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ここ数年は大みそかの夜はDynamaite!!や他の格闘技番組を見ています。K-1、PRIDE、Hero's総合格闘技など、より真剣勝負に近いものにひかれます。打撃系が好きですね。ボクシングもいいんだけど。よりすごいのはK-1ですかね。一撃必殺。どんなに強い選手でも一瞬の油断で負けてしまう、そんな鋭い競技が好きです。いつもチャンネルを切り替えて大変なんですが・・・今年の大みそかは・・・K-1 Premium Dynamaite!!で決まりですかね。^^今年は「K-1 甲子園 U-18」もありますし・・・やっぱり打撃系が一番燃えますね^^。あまりプロレス系は好きじゃないので、「ハッスル祭り」は見ません^^;しかし・・・チャンネルを変えているときに、うっかり曙を見てしまいました・・・「うわ!三崎すげ~。秋山撃沈。左フックで膝折れ、ダウンしたところを顔面キックです。寒気がしました。KO。すごすぎます」K-1ルールはこれだからすごいですね。キックと寝技なんでもあり。だからダウンのカウントの間、コーナーで待つなんてしないです。どちらかが倒れるまで戦います。見ていて目が離せません。ほとんどの試合が1R、2Rで決まります。今までで一番短い試合はゴング後4秒でした。まだまだつづくDynamite!!今夜は眠れそうにありません^^
2007.12.31
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昨日から雨が降ったりやんだりだったけど、夜更けすぎに雨は雪へと変わり、朝起きた時には1cmくらいは積もっていました。防府の初雪かな?右田ヶ岳も雪化粧できれいです。今日の天気で初日の出を見に登るという計画は断念されることになりました。除夜の鐘は予定通り、突きに行きますけどね^^
2007.12.31
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いや~、今年の正月は本当に準備万端です。だっていつもやってることはほとんど30日に終わりましたから~^^。あとは各部屋の電球の掃除を残すのみ。余裕の大みそかです。昔から、「一夜飾りはいけません」と言われています。もちろん今はわからなくなった縁起の問題もあるのでしょうが、私は「ドタバタしなくていいように、せめて一日前には準備しようよ、ね。」という教訓だと思っております^^。30日に終わる年もあり、大みそかの夜にドタバタするときもあり、なんと午前〇時を回って、厳密には年が明けてからも飾りを作ったりした都市もあります^^;やはり早めに終わると気持ちがいいですし、新年をお迎えする気持にも余裕がでます。できれば毎年このように計画的にできますように・・・と神棚を掃除しながらお願いしておきました。(爆)昨日夕方雨の中、息子と右田ヶ岳のふもとに登り、ウラジロを取ってまいりました。師走の雨は本当に冷たいですね。軍手を持っていかなかったので、わずか30分くらいのことなのに、手がかじかんでしまいました。さて、我が家のお飾りは、半紙にウラジロ、そこへ重ねモチ、餅の間に昆布の細切りを挟み、みかんを乗せて完成です。それに福岡の実家で行っていた、なんて言うんでしょう・・・ようするに「昆布とスルメ」の細切りを、三方の上にあけた一升のお米の山に散らしたものを作ります。^^;(すみません、名前を知りません)その中央には昆布に巻いた筒の中に、みかんを納めたものを置きます。年始に見えた方々に、「どうぞ」といって三方ごと差出し、昆布とスルメを一つずつ(別にいくつでもいいんでしょうが、どうぞおひとつ、と言いますので^^;)とってもらいます。これは、母によると「よろコブ(昆布)と喧嘩スルメ(九州弁で喧嘩はやめよう、です)ということらしいのですが、真偽の程は・・・でも八女地方では各家庭で準備します。子供がスルメ大好きなので、今年は一緒に作りました。小さい頃にやってないと作り方を忘れますからね(笑)さあ、2008年、いつでも来い!(爆)
2007.12.31
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「異人たちとの夏」を偶然見かけて、最後まで見てしまいました。いや~、秋吉久美子がいいっすねぇ。若いころ好きだったけど、今見ても好みは変わりませんね。もっとも当時の秋吉久美子だから当然ですが・・・笑調べてみると今年52歳、ほぉ4歳年上ですか。この映画は1988年上映ですから、ちょうど20年前。彼女が32歳ですねぇ。女性が一番きれいなころでしょうね^^。28歳の私が惹かれるのもわかります(爆)さて、このテーマは「異人=亡くなった人」でしたが、主人公は40歳ですが、ある日幼い頃過ごした浅草の下町の路地に紛れ込み、そこで12歳の時に亡くなった両親と再開します。^^当時の風貌のまま、同じくらいの年ごろになった主人公を当然の如く子供として扱います。この両親との交流、そしてもう一つのエピソードも交えつつ、主人公は離婚した妻や子供に対する自分の責任を自戒します。いい夫でも、いい父親でもなかった・・・と。もしこんな出会いがあるとしたら・・・私もぜひ!と思わず思うテーマです。父が亡くなって、9年。日常で困ることや懐かしむことはほとんどないのですが^^;それでも時々、こんな映画を見た時、あるいはとても悩んで悶々としているような時、そして実家に里帰りしたとき、ほかの人はいるのに父だけがいないと感じる時など・・・そこに父がいない、という喪失感はとても大きなものがあります。何を示唆してくれるわけでもなく、ひょっとしたらもう世間の事も仕事のことも私の方が広い世界を知っているかもしれないけれど、父親としての存在感はやはり大したものなのです。もう二度と会って話をすることはできないのだ。。。と思うことがなおさら喪失感を掻き立てます。昔からよく言うでしょ、「親孝行したいときには親はなし」。まだ親が健在な方は、照れくさいかもしれないけれど、じっくり話したり、親孝行をしてみたらどうでしょう。本気でお勧めしますよ。亡くなってからでは、本当に何もできないのですから。
2007.12.31
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珍しく、買物は全部すんであとは今晩の飾り付けを残すのみ。余裕の年末です。天気が心配だったけど、昼から晴れてきたので夕方右田ケ岳のふもとにウラジロを息子と取りに行きましょう。それから鏡餅を飾って、お正月飾りと、神棚の榊は31日の夜、日付が変わる0時直前に変えることに決めているので、明日買出し予定。大晦日のTVを見ながら、三方に1升の米を盛り、昆布でまいた円柱の頭にミカンを乗せて飾りを作ります。これは福岡の家でずっとやっていたことです。さすがに栗箸までは作りませんが、幼いころは山に父と栗の枝、榊、松や南天、いろいろ取りに行ったものです。だんだんと正月のお迎えも出来合いのコンビニ感覚になっていますが、なんとか手作りを守りとおそうと子供が家にいる間は続けようと頑張っています。これも彼らの思い出になるのでしょうから。。。。。あと6,7年のことですねぇ。
2007.12.30
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年末ともなると昼間の暇な時間にテレビを見たりして、結構新鮮な番組を発見します。今日はそんな、すこし変な番組を見かけました。ちらっと見ただけなので、本当の面白さはわからないままでした(爆)それは2泊3日で、「夫を交換」という番組です。いえいえ、エッチな番組じゃないですから、昼間ですから・・・^^;違う環境で日常生活を経験することにより、自分自身の生活(いつも不満だらけと思っている日常)を見直してみようという番組のようでした。きっと、自分の旦那の良さを再発見するところへ番組は進むのじゃないかな?と思いましたが、最後まで見てません。だからどうなのかわかりません。(笑私が変だと思ったのは、番組のタイトルです。確かに日常に不満を持つ奥さんが、番組に応募するのですから「夫交換」なんでしょう。しかし・・・見ている私たち、あるいはそのほかの家族の状況、などを判断すると全体的には「妻交換」あるいは「母交換」な感じなのです^^というのもそれぞれの家庭に身支度だけの「奥さん=お母さん」が訪問してくるのですから、どう見ても多勢に無勢、やはり好感されているのは「奥さん=お母さん」なのでして・・・^^最後はどうなったんでしょ。だれか見た人教えてください(笑ちなみに・・・今日はこんな感じでした。Aさん21歳、20歳の夫と5歳の娘の3人家族。Bさん42歳、45歳の夫と7人の子供、そしてお義父さん、お姑さん、そしてなんと叔父さん!?の計12人家族。の二人が変わる話でした。すごかったですねぇ。Aさんは12人家族に目がテン・・・一日の食費が10万円を越えていそうでした。3日に一度の買い物で、食料品を15,000円も買っていました。すさまじい量です。それにしても・・・あんなに若くてきれいな奥さんが来るんだったら、なかなかいい番組なのかもしれません。あは、ちょっと不謹慎でしたね^^;あくまで教育的番組なのですから。何が教育的か?そう、「隣の芝生は青い」けれど、それは「隣りから見た自分ちの芝生も同じくらい青い」ってことなんでしょ?ね!^^
2007.12.30
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PTAの役員勧誘訪問。昨日はちょっとうれしいことがありました。やっぱりあきらめずに続けることが大切ですな。まだまだ捨てたものではありません。^^さて、あと4人となりました。でもこれでお正月を越えそうです。この件は2008年への宿題ということで、2007年のPTA活動を終わります。来年は1月7日の執行部会で始まります。あと3か月、楽しく行きましょう。^^
2007.12.30
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今日2つの郵送物が届いて、私の心をかき乱しています^^ひとつはフリーペーパーの類、もう一つは所属している異業種交流・勉強会の月刊誌です。何が心をかき乱すか・・・というと、そこには「新年あけましておめでとうございます」と「新年のごあいさつ」の文字が躍っています。^^;私はこう言うのが一番嫌いというか、ガックリするというか・・・なじめないですねぇ。単純な事務手続きのことなんでしょうが、今は12月、これから年末の用意をするという私の心構えに対して、なんとも「新年のおめでとう」は間抜けというか、なんというか、溜息しかでません(爆)どうして「理屈」が通らないのでしょうか。確かに年末に1月号が出ることもあります。事務局が仕事納めの前に投かんすれば年内配達もしかたないのでしょうか。しかし、しかたない・・・が多すぎるような気がして。。。なにがしかたないのかというと、ほとんどの場合自分たちの労力を惜しむあまり・・・というのが多いきがしますねぇ。やはり新年のあいさつは正月の気分の中で読みたいものです。それがあっての「お正月」ではないでしょうか。一応読んでみましたが、ほんとうに間が抜けて感じます・・・(あ、読まないで正月に読めばよかったのか???^^)でも1月になって投函して10日ごろに読むことになっても、私はそのほうがいいと思うのですけどね。クリスマスはとうとう11月に街角を飾り立てるようになってしまいました。何か、「心」を亡くしていくような気がして、好きになれません。やはり「その時に」旬のものとしてきちんと迎えたいなあぁ。今年の正月、「ちょっとね・・・」と思ったことがあります、それは子供会主催の「どんと焼き」、今年はなんと、1月6日(土)でした・・・。親の都合で土曜日に・・・なのかもしれませんが、これはいかにも早すぎる^^まだ「松のうち」ですよぉ。ひょっとしたら「松のうち」も通じないのかな?^^連合子供会の会長に指摘したら・・・苦笑していました。彼も難しい立場にあるんでしょう。^^;実は来年の予定も4月の行事予定表では、1月6日(日曜)になっていました。またぁ?と今度はひそかに思っていたのですが、5月に13日に変更になりました。^^;例の会長に、「どうしたの?」と聞いてみると^^、「お年寄りに叱られました」と苦笑い。ははは。そうこなくちゃ^^まだ右田は健全なお年寄りが残っていましたよ!^^私はひとり心の中で拍手を送りました。そうですよね。やっぱり、「なぜやるのか」をないがしろにしては・・・なんにもならない気がするのです。天満宮の大切な祭り「裸坊」も便利な11月第四土曜日になってしまったと聞きます。本来は旧暦10月15日。なぜ藤原の道真といわれがあるのかはしりませんが、旧暦の10月15日は道教の三元信仰による、「下元」となります。やはり何か意味を感じます。新暦だとだいたい12月の上旬(5~9くらい)になりますね。「昔はもっと寒かった」と年寄りが言うわけです^^。この開催日を勝手にかえることで祭り自体の意味がどんどん失われていきますね。そして11月第4土曜日に参加する、「サラリーマン裸坊=休日出勤手当をもらって参加する裸坊」による単なるイベントになってしまうのでしょう。意味のある「開催日」が子供たちに伝わらない。とても、残念です。参加者が少ないから、仕事に都合がわるいから、便利だから・・・そんなことが多すぎないでしょうか。一方、隣の県、福岡県の中洲川端で行われる「山笠」はというと、毎年曜日に関係なく新暦7月1日~15日。平日だろうとなんだろうと、時間が決まっていてさまざまな山曳きの行事があります。そしてフィナーレ追山は7月15日の午前4時59分スタートです。なぜ7月1日~15日なのかは知りませんが、何か意味があるのでしょう。今の生活の都合で曜日指定するのではなく、「日」で決めてその祭りを守ろうとする。そこの差が祭りに対する思い入れの差になっているような気がしてなりません。
2007.12.29
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先日の話題の続きです。「技術を学ぶ前に、心構えを・・・」という技術会社の社長のお話や、居合の技でも、まず「居合の心、精神」を習得することが大切じゃないでしょうか?ということに関連して。「心」ってとても不思議で面白いなあ、と感じます。同じ言葉を同じ口調で言われても、言う人が違えば全く違うように聞こええます。あるいは聞く時の自分の状態によっても全く異なって聞こえます。これって何が原因かというと、すべて「自分の心」なんですよね^^相手は関係ない。周りは関係ない。言葉は関係ない。ほんと「心」って不思議です。些細な言葉できずついたり、何気ない一言で救われたり。前にも書いたけど、長淵剛の好きな歌詞に「幸せはなるものじゃなくて、感じるものだ」というフレーズは本当に同感です。だからプロポーズのポピュラーな表現「君を幸せにする」というのはちょっと違っていて、正しくは(爆)「君が幸せを感じられるように頑張る」ということかなぁと結婚24年目にして思っています。^^しかし、なんと、これがまた、と~っても難しいんですよねぇ。^^;だって、これをしたらいい!ってのじゃなくて、ほんとに相手任せになっちゃうんですよ。どんなに、これでどうだ~~~~~!と気張っても、「う~ん。違うねぇ」と思われちゃったら・・・撃沈。^^「どうしたら、いいねん?」と途方に暮れるだけです。それほど「心」は不思議で、ある意味面白いものなんですよね。ある人に「こうしてほしい」と言われた場合、「それよりはこの方がいいんじゃない?」ついつい言ってしまいます。でも・・・相手は、結果の云々じゃなくて、ただ「こうしてほしい」と思っているのかもしれないんですよね。そしたらそれを受け入れて実行してあげるのが第一じゃないでしょうか。これがほんとに難しい。「だって、明らかにこうしたほうがいいじゃん!」、愚か者の思い込みです(爆)もう一つ好きな歌を紹介しましょう。ザ・ブルーハーツの甲本ヒロト(この男はステージでフリチンで歌ったりしていたのですが、実は大した哲学者じゃないかとひそかに尊敬しているのです)の「情熱のバラ」の歌詞です。何もかも思った通りにならないと、ひとり嘆くような、つらい夜^^。やけっぱちな気分で歌ったりします。^^「見てきたことや聞いたこと、今まで覚えたぜ~んぶ♪でたらめだったら面白い、そんな気持ちわかるでしょ~」そしてこう続くのです。「答えはずっと奥のほう、心のずっと奥のほう♪涙はそこからやってくる、心のずっと奥のほう~」自分の心に何があるのか。私が生きる目的、あるいは私が生まれてきた目的は、きっと自分の心の中へに何があるのか探すことなのかもしれません。
2007.12.28
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誰にでも心に闇を持っていて、その闇と立ち向かう時があると思うんです。年末・・・ということではなく、PTAの役員選出の時期になるととてもストレスがかかります。引き受け手がみつからないからです。まぁ私もそれほど褒められた保護者ではないですが、二人の子供がお世話になった分くらいは・・・と思っていましたので、最後の3年をPTA活動に身を置いています。現在次年度の執行部、部長候補を選出する活動で土日に戸別訪問をしています。29日も予定されています。あまりにも断られ続けると・・・PTAってなに?ついついそう考えてしまいます。みんなが嫌がるなら、いっそやめてしまえば?と心の中の「悪魔」が囁きます。戸別訪問の前に保護者全員に対して、立候補や推薦をとりましたが、回収率もそれほど高くなく、残念ながら現執行部での戸別訪問となっています。「何とか引き受けてくれませんか・・・」と寒い夜に軒先で話をする作業はかなり時間と労力、そして精神力を使います。私は率先して話をするので、玄関に入りますが^^、副会長たちは外に立ったまま・・・という場合もあります。(とても寒そうです^^;)実際に突然訪問を受けた人にはほんとに「いい迷惑」だとは思いますが^^、誰かが引き受けなければならないことだからと思っていますので、なにかで名前が上がった人の所へはわらをもすがる思いで頼んまわっています。先週あまり芳しくなかったので、現在は分担して電話をかけています。また「悪魔」がささやきます。なんで、こんなに時間を割いて、頼んで廻らないといかんの?無関心な人は、な~んもせんでもいいの??まったく・・・ふざけた話だよ・・・。いっそのこと夜8時ころからでも全員集まって、その場で話し合って決めよう。。。。こんな「悪魔」の声に屈するか、「悪魔」を抑え込むのか、それはとても大きな分かれ目です(爆)。しかし、いつ抵抗しきれずに「爆発」してしまうかわかりません。^^;自分でも怖いですねぇ^^※この臨時集会の件は昨年も同じような心理に陥り、発案したのですが校長先生と教頭先生に説得されて、断念しました(爆)保護者がみんな自分の生活、都合を考えて、「忙しく、仕事は休めない、荷が重い、経験不足、やりたくない・・・」と言えばPTAは成り立ちません。今は両親ともに働いている家がほとんどでしょう。小さい子供を抱えているお母さんは、子育てで手いっぱいなのかもしれません。でも・・・あえて言えば、そこをなんとかやりくりして、さらに言えば「自分のできる範囲で出来ることをする」、もっと突っ込んで言えば「顔も知らない誰かみんなのために、何かできることをしてあげる」そんな風に考えることはできないかなぁと思います。子供の数が少ないので、多くの役を受けている人も多いとは思います。我が家でも「子供会の副会長」を妻が引き受けています。^^でも、もし役を受けていなかったり、あるいはあと一つなら余裕がある・・・なんて人がいたら、手を挙げてほしいんです。このような現状を知ってかしらずか、無神経な(あえて言う)行政は、何かとPTAの会長、副会長へ安易に「講演会のおしらせ、と出席要請」をしてきます(;一_一)。それも平日の2時から・・・とか。^^そんなことばっかりしていたら、ほんと、会長を受ける人はいなくなりますよ。むかしの高度経済成長期に子供の数があふれ、学校と地域と保護者がにぎやかに交流していた時代のPTAと今のPTAでは何か考え方を変える必要があるのでは?と思ってしまいます。本当に必要なこと以外はやめましょう!(と行政の担当者に言いたい)実際にやめるのは簡単です。やめましょう、と総会で提案すれば出席者で反対する人はいないのではないでしょうか。しかし・・・なんにも親が子供たちのために活動しなくなったら・・・一番さびしい思いをするのは子供たちだよ。子供たちにそんな思いをさせていいの?と心の中のもう一方の「天使」かどうかわかりませんが「良識」が言います。今、親の姿勢が問われているような気がしてなりません。子供たちに「ボランティア」の大切さを社会が要求していますが、まず親が自ら手本を示す時ではないでしょうか。・自発的に・見返りを期待せず(打算ではなく)・誰か知らない人のために動くそんな姿を子供たちに、教育の一環として見せることができたら、素晴らしいと思うんですけどねぇ。。。。。できる範囲でいいと思うんですけどねぇ。年に1回の活動でもいいくらいです。なんとか無理を聞いてもらった有志がやっと7名決まっています。あと6名です。ふぅ・・・・あと半分。1月18日の臨時総会でもし決まらないポジションがあったら、「この部分は来年はやめましょう」って言ってみようかしら(爆)。私は卒業するので、べつにそれでもかまわないけどなぁ^^;でも、それだと来年の会長はやりにくいだろうなぁ。それも申し訳ないなぁ。困ったなぁ。ちなみに右田小学校の保護者は約350世帯ですが、13人・・・が選べないで困っています。
2007.12.27
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今日は私の誕生日です。48回目ということでさしてうれしくもないのですが、まあ一年に一回くらいはこういう日があってもいいでしょう。さて、この26日という微妙な日は小さい頃から、あまりうれしくない日でしたね。プレゼントはクリスマスと共用だし、なによりケーキは25日の残り半分なんて悲惨な寂しい誕生日を小さい頃過ごしておりました。^^それに冬休みで同級生に祝ってもらうチャンスも減ります。。。24日生まれの人はどうなんでしょ。クリス前だから控えめ?(笑じゃ25日生まれの人は完全にクリスマスと合体していて嫌なのかな?^^私の下の弟は1月3日です。これも大変ですねぇ。大体正月のあわただしさの中で忘れられていることが多かったように思います。松があける頃に、ああ、過ぎちゃったね、なんて母親に言われていたりしました^^まあ、それに比べたら覚えてもらっているだけましでしょうか。さて4回目の年男も無事過ぎていこうとしています。次の周り目では還暦!はてさてどんな60歳になっているでしょうか。自分の干支の反対側の干支を裏干支といいまして、お守り的な存在だと聞いたことがあります。何か裏干支を現したものを持つと良いそうですね。私の場合、反対側は「巳」、ヘビですね。来年のお正月にでも買い求めて見ましょうか。^^
2007.12.26
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アメリカの世論が変化しているらしいです。「地球温暖化対策なんて、アメリカ経済にとって全く意味がない」とうそぶいていたブッシュ大統領ですが、次期大統領の争点の一つは温暖化対策になりそうです。世界第一の二酸化炭素排出国、そして京都議定書を無視し続けてきたアメリカが温暖化対策に積極的になるのは本当にいいことでしょう。しかしその理由はどうも「宗教的な」考えに基づくようです。この意見をリードしたのが最大の教派「福音派」の牧師たちだというのは驚きです。どうやら「地球を作った神の意志に反して、地球を破壊する行為は神の教えに反する」とのことです。^^;いろいろと地域間で紛争を起こしやすい宗教も、こんな風によい影響を与えることもあるのですね。おかげでそれまで無名だった福音派の元伝道師である大統領候補は、一躍民主党の第2位に躍進しているそうです。他の候補も軒並み「地球温暖化対策」を一斉にスローガンに上げ始めました。アル・ゴア氏がその活動でノーベル平和賞し、著書「不都合な事実」のドキュメンタリー取材フィルムがアカデミードキュメンタリー部門を受賞したことも無関係ではなさそうです。2000年の大統領選挙での疑惑、「不都合な事実」への反論、そして大統領選挙。一度は政界から抹殺されかかった、ゴア元副大統領の華々しい復活にも興味津津です。やっぱり人間「あきらめたらいかん」ということでしょう。今もっとも世界に影響を与える力を持ったアメリカ民間人、ゴア氏。今年59歳の年齢からして、まだまだ大統領を狙えますねぇ。
2007.12.25
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朝起きたら誰もいません。^^別に朝寝坊でもないと思うのですが・・・9時ですからね。さて、久しぶりに休日が続くと気分ものんびりします。土曜日も仕事しているので、日曜だけだと残務整理や家族の予定・・・もろもろで時間が取られるのですが、連休だとそういうことも減って、今日みたいに予定が何もないということも出てくるのです。ゆっくりと朝食をとり、テレビを見ます。AXNで「ブラザーズ&シスターズ」をやっていました。事業家の父(とても立派な誇らしい父)がなくなって、その後に父の犯罪や不倫いろんな問題が噴出し、会社は倒産寸前、残された母と子供たち(3男2女の大家族)の様々な葛藤と愛憎が描かれています。アメリカで大人気のドラマだそうで・・・たしかに「生身の家族」を描いています。表面的には豊かで恵まれた生活の裏で、いろんな問題が渦巻いている。その家族ならではの口論やいたわり。観ていてとても引き込まれます。家族に訪れた困難をどう乗り越えていくか、その「絆」が描かれています。そして登場人物は皆、悩みを抱えたごく普通の人たちです。今日の印象的なシーンは・・・売りに出す別荘で最後の晩餐をしているとき口論がはじまります。帰り際にゲストに対して母が「ごめんなさい・・」と謝るシーンで、「いや、気にしないで。私の家族には会話もない」といいます。彼は10年で離婚したということです。たとえどんなに激しく衝突したとしても、会話がないよりはましだなと感じました。ぶつかるのは大変なことだけど、その葛藤を超えて家族がさらに強く結びつく・・・困難を乗り越えていく、決して逃げることはできない。そんなメッセージを感じます。さて、最近家族と何を話したっけ?^^
2007.12.24
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今年もPTA次年度の執行部と部長候補選びが始まりました。11月に「ふれあいフェスタ」を企画したために、昨年よりも1ヶ月出遅れています^^;4月以降の話?と思われるでしょうが準備は早いほうがいいです。私が会長になるまでは執行部の交代は5月の総会時でした。前年度の執行部が企画した事業を実行するのは本当に大変です。細部にわたって不明な点が多いからですね。そこで私が会長になるときに、前会長にお願いして1月の臨時総会で次年度執行部と部長の承認をしてもらうようになりました。以来、2~3月には4月以降の計画を立案する次年度と、現執行部の2つが平行して進みます。連続で役につく人は大変ですが、そのかわり4月にスムーズなスタートが切れます。それまでは入学式で挨拶したPTA会長が実は1ヶ月で交代するということも良くありましたから少なくとも新一年生を、現会長でお迎えすることはいいことだと思っています。現在のPTAには昔ほどメンバーに帰属意識がありません(爆)自らの意思で参加している団体と異なり、PTAは「親」だからということで組み込まれるだけだからでしょうか、また生活もせわしくなってきたからでしょうか、それに核家族で育児や家事の手代わりがいないからでしょうか。諸条件は子供の教育にはどんどん悪くなってきています。毎年この時期にめぼしい人のところへ電話してお伺いする・・・無理を承知でお願いする・・・先週に引き続き今週も「夜回り」をしました(爆)しかしなかなか・・・・・快く引き受けていただいた方も数名いらっしゃいますが、残り7名。まだ半数の候補者が決まっていません。12月29日も回る予定です。できるだけ内定して年越ししたいものですが・・・臨時総会は1月18日。待ったなしの状態です。しかし忙しいわれわれはよほど条件が合わなければ、PTAに時間を割くことはできません。つくづく、これが今の日本の現状だと感じます。子供たちのために時間を裂けない・・・会社や仕事のために自分の時間が自由にならない・・・教育や子供たちの未来よりも「経済」が優先する・・・それが今の日本だと思います。会社に「実は小学校のPTA役員の話が来ているのですが・・・」と相談したら、「おお、それはいいことだ、日本の未来を背負って立つ子供たちのためにがんばってね。会社も前面バックアップするから!」という社会にはならないのでしょうか・・・ならんでしょうねぇ。一番忙しいと思われる、会長や女性副会長でさえ、平均すれば月に10時間もありません。一ヶ月720時間のうち、わずか1.4%の6時間、これを社会教育活動に捻出することが難しいのが今の日本の社会なのです。
2007.12.23
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昨日の新聞にある会社の社長のインタビューが掲載されていました。地元の製造業の社長です。その人の言葉がきっかけで、すべてのことがひとつに繋がった気がして・・・自分や自分の人生が、突然「見えた」感じがしたのです。その人は、社員=職人を育てるときに、技だけではだめだと言っています。職人、モノを造るための「心」を育てないと、技は生きてこないということらしいです。「心」・・・そう、大切なのは、その目的に必要な心なんですね。私の好きな事、興味あること、そして大げさに言えば人生の目的が見えましたね^^たとえば居合をするとき、確かに技の習得は必要ですが、その前に「居合の心」を理解し、はぐくまなければ微妙な技の呼吸がつかめないと思いました。たとえばファシリテーション。そこで学んでいるのは、テクニックではなく「ファシリテーターとしての心」ですね。相手の状態を察して、思いやる。言葉をかける。「技術」を書けばそんな感じですが、「思いやり方、察し方、言葉のかけ方」などは人により「心」によって変わります。そこにはその人の人生の「機微」が浮かんできます。私が興味を持ち、習得しようと努力することは、なんだかすべて精神的なもの、「心」に向いている気がしてきました。そうすると・・・おそらく目的は、年老いて、死ぬ前でもいいですけど、「泰然とした心」を習得するためではないかと思ったのです。これからもいろんな苦しみや、悲しみを、喜びも経験すると思います。だけどそれらに惑わされず、一喜一憂することなく、泰然とすごす。もちろん鈍感では困るわけです^^いろんなことを感じて、いろんなことを思いながら、それでいて泰然としていられる。そんな人間になりたいと思っているんだなぁと今日わかりました。わかったということは私にとってとても大きなことです。これからの進む道しるべになりますから。
2007.12.22
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今日PTAのサークル活動の会場予約に福祉センターへ行った時のこと。ちょうどお稽古ごとが終わった子供たちが広場で遊んでいました。そろそろお迎えの親たちが来る時間帯だったからでしょう、その中のひとりの女の子(2年生か3年生かな・・・?かわいい盛りです^^)が私を見て大きな声で聞きました。「だれのおとうさんですか~?^^」思わず私は「誰のお父さんでもありませぇ~ん^^;」と言ってしまいました。(笑これはちょっと間違っていますね。私もれっきとした「父親」でした。意味は「お迎えじゃないですよ」ということで、まぁ意味は通じたと思います。するとその子は、ちょっと驚いた様子でした。「何しに来たんだろぅ?」という感じでしょうか。そして通り過ぎる私に、「その声、聞いたことがある・・・」とつぶやき、通り過ぎる私の背中に、「あ~!^^、小学校のPTA会長さんだ~!!」と叫んだのです。ちょっと驚きました。運動会や入学・卒業式であいさつする声に聞き覚えがあったのでしょう。でも。すごいことですよねぇ。^^思わずうれしくなって、振り返りVサインを送ってあげました(爆)なんだかちょっと感動してしました。やっぱり「挨拶」は基本ですね。あんな小さな子どもとでも、交わす言葉があれば心があったかくなります。素敵な瞬間でした。
2007.12.21
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どうも最近、生きるのに気合いが足りないと感じています。すべて満足だから・・・なんて言う気はないですが、張り詰めたものが足りないような・・・^^。毎日来年度の事業計画を考えています。しょせん机の上の数字のたし引き・・・すべては計画後の行動にかかっているのはわかりきっているのですが・・・どうも気迫が足りないような気がするのです。もっと「欲望を」前面に出してもいいのではないか、いや出さないといけないのでは?なんて考えてしまいます。「飢えた狼」にあこがれつつ、実際には「太った羊」でしかない私(爆)気は体をあらわす。つまり「飢えた人」は「痩せて」いるのでは?^^少しウエイトを落としましょう。いや、問題は体重ではないのです。問題は「胃」です!精神的に飢えているためには・・・胃も飢えていなければいけないのです。(笑これからしばらく、精神を研ぎ澄ますために・・・「空腹感」と仲良くなることにします。何を言っているのかというと、『夜食のラーメンをやめよう!』ということなんです!!爆だけど・・・実際は7時に晩御飯を食べて、すでに8時間、さすがに腹減ったでーす。うん!これが「ハングリィ」な状態なのでアール。^^そういえば・・・動物占いで、私はオオカミです。。。。。
2007.12.20
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先日の右田ヶ岳登山で、すっかり右田ヶ岳のファンになった息子は次の計画を立案中。例年、子供たちと除夜の鐘を突きに行くのですが、その後で右田ヶ岳に登って、初日の出を見ようというのです。へぇ。そんな殊勝な気持ちがあるのかと驚きました。昼間と違って冬の夜から早朝です。懐中電灯とかの装備とか服装にも注意が必要です。本気なのかどうかわかりませんが、誘われるとこちらもその気になってしまいます。来年の一年のけじめに右田ヶ岳からのご来光を拝むのもいいかもしれない・・・と思い始めています。ただ、除夜の鐘をついて、さらに日の出を見る、となるとかなり睡眠時間の調整が必要になります。徹夜で登ったら大変ですし、かといって一度寝たら、4時半に起きるのも難しそうです。はてさて、子供たちがどれくらいやる気があるのか。実現できるかどうかはまだまだわかりません。^^
2007.12.19
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子供が「たのしい国語」の問題を出してきました。どうやらインターネットではやっているとのこと。第一問「あたかも」を使って短文をつくりなさい。答え「冷蔵庫に牛乳があたかもしれない」^^;第二問「どんより」を使って短文をつくりなさい。答え「うどんより、そばが好きだ」第三問「もし・・・なら」を使って短文をつくりなさい。答え「もしもし、奈良県の人ですか?」第四問「まさか・・・ろう」を使って短文をつくりなさい。答え「まさかりかついだ、きんたろう」第五問「うってかわって」を使って短文をつくりなさい。答え「彼は麻薬をうってかわってしまった」箸がころげても、おもしろい年ごろの娘は・・・こんなことばっかり考えては喜んでいます。子供は平和ですねぇ。^^オリジナル音声はこちらへ
2007.12.18
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長崎県で起きた猟銃の乱射事件はワイドショーを通じて茶の間に、日本における銃の実態を教えてくれます。現在日本に合法的に所持されている、猟銃や空気銃の数なんと30数万丁!そのほとんどが個人の家で実弾と一緒に管理されているのです。私が想像していたよりもはるかに多い銃の所持に、ちょっと驚いています。許可の制度や管理の方法についていろいろな意見が出ています。福田首相は協会が銃を一手に管理し、使用するときに渡すようにしたらどうか?とインタビューに答えていましたが、それとて「猟につかう」とウソの申告をした場合、事務手続き上犯罪を未然に防ぐことは難しいと思われます。ではどうしたら?結局のところ、マイケル・ムーアの「ボウリング・フォー・コロンバイル」での問題提起に行き着きます。「なぜアメリカでは銃の乱射事件が多いのか」所持率がすくない日本は当然犯罪も圧倒的に少ないです。しかしアメリカと同じくらい銃が存在する、カナダやヨーロッパもアメリカとは比べ物にならないくらい率は少ないのです。日常社会に存在する、「恐怖・緊張」それが圧倒的にアメリカは多いということのようです。では、日本は・・・?たとえ率として銃の所持が少ないとしても、30万丁という絶対数は、かなり多いと思います。社会の「緊張・恐怖」がどんどん増加していけば・・・「不満のはけ口として引き金を引く」そんな人がどんどん出てくる可能性もあるのですから。
2007.12.17
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きのうの夜岩国で仕事があって、帰り道に住宅街で見つけた建設会社の社屋です。暗闇に、一瞬「その手の店」かと思いきや、りっぱな建設会社のようです。^^住宅街にあって、さしずめ住民サービスでしょうか。なかなか見事なデコレーションです。岩国IC付近のこのあたりは住宅街でもほとんど真っ暗。とても奇麗に暗闇に映えていました。これだけの装飾をするということはとても住民想いの会社か。あるいはとても儲かっているか。はたまた社長が「電飾好み」なのでしょうか。私も10年くらい前は、庭の木に大きなツリーをつくっていましたが、最近は・・・感動しなくなったわけではなく、こうやって車から降りて写真を撮るくらい興味はあるんです。^^でも・・・やっぱり、木に登る元気は・・・無くなってしまったようです(爆)これだけの電飾をするには、社員総出での準備なんだろうと思います。実物はもっときれいで凄かったですよ^^。写真テク:デジカメのシャッタースピードを1秒と遅くして、当然フラッシュなしで撮ってみました。どう?きれいでしょ?^^
2007.12.16
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どうも年をとると・・・ではないと思ってはいるのですが。立て続けに用事が入ったり(電話とか、来客とか、事務処理とか・・・)したときに書き留めたメモが不十分で、あとで焦ることが増えてまいりました。(*_*)特にスケジュールらしきモノに肝心な「何」が書いてないとき。緊張が極致に達します。^^あれ?と思ったら、もう終わりですねぇ。どうしよう・・・と不安になって、一生懸命考えます。8割がた、ヒントがあって何とか思い出すことができるのですが、どうしても2割は思い出せないことが・・・悲しいです。知り合いの社長は60歳なんですが、本気で「若年性アルツハイマー症」を心配されていました。自分で指示したことを忘れるというのです。^^;内容ならまだしも、指示したことさえ忘れると嘆いてらっしゃいました・・・最近は人と話していても必ずメモをとるそうで、まるで「メメント」の世界です。^^症状がひどいと商売にも支障をきたします。どんなに急いでいても、きちんきちんとメモをとり、正確な処理を心掛けたいものです。さて・・・・いま、机の上に、1/24 9:30~13:00とだけ書いたメモがあります・・・・これって・・・何なのでしょう?いったいこの日何があるのでしょうか・・・???誰か教えてください!(爆)
2007.12.15
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昨晩防府商工会議所青年部の忘年会に出席しました。卒会して2年しかたっていないのに・・・現役メンバーのものすごいパワーにただただ脱帽・・・^^特筆すべきは委員会対抗、余興合戦!小島よしお、ムーディ勝山、西岡すみこ、東国原知事・・・モノマネ合戦と抱腹絶倒の手品の出し物・・・いや~、久しぶりに大笑いしました。だから今日はちょっと頭が痛いです・・・(笑)特に西山すみこはOBにオオウケで、にわかにアイドル状態。「目覚めたんじゃ?」とみんなが疑うほどにハマり役でしたね。いろいろ社会情勢は厳しいけれど、若者はぐじゃぐじゃ悩まずに、当たって砕けろ!?^^元気いっぱいなのが一番です!みんなに元気をもらって、とってもハッピーでした。いや~楽しかったなぁ。ビデオに撮ってたから、機会があったら写真をアップしますね(笑)
2007.12.14
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ソニー、言わずと知れた「マイアミ・バイス」の主人公です。80年代の大ヒットドラマ。青春スターだった「ドン・ジョンソン」を一気に世界的スターに押し上げました。ほとんど同じ年齢だと思ったら10歳年上でした。1984年といえばわたくし25歳のころ。とてものめりこんでおりました。^^AXNで再放送を見ておりますが、今日はドラマの中でソニーが結婚する回でした。護衛についたロックシンガー「ケイトリー」とのロマンスです。この美人はロックシンガー「シーナ・イーストン」懐かしいです。^^ドラマの中ではとてもかっこいい役なので、女の子にもモテモテです。役柄は刑事、公務員ですから週給400ドルなのですが、麻薬ディーラーのおとり捜査をするために服は有名ブランド、車はテスタロッサ、そしてクルーザーに住んでいます^^;すべて署からの貸与品です(爆)だけど颯爽と乗りこなしているのでかっこいいんですよぉ。実際の私生活もかなり派手だったようで共演する女優との浮名がマスコミで評判でした^^。まぁ、これほどかっこいいとそうなるでしょうねぇ^^ドラマの中では同僚の刑事「ジーナ」(サンドラ・サンチアゴ)とも付き合いますが、結局選んだのは「ケイトリー」でした。さて、どちらがお好み?^^難しいなぁ・・・(爆)
2007.12.13
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先日防府市役所の交差点で名前を書いたのぼりを持って、行きかう車や歩行者に挨拶をしている男を見ました。どうやら次の衆議院で立候補する予定らしいです。街角での挨拶は「誠意」を表わすのに最適らしく、立候補予定者の常とう手段ですね^^。私の友人も隣の市ですが市議会に出る時、毎朝国道で挨拶をしていたようです。この行為はある意味その人の「誠意」や「誠実さ」をあらわしているようにも思えます。「日頃往生」あるいは「平生往生」などという言葉が防府にありますが、毎日続けることで『なにか』を訴えるのでしょう。そして人々はその地道な行為に惹かれます。そして人々は思います。「あの人は信用できる」と。しかし私はこういうことも知っています。^^人が何かを本当にやりたい、あるいはなりたいと思ったら「自分の本当の姿を隠して、ある程度のことは平気でやれる」ということを。(爆)そして、ある行動と実際の性質、あるいは表面と内面はそれほど関係がないことを。^^また人間はとても複雑です。ある一面ではとても誠実だけれど、別のことに関してはとても非道であったり、無慈悲であったりだらしなかったり・・・ある一面をみてその人の全部は判断できないのです。だから最初の話に戻れば、毎日交差点に立って2,3年みんなに挨拶しても(私にはとてもできない立派なことですが・・・^^;)、それは「挨拶する」という行為に対して誠実なことの証明ではあっても、その人が「みんなのために政治をする」かどうかには無関係だと思うのです。ある人はその挨拶という行為と同じように、国民に対して誠実かもしれません。しかしまったく違う人もいるでしょう。この二つのことには何も相関関係はないと思います。でも人々は簡単に誤解してしまいます。そして投票行動に影響を与えます。「政治」に対して誠実なのか、「国民」に対して誠実なのか、「自分の信念」に対して誠実なのか、「お金」に対して誠実なのか、「福祉」に対して誠実なの、「税金」に対して誠実なのか・・・すべてに対して誠実な人は、本当に少ないと思いますので、消去法であっても、その人は一体何に誠実なのだろうか・・・というところを見極めて投票したいものです。
2007.12.12
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チャンネルをくるくる回していました。AXNが面白くなかったので、Movie Plus!にしたら、番組案内で、次は「メメント」だと。^^なんと。久しぶりに「いい映画」をみることができます。22時50分、始まったところです。この映画は特殊な脚本で、作り方が変わっています。種類はサスペンスで、とてもスリリングです。そしてラスト5分ですべての「恐ろしい事実」がわかります。不思議ですねぇ。何も説明がないのに、映画全体を通して最後に謎が解明するのです。私は「哀しくもとても怖い事実」をそこに感じました。この映画の作り方は「パルプフィクション」が似ています。しかし「パルプ」は監督の趣味でそういう作り方をしたのだと聞いていますが、この「メメント」は脚本の必然性で、そのようなつくりになっていますね。だけどそのため、映画の序盤はストーリーがつかめなくてとても苦しいです。^^20~30分するとコツがつかめてストーリーを追えます。私は3年前にこの映画を見たときに、とても衝撃を受けました。すごい映画だと思います。少しの間、楽しむことにしましょう^^。まったく・・・よくこんな脚本考えましたねぇ。不思議な映画です。。。
2007.12.11
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NHKスペシャルの「ワーキングプア」問題について2回にわたって放送されてから、一年が過ぎたそうです。反響がとても大きくて、今更ながら問題の大きさがうかがえるとのことでしたが、私もとても衝撃を受けました。昨夜2回分の特別編集と16日に放送される「ワーキングプア3.世界の解決方法」の予告も含めた放送を見ました。「マネーゲーム」を嫌い、「やっぱり額に汗して働かなければ・・・」というのが持論の私にとって、『一生懸命働いても年収二百万円以下の人々』の存在はとても衝撃的でした。登場する人々はそれぞれ条件は違いますが、一貫しているのは一生懸命(並の一生懸命どころではなく、2つ3つの仕事を昼夜掛け持ちで働いています)働いているけれど、それでも「生活保護基準以下の暮らし」を送らざるを得ない現実なのです。何かがおかしいです。どうしてそうなるのか・・・結局は低賃金で働いているということです。何もわからない私は「仕事を選ばなければ、もっとあるだろ・・・」なんて思ってしまいますが現実はそんなに甘くないようです。背景にあるいくつかの社会問題に気づくと、国として、社会として対策が必要な気がしてきました。私たちは同じ日本人として、いや同じ人間としてそのような境遇に陥る人が出なくなるような、あるいは一度落ちても復活できるような社会制度を築く責任があると思いました。しかし具体的に何から始めればよいのか、問題が大きすぎてまるで対策が浮かびませんでしたけど。儒教の教えが減ったこと、神仏の考えが減ったことと、この問題は何か共通しているような気がしてなりません。日本人の価値観が精神的なものから物質的なものへと変わっていく過程で他人に対する思いやり、社会全体が持っていた思いやり、相互扶助のような精神がほとんどなくなってきていることが大きいのではないかと思います。「お互い様」とか「強いものが弱いものに情けをかける、惻隠の情」とかがなっているような気がします。「思いやり」があったからこそ、自由な競争ではあるけれど、どこか日本は『社会民主主義』のような貧富の差が極端に大きすぎない、「情けのある社会」だったような気がしていたのですが。ところが最近は・・・・では、どこから手をつければいいのでしょうか・・・派遣労働よりも正社員の方が労働条件はよいのは決まっています。しかし派遣で働いている人は、正社員では採用がないといいます。企業は競争に勝つために、コストダウンのため賃金を下げようとします。最近はアジアからの研修生を使ってコストを下げます。どうしてもいやな言葉『搾取』という言葉がよぎります。働く人が当然得るべき利益を誰かが奪っているような気がするのです。160年前の明治初期の『女工哀史』を彷彿とさせます。歴史は繰り返すのでしょうか・・・・・世界に誇っていた、勤勉な国民、質の高い労働力、そして終身雇用制度・・・すべて日本の強みと言われていたものですが、これからの日本はどうなるのでしょう。あと10年たったら・・・。おりしも今週末、中学校の一年生の総合学習の時間で「起業者からみた仕事・働くこととは」のようなテーマで話をすることになっています。はてさて・・・なんだかとっても話しづらくなりました。単純に自分の経験を披露するだけでは、納まらなくなってしまいました。いったい何から話せばいいのやら・・・彼らには「ワーキングプア」になってほしくないです。絶対に。史上空前の利益を出している大企業は、その利益がどこから来ているのか、考えてほしいと思います。そして少しでも、従業員や下請け関連企業従業員などの「人間」の犠牲に成り立っているという点があるならば、その人たちに「還元」してあげて欲しいと願います。答えを見つけた人の意見
2007.12.11
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昨日の日曜日。子供たちが右田ヶ岳に登る計画を立てていたので、一緒に同行させてもらいました。^^天気も良かったし、何よりこんなふうにみんなの都合が合うなんて一年に数回もないので息子の友達二人と娘も一緒に登りました。友達二人は初めての登山。ほかのメンバーも2,3回目ということで楽しんで上りました。前回と同じルート。天徳寺側から登って、塚原口に降りる人が多いのに逆行するものだから・・・^^出会う人に挨拶しながら進みました。^^;2回目ということで道も知っていたのだけど、それでも下りの崖はちょっと大変でした。やっぱり崖は登って、登山道を降りたほうがいいですね^^。足ががくがくです。男の子たちは本当に元気で、はしゃぎまわってタフでしたね。まぁ、女子2人がいなかったら私も同じペースで上り下りできたと思いますが・・・笑)まだまだ小6には負けられません!^^さて快晴のよい天気で、山頂は5度だったけど汗ばんだ体にはとても気持ち良い視界でした。悪乗りした子供たちは、山頂でもふざけるのを忘れません。元気元気。こどもは元気が一番ですね^^
2007.12.10
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先日のおいしい醤油ラーメン(ひょっとしたら鶏がらラーメン)の店がわかりました。なんと^^・・・餃子専門店と形容詞がついた「豚豚」でした。あれほどおいしいラーメンなのに、HPのお店紹介では『その他』のメニューで、「ラーメン550~」とだけ書いてあります^^;そんな扱いですか・・・笑でもあれほどのラーメンが付け足しくらいの扱いなのだから、主力の手作り餃子はさぞかしおいしいだろうなと、垂涎もんで書いています。(腹減ったァ・・)なんでも15種のラーメンがあるそうな。オーナーお勧めの「餃子三昧」というのがとても素晴らしいとレビューが書いてありました。月曜日に湯田温泉で忘年会があるから、今から楽しみです@@(忘年会の食事よりも、帰りみちにラーメンと餃子を食べようとワクワクしています^^)
2007.12.09
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林崎甚助-わが「夢双神伝抜刀術兵法」の流祖と言われる人です。1542年戦国時代羽州村山郡楯岡在林崎村(現在の山形県村山市大字林崎)に生まれました。没年は不祥ですが1617年か1618年といわれています。この時代では長生きの76歳です。8歳から剣の修業を始め、15歳の時熊野明神から抜刀の奥義を授かったといわれています。道場では織田信長の前で居合を披露した時に、「世に二つとない素晴らしい技である」といううことで「夢双」の名をもらったと伝えられています。信長は1534年-1582年ですから同時代です。本当はどうでしょうか。甚助は信長に会ったことがあるでしょうか。わが流派は別名というか通称「夢双神伝英信流」とも言います。これは第七代長谷川英信が技に改良を加えたためです。他の英信流では長谷川英信を初代の流祖とするものもあります。この長谷川英信という達人は、それまで刀の刃を下向きにして太刀のように抜く、抜き付け技法であった居合を、刃を上にして抜きつける打刀の技法に改めたと伝えられます。しかし、この説には諸説あり、近代になってからの伝承とも考えられています。それは林崎甚助の時代にはすでに打刀であったこと、他の林崎甚助を開祖とする流派も打刀を使う技法であり太刀居合が存在した形跡が無いこと、などのことによります。これを確かめる術は私にはありません。しかし伝承されている技を見ると、長谷川英信より以前の技も打刀です。なのでこの変更はもっと以前にされていたのではないかと思っています。やはり流祖林崎甚助に帰着するような気がします。しかし刀を上向きに変えたのが誰かは別にして、それは居合の中から発生したのは確かだろうと思います。それは技の性質から想像されます。剣術では刀を抜いて構えまえるので刀の差し方はどちらでもよいと思われます。関係ないと言えるでしょう。しかし居合では、抜きながら切りますので刃が下だと下からしか切りつけられません。技としては制限を受けます。より効果的な殺傷のための工夫として当然、横や上からも切りつけられるようになっていくと思います。技の奥義には古伝の技、「奥居合」に属する二十本の技のうち、唯一刀を左手で回して刃を下向きに、下から斬りつける技があります。つまり古伝にこの技があるということは、つまり古くは刀がどう抜かれていたか、の証明ではないかと思います。そこで・・・かなり強引ですが、古い時代の肖像画から各時代の武将の刀の差し方を調べてみました。源頼朝-太刀、下向き。元寇の襲来-騎馬武者。太刀、下向き。足利尊氏-太刀、下向き。楠木正成-太刀、下向き。武田信玄-太刀、下向き。山本勘助-刀は下向き。織田信長-わき差しの刃は上向き。豊臣秀吉-脇差は上向き、太刀は下向き。徳川家康-晩年まで太刀、下向き。加藤清正-刀は上向き。毛利元就-刃は上向き。坂本竜馬-刃は上向き。新撰組-隊士の刃は上向き。(写真が残ってます)西南戦争-薩摩の武士の刀、刃は上向き。やはり戦国時代に刀の抜き方が変わったようですね。^^
2007.12.08
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「華氏911」。2004年カンヌ映画祭、ドキュメンタリー部門の作品としては85年ぶりにパルムドールを受賞しました。受賞時のスタンディングオベーションは25分間鳴りやまなかったそうです。映画のスタイルは「ボウリング・フォー・コロンバイル」と同じ。カメラマンをひきつれて、マイクを持ったマイケル・ムーアの突撃取材です。コロンバイルではコロンバイル高校で起きた二人の高校生が同級生を銃の乱射で殺した事件についての取材を通して、アメリカの銃問題に迫りました。今回はズバリ、「アメリカ」そのものを攻撃の対象にしています。その象徴として「ジョージ・W・ブッシュ」大統領の発言と行動を執拗に追ってその矛盾と虚偽を糾弾します。出演は、マイケル・ムーア、ジョージ・W・ブッシュ^^;。その他の政治家、市民、そして平和運動家などなど。ずっと前から気になっていて、やっと見ることができました。吐き気がするほどの、アメリカ支配層(白人の政治家ってこと)の奢り。どこの支配者層もそんなもの・・・と思いつつ、これはひどい。アメリカ政府の傲慢さがこれでもか!と画面に映し出されます。見ていて気分が悪くなりました・・・・911に端を発した、テロとの戦い。イラクの大量破壊兵器情報に基づく湾岸戦争。その流れを取材し、アメリカ政府の「ある意図」を浮き彫りにします。(それが何か、は見て感じてください。すぐにわかります)マイケル・ムーアはこの作品について、「この映画はブッシュ氏批判ではなく、9・11後に起きたより大きな問題を考えるのが目的」と記者会見で語っています。しかし私にはもっと具体的な批判の標的として、もともとあまり好きではなかったブッシュ大統領を完全に嫌いにさせました^^;。もちろん、反ムーアの意見も多数あります。社会学者の宮台真司氏は『この映画はムーア支持者や民主党支持者といった「反ブッシュ」の溜飲を下げるためのもので、ブッシュ支持者を巻き込む作りにはなっていない」と批判しています。さらに、「『ブッシュの悪』で『アメリカの悪』が覆い隠されてしまう可能性が危惧された」とも述べています。確かに・・・批判されるべきは、ブッシュ氏個人ではないかもしれません。個人より国家の罪のほうが驚異であることもわかります。でも、ブッシュ大統領が嫌いな事には変わりないですが^^;見ていて本当に胸が痛くなりました。それはイラクで息子を亡くした母の嘆き。犠牲になるのはいつも貧しい家庭の、アメリカの民主主義に忠誠を誓った青年たちです。イラクで死んだアメリカの若者はすでに3000人を超えています(2006.12.31日現在)。後半でムーアがナレーションを入れます。かなりショッキングな内容です。「戦争がいつ終わるかって?戦争は終わらないよ。終わりっこない。なぜなら彼らの目的は戦争に勝利することじゃないから。『戦争を継続すること』こそが彼らの目的だからだ」そうなんでしょうか。もし本当なら、理念に従って志願した若者たちが浮かばれません。ラジー賞というのがあるそうです。この映画はゴールデンラズベリー賞でブッシュの「最低主演男優賞」^^;、ラムズフェルドの「最低助演男優賞」など5部門にノミネートされ、うち4部門を受賞したそうです。(爆)
2007.12.07
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仕事の勉強会で広島へ行ってきました。改めて都会・・・というほどではありませんが^^それでもさすが100万都市。街の規模が違います。同時にお金と空間をぜいたくに使う、都市の余裕というものも感じました。紙屋町の大通りから一歩入った商店街。防府の商店街と比べたらいけませんが、なんとまぁ人が多いこと^^;これだけの往来があるなら商売も醍醐味があっておもしろいだろうなあと思いました。そうこうするうちに、おもしろい店を見つけました。中まで入ってないので雑貨屋なのか、喫茶店・レストランなのかはっきりしませんでしたが、高い地代の店先にこれだけのスペースを演出にかける余裕。なかなかできないことじゃないでしょうか。「売り買い」に関係する直接的な部分じゃなく、間接的な「イメージアップ」にどれだけお金をかけられるか・・・商売の秘訣にふれたような気がしました。「イメージ」はとても大切ですね。
2007.12.06
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AXNのテレビシリーズで「ヤング・スーパーマン」をやっていますね。誰でも知っているヒーローの誰も知らない過去、という触れ込みでクリプトン星人である「クラーク・ケント」の幼児期から高校生までの物語です。よくできた脚本でデイリープラネットの記者として活躍するスーパーマンの青春時代がとてもリアルに描かれています。物語の中心はSFヒーローものではなく、よくある若者の青春ドラマです。父親との葛藤、自分の中に人と違う部分を発見した時の戸惑い、恋愛、友情・・・形はSF特撮の部分をとっていてもとても共感を覚える人間ドラマになっています。いいドラマでしょう。その中で、唯一気になるというか違和感を覚える場面があります。それは「友達には隠し事をしない」という大原則です。これってアメリカ人の若者の価値観なのでしょうか?人に言えない秘密があることは人として当たり前だと思いますし、プライバシーをとても重要視するアメリカのイメージと最も相反するもので、少し驚いています。あまり立ち入った事は聞かないのがアメリカの流儀と思っていたら、ドラマの中では「教えてくれなかった」とか「なにを隠しているのか」とか「友達なら何でも言ってくれないと・・・」と、とても強制的なのです。^^;そして必死にクラークの秘密をみんな探ろうとします。「クラークが宇宙人だということを隠しているからです・・・・・」どうしてそっと見守れないのでしょうか・・・・もしアメリカに生まれていて、青春時代にこんな風に自分のことをなんで話さないんだと要求されたとしたら、ちょっと・・・いやでしょうね・・・。誰だって、秘密があってもいいじゃないですか?そう思いませんか?
2007.12.05
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私は福岡の生まれで、久留米から20kmくらいの場所です。だから当然のこと、ラーメンは「とんこつ」。高校卒業までの18年間(いや、実際に食べたのは10年くらいだろう^^)にいやというほど食べました。大学へ進んでも、関東地方に就職しても、どうも醤油ラーメンは「おいしくない」という印象で好んで食べませんでした。もちろん「まずい」とは思いませんよ^^。北海道の「どさん子ラーメン」とか「みそラーメン」系は、まあOKかなぁ^^;昼食に入るラーメン屋ではもっぱら「とんこつ」。店の名前が「九州ラーメン」的なら、どうも気になって・・・。^^「久留米ラーメン」「博多ラーメン」なら一度は入りたくなります。ほかの地方のラーメンでも「熊本のパーコー麺?」などはいいですねぇ。^^ところが最近、醤油ラーメンにはまってしまいました。とてもおいしい醤油ラーメンを続けざまに食べたことが影響しているのでしょうか。インスタントラーメンやカップめんでさえ、とんこつ系オンリーだったのが醤油系になってしまいました^^;そのおいしいラーメンとは、光市の新日鉄光工場の正門前から北へすすんで左に入ったところにあります。残念なことに、店の名前を忘れてしまいました。でも本当にお勧めですよ。そしてその一週間後に食べたのは山口市の防長苑から2号線へ向って進み、交差点の手前の左側のビルの1Fにあるラーメン屋さん。飲んだ帰りの夜遅くだったのでおいしかったのかも^^と思いつつ、韓国風?かなりトウガラシが入った激辛でしたがとてもおいしかったなぁ。ただし、とんこつじゃなかった、ということでここのラーメンが醤油味かどうかは記憶があいまい^^;名前も何ラーメンかさえ思い出せないけど・・・また食べたいと思っています!写真がないのも残念でした^^こんど撮ってきますね。
2007.12.04
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真言宗は禅宗の範疇に入らないと思っていましたが、同じように鐘とシンバルのようなものを打ち鳴らすんですね。祭壇には菊がたくさんあって、それからお焼香は式の本当の最後の最後、一般の焼香が終わると、親族の最後のお別れでした。こうやってみると、仏教と一口に言うけれどかなり違う部分がありますね。式のあとで先輩が先日神道のお葬式に出たことを話してくれました。音楽が流れてだいぶ雰囲気が違うそうです。廃仏毀釈で分けられる前の状態とはどんなものだったのでしょうか。その時代の人にはあたり前のことが、それを知らない者にとっては全く不可解なものにうつるのは今も昔も、宗教だろうが文化だろうが同じことですね。ちょっと調べただけでもとっても興味深い事実が出てきました。本当に日本人って興味深いですね。「寛容」とか「柔軟」、あるいは「臨機応変」そんな民族ですね。総合して言えば、「したたか」な民族と言えるかもしれません。「したたか」とは「強か」と書くのですね。確かにしたたかさには強さがあります。「廃仏希釈」の反対は?「神仏習合」ですね。これをしたのが聖徳太子だと知って、驚きました。今から1500年前のことですって。神話の世界。日本に昔からあった「神」と中国から来た「仏教」。この2つを矛盾なく取り入れること、天才聖徳太子の面目躍如ですね。そうして支配階級には「神道」、民衆には「仏教」が受け入れられたんですって。だから日本の神は「支配的」なんだと。。。今でも残る福井、勝山の「平泉寺白山神社」という神社仏閣。廃仏稀釈前は「白山神社平泉寺」と言っていたそうです。戦国時代日本は西洋的な「キリスト教」に出会いますが、江戸時代に入ると幕府はキリスト教を禁止し、民衆支配の倫理思想として秩序を重視する儒教をとり入れました。神仏習合をさらに発展させたのは、徳川家康だそうです。仏教の寺壇制度は現生のみならず死後の管理にも大きな力を発揮していったそうです。こうして現在残っている「葬式仏教」の基礎ができたらしいです。「天道」による統一のもとに神・仏・儒の三道を説く熊沢蕃山の「心学王倫書」(1650)というものが流行したそうです。このように結びついた「神・仏・儒」は長く日本人の意識を規定していきます。(私もかなり影響を受けています)神仏が分けられると、私たちはお寺の檀家と神社の氏子の立場が与えられました。第二次世界大戦の敗戦後、神道が否定されると私たちは「檀家」は意識するものの、氏神に対して、氏子という立場をあまり意識しなくなったような気がしています。そして、現在まったくと言っていいほど最近は忘れているのが「儒教」の存在です。近代のモラルの低下、の一因に「儒教」の存在低下があると考える人もいます。数年前の「韓流ブーム」は「儒教的な精神に基づく、礼儀正しい、美形の若者たち」が「50代より上の団塊の世代によって支持された」ことが理由じゃなかと、ひそかに思っています。^^だから社会の乱れを直すために、「神仏習合」を復活させようという動きもあるようです。「自己責任」「競争社会」「格差」などの欧米的な考え方に違和感を持つ人々など、日本人が日本人に戻りたいと願う心理の表れなのかもしれません。
2007.12.03
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NHKの番組で、光る生物の不思議を特集していました。日本で一番のひかりといえば、もちろん蛍ですね^^。蛍のお尻はなぜ光るのか・・・そこには、「光るたんぱく質」のなぞが。現在この生物界にある「光るたんぱく質」の医学的利用が研究されているようです。がん細胞にこの細胞を植え付けると・・・転移する細胞の動きが目に見えます。体中を移動する、蛍のように光るがん細胞。観ていてちょっと怖いような映像でしたが、見えるということは「転移」や「治療」のメカニズムの解明が進むと期待されています。そのほか、どんどん伸びていく神経細胞の動き。食中毒に対応するための、鮮度のバロメーターに「光るたんぱく質」を。あと数年したら、スーパーで製造年月日のラベルを改ざんし、貼り変えたとしても肉や魚のひかり具合で鮮度がばれる・・・なんてことになるかもしれませんね。ノロウイルスやサルモネラ菌の付着が目で確認できたら、こんなにすごいことはないですよね^^。生物の不思議な能力を自分たちのために利用する・・・。まったく人間の好奇心には頭が下がります。しかし同時に・・・「種」としての人間が増えすぎることの心配も少ししています。人間が増えるから地球温暖化などの原因CO2の増加も急激になるのであって、人間の数が少なかった頃はCO2の排出と吸収のバランスが取れていたんじゃないかなぁ・・・と素人ながら考えたりします。やはり生物である以上、地球上での「適度なバランス」というのがあると思うんですけどね。人間以外の生物は軒並、数を減らしているようです。中には絶滅する「種」も多いですね。現在の世界の人口は57億人位。未来の世界人口予測では、50年後に現在の世界人口の丁度倍になり、衣服、食料、住居、水、エネルギーも現在の倍必要とされるということです。それだけの資源をわれわれは地球上に作り出せるでしょうか。それだけの人口をわれわれは養えるでしょうか。それとも・・・生物界のバランスをとる法則にしたがって、人口が減少するようなことが起きるのでしょうか。たとえば出生率の低下による人口減、自然災害、疫病の流行、戦争・・・リセットがおきるかもしれないのです。人口が増え過ぎても、急激に減っても・・・心配ですねぇ・・・・・。
2007.12.02
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今日もまた訃報の話です。先輩のお父さん。私も交流があり、毎週のように例会でお会いしていました。73歳ではありますがとってもお元気でした。18日のの右田ヶ岳、塚原登山口の竹林整備にも元気に参加されていて、力仕事が多かったのに最後までお手伝いされていました。2週間前のことです。その後健康診断で病気が発覚。即入院、そして手術だったそうです。私はぜんぜん知らなかったのですが、その手術も無事終わったそうです。何はともあれ、良かったねぇと喜んでいた矢先の事態で、病院で歩行中に倒れられたそうです。手術とは関係ない心臓の発作だったそうです・・・。2週間前誰がこのようなことを想像したでしょう。人の命とは本当にもろく、か弱いものなのですか。人には生まれたときから寿命が決まっていて、運命には逆らえないという考え方もあります。何気ない事故で死ぬ人もいれば、途方もない事故や重大な病気からさえ生還する人もいます。その差はいったい何なのか。理解できないことは神様の御心のままに・・・と思ったほうが良いかもしれません。もし自分があとどれくらい生きるか、わかるとしたら人はどんな風に人生を送るでしょうか。もしあと2週間しか命がないとわかったら、私は何をするでしょう。何をしないでしょう。少なくとも、あと10年、20年は生きるつもりだから、こうして来年の計画を立てているのです。そう、来年はわが社も第20期を迎えます。そう、そろそろ転換の時です。そうやって今までがんばってきたのですから。
2007.12.01
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