星の国から星の街へ(旧 ヴァン・ノアール)

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2021.11.21
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テーマ: 読書(10242)
カテゴリ: 読書 原田マハ
先月のNHK「歴史探偵」で「花魁高尾太夫」の人生が紹介されていました。高尾太夫は花魁が襲名する源氏名で11代まで実在していて、番組で取り上げられたのは希代の美人と謳われた2代目「高尾太夫」でした。
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​  恋仲だった鳥取藩士は身請金を捻出することが出来ず、彼女を見初めた仙台藩主 「伊達宗綱」が今のお金で5億円ほど払って身請け人となったそうです。

 ただ愛する人のため身請けされた後も指一本触らせなかったため、逆恨みした宗綱に殺害されたということでした。
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番組の中で「高尾は有名なヨーロッパ人画家が描いた絵にも登場しています」と説明があり、ゴッホが描いた絵がテレビの画面に出てきて、「この花魁の名前が高尾」であることを初めて知りました。
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​​左がゴッホ作の「日本趣味・花魁(英泉による)」で1887年に描かれています。右が英泉作「雲龍打掛の花魁」で19世紀後半の作品です。同じく1887年にゴッホが描いた「タンギー爺さん」の右側にも着物の色が違う高尾が登場しています。タンギー爺さんの上着の色に合わせたような着物の裾の方の青色が何とも心憎いです。

 原田マハ著「たゆたえども沈まず」を読んで、ユダヤ系ドイツ人画商「ノルデ―ル(実在のモデルはサミュエル・ビング 1838-1905)」がパリを拠点に欧米に日本美術や芸術を広めたことを知りました。

 彼が買い集めた浮世絵を当時日本に憧れを抱いていたゴッホに無償で絵を模写することを許していたビングの存在もあってこのような名画が生まれたのだと思うと感慨深いものがあります。





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最終更新日  2022.05.07 13:48:54
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