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鉱山道のヤブこぎは、県内山好きの方々の注目を集めたようで、掲載日のアクセス数はやまぶろぐ開設以来最高であった。これを機に地元の山の魅力が再認識されたら嬉しく思う。高岡南高校から端を発した未履修問題。世界史を学ばないで国際社会に羽ばたこうというのか。かくいうやまやろうは、歴史が嫌いであった。完全なる暗記教科という認識で、「何年に何があった」という事柄が際限なく並んでいるだけで、面白みを全く感じなかったのだ。特に世界史なんてカタカナだらけでイメージがつかめず暗記がしにくかった。大人になってからも歴史を勉強することはなかったのであるが、山に登ると麓には集落があったりして、山(とその周辺)との関わりを説明した碑なんかがよく建っているわけである。寺社仏閣ならなおさら。昔に思いをはせる気持ちが芽生えてきたきっかけである。富山県は面白い地名が多いこともひとつ。図書館で魚津史関係の資料を当たってみたり、富山県の山の本を紐解いてみたり。そうして平家落人伝説や信州人との交流、他県の地名や古語との関連性などが見えてくるのである。歴史を学ぶことは、考え方の異なる人(過去の人、外国の人)の考えを理解することだと思う。みんながみんな画一的思想で、異なる考えに理解がなかったら、その国(集団)は孤立するだろう。で、鉱山道。豪雪地帯に鉱山を作ろうという常識的には理解できない考えなわけである。歴史を知ることで、そこには戦争という狂気がからんでいることが浮かび上がってくる。戦争にモリブデンがなぜ必要なのか?、剱岳の鉱山、餓鬼山の鉱山との関係は?使役の人間はどこから?と興味は尽きない。道ばたに転がっていたこれに腰掛けて昼食をとった。モリブデン含有量は低かったみたいだ。
2006/10/31
昨日登った僧ヶ岳は、標高もそれなりで魚津から近いこともあり、これまで何度も足を運んでいる。ために新鮮みがなく、行く前はここでいいのか迷っていた。新たな視点でモチベーションを高めてくれたのが、件の鉱山道。太平洋戦争中、モリブデン採掘が短い期間だが行われ、採鉱設備、索道、送電線が作られたそうである。索道、送電線の残骸は見つけた。あとは鉱山入り口であるが、精確な場所は分からない。当然激しいヤブの中だろう。露天堀と坑内堀が行われたようなので、斜面を注意深く観察すれば、怪しい地点はあるかもしれない。と思って、帰り際とちの湯ルートの西側尾根を撮影しておいた。ありそうでなさそうで。この写真ではありません。白い樹幹と紅葉、それらの陰が繰り返されていて面白いなと。
2006/10/30
9:13 僧ヶ岳。カップルが宴会中。やまやろうは大福と菓子パンを頬張る。ガスがかかってきた。この天候で駒ヶ岳に行っても何も見えないだろう。予定を変更しすぐに下山、鉱山道の分岐まで戻る。前から気になっていた鉱山道、この先に何があるのか確かめたくなってきた。9:42 ヤブこぎ開始。道はほぼ水平に伸びている。潅木をかき分けもがく。草地に出ると、道がついているのが分かる。60年たっても迷うことはない。順調に?悪戦苦闘していると、目の前から木々が消える。ごっそり山腹が抜け落ちているのだ。水平に行けば道はあるだろうが、崩壊地はとてももろくて歩ける状態ではない。小沢を詰めて崩壊の縁のヤブを伝う。上がって下がり道があるだろう地点まで来たが、ササヤブが濃くて分からない。ここまでで終わりにするか、でも収穫ないまま引き返すのも面白くない。前方に目をこらすと、何か木の柱が立っている。枯れ木にしては目立つし、枝がない。人工的な匂いを感じ、そこまではヤブこぎしてみることにする。10:38 ついに木の柱にたどりつく。ここは山腹から張り出した支尾根の平。柱には紐のような物が引っかかってる。近くにはこんな物が落ちていた。陶器製のおそらく碍子であろう。ということは、木の柱は電柱なのではないか。他に柱がないのが不思議であるが、朽ち果てることなく60年以上立ち続けていることのほうが不思議であろう。モリブデン鉱山に関わる遺構を発見して、とりあえず満足。さて戻ろう。ガスの切れ目から僧-駒間の稜線が見えた。あそこに行けば登山道がある。ヤブこぎをもう少し進めて合流できないだろうかと考えた。実はヤブこぎし始めにウサギの死骸を見てしまい、再びそこを通るのは嫌だなと思ったのだ。鉱山道を少し戻り、小沢を強引に詰めていく。道を少しでも外れると猛烈なヤブが待ちかまえている。それでも何とかなるのではと進むも、地面が見えぬほど密生したササに阻まれる。これは行ってはいけないのではないか。冷静になろう。ザックを下ろして水を飲む。来た道を引き返す、これが最善策だ。登山のセオリーだ。となれば気持ちに迷いはない。小沢を下ると鉱山道に出るので、また厳しいヤブこぎに耐える。行きよりは気分が楽である。11:23 登山道に戻る。いやーこれで無事に帰れるぞ。道ばたのモリブデン鉱石に腰掛けて一休み。1時間近くヤブこぎして到達した距離は、びっくりするほど近い。強引に上を目指していたら、今日中に帰って来られたかしら。小さな達成感と中くらいの疲労感、そして大きな安堵感に包まれながら下山する。12:35 駐車地点に到着。地元の山に眠るモリブデン鉱山、そのベールをほんの少し覗いた気がした。
2006/10/29
高い山に登っても寒そうだし紅葉も終わっているので、近くの適度な標高の山である僧ヶ岳(1855m)へ向かう。予定では駒ヶ岳(2002m)までピストンすることに。宇奈月から入る。林道から見える烏帽子尾根山腹の紅葉がきれいだ。僧ヶ岳まで登らなくても紅葉は楽しめる標高まで下りてきている。烏帽子尾根登山口まで車で入る。7:46 出発。葉を落とした明るい雑木林の中を、しっとりした落ち葉を踏みしめながら、ゆっくりと歩く。とても静かだ。熊鈴だけが山中に響く。標高1500mくらいの沢筋には、ぽつぽつと紅葉が残っている。8:26 烏帽子尾根と宇奈月尾根との分岐。この先1600mで右手に入るのが普通の道であるが、今回初めて左の鉱山道に入ってみる。広くて緩やかで歩きやすい。気に入った。道ばたには索道か何かの残骸が、半ば埋もれている。下の写真左にあるのは丸太であろう、まとめて積んであった。9:00 鉱山道からここで別れて、右手の仏ヶ平に向かう。すぐに平でひとがんばりで山頂である。後編に続く
2006/10/29
午後からはフリーなので、家族サービス。TVで見たが称名滝の紅葉が見頃だそうだ、行くしかない。嫁さんは子供の時以来のようだ。アルペンルート方面に向けて走ると、常願寺川左岸の景色が見えてくるのであるが、上流に向かうに従い、木々が色づいてきていることが分かる。車窓に走る風もひんやりさわやか。桂台の上、雑穀谷付近から渋滞が始まる。路肩駐車も見られ、これは最奥の駐車場まで入れるのかと心配になった。しかし、すぐ先の詰め所を過ぎたらスムーズに動き、駐車場も混み混みというほどではなかった。見慣れた車とナンバー。以前同じ職場だったAさんの家族であった。向こうは車を降りたところで、このタイミングでないと顔を見合わせることはなかっただろう。何という偶然。やまやろうはベビーカーを押して遊歩道を進む。結構な勾配で、小汗をかくやまやろう。人の往来はけっこうある。道中の紅葉もきれい。何度かカメラでパチパチ撮る。今回は一眼レフを持って来たのだ。さてデジカメでもと嫁さんに出してくれと言ったら、カバンをごそごそありません。車に置いてきたーがっくりだよぉ、一眼のフィルム24枚で勝負するしかないではないか。記念撮影には充分な枚数ではあった。滝下の橋に到着。水量は意外とあって、しぶきが飛んできた。タイミングを見て嫁さん&むすこをパチリ。滝横の紅葉が見頃か。遊歩道から右岸を見上げると、紅葉と白い岩壁と青い空が絶妙なバランスで配分され、申し分ない被写体となる。他にも記念撮影に適した場所はいくつもあって、フィルムはきちんと撮り終えることができた。むすこは紅葉に興味はなさそうだったが、駐車場まで抱っこしたら、きょろきょろ周りを見ていた。気になってきたか。今は分からなくても、ほんの少しでも何かが印象に残ってくれれば、それで良い。
2006/10/28
僧ヶ岳登山会の反省会が、G会館にてささやかに行われた。参加者は当日引率した山岳会の面々。ごっつぉ(富山弁でごちそう)をでかいと(たくさん)食べられて、大満足のやまやろうでした。用足しに外に出ると、東の空にオリオン座。もう冬が近い。会館泊。
2006/10/27
お昼に嫁さんからCメールが入る。買い物していて、知らない若ママさんから「帽子がかわいい」と言われたそうだ。この帽子、実は嫁さんが編んだものである。妊娠中から編み物を始め、小物を中心になかなか風情のある作品を幾つも生み出している。最新作がこれ。耳当て付きでこれからの季節にぴったりだ。続けざまに嫁さんからEメールが届き、帽子をかぶっておすまし顔のむすこの画像が添付されてきた。うはー、何てかわいらしいのだぁぁぁ!! 即、ケータイ待ち受け画面に登録した。午後は暇があったら画面を見てニヤニヤ、あー可愛い。その画像をアップしてもいいのだが、顔モロなので避ける。代わりに出したのがこれだが、嫁さんのブログからパクッてきたものだ。
2006/10/26
今夜はG会50周年記念誌委員の集まり。今月頭に入稿した文章に編集社の校正が入り、図などを組み合わせた刷り物を手渡された。これから著者校といって、やまやろうなど編集委員のチェックが入る。イメージしていたものとほぼ同じ形で印刷されていた。ざっと見返したが写真のタイトルなどに間違いがあるので、隅々じっくりと見ていかなければならないだろう。金曜には別の集まりがあるうえ、週末は山にも行きたい、本も読みたい、家族サービスもしないとならない。しかし校正もやらねばならないと仕事以外も忙しいやまやろうなのである。2年前の10月23日に行った、ザイル祭でのたき火。宗次郎谷出合いの新堰堤そばでやった。この日は中越地震が発生した日。夜やって来た人に、山中で聞かされたことを覚えている。
2006/10/25
写真は去年10月22日のもの。前日にザイル祭(G会の秋の飲み会)があり、翌日の登山(奉納山行と言っている)で僧ヶ岳の北又谷支流、コケ谷(仮)を遡行した際に撮った、ウドの頭(1967m)である。このピーク、麓からは山並みに隠れてなかなか見ることができない。ために、この沢からバッチリ見えた時は驚きと嬉しさが入り混じった気持ちで、デジカメを向けたのであった。稜線上一番低いところが平杭乗越(1750m)である。前日に降雪があって、奥に見える剱岳北方稜線は、白く輝いてますな。
2006/10/24
土曜の夜から、むすこと一緒に寝だした。これまでは嫁さんとむすこと2人で寝ていて、やまやろうは家庭内別居していた。山に行ってばかりで夫婦仲が悪い、というわけではなく、夜泣きで起こされ、やまやろうが寝不足になってしまわないようにする、嫁さんの温かい配慮である。最近は夜中の授乳回数も減り、むすこは1回起きる程度。ほぼ安眠できる。土曜、日曜と川の字で寝たが問題なかった。むすこがウニュウニュと口を動かして眠っている姿を見ると、自然と笑みがこぼれる。あー何て可愛いのだろうか。週末晴天にも関わらず、2日間とも山に行かなかった。独身時代には考えられないことである。2001、2002年辺りは毎週のように山へ向かい、雨が降ったらすることがなくて困っていた。ハマっていた時期である。山に行ければ他に何も要らなかった。仕事や私事でうまくいかず、そのストレスの発散場所を山に求めていたのである。その後、偶然にも結婚できて、家族が増えると、人生における山の比重が小さくなってきたのである。山=人生とも思っていたやまやろうにとっては、大転換だ。朝令暮改なのか?いやそうではないようだ。G会でも山行に情熱を激しく燃やしていた方は、つい最近まで何人もいた。しかし、年齢、仕事、家庭など諸々のしがらみによって、会をご無沙汰になっている。普通の人生を送るのであれば、山から足が遠のいてしまうのが自然。やまやろうもその流れに乗りつつある。山以外に大切な物が増えてきたから仕方がないのかもしれないが、寂しい。山に対する強烈なモチベーションを保つためには、現状に満足せず、妥協せず、諦めず、常に高みを狙うようにしていく必要があろう。
2006/10/23
魚津にある桃山運動公園。お昼に家族で向かう。こんなに晴れた日に、山に登らないのはもったいない家族サービスのためである。嫁さんがおにぎりを作ってくれた、ワーイ。野球場や陸上競技場の周りに緑地と芝生が広がる。遊具がたくさん置かれていて、むすこが大きくなったら一日中でも楽しめそうな場所である。初めて来たが気に入った(ちと遠いが)。一回りしてから、ベンチに弁当を広げる。山並の向こう、スカイラインには、僧ヶ岳の大きくなだらかな山体がよく見えた。毛勝山はもっと右手のようで、芝生広場からは木々に隠れて見えない。山から麓に目を転じれば、魚津の街の向こうには海が広がり、青空と溶け合う。ここは標高200m、吹き抜ける風は、あづまやの日陰にいると寒いくらいだ。おにぎりを頬張りながらデジ写真を撮る。一眼レフと三脚も持ってきたのであるが、出番はなかった。嫁さんは見たかったようだが紅葉はまだ早い。もっと山奥に行かなければ。近くには果樹園があり、ブドウは葉を黄色く変え、リンゴは赤い実をたわわにつける。街路樹にはカキの実、クマが出るぞ。昼食後、野球場の少年チームの試合を見たが、アナウンスの声にびびってむすこの機嫌が悪い。試合開始早々に立ち去る。あんよができるようになったら、また来よう。
2006/10/22
今日は山ではない。朝は洗濯、掃除の邪魔になるから、むすこを抱っこして散歩した。暖かな日差しを浴び、海岸沿いの道をゆっくりと歩く。帽子で見えないのか、眠いのか景色に興味を示さない。たった20分だったが、人間カイロを抱くやまやろうは、小汗をかく。嫁さんが出かけたら、ネットする。帰ってくるまでこのままか、楽だなと思っていたら隣の部屋で寝ていたむすこがフガフガぐずりだした。パソコンを放って抱っこする。一度は寝かしつけたが再度起きたらもう下ろすことはできなかった。夕方はぐずって寝ない。眠いはずなのだが、横にするとフギーと怒る。風呂が湧くまで抱っこし続けることになる。そのままスクワットを少々。布団に寝かしつけようとしても、部屋を暗くするとフギーでダメ。抱っこしてあやすことなる。一日中抱っこしていて、腕が筋肉痛になりそうだ。明日は天気なので毛勝山の西北尾根でも往復したいなと考えていたが、そこまで心を持ち上げることはできなかった。街にいて、家族サービスに徹することに決めた。カメラを持ってお出かけしようかしら。むすこにはモデルになってもらおう。先週の登山会では、成谷山で時間があったので、とある谷に下ってコケ探しに興じた。コケはあやしいものがポツポツ見られるだけで収穫はなかった。谷を見上げると、夏山と秋山がせめぎあう境界線を見ることができた。
2006/10/21
今夜は集会。ぬまつちが「無事に」来ている。日曜の登山会で、彼は画像のコケ(富山ではきのこをコケと呼ぶ)を採っていたのだ。「見た目が食えそう」ということで持ち帰ったのであるが、親戚に聞いて「もたせ」と判明したらしい。ナラタケである。みそ汁にしたら美味しかったそうだ。それはよかったよかった。やまやろうは、翌日の朝刊に載らないか心配だったのだ。山菜や木の実はこれまでいろいろ採ってきたやまやろうであるが、コケは未知の領域である。何せたまに「当たり」があるから、なかなか手が出ない。冒険するのだったら、ホクトのマイタケを無難に食べていた方が良いと思う保守派のやまやろう。食べ物ではなく、山行(スキー)で冒険心を満たしますわ。
2006/10/20
ウチの息子は、もう少しで5ヶ月になる。先日体重を量ったら、7200gあったそうだ。普通?ケータイで撮影したむすこの顔を、日付を追って見ていると、今月くらいからホッペの辺りがふっくらしてきた。風呂に入れていると、下半身から腿の辺りがムチムチになってきていることが実感できる。この時期は、ハイハイに備えてエネルギーを蓄えるのだろうだ。それでむっちり体型になるということで、中には腕や足がボンレスハムみたいに、ポンポンに膨らんでしまう子もいるそうで。ウチの子はいつも足をばたつかせているので、エネルギーをうまく発散しているのだろう。ハムみたいな膨らみではない。可愛らしいムチムチ。成谷山の下では、紅葉がトンネルとなって出迎えた。思わず足を止めて見入ってしまった。木が成長して空が見えなくなるくらいに枝が覆ってきたら、どれほど美しいトンネルとなるか想像もつかない。
2006/10/19
僧ヶ岳(途中の成谷山)での素晴らしい紅葉を見て、かなり満足しているやまやろう。嫁さんから「週末の予定は?」と聞かれて、はたと困る。どこへ登りに行こうか。独身時代に激しく山登りしていた時は、県外や呉西へも平気で行って日帰りしていたのであるが、今はそんな元気がない。せいぜい呉東近辺だ。それで紅葉がきれいで多少登り甲斐がある山とは?山と渓谷社『富山県の山』をつまびらくが、43/60を到破している。残るは呉西の山か低山かだ。呉東の山で登っていないところは、ウーム、低くて紅葉はまだだろう。困った。
2006/10/18
怪しい電話がかかってくるからと、実家の母に注意したのが昨夜。もう、かかってきた!友人の車のなんやらかんやらで、60万円を振り込んで欲しいと言ったそうだ。母を騙そうとしているものだから、父が代わりに出た。そうしたら振り込み先や連絡先を言わないようで、のらりくらりと6~7分間、父の質問をかわしていたのだが、らちが開かないので最後に捨て台詞を吐いて電話を切ったそうだ。やった、オレオレ詐欺を撃退した。昨夜電話してきてくれてありがとうと、母には感謝された。しかしこれで終わったわけではない。新たなオレオレが狙っているかもしれないからだ。さらなる用心をうながした。警視庁のページ
2006/10/17
夕飯の前にやまやろうの実家に電話した。そうしたら「5分ほど前にあんたから電話があり、ケータイの番号を変えたからと連絡があった」と言う。それって、オレオレ詐欺ですから!むすこの話やら、近況をすっかり話してしまったと言う母。母の方から話のネタを出して(喋って)いるから、適当に相づちを打つだけで会話として成立してしまうのだ。それを完全に信用してしまっていた。今夜、やまやろうが電話をしなかったら、次のシナリオが進んでいただろう。数日後に、ケーサツやらベンゴシやらから「おたくの息子さんが○○で問題を起こしました」と一報が入る。慌てる母。最近変えたというケータイに電話すると、やまやろうになりすました輩が「ごめんなさい、やっちゃいました」と泣きながら謝る。示談金やら弁護士費用やらが必要だから、ここに振り込んでくれと依頼する。その言葉を信用し、口座に振り込む。オレオレ詐欺成立。そうは、させない。あんたの声にソックリだったとか、こう言ったらこういう返事をしたとか、何度も説明をする母に対し、これでもかと注意した。こんなに世間で騒がれているのに、自分だけは引っかからないと思っている家族が、ここにもいたわけだ。かかってくる電話は全てオレオレと疑ってくれとまで忠告した。近日、実際に電話がかかってくるだろう。ここまで言っても母が偽物と見破れるかは分からない。オロオロになったら、こちらの忠告は頭から抜けてしまうおそれが大きいからだ。親の愛情につけ込むオレオレ詐欺、許せん。やまぶろぐをご覧になっている皆さんも、自分だけは大丈夫だと思わないでください。実の親がひっかかる巧妙なウソがかかってきますよ。
2006/10/16
秋晴れの下、開催された登山会。今年は18回目になる。20数名の参加者と16名のスタッフが、3班に分かれて、東又ルートから僧ヶ岳(1855m)を目指す。G会からは4人がサポート隊として参加し、最後尾に付き従う。のんびりペースではあるが、明るい尾根道のため気温が高く、休憩しながらでも汗ばむ登高。標高を上げるにしたがい、木々の色づきが目立ち始める。変わったばかりのようで、透明感のある葉が多い。それが青空にとてもよく映えるのである。途中の成谷山(1600m)につくと、息をのむ。視界がひらけ、紅葉に彩られた僧ヶ岳が姿を現した。見頃である。一眼レフを持ってきてもよかったかな、と少し後悔するくらいの美しさ。デジカメだから枚数を気にせずバシバシ撮っておく。順光のため葉っぱが輝いている、登頂時間も最適だったということだ。足の調子が悪い方がここで行動を打ち切ったので、G会の4人もとどまる。ツェルトを屋根にして早めの昼食とする。やまやろうは自分のツェルトにくるまり、本気で寝た。秋の日差しがぬくぬくで、とても気持ちがよいのだ。本隊が下りて来る前に、2人がサポートして、成谷どまりの方はゆっくりと下山する。残ったぬまつちとやまやろうは、さらに寝て待つ。3班がほぼ同時に成谷山にやってきたら、最後尾で下山する。時期がよかったのか、紅葉の当たり年なのか、僧ヶ岳は近年まれに見る美しさであった。この美しさは宇奈月経由の烏帽子尾根ルートでは味わえないだろう。標高差のあるきつい東又ルートならではのご褒美なのである。また行きたくなる。
2006/10/15
富山は、秋晴れのお出かけ日和。県水墨美術館で開催されている、いわさきちひろ展に行く(11月5日まで)。朝頑張って早く出て、10時過ぎについた。駐車場は満車寸前であった。館内も人が多く、人気の高さを知る。新聞記事では、1週間で来場者数が10000人を突破したとある。展示作品の前は、人の列が続いた。嫁さんとむすこと行ったのである。むすこはベビーカーではぐずり出したので、抱っこした。見ているのだか見ていないのだか分からないが、なるべく作品の方に顔を向けさせた。作品はどれも意外にも小さい。絵本の挿絵や表紙用に描かれているものだから、大きくてもせいぜいA3くらいである。しかし、小さいながらも作者がこめたパワーを感じるのである。没後30年以上たった今でも人の心を捉え続ける理由は、ここにあるのだろう。やまやろうが特に注目したのは、ちひろの部屋を再現したコーナー。背面には棚の写真が実物大で立ち、その前に長机が置かれている。スケッチブックと絵の具、筆などが制作当時そのままに配置されており、それらを見ているとちひろの息吹が感じられる気がした。絵本を土産にした。もう少ししたら、むすこに読み聞かせてあげよう。絵を見て何かを感じ取ってくれたら、うれしい。
2006/10/14
ここ数日間は、カメラレンズのことで頭がいっぱいであった。ことの発端は、夏に遡行した弥太蔵谷。出来上がったスライドを見ると、人物がブレているものがいくつかあった。シャッタースピードが遅かったためである。絞りを解放気味にすればシャッタースピードが稼げるが、絵はぼやける。記録としては奥までピントの合ったものが欲しい。この相反する要望を叶える方法としては、明るいレンズにするか、IS付き(手ぶれ補正付き)のレンズにするかしかないのである。前者はEF24-70mm F2.8L USM、後者はEF24-105mm F4L IS USMである。24-70mmは重すぎる(950g)わな。値段も16万円くらいするので却下である。24-105mmは約3段分のシャッタースピードを稼げるというので、明るさを確保できない沢の中の撮影に威力を発揮するのではないかと思った。さっそくカタログを入手し、夜な夜なじっくり眺めるわけであるが、これにしても17-40mmより重くなるのである(475g→670g)。軽量化が第一に求められる山行には、この200gの増加はかなりの痛手なのである。値段は12万円くらい。へそくりで工面できそうということで、これを候補として価格.comでユーザーレビューやクチコミ情報を細かくチェックしてみた。文句のつけようがないような素晴らしいレンズであるようだが、はたとここで気づいた。(1)弥太蔵谷でぶれたのは、人物が動いたからであって、やまやろうの撮影の仕方に問題があったわけではない。滝場ではちゃんと撮れているものもあったではないか。(2)広角側24mmは妥当であるが、105mmは手持ちでは厳しい焦点距離だし、そこまで望遠で狙うことは山行中ありえない。買わなくてもいいんじゃないか?重くなるんだぜ。どのみち三脚は持っていくのだから、重量増加になってしまうぞ。軽量化に努めてきたパッキングに逆行するぞ。とマイナス要因が次から次に思い浮かぶのである。頑張った仕事のご褒美に。こども撮りのために。日本経済のために。と心に訴えかける理由も考えるのであるが、揺らいだやまやろうの気持ちには届かなかった。買いません!どーん、決定…。あれほど悩んでいたのに、あっさりと買うのをあきらめた。17-40mmを充分使い倒していないということもあるし、山に持っていくとしたら今の重量が限界である。撮影の失敗をおそれずバンバンフィルムを使うためにたくさん持っていった方が、重いレンズを担ぐよりも経済的だし腕が上がる。もう迷わない。17-40mmを常用レンズとするわ。こども撮りはEF50mm F1.8IIで決まりであるが。こんなに悩んでも、日曜の市民登山にはデジカメを持っていくのだろうな…(おいおい)。
2006/10/13
今度の日曜は、市主催の登山会に参加する。魚津で山を始めた人が最初に登る山として選ばれるであろう僧ヶ岳(1855m)。ここに日帰りで行こうというわけ。登山道はいくつかあって、宇奈月から林道経由で登ると、1280mまで車で行けるので一番楽である。今回登ろうとしている道は、片貝川側からで、710mからのスタート。標高差からも分かるように、きついコースなのである。そこをわざわざ登る理由は、このルートが魚津市から発しているということ以外ない。いうなれば、年1回の市民登山のための登山道なのである。やまやろうだって、普通に僧ヶ岳に登山しようとしたなら、宇奈月から入山する。廃道にならないように、多くの人で踏みしめるためのイベントなのである。G会は要請を受け、毎回バハート(ベルグバハト:独語で救助隊の意)として参加している。ばてた参加者の荷を担いだり、付き添ったり、最悪人間を背負子で下ろしたりする役目である。遅い人はタイムリミットで切られてしまうために、バハートは山頂を踏めないこともあるのだ。今年はどうであろうか?20人ほどの参加があると聞いているが。飛び入りはありなのか?15日の朝5時に魚津市役所に集合なので、物好きな方は飛び入り参加を。昨年は、紅葉には少し早かったような気がする。
2006/10/12
生体リズムを作るために、むすこは毎日同じ時刻に起こしている。夜中にふぎーと泣いていても、直前にパイを飲んでいても一緒。朝日を浴びて体内時計をリセットさせるのだ。やさしく名前を呼んで、布団をはがして、ほっぺをプニプニしてと、段階的に刺激を与える。じきに両手両足を突っ張って、んんーと目覚める。そうしたらハイローチェアに座らせて、朝食に参加させる(むすこは見ているだけだが)。少しあやせばにっこにこ。この笑顔を見ていたら、会社に行けなくなるわ。代わりにケータイで撮影し、壁紙に登録する。暇さえあれば、むすこの顔を眺めることができるわけ。これで遅刻せずに済む。帰って来たら風呂がわくまで抱っこしてあやす。一緒に入浴、その後は嫁さんが寝かしつける。今夜は早めに済んで、ゆっくり酒&ブログができるわいと思っていたら、フンギーと泣くむすこ。抱っこしてもオムツを交換しても泣きやまない。酔いは吹っ飛び、冷や汗をかく。嫁さんが風呂から上がったら任せる。やまやろうでは無理だ。夜泣きの時期を迎えているようだ。手のかかる子供は可愛いというが、夜泣きだけは勘弁して欲しい…。
2006/10/11
今夜は、記念誌の委員会があった。原稿提出状況を920さんから聞いた程度て、特に進展も宿題もない。拍子抜けの内容であった。ちなみに、やまやろうは提出を終えたので、週末に山行しているわけだ。これから印刷会社からの校正が来るので、心構えしておく必要がある。原稿入力は大変だったという思いもあるが、イメージを明確にしていたために、原稿はそれに合わせるだけだった。手がけ始めは原稿が進まなかった。仕事があるから時間がなく手が回らないとか、資料が見つからないとか、依頼者がなかなか書いてくれないとか、いろんな言い訳を考えていたが、結局はやるかやらないかの二極である。とにかく、やってみないと始まらない。やれば形になるので、達成感が芽生える。さらにやる気が出てくる。作業が回る。仕事にも通じるサイクルである。どんな手段を使ってでも書き上げねばならないということで、あんなことやこんなことをして出来上がった次第。一部気になる(もっと詰めたい)ところもあるが、そんなことを言っていては切りがない。これが現在の実力(できる範囲)だと割り切り、バンと印刷会社に投稿したのである。各委員の原稿提出の足並みがそろわなかったのは、どこまでこだわるか、割り切るのはどこまでか、その線引きの度合いが各人でまちまちだったためだろう。やまやろうは深く考えなかったから割とスムーズだったと思う。それでも苦労したが。そんな編集委員の血と汗と涙(と睡眠不足)の結晶である、50周年記念誌。欲しい!!という方は是非。山行記録が豊富で、北アの尾根と谷を知りたい方には、とても参考になる冊子になると思います。宣伝でした。大辻山への途中には、明るいブナ林がある。まだ黄葉には早い。
2006/10/10
6時半。登山には遅い起床だ。むすこのホッペをぷにぷにしていたら、7時を回ってしまった。登れる山は限られる。やめようかとも思った。晴天なのに山に行かないと、やまやろうは後で愚痴るので、嫁さんは、「山に行ってこられ」と気持ち良く送り出してくれた。ありがとう。目指すは大辻山だ。立山で初雪があったので、展望の良い山で確認する。長尾峠に車を駐める。林道を下った先の登山口からではなく、目の前の長尾山経由で行くことにした。10:03 出発。落ち葉で埋まり、木の根が張り出す湿った道は、滑りやすい。10:10 あっけなく長尾山。少し下って、大辻山登山道と合流する。あとは一本道をひたすら登るのみだ。風がなく暑い、汗が流れる。グループ登山や夫婦連れなどがんがん追い抜いていく。今日は休憩なし、水補給なしで行くと決めた。10:23 奥長尾山。通過地点に過ぎない。アップダウンが続くが、気にせずがんがん足を出す。10:59 大辻山(1361m)。1時間を切った。低山であるが立派なトレーニングになった。そして眺望がやまやろうを待っていてくれた。立山は、輝く白さだ。雪の季節がやってきたことをこの目で実感する。左手の大日岳の頂も白くなっているので、2200~2300mくらいまで降雪があったようだ。剱岳をズームアップ。険しい岩峰のため、雪の付きは悪い。が、雪がないと剱は剱らしくないと思う。パチパチとデジカメを撮ったら、腰をおろして休憩。お菓子とスポーツドリンク程度。風が抜けることなく暖かな山頂だ。人は多くて、登山道上の人も含めれば30~40人はいるだろう。じきに雲が出てきて、左手の剱、そして正面の立山を覆い隠してしまった。右手にも雲があり、薬師岳を狙っている。あと20分登頂が遅ければ、今日の大展望はまったく楽しめなかったことになる。11:20 山並みが雲に隠れたところで、下山する。下りは走りこんで持久力とバランス感覚をトレーニングした。体幹をまっすぐに保つようにして、木々の間を風になって移動する。11:48 大辻山登山口。目標の30分を切った。だから何だという目標なのだが、ただのんびり歩いても本番(雪山登山)の役には立たない。短時間でも有意義な登山であった。コースタイム:10:03 長尾峠出発10:23 奥長尾山10:59 大辻山11:20 下山開始11:48 登山口到着
2006/10/09
日帰りで嫁さんの実家へ。午後から、となみ夢の平コスモスウォッチング会場へ向かう。新聞によれば、100万本のコスモスだとか(ありがちな数字だ)。スキー場の斜面いっぱいに、コスモスの花が咲き乱れている。見頃は今度の週末らしいが、今は客が少なくてスムーズに来られた。山道には「ここから会場まで3時間」などという看板が立っていることから、最盛期には大渋滞が発生するのだろう。花畑の中の道を歩き、「すごいねー」と感心し合う。これだけは物足りないので、ペアリフトに乗って山頂まで向かう。所用時間17分。風が寒い。やまやろうは羽織るものを持ってきていなかったものだから、相当こたえた。リフト終点から少し歩いて山頂(鉢伏山とか)。砺波の散居村が眼下に広がる。空には灰色の雨雲。雲と地面の間がもやっているのは、雨が降っているところだ。風向きからして、雲はこちらに向かってきている。まずい、早く下りなければ。下りはさらに風が出てきた。嫁さんに密着しないと耐えられない。そしてパラパラと雨がやってきた。逃げ場なし、打たれるがままだ。景色どころではない試練である。大雨ではなかったが、シャツやジーンズはしっとりした。車内に暖房をつけて帰るくらいであった。それからのやまやろうはグッタリだ。明日の沢遡行は中止と聞いた。天気が良さそうなので個人で登山しようとも思ったが、モチベーションが下がり実行は微妙だ。
2006/10/08
富山は朝から雨である。風も強い。明日の沢遡行は大丈夫なのか?と思っていたら、午前中にチーフリーダーから電話が入る。沢を変更し、日帰りの計画になった。これで嫁さんも少しは安心するだろう。ということでまるまるフリーの一日となったやまやろう。むすことじっくり向き合う。嫁さんが図書館に行ったら2人でお留守番。ネット三昧かと思いきや、寝返りが自力で戻せなくて「ふぎー」と泣くむすこ。ぐずぐずで抱っこしていないとだめだ。そのまま帰宅を待つ。午後は3人で買い物してきて、その後はのんびり過ごす。嫁さんはネットショッピング、やまやろうは嫁さんが借りてきた育児エッセー本を読む。残されたむすこはさびしくて「ふぎー」。やまやろうが、抱っこひもでおんぶして立ち読みした。座ると泣くもので。1時間半そのままにしていたらいつの間にか寝ていた。本は読み切った。肩はこった。夕方の飯の支度、風呂の湯張りの間は、抱っこして待った。今日はずっとべったりですな。買い物時も抱っこしていた。オヤジの愛情が伝わったかしら。そんでもかあちゃんのパイが一番なのだろう。昨年10月16日の魚津市市民登山で、僧ヶ岳(1855m)に登った際の画像。紅葉の季節ですな。
2006/10/07
やまやろうの日帰りザックである。マムートのグレイシャー30リットル。重さは1500g。他人が担いでいるのを見かけたことがない、珍しいザックである。プチ優越感。本来は山スキー用ザックであるが、モンベルの25Lは嫁さん用にして自分はコレを愛用。それもそのはず、新婚旅行先のスイスで買ってきたものなのだ。旅の思い出として何か残る物を買いたいと思っていた。スイスといえば機械式腕時計なので、候補に入れていたが、スーツ仕事でないし、キズキズにしてしまう可能性大。ならば自分らしい物にしようと、ふらりと立ち寄ったスポーツ用品店で選んだ。マムートの他にDAKINEもあったが、これは魚津の太陽スポーツにも置いてあるブランドだ。食指動かずマムートに決定。こだわりとしては、腰ベルトが薄くて当たりの良いこと。ミレーなどのスポンジ状で厚めのベルトは個人的に好きではないのだ。あと丈夫さ。この2点はほぼ合格でひとつ気になっていたのが、1500gという重量であった。日帰りザックとしたらもう少し軽いものが欲しかった。モンベルの25L(ランドナーパック)は、910gである。それよりも缶ビール1本分重いではないか。気にしながらも結局買った。日本で買うより安かった。使い勝手は良好である。スキー板もしっかり担げるし、腰ベルトのおかげで肩への荷重負担が少ない。30Lは日帰りとしては大きなサイズであるが、一眼レフと三脚を持っていくことがあるので、これくらいの容量がちょうどよいのだ。ということでスキーシーズンが終わっても山スキーザックを使い続けることになる。心の中では常に「軽くて新しいザックが欲しいな」と思っていて、ブラックダイアモンドのカタログの新しいザックを穴が開くほど見つめる毎日である。それでも今のザックを、文句を言いながらもすり切れるまで担ぐことになるだろう。それは気に入っているということである。
2006/10/06
今夜はG会の集まりであった。今度の連休の山行は黒部の沢に行くので、装備計画を立てたのだが、会のロープがない。心当たりのある人に連絡したら、また貸ししているという。その人は元会員なのであるが、こちらの知らないうちに勝手にロープを持っていってしまって、そのまま数ヶ月ほったらかしにしていたのだ。会長が直接電話して、すごい剣幕で怒鳴る。あんなに怒った会長を見るのは、5年在籍して初めてだ。明日にでも持ってくるみたいだが、新品を買って返しにくるくらいして欲しいのが本音だ。使用料も払わず(本来会員外に貸すことはあり得ないのだが)、勝手に借りているわけだから。その人のブログを見ると、確かに当会のロープらしいものにつながって、岩訓練やら沢訓練やらをしている。昔培った登攀技術を一般の方に教えているみたいであるが、現在無関係である会から勝手に持ち出したロープで訓練していると知ったら、何と思うのだろうか。どこからロープを持ってきたのかと聞かれたら、何て説明しているのだろうか。G会は50年の老舗である。歴史と伝統そしてアルピニズムの精神を、現在も受け継いでいる。腐っても山岳会である。三々五々の集まりとは違うのだとやまやろうは思っているし、他の会員も同様だろう。それなのに、ネットでG会を検索すると、その人の個人サイトに引っかかってしまう。昔、会に許可なく始めたサイトが、開店休業状態であるがいまだに生きているのである。全国の登山愛好家が、G会のことを調べようとして、その人のサイトにたどりついたら何と感じるのだろうか。「無関係です」と声を大にして言いたい。こうして苦言を呈している間に(1回全文飛んで書き直し)、その人のブログが更新された。会長にばみかれた後の更新である。懲りてないな。馬耳東風、のれんに腕押し、ぬかに釘
2006/10/05
県外に住む入社同期のIが、仕事の関係で来魚したので、久しぶりに飲んだ。Iの仕事仲間の飲み会にお邪魔して、薄い水割りで二次会の勢いに追いつこうとする。他部署の人と会うことが珍しいやまやろう、顔を売っておくだけでも価値があった。と思っていたら、中に知った顔の人。山関係で以前から知っていたKさんであった。奇遇ですな。G会の状況など伝える。Kさんは胸ポケットから写真を取り出す。毛勝山関係の面白い写真だ。詳細は伏せるが、誰も気づいていない可能性がある。未知の発見なのか、920さんに確認して欲しいとその写真を受け取る。ちなみに、やまやろうは知らなかったので新鮮な驚きである。飲み会ははけて、その後Iと2人でラーメン屋でビールを酌み交わし、本音トークを熱く交わすのであるが、やまやろうは考えさせられることがたくさんあった。ここでの話だけでも大変な意義があったのだ。飲んで良かった。帰りはタクシーを呼ばず、歩いて帰る。
2006/10/04
現場での作業は、まだ半袖であるが汗はかかなくなった。気温は30℃近くになることもあるが、湿度が低くて過ごしやすい。事務所は冷暖房の要らない、ちょうど良い季節だ。ユニマットのコーヒーメーカーがあるのだが、今日からアイスがなくなりホットのみになった。やまやろうは早くコーヒーが飲みたいから、ホットで砂糖とミルクを溶かして、半分以上アイスを継ぎ足すみたいなことを夏場はやっていたのであるが、今後はフーフー冷ますことになる。立山のライブカメラを見ると、山腹は紅葉に彩られているのが分かる。今日の昼間の画像は、大変美しく絵になった。保存したいくらいだった。床屋のマスターと会話したのであるが、紅葉の下降速度はどれくらいなのだろうか?300m/日?それでは10日で麓まで下りてしまうので早過ぎる。100m/日くらいであろうか?これでは30日で麓までやってくる。実際はもう少し遅いだろう。大猫平は秋である。パティシェが作るケーキのような鮮やかさ。
2006/10/03
土曜日はいつもの床屋へ、登山の後に散髪しに行ったのであるが、そこで以前預けていた写真が飾られているのを見る。この店では風景写真をずっと飾ってあるが、近年同じものをシーズンごとに使い回していた。新規にやまやろうの写真を飾ってもらえないかとお願いしたところ、快諾されたのが8月半ば。それから土曜日まで、この写真が店内にあったことになる。ライチョウの超どアップ写真は、インパクトがあろう、誰が撮ったのかマスターに訪ねる客が多かったと言う。ただ写真を渡しただけなので、名前があるわけではない。説明に苦労したのでは。またよろしく、と言われたので新たな作品を渡したい。それには髪が伸びる必要があるな。
2006/10/02
午前中に嫁さん、むすことお買い物。張り切っているのは嫁さんだけ!?黒部市を中心に、ドラッグストアやベビー用品店を回る。やまやろうはむすこを抱っこして店内に入り、嫁さんの後を付いていく。普段はベビーカーを使うが、今日はずっと抱っこ。その方がむすこと触れ合い感が高く子育てしている気分が強くなる。そして大人しくしてくれる。肩口がよだれでベトベトになっても一向に構わないよ。夜、ぐずって寝ない。抱っこしてあやして眠らせた。一日抱っこちゃんのむすこであった。甘さの後に苦さが残る、初恋の味!?
2006/10/01
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