60ばーばの手習い帳

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June 23, 2020
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カテゴリ: 常用漢字
​​​ ​ 6月23日は、国木田独歩の忌日です。
独歩は、詩人、ジャーナリスト、編集者、そして小説家。

 銚子に生まれ、東京と中国地方を転々として育ちました。東京専門学校(現・早稲田大学)中退後、教師、家庭教師を務め、記者、編集者の仕事を歴任しました。
 自然主義文学の先駆とされますが、当時の文壇は「紅露時代」で、独歩の作品は高く評価されませんでした。やっと認められる頃に結核を患い、38(満36)歳で没しました。
 田山花袋は、独歩の人生は「窮」であったと言っています。

星 窮…キュウ、きわ(まる)、きわ(める)


​​           忘れえぬ人々 ​​  ​
​多摩川の二子の渡しをわたって少しばかり行くと溝口という宿場がある。​

溝口の宿、亀屋に泊まった無名の文学者、大津は、売れない画家の秋山と隣の部屋になりました。ふたりは美術論から宗教論まで話が弾みました。
 大津はまだ草稿の『忘れえぬ人々』という作品に出てくる、自分にとって忘れられない人々について話します。本来縁もゆかりもない人なのに不思議と心に残った人たちです。

 例えば、弟と二人阿蘇山の噴火口を見て、宮地まで降りたとき。
振り返って西の空を仰ぐと阿蘇の分派の一峰の右に新月が~澄んで蒼味がかった水のような光を放っている。

橋にいた僕たちの脇を、俗謡(うた)を歌いながら通り過ぎる壮漢(わかもの)がありました。その男が忘れえぬ人々のひとりになったのです。

 風景の描写がきれいです。この風景を負った、出会いなればこその「忘れえぬ」人なのかと思います。人生上の時々で、大津にはこの人たちの姿が自然に浮かんでくるのでしょう。もはや実在を超えた虚像となって。
​みなこれこの生を天の一方地の一方に享(う)けて悠々たる行路をたどり、相携えて無窮の天に帰る者ではないか~我も人もない~​​
旅の途中で会った人々。すれ違っただけ、または一方的に観察しただけの人たち。人生という旅の途中でほんの少しだけ関わった人々ですが、同じ地上に生を受け、やがて天へ還るのだと考えると、心ひかれます。


溝口 大山街道とふるさと館

 ​​​最後に、大津が原稿に書き足した忘れえぬ人々が、秋山ではなく、宿の主人というのは意表を突かれました。秋山の実在を確認しすぎたからかもしれません。​

               引用および参照元:国木田独歩『忘れえぬ人々』岩波文庫





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Last updated  June 23, 2020 12:00:19 AM
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