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延原時行歌集『命輝く』 (第243回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(92―3)いよいよの歌、蝶番の歌、新著執筆の歌、共鳴の歌、妹背会話の歌、神戸自立学校の歌、祝福の歌の歌、を巡りて、の記 2012年6月25日~29日 6月25日 新著執筆の歌四首 沸々と心にたぎる二著ありて完成せよとせがみおるなり まずは主著御神のエコゾイックスエコ神学の新機軸なり 次はこれしるし誕生アナロギア神学窮む説教思索 いのちとは波に乗る事進む事思索時行く船乗りの旅 我が家からぶらり散歩で15分ほどのところにJR兵庫駅があります。南側には「キャナルタウン広場」があり、そこに図書館や特養ホームなど福祉施設、健康センターもあり、大規模な高層住宅群が聳えています。ここから徒歩で能福寺や清盛塚、ヴィッセルやなでしこのサッカー場もあります。駅の間近に手頃な食事処「はたごや」もあります。コープさんにお買い物に出掛け、広場に立って、数枚写真に収めました・・・。 上の写真はモニュメントですが、以前この辺りは「国鉄」の場所で「山陽電鉄」の終点でもありました。
2012.08.31

延原時行歌集『命輝く』 (第242回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(92―2)いよいよの歌、蝶番の歌、新著執筆の歌、共鳴の歌、妹背会話の歌、神戸自立学校の歌、祝福の歌の歌、を巡りて、の記 2012年6月25日~29日 6月25日 蝶番の歌 大怪我のなかりしならば生活の大再編もなかりしならん 不思議なり事の起こるは摩訶不思議一つ一つに当たるほかなし (備考:2010年11月30日夜県立新発田病院に妻入院のTELせし以来。) かくて我妻共々に新発田にて内へ内へと運ばれつ生く(備考:大学は市民生活の内の外のものなり。三つの病院=新発田病院、リウマチセンター、豊浦病院=識り、愛宕の園豊浦、はあとふるあたご、サンフラワー、さらに片桐医院、北越病院の働き人と新発田の福祉社会知れり。) その内は街の内へと言ふなるも御心の内探り当てしも その内に当たりてはたと我思ふ大活躍期ここに始むと 時代のぞ奥まりぬ底そこにこそ内と外との蝶番あり ここにまで来りて我は肚決めぬ妻看病も思索時なり 次々と思索せし事弾き来て時代の急所ありありと見ゆ 我が家こそ陸の孤島と思ひきや導線脈々ここに彼処に かくて我妻共々にこの時代生き抜くための蝶番見ゆ 昨日は若き日、家族のようにお世話頂いた滋賀県近江八幡市十王町の梅村さんご夫妻宅をお訪ねしました。冒頭のおうちの写真は、ご長男の設計建築されたご自宅です。上の写真左が梅村さんです。ご夫妻共々90歳近くなられますが、ご家族の支えもあって、若き日の愉快な日々を思い起こして、笑い転げてまいりました。当時、幼稚園に通っていた娘さんが、ご親切に自動車で駅から送り迎えしていただいたり、ご近所の懐かしい方もお顔を見せて下さったり・・・。青春時代と新婚時代と・・。「出合いの家」の駆け出しのときで・・・。昔の景色もいくらかは残っていますが、まちはいま大きな変貌を遂げていました。近江富士と言われる「三上山」、遠くに比叡連峰の山々・・・。ご自宅に文鳥もいて・・・。
2012.08.30

延原時行歌集『命輝く』 (第241回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(92―1)いよいよの歌、蝶番の歌、新著執筆の歌、共鳴の歌、妹背会話の歌、神戸自立学校の歌、祝福の歌の歌、を巡りて、の記 2012年6月25日~29日 6月25日 本務いよいよの歌二首 著述こそわが本務ひそと聴く御神の声世にぞ叫ばん (備考:マタイ福音書10章27節参照。) 我がいのち大活躍期入りたり友のブログの摂理ありてぞ(備考:鳥飼師ブログに現在まで拙著公開6冊と歌集なり。感謝無限ぞ。さらに二著近く始むなり。) 今日はこれから滋賀県・近江八幡市に出掛けてきます。若き日、同志社の神学生時代から新婚の頃まで、家族同様にお世話になったご夫妻に逢うためです。手みやげを求めて神戸長田にあるDAIMARUまで、夕方ぶらり散歩をいたしました。先日「鉄人ビアガーデン」に乗り出したばかりですが・・・。震災のあとまちの姿は一変していますが、夕食に立ち寄ったのはかつてのそば屋さんが一新され、とても雰囲気のいいお店になっていました。味ももちろん大満足!! 若者にも好まれているようです。今回は、そのそば屋さんと鉄人広場、そして惜しまれつつ近く撤退と聞くDAIMARUと駅前広場をUPします。
2012.08.29

延原時行歌集『命輝く』 (第240回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(91―6)驚きぬの歌、妻の朝の歌、妻微笑みの歌、御心の道の歌、我は知る歌、食卓大作戦の日の歌、今の歌、を巡りて、の記 2012年6月22日~24日 6月24日 今の歌四首 洗濯をたたみおる時沸々と言ひ難きもの心突き上ぐ 思ふだに恐ろしき怪我癒されてGod blessedと称ふ妻今あれば 一瞬の転寝(うたたね)誠心地よし肩の張り抜け生気漲る 久方の光のどけき初夏のあさ赤ソックスに妻ぞ晴れやか(備考:1月末北垣宗治先生叙勲祝賀会にて京都に赴きしおり、求めしこのソックスことのほかノーちゃん愛着せり。多くの人褒めりとて。) ヨサコイ踊りは、昨年初体験した阿波踊りなどと共に、今や世界的な広がりが見られますが、若者たち、中でも学生たちの人気も高いようで、今年の全国大会のも母校同志社大学よさこいサークル「よさ朗」の登場もあったり・・・。今回は「早稲田大学よさこいチーム「東京花火」の競演の様子を少しだけUPします。
2012.08.28

延原時行歌集『命輝く』 (第239回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(91―5)驚きぬの歌、妻の朝の歌、妻微笑みの歌、御心の道の歌、我は知る歌、食卓大作戦の日の歌、今の歌、を巡りて、の記 2012年6月22日~24日 6月23日 食卓大作戦の日の歌八首 食卓の大作戦を思ひつき励みおるなり朝夕野菜 朝餉には妻パンと共レタスなど新鮮野菜バリバリと食む 暇みつけ昼の間に煮物する時行煮とぞ腕なりにけり 今晩は時行煮にぞ銀鮭を添へスピナッチお浸したんと 父さんの料理の腕は私にはちょうどぴったり合ひし如しよ (備考:大島誠雄療法士さん質問に答ふ。) 箴言の翻訳も妻試みる心のゆとり得たるや嬉し (備考:第一条復唱の後邦訳せり。) リハビリの大島氏にも工夫ありテーブルの文字拾ひ妻笑む(備考:のぶはらのぶこの七文字揃へしなり。あの時に瞳孔全開なりし右眼も少しずつもの見ゆるなり。これ正に奇跡なり。而して何事かの端緒なり。佳し。) 今年の「よさこい祭り」の写真が、まだまだ残っていました。今回は「子ども編」ということで数枚収めてみます。いいですね!始まって2時間ほど過ぎたところで、急に雨粒がポツポツ・・・・。そして本降りになって、少し移動しましたが、競演は雨のなかも、ますます威勢の良い迫力で続きます。今回最後に、先日神戸新聞でフードコラムニストの鵜殿麻里絵さんの記事があり、過日ここでも取り上げた神戸元町の喫茶店「舌れ梵(トレボン)」が登場していましたので、スキャンして置きます。写真のバックに岩田健三郎さんの若き日の作品が写っています。「ハニートースト」を食べに萬田五十鈴さんお店にでかけよう。
2012.08.27

延原時行歌集『命輝く』 (第238回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(91―4)驚きぬの歌、妻の朝の歌、妻微笑みの歌、御心の道の歌、我は知る歌、食卓大作戦の日の歌、今の歌、を巡りて、の記 2012年6月22日~24日 6月23日 我は知る歌四首 我は知る我を知る人近き人のみならずして拙著読む人 (備考:感謝の認識なり。) 我は知るブログ公開邦文に続き英文著述時なり (備考:摂理なり。) 恐らくは邦著併せて三十と英著十冊なべて四十 (備考:一瞬一瞬書き綴りしのみなるに。) 生涯の仕事覚へて励むことこれも恵みと深々と謝す (備考:深々となり。) 本日の日曜日は、延原さんは東新潟教会において、私は神戸丸山教会において、それぞれ礼拝説教の奉仕日となりました。無事白内障の手術も済まされたばかりの延原さんはただいま深い省察を深めておられる「主の祈り」の説教を、私は「恵みを受けて」と題して延原夫妻の著書『あなたがいちばん近い御方は誰ですかー妻と学ぶ「ラザロとイエスの物語」』をめぐるお話を準備しての、新しい朝でした。折尾嘉子牧師の牧される神戸丸山教会(付属の丸山子羊幼稚園併設)はこの日「創立記念日」で、バッハの「G線上のアリア」の美しい演奏も組まれた特別礼拝でした。山の手にある素敵なこの教会には「祈りの鐘楼」が聳えています。地域に根付いた教会と幼稚園で、この日も若い幼稚園の先生方などのお顔も見えて、礼拝後の手づくりの昼食のひとときも、心なごむひとときでした。。ふしぎなご縁で、年に一度、8年目になったでしょうか。馴染みの教会になりました。今回は、いつも礼拝の前にしばらく時を過ごす近くの公園ーー立派なクスノキがあり、神戸のみなとも眺望でき、百日紅も美しく・・・。つくつくほーしも綺麗な声で・・・。教会玄関の朝顔や・・・一緒に頂いた御馳走など・・UPいたします。
2012.08.26

延原時行歌集『命輝く』 (第237回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(91―3)驚きぬの歌、妻の朝の歌、妻微笑みの歌、御心の道の歌、我は知る歌、食卓大作戦の日の歌、今の歌、を巡りて、の記 2012年6月22日~24日 6月23日 御心の道の歌六首 しみじみと知るに至れり御心の我等が事に成りつつありと (備考:一年七か月の此度の経験の事なり。) 御神は隠れたるわざ成し給ふその事をこそ学びたるなり(備考:英語で"God is hiddenly at work."と書きしところ、米友人Bob Mesle甚だ好みたり。) 人の業決して事を決めぬこと深々と我等学びたるなり 己こそ事を決めんと思ふもの神に決めらる道に在るなり ああ人よ汝(なれ)恐るべしこの道理御神の道静々と行く 省献の佳き日祝せる御神はいと静々とはたらきたまふ 4年前でしたか「全国菓子博」が姫路市で開催され話題を呼びました。岩田さんの版画展を観て、岩田美樹さんの「星まつりコンサート」(ブログで紹介済み)の開かれた会館に向かう場所に、菓子博で展示された「お菓子の姫路城」がいまも公開されていました。和菓子職人の見事な業が、訪れる人を惹きつけています。見事な出来ばえです!
2012.08.25

延原時行歌集『命輝く』 (第236回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(91―2)驚きぬの歌、妻の朝の歌、妻微笑みの歌、御心の道の歌、我は知る歌、食卓大作戦の日の歌、今の歌、を巡りて、の記 2012年6月22日~24日 6月22日 妻の朝の歌三首 父さんの歌なめらかぞ我好むかく言ひつ妻箴言朗々 三十条やがて出すよと言ひしなばいい顔造りにーッと妻笑む (備考:我が歌集と共に延原信子英文箴言刊行すべし。いと楽しみなり。) はあとふる迎へ車の人となり出で立つ顔に朝日注ぎつ (備考:恩寵出発進行。) 妻微笑みの歌二首 艶然と妻微笑みて七十路(ななそじ)の祝ひ受けたるはあとフォト佳し(備考:17日七十歳の誕生日祝いはあとふるあたごデイサービスセンター城北町で受け、色紙フォト頂きぬ。「延原信子様 昭和17年6月17日生まれ お誕生日おめでとうございます。私達の寒~い冗談にも笑って下さる信子様。いつも楽しい大阪弁のお話をありがとうございます。いつまでもお元気でいて下さい。2012年6月17日 はあとふるあたごデイサービスセンター城北町スタッフ一同。」とありぬ。にっこり笑ったフォト一枚と共に。感謝無限。) この笑みは本物なりと痛感す御神のいやしそこに瞭然 (備考:ゆとり顕著なり。) 昨夜は神戸長田の下町も静かな地蔵盆でした。夕方自転車で地下鉄駒ケ林駅すぐのところにある特別養護老人ホームに出かけ、8時すぎに用事を終えてまた自転車でぶらぶらと・・・。かつて数十年前までは賑わっていた六軒道商店街など、少し明るい場所のお地蔵さんも数多くありますが、路地裏にあるお地蔵さんの前で、ご近所の人たちが集まって、澄んだ鐘を打ちながら、静かなときを過ごしておられました。夕食が少々遅れてしまいましたが、この「ぶらぶら散歩」、いつもと違った「静かな地蔵盆」を経験させてもらいました。
2012.08.24

延原時行歌集『命輝く』 (第235回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(91―1)驚きぬの歌、妻の朝の歌、妻微笑みの歌、御心の道の歌、我は知る歌、食卓大作戦の日の歌、今の歌、を巡りて、の記 2012年6月22日~24日 6月22日 驚きぬの歌三首 驚きぬ我が旧稿のテキスト化六万字をば友送り給ふ(備考:拙著『「イエスとキリスト」問題へのanalogia actionis[行為の類比]の提言ー1970年1月27-28日 日本基督教団宣教研究所主催のシンポジウム「イエスとキリスト」における発題の敷衍[増補版]』(川西・加茂兄弟団、1971年4月刊:Bambino叢書I)のテキスト化を全文鳥飼慶陽師成し終え、添付資料で送付し給へり。我実に実に驚きたり。それを話すや妻もただただ驚きぬ。謙虚な人やなあ、と。この論考は、もともと、日本基督教団の紛争中の大問題「イエスとキリスト」に関して我滝沢思想、八木新約神学、田川新約学を学びつつも独自の観点をanalogia actionis[行為の類比]なる新概念に込め、発表したるものなり。発表当日、教文館の七階ホール超満員の中八木誠一、田川健三、高尾利数の三氏と共に、我熱弁せしなり。今あれから42年目に、説教「これがあなた方へのしるしである。」と共に一本『しるしの誕生とアナロギア神学‐-クリスマスの喜びを巡って』を著さんとするなり。只今ブログ公開中の第六冊本『良寛とトマス・ベリーと共に』の次、第七冊本なり。感慨一入なリ。感謝無限。) 第七著今まさに出ずしるしのぞ誕生語るアナロギアの書 あの時は日本基督教団も揺れに揺れ我アナロギア読む(備考:読むとは、いろいろな意味なり。イエスをば、恩師滝沢の言ふ原事実の「生けるアナロギア」(analogia actionis)と読めり言ふ意味に、これ必ず世界的テーマとなり、必ず世界のキリスト教学会の注目浴びるなりとの読みもありたり。誠にその如くなれり。拙稿のちクレアモントにて英訳し、新想を盛りつつ(ことにパンネンベルク神学評しつつ)新稿となす:"Analogia Actionis: A New Proposal for Christology ‘From Below'" (Union Seminary Quarterly Review, 39/4, 1984, 269-285).直ちに、我全米に知らる。Who's Who in New Testament Studies and Archaeologyに1984年ノミネートされたる故なり。我元々組織神学者、哲学的神学者なるに、この珍事いとおかしかりき。日本の新約学の人々知らぬことなり。いずれにせよ、この一篇にて我日本の新約学的かつ組織神学的大問題の討論状況を世界に知らせ得たるを喜べり。) 毎年姫路で開催される「岩田健三郎版画展」の新作をブログにおいて数度にわたって紹介させていただきました。今回で最終になります。今年も多くの注文があり、発送作業もお忙しかったようです。神戸で開催予定の私たちの「人権シンポ」(10月20日土曜日・のじぎく会館)には、久しぶりに岩田さんを迎えてお話を聞きます。今朝の神戸新聞では、岩田さんの版画と文章で綴る長期連載「あんなとこ・こんなとこ:おっさんの途中下車」が大きな紙面を飾っています。今回は岩田さんの最新のお顔と版画展に飾られた花と奥様・美樹さん製作のスズメ二羽も添えて、作品の少々をUPさせていただきます。
2012.08.23

延原時行歌集『命輝く』 (第234回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(90―3)良寛と滝沢先生に学ぶ歌、癒し現在の歌、復活の階梯恵みの歌、ノーちゃんよの歌、証立つるの歌、を巡りて、の記 2012年6月18日~21日 6月20日 ノーちゃんよの歌二首 ノーちゃんよ父さんとこに帰ったら何とかなると言ひし汝(なれ)見よ なりたるは主の祝福の奇跡なり恵みの御業有難きかな 6月21日 証立つる歌十二首 人はそも証立ててぞ生くる者己が為のみ生くる儚し 御栄の証たつる為ならば我が悲惨げに器なりけり 主イエスも父の証を立つるためエリエリとこそ生き給ひけり エスの弟子我が人生も証燃へ立つる時にぞ真あるなり かく思ひかく信じつつ半世紀書き綴りたる拙著七冊 只今は畏友の手にてブログにとアナロギア著テキスト化最中 哲学の仕事二つに説教書チャプレンシーと良寛べりー その中に深々と記す我が証どこどこまでも基督称名 イエスースクリストスああイマヌエルアーメン成りて我が歌ぞ燃ゆ 歌の道称名の満ち我一途称名基教開きたるなり 証とて何かほかあるLibenter peccator ut tu in me iustificeris 喜びて我罪人に汝(なれ)内に義とされんためイマヌエル哉 今回冒頭の写真は私の書斎(?)の窓から望む六甲の山並みです。そして、上の新聞記事は、今朝の神戸新聞に載った私たちの「NPOまちづくり神戸」を取り上げられたものです。本日から三日間、メンバーがまた被災地へ出掛けます。よい交流が続いています。昨日、市場に買い物に出かけたいきかえりに写した写真を、以下にUPします。カリンの実のなる樹、大きくなった柘榴、私たちの花壇の花、そして今美しい百日紅の花たち。
2012.08.22

延原時行歌集『命輝く』 (第233回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(90―2)良寛と滝沢先生に学ぶ歌、癒し現在の歌、復活の階梯恵みの歌、ノーちゃんよの歌、証立つるの歌、を巡りて、の記 2012年6月18日~21日 6月20日 復活の階梯恵みの歌十二首 我妻と義妹と共に鼎談し新発田病院懐かしみたり 妻の口初めて出でし言の葉は「別嬪さん」ぞ自呼吸のなか(備考:新発田院2011年1月6日の事なり。頭を覆ふ包帯取りて「貴婦人」のごとき顔なり。我「別嬪さんや」と言へり。それをまだ口が物を言えぬ時に聞き覚え、かくて第一声「別嬪さん」とはなれり。いと可笑し。自呼吸が出来て、食べる飲むしゃべる続けり。) あの時は兄弟三人(みたり)喪服にて飛来せし事語る今なり(備考:今だからと義妹順子さん昨日洩らせり。兄佐々木邦義、弟則行、順子さんと共に2010年12月3日関西より空路飛来せし時の事なり。) ノーちゃんよ良うなったなあ悪いかあ悪いどころか嫁帰りやで (備考:嫁帰り=甦り。ノーちゃん語なり。) この間に拙著七冊陽の目見ぬひとへに友の熱誠を受く(備考:鳥飼師ブログフル回転。感謝無限なり。只今連載中は『良寛とトマス・ベリーと共に』:http://d.hatena.ne.jp/keiyousan+tirugau 及び『延原時行歌集「命輝く」』:http://plaza.rakuten.co.jp/40223 生涯の我が著作道あらはなり諸賢よろしく見開きたまへ 朝まだき二階書斎に立ち返りさと見下ろしつ思う昨今(備考:里とは美幸の里、眼前の新発田市第一中学の校庭グラウンドなり。妻階下の居室に立てこもり、我伴ひて、二階書斎一年半ぶりなり。これ妻怪我の前の景色にあらずや。作今に復活す。) しみじみと感恩の情溢れ来て今もはあと車見送りて謝す (備考:はあとふるあたごデイサービスに妻勇みゆけり。) 不思議なる妹背の道を思いきや悲惨の果てに恵み溢ると 日日(にちにち)に我ら共々復活の階梯辿る感動刻めり かくなれば恵みの歌を詠ふべし全霊あげて御名称ふべし 有難き有難きかな有難きイマヌエル成る我らが日々よ 今年の「岩田健三郎版画展」、これまでに「すずめ」「皮鞣し」「路地横丁」「姫路城」など連作を一部ご紹介しました。今回の連作の一部は、これも岩田さんのライフワークの一分野、「船場川で遊ぶ」シリーズです。川は人をつなぐ不思議なものですね。いいですね!
2012.08.21

延原時行歌集『命輝く』 (第232回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(90―1)良寛と滝沢先生に学ぶ歌、癒し現在の歌、復活の階梯恵みの歌、ノーちゃんよの歌、証立つるの歌、を巡りて、の記 2012年6月18日~21日 6月18日 良寛と滝沢先生に学ぶ歌三首 良寛の姿なりけり言ふ歌を身に染みて知る今日の日嬉し(備考:拙著ブログ公開六冊目『良寛とトマス・べり-と共に―今、21世紀の懺悔と回心、エコ生代深々と開幕す。』第一部、一二章推敲中の学びなり。) 我が恩師表現こそは命とてそこに希望の絶えざる見給ふ (備考:御高著『純粋神人学序説』のさわり学べり。) 原事実元の誓ひの真実の姿なりけりこの身一途に (備考:仏基即今和合なり。) 6月19日 癒し現在の歌一首 ノーちゃんよ頭痛いかもう痛くないこれまさしくぞ祖父江恩恵 (備考:祖父江ドクター(北越病院)ほうと言ひつつ後頭部癒せり。有難きかな。) 昨日午後は、毎年夏休みの終わりの行事として招待を頂いている「Ellie's Music School Festival Live&Hall 月世界」に出向きました。2時から6時までdrinkまでついて・・・。今回は、これまで舞台の真ん中でBassを受け持ち、大黒柱でもあったEllieさんのご主人の急逝や常連で人気の高かった男性の歌い手さんの追悼コンサートでもあり、特列のFestivalでした。神戸市外国語大学に出向いていた時の学生さんがこのMusic Schoolに通っていて、毎年チケットを届けて頂き、長い歳月が・・・。うたもなかなか磨きがかかってきました。今回もEllieさんの司会と歌は、素晴らしいものでした。来年も楽しみです!
2012.08.20

延原時行歌集『命輝く』 (第231回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(89―5)ブログ公開拙著喜びの歌、エコ形而上学的変転の歌、友情三話の歌、勉強楽しみの歌、命の歌、恩寵記までの歌、顔の歌、を巡りて、の記 2012年6月15日~17日 6月17日 恩寵記までの歌十首 日ノ本の基督学舎御堂なく苦闘の歴史刻みたるなり(備考:もし御堂あらば6年前の新発田市中心街を巡る循環バス運行設置の際域内に入りしならん。新発田市が福祉都市化を進め、JR新発田駅+県立新発田病院とJR西新発田駅+イオンプラザ(JUSCO)(注。御幸町四丁目の我が家の近く)とを二大中心として、何処で老人が倒れても、何処で老人が買い物に行きたくても、便利なように、循環バスシステムを実施せしなり。都市工学から見て「中心の喪失」は市民のニヒリズムを惹起するものなり。新発田市が「中心づくり」に精出したるは称賛すべきなり。キリスト教主義大学よろしく「中心づくり」に貢献すべし。右の事、此度の妻闘病看病の体験より、熟考するにいたれり。) 苦闘とは雖も恵み二十年祈る主イエスを此処に見る日々 (備考:此処即今なり。) 米国はクレアモントを切り上げて帰国赴任の我発奮す(備考:初代学長北垣宗治先生の招聘に発奮したるなり。時に1991年(平成3年)。以来、なにかのスポーツのごとくに哲学教授兼チャプレンの二重職に我17年間燃焼す。心地よし。) 驚きぬ責任主体のあるでなし一去り二去り誰見守るや (備考:この間の推移に感ず。) ここにきてわがチャプレンシー論の夢綴りてブログ刻みたりしも(備考:北垣先生御高著『私の詩と真実』(私家本、2012年1月29日刊)とそろい踏みなり、敬和にとりては。) これ本務東西プロセス研究の企画の一部恩寵記なり 綴らねば日々の恩寵称へずにあたかも人が主(ぬし)の如しぞ 人の生学舎の道も儚くて泡沫(うたかた)の如消ゆ歌なくば 人よ知れ御堂も歌も主を称ふ恩寵機関歴史名残ぞ(備考:永遠の名残をホ氏「客観的不死性」objective immortalityと呼べり。復活の事なり。) 称へ歌主の耳にぞ達し得ば不死の名残の刻みたるあり (備考:客観的不死性正々堂々。) 昨日の事17日記す 顔の歌 我妻の坐してテーブル前にして新聞読みし顔震へたり(備考:感動の震えなりしも。訪問リハビリ(北越病院)大島誠雄療法士さんの工夫なり。有難し。) 「2012よさこい祭り」の全国大会は、「高知城会場」「中央公園会場」など5会場に別れて演じられ、私は「追手筋北会場」という桟敷でした。選び抜かれたそれぞれのチームチームが順番に競演していきます。それぞれのチームの先頭に、工夫を凝らして飾りを付けた自動車がついて、数人の歌い手と指揮者が乗り込んでいます。この先導車は「地方車」(じかたしゃ)と呼ぶそうです。今回は、次々と繰り出してくる「地方車」のいくつかを並べてみます。かぶりつきの桟敷だったこともあり、ボリュームが大きくて圧倒されてしまいました。
2012.08.19

延原時行歌集『命輝く』 (第231回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(89―4)ブログ公開拙著喜びの歌、エコ形而上学的変転の歌、友情三話の歌、勉強楽しみの歌、命の歌、恩寵記までの歌、顔の歌、を巡りて、の記 2012年6月15日~17日 6月17日 命の歌三首 恩師言ふ神表現の規定こそ諸規定抜きて命なりけり(備考: 「純粋に神人学的に考える人間は、したがって、自分自身を一つの存在者として知っている。この存在者は一方では、絶対的に偶然的であり、あらゆる歴史的形態を持った規定から自由であり、他方ではしかし、何よりもまず、そのようなもろもろの規定とは比較にならないほど厳しい、唯一の神の規定、すなわち人間は、まさしくはじめから終わりまで、このような偶然的な存在者として自分自身の生涯において生ける神ご自身を表現すべきであるという、唯一の神の規定の下に立っているのである。」(滝沢克己著『純粋神人学序説』273頁)) この命何人にもありありありとインマヌエルの主の祈りなり(備考:滝沢の「唯一の神の規定」と呼ぶもの、実は、私の最近の発見によれば、「主の祈り」なり。とりわけ、「御名(注。父から与えらえた子としての御名=父の命名行為)を崇めさせ給へ、との祈り」なり。英語で言い表せば、"Hallowed be thy Naming of Me as Son/Christ/Savior."とならん。主の祈りの原意は、ヨハネ福音書17章5節「父よ、世が造られる前に、わたしがみそばで持っていた栄光で、今御前にわたしを輝かせて下さい。」である如くなり。これ、より最近の我が発見によれば、マルコ福音書15章34節「エロイ、エロイ、ラマ、サバクタニ。我が神、我が神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか。」と同一の祈なり。かく考ふるならば、我等キリスト教の根本的再考を迫らるるなり。すなわち、キリスト教とは、厳密に言ふならば、主の祈りなり。主イエスの教へし「主の祈り」という意味に非ず、生ける主の祈りそのものなり。然るがゆえに、英語では、Lord's Prayerとは言ふなり。Lord's Prayersとは言はぬなり(六祈祷あるにもかかわらず)。これキリスト教の秘義なり。秘密なり。多くの人この意味でのキリスト教未だ知らぬなり。因みに、パウロのガラテヤ書2章20節に言ふ「我もはや生くるに非ず、キリスト我がうちにありて生くるなり。」は主の祈りのリアリティそのままを言ひしのみなり。) かくなれば人の思惑常に越へこの命こそついに現る (備考:主の祈りこそ信頼の基礎なり。) 昨夕は来訪者あり、夕涼みがてら、30分ほどの「ぶらり散歩」で、いま人気の「長田・鉄人ビアガーデン」へ出かけました。暑かった昼間と違い、夕陽の美しい涼風が通り抜け、ラテン音楽の生演奏もあり、地域に根付いた「琉球ワールド」などの出店もあって、泡盛の黒糖割りという美酒や沖縄の「ウミブドウ」も初めてご馳走になりました。よい語らいと出会いの嬉しいひとときが、あっという間に過ぎて行きました。帰路ももちろん30分ばかり語らいながらゆっくりと・・・。 あと数まい収める予定でしたが、操作ミスで掲載不能になりました。残念!!
2012.08.18

延原時行歌集『命輝く』 (第230回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(89―3)ブログ公開拙著喜びの歌、エコ形而上学的変転の歌、友情三話の歌、勉強楽しみの歌、命の歌、恩寵記までの歌、顔の歌、を巡りて、の記 2012年6月15日~17日 6月17日 勉強楽しみの歌五首 変転のエコ形而上企図成りてルター西田とホ氏読む楽しも ルターではメタノイア論つらつらと読み返すこといと楽しきよ 西田では翻り論跡付けん全集二巻十一巻と 観念の冒険読みてホ氏の論一歩一歩と辿りゆかんも エコ/ゾエー間にあるは変転ぞエコ根底の深くして 今では日本国内だけでなく世界に発信されている「よさこい鳴子踊り」は、今年も全国から高知に結集して、国内200箇所以上の踊りの輪の中から、選りすぐりの「本番入賞チーム」による「よさこい全国大会」の初体験です。昼食を済ませて前回のUPした「はりまやばし」から少し移動した場所が「追手筋競演場」で、そこに指定席が用されていました。美しい小学校の正面前、かぶりつきの特等席で、全国大会スタート一番からの競演ということで・・・・。まずは入場門と開始直前の小学校前(何でもこの伝統のある小学校は間もなく廃校に?)、そして踊りの競演が動き始めました。
2012.08.17

延原時行歌集『命輝く』 (第229回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(89―3)ブログ公開拙著喜びの歌、エコ形而上学的変転の歌、友情三話の歌、勉強楽しみの歌、命の歌、恩寵記までの歌、顔の歌、を巡りて、の記 2012年6月15日~17日 6月16日 友情二話の歌三首 人並みの努力では無理妻の言ふ鳥飼師なす熱誠尊し (備考:無理とは拙著六冊ブログ公開の友情の事なり。) 友ありてベンチャースカウト苦心談中でも一番説教いのちと (備考:自立学校友人木原和彦氏のこれ一生の仕事なり。) 昼前に高知駅に到着。駅前には竜馬たちの新しい大きな像が建っています。駅舎の大衆食堂でタタキとうどんを頂いて、路面電車に乗り「はりまや橋駅」まで。かつて仕事の関係で、牧野富太郎の故里としても知られる佐川町を何度も訪れた折り、本場のタタキと美酒をご馳走になったことなど思い起こしながら・・・・。有名なこの「はりまや橋」もこれまでは通り過ぎるだけでしたが、今回ははじめてゆっくりと「ぶらり散歩」ができました。
2012.08.16

延原時行歌集『命輝く』 (第228回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(89―2)ブログ公開拙著喜びの歌、エコ形而上学的変転の歌、友情三話の歌、勉強楽しみの歌、命の歌、恩寵記までの歌、顔の歌、を巡りて、の記 2012年6月15日~17日 6月16日 エコ形而上学的変転の歌十首 物と神一切万事変転す根底(エコ)はそれ包括(ゾエー)目差せば(備考:それ、とは、それと言ふのもの意なり。さて、この一首我が最新の変転のエコ形而上学の根本原理素描なり。今英文新稿:"Toward an Eco-Metaphysics of Transmutation: Beyond the Dichotomy of Revealed and Natural Theologies in Dialogue with Thomas Berry, Luther, Nishida, and Whitehead"練りつつあり。ここにその端緒示さん。) 変転は元ルター教へしメタノイア翻りなる西田哲理へ(備考:ルター「悔悛」メタノイアを「心」mensの「越へ変わり」transmutatio[注。心を超えるところすなわち恩寵から発して変わる事]と解したる時、宗教改革の発意持つに至れりとは、『贖宥の効力についての討論の解説』[1518年:WA,I,525-526]に述懐せし処なり。拙著『無者のための福音--プロテスタント原理の再吟味を媒介に』福岡・創言社、1990年、251ー252頁参照。以来、transmutatioは、重要なる宗教語思想語となりたるなり。先ずそのことを確認すべきなり。次に確認すべきは、西田その第二作『自覚に於ける直観と反省]において「絶対的自由の意志が翻って己自身を見た時、そこに無限なる世界の創造的発展がある。」[287頁]と述べし事なり。これ「翻り」の形而上学の開始なりき。最晩年、「場所的論理と宗教的世界観」にて以下の文字有り:「絶対は何処までも自己否定に於いて自己を有つ。何処までも相対的に、自己自身を翻へす所に、真の絶対があるのである。」全集第11巻398頁参照。西田にあるは「神の回心」の思想なり。両者合わせて我「万物の変転」エコ形而上学思ふなり。) それをしもホ氏は冒険概念を基軸に据へて実在転へ(備考:Cf. "In this Supreme Adventure, the Reality which the Adventure transmutes into the Unity of Appearance, requires the real occasions of the advanncing world each claiming its ude share of attention." (AI, 295) =「この<最高の冒険>においては、<冒険>が<現象の統一態>へと変転させる<実在>は、それぞれその適宜な注目の分け前を要求する。」ホワイトヘッド著作集 第12巻『観念の冒険』山本誠作・菱木政晴共訳、京都・松籟社、1982年、409頁、訳文は引用者による改変有り。実在転とは、神も物(人)も変転するの意なり。かくて、エコゾエーは実在の事として、神と創造界全体を含むなり。それを我「変転のエコ形而上学」と称するなり。ここに、我が「神のエコゾイックス」その一翼なすなり。) 実在を宇宙冒険現象の統一態へと変転せしむと (備考:これホ氏の所論なり。) 変転が宇宙真相神心根底にては止まらぬ御業 根底が何時何時までも基礎ならば基礎の姿はなかるべし哉 (備考:基礎の姿、良寛の「元の誓ひのすがたなりけり」を想起すべし。) 姿なき根底のみの根底は根底論と言ふ幻も (備考:これ純粋学のあい路なりけり。) しかる故恩師表現望みます人の人たる本質規定 (備考:滝沢克己著『純粋神人学序説』福岡・創言社、1988年、273頁熟読参照。) されどもし表現あらば受くる者なかるべからず包括者なり(備考:ホ氏の言ふ「冒険の統一態」the Unity of Adventureなり。これ神の帰結的本性にして、エロース(神の原初的本性の「促し」)も宇宙の進展する諸現象も含み入れるなり―愛情深く。これ一語でもってすれば、ゾエーなり命なりLifeなり。) 原事実転じて我の今があり今を見る者一切包含 (備考:此処において我が根源的哲学原理≪原事実の「新しい現在」の生みだし≫[拙著『哲学の喜び』参照」これを見る者一切包含者受くるなり。宇宙終局の姿なり、摂理なり。) 昨夜の「夕涼み・野球観戦」で、野球途中5回終了時の「花火」が打ち上げられました。朝の雷を伴う豪雨のため甲子園の高校野球もお休みでしたが、神戸の「オリックス・西武戦」は、絶好の夕涼み日和。内野招待券を頂いて、出かけてきました。昔、神戸市の「市民行政アドバイザー」の役柄が廻り、グランドや監督控え室など案内されたことのある球場で、自然に囲まれた総合運動公園の中につくられた、美しい球場です。地下鉄で15分足らずの便利なところにあります。夏休みの最中、子連れのフアンでいっぱいでした。たまには、ナイター観戦もいいですね。甲子園の球児たちの試合も見てみたいデス。神戸の震災のとき、ここでも大いに活躍した「イチロー」のプレートも飾られています。
2012.08.15

延原時行歌集『命輝く』 (第227回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(89―1)ブログ公開拙著喜びの歌、エコ形而上学的変転の歌、友情三話の歌、勉強楽しみの歌、命の歌、恩寵記までの歌、顔の歌、を巡りて、の記 2012年6月15日~17日 6月15日 ブログ公開拙著喜びの歌十首 今日も行くブログ第六拙著行く友の熱心感謝無限よ(備考:鳥飼慶陽師ブログ公開拙著第六冊目『良寛とトマス・ベリーと共に--今、21世の懺悔と回心、エコ生代深々と開幕す。』本日三回目なり:http://d.hatena.ne.jp/keiyousan+torigai ) この度は良寛ベリー揃い踏みエコ生代に深々と行く すでにして五著現れし驚きは嬉し楽しを超ゆるものなり 先ずはそれ恩師哲学省察し次は喜び哲学二冊 (備考:『滝沢哲学のアンセルムス的省察』と『哲学の喜びーーチェンジの時代に、根底を示す滝沢語録を読む。』なり。) さてもさて第三冊は復活の省察極み嫁帰りたり (備考:『復活の省察―生くるとは深き淵よりともどもに甦ることの喜びなり』なり。) 四冊目称名基教述ぶるうち我が歌の出で立ちのぼるなり(備考:『称名キリスト教に向けて―称名は原風景の回想の只中よりぞ立ちのぶるなり』なり。) 生涯の仕事果たせし喜びは第五著論の夢に朗々 (備考:『わがチャプレンシー論の夢―危機からの神学的省察』なり。) いよいよぞ良寛ベリーあいともに地球の夢を深々と告ぐ 我が歌集連載中のこれなるは響けよ響けやよ朗々と (備考:『延原時行歌集「命輝く」』なり:http://plaza.rakuten.co.jp/40223 ) 既にして別の著書をも備へたり隠れたるものしるしの誕生 (備考:『しるしの誕生とアナロギア論―クリスマスの喜びを巡って』の表題も佳し。) 昨年は知人の招きで初めての「徳島・阿波踊り」に、今年は「高知・よさこい祭り」にで出かけました。古い伝統と次々と若者に受け継がれていく日本の新しい祭りの息吹を体感できて、大満足をいたしました。今回はいく途中、明石大橋・淡路島・鳴門海峡、そして鳴門市賀川豊彦記念館やドイツ館などを車窓で眺めながら、深い山中を走り、「池田へそっ湖大橋」のある「美濃田の淵」で休憩をとりました。この季節は、キョウチクトウの花が咲き、勢いのある木々の生気が伝わってまいります。
2012.08.14

延原時行歌集『命輝く』 (第226回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(88―7)妻の晩祷の歌、御名の歌、対話の歌、妹背対話称名の歌、真有りの歌、面白世界の歌、箴言讃歌、を巡りて、の記 2012年6月11日~14日 6月14日 箴言讃歌五首 人生は称への歌ぞノーちゃんよ汝が箴言のGod blessedぞ麗し 人生の実現ここにありありと詠はれてあり信子箴言 ここにまで人は容易に辿れぬよ三十条に命輝く 昨晩も園で朗々復唱すGod blessed the good dayああ喜びのうた この人生慌て騒がず一筋に信子箴言歌集出ださん (備考:時行歌集との一本なり。) 昨日の昼食は、リクエストに応えて「神戸・フロインドリーブ」に出かけました。住数年前、に、フロインドリーブ夫妻の保存計画で、ジャーマン・ホームベーカリーの手造りパンの総合店舗として親しまれ、人気スポットのひとつになっています。明治の初年、旧居留地のキリスト教関係者がユニオンチャーチと称して集い、昭和の初年には、有名なW・ヴォーリズの設計でゴチックスタイルの「神戸ユニオン教会」が建築され、その美しい会堂が、市民に開かれた今の「Cafe FREUNDLIEB」として親しまれています。なお、明日・明後日(12日・13日)は、ちょっと出かけてきますので、ブログは同時進行の延原著作集・賀川の魅力・対話の時代などお休みとなります。
2012.08.11

延原時行歌集『命輝く』 (第225回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(88―6)妻の晩祷の歌、御名の歌、対話の歌、妹背対話称名の歌、真有りの歌、面白世界の歌、箴言讃歌、を巡りて、の記 2012年6月11日~14日 6月14日 面白世界の歌四首 面白き世界ぞ誠面白しホ氏の言ふ美ぞ真に勝れり (備考:我にとりて最も面白き事柄は宇宙において真、美に奉仕する一事なり。) 真は美に従ひてこそ誠なりバルトのGehorsam des Sohnes Gottes げに(備考:ホ氏の形而上学「真美に貢献する」を内容とするに対して、バルトの和解論は「神の御子の父への従順」《Der Gehorsam des Sohnes Gottes》を内容とするなり。) 美の世界歌の世界ぞモラルでは論じられぬよ一人遊びよ(備考:一人にはもう一人ありて透視透入せば肝胆相照らすなり。それ美的直観世界なり。) 楽しみは我が読みをば恩師カブメールにて受け激賞の時 (備考:一例以下の如し: From Toki to John (June 12, 2012) : "Dear John, Let me have a further meditation. My first discovery of this time of Lord's Prayer was this: Hallowed be thy Naming of Me as Son/Christ/Savior. I have found anew that John 17: 5 is identical with Mark 15: 34 in illuminating Lord's Prayer for the Name's glorification through the agony of the Cross. "Father, glorify me in your own presence with the glory that I had in your presence before the world existed." = "Eloi, Eloi, lema sabach thani? My God, my God, why have you forsaken me?" Metaphysically, the motif of the glorification of Lord's Name is to be mentioned as the justification (AI, 295) or the self-accomplishment (PR, 350) of the universe. In the scheme of Whitehead's metaphysics Truth is Son and Beauty is Father in terms of Son's obedience to Father? Cordially, Toki" From John to Toki (June 13, 2012): "I marvel at your imagination and insight. You make connections that would never occur to me. I do appreciate your sharing them. John" From Toki to John (June 13, 2012): "Thank you very much for your kind words, John. I am just wondering if Karl Barth's idea of theology as pulchritudo, beauty, and his understanding of the Reconciliation as the work of der Gehorsam des Sohnes Gotted (the obedience of the Son of God) might be in tune with Whitehead's vision of Truth as contributing to the riches of Beauty in one way or another. Cordially, Toki, who is feeling as if he might still be in your class.") 冒頭の大作は、「星まつりコンサート」の開かれた「イーグレひめじ」に飾られている岩田健三郎さんの作品です。岩田さんは若き日、この場所――「お城本町」通称「お城マート」――に住み込んで、まちの人々の暮らしと街並みを版画にするライフワークを始め、現在もその円熟した画風を貫いておられます。今年の版画展でも、今では世界遺産ともなって国際的な人気の高まる「姫路城」を彫り込んだ新作の連作が展示されていました。ここでは、そのうちの幾つかをUPさせていただきます。
2012.08.10

延原時行歌集『命輝く』 (第224回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(88―5) 妻の晩祷の歌、御名の歌、対話の歌、妹背対話称名の歌、真有りの歌、を巡りて、の記 2012年6月11日~13日 6月13日 真有りの歌四首 ひたすらに見出せるかな真有り主の輝きは十字架に泣く(備考:真有りとは、ヨハネ福音書17章5節言ふ「主の輝き」はマルコ福音書15章34節述ぶる「エロイ、エロイ、ラマ、サバクタニ。我が神、我が神、何ぞ我を見捨て給ひし。」と表現されしも。) エリエリと嘆く主イエスの叫びこそ輝き出ずる主の祈りなり(備考:ヨハネ福音書17章5節は主の祈り(マタイ福音書6章9節)の原文にして、これこそ十字架上の絶叫(マルコ福音書15章34節)に表現されし主の祈りなりけり。) 栄光の輝き出ずる主の祈り捧げられしぞ十字架の秘儀 かく見れば生死いかあれ称名の絶へることなし宇宙一筋 (備考:宇宙に一筋あり。称名なりしも。) 延原さんから毎日届く「歌・うた」たちを、こうして日々「朝のお勤め」のようにしてUPさせていただくことは、昨年来の稀有な楽しみのひとつとなりました。2010年12月以来、ほぼ毎日のようにお電話もいただいたりして、奥様のご快癒の様子を伺って、本日におよんでいます。そのご生活の中で、晴朗で明晰な省察が深まり・進展し、新著が次々と誕生し、同時進行の別のブログ http://d.hatena.ne.jp/keiyousan+torigai/ では初公開の著作が8冊、現在9冊目の『9・11とプロセス神学ー東西哲学の真実対話を求めて』もはじまって、真に不思議な感じの日々が続いています。我が家では、昨日より孫たち一家が夏休みで、広い我が家を襲来して、賑わいをみせています。寝る場所がなくて、台所でころがっている者のあったりして・・・。冬は押し入れで寝てもらったりしていますが、孫たちも成長して図体も大きくなり、一家5人の襲来はだんだん困難になりつつあります。さて、今回も「夕涼み」の続きで、小高い「展望台」があったので、初めてのぼってみました。カナカナゼミがあちこちで鳴いていて、季節の移ろいを感じさせました。上手く撮れていませんが、セミを写したつもりです。綺麗なチョウもヒラヒラ舞っていましたが、カメラに収まってくれませんでした。ここも「ぶらり散歩」には最適な場所です。こうしてこの日は目的のナイターの観戦もできずに、帰宅ということに・・・。
2012.08.09

延原時行歌集『命輝く』 (第223回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(88―4) 妻の晩祷の歌、御名の歌、対話の歌、妹背対話称名の歌、真有りの歌、を巡りて、の記 2012年6月11日~13日 6月13日 妹背対話称名の歌六首 父さんよ何もできずに許せよと嘆く我妻我家事楽しも かく語り書く詠ふ時楽しけれ妹背対話の命踊るも なぜならば対話の中に籠るもの対話の対話イマヌエルなれば イマヌエルその御名の鳴るこの宇宙片時とても称名欠けず イエスースクリストス嗚呼イマヌエルこの称名の何ぞ嬉しき 嬉しさは嬉しさなれば嬉さぞほかに理由のある事ぞなし 昨日のUPのとおり、トンチンカンなことに、野球観戦が果たせず、夕暮れの景色をながめ、あたりを「ぶらり散歩」する、予期せぬ楽しみをいただきました。街なかとちがって、郊外の空気と景色は、ずいぶんと違っていました。少しその様子を撮っていますので、ここに収めます。
2012.08.08

延原時行歌集『命輝く』 (第222回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(88―3)妻の晩祷の歌、御名の歌、対話の歌、妹背対話称名の歌、真有りの歌、を巡りて、の記 2012年6月11日~13日 6月12日 対話の歌二首 神性のインマヌエルの輝きは対話の対話対話うながず(備考:これ対話論神学の根本原理なり。神性即ち言神と共なりきのその「共」なり(ヨハネ福音書1章1節2項)。この包括的ロゴスなる「共」そのままに一々の存在者と「共」なるをインマヌエルとは申すなり。かくして対話の対話なり。これ存在者間の「対話」促すものなり。) かくしてぞ悪魔の世界駆逐さる箴言真実ありありとあり(備考:かくしてぞ、とは、延原信子の怪我と闘病一年半の事なり。もっとも重大なることは、これなり:サタンの世界支配の恐れありしも、駆逐されたり。英文箴言30条によりてなり。) ひょんあことから「オリックス・バファローズ」のKobe SELECTチケットを頂き、夕涼みも兼ねて、地下鉄で15分ほどでいける神戸総合運動場に出かけました。昨年春まで神戸市外国語大学で昼と夜の講義に出かけていた学園都市駅の近くですが、郊外の空気の綺麗な場所です。ところが、野球場についてみると、全く人気がありません。何とお目当ての試合は昼間に開催されていて終わっていて、グランド整備が行われていました。トンチンカンはもう以前からのこととはいえ、何だか恥ずかしいやら可笑しいやら・・・。ちょうど夕陽も美しく、駅のちかくをふらり散歩して、帰宅しました。冒頭の写真は公園で、上の写真は、我が家に戻って眺めた夕焼けです。オリックス・バファローズのことは、岡田監督ほかわずかの選手しか知りませんが、駅のホームに選手たちの大きな写真がありました。駅前の催し物案内には、野球は消えていましたので、記念?にそれもパチリ。今回は、総合運動公園の辺りの数枚と共にUPいたします。「公式戦中有効」のチケットですから、また改めて出かけます!
2012.08.07

延原時行歌集『命輝く』 (第221回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(88―2)妻の晩祷の歌、御名の歌、対話の歌、妹背対話称名の歌、真有りの歌、を巡りて、の記 2012年6月11日~13日 6月12日 御名の歌四条 もし祈り父に聴かるる求むなら第一祷の御名御子のこと 謹みて御名をば崇めさせ給へかく祈りつつ御子輝きへ その輝きのありてこそ一切事輝くことを知らしめたまへ 主の祈り大いなる波ひたひたとひたひたひと押し寄するなり 昨日午後は、土日二日間、神戸文化ホールで開催された「2012オカリナフェスティバルin神戸」の二日目、出かけました。大規模なオカリナの演奏会は初体験でした。この日だけでも60組近くの多彩な熱演がつづき、オカリナの世界に魅了させられました。実は上の写真の左から二人目の男性が、倉吉東高校の学生時代、打吹公園の近くにある倉吉教会で高校生会で交流のあった友人・絹見紀一君ですが、彼は定年後この分野でも持ち味を発揮して「ソンドコバン」という仲間のリーダー格として楽しんでいます。写真は4人ですが、6人の好演奏でした。絹見君とは高校卒業後54年ぶりだと思っていましたが、彼は一度、私が1960年代の終わりにゴム工場の雑役の仕事に就いて、6畳1間で親子4人暮らしをはじめたころに、一度訪ねてくれていたそうで、私はそれもすっかり忘れていて・・・。彼は我が家を訪ねてくれたその時、入口の扉をトントンとノックしたそうで、「ノックするような家ではなかったのにナ」、とも笑って話してくれました。私にとっては54年ぶりですが、ステージに登場した彼の姿は、昔の若き日を彷彿させるもので、すぐわかり秘かに写し取りました。それが上のものです。ここでは、フェスティバルのステージと神戸文化ホールのロビーに掲げられている絵画や書、ホール横の大きな石碑、ロビーで語らう絹見君(写真左)とボク、をUPします。
2012.08.06

延原時行歌集『命輝く』 (第220回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(88―1)妻の晩祷の歌、御名の歌、対話の歌、妹背対話称名の歌、真有りの歌、を巡りて、の記 2012年6月11日~13日 6月11日 妻の晩祷の歌三首 御旨にぞぴたりと副へる父さんの働きへとぞ導き給へ 朗々と箴言三十吟じたり世のリハビリの知らぬリハビリ 脳機能一部欠損ありとせよなほ全体は新生途上 延原さんの生活歌集『命輝く』は本日第220回、多くの方々のところに届いているようです。今朝も延原さんからのメルマガで新しい歌を頂いていますが、このようなブログのかたちで共有の許されていることは、天与の不思議の想いがしてなりません。昨日からは同時進行の別のブログ http://d.hatena.ne.jp/keiyousan+torigai/ では、延原さんの著作でブログ公開9冊目となる作品(勿論、本邦初公開!)『9・11とプロセス神学ー東西哲学の真実対話を求めて』がスタートいたしました。本当に有り難い嬉しい作業です。さて、昨夜は神戸の花火大会がありました! 昨年は須磨浦山上公園で筑前琵琶を鑑賞しながら、遠く花火を眺めましたが、昨夜は我が家の11階から「みなとこうべ」の花火を楽しみました。マルイお月さんものぼってきて、お隣さんのみなさんと、おしゃべりをして・・・。私のデジカメにはうまく撮れていませんが、遠く長田から見える花火も、見事なものでした。ヘリコプターも数機飛び変わっていました。今朝の神戸新聞には、「神戸布引ハーブ園」と「ポート・アイランド」からとらえた写真が掲載されていましたので、それを冒頭に拝借して・・・。
2012.08.05

延原時行歌集『命輝く』 (第219回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(87―4)六月七日朝の歌、英文箴言第一条の歌、妹背対話の歌、シェフの歌、介護タクシー運転手述懐の歌、波の歌、朝の思ひの歌、を巡りて、の記 2012年6月7日~10日 6月9日 介護タクシー運転手述懐の歌一首 何もせぬよりは介護の働きのあるこの仕事佳しと友言ふ (備考:下越タクシー介護タクシー部の山内氏なり。) 波の歌四首 何かしら波の如くのものありて押し寄せ来る気配するなり 我妻が胡麻するなとぞ言ひし時祖父江医師笑み表情を褒む(備考:脳神経科権威の診察有難しと我述べし時のことなり。ノーちゃんのにやりそこにありき。) おそらくは当意即妙ノーちゃんの諧謔精神讃嘆されしも (備考:これ顕著なる時なり。転機とならんも。) 諧謔の認めらるるを喜びて妻上機嫌笑み消えぬなり 6月10日 朝の思ひの歌二首 上機嫌メタボリズムに働きて朝まだき我介助多忙も Hiddenly at workとぞ言はんかな神の波ひたひたひたと押し来たるなり(備考:米友人Bob Mesleこの表現("God is hiddenly at work.")甚だ好めり。我妻の快調告げし処。) 今年の「岩田健三郎さんの版画展」のことは、「星まつりコンサート」や「写真展」と共に、特別にブログUPをさせていただいてきました。岩田さんご一家とは、若い頃から現在まで、長いご友誼をいただいてきたこともありますが、何故か今年の新作展示には、特別に魅かれるものがあって、お許しを得て展示作品を多く撮らせていただきました。加えてこのブログには、毎回8枚ほどの写真を加えることができ、「延原時行歌集」にも、これらの写真がよくマッチしていることもあり、今回の岩田さんの作品は、まことに得難い逸品なのです。岩田健三郎作品は、我が家にも大作をいくらか秘蔵していますが、新作版画もご購入は可能です。詳細はどうぞ「水上村:川のほとりの美術館」(姫路市西中島416-9:電話079-285-3770)まで。10時~17時・火曜日がお休み。この前は、岩田さんのライフワークのひとつともいうべき「姫路鞣しものがたり」の連作の一部を取り出しましたが、今回は岩田さんの連作「路地横丁曲り角」の一部です。
2012.08.04

延原時行歌集『命輝く』 (第218回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(87―3)六月七日朝の歌、英文箴言第一条の歌、妹背対話の歌、シェフの歌、介護タクシー運転手述懐の歌、波の歌、朝の思ひの歌、を巡りて、の記 2012年6月7日~10日 6月8日 妹背会話の歌二首 ノーちゃんよコアとはなんや中心や逆説こそがcore of Christianity(備考:これ英文箴言第二・三条復唱したるのちの妹背会話なり。"I am not a philosopher; but I know the philosophical world. This (paradox) is the core of Christianity." これノーちゃんの専門家の自惚れ衝きし言葉なり。殊に心理学者(精神科医)の患者の精神把握せりとの自惚れの、なり。 明日はいざ北越病院行かんとす妻ほうと言ひ祖父江師のまね (備考:ほうほうと何でも頷く同師ノーちゃん好めり。) 6月8日の事9日記す シェフの歌七首 我はシェフ少々の事動ぜぬよ空腹妻に鮪(まぐろ)海苔巻 さぞやかしはあとふるにて眠気有り昼餉進まず妻帰宅せり 鮪巻後に控へし〆鯖も旨し旨しとノーちゃんもりもり 定形に捉はれずして食事にも奇抜発想癒し進めん たこ焼と焼きそば合わせパックせるこれも旨しと平らげる妻 かくしてぞ空腹の危機突破せり後は安眠寝息安らか さてもさて味の濃ひものたべし時胡瓜巻なら和める如し 昨日午前中、私たちの住宅の花好き仲間「さんさん花の会」の花壇の<花の植え替え>作業をしました。いつものように、ここまでに腐葉土や肥料を加えて土づくりの作業があって、この日を迎えます。みんなで知恵をあつめて、植え方を決め、いちばん愉快な一時です。作業を済ませた後は、近くの喫茶店でさらに盛り上がります。神戸市長より2年連続の努力賞を受賞しましたが、さて今年の出来栄えはどうなでしょう。これから、毎日の水やりや手入れがつづきます。今回は、植え替え作業の写真と、綺麗に咲いた「百日紅」をUPします。
2012.08.03

延原時行歌集『命輝く』 (第217回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(87―2)六月七日朝の歌、英文箴言第一条の歌、妹背対話の歌、シェフの歌、介護タクシー運転手述懐の歌、波の歌、朝の思ひの歌、を巡りて、の記 2012年6月7日~10日 6月8日 英文新著第一章の歌十二首 我が新著第一章はクレアモント講演にして生涯の華(備考:新著:Toward an Ecozoics of the Deity: Thomas Berry and the Eco-Theological Revolution in East and Westという表題なり。第一章は、The Problem of the Two Ultimates and the Proposal of an Ecozoics of Deity: In Dialogue wiht Thomas Berry, Sallie McFague, Anselm, Aquinas, Whitehead, and Nishidaなり。The Conviviality Conference at Claremont School of Theoloogy, Center for Process Studies, February 22 thru 25, 2012にて講演せしその草稿なり。) 神と空二究極者の問題をゾエー(神命)エコ(神底)より発すると解く(備考]なぜかと言はば、神命神底に至誠なる故なり。発するとは神底即世底なる「根底」よりして世界に向かひてなり。しかも「神が至誠(全き)なるがごとく汝らも至誠なれ(全かれ)」(マタイ福音書5:48)との招喚携へてなり。) かく解くと二究極者の問題はエコロジ-へと代入さるる 神底は即世底なりこの即に一切命はらまるを見よ 命をば浅く見る者世表より世底も知らず神命論ず(備考:これ無謀の論なり。世底を振り返り直ちに神底を其処に見出すこと肝要なリ。世底に神底インマヌエルなる故なり。かくならずして神命論ずることいかにして可能なるや。) べりー言ふ自己指示的の命とは神宇宙なり他は宇宙指示(備考:神=宇宙のみself-referentなり。他の存在者は皆universe=God-referentなり。これベリーの根本的宇宙観なり。) 偉大なる思想家は皆神底の底の底より想好むなり(備考:ベリー、アンセルムス、ホワイトヘッド、西田ことに然り。そこを我「エコ神学的革命」と呼称するなり。) アンセルム「ニヒルマーユス」より始め逆説的に神在りと言ふ(備考:これ神名を思ふ時、《nihil maius》[Proslogionにおける神定義の決め手]の《maius omnibus》[Monologionにおける神定義の決め手]に優る所以なり。前者は、神より大いなる無より始めて神の存在証明(照明)する立場なり。後者は、世界諸現象をまず見し後類推して全能者に概念的に至らんとする立場なり。) ホ氏の言ふ潜在性の絶対の富裕即これ神底ならん(備考:この富裕の「無限なる概念的自覚」神有つとホ氏言ふ。佳し。ここから直下に「神は全創造の前に非ず、全創造と共ににぞいます」と述ぶるなり。佳し。See PR, 343. かかる無はアクイナスには見えざりきそれ故にこそduorum ad tertium(二者の第三者へのアナロジー)排せり(備考:二者の第三者に対するアナロジーの意義アクイナス見ざきり。神と世界を超ゆるもの(仏教的空、ホ氏の創造作用:creativity)ア氏のアナロギア体系になし。いと惜しきなり。) 西田言ふ絶対無のぞ場所ありて絶対有の場所に転ずと(備考:これ我エコ神学の革命とよばざるを得ざる心地するなり。深し。) 今年の「岩田健三郎版画展」の新作作品で「姫路鞣しものがたり」の連作に注目させられました。岩田さんは、若き日より<姫路の白皮鞣し>に注目され、その作業現場を訪ねては版画の作品として発表してこられましたが、いまもずっと現場訪問が継続しているようです。ここでは今年の新作のいくつかと、昔(1970年代)私の仕事場の月刊雑誌に連載いただいた、懐かしい「皮の河」の第1回と第2回の作品と、そして2005年3月号の雑誌終刊号の岩田さんの表紙画(この第339号をもって、私の研究所での仕事も終止符を打ちました)をUPいたします。『月刊部落問題』時代からこの『月刊人権問題』の終刊まで、岩田健三郎さんには、大変お世話になるばかりでした。同時進行の別のブログ「対話の時代・宗教・人権・部落問題」http://d.hatena.ne.jp/keiyousan/ では今日から岩田健三郎さんの絵本『いのちが震えた』の紹介(テキスト化分)が始まっています。なお、万一お許しが出れば、そのブログで、月刊雑誌に連載いただいた岩田さんの版画作品を、文字をテキスト化してお目にかけることができればいいな、と秘かに願っています。
2012.08.02

延原時行歌集『命輝く』 (第216回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(87―1)六月七日朝の歌、英文箴言第一条の歌、妹背対話の歌、シェフの歌、介護タクシー運転手述懐の歌、波の歌、朝の思ひの歌、を巡りて、の記 2012年6月7日~10日 6月7日 六月七日朝の歌八首 我が勤務その最終の業績をブログ公開面映ゆき事(備考:これ『わがチャプレン-論の夢―危機からの神学的省察』の終結なり。鳥飼師ブログに感謝無限も。http://d.hatena.ne.jp/keiyousan+torigai (第32回)。「延原時行歌集『命輝く』」:http://plaza.rakuten.co.jp/40223 本日163回なり。感謝無限も。 チャプレンの仕事納めの著述なり終章にきて助走終結 (備考:あれはすべて生涯スポーツの助走なりしか!) 直ちにぞ英文拙著燃へだしぬ宇宙と心照らす方在りて (備考:闘志満々たり。) 明々と燃ゆるエロース促しぬ我が庭もこの新著も行けと(備考:エロースすなわち神の原初的本性なり。ホ氏によれば。Cf.:"...we have to ask whether nature does not contain within itself a tendency, an Eros urging towards perfection." (AI, 251) かくなれば思念に非ず任運ぞなすべきことは御手のまにまに 庭に出で花の鉢々水やりて背伸びして入り妻と朗唱 (備考:箴言30条をなり。) ふと思ひ妻の頭を蔽ひたり左右均衡いと気持ち良しと おそらくは我が手の磁力はたらきて脳機能をば和らげしかも(備考:昨夜NHKテレビにて頭に磁石当てる脳梗塞患者のリハビリ療法見たり。脳機能活性化のみならず、和らげること肝要なりと。佳し。) 今回の「岩田健三郎版画展」では、新作の主題のひとつが「スズメ」でした。幼い頃、籠のの下にモミを蒔き、スズメを呼び込んで捕まえる遊びを、よくやったものです。岩田さんとも、そんな若き日の頃の共通体験に花が咲き、我が家ではいま、ベランダにスズメたちがたくさんやってくる話にも、エライ興味を示しておられましたが、岩田さんの新作「スズメ」の連作は好評で、岩田美樹さんの焼き物「スズメたち」も、いっそう磨きのかかった作品でした。数年前の「二羽のスズメ」は我が家の玄関に展示していますが。せっかく版画を撮らせてもらいましたのに、どうもピンボケのようで・・・スミマセン。
2012.08.01
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