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神山四郎『歴史入門』~講談社現代新書、1965年~ 歴史学の問題とは何か、歴史学はどういった性格の学問か…そういった問題を考察する領域を著者は「歴史哲学」と呼びます。本書は、その歴史哲学の実践方法を示す一冊です。 本書の構成は次のとおりです。ーーーまえがき1.「歴史を考える」とは 1 「歴史を考える」ことの必要 2 古典的な二つの歴史哲学 3 歴史を科学にする哲学 4 歴史を書くことから理解することへ2.歴史の事実とは何か 1 「歴史」ということばの意味 2 歴史の事実はどこにあるか 3 歴史は現在つくられる 4 歴史家の視座の問題3.歴史は客観的に見られるか 1 歴史学と物理学のちがい 2 社会科学が発見したもの 3 歴史の記述は主観的か客観的か 4 客観的な歴史の見方4.歴史はくりかえすか 一回かぎりか 1 歴史の形而上学の考え方 2 歴史学の方法論の問題として 3 くりかえすものと一回的なもの5.歴史は科学的に説明できるか 1 歴史的説明と科学的説明 2 歴史家と法則 3 歴史の説明のルーズさ 4 法則から導く説明の困難 5 理由づけの意味と限界終わりに索引ーーー いわゆる方法論についての本ということで目を通してみましたが、私の理解不足もあいまって、正直あまりぴんとこない感じでした。 たとえば、歴史は一回的なものかくりかえすものか、という議論のなかで、「○○が暗殺された」と、述語をつければ、それは繰り返すといえるし、「○○年にどこそこで○○が暗殺された」という風にいえば一回的である、という説明があります。 しかし、「歴史は繰り返す」という考え方はそういう意味ではなくて、たとえば、ある政治体制が腐敗し、それに対して暴動なりが起こり、新たな政治体制になるも、やはりまた腐敗し…ということが繰り返されるような様が、「歴史は繰り返す」という考え方につながっているのではないか、と思います。 先に挙げた著者の説明は、あくまで話を単純化するためで、そこだけをあげつらうのはフェアではないかもしれませんが、しかし、私があげた意味での「歴史は繰り返す」という問題への答えは、あげられていないように思います。 また、事実に関する議論について、著者は、たとえば「Aという事件があったという背景の中でBが起こった」というものを歴史学の事実といいます。A単体、B単体(たとえば、ある年にある国王が暗殺されたという事件)だけでは、昨日子供を連れて実家に帰ったという単体の事実となんの変わりもない、というのですね。 けれど個人的には(以前読んでまだ感想を書いていない、遅塚忠躬『史学概論』の議論をふまえて)、Aという事件とBという事件の関連を指摘するのは解釈であって、Bという事件の詳細(いつ、だれが、どこで、何を、どうした)は単体の事実ではなかろうか、と思ってしまいます。うまく書けないですが、このあたりの議論で、なかなかぴんとこない感じでした。 一方で、面白かったのは、歴史家の記述が、その歴史家が置かれている社会的状況、立場に規定されているという部分で、具体例が挙げられていることです。 たとえば、19世紀はロンドン、自由主義の風潮のなかでグロートという人物が著した『ギリシャ史』は、アテナイの民主主義を理想化する著述になっているために、ギリシャの奴隷制の問題が外されてしまっている、というのですね。 ぴんとこないと書きましたが、それでも歴史学の営みや問題について考えるきっかけになるという意味では、良い読書体験だったと思います。 それこそ、歴史は一回的なものか繰り返すものかという議論は、最近の歴史学の方法論の著作ではあまり見ないので、自分なりに考えていくのも面白いと思いました。
2012.04.30
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土屋賢二『あたらしい哲学入門―なぜ人間は八本足か?―』~文藝春秋、2011年~ 岡山県出身でお茶の水大学名誉教授の土屋賢二先生による、講義をもとにした哲学入門書です。 土屋先生は、ユーモアエッセイも多数発表されていますが、哲学関連の文献としても次の3冊が刊行されています。・土屋賢二『猫とロボットとモーツァルト』勁草書房、1998年・土屋賢二『ツチヤ教授の哲学講義』岩波書店、2005年・土屋賢二『もしもソクラテスに口説かれたら―愛について・自己について』岩波書店、2007年(本書の後に、『幸・不幸の分かれ道―考え違いとユーモア―』東京書籍、2011年も刊行されています。一度読んだのですが、記事はまだ書けていません) 本書の構成は次のとおりです。ーーーまえがき1時限目 講義の方針2時限目 問題が無意味になるとき3時限目 ことばが無意味になるとき4時限目 強力な武器:基準5時限目 基準の使い方I6時限目 基準の使い方II7時限目 間違っているけど便利な論法―「生きる意味はない」8時限目 二つの意味を混同して出てくる問題I9時限目 二つの意味を混同して出てくる問題II10時限目 だれでも答えられるはずなのに答えられない問題結論ーーー 土屋先生が他の文献でも強調されている、哲学の問題は言葉の誤解から生じる、ということを、分かりやすく論じた1冊です。いろんな誤解のあり方や、その誤解から生じる問題を紹介し、そこから誤解を解くことで、問題自体を無意味にしていく、という流れですね。 サブタイトルは、問題自体が意味をなさない例を示しています。 まず1時限目で、この講義の目標が語られますが、その中で、「なんとなく分かった」ではなく、「フランスの首都がパリである」と答えられるくらい明確に理解してほしい、という言葉があります。まず、このくだりに感動しました。なんというか、これくらいのスタンスで、分かりやすい講義をしようという(そして理解してもらおうという)教員がどれくらいいるかな、という思いもありつつ、こういう先生に出会えたら幸せだろうなぁ、と思います。 さて、では、2つの印象的な例を書き留めておきます。 たとえば、ゼノンという哲学者のパラドックスに、飛ぶ矢は飛ばない、というものがあります。A点からB点に向かって飛んでいる矢があっても、ある一瞬をとってみれば、A点からB点の間でその矢は静止しています。次の一瞬をとっても、やはり矢は静止している。このように、矢はどの瞬間をとっても止まっているのだから、矢が飛んでいるとはいえないのではないか、というのですね。この問題も、言葉の定義を明確にすることで、解決することができます。 本書の中で特に面白かったのは、「人生に生きる意味はない」という問題です。私もむかし、この問題に悩んだことがありますが、土屋先生はこの問題を無意味なものにしてくれます。ちょっと結論を先取りしてしまえば、これは哲学的な問題ではなく、単に個人の価値観の表明にすぎない、というのですね。 人生に意味がない、というとき、たとえば、人生はいずれ終わるとか、毎日同じことの繰り返しという根拠が挙げられます。しかし、人生に意味がある、というとき、たとえば、人生はいずれ終わるからこそ生きているその瞬間が楽しいとか、同じことの繰り返しの中にも、いろんな発見がある、という根拠をあげることができます。同じものを見ても、出てくる答えが違うということは、つまり、価値観の違いでしかなく、客観的な基準というものが存在しない、というのですね。 これはたとえば、風邪のときにある薬Aを飲むのは意味がある、というときの「意味がある」とは違います。薬Aが風邪に対して意味がある(=対処として重要)ということは、客観的に確認することが可能だからです。つまり、「人生に意味はない(=人生は重要ではない)」という問題は、「意味がある・ない」という言葉の使い方の誤解から生じる、ということになります。 これらの例の他にも、興味深い話題の多い、面白い一冊です。※先日、土屋先生の講演会に参加して(講演もとても面白かったです)、本書にサインしてもらいました。いっそう、大切な一冊になりました。
2012.04.22
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小田中直樹『歴史学ってなんだ?』~PHP新書、2004年~ 東北大学大学院経済学研究科教授でいらっしゃる小田中先生による、平易な言葉で描かれた歴史学方法論についての一冊です。 本書の構成は次のとおりです。ーーー序章 悩める歴史学第1章 史実を明らかにできるか I 歴史書と歴史小説 II 「大きな物語」は消滅したか III 「正しい」認識は可能なのか第2章 歴史学は社会の役に立つか I 従軍慰安婦論争と歴史学 II 歴史学の社会的な有用性第3章 歴史家は何をしているか I 高校世界史の教科書を読みなおす II 日本の歴史学の戦後史 III 歴史家の営み終章 歴史学の枠組みを考えるあとがき引用文献リストーーー 数年ぶりに再読しました。 いくつか、印象に残った点を中心にメモをしておきます。 まず、第1章で語られる、歴史小説と歴史書の違いについて。 たとえば、史料や先行研究を丹念に読んで書かれた歴史小説があれば、その作品と歴史書の違いはどこにあるのでしょうか?本書での小田中先生の答えは、歴史書は常に根拠を問い続けている、ということです。ある事実を提示するにも、必ずそれはどの史料に基づくのか、どの先行研究に指摘があるのかを明示しなければなりません。そして、自分の判断を述べるときも、根拠が十分でなければ、その旨を示す必要があります。しかし、歴史小説には、そうした必要がない、というのですね。 なお、通読したものの記事は書けていない、遅塚忠躬先生の『史学概論』によれば、もう一点、歴史小説は「真実」を描くが、歴史書には「真実」は描けない、という点も挙げることができるでしょう。 非常にセンシティヴでナイーヴな問題を孕むテーマを扱っていますが、第2章を特に興味深く読みました。 本書で扱う問題のほか、近年とくに近隣諸国との領土問題が注目されています。こうした問題に、歴史学は役に立つのか。 小田中先生は、役に立つといいます。なぜか。 上でもふれたように、歴史学は常に根拠を示さなければなりません。近年の領土問題などのようにいろんな歴史像が提示される場合、それらの歴史像のなかでどの像に正当性が認められるか、それを判断するためには、根拠の提示・解釈の方法を見ていかなければなりません。そうした方法の蓄積があるのは、歴史学です。したがって、歴史学は社会の役に立つ、というのですね。 特に重要な部分を引用しておきます。「歴史像の正当性を計る際に使える基準といったら、そこで提示される解釈や認識の正しさをおいてほかにありません。そして、歴史にかかわる解釈や認識の正しさについての知識を提供できる学問領域といったら、歴史学をおいてほかにありません。歴史学が提供する基準が絶対的に正しいという保証はありませんが、でも、基準自体をよりよいものにしてゆくことはできるはずです」(104頁) 上であげたような問題を論じるにあたって、根拠のない主義主張は話にならないということを、ある種の論者には分かってもらいたいものです。 第3章のIは、歴史教科書にも、近年の歴史学の議論が反映されていることを示しますが、とはいえ教科書は面白くありません。異常に覚えるべき事項がつめこまれているのももちろん、歴史の流れを断定的に記さざるをえないという教科書の性格にも、面白くない要因があると小田中先生は指摘します。教科書では、たとえある事実について歴史学の議論ではいろんな解釈が提示されているとしても、それらをいちいち紹介することができないのですね。 と、各章ごとに興味深かった点を中心にメモすることになりました。 なお、本書は、いろいろ興味深い啓蒙書を紹介しています。紹介された啓蒙書については、巻末にそのリストも掲載されていて、便利です。 ところで、歴史学を勉強していると、本書のように、「歴史学とは何か」「歴史学は役に立つのか」「歴史学に真実は分かるのか」といった、歴史学の方法論や存在意義について考えさせられることがしばしばです(史学概論の領域ですね)。 こうした、自分が営んでいる学問領域の意義について(特に「役に立つのか?」というような問題など)、他の学問、たとえば日本文学や英文学などや人類学などでも、考察する部門(歴史学にとっての史学概論のような)はあるのでしょうか。 大学という場を離れて何年にもなり、こういう問題で話をできる場がないのが時に残念な日々です(仕事もプライベートも充実しているので、幸せなのですけれど…)。 とまれ。 本書は、「です・ます体」の、とても読みやすい文体で記されているので、割と早く読了でき、内容もとても面白い一冊です。
2012.04.15
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池上俊一『魔女と聖女―ヨーロッパ中・近世の女たち―』~講談社現代新書、1992年~ 前回に引き続き、池上俊一先生の著作を紹介します。 本書の構成は次のとおりです。ーーープロローグ1 魔女 1 魔女狩り 2 魔女集会「サバト」 3 魔女裁判と拷問 4 悪魔学の深層 5 魔女はなぜ生まれたか2 聖女 1 閉ざされし聖女の園 2 男装する聖女 3 拒食する聖女 4 聖体をいつくしむ聖女 5 聖女の恍惚3 魔女と聖女の狭間で 1 モデルとしてのイヴとマリア 2 女のからだ 3 母性の勝利 4 娼婦とマグダラのマリア 5 異端のなかの女性たち4 したたかな女たち 1 教会法と世俗の法 2 女性の仕事 3 権力をにぎった女たち 4 女たちの十字軍 5 中世の自由恋愛5 女性の文化は存在したか 1 糸巻き棒の福音書 2 読書する女 3 聖なる治癒力 4 ベギンとピンツォケーレ 5 女性知識人の登場エピローグーーー ほぼ同じ時代、一部の女性は魔女として迫害され、一部の女性は聖女として崇敬されていました。またときには、ジャンヌ・ダルクのように、聖女のような活躍をしながら、魔女として処刑され、後に列聖されるという例もあります。 本書は、このような、迫害と崇敬という正反対のことが、なぜ起こりえたのか―という興味深い問題提起から始まる、いわゆる女性史研究の業績です。 魔女と聖女という、いわば特殊な女性たちに焦点をあてるだけでなく、第4章、第5章では「一般の」女性たちにも目が配られていて、バランスの良い叙述だと思います。 読了から時間が経ってしまったので、数点のみ、面白かった点や気になった点を挙げておきます。 私の読みが浅いせいかもしれませんが、結局、ほぼ同じ時代に、魔女迫害と聖女崇敬が大きく展開された理由が、はっきりとは理解できませんでした。 池上先生はその源泉が、初期キリスト教の時代からの、女性蔑視(たとえばエバ)と女性崇拝(聖母マリア、マグダラのマリアなど)にあると指摘します。それはそうだと思うのですが、かたやある女性は魔女として迫害され、かたやある女性は聖女とされ崇敬されるという状況が、なぜ生まれたのか。そして同時代の人々は、その状況をいかに感じていたのか、といったあたりが、さらに気になります。 興味深かった点に移ります。 魔女裁判の前に行われる取り調べでは、裁判官たちは、魔女の体中を針で刺していったといいます。それは、「悪魔が魔女にとり付くときに彼女の体に残した小さな跡・印を発見するため」なのだとか。その様子をつぶさに記した史料を引用した後、池上先生はこのように述べます。「いったい裁判官たちは、何をやっているのであろうか。こんなふうにつぶさに書いてくるだけで、恥ずかしさと気味の悪さに身内がゾクゾクしてくる」(37頁) 魔女に関する文献は何冊か読んでいますが、こういう感慨が述べられているのは初めてのように思います。ただただ、うなづくばかりでした。 もう一点興味深かったのは、十字軍に行く者たちのなかには、夫婦同伴もしばしばあったという指摘です。 橋口倫介先生の『十字軍』など、十字軍関連の文献もいくつか読んでいますが、指摘がなかったのか、私が意識してなかっただけなのか、とにかく本書での指摘は印象に残りました。 構成もきれいですし、内容も興味深い一冊です。
2012.04.11
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池上俊一『パスタでたどるイタリア史』~岩波ジュニア新書、2011年~ 西洋中世史に関する著作を多数刊行していらっしゃる池上俊一先生の、最近の著作です。 これまでにも、一般向けに分かりやすい著作を多く発表していらっしゃいますが、今回はなんとジュニア新書です。 まずは、本書の構成を掲げておきます。ーーーはじめに 日本のパスタ事情第1章 麺が水と出会うまで第2章 文明交流とパスタのソース第3章 貧者の夢とエリートの洗練第4章 地方の名物パスタと国家形成第5章 母と子の思い第6章 パスタの敵対者たちおわりに 歴史の中のパスタあとがきイタリア年表ーーー 第1章は麺の素材に着目し、また、その歴史を、古代ギリシアの時代から、ざっと辿ります。 古代ローマでは、小麦粉を水といっしょに練り粉にして延ばし、大きなシートにしたような食材があったそうです。ただ、ゆでたり蒸したり、という調理法ではないので、現在いうようなパスタとは異なっていました。 ところが、ゲルマン人の侵入により古代ローマ帝国が滅びた後、ゲルマン人たちのあいだで、そのような小麦粉を材料にした食材が食べられることはなくなっていきます(パンは別ですが…)。 11~12世紀頃からは、現在風のパスタが食されるようになったそうです。なお、北イタリアは生パスタ、南イタリアは乾燥パスタという風に、南北イタリアのあいだの違いも指摘されています。 第2章はパスタのソースの材料に着目します。なお、いまパスタのソースといえばトマトは欠かせませんが、当然これはアメリカ大陸原産。アメリカから輸入されるまで、もちろん使われませんが、しかしチーズをたっぷりかけて食べる習慣は、 11世紀ころから既にあったそうです。 この章で驚きだったのは、やはり大航海時代から大量に入手できるようになった砂糖も、パスタに用いられたということです。 13世紀の神聖ローマ帝国皇帝フリードリヒ2世は、砂糖をつかった「甘いマッケローニ」が大好物だったとか。そして、そのような甘いマッケローニ(マカロニ)が、フランスのお菓子「マカロン」の語源になったそうです。 第3章は、パスタを作り、食べていた人―特にその階層―に着目します。民衆の伝統とエリートによる洗練が、こんにちのパスタにつながっていることが示されます。 また、民衆にとって、パスタをたらふく食べることが夢だったということも、いろんな史料を紹介しながら指摘されていて、興味深かったです。 第4章は、イタリア各地の名物パスタ、そしてイタリア料理の成立を紹介します。 面白いのは、いろんな地方で多様な名物パスタが生まれますが、その前提として、イタリア料理の成立があったということです。ここでは、イタリア料理の父といわれるアルトゥージ(1820年生まれ)の業績が紹介されます。 また、形状などがほとんど同じパスタでも、地方ごとにそれを示す呼び名が様々であるという指摘も、興味深いです。 第5章は、パスタの歴史(そしてイタリアの歴史)のなかでの、女性の役割に着目します。 結婚の条件として、料理上手であることが求められたこと、パスタのもつ母の味というイメージ、そして家庭の母という女性のイメージのもつ裏の要素などが指摘されます。 第6章は、誰からも愛されるイメージのパスタに、敵対者がいたことが示されます。 敵対者は3つあり、(1)アメリカとの関係、(2)未来派の運動、(3)食のスタイルの変化による危機、です。 私が特に面白かったのは、20世紀初頭に起こった前衛的な芸術運動である未来派についてです。機械文明を礼賛するこの運動の主導者であるマリネッティは、ある文章の中で、パスタのことをこきおろします。 …が、その宣言を出した後、パスタを美味しそうにほおばるマリネッティの姿が目撃されたとか…。 未来派については学生時分にレポートを書いたので印象に残っているのですが、こんなエピソードもあったのかと、興味深かったです。 以上、それぞれの章ごとに、簡単に面白かった点をまとめてみました。 パスタという身近な食材の歴史を、イタリアの古代から現代までの歴史の流れと見事にからませながら見ていく本書はとても面白いです。 あとがきによれば、池上先生は『幻想の食卓』という、食の歴史については自身最後の著作を構想していらっしゃるそうで、そちらも楽しみです。
2012.04.07
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Michel Pastoureau, "Le sceau medieval"dans Michel Pastoureau, Figures et Couleurs : Etude sur la symbolique et la sensibilite medievales, Paris, 1986, pp. 71-87. 久々に、ミシェル・パストゥローの論集『図柄と色彩―中世の象徴と感性に関する研究』所収の論考を紹介します。今回は、「中世の印章」を紹介します。 本稿の初出は1983年。以前紹介した『印章』は、1981年に刊行されていますので、本稿は、『印章』の簡潔な整理という位置づけになるでしょうか。本稿には、註も参考文献もありません。 今回は、レジュメ的にまとめておこうと思います。ーーー[序文]・印象:豊富な情報源、統計的調査可能 しかし研究は不十分[1]印章とは何か(1)定義・A・クーロンによる定義 「軟らかい素材、しばしば蝋の上に、厳密には母型と呼ばれる硬い物質(石や金属)に彫られた図像や文字が刻印されたもので、 一般に、権威や保有権の個別のしるしとして用いられる」(訳は高山/池上『西洋中世学入門』117頁の岡崎敦先生のものを参照) →刻印の強調∴不十分・印象の3つの機能 1)内容の秘密性や正しさを保証 2)印章が付されたものの所有権の証明 3)書かれた行為の真正性の保証→最も重要(2)歴史 ・メソポタミア文明…円筒印章を使用 ・ローマ…一種の署名として使用 ・メロヴィング期…私的な印章の使用が減少→王の特権 ・10世紀頃~…高位聖職者、俗人諸侯らによる使用 ・12-13世紀…印章の使用の一般化 →印章のない証書は疑いの目を向けられる ・15世紀半ば~…印章の使用の減少 ←署名・公証人制度の発展 ・17世紀~…君主や法人のみ印章を使用[2]母型と刻印(1)母型 ・母型:凹型に彫られた物体で、これを蝋にあて、印章の刻印を作る →金属製…たいていは真鍮;錫や鉛(農民);石、象牙、金も用いられる ・二つの形態:A.平たいもの B.裏側に円錐や三角錐の突起のあるもの ・厚い金属∴製造にコストかかる →父の母型を再利用し、銘文だけ変える例も(2)刻印 ・素材…しばしば蝋、地中海地方では鉛も ・古代…粘土 ・ローマ時代~…蝋の使用増加 ・刻印の色…白、赤、緑など →色の体系化 例)フィリップ尊厳王;緑の蝋=荘厳・恒久的な文書に、黄の蝋=より日常的な文書に ・刻印の大きさ…君主の方が大きい →農民が騎士より大きな刻印を持っている例も存在[3]銘文と図柄の形式・印章の地には図像(=形式);その周囲に銘文(1)銘文・文字…錐で打ち込み∴打ち間違いも・限られたスペース∴省略も・銘文の言語:12世紀末頃までラテン語、13世紀から俗語の普及・銘文の内容=名前、肩書き、職業;ことわざも(2)形式・「荘厳形式」…王の肖像(横顔、軍服);百合の花;正義の手 →フランスでは王のみが使用・「騎馬形式」…戦闘中の騎士・「狩猟形式」…鹿や猪を貫く図像も;女性もこの図柄を使用・「紋章形式」…最多。・「聖人伝的形式」…天使や聖人の図柄 →高位聖職者、聖堂参事会、都市、兄弟団などによる使用・「都市の印章」…舟の図柄;祈念碑の図柄 などなど・その他…動植物、武器・道具(例:職人が自分の仕事を示す道具)[4]印章学・第一段階:印章の保存と調査目録の作成 →印章を、それが付された証書から分離すべきではない (印章は、文書に紐で結びつけられていました)・印章研究の貢献しうる領域の多様性 →政治史、法制史、紋章学、社会史、美術史、文化史 などなど…ーーー この記事の冒頭でふれた、『印章』という本には、図版が全くありませんが、本稿には17の印章の図版が掲載されていて、興味深いです。 なお、クーロンによる定義のところでふれた『西洋中世学入門』第7章の前半は、ミシェル・パストゥローの業績を手際よくまとめられていて、本稿を読むのにも参考になりました。
2012.04.01
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