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ワン・モア・フォー・ザ・ロード / トゥーツ・シールマンス&フレンズOne More For The Road / Toots Thielemansオリジナル盤発売日:2006年3月20日(日本盤:2006年4月12日)レーベル: Verve(ユニバーサル) [パーソネル]トゥーツ・シールマンス(hca)ケニー・ワーナー(p, Fender Rhodes)ハンス・グルーマンス(p)マタイン・ヴァン・イターソン(g)アラム・ケルスベルゲン(b)ルード・ヤコブス(b)マルセル・シリアース(ds)エディ・コンラッド(per)ユレ・ハーンストラ(arr, cond)・オーケストラ他[収録曲]1.Come Rain Or Come Shine カム・レイン・オア・カム・シャイン(with リズ・ライト)2.Between The Devil And The Deep Blue Sea 絶対絶命(with マデリン・ペルー)3.Last Night When We Were Young 昨夜の二人は若かった(with セリア)4.Ill Wind イル・ウィンド5.One For My Baby (And One More For The Road) ワン・フォー・マイ・ベイビー(with ジェイミー・カラム)6.I Gotta Right To Sing The Blues ブルースを歌おう(with ベス・ハート)7.I Wonder What Became Of Me アイ・ワンダー・ホワット・ビケイム・オブ・ミー(with トリーンティ・オーステルハイス)8.That Old Black Magic ザット・オールド・ブラック・マジック9.This Time The Dream's On Me ディス・タイムズ・ザ・ドリームズ・オン・ミー(with ティル・ブレナー)10.Stormy Weather ストーミー・ウェザー(with オリータ・アダムス)11.It's Only A Paper Moon イッツ・オンリー・ア・ペイパー・ムーン(with ローラ・フィジィ)12.Over The Rainbow 虹の彼方に ----------80歳を越えた今もなお、世界で活躍中のハーモニカの巨匠、トゥーツ・シールマンスの、スペシャル・プロジェクト。1曲ごとに異なる9人のヴォーカリストを迎えた、豪華なコラボレーション・アルバム。ゲスト・ヴォーカルは、現ユニバーサル・ジャズ所属の人気アーティストたちで、ジェイミー・カラムやリズ・ライトらの歌唱が聴けます。収録曲は、2005年に生誕100周年を迎えたアメリカの偉大なポピュラー作曲家、ハロルド・アーレンのスタンダード・ナンバーです。【ジャズ】人気blogランキングへ
April 30, 2007
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『ベイサイド迎賓館 静岡』15:00入り。今日は、会場側からのご指名だということ。担当者は、この会場の支配人、要するにここのトップの方。静岡地区のピアニストは10名近くいるはずで、どうして指名されたのかわからなかったが、あとで支配人がその理由を言ってくれたことによると、それは、新婦がカワイ楽器の音楽講師なので、ピアノの先生が多いからということだった。新郎新婦からのリクエスト曲は、新婦が手紙を読む時に「美女と野獣」をピアノでやってほしいということだった。時間は思いのほか押して、19:00終了の予定が19:40くらいになった。いそいで、次の『ジョージ・オーシャン・ビュー』へ向かった。
April 29, 2007
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今日は、私の大好きなジャズ・ハーモニカ奏者、トゥーツ・シールマンスの誕生日です。●トゥーツ・シールマンス(Toots Thielemans)本名:ジャン・パブティスト・シールマンス(Jean Baptiste Thielemans)1922年4月29日、ベルギー、ブリュッセル生まれ。85歳。----------トゥーツ・シールマンスは、ジャズ・ハーモニカの創始者にして第一人者です。本名をジャン・パブティスト・シールマンスといい、1922年4月29日にベルギーの首都ブリュッセルで生まれました。日本の年号では大正11年生まれで、今年で85歳になったということになりますが、去年2005年1月にも来日していますし、去年の4月12日には最新アルバム「ワン・モア・フォー・ザ・ロード」がリリースされ、今なお音楽活動を続けています。“トゥーツ”(Toots)というのはハーモニカを「トゥーッ」と吹き鳴らすとこからきた愛称ということです。アルバムによっては、Jean ThielemansとかJean "Toots" Thielemans という名前になっています。 「Jean」というのはジャズにふさわしくないので変えたとも言われています。子供のころからアコーディオンを弾き始め16歳の時にハーモニカを吹くようになり、さらにジャンゴ・ラインハルトの影響を受け、19歳でギターを始めたと言います。第二次世界大戦後、ギタリストとして地元のクラブで活動。1950年にベニー・グッドマンのグループに参加し、ヨーロッパを回り、1951年にアメリカに移住しジョージ・シアリングのグループに参加します。1962年に、彼のギターと口笛のユニゾン・ソロ(ホイッスル・ギターと呼ばれている)をフューチャーした、彼の作曲による「ブルーゼット」がヒットし、一躍注目を集めます。1963年以降、ABCテレビのスタッフ・ミュージシャンとして活動する一方で、セッション・ミュージシャンとしても数多くのレコーディングに参加しています。1969年の映画「真夜中のカウボーイ」のサントラでは、彼のハーモニカ・プレイが話題になりました。1970年以降は、ソロ・アーティストとして数多くのアルバムをリリースしたり、ライヴ・ツアーなどを精力的に行う一方、クインシー・ジョーンズやジャコ・パストリアスなどのアルバムでフューチャーされたり、ポール・サイモン、ビリー・ジューエル、レイ・チャールズなどといった、ポップアーティストたちのアルバムにも積極的に参加している他、テレビ番組の「セサミストリート」のテーマ曲の作曲により、作曲家としても認められました。母国ベルギーでは記念切手にもなり、国民的な人気アーティストになっています。ハーモニカというとブルースやロックではなじみの深い楽器ですが、彼のハーモニカはそれらに使われるダイアトニック・ハーモニカ(商標名:ブルースハープ)いうものとは全く別物の、クロマティック・ハーモニカを使うため、半音を自在に操るための高度なテクニックを必要とするものです。ですから、ハーモニカといってあなどってはいけません。彼のプレイするハーモニカは、とてもジャジーでヒューマンでロマンティックな表現豊かなものです。クインシー・ジョーンズのアルバムにはシールマンスのハーモニカは欠かせないものになっていて、クインシーは、「作品に何か足りないと感じたらトゥーツを呼ぶことにしている」と言い、さらに、「トゥーツはわれわれの時代が誇れる最高のミュージシャンの一人だ、と声を大にして言いたいね。彼のプレイにはハートがある。心ゆくまで泣かせてくれるんだ。彼とは数え切れないほど何回も仕事をしているけれど、そのたびに教えられた。トゥーツは永遠なり!」と大絶賛しています。私も、トゥーツ・シールマンスの名前を知ったのはクインシー・ジョーンズのアルバムでのことです。彼のプレイを聴いたおかげで、ハーモニカという楽器がこんなにも素晴らしい楽器だったのだということを感じさせられました。トゥーツ・シールマンスのハーモニカは、とても素敵です。【ジャズ】人気blogランキングへ
April 29, 2007
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デューク・エリントンは、ジャズのビッグ・バンド「デューク・エリントン楽団(オーケストラ)」のバンド・リーダーで、ジャズ・ピアニスト、アレンジャーとしてだけではなく、作曲家としても、たくさんの曲を世に送り出した、アメリカのジャズ、音楽界を代表する偉大なアーティストです。デューク・エリントン楽団のテーマ曲である「Take The "A" Train(A列車で行こう)」は、日本で最もよく知られているジャズ・スタンダード・ナンバーのうちの一つでしょう。「Satin Doll (サテン・ドール)」、「It Don't Mean A Thing (If It Ain't Got That Swing)(スウィングしなけりゃ意味ないね)」など、多くのスタンダード・ナンバーがデューク・エリントン楽団から生まれ、広く愛され続けています。●デューク・エリントン(Duke Ellington)本名:エドワード・ケネディー・エリントン(Edward Kennedy Ellington)1899年4月29日、アメリカ、ワシントンD.C.生まれ。1974年5月24日、ニューヨークで死去。75歳。----------デューク・エリントンは、本名をエドワード・ケネディー・エリントンといい、1899年4月29日に、ホワイトハウスの黒人執事の息子として、ワシントンD.C.で生まれます。黒人上層階級の家庭に生まれた影響からか、幼いころから立ち振る舞いがスマートであったことから、「デューク=公爵」というあだ名がつけられたそうです。デュークの父親は彼をアーティストにしたいと願い、デュークは7歳の頃からクラシックピアノを学び、一方で絵の勉強もし、高校時代にはポスターコンクールで賞をとったこともあったといいます。作曲は10代のころから取り組んでいて、高校時代にはジャズに夢中になり、18歳で学校を辞めプロとしてワシントンD.C.やニューヨークなど東部のあちこちで演奏し、また、レビューのための作曲もするようになりました。1917年、日本は大正6年のことです。デューク・エリントンの音楽はニューヨークのハーレムによって確立されたといえます。それは、「コットン・クラブ」と「ハーレム・ルネサンス」です。デュークは1927年12月からハーレムの「コットン・クラブ」という有名な高級ナイトクラブの専属バンド(ハウス・バンド)になることによって、ここを拠点として活動し、彼は名声を確立することになりました。専属バンドの話は、始めキング・オリヴァー楽団に持ちかけられましたが、お金のことで折り合いがつかずにオリヴァーが断ったために、急遽、エリントン楽団が専属バンドになったといいます。日本は昭和2年のことです。このクラブでは毎夜豪華なショーがくりひろげられ、ダンサーたちが踊り、タップ・ダンスも見られました。エリントン楽団は、ミュートを多用したりするなどして「ジャングル・スタイル」という演奏スタイルを作り出し、エリントンが作った曲などの新しい曲も、次々と、このステージから生まれていきました。1920年代は「ハーレム・ルネサンス」と呼ばれる時期で、ハーレムから、黒人音楽のジャズだけでなく、黒人文学や黒人芸能のダンスやミュージカルも栄え、これらがお互いに影響し合いながら、より大きい総合的な黒人芸術を生み出している時でした。そのため、デューク・エリントンは歌もダンスも好きで、バンドに歌も取り入れていき、ミュージカルなど、歌の曲も書いています。彼の偉大なところは総合的な黒人音楽や芸術を追求したところにあったともいえるでしょう。デュークの音楽は常に黒人文化をテーマにしたもので、人種差別が激しいアメリカの中で、「黒人として生きるとはどういうことか」ということを音楽を通して訴え続けていたといいます。また、彼の作曲、編曲は画期的なものでした。ジャズにおいては作曲とジャズの本質であるアドリブ(即興演奏)とは、ある意味、相反する存在であるといえます。作曲、編曲においてしっかりとした譜面にしてしまうと、アドリブが制約されてジャズの本質である創造性が失なわれてしまいますが、逆に自由にアドリブを許すような曲作りをすると作曲や編曲の意味がなくなってしまいます。そこで、デュークはソロ・プレイヤーのアドリブを生かすような形で作曲することによって、アドリブと曲が両立するという、ジャズの本質を生かした演奏ができるようにしました。バンドのメンバー、それぞれの才能や音色を最大限に引き出す形の曲作りをしたのです。このことで、自己のバンドによって「曲を作りあげる」という、総合的パフォーマンス・アートとしての形でジャズを完成させたアーティストといえるでしょう。デューク・エリントンは「バンドが私の楽器だ」と語っていたといいますが、まさにそういうことです。1931年2月にコットン・クラブを辞め、それからはツアー・バンドとして活動していきます。そして、アメリカの恐慌期を、ヨーロッパ・ツアーへ出ることで乗り切りました。1930年代、エリントン楽団は順調に発展していき、「It Don't Mean A Thing (If It Ain't Got That Swing)(スウィングしなけりゃ意味ないね)」などのヒット曲が生まれます。1930年代末には、後に「Take The "A" Train(A列車で行こう)」などを作曲し、編曲やピアニストとしてデュークの片腕となる、ビリー・ストレイホーンが入団します。それに続き天才ベーシストのジミー・ブラントン、テナー・サックスのベン・ウェブスターが入団して、ジョニー・ホッジス、クーティー・ウイリアムらが共に在籍していた1940年代前半は、デューク・エリントン楽団の絶頂期となりました。しかし、戦争が終わり1946年になるとビッグ・バンドは経営難のために相次いで解散し、ジャズの「スウィング時代」は終わりを迎えます。エリントン楽団は世界各国をツアーして周り、その演奏スタイルはモダン・ジャズに適応していきます。1960年代は映画音楽やフランク・シナトラとの共演したり、『極東組曲』といったアルバムを出すなど、広く音楽活動を続けていきました。彼は黒人としては珍しく、構成のしっかりした大作をたくさん書いています。その作品は組曲やシンフォニックな曲、バレー曲、ミュージカル、映画音楽、ドラマ的な曲、宗教的な曲など実に多岐にわたっています。このように、彼は、優れたピアニストであるだけではなく、作曲家としても、またバンド・リーダーとしても精力的に活動をしていました。ファンク・ミュージシャンのジェームス・ブラウンは、デューク・エリントンのことを、「音楽業界一の働き者」と語っていたというほど、彼の仕事熱心ぶりは有名で、彼自身「週に7日働くよ」と言っていたというように、車の中でもホテルでも、少しでも時間があると作曲に専念していたといいます。そして彼は、生涯に作曲した曲は2000曲以上とも3000曲以上ともいわれています。また、デューク・エリントン楽団には優れたメンバーが在籍しており、デュークやメンバーが持ち寄ったモチーフをメンバーが膨らませ、それをデュークがまとめるという、メンバーと共に音楽を作るということを大切にしてきました。そのため、作曲の印税などをバンドの運営費用に充てるといったことをして、彼らが満足してバンドに在籍できるように心がけていたそうです。そんな人柄や、おしゃれなセンス、ウイットに富んだ会話などから彼に敬意を表して、周りの人たちから、音楽界においても「デューク=公爵」と呼ばれてきました。彼は子供の時から生涯「デューク」だったのです。ソウル・ミュージシャンのスティーヴィー・ワンダーも、彼を称えて「サー・デューク」という曲を書いています。デューク・エリントンは、じつに自由で柔軟な考え方をしていたようです。ある時、ジャズを定義してほしいと言われて、「この世には2種類の音楽しかない。それは良い音楽と悪い音楽だ」と答えたそうです。ジャズがどうのこうのといったような、ジャンルにとらわれた考えは持ち合わせていないということでしょう。彼のバンド「デューク・エリントン楽団」からは、いくつものスタンダード・ナンバーが生まれており、それらの曲は、いつまでも演奏され、歌い続けられていくことでしょう。デューク・エリントンがジャズのみならず、音楽シーンに与えた影響は絶大なものといえます。1974年5月24日に、ニューヨークで、75年の生涯を閉じました。----------デューク・エリントンは、1928年6月にエドナ・トムスンと結婚し、1919年11月3日にマーサー・エリントンが生まれました。デュークが1974年5月24日に亡くなると、マーサーがバンドを引き継ぎますが、マーサーも1996年2月8日に亡くなり、現在はマーサーの息子のポール・マーサー・エリントンがバンド・リーダーを務めています。妻のエドナはガンのため、1967年1月に他界しました。デュークは1938年の春から亡くなる1974年までの36年間、リース・イヴィ・エリスという美しい女性と一緒に暮らしていました。この間にもデュークはいくつもの女性関係がありますが、イヴィは変わらず彼につくすのでした。しかし、デュークは妻のエドナと別れることはしませんでした。----------●デューク・エリントン、デューク・エリントン楽団の代表曲Mood Indigo (1931) Sophisticated Lady (1933) It Don't Mean A Thing (If It Ain't Got That Swing) 【スウィングしなけりゃ意味ないね】 (1934) Solitude (1934) In A Sentimental Mood (1935)Caravan (1937)In A Mellow Tone (1940)Cotton Tail (1940)Take The "A" Train 【A列車で行こう】 (1941) [Billy Strayhorn] C-Jam Blues (Duke's Place) (1942)Perdido (Lost) (1942) Don't Get Around Much Anymore (1942)Do Nothin' Till You Hear From Me (1943)Just Squeeze Me (But Don't Tease Me) (1946) Lush Life (1949) [Billy Strayhorn]Satin Doll (1953、1958) [with Billy Strayhorn]Black And Tan Fautasy 【黒と茶の幻想】 (1972) 【ジャズ】人気blogランキングへ
April 29, 2007
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バタフライ / 笠井 紀美子 with ハービー・ハンコックButterfly / Kimiko Kasai with Herbie Hancock1979年10月:東京録音レーベル:Sony Music (Japan)笠井 紀美子 Kimiko Kasai:vocal, additional background vocals (3,6)ハービー・ハンコック Herbie Hancock:background vocals, Rhodes electric piano, Oberheim, Prophet, Yamaha CS-80, mini-moog, Arp string ensemble synthesizers, clavinet, Sennheiser vocoder, acoustic piano (4,5)ウェヴスター・ルイス Webster Lewis:Hammond B-3 organ, Rhodes piano, Yamaha CS-40, Prophet, multi-moog, Arp string ensemble synthesizers, acoustic piano (3)アルフォンソ・ムザーン Alphonse Mouzon:drumsポール・ジャクソン Paul Jackson:bassレイ・オニエド Ray Obiedo:guitarビル・サマーズ Bill Summers:percussionベニー・モウピン Bennie Maupin:soprano sax, tenor sax金子 マリ&亀渕 友香 Mari Kaneko & Yuka Kamebuchi :additional background vocals (3,6).[収録曲]1.I Thought It Was You アイ・ソート・イット・ワズ・ユー2.Tell Me A Bedtime Story テル・ミー・ア・ベッドタイム・ストーリー3.Head In The Clouds ヘッド・イン・ザ・クラウズ4.Maiden Voyage 処女航海5.Harvest Time ハーヴェスト・タイム6.Sunlight サンライト7.Butterfly バタフライ8.As アズ(永遠の誓い)----------1979年、日本の女性ジャズ・シンガーの笠井紀美子が、ハービー・ハンコック・バンドをバックに、ハンコックのナンバーを歌ったアルバムです。そして、このアルバムは、「ハンコック自身が伴奏した、ヴォーカルによるハンコック曲集」としては、唯一のものです。1曲の「アイ・ソート・イット・ワズ・ユー」と、6曲目「サンライト」は、1978年のハンコックのアルバム『サンライト』で、ハンコックのヴォーコーダーによって歌われたものの、生の声による女性ヴォーカル・ヴァージョン。知る人ぞ知るハンコックの隠れ名曲の2曲目の「テル・ミー・ア・ベッドタイム・ストーリー」は、クインシー・ジョーンズの1978年のアルバム『スタッフ・ライク・ザット』で取り上げられ有名になったもので、これも、ジーン・ハンコックにより歌詞がつけられ、おそらく唯一であろうヴォーカル・ヴァージョンです。4曲目の「処女航海」は、ハービー・ハンコックの代表作としてよく知られている曲で、ハービー・ハンコックの妹、ジーン・ハンコックにより歌詞がつけられたものです。後の1987年に、ダイアン・リーヴスのデビュー作で歌われ注目される5曲目の「ハーヴェスト・タイム」は、これがヴォーカル・ヴァージョンの初演になります。このように、このアルバムは、ハンコック・ファンにとっては絶対に聴き逃すことができない貴重なトラックばかりの、まさに「コレクターズ・アイテム」であり、「隠れ名盤」ともの言えるでしょう。そして、ハービー・ハンコックのリーダー作の一枚として数えられるべき作品です。【ジャズ】人気blogランキングへ
April 28, 2007
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島田の『シェルブール』で、ジャズ・ライヴでした。ピアノ・トリオ+サックスのカルテットに、ゲスト、女性ヴォーカル。
April 27, 2007
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ポシビリティーズ / ハービー・ハンコックPossibilities / Herbie Hancock 発売日:2005年8月30日(日本盤:2005年9月28日)レーベル:Warner[収録曲]1.Stitched Up (featuring John Mayer) スティッチト・アップ(ジョン・メイヤー)2.Safiatou (featuring Santana, Angelique Kidjo) サフィアトゥ(サンタナ&アンジェリーク・キジョー)3.A Song For You (featuring Christina Aguilera) ソング・フォー・ユー(クリスティーナ・アギレラ)4.I Do It For Your Love (featuring Paul Simon) きみの愛のために(ポール・サイモン)5.Hush,Hush,Hush (featuring Annie Lennox) ハッシュ・ハッシュ・ハッシュ(アニー・レノックス) 6.Sister Moon (featuring Sting) シスター・ムーン(スティング)7.When Love Comes To Town (featuring Jonny Lang, Joss Stone) ラヴ・カムズ・トゥ・タウン(ジョニー・ラング &ジョス・ストーン(U2))8.Don't Explain (featuring Damien Rice, Lisa Hannigan) ドント・エクスプレイン(ダミアン・ライス&リサ・ハニガン)9.I Just Call To Say I Love You (featuring Raul Midon) 心の愛(ラウル・ミドン)10.Gelo Na Montana (featuring Trey Anastasio) ジェロ・ノ・モンタナ(トレイ・アナスタシオ)[Personel]Herbie Hancock(p,key)John Mayer(vo,gt)Carlos Santana(gt)Angelique Kidjo(vo)Christina Aguilera(vo)Paul Simon(vo,gt)Annie Lennox(vo)Sting(vo)Jonny Lang(vo,gt)Joss Stone(vo)Damien Rice(vo)Lisa Hannigan(vo)Raul Midon(vo,gt)Trey Anastasio(vo)Jennifer Hartswick(vo)Michael Bearden(key)Chester Thompson(org)Greg Phillinganes(key)Tony Remy(gt)Lionel Loueke(gt)James Harrah(gt)Willie Weeks(bs)Benny Rietveld(bs)Nathan East(bs)Pino Paladino(bs)Steve Lewinson(bs)John Patitucci(bs)Reggie McBride(bs)Shane Fitzimons(bs)Steve Jordan(ds)Dennis Chembers(ds)Teddy Campbell(ds)Pete Lewinson(ds)John Robinson(ds)Tomo(ds)Raul Rekow(perc)Karl Perazzo(perc)Bashiri Johnson(perc)Cyro Baptista(perc)Jamey Haddad(perc)Gina Gershon(jew's harp)Vyvienne Lang(cello)Stevie Wonder(harm)and others----------現在のジャズ界の最重要人物であるハービー・ハンコックの2005年の作品です。副題で「スーパー・コラボレーション」という名称にある通り、ハンコックがリスペクトするミュージシャンとのコラボレーション集となっています。ほとんどがジャズ以外のフィールドで活躍している人たちだということは、いかにもハンコックらしいものです。しかも、すべての曲は、いわゆるモダン・ジャズというものではありません。しかし、ハンコックのピアノは完全に「ジャズ的」としか言いようがなく、ジャズがジャンルを超え、深みのあるコンテンポラリーな音楽になっています。サウンド的には、ノラ・ジョーンズ的ポップ・ジャズ、スムーズ・ジャズ路線を、ハンコック流に、さらに洗練させたオトナの音楽と言えるでしょう。アメリカのラジオ・ステーションでは、近年、ニュー・アダルト・コンテンポラリー(NAC)と呼ばれる、現在最先端の音楽を代表するものということです。まったくもって、ハービー・ハンコックは現在最高のクリエイターであることを改めて感じさせるものです。ちなみに、このアルバムはスターバックスでも販売、BGMで流れていたということらしいです。【ジャズ】人気blogランキングへ
April 27, 2007
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フューチャー・2・フューチャー / ハービー・ハンコックFuture 2 Future / Herbie Hancock発売日:2001年Transparent MusicHerbie Hancock :keyboardsElenni Davis-Knight :voice (1)Carl Craig :programming & beats (2,11)Bill Laswell :electric bass (2,3,4,5,6,7,8,9,10,11)GiGi :vocals (2,11)Chaka Khan :vocals (3)Charnett Moffett :acoustic bass (3,9,10)Karsh Kale :drums (3,7), program beats (7)Grandmixer DXT :turntable (3)Jack DeJohnette :drums (4,8,9,10)Rob Swift :turntables & programming (4)A Guy Called Gerald :programming & beats (5)Dana Bryant :vocals & words (6)Tony Williams :drums (6)Wayne Shorter :tenor sax (6,10), soprano sax (9)Imani Uzuri :vocals (9).[収録曲]1.Wisdom ウィズダム2.Kebero Part I ケベーロ・パート13.The Essence ジ・エッセンス4.This Is Rob Swift ディス・イズ・ロブ・スウィフト5.Black Gravity ブラック・グラヴィティ6.Tony Williams トニー・ウイリアムス7.Ionosphere アイオノスフィア8.Alphabeta アルファベータ9.Be Still ビー・スティル10.Virtual Hornets ヴァーチャル・ホーネッツ11.Kebero Part II ケベーロ・パート212.The Essence (DJ Krush Remix) ジ・エッセンス(DJ KRUSH リミックス)(日本盤ボーナス・トラック)----------ハービー・ハンコック、2001年のアルバム。アルバムタイトル通り、フューチャー・サウンドです。このころはヒップ・ホップ、テクノ、クラブ・ミュージックといったものは、すっかり定着したものですが、私は、そのような音楽には特に聴きたいと思えるものがありませんでした。しかし、このアルバム3曲目の「ジ・エッセンス」がラジオで流れた時、「何だ、このヒップ・ホップなのにカッコイイ音楽は!」と思ってしまいました。それがハービー・ハンコックの新しいアルバムの曲だと知ると、すぐに買ってきて夢中で聴きました。その「ジ・エッセンス」のヴォーカルはチャカ・カーンでした。全曲、とにかくカッコイイ!1983年のアルバム『フューチャー・ショック』でコンビを組んだビル・ラズウェルと、再び共同作業をして製作したもので、かつてのバンド仲間であるウエイン・ショーターも加わりました。そして、今は亡きバンド仲間であったトニー・ウイリアムスが残していたドラム演奏の録音を編集し、彼がバックで、そのまま叩いているかのような雰囲気に仕上げた曲「トニー・ウイリアムス」も収録されました。「僕は誰にでも作れるような、ただのスタンダード・アルバムを作るのは嫌だったんだ。僕は他の人が作るものとは全く異なるものが作りたかった。他の誰とも競合しない、僕独自のものをね。」ハンコックは前作『ガーシュウィンズ・ワールド』を発表したときに、こんな発言をしていました。そして、このアルバムでは、タイトル通りの「さらなる未来へ」という、ハンコックの思いが表現されているものです。ハンコック61歳のときですから、すごいヒップ・ホップ・テクノ爺さんです。ヒップ・ホップとジャズを完全に融合してしまい、さらに未来へ向かっているもので、ヒップ・ホップ・ジャズやコンテンポラリー・ジャズというより、まさに、本当の意味でのフューチャー・ジャズというものです。ガキが作ったヒップ・ホップや、軽薄なフュージョンとは全く次元の違う、本当にゴキゲンな“ヒップ”なジャズです。 ハービー・ハンコックは本当にスゴイ!【ジャズ】人気blogランキングへ
April 26, 2007
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ガーシュウィンズ・ワールド / ハービー・ハンコックGershwin's World / Herbie Hancockオリジナル盤発売日:1998年10月20日VerveHerbie Hancock :piano, organ (5)Madou Dembelle :djemb (1,2)Massamba Diop :talking drum (1,2)Cyro Baptista :percussion (1,4,8,11,12)Bireyma Guiye & Cheik Mbaye :percussion (1)Eddie Henderson :trumpet (2,4,8)Kenny Garrett :alto saxophone (2,4,8)James Carter :tenor saxophone (2), soprano saxophone (4)Ira Coleman :bass (2,3,4,8,9,10,12)Terri Lyne Carrington :drums (2,3,5,9)Joni Mitchell :vocal (3,10)Wayne Shorter :tenor saxophone (3,9), soprano saxophone (10)Marlon Graves :guitar (4), percussion (11)Robert Sadin :percussion programming (4,11)Stevie Wonder :vocal (5),harmonica (5,10)Alex Al :bass (5)Chick Corea :piano (7)Bakithi Kumalo :bass (11), guitar (12)Kathleen Battle :soprano (12)Charles Curtis :cello (12).[収録曲]1.Overture (Fascinating Rhythm) オーヴァーチュア(ファシネイティング・リズム)2.It Ain't Necessarily So イット・エイント・ネセサリリー・ソー3.TheMan I Love ザ・マン・アイ・ラヴ4.Here Come de Honey Man ハニー・マン5.St. Louis Blues セント・ルイス・ブルース6.Lullaby ララバイ7.Blueberry Rhyme ブルーベリー・ライム8.It Ain't Necessarily So (Interlude) イット・エイント・ネセサリリー・ソー(インタールード)9.Cotton Tail コットン・テイル10.Summertime サマータイム11.My Man's Gone Now マイ・マンズ・ゴーン・ナウ12.Prelude in C Sharp Minor プレリュード・イン C#マイナー13.Concerto for Piano and Orchestra in G, 2nd Movement ピアノ協奏曲ト長調 第2楽章14.Embraceable You エンブレイサブル・ユー※15.Someone To Watch Over Me (Bonus Track) サムワン・トゥ・ウォッチ・オーヴァー・ミー(ボーナス・トラック)(※2004/11/09のものには収録されていない)----------1998年にハービー・ハンコックが制作した、ジョージ・ガーシュウィン生誕100周年記念アルバム。1898年生まれのジョージ・ガーシュウィン。この偉大なアメリカの作曲家の生誕100年を祝うにあたって、ハービー・ハンコックは『ガーシュウィンズ・ワールド』という、このアルバムを作りました。ハンコックのジョージ・ガーシュウィン作品集は、ただ単にガーシュウィンの作品を演奏するというものではなく、一曲一曲を深く突き詰め、ガーシュウィンと親しかったとされる作曲家たちの曲も加えながら、さまざまなジャンルから多彩なミュージシャンを集め、いろいろな構成・アレンジで再構築し、「ガーシュウィン・ソング・ブック」を作り上げました。スティーヴィー・ワンダー、ジョニ・ミッチェル、ウエイン・ショーター、チック・コリア、ロン・カーターなども参加しています。9曲目の「コットン・テイル」はデューク・エリントンの曲ですが、これはガーシュウィンの「アイ・ガット・リズム」という曲のコード進行をもとにしています。「アイ・ガット・リズム」のコード進行に魅せられたのはエリントンだけではなく、チャーリー・パーカーの「アンソロポロジー」や、セロニアス・モンクの「リズマニング」、ソニー・ロリンズの「オレオ」など、数多くのジャズの偉人たちが、これをもとに曲を書いています。ジョージ・ガーシュウィンの音楽は、ジャズの、いやアメリカ音楽のもとを作ったということが言え、このアルバムはそんなガーシュウィンの音楽のメロディーの美しさやリズムの多様性を、ハンコックなりに引き出しているものになっています。やはり、ここでもハンコックの音楽は素晴らしい。1998年度、スイングジャーナル・ジャズ・ディスク大賞・金賞受賞。☆ジャズとは、アメリカに蓄えられたエネルギーの集積である。~ジョージ・ガーシュウィン~☆ジャズがどこから来てどこへ行くのか、ティン・パン・アレイがどこで生まれ、ジャズがどこで終わるのか、それどころか、クラシック音楽とジャズの境界すら、判断するのが難しくなってきた。境目など、存在しないような気がする。~デューク・エリントン~■ハービー・ハンコックによる解説ぼくらは、このレコードで、ジャズの精神を失うことなく、ガーシュウィンの作品から個性を引き出すために、多くの努力を傾けた。ガーシュウィンの曲をただ演奏するだけなら、誰にでもできる。ぼくらの目的は、作曲者が最初に得たひらめきを探ることで、それぞれの作品を核心まで究め、そこから得られた要素を、自分たちの方法で再編成、再構成することだった。おそらく、このプロジェクトは、ぼくが今までに取り組んだ中で、最も挑戦しがいのあるものだったのではないだろうか。近年、ぼくは、ただレコードを作るだけではなく、何か事を起こすために努力することに興味を持ってきた。この作品は、ぼくの生涯における、このような時期に発表できればと思っていたレコードの、最初の一例ということになる。ぼくは、自分自身の正直な部分や心の中身、人生を奥深くまで突き詰めて、様々な問題を解決できるような仕組みを求めていたのである。ぼくらは、既成の手法を無批判に取り入れるようなことは決してしなかった。たとえば、多くの曲ではドラムスを使わずに、パーカッションを大幅に取り入れた。ぼくは、またクラシック音楽にふたたび目を向けることにも興味を覚えた。結果としては、ほぼ全曲が全く異なる雰囲気を持つという作品になったが、その背後には全てを結びつける“糸”が張り巡らされている。その“糸”とは、ジャズとジョージ・ガーシュウィンである。~ハービー・ハンコック~【ジャズ】人気blogランキングへ
April 25, 2007
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今日、CDショップに寄ったら、プレスティッジ、リヴァーサイド、コンテンポラリーの名盤が1100円シリーズで並んでいて驚いた。これは安い!!4月11日に100タイトル、5月16日に50タイトルが発売されるとのこと。●JAZZ THE BEST【ジャズ】人気blogランキングへ
April 24, 2007
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ニュー・スタンダード / ハービー・ハンコックThe New Standard / Herbie Hancockオリジナル盤発売日:1996年Verveハービー・ハンコック Herbie Hancock :pianoマイケル・ブレッカー Michael Brecker :tenor and soprano saxophonesジョン・スコフィールド John Scofield :acoustic and electric guitars, electric sitarデイヴ・ホランド Dave Holland :acoustic bassジャック・デジョネット Jack DeJohnette :drums, electric percussionドン・アライアス Don Alias :percussion.他[収録曲]1.New York Minute ニューヨーク・ミニット2.Mercy Street マーシー・ストリート3.Norwegian Wood (This Bird Has Flown) ノルウェーの森4.When Can I See You ホェン・キャン・アイ・シー・ユー5.You've Got It Bad Girl バッド・ガール6.Love Is Stronger Than Pride ストロンガー・ザン・プライド7.Scarborough Fair スカボロ・フェア8.Thieves in the Temple シーヴス・イン・ザ・テンプル9.All Apologies オール・アポロジーズ10.Manhattan (Island of Lights and Love) マンハッタン11.Your Gold Teethe 2 ユア・ゴールド・ティース 2(日本盤のみボーナス・トラック)----------ハービー・ハンコックが1996年に制作した新主流派路線のアコースティック・ジャズ・アルバムです。このアルバムに収録されている曲は、10曲目の「マンハッタン」以外は、全て他人の作曲によるカヴァーになっています。それらは、ジャズで普通取り上げられている古くからのスタンダード・ナンバーではなく、比較的新しい時代の曲をスタンダード・ナンバーとしての題材にし、ジャズとして仕上げたもので、とにかく、それらの現代のポピュラー・ソングが鮮烈なシャズ・ナンバーになっています。1曲目の「ニューヨーク・ミニット」はイーグルスの曲を書いたドン・ヘンリーとダニー・コーチマーとジャイ・ワインディングの作。2曲目の「マーシー・ストリート」は、ピーター・ガブリエルの作曲。3曲目の「ノルウェーの森」は、ビートルズでおなじみの曲で、ジョン・レノン&ポール・マッカートニーの作。4曲目の「ホェン・キャン・アイ・シー・ユー」はベイビーフェイスの曲。5曲目の「バッド・ガール」は、スティーヴィー・ワンダーの曲。6曲目の「ストロンガー・ザン・プライド」はシャーデーの曲。7曲目の「スカボロ・フェア」はサイモン&ガーファンクルの曲で、ポール・サイモンとアート・ガーファンクルの作。8曲目の「シーヴス・イン・ザ・テンプル」はプリンスの曲。9曲目の「オール・アポロジース」はカート・コバーンの曲。11曲目の「ユア・ゴールド・ティース 2」はボーナス・トラックで、スティーリー・ダンのドナルド・フェイゲンとウォルター・ベッカーの作曲。いずれも、現在の優れたソング・ライターたちによる、ポピュラー・ソングのヒット・ナンバーで知られるものです。それらの原曲を、いい意味で変容させたもので、ハービー・ハンコックが示した新しいスタンダード・ナンバーです。【ジャズ】人気blogランキングへ
April 24, 2007
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フューチャー・ショック / ハービー・八ンコックFuture Shock / Herbie Hancockオリジナル盤発売日:1983年Columbia(Sony)Herbie Hancock :Fairlight CMI (1,4,6), Rhodes Chroma (1,3,5), Sennheiser vocoder (1),clavitar (1), Dr. Click rhythm controller (1,3,4), E-mu 4060 digital keyboard (1), Mini-Moog (1,5), clavinet (2), Memory Moog (2), piano (3,5), emulator (3,6), Yamaha GS-1 (4,5), Yamaha CE-20 (4), alphaSyntauri (6) Bill Laswell :bassMichael Beinhorn :DMX (1,3,4,5), synare (1,3,4,5), Mini-Moog programming (1,5), Prophet-5 (2,3,6), Prophet Pro I (2), Memory Moog programming (2,3,4), shortwave (5) Grand Mixer D.ST. :turntables (1,4,6), voice (6), background vocals (6)Daniel Ponce :bata (1,4)Dwight Jackson, Jr. :lead vocal (2)Bernard Fowler :background vocals (2,6) Pete Cosey :guitar (2) Sly Dunbar :drums (2,6), bongos (2)Lamar Wright :lead vocal (6)Roger Trilling & Nicky Skopelitis :background vocals (6).[収録曲]1.Rockit ロックイット2.Future Shock フューチャー・ショック3.T. F. S .ティー・エフ・エス4.Earth Beat アース・ビート5.Autodrive オートドライヴ6.Rough ラフ7.Rockit (Mega Mix) ロックイット(メガ・ミックス)----------エレクトリック・サウンド路線のハービー・ハンコック、1983年のアルバム。24年前、当時これを初めて聴いたときは一体何が起こったのかと思ったくらいに衝撃的なサウンドでした。これは、ジャズ・ファンには全く理解の限界をこえたもので、それこそアルバムタイトル通りの「フューチャー・ショック=未来の衝撃」そのものの「未来音楽」でした。だいぶあとになってから、これがヒップ・ホップというものだと知ることになる、最先端の音楽を作り出していたものでした。今になってすれば、やっと普通に聴けるサウンドですが、これを1983年にやって大成功したというのは、やはりハービー・ハンコックでなくてはできなかったことでしょう。1曲目「ロックイット(Rockit)」はグラミー賞を受賞。当時、ジャズのジャの字も知らなかった若者たちが絶賛し、大ヒットしました。言うなれば、大ヒットしたヒップ・ホップの最初の歴史的なものでしょう。しかも、そこはやはりハービー・ハンコックの作品だけあって、そこらへんのヒップ・ホップとはまったく違うものです。とにかくサウンドがカッコイイ。ハービー・ハンコックはすごい。ただし、ここでいつものハンコックのアドリブを期待すると思惑がはずれるので注意!キーボードにマルチなだけではなく、人間的にもマルチ人間だと思わせる、全く別人のハンコックがここにいますが、これは紛れもなくハンコックです。彼は、初めからそれこそいろいろなミュージシャンのアルバムに参加していますが、そこにはいつも恐ろしいほど別人のハンコックがいるのです。まさにミスター・カメレオン・ハービー・ハンコック。【ジャズ】人気blogランキングへ
April 23, 2007
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今日はブライダル・パーティーの仕事、「アーセンティア迎賓館 静岡」15時入り、そのあと「ジョージ・オーシャン・ビュー」。
April 22, 2007
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ミスター・ハンズ / ハービー・ハンコックMr. Hands / Herbie Hancockオリジナル盤発売日:1980年Columbia(Sony)レオン・チャンクラー Leon "Ndugu" Chancler :drums (1)バイロン・ミラー Byron Miller :bass (1)ビル・サマーズ Bill Summers :percussion (1,4,5) トニー・ウイリアムス Tony Williams :drums (2)ロン・カーター Ron Carter :bass (2)シーラ・エスコヴェド Sheila Escovedo :percussion (2,3)アルフォンス・ムザーン Alphonse Mouzon :drums (3) フレディ・ワシントン Freddie Washington :bass (3)ワウ・ワウ・ワトソン Wah Wah Watson :guitar (3)ハーヴィー・メイソン Harvey Mason :drums (4,5)ジャコ・パストリアス Jaco Pastorius :bass (4)ポール・ジャクソン Paul Jackson :bass (5)ベニー・モウピン Bennie Maupin :tenor saxophone (5)ハービー・ハンコック Herbie Hancock :EMu Polyphonic keyboard, Waves Minimoog, Minimoog, Prophet 5, Oberheim 8 Voice, Yamaha CS-80, ARP 2600,Hohner clavinet, Rhodes 88 Suitcase piano, Sennheiser vocoder, Linn-Moffett drum synthesizer, modified Apple II Plus Microcomputer, piano.[収録曲]1.Spiraling Prism スパイラリング・プリズム2.Calypso カリプソ3.Just Around the Corner ジャスト・アラウンド・ザ・コーナー4.4 Am フォー・エー・エム5.Shiftless Shuffle シフトレス・シャッフル6.Textures テクスチャーズ----------このアルバムは、ハービー・ハンコックのこれまでのエレクトリック期のアルバムの未発表テイクに、ハンコック自身があとからシンセサイザーなどをオーヴァー・ダビングして、1980年にリリースされたものです。ハンコックによると、アルバムを作るときにはいつも曲を多めにレコーディングして、その中からアルバム・コンセプトに合った曲を選ぶので、いい演奏なのにアルバム・コンセプトが合わずにオクラ入りになってしまう曲があると言います。そこで、そういう曲にシンセサイザーをダビングして統一感をもたせ、一枚のアルバムに仕上げたのがこのアルバムだということです。それまでのレコーディング・セッションでお蔵入りになっていたテイクの中から、5曲を選曲し、そこに、ハンコック自身のワン・マン・レコーディングによる新たな1曲をアルバム最後に加えたもので、 掘り出した5曲のうち1曲目から4曲目には、ハンコックがシンセサイザーなどをダビングしています。5曲目は「ヘッド・ハンターズ」の未発表テイクで、この一曲だけはオーヴァー・ダビングを全くしていないということです。メンバーはセッションごとに違いますが、トニー・ウィリアムス(ドラムス)、ハービー・メイスン(ドラムス)、ジャコ・パストリアス(エレクトリック・ベース)、ロン・カーター(ベース)ら、豪華な顔ぶれです。 特にジャコ・パストリアスが参加している4曲目の「フォー・エー・エム(4 Am)」は、やはり聴きものです。一般的にジャズ評論家が選ぶハンコックの代表的な名盤としては、『処女航海(Maiden Voyage)』や『ヘッド・ハンターズ(Head Hunters)』を挙げるでしょうが、ハンコックのファンになると好きなアルバムとしては、これらのアルバムの名前は一番目には出てこないでしょう。要するに、ファンにとっては世に言う大名盤と好きなアルバムとは違うものだということです。たとえば、『スピーク・ライク・ア・チャイルド(Speak Like A Child)』や『洪水(Flood)』といったアルバムが一番好きだという人は、そうとうのハンコック・ファンであり、ハンコック“マニア”であると言えるでしょう。そして、このアルバム『MR.ハンズ』というと、ジャズ評論家からすればほとんど無視されているようなものですが、これをバイブルのように愛聴しているという人は、われわれミュージシャン仲間では数多くいて、それらの人々はもう“マニア”をとおり越してほとんど“オタク”に近いものです。しかし、そんなわれわれは、このアルバムを聴きながら興奮し、思わずニンマリしてしまうという、ちょっとアブナイ人になっている自分を発見するほど、ハンコックの魅力に満ちあふれている、いいアルバムなのです。このアルバムは、そんなハンコック“オタク”の愛聴盤になっているものです。【ジャズ】人気blogランキングへ
April 22, 2007
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今日は「ベイサイド迎賓館 静岡」でブライダル・パーティーの仕事が2本。2本ともに、いわるるJポップの曲のリクエストがあって疲れた。午前の部でのリクエスト曲は、コブクロの「ミリオンフィルムズ」コブクロの「永久にともに」ELTの「恋文」湘南乃風の「純恋歌」スキマスイッチの「ボクノート」ELTはエブリ・リトス・シングスの略だということを始めて知った。みんなどうってことない曲ばかりだな。午後の部では両親への手紙のあと贈り物を渡す大事なところでのピアノのリクエストで、平原綾香の「明日」うん、これはなかなかいい曲だ。
April 21, 2007
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ハービー・ハンコック・ウィズ・ジャコ・パストリアスHerbie Hancock With Jaco PastoriusHerbie Hancock & Jaco Pastorius録音日:1977年2月16日、アメリカ、シカゴにてライヴ録音発売日:2004年7月30日BS Music(Europe輸入盤)ハービー・ハンコック Herbie Hancock (keyboard)ジャコ・パストリアス Jaco Pastorius (bass) ベニー・モウピン Bennie Maupin (saxophone)ジェームス・レヴィ James Levi (drums)1.Cantaloupe Island カンタループ・アイランド2.Hang Up Your Hang Ups ハング・アップ・ユア・ハング・アップス3.Maiden Voyage 処女航海4.Jaco Bass Solo ジャコ・ベース・ソロ5.People Music ピープル・ミュージック6.Chameleon カメレオン----------1977年、ジャコ・パストリアスがハービー・ハンコックのバンドに一時的に参加して、ツアーを行った時の貴重なライヴ盤が、2004年になって発表されました。当時バンドのベーシスト、ポール・ジャクソンがどうしてもスケジュールの調整がつかなくて、ジャコに声をかけ実現したものだということです。「彼が入ったことでバンドサウンドが全く変わったことをよく覚えている」と、ハンコックが後年述懐しているという、歴史に残る貴重なライヴ・アルバムです。しかし、日本盤は発売されておらず、これを持っている人は、かなりのマニアと言えるかもしれませんが、音質はともかくとして、このパフォーマンスは涙ものです。曲名とメンバーの名前とライヴ日付以外は何も記載されていませんが、アルバムのジャケット内側には、ピアノを弾くハンコックの横に立って、穏やかな表情でそれを見ている、在りし日のジャコの姿があり、それにも、また泣かされます。【ジャズ】人気blogランキングへ
April 21, 2007
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「FMしみず」4月と5月の「アーティスト特集」は、マイルス・デイヴィスを取り上げた。1か月の4回分ではとても終わらないので2か月にしたのだが、パケを作っているかおりんにマイルスはもううんざりしたと言われた。とにかく一曲が長過ぎるということだ。なにしろ一曲が10分以上はあたりまえで20分以上のものもある。そんな曲は、放送では、なかなかまるまる全部は流せないものね。それにやっぱり歌モノじゃないとあきちゃうらしい。次はスティーヴィー・ワンダーにしよう。これならいいだろう。
April 20, 2007
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洪水 / ハービー・ハンコックFlood (Live In Japan) / Herbie Hancock【ライヴ・イン・ジャパン】録音日:1975年6月29日 東京、渋谷公会堂にてライヴ録音1975年7月1日 東京、中野サン・プラザにてライヴ録音CBS/SONY (Japan)ハービー・ハンコック Herbie Hancock :acoustic piano, Fender Rhodes electric piano, Hohner D-6 clavinet, Arp Odyssey synthesizer, Arp Soloist synthesizer, Arp String synthesizerベニー・モウピン Bennie Maupin :soprano and tenor saxophone, saxello, bass clarinet, flute, percussionポール・ジャクソン Paul Jackson :Fender bassマイク・クラーク Mike Clark :drumsビル・サマーズ Bill Summers :congas, percussionブラックバード・マックナイト Blackbird McKnight :guitar[収録曲]1.Introduction & Maiden Voyage 処女航海2.Actual Proof アクチュアル・プルーフ3.Spank-A-Lee スパンク・ア・リー4.Watermelon Man ウォーターメロン・マン5.Butterfly バタフライ6.Chameleon カメレオン7.Hang Up Your Hang Ups ハング・アップ・ユア・ハング・アップス----------1975年にハービー・ハンコックの日本公演の模様を収録し、日本のみで発売されたライヴ盤。エレクトリックとアコースティックを自在に操るハンコックのマルチ・キーボード・プレイが存分に聴けるものです。特に1曲目と2曲目では、ハンコックのアコースティック・ピアノがエレクトリック・サウンドの中で圧倒的な光彩を放っています。サポートメンバーも素晴らしく、サックスのベニー・モウピン、ベースのポール・ジャクソン、ドラムのマイク・クラークたちの、ライヴらしいグルーヴがものすごく、ごきげんです。収録曲は1曲目と2曲目のアコースティック・セット、3曲目以降のエレクトリック・セットからなっていますが、嬉しいのは、1曲目の「処女航海」、4曲目の「ウォーターメロン・マン」、6曲目の「カメレオン」の大ヒット有名曲が、いずれもスタジオ盤とはまた違う、ライヴならではのエキサイティングなグルーブ感があることです。そして圧巻は2曲目の「アクチュアル・プルーフ」で、強力なリズムセクションのサポートにより、ハイテンションのものすごい演奏になっています。プロデューサーのデヴィット・ルービンソンは、このライヴ録音を終えた後、「このライヴは、ハービー・ハンコックの演奏の中でも、アメリカで考えても、数少ないベスト演奏の一つであろう。」と語っていました。とにかく、全員が一丸となってファンキーにグルーヴする、ものすごいプレイで、この時期のハービー・ハンコックを聴くのなら、これが絶対のおすすめです。当時の私の愛聴盤です。【ジャズ】人気blogランキングへ
April 20, 2007
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サンライト / ハービー・ハンコックSunlight / Herbie Hancock1977年8月~1978年5月:録音Columbia(Sony)ハービー・ハンコック Herbie Hancock:Oberheim Polyphonic synthesizer, Obie I, Yamaha CP-30, Hohner D6 Clavinet, ARP 2600, Mini-Moog, ARP String Ensemble,Yamaha Polyphonic Synthesizer, Sequential Circuits Prophet Synthesizer, ARP Odyssey, Poly-Moog, Micro-Moog, E Mu Polyphonic Synthesizer, Acoustic Piano, Rhodes Electric Piano,all vocals and background vocals(Sennheiser Vocoder VSM 201)ワウ・ワウ・ワトソン Wah Wah Watson:guitar (1)レイ・パーカー・ジュニア Ray Parker, Jr.:guitar(1,3)バイロン・ミラー Byron Miller:electric bass (1)レオン・チャンクラー Leon "Ndugu" Chancler:drums (1) ポール・レコウ Raul Rekow:congas (1,2,4,5) ポール・ジャクソン Paul Jackson:electric bass (2,3,4) ジェームス・レヴィ James Levi:drums (2,3)ビル・サマーズ Bill Summers:percussion (2,3,4,5)ババ・ドゥル Baba Duru:tablas (2)ベニー・モウピン Bennie Maupin:soprano sax (3)ハーヴィー・メイソン Harvey Mason:drums (4) ジャコ・パストリアス Jaco Pastorius:electric bass (5) トニー・ウイリアムス Tony Williams:drums (5) パトリック・グリーン Patrick Gleeson:additional synthesizers1.I Thought It Was You アイ・ソート・イット・ワズ・ユー 2.Come Running To Me カム・ランニング・トゥ・ミー 3.Sunlight サンライト4.No Means Yes ノー・ミーンズ・イエス 5.Good Question グッド・クエスチョン ----------ハービー・ハンコックの1978年に発表されたアルバム。ハービー・ハンコックは、1975年にアルバム『マン・チャイルド』を発表してから、1976年のニューポート・ジャズ・フェスティヴァルにおいて、「V.S.O.P.」と題して今までのハンコックの音楽の集大成のコンサートを行いました。そして、そのコンサートはアルバム『ニューポートの追想』として発表され、それ以後、そのときのグループ「V.S.O.P. クインテット」、あるいは「ハービー・ハンコック・トリオ」などで、アコースティック・ピアノによる、新主流派的モダン・ジャズ路線に回帰した演奏を行っていました。もうハンコックはエレクトリック・ジャズの作品は作らないのかと思われかけていた頃、新兵器「ヴォコーダー」を取り入れ、ハンコック自身の歌を前面に押し出し、何種類ものシンセサイザーなどのエレクトリック・キーボードを使用して作られた、全面エレクトリック・サウンドの、このアルバムが発表されました。ここで、ヴォーコーダーというエレクトリック・インストゥルメントによりハービー・ハンコックはシンガーとなり、アルバムのクレジットにも「ヴォーカル=ハービー・ハンコック」とクレジットされています。このヴォーコーダーという電子楽器は「ゼンハイザー・ヴォコーダーVSM201」で、マイクを使って声をこの装置に入力すると、鍵盤の音程で出力できるというもので、要するに、普通にしゃべった言葉が鍵盤上のメロディーになって「歌」になるということです。トーンとかアクセント、イントネーション、ビブラート、フレージングなどは、すべてヴォーコーダーのコントロールによって調整できるようになっています。このアルバムが発表されたあとのハンコックの来日公演では、実際にヴォコーダーをステージで使っていました。ハンコックが歌う曲になるとキーボードを持ってステージの前に出てきたのですが、それは、ショルダー・キーボードのようなギター・スタイルではなく、駅弁売りのようなスタイルでキーボードを首からつるして前に出てきて歌っていました。ハンコック・ミュージックは、ここでヴォーカルが入ったために、よりメロウでソウルフルなものになりました。また、その中に聴かれるハンコックのキーボード・プレイも、ヤマハ・エレクトリック・グランド・ピアノや、フェンダー・エレクトリック・ピアノ、クラヴィネット、何種類もの当時最先端のシンセサイザーを駆使した多彩なものです。このアルバムは、ハンコックのものの中でも、他のアルバムの中に隠れたような存在のものですが、普通の大衆ポップ路線というものとは違い、ジャコ・パストリアスやワウ・ワウ・ワトソンの参加など、ハンコックの計算されたサウンド・クリエイターとしての才能が存分に発揮されており、ただのフュージョン・アルバムとは一線を画す素晴らしいアルバムであることに間違いありません。5曲目の「グッド・クエスチョン」はインスト・ナンバーで、ジャコ・パストリアスとトニー・ウイリアムスが参加しており、壮絶なプレイが堪能でき、ポップ志向のみならずハードコアなサウンドもあり、内容豊富な、聴き応え十分なものです。【ジャズ】人気blogランキングへ
April 19, 2007
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マン・チャイルド / ハービー・ハンコックMan-Child / Herbie Hancock録音:1975年7月Columbia ハービー・ハンコック Herbie Hancock :Acoustic Piano, Fender-Rhodes Electric Piano,Arp Odyssey, Pro Soloist,2600 and String Ensemble Synthesizers, Hohner D6 Clavinet,Oberheim Polyphonic Synthesizerマイク・クラーク Mike Clark, ハーヴィー・メイソン Harvey Mason, ジセームス・ギャドソン James Gadson :Drums ポール・ジャクソン Paul Jackson, ルイス・ジョンソン Louis Johnson, ヘンリー・デイヴィス Henry Davis :Bass ウエイン・ショーター Wayne Shorter :Soprano Sax ベニー・モウピン Bennie Maupin:Soprano and Tenor Sax, Saxello, Bass Clarinet, Bass and Alto Flute ブラック・マクナイト Blackbird McKnight, David T. Walker:Guitars ビル・サマーズ Bill Summers :Percussion バド・ブリボイス Bud Brisbois, ジェイ・ダヴァーサ Jay DaVersa :Trumpets アーニー・ワッツ Ernie Watts, ジム・ホーン Jim Horn :Saxes and Flutes ガーネット・ブラウン Garnett Brown :Trombone ディック・ハイド Dick Hyde :Tuba and Bass Trombone スティーヴィー・ワンダー Stevie Wonder :Harmonica ワウ・ワウ・ワトソン Wah Wah Watson :Guitar, Voice Bag, Maestro Universal Synthesizer System, Maestro Sample and Hold Unit.デヴィッド・ティー・ウォーカー David T. Walker :Guitar[収録曲]1.Hang Up Your Hang Ups ハング・アップ・ユア・ハング・アップス2.Sun Touch サン・タッチ3.Traitor ザ・トレイター4.Bubbles バブルス5.Steppin' In It ステッピン・イン・イット6.Heartbeat ハートビート----------ハービー・ハンコックの1975年にリリースされたアルバム。1974年にリリースされた名盤『ヘッド・ハンターズ(Head Hunters)』を、より推し進め、この時期の最高の完成度になったものだと思います。アルバム『ヘッド・ハンターズ(Head Hunters)』で打ち出したジャズ・ファンクの世界を、その次のアルバム『スラスト(Thrust)』によってさらに想像的なものにし、このアルバム『マン・チャイルド (Man-Child )』で、そのサウンドを極めたものになり、ハンコックのファンキー・ポップ・ジャズを総括する大傑作アルバムと言えるものを作りだしました。このアルバムには『ヘッド・ハンターズ』では使われなかったアコースティック・ピアノが使われていて、シンセサイザーなどのエレクトリック・サウンドの中にアコースティック・ピアノが美しく溶け込んでいるのが、実に素晴らしいものになっています。これは、ハービー・ハンコックのアルバムの中でも、私のかなりのお気に入りだったもので、どれもがファンク色溢れるこのアルバムの中で特に必聴が、冒頭の曲「ハング・アップ・ユア・ハング・アップス(Hang Up Your Hang Ups)」です。イントロ部のギター・カッティングからして、まったくもってかっこいい。これは現在においてもヒップホップ・ネタとして大人気だそうです。また、このアルバムには、スティーヴィー・ワンダーのハーモニカや、ギターのデヴィット・ティー・ウォーカー、ワウ・ワウ・ワトソン、サックスのウエイン・ショーターなどのほか、多くのトップ・ミュージシャンが参加しているのも魅力です。【ジャズ】人気blogランキングへ
April 18, 2007
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ヘッド・ハンターズ / ハービー・ハンコックHead Hunters / Herbie Hancock録音:1974年Columbiaハービー・ハンコック Herbie Hancock :electric piano, clavinet, synthesizerベニー・モウピン Bennie Maupin :saxophone, saxello, bass clarinet, alto fluteポール・ジャクソン Paul Jackson :electric bass ハーヴィー・メイソン Hervey Mason :drumsビル・サマーズ Bill Summers :percussion[収録曲]1.Chameleon カメレオン2.Watermelon Man ウォーターメロン・マン3.Sly スライ4.Vein Melter ヴェイン・メルター----------これは、1974年リリースのアルバム。私が初めてハービー・ハンコックを聴いたのは、ここからです。当時ハードロック少年だった私が出会った衝撃のサウンド。えっ?これもジャズ?このアルバムの音楽は、ジャズというより、ごきげんで、かっこいいファンキー・ミュージックというものです。そういう意味で、今までのジャズのイメージを完全に塗り替えた一枚でした。これを聴いてからジャズは非常に身近に感じられるようになったわけです。そして、世の中のクロスオーヴァー(フュージョン)時代の幕開けとなった一枚です。1969年にマイルス・デイヴィスがアルバム「ビッチェズ・ブリュー(Bitches Brew)」を発表することによって、ジャズは新しい時代に突入します。1968年までマイルス・バンドにいて、マイルスの影響を受けた天才、ハービー・ハンコックも、またその新しい境地へ向かい、一つの結果を出した記念すべきアルバムです。その当時、スライ&ファミリー・ストーンがスターとなり、多くのファンクやソウル・グループが注目され、ディスコブームがそれを盛り上げていたところでした。そんな中でこのアルバムは作られ、ジャズにファンクやR&Bなどのリズムの要素、ファンクのビート、16ビートを取り入れたものになり、フュージョンの中でもジャズ・ファンクというものです。ハーモニー的にはシンプルで、そのため、ハンコックのエレクトリック・ピアノによるソロが浮き上がっています。さらに、ファンキー集団、ヘッド・ハンターズのバンドが一体となって決まるキメも心地よいものです。リズムは、ベースは細かい16分音符の中にも微妙なネバリを持ち、ドラムもビート感の強弱などで独特のグルーヴ感がでていて、ただのディスコ・サウンドのような単調なものとは全く違う、すばらしいビートを作り雰囲気を盛り上げています。このアルバムを聴いた当時のジャズ・ファンは、ハービーも堕落したと非難しました。しかし、皮肉にもジャズ・ファン以外の音楽シーンでは、広く圧倒的な支持を受けました。そのことについて、ハンコックはこう語っています。「勇気づけられたよね。とくに自分で言うのも変だけど、世界中ですごい評判になったよ。それまでのジャズの世界とはまったく違う状況が生まれたと言えばいいかな。」このアルバムはハンコックがジャズの世界を超えて一躍ポピュラー音楽シーンで注目を浴びるきっかけとなったものですが、それだけではなく、ジャズの歴史の中においてもジャズの流れを変えた極めて重要な意義をもつもので、1970年代の、いわゆるクロスオーヴァー・ブームを代表する記念碑的名盤です。 後に、次第にフュージョンという言葉が使われるようになりましたが、これはそれ以前の、まさにクロスオーヴァー的な作品です。ハンコックはしばらくこのエレクトリック・ファンキー路線を続けますが、オーソドックスなモダン・ジャズを全くやめたわけでなく、結局、カメレオン的に多彩な活動を平行して行なっていきます。アルバム1曲目の「カメレオン(Chameleon)」が大人気曲になり、ハンコックのフュージョン・ミュージックを代表する曲になりました。また、ハンコックがモダン・ジャズ期にやっていた「ウォーターメロン・マン(Watermelon Man)」が、このアルバムで全く違うサウンドにリメイクされていますので、聴き比べてみるのも面白いものです。【ジャズ】人気blogランキングへ
April 17, 2007
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スピーク・ライク・ア・チャイルド / ハービー・ハンコックSpeak Like A Child / Herbie Hancock1968年3月5、6日:録音Blue Note ハービー・ハンコック Herbie Hancock :pianoロン・カーター Ron Carter :bassミッキー・ローカー Mickey Roker :drumsサド・ジョーンズ Thad Jones :fluegelhornピーター・フィリップス Peter Phillips :bass tromboneジェリー・ドジオン Jerry Dodgion :alto flute[収録曲]1.Riot ライオット2.Speak Like A Child スピーク・ライク・ア・チャイルド3.First Trip ファースト・トリップ4.Toys トイズ5.Goodbye To Childhood グッドバイ・トゥ・チャイルドフット6.The Sorcerer ザ・ソーサラー----------このアルバムは、ハービー・ハンコックがモダン・ジャズの「新主流派(New Mainstream)」としてのサウンドを確立した、1968年の作品。ピアノ・トリオを中心に、フリューゲルホーン、ベース・トロンボーン、アルト・フルートの3管のアンサンブルを加えたものです。ピアノ・トリオをより美しく引き立たせるということを考え、しかも最小の編成で最大の効果を出すことを試みたアルバムです。その意味で、ハンコックがピアニストとしてだけではなく、アレンジャーとしての能力も発揮した作品と言えます。 ホーンはアンサンブルのみで、ソロをとるのはあくまでもハンコックだけです。ストリングスやサックスのようなリード楽器は使っていない、この管のアンサンブルの音色が実に暖かく、それが、ハンコックの輝くようなピアノの音色と絶妙にマッチングして、素晴らしいサウンドを作っています。このアルバムのジャケットは、キスをしている男女のシルエットの写真で、ハービー・ハンコックと当時はまだ婚約者だった夫人、ジジ・メイグスナーを映したものです。そして、このアルバムは、その写真のイメージから広がる愛から出発し、ハンコックが子供や少年、少年時代をテーマに作曲し、レコーディングしたものです。このアルバムのタイトル曲である「スピーク・ライク・ア・チャイルド(Speak Like A Child)」という曲について、ハンコックはつぎのように語っています。「この曲では子供のような感性を示したかった。それは子供っぽいということではなく、私たちが大人になったことで失ってしまった子供時代のものとか、その時代を取り戻したいと願っているもの、純粋さとか奔放(ほんぽう)さといったものを、この作品は表現したものなんだ。そういった気持ちを取り戻せたなら、私たちは最良の状態になるんじゃないのかな?だから、この世の中に言いたいのは “子供のように話そうよ(スピーク・ライク・ア・チャイルド)。不純な考えは捨てて、自分たちの希望と可能性を見い出すように考え、感じようよ” っていうことなんだ。」「スピーク・ライク・ア・チャイルド(speak like a child)」、「子供のように話そうよ」。この曲は組曲の一部のようなものであって、これが、このアルバム全体のコンセプトになってるということです。このアルバムは、やさしく、美しく、暖かく、ハートフルで、ロマンチックな世界を感じさせるものです。私は、このアルバムはハンコック・ミュージックというものをトータル的に考えたときに、ハンコックの天才的才能が発揮された最高傑作の一つであると思います。【ジャズ】人気blogランキングへ
April 16, 2007
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メイドゥン・ヴォイージ / ハービー・ハンコックMaiden Voyage / Herbie Hancock【邦題:処女航海】1965年3月17日:録音Blue Noteハービー・ハンコック Herbie Hancock :pianoフレディ・ハバード Freddie Hubbard :trumpet ジョージ・コールマン George Coleman :tenor saxロン・カーター Ron Carter :bassトニー・ウイリアムス Tony Williams (Anthony Williams) :drums[収録曲]1.Maiden Voyage 処女航海2.The Eye Of The Hurricane ジ・アイ・オブ・ザ・ハリケーン3.Little One リトル・ワン4.Survival Of The Fittest サヴァイヴァル・オブ・ザ・フィッテスト5.Dolphin Dance ドルフィン・ダンス ----------このアルバムは、ハービー・ハンコックのリーダー作として1965年3月17日に録音、ブルーノートからリリースされたものです。そして、これはハービー・ハンコックの代表的なアルバムであるとともに、ジャズ史上に残る名盤中の名盤とされています。このアルバムは、ハービー・ハンコックが、マイルス・バンド加入2年目に録音されたもので、1960年代のジャズの主流となっていったモード・ジャズを代表する作品になりました 。アルバムのタイトル「メイドゥン・ヴォイージ(Maiden Voyage)」は「処女航海」ということで、国内盤のアルバム名は『処女航海』になっています。このテーマに挙げられる、冒頭に収められたタイトル曲「処女航海(Maiden Voyage)」は、彼の代表曲になりました。この「処女航海」は、もともと男性化粧品のCM用に書かれた曲だったと言います。この曲を筆頭に、全ての曲はハンコックのオリジナルで、アルバム全体がトータルな流れを持ったコンセプト・アルバムとして構成されています。青年は、新しいヨットで大海原(おおうなばら)へと「処女航海」に出ます。しかし、「ジ・アイ・オブ・ザ・ハリケーン」で台風に遭遇。それで、自分は自然界において、なんとちっぽけな存在であったのか、また、こんな大きな世界でも、小さな海の生物までが必死で生きていることを思い知る「リトル・ワン」。こんな中で生き延びていくには適者生存であることだと言う「サヴァイヴァル・オブ・ザ・フィッテスト」。そして、穏やかな海でイルカが踊っているような優雅な光景を目にする「ドルフィン・ダンス」で終わります。そのイメージは、このアルバム・ジャケットによってヴィジュアル化されているもので、このジャケットの写真を見て、アルバム全体の音楽に身をゆだねると、まるで映画を見ているかのような情景が浮かんできます。この様な素晴らしい音楽とは、いくら聴いても、聴く度に新たな情景が浮かんでくるというものです。そしてこれは、人生そのものについても表しているという深いものを感じさせるもので、ハンコック自身も、このアルバムによって新しい音楽に向けて船出をしていくというものでした。「海は、しばしば、さまざまな芸術領域に関わる想像力を喚起する。海と、海に生命のエッセンスを注ぐ水生生物の周囲には、未だ神秘の要素が存在する。アトランティス、サルガッソー海、巨大海蛇、人魚などは人間が海での経験から生み出した、数多くの伝説的神秘の一つである。この音楽は海の広大さと威厳、処女航海で海をゆく船の壮麗、楽しげなイルカの優雅な美しさ、小さな海の生物までが必死で生きている様、嵐の他を畏怖せしめる破壊力、海の男の敵を描こうともくろんだものだ。」~ハービー・ハンコツク~ハービー・ハンコックは、1963年から1968年の間のマイルス・バンドでの活動において、「ウォーターメロン・マン」に代表されるジャズ・ロックの流れから、マイルスの影響を受け、モード・ジャズへと傾倒していきました。「コード進行からの開放」をテーマにしたモード・ジャズは、プレイヤーの表現を最大限に生かすことが出来るようになりました。しかし逆を言うと、その演奏には、それなりの技量が要求されるわけで、当時の主流のスタイルといえども、それに携わることの出来る人材はそう多くいなかったわけですが、このアルバムの共演者は、トランペット=フレディ・ハバード、テナー・サックス=ジョージ・コールマン、 ベース=ロン・カーター、ドラムス=トニー・ウイリアムスという面々。 これは、ウェイン・ショーターがマイルス・バンドOBのジョージ・コールマンになった以外、まさに当時のマイルス・デイヴィス・バンドのメンバーです。 要するに、マイルス・バンドとほぼ同じメンバーで、クインテットという同じ楽器編成でモード・ジャズが録音されています。そういう意味で、このアルバムはマイルス・バンドのリーダーがハンコックになったものとして作られた音楽であり、マイルスが生み出したスタイルを、ハンコックの解釈で推し進めたものだと考えられます。そしてこのアルバムは、マイルスがいかに才能のある人材を見出すことに長けていたかということを感じさせると同時に、ハンコックを初め、このメンバーが、マイルス・バンドにどれだけ大きな貢献を果たしたかを証明しているものです。 その後、ハンコックの音楽はジャズの中では「新主流派(New Mainstream)」というスタイルで呼ばれることになります。それは、一言で言えば伝統的なジャズと前衛的なジャズを掛け合わせて作られた、先進的なのに聴きやすいジャズのことを言います。このアルバムはその新主流派ジャズの最先端となるアルバムで、デリケートで美しいのに力強いパワーを持っているという素晴らしいもので、確かに、ハンコックの才能が光る、ジャズ史上に残る記念碑的名盤と言えるでしょう。【ジャズ】人気blogランキングへ
April 15, 2007
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エンピリアン・アイルズ / ハービー・ハンコックEmpyrean Isles / Herbie Hancock1964年6月17日:録音Blue Noteハービー・ハンコック Herboe Hancock (p)フレディ・ハバード Freddie Hubbard (cor, flh)ロン・カーター Ron Carter (b)トニー・ウイリアムス Tony Williams (Anthony Williams) (ds)[収録曲]1.One Finger Snap ワン・フィンガー・スナップ 2.Ololoqui Valley オリロクイ・バレー3.Cantaloupe Island カンタループ・アイランド4.The Egg エッグ 5.One Finger Snap [Alternate Take] ワン・フィンガー・スナップ(別テイク) 6.Oliloqui Valley [Alternate Take] オリロクィ・ヴァレー(別テイク)----------このアルバムは、ハービー・ハンコックの有名なアルバム『処女航海(Maiden Voyage)』の1年前の、1964年6月17日に録音されたものです。名盤『処女航海(Maiden Voyage)』の陰にかくれたような形になっていますが、このアルバムは、その『処女航海』にも勝るとも劣らないもので、時代の先端を行くハンコックの音楽がよく表れているものと言えます。当時のマイルス・バンドの同期のメンバーであるトニー・ウィリアムスとロン・カーターが参加しており、その、すばらしいリズムセクションの上でフレディー・ハバードが、輝くようなアドリブを展開していて、それはアヴァンギャルドでありながらも、全体的に洗練されたサウンドにまとまっているというのは、ハンコックの凄さがよくわかるものです。3曲目の「カンタロープ・アイランド(Cantaloupe Island)」は、人気曲で、イギリスのヒップホップ・ユニットのUs3(アス・スリー)が、この「カンタロープ・アイランド」をサンプリングして、「カンタループ(Canteloop)」という曲名で出したものが、1993年に全米チャートの9位になりました。この曲名の由来は、カンタロープをループしたので、「カンタループ」にしたということです。このアルバムタイトルの「エンピリアン・アイルズ(Empyrean Isles)」を日本語にすると、「天空の島々」といういようなことになります。【ジャズ】人気blogランキングへ
April 14, 2007
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テイキン・オフ / ハービー・ハンコックTakin' Off / Herbie Hancock1962年5月28日:録音Blue NoteHerbie Hancock (p)Freddie Hubbard (tp)Dexter Gordon (ts)Billy Higgins (ds)Butch Warren (b)[収録曲] 1.Watermelon Man ウォーターメロン・マン 2.Three Bags Full スリー・バッグス・フル3.Empty Pockets エンプティ・ポケッツ4.Maze メイズ5.Driftin' ドリフティン 6.Alone And I アローン・アンド・アイ7.Watermelon Man [Alternate Take]8.Three Bags Full [Alternate Take]9.Empty Pockets [Alternate Take]----------「Takin' Off =離陸せよ」の冒頭の「スイカ男」ハービー・ハンコックのソロ・デビュー・アルバム。1962年5月28日の録音、ハンコック22歳と1カ月のとき。このアルバムの1曲目の「ウォーターメロン・マン(Watermelon Man)」は、ラジオでも大ヒットし、一般大衆にもよく知られることになり、彼の数多い代表曲の一つになるとともに、ジャズの曲としてもスタンダードなナンバーになりました。この曲のカヴァーは200以上あるという人気曲です。当時としては新しい、ジャズロック的ビートのファンキーなブルース調の曲です。(1コーラスが12小節構成ではないので、完全なブルースの曲ではない。)この「ウォーターメロン・マン」という曲名は「スイカ男」ではなくて、「スイカ売り」のことで、スイカ売りが言う「スイカはいらんかね~」という掛け声などから発想して書かれたと言います。このアルバムは、デビュー作にして、すべての曲を彼のオリジナルで埋め尽くしたもので、それはまさに、アルバムタイトルの「Takin' Off=離陸せよ」というものにふさわしいものと言えるでしょう。【ジャズ】人気blogランキングへ
April 14, 2007
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ニューポートの追想 / ハービー・ハンコックV.S.O.P. / Herbie Hancock録音日:1976年6月29日録音場所:ニューヨーク・シティー・センター・ホールでのライヴ録音レーベル:Columbia(Sony)[パーソネル]ハービー・ハンコック Herbie Hancock :Yamaha Electric Grand Piano, Rhodes Electric Piano (5-7, 8/9), Hohner D6 Clavinet (5-7, 8/9), Arp Odyssey (8/9), Arp String Ensemble (8/9), Micro-Moog (8/9), Oberheim Polyphonic Synthesizer (8/9), Echoplex (8/9), Countryman Phase Shifter (8/9), Cry Baby Wah Wah (8/9) ロン・カーター Ron Carter (1,2,3,4) : Bassトニー・ウイリアムス Tony Williams (1,2,3,4) :Drums フレディ・ハバード Freddie Hubbard (1,2,3,4) :Trumpet ウエイン・ショーター Wayne Shorter (1,2,3,4) :Tenor and Soprano Sax ベニー・モウピン Bennie Maupin :Alto Flute (5,6,7), Soprano Sax (8/9), Tenor Sax (8/9), Lyricon (8/9)ビリー・ハート Jabali Billy Hart (5,6,7 ):Drums エディ・ヘンダーソン Mganga Eddie Henderson (5,6,7) :Trumpet, Flugelhorn & Effects ジュリアン・プリースター Pepo Julian Priester (5,6,7) :Tenor & Bass Tromboneバスター・ウイリアムス Mchezaji Buster Williams (5,6,7) :Bass ポール・ジャクソン Paul Jackson (8,9) :Electric Bass ジェームス・レヴィ James Levi (8,9):Drums ケネス・ナッシュ Kenneth Nash (8,9):Percussion レイ・パーカー・ジュニア Ray Parker, Jr. (8,9) :Guitar ワウ・ワウ・ワトソン Wah Wah Watson (8,9) :Guitar, Maestro Universal Synthesizer System, Maestro Sample & Hold, Voice Bag.[収録曲]1.Piano Introduction ピアノ・イントロダクション2.Maiden Voyage 処女航海3.Nefertiti ネフェルティティ4.Introduction Of Players / Eye Of The Hurricane イントロダクション / アイ・オブ・ザ・ハリケーン5.Toys トーイズ 6.Introductions イントロダクションズ7.You'll Know When You Get There ユール・ノウ・ホエン・ユー・ゲット・ゼア8.Hang Up Your Hang Ups ハング・アップ・ユア・ハング・アップス9.Spider スパイダー----------「V.S.O.P.」とはブランデーのことではありません、アルバム・タイトルのことです。これは、1976年に行われたニューポート・ジャズ・フェスティヴァルにおいてのハービー・ハンコックのパフォーマンス、「ハービー・ハンコックの追想」を「V.S.O.P.」と題したイヴェント企画で行われた、ハービー・ハンコックの1960年代以降のキャリアを一夜で再現しようという内容の演奏を収めたライヴ盤です。リリース当時はレコード2枚組で、レコード1のA面に(1)、(2)、(3)、B面に(4)、レコード2のA面に(5)、(6)、(7)、B面に(8)、(9)が収められていました。新主流派的モダン・ジャズから、当時の最先端のクロスオーヴァー・フュージョン・ジャズまでを、3つの異なるバンド・セットによってパノラマ式に展開したもので、ジャズ史においても伝説的なアルバムと言えるでしょう。そして、これは、一時期センセイションを巻き起こした「V.S.O.P.クインテット」を生み出す発端となったものです。当初の予定では、このライヴの最初のセット(1~4曲目)は、マイルス・デイヴィスも参加して、かつてのマイルス・デイヴィス・クインテットの完全再現になるはずでしたが、結局マイルスは活動休止中のため不参加で、フレディ・ハバードが代わりを務めました。当時はクロスオーヴァー(フュージョン)全盛期で、ハンコック自身はもちろんのこと、他のメンバーもエレクトリックを全面的に導入した音楽をやっていた時だったので、この、かつてのマイルス・デイヴィス・クインテットを思わせるモダン・ジャズの再現企画は実に新鮮であり、しかもその頃はクインテット全員が各々バンドを率いるジャズ・ジャイアンツとなっていたので、壮観なほどのオールスター・セッションとなりました。その強烈なインパクトのおかげで、このクインテットは大きな反響を呼び支持を受けたため、一回限りで終わるはずのものが数年活動することになりました。もともと「V.S.O.P.」とは「Very Special Onetime Performance(ヴェリー・スペシャル・ワンタイム・パフォーマンス)」のことなのですから。これにより、ハンコックはエレクトリック・ジャズ路線と、“V.S.O.P.クインテット”によるモダン・ジャズ路線を平行して行うことになります。ハービー・ハンコックは、1979年に、田園コロシアムで行われた「ライブ・アンダー・ザ・スカイ’79」で、“V.S.O.P.クインテット”として来日公演を行いました。【ジャズ】人気blogランキングへ
April 13, 2007
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アメリカのジャズ・ピアニスト、及び作曲家。●ハービー・ハンコック(Herbie Hancock)Herbert Jeffrey Hancock1940年4月12日、アメリカ、イリノイ州シカゴ生まれ。67歳。----------7歳でピアノを初め、11歳で地元の交響楽団と共演するという天才少年でした。高校時代にジャズを演奏し始め、オスカー・ピーターソンやビル・エヴァンスに影響を受けたと言います。グリネル大学では音楽と電気技師を専攻、音楽と電子工学の両分野で博士号を取得しています。プロとしてのスタートは1960年、20歳のときドナルド・バード クインテットに参加したことからです。1962年5月、22歳で初リーダー・アルバム『テイキン・オフ(Takin' Off )』をブルーノートからリリース。 その中に収録された「ウォーターメロン・マン(Watermelon Man)」は大ヒットとなりました。翌年の1963年、マイルス・デイヴィスのグループに抜擢され、1968年頃まで在籍します。1965年にブルーノートからリリースされた自己のアルバム『処女航海(Maiden Voyage )』は、彼のモダン・ジャズの代表作になりました。その後もマイルス・デイヴィスのセッションに随時参加し、マイルスのいくつかのアルバムにその足跡を残しています。1973年に自己のバンド、“ヘッド・ハンターズ”を結成し、エレクトリック・ジャズのジャズ・ファンクの分野を開拓しました。1973年リリースのアルバム『ヘッド・ハンターズ(Head Hunters) 』の中の「カメレオン(Chameleon)」が有名曲になりました。その後も、エレクトリック・ジャズ路線の活動をする一方で、1976年に、元マイルス・グループの黄金のクインテットと称されたときのメンバーを集めて、モダン・ジャズのグループ、“VSOPクインテット”を結成し、オーソドックスでアコースティックなモダン・ジャズの分野の活動も行います。その後、エレクトリックとアコースティックの両分野のジャズでの音楽活動は多岐に渡り、ソロ、トリオ活動、スタンダード・ナンバーへの取り組み、ヒップ・ホップの導入など、幅広い分野での活動を継続しています。ハービー・ハンコックはジャズ界の帝王、「マイルス門下」から出た、多くの「チルドレン・オブ・マイルス」の中の優等生であり、「フューチャー・ミュージック」と「メインストリーム・ジャズ」の両方の分野で、新しい音楽を作り出していきました。彼の音楽はジャズというカテゴリーを逸脱し、ジャズとエレクトリックの融合を行い、ジャズとファンク、ソウルなどの狭間を埋めるミュージシャンとして音楽シーンにおいて重要な存在となりました。ハービー・ハンコックは1960年代のマイルス・デイヴィス・クインテットを支えたピアニストとして有名ですが、1970年代以降の彼の音楽活動の範囲は実に広く、どんどん自らのジャズの分野を大きく広げていきました。そういうところを、ある意味で「ジャズ・ファンの期待を裏切りつつ進化していった」という言われ方をすることもありますが、マイルス同様に「ジャズ」というワクを広げたということでは、大いに賞賛されるべきものであると思います。----------●ディスコグラフィー(リーダー・アルバム)Takin' Off (1962) - Blue Note Inventions And Dimensions (1963) - Blue Note My Point Of View (1963) - Blue Note Empyrean Isles (1964) - Blue Note Maiden Voyage (1965) - Blue Note Blow Up (1966) - MGM Speak Like A Child (1968) - Blue Note The Prisoner (1969) - Blue Note Fat Albert Rotunda (1969) - Warner Brothers Mwandishi (1970) - Warner Brothers Crossings (1971) - Warner Brothers Sextant (1972) - Columbia Head Hunters (1974) - Columbia Thrust (1974) - Columbia Death Wish (Soundtrack) (1974) - Columbia Dedication (1974) - Columbia Man-Child (1975) - Columbia Flood (1975) - Columbia Secrets (1976) - Columbia VSOP (1976) - Columbia VSOP: The Quintet (1977) - Columbia VSOP: Tempest At The Colosseum (1977) - Columbia Sunlight (1978) - Columbia Direct Step (1978) - Columbia The Piano (1979) Columbia An Evening With Herbie Hancock & Chick Corea: In Concert (1978) Columbia Feets, Don't Fail Me Now (1979) - Columbia VSOP: Live Under The Sky (1979) - Columbia Monster (1980) - Columbia Mr. Hands (1980) - Columbia Herbie Hancock Trio (1981) - Columbia Magic Windows (1981) - Columbia Lite Me Up (1982) - Columbia Quartet (1982) - Columbia Future Shock (1983) - Columbia Sound-System (1984) - Columbia Perfect Machine (1988) - Columbia A Tribute To Miles Davis (1994) - Qwest/Warner Brothers Dis Is Da Drum (1994) - Verve/Mercury The New Standard (1996) - Verve 1 & 1 (with Wayne Shorter) (1997) - Verve Gershwin's World (1998) - Verve Future 2 Future (2001) - Transparent Directions In Music: Live at Massey Hall (2002) - Verve Jazz Masters: Herbie Hancock (2004) - Digital Musicworks International Possibilities (2005) - Concord/Hear Music 【ジャズ】人気blogランキングへ
April 12, 2007
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ガッド・アバウト / スティーヴ・ガッドGadd About / Steve Gadd録音日:1984年7月録音場所:アメリカ、ニューヨークレーベル:King Record発売日:1984年12月[パーソネル]スティーヴ・ガッド(ds,vo-1)リチャード・ティー(electric piano,acoustic piano, DX-7) ジェフ・ミロノフ(electric guitar)ニール・ジェイソン(electric bass)ジョージ・ヤング(ts,ss)ルー・ソロフ(tp)他[収録曲]1.Gadd About ガッド・アバウト2.My Little Brother マイ・リトル・ブラザー3.Montauk Moon モントーク・ムーン4.The Duke ザ・デューク5.Lucky 13 ラッキー136.Leavin' Tomorrow リーヴィング・トゥモロウ----------ドラマー、スティーヴ・ガッドの、1984年の初リーダー・アルバムです。このスティーヴ・ガッドのアルバムは、彼にとって初のソロ・アルバムであり、日本のレコード会社にて作られ、当時は日本のみで発売されました。ガッド名義のソロ・アルバムは、この1枚だけです。ガッドのリーダー・アルバムとしては、ドラムは随分控え目のものですが、全曲デイヴィッド・マシューズ、またはリチャード・ティーとの共作のオリジナルになっています。【ジャズ】人気blogランキングへ
April 11, 2007
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マンハッタン・ジャズ・クインテット / マンハッタン・ジャズ・クインテットManhattan Jazz Quintet / Manhattan Jazz Quintet録音日:1984年7月11日録音場所:アメリカ、ニューヨークレーベル:Paddle Wheel / King Record発売日:1984年10月21日[パーソネル]ルー・ソロフ(tp)ジョージ・ヤング(ts)デヴィッド・マシューズ(p)チャーネット・モフェット(b)スティーヴ・ガッド(ds)[収録曲]1.Summertime サマータイム2.Rosario ロザリオ3.Milestones マイルストーンズ4.My Favorite Things マイ・フェイバリット・シングス5.Airegin エアジン6.Summer Waltz サマー・ワルツ----------日本で企画されたジャズ・コンボ、マンハッタン・ジャズ・クインテットの、1984年のデビュー・アルバムです。1950年代から1960年代のオーソドックスな4ビート・ジャズをコンセプトに、日本で人気の高いスタンダード・ナンバーを多く取り上げたスタイルで人気がでました。フュージョン・サウンド・スタイルの流行が続いていた、当時のジャズ・シーンに、このグループのサウンドは新鮮に響いたものでした。フュージョン・フィールドで活躍していたスティーヴ・ガッドの新しい感覚のドラミングが冴え渡り、4(フォー)ビートは古いといったイメージを変えたことでは、その後のジャズの音作りにも大きな影響を与えたと言えるでしょう。有名スタンダード・ナンバーの中にまじって、オリジナル・ナンバーも2曲含まれています(2、6曲目)。渋いサウンドで魅力的に演奏される日本で人気の高いスタンダード・ナンバーの1曲目、アップテンポでダイナミックなメロディーとドラム・ソロに焦点を当てたオリジナルの2曲目、マイルス・デイヴィスのモードの有名曲を洗練したスタイルで演奏している3曲目、普通はジャズ・ワルツで演奏されることの多いこの曲を、四拍子の4(フォー)ビート・アレンジにした人気スタンダード・ナンバーの4曲目、アップ・テンポながらメロディアスにせまるアドリブが流麗な5曲目、優雅なワルツのリズムに乗せて明るく展開するオリジナルの6曲目。こういうものが、誰もがジャズのサウンドを楽しめる内容のものであると言えるでしょう。【ジャズ】人気blogランキングへ
April 10, 2007
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フュージョン及びジャズ・ドラマー、セッション・ドラマー、スタジオ・ミュージシャン。●スティーヴ・ガッド、ステーブ・ガッド(Steve Gadd)1945年4月9日、アメリカ、ニューヨーク州ロチェスター生まれ。62歳。1970年代後半、「フュージョン」という音楽スタイルの隆盛と共に頭角を現したスティーヴ・ガッドは、その発展を担ってきた重要なドラマーの一人です。1945年、ニューヨーク州ロチェスターで生まれたスティーヴ・ガッドは、ドラマーであった叔父の影響で幼いころからドラムに親しみ、音楽大学で打楽器を専攻。20代半ばからプロのセッション・ドラマーとしての活動を始めました。現在までに共演したミュージシャンは数知れず、主なところではチック・コリア、グローヴァー・ワシントン・ジュニア、ジョージ・ベンソン、アル・ジャロウ、デヴィッド・サンボーン、スティーリー・ダン、アル・ディメオラ、ポール・サイモン、マンハッタン・トランスファー、渡辺貞夫など、挙げればきりがないくらいです。その一方で、「スタッフ」、「マンハッタン・ジャズ・クインテット」、自身が率いる「ガッド・ギャング」といったグループ活動も行っています。1970年代後半、ニューヨークのセッション・ミュージシャン集団「スタッフ」のドラマーとして注目され、ジャズ、ロック、フュージョンなどさまざまなフィールドで活躍する現代最高のセッション・ドラマーとして、絶大な人気を集めました。「スタッフ」解散後は「スタッフ」の中心メンバーであったコーネル・デュプリー、リチャード・ティーらを率いて、自身のバンド「ガッド・ギャング」を結成し、1984年にはリーダー・アルバム『ガッド・アバウト』を発表。また、エリック・クラプトンのバックなどでも注目されています。フュージョンではない正統派ジャズの活動としてよく知られているものに、1975年4月録音のジム・ホールのアルバム『アランフェス協奏曲』や、1984年からピアニスト、アレンジャーのデヴィッド・マシューズ率いる『マンハッタン・ジャズ・クインテット』に、ベースがチャーネット・モフェットの結成時の第1期と、ベースがエディ・ゴメスになった第2期のドラマーとして1990年代初めまで参加しています。ジャズ、フュージョン系をメインとしますが、ポール・サイモン、エリック・クラプトンのツアーに参加するなど、ジャンルを問わず多くのミュージシャンのレコーディングやライブ、ツアーに参加しています。[参加セッション・ミュージシャン]アレサ・フランクリン アル・ジャロウ エリック・クラプトン グローヴァー・ワシントン・ジュニア サイモン&ガーファンクルジム・ホール ジェームス・テイラー ジェームス・ブラウン ジョージ・ベンソン スタンリー・クラーク スティーヴィー・ワンダー スティーリー・ダン デイヴィッド・サンボーン ビージーズ ピーター・ガブリエル B.B.キング フランク・シナトラ ボブ・ジェームス ポール・マッカートニー マンハッタン・トランスファー ミシェル・ペトルチアーニ リッキー・リー・ジョーンズ チック・コリア 渡辺貞夫 矢野顕子 角松敏生 ほか[参加バンド]■スタッフ(Stuff) スティーヴ・ガッド(ドラムス)クリス・パーカー(ドラムス)エリック・ゲイル(ギター)コーネル・デュプリー(ギター)ゴードン・エドワーズ(ベース)リチャード・ティー(キーボード) ■ザ・ガッド・ギャング(The Gadd Gang)スティーヴ・ガッド(ドラムス)コーネル・デュプリー(ギター)エディ・ゴメス(ベース)リチャード・ティー(キーボード)■マンハッタン・ジャズ・クインテット(Manhattan Jazz Quintet)スティーヴ・ガッド(ドラムス)デヴィッド・マシューズ(ピアノ)ルー・ソロフ(トランペット)ジョージ・ヤング(テナー・サックス)チャーネット・モフェット(ベース)(第1期)エディ・ゴメス(ベース)(第2期)■ステップス(ステップス・アヘッド)(Steps(Steps Ahead))スティーヴ・ガッド(ドラムス)マイク・マイニエリ(ヴィブラフォン)マイケル・ブレッカー(テナー・サックス)ドン・グロルニック(ピアノ)エディ・ゴメス(ベース)【ジャズ】人気blogランキングへ
April 9, 2007
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Billie And Lester / Billie Holiday And Lester YoungJazz Storyビリーとレスター / ジャズ・ストーリー発売日:1999年4月21日レーベル:ソニー・ミュージックエンタテインメント1.The Man I Love あたしの彼氏 2.This Year’s Kisses 今年のキッス 3.I Must Have That Man あの人でなけりゃ 4.Sun Showers 通り雨 5.Foolin’ Myself ばかなあたし 6.Easy Living 気ままな暮らし 7.A Sailboat In The Moonlight 月夜の小舟 8.I’ll Never Be The Same あたし変わるの 9.Trav’lin All Alone ひとり旅 10.When You’re Smiling あなたが微笑んだら 11.My First Impression Of You あなたの第一印象 12.If Dreams Come True 夢がかなうなら 13.I Can’t Believe That You’re In Love With Me 愛のため息 14.You’re Lucky Guy あなたは幸せ者 15.Night And Day 夜も昼も 16.All Of Me あたしのすべて ----------ビリー・ホリデイとレスター・ヤングの共演作品を集めたものです。ビリーの若かりし頃の、まだまだやわらかな歌声と、それにからむレスターの、またやわらかなサックスの音色が、たまらなくセクシーです。1930年代、まわりはスウィング・ジャズ一色の中で、この二人の音は異色とも言うべき実にモダンな響きを持っていました。たがいに認め合っていた似たもの同士のスタイルは、それまでのルイ・アームストロングの流れを汲むジャズとは違う、モダン・ジャズの扉をひらく新しいものでした。今振り返ると、1950年代に流行したクール・ジャズは、すでに、この時の二人のスタイルそのものだったと言えるでしょう。
April 8, 2007
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ビリー・ホリデイは、アメリカの黒人女性ジャズ・シンガー。彼女は「ジャズ史上最高のシンガー」と言われています。●ビリー・ホリデイ(Billie Holiday)本名:エリノラ・フェーガン(Eleanora Fagan)。愛称:レディ・デイ。1915年4月7日、アメリカ、メリーランド州ボルティモア生まれ(出生時データは諸説あり)。1959年7月17日、ニューヨークで死去。44歳。----------ビリー・ホリデイは「最高のジャズ・シンガー」と呼ばれ、唯一無二の存在であるということに、だれも異論を唱えることはないでしょう。しかし、彼女はあまりにもジャズの負のイメージを背負ってしまったところがあります。かすれた声で切々と歌う彼女のあまりにも鬼気迫るリアリティーさが、彼女の不幸な境遇や生き様と重なり、必要以上にジャズの暗く悲しく苦しい部分だけを浮き彫りにしてしまっているように思います。ビリー・ホリデイは、1915年4月7日、アメリカ、メリーゴーランド州ボルティモアで、父親クラレンス・ホリデイが15歳、母親サディ・フェーガンが13歳のとき、私生児として生まれました。父親のクラレンスは、のちにプロのギタリストになりますが、15歳の彼には一家を背負えるはずもなく、家庭をかえりみることもありませんでした。ビリーは、6歳のころからメイドのアルバイトをして、なんとか飢えをしのいでいました。そのころ、仕事先のラジオから流れてくるブルースやジャズのサウンドに心を奪われるようになっていたと言います。ビリーは10歳のときに強姦され、そのとき彼女は被害者であるにもかかわらず、人種差別による偏見のため不良少女として扱われ、感化院(*1)に送られてしまいます。そのうち、売春宿で働くようになり、 そのころ、夢中で聴いていたベッシー・スミス(*2)やルイ・アームストロングの音楽が、彼女に大きな影響を与えたと言っています。14歳のとき、売春の罪で投獄されます。彼女はそれまでの不幸を振り切るようにニューヨークに出て行きますが、そこでも家賃滞納で追い出され、途方に暮れてしまいます。そこで、ハーレムのあるナイトクラブで仕事を懇願し、その場で歌った彼女の歌が多くの人の心をひきつけ、1930年、15歳のシンガー、ビリー・ホリデイが誕生します。「ビリー・ホリデイ」というステージ・ネームは、父親の苗字の「ホリデイ」と、彼女が幼いころから好きだった映画女優のビリー・ダヴから「ビリー」という名前をとってつけられたと言います。初めてステージで歌ったときから、彼女はチップをもらうにも、それなりの品格をもっていたので、周りの人たちはビリーのことを「レディ」と呼ぶようになりました。1933年、ナイトクラブで歌っていたビリー・ホリデイにレコード・プロデューサーのジョン・ハモンドが注目し、自らがプロデュースしていたベニー・グッドマン楽団と彼女を共演させ、そこでは初めてレコーディングもしますが、評判はあまり思わしくなく、泣かず飛ばずの状態が続きます。しかしそれから2年ほど経って、ようやく出すレコードも売れるようになり、人気ジャズ楽団との共演が実現できるようになり、彼女の人気は高まっていきました。1937年にカウント・ベイシー楽団、1938年にアーティー・ショー楽団と共演しています。そのころ出会った、カウント・ベイシー楽団のテナー・サックス奏者のレスター・ヤングから大きな影響を受けます。レスター・ヤングはビリーにとって最高の友人でした。 レスターのオブリガートはビリーのムードと完全にマッチし、二人で一緒に製作したレコードは、ビリーのレコードの中でも素晴らしいものと言われています。レスターはビリーを、それまでの愛称の「レディ」に「ホリデイ」の「デイ」をつけて「レディ・デイ」と呼び、ビリーのほうはレスターのことを「プレス」と呼びました。これは、ビリーはいつもレスターのことを最高の人だと思っていたので、アメリカで最高の男と言われていた「大統領(プレジデント)のルーズベルト」にちなんで、「プレジデント」と呼んでいたのが縮まって「プレス」になったと言います。この時期、ビリーこそは最高の歌手であったに間違いなかったのですが、人種問題が多かったころということと、そのうえ彼女の歌い方は個性的すぎて一般大衆受けのするものではなく、うまく事は運ばなかったようです。しかし、ミルト・ゲイブラーによって設立された「コモドア・レーベル」に1939年に吹きこんだ『奇妙な果実 (Strange Fruit)』という人種問題を歌った内容の曲が思いもかけずにヒットし、ビリーは一気に有名になります。この曲は、強烈な歌詞のため、メジャー・レーベルからは当時発売出来なかったものだったので、メディアが取り上げ、社会的な問題作になりました。1941年にコロンビアに録音された『ゴッド・ブレス・ザ・チャイルド (God Bless' The Child)』も、この時期の代表曲と言えます。そして、ビリーは「モダン・ジャズ・ヴォーカルの元祖」と呼ばれるようになり、そのころのビリーのステージをエラ・フィッツジェラルド、サラ・ヴォーン、カーメン・マクレイといった、その後のジャズ・ボーカルの大御所もビリー・ホリデイのステージを一生懸命見ていたのでした。ジャニス・ジョップリンも、ビリー・ホリデイに影響を受けたというシンガーの一人です。しかし、1940年代に入るとビリーは麻薬にむしばまれ、1950年代には名声を得たのと比例するようにトラブルも増えていきます。1944年から55年の「デッカ」時代はレコーディングの環境にあまり恵まれないときではありましたが、『ラヴァー・マン (Lover Man)』『ドント・エクスプレイン (Don't Explain)』『グッド・モーニング・ハートエイク (Good Morning Heartache)』などのヒット曲が生まれました。1950年代に入るとノーマン・グランツのプロデュースによって「クレフ」(のちにヴァーブの一部になったグランツのレーベル)にさまざまな作品を発表しますが、彼女の体は麻薬によりむしばまれていき、声の衰えはひどくなり、かすれた声は老婆の囁きのようになってしまいました。「ヴァーヴ(クレフ)における彼女は、往年の輝きを失っている」という一般的評価は、声の状態だけを取れば事実かもしれませんが、そんなことは問題にならないほどの「深さ」を感じさせられます。1958年に久し振りに「コロンビア」に残したアルバム『レディ・イン・サテン』は、衰えた声で歌うにもかかわらず、鬼気迫るビリーの歌声が聴く者に歌の本質を考えさせる名唱と言われるものになりました。1959年3月4日と11日に、レイ・エリス楽団をバックに最後のアルバム『ビリー・ホリデイ・ラスト・レコーディング』の録音をしました。このあとすぐに意識不明になり、7月17日にニューヨークのメトロポリタン病院で44歳の若さで亡くなります。それは、レスター・ヤングが1959年3月15日に49歳で亡くなり、ビリーも、まるでレスターのあとを追うかのように、この世を去ったのでした。----------彼女は悲劇的すぎる人生の中でも、決して歌うことをやめませんでした。40歳を過ぎたころから晩年は非常にしゃがれた声になり音域も極端に狭いのですが、それでもなお、おどろくほど感情豊かな歌声で、聴く者を虜にしてしまいます。彼女の歌を聴いていると、うわべだけのテクニックを追い求めた空虚な音とは全く違うものであるということを、まざまざと感じさせられ、彼女の歌い方をまねしようということは無意味であるということを思い知らされるほどの個性的なものと言えます。ですから、彼女にまつわる悲劇はとりあえず忘れて、彼女の歌に耳を傾けてみましょう。そうすれば彼女のなんとも言えない魅力を感じ取ることができることでしょう。ビリーはステージに立つとき、髪に白いくちなしの花をつけ、いつしかそれは彼女のトレードマークになりました。くちなしの花言葉は「私はしあわせ」ということです。ビリーはいつも「私はしあわせよ」と思って歌い続けていたのでしょうか?それとも歌っているときが「私はしあわせよ」ということを意味していたのでしょうか?私は、ビリー・ホリデイの歌には、彼女の絶望的な人生ばかりではなく、彼女が見ていたであろう「希望」が歌われているのだと思います。そして、ビリー・ホリデイは、神が使わせた「シンガー」であるとしか言いようがありません。「何も考える必要はない。ただ感じ取ってそれを率直に歌うだけ」「私が歌うものが何であれ、それは私の人生の一部なの」「“愛してる”なんて言われると不安になる。ただ、雨の中を一緒に歩いてくれるだけでいいの」・・・ビリー・ホリデイ----------【参考】●(*1) 感化院(かんかいん)とは、教護院(きようごいん)の旧称。不良行為をし、またはする恐れのある児童を入院させてこれを教護することを目的とする児童福祉施設。●(*2) ベッシー・スミスとは、少女時代のビリー・ホリデイはベッシー・スミスがアイドルで、彼女の歌に影響を受けたと言います。ビリーは幼い頃、売春宿にあった蓄音機で、ベッシーのレコードを聴きたいばかりに、タダ働きをしていたという逸話があるほどです。したがって、ビリーはベッシー・スミスのブルースを受け継いだ歌手だと言われていますが、ビリーは「ベッシーはブルース・シンガー、私はブルースのスピリッツ(精神)を持ったジャズ・シンガー」と言っています。ビリーの歌にはブルースの精神が受け継がれていますが、ビリーのものは全く独自のものであり、誰かの模倣、物まね、影響といったものは全く感じられません。そしてそれは、ブルースの枠には収まらない、ビリーそのものであると言えるものでしょう。●Bessie Smith ベッシー・スミスビリー・ホリデイ、ダイナ・ワシントン、マヘリア・ジャクソンらが影響を受け、その後の黒人女性シンガーのルーツとなったブルースの女王。「ブルースの女帝」と呼ばれています。ベッシー・スミスは1894年、テネシー州チャタヌガに生まれます。9歳で初舞台を踏んだ彼女は、その後ニューヨーク、メンフィス、シカゴなどの劇場で歌うようになります。初期こそボードヴィル調のナンバーを披露していましたが、徐々にブルースへ移行していきます。そして、後にブルースのスタンダードとなる「Nobody Knows You When You're Down And Out」、「'Tain't Nobody's Bizness If I Do」などのヒットで、1920年代は人気実力共にブルースの世界に君臨します。しかし、1930年代の大不況後は人気が衰え、彼女の魅力的な容姿も晩年は酒浸りで肥満してしまい、1937年に自動車事故で悲劇的な死を遂げました。もし彼女がいなかったら、ブルースの歴史も変わっていたかもしれないと言われ、その素晴らしさは、後世のシンガーに大きな影響を与え続けています。
April 7, 2007
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ニーナ・フリーロン / ニーナ・フリーロンNnenna Freelon / Nnenna Freelon発売日:1992年6月30日(アメリカ)1992年9月1日(日本盤)レーベル:Sony 1.Stella by Starlight ステラ・バイ・スターライト 2.Close Your Eyes クローズ・ユア・アイズ 3.This Little Light ジス・リトル・ライト 4.Angel Eyes エンジェル・アイズ 5.Skylark スカイラーク 6.Future News Blues フューチャー・ニュー・ブルース 7.Yesterdays イエスタデイズ 8.Island アイランド 9.I Fall in Love Too Easily アイ・フォール・イン・ラブ・トゥー・イージリー 10.Changed チェンジド 11.Black Butterfly ブラック・バタフライ ----------「女性ジャズ・ヴォーカルの新星ついに現る。歴史の扉がまた一つ開かれる・・・。」というキャッチ・コピーで売り出された、ニーナ・フリーロンの1992年のデビュー・アルバムです。このデビュー・アルバムがいきなりグラミー賞にノミネートされ、ジャズ・ヴォーカル・ファンの間では話題沸騰になった、素晴らしいシンガーですが、何故か、日本では今なお、あまり人気が出ないようです。しかし、ジャズ・ピアニストの小曽根真氏も彼女のファンだと言っていることでもわかるように、彼女の、才能、実力は並大抵の物ではありません。ニーナ・フローリンはアメリカ、ミシシッピー州出身。病院で働きながら歌を歌っていましたが、ジャズ・トランペットの第一人者のウイントン・マルサリスのお父さんである、ピアニストのエリス・マルサリスとの共演をきっかけに、才能を見い出され、コロンビアからデビューしました。当時はサラ・ヴォーンの猿真似と評されるほどサラ・ヴォーンに匹敵する高い歌唱力で、2枚目からは単なるトラディショナルに固執しないソウルフルなスタイルで驚異的な成長を見せ、アメリカでは非常に高い評価を受けている、私の大好きなシンガーです。しかし、このアルバムはすでに廃盤状態で、幻と化しつつあります。
April 6, 2007
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ミシェル・コロンビエ / ミシェル・コロンビエMichel Colombier / Michel Colombier音楽ジャンルの境界を撤廃するフリージャンルの作曲家オリジナル盤発売日:1979年(アメリカ)レーベル:Chrysalis(クリサリス) 1.Sunday サンディ 2.Take Me Down テイク・ミー・ダウン 3.Dreamland ドリーム・ランド 4.Queens Road クィーンズ・ロード 5.Overture オーヴァーチュア6.Bird Song バード・ソング 7.Layas ラヤス 8.Do It ドゥ・イット 9.Spring スプリング 10.Dancing Bull ダンソング・ブル 11.Autumn Land オータム・ランド Michel ColombierMichael BoddickerMichael BreckerLarry CarltonPeter Erskine Steve GaddHerbie HancockJerry KnightAirto MoreiraRay Parker, Jr.Jaco PastoriusLee RitenourTom Scott ----------アメリカ、ロサンゼルスに住むフランス人作曲家、ピアニストのミシェル・コロンビエが、ジャズ・フュージョン界きってのトップ・ミュージシャンをゲストに迎えてレコーディングし、1979年に、クリサリスよりリリースされたアルバムですが、現在は廃盤になってしまった、夢のフュージョン・オールスターの名演奏が聴ける、幻の名盤です。1999年に、ミシェル・コロンビエは、このアルバムのことについて、次のように語っています「我々のレコーディングのキャスティングはあっという間に形が整いました。ラリー・カールトンは、私の作品のために素晴らしいドラマー、スティーヴ・ガットを連れてきて、また、自らギターを弾いてくれました。全く面識のなかったジャコ・パストリアスも、我々のセッションに参加することを即座に引き受けてくれました。後で彼が言うには“君の電話の声が、僕の最初の音楽の先生の声とそっくりでね。その人もフランス人だった。これは運命に違いないって思ったんだ!”と。それから、ハービー・ハンコックやウェザー・リポートのドラマーのピーター・アースキンといった友達にも参加してもらいました。今日このレコードを目の前にすると、まるで当時の音楽業界の紳士録でも眺めているような気分になりますね。このアルバムは音楽スタイルという観点で見ると、私が出したインスト・アルバムの最初の2枚の延長線上にあると言えます。『Capot Pointu』と、特に『Wings』は、ジャズやポップのようなモダンなリズムとクラシカルな楽曲の合体を試みたものです。たとえば「Spring」と題された曲のテーマ部で共存する、場末でブルージーなスピリットと、ロンドン・シンフォニーオーケストラが象徴する一種の清らかさは、自分でも気に入っています。このような予想もしなかったようなミクスチャー、伝統に逆らうかのような組み合わせというものに、私は常に夢中でした。元来ぶつかり合うことなどありえない二つの世界の出会いをお膳立てするのが好きでした。これは、部分的に父親のせいだと言えるでしょう。父にとって「本物の音楽=クラシックの楽曲」と、父が見下していた「それ以外の音楽」の間には、はっきりとした鉄のカーテンが存在していました。私は、それとは逆に、自分を感動させ血となり肉となってくれた音楽すべての間に橋をかけ、それらを融合しようと、常に試みてきました。1979年にはレコードのプロモーションとして沢山のコンサートを、ニューヨークとロサンゼルスで上演しました。ロンドン・シンフォニー抜きでしたが、アルバムに参加してくれた仲間たちと一緒に。一つ残念だったのは、これがロックのレーベルからリリースされたという点です。それは、このアルバムにとってセールス的に不利なことだったと思います。それと同時に、この作品はジャンルでくくったり、狙ったりするのが難しいアルバムだとも思います。私自身ジャズの人ではないし、そうかといってロックの人でも、クラシックの人でもない。ちょっとづつ全部の人なのです。音楽スタイルの境界を撤廃しようとする、理想主義者の作曲家なのかもしれません。ですから、私は今までに一度もレッテルを貼られたことなど無いですし、何か一つの音楽ジャンルに結びつけられて語られたこともありません。そしてこのアルバムは、制作から20年たった現在でも変わらず、それと全く同様の位置付けで認識されているのです。」当時レコードでよく聴いていたアルバムですが、廃盤のCDをやっと手に入れて感激です。ミシェル・コロンビエの素晴らしい楽曲、ジャコ、マイケル・ブレッカー、ハービー・ハンコックたちの心にしみる演奏が聴けます。
April 5, 2007
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バップ・フォー・マイルス / マーク・マーフィー Bop For Miles / Mark Murphyオリジナル盤発売日:2004年レーベル:High Note 1.All Blues2.Summertime3.Autumn Leaves4.Bye Bye Blackbird5.On Green Dolphin Street6.My Ship7.Farmer's Market8.Goodbye Pork Pie Hat9.Parker's Mood10.Milestones11.Miles[Personnel Tracks 1-10]Mark Murphy (vo)Allan Praskin (sax)Peter Mihelch (p)Achim Tang (b)Vito Lesczak (ds)[Personnel Tracks 11]Mark Murphy (vo)Peter Mihelch (p)----------とにかく歌のうまさでは天下一品のマーク・マーフィーが、敬愛するマイルス・デイヴィスに捧げたアルバムで、2004年にリリースされました。マイルス・デイヴィスが名演を残している作品を取り上げて、見事なスキャット・インプロヴィゼイションを繰り広げるマニア好みの作品です。日本盤は出ていません。1曲目から10曲目は、1990年3月10日に行われた、オーストリアのウィーンでのライヴ・レコーディングのものです。ほとんどがマイルスの愛想曲で1曲の巨大なメドレーという形になっています。11曲目、アルバムの最後のトラック「マイルス」は、マーフィーによって書かれて、1999年にスタジオでレコーディングされたものです。そして、最初の録音から14年が経った2004年に、やっと世に出たのでした。*****●マーク・マーフィー(Mark Murphy)マーク・マーフィーは1932年、3月14日、ニューヨーク州シラキュースに近いフルトンという町に生まれました。両親とも歌手で、少年時代は兄のバンドでピアニスト兼歌手を務めた後に、本格的に彼の歌手生活を開始するためにカナダにも行きますが、成功せずに帰国します。1954年からニューヨークでテレビなどの俳優もしましたが、サミー・デイヴィス・ジュニアが彼を見出し、1956年からデッカとキャピトルで4枚のアルバムをリリースするものの、さしたる反響はありませんでした。その後、リバーサイドに移籍し1961年に『ラー(Rah)』、1962年に『ザッツ・ハウ・アイ・ラヴ・ザ・ブルース(That’s How I Love The Blues)』の、2枚のアルバムを発表、これがダウンビートで高得点を与えられジャズ・ファンに認められるようになりました。この2枚は彼の代表作とされている名唱盤になっています。しかし、ジャズ・シンガーとして注目されてからも、一部の評論家やマニアは高く評価しているものの、一般的には、あまりにも過小評価され、アメリカ全体もジャズ不遇の時期を迎えたこともあり、一時期ヨーロッパで生活をしていたこともあります。そんなことからも、幻の歌手と言われたマーク・マーフィーです。マーク・マーフィーはどういうわけか、日本のジャズシーンにおいての知名度は低いものです。とにかく私もそれが疑問でしかたがありません。確かに、マーク・マーフィーはビッグ・バンドをバックに華麗に派手に歌うシンガーではなく、コンボをバックにクラブで歌う、いわゆる「四畳半的」シンガーですが、彼の歌のうまさ、表現の素晴らしさには、ただただ感嘆(かんたん)、感激するばかりです。しかし、どうも、一般のリスナーには彼の歌のうまさ自体すら理解できないもののようです。あるウェブ・サイトで、マーク・マーフィーのことを、「歌は特別うまいわけではない、ただのおっさん」と評しているものがあり、自分の耳のレベルが低いことに気付かないくせに偉そうにミュージシャンを評価するという、あまりにも愚かなリスナーが多すぎるのではないかと思ってしまいます。あのエラ・フィッツジェラルドは「彼は、私と同等の人」と賛辞し、「長年にわたって6回もグラミー賞候補にノミネートされたにもかかわらず、彼が主流音楽の中で、より広い観衆に受け入れられなかった理由は、ミステリーです。それでも、マーク・マーフィーは確実にヒップなままです。」と語っています。(「ヒップ(hip)」とは、俗語で、「最新情報に通じたイカす人物」を指して使う言葉。)また、クラブ・ジャズの新星トランペット奏者、ティル・ブレナーは、2000年代初め、70歳を迎えるマーク・マーフィーの人生そのものが歌として滲み出ているステージを観た後、涙が止まらなかったと言い、その後親交を深め、共演をしています。そして、マーク・マーフィーは、マイルスに通じる柔軟な感性を持っている人です。UFOとの共演や数々のクラブ・ジャズ曲を歌いクラブ系リスナーから絶大な人気を誇るようになり彼は、クラブ・ジャズ・ファンより再評価され、75歳の今もなお現役で活躍し続けるジャズ・シンガーです。
April 4, 2007
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トラヴェリング・マイルス / カサンドラ・ウィルソンTraveling Miles / Cassandra Wilsonオリジナル盤発売日:1999年3月23日レーベル:Blue Note[パーソネル]カサンドラ・ウィルソン(vo,produce)ロニー・プラキシコ(b)マーヴィン・スーウェル(g)ケヴィン・プレイト(g)エリック・ルイス(p)ミノ・シネル(perc)ゲスト:パット・メセニー(g)レジーナ・カーター(vln)ステファン・ハリス(vib)デイヴ・ホランド(b)スティヴ・コールマン(sax)アンジェリーク・キジョー(vo)オル・ダラ(cor)他 [収録曲]1.Run the Voodoo Down ラン・ザ・ヴードゥー・ダウン 2.Traveling Miles トラヴェリング・マイルス 3.Right Here, Right Now ライト・ヒア・ライト・ナウ 4.Time After Time タイム・アフター・タイム 5.When The Sun Goes Down ホエン・ザ・サン・ゴーズ・ダウン 6.Seven Steps セヴン・ステップス 7.Some Day My Prince Will Come いつか王子様が 8.Never Broken ネヴァー・ブロークン 9.Resurrection Blues (Tutu) レザレクション・ブルース 10.Sky And Sea (Blue In Green) スカイ・アンド・シー 11.Piper パイパー 12.Voodoo Reprise ヴードゥー・リプライズ13.Prancing プランシング(日本盤ボーナス・トラック)----------1996年の名作『ニュー・ムーン・ドーター』から3年ぶりの、1999年、カサンドラ・ウィルソンのアルバムです。マイルス・デイヴィスへのオマージュをテーマに、マイルスのさまざまな時期の代表曲や、カサンドラの作品をまじえて、マイルスへ、そしてさらにジャズへ捧げるアルバムとしています。なぜマイルスかということについてカサンドラは、子供のころ最初に聴いた人であり、空間の使い方や少ない音数での効果的な音の使い方とか、いろいろな面でずっと影響を受けた人であるからと説明しています。そして、このアルバムは、「トリビュート(捧げたもの、賛辞したもの)というよりは、オマージュ(敬意を表したもの)という感じよね。マイルスの哲学というか、精神をテーマにしたアルバムなのよ」。なお、マイルスは時代と共に常にスタイルを変えていった人ですが、どの時期のマイルスが一番好きかということについては、「とくに、ある時期ということはない。マイルスの常に前に進んで、常に音楽を変えていった様が好きなので。音楽というものは常に進化していくもの、それを体現していたマイルスが好きなのよ」。このアルバムに収められている作品は、マイルスのオリジナル曲でけではなく、歌詞のないものにはカサンドラが歌詞を付け、他人の曲ながら、マイルスが取り上げていた曲、そして、マイルスの世界をイメージしたカサンドラのオリジナル曲で構成されています。カサンドラは、このアルバムを、単なるマイルスに捧げるというだけではなく、同時にアフリカから脈々と続く先祖代々の人々へ、そしてジャズ全体へのトリビュートとして作ったのだと言います。「だからマイルスのレパートリー曲に、ただ歌詞をつけて歌っているだけではないのよ。生涯前進し、変化を怖れなかったマイルスのスピリットを心情とし、彼に捧げるオリジナル曲も4曲書き、彼へのオマージュにしているの」。マイルスの影響についてカサンドラは、「実は、私も気がついていなかったの。でもよく人からマイルスのトランペット・プレイと、私の歌い方の類似点を指摘される。音楽のうちにスペースを持たせようとする点、また、インプロヴァイザーとして音の選択のしかたに、確かに似ているところがある。そう思って振り返ってみると、私の一番古い記憶に、ミュージシャンだった父が持っていたマイルスの『スケッチ・オブ・スペイン』のレコード・ジャケットで遊んでいたことだった。マイルスはすごいわ。今という瞬間に生命を燃やす大切さを、音楽を通して教えてくれた。過去の音楽的業績に安住しないで、いつも前に進んでいく勇気も。いまだに『ビッチェズ・ブリュー』以降のエレクトリックなマイルスに批判の声があるようだけれど、もういいかげん理解してもいい頃なんじゃない?」。1曲目、ラン・ザ・ヴードゥー・ダウン。このアルバムの冒頭は問題作『ビッチェズ・ブリュー』の中から、「ラン・ザ・ヴォードゥー・ダウン」から始まります。2曲目、トラヴェリング・マイルス。4年前に、エレピで作ったというオリジナルです。3曲目、ライト・ヒア・ライト・ナウ。リハで遊んでいてできたというオリジナルです。4曲目、タイム・アフター・タイム。シンディ・ローパーの1984年のヒット曲のカヴァーで、マイルスのアルバム『ユア・アンダー・アレスト』に収録されたもの。この曲を取り上げたとき、マイルスは批判されましたが、死ぬまで演奏し続け、彼の墓石にこのメロディー・ラインが記されたように、マイルスにとっては特別な曲だったことでしょう。5曲目、ホエン・ザ・サン・ゴーズ・ダウン。ただギターを刻んでいてできたというオリジナルです。6曲目、セヴン・ステップスアルバム『セヴン・ステップス・トゥ・ヘヴン』の同名曲。歌詞はゴスペル的な趣を持たせたものをつけています。7曲目、いつか王子様が。同名のマイルスのアルバムに収録されている曲です。マイルスの愛奏曲。8曲目、ネヴァー・ブロークン原題は「ESP」で、同名のアルバムの収録されているものです。今回付けた歌詞の内容から、タイトルを変えました。9曲目、レザレクション・ブルース原題は「TUTU」で、同名のアルバムに収録されている曲です。10曲目、スカイ・アンド・シー。原題は「ブルー・イン・グリーン」で、マイルスのアルバム『カインド・オブ・ブルー』に収録されているものです。この曲はカサンドラのお気に入りで、自身のデビュー・アルバム『マイ・ポイント・オブ・ヴュー』で、すでに歌詞を付けて歌っていました。11曲目、パイパー。アルバム『スケッチ・オブ・スペイン』にトリビュートしたオリジナルです。12曲目、ヴードゥー・リプライズ。このアルバム1曲目に収録された曲の、アフリカ・ベナン出身の在仏モダン派、アンジェリーク・キジョーを迎えた別テイクです。カサンドラは「彼女が加わることによって、より本物感が出ると思った」と語っています。このアルバムは、パット・メセニーら有名ゲストも多いですが、カサンドラ自身のプロデュースによる彼女ならではの、リリカルなマイルス・サウンドが表現されています。
April 3, 2007
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フォアキャスト:トゥモロウ / ウェザー・リポートForecast : Tomorrow / Weather Report伝説のグループ、ウェザー・リポートの歴史をたどる究極のボックス・セット。4枚組(CD3枚+ライヴDVD1枚)。日本盤:SICP-1160~SICP-1163/アルバム/2006年10月18日/\8,400(税込)アメリカ盤:2006年9月19日発売レーベル:Sony(ソニー・ミュージックエンタテインメント)[パーソネル]Joe Zawinul ジョー・ザヴィヌル(keyboards)Wayne Shorter ウェイン・ショーター(ts,ss)Jaco Pastorius ジャコ・パストリアス(b)Peter Erskine ピーター・アースキン(ds)他[収録曲]ディスク:11.In A Silent Way イン・ア・サイレント・ウェイ2.Super Nova スーパー・ノヴァ3.Experience In E (Excerpt) イクスペリエンス・イン・E(抜粋)4.Milky Way ミルキー・ウェイ5.Tears ティアーズ6.Eurydice(Full Version) ユリディス(フル・ヴァージョン)7.Orange Lady オレンジ・レディ8.Unknown Soldier アンノウン・ソルジャー9.Directions (Take 1) ディレクションズ(テイク1)10.Surucucu スルクク11.Second Sunday In August セカンド・サンデイ・イン・オーガスト12.125th Street Congress 125丁目の出来事ディスク:21.Nubian Sundance ヌビアン・サンダンス2.Blackthorn Rose ブラックソーン・ローズ3.Badia バディアの楼閣4.Cannon Ball キャノン・ボール5.Black Market ブラック・マーケット6.Three Clowns スリー・クラウンズ7.Havona ハヴォナ8.Birdland バードランド9.Palladium パラディアム10.The Pursuit Of The Woman With The Feathered Hat 貴婦人の追跡11.The Orphan 親のない子12.Sightseeing サイトシーイング ディスク:31.Dream Clock ドリーム・クロック2.Three Views Of A Secret スリー・ビューズ・オブ・ア・シークレット3.Port Of Entry (Live) ポート・オブ・エントリー(ライヴ)4.Dara Factor Two ダラ・ファクター・トゥー5.Procession プロセッション6.Plaza Real プラザ・リアル7.The Well ザ・ウェル8.D-Flat Waltz D♭ワルツ9.Domino Theory ドミノ・セオリー10.Predator プレデター11.Face On The Barroom Floor フェイス・オン・ザ・バールーム・フロア12.Indiscretions インディスクレッションズ13.125th Street Congress (DJ Logic Remix) 125丁目の出来事(DJ・ロジック・リミックス)ディスク:4【DVD Performances】1.Black Market ブラック・マーケット2.Scarlet Woman スカーレット・ウーマン3.Young And Fine ヤング・アンド・ファイン4.The Pursuit Of The Woman With The Feathered Hat 貴婦人の追跡5.A Remark You Made お前のしるし6.River People リヴァー・ピープル7.Thanks For The Memories/Delores サンクス・フォー・ザ・メモリー/デロレル8.Portrait Of Tracy/Third Stone From The Sun トレイシーの肖像/サード・ストーン・フロム・ザ・サン9.Mr. Gone ミスター・ゴーン10.In A Silent Way イン・ア・サイレント・ウェイ11.Waterfall ウォーターフォール12.Teen Town ティーン・タウン13.I Got It Bad And That Ain't Good/The Midnight Sun Will Never Set On Youアイ・ガット・イット・バッド・アンド・ザット・エイント・グッド/ザ・ミッドナイト・サン・ウィル・ネヴァー・セット・オン・ユー14.Birdland バードランド15.Introductions イントロダクション16.Fred & Jack フレンド・アンド・ジャック17.Elegant People エレガント・ピープル18.Badia バディアの楼閣----------ファースト・レコーデイング・セッションから35年、そして解散から20年を記念して、ウェザー・リポート初のボックス・セットがリリースされました。3枚のCDと1枚のDVDで構成されています。まずCDには、1971年から1985年にコロンビア・レーベルに残されたアルバムから37曲が収録。その中でDisc1-9「ディレクションズ(テイク1)」はロングバージョン、Disc2-1「ヌビアン・サンダンス」はライヴ・ヴァージョンという、未発表の2テイクを収録しています。そしてDisc3-13「125丁目の出来事」は、DJ・ロジックによるニュー・リミックス・ヴァージョンになっています。そしてDVDは1978年9月28日、ドイツでのライヴを収録したものです。キーボード=ジョー・ザヴィヌルサックス=ウェイン・ショーターベース=ジャコ・パストリアスドラムス=ピーター・アースキンという全盛期メンバーでのパフォーマンスを見ることができます。特にジャコとピーター・アースキンを含むメンバーでの公式映像としては、初めて公式にリリースされた唯一の貴重なものです。豪華ロングボックス仕様。100ページに及ぶブックレット付き。日本盤はブックレットの訳付き。今日届きました。去年リリースされたことは知っていたが、後で買うつもりでのびのびにしていたら、完全限定生産盤ということで、もうレコード会社のほうでは在庫がなくなってしまったらしい。ソニーのホームページでは「売り切れ」になっているではないか。ウェザー・リポート・ファンとしては、全てのアルバムはレコードで持っているものの、やはりこれは貴重なジャコ時代のDVDが付いているので、何としてもほしい。CDショップに、この前まであったので買おうと思って行ったら、そこももうなくなっていた。あわてて探してしまったが、何とか手に入れることができてホッとした。半年も経たないのに、もう廃盤か。(輸入盤ならまだ手に入るよう)危ないところだった。で、中身は、そりゃもう最高!感激!すごいジャコが見られる!私がこの頃の日本公演を見たときに、ステージを走り回りながらプレイしていた印象のあるジャコは、ここでは動きがかなりおとなしく感じるものの、演奏曲目はほとんど同じで、まさにそのときの興奮と感動がよみがえってくる。また、全盛期のウェザー・リポートのライヴが見られるとは、何と幸せなことか。
April 2, 2007
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ナスティ・グァル / ベティ・デイヴィスNasty Gal / Betty Davis【邦題:悦楽の女王】オリジナル盤発売日:1975年1.Nasty Gal 悦楽の女王2.Talkin Trash 恍惚の囁き3.Dedicated to the Press 記者に捧げる歌4.You and I マイルスと私5.Feelings 官能の叫び6.F.U.N.H. ファンキー・スーパー・スター7.Gettin Kicked Off, Havin Fun エロスへの招待8.Shut off the Light 闇の中の愛撫9.This Is It! ファンキー・エクスタシー10.Lone Ranger ローン・レンジャー----------これは、1973年に、アルバム『Betty Davis(邦題:褐色のファンキー・クイーン)』で、スライ・ストーン、ポインター・シスターズ、ラリー・グラハムをしたがえ戦慄のデビューをしたベティ・デイヴィスの3枚目、1975年のアルバムです。タイトルの「Nasty Gal」とは、「汚い女」、「けがらわしい女」、「ひどい女」といったような意味です。それを当時発売されたレコードの日本盤タイトルでは『悦楽の女王』と付けられました。それぞれの曲の日本語タイトルも、「悦楽」、「恍惚」、「官能」「エロス」、「愛撫」、「エクスタシー」と、なかなか過激なものです。ベティ・デイヴィスは、本名をベティ・メイブリーと言い、11歳から曲を作り始め、ニューヨークやヨーロッパでトップ・モデルとして活躍していたところ、1968年、24歳でマイルス・デイヴィスの2番目の夫人になり、ベティ・デイヴィスを名乗りました。アルバム・デビュー当時はすでに離婚していたものの、その後も、そのままベティ・デイヴィスを芸名にしています。ベティは、マイルスから作曲、編曲、プロデュースなどを学び、次第にニューヨーク周辺ではソングライターとして注目されるようになり、ニューヨークのミュージック・シーンではベティ・デイヴィスの名が知れ渡ります。マイルス・デイヴィスが、ベティと結婚直後にレコーディングした『キリマンジャロの娘』には、彼女に贈った「ミス・メイブリー」が収録されおり、ジャケットにも彼女のポートレートが用いられています。ジミ・ヘンドリックスはベティの親しい友人であり、マイルスはそのころから、ジミ・ヘンドリックスやスライ&ファミリー・ストーンなどのブラック・ミュージックに関心を寄せ始め、大きな影響を受けるようになります。これは明らかにベティの影響によるもので、スーツを脱いでカラフルなファッションを身にすることになったのも、彼女のアイディアによるものであったようです。ベティはマイルスと離婚するとモデルとしてヨーロッパで活躍していましたが、ジミ・ヘンドリックスの急死にショックを受けて帰国します。帰国したベティは旧友であるサンタナに在籍していたマイク・カラベロと再会した際、ヨーロッパで書きためていた曲を見せたところ、彼は、すっかり惚れ込んでしまい、サンフランシスコ行きが決まったのでした。サンフランシスコではサンタナのメンバーたちとセッションを重ねるなどして、ベイ・エリアのミュージシャンたちと親交を深めていき、1973年、スライ&ファミリー・ストーンの元ドラマーのグレック・エリコのプロデュースで、ニール・ショーンを初めとした元サンタナのメンバー、グラハム・セントラル・ステーション、タワー・オブ・パワー、そしてスライ・ストーンの参加という豪華メンバーで、ファースト・アルバム『Betty Davis(邦題:褐色のファンキー・クイーン)』をリリースしました。こうして、センセーショナルなデビューを飾ったベティは、バルティモアのロイオラ大学で初のコンサートを行いましたが、5000人収容のホールに7000人が押しかけ、1000人は立ち見で、1000人はホールに入れず外に並んでいたというほど、すさまじい人気だったと言います。1974年のレコード・ワールド誌によれば、女性R&Bヴォーカル部門でミリー・ジャクソン、アン・ピーブルスに続いて3位にランクされています。1975年の作品のこのアルバムは、彼女の3枚目のもので、すでにマイルスと離婚していたものの、二人はその後も交流を続けており、1曲だけマイルスとギル・エヴァンスの協力を得てレコーディングが行われています。それは4曲目の「You and I(邦題:マイルスと私)」で、全曲ベティの作曲による、強力なファンク・ミュージックが展開される、このアルバムの中において、マイルスと共演したこの曲だけは美しいバラードになっています。また、作曲のクレジットはベティとマイルスとの共作になっています。なお、ベティ・デイヴィスは、日本においてはCDでは発売されておらず、ほとんど知られていないでしょうが、アメリカにおいては、マイルスのことなどを知らない人たちの間で、いまやカルト的なシンガーとして、熱狂的な支持を受けています。
April 1, 2007
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