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金、土、日と眠り込んだら今日は朝から元気に。自分では全く覚えていないのだけどコメントに返事もしている。時間外をちょこっとして帰宅した、パソコンを開いたらしっちゃかめっちゃなコメントが書かれている。自分としては7時過ぎに起床したつもりなのに、5時台、6時台にも記入されている。朝早くから今日は元気だったと振り返る。でも、記憶が全くないのは困ったもの。職場にはいろいろな人がいる。先週、同僚の一人のお子さんが発熱した。金曜日シフトが取れない。年長者の私はつい先走りをして、ある方に午後1件だけ訪問してもらえないかとお話をした。この方は3年前、体調を崩して正社員から日正規社員になった。いつも穏やかで明るい方なので、簡単にお願いを聞いてもらえると思っていた。それが、それが、YESの答えは聞けなかった。その背景には、ご本人の辛い経験があった。体調が悪く休みがちだったとき「職場は福祉事業ではないからこれ以上休みは容認できない」っと言ったことを言われたそうな。職員の精神的、身体的に健康状態を保つことは雇用者の義務だ。現場が大変なとき、違う手立てがあったものを。この方の心の傷は癒しようもない。今までずっと我慢されたと思うと思わず熱いものがこみ上げてきた。職場の理不尽な対応は横行しているに違いない。小さな職場でお互い様で支えあわなければならないのに、辛い話だった。
2009年08月31日
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三連休、眠って過ごす。一日目、朝起きられず、お昼には、三時にはと引き伸ばしても起きられず一日眠って過ごす。二日めは風邪気味で、カウンセリングはキャンセル。三日めも起きる気にならずハイキングは中止。結局、久しぶりに三日間眠って過ごす。何もせずただぼんやりとして過ごす。ただ、勝手のようにベッドに沈み込むような体の重苦感はなく比較的身体は軽い。睡眠を十分とったって感じだ。明日からは、元気に過ごせそうだ。
2009年08月30日
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明日から、久々の三連休。職場は4週6休なので、8月の第一週、二週に土曜日に連続して働いたご褒美で三連休。先週末土日寝込んだせいか、月曜日からずっと定時で仕事が終わったこともあり、木曜日の今日になっても快調。今日も終業時刻前20分からお仕事なし。終業5分前、所長が訪問から帰ってきたので、「何かお仕事ありませんか」ってたずねたらちょっとした事務作業。気持ちよく引き受け定時には終了。今度の三連休には、ちょっとした予定を入れている。明日は精神障害者自立支援法の更新手続きに保健所に出かけ、帰りには期日前投票をする。時間があれば、神保町まで山服の買い物。次兄と姉夫婦と来年の夏、富士山登山をするので、次兄の還暦祝いにゴアテックスのレインウェアとフリースをプレゼントするのだ。兄は地元でネイチャーガイド見たいなことをしているのでアウトドア用のウェアはあったほうがいいとの意見は私とすぐ上の姉で一致した。姉からカンパもいただいた。明日、買い物日和に私の気分がなってくれることを祈るのみ。いつも、休み前の夕方、明日何をするか予定をあれやこれや思いを巡らすのだが、当日になると朝起きられなくなったり体調が悪くて結局夕方までだらだらと過ごしてしまう。アウトドァショップに土日に買い物に行くとお店が込んでいて店員さんも急がしそうでなかなか相談にのってもらえない。ウィークディのお買い物は丁寧な買い物ができるのでとても良い。あさって土曜日の予定は、2回目のカウンセリング。埼玉の私大まで出かける。認知行動療法を受けたいと、初回時にその希望をお話しているので、どんな展開になるのかドキドキながら楽しみでもある。カウンセリングについては主治医も賛成で後押しをしてくださっている。1時間のカウンセリングで、どこまでお話が進むかわからないが、自己理解を深めるためにも今後も受けていきたい。欝が長くなってしまったら、本当の自分がどうなのか分からなくなってしまっている。無口で素直で純粋すぎる、と思われているらしいのだが、自分ではそうは思えないでいる。要するに世間知らずのおばさんといったとこらしいのだが。あさっては、天気が崩れそうだが奥多摩の三頭山までハイキング。帰りには数馬の湯で温泉につかる。山に登った後の温泉とビールが楽しみで山に登っているという一面があるのだが、三頭山はブナの林もあり、滝もあり楽しみだ。ところで、職場にインフルエンザが近づいてきた。同僚の小学生の息子さんが今日新型インフルエンザと判明。同僚はマスクをつけているが、同じ家族に保育園の弟がいる。来週あたりは一家全員インフルエンザにかかっているのかもしれない。新型インフルエンザは若年者がかかりやすいらしいし、屈強な日本ハムの選手もばたばたとかかってしまっているのだから、罹患するのは時間の問題だ。とすると、来週の勤務は超ハードになりそうな予感。今週、ゆっくり休み、楽しんでおこう。
2009年08月27日
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定期受信日「今の状態が○っさんにとって、いい状態なのかな」と言われて考え込んでしまった私です。抗欝剤と眠剤で乗り越えられてきた私。鬱病になった初期、医師からは「家に帰ったらだらだらしていなさい」と言われていた。医師に言われるまでもなく、家に帰ったらぐったりしてしまいTVを見るくらいで、休日はほとんど寝込んでいた。仕事以外は家に引きこもっているので付き合いは減ってしまった。所属していた山岳会は休部状態になり、友人との付き合いも億劫になっていった。その頃はまだ職責をしていたので、仕事が遅くなることもままあった。仕事だけで精一杯だった。2年前、職責をはずしてもらい職場を異動させてもらい仕事量は減り、時間外勤務も月に5時間以内に減った。抗欝剤も眠剤を増やしてもらい、十分な睡眠と休養で症状は減っていった。一番辛かったのは、頭痛、首と肩の凝り、体が重苦しくてだるいことだった。鎮痛剤は常備薬になり、週に2から3回はマッサージに通った。今は、鎮痛剤はまれに使うくらいに減り、肩こりもストレッチで治っている。体の症状は大分軽くなった。もう少し活動性を増やしたい分野は読書や資格の勉強などをすることだ。病気になる前は週に2、3冊本を読んでいたので読書ができなくなったことは寂しい。ただ仕事をするだけの生活も物足りない。そのためにも眠剤を減らしたい。超短時間型の眠剤の服用だけで済むようになりたい。反面、眠れなくなる恐れも強い。現在は少し過眠状態かもしれないので少しずつ主治医に話しながら減らしていけるかもしれない。患者は主治医の言葉を診察終了後、ああでもない、こうでもないと考えを巡らすのだと思った。今回の先生の言葉で少し自信を持ってもいいのかな、と思えるようにもなった。幸いに、8月は夏休みをとらなかったので、9月、10月休める。これを機会に山旅に出かけようと思っている。
2009年08月26日
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今日は2週間に1回の定期診察日。仕事は定時に終わったので、予約時間の6時にはクリニックに到着。ほとんど待ち時間なしに診察。この2週間の状況報告。何とか仕事はし、お出かけもしていることも、二日間寝込んだことも報告。主治医曰く、今の状態が私の本来の状態とおっしゃる。自分自身は、今の状態については不満がある。仕事はそこそこにしているが、そこそこに済ませているといったほうが適切か。家事はあまり手がつかない、ほとんどしていない。ゴミ捨てだけはまめにしているが。思いっきり何かに打ち込めるようになりたい。でも、そんなことしたらすぐに寝込んでしまうんだけど。これが、今の状態が私?!帰りの電車で、5分くらいしか乗らないんだけど、今日の先生の言葉を何回反芻しても納得の気持ちにならない。今の状態って結構もろいんだけどなぁ。自分では限界を超えないように意識してトーンを落としているのに。この私を続けていくのが良いってこと?眠れるし、時には眠りすぎてるし、食欲もあるし、死にたいとももうだめだと追い込まれることもなくなったし。「もう、抑うつ状態ではないですよ」という先生のお話も本当かもしれない。だったら、もう少し活動性をあげてみても良いのかもしれない。
2009年08月25日
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土日、寝込んだので月曜日は快調かと思いしが、なんとはなしにだるい。朝シャンしているうちに、少しずつ目覚めてくる。たまりにたまったダンボールや新聞等資源ごみを出す。やっと、部屋がきれいになった。今日の訪問は5件。4件目の方は、内科、麻酔科、整形外科に通っている方。脊柱管狭窄症という病気もあり、痛みがいつもある。筋力も低下してきており、痛みがあるゆえにベッドで過ごす時間が増え、動かないゆえに筋力が落ちる。その結果さらに痛みが増す。悪循環にはまってしまっている。医師は動けとしか言わないらしい。痛いときは体を動かすのは辛い。一人では無理だ。どうして差し上げればいいのだろう。昨日も転び、階下の浴室に行くまで精一杯だった、定期受診している病院は日本でも指折りの病院だ。でも何ヶ月も同じことを患者に繰り返し言い続けているというのはどうかと思う。患者さんが変わらないなら、それに対応した医療をすべきと思う。お医者様はやっぱりお医者様だと思う。この方の生活状況を目にしたらもっと違う治療方針が出るのではないかと思うのだが。こんなことを思うときは、私はついお怒りモードになってしまう。欝のときに怒るとその後少し疲れてしまう。事務所に戻るとどっと疲れが出てしまい、机に座るや否や動けなくなってしまった。医学は進歩したが、医療はまだまだだと思う。情報の共有ができない。時間があれば受診時に同行して医師の診断と治療方針についてお尋ねしたい。訪問看護の状況や、家族の状態を聞いてもらいたい。「動かないと動けなくなってしまうよ」言うは安いが、痛みをこらえながらそれでも体を動かしたいと思っていただけるようになるのは何が必要だろうか。体が動かなくなってしまったとき、「あなたが動かなくなったからですからね」とでも言うつもりなんだろうか、
2009年08月24日
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先週はペースを上げて仕事をしてしまい、週末寝込んでしまった。今日も起きられず、夕方までTVをつけながらずっとうとうとしていた。5時過ぎやっと起き上がる。お腹もすいてきて台所に立つ。金曜日仕事が遅くなってしまって買い物をせずに帰宅。冷蔵庫にあるもので今日始めての食事を済ませる。世界陸上の女子マラソンを見始めたらやめられるなくなってしまった。尾崎好美が銀メダル。 精一杯走る選手を見るのは爽快だ。昨日、今日と寝込んでいた気持ちが少し転換できた。鬱病になるまでは力一杯努力することが好きだった。でも、病気になってから気分の浮き沈みが激しくてどの位の力配分で暮らしたら平坦に暮らせるかが課題だった。それももう6年。いい加減欝から抜け出したい。 抗欝剤も主治医によるとこれ以上増やせないという。眠剤もばっちり使って何とか乗り切ってきたが、今回のように少し無理をするだけで休日を寝込むことになってしまう。朝起きれない。眠るでもなく起きるでもなくただ体を横たえているだけで時間が過ぎてしまう。土日寝込むと月曜日から仕事は何とかできるのだが、そんな生活がちょっと面白くない。欝になり始めたころの「この世から消えてしまいたい」と思ってしまうことはなくなったが、生き生きとした感情を取り戻したい。自分は今どこにいるのか。いつ治るのか。見通しがつかない。振り返ってみると、本当にひどかった時より良くなっていることは実感としてつかめている。 頭痛や肩こりもなくなってきた。いつも鎮痛剤を飲み、週に二三回はマッサージに通っていた頃を思い出すと確かに良くなってきている。躓きも少なくなっている。山にも月一回位は行けるようになった。出来るようになったことをポジィティブに受け止めて遅い歩みを受け入れていくしかないかとも思う。でも、もう50台半ば。このまま老年期に突入するのかと思うと不安になる。不確かな人生に愕然とする。自分の人生設計が本当に未熟だったと思う。人生設計なんてことを考えることなく生きてきてしまったと思う。もう、青年期には戻れない。人生をやり直すこともできない。老年期を迎えることを考えて今からでもできることを準備していくしかない。明日から、また元気に働こう。
2009年08月23日
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昨日は金曜日。先週末の土日実家に帰り、大菩薩にも登ったので今週はいつになくかったるい。筋肉痛も木曜日にやっと落ち着く。火曜日、木曜日と進行癌の方のお家を訪問した。この方の闘病姿勢は積極的で3ヶ月との余命告知を受けたのが4月。それから4ヶ月、本当に頑張ってこられた。気道と食道がリンパ節の腫大で圧迫され、唾液を飲み込むこともできずティッシュをベッドサイドに積んでおきひっきりなしに唾液をはいている。間違って唾液を飲み込むと気道に入り咳き込む。そんな状態ながら、ご自分の病気に向かう気持ちを話してくださっていた。「食べられなくなったら、最後と思うので吐き気と戦いながら飲み込んでいる」「自分の体には1600Kcalが必要なのでカロリー計算をしながらたべたいる」と。その方が、先週の木曜日訪問したとき「食べられなくなったとき胃ろうををつくりたい」とお話があった。翌日の往診で主治医から医療的な説明がされ、ご本人の決断が決まり次第処置をすることになっていた。火曜日訪問したとき「もう1200Kcalしか食べられなくなった。でもまだ決断ができない」と。「体がきついのでケァは今日はいいです」とのことだったが、お話をするうちにドライシャンプーの希望があった。たった5分間位しかかからないケァだが、その間唾液を誤嚥しないように神経を集中している空気が満ちていた。本当にソフトにやさしいタッチを心がけた。その後居間でリラックスしながら好きなタバコを吸っていた。木曜日訪問すると、午後3時過ぎというのにベッドに横たわっていた。唾液を吐き出すために起き上がりしばらく咳き込んでいた。やっと咳き込みが落ち着きお話があった。「もう食べられなくなった。明日にでも入院したい。」と。今日はまだ何も口にしていないという。病院のベッドを押さえていなかったことが悔やまれた。とりあえず、明日の往診までに入院の手続きをはっきりさせておくこと、入院に必要な準備を家族にお伝えした。食事が入らなくなっているので、点滴の希望があるかたずねると、してほしいとのことであった。夕方診療所に連絡すると、明日は点滴の準備をして往診し、土曜日入院できる子の担ったという。金曜日の夕方、診療所からの連絡では今日はもう何も食べられなくなっていたとのことであった。先週からたった1週間で衰弱が思いのほか早く進んでしまっていた。余命告知を受けた際、在宅療養を選ぶかホスピスを選ぶか問われたとき、ご本人は家族とともに過ごす在宅療養を選んだと話しておられた。再入院は訪問看護が始まってから2ヵ月後の出来事だった。一日でも長く生きていたい、最先端の医療を受けられる体力があれば受け続けたいと願っている患者様。一方、一日、一日、生きる意味を探しながらの看護師。こんな不安定の気持ちを持ちながらこの仕事をしていて良いのかと思う。欝のお薬を飲みながら何とか仕事をしている自分。なかなか答えを見出せずにいる。
2009年08月22日
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今日の5件目のほうもんは、ここ1週間で食欲が極端に低下してしまった方だ。いつもは今の椅子に座って待っていてくださっているのに、今日はベッドに横になったため。午後3時過ぎなのに今日の食事はまだだという。痩せがひどく、わきの下では測れない。おなかに体温計を入れ、検温。この方は非常に率直に表現される。吐き気をこらえながら食べることはもう限界に近い。きのうは1200KCALをやっと流し込んだという。午後3時を過ぎているというのに今日は何も食べていない。お話も休み休みで精一杯。声もかれ始めている。胃ろうを作って胃ろうで栄養がとれるようになるまで点滴か中心静脈栄養をお願いしたいという。入院をご希望ならベッドを早く押さえておかなければならない。診療所に連絡し、経過を説明。詳細は明日の往診時に医師と相談していただくことにする。入院時、本人はもう歩けないという。車椅子に乗るしかない。この件についてはケァマネージャーに連絡。1週間で病状が悪化している。今までは何とかご自分の身の回りのことをされていたが、今日になっていたらトイレもベッドサイドでポータブルトイレを使いたいという。声もかれ始めている。排泄のことを本人にお聞きするともう必要ならオムツでも何でも良いという。鬱病のことを風邪にたとえるが、誰でのひくという点についてこの言葉には納得できるが治療期間が長引くこと、再発しやすく時には休職も必要という点では風邪ではないだろう。風邪は安静臥床を2,3、日すればなおっていくが、鬱病は一回の休みだけでは治らない。また再発も多い。また、この方のように進行癌とも違う。進行癌は治癒しない。症状を和らげ、ご本人やご家族の希望に沿えるようにケァをしていく。あさって入院することが決まり、明日往診時に点滴をおこなってもらえることになった。ケァマネージャーさんにもここ1週間の経過をお知らせする。鬱病は抗欝剤と休養で一定軽快していくが、進行癌は最後には死しかない。この方が短期間の入院で済むことを祈るしかない。鬱病は風邪でもないし、進行癌でもないとこごろつくづく思うのですが、皆さんはどうお考えでしょうか。
2009年08月20日
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土日、活動的に過ごしたためか、週明けから体調がいまひとつだ。お昼休みにはおにぎりとサンドイッチの昼食を軽くすませお昼寝タイムをとっているのだが、定時に仕事を終えて帰宅してもすぐ眠たくなってしまう。欝は良くなっているのか、はっきりしない。早く眠りについたために深夜2時過ぎには目が覚めてしまう。2時過ぎに長短時間作用型の入眠剤を使うか迷ってしまう。今日は飲まずに様子をみた。深い眠りには入れずうつらうつらするうちに7時半になってしまった。眠気が襲うが、顔を洗っているうちに多少ははっきりしてくる。始業寸前に職場に。一件目の訪問看護では眠気が襲ってこずにクリア。2件目が問題だった。私もテンションが低く、利用者さんもテンションが低い。リハビリをするうちに眠気に襲われる。何とか踏みこたえて一時間が終わる。私の様子を見ていたらしいご家族の方が、珈琲がよいかアリナミンがよいか訪ねてくださった。即、珈琲をお願いします、と申し上げてしまった。アイス珈琲はしみるように体に吸収されていく。おかげで眠気を吹き飛ばすことができた。でも、ご家族の方はお見通しだったと思うと赤面の至り。今度から早朝覚醒したときはコーヒーを飲んで出勤しようと思う。三件目のお宅はちゃきちゃきの江戸っ子のおばあさま。江戸弁が小気味よい。重症筋無力症と胆道系の病気を持つ。看護婦の来る前の日にはお風呂に入っているという。この方と世間話をするだけでうきうきしてくる。最近は踏み台昇降などリハビリをカンバっているらしい。お洒落さんで美容院にも月に1回は出かけているという。午後の訪問は難病の男性宅へ。お母様が介護全般すべてを行っている。経管栄養、吸引、おむつ交換、栄養チューブからの注入。夜はご主人とともに、入浴をして、経管栄養をして寝かしつける。一日いつもベッドサイドで過ごすことが多い。今年はお母様は還暦。
2009年08月20日
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8月16日、実家に帰省後大菩薩嶺に上る。朝、3時半前に起床。実兄は既に起きている。急いで顔を洗い、朝食の味噌汁を作る。朝食を済ませ、兄の車で登山口の福ちゃん荘まで送ってもらう。5時前に到着。空は茜色に染まり、数秒単位で空色が変化する。山の朝は気持ち良い。この景色を見るためなら早起きはまったく苦にならない。唐松尾根を登ってしばらくし、振り返ると富士山。周囲を山に囲まれた甲府盆地も見える。登っては振り返り、振り返っては登る。雷岩につくまでずっと富士山が見える。大菩薩は眺望が優れている。山梨百名山になっているのも実に良く分かる。お花畑には吾亦紅。山は既に秋色だ。遠くには南アルプスの甲斐駒、北岳等の明峰が、昨年の夏登った金峰の五条岩も。雷岩までいつになく快調。大菩薩嶺まではもうすぐだ。奥秩父らしい深い森の中に大菩薩嶺はある。三等三角点はかなり古い。いつの頃ここは測量され、この三角点を背負って登ってきた測量士さんに思いをはせる。点の記を読んだばかりなのでつい測量のことが気になる。雷岩に戻り、大菩薩峠まで下る。介山荘はオリジナルお土産が多い。大菩薩嶺登山の記念にパンダナを購入。冬晴れた日には男体山も見えるという。今度は介山荘の泊まって雁ガ腹擦山まで足を伸ばし富士を見たい。大菩薩峠から熊沢山のゆるい傾斜の上り。峠からうって変わって深い森に。苔むした林床、見上げると緑が透き通って見える。8時過ぎているから大分日が高くなっている。熊沢山の山頂から草原が広がる。石丸峠に下って振り返ると雲ひとつない青空。日差しも強い。少し進むと牛の寝通りの分岐に。ここからは森の中を進む。緑のぶ中を進むので涼しい。どんどん足を進める。ブナの巨木やカエデ、ミズナラ、栗。森が美しい。紅葉や新緑の季節はさぞかしと思う。一時間に一回位休憩を入れながらどんどん進む。赤やオレンジのきのこも。石丸峠から4時間で小菅村の集落に到着。小菅の湯までもう少し。温泉にゆっくりつかった後、お休みどころでビールで乾杯。おぼろ豆腐がクリーミーでとろけるようなおいしさ。床の間に樹齢2千年の杉の木が飾ってある。デジカメで撮った写真を見ながら今回の山旅を振り返る。朝早く出発し、ゆっくり登り、眺望を楽しみ、最後は温泉でしめる。温泉つきの山旅はやっぱり良い。爽快な疲れが心地よい。
2009年08月18日
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8月の第一週、二週と連続して土日携帯当番。その代わりこの土日は休みとなる。金曜日、昼ごはんはドデカビタミで軽く済ませ、30分間爆睡。同僚に起こされてすぐに午後の勤務開始。いつも処置は1時間半前後で終えられるのだが、利用者さんの体調がかんばしくないためが、2時間かかってしまう。その次の方は96歳の女性。お嫁さんと仲がよくニコニコされている。最近はむせることが多くなってしまって食事量も減っている。おしりに床ずれも出始めた。のどもごろごろしている。吸引が必要そうだ。お嫁さんに飲み込みの悪いこと、のど元がごろごろしているので誤嚥性肺炎が気掛かりであることをつたえる。ご自分で痰を出す力が弱っているので痰を吸引する必要性について説明。了解を得る。急いで事務所に戻り吸引器とカテーテルを持って再度訪問。吸引の方法等についてデモンストレーションをしながら説明。痰はしっかり引ける。吸引器はやっぱり必要だった。そんなこんなしているうちに終業時刻を過ぎてしまった。何かどっと疲れてしまって帰宅しても何もできない状態に。土日帰省し、お墓参りとふるさとの山、大菩薩峠から小菅村までの牛の寝通りを歩くので登山の支度をしなければならないのに体が動かない。やっと薬を飲むだけで眠りついてしまう。土曜日、5時過ぎに目が覚めるが体が動かない。電車には7時に乗らなければならないよにこれでは間に合わない。すぐ上の姉と待ち合わせをしていたのだ。欝って約束は気分が良いときにできるが、体調が芳しくないと約束を守れない。こんなことは今までもしょっちゅうだった。約束をキャンセルすることが多くなると約束が怖くなる。まさか、またこんな自体になるとは。急いで、携帯メールで一時間遅らせるメールを送る。姉も私の病状は理解してもらっているので、一時間遅れを了解していただけた。肉親のありがたみとはこんなことにも現れる。登山の支度を整え、タクシーで駅へ、何とか予定時刻の電車ののり新宿駅へ。お盆の最後の土曜日のためか駅は大混雑。久しぶりの人ごみにびっくり。ホリディピクニック号に何とか間に合い、座席にも座れる。高尾と姉と待ち合わせなので、急いでメール。ホリディピクニック号は全席ボックス席。発車時座席はひとつしか空いてない。高尾まで空席が残っているように祈る。ラッキーなことに高尾でも空席あり、姉も座席に座れることになった。11時塩山駅に着。兄が待っていてくれた。兄の車ですき家で牛丼を食べ、スーパーで一泊分の食料を買い、登山の行動食もちゃっかり買っていただいて(兄のお世話になる)帰宅。兄姉のありがたさに感謝。私は末っ子なので、50代になっても末っ子。得な身分だ。実家のお墓は高台にあり、見晴らしが良い。ここからの眺めは小さい頃から好きだった。積乱雲がぐんぐん伸び、気持ち良い夏空だ。お墓参りをすると、心が清められたような気分になる。先祖代々辛苦をなめながら続いてきた家というものに感謝の思いが深まる。お墓参りを済ませると心が晴れやかになる。幼少時育ってきた環境に浸るのも気持ちよい。実家のたびはリフレッシュの機会だ。翌朝は3時半起きなので、夕食の準備と朝食の用意をして、夕食前に市営鼓川温泉にいく。ここは源泉掛け流しなので露天風呂にゆっくりつかれる。PHも9・99。いわゆる美人の湯だ。市民だと入浴料はなんと300円。実家が山梨市民なのでわびれることもなく市民と表明。すんなりと了承された。ゆっくり温泉につかるときのうまでの疲労がじんわりと抜けていく。すっかり元気になり、桃を買いまでかり雁かせトンネルの入り口もまで下る。桃は既に白桃になってり少し固め。藤稔りという葡萄が美味だった。季節柄ありもこれもかいたかたっがが白桃6個を買い帰宅。一個200円ではお安いほうだろう。早めに夕食を済ませ、7時には就寝。でも寝つからない。9時半過ぎには就寝。翌朝3時半には全員起床。朝食をとり、4時には出発。兄にお願いして福ちゃん荘まで送ってもらう。丁度日の出の時刻なので朝焼けで茜色に空が染まる。登山で朝が早いと気持ちよい。涼しいのもありがたい。唐松尾根の上りも快調。標高があがるたびに富士山が次々と見える。延々と富士山が見えるのだ。つい足を止めてデジカメで写真を撮る。朝の山は刻々と変わる。山梨の山で三つ峠、富士山についで登山客が多いのは納得できる。お盆の休日、充実したふつかかんであった
2009年08月16日
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元来太り気味の私はLサイズのことが多かった。太り始めたのは高校生の頃。普段はMサイズのことが多いが太るとLサイズになっていた。それでもLサイズ以上にはならなかった。鬱病になり始めの頃は食欲もなく食べられなかったので体重は増えなかったが、鬱病の治療を始めて食欲が戻り始めると何を食べてもおいしく食べられるようになった。特に夕食後眠剤を服用して入眠するまでの時間、過食になりがちであった。みるみる体重が増え3Lサイズになっていた。休職せずに働きながらの鬱病治療だったので仕事で疲れることもあり、休日はごろごろしがちで運動習慣もなくなっていた。食欲がまず回復したので、何でもおいしい。ごろごろしながら食べているうちにめきめき太ったというしだいだ。そのために、高血圧症、高脂血症、脂肪肝になってしまった。鬱病になる前はMサイズか、太ってもLサイズだったので自分でも異常な太り方と思った。念のため甲状腺ホルモンを測定すると甲状腺機能低下症が判明しチラージンSを服用開始。減量については、内科、精神科の主5治医からも勧められた。5%体重を減量すれば降圧剤は中止できるかもしれないといわれ、少しやる気が出てきた。基礎代謝が1100Kcalぐらいなので一日1500Kclにしなさいとの指示。一食500Kcal。朝食、昼食は何とか頑張れるが、夕食が難しい。夕食を食べ、リラックスしているとむくむく食欲が出てくる。ついスィート系に手を出してしまう。我慢していても、入眠剤を服用すると眠る直前食欲が出てきて、ひどいときには近くのコンビニエンスストアに買い物に行って思いっきり食べていた。超短時間作用型の眠剤を数種類服用していたので買い物に出かけたのは忘れていて、食べ物の包装紙とレシートで推し量るしかなかった。それでも今年の正月から4kgは減量。朝は食欲がないのでDHCのプロテインダイエットを利用。昼食はチキンカツサンドとお結び1個(600Kcal)。夕食もプロテインダイエットにしたいがプロテインダイエットは一食174Kcalなので物足りない。きゅうりやトマトなど野菜を食べるようにした。問題は仕事中に訪問先で出されるお茶。お茶受けのお菓子を食べるように勧められると断りにくくついいただいてしまう。ダイエット中であることを言える家庭もあり、話しても分かっていただけないおうちもある。ダイエットだけでは信用していただけないので甲状腺機能低下症と血圧の薬を飲んでいて減量が必要とお話しすると理解していただけることがこの頃分かってきた。減量目標はLサイズの服を着れるようになること。夕食後の低カロリーメニューを増やすこと。減量できれば、元気な頃行っていたクライミングにも開始できるかも知れない。それを励みにあと6kg減量がんばるぞ!
2009年08月13日
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Aさんは62歳、昨日が誕生日。難病のため自力で寝返りも打てず、食事もとれず、お話もできない。もともとおしゃべりが大好きな方でジョークも好きだった。呼吸困難になったため気管に穴を開け気管カニューレをいれている。つい半年前まではお話をするためにスピーチバルブをつけ短時間おしゃべりもできた。それが今は息を吐く量が少なくほとんどお話をすることができなくなった。顔の筋肉もこわばっている。手足も自分の力では動かせない。話しかけても反応がないことが多い。でも、頭脳は明晰。しっかり内容は把握しておられる。今日訪問すると、ベッドの近くの棚の上にはバラの花束。Aさんの視界に入る位置においてある。バラはいつもご主人がお二人の記念日にプレゼントしているもの。誕生日プレゼントだ。Aさんに「昨日は誕生日でしたね。お誕生日おめでとうございます。バラの花束、ご主人からのプレゼントですね。」と話しかけるとかすかに表情が変わり笑顔になる。「プロポーズのときもバラの花束でした?」と言葉を続けるとAさんは吹き出した。久しぶりのAさんの笑顔。私も何か幸福感といったものみ満たされる。ご主人にとってAさんはかけがえのない存在。介助を受けないと生きていくことができないが、生きていることそのことがご主人の励みでもあり、生きるささえでもある。この世に存在することの価値。生きていることの意味。私自身のこととなると、生きている意味が見出せないことがあり、しばし落ち込む。自分はいなくてもいいんじゃないかという思いが、その一点にこころが集中する。何のために生きているのかと自問すると、生まれてきてここまで育て上げていただいたからということしか思い浮かばない。その恩返しのために生きていられる。 でもと、思う。自分が何もできなくなったとき生きる意味を見出せるだろう、かと。存在そのものの意味を今の自分は見つけていない、と。いつもここで袋小路にはまり込んだような思いになる。こんな思いに駆られることが病気なんだと思うことにして、心の引き出しの中にしまいこむことにしているが。欝がひどかったとき、TVニュースで交通事故でなくなった方のことを知ったとたん、自分だったら良かったのに、自分が代わりになればよかったと思った。今思うと、病気だったとすぐわかるが、そのときは本気でそう思った。さすがは誰にも話せなっかたが。
2009年08月12日
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二日間寝込んだら、朝から快調。久しぶりに日、月と二日間寝込む。TVでは酒井法子さんの覚せい剤の事件ばかり報道。総選挙前なのに、地検に送検の実況中継まですることはないだろうに。各メディアが同じ内容の報道を繰り返ししている。見ているほうもほうだけど過剰報道ではないだろうか。あらぬことに酒井さんの人生をお決まりのアイドルの転落人生といったスタンスの報道姿勢。介護問題、医療問題、社会保障費の毎年2200億円の削減、生活保護費未満の年収が1000万人といわれる格差社会。もっと暮らしに根ざした生活問題を掘り下げた報道をしていただきたいというのは私一人ではないだろう。今日は余命3ヶ月と医師に告知された患者さんの訪問をする。まだ58歳の男性。後30日しか生きられないなら、努力して35日生きたいとおっしゃる。残された時間を大切な家族とともに過ごす時間を大事にしたいという。既にがんは全身に転移し食道も狭くなり固形物は食べられない。ウィダーインゼリー等ゼリー状の食物をカロリー計算しながら召し上がっている。その食事も吐き気と戦いながらの摂取だ。飲み込みが悪く、吐き気を我慢しながら、飲み込むという。咳き込むと背中の痛みや胸の痛みが続く。それでも生きたいと頑張っておられる。今年4月に余命3ヶ月と告知されているので、既にその三ヶ月は過ぎている。その懸命な姿にただお話を受け止め、エネルギーを消耗しないようにケァを心をこめてするしかない。欝で時間を浪費している自分の今の人生が何か物足りなく思えてしまう。あせっても仕方ないが、早く欝を克服したい。お薬をしっかり飲むことと、睡眠と食事のリズムを整える、自分の感情を繊細にキャッチする努力をして、早く治したい。意味ある人生を送りたいと思う。私だってもう50台半ば。労働する時間も7年未満である。人生は有限だとこの年になってしみじみと思う。今のところ処方は変更ない。主治医にいつ治りますか、とはもう聞かないことにしているがこの状態はいつまで続くだろうか。気を取り直して、また明日から新たな気持ちで生きて行きたい。
2009年08月11日
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先週は早朝覚醒が続き週末にはトーンダウン。土曜日から月曜日までベッドから動けず久しぶりに寝込む。今日は寝込んでから三日め、夕方になって少し気分が良くなる。2週間仕事はまあまあ順調。早朝覚醒してその後入眠できなかったので週末は疲れがたまって何もする気にもならず久しぶりに寝込む。洗濯、掃除、ごみ出し、これらの家事をする気にならずひたすら眠り込む。早朝覚醒が続いていたので、しょうがないとあきらめる。欝はいつ良くなるんだろうか。薬物療法を始めて6年。欝は心の風邪といわれるけど、風邪は休養をとれば、いつもの自分に戻れる。欝はなかなか通常の自分に戻れない。無理を重ねないように自主規制をいつも自主規制をしている。他者とのかかわりも抑えている。鬱病風邪説は少し違うようにおもう。私のように治療期間が長引くと将来に不安を抱く。このままずっと治らないで老年期を迎えるのだろうか。外出も運動も億劫なので廃用症候群が進むという不安もある。体力が落ち、外出もママならず、社会生活も仕事だけはしているが、他者とかかわることも億劫になる。その結果自分の生活がとても狭くなってきている。薬物療法は医師の指示通りにしているのに。これから何年治療を受けなければならないか。不安は増す。
2009年08月10日
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今週は快調に過ごしている。早朝に目が覚めて、軽躁?と心配していたが気分は落ち着いていてホットしている。今、抗欝剤を5種類服用しているので調子がよいと躁転するのではないかと不安が芽生える。躁状態はうつ状態より自覚しにくいと主治医から教えられているので体調(心の状態も含めて)には気を使う。少しだるいくらいのほうが安心していられる。一昨日、2時半に目が覚めてから一日中眠気を起こさず過ごしたのでこのまま睡眠時間が短いままが続くぶのかと思っていたら、案の定昨日は昼寝を40分ほどした。目が覚めたら2時20分。午後の訪問のお約束は2時だったので、利用者さんには平謝り。クレームがなく済んだので一安心。上司にはお昼ねし過ぎて訪問時間に遅れたことを報告。目覚まし時計を用意したら、の一言で済んだ。ほっ!夕方には夏休みの打ち合わせで赤羽の喫茶店で待ち合わせ。夏休みは5.5日あるんだけど今年は8,9,10月と分割してとることにしている。8月は15,16日に田舎に帰り尾墓参りをした後、大菩薩にのぼり牛の寝通りを小菅まで下る。9月は11,12,13日とやすみ奥秩父の和名倉山に登る予定。その打ち合わせ。去年まではお休みには一日でも二日でも寝て過ごしていたので、一ヶ月先の予定を作るなんて夢のまた夢だった。体調の変化を知るために日記に寝て過ごした日を「OUT」と記入している。去年の日記を見ると月に5日OUTがついている。今年は月に2,3日。このまま落ち着いた日々が過ぎていきますように。
2009年08月06日
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昨日は午前2時半に起き、一日無事終了。気持ちは落ち着いている。食欲もあり。でも、昼寝はせず。業務は時間通りに終了。でも眠たくない。あせりはない。欝が落ち着いてきて、欝のない状態になってきている?それとも軽躁状態?気分はややほがらか?おしゃべりがとまらないほどではない。今日は4時半に起床。頭痛はない。気持ちは落ち着いている。焦燥感もない。やっぱ、だいじょうぶかなぁ。お薬をのんでいるし、大丈夫としよう。来週火曜日は定期診察日なので、主治医に確認してみよう。
2009年08月05日
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おはようございます。今週は起床時間が早い。今日は2時半ですよ。ここ数ヶ月、昼間の眠気が強く昼食は軽めに食べ、事務所の机に突っ伏して30分ほど午睡していた。同僚には欝のことを話しているので、みな無関心でいてくれる。午後の始ば業時間になると起こしてくれるのだが。帰宅すると簡単に夕食を済ませ、ロヒピノール、デパス、ベゲタミンBを先に服用する。このほかに内科の薬、リバロ(高脂血症の薬)、チラージン(甲状腺機能低下症の薬)も。テレビでニュース(最近はTBSのTHE NEWSがおもしろい)をみながらぼんやりしているうちに眠りにつくことが多かった。11時頃一度目覚め長短時間作用型の入眠剤を服用し6時頃に目覚める。ロヒプノール等を早く服用するのは寝坊を心配してのこと。こんなパターンがずっと続いていたのに、先週から目覚めがめちゃ早くなっている。今日だって2時半だもの。主治医からは睡眠時間は6~8時間でも大丈夫といわれている。9時半に入眠剤を服用し、朝7時頃まで眠っていることを話すと眠りすぎだと笑われた。眠剤をそろそろ減らしてもいい頃なのだろうか。欝がよくなって睡眠の質が改善し、短時間でも良くなったのか。軽躁状態の前触れか。抑うつの前の中途覚醒なのかが自分でも判断できない。精神状態としては、焦燥感もないし落ち込んでもいない。読書はできる。仕事も億劫ではない。食欲はある。何を食べてもおいしい。やっぱり、欝が改善しているのかなぁ。とりあえず、来週の定期受診まで様子を見てみよう。
2009年08月03日
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今日は朝から気分良く、効率よく働けた。お昼休み時間携が鳴ったが、気持ちよく対応できた。98歳のおばあさまが排便できないというお話だった。この方は笑顔が素敵でいつも微笑みをたえさない方だ。娘さんと二人暮らしだが、いつも明るい。12時15分に事務所に戻りすぐに電話があった。娘さん一人では怖くて摘便できないとのこと。サンドイッチと南紅梅のおにぎり、お気に入りのパピコ生チョコを急いで食べ、すぐにおでかけ。処置は15分ほどでおわった。ご本人様が私の手を握りまたきてくださいとおっしゃて下さった。高齢者の便秘は複雑で、下剤だけでは解決できないことが多い。下剤が癖になるからと処方通りに服用されていない方も多い。この方もそうだった。とりあえず、一日1回の服用を2回にして、様子を見るようにお話をしてきた。コンピューター入力は後回しにして、午後すぐに訪問を開始。2件の訪問は時間通りに終了。就業時間前に業務は終了。快調、快調。今日は快調に仕事が進んだ。昼間も眠くならずに済んだ。先週二日ウィークディに休暇をとり、土日に自宅でゆっくり過ごしたこともあるかもしれない。私の欝は身体症状から始まるので倦怠感や眠気は要注意。最近睡眠時間がみじかくなり午前2時頃から覚醒してしまうので躁状態に移行するのではないかという不安も一方ある。主治医によると、抑うつ症状は分かりやすいが、躁状態はなかなか気づけないそうだ。用心として、お金の使い方を注意すること。気分が大きくなると衝動買いをしてしまうので一日1000円の枠を守ることにする。これから、マイスリー10mg1錠、アモバン7.5mg2錠、ハルシオン2.5mg2錠飲んで眠りにつくことにしよう。デパス1mg、ロヒプロール、ベゲタミンBは少し早めにふくようしている。朝、起きれなくなってしまうのが心配だからだ。このところ早朝覚醒ぽいので少し心配。気分は落ち着いているので、大丈夫と思うのだが。お薬のおかげで不眠は、解消。食欲はOK。後は集中力。休日の活動性を楽しみたい。性格も朗らかで快活に成りたい。とりあえず、明日も気分は晴れでありますように。
2009年08月03日
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おはようございます。無事、携帯当番が終わりそうです。夕べは2時に目が覚め、さらに4時半に目が覚め。これって中途覚醒なのかなぁ。気分はだるくないぞ。ゴミだしにもいけそうな元気がある。欝ではなさそう、軽躁状態? 軽躁状態のときは睡眠が短くなるそうだから気をつけないといけなそう。今日は慎重にくらそう。きょうの私の気分は晴れになりそうだ。昨日は珍しく読書をしました。新田次郎の剣岳。木村大作監督の同名の映画を見たいばかりに読み始めました。戦前は地図の所轄は陸軍だったとのこと。現在は誰でも地図を入手できる。一枚300円もしない。2万5千分の1の地図は山行きの時にはいつも使わせていただいている。感謝。
2009年08月03日
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今週と来週は土日が携帯当番。24時間、利用者さんから在宅療養中の問い合わせや状態変化があったときかかって来る電話です。月に10日間ほどこの当番が回ってきます。鬱病治療中の私は睡眠剤を服用しているので、電話がなったとき電話に出られるかが心配です。そのために通常の寝る前のお薬の中から短時間作用型の入眠剤を抜きます。いつもより深い睡眠は得られないのですが、電話に出られなかったことを考えるとそれのほうが不安です。その代わり、お出かけはせず、朝起きたら着替え電話を隣に置き一週間分の新聞を斜め読みしたり、資源ゴミの分別をしたりしてすごします。同僚は買い物くらい大丈夫といいますが、出かける勇気がありません。うたた寝をしてしまうこともありますけど。 先週の土曜日カウンセリングを受けてから一時落ち込みましたが、1週間たって思った以上に元気な私がいます。躁うつ病のことを気分障害とも言いますが、振り返れば自分自身そんな兆候が高校生の頃からあったように思います。月刊誌世界で水俣の写真を見て1週間ほど具合が悪くなり寝込んでしまったり。単に他人より感受性が強いくらいしか思っていたのですが。看護学生時代は若さもあったのでしょうが、気分の変化がさらに強くなったようです。期末試験なのに寝過ごして追試を受けたり、めちゃくちゃなことをしていました。それでも、国家試験には受かり、保健師学科にも進学。進学した理由は看護師として現場で働くのに不安があったからで、不純な理由でした。 二部の大学に通いながら、大学病院に勤めました。生活保護の方が入院してきたら早々に関連病院に転院させてしまったり、理不尽なことにいくつかぶつかり地域の病院に転職しました。大人になった今思うと現実の矛盾に対処する力が無かったんだと思う。地域の病院に就職したら患者さんの置かれている状況に悲惨さを目にして何度も寝込みました。それでも有給休暇の範囲内で済んでいました。若さが気分の変化をカバーしていたのかもしれません。精一杯努力すればその結果がついてくる、30代、40代はそんな感じで生きてきた。 今は精一杯努力することが怖い。エネルギーの温存をまずかんがえてしまう。生きる力にあふれている青年世代がとてもまぶしい。自分にもそんな時代があったはずだが、生活することにつかれてしまったのかとも思う。健康で生き生きと暮らしていけたらと説に願う毎日です。
2009年08月02日
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本日は土曜日。 携帯当番で、携帯をポケットにしのばせながらお仕事。訪問は一件だけ。週に2回、排便のお手伝いで訪問。おなかのマッサージを両手を使いひらがなの「の」の字を書くように大腸の走行をイメージして行う。おへその上に手のひらをのせてゆっくりとマッサージしていくと患者さんの大腸が動きはじめるのが分かる。教科書には「の」の字を書くようにとしか書いてなく、最初はこんなことで大腸が動くかと半信半疑だったけど、経験をつむうちに有効な方法ということがわかってきた。手の力って偉大だと思う。こ一時間で便が出きると、患者さんのおなかの張りも和らいできたとのこと。ほっとして手を洗う。 事務所に戻り、パソコンに今日の仕事を打ち込むが、まだ1時間以上は終業まで時間がある。来週訪問する方々の「訪問看護計画書」を作成することにする。月曜日の訪問予定は4件。カルテを見ながらここ1ヶ月ほどの経過をチェックする。リハビリ目的で訪問していた方が自宅で転倒され腰部を打撲し一時的に寝たきりになったことを知る。奥様の体調を気遣い「お前も血圧を測ってもらえ」といつもおっしゃっていたことを思い出す。月曜日にはどんな状態になっているのだろうか。気にかかる。計画書を変更し、プリントアウト。終業の時間となり本日の業務終了。 土日携帯当番なので、お出かけはできないがお昼寝はできる。夕方まで午睡を楽しむ。携帯が鳴った時の臨時訪問に備えておく。無事に土日が終わりますように。
2009年08月01日
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