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久方ぶりにワイフとオーケストラを聴く。NHK交響楽団定期公演。サントリーホールにて、指揮 ジョナサン・ノットパーカッション マルティン・グルービンガーコンサートマスター 篠崎史紀曲目は、ベルト ベンジャミン・ブリテンへの追悼歌ドルマン フローズン・イン・タイム 1.インドアフリカ 2.ユーラシア 3.南北アメリカショスタコーヴィチ 交響曲第15番 イ長調作品141いずれも、生のオーケストラで聞くのは初めての曲であった。特に、二番目、ドルマンのフローズン・イン・タイムは日本初演とのことである。マルティン・グルービンガーのパーカッションは大変素晴らしく、久方ぶりに天才を感じた。また、なりやまぬ拍手に、アンコールがあり、行進用小太鼓?ソロによるスティックワーク?(本人は音楽というよりは?との言い方かな)の披露があったが、スティックワークの曲芸を含む、見事な小さな物語になっていた。-ベルトの曲は、1976年12月のブリテン亡により追悼の歌を作ったとのことである。ブリテンの死の直前に、その音楽がもつ類い稀なる純粋さがわかり始めたとベルトは言っているらしい。ブリテンの死を迎える時には、ベルトはテンティナブリ様式(ラテン語の「小さな鐘」あるいはその複数形に由来)というシンプルかつ独自の調性様式にたどり着いていたとのこと。一群の鐘の音響効果に通じる声部と、中心音周囲を順次ゆっくり進行し変化し(下降し)ていく声部の複数の組み合わせにより、重層的に音楽は広がり音量を増して行く。その繰り返しと音響は深く深く沈んで行き、深みを増す悲しさを表すように未知の世界を演出していた。睡眠時間の足りぬ私は、この曲とともに、深い眠りに導かれるかのようであった。(実際数分のこの曲の後半には、私は半分、眠りかけていた。)ふっと、眠りから覚めた途端に、見事なパーカッションが始まった。ドルマン フローズン・イン・タイムのインドアフリカのスタートである。そして、マルティン・グルービンガーのその素晴らしさには舌を巻いた。彼は、躍動的なリズムを持ち、踊るように、多様なパーカッションを見事に使い分けつつも、オケと渾然一体となった、大きな「音楽」をパーカッションで創り上げていた。マリンバの音にも魅せられたが、沢山の珍しい、見たこともないような楽器もあちこちに置いてあった。演奏終了後には、数多くの人たちが、舞台前まで行って楽器群を珍しそうに見ていたほどだ。楽器編成をみてみると、ジェンベ、ダラブッカ、タムタム、テューブラベル、小太鼓、サスペンデッドシンバル、大太鼓、ハイハット、・・・等が並ぶ。(さらに、トライアングル、タンブリン、ウィンドチャイム、チェレスタ、ピアノ、ハープもはいっている編成であった。)彼の小ドラムセットの横には、何か白いついたてのようなものがあったが、何だろうと思っていたら、おそらく指揮者を後ろにした時に指揮を映す鏡であったようだ。30分近いこの三楽章は、あっという間にかけぬけていき、鳴り止まぬ拍手喝采に包まれた。そして、アンコールとあいなったわけである。ショスタコの15番は、数々の引用がある不思議な曲である。声楽パートはなく、純粋器楽にたちもどった、結果的には最後の交響曲。病気との格闘中、療養中に作られた曲の一つでもあるようだ。曲内の引用とは、ロッシーニのウィリアムテル序曲の一部、ベートーヴェンのシンフォニー六番から、そして、ワーグナーのニーベルングの指環からとのことである。特に四楽章は、ニーベルングから「運命の動機」が静かに繰り返され、展開部からの様々な楽章動機を含む展開、パッサカリアは素晴らしい。これまた拍手喝采であった。
Feb 17, 2011
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自分のことを好きかと問われるとうーむと唸ってしまう。好きな部分もこれあり、きらいな部分もこれありだからだ。しかし、今の時代、憂慮すべきは、自己否定、自分が嫌いという子供達が増えているということである。過半数、いや七割程度は自分が嫌いな子供達であるらしい。子供達は、周りと比較して、自分の中の自分のイメージを確立する。-周りの比べて、勉強やスポーツがとりわけできるわけではない。-頑張ったのに、親に怒られた。案外と、これらが子供達にプレッシャーを与え、自分の中の自分を嫌いになっていく多くの原因となるようだ。子供達が、自己を好く子供に育ってもらう為には、-ダメ といわず、「こうしよう」-頑張れ といわず、「頑張ったね」と言ってあげるとよいらしい。そもそも、子供達は生まれた時、自分が好きで生まれるのだ。まさか、生まれた時から、周りと自分を見比べることもできない。なにしろ自分をまだよく知らないし、比べる相手もまだまだ少ない。だから、生まれ育つうちに、周りの環境、周りとの比較で、自分を好きになったり嫌いになったりするのだろう。-自分を嫌いな人は、自分を好いてくる人を好きになれない。なぜなら、自分の嫌いなもの==自分 を好きな人は、自分の嫌いなものを好きな人だからである。だから、人を好きになり、人に好きになってもらうには、まず、自分を好いていることが必要であるらしい。簡単にいえば、相思相愛の恋愛をするには、まず、自分を好きになること。それが、自分のよって立つべき恋愛の場になる。たとえば、昔、親からここがだめといわれていた部分とか、とにかく、自己否定している部分を捨ててしまう。また、自己否定している部分について、人と比較しない。要は、自分のよいところだけ、あるいは、人が自分のここがいいという部分をおおいに伸ばし、そこを自ら好きになって行けばよいのだ。最近は、効率化を重んじ、役に立たないことはしない、めんどうなことはしないと言う若者も多い。人生において、色々な体験をしていくこと、成功だけではなく失敗体験もしていくことが、望ましいはずであるのに、めんどうくさい、失敗したくないで、閉じこもってしまう。これは現代の病ともいえるだろう。恋愛もめんどうくさい、うまくいかないといやだ、失敗したくない・・・これでは前に進まない。皆が草食系的になってしまう。現代の病を断ち切るには、朝、カーテンを空けて、伸びをする。暑いシャワーを背中に浴びるもよし。ふとんにくるまっていないで、光にあたって、外にでるのがよい。子供達には、あまり周りと比べない。よいところを褒める。ダメといわず、「こうしよう」。頑張れといわず、「頑張ったね」。と言う。そして、有難うと言う。これだけで、子供達は、自分の好きなこと、やがては得意なことを育てつつ、自分を好きになって行く。そして、自分の中の自分を好きな、相手を好きになる。たったそれだけだ。もう大人であるあなたの場合は、自分の中の嫌いな自分と、自己否定する自分の部分だけを少しずつ、捨てて行き、自分の中の好きな「自分」を育てて行くことからはじめるのが吉であろう。
Feb 12, 2011
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昔、あるところで、言葉や、鼻歌のような口ずさみ(音楽)は、贈り物の習慣から生まれたのではないかとの説を聞いたことがある。まだ、言葉も稚拙で、単語も少なかった頃、プレゼント(元々は食べ物であったかもしれないし、羽織るものであったのかもしれない・・・)を男性から女性に渡すとき、またはその逆の時に、人類は口ずさんだ。鼻歌のような音楽ともまだいえないようなものに、そのうち、言葉が少しずつつき、言葉と歌が生まれたのではないかといったような話であったと思う。プレゼントの際のセレナーデとともに、言葉と歌が育まれてきたとすれば、大変に愛らしい、素晴らしい話である。人間は、言葉を発展させ、言葉で考え、言葉を書物に記録できるようになってきた。しかし、ものごとは「言葉」では完全に説明できないようだ。言葉の制約は確かに存在する。逆にいえば、「言葉は曖昧だからこそ、自由に使える」ということのようだ。これもある番組でやっていたのだが、人間の能力としては、「範疇化(はんちゅうか)」が素晴らしいそうだ。色々なものや、言葉を分類し、単語化し、グループ化して、集合としてとらえる。そしてそこにまた、単語が生まれる。日本では、雨が多いので、雨に関する単語は数多くあるという。大雨、小雨、霧雨、春雨、梅雨(つゆ)、五月雨、秋雨、時雨、糠雨(ぬかあめ)、驟雨(しゅうう)・・・これは、「分節化」というらしい。「雨」という、連続事象に切れ目を入れて、ある概念を作り出すこと。「雨」に関する色々な単語がある中で、特定の単語の意味を相対的に推し量ることができるようになる。おおむね、このような雨であるのだろう・・・と。しかし、これらは、「雨」という範疇にあることに変わりはない。また、日本では、状況を慮りつつ相手により敬語を使い分けるから、私、おれ、僕などの言葉が生まれたのではないかとの話もあった。英語では "I" のみであるのにだ。言葉は、特定のものに名前をつければ、世界でただひとつのものを表すことができるのだろうが、それを大多数が知らなければ、言葉は伝わらない。より多くの人が使う、単語とその分節化による、類語、派生語たちが、不完全ではあるものの、特定のものをイメージしやすいように、してくれている。子供達は、それぞれ生まれ育った環境によって、異なる教え方により、特定の単語の意味を覚えていくが、私のあなたでは、特定の単語により思い浮かべるものが異なる。すなわち、特定の単語により想起するイメージは人によって異なるのであり、厳密には、単語がいっしょだからといって、私とあなたで同じものを指し示しているとは限らないのだ。「椅子」 あなたがこれまで見てきた椅子と私がこれまで見てきた椅子はおおむね同じものもあるかもしれないが、違うものも沢山あるだろう。「渋谷」 あなたにとっての渋谷のイメージと私にとっての渋谷のイメージは異なる。麻布から歩いて抜けてみると、谷なので、アップダウンがある。また、都市部、雑踏から、閑静な住宅街と、さまざまな街からできている。「山の頂」 遠くから見た、山の頂はとんがっていたりするが、近づくに従い、色々な風景、森や岩や霧とともに、結構大きな頂上にたどり着く。そこには、雲が晴れたときの青空が広がっている・・・。さらにいえば、ここに私とあなたの目の前にあるコップがあるとしよう。私の見ているコップをあなたも見ているが、このコップは私と全く同じように見えているのかわからないし、同じ言葉で形容しても、完全にはあっていない。固い、透き通っている、冷たい・・・・。それぞれ、あいまいな、幅のある形容でしかない。私は、そもそも、右目と左目で見たときに、コップが異なって見えることに気付いてしまった。勿論若干角度が異なるということもある。一時には、右目と左目では全く同じものを見ることができない。見たものは、頭の中で合成されて、コップというイメージに照応している。しかも、私の場合、右目と左目で、明るさとか色合いが微妙に違うのである。利き目が右目ということも影響しているかもしれない。小さい頃、右目に小石?がぶつかって、失明しかかったということもこれありかもしれない。それ故か、私個人のみにとっても、右目の世界と左目の世界は異なっている。これを頭がまとめて、あるものを見たという感覚を作っているのであろう。だから、自分の中でも微妙に異なるものを、他のひとの言うものと同じだとするには、無理があるというものだ。 --言葉の制約は確かに存在し、逆にいえば、言葉は曖昧だからこそ、自由に使える。「渋谷」という固定的な言葉にも、多層的な意味合いがある。自ら考えているだけではなく、その言葉を身体を使って体験してみる。多数の人の渋谷に関する話を聞く。さすれば、自らの体感的な、そして、さまざまな、多層的な「渋谷」の意味合いが広がってくる。固定化された言葉から、逆に、さまざまなイメージがリンクされて、広がって行く。TV番組の中で、入不二さんはそのようなことを言っていたと思う。--ここからは、Tyees推論である。人間は言葉と歌を発展させ、文字をつくり、音楽をつくった。各地の音楽ルーツや民謡、そして、各地の言葉、言語の違いがどのように、生まれ、育まれてきたのか。なぜ、ひとつの言語ではないのか。アフリカのある女性から人間は等しく生まれてきたのだという。その後の複数の後継者たちも・・・その頃は、まだ、比較的近くに住み、彼ら我々の大祖先達は、貧弱ではあるが、共通の言葉と歌をあやつっていたに違いない。彼らは、どんどん増えて、各地、全世界にちらばり、そして、そのうち、地域性が生まれる。ある意味ではクローズドな地域で、それぞれはさらに増え、発展していく。その中で、ひとつであった、言葉と歌は、分化していったのかもしれない。それらは、いくつかの兄弟姉妹の系統ごとに、また、その住まう地域ごとに、民族を生み、人種を分化させていった。さらには、各民族、人種ごとに、異なる言葉と歌を発展させた。それらは、さらに、細かく分化していき、あるいは、ある場所では既に在る異なる言葉と歌がミックスされていく。フランス語と英語が分化し、さらに、地域毎の方言もできていくようなものだ。今では、それらが、相互に変換され、通訳され、伝わる時代となってきた。そのうちにリアルタイム翻訳もできるようになるだろう。しかし、その言葉、話し手のバックボーンや文化の違いの理解は必須であるし、完全には意味合いが伝わらないこともよく理解しておく必要がある。将来は、リアルタイムで翻訳できるようになるものの、幼少の頃からは、自国言語と、英語あるいはシングリッシュ、あるいはエスペラント語とのミックス、そして、中国語あたりの三つの言葉を学習することが必須となるのではないだろうか。----言葉の制約は確かに存在し、逆にいえば、言葉は曖昧だからこそ、自由に使える。だから、正確に伝えるには、各種の努力を要するのだともいえる。一回話したくらいでは、まだまだ、全然伝わっていないのだと理解すべきでもある。幾度も伝える。何回も異なる言い方で伝える。わかりやすく伝える。イメージで伝える。・・・・・単語数、類語数を増やしていくことも重要。類語辞典などは必須であるそうだ。体験やバックボーンとなる事象を理解してもらうことも、言葉の理解を助けるだろう。
Feb 11, 2011
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うーむ、確定申告準備で忙しい。例年通り、どうも、源泉徴収ありの配当金の過去株式売却損失三年間分による相殺の仕方がよくはわからぬままだが、それ以外は、順調に準備も進んでいるといえるかな?!ワイフは税理士頼みなので、楽ちんのようだ。羨ましい。海外在住の親戚分についても、申告の代理人をせねばならないらしい。海外在住であると、不動産収入などは、源泉徴収されたものと、それ以外が混在し、結構面倒であるようだ。また、海外在住の人は、日本でのように実印も使えないので、諸契約の時には、署名シグネチャーと大使館などの認め証明がいるらしい。わからんことだらけであるが、私は、自分の申告のみで精一杯である。それぞれで頑張るしかない。さて、ピアノにもあまり触らずの生活が続いてきたが、今日は少々、ピアノに触れる。--ハウルの動く城から(いずれもピアノソロ簡単バージョンに難しいバージョン)・世界の約束、・人生のメリーゴーランドバッハ インベンションNo.1ダカン カッコウチャイコフスキー バルカローレA.ルビンシュタイン へ調のメロディラフマニノフ Op.32-12、Op.39-5ドビュッシー 水の反映、金色の魚ラヴェル 道化師朝の歌、夜のガスパール(オンディーヌとスカルボ前半のみ)--世界の約束・人生のメリーゴーランドの難しいバージョン、結構難しい。初見ではややゆっくり間違い間違いしつつとなる。カッコウは、右手、同音が2度続く部分がたどたどしい。泣!A.ルビンシュタイン へ調のメロディも初見ではきついが、メロディラインを右手、左手で、交互に引き分け、しかし、流れるように弾かねばならない。スカルボは今日は、時間をかけたものの、前半のみ複数回ゆっくりさらうのみで、息切れ。しばらくは、回数を重ねて行きたい。さて、娘の足の痛みもとれてきたようだ。確定申告準備を早々にあげて、久しぶりにデートでもするとするかな?! (笑)
Feb 5, 2011
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