星の国から星の街へ(旧 ヴァン・ノアール)

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2023.03.30
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テーマ: 読書(9582)




 内容は貴司君の歌集「デラシネの日々」と「連星」から選び抜かれた40首、貴司君に憧れた女流歌人秋月史子や又吉さん演じる八木のおっちゃん、そしてリュ―北條の書き下ろし短歌も掲載され、舞い上がれの非公式応援歌人の俵万智さんが解説を担当という興味深い一冊のようです。

 ドラマでは八木のおっちゃんが語る「詩を生み出す時の辛さ」のような物が切々と伝わり、学生時代に高校の同級生男子から「自分のお気に入りの詩」をいくつか教えて貰った事を最近になって思い出していました。

 その一つ詩人「吉野弘」の「I was born」という結構長い詩です。

『確か 英語を習い始めて間もない頃だ。或る夏の宵、父と一緒に寺の境内を歩いてゆくと、青い夕闇に奥から浮き出るように、白い女がこちらへやってくる。物憂げに、ゆっくりと。

 女は身重らしかった。父に気兼ねをしながらも僕は女の腹から眼を離さなかった。頭を下にした胎児の柔軟なうごめきを腹のあたりに連想し、それがやがて世に生まれる出ることの不思議に打たれていた。

 女はゆき過ぎた。

 少年の思いは飛躍しやすい。その時僕は<生まれる>ということがまさしく<受身>である訳をふと了解した。僕は興奮して父に話しかけた。

 ・・やっぱり I was bornなんだね・・。父は怪訝そうに僕の顔をのぞきこんだ。僕は繰り返した。
・・I was bornさ。受身形だよ。正しく言うと人間は生まれさせられるんだ。自分の意思ではないんだね・・。

 その時どんな驚きで父は息子の言葉を聞いたか。僕の表情が単に無邪気として父の顔にうつり得たか。それを察するには僕はまだ余りに幼かった。僕にとってはこの事は文法上の単純な発見に過ぎなかったのだから。

 ​父は無言で暫く歩いた後、思いがけない話をした。・・蜉蝣という虫はね。生まれてから二、三日で死ぬんだそうだが、それなら一体何のために世の中へ出てくるのかとそんな事がひどく気になった頃があってね・・

 僕は父を見た。父は続けた。

・・友人にその話をしたら或る日これが蜉蝣の雌だといって拡大鏡で見せてくれた。説明によると口は全く退化して食物を摂るに適しない。胃の腑を覗いても入っているのは空気ばかり。見るとその通りなんだ。ところが卵だけは腹の中にぎっしりと充満していてほっそりした胸の方にまで及んでいる。それは目まぐるしく繰り返される生き死にの悲しみが喉もとまでこみあげているように見えるのだ。寂しい光の粒々だったね。私が友人の方を振り向いて<卵>というと彼も頷いて答えた。<せつなげだね>。そんなことがあってから間もなくのことだったんだよ。お母さんがお前を生み落としてすぐに死なれたのは・・。

 父の話のそれからあとはもう覚えていない。ただ一つ痛みのように切なく僕の脳裏にやきついたものがあった。・・ほっそりとして母の胸の方まで息苦しくふさいでいた白い僕の肉体・・

 因みに吉野弘の詩に出て来るモチーフは「痛み」だそうです。​





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最終更新日  2023.03.31 18:58:49
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