからどのようにして自分の時間を持っていくのかというところは、人生の先輩である著者から学ぶことはたくさんあり。もちろん、そのままを踏襲するというのは難しいことですが、どこかしら将来的なヒントにはなるだろうなと思いました。あーただ、生前にお墓を購入というのは、我が家的には難しいかも。これこそ、水木さんだからできたことかも(笑)。鬼太郎をモチーフにしたお墓を芸術作品として一度拝見したいものです。これもまた、聖地巡礼なのかもしれませんねー。にほんブログ村
2019年01月11日
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多少元気でも横になっていなくてはいけない時こその読書(笑)。私の様々な好奇心の中の一つ「共感覚」と「サイコパス」が軸となっている『天才月澪彩葉の精神病質学研究ノート』を一気読み。サイコパスを研究している修士2年の月澪彩葉。そして共感覚の持ち主の学部生北條正人。月澪は彼の共感覚を使って本物のサイコパスを見分ける研究をするのですが、その最中に3つの殺人事件が起こります。まったく類似性を伴わないこの事件が同一人物だと月澪は予想し……。読み始めは余りにもコミカル過ぎて、内容と伴わない感がありついて行けない部分があったのですが、(何せ、月澪の振る舞いがどうしても学生とは思えず。担当の准教授より偉そう)途中からぐいぐいと引き込まれていきます。「共感覚」や「サイコパス」はそれこそ大型書店に行けば、列をなして関連本が並んでいますが、それをがっつり読もうとしたら、案外時間がかかるもの。それらを搔いつまんで説明しつつ、ミステリーに仕上げていると言った感じでしょうか。「共感覚」に関しては、この作品を読んでも自身がその感覚を持っていなかったら、なかなか想像の域を出ないというか、想像してもあらぬ方向で想像してしまうかもしれませんが、「サイコパス」に関する知識は、この作品を読むだけでも、それなりに理解できるかもと思いました。ともあれ、ミステリーとしてのこの作品。犯人を当てるのに、かなり私は振り回されてしまいましたー。久しぶりに悔しい感満載。しかし、振り返れば伏線が至る所に張り巡らされていて、それをきちんと読み取っていなかった私がまずかったわけで、おそらくミステリーファンなら読み落とすことはないほどのものなんですね。なのに、なぜこんなに振り回されてしまったのか……。インフルエンザのせいにしておこっと。次回作もあるのかな?半分期待してます。にほんブログ村
2019年01月10日
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もっと早くに更新する予定が……。なんと、インフルエンザにかかってしまいましたー。もちろん、予防接種済み。とほほです。とりあえず気を取り直して、昨年末に読了しながら、感想を書けていない『冷たい檻 』。警察官の樋口は休日家族で遊園地に行った際に、3歳の我が子が何者かにさらわれ失踪。それをきっかけに妻とも別れ、警察を辞め、調査官となります。それから17年後、とある片田舎の駐在所の巡査部長が行方不明。その調査に駆り出されたのが樋口。巡査部長の失踪を調べていくうちに、この片田舎に関わる巨大な陰謀が見え隠れしてきます。この田舎の特徴は複合の福祉施設を運営しているところなんですが、まぁ官民が一体になってしまうとまぁこんなことが起こるのよねーという典型的なパターンではあるのですが、そこで留まらなかったのが、この作品のすごいところです。規則、法律に明記されなかったら何でもOK。そこにモラルや規範、人の善意というのは、必要ないのでしょうか。そんなところをまざまざと問いかけていく作品に仕上がっております。樋口の息子と巡査部長の失踪の謎を解明するという推理小説なのでしょうが、どちらかというと社会派的な意味合いが強い作品かな。福祉施設ってけっこう悪の温床になりやすい?というイメージを植え付けてしまいますが、それでも弱者には何でもやれちゃうよねという風潮がこの日本にはあるということなのでしょうね。残念なことですけど。それからルールに書かれていなければOKという点に関していえば、丁度これを読んでいた時に、某うさぎさん球団がそれに近いことを某投手に関して行い、世間を賑わしていた時でもありまして。そんなこともだぶってしまいました。てなところに、数日前、ご指名を受けてうさぎさん球団の選手がカープに来てくれることが決まり、これまた世間を賑わしております。これに関しては、筋を通してカープは指名したわけですが(それでも、選手の心中を察して悩んだようですが)、うさぎさん球団のフロントは「まさか」と言ったとか言わなかったとか。指名する側は相手の心中を察して悩むのに、指名される側の球団フロントはそこを考えなかったのか、立場逆でしょと突っ込みたくなりますが、「権力」を持ってると思っていると、そのような感覚になるのかねーとこの一連の出来事とこの作品がまあいろいろと重なる訳です。とりあえず、早くインフルエンザから脱却しなければ!にほんブログ村
2019年01月09日
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本年最初の読書が、何とまぁ、『君に届け』全30巻なんて、誰が予想したことでしょう。 私本人すら驚きの状態、3が日。きっかけは、はい、娘です。「少女漫画」の中では最高峰だから、読んでくれと永遠とその良さを語られ、30冊を押し付けてきました(笑)。漫画は好きなのですが、私の中でのTHE・少女漫画は中学生位で終わってしまい、すでに食指が動かなくなって早何十年。しかし、そこまでおススメされるのであれば、読まなければなるまいと初読みに選ばれたわけです。10巻までが主役二人(爽子ちゃんと、風早くん)のくっつくだの、つかないだの、まぁ、くっつくまでの過程ですね。いわゆる、少女漫画の王道。それ以降は、二人を取り巻く友人たちのサイドストーリー的なものがありました。(20巻分も必要か?笑)30巻で、高校3年間のエビソードとして仕上がっておりました。読んでみて、私は主人公二人よりも、爽子ちゃんの最初の女子の友達となったちづるちゃんとあやなちゃんが好み。この2人に目が離せなかったかな。全体的に恋バナによくある、妬みなどもあったりはしたものの、みんながいい子に描かれていて、思ったよりもイラッとすることなく、読めました。それと、娘がこの漫画の良さを語ってくれた中にもあったのですが、サイドストーリーがかなりしっかり描かれていて、私好みのちづるちゃんやあやなちゃん以外の友人たちの背景もかなり掘り下げられていたところは読みごたえあったと思います。おそらく、最初は10巻あたりで終える予定だったのではないかと思うのですが、人気となったために、残り20巻を描いたような気もします。それでも、ここまで掘り下げることができたのは、やはり作者の構成力がしっかりしていたということにつきます。20巻分を描く予定がなかったとしても、最初から友人たちの背景もきちんと押さえてから物語をスタートしたのかなと思いました。新年の幕開けから予想外の読書で、今年は波乱含みの読書になるのかも。ちょっとそんなところを期待する初読みとなりました。にほんブログ村
2019年01月05日
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本年も引き続き、木下明美氏Blog内で「kimuraの読書ノート」をほぼ月2回ペースで更新させて頂きます。拙ブログと共に宜しくお願い申し上げます。(本年最初は1月2日の記事)年明け最初の「読書ノート」は『日本の小さな本屋さん 』。お正月休みはがっつりと時間を取って重た目の本を読むのも良し、お屠蘇片手にゆるーくページをくるのも良し。今回は後者に該当する本を取り上げてみました。本屋さんのガイドブックでありながら、ページをめくるとそこは想像を超えた異次元の世界が待っています。本屋さんは今や淘汰され、大型書店が台頭していますが、それだけじゃない!という主張を全面に押し出した本です。場合によっては写真集のように捉えることもできますし、エッセイ集のようにも思えます。となれば、そもそも本屋さんというカテゴライズのガイドブックに無理が生じているようにも感じます。ともあれ、本書をながめていると、お正月の今ではありますが、気持ちは次の長期休暇に向い、ここに紹介されている本屋さんを巡る妄想が始まっていること間違いないと思われます。そんな夢見心地になれる1冊です。にほんブログ村
2019年01月03日
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今年も乱読を楽しんでまいります。皆様にとって穏やかな1年でありますように。にほんブログ村
2019年01月01日
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