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朝5:30に目覚め、6:45に朝食。早めにバスターミナルに行くために8時過ぎにチェックアウト完了。チケットはバスドライバーから購入しました。100KN/人。所要時間25分。9:10前に空港に着きました。バスを降りたところで石が目につきました。工事用の砕石ですが、ついつい最後のチャンスだと思い一個ゲット。しましまの片麻岩。記念品です。石趣味の心がむくむくっと、。誰かが見ていたら、「あのあやしい日本人はなぜ石なんか拾ってるんだ?」と言われそうです。空港では自動チェックイン機と格闘。BOOKING REFFERENCEがクリアできません。係員に聞くとIA/6PB150のうち後ろの6PB150ということ。これでようやくクリアできました。タグはそのまま持ってチェックインカウンターに向かいました。そんなこんなでなんとかバゲージドロップも完了、ゲート23Aに行きます。その前にセキュリテイを通るのですが、ここで私の手持ちバッグが何度もチェックされました。やっとわかったのが、日焼け止めを小さなバッグのポケットに入れていたのをすっかり忘れていたもの。センサーの感度がよいというか、誰かに変なものを入れられたのではないかとか、ちょっと心配になりました。フリーだといつどこでどんな落とし穴に落ちるかわかりません、まあこれが旅のだいご味でもあります。^^^^^^ようやく待合室の奥の席に座ってひと休み、コペンハーゲン行きの表示に雨マークがと言っているうちにいつの間に行き先表示がアムステルダムに切り替わっていました。あれれと出発ゲートを別のディスプレイで確認すると26Aになっています。あわてて移動です。これだからフリーで海外の空港は気を抜けません。もっと年をとると、こういうことに対応できなくなって、落とし穴に落ちるんだろうなと心配になります。^^^^搭乗は10分遅れでしたが、コペンハーゲンのカストラップ空港に無事到着。天気は曇り。スーツケースを受け取ってから、NOKからDKKに両替えをすませて。地下の鉄道駅に向かいました。チケットは自動券売機でなんとかゲットできました。どこでも自動機が多いです。乗ると、3つ目で中央駅に到着。隣に乗った人が話しかけてきて、すこしお話しました。車内はこんな感じ。中央駅に到着して出口すら分からず、人に聞くと親切に案内してくれました。赤レンガの大きくて威厳のある駅!その後ホテルの方向もわからずまた聞いたら、これまた親切に教えてくれました。ホテルがまたまたわからず聞いて、また親切におしえてくれました、なんと同じホテル滞在の人でした。小さなホテルですがまあ感じは悪くありません。ついてチェックインするときにコーヒーサービス(自分で入れる)があり、一息つくことができました。国と国の間を移動するときには、フリーでは心配ごとがたくさんあります。でも、それを乗り越えて、次に進むって旅は人生そのものですね。部屋の大きさはまあまあ。少し休んでから、せっかくなので外に出ることにしました。中央駅をすぎ、そこで写真をたのんだら、なんと地元の方と思うが日本語で返事。たまにこういうことがあります。駅を過ぎて少し行くと、有名なチボリ公園の門が見えてきました。入口で写真を撮ってから、入るのはやめて先に進みました。近くのスーパーものぞきました。のぞくだけです。歩いて市庁舎の広場をすぎると、ストロイエという世界最初の歩行者天国に入ります。私の故郷旭川も日本で最初の歩行者天国ができた町、なんだかうれしいことです。とてもにぎやかで、通りの両側のお店も素敵で、いかにも観光地で、感じがよいのです。イルムスボーリフスやロイヤルコペンハーゲン、7-11もあります。レゴショップも各国のブランドショップもあります。この人形、レゴブロックでできています。私子供のころ、遊びました。レモンの形をしたジュースショップ、お土産店、カフェ、などのぞきたくなるお店ばかりです。歴史ある塔ものぞいて見えます。美しい街です。ストロイエを歩くのが最高です。まずは歩いて先に進み、ニューハウンまで行きました。ここも予想を裏切らずとてもきれいで写真三昧。ニューハウンは「新しい港」という意味で、現在はおしゃれな観光スポットになっています。ベルゲンのブリッケンもそういう感じのスポットでしたが、雨で残念な印象でした。そのリベンジのようです。かつてハンス・クリスチャン・アンデルセンが住んでいた紅い屋根の家もあります。なおここのレストランはどこも高いので有名。しかも屋外テラス席は寒いのです。デンマーク料理もこれといったものはなく、デニッシュパンくらいしか思いつきません。ノルウエーがスモークサーモンやエビくらいなものと同じです。だからここも高級レストランには行きません。そのかわり、近郊のあらかじめ調べていたパキスタン人経営のカレーレストランに行きました。場所はなんとかわかり、中に入って定番のバターチキンカレーと海老カレーを注文。それにまたまたビール。味はとても美味しいのです。結構こんでいました。シンガポールで食べたインドカレーと似ていて味に深みがある、また食べたい味でした。カレーはお店によってピンキリなのですが、当たってよかったです。コペンハーゲンでは安い方だし、地元の人たちに人気があるようです。カップルや家族連れが多かったです。明日の出国のために持ってきたお金で電車代だけ残してはらうことに。とはいっても足りないはずなので、不足分だけカード支払いを交渉したらok。支払いをすませて、クリスチャンスボー城を脇目で見ながらホテルに戻りました。少し雨が降って来ました。夜の市役所です。夜のチボリ公園入り口です。どこも歴史の重みがあり、重厚で洗練された絵になっています。外が暗くなるまでいたので、夜少し遅くなったのですが、片づけをして就寝。コペンハーゲンはオスロより大きいし、世界一美しい町の一つと言われるだけあると思います。相当昔の話ですが、スイスに来る途中で、アンカレッジ以外で最初に降りた所が、ここコペンハーゲンでした。その時には空港の外にはでられず、出てみたかった気持ちを、今回ようやく、長い時を経て、かなえることができました。やっぱり美しい町でした。ヨーロッパ、本当に素敵です。
2015年08月30日
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行ってきました。最近、色々ストレスがあって、その解放を兼ねて、久しぶりに魅惑の石達に会いに行ってきました。そこでいくつかのユニークな石達と出会い、お金を払って連れてきました。そのうちのひとつ。イリデッセンス・クォーツ。噂では聞いておりましたが、お目にかかるまでには6年の月日が・・・。お店のインド人はレインボー・クォーツと言っていました。サイズは小さくて、お値段も安くて500¥。2個買いました。インドのデカン高原でとれるそうです。産地名はアウランガバードと言っていました。姿を見ると、短い、ほとんど錐面だけの形も、裏についたアゲートも、いかにもアメシストではないかと思わせます。ですが、紫ではありません。気になるのは、茶色い鉱物が付着していることです。これってひょっとしてアメシストを焼いたの?写真がこれ。あまりうまく撮れません。写真ではよく見えないでしょうが、たくさんイリデッセンスが出ています。レインボーガーネットに似ています。錐面を見ると薄層が重なっていて、ラメラ構造なのでしょう。錐面の根元側にはまだ層ができていない部分を残して、先端が成長するのは、エレスチャル的です。錐面のどの層にも反射面があるのではなく、ある深さに限定されているようです。だから表面ではなく少し内部にイリデッセンスが出ているのが面白いです。さらにr面ではなく、z面にだけ出ているようです。ブラジル双晶との関連が少し気になりますが、z面はブリュースター干渉縞は出ていない側ですし、この干渉縞は偏光板を通さないと見えないものです。それにr面では右水晶と左水晶が表面で入り組んでいるので、きれいな層にはならないでしょうね。逆にz面はきれいな層ができやすいと思います。それにz面はr面より成長が早いから層間が浮きやすいとか、これはありうるかもしれません。エレスチャルでは浮いている錐面がよくあります。成因については、まだまだどうなるかわかりません。実はモロッコやウルグアイのアメシストにも一部にイリデッセンスを示すものがあるそうです。特にモロッコのジオードタイプに比較的多くみられるとか。あとで自分が持っているものも見てみよう。さてどこにおいたやら。水晶の中まで虹が見えるものにアイリスアゲートがあります。これはアゲートのバンドの間隔が狭いタイプで、かつ光を透過するものの中に、たまに出現するものです。そこを通過する光が回折するためといわれますが、これもまたきれいです。色々妄想を育んでくれるこの水晶、実に楽しいです。だから石はやめられませんね。ストレスが少し和らぎました。
2015年08月30日
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朝4:30にめざめ。外は雨が音をたてて降っていました。天気は昨日が最高で今日は最低。朝シャワーのあと、朝食レストランへ向かいました。オスロほどではないですがまあまあの朝食。本日の天気は曇りのち雨、気温は12℃から14℃。さすがはベルゲンです。夏とは思えません。寒くないように服をアレンジして出かけました。出るとすぐにまた雨が降り出し、結局このあとやまず。風もどんどん強くなり、まるで小さな台風が来ているかのような散々な天気でした。ここが有名な世界遺産のブリッケンです。のこぎり屋根のつながった家ですね。何百年も前からこのような建物があるそうです。まず魚市場の近くのインフォメーションオフィスでベルゲンカードを200KNで購入。博物館巡りをしようと思っていたのですが、一番期待していたハンザ博物館は対象外。ホーコン王の館から出てくる人に聞くと、「ただの古い建物よ、つまんない」というようなご意見なので入るのをやめました。次にブリッケン博物館を探しましたが、わからないままで行きすぎ、途中には変成岩露頭もあって自分では楽しい道でした。ようやく運送会社の人に聞いて博物館をみつけ、入りました。ブリッケンのとんがり屋根の家がいつからあるとか、火災の証拠が地層に残っているとか、古いバイキングのころの船のキールの再現がありました。古代のチェスのようなゲーム盤もありました。これがチェスだそうです。いわれてみれば。両側にいかめしい男が腕を組んで「王手」とか言っていたのかと思うと、親近感がわいてきます。これは船のキールですよね。基本は今と変わりありません。東京五輪の国立競技場の設計にも使われたというと、かえって訳わからない話になりそうですので、それはやめて・・・・2階には紙のきり絵の作品が並んでいました。細密で線が美しくて、しばし雨を忘れて楽しみました。ここを出てから近くの聖マリア教会に行きましたが、ドアが閉まっていて入れず。他にも別の博物館に立ち寄ってみましたが、ベルゲンカードは対象外との返事。役に立たないカードにがっかり。雨の中濡れるので本物のブリッケン家の中の通りの小さな店に入りました。ここで、サンドイッチをランチ代わりにして、その後カフェによってカプチーノで一息つきました。それにしても町や家はカラフルできれいなのですが、雨で大なしです。この後、外は寒いし、せっかくのベルゲンカードを使いたいので、ART MUSEUM KODE に向かいました。途中デパートの前でいくつかの音楽演奏が行われていました。皆さんうまくて聞き惚れてしまいました。アコースティックギターのスリーフィンガーの軽快なリズムが雨のうっとおしさを打ち消してくれました。ヨーロッパの町はこれがあるので良いです。また町の人に聞いてようやく場所がわかりました。KODEは3つの建物があります。中で傘は置いて見学です。ノルウエー絵画の父と呼ばれる、ダールの作品を中心に油彩を見ました。ムンクの絵もありました。独特だからすぐにわかりますよね。写真のかわりに19世紀の風景画が当時の人々の生活を教えてくれます。フィヨルドの風景も秀逸です。まるで写真です。ジュネーブの博物館もそういえば同じでした。雲が必ず描いてあるのは当時も雲がちだったのでしょう。一日歩いたので足の底が痛くなり、休憩でいったんホテルに戻りました。自分は明日の空港へ行くバスと列車の乗り場を確認するために、一人で外に出て調べてみました。ベルゲン駅からはどうも乗っていく列車があるように見えません。駅の係員は時間外のため不在で聞けません。駅からバス乗り場へ行くルートがありその道を進んでみました。複雑ですがなんとかバス乗り場は分かりました。そこで何人かに聞いた結果、どうやら列車はなさそうというのが結論。旅行会社の情報はまた間違っていました。バスの時刻は乗り場に書いてありました。これでなんとか明朝バスにのれそうなことがわかりました。フリーはこれが面倒です。19:20頃再びホテルを出て。魚市場に向かう。再びインフォメーションにて、ベルゲン空港まで行く列車があるか聞くと、やはりライトレールも含め「ない」との回答。また、交通機関ではベルゲンカードは使えないとのこと。がっかり。旅行会社の誤情報が多すぎでむっと来ます。夕食はフィッシュマーケット内にあるFISH MEというお店に決めました。幸い日本人スタッフがいて、いろいろ事情など聞いてみました。20代後半に見える女性で、丁寧な応対。聞くと、ピアノの学校に通っていて、アルバイトでこの店に来ているとのこと。志を持っていてたいしたものです。ノルウエーの物価については、ノルウエー人自身が苦慮しているとのことでした。タラバガニのガーリックバター焼きと海老の串焼き+チリソースマリネ、パン、サラダつきにビールを頼みました。ワインは目玉が飛び出る値段で手が出ず。これでも量が多いので満腹になりました。これでも日本円では約12000¥。だから高級レストランには入りたくても入れません。しかもノルウエー料理ですからね。味は普通に美味しかった。でも日本ならこの半額でもっとおいしいけれど・・・。外に出ると10℃を下回る気温。足早にホテルに戻りました。写真の時間は10時過ぎていますが、雨でもこんなに明るいのです。終日雨はきつかったのですが、フィヨルドが天候よかったので、我慢です。その後スーツケースを片づけて、1時過ぎに就寝。旅はまだまだ続きます。何が起こるかわかりません。ーーーーーーー話は変わりますが、先日のパリアタック。ひどいですね。パリフリーって、いつも候補に挙がる旅行です。自由に地下鉄を使ってめぐるパリ、最高ですよね。今回も実はパリにしとけばよかったかなという思いもありました。でも、こんな事件があって、厳戒態勢となり、当分ヨーロッパには行けそうにありません。アメリカにも攻撃予告がでているようで、困った話です。過激思想を持っているヨーロッパの若者を洗脳してジハード思想を吹き込み、自分のヨーロッパを壊すようにしむけるイスラム国は最悪のテロ集団です。国連がだめなら有志連合でもなんでもよいから、早くなんとかしてほしいと思います。それにしても国連、最近ますます役立たずですね。このところ親の病気などで旅行にでかけられなくて、それが少し落ち着いたと思ったら、今度はテロ、ストレスたまり気味です。
2015年08月30日
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グドバンゲンからバスでVOSSまで走り、そこから再びベルゲン鉄道に乗ります。最初は海はないけれどフィヨルドのままですね。まずバスはスタルハイムの峠まで登ります。このあたりも石灰岩の山があります。沢に石灰岩が転がっています。おりて眺めてみたくなります。スタルハイムの峠からは絶景が広がります。バスドライバーはなぜかろれつの回らないような変な口調で、「シートベルトをしてください。これから急な坂を下ります、途中で写真撮影のために止まります」とアナウンス。見ると、すごい急な狭い坂をバスがゆっくりブレーキをかけながら、下りていきます。前にはバス1台が曲がれそうもないように見える、せまいヘアピンカーブの連続。道路の外側は絶壁です。谷側は道が見えません。平地でヘアピンカーブを曲がったバスのタイヤ軌跡を後から道路にしたような、そんな狭隘限界の道路です。だからドライバーはまるで空中に飛び出たような位置で見えない道路を想像しながらブレーキを踏み、ハンドルを目いっぱい回しているという、まさに恐怖の下り坂です。私達の命は、この若いドライバーの腕と足底にゆだねているんだと誰かが話していて、まさにそうだと思うと、急に外を見るのが恐ろしくなりました。ロープウエイでも上りより下りの方が、道程が全部みえるだけおそろしいのです。これも全く同じ。恐怖の切り返し、途中停車を何度か繰り返し、ようやく谷底に降りてきて安堵のため息。あのドライバーは、いつもこの道を通っているのかと思うと、とても自分にはできないと思います。ひょっとしてあのろれつの回らない理由は、精神安定剤の服用のせいかもと、つい想像してしまいました。下に降りてすぐに対向車があり、バスのドライバーは何か対向車と話をしていました。きっと上に上がるなと言っていたのでは?、なぜって、もし5分遅れていたら、あの急な坂ですれ違いできない状態になり、車はもどるしかなくなるから。あんなところで、バックで!想像するだけで恐ろしいです。ここを無事過ぎて、その後は絶景を楽しむ安心コース、17:10ごろにVOSSに到着。VOSSの駅では10KNの有料トイレをただで済ませ、花の長いトロールにぶら下がって記念写真。乗るホームを確認し、今度は私達が先に並んで座席を確保。その前に線路を見たら、美味しそうな独特の縞模様が美しい片麻岩がごろごろしていました。すごく拾いたかったのですが、拾うと誰かに注意されるとまずいのであきらめ、写真を撮りました。列車に乗って間もなく、若いアルバイトのような女性車掌が検察に来ました。これでチケットチェック全完です。列車は朝とは違ってローカル列車で窓も汚れがあり、写真は撮れそうにありません。といってももう十分撮りました。空は白く曇ってきましたが、肝心のフィヨルドが良い天気だったので、文句はありません。ベルゲンには9:00ごろ無事到着。なんと雨のベルゲンになっていました。ベルゲン駅で写真を撮っているうちにあの夫婦を見失ってしまったがいろいろ助かりました。傘をさしてホテルグランドテルミナスをさがして向かいました。駅のすぐ右側です。チェックインして部屋に着くと、旅行会社が言っていたポットがありません。しかたなくレセプションに行き、ポットを貸してくれというと、ウオーターボイラーではなく、暑い湯を入れたポットを持ってきて、これを使ってくれとのこと。なくなって追加がほしいなら自分でルームサービスの部屋に言ってもらってくれとのそっけない対応。(後で旅行会社に言うと、ポットありは誤情報とのこと)部屋はせまく、バスタブもなし。古い部屋。でもヨーロッパの三ツ星であり古けりゃまあこんなもんでしょう。スーツケースは無事に到着していて安心しました。道はいたるところ石畳み。この石がまたみな片麻岩です。なんだかそれが雨にぬれて縞模様が強調されていてうれしくなってしまいます。こんな事に喜ぶのは地質学者以外ほとんどいないでしょうね。否地質学者でも喜ばないでしょう。夜はでかけるのもめんどうで、ホテルのレストランもいっぱいだったので、日本から準備してきたヤキソバとさば缶でごまかしました。一日列車船、バス列車の旅で結構疲れがあり、熟睡しました。
2015年08月30日
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フロム駅ではまずどの船にのるのか、別のクラツーらしき添乗員に確認しました。3隻ほど並んでます。間違えたら一大事です。日本の旅行会社の添乗員がいれば、わからないことはなんでも聞けますので、一番良いですね。その後、船乗り場にならびました。だいぶ後ろに並ぶ人が増えたと思って見ていたら、フロムからいっしょだった日本人夫婦が後ろに見えたので、こちらに呼びました。これでおあいこ。旅祭ではお互い助け合いが大事です。船に乗り込む途中で鼻血を出していた老婦人を見ました。のぼせたのでしょうか。旅行中は何かと体調が狂うもの、他人事ではありません。こちらは外が暖かいので、最上部のデッキに椅子を持ってきて座席確保。隣の人に少し話しかけると、スコットランドから来たおばさんでした。スコットランド独立の話、日本でも沖縄が独立するかも、なんて話をしました。まあ話をしたと言っても、単語並べに毛の生えたようなもんですが。イギリスからでは近いので、関東から沖縄のような感覚なんでしょう。実は地質的にも近くて、太古には同じ山脈だったところですが、そんなこと知るよしもないでしょうね。定刻になっても出発しないと思っていたらアナウンスで、スモールアクシデントにより出港が20分ほど遅延するとのこと。ひょっとしてあの老婦人の関係かなと気になりました。30分ほど遅れていよいよ出港。日差しが想定外に強いので日焼け止めを塗りました。雨も降られるだろう、雲ってるだけなら良しとしようと言い聞かせていただけにうれしい誤算です。振り返ると、滝や滝の跡が全部で10ケ近くあり、大昔は分厚い氷河がここに流れていたのかと想像して、その絶景を空想して心打たれました。船の一番高いところに座ったので、岸辺の赤い駅舎が眼下に見えます。この周囲は標高1300-1700の山々があり、その間を氷河が侵食してフィヨルドが形成されています。このフィヨルドクルーズがこのツアーの最大の見どころ。この旅行の一番の見どころでもあります。フロムから世界最大級のソグネフィヨルドの支流になる、アウルランフィヨルドに入り、左に折れ曲がって、ネーロイフィヨルドに入り、その一番奥にあるグドバンゲンまで約2時間のクルーズ。ネーロイは世界遺産です。途中発電所のあるというアウルランの町に立ち寄り、と言って降りるわけではありません。ちいさくてきれいな村ですが、住むのは不便ではないかと想像してしまいます。スイスのルツェルン湖のクルーズを思い出しました。フロムから私達を追いかけてきたのはカモメたち。残りのサンドイッチを食べて、そのパンの耳がかたいので、餌に空中にほおり投げると、見事に口でキャッチしてくれます。ついついその光景を写真に何枚も撮ってしまいます。なんだかちょっと前に沼津でやったことと同じ気がします。フィヨルドの両岸は1000m近くあるところもあり、すごいのひとことです。氷河の力は偉大です。他にも小さな村(ウンドレダール)があり、教会も見えました。こんな不便なところによく住んでいるものです。それでも日本の田舎のような、自然に同化したような風景ではなくて、あくまでカラフルで美しく、小さくてもりっぱなヨーロッパの町です。海の一部とはいっても波はほとんどなくおだやかというか鏡のような海面が続きます。山の一部は他とまるで違う色をしている山もありました。石灰岩かドロマイトの山ではないかと思います。とにかく景色が美しいです。雪をいただいた景色もあり、まさに海のアルプスです。一部の滝の後の沢には白い岩がたくさん転がっているところもあり、これはきっと太古の石灰岩なのでしょう。山の上の方から滝が、沢が、あちこちで流れ下っており、本当に美しい眺めです。降りて沢の近くに行ってみたくなります。見たこともない石がころがっているのではないかと、ついつい空想が膨張してしまいます。船内の様子を写真に撮りました。グドバンゲンに着くころにはうす曇り。次のバスに乗るために出口に並びました。船の先端はもう口をあけて車も出せるようにして接岸です。遅延は短縮されて、到着は10分遅れになっていました。今度は例の夫婦がバスの座席を確保してくれました。旅先の親切がありがたいです。フロムの晴天は曇りになっていましたが、それでも、よく天気がここまで持ってくれたと、何よりもそれが有り難いです。こんなにずっとよい天気なことは少ないということでした。ようやくオスロの迷子の貸しを返してもらったような気分です。でも、このくだり坂の天気、気になりますよね。旅はまだまだ続くのですから・・・・。ーーーーーーーーー9月に入って、実家の健康問題があり、急遽北海道に2回飛びました。そのために、シルバーウイークも潰れてしまいました。現在自分も疲れもあり、風邪もひいてしまいました。帰りの飛行機で成田に降りるときに、耳が圧力差でつまったような感じが残ったのですが、その後も耳が詰まっているような感じで少し耳のきこえが悪くなったので、金曜に耳鼻咽喉科に行ってきました。中耳炎ではないだろう、風邪の影響ではないかという見立てで、とりあえず少し安心しました。鼻水と痰がたくさん出てきて、まだなかなかとれません。久しぶりにここにきて書いてます。ほっと一息です。
2015年08月30日
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ミュルダールでベルゲン鉄道を降りるときに、後ろの座席にいた日本人夫婦と情報交換。聞くと、コペン滞在後にノルウエーに来たとのこと。opツアーでの迷子事件を話したら大笑いで打ち解けました。そういう彼らも乗り継ぎに不安ありとのことでした。ちょうど日本人添乗員(クラツーだったか)がいたので、聞いて乗り換え場所を確認しました。添乗員はとても信頼できるので一番ありがたいです。ここでもうカメラの電池交換。たくさん撮りすぎです。待つ間も、日本人夫婦と互いに写真を撮りっこしたり、私達はいつものように外人にも撮ってもらいました。次に乗るフロム鉄道は指定席ではないので、早く並んで座れるようにしないといけません。15分ほどで乗りこみ、先に乗り込んだ彼らに座席を確保していただきました。左右どちらの席が良いか想像しましたが、結局どちらもおなじ程度だったようです。列車はフロム峡谷約20kmを1時間かけて降りて行きます。ブレーキをきしませながらゆっくり進みます。途中、大水量、落差93mのショース大滝が右手に現れました。ここで写真撮影のためにサービスで停車。皆さん降りて写真を撮りました。怒涛のしぶきがかかります。大地のパワーを感じます。地球温暖化を感じます。線路のすぐ近くで岩が露出してる、見ると広域変成岩のようです。千枚岩も見えました。スイスのアルプスハイキングの時に見た千枚岩露頭をふと思い出しました。(写真は千枚岩ではありません、それは撮り損ねました^^;;;)手を出すと触れる様な近さに迫ってきます。こういう地域は過去にプレート境界だったところであり、近くには低圧高温変成岩つまり片麻岩の露頭もあるはずです。実際オスロの町の石畳や石壁の材質も片麻岩だらけでした。一方広域変成岩の千枚岩は石材には不適です。先カンブリア紀の分厚い地質構造を氷河が削ったU字谷、そのすざましい力の痕跡を今、目にしていると思うと、わくわくしてきます。黒い岩を見てわくわくしているのはひょっとして私だけかもしれませんが^^;;・・・。他にもあちこちに落差の大きな滝がいくつも見えました。北海道の流星の滝や銀河の滝などまるで子供のようです。那智の滝クラスがタンデムに連なって流れ落ちています。そういえば家族で来ているお隣の様子です。どこの国の子供も可愛いですよね。こんな写真ばかりとってと、毎度言われます。車窓に見とれているうちに終点フロムに到着。フィヨルドの山頂から降りてきたわけです。ここは海なので、標高0m。いよいよ海が現れてフィヨルドの出発点です。
2015年08月30日
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朝4時過ぎには空は白々、夜は11時から5時間足らずの短さ、ノルウェーで暮らすのは大変です。5時過ぎにベッドから出て、5時半にはポータルサービスのバウチャーとともにスーツケースをレセプションに出しました。すぐわかってくれました。これで次に泊まるベルゲンにスーツケースを運んでいただくわけです。スイスの時には駅から駅でしたが、ここではホテルからホテルなのでこちらの方が楽です。朝食までは時間があるので、屋上の展望階に上がり、眺めを楽しみました。大きな都市ではありませんが、古い建物がそこかしこに見えます。ヨーロッパの街は歴史が折り重なって見えます。個の街の最初はバイキング王の時代からはじまり、千年の歴史があるそうです。またオリンピックの名残もありました。リレハンメルの記念プレートです。オスロから北に行ったところにあります。確か荻原兄弟が活躍した時代ではなかったでしょうか。かれこれ20年以上前ですね。オスロの長い歴史から言えば直近の出来事です。そのあとで中庭のレストランに朝食のために降りました。ここはきれいで種類も多くて、とてもよかったです。今回もランチは列車の中なので、朝食から作ってもらいました。また中身のリッチなおいしいサンドイッチができました。7:40分に朝食を切り上げ、部屋に戻り、7:50にチェックアウト。中央駅で昨夜調べた通り3#ホームに入線です。ホームにはもう沢山の人が来ていました。いよいよベルゲン鉄道に乗ります。スイス鉄道とならぶ有名な絶景列車です。ベルゲン鉄道は最初にベルゲンからボスまでを狭軌で結ばれたのが今からちょうど110年前の1905年。その後1909年に広軌となってオスロまでつながりました。100年以上の歴史があります。1日3,5本しかなく、いまも単線です。絶景列車として世界的に有名です。私達はこれに乗りにわざわざノルウェーまで来たわけです。「ノルウェーインナナットシェル」という鉄道パスでベルゲン鉄道にのり、ミュルダールまで行きます。ここでフロム鉄道に乗り換えて、フィヨルドの最深部にあるフロムに向かいます。ここから船でグドバンゲンまでクルーズ。そこから今度はバスでボスまで行きます。ボスから再びベルゲン鉄道に乗り終着ベルゲンに向かいます。つまりベルゲン鉄道の途中でフィヨルドに寄り道をするというコースになります。これには、他のコースもとれるのですが、私達の旅程ではオスロからベルゲンなので、このコースになるわけです。もともとはこの逆でした。朝8時25分から夜9時過ぎまで約12時間かかります。列車は8:5分ごろ入線。パスに記載されている4#列車に乗車。ここからミュルダルまでは指定席、4#列車はファミリー=グループ用で、トイレ付。後続車には食堂車もありますが、なんせ物価の高いノルウェー、朝食サンドイッチが今日も役に立ちます。ミュルダルまで12次50分、つまり約4.5時間の長旅です。景色が良いので時間も苦にならないでしょう。車窓には白樺のきれいな森、山が走っていきます。まさに深い「ノルウェーの森」です。気温は16℃、ちょっと寒いですね。といっても小説の「ノルウェーの森」は、実はここの森とは何の関係もないのですが・・・。本物のノルウェーの森は大変美しい。牧草もあちこちで見られ、まるでスイスの車窓と同じ。快晴の空の下、最高のフィヨルドの旅が始まりました。点在する家は頑丈そうに見え、過去にデンマークや北ドイツからの移民が大自然と格闘しながら切り開いたのだろうと想像します。ノルウェーはスカンジナビア山脈そのものだから、平野が少なく、特に冬期の開墾は大変だったことでしょう。列車はますます川の流れに沿ってスカンジナビアの山の間を縫うようにゆっくり走ります。どこか北海道の景色とも似ています。氷河でけずられたためか山はスイスに比較して緩やかですが、時々見える断崖がスイスと似ています。このあたりは大半が変成岩でできているのでしょう、それが氷河によって鋭く削られた跡をみているのです。列車の窓が汚れていないので、写真撮影が窓ガラスの内側からできます。途中川が途切れて、今度は右側に堰止湖のような湖が見えていました。列車は細長い湖に沿って走ります。湖面が陽光を反射して絶景。そうこうしているうちにhonefossヘネフォス駅に9:50分到着。ノルウェーの家は屋根が瓦ぶき。雪が落ちるのかと心配になります。多くの家が白壁に黒瓦ぶきです。濃い赤レンガの煙突つき。針葉樹の森の中で調和しています。ベルゲン鉄道の架線による電化であり、冬の降雪の影響はないのかと気になります。まあノルウエー沿いのノルウェー海流はメキシコ湾流の支流で暖流であり、高緯度な割には冬の気温はオスロ近辺なら北海道よりも低くないほど。何とかなっているのでしょう。10:30ごろ、また氷河湖を左手にみながら列車は走っていきます。相変わらず空は快晴。おそらく低いがU字谷に水がたまったもので、この溝がフィヨルドにつながっているのだと思います。山肌の一部がここでも時々露出していて、光に反射して広く光っていて美しい。まるで断層面のように見えます。もうフィヨルド観光は始まっているということでしょう。山肌を彩っているのは日本の春先のような淡い木の芽のふいた色、それが粗い点描のグラデーションになっています。やさしい風景です。11:05NESBYENネスビエン駅に到着。もう少ししたらハリングダルで左に曲がるはずです。車窓から見える褶曲した崖の岩肌は、日本のジュラ紀のチャートのメランジュのようにも見えます。こちらでは広域変成岩の露頭なのではないかと思います。黒い岩肌の奥に悠久の時が流れています・・・。・・・・先カンブリア紀の変成岩が多いスカンジナビア山脈、日本とは大いに違う地質です。この山脈は古生代のカレドニア造山運動によってできました。当時スカンジナビア山脈は、スコットランドの山地や、北米のアパラチア山脈とつながった大山脈だったそうです。バルチカ(北欧)地塊と北米地塊とが衝突した結果だそうです。それがパンゲア分裂により今の配置になったという大地球ロマンの舞台です。初期には標高もヒマラヤクラスだったのが、今では年をとった低い山脈になってしまいました・・・。・・・・・HSTAUに12:15到着。20℃ 標高990M。残雪が湖とともにまだらに見えて、空の青さ、残雪の白さ、岩の黒さが絶景を作り出しています。この日のために最高の陽光を準備してくれた、そんな感謝の気持ちになります。昨日のトラブルの事などすっかり忘れていました。ここでもうカメラの電池交換。11時過ぎに持ってきたサンドイッチを1個食べました、大きいので十分満腹。残りはクルーズ中にとっておきました。なんだかこの節約サンドイッチも楽しいです。FINSEに12:37分に到着。標高1222M、ベルゲン鉄道中の最高標高駅です。残雪がたくさん残っていて、まるで標高2000Mのスイスにいるかのような絶景!湖は凍結していました。このあたりの左側をハダンゲル氷河というようです。トンネル内で最高標高1237mを越して、12時57分ごろようやくミュルダールに到着。周囲はまだ残雪が見事です。ここで一旦ベルゲン鉄道から降ります。次はフロム鉄道に乗り換えます。
2015年08月30日
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五輪エンブレムの問題です。どうなるのかとみていましたが・・・、まさかの白紙撤回という結末。個人的な意見ですが、あれはパクリではないでしょう。ネットでの批評は行きすぎだと思います。ベルギーの人も無理を言っていると思います。色んな方々が盗作だとか主張されていますが、個人に対する誹謗中傷も含めて度を越しています。名誉棄損に値すると思います。たとえばTの字のデザインはこれまでに世界中でたくさん作られたでしょう。誰かが独創的なTの字をデザインすると言っても、Tの字に全く似ていなければTの字のデザインとは言えません。だから、これまでに作られたどれかのTの字と似てしまうのはある意味仕方がないのです。その中で、登録商標に酷似している場合には、残念ながら排除されるということです。もちろん酷似の判別は簡単ではありません。・・・では、これがふさわしいと思うかというと、残念ながらそうではありません。気になるのは黒い柱です。パラの方は2本もあり、真っ黒です。まるでモノリスや墓標のようなイメージです。どうしてこのような暗い表象が選ばれたのか、正直驚きました。これは私だけではなく、私の周りの人も結構同じ印象を抱いています。図柄は和風で、洗練されたデザインです。でも、明るくないので・・・、五輪エンブレムとしては好きにはなれませんでした。ほかになかったのでしょうか?最初の招致の方が桜のリースで素敵です。ということで次に期待したいです。もし私が作るなら北斎からのデフォルメかな?こういうときに岡本太郎がいてくれたらと思います。別件ですが、このデザインの登録商標調査費用などがニュースで約5000万円前後かかっているとか。次の選考でも、またほぼ同額がかかる見込みだとか。これって、誰の責任なのでしょうか?本当にそんなに高い費用がかかるのでしょうか?内容を開示して頂きたいです。こちらの方がむしろ問題だと思います。競技場もエンブレムも、五輪が食い物にされている姿が情けない限りです。
2015年08月30日
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最初ザハ・デザインの8万人収容で予算1300億円が、今度は6万8千人収容、奇抜なデザインなしで、キールアーチなしで、可動屋根なしで、冷暖房なしで、つまりないものづくしで上限1550億円に。ちょっと待ってください。1000憶円を超えるのは高すぎではないでしょうか。他国ではこんなに高くなっていません。ネット情報によれば、横浜の7.2万人収容の日産スタジアムで603億円。観客席のみに屋根で冷房なしは新国立とほぼ同等。耐震設計でも国内建築ですから同等です。トラックよりサッカー場の方がせまい分は安いでしょうが倍以上というのはちょっと高すぎです。4万人収容の大阪ガンバのスタジアムは140億円。免震構造の最新耐震設計だそうです。これらからも、やっぱり高すぎでは・・・。やっぱりと思うのは。私だけではないでしょう。このお値段はゼネコンへのご機嫌伺いの匂いがします。短納期の無理をお願いする都合もあるというわけです。私達の血税です。国際競合をしてでも適正価格にしてほしいと思います。現在の日本は借金大国、将来の日本は人口減少。巨大な箱物にお金を浪費するなんて慎むべきです。東日本大震災からの復興を示したいのなら、福島にこそ投資するべきです。本来は1984年のロス五輪のように、もとの国立競技場を手直しして使えばよかったのです。暑い時期に実施するなら冷房は追設して。観客席8万人なんて不要です。でも壊したあとなのでいまさらどうにもなりません。日本の誇る「もったいない精神」を、世界に訴える絶好の機会を壊してしまいました。開会式をもっと華々しくというなら、結構多くの人たちが主張しているように、横浜の日産スタジアムを使う手もありました。そんなこと主催者はわかっていたはずです。湯水のごとくお金を浪費しなくても、一貫した思想があれば、多くの日本人も、そして世界も納得するのではないでしょうか。そしてこれこそが今の日本に足りないのです。どうして足りないのでしょうか。イスタンブールの「イスラム世界で最初の五輪」、前回の東京大会の「戦後の復興を世界に示す」このような情熱のある開催理由がないからです。東日本大震災や原発災害からの復興を示したいなら東京に原発震災博物館でも作ったらいかがでしょうか。世界で一番高齢化社会に急速になっていく日本なら、高齢者に優しい街づくりを示すことが大事でしょう。そうなら7,8月開催なんてしなかったはずですしね。思想があいまいな開催が成功するはずはありません。一体どうするつもりなんでしょうか。
2015年08月28日
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地図をみるとホテルの裏側にオペラハウスがあるので、行ってみました。姿かたちはまるでスキー場のジャンプ台のような形です。なんと歩いてオペラハウスの上に登ることができるのです。行けばすぐにわかるだろうと思っていたのですが、地図のそのあたりで探してもさっぱり見当たらず。通りがかった地元の人に聞いてみると、なんと場所が違うというのです。結論は旅行会社から配布された地図が間違いでした。今日は踏んだり蹴ったりです。場所はまるで違っていて、中央駅の反対側だそうです。足が痛くなってきたのでいったんホテルに戻って休憩。その後オペラハウスに行ってみました。ここで私は青いジャケット、相棒はオレンジ色のカーデガンを着てみました。白い大きな建物です。白は純白の石灰岩でできています。費用がかさみ一時建設中止になったとか。でも、建てた甲斐はあったようです。たくさんの人がやってきていました。モデルの人も撮影で来ていました。私達も派手な色の服だったので、様々なポーズで写真を撮って、なかなか楽しかったです。この建物の背後にも近代的な建物が並んでいました。その後再度王宮方面に歩いて行き、カフェで休憩、ビールを飲みました。ビールはコーヒーと同額です。すずしいのですが、外で飲むのもいいものです。旅は明日がベルゲン鉄道の本番です。
2015年08月23日
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オスロはバイキングの王様が作った1000年以上の歴史がある古い都です。その昔はクリスチャニアと呼ばれていました。スキーをやった事のある人なら、パラレルクリスチャニアって知ってますよね。これは昔デンマークに占領されていたなごりだそうです。当時のデンマーク王の名前なのだとか。人口は現在60万弱。やはり小さい町です。でも有名です。ホテルの名前ロイヤルクリスチャニアはこれから来てるみたいです。時差ボケ症候群で睡眠は約3時間程度。朝ぼちぼち起きて、朝食レストランに行きました。場所はホテルの中庭、とても感じが良いすっきりした大きいレストランです。エレベーターが壁に沿って上下に動き、その窓から丸見えです。中身もなかなかです。さすがはノルウェーで、スモークサーモンがたくさん。私の大好きなパプリカも肉厚で大きいものがあり、サラダがリッチになりました。ここで、昼食用にサンドイッチを作り、こっそり持って行きました。本当はいけないのでしょうが、なんせお高いランチの節約ということで。こうでもしないとランチ代が半端ではありません。しかも、ここなら材料が豊富で、美味しいサンドイッチが作れます。結局この後も毎日の日課になりました。OPツアーが午前10時なので、8時過ぎにホテルを出発して、昨夜でかけた王宮まで歩きます。ここは散歩コースとして最高。朝は天気も良いです。天気が変わりやすく、いつまでもつかです。写真には写っていませんが、空に浮かぶ雲の下側が黒いのが気になります。ここは画家ムンクの故郷でもあります。例の叫びのムンクです。個人的にはあまり好きではありません。国立美術館で見れますが、残念ながらまだ空いていません。朝の写真は朝の光が降り注ぎ、昨夜よりも良く撮れました。ここがつきあたりの王宮です。ノルウェー王国です、日本で言えば皇居ですね。集合場所のオスロ市庁舎まで、地図をみながら歩き、まだ時間があるので中に入ってみました。ここでノーベル賞の平和賞の受賞式が開催されるそうです。ノーベルはノルウェー人ですからね。平和賞以外はスウェーデンのストックホルムです。中にはヨーロッパ一大きいといわれるプロレタリア風壁画が4面にあり、歴史と迫力を感じました。それにしても、よく知られた話ですが、ダイナマイトの発明者が平和賞とは歴史の皮肉ですよね。正確な集合場所がよくわからないことにここに来て気がつき、外に立っていた職員の方に観光バス集合場所を聞いてみると、親切に案内してくれました。とにかくいちいち聞かないと安心できません。これがフリーの難点です。時間前にガイドの方も見えて、バス停にはOPツアー名称も書かれていて、ようやく安心。なんせ英語ツアーなので、ボケッとしていると置いて行かれます。無事2階建てバスの2階に乗り込み、最初はオスロ市内の車窓観光です。結構古い都市の歴史やら歴史的建物の説明がありました。車窓からの説明は車内で英語のイヤホンから聞けます。でも聞きにくくて、半分くらいわかる程度です。その後郊外に進み、最初の降りて見学となるヴィーゲラン彫刻公園に着きました。裸の彫像が並んでいます。人生を表現しているのだそうです。ここで一番有名なのが、「怒りの子供」の像です。特徴的ですよね。webで事前に見て知っていました。他の彫像もみんな裸の象です。でも、なかなか素敵な像です。この後小高い丘のところで一旦集合、7分間フリーということで、(そのように解釈して)写真を勝手に撮ってましたが、7分後にまわりを見るとガイドの姿が見えなくなっていました。あわてて入口に戻ってみましたが、見当たりませんでした。集合して、周りの彫像の説明が英語とドイツ語であり、その後、次の集合について説明がありました。その時相棒が私に話しかけてきたので、何を言ってるのかわからなくなり、あれっと思ったのですが、ガイドの方が私の穂を向いて7分と行ったので、ここで7分くれるんだなとうっかり思ってしまったわけです。バスを降りるときにガイドが私の持っている傘を目印についてくれば問題ないという話だったので、まあ大丈夫と思っていました。どうやら、7分後に次のバス出発場所に行くという話だったようです。でもその部分は全く聞こえていませんでした。右側の出口?にも行ってみたのですが、私達のバスはいませんでした。いたのは韓国のバスツアー。どうやら取り残された事がわかりました。こういうことは初めてです。日本なら普通点呼を撮ると思うのですが・・・。しかたなく、バス駐車場に再度もどり、有料トイレに行きました。なんと10クローネ=200¥です。海外の有料トイレの中でも一番高いレベルです。踏んだり蹴ったりですよね。このころ雨もポツポツふってきて、ちょっとorzな気分です。でもここで私がめげるわけにはいきません。こちらの携帯電話からではツアーの催行会社にうまくつながらなかったので、周囲の聞いてくれそうな人にお願いして、携帯電話をかけてもらい、その携帯をお借りして催行会社に状況を直接話しましたが、英語力不足もあり、集合場所にいかなかったのが悪いという話でらちが明かず。しかたがないから、まず今いる場所がどこかもわからないので、中央駅に戻る方法を聞くと、タクシーで行けというのです。ノルウェーのタクシーは高いはずで、とても乗る気はしないから、トラムやバスはないかと聞くとトラムがあるといいます。降りる駅名と料金を聞いてから、携帯をかしてくれた方にお礼をいい、トラムの乗り方とチケットの買い方など教わって、なんとかトラムにのって駅に向かいました。携帯を親切に貸してくれた方に感謝です。捨てる神あれば、拾う神ありですね。こういうときに親切な人にであいます。そういえば昔プラハで迷子になって、トラムに乗って帰ってきたことがありました。あのときはチケット売り場を散々探したのですが、今回は乗ってから、トラムの運転手から買えました。昔からあまり進歩してないなあと、気がついた次第です。オスロ市内まで100NOK、2000¥もします。それでもこれが一番安い交通機関です。トラムはオスロ市庁舎方面に向かっていったので、途中合流のことも少し考えてオスロ市庁舎の近くで下車。オスロノルウエーの首都で、私達も名前だけはよく知っている街ですが、思っていたよりずっと小さな街でした。その近くにあるバイキング博物館のあるビグドイ島へ向かうボートのでている港に行きました。でも考えてみると、バスでバイキング博物館に行き、帰りにボートで戻るというコースの可能性もかなりあるので、合流は難しいと思いました。向こうから来るボートに乗っていないか見ましたがやはり乗っていませんでした。時間も来たので、アーケルブリッゲショッピングセンターに入り無料トイレも済ませてから、港のすぐ近くのベンチに座り、ランチのサンドイッチもいただきました。なかなか美味しいです。鳥がたくさんいて、パンを投げると寄ってきて食べます。パンの耳が硬いのでちょうどいいです。アーケルブリッゲです。結局その後の工程のスキージャンプ台、バイキング博物館などには行けませんでした。そのスキージャンプ台には、日本の誇る高梨サラ選手のサインがどこかにあるそうで、是非見て見たかったのですが、残念です。日本ではちょっと考えられませんが、まあこんな事もあるんだと、おいてけぼりになった情けないオプショナルツアーでした。私の英語力不足でこんなことになってしまいましたが、今ではいい思い出です。実は帰国後にダメモトで催行会社に事情を説明してみたら、お得意さんだからもあったのでしょうか。半額戻ってきました。今回二人で放置なので、なんとかなりましたが、これが相棒だけ放置だったらと思うと、とても心配です。そろそろスマホというか国際電話のかけられる携帯に切り替えようかなと、今回思いました。
2015年08月23日
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実施期間は7月下旬から8月中旬ごろまでだそうです。一年で一番蒸し暑い期間となります。普通に考えて無謀だと思います。長距離アスリートや観客の中に熱中症が発生する危険をどう回避するのでしょうか?開催期間の理由を詠みましたが、選手の事など少しも考慮していません。日本の技術や設備で対応できるという人もいるようですが、トンネルのような人工空調空間にするわけにはいきません。日陰を作ったり散水やミスト程度しか手がないと思います。もっとぎっしり街路樹を植えて、路面も特殊な舗装をのせ、コケをビルの壁面に張り付けるとでもいうのでしょうか?熱帯夜に走るのは、観客の問題もありますが、選手の体調が狂ってしまいます。もし、熱中症が出た場合、誰がどう責任を取るのでしょうか?いまさら期間を変更するのは、放送権など様々な理由から無理なのかもしれませんが、そうならば開催場所を北海道にするとか、抜本的な対策をしないと危険ですよね。新国立競技場のケースもそうですが、オリンピックを政治利用することしか考えていないから、こんな無責任な話がまかり通ってしまうのです。この無責任体制をなんとかしないと、また日本の恥が世界に広がってしまいます。
2015年08月23日
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オスロ行きはオスロ空港の周辺が豪雨との機長アナウンスにより10分ほど遅延して離陸。雲がやや多かったのですが思ったほど揺れずに1時間ほどでオスロAPに到着しました。コペンハーゲンのカストラップ空港を飛び立った時の眺めです。コペンハーゲンの世界一美しいともいわれる街の眺めは後日・・・。実は当初の旅程では成田⇒コペンハーゲン(CH)⇒ベルゲン⇒フィヨルド⇒オスロ⇒CH⇒成田だったのですが、オスロからCHまでのフライトが朝早く朝食もとれない時間なので、ちょっときついと話すと、じゃあ逆順にしましょうということで、成田⇒CH⇒オスロ⇒フィヨルド⇒ベルゲン⇒CH⇒成田となりました。そのためにオスロには早く着けることになりましたが、乗り換え時間が短くなったわけです。オスロ空港の床も天井のアーチも木製です。日本やスイスに似て木の文化が息づいている印象です。無事スーツケースをゲットして空港の下にある駅のホームに向かいました。ーーーー空港内のコンビニです。寿司パックです。¥との換算は約20¥/nokとして3000¥なり。ウソみたいに高いです。ーーーーこの2写真は前回載せましたが、コペンの空港ではなく、オスロ空港の写真を間違えて掲載してしまいました。なんだか両方の空港の雰囲気が似ていて、頭の中で勘違いが発生。訂正させていただきます。まあ早い話がどちらの国もお高いわけです(^^;;;。空港係員がオスロ中央駅に向かう列車の発券ガイドをしていたので、やってもらおうとしたら、FLYTOGET(特急)専用の発券機だということで断念。FLYTOGETの半額の列車に乗りたいというと、それならパブリックトレインだから、向かいの発券機で自分でやってくれと、そっけないご返事。実は事前調査したネット情報によれば、FLYTOGETに乗らなくてもパブリックトレインでもほとんど変わらない時間でオスロ中央駅に着くことができ、しかも半値なのです。何も高いお金を出す必要はありません。ということで今回の旅行の一つのテーマは節約となりそうです。相棒の得意のテーマです。まあ、フィヨルドが今回のメインで他はつけたしですから。なんとかチケットをゲットできて、下に降りたら、ホームで多くの人が待っていました。下に降りるエスカレータに相棒のスーツケースと自分のスーツケース両方を持って乗ったら、結構しんどかったです。相棒が腰痛になってしまい、なんとか薬と湿布で直前に回復はしたのですが、まだ完全じゃないので、危ない部分は自分がサポートするしかないわけです。自分も5月連休は腰痛になってしまったので再発が心配です。そうこうしているうちに列車が来たので、すぐ乗ろうとしたのですが、念のために聞いてみたら、「これはオスロ中央駅には行かない。それは19:10の列車だ」とのこと。どうやら韓国人の若者。助かりました。カムサムニダ!旅行客はお互いに助け合います。何国人だとか関係ありません。難を逃れ、乗り込んで、約23分で中央駅に無事着きました。中央駅の出口もわからず、ここでも現地の人に聞いて、案内してもらいすぐにわかりました。ついでに出たところで写真も撮ってもらいました。ここが中央駅です。それほど大きな駅ではありません。ホテルは駅を出て右側にすぐ見えます。「クラリオンホテル、ロイヤルクリスチャニア」入口は回転ドアで煩わしいのですが、レセプションの感じも良く、ホテルバウチャーを見せてすぐにokとなり、クレジットカードも不要で、ルームキーを渡されました。朝食レストランの場所と開始時間を聞いて部屋に向かうと、部屋も大きくて、内装もきれい。バスタブも大きい。水まわりに問題もなく、文句なしでした。実は最初の旅程ではオスロのホテルは★★★でしたが、ルートが逆順になった結果、このホテルが満室でどれなくなり、旅行社が提案した代替ホテルがこの★★★★ホテルです。最初のホテルより駅のすぐ近くでもあり、ラッキーでした。それにしても人が少ないです。私の街の駅よりも少ないくらい。これ本当にオスロなの?そんな感じです。古い建物が並んでいる、歴史ある街オスロにたどり着きました。すずしい、地方都市という感じです。もう夜9時になりますが、外はまだ明るいです。さすがは準白夜で、暗くなるのは11時ごろです。そして朝は4時にはもう明るくなってきます。ただでさえ時差で眠れないヨーロッパ第一夜が白夜ですから大変です。カールヨハン通りという王宮へ向かうメインストリートにもちょっと行ってきましたが、涼しいのと、眠いので、1時間程度の散策で早々に引き返してきました。こんなところです。夜の10時過ぎています。ここが王宮です。日本で言えば皇居でしょうか。眠いのと、節約両方で、夕食は持参したインスタントデイナーです。初日から節約モード全開です^^。
2015年08月14日
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今回も成田APでは階上のカード専用ラウンジでビールとコーヒーをいただきました。海外旅行は何かと出費がかさむもの。ここでただビールをいただけるのがありがたく。特に今回行くのが北欧、ノルウエーとデンマークです。両者特にオスロは世界で物価の高い都市のランキング1位なんだとか。2位はスイスのチューリッヒ。 確かに駅の有料トイレも高かった。 スイス全体が物価が高かったのですが、 これは国内産業を保護するスイスの政策と聞きました。3位はニューヨーク、 ここは行ったことがないのでわかりませんがきっと高いでしょう。4位はタヒチのボラボラ島、 確かに宿泊費と食費が高かったです。タヒチ島より格段に高いのです。5位はシドニー。 シドニーは分かりませんがケアンズの経験では食費が高いです。6位がようやく東京となります。10位に初めて東南アジアのシンガポールが入ります。東南アジアではシンガポールはダントツに高い印象はあります。 デンマークもノルウエーと似たりよったりです。旅行会社からの情報でこの事実を知りました。そういうわけで、対策を講じないと旅費が膨らんでしまいます。もともとボンビー生活に慣れている私達は、無駄な出費に対して強い心理的抵抗があります。早い話がケチなわけです。それなら海外旅行など行かなければよいのにと突っ込まれますが、行きたい衝動があるのでこれは仕方がありません。これまで北欧は旅費自体が高い印象で断念してきましたが、最初カナダの絶景が見たいという相棒の希望でいろいろ調べた結果、カナダのロッキー山脈は標高が高くて気乗りがしないため、他に似た風景があるところはということで白羽の矢を勝手に立てたのがフィヨルド=ノルウエーでした。7日で行けるフリーツアーがあったからです。その時には、まさかこんなに物価の高いところだとはつゆ知らず。そうはいってももう申し込みもしてしまったし、いまさら仕方がありません。まあ、いつも下調べなしで現地に行って驚くのがパターンです。帰ってからネットで調べたりします。今回は先に分かっただけましかも。さて、成田空港を11:40定刻離陸したSK984は、A340-300(座席レイアウト2-4-2)4発ジェットの老朽機体。座席前のモニターはあるものの、フライトマップがみれないというお粗末。長距離飛行で見れないって?しかもCAに聞かないと説明すらなし。これです。塗装がくすんでいます。朝食も大したことない内容、その後パン1ケの軽食、サラダというお粗末な内容は、格安航空並み。まあ、他の格安航空との熾烈な競争にさらされているのでしょう。これならフィンエアーのツアーにするんだったと後悔先に立たず。コペンハーゲンへは追い風にもあり、順調な飛行で、定刻より約40分早く到着しました。機内で、飲み物だけ頼む場合、アルコール飲料は有料という格安航空のようなルールと言われましたが、食事のときにたのんだ飲み物ならば、アルコール飲料であってもただということもわかりました。そこでその時に1ケだけでなく3個頼んで、これを次の乗り継ぎに持っていける、しめしめと思っていたのですが・・・、シェンゲン協定国といっても、デンマークからノルウエーは国際線ということで、飲み物は安全対策で没収という例のルールが厳密に適用されるとのアナウンス。アルコール飲料の馬鹿高いノルウエー、うまい手だと思ったのもつかの間でした。しかたなく、缶ビールのカールスバーグを飲み干し、ワインミニボトルは機内においてきました。コペンのトイレではミネラルウオーターも4本捨ててきました。あーもったいない!セキュリテイでは案の定、空のペットボトルまでしっかりチェックされたので、捨てて正解でした。これがコペンハーゲン空港で見た格安航空の機体です。垂直尾翼に王像の上半身が描かれているという、ちょっと異様なデザイン。こういう航空会社とSASスカンジナビア航空は競争しているわけですね。多少のサービス低下はしかたがないのかも。この空港の床面が全面木製フローリングなのに驚きました。おそらく針葉樹林の豊かな森からの供給なのでしょう。ピカピカに磨いた石の床も良いのですが、この木の床も良いです。これはカートです。ステンレス製の溶接構造であり、古いものですが、さすがは北欧、デザインが良いです。時間があるので売店を見てあるきました。コペンハーゲンも北欧だけあって高い!日本の2-3倍します。イオンモールのカルデイアで売っていたデンマーク製クッキー缶を、ご当地で発見。なんだか嬉しくなりました。これはマックです。マックダブル、日本なら190¥ですよね。2倍です。他の売店を眺めてもやはり皆高いです。消費税が高いのも物価高の理由ですが、その税金のおかげで、老後の福祉政策が充実していて、日本のように老後の不安からお金をためるということはないとのこと。北欧の政治の勝利だと思います。通貨もユーロではなく時刻のクローネを守っています。物価高は悪いだけではないようです。この時点で自分の土産は買うのをやめました。旅はまだまだ始まったばかりです。こりゃ先が思いやられます。
2015年08月13日
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みんな「安」がつくのでまとめてポン。これも夏の風物詩のひとつかもしれません。日米安保条約が集団的自衛卷によるものだとわかっていて、最高裁は判断保留。実は日米安保条約も憲法違反でしょう。でも、憲法違反だからと、立憲主義により日米安保条約を破棄したとしたら、日本の国防は大丈夫なのでしょうか。いささか不安になってしまいます。じゃあ安保法制も認めるべきかというと、法律で規定されている日本の存立危機状態とかいう内容が、多数を持つ為政者の恣意的な判断にゆだねられるので賛成できません。もっとしっかりした法律に見直して出直しが必要だと思います。それにこれまで集団的自衛権を否定してきた自民党政権が、今回その解釈だけ変えるって姑息で安易で問題ありです。法的安定性ってそういうことだと思うんですが。これはアメリカの圧力で動いているのかもしれませんが、あまりお利口な進め方ではありません。強引すぎます。実は日本の憲法が不完全なのが一番問題ではあります。誰が読んだって、9条は軍備保有を禁じています。でも自衛権がない国家なんて、そんな馬鹿な!です。だからこそ個別だの集団だのを勝手に解釈する前に憲法をもっと明快なものに改定することが本来です。ただし、問題は周辺国への影響です。集団的自衛権も個別的自衛権も持ち、国防軍隊を持つと明記すると、国内外から反発が起きるでしょう。触らぬ神にたたりなしかも知れませんね。戦後70年の首相談話、通称安倍談話が発表されるそうですが、これが右寄りになるのではないかと危惧されています。誰がどう弁解しても、日本のアジア侵略やハワイ奇襲は事実です。ハルノートなど様々な日本いじめがあったのも事実ですが、だからアジア侵略が許されるかというと、そうではないでしょう。現実に日本侵略による被害者がいます。日韓条約やサンフランシスコ講和条約などで被害補償は結着済みだとしても、侵略戦争の被害者に対して日本政府がお詫びの心を忘れたらおしまいです。それを明快に表明した村山談話に付け加える事は特にないので、安倍談話を出す必要性はないと思います。藪蛇になるだけです。
2015年08月02日
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