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延原時行歌集『命輝く』 (第156回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(71―1) 称名喜びの歌、花見る時の歌、徹夜回想の歌、我が著作夢の歌、を巡りて、の記 2012年4月20日~22日 4月20日 称名喜びの歌一首 喜びは心にひそと御名(IX)唱ふインマヌエールアーメンの時 (備考:ひそと喜び湧き上がるなり。) 4月21日 花見る時の歌七首 我妻と花見るべしと思ひきや命ほのぼの御幸町行く(備考:訪問リハビリの大島誠雄療法士さん(北越病院)ノーちゃんを車いすに乗せ拙宅のすぐ前の、道路の向こう側にある、第一中学グラウンドを取り囲む桜並木の花見へと連れ出せり。今満開なり。こんな日がこようとは! 桜めでつつ三人で散歩嬉しも。シャッター何度も切りぬ、大島氏も我も。今では有名な桜並木なり。我ら常に散歩鑑賞せる道なり。) 恵みとは車いす押し静々と桜見て行く妹背のあゆみ これほどの贅沢ここにあらうとは今の今まで知らざりきなり 帰りては〆鯖海苔に一寸巻き花見寿司をば我給仕せり 妻の顔ほころびてあり誠春左右均衡プレゼントせば かにかくに人は言ふとも幸せは花見る時に我等にもあり 一年と五か月たちて回顧せば誠めぐみの生み出だせる今日 この「番町出合いの家」のブログを初めてもうすぐ満一年を迎えます。全くの初体験で、最初は文字だけでしたが、写真のUPも覚えてきて、ほとんど休まずに、毎日楽しんでいます。途中から許されて、延原さんの歌集を、このブログで公開できることになり、本日はもう第156回ですね。同時進行の別のブログ「滝沢克己 新しい対話的世界」http://d.hatena.ne.jp/keiyousan+torigai/でも、延原さんの未刊行の著作のブログ公開もスタートして、現在すでに5冊目。この大著も間もなく完了、6冊目の準備が進んでいます。ネット上での「延原講義」ですが、どうも実際にそのような読まれ方をされているようです。そして同時進行の「賀川豊彦の魅力」http://keiyousan.blog.fc2.com/ではいま、「賀川豊彦ぶらり散歩ー作品の序文など」の連載もただいま130回ほど、もうひとつ「対話の時代 宗教・人権・部落問題」http://d.hatena.ne.jp/keiyousan/では、絶版「賀川豊彦と現代」のテキスト化の連載中です。併せて、四つのブログの「検索用の総目次」http://ameblo.jp/taiwa123/もできて日々更新しています。これらは、本当に予期しなかった経験です。今後もさらに次々と公開していきますが、特に延原さんの著作を、ドンドンUPさせていただけること期待しています。それは「神戸自立学校」のテキストになるものでもありますが、この毎日の作業は、私自身の楽しみなのです。さて、以下に「景勝・布引の滝」の歌碑・第11回目です。次回で最終回になるのでは、と思います。
2012.05.31

延原時行歌集『命輝く』 (第155回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(70―4) 春楽しもの歌、思索道の歌、癒し時の歌、ひそと示すときの歌、を巡りて、の記 2012年4月16日~19日 4月19日 我が著書・料歌称の歌三首 我が著書は日々(にちにち)の業綴るうち御業をしかと見るための料(我らが生の内に御業見るほどの喜びあるなし。その料我著作なりとはこれほどの生き甲斐あるなし。) 御業をばしかと見たれば我が業はあるがままにて歌とぞ燃へん (備考:燃へんとはゴッホのあの糸杉の心持ちなり。我が業は御業の歌なり。) 歌となり燃え立たんとは御業をばほめ称へんと欣求するなり (備考:歌の心は称名なり。) 歌を詠み、このように歌碑を建てて、後世に秘そと残す先達たち! こうした先達の存在は、なぜか、わたしたちの心を深く打つものがあります。うたごころのないわたしのところにも、幾人もの方々から、歌集を戴いたり、詩集を贈ってもらったりしてまいりました。有難いことに、ほんとうによき友に恵まれてきたものです。ここに連載中の延原さんの御母堂・きよのさんは、歌人でもありました。延原さんが外国でご活躍の頃、「神戸自立学校」の月刊誌「いぶき」を発行していて、延原さんの論攷はもちろん、きよのさんの歌も、毎号欠かさず寄せられていました。「延原時行歌集『命輝く』」の只今の連載はいま、「いぶき」刊行のときと重なって、きよのさんのあの喜びの笑顔が浮かんでまいります。不思議な経験です。今回も「景勝・布引の滝」が続きます。
2012.05.30

延原時行歌集『命輝く』 (第154回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(70―3) 春楽しもの歌、思索道の歌、癒し時の歌、ひそと示すときの歌、を巡りて、の記 2012年4月16日~19日 4月18日 癒し時の歌二首 不思議なり左右均衡痛み消ゆ妻の頭を覆いたる時(備考;頭痛の訴えあるや我直ちに両手で妻の頭を覆ふなり、「左右均衡」と唱へつつ。ただちに痛み消ゆるなり。) 朗々と箴言吟ず妹と背は癒しの霊気立ち込める今 ひそと示す時の歌 神性は恩師吐露せり我にとりインマヌエルの神こそがそれ (備考:滝沢克己先生のこの事の吐露我が心に消へず。四半世紀経つるも。) 我が著書はふるさとづくりメッセンジャーひそと送りてひそと文来る (備考:これ醍醐味なり。) 緩やかに時代の空気変り来て地球内展示す時なり(備考:Global Involutionとは、地球はネットに囲繞されしまま電子情報場(地球大学)なるなれば、ここより個々人への注目顧慮により招来さるる交歓の姿うごきの事なり。) 箴言の復唱のあと晩祷に妻の癒しと助け人謝す(備考:助け人とは父さんの「風」基金のサポータ方の事なり。ノーちゃん哀切に謝するなり。) 書評(島本健二氏:2012年イースター) 「拝復 ご丁重なご書状と貴重なご著書を有難く拝受しました。長い期間に亘り、私なりに学ばせたいただいて参りました深いご思索のあとを、今回このようなかたちであらためて確かめることができましたこと、そして何よりもそれによって、大いに勇気づけられましたことを限りなく喜んでおります。 この上は、先生のお働きに、今後とも変わらぬ天来の道が備えられ、また奥様共々豊かな主の平安が満ち溢れますよう、心からお祈りいたします。 草々」 「景勝・布引の滝」の歌碑を、美しい景色と共に、ほとんど全体をブログUPすることも喜ばれているようですが、連載中の「延原時行歌集『命輝く』」とも、うまく照応しているようで、これまた嬉しいことです。「歌碑」の連載も、なおしばらく継続いたします。ここでも撮影順に並べます。
2012.05.29

延原時行歌集『命輝く』 (第153回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(70―2) 春楽しもの歌、思索道の歌、癒し時の歌、ひそと示すときの歌、を巡りて、の記 2012年4月16日~19日 4月17日 思索道の歌六首 書店行き新刊コーナー崩壊の兆し一見真面目なるなし この国の人々は今踏みしむる足元の土(つち)見失ひしか 学会も真面目なるなし恐ろしき話など聞く独り遊ばん (備考:独り学会を遊ばんとの意なり。これconvivialの心なり。学会離るには非ず。) 生涯の思索の道をしるしたるブログ著今日も開陳嬉しも(備考:『称名キリスト教に向けて―称名は原風景の回想の只中よりぞ立ちのぼるなり』鳥飼慶陽師ブログ:http://d.hatena.ne.jp/keiyousan+torigai に今日も現る。感謝無限も。長期連載拙著『延原時行歌集「命輝く」』もなり:http://plaza.rakuten.co.jp/40223 ) 我が著書は一つ一つが半世紀かけて綴りぬ飽きもせず哉(備考:我が神学の初心『受肉の神学一試論』などいまだ執筆中なり。気の永いはなし也。最新の『神のエコゾイックス』(単行本版)も回転中なり。そのうちに全貌見せん。ほぼ完成したるも。) 思索道独り辿ればいと楽し共に語れば喜び溢る(備考:笠井君の本日のメール便「有難うございました。理解しました。笠井」への我が返信なり。独りでこそ楽しきなり、喜びなり、それゆえ、共に語り合へば、喜び二重なり、溢るなり。) 上の説明書きは、冒頭の石碑のものですが、今回も「景勝・布引の瀧」の続きです。今朝の神戸新聞には「滝に初夏の涼を求めて」という「布引の滝」を眺める人たちの写真が載っています。市民に親しまれる森林浴の名所のひとつです。それでは本日も撮影順に並べて置きます。
2012.05.28

延原時行歌集『命輝く』 (第152回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(70―1) 春楽しもの歌、思索道の歌、癒し時の歌、ひそと示すときの歌、を巡りて、の記 2012年4月16日~19日 4月16日 春楽しもの歌三首 園の昼にーっと笑みたる我妻の介助楽しもほのぼのの春 (備考:今日より5日間愛宕の園豊浦でショートステイなり。気温とみに上昇。春なり。) 哲学の修練励む若人と特訓メール交す楽しも(備考:今年のIPO=国際哲学オリンピアード=日本代表二人の一人笠井淳吾君、バーナード・ショーの「宗教と諸宗教」論に関するエッセイ書きて国際大会のための特訓中なり。日本組織委員長の北垣宗治先生よりの依頼でコメント書きしところ、メール連続交換とはなりぬ。唯一宗教を諸宗教の共通部分と見る本質論者の同君を、西田の絶対無即絶対有の立場、さらに滝沢根源論まで連れ出せり。さて?) 一日の終はり締めるは箴言ぞ朗々と今吟じつつ謝す(備考:何を謝するのかと言へば、吟じつつあることそのことをなり。楽しも。英文箴言30条復唱ノーちゃんはなはだ意欲的なり。向上心あり。更なる快癒のしるしなり。人間はとまるとダメなリ。よろしく向上心以て日夜努力すべきなり。その時奇跡継続せん。30条皆暗記せば、その時おそらく脳機能飛躍的に構造改革あらんも。もしかくあらば時代の最前線開拓なり。) 昨日は、知人のお宅の庭に、ことしも見事なドクダミが群生していることをききつけて、早速どっさりと戴いて帰り、さかさずりして陰干しをはじまました。ドクダミの香りがからだにも部屋にもイッパイです。しばらく干して、おいしいお茶をいただきます。その折りに、ドクダミ茶のご報告は、あらためていたしましょう。本日も「景勝・布引の滝」と「歌碑」を続けます。
2012.05.27

延原時行歌集『命輝く』 (第151回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(69―6) 我が宇宙観の歌、癒し進む歌、我が夕餉閃き料理の歌、を巡りて、の記 2012年4月11日~15日 4月15日 妹背対話の歌四首 ゆくりなく妹背対話の始まりてこれ奇跡とて恵みただ謝す (備考:「これ」無論延原信子治癒物語の事なり。) ノーちゃんよ手のうごきあり箴言の執筆突如始まりてこそ (備考:こそーーー突破の一切なり。) さもなくば手足動かず拘禁の悲惨と共に暮らしおるのみ (備考:これ妻の語りなり。) さりながら汝(なれ)の箴言不思議なる智慧満るなり如何なるか是 (備考:ノーちゃんの応答得意顔なり。このところとみに体調佳し嬉しも。) 畏友・延原時行さんの日々の歌「命輝く」を、こうして「番町出合いの家」のブログに掲載させていただけるのは、本当に不思議な不思議なできごとのひとつです。このブログをはじめて間もなく、まる一年を迎えますが、この歌集も本日で151回にもなりました。延原さんからは、ほとんど毎日、新しい日々の歌が、手元にメールマガジンとして届いていますので、こうして毎日UPしつづけても、なかなかおっつきません。このかたちは、当分かわらずに継続することでしょう。先日この歌集を、第一回から並べてテキスト化して見ましたが、実に数え切れないような作品群で、あらためて驚いています。いずれ歌集として刊行されるでしょうが、それも楽しみのひとつです。特に、延原さんの歌は、日々の生活の歌ですが、この新しい日々の生活の中での深い省察の歌が、ある主題をもって展開していきます。それは、延原さんの大学での名講義よろしく、特別講義を親しくお聴きしているような、学習テキストにもなっていて、思索の訓練にもなり、そこには独特の歌世界が広がっているように思えます。このブログは毎日、見知らぬ方々が、多くご覧いただいているようで、それにもびっくりしています。延原さんの著作を、同時進行の別のブログ http://d.hatena.ne.jp/keiyousan+torigai/ で連載中ですが、少々難しそうな著作ですのに、読者も多いようで、嬉しいことです。既にそのブログでの延原さんの公開作品は5冊目となっています。延原さんは外国でよく知られている方ですので、日本語の出来る外国の方も、これらの連載作品を注目していただいているらしく、日々のこの作業も、益々精を出ていかねばなりません。この「景勝・布引の滝の歌碑」も、延原歌集とうまく和していて、いいね、と云って頂いています。では、続けて本日の写真を数枚収めます。
2012.05.26

延原時行歌集『命輝く』 (第150回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(69―5) 我が宇宙観の歌、癒し進む歌、我が夕餉閃き料理の歌、を巡りて、の記 2012年4月11日~15日 4月14日 楽しみの味歌三首 楽しみは鰤(ぶり)の煮汁に小松菜と豆腐を加へて火を通す時 饅頭をカレーうどんのあいだにぞ食するは妙辛くも甘し(備考:これ一例なり。饅頭の笹切りをノーちゃんの口に運びつつ次はカレーうどんなり。苺キュウリレタス塩昆布いずれもごく少量ずつライスと共に。かくてカレーうどんにむせることなし。デザートは今夜もオレンジの短冊切りなりき。美味しいわと応答ありき。食必ずconvivialならざるべからず。) 味といふものはそれだけあらずなり他のものとの間にぞある(備考:これ味のconvivialityなり。一つの物大食する、これ味わうにあらず。只今食事はお薬なれば。) 「景勝・布引の滝」の「歌碑」をUPし始め今回は5回目です。ネット上でもこの場所の歌碑をご覧になるのは稀のようですから、このまま連載を続けます。実は、他にUPしたいものが次々と手元にあるのですが・・・。
2012.05.25

延原時行歌集『命輝く』 (第149回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(69―4) 我が宇宙観の歌、癒し進む歌、我が夕餉閃き料理の歌、を巡りて、の記 2012年4月11日~15日 4月13日 復活lの家命輝くの歌三首 朗々と箴言妻と復唱す命輝く復活の家(備考:一年余前には詠いたるなり。我妻と春見るべしと思ひきや命輝く新発田病院 と。朗々に命あり。) いそいそと鰤(ぶり)を煮て待つ夕餉時帰宅妻言う烏賊(いか)を 炊いたん?(備考:はあとふるあたごにてのデイサービスから帰りてのノーちゃんなり。嗅覚鋭し。これも癒しの現況なり。) 幾星霜経たるピアノを贈らんと心決めしも妻ふと寂し(備考:1976年我、翌1977年妻我を追いて渡米するも、妻のピアノは豊中の郷里に預けたり。今少女に贈るなり。贈る心に命輝けり。) 「景勝・布引の滝」の歌碑4回目です。「歌碑」だけでは、正確には解読できませんが、適切なコメントが添えられて大助かりです。今回も美しい「布引の滝」の写真です。そしてここからさらにドンドンのぼって行きます。
2012.05.24

延原時行歌集『命輝く』 (第148回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(69―3) 我が宇宙観の歌、癒し進む歌、我が夕餉閃き料理の歌、を巡りて、の記 2012年4月11日~15日 4月12日 我が夕餉閃きの歌五首 JUSCO行きトンカツのほか蓮根の天婦羅買ひて夕餉作戦 ひらめきて法蓮草に神戸肉入れて味噌汁さっとつくりぬ キャベツほかエノキタケなどパックせる生野菜をば炒め添えたり さてもさてトンカツ料理お味噌汁うまく合うかな妻頷きぬ オレンジの短冊切りをふと作りデザートにせば笑む人のあり 「景勝・布引の滝」の歌碑、今回も続きます。新幹線の「新神戸駅」からすぐに登り始めるこの景勝は、神戸市民の人気スポットでもあります。今回は早くも「布引の滝」の登場です。子供にも老体の私にも、ほど良い散策の道です。
2012.05.23

延原時行歌集『命輝く』 (第147回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(69―2) 我が宇宙観の歌、癒し進む歌、我が夕餉閃き料理の歌、を巡りて、の記 2012年4月11日~15日 4月12日 癒し進む歌五首 久方の朝日輝く今日の日は北越病院行くぞ楽しき ノーちゃんよ頭痛いか聞く我にかぶり振りたる妻ひそと笑む 祖父江医師ハイセレニンの効果よし血液検査いざ進めんと かくて午後いと心地よき眠りありメタボリズムも恵まれしなり 隠れたる癒し進める日日の歩みぞ嬉し有難きかな 前回より<「景勝・布引の滝」の歌碑>をUPしています。歌に関する説明書きの判読は難しいのですが、大変有り難く有益なものです。登り始めた景色と共に、ほぼ撮影の順番に進みます。ここをドンドン登り、「ハーブ園」に至ります。
2012.05.22

延原時行歌集『命輝く』 (第146回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(69―1) 我が宇宙観の歌、癒し進む歌、我が夕餉閃き料理の歌、を巡りて、の記 2012年4月11日~15日 4月11日 我が宇宙観の歌十二首 この度の拙著推敲なりてのち訪れたるは和みなりけり (備考:拙稿「二究極者の問題と《神のエコゾイックス》の提言―トマス・ベリーとの対話のなかから」を『プロセス思想』に寄稿せるなり。これ完成論文(日英):"The Problem of lthe Two Ultimates and the Proposal of An Ecozoics of the Deity: In Dialogule with Thomas Berry, Sallie McFague, Anselm, Aquinas, Whitehead, and Nishida: Part I for Sophia & II for Claremont"の短縮稿なり。編集長花岡永子教授と査読せる編集委員に深謝無限も。) 和みとは宇宙的なる平安と確固不動の宇宙観なり 我が観ぞ神のエコより発するはゾエーなりけり言ふものなり 近代の宇宙観にぞあるものは捨象の観と添え物の神 添え物の神有てること示せるは言表のみのアナロジーなり アナロジー力あるものなるならば実在の神起点なるべし 知るべきはイエスの語るアナロジー天なる如く地にもとのそれ 添え物にすぎざる神を押しのけし近代人は石油愛せり その石油あと十年の命脈ぞ汝なにをぞ神とするらん 石油無き地球に戻り考へよ神しろしめす宇宙ぞ宇宙 御神のエコゾイックス申すなり石油去りたる宇宙理(ことはり) ああ何ぞ智慧なくしての近代か神なくしてのアナロジーなる (補遺 学び舎も御堂なくして基督の大学なりと言ふや恐ろし) 今回から「神戸<景勝・布引の滝>の歌碑」をUPいたします。新幹線「新神戸駅」から直ぐに登り始める散策の道「布引の滝」は、神戸の顔のひとつです。歩き始めて直ぐから、道々に多くの「歌碑」が眼にとまります。ぶらぶら景色を楽しみながら登り始めました。普通行き交う人には挨拶をするのですが、この場所はどこか三ノ宮のセンター街の地続きといった気分からか、誰とも声を交わすことはありません。今回も撮影した順番に、スタート地点からUPしてまいります。
2012.05.21

延原時行歌集『命輝く』 (第145回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(68―2) 人の美質と主の空間の歌、友ありての歌、妹背会話の歌、を巡りて、の記 2012年4月8~10日 4月9日 友ありての歌六首 喜びのメールありたりご一家の夕餉団欒告ぐる文麗し(備考:すぐる日二回も新発田まで妻見舞ひ給へる木原寛さんにお礼のケータイ入れ、一昨日四回直立せりと伝へたるところ父君の木原和彦氏よりメール便ありしなり。) 我が友のUPありたり復活の省察は今日あとがきで完(備考:鳥飼慶陽師ブログにて拙著『復活の省察』28回あとがきで完了す。感謝無限も。) 悠々と川の流れの行くごとく復活の道辿り来れり 友ありて「偉業」の拙訳求むあり今ぞその時武者ぶるい出ず(備考:廣瀬忠一郎氏激励の人なり。山本良一教授と共にトマス・ベリー『偉業』の拙訳鶴首。有難きかな。) 友ありて御母堂の幸告ぐる文快気祝いと拝受嬉しも (備考:寺尾寿芳氏に言ひたし、本当に佳かったですねえ。図書券感謝無限も。) 友ありて拙著一読文賜ふ喜び感ず限りなし由 (備考:伊丹教会の旧友島本健二氏誠実の人誠実の文。感動感謝なり。) 4月10日 妹背の会話の歌二首 我妻のつくづくと今述ぶるなり箴言なんでできたのかなあ ノーちゃんよこれもみんなお恵みやなるようにとぞなれるものやな 今回の写真は、重要文化財の「旧ハッサム住宅」です。年に幾度か公開されますが、阪神淡路大震災の時には、あの大きな煙突が、屋根と二階の床を突き抜けて一階まで落下し部屋を大破しました。その後、見事に修復され、煙突は震災の記憶を後世に残す為に、大切に保存されています。
2012.05.20

昨日午後は「ぶらり散歩」で板宿にある「百耕資料館」を再訪しました。上の写真は入口の案内版とポスターの「大竹図:原作者・円山応挙」です。このブログですでに昨年秋(2011年11月17日~19日)、はじめて訪問した折りの時の連載ものをUPしていますが、そのときも「狩野探幽・与謝野蕪村・円山応挙」の粉本が展示されていました。今回の企画展は「須磨区のむかしと今・古絵図と空中写真から」と「粉本に見る円山応挙と丸山派」で、今月27日まで開催されています。前回の長田の歴史も興味深くありましたが、今回は須磨の「むかしと今」で、初めて知ることばかり。資料館は板宿町の育英幼稚園内にありますが、横は「武井邸」があります。では以下に、玄関にある「百耕」(武井伊右衛門)の像など、外庭の景色を少し収めて置きます。 延原時行歌集『命輝く』 (第144回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(68―1) 人の美質と主の空間の歌、友ありての歌、妹背会話の歌、を巡りて、の記 2012年4月8~10日 4月8日 人の美質と主の空間の歌十首 その人にしかなき美質ありてこそ人はこの世に生まれ来れり 世の常を先立ててみよ人誰も劣等感をのぞく術なし この世にと初めて出でし美質をばほめて伸ばすぞ教育と言ふ この子には両親になき美質ありかく言へてこそ人は親なり 我妻は手のうごきにて美質ありかかる故にぞ嫁帰りたり 父さんの所へ行かば安心ぞ何とかなるさ妻かく信ず 何とかと言ふものはさて何なるか人の美質の輝きのほか 人はしも誰にてもその輝きを与へられてぞ人に非ずや 人はしもその美質にて甦る美質宇宙を超へて出ずれば 超へ出ずる場所はいずこかほかならぬ甦りの主在す空間
2012.05.19

私たちの住宅の「さんさん花壇」は、上の写真のように、いまフェンスに紫のクレマチスと白いジャスミンの花と香りが盛りで、道行く人を楽しませています。例年のように、この季節は、サルビアとマリーゴールドの新しい花に植え替える作業を行います。今年はとくに何度もスコップで土を掘り起こして、腐葉土も加えることもできました。お蔭様で、いい土ができて、赤色・黄色・ダイヤ色を斜め帯にして植え込み、大満足! このあと、みんなで馴染みの喫茶店で、愉快に花談義・・・・。 延原時行歌集『命輝く』 (第143回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(67―3)新時代の歌、あるメール便交流、驚きぬの歌、不思議なる縁へてこその歌、を巡りて、の記 2012年4月5日~7日 4月7日 不思議なる縁へてこその歌十首 不思議なる縁へてこそ七著今ブログに出ずる有難きかな(備考:只今鳥飼慶陽師ブログ二つ(http://plaza.rakuten.co.jp/40223 およびhttp://d.hatena.ne.jp/keiyousan+torigai )に、拙著『延原時行歌集「命輝く」』、『滝沢哲学のアンセルムス的省察』、『哲学の喜び―チェンジの時代に、根底を示す滝沢語録を詠む。』、『復活の省察―生くるとは深き淵よりともどもに甦ることの喜びなり』出で、さらに脱稿せる拙著『称名キリスト教に向けて―称名は原風景の回想の只中よりぞ立ちのぼるなり』、『わがチャプレンシー論―危機からの神学的省察』、『良寛とトマス・ベリーと共に―今、21世紀の懺悔と回心、エコ生代開幕す。』出でんとす。番町出合いの家と復活の家の合同企画なり。その裏に不思議なる縁あり、喩え様もなし。感謝無限なり。) これら皆妻の怪我する前に書き我を鼓舞せり十六か月 その中で呱呱の声あぐ『あなたに』はいと不思議なる縁(えにし)あらはす(備考:拙著『あなたにいちばん近い御方は誰ですか―妻と学ぶ「ラザロとイエスの物語」』(東京・日本キリスト教団出版局、2011年8月刊)は七著の先駆けなり。) これら著書なかりしならば我が意気は妻看病に向かひ得たるや 著書かきし勢ひありて悲惨事に熱き想いもて当たりたる哉 のみならず事に隠れし真実は省献の日を祝し給へり(備考:これ神の真実なり。真実神なり。省献の日はあの「手のうごき」の日にして、延原信子英文箴言の述ぶるごとく、God blessed the good day of self-reflection and self-dedication.と言ふ事態受けたるなり.) 真実に打たれて著書は一新すモチーフごとに深み湛へつ(備考:「復活の省察」の場合には、第三部これなり。「あなたに」においては、第二部これなり。「称名キリスト教に向けて」では第四部なり。御照覧あれ。) これ誠予想もつかぬ慶事なり思想と癒し綯い合わされし(備考:我が思想この事の前に発想されほぼ半世紀にわたり練磨されつつ綴られ来りしところ、ここにきて癒し経て一新す。此処を指して「縁へてこそ」とは言ふなり。) もう三著あの事のまえ完成す一は翻訳他は自著なるも(備考]米国の友人C. Robert Mesle-with a concluding chapter by John B. Cobb, Jr. 著:Process Theology: A Basic Introduction (St. Louos, MISSOURI: Chalice Press, 1993)の拙訳『プロセス神学への道案内―共経験主義の見地より』とこれの解説書なる拙著『無→者のためのプロセス神学―メッスリー著『道案内」に因んで』、さらに生涯の主著『神のエコゾイックス』なり。前二者出版社に送りぬ、検討中なり。第三著―これは門外不出なり。そのものとしては、完成せり、なお推敲中なるも。一部、雑誌論文として供出するも、宣伝のためなり、本体は全体として完成せり。) 治療界直立ほどのものはなし療法士得て妻四度立つ(備考:4月7日記念すべき日とはなりぬ。心身統合著し。お通じ二回成功も。大島誠雄セラピスト(北越病院)のリハビリ甚だ佳し。ノーちゃん「先生」尊敬す。義妹も我も。ここにも縁ありてこそなり。バックに在る祖父江ドクター脳神経科権威なれば。)
2012.05.18

兵庫県庁の前庭に、上のような小さな「県民オアシス」があります。なぜか現在、惜しいことに庭の手入れができていないようで、訪れる人もありません。県庁へはこれまで何度も仕事でまいりましたが、この「県民オアシス」に足を踏み入れたのは、今回がはじめてです。ここには、上のような見事な彫像が据えられています。県庁のすぐ上に、前回UPした「相楽園」があり、いまツツジの見頃で、賑わっています。今回も数枚、相楽園のいまをご覧いただきます。 延原時行歌集『命輝く』 (第142回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(67―2)新時代の歌、あるメール便交流、驚きぬの歌、不思議なる縁へてこその歌、を巡りて、の記 2012年4月5日~7日 4月6日 驚きぬの歌四首 母校にて講演せしもチェク来たり妹背ともども実に驚きぬ(備考:クレアモントConviviality Conferenceにて我生涯会心の作"The Problem of the Two Ultimates and the Proposal of An Exozoics of the Deity"開陳するも、これはこれで十分(経験として十分)なりき。「せしも」とはこの十分の心持ち表せるなり。それに少額ならぬこの謝礼うけしこと、実に驚きたり。かかる母校の厚遇に感謝措くあたわざるなり。我も学術の長老となりしか。うたた15年欧米に在りし頃を想い感慨言ふに言葉なし。返礼すべし。) 深夜まであとがき書きぬ復活の省察めぐり生涯めぐる 我妻の手のうごきこそ復活の主にささげらる熱き祈りぞ 恩寵は日々豊にぞふりそそぐ神祝します感謝無限
2012.05.17

毎年この季節には、「相楽園のツツジ」に誘われて、足を運びます。昨年もそうでしたが、友人の主催する邦楽演奏会が、この美しい相楽園で開催され、好天気にも恵まれて、最高の「ぶらり散歩」でした。秋には、ここの菊展も素晴らしく、楽しみにしています。 延原時行歌集『命輝く』 (第141回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(67―1)新時代の歌、あるメール便交流、驚きぬの歌、不思議なる縁へてこその歌、を巡りて、の記 2012年4月5日~7日 4月5日 新時代の歌七首 今やある地球的なる内展のスリリングなる新時代是(備考:是とは最も身近なるものの意なり。「内展]Involutionとはかつて大拙博士用ひし言葉なり。) 我思ふその内展は根底に深く沈みて独り楽しむ されど今そのことをしもネット載せクリックすれば地球果て行く これを受け地球の友も内展す地球内展かくて発動 (備考:「地球内展」とは、地球を囲繞する精神圏に生起する著しき「複雑化」(シャルダン)の先端なり。これ必ずPC帯同す。) 新時代今は外展他者攻むる時には非ず共に内観(備考:攻撃的ミッシオロジーかつて他宗教他文化殲滅をもっぱらとせり。キリスト教学舎も同様に猛威振へり。好かぬ理事解任など何ほどの事もなかりき。されどこれ皆時代誤認の促す錯誤なりし。内展内観こそ地球的先端事情なれば。この事情の外、勢力日々に寥寥たり。如何ともならず。) 西田言ふ根底見るは自己超ゆる今沈思して地球生くるも(備考:「自己自身を超越することは何処までも自己に帰することである。真の自己となることである。」西田幾多郎全集第11巻423頁参照。地球生くるもとは、人々が自己を超へて地球的に共々に生くるを言ふ。その呼吸が個々のPCのささやきなり。これ合して地球の合唱なり。聴かずや。) 学び舎を立ち挙ぐる幸共々に沈思し伝ふ彼の時と今(備考:あるメール便交流: (3日:延原時行) 「北垣宗治先生 御高著「私の詩と真実」を京都にてご恵贈いただきましたこと、心よりお礼申し上げます。先生の御生涯の中で敬和とIPOがどのように重要な意味を持つものか、味読させていただきました。感動的でした。有難うございました。 これ(添付資料)は、前に一度ご高覧いただきました、「称名キリスト教に向けて」の敷衍版であります。御高著に一か所言及致しております。お許しください。御笑覧いただけましたらまことに光栄に存じます。 右、お礼方々ご挨拶まで 草々不一 延原時行」 (4日:北垣宗治敬和学園大学初代学長) 「延原時行様 「はしがき称名キリスト教に向けて」を拝読。ここにはあなたの根本的な姿勢が宣言されていると感じます。17年間のチャプレン兼哲学教授のお仕事に対して、さらにまた退職後の旺盛な著作活動に対して、敬意をささげるものです。信子さんの刻々のご快癒の故に、神の御名を讃美します。 「私の詩と真実」を読んでいただき、感謝致します。 北垣宗治」)
2012.05.16

昨日午後は、鳥取の田舎で小中高まで過ごした友・円月光君の来訪があり、54年ぶりの再会を果たしました。このブログ・2011年9月18日号で、円月君の名著『チョウはなぜヒラヒラ飛ぶか(私論)』(著者名は「円月光輝」となっています)のことなどUPしましたが、それの改訂増補版への意欲を秘めて、益々意気軒昂! 彼の目の輝きと引き締まった姿は、ナントモ素敵です。それに比べてブクブクの我が姿は・・・。本日で「須磨アルプス」の連載はオシマイです。「東山」から馴染みの「高取山」を眺めたりして、神戸地下鉄「妙法寺駅」まで!! この後、第1回でUPした道案内のお師匠さん宅で奥様の手料理でビールと濁り酒などで!!! 次回の山歩きは「菊水山」からスタートとか・・。今回も撮影順に並べて置きます。 延原時行歌集『命輝く』 (第140回) 「復活の家出発進行ー感謝無限の旅一歩一歩」(66―4) 我が思ひの歌、我が欣求の歌、今日の意欲の歌、を巡りて、の記 2012年4月1日~4日 4月4日 地球大学実験の夢八首 今年こそ地球大学実験の夢をいざ我敢行すべし 英文稿数十はもう書き来り備へせしなりいざブログせん オンラインこれら英文拙稿は地球果てまでいざ飛びゆかん そのことはIPNにも母校にも伝へて掲示さるることあり(備考:IPN=国際プロセスネットワーク理事として、また母校Claremont School of Theologyの海外アドヴァイザーとして、また欧州プロセス年報の編集一員としてなり。) かくすれば英文拙稿世界とび話題となりて著書刊行に 東西のプロセス研究企画なる我が研究所地球の夢ぞ 我が生は原風景に沈みつつなお地球をば目差すものなり かく語り妹背園にて笑いたり実におかしげな我らなるなり
2012.05.15

「初体験・須磨アルプス」は、歩きながらの写真を多く残していましたので、今回は9回目、明日でこのシリーズは終わりにいたします。この間には、身辺多くの出来事がありましたが・・・・。本日午後は、小学校から高校まで同級生だった友人が我が家へ立ち寄ってくれるようです。『チョウはなぜひらひら飛ぶか(私論)』の著者で、いちどブログで紹介しましたが、高校卒業以来の再会です。近くの駅まで出迎えますが、サテハテお互いわかりますかどうか・・・。今回も「名勝・馬の背」をあとに「東山」を越えたところまでを、撮影順に並べます。 延原時行歌集『命輝く』 (第139回) 「復活の家出発進行ー感謝無限の旅一歩一歩」(66―3) 我が思ひの歌、我が欣求の歌、今日の意欲の歌、を巡りて、の記 2012年4月1日~4日 4月3日 今日の意欲の歌六首 箴言の第一条をすらすらと妻書きて言ふこれで佳きかと (備考:愛宕の園にての会話なり。) 佳きも佳し顕れいでし今日の幸我ただこれを驚きて見る 箴言をみな覚ゆれば佳きものをかく言ふ妻の意欲恐ろし (備考:この意欲快癒の今日表すなり。) 箴言を妹背唱ふるこの幸は春の嵐も揺るがせ得ざる 帰りてや我が意欲なる文二つ一つに続けて打ち終へしなり(備考:我も妻に負けじと、園から帰りて著書二つ完成し、友にメール添付で送付す。『我がチャプレンシー論―危機からの神学的省察』および『良寛とトマス・ベリーと共に-ー今、21世紀の懺悔と回心、エコ生代開幕す。』昨日終へたる『称名キリスト教に向けて―称名は原風景の回想の只中よりぞ立ちのぼるなり』に続く仕事なりし。嬉しも。二日で三冊のブログ拙著脱稿とは少々スピーディなるか。時の勢ひなり。) 楽しきは拙稿校正進めつつ学び舎の育ち確かむる時(備考:敬和学園大学人文社会科学研究所年報への寄稿「懺悔の心―良寛とアウグスティヌスの場合」のことなり。)
2012.05.14

今回も「初体験・須磨アルプス」のUPを続けます。毎日11階のベランダから「須磨アルプス」を眺めていて、「よくあの場所、歩けたもんだな」などとひとりごちして・・・よき導きてあればこそデス・・・。先週は私たちの住宅の花壇の植え替え準備で、毎日スコップを持ってセッセと土作りに励みましたが、おかげで少々足腰もしっかりと整ってきたようです。やはりコツコツと、からだは鍛えておかねばならないもののようですね。今回は須磨アルプスの「馬の背」から降りていくところの写真です。ここでも撮影の順番にUPして置きます。 延原時行歌集『命輝く』 (第138回) 「復活の家出発進行ー感謝無限の旅一歩一歩」(66―2) 我が思ひの歌、我が欣求の歌、今日の意欲の歌、を巡りて、の記 2012年4月1日~4日 4月2日 我が欣求の歌四首 我昔無者修行せり喜々として底辺よりの社会欣求す(備考:添付資料「原風景」参照。この歌愛宕の園にてつくり、妻の昼餉介助のあと近くのラーメン屋で推敲す。因みにここのラーメン巨大にして旨し。) この欣求妻の快癒とつながりて今生き生きと甦りたり よくもまあ生きたることよ底の底懐かしの主そこにいませば(備考:「われわれのこの深淵を独り知り給う憐み深き主」(マルティン・ルター『ローマ書講義』WA,56,236)を我懐かしの主と呼べるなり。) 忘るなよ底の底にていますのは欣求の主なり祈り人なり
2012.05.13

「初体験・須磨アルプス」の記録が続いています。今回も前回に続いて、撮影した順番に「名勝・馬の背」を中心にUPいたします。そういえば、昨年は四国・剣山に登った折りの写真も、このブログに登場しました。このブログを見た友達は、「富士山登山」の足慣らしですか、などとお誘いの声もいただいたりしております。何しろ、ブログを初めて一年近く経って、カメラ片手に取材を兼ねた「ぶらり散歩」や「山歩き」ということで、新しい生活のリズムが出来てきました。 延原時行歌集『命輝く』 (第137回) 「復活の家出発進行ー感謝無限の旅一歩一歩」(66―1) 我が思ひの歌、我が欣求の歌、今日の意欲の歌、を巡りて、の記 2012年4月1日~4日 4月1日 我が思いの歌七首 隠れたる御神よ汝が御業なる妻の癒しに感謝しまつる 驚きは変はらず尽きず今日の日も我妻のあの手のうごきなり 思ふだに恐ろしき怪我その最中書籍掴みて汝が手示せり 箴言の手のうごきにぞ下りたる祝福詠ふ言の葉ぞ佳し 一年と四月なる時過ごし来て我が思ひにぞ満つるは感謝 称名は原風景の回想の只中からぞ立ちのぼるなり (備考:ブログ次著『称名キリスト教に向けて』の副題これにす。これにて決まり。) 絶好調妻はあと行き祝されぬ昼食もよしお風呂もよしと(備考:はあとふるあたごにてのデイサービスでの好成績最近の慶事なり。昨日の大島セラピストさんの所見嘘ならず。)
2012.05.12

「初体験・須磨アルプス」は、予想を越えた嬉しいウレシイ経験でしたので、歩きながら写した写真を、この機会にできるだけ多くUPしておきたくなりました。今回も「名勝・馬の背」に至るまでの数枚を、撮影順に並べてみます。 延原時行歌集『命輝く』 (第136回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(65―3) 地球大学の歌、春の陽の歌、北嶋藤郷氏玉稿に因みての歌、を巡りて、の記 2012年3月28日~31日 3月30日 春の賑はいの歌二首 コンピュータ見る人来り大学の賑はい告ぐる嬉しかりけり (備考:敬和コンピュータ室の武者君の挨拶なり。) 復活の省察は今センターのあの頃活写鬼気迫る妻(備考:哲学者ならざるも哲学世界知ると述べし箴言光れり。42年の結婚生活にて父さんから哲学世界耳学問せりと意気軒高の我妻ノーちゃん新潟県立リウマチセンターにて昨春尿閉脱せり。ああ突破突破の頃なり。感謝無限も。突破は感謝、それ掲載するブログ:TORIGAI:http://d.hatena.ne.jp/keiyousan+torigai も感謝。今双眸清ら新たなる突破の春なり。) 3月31日 北嶋藤郷氏玉稿に因みての歌 キイ尽くし八一挽歌す哀切よ歌の命は奇しきなりけり(備考:敬和同僚・「山鳩の会」代表北嶋藤郷氏玉稿「八一に尽くした若い命―会津きい子生誕100年に寄せて」新潟日報本日付読みて。奇しきなりけりとは命文学に甦る消息を言ふなり。) 時行煮の歌一首 時行煮つくりて待てる夕餉時むにゃむにゃの姫双眸覚むる(備考:筑前煮ならぬ何ものかなり。体調絶好調成ること、昼には訪問リハビリの大島療法士さん(北越病院)と驚けリ。双眸清ら、脳機能佳しとのしるしなり。その後午睡。覚めて食し、「父さんの御飯みな美味しいよ。おおきにね。」)
2012.05.11

前回まで「旗振山・鐡拐山・おらが山・横尾山」などを経て、山頂で昼飯、腹ごしらえを済ませて、イザイザ「須磨アルプス」へ! 神戸の街を眺め、足許の「大きなハチさん」にもご挨拶もして・・・・。「名勝・馬の背」にたどり着くまでの景色を、撮影順にUPいたします。 延原時行歌集『命輝く』 (第135回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(65―2) 地球大学の歌、春の陽の歌、北嶋藤郷氏玉稿に因みての歌、を巡りて、の記 2012年3月28日~31日 春の陽の歌十首 3月28日 心浮き立つ 久方の光輝く春の陽の明かり窓より差し来る今朝 珈琲の香りややあり居間に満ち朝餉のパンも焼けしころ哉 近くより腹減ったとの合図有リ美味しいパンをどれたべるかね ヘルパーさん来りて朝の着替えしてさておしゃべりの盛り上が るころ 洗濯を素早く終り干し終へて春の陽の中心浮き立つ (備考;浮き立つままにイカとジャガイモの煮つけ昼に備へぬ。佳し。) 3月29日 有難きかな 我妻と二度目の春を仰ぎ見て心に溢るはただただ感謝 双眸のいと清らなる今日のさち箴言朗々主よ聴き給へ(備考:明眸の幸箴言第一条神祝し給へり他言い表す言の葉なし。「ノーちゃんあんた今日両方とも眼大きいなあ。」「そやで。別嬪さんやねん。」「箴言いこか。」「ウン。」) 命とは恵まるるもの受けるもの幾星霜の果てに学べり かくすればかくなるものと思へども今ある恵み有難きかな、 (備考:有難きとは稀有の意なり。これほどのことなし。お通じ成功を含めて。) かにかくに人は言えども妹と背の命あるなしこの春のほか (備考:この春この春を見る我らその我らの幸祝福の今それ命なり。それのほかなし。)
2012.05.10

「初体験・須磨アルプス」は、実はここからが決断の場所でした。このあたりで下山するのが通常ですが、今回はここがスタート地点なのです。何しろ目の前に400段があり、「須磨アルプス」を目指す人達が、次々とスタスタと登っていきます。友のうまい誘いに乗って、私もここで覚悟を決めて(?!)歩き始めました。今回も撮した順番にUPします。「横尾山」の山頂でも、山歩きのお師匠さんと記念写真を撮りました。 延原時行歌集『命輝く』 (第134回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(65―1) 地球大学の歌、春の陽の歌、北嶋藤郷氏玉稿に因みての歌、を巡りて、の記 2012年3月28日~31日 3月28日 地球大学の歌十七首 地球大学論―序論 一台のPCあらば家にいて地球大学いざや開拓 (備考:これこんにち地球人類誰しもの直ちに可能の事なり。驚くべし。) 大学は構内にとは迷信ぞネット地球を囲繞する今(備考:この真実ほど「大学」に関して驚くべきものなし。このインターネット時代にどこかの大学の「構内」だけに閉じ込められ得るネット情報(論文であれ非学術的連絡事項であれ)なし。これ情報は地球大学規模になりたること証示するものなり。故に如何なる大学の構内と言えども、実は、地球大学の一部なり。この真実は、大学は地球的ならざるべからず、地球は大学的結構の存在なり、と言ふ必然性(命法)を内包するなり。驚くべし。この二重の必然性(命法)を無視する者(大学であれ、非大学であれ)は必然的に大学を破壊する者なり。かかるもの大学維持形成することあたはず。逆に右の二重の必然性(命法)を尊重する者大学形成の成功者成るべし。これ大学の理法なり。) 人間現象論としての地球大学論 シャルダンの人間現象言ひしもの今物命ネット圏うむ(備考:ピエール・テイヤール・ド・シャルダンの『現象としての人間』で言ひし物質圏→生命圏→精神圏の進化図は、いまや精神圏における地球囲繞するネット社会の誕生付加せざるべからず。) 大学は地球囲繞のネット圏こそがそれなり地球大学 (備考:これ大学の包括的定義なり。) 地球大図書館ありて人類は大学的に生くる現象 (備考:これ人間現象の新たなる定義なり。) 論文はなべて地球に登録し読めるものなり構内ならず (備考:これ電子的オンライン論文の定義なり。) 地球大学実践論 我著作ブログTORIGAI公開す有難きかな三冊と歌(備考:『滝沢哲学のアンセルムス的省察』『哲学の喜び―チェンジの時代に、根底を示す滝沢語録を読む。』『復活の省察―生くるとは深き淵よりともどもに甦ることの喜びなり』および『延原時行歌集「命輝く」』なり。右に述べしごとく、三冊と歌本来的に地球的なり。驚くべし。) 今まさに家の時代に入りたり復活の家東西企画も(備考:復活の家東西プロセス研究企画の意味するものは、「時代」なり。「家の時代」なり。家の時代はネットの時代の末端的性格なり。地球時代の末端は大学に非ず、個人の家なり。これまた驚くべき真実なり。) さきほどは台所にてうどん煮ていまPCに向かう我あり (備考:これ地球時代の末端の風景なり。) 地球大学末端の風景の種々相 広報は風の便りと申すなり短歌通信専らとなす プロセスの学理追究いと楽し新思想をば世に問はん哉 招かれてクレアモントに赴きしこの道筋は真実一路 真実にこの道筋は通ずなり地球の友と出会うべくして 地球大学原理論 今の時地球大学栄ゆべし精神圏のネット満つるも シャルダンの説きし現象今ぞ展ぶ物生命の精神化佳し(備考:精神化シャルダンは「複雑化」と述べしなり。これ佳し。複雑化緻密化なり。それぞ学問なり。大学形成なり。大学形成は地球大学形成なり。決して構内主義には非ざるなり。) 我がもし地球大学構想を述ぶれば招く人あらんやも 結語 要するに我ら人類今日の精神圏の先端喫す(備考:先端喫すとは先端十分に味わうことなり。ホワイトヘッドself-enjoymen(自己受用)と呼びし事態ぞこれなる。)
2012.05.09

上の案内版は、「鐡拐山」を越えて「おらが茶屋」の見晴らしよい場所のものです。このあたりまではこれまで幾度も歩いた場所ですが、今回の「初体験・須磨アルプス」に向かう経路は、前回UPした「旗振山」を過ぎて「鐡拐山」経由で、このコースは「初体験」でした。今回は「旗振山」を過ぎて「鐡拐山」から「おらが山」までです。次回は「栂尾山」「横尾山」へ・・・・。 延原時行歌集『命輝く』 (第133回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(64―4)友情感謝無限の歌、妻の諧謔の歌、片付けの日の歌、アナロジー論哲学史の歌、を巡りて、の記 2012年3月25日~27日 3月27日 デカルト変貌の歌八首 デカルトの我思ふとぞ言ひし時プラトン以来の発見ありしも(備考:この発見、ホワイトヘッドによれば、哲学的真理の主観主義原理なるべし。Process and Reality, p. 159.参照。) 哲学が主観主義なる原理をば恥じぬ言ふこと新しきなり 我思ふ初めにデ氏が言ひし時その間我在りの意なりき (備考:『省察録』省察第二の三、参照。) 薔薇は咲く咲く間咲くシレジウス詠ひたる古歌いま人の歌 されどデ氏出来心あり我思ふ故に(ergo)我在りと理性主義述ぶ 間にを故にに変へぬ出来心近代の不幸此処に胚胎 思ふ時在りて思ふが理ぞその在りてをば我在りと化す(備考:これデカルトの変貌なり。在りてこそ(その恵み=存在の恵みありて)思ふなり。何故いきなり思ふ(cogito)故(ego)我在り(sum)と言ふや?!) 原事実その「新しい現在」の産み出しなりと我ならば言ふ(備考:ブログ拙著『哲学の喜び―チェンジの時代に、根底を示す滝沢語録を読む。』全巻参照。原事実の産み出しこれ「我在りて」なり。而して「新しい現在」これ「我思ふ」(Cogito)なり。)
2012.05.08

上の写真は、11階のベランダから望む山々、右の高いところが須磨アルプスです。六甲山縦走の起点・須磨浦公園から昇る鉢伏山・旗振山はビルがあって隠れています。その起点から「須磨アルプス・名勝馬の背」を経て東山まで歩いたのでした! 昨日UPした通りです。なにしろ「初体験・須磨アルプス」ですので、やはり歩き始めた起点「敦盛橋」からの記録は、ここに収めたくなりました。今回は「旗振山」までの、しっかりと一汗かいた上り道をUPします。途中美しい白と赤のつつじに眼を奪われたり、摂津の国と播磨の国を分ける旗振山山頂で、道案内の友と記念撮影もしたりして・・・。この春は、須磨浦山上公園までロープウエイとカーレーターに乗って「梅林」を訪ねたばかりの場所ですが・・・。 延原時行歌集『命輝く』 (第132回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(64―3)友情感謝無限の歌、妻の諧謔の歌、片付けの日の歌、アナロジー論哲学史の歌、を巡りて、の記 2012年3月25日~27日 3月27日 アナロジー論哲学史の歌十首 心身のアナロジーにてエコロジー窮むこと不可恩師カブ言ふ(備考:心身アナロジーとはカブの恩師チャールズ・ハーツホーンの所説なり。Man's Vision of God (Hamden, CON:Arcon Books,1964), V. "Theological Analogies and the Cosmic Organism"参照。) その言葉峻厳なりし我がPh. D.論文指導せる時の一瞬(備考:我が学位論文:God and Analogy: In Search of a New Possibility of Natural Theology (Claremont Graduate University, 1981) (Ann Arbor, MI, USA: University Micrpfilms International, 1982), V. "Analogy and the Environment: A Study of the Theology of Charles Hartshorne"参照。) 一瞬の言の葉に真有りハーツホーン超ゆる一閃 心身を如何に窮むもそこになし両極神論超ゆる端的 心身も神論も抜く端的はこれ以外なし創造作用 創作用心身の奥深々と成しつ神論支ヘるや秘儀 この秘儀を逆対応と洞破せる傑物は誰西田幾多郎 (備考:全集第11巻所収論文「場所的論理と宗教的世界観」参照。) 自己が無に対してこそぞ自覚ありこの理神にも妥当せるなり 絶対者絶対否定潜りてぞ絶対有へと翻るなり この理をば逆対応と呼びし時西田独自のアナロジ―成る
2012.05.07

11階の我が家のから毎日望み見る「須磨アルプス」には、登る所ではなく眺める所と決めていましたが、敬愛する友の誘いがあって、この度72歳にして「初体験」をさせて貰いました。山登りのベテランの彼(「名勝・馬の背」に立つ)の見事な道案内のおかげで、「須磨浦公園駅→鉢伏山→旗振山→鉄拐山→おらが山→栂尾山→横尾山」を経て、「須磨アルプス:馬の背」へ。四つん這いになったりして、山登りのお師匠さんには、大変なご心配をかけてしまいましたが、ともあれ念願の「須磨アルプス」を乗り越えて「東山」へ、今回はここから「妙法寺駅」までたどり着きました。山歩きの楽しみは最後に残されていて、お師匠さんのご自宅では、奥様の美味なるご馳走が待っていました! 冷えたビールとにごり酒(それも我が故郷・倉吉の地酒)、カニとイカ(これも故郷・鳥取の)等々・・。お師匠さんの「親鸞がたり」も面白く、隣国・中国に惚れ込んで交流を続けておられる奥様のお話も心ひかれるものでした。 ―予告―ただいま同時進行のブログ「滝沢克己ー新しい対話的世界」 http://d.hatena.ne.jp/keiyousan+torigai/ で、本日まで「延原時行著作ブログ公開4冊目『称名キリスト教に向けてー称名は原風景の回想の只中よりぞ立ちのぼるなり』をUPいたしました。引き続き、5冊目のブログ公開は『 わがチャプレンシー論の夢ー危機からの神学的省察』で、明日(2012年5月7日)スタートいたします。国内外で閲読頂いているようですが、いずれ書物として刊行される下準備でもあります。ご期待ください。 延原時行歌集『命輝く』 (第131回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(64―2)友情感謝無限の歌、妻の諧謔の歌、片付けの日の歌、アナロジー論哲学史の歌、を巡りて、の記 2012年3月25日~26日 3月26日 片付けの日の歌十首 思ひ立ち二階の書斎片づけり遠く二王子(にのうじ)見ゆる遥けし(備考:遥けしとは一昨年11月30日以降二階に上がらず一階の居間をノーちゃんの病室にするとともに我一階の執務室の住人となりしためなり。今二王子岳スキー場のライト見る我戻りたり。階段に積みおりし箱や雑誌新聞も片付けぬ。執務室の窓際の書類も整えぬ。) 何よりも妻の命を先立てり二階も階下(した)も片付ける間なし(備考:居間と台所と執務室は別格なり。生活圏かつての二階(書斎寝室妻の書斎)より一階に移りしなり。) 二階圏さながら人の住まぬ場所今人の気を取り戻したり 何ゆえか心ひたすら歌詠むも物片づくる動作なかりき それが今からだ素早く動くなりこれ何者ぞ我しかとせず これをしも深き淵より甦るからだの快と名付けるもよし NTTより人の来りて忽ちに光通信敷設せり嬉しも 妻もとむカレーうどんも軽々とつくりて給す我何物ぞ 自らがいつしかじかの事なすか我知らずなり不思議なるかな 嫁帰り成したるは妻なれど婿帰りしは我時行ぞ
2012.05.06

「烏原貯水池」の散策、これで一周してきたことになります。穏やかな日和にめぐまれ、春をたっぷりと満喫させてもらいました。ブログを始めてから、「取材」(?)も兼ねた「ぶらり散歩」が増えてきて、新しい生活のリズムが生まれてきたようです。今回も撮影順に並べて置きます。これにて「烏原レポート」はオシマイです。 延原時行歌集『命輝く』 (第130回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(64―1)友情感謝無限の歌、妻の諧謔の歌、片付けの日の歌、アナロジー論哲学史の歌、を巡りて、の記 2012年3月25日~26日 3月25日 友情感謝無限の歌二首 友ありて拙著書店で求め読み文寄せ給ふ有難きかな (備考:伊丹教会の旧友島本健二君の友情なり。感謝無限。) 『復活の省察』にいざ「リハビリの一歩一歩」を入れたるも佳し(備考:青年時代より書き綴り来る『復活の省察』に第三部「リハビリ一歩一歩」を入れて鳥飼師ブログ:http://d.hatena.ne.jp/keiyousan+torigai に掲載いただけり。両者マッチす。いと嬉しも。「延原時行歌集『命輝く』」:鳥飼師ブログ:http://plaza.rakuten.co.jp/40223 も本日上々なり。感謝無限。) 妻の諧謔の歌一首 愛宕園お臍出てるよと人の言ふ妻悠然と応ふへーそー(備考:22日の事なり。その一瞬介護士真理さんも我も爆笑。車いすからベッドに戻る時なり。一瞬のウイット体調絶好調成ること明らかなりしも。前週の嗜眠とは打って変わり明晰なりノーちゃん。これ頭痛薬ハイセレニン朝晩2錠ずつを朝昼晩1錠ずつに減じたる故の、余裕なり。北越病院祖父江ドクターと我の懇談の成果なり。嬉しも。)
2012.05.05

「烏原貯水池」は一周しても1時間足らずの、手頃な散歩道です。この前訪れたときには、このあたりの「蜘蛛の研究」を続けている方と出逢いました。猪たちが、時折エサを探して出てくるようです。今回は、水没した村の生活を記録した「石うす」の標識と見事な石造りの記念の文字を写して置きました。 延原時行歌集『命輝く』 (第129回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(63―3) 我一度の歌、仕事時の歌、翻訳書出版の歌、を巡りて、の記 2012年3月22日~23日 3月23日 翻訳書出版の歌五節 友ありてメッスリー著の拙訳は今が旬だと刊行促す(備考:『プロセス神学への道案内―共経験主義の見地より』なり。2010年5月脱稿なり。) 我直ぐに拙訳原稿メールにて出版社にぞ送りたりしも 時といふ生き物の事尊びて深夜の今に我行動す 原著者のボブにもメール送りてぞ我が行動の開始告ぐるも さてもさてこの挙やいかに相成らん神ならぬ身の知る由もなし 3月24日 動きありの歌 米国で早や動きあり朝まだきボブとハーマン訳書鶴首も(備考:Bob MesleとHerman GreeneとJohn Cobbと小生は、特別のメールの輪なり。情報急進常の事なり。意外とこれ世界動かすなり。) 我が友ぞ拙著『あなたに』に訳書了との記述ある見逃さずして(備考:この注意動き生むなり。確かに『あなたに』111頁に我メッスリー著翻訳脱稿の事書きしなり。寺尾寿芳氏それ見逃さず。)
2012.05.04

これは「烏原・水と森の回遊路」の中間点にある標識です。満水の池を鳥たちが遊び、大きな亀たちが群れて浮かんでいたりしています。大樹となっている紅葉の古木の若芽が輝いています。落ち葉を踏んで歩く回遊路は、ずっと緩やかな下り坂になっていることに、今回はじめて気づいたりして・・・。今回も写した順番に並べてみます。 延原時行歌集『命輝く』 (第128回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(63―2) 我一度の歌、仕事時の歌、翻訳書出版の歌、を巡りて、の記 2012年3月22日~23日 3月23日 仕事時の歌七首 我が初志は伊丹出でてぞ綴る時豊かに備へられしなりけり(備考:日本基督教団伊丹教会伝道師二年、1962~1964、ののち加茂兄弟団開設し、個人誌『雄鹿』『Bambino』に立てこもりて思索執筆続けし時、哲学的神学の我が初志豊に恵まる。このたびのブログ拙著『復活の省察』にあるごとし。) 真実の仕事なるもの時求む落ち行きし人思はるは佳し(備考:世間の時は短きなり。人生の浮沈を云々するは世間なるも、真の仕事時(しごととき)はそこに有らざるなり。十分な思索の時と共にあるなり。恐らくは五年ごとに世間変転す。仕事時然らず。) このたびの引退も佳し創造の一歩一歩の時恵まれぬ 世の人の求めぬところ恵み満ち真(まこと)の仕事なせと神命 妻の怪我運命の時来れるか否恩寵の時始まりぬ 逆説のげに逆説の我が人生落ちるほどにぞ昇る心地す 深き淵ありてこそなり甦りみ名のためなる仕事時燃ゆる 我妻も米送りてぞ箴言の22条の成就みしなり 病床に在りても燃ゆる仕事時喜びの種尽きぬなりけり 喜びの種尽きぬゆええらいよーなったなあノーちゃんよ(備考:これ我が愛宕の園にての昨日の語りかけなり。「ウンちゃんもだいぶ出たしな。」と返答有り。仕事時満つれば体調よし。)
2012.05.03

「烏池貯水池」の左回りコースの続きです。この季節は、木々の若芽が美しく、一茶が若き日に詠ったという「木々おのおの名乗り出たる木の芽かな」を思い出したりして・・・。左回りの中間点に、ゆっくりとできる休憩場所があります。麓のコープさんで求めた手頃の弁当とビールを開き、素晴らしい景色と小鳥たちの声を楽しみました。同輩方も何組かおられました。ここからは少し景色も変わり、清流が流れています。今回は左回りの終点のところまでをUPします。 延原時行歌集『命輝く』 (第127回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(63―1) 我一度の歌、仕事時の歌、翻訳書出版の歌、動きありの歌、を巡りて、の記 2012年3月22日~24日 3月22日 我一度の歌十二首 我一度国家背負ひて呻吟す師友と共にIPO華やか(備考:第十回国際哲学オリンピアード2002年国連大学にて開催すること、1998年World Congress of Philosophy at BostonにてIPO本部と米国のAlexander Leeser氏に懇望され、帰国して北垣宗治敬和学園大学学長に相談、開催快諾の御勇断いただく。ただちに恩師ジョン・カブ先生特別講演講師お願いしご快諾いただき、小和田恒氏、I.クチュラーデFISP(世界哲学会)会長、今道友信氏(東大名誉教授)ファンヒンケル国連大学長ともどもご出演いただくことと相成る。I.シェイファー氏、花岡永子氏、橋本典子氏らに学生指導依頼ご快諾いただく。15か国より高校生と引率教官、各国文科省役員代表七十余名来日の手続き(ヴィザ取得等)会長として当たる。本邦始めての高校生の国際哲学エッセイ大会かくして上首尾にて開催せり。国連大学と敬和学園大学の共催事業なりたり。北垣学長御長女奥田かんな氏の日本舞踊も華添えたるなり。大会テーマは"Toward a just, dialogical human community: in exploration of sustainability, civility, and mutual learing"とせり。テーマの解題をHPに付したるなり:http://www.keiwa-c.ac.jp/ 「国際哲学オリンピアード」参照。) 人生にこの時といふ秋(とき)ありて人紅葉(ひともみじ)咲けいざともどもに (備考:かく我第十回IPO大会会長として願ひたるなり。) 東京は国連大学会場に十五か国の若人集ひぬ 哲学の思ひぞ胸に若人の力のかぎり書きし文佳し 日ノ本の国の文部は力なく我ひそと決心妻とみつげり(備考:IPOは元来世界各国の文科省肝いりの祝典なり。その常識まだ成らぬ日ノ本の国なり。我ら奮戦せり。多くの師友の協力有りたり。感謝無限。) それはそれ力のかぎりの時なりき新発田よりして世界動けり(備考:我国際文化学科長、宗教部長、哲学教授の三職務にて2002年は死ぬばかりの超多忙なりき。よくもまあ生きたるかな。) 一台の我がPCは可憐にも世界動かしUNに誘へり(備考:この時ほど現在がInternet時代なること自覚せることなし。かくてこそ敬和学園大学、国連大学とIPOにて共催なりしなり。) 我一度国家背負ひて呻吟す楽しき想い妹背忘れじ (備考:これ楽しきスポーツやり遂げしあの爽快感なり。絶えず語り合う喜びなり。) 日ノ本の国の哲学我一度ハーツホーンと併せ語れり (備考:1998年World Congress of Philosophy at Bostonにての講演なりき。) その文ぞ今や世界に流布したる時代の流れ不思議なりけり(備考:ボストン大学のHP参照あれ:http://www.bu.edu/wcp/Papers/Cont/ContNobu.htm ) まさにその文をぞ講義したる時IPOの誘ひ待てるありき (備考:米国の哲学教師Alexander Leeser氏講演終りし会場にいきなりつかつかと入り我に握手して問へり、"Dr. Nobuhara, are you interested in IPO?"誠に意表突く人物なり。およそ会場の哲学的雰囲気と異なれる実務世界の闖入なりし。IPOなるものかくのごとく我が世界に闖入せり。いと可笑し。) かくて我一度の講義し終りて一度の務め始めたるなり(備考:一度の講義とは東西哲学対話論、一度の務めとは日ノ本の国背負う務めなり。前者なくして我後者背負いたることなきなり。)
2012.05.02

「烏池貯水池」のぶらり散歩、前回に続いて、ゆっくりと湖水を右に見ながら撮したものを、順番に並べてみます。市街地からすぐの場所なのに、しかも暖かな好天気なのに、意外と行き交う人も少なく、何だか独り占めして悪いような、本当に贅沢すぎるひと時でした。 延原時行歌集『命輝く』 (第126回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(62―3) 昼餉夕餉の歌、祝福の祈りの歌、礼状拝受の歌、を巡りて、の記 2012年3月19日~21日 3月18日 対話:鳥飼慶陽師 「延原先生 本日も新しい歌―味な人生2首、楽しみの歌2首―有難う御在います。「悲惨の底に恵み見る」味な人生!全く先生の歌は「味な歌」ばかり! その中から「新思想」の新たな更なる展開、味な著作が産み出されてゆくこと、誠に楽しみなことに存じます!! 本日も先生の二つのブログを順調にUPできて喜んでいます。「復活の省察」も青春時代より歩みを共にさせていただいたものの一人として、血の通ういのちを覚え、いまと重ねてありがたい経験をさせていただいています。おそらく木原さんも市村さんも同じでしょうね。 予報では新潟はまだ雪模様のようです。あさっての春分の日には、徳島鳴門の賀川記念館の開館10周年のお祝い事で久しぶりに出かける予定にしています。 どうぞより夜をお過ごしください! 御礼旁々 IXIA!!」 3月21日 応答: 「誠に我々は青春時代より歩みをともにしてまいりましたね。御同行深謝申し上げます。 この二つの拙著のUP感謝無限に存じます。徳島はいかがでしたか。賀川の息吹さらに根を張ってきていることでございましょう。 故郷づくりの歌五首 何処にもふるさとづくり進むべき時に住むとぞ思はぬ日なし (備考:この時代故郷は遠くにありて想うべきものに非ず、近くに創るべきものなり。) 故郷はああ故郷はいと近き御方拝し創りゆくさと (備考:近きとはいと近き御方にありて生くるなり。) 故郷を奪われ行きて呆然と立ちすくむ人いかに多きか (備考:今次の地震と津波の教へし恐怖これなり。) 一ドルと一回のテルあるだけで救われるる人幾多あらんも (備考:これ延原信子英文箴言第22条のメッセージなり。) 新米を友に送りて妻と我園にて礼状読みつ笑みあり (備考:この笑み最高の薬なり。) 右、お礼方々 草々不一 IXIA!」
2012.05.01
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