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最近EUとギリシャの間でごたごたしています。借金を返せ、待ってくれ、だったら政策を示せなどと。世間では圧倒的に大きな比率で、怠け者のギリシャと勤勉なドイツという構図になっていますが。これってちょっとおかしくないでしょうか。そもそもユーロという国家を超えた通貨統合には、最初からこういう問題があることは専門家なら皆わかっていました。日本と韓国中国間で通貨統合なんてありえないでしょう。あり得ないことをやったのがEUです。ドイツが過去のマルクのままであったなら、通貨が強くなりすぎて、マルク高がドイツ経済の足を引っ張ったはずです。他のだめな国家を抱えてユーロに通貨統合をしたからこそユーロ高にならず、関税も掛からないユーロ貿易圏の中でドイツは大もうけできたわけです。このドイツにとって実に都合のよい構造、ちょっと不公平ではないでしょうか。通貨が同一なら同一国家としてとらえるという通常の通貨概念で見ると、ドイツにとってギリシャは国内問題なわけであり、ドイツがギリシャの借金を背負うのは当然の帰結なわけです。それがいやならドイツこそユーロを離脱してマルクに戻りなさいということです。この論理はおかしいという人もいるでしょうが、ここにこの問題の本質があると思います。ドイツを叩かないのはちょっと片手落ちではないでしょか。ここに共通通貨=ユーロという考え方の限界があるのだと思います。イギリスのポンドのままという考えこそ普通なのですね。
2015年01月31日
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その後、隣の町ミョンドンに歩いて向かいました。10分ほどで着きました。2年前に来た通り、その一帯はすごい人どおりです、でも日本人は少なく、その分中国人が増えていたような印象です。そのせいか日本語の呼び込みもあまりきこえませんでした。通りを奥までいってから、どこに行くかを考えた結果、コリアハウスに行こうということで、再び歩いて隣のチュンムロに行くことに。一駅なので、地下鉄に乗るほどでもないと歩いたのですが、歩くと上り坂があって結構きついのです。ようやく着いたコリアハウスはレストランで、しかも3日前の予約が必要と門前はらいされました。え~っとがっかりしていたら、後ろから来た外人も私達と同じ様に言われていて、手を広げた、あのポーズであきれていました。私も思わず顔を見合わせてあのポーズ、ってわかりますよね。仕方なくもどってきたら、隣の道の左側に門が見えたのです。どうやらここが昔の貴族の家を移築した公園のようです。来たかったのはここでした。さっそく中に入り見学。いろんな国の人々が来ていました。壁にはめ込まれた石がなぜか緑色岩。花崗岩ではありません。金持ちだからそういう石を取り寄せたのか、それとも不正確な復元なのでしょうか。帰りにコンビニでインスタントコーヒーを買い、その2階で飲む、これだとカフェよりずっと安く抑えられる。段々格安が身に着いてきたようです。その後地下鉄でヘフォンに戻り、またまたナンデムン市場に戻って夕食としました。お店をさがしたあげく昼の隣のお店になりました。入ると隣と同じ内装、たぶん経営者が同じか分店なのでしょう。ありゃりゃと思いましたが、もう面倒だからここでいいやと。海鮮チゲ700¥、凧の炒め物1500¥、マッコリ、追加でアワビおかゆ1000¥をいただきました。辛くしないでといっていたのに、アワビはほとんど感じられず、他はかなり辛かったです。これで韓国は当分もういいかもというのが夕食の印象でした。夕食後まだ時間があるということで、ソウル駅に向かい、初日と同じロッテアウトレットに行きました。ついでに明朝の電車のチケット売り場やルートを確認しておきました。その駅の中の地下通路です。ここで寝ている人たちがいました。日本で言うホームレスです。どこでも社会からあふれてしまった人たちがいるんですね。韓国でも不景気風で家をうしなったのでしょうか。ふと悲しい気持ちになりました。歩いてホテルに戻ったところ、治っているとばかり思っていたトイレが何も治っていないではありませんか。下の部屋の老女に文句を言い、管理人の女性に連絡してもらいました。ようやく彼女がくると、相変わらずの減らず口でようやく男性を連れてきて直しました。どうして直さなかったのかと尋ねたら、スペアキーがないという説明。ないから部屋に入れないという屁理屈です。あきれて言葉がありませんでした。ただただ唖然。こういう宿を選んだこちらが悪かったようです。世界には、否、韓国にはこういうひどい宿があるということを知りました。大変勉強になりました。1:30頃消灯。明日は帰国だけなので省略です。旅はまだまだ続きます。次はケアンズです。
2015年01月31日
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キョンボックンの後で、昨日行ったインサドンに再び向かいました。インサドンは昨日散策をしたのでというと、カフェで韓国茶はどうですかとのこと。案内されたところはなんと昨日いったん入って出たお店。まあいいかと、中に入り、すすめるままに五味茶となつめ茶をいただきました。お茶というより、暖かい飲み物。お菓子もつきましたが600¥ほどとやや割高。そういえば韓国茶の代表も普通のお茶じゃないですよね。どうして中国茶が生き残らなかったのか不思議です。少し散策してから集合時間の12:05に戻り、南大門まで連れて行ってもらいました。そこで多少通りを歩いて、食堂街の方面を教えてもらって解散。食堂街はすぐ隣の通りで、すぐに分かりました。実は2年前に来たお店でまた食べたかったのです。探すとわかりました。何にも変わっていません。中に入ってチャプチェ700¥、海鮮チジミ1000¥、サムゲタン1300¥をいただきました。市場というが少しも安くはありません。これも円安の影響でしょうか。サムゲタンはやや淡白、チジミは美味、チャプチェは2年まほどではなかったものの、味はほぼおなじでした^^。ここに来たくて、ここのチャプチェをもう一度食べたくて、それで格安ソウルで来たわけですが、2度目って1回目よりは感動できないですよね。その近くでまたホットックを食べてから、ソウルのインフォメーションパトロールに道順を聞いて、ナンデムンの門を見ました。この南大門からまっすぐに北へ進むとキョンボックンに至ります。そういう大事な門なんですね。復元されたナンデムンはなかなかりっぱでした。たしか2年前はなかったはずです。このパトロールの方は若いのに日本語が少しできました。日本語が通じるとほっとします。その後市場を横切って、新世界デパートに向かいました。日本の銀座松坂屋のような高級デパートです。そこで売っていた高級ダウンはイタリア製。相棒は嬉々として試着していました。なかなかのものですが、¥が立派過ぎて手が届きません。その後デパ地下に降りて、試食を楽しみました。日本の銀座となんにもかわりません。というか、一生懸命にまねしているように見えます。そんなソウルの旅はまだまだ続きます。日本人はあまり見受けません。その分中国人が増えたようです。
2015年01月31日
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窓のない部屋でなんとか7時ごろ起床。本館でコンチネンタルブレックファストをいただきました。といっても名ばかり。スライスパンを自分でトーストで焼いて、イチゴジャムを塗って食べる、インスタントコーヒーを自分で作って飲む。これだけ。絶句ですね。さすがは韓国格安は違います。挙句の果てにトイレが詰まってしまい、管理人を探しましたが見当たらず。部屋の下に住んでいる老女に話したのですが、ちんぷんかんぷん。そのうちに今日のOPツアーが来たので、そのガイドさんに状況を話して韓国語で通訳してもらいました。その結果、戻るまでに直すという確約が得られたので、安心してツアーに出かけることができました。ツアーは家族3名と私達2名のこじんまりツアー。その家族の両親と娘なのですが、娘はなんと今年韓国5回目だとか。びっくりです、そういう方がいるんですね。彼女がいうには、韓国のホテルでは排水管がよく詰まるからトイレットペーパーはトイレに流してはいけないということ。知りませんでした。韓国3回目で初めて聞く話です。日本とこんなに違うトイレ事情に驚きです。OPツアーは景福宮=キョンボックンです。14世紀末に作られた韓国の王宮です。快晴で紅葉も見事で最高の日より。最初に大統領官邸である青瓦台を見ました。この中にパククネ大統領がいるのですね。最近はさぞかしおつかれなのでしょう。キョンボックンの裏口である神武門から中に入り、古代王の住居だとかオンドルなど説明を受けました。振り返って周囲の山の形や岩肌を見ると、花崗岩の山だとわかります。このキョンボックンの地面を見ても花崗岩が風化してできたマサです。石材もすべて花崗岩です。ここは典型的な花崗岩地帯、つまり筑波山と同じなわけですね。池の周りには紅葉が美しい。リスが遊んでいます。いにしえには王族がここで遊んでいたのでしょう。池を見た後で博物館に入りました。ガイドさんの説明はいちいち韓流ドラマに出ていた〇〇といういいまわし。同行した家族の娘さんはあいづちを打っていましたが、韓流を知らない私には何の事だか分りません。中では古代からの韓国の生活、家、文化などの展示を見ました。日本の古代とよく似ていて、両国の文化は同根だとつくづく思えてきます。曲がり屋ですよね。日本の曲がり屋建築は韓国由来なのかな。蓑ですね。日本とかわりません。まるで沖縄のエイサーそのものです。でもエイサーって日本から沖縄につたわったもので、韓国や中国からきたものではないので、???です。ただし、雨戸を上に持ち上げる方式、鳥の軒下に作らせない邪魔する細工、オンドルなどは韓国独特だという説明がありました。雨戸が引き戸ではなく、上に持ち上げるというのですが、そのどこが良いのかわかりません。でも確かにオンドルは便利ですよね。印刷も韓国が世界で最初のような説明でした。あれれ?でも活字を使った活版印刷そのものは中国の発明ですから、正確には活字の材質として金属を採用したことにより耐久性を上げたということではないかと思います。こういうのは発明というより改良の類ですよね。それよりも、世界に誇れるのはハングル文字でしょうね。日本語のひらがなとよく似ていて、要するに発音記号ですね。日本語のひらがなは日本人の発音の種類をせばめたといわれますが、逆にハングルは広げたように思います。日本人の外国語にがての要因はここにも原因があると言われます。だからかな、韓国人のほうが英語話せる人が多い印象です。みごとな黄葉です。建物は美しいし、空も透き通って、紅葉も最高の時期。前回ツアーを予約しながら時間を間違えて来れなかった場所。今回来れてよかったです。最後に入口の光化門で11:00より衛兵交代式を見ました。以前台湾で見た交代式のようなすごさはありませんでしたが、ちょっぴりいにしえの韓国を垣間見たような観光でした。 日韓両国ともに小さな国でしかも隣国。もっと仲良く助け合えれば良いなと思いました。旅はまだまだ続きます。
2015年01月31日
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3時前にホテルを出て、インサドンに向かいました。ヘフォン駅から地下鉄でチュンムロ駅で乗り換え、チョノサンガで降ります。降りた駅の近くの屋台のあたりをうろうろしていたら、屋台のお客の人が英語で話しかけてきました。日本人ですかと聞くのでそうだと答えると、いろいろ話しかけてきて、ただでマッコリを飲ませてくれて、日本に来た話をいろいろ聞かせてくれました。日本滞在時に日本人にはお世話になったというようなお話でした。写ってはいませんが、この写真の右側にいます。日本人と話がしたかったのでしょう。ちょっと用心しながらも相槌をうちながら、10分ほど話を聞いて別れて、インサドンのメインストリートに向かいました。よくわからずに地元の人に聞きながら行くと、わかりました。大勢の人が歩いており、活気があります。お腹がすいたので、行列を作っている店で並んでホットックを食べました。これが甘くてなかなかおいしいのです。ザクロジュースも売っていて、ついトルコを思い出し500¥と割高でしたが購入。でもこちらはハズレ。ちょっと苦くて酸っぱいのです。なんだかB級グルメのオンパレードです。送迎リムジンのAREX予約で得点として付いていたトリックアートミュージアムの入場券があったので、ここに行こうとインサドンに来たのですが、肝心のトリックアートミュージアムがなかなか見つからず。ようやくインフォメーションで聞いた場所も違っていて、本館に着いたのはもう薄暗くなったころ。やっぱり韓国はいい加減ですね。そこで写真をたくさん撮りました。これがなかなか面白い場所でした。最後は出口がなかなか分からず、それもトリック?出ると既に暗くなっていました。街角で海老入りギョウザを立ち食い。その後カフェでブルーベリースムージー、小豆白玉かき氷を食べてから、「人人」に戻って、レストランを探し、ようやく見つけたお店で、プルコギ石鍋と、石焼きビビンバをいただく。飲み物はビール。あちこちでつまみ食いをしてきたので、このくらいで十分満腹になりました。ただし、辛い割においしくない、特に石焼きビビンバは味が薄くて残念なものでした。日本で食べるほうが美味しかったです。9時過ぎにお店を出て、来た道を逆順に戻り、格安ホテルに9:50頃到着。狭い部屋でなんとかシャワーを浴びてベッドに入りました。格安旅行はまだまだ続きます。
2015年01月31日
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朝3:00に起床、4:30に家を出て、予定通り5:55ごろ第2ターミナルに到着し、エレベータで3F出発ロビーへ。バニラエアのチェックインカウンターだけは左側のF、行くとバッグのサイズチェックをされました。ギリギリでパス。ーーーーーーーーーーそうなのです、バニラエアの格安ソウル便を予約できたので、今回久しぶりにソウルに行ってきます。5月に大阪神戸へジェットスターで行ったのと同じような感覚です。ソウルは韓国なので行く気が起きず避けていましたが、相棒が、格安で行けるならと現実路線で迫ってきたので、まあソウルだけならと行くことにしました。それにしても朝早いです。小型のスーツケースで国内持ち込み可能最大サイズのものなのでパスして当然だと思うのですが、何とジェットスターの機内持ち込みサイズ制限ではパスしません。バニラは大丈夫なのですが、荷物で膨らむと心配になります。ここで超過料金とられると、何のための格安かわからなくなりますからね。格安旅行は色々大変です。A320の短い機体は8:10に成田空港を飛び立ち、揺れもほとんどなく、無事インチョン空港に到着。時刻10:20。曇天、9℃。ここから市内までのバス送迎は¥がかかりますので、一番安い電車にしました。エアポートリムジンイクスプレスAREXです。これも事前にOPツアーサイド「ベルトラ」で予約済み。あちこちで道順を聞き聞き、地下B7のAREXに無事乗車できました。AREXにのって車内のモニターを見ていると、なんとそこには竹島の映像が・・・。独島の文字でわかります。ちょっと驚き。こんなところにまでPRするとは、品位を疑いますよね。よほど日本人に来てほしくないのでしょうか。約45分でソウル駅に到着。大きい駅です。近くのロッテアウトレット、ロッテマートを散策。こちらが現代のソウル駅です。隣に昔のソウル駅が残っています。キリスト教の慈善団体によるイベントが行われていました。韓国はキリスト教信者が多いのです。駅舎は赤レンガで東京駅の雰囲気も少しあります。これで東京駅はソウル駅をまねしたとでもいいそうだなあとふと思いました。韓国の独特のウリジナル、つまり起源は韓国という虚偽の主張が多いですからね。お腹が少しすいたので、ロッテアウトレットの3Fフードコートで格安ランチ。あさりうどんとイカと三枚肉のいためものをいただきました。あさりうどんはアサリの出汁がよく出ていて美味。イカ肉のほうはかなり辛くてちょっと・・・。ランチ後、交番で地下鉄までの道順を聞いました。警官は結構親切にカタコト英語で教えてくれました。イベントでもコーヒーを無料で飲ませてもらいました。韓国でも親切な人は親切です。これは以前も感じました。教えてもらった順に地下鉄のヘフォン駅まで歩いて10分程度、上り道。そこで宿泊する格安ホテルに携帯電話で連絡。(ジャランでは迎えに来るとの記載がありましたので)実際にはカタコト英語での会話で、のらりくらりで結局送迎なし。ひどいなあとおもいつつ、きりがないので道を聞きながら歩いて向かいました。つい長く話してしまい、携帯料金がかさんでしまいました。なんとか着いてみたら、想定よりかなり低いレベル。格安だからというのもありますが、日本の沖縄で泊まったような格安宿とは異質です。さて、荷物をおいて繁華街インサドンへ地下鉄を乗り継いで向かいました。地下鉄は前回さんざん乗った経験があるので特に問題なし。ということで格安旅はまだ始まったばかりです。
2015年01月31日
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閑話休題 スタップ細胞、あれだけの大騒動がその後さっぱりです。ネット上では昨年3月にはTCR遺伝子再構成がないという理研の説明の変更で専門家はアウトという評価でした。さらに肝心のスタップ細胞存在証明の画像が博士論文からのコピーだったわけですから、これでもアウトです。4月の会見では200回も作製できたと豪語していたのは一体何だったのでしょうか?レシピまであると言いきっていたはずです。再現できなかった以上は(本人による再現実験はそもそも信用性が問題ですが)きちんとした説明責任があると思います。それを放置して既に退職されたという。世間的には全く通りません。これだけでも科学者としてはアウトです。解析結果によりSTAP細胞が実はES細胞だったということは、誰かが故意に混入したのでしょう。今若山研より小保方さんがES細胞を盗んだということで、告訴するという話がもち上がっているようです。この際、きちんと混入した犯人を追求してもらいたいです。莫大な税金が使われた上に、日本の科学界の信用を大きく失墜させ、その上一人自殺に追い込まれているのですから。あいまいなままでは許されませんね。
2015年01月21日
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朝6:30に起床、ようやく時差が解消した実感です。8:30より再び旧市街へ出発して、ピレ門をくぐり、プラッツア通りに入ります。暑いので目についたお店の中でジェラートをいただきます。朝から城壁の上を歩く人も多いのですがパス。観光客は大体こんな感じのラフな服装です。私達ももちろんtシャツ、短パン。とにかく日差しが強くて暑いのです。入ったところにあるのがオノフリオ大噴水。昔からあるようです。正面の時計台を右折して大聖堂の中に入ります。このまえでは何とクロアチア人が日本語をしゃべっていました。聞くと3カ月ほど日本語研修で習ったそうです。どうしてそんな短い期間でしゃべることができるのか不思議です。ドブロブニク名物を売っていました。中に入ると、外の喧騒とは無縁のミサが静かに行われていました。その後昨夜のロカンダのトイレを使わせてもらい、その近くの店で記念に陶器の絵や油絵を買いました。これは陶器の絵です。私達もオノフリオ小噴水よりミネラルウオータのボトルに給水。なかなか美味しいです。他にも結構入れている人がいます。その後スポンザ宮殿の横を通って、ドミニコ会修道院の中を見学してから、ピレ門とは反対側のプジャ門を出て、乗り場を探して歩き、スルジ山のケーブルカーに乗って展望台へ向かいました。時間は5-6分で山頂駅に到着。ドブロブニクが一目でわかる絶景がひろがります。ご存じ「アドリア海の真珠」と呼ばれ、オレンジ色の屋根が美しい世界遺産の街。かつてはラグーサ共和国としての長い歴史があります。一度ベネチアに征服された歴史から雰囲気が似ています。500年前から地中海都市のなかで有数の美しい町というのが山頂からみるとよくわかります。旧市街って昔は島だったそうです。それも何となくわかるような。そんな街の屋根をよくみると家によって古い色(淡い褪せた色)と新しい色(濃い色)の違いがあるのだとか。新しい色の屋根は例の1990年ごろの戦争で砲撃により壊された爪跡だといいます。こんなに美しい街をも容赦なく破壊する戦争。二度としてほしくないと思いつつ、地球上に戦火が絶えたことなどこれまでありません。ふと右側に目をやると、私達の宿泊するホテルの方まで一望できます。近くの島も見えます。青い空と青い海、酸化鉄の赤い屋根、石灰岩の白と灰色の壁。自分でも油絵で描けそうな気になってしまいます。ケーブルカーで降りるときに、乗り込んでからふと、先ほど買った絵を忘れたことに気がつきました。あわててケーブルカーの外に飛び出て探すと、休憩場所の椅子で絵を発見、よかった、まだありました。おかげで一便遅れてしまいました。戻ってからカレンダーなどでよく見る風景を探しました。それがこれ。港からだいぶ離れた場所からの絶景です。昨夜のロカンダの場所は白いテントでわかります。その後、ランチレストランを探してうろうろ、城壁の中の「アクエリアス」でシーフードサラダ、ブラックリゾット、スパゲッテイボロネーゼをいただきました。このブラックリゾット、つまりイカスミリゾットもなかなか美味しいです。クロアチアのリゾットお勧めです。この後、町の小さな通りを歩いて海側に進み、階段を上ると、聖イグナチオ教会に到着です。この後、4:00にいったんバスでホテルに戻り休憩。6:00過ぎに再び繰り出しました。まずは城壁の上をウオーキングと思っていましたが、まだ日差しが強く、熱中症のリスクもあるので結局パスしました。夕食は残金が少なくなってきたのでイタリアンで妥協です。ここは隣がイタリアでもあり、町はベネチア風、イタリアンレストランもとても多いのです。ビール、ラザニアとツナステーキをいただきました。海外のラザニアはスイス以来2年ぶり、なかなか美味。でもツナステーキは我が家の方がおいしいかな。会計は残りのknでは足がでてしまい、残額はカードでお願いしました。その後最後の時間をまたプラッツア通りなどで散策、何度歩いてもここは楽しいのです。ホテルには21:30頃バスで戻りました。明日は早いので、3時にウエイクアップコールをお願いして、スーツケースを整理して就寝。4時半ごろ送迎の車が来てくれて、空港まで。楽しい時間はそろそろおしまい。帰りはドブロブニク→ザグレブ→チューリッヒ→成田。スイス航空で帰りました。クロアチアってとっても良い親日観光名所です。機会があれば是非!次はソウル超格安旅行です。
2015年01月21日
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