全32件 (32件中 1-32件目)
1

英語で「セルフ・レスポンシビリティー」という言い方は普通しません。「レスポンシビリティー」だけで十分だからです。 苅谷 剛彦 自己責任などと言う必要はない。責任とは相手に応答(レスポンド)できること。何かを委(まか)されているとの自覚をもって処すること。それは人への「信頼」があってはじめて可能だと、教育学者は言う。お前の責任だと突き放すのも、責任の所在を不明にして共有するのも、責任逃れでしかない。吉見俊哉との対談『大学はもう死んでいる?』から。 (朝日新聞・折々のことば1790・2020.4.18) 菅原一秀前経産相と河井克行前法相が辞任して早半年。後に続いた河井案里氏の疑惑にも説明はなされない。首相主催の桜を見る会をめぐる疑惑などなど以前から繰返されてきた不祥事にも安倍晋三首相が率先して国会で説明する姿は見られない。『相手に応答する』責任は誰もとらない今の政治。 全量回収する事態となった466億円のアベノマスクに続いて、私邸のソファーで愛犬とくつろぐコラボ動画を投稿した安倍首相。火消しを務める女房役の菅官房長官も力が入らない。安倍首相が全国一斉休校要請を突然発表した時も、直前まで知らされなかった菅さん……動画アップも相談を受けていたら止めただろう菅さん…… 議論する、説明する、責任を果たすとはどういうことなのか今一度しかと確認・認識されたい。ある時は「お前の責任だと」突き放し、またある時は「責任の所在を不明にする」現政権にはコロナ感染以上の不安、いやいや恐怖すら感じる。こんな体制では十分な感染対策は無理かもしれない。根底にあるべき『信頼』がないから……《おまけ》 昨日、弱った足腰強化のためにちょこっと散歩をしたら「オヨヨ!!!」「なんでKEEP OUTじゃないの???」 深沢4丁目公園……「世田谷区は良いのかしら?」と私…… 深沢1丁目緑地はどうかとのぞいてみたら……「なんや、遊べるやんか!」 同じ遊具でも目黒区内はこんなになってるのに…… 目黒区も世田谷区もそれぞれの区長判断でしょうが、これほど明らかな差があるとは知らなかった~ いずれが正解か判断するのは難しいけど、世田谷区内では「緊急事態宣言が出ています。みなさん外出を控えてください。」と大きくアナウンスが流れていました。歩いている私は罪人のように感じましたが、自粛を基本とするから遊具の封鎖はしていないのかもしれないと思った昨日でした。(目黒区内でも同様のアナウンスはしているのでしょうが、私にはほとんど聞こえてきません。為念)《おまけ 2》 今日の[暇を売る店]も換気充分……収入減のポエムさんにも協力してあげたいけど、暇やシネマさんにも協力してあげたい。なんて言い訳にして不要不急の外出ですが、今朝はこちらでコーヒーを飲みながら朝刊をひろげ、シネマが開店したら五目湯麺を出前していただきました。贅沢しちゃいました…… ちなみに、マスターが張り紙を作ってました。豪華中華弁当(1,500円)の販売を始めるようです。どの飲食店も店頭に「お持ち帰り」「テイクアウト」の張り紙。一軒ずつ試してみるのもチャンスかもしれませんね。 さてさて今日は何をしようかしら?
2020.04.30
コメント(0)

4月8日のブラ散歩…… 上目黒あたりの蛇崩川緑道を少し歩き、北側にでたら電柱の「西照寺➔」が目に入りました。以前同寺を訪問した際、家に帰って地図を見たら近くに神社があることを発見……悔しい思いを引きずったままだったので、探してみることに。 右への路地は見覚えがあります。西照寺は道の左にありますが、写真も撮らずに通過……[2019.5.26訪問] 去年は上の方から下りてきて往復した石段を上り…… 上りきったら右に二又…… でもって狭い方の道を行くと…… なんとなくありそう……西照寺との位置関係だけは頭に残っていました。感ピューターの寿命はもう少し大丈夫みたいです。 どうやらいつもの裏参道入社…… 烏森稲荷大明神の幟と鳥居……こちらは今年の初午に奉納されたもの……大田区田園調布本町の稲荷神社とはスケールが違うようです。「烏森」って言う地名の起こりは、数百年前からこのあたり・宿山の氏神として祀られてきたこの烏森稲荷神社だと云われています。ちなみに近くの「宿山の庚申塔群」も昨年 西照寺と同日に訪問しました。 裏参道からは、本堂左脇から境内に通じていました。 神社が由来とされる「烏森」の地名は、明治22年の町村制が施行されたときに字名として誕生したけど、目黒区が誕生した昭和7年に消えたようです。上目黒だの下目黒だのというより、宿山だとか烏森を残してくれても良かったのに…… 烏森稲荷神社社殿……御祭神は蒼稲魂命。 最初は現在地から500mほど離れた寿福寺の境内にあったと……「行った行った、寿福寺も前回訪問した!!!」……それを下馬引沢(現在の世田谷区)の新堀新左衛門と言う人が当地に移したらしいです。寿福寺が別当寺だったんですね。 扁額……正一位…… 奉納のお酒がたくさん…… 社殿前から……蛇崩川を南にひかえ、東を目黒川の谷に接する諏訪山と呼ばれる丘陵に位置しています。写真の方向に蛇崩川… 社殿後方に向かって高くなっていく丘陵地……上りきったら、また目黒川に向かって下っていきます。 境内…… 神楽殿……『令和2年の記念行事・本殿正面階段改修工事 及び 東側の整備を行います』と奉納のお願いがありました。『一口 壱萬円』……三千円・五千円程度からだったら納めてきたんだけどな~ 散歩の時は一万円札持ってないものね~ 社殿下 左側に…… 手水舎……吐水口がなんでこんなの?『その昔、当地の稲荷講の人たちが新橋の烏森稲荷を参拝した帰りに、白い狐が馬に乗ってついてきたからこの地に稲荷神社を祀った』との伝説があるそうです。だからこの吐水口は狐かもしれません。狐の顔はしげしげと見たことがないのですが、似ているのかしら? 手水舎の奥にもう一社…… 云われは不明ですが稲荷社でしょう……ごめんなさい…… 鉢植えなどが置かれていますが、社務所の方が手入れをされているのでしょう。 見上げると入ってきた裏参道の幟…… 空は青かった……立派な木です。じきに鮮やかな葉が茂るでしょう。 桜は終わり…… 表参道……こちらから訪問しなくちゃだめでした。 景色の良い神社…… 社号碑……とてもきれいな字体です。 住宅に挟まれたこんな道の奥にあります。諏訪山橋から表通りを通ったのに気付かなかった私……いつも後悔の多い散歩ですが、それも楽しいと思ったら良いのでしょう。《おまけ》 昨日の午後、イカ巻が食べたくなったので久々に平和通り商店街のおでん種屋さんに……帰りに清水池公園を覗いたらこんな状態……接近防止でベンチは一個おきにクローズでした。大人たちの為に区はここまでやらないとダメなのか? ちなみに、子供の遊具もテープが張られていましたがみんなお構いなしで遊んでいました。ちゃんと手を洗えば大丈夫だろうにね~ 子どもだって遊びたいよね~ お袋が毎年植えます……キュウリがたくさんとれるのでありがたいですが、今年のは「うどんこつよし」だって。キュウリがかかりやすい「うどんこ病」に対して、強い抵抗力を持っている品種らしい。「ころなつよし」ってのないのかしら? モーニング帰り、久々に唐ヶ崎電波塔の定点観測……イチョウも緑になりました。 1年ぶりに登場したのを発見したので「うめソルティ」買っちゃいました。東急ストアは混むから行かない私。高いけどセブンイレブンで購入。ついでにCMで見た「プレミアムグレープ」も……無駄遣いはだめですね~ さてさて今日は何をしようかしら?
2020.04.29
コメント(0)

天気が良かった4月8日……近くをブラブラ… 葦毛塚を通過した後、未歩行部分の蛇崩川緑道へ……蛇崩交差点手前から中目黒駅方面に……横切っているのは五本木通りのはずれ…… 歩き始めてじきに横切るのは蛇崩・伊勢脇通り……伊勢脇ってのはこの辺りの昔の地名で、昭和7年の目黒区誕生まで使われていたと。 伊勢脇の云われは、この地に伊勢神宮の御祭神・天照大神を祭る天祖神社があって、境内を俗に「お伊勢の森」といったところからきていると。きっと去年訪問した[上目黒天祖神社]のことでしょう。 蛇崩下橋……誰ともすれ違わない……安全地帯 遊んでしまういつもの暇な私…… 蝶捕獲……飛び回るし、風で草木は揺れるし、苦労しました。昨日はアゲハ蝶を見ましたが、出てくるの早くないかしら? 寿福橋……暗渠の緑道…… 進行方向左は上目黒5丁目で右は4丁目…… 白とピンクのハナミズキ……両方並んでいるのは珍しい。 ベンチはありがたいけど、灰皿欲しいな~ 誰が手入れをするのか? きれいに咲いていました。 川端橋に来ると、目黒教会と上四児童遊園…… こんな緑道を少し歩くと諏訪山橋…… でもって諏訪山橋を過ぎるとこんなのになっちゃいます。 中目黒駅方面へは向かわず以前行きそびれた烏森稲荷に寄りましたが、今日はカット……また今度… 稲荷坂……諏訪山橋から祐天寺駅方向への坂道……名前は無いのか? って上ってきたら途中にありました。 振り返るとこんな感じ……坂の上と下、両方にあってほしい。「この近くに刺抜稲荷大明神がある」と書かれていましたが、探す元気が残っていなかったのでパス。いつでも行かれると思ってはダメでした。 ほぼ坂上からの眺め……この道はかつての鎌倉街道の一部とも言われ、目黒でも古い道の一つだそうです。遠くは渋谷方面かしら?《おまけ》 今朝はホットドック……私はこのソーセージが好きです。細くて長いソーセージと交互に使っているようですが、「長い方がおいしいよ~ なんでないの~」と今朝 常連さんが訴えていました。「何言ってるの、こっちの方が高いんだから」と店員さんに諭されていましたが、好みは人それぞれですね。 以前「私、短い方がいいな~」とマスターにお願いしたので、最近は短太を多用してくれているように感じます。ありがたいことです。 さてさて今日は何をしようかしら?
2020.04.28
コメント(0)

モーニングの往復に、違う路地を歩いて探している暇人です。 とってもきれいなブルーに感激!!! デルフィニウムって言うそうな……鉢に名札がささっていてありがたい。 不思議な模様だけど、遺伝子ってやつがこうさせるんだろう…… 同じ花は撮らないようにしていますが、まだまだありそうです。名前など知らなくても楽しいです。 小さな花が道ばたに…… 詞・曲:西岡たかし『小さな花が道ばたに 咲いているのは夢なんだと 小さな花が道ばたに 咲いているのは夢なんだと だれかが私に云ったんだ しみ通る声で 小さく、小さく、子供をあやすように あいつはアクマなんだ あいつはバカなんだ うすのろで、間ぬけで、うそつきで 人殺しで、ひきょう者で うすぎたなくて、気違いで どうしようもない奴さ、俺は知ってる… 小さな花が道ばたに 咲いているのは夢なんだと だれかが私に云ったんだ 小さな花が道ばたに 咲いているのは夢なんだと 咲いているのは夢なんだと 「だから、帰って来い」なんて言いやがる 俺が生まれた母の子宮に…… 俺は飛び立ってしまったんだ もォすでに俺は 飛び立ってしまったんだ今はもォー 小さな花が道ばたに 咲いているのは夢なんだと 小さな花が道ばたに 咲いているのは夢なんだと 小さな花が道ばたに 咲いているのは夢なんだと』 終わりの見えないコロナにおびえる中、「咲いているのは夢だったらどうしよう」なんて思いが頭をかすめ、花々を横目に思わず口ずさんでいました。 対応が遅く、いいかげんにな政府に怒りが込み上げてくる。新型コロナウイルスは人造ウイルス……研究所から漏出した、なんてことも聞こえてくるから余計に始末に悪い。人類が死滅しても花は生き残るんだろうな~「西岡さん若っかいね~」と連れ合いは言うでしょう。1970年のアルバムだもの、若いわけだわさ。『吐痙唾舐汰伽藍沙箱』……アルバムタイトルと同じ名前をグループ名にしちゃうあたりが西岡さんらしい。三人のユニットでのコンサートなんてなかったし、ただレコーディングだけを楽しんだ贅沢なアルバムです。販売促進の営業なんてのもなかったけど、持ってる人は大勢いらっしゃることでしょう。自己満足ですが「知る人ぞ知る」ってのが良かったかもしれません。 木田高介氏……1960年代後半から1980年、演奏家・編曲家としてまれにみる才能をフル回転でミュージシャンたちに提供してきたけど、31年間の人生はあまりにも早かった。 斉藤哲夫氏……本アルバム収録の半年前に『悩み多き者よ』でデビューしたばかりの彼がなぜ? と思ったりしましたっけ。音楽イメージは違うはずなんだけど、築いてきた自身の殻を破るために西岡さんが引っ張ったのかもしれません。その後も西岡たかしの楽曲はどんどん変化していきます。 ちなみに、これ以降には『吐痙唾舐汰伽藍沙箱』のアルバムはありません。 インディーズのレコード会社『URC(アングラ・レコード・クラブ)』 両開きのカバーは詞が読みやすくて好きでしたが、200円ほど高かったかも。本品は1,700円(もちろん消費税なんてなかった)。 1969年岡林信康アルバム第1集『私を断罰せよ』から始まって、1972年ぐらいまで同社のレコードをたくさん買いました。学生だったからお小遣い厳しかったな~ まぁ捨てずにとってあるから良いでしょう。 加藤和彦さん……フォークルを解散した後だから暇だったのかしら? 『あの素晴らしい愛をもう一度』で北山修氏とヒットをとばしたのは翌1971年でした。 細野晴臣氏……「はっぴいえんど」に改名して活動し始めた年ですが、1曲だけベースで参加ってのはスゴイこと。でも、つまらないことを発見しました。(B-7)って書かれているけど、AB両面とも4曲だから(B-7)は存在しない……誤植……いったいどの曲に参加していたのかしら? 花の写真から脱線してしまいました。古い記憶をさかのぼるとキリがないので今日はこんなところで終了~《と言いながらオマケ》 新券に両替するため銀行に行くことから、今朝はモーニングを飛ばして五目焼きそば……開店一番に入ったから、シネマさんには申し訳ないけど私一人の貸し切りでした。それでもテイクアウトの予約注文をされていくお客さんがあったから、お店は助かるでしょう。 焼きそばの後は暇を売る店でコーヒー……贅沢だけど朝刊を読まないと気が済まない私です。こちらも接触なし。換気もしてありますから大丈夫でしょう。 おっと、雨が降ってきました。天気予報は当たりましたね~
2020.04.27
コメント(0)

昨日「阿弥陀三尊画像板碑」を書いていて、近くの「深沢2丁目緑地」なる地域の豪農跡地を思い出したから見に行った私……フットワークはそこそこ軽い…… 碑文谷公園……ここはどうなっているかと寄ってみたら……遊具はおろか敷地に入るなってことでした。 深沢学園通りを南西へ……私側が深沢2丁目で、反対は深沢1丁目。そして昨日の板碑はワンブロック先の1丁目。 板碑は先日偶然に見つけたから撮ったけど、ここは4~5年前から知っていたのに素通りした私……反対側の歩道を歩いてはいたけど、間抜けです。昨日は、柿の木坂を歩きながら思い出したので良しとしましょうか? 脇には路地……好きなんだけど昨日はパス…… 深沢庚申様……深沢4丁目方面でも見た覚えがあるのですが、どこだったかは今 思い出せません。点在していたのを個人宅に引き取り、一か所に集約して保存されているのでしょう。ご苦労様です。 庚申塔4基……右は正徳時代(1711~1716年)のものみたい。宝永と享保の間、江戸中期。風雨にさらされているのによくぞ姿を残しています。 深沢2丁目を北に……以前歩きなれた住宅街です。 空いている所は野菜でも栽培するのかしら? ということで目的地「深沢2丁目緑地」は目前ですが、写真アップロードの容量不足なので公園はまた今度…… 駒沢公園をちょこっと横目で眺めました。円盤みたいに建替えられた屋内球戯場ですが、使われていないでしょう。石段の上に、ぽつりポツリと日向ぼっこを楽しむ方々が座っていました。 りす公園も完全封鎖……大人たちは走っていました。5mとか10mとか離れてって言われているけど、お構いなし。半数ほどはノーマスク……やっぱり息苦しいのでしょう。私は近寄りません。 駒沢東京園……42年の歴史ある焼肉屋さん閉店ですと……店主の闘病も要因らしいですが、ご快復をお祈り申し上げます。《おまけ》 今朝はスクランブルでした。 モーニング帰りに通った公園もこの状態……黄色いテープを巻くんじゃなくて、消毒して使わせてあげたいけど消毒液ないんだよね~ 政府はいったい何をやってきたのか? なんてブツブツ書きそうだから今日はこれでおしまい。
2020.04.26
コメント(0)

4月14日、都立園芸高校に行く途中、万葉歌碑を過ぎて…… 深沢1丁目……幾度も歩いた道だけど、やっと目に入りました。 深沢学園通りってのを、この方向に歩けば気付くのでしょうが、いつも反対から来ていたので塀に隠れてまったく気付きませんでした。当日は良く発見したものだと自画自賛…… 看板もあったけど、他人の家としか認識していなかった私…… 道路から見たらこんなぐあい…… これより先は立ち入り禁止…… 祠がありました…… 阿弥陀三尊画像板碑……ってのが安置されています。江戸時代には小児の百日咳の平癒に信仰されていたと。 残念ながら良く見えませんでしたが、世田谷区内に存在する像を碑面に彫った板碑・二基の内の一基で、室町時代のものらしい。 中尊阿弥陀如来と脇侍の観音菩薩、勢至菩薩が描かれているそうです。高さ71.5㎝・幅40.0㎝・厚さ2.5㎝・緑泥片岩(青石) もともとは深沢字下山(現深沢3丁目)の阿弥陀塚にあったと言われ、昭和初期頃盗難にあうが、所在が確認されたのちに、三田家邸内に移したと。ここは三田さんのお家だったのね。 退職後に歩き始めた頃、毎日のように脇を通過した駒沢公園の近くにある「深沢2丁目緑地」は三田家のものだったかしら? 立派な長屋門が現存しているけど、日記を始める前だったからたぶん載せてなかった。後で撮ってこようかしら? コロナで入園禁止だったら困るな~ 深沢3丁目阿弥陀塚がどこかは不明…… 板碑というのは、鎌倉時代から桃山時代にかけてさかんに行われた死者供養のための石製の卒塔婆。板状の石の上部に仏、菩薩を表す梵字を、下部には菩薩像や願主の氏名、法号、年紀などが記されているそうです。今後は注意して見てみましょう。《おまけ》 モーニングの帰りにみたらこれ……三人乗りは濃密で危ないかもしれないけど…… 一人乗りもダメ!!! ブランコも…… 滑り台も……みんなロックアウト!!! 空はこんなに青いんだけどな~ 9時53分
2020.04.25
コメント(0)

都立園芸高校へハナミズキを探しに行く途中……(4月14日) めぐろパーシモンホールの[やくも文化通り]側に…… 万葉歌碑だって……幾度も脇を歩きましたが、庭内に踏み込んだのは初めてなのでこんなの知らなかった~ 5世紀から8世紀に及ぶ約300年間の4,500首あまりを収録した万葉集の中から、8世紀ごろ荏原郡と呼ばれた目黒区を含む東京西南部地域の防人(さきもり)とその妻によって詠まれた3首……兵として駆り出される夫や、妻たちの愛情・思いやりを感じます。 ※ 防人=九州沿岸の辺境防備に送り込まれた兵士。730年に諸国からの徴集を廃止したけど、766年に大宰府は東国の兵士を防人とすることを申請する。『白玉を手に取り持して見るのすも家なる妹をまた見てももや』(第20巻4415番・物部歳徳)「真珠を手に取って眺めるように、家にいる妻を再び眺めたい」ってことか? 万葉集なんてとんと縁のない私なので悪しからず。『草枕旅行く夫なが丸寝せば家なる我は紐解かず寝む』(第20巻4416番・椋椅部刀自賣)「草を枕にゴロ寝旅のあなただから、家で待つ私は着物の紐を解かずに寝ます」……帰ってくるまで貞操を守りますってことなんだろうな~ 物部歳徳の奥さんでしょう。『わが門の片山椿まこと汝わが手触れなな土に落ちもかも』(第20巻4418番・物部廣足)「我が家の門に咲く椿よ、本当におまえは私が触れないのに土に落ちてしまうのだろうか」……妻か恋人か? 防人として留守にしている間に他の男の手に落ちることを憂いている男心。 海外派遣を強いられている自衛隊員やご家族も同じような気持ちでしょう。ご無事で再会できますよう祈っています。 防人の詩 詞・曲・歌・さだまさし『……おしえてください この世に生きとし生けるものの すべての生命に限りがあるのならば 海は死にますか 山は死にますか 春は死にますか 秋は死にますか 愛は死にますか 心は死にますか 私の大切な故郷もみんな 逝ってしまいますか……』 なんでこれか? って言うと、万葉集第16巻3852番からきています。『鯨魚取 海哉死為流 山哉死為流 死許曽 海者潮干而 山者枯為礼』(いさなとり うみやしにする やまやしにする しぬれこそ うみはしほひて やまはかれすれ)『鯨魚(いさな)取り 海や死にする 山や死にする 死ぬるこそ 海は潮干て 山は枯れすれ』「海は死にますか 山は死にますか 死ぬからこそ潮は引き 山は枯れるんです」 ※「鯨魚」ってのはやっぱりクジラなんでしょうが、この場合は海の枕詞で意味はないそうです。 ということで今日は不慣れな万葉集を少しだけ勉強してみました。《おまけ》 朝から豪華にナポリタンを食べちゃいました。普段はない生マッシュを少しですが入れてくれました。マスターありがとう…… 毎日のジャーマン・ブレンド……珈琲舎バンのブレンドが懐かしいけど、ポエムも美味しいです。慣らされたのかしら……
2020.04.24
コメント(0)

今日は言葉少なにモーニングの行き帰りに拾った花花花…… コロナに負けず、花たちはあちこちで咲き誇っています。他人のお家の前で撮ったりしている私……いつ不審者に間違われても不思議ではありませんがご容赦くださいませ。 春だったね 作詞:田口淑子・作曲:吉田拓郎『僕を忘れた頃に 君を忘れられない そんな僕の手紙がつく くもりガラスの 窓をたたいて 君の時計を とめてみたい あゝ 僕の時計は あの時のまま 風に吹きあげられた ほこりの中 二人の声も 消えてしまった あゝ あれは春だったね……』 連れ合いの愛唱歌の一つ。私が言うのも変だけど、これがなかなか上手なんだな~ コロナが終息して「あれは春だったね」と言える日が早く訪れますように…… 吉田拓郎がGOLDの冠を付けてオールナイトニッポンに帰ってきたと、連れ合いが教えてくれた。若いころ彼女は聞いていたらしいけど、私は違う深夜放送だった。毎月第二金曜日22:00からの月1回。今月10日は聞きそびれたけど、来月は聞いてみようかしら?《おまけ》 連れ合い亭のお通し……昨晩、シャワーを浴びて出てきたら置かれていました。 連れ合いの手作り餃子……小さくて一口にちょうどいい 私のリクエストで、キャベツじゃなく白菜です。刻んだ椎茸も入れてもらいますが、しかし器用に包むものです。私には真似ができません。 そうそう、今シーズンはホタルイカの口ばし・目玉とホネ?(背中に入っている半透明の)を取り除く作業も連れ合いが率先してやっていました。楽で大助かりの私です。 でもって「函館居酒屋ながまる」さんの「焼とり丼」……串は一人一本ずつ山分けで完食!!! 豚肉は柔らかいから年寄りのお袋も大丈夫。昨日も書いたけど、大将自作の「塩ダレ」も美味しかった。ラーメンだろうがフライ物だろうが塩より醤油の私ですが、これは飽きがこないかもしれない。わずかにレモンを感じたけど、私の舌がおかしいのか? こんど大将に聞いてみましょう。とりあえず味を感じられるからコロナではなさそうです。 もう一つ、海苔が敷いてあるのも良いですね~ 欲を言えば海苔の下に、半分だけでいいから「おかか」散らしてくれるとありがたいです。醤油ダレも楽しみにしていますが、早く食べに行かないと売り切れちゃうかもしれませんね~ お買い求めの方は電話で確認してくださいませ。『函館居酒屋ながまる・電話 03-6412-7674・定休日=火曜日』 花の写真だけ並べて終わりにしようと思ったのに、結局なんやかんや載せてしまいましたが、さてさて今日は何をしようかしら?
2020.04.23
コメント(0)

ながまるさんが手がけ始める「焼とり弁当」…… 東京人としては馴染みが薄かった豚の焼鳥……醤油タレと塩タレがあるらしいけど、主がまず先に作ったのは塩タレ。主の生き様を象徴するように、応援してくれる地元の名店から送られてきた串を焼き、こんな姿で提供してくれるようになるようです。ありがたいことに、先ほど一番を頂戴してきました。 関東人なの醬油派の私ですが塩もいいです。塩が豚の脂を上手に引き立てています。北海道で間に挟むのは玉葱のようですが、提供元は関東に合わせて長ネギを刺してくれたそうです。ながまるさんの主が係わってきた人間関係、店と店を越えて顧客を念頭に置いた人と人とのつながり、大切にしてきた思いやりを拝察した今日でありました。ご馳走様でした…… 取り急ぎか簡略ですが、美味しいお弁当です。買い物ついでに頼んでおいたらあっという間に出来上がりますよ~『函館居酒屋ながまる・電話 03-6412-7674・定休日=火曜日』 鶏好きなら「ザンギ(唐揚げ)」・お子様がおいでなら「ながまるバーグ」なんてのも人気です……焼き魚もOKですよ~ なんて、なんで私が宣伝してるのかしら? 函館焼とり弁当が美味しかったから載せておきました。
2020.04.22
コメント(0)

天気が良かった3月24日、六郷用水跡あたりからいくつかの寺社を辿った最後の訪問先…… 東急池上線・御嶽山駅近くの本覚寺と御嶽神社を後に北西方向……桜坂を目指す途中の住宅街で偶然発見しました。 大田区には良く見かける公園併設の神社……金網のフェンスで仕切られているから併設とは言わないか…… 正一位稲荷大明神……鳥居が朱色ではありません。たぶん、おそらくきっと新しくされたんでしょう。これから塗るのかしら?「正一位」……京都・伏見稲荷大社の御祭神・宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)に朝廷から授与された神階。勧請、分祀されて全国の稲荷社に広まりました。いずこも正一位…… 巻物と宝珠とをくわえたお狐様……しっぽはこんなにふっくらしてたっけ? [本町]の提灯……大田区田園調布本町の方々がお世話をしているんでしょう。 [正一位伏見稲荷大明神]の幟……平成27年2月初午ばかりでしたが、毎年奉納するのではないのかもしれません。今年の初午は2月9日でしたっけ…… 立派な記念碑です。紀元二千六百年記念……昭和15年(1940年)に神武天皇即位紀元を祝ったものでしょう。 読めるかと思って撮ってきた石碑……ダメでした。 田園調布本町児童公園…… やっぱりコロナの影響なのか? 誰も遊んでいません。ベンチで一休みさせてもらいましたが、灰皿あったら良かったのに…… 桜坂を通過……桜坂は当日帰宅直後に六郷用水跡の桜と一緒に載せたから今日は1枚だけ。 中原街道を越えて大田区田園調布1丁目……六間通りから少し入ると…… またしても「正一位」…… 正一位 西守稲荷…… 短いですが参道の奥に……社殿後ろの木は御神木かしら? 左のお狐様の手前に手水舎?水盤? 使えませんが…… 4段ですが石段の上にそこそこ年季を感じる社殿……創建は不詳とのことですが、大正14年(1925年)2月に近隣他地より遷座され、昭和4年(1929年)に京都伏見稲荷大社より御璽(みたま)を正式に勧請したようです。大正期頃のこの地は、家20数件が点在していた西山谷と言う集落で、その西山谷地域の中央に祀られていたから「西守稲荷神社」と称された。西守稲荷講も地域住民によって組織され続けたけど、平成20年代になって講員の減少と高齢化により、寂しいですが講は解散。『御朱印 初穂料100円 お賽銭箱へお願いします。日付は、ご自身でご記入ください』と書かれたアクリルケースが社殿前にありましたが御朱印は空っぽでした。現在は田園調布1丁目清交会の地域交流部が維持しているとのことですが、手がまわらないのでしょう。 きれいにされています……ご苦労様です。 お狐様は新しそうです。滑り台ありました…… さてさて「どっちから帰ろうか?」……久しぶりに「どりこの坂」を下ろうか? と思ったのですが、「あぁ、あの坂 行ってみよう」ということでこの道を…… 下る途中に……なんだか分からなくても撮ってしまう暇な私…… 扇塚……1996年のマンション建設で失われた「扇塚古墳」の跡らしい。4世紀初頭で東京都最古みたい。亀甲山古墳や多摩川台古墳などなど、この周辺にも古墳は多いです。残念ながら右の象形文字みたいなのは、私には判読不能……「〇〇木塚」? 富士見坂……ということで下ってきました。 お腹が空いたので西小山まで電車を使って、タラコスパゲッティを食べてきました。その後 発熱はありませんから、電車での感染はなかったのでしょう。 ということで今日はこれでおしまい……空模様は少々怪しいから、何をしようかしら?
2020.04.22
コメント(0)

3月24日の散歩…… 山岳信仰が盛んになった江戸時代、流行ったのは富士講と大山講とばかり思っていたけど、木曽御嶽山を信仰する御嶽講もここから広がったと。木曽御嶽山第一分社として現在の規模まで上り詰めた大田区御嶽神社の立派な彫刻などを拝見して、社殿左側へ…… 社殿左の一番奥に……右側の玉垣の向こうは「霊神の杜」と呼ばれる鎮守の森で、霊神碑と共に神域とのこと。『杜の霊神水』元来ここは一山(いっさん)行者が水行をしていたと謂われる古井戸でしたが、長く参拝者から顧みられない状態が続き、年月だけが過ぎて行きました。そこで東京嶺一山講・講元(長久保純一氏)を初め氏子総代の協力により、平成20年7月『杜の霊神水』として新たに甦りました。神社の杜から生まれ、神社の杜を守る霊神の水。一山霊神の「みたま」の力により、人と自然が一つに成れる場所、それが『杜の霊神水』です。と看板にありました。 滑車があるから井戸かと思ったら…… 苔むしたこんなの……小さい祠も…… お賽銭が入っていたので私も真似をして……手前の柵からそっと投げるんだけど難しい。真ん中に入るまでいくらお賽銭使ったことか? 遊びじゃないのにね~ バチが当たりませんように…… 霊神水の左に…… 一山神社……御祭神は一山霊神。俗名は治兵衛と言うそうな… 一山神社扁額……『一山御歌』 無の上に 浮きて楽しむ心こそ 真の道の宝なりけり 水行などの修行中、御嶽三社の大神達が現れて「早々下山し世間大衆の苦悩を救え、幸い汝に因縁の地あり、都を去る三里」と夢で伝えられたと。そしてたどり着いたのがここだった。ちなみに、御嶽神社社殿にあった扁額の一つ「三社宮」は、御嶽三社のことなのでしょう。 一山神社の境内に「お稲荷さん」 三嶽稲荷大明神……お狐様が勢ぞろい 一山神社前から御嶽神社境内……イオンの隣です。 一山神社の正面に…… 延命地蔵……昭和13年(1938年)7月5日の阪神大水害の折、兵庫県西宮市を流れる夙川(しゅくがわ)の土手にあったお地蔵様の傍らで数人の女の子が助かった。中でも、我が子の命を救ってくれたことに感謝した前田氏が、荒れ果てた土手からお地蔵様を私邸に引き取った。東京都大田区千鳥町に移住後、前田ハルエさんからお世話を引き継いだ岡町僖子(よしこ)さんにより、平成9年(1997年)6月、当地に安置された。以来「延命地蔵」として人々に親しまれている。(看板より) 阪神・淡路大震災(1995年1月17日)は良く知っているけど、阪神大水害もあったのね~ 自然の猛威にはあらがえませんが、命だけは奪わないでと願うばかりです。 水行堂……信徒さんが水行をする場所でしょう。屋内であっても、寒い時期の水行はとんでもなく辛いことでしょう。 扁額…… 明治時代ぐらいのものでしょうか? 要所要所に力が入っています。 想像しただけで気の遠くなりそうな作業です。 いついつまでも現存しますように…… 第一社務所……水行堂の後ろにありました。 後ろ髪を引かれる思いで、もう一度振り返って失礼することに…… 桜はちょっとだけ早かったです。右に御嶽会館。 コロナのせいで、御嶽神社「五月祭(5月17日)」は中止です。早く終息しますように。 昨日の分はアップできたから、今のうちにと速攻で書き直してみました。アップできるかな? お願い!!!
2020.04.21
コメント(0)

悔しいかな、昨日の午後からネットのつながりがずっと最悪状態。せっかく書いたのにアップできず終い。グーグルはサクサク動くのに、Yahooとこの楽天がまったく反応しない。スマホも同じだったからPCが悪いわけではない。グーグルが動くということはルーターや無線ランが故障と言うことでもない。なぜかは未だ不明だが、今なんとか動くから、昨日の日付で、昨日の《おまけ》部分だけアップします。 今朝は雨だったからモーニングには行かず、11時半にシネマカフェで五目湯麺を食べました。 不要不急の外出ですが、3密ではありません。お店には申し訳ありませんが、私の為の貸し切り状態でした。 飲食店の経営者さんたちは苦労しています。 シネマカフェさんも試行錯誤の日々……店営業はランチだけにして、夕方以降はテイクアウト。先日、餃子・黒酢豚と春巻きを家族にお土産を買って帰りましたが、お願いした時間に合わせて作ってくれるので出来立て熱々。次回お願いする時用にメニュー撮ってきました。 15時ぐらいまでに電話をすればピックアップの時間に合わせて調理してもらえます。『シネマカフェ・電話 03-3710-5383・定休日=火曜日(4/22臨時休業)』 ちょい飲みでお世話になっている「函館居酒屋ながまる」さんもテイクアウトやってます。現在は14時から営業されているので、一杯飲みながら持ち帰りの料理を作ってもらうお客さんも……『函館居酒屋ながまる・電話 03-6412-7674・定休日=火曜日』 函館居酒屋ながまるさんでは、近々(早ければ明後日4/22から)『函館の焼とり弁当』を販売開始するそうです。本場は「焼き鳥」or「焼鳥」ではなく、『焼とり』と表記するそうですが、地元直送の串でお弁当を提供してくれるとのこと。関東では馴染みが薄いですが、北海道の焼鳥は豚肉ですよ~ 楽しみにしている私です。 さて、アップできるかな?
2020.04.20
コメント(2)

六郷用水跡からぐるっと一回り……桜はまだ満開前の時期3月24日でした。 東急池上線・御嶽山駅に近い近い神社…… 御嶽神社(おんたけじんじゃ)……特大社号碑がお出迎え 以前訪問した「嶺白山神社」や「嶺稲荷神社」の兼務社だと反省会で知り、行ってみたかった私です。当日訪問した「嶺天祖神社」も兼務…… 鳥居をくぐって社殿への参道と狛犬……右端に百度石 シンメトリーって言うのかしら? バランスが良い… 広い境内なのでちょっと引いて広角で……左から右へ、手水舎・水行堂・一山神社・本堂・神楽殿など拝見するものがたくさんあります。 手水舎……もちろん使用禁止中。右奥には水行堂(詳細は後編で) 社殿正面……嶺村ができた天文4年(1535年)頃の創祀当時は祠程度のものだったと推察。後の天保年間(1831~1845年・江戸時代後期)に木曽御嶽山で修行した一山(いっさん)行者が来社して以来 信仰が激増したため、天保2年(1831年)に現在の大きな社殿を建立して御霊を遷座したそうです。 御祭神は国常立命(くにとこたちのみこと)。「相殿」国狭槌命(くにさつちのみこと)・豊斟渟尊(とよくむねのみこと)のようです。 いくつもの扁額が掲げられていて、長い歴史と人々の当社への崇敬が感じられます。 神楽殿…… 神楽殿扁額…… 社殿右、神楽殿奥に…… 大鳥神社……ってことは「酉の市」も開催されるのでしょうが、11月までにコロナは終息するかしら? 熊手でかき出せたらいいんだけど……酉の市の熊手はかき集める方だからな~ 大鳥神社扁額…… 愛嬌のある顔でした…… 大鳥神社横顔…… 御嶽神社社殿後方…… 木曽御嶽山長崎稲荷大明神とありますが、小さい石の祠がそうなのかしら?「嶺の御嶽神社に三回参拝すれば、木曽御嶽山に一回行ったことと同じ」との言われは、江戸、明治から大正、昭和へと続いた木曽御嶽山を信仰する信者たちにとってありがたいことです。 神域……たくさんの霊神碑が並んでいます。さまざまな講社から奉納されたもののようですが、信仰が盛んだったことが伺えます。 隅っこにどなたかおいでになる…… 渡辺菊太郎の像……御嶽教を始められた方でしょう。 本殿背後……『社殿は天保2年(1831年)の建築……』と書かれている以外に見当たらなかったので、戦災での焼失は免れたのでしょう。しかしスゴイ!!! 藤原篤意(おきとく)によって製作された木彫が社殿周囲を取り囲んでいます。浦島太郎・養老の滝・司馬温公甕(しばおんこうかめ)割りなど、和漢の物語や古事にちなんだ彫刻だそうです。(大田区文化財) 彫刻は、悌・孝・礼・忠・信・智・仁・義・鎮とそれぞれ意味をなしていると…… 義……人の践(ふ)み行う正しい道・水垢離(みずごおり)=心身を清めるための水浴びの図のようです。最大限のアップで撮れば良かったのですが、お腹が減っていたから妥協しちゃいました。 スマホでは厳しいけど駄目ですね~と言うことで、今日はここまで……後半は次回です。そこそこ写真を載せたから連れ合いも勘弁してくれるでしょう。《おまけ》 雪ではありません……イチヨウかカンザン……また来年会いましょう。 モーニングに向かう私……誰も居ない8時6分 ふり返っても人影はない……みなさん自粛されているのでしょうか? 辛いけど頑張って努力しましょう。
2020.04.19
コメント(0)

午前中からネットのつながりが悪かった。 楽天ブログの裏側にもなかなか入って行かれなかった私……途中で通信が途切れるとひどいことになるので、今日は簡単に昨日の花。 雨でもあるしみなさん自粛してインターネットを楽しんでいるのかもしれません。 改正新型インフルエンザ等対策特別措置法が施行された直後の3月15日に、安倍昭恵首相夫人が宇佐神宮を参拝したとの週刊誌報道を受け、「神社の参拝は密閉ではないから、3蜜じゃない」と安倍首相が昨日の衆院委員会で答えたらしい。宇佐神宮を訪問したのは、小池都知事による週末の外出自粛要請(3月25日)や首相自身による不要不急の外出自粛要請(3月28日)より前だったと説明し「今はそのときとはフェーズが変わっている」と釈明したと。 小中高を休校にして子供たちを家に閉じ込めたのは誰だっけ? 「コロナで予定が全部なくなったので、どこかへ行こうと思っていた」と50人ほどの団体ツアーに申し込んだとまったくもってノー天気(のうてんき)な振舞い。「参拝だけ団体と合流し、それ以外の観光などは行っていない」と首相は説明するが、移動交通機関も3密。昭恵夫人が感染するのは構わないが、もしもすでに陽性だったら他人に感染させる恐れがあることを認識できないものか。「憎み切れないろくでなし」って歌のタイトルがあったな~ 安倍首相はいつまで庇い続けるのか? 「庇いきれないろくでなし」との姿勢を見せないとますます信頼は薄らいでいきますよ。 写真だけのつもりが、ブツブツ書いてしまった。駄目だな~ さて、アップできるかな?
2020.04.18
コメント(2)

3月24日の散歩…… 御嶽商店街……12時18分……閑散としています。左手前の蕎麦屋・海老民の袖看板が呼んでいたけど、お酒飲んじゃいそうだから見ないようにしてスタスタスタ……池上線・御嶽山駅は右方向にすぐ近く。正面に御嶽神社の鳥居が見えていますが…… 神社の手前左に寄り道……満開まではもうちょっとでしたが…… 山門前の立派な木と南無妙法蓮華経…… 本覚寺山門……中にも立派な桜の木。満開だったらすごいことになりそう… 今月の聖語『娑婆と申すは 忍と申す事なり』日蓮宗 南向きの本堂へのアプローチ……元和2年(1616年)の創立で開山本覚院日立。享保3年(1718年)に本立寺・本覚寺が合併したって。 性光山本覚寺……御本尊は一塔両尊四士「一塔」ってのはお題目を書いた宝塔でしょう。「両尊」=釈迦牟尼仏と多宝如来を両脇に配し、下段に脇侍として「四士」=上行菩薩、無辺行菩薩、浄行菩薩と安立行(あんりゅうぎょう)菩薩の四大菩薩。池上本門寺五重塔の初層にも一塔両尊四士が奉安されています。 松を初め、境内の手入れも行き届いていて気持ち良かった~ やっぱり昭和20年の戦災で焼失した本堂は、昭和32年(1957年)に再建されたそうですが、素晴らしいです。 彫刻も見事!!! 現住職は46世のようですが(間違っていたらごめんなさい)、26世竜王院日松住職は洗足御松庵(現・妙福寺)の開祖とのこと……妙福寺に行ったのは3年前でしたっけ。 本堂前から山門方向…… 墓地方向に題目塔と白い建物…… こういうお賽銭箱は入れにくいから嫌いなんだけどな~ 左はお釈迦さまっぽい…… 本堂左手に無縁塔……南無妙法蓮華経 本堂正面奥に、本堂と庫裏の再建記念碑……庫裏の再建は本堂の3年後・昭和35年だそうです。 石の橋があったりで、水を溜めたりするのかもしれません。子供向けジャブジャブ池…… 正面から本堂を収めるにはこれしかありませんでした。 駅前のイオン……どんな駅か見たかったけど時期が時期だから遠慮しましたが、これほど駅そばの寺社が他所にあったかしら? 大円寺も目黒駅に近いけど、その比ではありませんでした。この後、御嶽神社に行きましたが続きはまた……《おまけ》 10時5分……行列もなくトイペと箱ティッシュはたくさんありました。ほぼ2か月ぶりに見る光景です。何処のドラッグストアも毎日同じ人が並んで買っていたらしいですが、きっと置き場所がなくなったんでしょう。 私はそれほど必要としていませんが、未だ登場しないマスク……逼迫する医療現場対応を求められる政府だが、やっとのことで15・16日に安倍首相が製品を作る企業幹部と増産を求めるテレビ会議を開いた。企業側は、過去の新型インフルエンザの流行後に在庫が積み上がった経験から増産に消極的なところもあると。「売れ残れば国が備蓄用として買い上げる」と安倍首相は懸念の払拭に努めたらしいが、記事を読んで開いた口がふさがらない私。増産のお願い・指示はとっくに出しているものだと思っていたのに、遅過ぎ。いったい今まで何をやっていたのか。何度も開かれてきた専門家会議では、マスクを初め医療用感染防止備品の増産は話題に上がらなかったのか。そうだとすると専門家の看板を下ろした方がいい。マスクを目にしないのは、医療用に政府が大量購入しているからだと信じていた私が浅はかだった。 466億円も使っての首相肝入り「アベノマスク」なんて誰も望んでいない。喫茶店の常連さんも「届いたら自民党本部に送り返そう」と怒っていた。党本部の場所をスマホで調べていたから本気だろう。 自宅でくつろぐ動画公開なんてこともすぐやるが、この3ヵ月間何をやってきたのか? 経済対策の目玉政策だったはずの30万円給付は一蹴されて、一律10万円給付に向けて補正予算案を組み替える異例の展開。10万円案は2月にも浮上していたのだから、その時点で決断すればよかった。何につけても後手後手。拝察していて思うのは安倍首相の独断決定が目立つ。何も言わない取り巻きだったが、今回の一律10万円は業を煮やした公明党の反乱だろう。自らの連れ合いの行動すらまともにコントロールできない一国の総理の意のままにされては国民が困る。与野党を越えて、志ある国会議員たちの迅速な対応を期待する。 また、ブツブツ書いてしまったが、唇は寒くない…
2020.04.17
コメント(0)

ちょっと離れてしまいましたが、今日は3月24日の散歩の続き…… 六郷用水跡-密蔵院-嶺天祖神社と歩き、環八を以前(2月15日)訪問した嶺白山神社方向へ南下……歩道に置かれた赤い消火器BOXの前あたりに…… 鉄柵で完全にガードされた神社……鳥居があるから神社と決めてかかる私…… 道饗神社……やっぱり神社でよかった……道饗=「みちあえ」と読むようです。 両サイド共に完全防護……歩道幅がそれほどないのでこんなショットでは満足できず、往来を見計らって車道に出て撮ったのが下の写真。連れ合いに怒られるでしょうが、命懸けってほどではありませんよ~ 云われは良く分かりませんが、Weblio辞書に道饗祭というのがあり『昔、陰暦6月・12月、都の四隅に三神を祀って路上で怪物・妖物を饗応し、都に入るのを防ぐために行った祭事』と書かれていました。ちなみに饗応(きょうおう)とは何ぞやと思ったら『酒や食事などを出してもてなす事(コトバンク)』だって。なんだ供応ね~ どうやらそのような祭事を行って都を守った場所なのでしょう。古くはないので、環八の整備に伴って少しは移転させられたことでしょうが、地元の方々がしっかり守っておいでのようです。 北に少し戻って脇道に入ると公園……大田区は本当に多いです。 12時9分57秒……公園の時計は正確です。天気が良かったので、モーニング抜きで早く出かけてきたからお腹が空いていましたっけ… 東嶺相生児童公園のわずか東に朱色を発見!!! 大田区東嶺町40-2……2坪以下であろうブロック塀で囲まれた場所に朱色の鳥居……参道らしき石畳があるのですが、祠は向こう向き…… 道路側から入って、グルっとUターン。3本の鳥居をくぐってお詣りしますが狭い狭い。南向きにするためにこうしたのでしょう。 由緒、云われはまったく不明です。 御嶽商店街を駅の方にフラフラと北上……濃厚接触とは程遠い道 おっと!!! 見過ごすところでした…… 嶺南向庚申塔…… 青面金剛……祠はきれいだから改修したのでしょう。供えられた生花からも近隣の方々のお気持ちが伺えます。 商店街の途中でJRに架かっている橋…… すぐ近くにある東急池上線の駅名は「御嶽山(おんたけさん)」なので、この橋・御嶽橋は(みたけばし)ではなく(おんたけばし)なのでしょう。 何か来たので慌てて撮ったら金網にピントが…… 心して撮り直したらこれ……コンテナを積む列車のようですが、箱はなくて台車ばかり。もったいないな~ 本当に運ぶものがないのかしら? 新幹線通過を待っていようか迷いましたが、お腹が空いていたからパスでした。飲まず食わずで歩いたら良くないことは分かっているのですが、無防備な私です。 モーニング帰りに、鉛筆持参で区長選挙期日前投票に行ってきました。 選挙管理委員会が行う感染症対策って紙には『定期的に記載台・鉛筆等の消毒液での拭き上げを行う』とありましたが、私から見たら消毒液での拭き上げ不足じゃないの? 韓国みたいにビニール手袋を配ればいいけど、そうじゃないんだから書き終えたらすぐに拭いてもいいと思う私……ガラガラで暇なんだから。私の知る飲食店は、客が帰ったら即座に消毒している。まぁ、私は台には指も手の平も一切触れずに帰ってきましたが…… 白票と思っていたのだけど、「誰かになるのだから、書いたら?」と連れ合いに言われたのでちゃんと一票を投じてきました。残念ながら立候補者の声を聞く機会も、質問することもできなかった選挙ですが、もし私の選んだ人が区長になったら支持者の一人として物が言えるかもしれませんから…… ちなみに投票所は空いていましたから、行かれる方は参加してください。裏面の記入欄は自宅で書かれることを推奨します。いくら空いているからといっても他人の近くに座って記入するのは嫌でしょうから。《おまけ》 数日前から気になっていたのですが、どうにか形がわかるようになったので今朝撮ってきました。もうちょっと開くと良いんだけどね~ You Tubeで流れる杏さんの弾き語り[教訓Ⅰ]が話題になっているようす。 なぜ杏さんがこの歌をもってきたのか分からないし、現代の若い視聴者がどのように聴いているのかも不明だけど、「歌うたんびに新曲だと思えるんです…」と加川良さん自身が言っていたように、反戦とは違うコロナの今でも良いように思える私。1971年当時に加川良さんの生歌を聞き、時代背景も知っているのに許容できるのはやっぱり歳をとったということなんでしょう。 加川良さん、亡くなってもう3年も経ってしまいましたが、天国でも歌っているかしら? 教訓は3年前の日記[加川良さん…さようなら]に書いたから、今日は彼らしい詞を一つだけ載せて終わり…… 靴ひもむすんで 詞・曲・歌:加川良『笑いとばすことは 苦しいもんだョ 窓を開けても つらいだけだョ 今にも雨が降りそうだから いつも あんたは 一人ぼっちなんだョ 背のびしたって とどかないョ 寝ころんでいては 寒いだろ 今に あくびが 首をしめるョ いつも あんたは 一人ぼっちなんだョ 両足そろえ 靴ひもむすんで 両足そろえ 靴ひもむすんで 出よう 頭をかかえたって すくわれないョ 耳をすましても 遠くは見えないョ 今に笑い声で 目が覚めるョ いつも あんたは 一人ぼっちなんだョ 小石をけっても はねかえってくるョ つかまえたって にげるもんだョ 夏がおわって 秋がやってくるように いつも あんたは 一人ぼっちなんだョ 両足そろえ 靴ひもむすんで 両足そろえ 靴ひもむすんで 出よう 微笑んでみては 石を投げられ 黙りこめば 背中をけられ 今に涙の中で 逃げかくれ いつも あんたは 一人ぼっちなんだョ 唄ってみれば 石を投げられ うまくやりなと 背中をけられ これから先は 暇つぶし いつも あんたは 一人ぼっちなんだョ 両足そろえ 靴ひもむすんで 両足そろえ 靴ひもむすんで 出よう』 (2ndアルバム1972年「親愛なるQに捧ぐ」より) そうだ、なぎら健壱さんも教訓Ⅱに次いでコロナバージョンやれば良いのにな~ あんまりおちゃれけないのをお願いね~
2020.04.16
コメント(0)

昨日、都立園芸高校に米国から寄贈されたハナミズキがあると知り、急遽ダメもとで行ってみました。 若葉の緑が目に優しく清々しい歩道をまっしぐら……狭いからすれ違いは嫌だけど誰も来ないから良かった~ いつからこんな名称になったのかと思ったら、世田谷区が道路通称名を募集して平成29年3月に決定したって。考えれば3年はこの道を歩かなかった。 ちなみに、先日 下馬5丁目あたりを歩いた時、ずっと明薬通りと思ってのに「世田谷観音通り」って標識を目にしました。「旧明薬通り」と()書きで併記してありましたが同時期に名称変更をしたようです。 SALOON WEATERN CLUB ってのはBarみたいだから自粛なんでしょうね。 幹線道路を入ると小さな公園……目的地目前だから休みませんが、ベンチ欲しいな~ 東京都立園芸高等学校……正門到着~ 開いてはいたのですが、すぐ左にある管理者がいるであろう受付建物は閉鎖。「許可を受けてください」と書かれていたので、無断で立ち入る勇気はありません。入り口から見える範囲を見渡しましたがハナミズキは見えません。グラウンドのある左方向も探したけれど見つからない。 一青窈も対面したという樹齢100年を超える木だから、外からでも眺められると期待した私が愚かでした。 門の右方向へ向かおうと思ったら…… 兎々呂城……史跡だって!! 小田原北条家の家臣であった南条家が、国府台の戦で功績をあげたことで深沢村一帯を拝領して深沢城を建て、その出城であろう兎々呂城がこのあたりにあったのではないか? という話です。戦国時代のことだから不明で当然……謎があった方が楽しいかもしれません。 ちなみに国府台、現在の千葉県市川市は、昔々営業車を転がしてさんざんウロウロしたけど、城があったなんで気付かなかったな~ 興味もなかったから当然だけど…… 兎々呂城(トドロジョウ)が「トドロキ」と読めることから現在の等々力になったとの説もあるようですが、不動の滝音が轟く方がすっきりします。「どこからか見られないかな~」と敷地の北東に行ってみました。 見当たらない…… 奥深くて建物もたくさん……募集定員はそれほど多くないでしょうに… 行き止まりだろうけど行ってみる、しつこい私…… さしずめ東門とでも呼ぶのか…… 樹々はたくさんあるけど白もピンクも見えない…… 駒沢通りに面した北側は石が積まれて底上げされていたのでまったく覗けず……門のあるこの場所からも発見できませんでした。園芸高校の敷地は五角形……1辺だけ残っていたのですが「どうせダメだろう」と力尽きて諦め、撤収した私でありました。但し、転んでもただでは起きないのも私……以前近くの呑川沿いを歩いた後、反省会で見つけた日体大の傍の神社に寄ってきました。掲載は後日です…… 1900年初頭に桜とハナミズキの苗木を交換したのは日米友好関係の証だったはずだが、なんで長続きできなかったのか。戦争に導いたのは東條英機一人のせいではないだろうが、止められなかったのも事実。強権的な政治手法を用いたと言われる東條英機だが、今日の首相がそうならぬようよう願っている。
2020.04.15
コメント(0)

自粛を求められているけど今朝もモーニングに……少しは歩かないと体に悪いと言い訳しながら花見です。 立会川緑道……八重咲の桜を残して、ソメイヨシノは完全に終了しました。長い事楽しませてもらいありがとう。 代わりにハナミズキが満開!!! きれいきれいと眺めているけど、キリストがはりつけの刑に処せられたときの十字架はハナミズキの木材だそうです。クリスチャンにとっては、二度とハナミズキを十字架にしないようにという想いがこもる大事な木なんだって。 ピンクもきれいきれい……1912年に尾崎行雄東京市長がサクラの苗木6040本を米国に贈ったら、1915年にタフト大統領がハナミズキの苗木を返礼として寄贈してくれた。白花の苗木40本とピンクが20本……100年程前のこの原木寄贈によって、日本全国にハナミズキ街路樹が広がったらしいが、60本の原木のうち国内に現存するのは都立園芸高校(世田谷区深沢)にある1本だと。 2000年にタフト大統領の孫にあたるタフト・オハイオ州知事から寄贈された150本の「第2世代」ハナミズキのうち2本が同校に植樹され、さらに2015年同校で執り行われた「植樹100年祭」でも臨席したキャロライン・ケネディ駐日米大使が新種のハナミズキを植樹したそうです。米国からの3世代のハナミズキがあるのは全国で同校だけだって。後で見て来ようかな~ 休校中だからダメかしらね~ 黄色いフェンスも満開!!! 喫茶店は今朝も空いていました(9時21分)から、安心して新聞を読んだ私。 ポスター貼ってありました。みなさん自粛していて喫茶店すら行かないのに投票所は大丈夫なの? 延期が当然と思っているんだけど、強攻する行政。三人が立候補を取り下げたらどうなるのか? 候補者がいなけりゃ選挙は出来ないんだから、三者合意で届け出しなかったら良かったのに。投票所で感染者がでたら取り返しが付きませんよ。私はどうしようかな~ 三人の生の声を聞いていないから政策・実行力は不明だし、鉛筆持っていくのも面倒だし、投票用紙をもらったら投票箱に直行しようかしら? 白票……感染しないよう薄氷を踏む思いで行かなくちゃ。 この方の政策を非難するつもりはありませんが、「マスクの備蓄を区民総人口にあたる28万箱にする」って言うのはハードル高いでしょう。今回の経験上、マスクのみならず消毒液などは全国の自治体で備蓄量を増やすことは火を見るよりも明らか。1箱何枚入りか不明だけど、28万箱を調達するまで何年かかる事やら。新たな感染症発生時に備えてくれることは区民にとってありがたいけど、行政が先走って花粉症で苦しむ一般人を振り切っての大量購入だけは避けてもらいたい。 緊急事態宣言の発令から1週間が経ったけど、マスクや消毒液が枯渇しているおかげで、影響は医療機関だけでなく、スーパーにも及んでいる。ドラッグストア開店前の行列もそうだけど、食料品を求めて列ができている。特にスーパーでは家族連れでの客が増えているそうな。3世代で来て大人数でレジに並ぶお客さんもいるという。幼い子供を家に残して買い物に出かけることのできない人もいるでしょうが、休校になっている小学校での一時保育なんてことができないのかな~ スーパーの狭い通路で並んでいるより安全だと思うんだけど…… ブツブツ書いても仕方ないことは分かっている私……もうやめた。 園芸高校見て来ようかな~
2020.04.14
コメント(0)

自粛要請を受けて、みなさん励んでいらっしゃいます。 私とは大違い……ご立派です。 勤め先が休業なのでしょうか、自宅で自粛中のsyoさんはジオラマ作りとのことです。師匠流ドライブラシ、すっかりマスターしちゃいましたね。大胆さの師匠、緻密さのsyoさんですが、いずれにしても絵心をお持ちの両者にはいつも羨ましく思っています。遠くに居るシルバーのは鉄人かしら? 煙は綿にスプレーかけたのかしら? オレンジの炎らしきがアクセントになっていて、リアルさを増しています。倒壊物も鉄骨を入れたりされ、お見事です。 いつの日か、syoさんの作る戦車を見てみたいものです。 コロナの影響で休業に近いとおっしゃる師匠はコーヒーのスチール缶を塗装されています。サーフェーサーが乗るのかと思ったら大丈夫なんだそうです。ピンクはピカピカツルツルで、汚した方の弾痕はいかにも師匠らしいです。 私なら缶だけ塗って終わりなんですが、ドリンクホルダーまで作品と同色にする気遣いも師匠らしいです。フィギュアは釣り糸5号ラインで留めてあるんだそうです。Gクリヤーなら傷めず後ではがせるはずですが、遊びを持たせて糸で留めることで多少の揺れが楽しめるかも知れませんね。 (師匠から頂戴した画像サイズが小さかったので、この大きさが限界でした。iPhoneは良く分からないのですが、サムネイルだったのでしょうか? とりあえず載せさせていただきました。ご了承くださいませ。)《独り言》『日本国民が怒った安倍氏の56秒映像』(中央日報の見出し) 動画は見ていないけど、犬を抱いたり、本を読んだり、テレビを観たりしている首相の自宅動画らしい。不眠不休の医療現場、方や働けず日々の暮らしに困窮する人々がいるなかで、なぜゆったりくつろぐ首相の姿などアップしたのか首をかしげる。昭恵夫人の推薦なのかしら? こんなことをすれば批判を集めることぐらい予測できない首相にコロナの鎮静は難しいだろう。 今頃「ご批判を受けることは百も承知です…」とした上で、続くご飯論法調のコメントを官僚が考えていることでしょう。 入場整理券が届きました。日々感染者数が増えているのに、なんで延期にしないのか? 期日前投票所とされる[中目黒GTプラザ] [田道ふれあい館]や [碑住区]などなど、緊急事態宣言に伴って5月9日まで休館扱いとされているのに、おかしくないか? 接触を8割減らしてという要請に反するし、候補者の声が伝わってこない現状での選挙は成り立たない。投票率だって最低になるだろうから延期を願うが、政府が反対していると聞こえてくる。区長や区議会の判断で延期にすべきなのだが、できないのかな~ またつまらないことを書いちゃいました…
2020.04.13
コメント(6)

電車の駅で言うと多摩川線沼部から池上線御嶽山周辺をぐるっとまわった3月24日の散歩です。 密蔵院山門を出て、すこしだけ六郷用水の跡を……枝垂れ桜奇麗でした。 太田図書館……進路を東北東に変えて、軽い坂道を上るとありました。この時はまだゲートが開いていましたが、現在は休館でしょう。 図書館前に目立つ建物……なんだとおもったら… おもちゃ箱……だって。見えそうなところから覗いてみたけど、おもちゃは見当たらない。調べたら「オーガニック製品」だそうですが、私には無関心な会社でした。アンテナショップが自由が丘にあるそうだけど、連れ合いもしらないだろうな~ 左が西嶺町で右が田園調布南……やっぱり多摩川方向に下っています。 適当に左折、また適当に右折をして環八・西嶺町の交差点目前…… 交差点を曲がるとすぐ、環八沿いに玉垣…… 天祖神社……天照大御神を主祭神として伊勢神宮を総本社とします。お伊勢さん、なんて呼ばれることも多い神社ですが、他所と区別するのに嶺天祖神社としておきました。 石段をトントンと上がったところに鳥居……江戸時代の寛文年間(1661~1673年)に創建。嶺村の住人たちが伊勢神宮へ参拝した折に授与された御神霊をお祀りしたのが始まりだそうです。徒歩での伊勢参りは辛かったろうな~ 社殿……狭い境内だと思っていたら、昭和47年の環八建設に伴って境内が半分以下になったそうです。現在の本殿、鳥居、社務所などは昭和48年建立とのことです。 社務所らしきはありますが、御嶽神社の兼務社。この後 同社へも寄りましたがスケールの違う神社でした。 本当に狭い境内です。交通事情を考えると環八の拡張は必要だったでしょうが、寂しいです。 氏子区域はなく、崇敬者で維持されているそうですが、きっちりされています。 ちょっとビックリなのですが、この狭い境内で川崎市芸能無形文化財に指定されている、「袮宜舞(ねぎまい)」が催されるんだって。 厄払いと豊作を祈る舞で、江戸時代中期頃が起源とされる伝統的な神楽……調布市から大田区六郷近郊まで多摩川の両側の神社や町の広場など約20か所で舞われていたが、戦後において東京側ではこの嶺天祖神社だけになってしまったと。 5種類のお面を、舞うごとに衣装と共に変えるんだと。『猿田彦命』通称天狗さまは道祖神で道案内役、人生の道案内の神。『天鈿女神(あめのうずめのみこと)』天岩戸の前で踊り、天照大御神を慰めた芸能の神様。『天児屋根命(あめのこやねのみこと)』天岩戸の前で祝詞(のりと)を唱えて祈祷した、神事、祭りを司る神。『彦火火出見命(ひこほほでみのみこと)』山の幸の神。山で鳥獣狩猟を司る神。『大山祇命(おおやまずみのみこと)』山々の緑、山から湧きだす清水、樹々から生ずる木の実等、山の大自然を司る神。 舞が終わると、やはり江戸時代に始まった「お湯花」という儀式も執り行われるそうです。幻の舞にちかそうなので「袮宜舞」拝見したいけど、今年(4月21日・午後3寺)は中止みたいです。コロナが憎い…… 御神木でしょう…… 見事な木でした…… 左に社号碑……環八沿いの歩道が狭いから撮りにくかった~ ふり返ると、今年になって大田区の寺社に多数訪問しました。まだまだ見過ごしている場所があるので、これからもボチボチ歩いてみます。 でもって今日はこれでおしまい……
2020.04.12
コメント(0)

水曜日(4月8日)…天気が良かったからコピット散歩 自粛要請中だけど人混みへは行かないし、そもそもすれ違いもしない。だもんで人は写り込まないから、顔修正要らずで楽々。 進行方向左は世田谷区下馬五丁目で、右は目黒区五本木一丁目……何通りというのか知りませんが若いころは車でたまに使った道。両側にある下馬通りや五本木通りはよく使うけど、ここは初めて歩く場所。近いのに何でかしら? 正面は大橋あたりかしら? ムムム…世田谷側はガードレール付いてる! でもって道の真ん中に……シケインではありません。 区境の道路ですが、鷹番三丁目の駒沢通りとの合流点までは世田谷区の区道らしく、従ってこの地の所有地は同区下馬五丁目のようです。下馬一帯の旧地名「馬引沢」がこの塚に由来することから、昭和5年の区画整理の際、周囲を船形にコンクリートで固めて保存することにしたそうです。楕円形に見えたけど船形だったのね~ 「沢」とは、蛇崩川のことなのかも…… 立派な巨木はシラカシかもしれません。プレート付けておいてくれるといいんだけどな~ 芦毛塚之碑……近くの沢に落ちて死んだ源頼朝の乗っていた馬を埋めたという説があるそうです。 藤原泰衡(やすひら)征伐に向かう際、近隣の[駒繋神社]に立ち寄った頼朝公……愛馬から下りて駒(馬)を境内の松に繫いで戦勝を祈願したとの云われから「駒繋神社」と称せられるようになったと……当神社も昨年訪問しましたが、かつて頼朝が兵を率いて通ったであろう場所だと思いを馳せる時、感慨深いものがあります。 近所に花花花……コロナさえなければ良いのに…… この後、未歩行だった蛇崩川緑道の一部を辿りましたが、続きはまた今度……《おまけ》当日拝見しました…… 白のアウディーが黒になっていました。白黒はっきりがお好きなオーナーなんでしょう。お飲みになっている焼酎は、白霧でも黒霧でもなく佐藤なんだけどな~ 威圧感充分ですが、車高はノーマルかしら? バイクはまったく無知の私ですが、寝てはいても竹槍マフラー……サドルからも古そうだと想像できますが、こういうバイクがあるんだと新発見でした。 シトロエン……こちらも古そうです。軽ではありませんが、大きさにおいては軽自動車が流行っている昨今において良いかもしれません。愛嬌のある顔も好きです。 ということで、今日はこんなのでおしまい。散歩はどうしようかな~
2020.04.11
コメント(0)

3月24日にお邪魔した、東急多摩川線・沼部駅にほど近い密蔵院の後編です。 不動堂・墓地から本堂に引き返す途中、右手に書院…… 正面が大慈閣で、その手前右が本堂…… 本堂前にある十三佛塔……まわしたかったけど、消毒液を持参していなかったのでパス! 本堂左に…… 大慈閣……もとは観音堂と呼ばれた建物が現地から200mほど離れた場所にあり、七体の観音像が安置されていた。それが多摩川の洪水で流されたため、境内に移されたと。現在の大慈閣は宗祖弘法大師1150年の御遠忌を記念して昭和59年(1984年)に新築されたそうです。いつの時代の洪水かわかりませんが、去年被害に合われた方々は立ち直られたかしら? 今年は水害の無きことを切に祈るばかりです。 扁額……大慈閣の御本尊・七観音は雷止七観音とも榎木観音とも呼ばれていたそうで、[千手観音] [十一面観音] [如意輪観音] [聖観音] [不空羂牽(ふくうけんじゃく)観音] [馬頭観音] [准胝観音]が安置されているそうです。聖観音菩薩を中心とした七観音すべてをそろえているのは他に類例を見ないとのこと……拝見してみたいな~ ※ [不空羂牽観音]……[不空]とは信じれば必ず願いが叶い空しい思いをさせないことで、[羂牽(けんじゃく)とも(けんさく)とも読むみたい]とは古代インドで猟や戦闘に使われた捕縛の為の縄。従って、人々の悩みを逃がすことなく捕らえ、救済し、願いを叶える観音様のようです。今日も勉強しました。 左の大慈閣から右の金剛尊院まで見渡したら発見!! 灰皿……ありがたくいっぷく 本堂へのスロープも作られています。こちらもありがたい…… 一服しながら眺めたのですが、なんとも意味深いお言葉…… 金剛尊院…… 安政2年(1855年)の江戸大地震によってお堂が倒壊したり、大正12年(1923年)の大地震や太平洋戦争によって講中の大半が四散したため、庚申様は本堂の一室に安置。旧来の信者の力によって昭和41年(1966年)5月に待望の庚申堂が建立され、昭和56年(1981年)に密蔵院庚申堂から金剛尊院へと寺格が上がったそうです。なのでその時から「塔頭」の文字を付けたのでしょう。 金剛尊院扁額……三猿も古そうです。 頑丈そうなガラスでシャットアウト…… 立派な厨子に納められています。木造寄木造り、彩色、玉眼で像高91㎝と大ぶりな青面金剛(六臂の庚申尊)は美しかった。元禄7年(1694年)に江戸浅草町の大仏師 浄心により造像され、文化9年(1812年)には地元の大仏師 楠運彫が修理したことが明らかになっていているとのこと。 青面金剛の両脇には二童子……青面金剛の儀軌(ぎき・規定)によると、それぞれが香炉や宝珠を持つといわれるけど、私の写真では判別不能でした。見かける青面金剛の庚申塔ですが、二童子まで描かれているものは未だお会いしていません。 最前列には三猿を中心に、左右に二体ずつ四夜叉『[毘陀羅(びだら)] [阿跋摩羅(あばつまら)] [ケン陀羅(けんだら)] [烏摩勒伽(うまろきゃ)]』を従えています。 完璧に具備されている青面金剛は、大田区の重要文化財……当然でしょう。 平仮名だから読みやすくて助かります。私、カタカナはすんなり読めないので…… 提灯もありました。 5月17日……何か行事があるだろうから行ってみたいけどダメでしょうね~ 金剛尊院前の巨大庚申塔……庚申堂造立時に作ったものかと……私の勝手な推測です。 四散していた講中の庚申様でしょう。しゃれた白いテーブルとベンチですが、なぜか不似合いではありませんでした。 国際仏旗があるとは知りませんでした……密蔵院山門にも掲げられていました。 さてさて今日は何をしましょうか? ノンアルだから寂しいけど、我慢しなくちゃね~
2020.04.10
コメント(0)

昨日は天気が良かったから不要不急の散歩をちょこっと…… 旧勧銀グラウンドの桜……カンザンでしょう。左の野球場はクローズみたい。 テニスコートも貸してもらえないのでしょう。昨日も今日も、せっかくのテニス日和なんだけどな~ ネットを挟んで濃厚接触はあり得ないけど、着替えのロッカールームがダメなのかしら? 公園(下馬公園)で遊ぶのはOKなのに、より広い場所を閉鎖する。結局は「集まるな」「外出するな」ってことか…… 下馬南地区会館……初めて通りましたが、立派な会館です。残念ながらここも休館中…… 右と左の大きな建物は、有名人のご自宅らしいです。一人でどうやって2軒使うのか? 日常と週末と分けて気分転換かしら…… こっちが以前からのお家らしい…… でもって新築……丸みを持たせるあたりが似ているから、設計士が一緒なんでしょう。しかしスゴイ建物だな~ 蛇崩川緑道の未歩行部分を中目黒駅方面に少し歩きました。濃厚接触なし……(途中の碑や神社は今日は省略) 方向感覚を頼りに祐天寺の商店街へ……このあたりに「おでん種屋」があったけど、なくなりました。しかし人通りがまばらなので、顔修正をしなくて済みありがたい。 広そうなお店ですが、休業の張り紙がありました。 こちらも休業…… 洋服屋みたいだけど休業?……って思っていたら「ライフスタイルカフェ」だって。何も知らない私です。以前はコーヒー屋だったけど、閉店しちゃいました。 自粛を求められるなか、お持ち帰りの張り紙も増えました。来店客の激減で、どの飲食店も困っている様子……「アルバイトの従業員を減らさないと…」「一人にしても、お客さんこないからアルバイト代払ったら赤字…」……たくさんの悲鳴が聞こえてきます。 こちらも営業自粛…… 臨時休業……東京都が6日にまとめた「案」で、居酒屋は休止要請の対象に含まれていたけど、対象施設の発表が10日に先送りされた。あやふやな中で、すでに多くの店がシャッターを閉め出しています。 個別保証を否定する政府……実質無利子・無担保で借りられる「特別貸付制度」や「給付金」「税金・社会保険料の支払い猶予」などで事業の継続や生活ができると冷たい国。休業中でも家賃は払わなくちゃならない。再開してからは借金の返済が待っている。みなさんの心中をお察しすると、のんきな私でも暗く悲しくなる今日この頃です。 こちらはコロナ対策……室内換気充分……「昨日の昼前後はほぼ満席」だったようですが、今朝(9時18分)はこんな具合。席はゆったりと離してありますが、常連さんの日常は変わりません。一か所で談笑……話題はもちろんコロナ関連であります。 さてさて、今日は何をしようかしら?
2020.04.09
コメント(0)

みなさん困っているのに、独り不要不急のモーニングに通う私です。喫茶店の売り上げにささやかな貢献とご容赦願いたい。 一昨日見つけたとんがった花……どうなったか再訪。ちょっとだけ開いたかしら? 少しだけ大きくなったかしら? (7時55分) 同類でしょうか? オレンジのも発見しました。道草しながら喫茶店に向かう、変なオジサンです。 背が低いんだけど、良い紫色のチューリップ…… 8時48分……今日も貸し切り。申し訳ないからコーヒーお代わりしました。2杯目以降は250円なのでありがたい店ですが、この状態ではアルバイトの人件費が大変だと9時までは一人で営業するようになりました。今朝は近所の常連さんがホールのお手伝いをしていました。無給でしょうが「することないし、体に良いから」と……私も手伝ってもいいけど、こんなおっちゃんじゃダメだわな~ 新型コロナ感染拡大を防ぐための緊急事態宣言が出された昨夕、駅近くを通ったらさっそく「休業」の張り紙が目立ちました。スナック、居酒屋……店主も可哀そうだけど、もっと可哀そうなのが従業員。昼間の仕事だけでは食べられないと、夜も働いている人たち。収入が住民税非課税水準まで落ち込んだ世帯などには30万円給付するそうだが、そんなことで事足りるのかしら。給付されるまで家計がまわらないこともあるでしょう。 そもそも熟議が足りない政府。緊急事態宣言に至る可能性を視野に入れて詳細を検討する期間は充分にあったのにほったらかしにしておいたのが丸見え。宣言が発出された場合、理容店(床面積100㎡以下を除く)へ休業を要請する方向を東京都は6日に出していた。一方、政府は7日の予算委で「理容店は営業可能」との認識を示したから右往左往する業界。「世界的にみても最大級の経済対策だ」と強調した安倍首相。経済対策の事業規模はリーマン・ショック後に実施した2倍で108兆円と豪語するが、新たな国の直接支出は18.6兆円との見解もある。 108兆円と聞けば、私みたいな凡人はすごいじゃないのと思うのだが、昨年末に決めたり発表済みの対策で、まだ実施されていないものも含んでの数字だって。おまけに、後から返済を求められる融資や、納税や社会保険料支払いの猶予分まで足されているらしい。負担を先送りするだけのこんなものまで事業規模にカウントするのは、結局中身がないからで、せめて規模だけでも大きく見せようとの考えだろう。 大胆でもいいけど、税金を使うのだから血の通った対策を願いたい。毛細血管まで至るように…… 鎮静剤 マリー・ローランサン(堀口大学 訳)『退屈な女より もっと哀れなのは 悲しい女です 悲しい女より もっと哀れなのは 不幸な女です 不幸な女より もっと哀れなのは 病気の女です 病気の女より もっと哀れなのは 捨てられた女です 捨てられた女より もっと哀れなのは よるべない女です よるべない女より もっと哀れなのは 追われた女です 追われた女より もっと哀れなのは 死んだ女です 死んだ女より もっと哀れなのは 忘れられた女です』 何の意味もありません。iPodに入っている音楽を聞きながら日記を書いていたら、加川良のこの歌が流れてきたので載せてみました。アルバム「親愛なるQに捧ぐ」は良かったな~ 昨日はなかったはずだけど、登場しました。本当に選挙やるのかな~ 街頭演説は感染しそうだから近づかないよう、遠くから聞きましょう。《おまけ》 そろそろ良いかな?と思い、昨日 厚揚げを買いに豆腐屋へ行くついでに通ってみました。満開にはもうちょっと…… と言うことで、今日はこんなのでおしまい。 天気が良いから散歩してこようかな~ 近場をね~
2020.04.08
コメント(0)

桜をみながらブラブラした3月24日……思うに、今年の桜は長持ちしたかも… 大田区田園調布本町の六郷用水跡をたどって、新幹線をくぐるり田園調布南に入ると…… 好天のもと、ゆるやかな風が気持ち良かった~ 明楽山森立寺密蔵院……慶長末期(1613年)頃に火災で本堂が焼失したが、当時の有檀徒・森庄兵衛が中心となって再建したので、森が立てた寺であるとし、その時より寺号を森立寺と改めたとのこと。 真言宗智山派……智山派の総本山は京都東山七条の智積院……こちらの密蔵院も立派ですが、智積院は東京の寺院とは比べ物にならないほど雄大みたいです。昔昔、門前は歩いたはずです。近くに日赤のあることはしっかり覚えています。犬も歩けば寺に当たるってぐらいだから、散歩には事欠かないだろうな~ 京都いいな~ 蛇足ながら、この寺号碑は平成5年6月。 密蔵院本堂……玉川八十八ヶ所霊場 第五十六番札所『明治以降、歴代住職が寺院内外の整備をすすめ、昭和18年に現本堂を完成。しかし昭和20年戦火を受けて書院・庫裏を焼失し、寺宝や古文書の多くを失った。(同院HP)』とありましたから、本堂は焼けずに済んだのでしょう。弘法大師様のお力か…… 本尊は真言宗なので大日如来なのだけど、寛永11年(1634年)に造立された当時の大日如来尊像「木造寄木造り、玉眼、漆箔、像高26㎝」と、平成29年に完成した「木彫寄木造り、像高180㎝」の平成大日如来尊像とが安置されているようです。古いのは非公開…… 本堂扁額……遍照・あまねく世界を照らす法身の光明で厄を除けてくださるのでしょう。 弘法大師像は大田区重要文化財(非公開)……木造(檜)彩色、玉眼(水晶)、像高42.6㎝。寛永7年(1630年)に弘法大師を信仰する人々によって作られ、宝暦7年(1757年)に再興(修復)されたようですが、両年の日付は3月31日と記されていると。弘法大師の尊像を供養する真言宗の法会『御影供(みえく)』にあたる日を選んでのこと。ちなみに毎月21日に行う法会を「月並御影供」、3月21日を「正御影供」と呼ぶそうです。今日もちょこっと勉強しました。 本堂前から……山門前は多摩堤通りがかすめていきます。 本堂右手に向かいます。 大きなお地蔵さんは近代的風車があるからやっぱりあれかしら? 右の鎮魂碑は、ニューギニア戦線の英霊碑らしい。池上の妙見堂にはチャンギー受難者慰霊碑があったな~ いつ頃行ったかしら? 右の井戸の後ろで数人の方がお弁当を食べていたのでこの角度で一枚撮りましたが、三界無縁塔の右が私には重要でした。地蔵菩薩が彫られていたのでそうとは思わなかったのですが、庚申供養塔……寛文元年(1661年)に造立された大田区最古のものだって。今後は気を付けて観察するとしましょう。 歴代供養塔……現在は三十五世みたいです。 ソメイヨシノ奇麗でした…… 墓地の真ん中に不動堂…… 桜不動三尊……弘法大師御誕生1250年を記念して平成30年3月28日に建立……まだ出来立てほやほや。境内の古木枝垂れ桜の切り株を彫って作られたことが「桜」のいわれみたいです。 不動明王御真言 のーまく さーまんだー ばーざらだん せんだー まーかろしゃーだー そわたや うんたらたー かんまん 中央に不動明王…… 左が制吒迦(せいたか)童子・右が矜羯羅(こんがら)童子とのことです。 残念ながら、続きはまた後日……《おまけ》「あそこは咲いているかもしれない」と思い、モーニング帰りに歩いてみたら白いハナミズキ開いていました。 今朝貼ってありました……マスクは入荷したためしのない店なので、毎日開店前から並んでいるのはトイペと箱ティッシュ目当ての人々。「マスク等」と書かれていますから並んでもトイペも買えないのかしら? 「開店前に並んでも販売しません」ということは、いつ買えるのかしら? 緊急事態宣言を受けて、感染しやすい行列を抑止するためなんでしょうが、スーパーではすでに昨日から買い溜めの列ができていると。一カ月以上経ってもトイペ一つ日常的に購入できるようにできない政府への不信感の表れでしょう。 今、予算委で質疑をしているけどはっきり答弁できない安倍首相。国民の不安は解消されない……
2020.04.07
コメント(0)

すごしやすい陽気になりましたが、外出は自粛を求められています。スーパーでは食品を買い求める人々の列が出来ているようですが、朝の通りは人影まばら。今日も立ち止まりながら不要不急の花見をしてきた私ですが、滅入る気持ちを安らげてくれました。 公園の花壇(7時45分)……少し早い出発でしたが、喫茶店の席数が減ったから開店を目指す小心者です。 円融寺阿弥陀堂(本堂)前のソメイヨシノ……咲き始めが遅かったからまだまだ奇麗。急いでいる割にまわり道…… 釈迦堂と枝垂れ桜……こちらは盛が過ぎちゃいました。 仁王門とイチヨウ…… ついつい朝から遊んでしまいます。 タンポポ発見(8時01分)……道端にしゃがんで撮っている暇人です。脇を駅に急ぐ方もいるのに申し訳ないです。 このくらい密集していると見栄えがします。我が家のお袋は、球根離し過ぎかも…… 西小山公園(8時05分)……喫茶店始まっちゃったよ~ ハナミズキ…… 個人的には白い方が好きですが、街中ではまだ開いていません。ピンクの方が早いのかしら? 知らない花ですが、ハナミズキの傍で空を押し上げる真似をしてました。 赤いのはツツジかしら?……左のとんがってるのが気になったのでパチリ。連れ合いが教えてくれるでしょう。 ブルーベリー……あまり美味しくありません。 紫…… 黄色? 茶色?……今日も目の保養ができました。 小学校では、今日 入学式をやっていました。ピカピカのランドセルを背負った1年生の姿もチラホラ。でも明日からまた休校……天気のいい日は散歩にでも連れて行ったらいいのに。班分けして住宅街の道路を歩いたってコロナ移らないでしょう。寺社は各家庭の宗派があるから駄目かもしれないけど、道端の庚申塔めぐりや植物の観察なんて面白いんだけどな~ そんなボランティアならやってもいいよ~『テレビを見たら夜中に眠れないのはどういう訳だ…』 朝から晩までコロナコロナ……先日、感染した夢を見た。『…毎日 コロナ コロナ コロナの世界…』 なんとかしてくれ~
2020.04.06
コメント(0)

なんとなくやる気がないので、今日はこんなの…… 派手なのが停まってるな~ と思ったけど、どこの車か分からない私…… どれほどの出力かも知らないが、サーキットでアクセルベタ踏みは楽しいでしょう。 後ろにまわってトヨタのマークとVitzを確認……ナンバープレート右の小さな小さな若葉マークには[超初心者]の文字。なかなか楽しいですが、お金かかってるんだろうな~『調査の電話に出てくれない』 今月に入ってから若年層での感染が拡大している。全体の4割が30歳代以下の感染者だと。感染された方々の早期回復を願い「お大事に」と言いたいが、感染経路確定のための保健所による聞き取りが難航しているらしい。拒否するケースもあるというが、なんと薄情で身勝手なことかとあきれる。医療機関の世話になっているのだから、拡大抑止のために協力するのは義務なんだけどな~『どこかで誰かが泣いている 誰が助けてくれようか この世は人情紙風船』 何となく頭に浮かんだ……
2020.04.05
コメント(2)
さっき、少々ほろ酔いで帰路についた私だが……目黒区長選挙前の宣伝カーが走っていた。「音喜多」の名前ばかり連呼していたことは聞こえていたが、残念ながら候補者の名前は記憶にない。それでも「新型コロナから目黒区民を救います」と、繰り返し音声が流れている。思わず車の前で手をあげ停車してもらい「僕は目黒区民ですが、どうやって救ってくれるんですか?」と尋ねたが、運転席の男性からは「政策はこれからです」との一辺倒だけ。幾度も同じ質問を繰り繰り返したらやっとのことで「検討させていただきます」と、助手席の男性から答えがあった。いかなる区長候補がいるのか分からないが、基本政策もなく、政策も信念もないにわか作りの立候補だけはやめてもらいたい。 誰が区長でもコロナからは簡単に脱却できないはずだけれど、簡単に口にする者は信用できない。 珍しく、追記してしまった……下でお酒飲ませてもらってこよ~っと……
2020.04.04
コメント(4)

朝から晩まで「コロナコロナ」で憂鬱なので、今日は花花花…… チューリップ……7時52分にはシュンとしていたのが… 10時3分……口を開けて日光浴!!! 気持ちよさそうだけど…… ノドグロ? 腹黒? らしい…… ボタン(牡丹)……7時52分にはこんなだったのに… 10時1分・帰ってきたら……とにかく薄い絹のような花びらです。 ハナミズキ……空を押し上げる準備中……蕾はすべて上を向いいます。 ハナズオウ(花蘇芳)……花は枝から直接咲いています。少しは葉もありますが、花が終わるとどんどん出てくるみたいです。 イエス・キリストに仕える十二使途の一人・ユダがキリストを裏切った後、命を絶った場所に生えたのが仲間のセイヨウハナズオウって木。でもって、この話からハナズオウにも「疑惑」「裏切り」「不審」なんて花言葉が付けられちゃったと、連れ合いが教えてくれました。 庭で写真を撮っていたら「ムスカリって言うんですよ」と、隅っこの小さいのを連れ合いが指さしました。義母のそばで、しょっちゅう庭いじりや垣根の枝切りをしているから自然と覚えたようです。花の色は、紫、ピンク、黄…など多彩らしく、水栽培もできるらしいですが、これは去年植えたんでしょう。 田向公園通り……7時59分……定点観測も最後かな~ まだまだ咲きます。フェンス一面が真っ黄色になるんだけど、モッコウバラ? って言うみたい……連れ合いが調べてくれました。棘がないそうだから怪我しなくていいです。原産は中国で、江戸時代に黄色の品種が渡来したそうです。 向原小学校の角……「今年も咲き頃だろう」と、帰りに見てきました。 イチヨウ…… これはカンザンだったっけ? 満開まではあと数日…… 9時28分……なかなか撮る機会のなかった桜。今年最初で最後だと思います。 不要不急のモーニングに行ってビックリ!!! 接近しないようにテーブルをくっつけて、一人でも四人掛けの席になってました。なので、個別のお客なら7人で満席。私もテーブル2つの席。 入店時に「45分でお願いします」とマスターから声をかけられましたが、禁煙とコロナのダブルパンチは大変でしょう。時間が経過したので帰ろうとしたら「もう一本(外で)タバコ吸っていけば」とマスター。「まだいいの?」と尋ねたらOKと言うから、ブレンドお代わりした今朝でありました。
2020.04.04
コメント(0)

馬込桜並木の下見ついでに、文士村散策の道と寺社をいくつか訪問した2月23日の最後…… 山門を上り、無量門をくぐると左にあります。 半杓水……越前永平寺開創の道元禅師さまは、一杯の柄杓の水でも全部お使いにならず、半分は元の川の中に静かにおかえしになられていたと。もののいのちを大切にすること、後の世の人々が不自由しないようにとの思いやり。 杓底一残水(しゃくていのいちざんすい) 汲流千億人(ながれをくむせんおくにん) 半杓水の所作そのものが禅の心だそうです。 手水舎の左…… 天勝観音……こちらも創建800年紀念。萬霊供養のようです。 無量門をくぐって右……建物は札所みたいです。 お幸身代わり地蔵菩薩……江戸時代に生きた、一種の霊力をそなえたお幸さんのお墓が墓地にあるそうです。通称は「水洗い馬込地蔵」だって…… 六地蔵……札所前 日待供養塔……高さ3.1mと大きいです。寛永15年(1638年)に馬込村の人々が造立したもので、昭和30年ごろまでは中馬込3丁目付近の梶原塚に建てられていたそうです。『ある特定の日に同じ信仰を持つ人々が集まり、日の出を待ちながら一夜を明かす』江戸時代には盛んに行われた日待信仰ですが、馬込では大正期まで習俗が続いていたそうです。 洗心閣……萬福寺の総合受付みたい… 扁額…… 遊んでみたけど、ちょっと暗かった…… 鐘楼門……後方から 摩尼輪堂の後ろ…… 春の寺 (詩集 青き魚を釣る人 より・室生犀星) うつくしきみ寺なり み寺にさくられうたんたれば うぐひすしたたり さくら樹にすずめら交り かんかんと鐘鳴りてすずろなり。 かんかんと鐘鳴りてさかんなれば をとめらひそかに ちちははのなすことをして遊ぶなり。 門もくれなゐ炎炎と うつくしき春のみ寺なり。「うつくしきみ寺」……室生犀星は萬福寺がお気に入りだったようです。 陽炎 葱の皮 はがれしままに かぎろひぬ 室生犀星 室生犀星が旧居を移築する際、庭にあった石を二つ譲り受け、馬込と縁の深い作品をそれぞれに刻んだとのこと。 もうひとつ『笹鳴:笹鳴(ささなき)や 馬込は垣も まだらにて』はどこにあったのかな~ 室生犀星旧居跡もすぐそばだったのに未訪問……また行かなくちゃ。 ※ 笹鳴(ささなき)=ウグイスの鳴き声 どこからでも景色の良いお寺です。 燈籠でしょうか? こういう場所にあるから絵になります。 鐘楼門下から洗心閣…… 鐘楼門……もともと境内にあった鐘楼を、摩尼輪堂建立の際に移動することとなりこの場所に移した。普段は上がることができないけど、年末には仮設階段を設置して除夜の鐘を撞(つ)くそうです。どんな階段かわかりませんが、年寄りには難儀でしょうね。 扁額…… 眼下に墓地と住宅……高台にあります。 鐘楼門から山門・慈眼門へ……左は墓地ですが、右側に… とても小さいのですが、呼び止められました……合掌… 石塔群…… 三界萬霊塔と石仏…… かすかに梅の香が漂う山門を失礼した私です。直前に見つけた「磨墨塚」のお蔭で訪問できてとても良かったです。 でもって、こんな道を……「こっちで良いんだよな~」と疑心暗鬼ながらもスマホを見ない私…… 大田区立郷土博物館……入館料は無料だから寄ってみたかったけど、すでに15時48分だったから素通りでした。コロナのせいで現在休館中……当分の間 行かれないでしょう。《おまけ》 ソメイヨシノよりも遅れて開花する里桜・イチヨウが咲きだしました。(8時17分) 安倍首相主催「桜を見る会」で主役の桜です。 布マスクの配布……1人でも2枚、5人でも2枚……ウイルスは簡単に通過するという……200円×2枚×5000万世帯=200億円……アベノミクスならぬアベノマスクだって……アホらしいからこれだけにしておいてやる。 今日も独り貸し切り……8時44分 9時を過ぎると常連さんたちがやってきますが、この時間は私にはありがたい……感染に気を使わなくて済むし、指定席は居心地が良い。 喫煙所……今日は風も穏やかだったから、ここでモーニング食べてもよかった。通行人はみんな見るだろうからちょっと恥ずかしいかも?
2020.04.03
コメント(0)

西馬込あたりから馬込文士村散策の道をブラブラした2月23日…… 磨墨塚に掲示された解説を読み、簡単な地図を頼りに路地を彷徨い…… 住宅街の坂下にありそう……遠目でも大きそうなお寺…… 何とかたどり着けました…… 萬福寺山門……とんでもない寺院みたいです。 四脚門、切り妻造り、総欅造り……昭和40年(1965年)の修復で一旦銅板に直された屋根だけど、平成29年(2017年)に茅に葺き替えられたようです。防火上には反しているようですが、古き良き時代の風景が蘇っています。 山門扁額……慈眼山……慈眼門と呼ぶのかもしれません。『慈眼山 勅賜永平卍海書』と書かれています。博容卍海(はくようまんかい)とは、文政4年(1821年)7月8日に示寂(じじゃく)された永平寺54世のこと。※ 示寂=徳をそなえた僧の死。 磨墨の像……ありました。15時22分……陽が傾いて来ていたので撮りにくかった~ 直前に訪問した磨墨塚で学習したとおり、梶原影季の愛馬の像。創建800年を記念して建立されたとのことですが、昔々の馬込一帯は馬の放牧が盛んだったんだと……馬の姿などみられない現在です。 山門から振り返ります……寺号碑も一緒です……創建800年記念…… 慈眼門から本堂に至るまでにはもう一つ門があります。 右へも鐘楼への石段…… 閻魔堂……慈眼門をくぐってすぐ右に 恐い顔だけど、気持ちは優しいらしい閻魔大王。脇侍の像は撮りずらかったのでありません。 中門……無量門と言うらしい。 平成10年(1998年)10月20日、梶原景時公八百回忌記念事業の一環で建立。 無量門扁額……『無量とは、はかることができないほど多いことを意味します。出来る限り多くの方を寺に招き入れたいという意思のもと、名付けられました。また阿弥陀如来の発する光の一つに「無量光」というものがあります。無量光には、永久に無限の恵みをもたらすという意味があります。(同寺HPより)』 無量門の手前に……石坂改修は昭和30年(1955年)みたいです。 改修や寄進の碑…… 無量門から本堂……本堂手前の左右にさまざまあります。 慈眼山無量院萬福寺本堂……曹洞宗の寺院 建久年間(1190~1199年)大井村丸山の地に密教寺院として創建。開基は梶原平三景時公と伝えられる。火災による移転などがあり、天文3年(1534年)鎌倉の禅僧明堂文竜が曹洞宗に改め中興し、現在の萬福寺へと続いているそうです。 本堂扁額……御本尊は阿弥陀三尊 梅は時期を過ぎていましたが、風情はありました。写真左手の墓地に、梶原平三景時公のお墓があったようですが見落としました。その他の見過ごしも独り反省会で発見したので、機会があったら連れ合いと再訪しましょう。テーマパーク的(不謹慎な言葉でごめんなさいですが)で見どころのたくさんある寺院は珍しいです。大きければ良いということではありませんので……為念 本堂から振り返ると、左から大きくは[鐘楼門]・[摩尼輪(まにりん)堂]・[無量門]…… 左が摩尼輪堂…… 私のような年寄りにはベンチがありがたい……灰皿欲しかったけどな~ ぐるりと回すの……なんとも上手に表現できません。 方角と干支が書かれています。こちらは守護神が積まれていますが、鎌倉長谷寺には一切経を収めた「経蔵(輪蔵)」があります。書架を一回転させることで一切経をすべて読誦(どくじゅ)した功徳が得られるものです。「いつ行ったの?」と連れ合いから聞かれちゃいますね~ 北を護る多聞天…… 狭いので全部撮るのは諦めましたが、確か8方向を各天王が護っていました。 残念ながら今日はここまで……続き(後編)はまた次回です。《おまけ》 久しぶりに朝から青空……最近の定点観測所になった円融寺真公稲荷脇(8時9分) 円融寺裏の山門を入った大桜……まだ大丈夫そうに見えるけど… 風が強いからどんどん散っていきます。散り際の潔さも桜の魅力でしょう。 コロナのせいか? 禁煙のせいか? お客さん来ません。私にはありがたいけど……(8時41分) さてさて、今日は何をしようかしら?
2020.04.02
コメント(0)

大田区南馬込3丁目付近の路地をウロウロ(2月23日) 萬福寺から住宅街をぬって幹線道路に出る手前…… 角地にひっそりと……盛り土をして高くしてあります。 このあたりが坂上みたいです。写真の方向に下ります。バスも走っていて、近くに臼田坂上ってバス停がありました。 臼田神社……と言うらしいけど鳥居はない…… 祠に向かって細い参道の石敷…… 祠内にはこんな提灯が…… 金剛地蔵尊……なのでしょうが、聞いたことのない名称です。 お賽銭を入れて、置かれていたのでお線香を灯してきました。 手水舎もありますが、水を出すにはひねる金具が必要です。想像ですが、臼田さん個人あるいは一族で所有・管理されているのでしょう。臼田坂の云われは、近くに沢山の臼田さんが住んでいたからとあったし…… バス通りを行かず、またこんな裏道を…… 馬込文士村散策の道「萩原朔太郎」のプレートを見つけたところから、東に向かって下っています。私は下りませんでしたが……(萩原朔太郎のプレートは以前載せたので今日は省略) 再びバス通りへ戻ったら……電信柱の右に隠れて…… 見過ごしてもおかしくなかったのですが、呼んでくれました。 磨墨塚……倒れても不思議じゃない大きな石碑…… 磨墨(するすみ)は、源頼朝の家臣だった梶原影季(かげすえ)の愛馬で、平家物語で有名な宇治川の合戦で佐々木高綱の乗った「池月」と先陣を争った名馬だと。その磨墨をこの場所に埋めたとの言い伝えがあり、明治33年(1900年)8月に馬込村の有志により石碑が建立されたそうです。「池月」??? 聞き覚えのある名前……考えて出てきました……洗足池公園に銅像があったと……よかったよかった。3年も前のことを覚えていた自分に感心しました。 普段 説明書きは撮るだけですが、珍しく読んでみたら『近くの古刹萬福寺には、磨墨の銅像があります。』と書かれていたので寄ってみることに。直前に訪問した萬福寺とは別の同名のお寺……この大雑把な地図でたどり着けるか? 庚申塔……享保5年(1720年) 裏から見るとこんな感じ…… とにかくごちゃごちゃした道ばかりだから不安だけど当てずっぽう。スマホを見れば良いのだけど面倒だから…… 右へ左へ……それでもなんとかなりそう…… でもって残念ながら古刹萬福寺は次回です。前後編の予定です。 先週土曜日……ある有名人(タレント)が予約を入れた店に4人で訪れた。ドアを開けるなり「なんだ、カウンターだけなの」と、踵を返して出て行ったそう。店は、予約があるからと断ったお客もいるだろうに。ワインでも生ビールでも、一杯だけでも飲んでいくのが常識だと思うのだが、芸能人とは常識が違うらしい。この話は複数の飲食店店主に伝わっているだろうから、彼の予約は受け付けない店もあるかもしれないな~
2020.04.01
コメント(0)
全32件 (32件中 1-32件目)
1